乱暴にドアが開かれる音が部屋に響き、次いで同じく乱暴な足音に目が覚める。と、言っても今の私に目はないが。
どうやら家主が帰ってきたようだ。この様子だと、今日も同じ結果に終わったらしい。
「また負けた……」
倒れこむようにソファーに寝転び、ぶすっとした顔で呟く金髪の少女。背丈も顔つきもまだ幼い彼女の名前を私は知らない。もしかすると、独り言で呟いていたかもしれないが、別に名前は重要なことではない。
重要なのは、彼女が常人よりも力があること。そして、
「どうして霊夢に勝てないんだろう……」
情けない自分に歯噛みする彼女に、私は『声』を掛ける。
『力が欲しいか』
少女は突然の『声』に驚くことも辺りを見渡すこともせず、寝転んだまま応える。
「力? 力ってなにさ」
『何故、自分以外の者がここにいるのか』『何故、姿が何処にも見えないのか』。その当然の疑問を彼女が浮かべることはない。
『不自然であることを自然に思わせる』魔法はこの私にとって造作も無いことだ。現に彼女はすぐ傍のテーブルに私がいることを気にも留めていない。
『望むなら、この本の悪魔が力を与えましょう』
私は、本の形で姿を現し契約を交わした者に力を与える。力と言っても、人智を超えた知識であったり、私自身が従順な使い魔となることもあり様々である。
もちろんタダではない。他人のために働くのは好きだが、それはあくまで契約が成立しているからに過ぎないのだから。
「いきなり力なんて言われても困る。一体どんな力なのさ」
『それは貴方次第ですよ。貴方が望むだけ、願っただけの力を私は与えましょう』
契約の代償として、私は契約者から生命を奪い魔力にする。願った力によって程度は異なるが、本能で察するのか今まで衰弱死寸前程度にまで行ったのが数人といったところだ。
そうして何十人にも生命を吸って生きていく内に、魔法が忘れ去られ悪魔も存在を否定されていき、私が眠りにつき――気がついた時ここにいた。
どうしてこの少女の家にいるのかはわからなかった。魔力さえ十分なら人の形を取り調査も出来たのだけど、今はその余力もない。
この数日でわかったことは、ここが幻想郷と呼ばれる場所であること、忘れられた魔法が存在すること、そしてこの少女が『霊夢』という人物に何らかの勝負に負け続けていること。
『倒したい相手がいるのでしょう? 私がそれだけの力を与えます』
「っ……なんでそれを?」
『そんなことはどうだっていいじゃないですか? 彼女に勝ちたいのでしょう?』
私は猫撫で声で少女に呼びかけ続ける。
強制的に契約を結ばせるようなことはしない。喉元にナイフを突き立てられて結んだ契約では、十全に力を発揮することが出来ないのだ。
『自分自身で決めた』という鎖で相手を縛るためには、あくまでも契約を持ちかけた相手が、自分自身の意思で契約を決定する必要がある。
しかし、そのために相手を誘惑することは問題ない。それを跳ね除け拒否する自由もあるからだ。屁理屈と言われようと、それが悪魔のルールである。
もっとも、今まで契約を拒否した相手は片手ほどもいない。他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。それが人の夢であり望みであり、業である。
「霊夢に勝てる力……」
そして、この少女もそれは同じだ。
彼女は、常人よりも力があるのに、身近にそれ以上の力を持つものがいることに苛立ちと焦りを感じていた。
そして、子どもは物事を感情と勢いで決めがちだ。少し甘い言葉で誘えばすぐにでも転ぶだろう。
『そうです。誰にも負けない力だって手に入れる事が出来るんです。欲しいでしょう?』
「負けない力……力……」
ああそれと、催眠を掛けるのもルール違反ではない。もっとも、解けてしまった場合は二度と同じ相手に使えない制約があるが。
だが問題ない。ちょっとした音が鳴るだけで覚めてしまう弱い催眠だが、一人暮らしの彼女を訪ねる者は、そういないことはわかっている。
「霊夢に勝てる……力……力……」
体を起こした彼女は、うわ言のように呟きながら私に手を伸ばす。
大した生命は手に入らないだろうが、まぁ最初の一人だ。景気付けにはちょうどいい。
彼女の指が私に触れ――きゅう――……ん?
「……そう言えば、朝から何も食べてなかったな」
どうやら、彼女のお腹が鳴った音だったらしい。そのせいで、私に触れる直前で彼女は手を止めてしまった。
思わず舌打ちが漏れる。催眠が解けてしまったか。
しかし、焦ることはない。催眠にかかったということは、彼女も力を望んでいるということ。後は口八丁でどうとでも成る。
今更欲望に耐えられるわけが――
「力……力……そうだ、お昼は力うどんにしよう」
ひょいと彼女はあっさり手を引いてキッチンに向かう。って、
『えええええ!? ちょっと! ここまで来たんだから開いてくださいよ! もうちょっとじゃないですか!』
「ダメだ。空腹を自覚した途端耐えられなくなってきた。また後でな」
ふんふんと鼻歌まで歌いながら彼女は手早く調理を進めていく。ええい、これだから子どもは……!
だが、催眠が敗れたからといって勧誘が終わったと思わないで頂きたい! ここからでも『声』を掛けることは出来るのだから!
「しっかし、霊夢と同じ御札まで使ってるのにどうして勝てないかなぁ」
『それは彼女が特別で、貴方は凡人だからです』
先ほどから彼女が言っている『霊夢』という人物を私はよく知らない。これはどうとでも解釈できることを言っているだけだ。
「……そうかもな。博麗の巫女なんて太陽みたいなものだし」
だが、思い当たるところがあったようだ。ここぞとばかりに私はまくし立てる。
『そうです。そんな太陽みたいな彼女に貴方が勝てるわけがないんです。だったら勝つ方法はひとつ、闇で太陽を覆い隠すんです。ちっぽけな貴方に出来る事はそれだけです』
「闇……ちっぽけ……」
「そう、貴方はちっぽけな光に過ぎません。太陽に敵わないんです」
ぶつぶつと呟きながら考えこむように、腕を組む少女。
よし、これならもう少しで――
「そうだ、星だ!」
ええ? 今度は何ですか?
「星だよ星! 今までしっくりする弾幕のモチーフがなかったけど、星がいい! 星の弾幕なんてロマンチックで可愛い!」
興奮したように叫び目を輝かせる少女に、私は呆気に取られる。
あれ、ひょっとして……私の発言がヒントになってその発想に至りましたか……?
「うん、自分一人で考えるよりも誰かと話したほうがいいんだな」
『あ、どうも。じゃなくて! いいんですか? 貴方が星だとしても太陽にも勝てないんですよ?』
「太陽は昼に輝いて、星は夜に輝くんだ。領分が違うもので戦ってもしょうがないだろう。私は勝つけどな」
『そんな屁理屈!』
「私が今まで勝てなかったのは霊夢の真似をしていたからだったんだな。そりゃあ、相手のほうが強いことを認めていたら勝てるわけがないもんな」
『ぐぬぬ……』
なるほどなるほど、と一人納得する彼女に歯噛みする私。
諦めるものか、たとえ名無しであっても私とて悪魔だ。それがこんな子どもに舐められてたまるものですか!
『ほ、ほら! 私と契約したら何か闇系の魔法とか使えますよ! 全てを消し去る閃光『ダークスパーク』とか格好良いですよ!』
「ダークスパーク……それはちょっと格好良いかも……」
『でしょう? 黒い閃光なんて普通じゃなかなか使えませんよ! それが! 今私と契約するだけで使えるようになります!』
「でもなー。人に頼ってばかりじゃ駄目だし、自分で出来るようになるから要らないかな」
ああもう子どものくせになんて正論を。子どもなら子どもらしく他人に泣きついていればいいものを。
「さって出来た。うどんうどーん」
憤慨する私をよそに、少女は妙な歌を歌いながら布巾を水で濡らし始める。その布巾で土鍋の手を掴みこちらに運ぼうとする。
って、そんなことをしたら――
「おっ? あ、あっち! 熱い!」
ふふん、所詮は子どもといったところですね。
一見水で濡らしたほうが熱いものを掴みやすくなると思いがちですが、水は熱を伝えやすいので乾燥した布巾のほうが熱いものを掴めるんですよ。
「熱い! あっつい!」
キッチンとテーブルの間で土鍋を持って慌てふためく彼女の姿に少しばかり溜飲を下げる。
ざまぁないですね。私の誘惑を無視するからですよ。さて、どうやって私を開かせましょうかね。
「っと、った! はっ!」
あら、なんか視界が黒いもので覆われ――。
「ふぅ、直にテーブルに置かないで済んだか。ちょうどいいところに本があってよかった」
――――。
「さて、鍋敷きはどこだったっけ」
HEEEEEYYYY!あァァァんまりだァァアァ!AHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOOHHHHHHHH!!
わわわわたしィィィィィのォォォォォひょうしがァァァァァ~~~~!!
「お、あったあった」
は、はやく! 可及的速やかに早くお願いしますマジで! いくら本の形してても熱いものは熱いんです!
「早く本からどけないと痛むかな。ハードカバーだから丈夫そうだけど」
そうですその通りです! というか仮にも魔法使いが本を鍋敷き代わりにしていいんですか!
私の声にならない叫びが届いたのか、少女はすぐに鍋敷きを私の隣に設置する。
もう、絶対に契約させてやる!絶対にだ!覚悟してくださいよ!
「あっ」
SYYYYAAAAAAAHHHH! うどんの汁がァ! うどんの汁が直にィ!
「うっかりこぼしてしまったな……。まあ、いいか。元から汚れてたし」
『そういう問題じゃないでしょうがァ!』
「ひゃっ!? い、今のは誰!?」
……えっ。な、なんで!? どうして私の声を不自然に思っているの!?
「……あれ。そもそも私こんな本持ってたっけ。というか、今まで誰と話してたんだ?」
し、しまった! ショックのせいで魔法を解いてしまったか!?
マズイマズイ! 一旦疑われたら呼びかけても怪しまれるだけだ。なんとかこの危機を乗り越えなければ――!
「まぁ、いいか。うどんが伸びるしあとで考えよう」
外に置いとけば乾くだろう。そう言って少女は、窓の外側に私を立てかける。彼女はうどんうどんと機嫌よさそうに言って、席に戻っていく。
『……なんか釈然としませんが、危機は去りましたか』
人の形を取っていれば溜息をつくところだ。
しかし、今のは危なかった。私のような本の悪魔は、ページが体であり精神でもある。それが傷ついたり無くなるようなことがあれば、能力も記憶も失われてしまう。
幸いにも表紙だけで済んだが。というか、うどんの汁に負ける悪魔とか情けなさすぎる。そんな屈辱を与えたあの少女には、相応の償いをしてもらわなければなるまい。
『そうですね……熱々のおでん卵を頬張らせるとか……』
カァー。
『んっ……?』
あれ、今度は視点が随分高くなったような。具体的には少女の家がどんどん遠ざかっていき豆粒になるくらいまで。
カァー。
あああああ今度は烏ですか!? 烏に攫われてるんですか私!? なんでこんな目にばかりあうんですか!
叫ぶ声が烏に届くわけもなく、私は強制的に遊覧飛行を楽しむ羽目になった。烏が気まぐれを起こして私を離さないことを祈り続けて、そしてそれは無事叶った。
「あややや。なんですかそんな汚い本なんて持ってきて」
大木の枝に腰掛けていた少女は私を見てそう言った。色々と言い返したいのは山々だが、ぐっと堪える。
まずは自由に行動するための魔力を手に入れる必要があるのだ。こうなったらこの少女から生命を奪ってやろう。
『力が』
「こんなものはポイー、です」
『えっ?』
風が吹いた、と感じた瞬間。
『ええええええええええええっ!?』
私は凄まじい速度で宙を舞っていた。ページが千切れる、ページが吹き飛ぶ。
そして、大地にたたきつけられる前に私の意識も吹き飛んだ。
◇
「小悪魔、紅茶」
「はい、ただいま」
ポッドからカップへ、琥珀色の液体を注ぎ込み砂糖を一匙落とす。ソーサーにカップを載せ、パチュリー様の右手側に音を立てないように置く。
ゆっくりとカップを口に運び、一口味わったパチュリー様は私に向かって微笑む。
「美味しいわ。さすがね」
「えへへー。ありがとうございます」
毎日やっていることだけど、こうして褒められると胸が暖かくなる。
パチュリー様は私の恩人だ。本の姿で庭に落ちていた私に魔力を分けてくれたのだ。
なんでも、ページが足りないせいで記憶や能力が欠けている、とパチュリー様は言っていた。そのせいで、どうして紅魔館の庭に本の姿で庭にいたのかは覚えていない。能力も本来ならもっと高いはずらしい。
そんな私をパチュリー様は『小悪魔』と呼ぶようになった。
「けど、貴方も変わった悪魔よね。仕える見返りが最低限の魔力だけでいいなんて」
「いいんですよ! 私はパチュリー様のためになるのが好きなんです!」
「……なら、いいけど」
だけど、別にそんなものはどうだっていいのだ。今の私はパチュリー様に仕えることが出来て幸せだと思っているのだからそれでいい。
過去の私がどうだったかなんて意味のないことだ。
「私は、パチュリー様の力になります!」
それが、私の望みなのだから。
「パチュリー様。おゆはんのうどんですわ」
「ヒイィ!?」
でもうどんだけは勘弁な!
どうやら家主が帰ってきたようだ。この様子だと、今日も同じ結果に終わったらしい。
「また負けた……」
倒れこむようにソファーに寝転び、ぶすっとした顔で呟く金髪の少女。背丈も顔つきもまだ幼い彼女の名前を私は知らない。もしかすると、独り言で呟いていたかもしれないが、別に名前は重要なことではない。
重要なのは、彼女が常人よりも力があること。そして、
「どうして霊夢に勝てないんだろう……」
情けない自分に歯噛みする彼女に、私は『声』を掛ける。
『力が欲しいか』
少女は突然の『声』に驚くことも辺りを見渡すこともせず、寝転んだまま応える。
「力? 力ってなにさ」
『何故、自分以外の者がここにいるのか』『何故、姿が何処にも見えないのか』。その当然の疑問を彼女が浮かべることはない。
『不自然であることを自然に思わせる』魔法はこの私にとって造作も無いことだ。現に彼女はすぐ傍のテーブルに私がいることを気にも留めていない。
『望むなら、この本の悪魔が力を与えましょう』
私は、本の形で姿を現し契約を交わした者に力を与える。力と言っても、人智を超えた知識であったり、私自身が従順な使い魔となることもあり様々である。
もちろんタダではない。他人のために働くのは好きだが、それはあくまで契約が成立しているからに過ぎないのだから。
「いきなり力なんて言われても困る。一体どんな力なのさ」
『それは貴方次第ですよ。貴方が望むだけ、願っただけの力を私は与えましょう』
契約の代償として、私は契約者から生命を奪い魔力にする。願った力によって程度は異なるが、本能で察するのか今まで衰弱死寸前程度にまで行ったのが数人といったところだ。
そうして何十人にも生命を吸って生きていく内に、魔法が忘れ去られ悪魔も存在を否定されていき、私が眠りにつき――気がついた時ここにいた。
どうしてこの少女の家にいるのかはわからなかった。魔力さえ十分なら人の形を取り調査も出来たのだけど、今はその余力もない。
この数日でわかったことは、ここが幻想郷と呼ばれる場所であること、忘れられた魔法が存在すること、そしてこの少女が『霊夢』という人物に何らかの勝負に負け続けていること。
『倒したい相手がいるのでしょう? 私がそれだけの力を与えます』
「っ……なんでそれを?」
『そんなことはどうだっていいじゃないですか? 彼女に勝ちたいのでしょう?』
私は猫撫で声で少女に呼びかけ続ける。
強制的に契約を結ばせるようなことはしない。喉元にナイフを突き立てられて結んだ契約では、十全に力を発揮することが出来ないのだ。
『自分自身で決めた』という鎖で相手を縛るためには、あくまでも契約を持ちかけた相手が、自分自身の意思で契約を決定する必要がある。
しかし、そのために相手を誘惑することは問題ない。それを跳ね除け拒否する自由もあるからだ。屁理屈と言われようと、それが悪魔のルールである。
もっとも、今まで契約を拒否した相手は片手ほどもいない。他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。それが人の夢であり望みであり、業である。
「霊夢に勝てる力……」
そして、この少女もそれは同じだ。
彼女は、常人よりも力があるのに、身近にそれ以上の力を持つものがいることに苛立ちと焦りを感じていた。
そして、子どもは物事を感情と勢いで決めがちだ。少し甘い言葉で誘えばすぐにでも転ぶだろう。
『そうです。誰にも負けない力だって手に入れる事が出来るんです。欲しいでしょう?』
「負けない力……力……」
ああそれと、催眠を掛けるのもルール違反ではない。もっとも、解けてしまった場合は二度と同じ相手に使えない制約があるが。
だが問題ない。ちょっとした音が鳴るだけで覚めてしまう弱い催眠だが、一人暮らしの彼女を訪ねる者は、そういないことはわかっている。
「霊夢に勝てる……力……力……」
体を起こした彼女は、うわ言のように呟きながら私に手を伸ばす。
大した生命は手に入らないだろうが、まぁ最初の一人だ。景気付けにはちょうどいい。
彼女の指が私に触れ――きゅう――……ん?
「……そう言えば、朝から何も食べてなかったな」
どうやら、彼女のお腹が鳴った音だったらしい。そのせいで、私に触れる直前で彼女は手を止めてしまった。
思わず舌打ちが漏れる。催眠が解けてしまったか。
しかし、焦ることはない。催眠にかかったということは、彼女も力を望んでいるということ。後は口八丁でどうとでも成る。
今更欲望に耐えられるわけが――
「力……力……そうだ、お昼は力うどんにしよう」
ひょいと彼女はあっさり手を引いてキッチンに向かう。って、
『えええええ!? ちょっと! ここまで来たんだから開いてくださいよ! もうちょっとじゃないですか!』
「ダメだ。空腹を自覚した途端耐えられなくなってきた。また後でな」
ふんふんと鼻歌まで歌いながら彼女は手早く調理を進めていく。ええい、これだから子どもは……!
だが、催眠が敗れたからといって勧誘が終わったと思わないで頂きたい! ここからでも『声』を掛けることは出来るのだから!
「しっかし、霊夢と同じ御札まで使ってるのにどうして勝てないかなぁ」
『それは彼女が特別で、貴方は凡人だからです』
先ほどから彼女が言っている『霊夢』という人物を私はよく知らない。これはどうとでも解釈できることを言っているだけだ。
「……そうかもな。博麗の巫女なんて太陽みたいなものだし」
だが、思い当たるところがあったようだ。ここぞとばかりに私はまくし立てる。
『そうです。そんな太陽みたいな彼女に貴方が勝てるわけがないんです。だったら勝つ方法はひとつ、闇で太陽を覆い隠すんです。ちっぽけな貴方に出来る事はそれだけです』
「闇……ちっぽけ……」
「そう、貴方はちっぽけな光に過ぎません。太陽に敵わないんです」
ぶつぶつと呟きながら考えこむように、腕を組む少女。
よし、これならもう少しで――
「そうだ、星だ!」
ええ? 今度は何ですか?
「星だよ星! 今までしっくりする弾幕のモチーフがなかったけど、星がいい! 星の弾幕なんてロマンチックで可愛い!」
興奮したように叫び目を輝かせる少女に、私は呆気に取られる。
あれ、ひょっとして……私の発言がヒントになってその発想に至りましたか……?
「うん、自分一人で考えるよりも誰かと話したほうがいいんだな」
『あ、どうも。じゃなくて! いいんですか? 貴方が星だとしても太陽にも勝てないんですよ?』
「太陽は昼に輝いて、星は夜に輝くんだ。領分が違うもので戦ってもしょうがないだろう。私は勝つけどな」
『そんな屁理屈!』
「私が今まで勝てなかったのは霊夢の真似をしていたからだったんだな。そりゃあ、相手のほうが強いことを認めていたら勝てるわけがないもんな」
『ぐぬぬ……』
なるほどなるほど、と一人納得する彼女に歯噛みする私。
諦めるものか、たとえ名無しであっても私とて悪魔だ。それがこんな子どもに舐められてたまるものですか!
『ほ、ほら! 私と契約したら何か闇系の魔法とか使えますよ! 全てを消し去る閃光『ダークスパーク』とか格好良いですよ!』
「ダークスパーク……それはちょっと格好良いかも……」
『でしょう? 黒い閃光なんて普通じゃなかなか使えませんよ! それが! 今私と契約するだけで使えるようになります!』
「でもなー。人に頼ってばかりじゃ駄目だし、自分で出来るようになるから要らないかな」
ああもう子どものくせになんて正論を。子どもなら子どもらしく他人に泣きついていればいいものを。
「さって出来た。うどんうどーん」
憤慨する私をよそに、少女は妙な歌を歌いながら布巾を水で濡らし始める。その布巾で土鍋の手を掴みこちらに運ぼうとする。
って、そんなことをしたら――
「おっ? あ、あっち! 熱い!」
ふふん、所詮は子どもといったところですね。
一見水で濡らしたほうが熱いものを掴みやすくなると思いがちですが、水は熱を伝えやすいので乾燥した布巾のほうが熱いものを掴めるんですよ。
「熱い! あっつい!」
キッチンとテーブルの間で土鍋を持って慌てふためく彼女の姿に少しばかり溜飲を下げる。
ざまぁないですね。私の誘惑を無視するからですよ。さて、どうやって私を開かせましょうかね。
「っと、った! はっ!」
あら、なんか視界が黒いもので覆われ――。
「ふぅ、直にテーブルに置かないで済んだか。ちょうどいいところに本があってよかった」
――――。
「さて、鍋敷きはどこだったっけ」
HEEEEEYYYY!あァァァんまりだァァアァ!AHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOOHHHHHHHH!!
わわわわたしィィィィィのォォォォォひょうしがァァァァァ~~~~!!
「お、あったあった」
は、はやく! 可及的速やかに早くお願いしますマジで! いくら本の形してても熱いものは熱いんです!
「早く本からどけないと痛むかな。ハードカバーだから丈夫そうだけど」
そうですその通りです! というか仮にも魔法使いが本を鍋敷き代わりにしていいんですか!
私の声にならない叫びが届いたのか、少女はすぐに鍋敷きを私の隣に設置する。
もう、絶対に契約させてやる!絶対にだ!覚悟してくださいよ!
「あっ」
SYYYYAAAAAAAHHHH! うどんの汁がァ! うどんの汁が直にィ!
「うっかりこぼしてしまったな……。まあ、いいか。元から汚れてたし」
『そういう問題じゃないでしょうがァ!』
「ひゃっ!? い、今のは誰!?」
……えっ。な、なんで!? どうして私の声を不自然に思っているの!?
「……あれ。そもそも私こんな本持ってたっけ。というか、今まで誰と話してたんだ?」
し、しまった! ショックのせいで魔法を解いてしまったか!?
マズイマズイ! 一旦疑われたら呼びかけても怪しまれるだけだ。なんとかこの危機を乗り越えなければ――!
「まぁ、いいか。うどんが伸びるしあとで考えよう」
外に置いとけば乾くだろう。そう言って少女は、窓の外側に私を立てかける。彼女はうどんうどんと機嫌よさそうに言って、席に戻っていく。
『……なんか釈然としませんが、危機は去りましたか』
人の形を取っていれば溜息をつくところだ。
しかし、今のは危なかった。私のような本の悪魔は、ページが体であり精神でもある。それが傷ついたり無くなるようなことがあれば、能力も記憶も失われてしまう。
幸いにも表紙だけで済んだが。というか、うどんの汁に負ける悪魔とか情けなさすぎる。そんな屈辱を与えたあの少女には、相応の償いをしてもらわなければなるまい。
『そうですね……熱々のおでん卵を頬張らせるとか……』
カァー。
『んっ……?』
あれ、今度は視点が随分高くなったような。具体的には少女の家がどんどん遠ざかっていき豆粒になるくらいまで。
カァー。
あああああ今度は烏ですか!? 烏に攫われてるんですか私!? なんでこんな目にばかりあうんですか!
叫ぶ声が烏に届くわけもなく、私は強制的に遊覧飛行を楽しむ羽目になった。烏が気まぐれを起こして私を離さないことを祈り続けて、そしてそれは無事叶った。
「あややや。なんですかそんな汚い本なんて持ってきて」
大木の枝に腰掛けていた少女は私を見てそう言った。色々と言い返したいのは山々だが、ぐっと堪える。
まずは自由に行動するための魔力を手に入れる必要があるのだ。こうなったらこの少女から生命を奪ってやろう。
『力が』
「こんなものはポイー、です」
『えっ?』
風が吹いた、と感じた瞬間。
『ええええええええええええっ!?』
私は凄まじい速度で宙を舞っていた。ページが千切れる、ページが吹き飛ぶ。
そして、大地にたたきつけられる前に私の意識も吹き飛んだ。
◇
「小悪魔、紅茶」
「はい、ただいま」
ポッドからカップへ、琥珀色の液体を注ぎ込み砂糖を一匙落とす。ソーサーにカップを載せ、パチュリー様の右手側に音を立てないように置く。
ゆっくりとカップを口に運び、一口味わったパチュリー様は私に向かって微笑む。
「美味しいわ。さすがね」
「えへへー。ありがとうございます」
毎日やっていることだけど、こうして褒められると胸が暖かくなる。
パチュリー様は私の恩人だ。本の姿で庭に落ちていた私に魔力を分けてくれたのだ。
なんでも、ページが足りないせいで記憶や能力が欠けている、とパチュリー様は言っていた。そのせいで、どうして紅魔館の庭に本の姿で庭にいたのかは覚えていない。能力も本来ならもっと高いはずらしい。
そんな私をパチュリー様は『小悪魔』と呼ぶようになった。
「けど、貴方も変わった悪魔よね。仕える見返りが最低限の魔力だけでいいなんて」
「いいんですよ! 私はパチュリー様のためになるのが好きなんです!」
「……なら、いいけど」
だけど、別にそんなものはどうだっていいのだ。今の私はパチュリー様に仕えることが出来て幸せだと思っているのだからそれでいい。
過去の私がどうだったかなんて意味のないことだ。
「私は、パチュリー様の力になります!」
それが、私の望みなのだから。
「パチュリー様。おゆはんのうどんですわ」
「ヒイィ!?」
でもうどんだけは勘弁な!
面白かったです。
今の小悪魔が幸せそうでなによりです
ノリが良くておもしろかったです。