風も涼しくなる秋の終盤。作物の収穫もたけなわで、里では神々に奉納する供物や
その収穫作業や見張りなどを手伝ってくれる妖への感謝の品を作る時期。
旨い酒だけあれば何もいらないよ、と言う力自慢の鬼が居ると思えば、虫達の為にと収穫された物に加え家畜の肉を要求する虫使いや
薬草や鉱石を納入する事を希望してくる月の医者、備蓄もいいけどお賽銭も…と言う巫女もいるし、反対に、あなた方の信心が
私達の力なので…と村人に榊と御幣を配り歩く巫女も居る。
里の中心にある市場は収穫したものを時には売り、時には川にいる妖が作る川魚の干物や獣の燻製などを物々交換で取引している。
食うか食われるかの関係でも、人に深い関わりを持つものは持ちつ持たれつで生きている。
ただし、礼儀のなっていない者には容赦なく仕置きの雷が落ちるのは当然の事で、それでその者が黒焦げで倒れていても
嘘を暴くサトリの妖が守護者とともに、その者の失礼を明かせば里人は咎めない。
そんな光景を山の崖上から見ている者が居る。
青を基調としたワンピースに肩が膨らんでいる白いブラウスとエプロン。スカートからのぞくドロワーズ。
頭にはダッチキャップを乗せたその少女は、つまらなそうに里の賑わいを、岩に腰掛けて見ていた。
「全くいい気なものよね。私の好きな季節を人間は除け者にするんだから」
冬の妖怪ーーーレティ・ホワイトロックは呟いた。
「大体、輝く冬があるから乾く夏の暑さにも人は耐えられるし、家に閉じこもって歓談するからこそ、むなしい孤独に耐えられるというのに」
そう愚痴るのもむべなるかな。
雪下ろしで腰が抜けただの、やれ屋根から落ちて冬中寝たきりだの、動物からは貴重な草の芽を隠すなだのと好き放題言われていれば
やさぐれたくなる気持ちも解ろう物だ。
しかもこの季節から冬篭りを始めねばならない動物や妖怪は、餌を集めるために要らん働きが増えると文句を垂れる。
そんな事を冬神ではない彼女に言われても困るのだ。
「山も眠る季節に起きるのは私と子供たちだけ、か」
その響きには多分にいじけた物がある。
「そうでも無いと思うけどね」
不意に掛けられた声に振り向くと、そこには双子神の妹、秋穣子がにこやかに立っている。
「珍しいわね。あなたがこの時期に居るなんて」
本当に珍しそうな声音にレティは返す。
「寒露も過ぎる頃だもの。この季節は人間の感覚で言えば春と同じよ。私にはね」
そう言うと、彼女はまた興味を失ったかのごとく人里に向き直る。
「私にもあなたみたいに何か人に好かれる力が欲しいわ」
穣子は何も言わず、レティの隣に座って、何かを差し出した。それは紫色の、少し青臭さを匂わせる実。
「これは?山葡萄とも違うようだけど?」
不思議そうに問うレティに、穣子は悪戯っぽく言う。
「エビヅルの実よ。甘くて美味しいし、ぶどう酒みたいなお酒も作れるのよ」
勧められるままに一粒つまむと、甘酸っぱい味が広がる。
「いい味ね。冬では中々味わえないわ」
レティの素直な賞賛に、穣子は言う。
「冬にも木苺が実るけど、あなたは食べた事があって?」
正直にそれにレティは返す。
「私の居た所には無かったわ。ここにはあると言うの?」
「冬イチゴ…寒イチゴとも言うけど、沢の近くにあるわよ。もっとも、熟するのは元旦の頃だけど」
穣子の言葉に、レティは素直に例を言う。
「教えてくれてありがとう。時期が来たら森の動物達に教えてもらうわ」
「礼はいいわ。こう言う事は季節が移ろう毎に引き継がねばならないから。あなたも季節の妖怪なら判るでしょ?」
芽生えの季節、春から緑萌える夏へ、そして実りの秋から眠りと沈黙の冬。それを照らす光が強くなり、温かい風がまた目覚めを促す。
万物は流転する。それは季節のみならず人も動物も同じでーーー。
穣子が言う。
「冬の歓談の時にもそれはあるのよ。縄をなうやり方、漬物の作り方、みんな見よう見真似で繰り返して、時には鍋を焦げ付かせて
冷たい川の水で鼻をすすりながら洗う。そして時には一味を加えた家庭の味ができるの。冬は嫌われてるだけではないのよ」
その言葉に意地悪くレティは歌う。
「オヤゲヤナ、イチゴノフトノナイゴモリ、イキニアナレニ、サブヤシャッコヤ♪」
穣子は苦笑いして、歌を返した。
「娘盛りをなじょして暮らす、雪に埋もれて機仕事、花の咲くまで小半年♪」
「あなたも知っているじゃないの」レティが少し膨れたように言った。
穣子はそんなレティを微笑ましく見ながら言った。
「この郷が海に面していたら、こんな歌も知らずに済んだかも知れないわ」
レティも賛同する。
「そうね。唱歌のように皆が畑で麦を踏む所を見ながら空っ風を送るだけでよかったかもね」
そういった時、二人が静かになる。
冷えた風が山の上から流れてきたのだ。それは季節の変わり目を知らせる姿無き使者。
「あと数日もすれば霜降。本格的にあなたの季節になる。今年の予定は立ててあるの?」
穣子の問いに、レティは落ちていた木の棒を拾い、近くの木を軽く叩く、と紅葉の盛りだった木はあっという間に葉を落とした
「まずはこれ、かな?」
「姉さんが居なくてよかったわね。居たらここらじゅう弾幕だらけよ」
「どんなに紅葉があろうと、季節の変化に逆らう事はできないわ。今、いきなり雪が降ってもおかしくは無くなったんだし」
「…そうね。私たちはもう少しこの季節を楽しんでから山に戻るけど、立冬までは手加減したほうがいいわよ?」
穣子の忠告に、苦笑いでレティが言った。
「季節の移り変わりよりも憂鬱な巫女と魔法使いが居るしね。アレで懲りたわ」
その答えに、穣子もふと、とある方向を見ながら言う。
「そうね。自然へ時には立ち向かって、叩き潰されてを繰り返して、融和を選ぶ道を探して、人は自然の力を克服する術を身につけた。
でも、その反面、自分達に恵みを与えてくれる事に奢ればその力で私達が叩かれる…これも自然の『成り行き』なのかしら?」
独白めいた問い。レティはしばらく考えて、言った。
「あの二人はイレギュラーよ。人間は本能で知っているわ。人間が自然を育むのではなくて、自然に取り囲まれて人間は生きられるという事を
外界では忘れかけられてるけど、それでも災害の度にそれを思い知っているはずよ」
穣子は遠い目をして言った。
「いつか、外の世界も、また私達が遊べるように…人々がまだ優しかった頃になって欲しいわね」
レティは何も答えない。
少しの時間が経ち、やがて、穣子が立ち上がった。
「私はそろそろ行くわ。こうしてあなたと話したのも久しぶりで楽しかった。でも忘れないで、冬は忌まれるものだけではない事を。
どの季節にも陰はある、冬はそれがたまたま濃かっただけなのだから」
レティの返事を待たず、穣子の姿は日に溶けるように消えた。
残されたレティはしばらく、木の棒を弄びながら里の方を見ていたが、静かに立ち上がり山の頂上へと飛び上がって行った。
「Kamuinomi Shirokanipe Ranran Nupuri Ane Mean Rera Toauntara♪」
楽しげな歌声が山の裾を降りてくる。この歌が終わる時、本格的な冬がやってくるだろう。
その歌を聴いた猟師が、急いで山を降りる準備をする。
里に霜が降りる前に、作物に気をつけろと言う為に。
♪山が赤く色づくとき 降りてくるものは
実りを約して眠りの夢を撒くものよ
金の雫銀の露 溶け合い降る中
白衣を纏ったおとめごが
季節を告げるあかがねの鐘
鳴らして白い夢を呼ぶ
「冬が好きな人が本当にいるなら、会って話をしたいわ。今年の冬は楽しめるかも知れない」
山の上空で里を見ながら、レティは楽しげに呟いた。
その収穫作業や見張りなどを手伝ってくれる妖への感謝の品を作る時期。
旨い酒だけあれば何もいらないよ、と言う力自慢の鬼が居ると思えば、虫達の為にと収穫された物に加え家畜の肉を要求する虫使いや
薬草や鉱石を納入する事を希望してくる月の医者、備蓄もいいけどお賽銭も…と言う巫女もいるし、反対に、あなた方の信心が
私達の力なので…と村人に榊と御幣を配り歩く巫女も居る。
里の中心にある市場は収穫したものを時には売り、時には川にいる妖が作る川魚の干物や獣の燻製などを物々交換で取引している。
食うか食われるかの関係でも、人に深い関わりを持つものは持ちつ持たれつで生きている。
ただし、礼儀のなっていない者には容赦なく仕置きの雷が落ちるのは当然の事で、それでその者が黒焦げで倒れていても
嘘を暴くサトリの妖が守護者とともに、その者の失礼を明かせば里人は咎めない。
そんな光景を山の崖上から見ている者が居る。
青を基調としたワンピースに肩が膨らんでいる白いブラウスとエプロン。スカートからのぞくドロワーズ。
頭にはダッチキャップを乗せたその少女は、つまらなそうに里の賑わいを、岩に腰掛けて見ていた。
「全くいい気なものよね。私の好きな季節を人間は除け者にするんだから」
冬の妖怪ーーーレティ・ホワイトロックは呟いた。
「大体、輝く冬があるから乾く夏の暑さにも人は耐えられるし、家に閉じこもって歓談するからこそ、むなしい孤独に耐えられるというのに」
そう愚痴るのもむべなるかな。
雪下ろしで腰が抜けただの、やれ屋根から落ちて冬中寝たきりだの、動物からは貴重な草の芽を隠すなだのと好き放題言われていれば
やさぐれたくなる気持ちも解ろう物だ。
しかもこの季節から冬篭りを始めねばならない動物や妖怪は、餌を集めるために要らん働きが増えると文句を垂れる。
そんな事を冬神ではない彼女に言われても困るのだ。
「山も眠る季節に起きるのは私と子供たちだけ、か」
その響きには多分にいじけた物がある。
「そうでも無いと思うけどね」
不意に掛けられた声に振り向くと、そこには双子神の妹、秋穣子がにこやかに立っている。
「珍しいわね。あなたがこの時期に居るなんて」
本当に珍しそうな声音にレティは返す。
「寒露も過ぎる頃だもの。この季節は人間の感覚で言えば春と同じよ。私にはね」
そう言うと、彼女はまた興味を失ったかのごとく人里に向き直る。
「私にもあなたみたいに何か人に好かれる力が欲しいわ」
穣子は何も言わず、レティの隣に座って、何かを差し出した。それは紫色の、少し青臭さを匂わせる実。
「これは?山葡萄とも違うようだけど?」
不思議そうに問うレティに、穣子は悪戯っぽく言う。
「エビヅルの実よ。甘くて美味しいし、ぶどう酒みたいなお酒も作れるのよ」
勧められるままに一粒つまむと、甘酸っぱい味が広がる。
「いい味ね。冬では中々味わえないわ」
レティの素直な賞賛に、穣子は言う。
「冬にも木苺が実るけど、あなたは食べた事があって?」
正直にそれにレティは返す。
「私の居た所には無かったわ。ここにはあると言うの?」
「冬イチゴ…寒イチゴとも言うけど、沢の近くにあるわよ。もっとも、熟するのは元旦の頃だけど」
穣子の言葉に、レティは素直に例を言う。
「教えてくれてありがとう。時期が来たら森の動物達に教えてもらうわ」
「礼はいいわ。こう言う事は季節が移ろう毎に引き継がねばならないから。あなたも季節の妖怪なら判るでしょ?」
芽生えの季節、春から緑萌える夏へ、そして実りの秋から眠りと沈黙の冬。それを照らす光が強くなり、温かい風がまた目覚めを促す。
万物は流転する。それは季節のみならず人も動物も同じでーーー。
穣子が言う。
「冬の歓談の時にもそれはあるのよ。縄をなうやり方、漬物の作り方、みんな見よう見真似で繰り返して、時には鍋を焦げ付かせて
冷たい川の水で鼻をすすりながら洗う。そして時には一味を加えた家庭の味ができるの。冬は嫌われてるだけではないのよ」
その言葉に意地悪くレティは歌う。
「オヤゲヤナ、イチゴノフトノナイゴモリ、イキニアナレニ、サブヤシャッコヤ♪」
穣子は苦笑いして、歌を返した。
「娘盛りをなじょして暮らす、雪に埋もれて機仕事、花の咲くまで小半年♪」
「あなたも知っているじゃないの」レティが少し膨れたように言った。
穣子はそんなレティを微笑ましく見ながら言った。
「この郷が海に面していたら、こんな歌も知らずに済んだかも知れないわ」
レティも賛同する。
「そうね。唱歌のように皆が畑で麦を踏む所を見ながら空っ風を送るだけでよかったかもね」
そういった時、二人が静かになる。
冷えた風が山の上から流れてきたのだ。それは季節の変わり目を知らせる姿無き使者。
「あと数日もすれば霜降。本格的にあなたの季節になる。今年の予定は立ててあるの?」
穣子の問いに、レティは落ちていた木の棒を拾い、近くの木を軽く叩く、と紅葉の盛りだった木はあっという間に葉を落とした
「まずはこれ、かな?」
「姉さんが居なくてよかったわね。居たらここらじゅう弾幕だらけよ」
「どんなに紅葉があろうと、季節の変化に逆らう事はできないわ。今、いきなり雪が降ってもおかしくは無くなったんだし」
「…そうね。私たちはもう少しこの季節を楽しんでから山に戻るけど、立冬までは手加減したほうがいいわよ?」
穣子の忠告に、苦笑いでレティが言った。
「季節の移り変わりよりも憂鬱な巫女と魔法使いが居るしね。アレで懲りたわ」
その答えに、穣子もふと、とある方向を見ながら言う。
「そうね。自然へ時には立ち向かって、叩き潰されてを繰り返して、融和を選ぶ道を探して、人は自然の力を克服する術を身につけた。
でも、その反面、自分達に恵みを与えてくれる事に奢ればその力で私達が叩かれる…これも自然の『成り行き』なのかしら?」
独白めいた問い。レティはしばらく考えて、言った。
「あの二人はイレギュラーよ。人間は本能で知っているわ。人間が自然を育むのではなくて、自然に取り囲まれて人間は生きられるという事を
外界では忘れかけられてるけど、それでも災害の度にそれを思い知っているはずよ」
穣子は遠い目をして言った。
「いつか、外の世界も、また私達が遊べるように…人々がまだ優しかった頃になって欲しいわね」
レティは何も答えない。
少しの時間が経ち、やがて、穣子が立ち上がった。
「私はそろそろ行くわ。こうしてあなたと話したのも久しぶりで楽しかった。でも忘れないで、冬は忌まれるものだけではない事を。
どの季節にも陰はある、冬はそれがたまたま濃かっただけなのだから」
レティの返事を待たず、穣子の姿は日に溶けるように消えた。
残されたレティはしばらく、木の棒を弄びながら里の方を見ていたが、静かに立ち上がり山の頂上へと飛び上がって行った。
「Kamuinomi Shirokanipe Ranran Nupuri Ane Mean Rera Toauntara♪」
楽しげな歌声が山の裾を降りてくる。この歌が終わる時、本格的な冬がやってくるだろう。
その歌を聴いた猟師が、急いで山を降りる準備をする。
里に霜が降りる前に、作物に気をつけろと言う為に。
♪山が赤く色づくとき 降りてくるものは
実りを約して眠りの夢を撒くものよ
金の雫銀の露 溶け合い降る中
白衣を纏ったおとめごが
季節を告げるあかがねの鐘
鳴らして白い夢を呼ぶ
「冬が好きな人が本当にいるなら、会って話をしたいわ。今年の冬は楽しめるかも知れない」
山の上空で里を見ながら、レティは楽しげに呟いた。
銀色の景色を見せてくれる、素敵な季節。
寒いのは嫌ですが、冬を忌む理由にはなりません。
それもまた、冬の特色だからだと思っているからです。
良い作品でした。
穣子様がこうも神様してるのは珍しいかも…
いい雰囲気だったと思います。
冬が来るとやれ寒いだの滑るだのついつい文句が先に出てしまいますが
彼女らのような考えで居たいものですね。
>穣子の言葉に、レティは素直に例を言う。
礼ですね。今更ですが一応。