Coolier - 新生・東方創想話

だから宴は、もうちょっと

2013/09/23 01:07:02
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※作者過去作品とのつながりがあります。
今までの作品を読んでいただけている方がより楽しめるかと思いますが、そうでない方は「この幻想郷では、今までこんなことがあったんだ」程度に読んでいただけると幸いです。





「冬とかけて、何と解く?」
「冬とかけて、夏と解く!」
「その心は?」
「蚊に(蟹)食われたりするぜ!」
「おお!」
「昔は謎かけが下手くそだったのに、魔理沙もやるようになったねえ」

やんや、やんやの宴会騒ぎ。溢れる笑い声の数はどれほどか、数える気にもなりはしない。
そんな喧騒を聞きながら、私は「はあ」とため息をついた。



お酒が嫌いな人なんていません!というここでの常識は、外の世界では通用しないらしい。
特に若者は、焼酎や日本酒なんかが嫌いな人が多いんだそうだ。美味しいのにね。勿体無い。
体質的に飲めないのなら仕方がないだろうが、「酒の味が嫌いだ」なんていうヤツは、人生の何割かを損しているような気がするのだけれど。

それはともかく、酒飲みの集まる幻想郷では毎日が宴会騒ぎだ。
私の住む博麗神社でも、月に数回は、大規模な宴会が開かれている。
何となく誰かが「宴会をしよう」と言い出すこともあるし、誕生祝いや季節の催事など、集まる理由は様々だ。

どうであれ、毎回毎回私に降りかかってくる迷惑の量は変わらないわけだが。
こいつらいつも飲みすぎなのよ。片付けに追われる身にもなってくれ。

そういった訳で、私自身も、突然誰かに「今日、博麗神社で宴会するから」などと無茶を言われるのには、もうすっかり慣れてしまっていた。
勿論、ここ以外で宴会をすることも多いのだけど、幸か不幸かうちは(仮にも神社なのに)人妖問わず集まりやすいみたいだし、そういう意味では都合が良いようなのだ。
それに、向こうはどうせ断ろうが何しようが勝手に集まってくる連中である。私一人がいくら抵抗したところで、無駄というものだろう。人間、大切なのは諦めだ。

そして。

「今年も一年お疲れ様!乾杯!」「かんぱーい!」「……かんぱい」

魔理沙が乾杯の音頭を取ると、周囲から沢山の杯が掲げられる。
今日もまた、いつもと同じ連中が集まり、いつもと同じような具合で、宴が行われているのだった。



<だから宴は、もうちょっと>



がやがやと騒がしい客間を抜けると、私は縁側へ腰を下ろした。人心地ついて、深く息を吐く。
お酒が入って火照りきった体に、師走の冷えた空気が何とも心地良い。……うん、嘘。流石に少し寒すぎ。
一陣の風が吹き抜け、私は思わずブルッと身を震わせる。
思わず、今が紛れもなく冬なのだということを、あらためて再認識してしまった。

(昼間は、案外暖かかったりするんだけれど)

寒さにまいった去年の冬と比べると、その温度には格段の違いがある。
紫によると、外の世界で起きている『温暖化』とかいう現象の影響が、ここまで来ているらしい。
よく分からないけれど、あまり寒いのも嫌だから、私としては歓迎したい。
とはいえ、あまり度が過ぎるようだと、季節感やら風情やらが無いというものだが。
うちの神社でも、つい最近になってようやくこたつを出したところだ。いつもの年に比べると、一か月は遅い。単純に出すのが億劫だったというのもあるけれど。

そういえば、冬はいつも元気いっぱいのチルノが、今年はどこかしょぼくれているように感じるのも、この暖かさのせいなのだろうか。
いつもの年であれば、ただでさえうるさいのが3割増しにも4割増しにもなって、いっそその口縛り付けてやろうかという位に騒がしくなるチルノ。
だというのに今年に限っては、あのはしゃぎっぷりが、何故か身を潜めている。もちろん、夏に比べれば活発に動いているのだけど、それでも何かが違うのだ。

(ああ……そっか、雪が降ってないのよね。チルノ、毎年雪で遊ぶの楽しみにしているみたいだしなあ)

少し考えて、私はその事に思い至った。
今年はどうやらあいつの大好きな雪なんて、待てど暮らせど降る気配もないし、きっとそれが寂しいんだろう。
私だって、賽銭箱の『チャリン』という音を待ち続けて、早どれだけ経つか。待ち望むものが一向に訪れないという、チルノの気持ちはよく分かる。
冬がむやみに暖かいのも、どうやら良いことばかりじゃなさそうだ。

(まあ、そんなことはどうでもいいとして)

客間の様子を伺おうと思い、私は後ろを振り返った。
煌々と明るい室内からは、相変わらず途絶えることのない声の数々が響いている。
障子越しに見える影は、どれもこれも、それはもう活き活きとしているように感じられた。

(本当に、楽しんでるようで何よりだけども)

私が今考えなければならないのは、季節感や風情のことよりも、この後酔っ払い共をどうあしらうか、ということだ。宴会を開くのは別に構わないが、毎回これには本当に困らされている。
何しろ、ここから聞こえるだけでも大変な騒ぎなのだ。沢山の参加者の中で、素面の者など、既に片手で数えるほどしかいないはずである。
となると、私を含めたほんの一握りの者で、あれだけの連中をどうにかしなければならない。ああ、考えただけで頭が痛くなってくる。

(魔理沙なんて毎回宴会の次の日には二日酔いでくたばってるっていうのに、懲りないわねえ……)

客間から『バキバキッ』という酷く嫌な音が聞こえた気がして、私は思わず耳を塞いだ。
今は、文句など言うまい。他の者が……いや、他の物がどうなろうと、建物を支える柱さえ無事なら、もうそれでいい。

(というか、酔っ払い相手に怒ってもしょうがないのよね)

長い経験から、今彼女たちに怒るのが得策でないことを、私は知っている。どうせ、適当に聞き流されるだけだ。
まあ、何か壊されたなら、あとで無理やりにでも弁償させればいいだろう。

喧騒を聞くとも無く聞きながら、よくぞこれだけ盛り上がっているなあ、と思う。
一月前にも集まったばかりだし、その後だって何処かしらで宴会があったろうに、何故皆あれだけ騒げるのだろうか。

ちなみに、今日の宴会の名目は『忘年会』だ。この時期、博麗神社で忘年会を開くのは、もう一種の風習のようになっている。
中には「ここで忘年会しないと、冬が越せないよ」という大げさな者までいるくらいだ。
そのため、毎年この時期になると、あちらこちらからお歳暮として、お酒が山のように送られてきたりする。「どうせ皆で飲むのだから」という配慮らしい。何ともありがた迷惑な話である。
(うちで忘年会するのも、今年で何年目だったかしら)とふと思ったが、酔った頭では思い出せそうにないと、すぐに諦めた。
大体、それが分かったからといって、別に私が何か得をするわけでもないし。

気付けば、師走も既に終わりへ差し掛かっている。だから忘年会を開くこと自体には、私も何の異論も無かった。どうせ、毎年のことだし。
ただ、皆で今年の思い出話に浸りながら酒を飲むというのに、それを『忘れるための会』と呼ぶのはどうなんだろうか。これについては、常々疑問に思っている。

誰かと何かを話せば、それがどんな記憶であっても、より鮮明に思い出してしまうものだ。
だから、その点を踏まえて、『忘年会』よりも『今年を振り返る会』という方がより正しい言い方じゃないかと、私はいつも思ってしまうんだけど。

(……どうでもいいか)

ほう、とため息。真っ白く空に浮かんだそれは、すぐに夜の闇へと消えた。

客間からは、相変わらず五月蝿いほどに様々な音が響いてくる。
魔理沙や勇儀の笑い声。妖夢と咲夜という従者同士の会話。幽々子とルーミアのもぐもぐという咀嚼音。

勿論、これら全部を聞き分けられるほど良い耳を持っているわけではないけれど、私だって何度もあの連中と宴会を共にしたのだ。
中でどんなことが行われているかなど、直接見なくてもある程度の見当はつく。

(前回も、前々回もそうだったものねえ。料理が残ることに期待しても幽々子たちがいるから駄目で。真面目すぎる従者組が、この場では珍しく楽しそうにしてて。普段から騒がしいやつは、余計に騒がしくなって―――)

おぉー!という歓声が聞こえる。大方、いつものように萃香辺りが誰かと飲み比べでも始めたのだろう。
でなければ、レミリアとフランがこの所宴会の場で披露しているという、漫才でも始めたのかもしれない。いや、もしかして、幽香と映姫のコンビの方だろうか。
あいつらはお笑いなんて全く無頓着に見えて、ネタを書かせれば中々面白いのだから、世の中よく分からないものだ。

(何にせよ、本当に相変わらずなんだから)
そんな風に思い、私は一人苦笑した。





「あら、こんなところに居たの」

しばらく一人で佇んでいると、後ろからふいに声をかけられた。
酔っているのか、その声はいつも聞くそれよりも、少し上ずっているように感じられる。
それでも、馴染みのその声を聞き間違えるはずがない。

「せっかくの宴会なのに、一人でいたって、何にも面白くないでしょうに」
「うるさいわね……今日は何となく、そういう気分なのよ。それに、あいつらに付き合ってたら、いつまでも飲まされるでしょ?」

そう言いつつ振り向くと、そこには私の思った通り、若干頬を染めたアリスが立っていた。
アリスは、私の返事にこくんと頷くと「私も、そう思って逃げてきたとこ」と言って、肩をすくめてみせた。
思わず、お互いに顔を見合わせて、苦笑する。

皆、宴会での切り上げ時くらいは、それぞれに把握しているのだ。
ただ、自分の意図した瞬間を見計らって無事に抜けられるかどうかは、全くの別問題だけど。

「座れば?」と声をかけると、アリスは私の隣へと腰掛け、彼女にしては珍しい「ふう」という大きな息を吐く。
それを聴き、私はアリスがどれくらい飲まされたかを瞬時に理解した。気の毒に、今回彼女は逃げ遅れてしまったのだろう。

「アリス、あんた酔ってるでしょ?」
「あら、分かる?」

私が声をかけると、アリスはちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべながらおどけて答える。
やっぱり酔ってるなあ。いつも誰かと話すときは、必ずと言っていいほど落ち着いた物腰なのに、こんなアリスは珍しい。

「そりゃ分かるわよ。あんたが頬なんて染めるのは、魔理沙と一緒に居るときか、酔ってるときぐらいなんだから」

そう言ってやると、アリスはクスクスと笑いながら「そうね」と呟き、私に体重を預けてきた。
おっと、これは思ったよりも酔いが深いのかも。普段のアリスなら、私にこんなことをしてくるなんて、まずありえないし。
そう思いつつも、別段咎める気分にもならなかったので、私はそのままアリスの体を支えてやる。

「どけないの?」
「あら、どかしてほしいの?」
「……ううん」

アリスはとても意外そうな顔で、でも、どこか嬉しそうに言ってみせる。
私は、そんないつもと違うアリスを見て、思わず「変なの。あんたらしくない」なんて毒づいてしまった。

縁側にて、私たちは静かな時を過ごす。
特に会話をするでもなく、ただぼんやりと座っているだけ。でも、こんな時間が、何だか心地良い。
何をやっているんだろうな、とは思う。せっかく、今夜は宴会だというのに。

客間からは、わぁー!という歓声が聞こえる。大方、飲み比べで萃香が幻の十人抜きでも達成したんだろう。あの筋金入りの飲兵衛だったら、さもありなん。
酒が入ってる状態がむしろ普通とか、どんな化け物だ……あ、鬼か。
ともかく、そもそも素面になったことがないような酒豪に勝てる者がいたなら、ぜひとも顔を見てみたいものだ。

(……ああ、永琳と輝夜は蓬莱の薬飲んでるから、そもそも酒に酔わないんだっけ。それと妹紅も)

夜空に浮かぶ月を眺めながら、私は何となくそんなことを思い出す。

姿や形すら変えることなく、永遠の時を生き続けるという運命を背負った者たち。
あの三人なら萃香にだって負けるはずがない。というか、初めから勝負にすらならないけれど。

「霊夢、変わったわよね」

不意にかけられたアリスの声により、私の思考は中断される。
そして、その『変わった』という彼女の言葉に、私は思わず首をかしげてしまった。
そんな私の様子になど構わず、アリスは更に続けて

「……うん、本当に変わったわ。貴女」
「わざわざ二度も言わなくても分かるけど。でも、突然ね。変わったって、どこがよ?」
「あら、自分で気付いてないの?」
「そんなこと言われても、私は変わってないもの」

そう言って、アリスの言葉を否定する私。
だって本当に、私は何も変わっていないのだから。
当事者である自分で言っているのだから、間違ってはいないはずだ。……多分。

それでも、アリスは納得いかないように、私に対して食い下がってくる。

「変わってるわよ」
「そんなことないって」
「いいえ、大有りよ」
「もう。どこが変わったっていうの?」

はっきりとした断定。でも、あまりにも茫洋。
捉えどころのない彼女の言葉に、私は少し強い口調でそう訊ねる。
すると、アリスは真顔で

「だって、以前の貴女なら、さっき寄りかかった私の体を絶対に避けたはずだもの」
「あのねえ」

いきなり何を言い出しすかと思えばそんなことかと、思わず私はずっこけた。
人のことをどれだけ冷酷な女だと思ってるんだ。長い付き合いなのに、それはちょっとあんまりなんじゃないの?

「要するに、最近の霊夢は丸くなったってこと。まあ、変わったのは貴女だけじゃないけど……。言いたかったのはそれだけよ。他意は無いわ」
「本当に?」
「ええ」

アリスは、こくっと一つ頷く。その姿からは、適当なことを言っているような様子は伺えなかった。
彼女から見れば、私は以前に比べて随分優しくなったらしい。私が誰かと喋っているときとか、普段の仕草から、それが分かるのだそうだ。
……しかし、果たしてそうだろうか?他人の事ならいざ知らず、こういう時、自分自身のことなんていうのはよく分からない。

過去を振り返り、自分自身の行いを思い出そうと考える私。すると、そんな私を見ながらアリスはのんびりと続けた。

「でもまあ、相変わらずだなって部分もあるけどね。変なところで、浮世離れしてるというか」
「って、それどういうことよ」
「んー……例えば、今日もそうね。普通、自分の家の客間があんな惨状になってるのに、それをほったらかしにして、縁側でボーっとしてる家主なんていないわよ」

ゾクリ。

アリスの言葉を聞き、私の背筋に冷たい汗がツー……と流れていく。
いずれ必ず知らなければならないこととはいえ、出来れば、それは聞きたくない情報だった。

「……中、ひどいの?」
「そりゃもう。今年最後の宴会だからか知らないけど、皆はりきっちゃって」

「今日はいつもの倍ぐらい散らかってるわね」というアリスの言葉を聞き、私は今すぐ客間へと飛び込んで、宴会を止めたい衝動に駆られる。
しかし、そんな様子の私を見て、アリスは達観したような表情で

「諦めなさいな。今更何したって、もう遅いわよ」

そのアリスの言葉を聞いて、私はがっくりと項垂れた……。





客間に戻る気もしなくなってしまったので、縁側にて、私たちはぽつりぽつりとお互いの近況などを話し始めた。
最近の出来事。友人関係のこと。その他にも、色々なこと。
思えば、こうして彼女と二人で語り合うのも、随分と久しぶりな気がする。
アリスとの会話は、思いの外盛り上がっていった。

いつになってもお賽銭が入らない。
近頃、魔理沙が人里の子供たちと遊んでばかりで相手してくれない。
早苗からあったかい素麺の作り方を教わった。
早苗といえば、最近にとりの発明品で神社を吹き飛ばされたらしい。
文と椛のラジオ番組で起きた放送事故には驚いた。
私は、幽々子がチルノと協力して、風呂釜でプリンを作ったという話に驚いた。
咲夜が書いたレミリアの伝記を読んだら、子供っぽすぎて笑った。

「そうそう、聞いてよ。魔理沙ったら、実験に失敗して、髪の毛全部抜けちゃって」
「ああ、それ、夏のことでしょ。私も見たわよ。本当、あいつもお調子者で困ったものよね。こないだだって『この神社に賽銭が入らないのは、お前の名前に"れい"が2個も入ってるせいだ』なんてからかわれて」
「ふふっ、何それ。お賽銭れい円ってこと?」
「笑うなー!」

他愛もない話をしながら、私とアリスは笑いあう。
こうして振り返ると、今年も色々なことがあったものだ。
嬉しかったこと。悲しかったこと。悔しかったこと。
内容は様々だけど、話しているうちに、そのどれもが自分の中で大切な思い出になっていると気づかされるから、何とも不思議なものだ。

「橙とナズ―リンの結婚式はすごかったわね。もう藍が泣いて泣いて」
「そりゃそうなるわよ。あいつ、橙の事を式として使ってるってよりも、娘みたいに溺愛してるんだから」
「紫も、だいぶもらい泣きしてたけどね。あ、それと、最近レミリアが新しいゲームを考えたとか聞いたけど」
「ああ、多分『"ん"ゲーム』のことね。私、あれ得意なのよ」
「へえ。どんなゲームなの?」
「簡単よ。要するに、しりとりの反対で―――」

そうやって一頻り話し合い、訪れるしばしの沈黙。
お互いが黙ってしまってから、数分。アリスは、不意に神妙な顔をして、私に語りかけてきた。

「ねえ、霊夢」
「何よ?」
「―――いつまで、ここでこうやって、宴会を開くつもり?」

あくまでも、今までの声と同じように。でも、少しだけ真剣なトーンで。
アリスは、私へとそんな質問を投げかけた。
ただ、その問の意図するところは、よく分からない。アリスの真意が今一つ読み取れず、私は当惑してしまう。

「……どういう意味よ?」
「さっき早苗と文が話してたんだけどね。山に大規模な宴会場を作ろうって。月に何度もここで宴会してると、霊夢が大変だろうから」
「宴会場?」
「文字通り、宴会をするためだけの場所よ。普段の管理は手の空いてる天狗たちが交代で行って、申請があればいつでも使えるような場ってこと。いつも宴会となると、どうしてもここを頼りがちになるからって」
「……」
「悪い話じゃないでしょ?今日だって、もう部屋の中はメチャクチャなことになってるもの。片付けるのは相当骨が折れるでしょうね。でも、そういう場所ができれば、準備から片付けまで、霊夢は何一つ動く必要ないのよ」

先程までと変わらず、沢山の影がうごめく障子の向こうを指さすアリス。
そんな彼女を見るともなしに見ながら、私は頭の中で今の話を整理していく。
宴会を開くためだけの場所?私はもうここを貸すことも、準備も片付けも、しなくていい?

(……すごく、いい話よね)

うん。誰がどう聞いたって、こんなにいい話は、他にない。



―――そんなもの作ってくれるなら、もうここで宴会なんて開くわけないじゃない。すぐにでも話を進めるわよ!



喉元まで出かかったそんな台詞は、しかし、すんでの所で飲みこまれる事となった。

逡巡。
アリスの言葉に、私は自分でも驚く程に迷ってしまう。
願ってもない申し出のはずなのに、この気持ちは一体何だというのだろう。

もし、アリスの言うような場所ができたなら。たしかに、私は一々宴会の仕度に追われたり、片付けに追われたり、酔っぱらいの介抱に追われたりしないで済む。
宴会があっても、ただそこへ行って、飲んで、食べて、騒いで、そのまま帰ってくればいい。
今までの事を考えれば、こんなに良いことは他にないはずだ。
何よりも、私の身を案じてくれる、その思いやりの心が嬉しい。

だというのに、もし本当にそうなった場合を考えた時浮かび上がってくる、この気持ちは何なのだろうか。





「あー……確かに大変は大変だけど」
「だけど?」
「もうちょっとの間なら、ここでこうやって宴会開いてあげてもいいわよ。もうちょっとだけ」

気付けば、私は自分でも驚くような、そんな台詞を口にしていた。

(バカ、バカ、何言ってるのよ私。もう二度とないわよ、こんな絶好の機会)

胸の内にそう思う自分も、たしかにいるのだが、それ以上に、もしここで宴会を開くことがなくなったら。
そう考えた時、何かひどく嫌な感じがしたのだ。……何でそんな風に思うのか、自分でもよく分からないけれど。

(あー、もうっ!何なのよ、この感じ)

私が自分の頭をポカポカと叩きたい衝動を必死で堪えていると、アリスは小首を傾げながら問いかけてくる。

「もうちょっとって、どの位の間かしら?」
「う、うるさいわね。もうちょっとって言ったら、もうちょっとよ。私のためを思ってくれるのは嬉しいけど、皆忙しいし、そんなもの作ってもらったら悪いし。だから、それについては、これから皆で話し合いながらゆっくり考えていけば良くって、その間は」

思わず早口でまくしたてると、アリスは、まるで私の心中を見透かしていたかのように微笑みながら

「昔の霊夢なら、一も二もなく頷いてたんでしょうけどね。きっと、今の霊夢なら、そう言うんじゃないかと思ったわ」
「へ?」
「だって、ここでの宴会がなくなったら寂しいものね?」

カーッ。
アリスの言葉に、思わず私は自分が赤面していくのを自覚してしまう。

「ち、違うわよ!別に寂しいとか、そういう事じゃなくて!」
「そう?」
「そうよ!けど、だから、もうちょっと。もうちょっとだったら、私もまだ我慢できるから」
「はいはい、分かったわよ。そういうことにしておいてあげる」

まるで子ども扱い。アリスはにっこり笑うと、ひらひらと手を振りながら「それじゃ、早苗と文には私から話しておくから」と言い残して、客間へと戻っていった。

「……もう。何だっていうのよ」

一人取り残された私は、縁側でパタリと横になる。
紅潮した頬が、何だかひどく熱い。パタパタと手で仰いでみても、熱はなかなか引かなかった。

(まったく、私が変わったとか、ここで宴会をやらなくなったら寂しいとか、勝手なことばかり言ってくれて)

本当に、いきなりそんなことを言われても、困ってしまう。
大体、自分が変わったかどうかなんて、どうして自分に分かるというのだろうか。
たしかに、私も普段親しみのある人たちが、少しずつ変わっていくのは、今まで見てきたけれど。
それが自分の事ともなると、分かるものだって分からないのは当たり前なんじゃないだろうか。鏡を見れば『ああ、ここが変わったな』と分かるような、単純な話ではないのだ。

「……あ」

そんな事をぼんやりと思いながら空を見上げると、舞い落ちてくる白い粒。
その数は段々と増えていき、気付けばさっきまで姿を見せていた月も、すっぽりと雲に覆われていた。
心なしか、先程までより気温も下がっているように感じられる。

「よっ、と」

草履を履き、軒先へ。屋根のかかっているぎりぎりの所まで行き、腕を伸ばす。
ちらほらと空から落ちてくるそれを手で受けると、ひやりとした感覚がじんわり体を包んだ。

「初雪ね。冬もあったかくなってるとか言うけど、ちゃんと降るんじゃない」

「私の賽銭箱が鳴るより先だったわね」と自嘲しつつ、掌に積もっていく雪を眺める。
今年はもう、見られないと思っていた、思いがけない光景。
気温は下がっても、胸の内はほっこりと温かくなる様で、私は頬を綻ばせた。

明日は、チルノのはしゃぐ様子が見られそうね―――。

そう思い、思わずクスッと笑みをこぼしてから、私ははたと気が付いた。

「……待って。昔の私だったら、別に雪でチルノがはしゃぐからって、その様子を見て笑ったりしてたかしら」

たしか何年か前、本当に冬の終わり間際まで雪の降らなかった年があったはずだ、と私は自分の記憶をたぐり寄せる。
あの冬、初雪が降った時。私は、今のように笑ったりは、全くしていなかった。むしろ、『ああ、ついに降ったか。またあのバカがうるさくなる』とうんざりしていたはずだ。
だというのに、今の私は、間違いなく『明日、チルノの喜ぶ顔が見られるのが楽しみだ』なんて事を考えていた。

「……ああ、そういうこと」

ようやく気が付いた、アリスの言いたかった、私の変化。
たしかに、私は変わっていた。アリスの言うように優しくなれたかどうかまでは分からないが、変わったのは確実だ。

ふと、後ろを振り返る。
障子越しに見える、いくつもの影、影、影。一つ一つがいきいきと、全身で楽しさを表現しているように見えた。
飲めや歌えのお祭り騒ぎは、いよいよ最高潮と言ったところか。
怪力無双の勇儀や、酔っ払うとどこからともなく謎の自爆ボタンを取り出して押そうとするにとりもいることだし、このままでは、いよいよ神社が倒壊しかねない。

「私も、そろそろ中へ戻らないと」

言いながら、草履を脱いで、縁側へと上がる。
自分の家の客間がひどい惨状になっているのに、それをほっといてこんな所でボーっとしている家主なんていないだろう。
客間に戻って、酔っ払い共に向かってパンパンと手を叩きながら『今夜はこれでお開き』と言ってやるのだ。

「別に、寂しくなったから戻るとかじゃないのよ?ただ、早くしないと手遅れになるし」

誰にともなくそんな言い訳をしつつ、私はガラリと客間の襖を開いた。
すると、途端に沢山の視線と声が、一斉に私の元へと集まってくる。

「おー霊夢、遅いぜ。一体外で何やってたんだ?」
「わざわざ来て下さったお客様を放っておくなんて、随分ね霊夢。そんなだから、私たちのネタを見逃したりするのよ。折角、今日はとびきりのネタを持ってきたっていうのに。ねえ、えーきちゃん」
「本当です。そう、貴女には少しお客をもてなそうという気持ちが足りなさすぎる」
「まあまあ、いいじゃないの。代わりに霊夢には、私たちの新作を今からお披露目するから。行くわよフラン」
「ええ、お姉様」
「あんたらねえ……」

眼下に映るのは、見渡す限りの酔っぱらい。
そんな連中を眺めながら、「今夜はもうお開きよ!」と言おうとした瞬間に、部屋の隅へ座っていたアリスと目が合った。
私の顔を見ながら、先程のように、ニコリとした笑みを浮かべるアリス。
そんなアリスを見て、私は思わず「うっ」と小さくうめいてしまう。

「……もうちょっと」
「ん?どした、霊夢」
「今夜の宴会。もうちょっと、だけだからね」

私が言うと、魔理沙は目を丸くしながら

「お!お前にしては気前がいいな。いつもならこの辺で、無理やりにでもお開きにしちまうのに」
「うっさい。どうせあんたら、私が一言言ったくらいじゃ終わらないじゃないの」

再び染まっていく頬をなるべく隠しながら、私はチラリとアリスを見やる。
アリスはどこか満足気な様子で、先程よりも笑みを深めていた。
……本当、こいつには敵わない。そう思い、アリスからふいっと目を逸らす。

「それじゃあ、家主の許可も出たことだし、皆、今夜は朝までとことん飲むぜ!」
「ちょ!?あんたさっきの話聞いてたでしょ!?もうちょっとだけよ、もうちょっと!」
「あら、たったの一晩でしょ?そんなの、私たちの一生の内でいうと、ほんの一瞬みたいなものよ?」
「アリスまで!?何訳の分からない屁理屈言ってるのよもう!」

私たちのやりとりにどっと客間中が沸き、気が付けば、私自身怒りながらも笑っていた。

もうちょっと、もうちょっととは言うが、まだまだお酒は残っているし、話のタネもそれぞれ尽きる様子がない。
つまり、当分宴会を終わらせられるような雰囲気ではない。
それならば、ここは楽しまない方が損だ。

私は「はぁ」とため息を一つ吐くと

「魔理沙」
「お?」
「お酒、持ってきて。強めのやつ」
「おお!そう来なくっちゃ!」

「霊夢もやっと乗り気になってきたな。ちょっと待ってろよ」と言って、魔理沙は手近な机へと向かって行く。
そんな様子を見るでもなく見ていると、ちょいちょいと後ろから服の袖を引かれた。
振り向くと、そこには上機嫌そうにしているアリスの姿。

「何よ、アリス」
「ふふっ。その様子だと、気付いたんだなと思って」
「……何の話?」
「決まってるでしょ。貴女が、昔に比べてだいぶ変わったって話」

不敵に笑いつつ、確信を持っているかのように、アリスは私へ問いかけてくる。

(くぅ、この魔女は、本当にもう)

まるで全てお見通しと言わんばかりの、その問いかけ。だけど、縁側での一件を考えれば、ここで簡単に「ええそうね」なんて頷くことも出来ない。
そう思い、私は、不利を承知でつい口答えをしてしまう。

「さっき言われたばっかりで、そんなの、分かる訳ないでしょうが。自分のどこが変わったかなんて」
「しらばっくれないの。魔理沙だって言ってたじゃない。『いつもならこの辺で、無理やりにでもお開きにしちまう』って」

そこまで言い終えると、アリスはいよいよ核心に触れるかのように

「そうしなかったのは、もっと皆で騒いでいたかったから。皆がここで楽しそうにしているのを眺めていたくて、そういう自分に気がついたから……違う?」

ニコリと。
満面の笑みを浮かべたアリスにそう言われてしまえば、私に返せる言葉は、もはやないと言ってよかった。だって実際、アリスの言う通りだったから。

まったく、変わったのはどっちだか。こいつだって、昔は、そんな表情を誰かに向けるやつでは無かったろうに。

(ああ、そういえばさっき「変わったのは貴方だけじゃない」と言っていたのは、アリスだったっけ)

ふと、縁側でのやり取りを思い出す。
あの時アリスはもしかしたら、私のことだけでなく、自分自身も、以前に比べて変わったということが言いたかったのかもしれない。

(そりゃそうよね。人間だって、妖怪だって、毎日、色々あるんだもの)

本当、飽きもせずに毎日大騒ぎだものね、と、私は内心で苦笑した。

大きな異変が起きることもあれば、イベント事に浮かれることもある。
日常の中でだって、大なり小なり何かしら、色んな事が起きているのだ。
それを考えれば、変わらないものなんてある訳がない。

(私も、こいつらもね)

アリスから視線を外し、客間を見渡す。
酔っぱらい共が飲み、騒ぎ、横になり、好き勝手に過ごしている。そんな見慣れたはずの風景が、何故か、少しだけ新鮮に思えた。

(さて、そうはいっても)

それとこれとは、違う話。
アリスの言う事は全くの図星だし、私はそのことにもう気付いている。
それでもやっぱり、それを素直に認めるのは、どうにも癪だ。

そう思い、私は微笑みながら「さあ、どうかしら?」と言いつつ、アリスに向けてベッと舌を出してやった。
「ねえ、魔理沙」
「ん?何だ、アリス」
「さっき霊夢と話してたんだけど、あの子、ほんとに変わったわよね。雰囲気が、昔より優しくなった感じがしない?」
「んー、そうだな。昔は、いつ会っても覇気がないっていうか、本当『気怠き一日生きるだけ』って感じがする奴だったけど」
「魔理沙、それ私の図書館の本に書いてあったネタじゃないの。というか、その本も含めて、借りている本を早く返しなさい」
「あー、あれ、今年の正月頃借りたのだから、もうそろそろ一年か。心配しなくても、もうちょっとしたら返すぜ。もうちょっとな」
「貴女の『もうちょっと』ほど、あてにならない言葉もないんだけど」
「むう。手厳しい魔女さんだぜ。でも、そうだな。何か、最近の霊夢は、昔と比べて変わったように思えるな」
「ええ。それは、私も2人に同感ね」
「……ふふっ、やっぱりそうよね」

「昔の霊夢は、あんなに楽しそうに笑ったりしなかったもの」

――――――――――――――――――――

初めに。

今まで僕の作品を読んで下さった全ての方へ。本当にありがとうございます。
今まで僕の作品を読んだことがないという方へ。分からないネタばかりだったと思います。申し訳ありません。何で橙とナズ―リンが結婚してるんだよ、とか……。
ただ、そういうことがあったんです。僕の幻想郷では。

作家さんの数だけ幻想郷があって、作品の数だけ色んな事が起こってる。作品を書いた数だけ、色んな事が変わっていく。
その中で、自分の残してきた幻想郷の出来事をどうしてもまとめたくて、こんな話を書いてしまいました。本当に、自己満足以外の何物でもないと思います。ごめんなさい。
(いっそタイトルを「微笑がえし」にしようかなんて思いましたが、さすがにやめときました)

「もうちょっと、もうちょっと」と頑張ってきて、今回で、自分名義の作品としては50作目。
まだ、幻想郷でのどんちゃん騒ぎを綴っていけたらなあと思っている所存です。

もうちょっとだけ、ね。
ワレモノ中尉
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コメント



0.1260点簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力 削除
50作品投稿お疲れ様です。と共に
50作品分のありがとうを。
こういうお話の霊夢の相手はアリスがしっくりきますね。
2.100点名前が無い程度の能力 削除
↑失礼、点数入れ忘れました。
5.100点非現実世界に棲む者 削除
ほんとに素直じゃないなあ霊夢は。
でも意地になって反論する霊夢もまた可愛いかと思います。
あまり読んだことがありませんが私からも。
50作品目到達おめでとうございます。
7.100点奇声を発する程度の能力 削除
とても面白かったです
そして、50作品おめでとうございます
これからも頑張って下さい
9.100点名前が無い程度の能力 削除
優しい余韻が後に残るとなんだか寂しくなる
それにしても「もうちょっとだけ」とはご謙遜を
50作というとようやく折り返し地点ではないですかー
10.100点絶望を司る程度の能力 削除
50作品おめでとうございます。ホント霊夢は素直じゃないなぁ
13.90点うり坊 削除
いい雰囲気だ
22.80点名前が無い程度の能力 削除
可愛かった
32.100点紅川寅丸 削除
ご無沙汰をしております。
50タイトルお疲れ様です。
「作家の数だけ幻想郷」まさしくその通りですね。
今後のご活躍も期待しております。
38.100点Yuya 削除
良い作品をありがとうございます