以前、と言ってもどの位前か忘れてしまったが、小さな瓶を拾った。
香水を入れるための小瓶らしく、金属の装飾と凝った花の細工が施された硝子。繊細な魅力があって目を引いた。
ラベルのような物もなく一体どんな香りで楽しませてくれるのかと期待したが、残念なことに中は香りの無い空気だけ。
それでも装飾が気に入った僕はその瓶を持ち帰り、引き出しの隅にしまっていた。
きっとこの小瓶は中の物を引き立ててくれるだろう。
そして今……
─きゅっ─
僕は小瓶の蓋を閉める。
中に香水を入れた。いや、入れたから香水に成ったと言うべきか。
香水というのは何かに閉じ込めるまでは香りのする唯の液体でしか無く、液体だけで売買される事は個人間では殆ど無い。
容器に入れることで初めて物としての香水になるんだ。
つまり容器と液体が相まって一つの品となる。
もし酒瓶にでも入れたりしたら、価値は間違いなく元の香水よりも下がるだろう。
僕の気に入ったこの瓶は間違いなく香水を良く見せるし、魅せる。
それにこの香水は唯の香水ではない。
―─カランカラン
「霖之助さん、居る?」
瓶を太陽にかざし、光の屈折と反射を楽しんでいたら、霊夢がやって来た。
「なんだ霊夢か。今日は何の用かな」
「聞いてよ、さっき天狗に空で轢かれそうになって……」
ただ愚痴を漏らしに来たらしい。道も無い空でのいざこざは本人たちの間に留めてほしい物だ。
飛べない者達にとっては流れ行く雲と殆ど変わらないのだから。
「……霖之助さん。何持ってるの?」
適当な相槌で聞いて居たが、彼女は僕が手に持って居る物が気になったらしく、話を切って聞いてきた。
「これは忘れ草の花で作った香水だよ」
「へえ、珍しい……」
「これを香ればたちまちに憂き事を忘れられる筈だ」
「何それ、胡散臭いわね」
欠伸をする霊夢、いかにも興味なさそうだ。しかし道具屋としてはこの道具の魅力を伝えなくては成るまい。
そう、この香水はただの香水では無く、魔法具として作った忘れ草の香水だ。
何時だったか新聞で楽しい夢を見られるという丸薬を見かけた。
あれが売れるのならば、きっと悪いことを忘れられるこの香水も売れるに違いない。
まあ大量生産には程遠い作業量だったのたが……。
「忘れ草は万葉の時代から憂いを忘れさせてくれる装飾品だ。香水にすればその効果だって濃縮される。つまりこの香水を嗅げばたちまちに憂いを忘れてしまうというわけさ」
「ふーん……。この世は憂き世とも言うし、全部忘れちゃったりして」
憂き世か、確かにその考えはなかったが……。
「試して見るかい?」
「試してそうだったら、どうしてくれるの」
「一つくらいなら頼み事を聞いてあげてもいいかな」
「言ったわね、約束よ」
さっき入れたので無論試していないのだが、自信はそれなりにある。
霊夢はかなり怪しんでいたが、好奇心に負けたと見え蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
霊夢は蓋を閉じた。
「……」
「私達何をしてたんだっけ?」
「えーと、なんだったかな……」
――カランカラン
「よう香霖、霊夢も来てたんだな」
「ん?魔理沙……あんたも来た……の?」
魔理沙が入ってきた。いつの間にか霊夢も来た、いや最初からいたんだったかな。そもそも僕達は何をしていたんだったか。
彼女はいつもの調子で、軽く跳ねつつ霊夢の隣に来ると、香水の瓶をひったくった。
「なんだこれ、香水? 霊夢が香水を手に取るなんて、誰かの気を引くつもりか」
「何いってんのよ、こんな香水知らないわ」
「ああ、それは僕が作った忘れ草の香水だ。嗅げば憂き事を忘れることが出来る」
「うわぁ、嘘臭いな」
「あ! それどっかで聞いたこと有るかも!」
何だって? 僕の他にも、いや僕よりも先に忘れ草の香水を作った奴が居たのだろうか。それは是非顔を見たいものだが……。
「しかしこの世は憂世ともいうんだから、全部忘れたりするんじゃないのか?」
「まさか。試して見るかい?」
実は試したことが無いのだが。
魔理沙は無邪気な子供の笑顔で蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達って何してたんだっけ?」
「……さぁ」
僕達は三人顔を見合わせていた。三人で居ることも良くあることなのだが……何の為に集まったのか思い出せない。
「魔理沙の持ってるの何それ?」
「ん、なんだこりゃ……香水かな」
「おい、勝手に商品を持ち出すんじゃない。それは忘れ草で作った香水だ」
「そ、そうだったか?すまんすまん」
魔理沙は笑いつつカウンターの上に香水を置く。まったく油断も隙もありゃしない。
「それより、私なんかお腹空いてきたんだけど」
「いきなり店に来て、何を言ってるんだ。此処は食事所じゃ無い」
「私よりがめついぞ」
「う、でも空いた物は空いたの、何か無い?」
「生憎と今は何もないね。米すらない、味噌だけだな」
そういうと霊夢は明らかに表情を曇らせた。作ってもらえるなら材料を渡すのもやぶさかではなかったりするが、明日になったら何か買おうと思っていたのだから仕方ない。
「なんだ、つまんないの」
「でもたまには何処か食べに行きたいな、里の蕎麦屋とか」
「ね。もしかして霖之助さんが連れてってくれたり……」
急に僕に振られる。ため息を禁じ得ない。
「しない。なんで僕が連れて行く必要がある、保護者じゃ有るまいし」
香水の小瓶が目に入った。この香水を開けたら、きっとこの話も無かったことに出来るに違いない。
「霖之助さんなら老舗とか知ってそうだし、妖怪じみた舌ではないだろうから……」
そう言いながら霊夢は首を捻っていた。まるで僕がそんな風に言うなんて思ってなかったみたいに。
「僕は連れ回されるのも、連れ回すのも好きじゃない。それにこの香水の力を試そうと思っていたところだからね」
「忘れ草で作った香水。だったか?忘れな草は魔術でも偶に出てくるが……」
「忘れ草は元々大陸の文化らしい、憂いを忘れさせてくれるのさ」
「この世は憂き世とも言うし、全部忘れちゃったりして」
「まさか。そうだったら蕎麦でも何でも奢ってあげるよ」
「お、言ったな。三人で行こうか、約束だぞ」
まあ約束も何も仮にそうだったらその事も忘れてしまうわけだが。
僕は蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達何してたんだっけ?」
「ええと、確か暇だから来たんだったが」
「客じゃなかったらお帰りいただきたいね」
霊夢と魔理沙と……いつから居たんだったか。まあこの二人はいつの間にか居たりするから、どうでも良いと言えばそうなんだが。
それよりも気になるのはこの香水だ。まだ一度も試していないから、早く効果を確かめてみたい。
「霖之助さんその小瓶なに?」
「これかい?これは忘れ草で作った香水さ。一度香れば憂い事を忘れる事が出来る……筈だ」
「あ、なんかそれ知ってるかも……」
「私も聞いたことある気が……」
二人が知っている?こんな独創的な発想が出来るのはそうは居ないと思っていたのに。
奢っていたわけではないが、少し憂鬱になってしまうな。
「それは誰に聞いた話だい?」
「うーん、そこまではちょっと……思い出せないけど」
「私も忘れたな。でもこの世は憂き世とも言うし、全部忘れちゃったりして」
そんな馬鹿な事はあるまい。
「試してみれば分かる」
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達何してたんだっけ?」
「ええと、確か暇だから来たんだったが」
霊夢と魔理沙は二人しきりに首をひねっている。僕もだから三人か。
何か違和感を覚えつつも、その原因が掴めない。ただ、何か非常にまずい事が起きている気がする。
「霖之助さん、それ何持ってるの?」
「これかい?これは忘れ草で作った香水さ。一度香れば憂い事を忘れる事が出来る……」
そうだ、とりあえずそんな違和感は後回しにしてこれを試そう。
霊夢と魔理沙が無垢な瞳で不思議がっている中、僕は蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達何してたんだっけ?」
「その前に、何か足が疲れた……香霖、座っても良いか?」
「いつも勝手に座ってるじゃないか、座って欲しくないところにだけど」
魔理沙は店内を歩き回った。実は魔理沙が変なところに座る事を見越して、今日は座れそうな場所がない。壷には棒を差したし、机も実に中途半端な位置に動かし、上は小物の山。
「霖之助さん、その小瓶は何?」
魔理沙を見ていたら、霊夢が聞いてきた。
「これかい?これは忘れ草で作った香水さ。一度香れば憂い事を忘れる事が出来る……」
「何それ怪しいわね……」
「憂い事ねぇ、憂き世とも言うし。全部忘れたりしてな」
「試してみれば分かる事さ」
「おわっ!」
蓋を開けようとしたら、魔理沙が転んだ。机が蹴っ飛ばされひやりとしたが、幸い魔理沙も机の上も無事だった。
「何やってんのよ、ほら」
「むう。今日はどうにも調子が悪い、来て早々だがやっぱり帰る」
「魔女は確かに足腰の弱いイメージだが。そういうイメージを体言するのはまだ年齢にふさわしくないと僕は思うよ」
「そんなもん意識するわけないだろう」
魔理沙はやや怒り気味で出て行った。
それを確認した後、霊夢と二人瓶を注視する。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「私何してたんだっけ……」
「僕に聞いてどうするんだ」
「うーん。あ、それ何持ってるの?」
「これかい?これは忘れ草で作った香水さ。一度香れば憂い事を忘れる事が出来るんだ」
「へぇ。どんな香りなのかしらね、私は嘘臭さしか感じないけど」
「試せば分かるさ」
―─カランカラン
「ちょっと八卦炉の調子が悪かったのを今思い出した。というわけでちょっとただいま」
苦笑いの魔理沙が帽子の上から頭を掻きつつ入ってきた。
「あら、魔理沙……」
「良く来たね、魔理沙もこの香水の力を試してみるかい?」
「ん?」
魔理沙が何故か笑顔のまま固まった。
「憂い事を忘れる香水なんだって、嘘臭いわよね」
「おい、それさっきも……」
そう言うと彼女は顔が青ざめていく。
もしかした霊夢の言葉で逆に忘れかけていた憂い事を想起してしまったのかもしれない。
「ああ、安心しろ。そう言う事も忘れられるさ」
「違う! その香水は……」
魔理沙がズカズカと此方に来た。僕は特に躊躇せず蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達何してたんだっけ?」
「その前に、何か足が疲れた……香霖、座っても良いか?」
「いつも勝手に座ってるじゃないか、座って欲しくないところにだけど」
魔理沙は適当に座った。
今日は魔理沙が変なところに座らないように対策したつもりだったが、誰かが物をけっ飛ばした見たく一部物が動いていた。
「霖之助さん、その小瓶は何?」
僕が持っているこの香水。心なしかさっきより減っている気がするな。
まだ試しては居ない、僕は何も言わず蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……」
「なあ、香霖……その香水」
「ああ、わかってる」
多分、この香水の事が気になるんだろう。僕もまだ試していない。
無性に試したくなる。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……」
「ねぇ、霖之助さん……その香水って」
「わかってる」
本当は何もわかってないが、この香水の事が気になるんだろう。
僕もまだ試していない。無性に試したくなるんだ。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……」
三人でただじっと香水を見ていた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
―きゅぽっ―
―きゅっ―
―きゅぽっ―
―きゅっ―
―きゅ―
「霖之助さん」
「ん?」
僕は手を止めた。
「約束、覚えてる?」
「……何の約束だったかな」
「お蕎麦屋さんに行くって。約束したじゃない?」
霊夢はじっと香水を見ながら言う。
「そんな約束したかな」
「私も覚えてるぞ、奢ってくれるってな。いつしたのかは、覚えてないけど……」
魔理沙はじっと香水を見ながら言う。そういえば……いつだっからそんな約束をした気もする。
「これを試してからじゃ駄目か?」
僕はじっと香水を見ながら言う。
「駄目よ、後にしたら忘れちゃうかもしれないし」
「……わかったよ」
僕は諦めて香水から目を逸らした。続いて二人も目をそらすと、楽しそうに笑った。
奢ってもらえるから喜んでいるんだ。勿論僕は笑顔になれない。
「やっぱり香水の効果を試してからじゃ駄目かい?」
「駄目、何か知らないけど香水よりお蕎麦。そんな香水は忘れてお蕎麦食べに行きましょう」
霊夢にそう言われると何となく断れない気がする。
僕は渋々香水を引き出しに仕舞い、外出の準備をした。
もし僕の気持ちがわかる人なら直ぐにでもこの香水を使いたくなるだろう。
口には出さないが、こんな二人のために里に出向いて奢るなんて……
この世は憂き世に違いない。
香水を入れるための小瓶らしく、金属の装飾と凝った花の細工が施された硝子。繊細な魅力があって目を引いた。
ラベルのような物もなく一体どんな香りで楽しませてくれるのかと期待したが、残念なことに中は香りの無い空気だけ。
それでも装飾が気に入った僕はその瓶を持ち帰り、引き出しの隅にしまっていた。
きっとこの小瓶は中の物を引き立ててくれるだろう。
そして今……
─きゅっ─
僕は小瓶の蓋を閉める。
中に香水を入れた。いや、入れたから香水に成ったと言うべきか。
香水というのは何かに閉じ込めるまでは香りのする唯の液体でしか無く、液体だけで売買される事は個人間では殆ど無い。
容器に入れることで初めて物としての香水になるんだ。
つまり容器と液体が相まって一つの品となる。
もし酒瓶にでも入れたりしたら、価値は間違いなく元の香水よりも下がるだろう。
僕の気に入ったこの瓶は間違いなく香水を良く見せるし、魅せる。
それにこの香水は唯の香水ではない。
―─カランカラン
「霖之助さん、居る?」
瓶を太陽にかざし、光の屈折と反射を楽しんでいたら、霊夢がやって来た。
「なんだ霊夢か。今日は何の用かな」
「聞いてよ、さっき天狗に空で轢かれそうになって……」
ただ愚痴を漏らしに来たらしい。道も無い空でのいざこざは本人たちの間に留めてほしい物だ。
飛べない者達にとっては流れ行く雲と殆ど変わらないのだから。
「……霖之助さん。何持ってるの?」
適当な相槌で聞いて居たが、彼女は僕が手に持って居る物が気になったらしく、話を切って聞いてきた。
「これは忘れ草の花で作った香水だよ」
「へえ、珍しい……」
「これを香ればたちまちに憂き事を忘れられる筈だ」
「何それ、胡散臭いわね」
欠伸をする霊夢、いかにも興味なさそうだ。しかし道具屋としてはこの道具の魅力を伝えなくては成るまい。
そう、この香水はただの香水では無く、魔法具として作った忘れ草の香水だ。
何時だったか新聞で楽しい夢を見られるという丸薬を見かけた。
あれが売れるのならば、きっと悪いことを忘れられるこの香水も売れるに違いない。
まあ大量生産には程遠い作業量だったのたが……。
「忘れ草は万葉の時代から憂いを忘れさせてくれる装飾品だ。香水にすればその効果だって濃縮される。つまりこの香水を嗅げばたちまちに憂いを忘れてしまうというわけさ」
「ふーん……。この世は憂き世とも言うし、全部忘れちゃったりして」
憂き世か、確かにその考えはなかったが……。
「試して見るかい?」
「試してそうだったら、どうしてくれるの」
「一つくらいなら頼み事を聞いてあげてもいいかな」
「言ったわね、約束よ」
さっき入れたので無論試していないのだが、自信はそれなりにある。
霊夢はかなり怪しんでいたが、好奇心に負けたと見え蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
霊夢は蓋を閉じた。
「……」
「私達何をしてたんだっけ?」
「えーと、なんだったかな……」
――カランカラン
「よう香霖、霊夢も来てたんだな」
「ん?魔理沙……あんたも来た……の?」
魔理沙が入ってきた。いつの間にか霊夢も来た、いや最初からいたんだったかな。そもそも僕達は何をしていたんだったか。
彼女はいつもの調子で、軽く跳ねつつ霊夢の隣に来ると、香水の瓶をひったくった。
「なんだこれ、香水? 霊夢が香水を手に取るなんて、誰かの気を引くつもりか」
「何いってんのよ、こんな香水知らないわ」
「ああ、それは僕が作った忘れ草の香水だ。嗅げば憂き事を忘れることが出来る」
「うわぁ、嘘臭いな」
「あ! それどっかで聞いたこと有るかも!」
何だって? 僕の他にも、いや僕よりも先に忘れ草の香水を作った奴が居たのだろうか。それは是非顔を見たいものだが……。
「しかしこの世は憂世ともいうんだから、全部忘れたりするんじゃないのか?」
「まさか。試して見るかい?」
実は試したことが無いのだが。
魔理沙は無邪気な子供の笑顔で蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達って何してたんだっけ?」
「……さぁ」
僕達は三人顔を見合わせていた。三人で居ることも良くあることなのだが……何の為に集まったのか思い出せない。
「魔理沙の持ってるの何それ?」
「ん、なんだこりゃ……香水かな」
「おい、勝手に商品を持ち出すんじゃない。それは忘れ草で作った香水だ」
「そ、そうだったか?すまんすまん」
魔理沙は笑いつつカウンターの上に香水を置く。まったく油断も隙もありゃしない。
「それより、私なんかお腹空いてきたんだけど」
「いきなり店に来て、何を言ってるんだ。此処は食事所じゃ無い」
「私よりがめついぞ」
「う、でも空いた物は空いたの、何か無い?」
「生憎と今は何もないね。米すらない、味噌だけだな」
そういうと霊夢は明らかに表情を曇らせた。作ってもらえるなら材料を渡すのもやぶさかではなかったりするが、明日になったら何か買おうと思っていたのだから仕方ない。
「なんだ、つまんないの」
「でもたまには何処か食べに行きたいな、里の蕎麦屋とか」
「ね。もしかして霖之助さんが連れてってくれたり……」
急に僕に振られる。ため息を禁じ得ない。
「しない。なんで僕が連れて行く必要がある、保護者じゃ有るまいし」
香水の小瓶が目に入った。この香水を開けたら、きっとこの話も無かったことに出来るに違いない。
「霖之助さんなら老舗とか知ってそうだし、妖怪じみた舌ではないだろうから……」
そう言いながら霊夢は首を捻っていた。まるで僕がそんな風に言うなんて思ってなかったみたいに。
「僕は連れ回されるのも、連れ回すのも好きじゃない。それにこの香水の力を試そうと思っていたところだからね」
「忘れ草で作った香水。だったか?忘れな草は魔術でも偶に出てくるが……」
「忘れ草は元々大陸の文化らしい、憂いを忘れさせてくれるのさ」
「この世は憂き世とも言うし、全部忘れちゃったりして」
「まさか。そうだったら蕎麦でも何でも奢ってあげるよ」
「お、言ったな。三人で行こうか、約束だぞ」
まあ約束も何も仮にそうだったらその事も忘れてしまうわけだが。
僕は蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達何してたんだっけ?」
「ええと、確か暇だから来たんだったが」
「客じゃなかったらお帰りいただきたいね」
霊夢と魔理沙と……いつから居たんだったか。まあこの二人はいつの間にか居たりするから、どうでも良いと言えばそうなんだが。
それよりも気になるのはこの香水だ。まだ一度も試していないから、早く効果を確かめてみたい。
「霖之助さんその小瓶なに?」
「これかい?これは忘れ草で作った香水さ。一度香れば憂い事を忘れる事が出来る……筈だ」
「あ、なんかそれ知ってるかも……」
「私も聞いたことある気が……」
二人が知っている?こんな独創的な発想が出来るのはそうは居ないと思っていたのに。
奢っていたわけではないが、少し憂鬱になってしまうな。
「それは誰に聞いた話だい?」
「うーん、そこまではちょっと……思い出せないけど」
「私も忘れたな。でもこの世は憂き世とも言うし、全部忘れちゃったりして」
そんな馬鹿な事はあるまい。
「試してみれば分かる」
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達何してたんだっけ?」
「ええと、確か暇だから来たんだったが」
霊夢と魔理沙は二人しきりに首をひねっている。僕もだから三人か。
何か違和感を覚えつつも、その原因が掴めない。ただ、何か非常にまずい事が起きている気がする。
「霖之助さん、それ何持ってるの?」
「これかい?これは忘れ草で作った香水さ。一度香れば憂い事を忘れる事が出来る……」
そうだ、とりあえずそんな違和感は後回しにしてこれを試そう。
霊夢と魔理沙が無垢な瞳で不思議がっている中、僕は蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達何してたんだっけ?」
「その前に、何か足が疲れた……香霖、座っても良いか?」
「いつも勝手に座ってるじゃないか、座って欲しくないところにだけど」
魔理沙は店内を歩き回った。実は魔理沙が変なところに座る事を見越して、今日は座れそうな場所がない。壷には棒を差したし、机も実に中途半端な位置に動かし、上は小物の山。
「霖之助さん、その小瓶は何?」
魔理沙を見ていたら、霊夢が聞いてきた。
「これかい?これは忘れ草で作った香水さ。一度香れば憂い事を忘れる事が出来る……」
「何それ怪しいわね……」
「憂い事ねぇ、憂き世とも言うし。全部忘れたりしてな」
「試してみれば分かる事さ」
「おわっ!」
蓋を開けようとしたら、魔理沙が転んだ。机が蹴っ飛ばされひやりとしたが、幸い魔理沙も机の上も無事だった。
「何やってんのよ、ほら」
「むう。今日はどうにも調子が悪い、来て早々だがやっぱり帰る」
「魔女は確かに足腰の弱いイメージだが。そういうイメージを体言するのはまだ年齢にふさわしくないと僕は思うよ」
「そんなもん意識するわけないだろう」
魔理沙はやや怒り気味で出て行った。
それを確認した後、霊夢と二人瓶を注視する。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「私何してたんだっけ……」
「僕に聞いてどうするんだ」
「うーん。あ、それ何持ってるの?」
「これかい?これは忘れ草で作った香水さ。一度香れば憂い事を忘れる事が出来るんだ」
「へぇ。どんな香りなのかしらね、私は嘘臭さしか感じないけど」
「試せば分かるさ」
―─カランカラン
「ちょっと八卦炉の調子が悪かったのを今思い出した。というわけでちょっとただいま」
苦笑いの魔理沙が帽子の上から頭を掻きつつ入ってきた。
「あら、魔理沙……」
「良く来たね、魔理沙もこの香水の力を試してみるかい?」
「ん?」
魔理沙が何故か笑顔のまま固まった。
「憂い事を忘れる香水なんだって、嘘臭いわよね」
「おい、それさっきも……」
そう言うと彼女は顔が青ざめていく。
もしかした霊夢の言葉で逆に忘れかけていた憂い事を想起してしまったのかもしれない。
「ああ、安心しろ。そう言う事も忘れられるさ」
「違う! その香水は……」
魔理沙がズカズカと此方に来た。僕は特に躊躇せず蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……私達何してたんだっけ?」
「その前に、何か足が疲れた……香霖、座っても良いか?」
「いつも勝手に座ってるじゃないか、座って欲しくないところにだけど」
魔理沙は適当に座った。
今日は魔理沙が変なところに座らないように対策したつもりだったが、誰かが物をけっ飛ばした見たく一部物が動いていた。
「霖之助さん、その小瓶は何?」
僕が持っているこの香水。心なしかさっきより減っている気がするな。
まだ試しては居ない、僕は何も言わず蓋を開けた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……」
「なあ、香霖……その香水」
「ああ、わかってる」
多分、この香水の事が気になるんだろう。僕もまだ試していない。
無性に試したくなる。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……」
「ねぇ、霖之助さん……その香水って」
「わかってる」
本当は何もわかってないが、この香水の事が気になるんだろう。
僕もまだ試していない。無性に試したくなるんだ。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
「……」
三人でただじっと香水を見ていた。
―きゅぽっ―
―きゅっ―
―きゅぽっ―
―きゅっ―
―きゅぽっ―
―きゅっ―
―きゅ―
「霖之助さん」
「ん?」
僕は手を止めた。
「約束、覚えてる?」
「……何の約束だったかな」
「お蕎麦屋さんに行くって。約束したじゃない?」
霊夢はじっと香水を見ながら言う。
「そんな約束したかな」
「私も覚えてるぞ、奢ってくれるってな。いつしたのかは、覚えてないけど……」
魔理沙はじっと香水を見ながら言う。そういえば……いつだっからそんな約束をした気もする。
「これを試してからじゃ駄目か?」
僕はじっと香水を見ながら言う。
「駄目よ、後にしたら忘れちゃうかもしれないし」
「……わかったよ」
僕は諦めて香水から目を逸らした。続いて二人も目をそらすと、楽しそうに笑った。
奢ってもらえるから喜んでいるんだ。勿論僕は笑顔になれない。
「やっぱり香水の効果を試してからじゃ駄目かい?」
「駄目、何か知らないけど香水よりお蕎麦。そんな香水は忘れてお蕎麦食べに行きましょう」
霊夢にそう言われると何となく断れない気がする。
僕は渋々香水を引き出しに仕舞い、外出の準備をした。
もし僕の気持ちがわかる人なら直ぐにでもこの香水を使いたくなるだろう。
口には出さないが、こんな二人のために里に出向いて奢るなんて……
この世は憂き世に違いない。
無限ループって(略
憂き世は憂しの小車、てか(多分意味ちがう(笑)。
このまま永遠に続かなくて良かった。
……と思って冒頭を改めて読んだら、ちょっと怖くなった
これって無限ループ……じゃないよね?
しかし、霖之助は愚痴ってますが、今回ばかりは二人に奢るくらいの迷惑はかけている気がしますっ
ところで、この香水を阿求に使ったらどうなるでしょうね。
米沢「つガスマスクっぽいマスク」
きゅぽっ