ただの金属片ひとつに、心をこんなにも動かされてしまう。
この指でつまめるほどの金属片には武器になるほどの攻撃力もなければ、盾になるほどの防御力ももたない。
ただ無骨な機能美があるだけだ。
武器になるほどの攻撃力はないけれど、隔てられた壁を乗り越えるだけの力はある。
盾になるほどの防御力はないけれど、害の侵入を拒むだけの力はある。
人はその金属片に合鍵という名前をつけた。
「パールー。起きてるー?」
パルスィが起きてなどいないことは承知で、そこそこの声量でドア越しに声をかける。
この声で起きてしまう程度の睡眠では困るからこその、この声掛け。
よし、寝ているね。この時間帯パルスィが昼寝しているのは知っている。確認だ。起きていたら今回の目的が果たせなくなるから。
ドアに手をかける。鍵がかかっている。明確な拒絶を以って、私の侵入をドアは拒んだ。
せせら笑う。楽しくて仕方がない。これからすることを思い描くと顔がゆがむのを抑えきれない。
「ふっふーんさすがはパル。用心はちゃんとしているみたいだね。でもね、この程度では進撃のヤマメちゃんは止まらないのだよ」
私の手には合鍵が握られている。
もちろんパルスィの家の合鍵だ。
先日パルスィから受け取ったものだ。だいたいいるから暇な時は遊びに来ていいとのことだ。疲れた時近くにいる時は勝手に入って休んでもいいよとも。
その時ばかりは不便だと思っていたパルスィの家と自分の家が遠いことを感謝していた。
家が近かったらきっと疲れてても自分の家で寝てろって言われていただろうし合鍵なんて渡されなかったろうから。
ちなみにもちろんパルスィも私の家の合鍵を持っている。合鍵の交換だ。
その合鍵を本日さっそく有効活用しようというわけだ。
合鍵を交換するとは、つまりはそういうことなんだろう?
鍵穴に鍵を差し込んで、くるりと回す。
あらゆる拒絶を躱してパルスィの家にあっけなく、するりと侵入する。
手のひらの金属片を見る。これがなかったらこうも容易くはいかなかっただろうと思うといろいろと感慨深いものを感じる。
抜き足差し足忍び足。気分だ。
廊下を抜けて、パルスィの部屋へ一直線。
今回の目的は単純明快である。
夜這いだ。
今は昼だけど。
おういえー!
思っていたとおり、というかそうでないと困るのだけれど、パルスィは布団でお昼寝していた。
暑いからか、少し寝苦しそうにしている。薄い掛け布団は放り出され、服は胸の辺りが少しはだけられていた。
汗で肌に髪が張り付いている。
無意識のうちに喉をこくん、鳴らす。
生唾をなかなか嚥下できず、しゃっくりしたみたいになる。
恐る恐るパルスィに手を伸ばす。張り付いた髪を軽く払ってみる。
パルスィの吐息が聞こえる。浅く、時計が針を刻むような周期性。
無防備そのもののパルスィ。あらわになったキレイな顔。嫉妬に顔を歪めていない、素のパルスィの顔。
寝顔は天使説はきっとみんなに適応されるんだろうな。パルスィ以外の寝顔には一切興味ないけど。
裸に剥いて、縛り付けて、全てをさらけ出させて、そのまま気の向くがまま性欲に衝き動かされるままに犯してやりたい。
泣いても喚いても無駄。蜘蛛の糸で抵抗なんて一切できない。私以外に誰もいないし誰も来ない。
さらけ出された全てを隠すこともできず、抵抗することも逃げることもできずにただ私にされるがままのパルスィ。
生殺与奪の権利を全て握る。私がパルスィをこんな風にしている。どんなに甘美なことか。想像するだけで頭がくらくらする。
むくむくと欲望が滾る。
馬乗りになって、胸部に触れる。人差し指でつく。ふにふにと柔らかく指が胸に沈む。
ん、とパルスィが軽く呻く。驚いて指を離して見るもまだ起きる気配はない。もじもじと寝返りを打ちたそうに動いている。
安堵してふうと一息。
鼻を身体に近付ける。むわり、パルスィの匂いが鼻に満たされる。
気付けば私はパルスィの身体に舌を這わせていた。
汗を舐め取る。濃く、ほんのりと甘い。舌を這わせながら服をはだけさせる。寝ている人から服を脱がせるのはこうももどかしいのか。
服をはさみで剥いだり無理矢理破り捨てたくなる人の気持がわかるような気がする。
それほどまでに狂おしく求められているのだろう。今私がパルスィを求めるように。
無心になって私はパルスィの身体を這うように舐めとっていく。
パルスィを自分の中に取り込むように。パルスィとひとつになれるように。
「……ちょっと」
「……!」
突如ふりかかった声に身体がびくんと硬直した。
パルスィが起きた。目が合う。にへらと薄ら笑いを浮かべるもすぐに引き攣る。
胡乱な緑色の瞳が私と自身の現状を見ている。
動くこともできず、パルスィに馬乗りになってぎこちなくしている私。
手足をだらしなく投げているパルスィ。
「なにやってんの、ヤマメ」
「あー、えっと、その……夜這い?」
「ふーん……」
「……怒ってる?」
無言。静寂。やかましい無音。心臓の鼓動。じわりと流れる汗。
「さあ……?」
酷くそっけない、刺のある返事。
……やらかしてしまった。パルスィは、すごく怒ってる。
やっと、自分が取り返しの付かないことをやらかしてしまったのだと自覚する。
泣きそうになった。
「あ……っと」
数々の言い訳の言葉が喉元を出そうになって、言葉になる前に霧散して散り散りになる。
ああ、こんなことになるなら勢いだけで夜這いなんてしようとしなければよかった。
合鍵を交換したからって調子に乗りすぎてしまった。
「なに」
「……ご、ごめ……な、さい」
やっと、それだけ言えた。
返事はため息。
パルスィの顔を見ていられず、でも身体は鉛が固まったかのように動こうとしない。
なんとかして目だけを逸らし、目を固く瞑って震える。
「……私、こんなことのためにヤマメに合鍵を渡したわけではないのだけれど?」
「ごめん……」
パルスィの信頼を裏切ってしまったという罪悪感。
消えてなくなってしまいたい。
「傷ついたわ。ヤマメってそんな人だったのね」
「ごめ……ん」
やめて。やめて。
子どものように泣きじゃくりそうになる。
必死さだけが空回りしてしまって、何も伝えられない。
お願いだから。月並みだけど、なんだってするから。
だから。お願いだから。
私のことを、嫌わないで……!
「嘘、よ」
「……え?」
あははと意地悪く笑うパルスィ。
「私があなたを嫌うわけないじゃない。ごめんね、ちょっと意地悪したくなったの」
「えっと、じゃあ、その……許してくれる、の?」
嫌われたくないことで一心の私の頭の中にはそれしかなかった。
「許すも何も、最初から怒ってなんていないわ。ただびっくりしたから、仕返しに、って思ったんだけどやりすぎたみたいね。ごめん、ヤマメ」
よかった、と脱力する。
このままの体勢を維持するのがしんどくなり、どうしようかと逡巡しているとパルスィと目があった。
私はパルスィに対して臆病になっていた。パルスィに寄っかかりたかったけど嫌がられたらどうしよう。
……とりあえず、パルスィから離れよう。そう立ち上がろうとした。
「こっちにおいでよ、ヤマメ」
そうパルスィは言って離れようとした私の手をを引っ張る。
抵抗なんて全く出来ずに、パルスィに引き寄せられて抱きとめられる。
寝転がったまま目が合う。
「ヤマメは変なところで臆病なのね」
「……だって、嫌われたらどうしよう、ってなるの。私はパルスィに嫌われたくない」
切実な私の想い。
それに対するパルスィの返事はまたも意地の悪い笑み。
「私がヤマメを嫌うことなんて絶対にありえないから、安心なさい」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと」
「ほんとにほんとに?」
「あ、ちょっとめんどくさい」
「ご、ごめん……」
「冗談よ」
「…………よかったあ……」
手のひらの金属片は小さくも確固たる存在としてポケットの中で今も鈍く輝いている。
「そういえばヤマメ」
「うん?」
「夜這いの続き。してもいいよ……?」
「……えっと。まじですか?」
「まじですよだからそんなまじまじと見ないで! 恥ずかしい!」
この指でつまめるほどの金属片には武器になるほどの攻撃力もなければ、盾になるほどの防御力ももたない。
ただ無骨な機能美があるだけだ。
武器になるほどの攻撃力はないけれど、隔てられた壁を乗り越えるだけの力はある。
盾になるほどの防御力はないけれど、害の侵入を拒むだけの力はある。
人はその金属片に合鍵という名前をつけた。
「パールー。起きてるー?」
パルスィが起きてなどいないことは承知で、そこそこの声量でドア越しに声をかける。
この声で起きてしまう程度の睡眠では困るからこその、この声掛け。
よし、寝ているね。この時間帯パルスィが昼寝しているのは知っている。確認だ。起きていたら今回の目的が果たせなくなるから。
ドアに手をかける。鍵がかかっている。明確な拒絶を以って、私の侵入をドアは拒んだ。
せせら笑う。楽しくて仕方がない。これからすることを思い描くと顔がゆがむのを抑えきれない。
「ふっふーんさすがはパル。用心はちゃんとしているみたいだね。でもね、この程度では進撃のヤマメちゃんは止まらないのだよ」
私の手には合鍵が握られている。
もちろんパルスィの家の合鍵だ。
先日パルスィから受け取ったものだ。だいたいいるから暇な時は遊びに来ていいとのことだ。疲れた時近くにいる時は勝手に入って休んでもいいよとも。
その時ばかりは不便だと思っていたパルスィの家と自分の家が遠いことを感謝していた。
家が近かったらきっと疲れてても自分の家で寝てろって言われていただろうし合鍵なんて渡されなかったろうから。
ちなみにもちろんパルスィも私の家の合鍵を持っている。合鍵の交換だ。
その合鍵を本日さっそく有効活用しようというわけだ。
合鍵を交換するとは、つまりはそういうことなんだろう?
鍵穴に鍵を差し込んで、くるりと回す。
あらゆる拒絶を躱してパルスィの家にあっけなく、するりと侵入する。
手のひらの金属片を見る。これがなかったらこうも容易くはいかなかっただろうと思うといろいろと感慨深いものを感じる。
抜き足差し足忍び足。気分だ。
廊下を抜けて、パルスィの部屋へ一直線。
今回の目的は単純明快である。
夜這いだ。
今は昼だけど。
おういえー!
思っていたとおり、というかそうでないと困るのだけれど、パルスィは布団でお昼寝していた。
暑いからか、少し寝苦しそうにしている。薄い掛け布団は放り出され、服は胸の辺りが少しはだけられていた。
汗で肌に髪が張り付いている。
無意識のうちに喉をこくん、鳴らす。
生唾をなかなか嚥下できず、しゃっくりしたみたいになる。
恐る恐るパルスィに手を伸ばす。張り付いた髪を軽く払ってみる。
パルスィの吐息が聞こえる。浅く、時計が針を刻むような周期性。
無防備そのもののパルスィ。あらわになったキレイな顔。嫉妬に顔を歪めていない、素のパルスィの顔。
寝顔は天使説はきっとみんなに適応されるんだろうな。パルスィ以外の寝顔には一切興味ないけど。
裸に剥いて、縛り付けて、全てをさらけ出させて、そのまま気の向くがまま性欲に衝き動かされるままに犯してやりたい。
泣いても喚いても無駄。蜘蛛の糸で抵抗なんて一切できない。私以外に誰もいないし誰も来ない。
さらけ出された全てを隠すこともできず、抵抗することも逃げることもできずにただ私にされるがままのパルスィ。
生殺与奪の権利を全て握る。私がパルスィをこんな風にしている。どんなに甘美なことか。想像するだけで頭がくらくらする。
むくむくと欲望が滾る。
馬乗りになって、胸部に触れる。人差し指でつく。ふにふにと柔らかく指が胸に沈む。
ん、とパルスィが軽く呻く。驚いて指を離して見るもまだ起きる気配はない。もじもじと寝返りを打ちたそうに動いている。
安堵してふうと一息。
鼻を身体に近付ける。むわり、パルスィの匂いが鼻に満たされる。
気付けば私はパルスィの身体に舌を這わせていた。
汗を舐め取る。濃く、ほんのりと甘い。舌を這わせながら服をはだけさせる。寝ている人から服を脱がせるのはこうももどかしいのか。
服をはさみで剥いだり無理矢理破り捨てたくなる人の気持がわかるような気がする。
それほどまでに狂おしく求められているのだろう。今私がパルスィを求めるように。
無心になって私はパルスィの身体を這うように舐めとっていく。
パルスィを自分の中に取り込むように。パルスィとひとつになれるように。
「……ちょっと」
「……!」
突如ふりかかった声に身体がびくんと硬直した。
パルスィが起きた。目が合う。にへらと薄ら笑いを浮かべるもすぐに引き攣る。
胡乱な緑色の瞳が私と自身の現状を見ている。
動くこともできず、パルスィに馬乗りになってぎこちなくしている私。
手足をだらしなく投げているパルスィ。
「なにやってんの、ヤマメ」
「あー、えっと、その……夜這い?」
「ふーん……」
「……怒ってる?」
無言。静寂。やかましい無音。心臓の鼓動。じわりと流れる汗。
「さあ……?」
酷くそっけない、刺のある返事。
……やらかしてしまった。パルスィは、すごく怒ってる。
やっと、自分が取り返しの付かないことをやらかしてしまったのだと自覚する。
泣きそうになった。
「あ……っと」
数々の言い訳の言葉が喉元を出そうになって、言葉になる前に霧散して散り散りになる。
ああ、こんなことになるなら勢いだけで夜這いなんてしようとしなければよかった。
合鍵を交換したからって調子に乗りすぎてしまった。
「なに」
「……ご、ごめ……な、さい」
やっと、それだけ言えた。
返事はため息。
パルスィの顔を見ていられず、でも身体は鉛が固まったかのように動こうとしない。
なんとかして目だけを逸らし、目を固く瞑って震える。
「……私、こんなことのためにヤマメに合鍵を渡したわけではないのだけれど?」
「ごめん……」
パルスィの信頼を裏切ってしまったという罪悪感。
消えてなくなってしまいたい。
「傷ついたわ。ヤマメってそんな人だったのね」
「ごめ……ん」
やめて。やめて。
子どものように泣きじゃくりそうになる。
必死さだけが空回りしてしまって、何も伝えられない。
お願いだから。月並みだけど、なんだってするから。
だから。お願いだから。
私のことを、嫌わないで……!
「嘘、よ」
「……え?」
あははと意地悪く笑うパルスィ。
「私があなたを嫌うわけないじゃない。ごめんね、ちょっと意地悪したくなったの」
「えっと、じゃあ、その……許してくれる、の?」
嫌われたくないことで一心の私の頭の中にはそれしかなかった。
「許すも何も、最初から怒ってなんていないわ。ただびっくりしたから、仕返しに、って思ったんだけどやりすぎたみたいね。ごめん、ヤマメ」
よかった、と脱力する。
このままの体勢を維持するのがしんどくなり、どうしようかと逡巡しているとパルスィと目があった。
私はパルスィに対して臆病になっていた。パルスィに寄っかかりたかったけど嫌がられたらどうしよう。
……とりあえず、パルスィから離れよう。そう立ち上がろうとした。
「こっちにおいでよ、ヤマメ」
そうパルスィは言って離れようとした私の手をを引っ張る。
抵抗なんて全く出来ずに、パルスィに引き寄せられて抱きとめられる。
寝転がったまま目が合う。
「ヤマメは変なところで臆病なのね」
「……だって、嫌われたらどうしよう、ってなるの。私はパルスィに嫌われたくない」
切実な私の想い。
それに対するパルスィの返事はまたも意地の悪い笑み。
「私がヤマメを嫌うことなんて絶対にありえないから、安心なさい」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと」
「ほんとにほんとに?」
「あ、ちょっとめんどくさい」
「ご、ごめん……」
「冗談よ」
「…………よかったあ……」
手のひらの金属片は小さくも確固たる存在としてポケットの中で今も鈍く輝いている。
「そういえばヤマメ」
「うん?」
「夜這いの続き。してもいいよ……?」
「……えっと。まじですか?」
「まじですよだからそんなまじまじと見ないで! 恥ずかしい!」
普通にやってる話とかあるけど大丈夫なのか…
最初の言い回しで引きつけて、中盤のヤマメの、欲望を素直に出した思考が、
こちらの読む目を捕らえて離しません。
ヘタレ攻め! ヘタレ攻めかー。
嫌いじゃないですが、中盤であれだけのことを思っておきながら、
いざパルスィが起きると何も出来ない、ってのはちょっと、中盤のあの欲望は何だったの? という気がしてしまいます。
「反省はしている、それでもパルスィが魅力的すぎてどうしようもなかった」という態度の方がま説得力があったと思います。
それでもヘタレ攻めという属性を書きたい、というのであれば、
やることをやってあとは手を出すだけ、という段階でパルスィの方から抱きつかせてみたりするのはどうでしょう。当然寝たふりのままで。
それで、脳内葛藤があったあと結局「このまま抱かれたままでもいいか……」となったところで「いくじなし」とすれば、すっきりするのでは。
すいません、書いたあと思いましたが私の好みかもしれません。