蒸し暑さが残る夏の夜。雲ひとつ無い黒い空にはまん丸に光る月が一つ、輝く星が無数にある。そんな夜空を私は一人、博麗神社の縁側に座り眺めている。妖怪やら幽霊やら神様やらがいつも居てうるさかった神社だが今は私しか居ない。
チリーン。
訂正。私と先ほどつけた紅と白を貴重とした風鈴くらいしか居ない。
それに、今は深夜の3時過ぎ。草木も寝静まっているであろうこんな時間の神社はとても静かだ。
「魔理沙、どうしたのボーっとして」
突然、声が聞こえてきた。声のする方を見たら、いつのまにか霊夢が私の右隣に座っていた。音も無く、隣に突然現れた霊夢に私は驚く。しかしこの静かで、独特な夏の夜という空気に当てられてか、すぐにその驚きも無くなった。
「いや、こうやって一人で夏の星空を見るのも、こういう時は悪くないかなって思って」
空を見上げながら、私はこう言った。
「あら、詩人でも気取ってるのかしら」
「褒め言葉として受け取っておくぜ」
私はそう言った直後、ドンと何かを置く音が、霊夢のほうから聞こえてきた。何事かと思い、そちらを見たら、霊夢の横には酒瓶と水が入った瓶。そしてそのまた横には、埃が被っていたからであろうか、洗ったときに使った水がまだ乾ききっていないお猪口が置いてあった。
「おいおい、その酒どうしたんだぜ」
「なんか供えられていた酒持ってきたのよ」
「また、ずいぶんと罰当たりなことするな」
「いいのよ、もともとこれは私のための酒なんだから」
「ハハ、なるほど、そういうことか。じゃあ久しぶりに二人で宴会でもするか」
「そうしましょうよ、もうこんな機会無さそうだし」
そう言いながら霊夢は私にお猪口を渡してきた。私はそれを受け取り、霊夢を見た。霊夢は先ほど持ってきた酒瓶を開けようとしていたが、なかなかうまく空けられないようだ。見かねた私は霊夢から酒瓶を受け取ると、私の力でキュっとふたを開け、霊夢に渡した。弾幕はパワーでどうにかなるように、現実世界の問題もたいていは力で解決できるものだ。やっぱりノーパワー、ノーライフである。
「よっしゃ霊夢、酌をしてくれだぜ」
私はお猪口を持った手を霊夢のほうに伸ばした。
「ハイハイ、分かりましたよ」
そう言って霊夢は私のお猪口に向けて、酒瓶を傾けた。トクトクトクと注がれる酒の音がいやに大きく聞こえたのは、周りが静かだからだろう。やがて程よくお猪口に酒が満たされたら、今度は私が霊夢に注ぐ番だ。自分のお猪口を横に置き、霊夢に聞いた。
「霊夢も酒でいいかい?」
私は質問した。
「あら、これ以上私と話したくないのかしら?」
霊夢はいたずらに笑みを浮かべてこう答える。
「いや、そんなことは無いぜ」
「なら、分かってるわね」
「へぇへぇ、分かってますよ」
私はそう言って、霊夢がいつの間にか差し出していたお猪口に、水を注いであげた。これで準備完了だ。私も持っていた水の瓶を置いた後、お猪口を持ち、霊夢を見た。霊夢もこちらを見ている。酒を飲み交わせないのは残念だが、今回ばかりは仕方ない。さてそれでははじめますか。
「「乾杯」」
静かな夜に、チン、と宴が始まる音が聞こえた。
ゴクゴクゴク。私達が酒と水を飲み始めてもう数十分も経った。そんな長い時間の中で話したことは、虫が多いからとりあえず蚊取り線香でも焚こうという話くらいしかしていない。ともかく静かだ。しかし心地良い。そう、私はお互いが何も喋っていないにも関わらず気まずいと思わない、この空気が大好きだ。お互いが相手のことを理解し、そしてとても親しいからこそ特に喋らずとも問題が無い。最高ではないか。
霊夢のお猪口の水がなくなっていたから、水を足してあげる。私のお猪口に酒がなくなったので、霊夢が入れてくれる。そのように二人でこの静かな空間を共有していた。そんな中、気持ちの良い風が吹いた。
チリーンと風鈴が綺麗な音を奏でる。その風に乗って、あたりには蚊取り線香のなんともいえない懐かしいような、夏のような香りがあたりに漂う。そんな博麗神社の縁側を、夜空で光る月がうっすらと照らしている。
「懐かしいわね、この雰囲気」
突然、霊夢が話しかけてきた。
「懐かしい?」
「あら、覚えてないの?ほら、あなたが人間をやめて、魔女になるかどうかの相談をしてきたときよ。ちょうどあの日もこんな夏の夜だったなって」
霊夢が昔話をし始めた。まぁ、確かに今の霊夢はそういう気分なんだろうなと私は察し、付き合ってやることにした。
それにしても、魔女になるかどうかの相談……。うーんと少し唸ったあとハッと思い出した。
「あぁ、そうだったな」
あぁ、そうだ。確かにそうだ。あの時も確かこんな夏の夜だった。懐かしい。今日みたいな夜に神社で酒を飲みながら、魔女になるかどうかの相談をしていたな。まぁ、今は酒を飲み交わしているわけではないが。
「そうそう、私の少ない人間の知人で魔理沙が最初に人間をやめて、魔女になってさ」
「そうだな」
「それで、次に咲夜が人間やめてたわね」
そう、それであいつは、一生死ぬ人間とか言ってたくせにいつの間にか吸血鬼になっていた。まぁこれでより長い時間大好きな主であるレミリアと一緒に居られるのだろうから、彼女にとってはいいのではないだろうか。
「そうだったな。それで、次は早苗が純度100%の神にジョブチェンジと」
「まぁ、やってることは変わらないけどね」
早苗も二柱にもっと長い時間仕えたいからと人間を完全に辞めて、神になったそうだ。もともと現人神で人と神の両方の要素を持っていたからか、ちょっとした儀式をしたらすぐに神になれたとか。これで、早苗はより長い時間二柱と一緒に居られるようになったということだ。
「それで、霊夢は人間のままだったと」
「そうね」
霊夢のその一言で、突然周りがシンと静かになった気がした。私は何となしにお猪口に入っている酒を一気飲みした。美味い、しかし何かが足りない。みんなでやっていた宴会で酒を飲んでも、奮発して高い酒を飲んでも、私が大好きな人と酒を飲んでも、私はいつもなにか足りないと感じていた。真夜中に神社に二人きりで酒を飲んでいたときでさえも私は何か足りないと感じていた。もちろん今でも何かが足りないと感じている。
そして私はその足りない何かを手に入れる方法を知っている。今まで勇気が無かったせいで実行できなかったが。そしてその何かを手に入れる機会は今回がきっと最後だ。霊夢だってなんの前触れもなく昔話をしてきたんだ。こっちだって少しくらい自分の好きなようにしてもいいだろう。私は今からやることは問題ないと自分に言い聞かせた。
ウジウジして、最後のチャンスを逃すな。さぁ、言おう。
風が吹いた。風鈴の音が聞こえた。
「あのさ、霊夢」
「何、魔理沙」
「私さ、お前のことが、その、好きだった」
言った。霊夢のほうを見ながら言った。本当に脈絡も無く言った。しかししょうがないことだ。回りくどいことをして、残念な告白になるよりも、正面から一気にぶつかったほうがいいと思ったからだ。そういうことにしておこう。それにこっちのほうが私の性に合うし。
「いつから好きだったかは分からない。初めて出会ったときからお前のことが好きだったのかも知れない。お前とずっと一緒にいたいと思ってた。何十回も、何百回も、何千回もお前に好きだ、って伝えようとした。けどどうしても勇気が出なかった。失敗するのが怖かった。グダグダ色々なことを考えてた。まったく私らしくなかったぜ。恋ってのは、人をおかしくするものだと今なら分かるよ。それで、そんなことをしてたらいつの間にかタイムアップだ。時間ってのは案外早いものだと思ったよ。それと同時に、自分の馬鹿さを嘆いたよ。なんで、私は告白できなかったのかと。私はもうそんな後悔をしたくない。だから霊夢、お前にはっきりというぜ。大好きだ、霊夢」
私は、今まで溜め込んでいたものを早口でぶちまけた。本当はもっと話すこともあったかもしれないし、もしかしたら余計なことを言っていたかもしれない。支離滅裂なことを言っていたかもしれない。だけどそんなグチャグチャこそが、今の、今までの私の心なのだからしょうがない。
「……仮に実ったとしてもいいの?もう終わる恋なのに」
霊夢は私の告白の途中から下のほうをむき始めたため、途中から表情は良く分からなかった。ただ声が震えていることから、どんな状態かは、私でもなんとなく察することができた。
「あぁ、お前と最後の時間を親友ではなくて、恋人として過ごしたいぜ」
そう言った直後、霊夢が私に抱きついてきた。私は持っていたお猪口の酒を霊夢にこぼしそうになり、慌てて縁側に置いた。
「……その言葉もっと早く聞きたかった」
霊夢が私に抱きつきながらこう言った。彼女の瞳から流れる涙がとても暖かく感じたのは、仕方の無いことだろう。
「……ごめん」
私は、震える霊夢の体を抱きしめながら、こう言った。
二人で抱き合ってからどれくらい時間がかかっただろうか。泣いていた霊夢もようやく落ち着き、空がわずかに明るくなってきた頃、
「魔理沙。私にもお酒頂戴」
「え?」
霊夢が、こう言ってきた。
「ま、待て霊夢。お前、酒飲んだら居なくなるだろ、もう少しここにいろよ」
「確かにそうね、でももうすぐどっちにしろ時間だし。ほら私そろそろ帰らなきゃだから」
居間の時計を見たらもう5時前。夜に終わりを告げる日の出の時間まで、もうわずかだった。
「……分かった、一緒に飲もうぜ」
「そうこなくっちゃ」
そう言いながら、霊夢はにっこりとしたまま私にお猪口を差し出してきた。先ほどまでの泣き顔はどうしたのだとツッコミたかったが、そんな時間は無かったのでやめた。私は近くにあったお酒の瓶を取り、霊夢についでやった。その後その酒瓶を霊夢に渡し、今度は私がついでもらう。
霊夢が酒瓶を置いて、私のほうをチラと見た。私も霊夢を見た。分かってるさ、さぁ始めようか。
「「乾杯」」
チン、本日二度目の音。そしてお互いにお猪口に入っていた酒を一気に飲んだ。
「っぷはーやっぱり酒は美味いわね魔理沙」
「あぁ、やっぱり酒は美味いぜ霊夢」
先ほどまでの物足りなさは、なくなっていた。足りないものを最後に手に入れることが出来たからだ。
「なぁ、霊夢」
「何、魔理沙」
「私、今日の酒の味、絶対に忘れないからな」
「どういう意味よ、それ」
「恋人になった人と飲む酒の味だよ」
「あら、だけどあんたはこれから人生長いんだから、私以外にも恋人が出来るかもしれないわよ」
「確かに、そうかもしれない。だけど、私の初恋で、初めて恋が叶った、お前は特別だからな、いつまでも忘れないぜ」
「うれしいこと言ってくれるわね」
「まぁな、私は霊夢のことが、本当に大好きだったぜ」
「私も大好きだったわよ、魔理沙」
風鈴が鳴った。
お猪口が縁側に転がる音が聞こえた。
霊夢は、もうそこに居なかった。
私は、霊夢が先ほどまで居た場所に手を当ててみた。そこはもとから誰も居なかったかのように冷たかった。その手にやんわりと暖かい光が当たった。太陽が昇り始めたのである。
私は瓶に残っていた最後の酒を自分のお猪口に入れてグイと飲んだ。美味い、美味いが何か足りない。それになぜかしょっぱく感じる。
「ったく、朝日が目に染みるぜ」
昇り始めた太陽を見ながら、私はつぶやいた。
チリーン。
訂正。私と先ほどつけた紅と白を貴重とした風鈴くらいしか居ない。
それに、今は深夜の3時過ぎ。草木も寝静まっているであろうこんな時間の神社はとても静かだ。
「魔理沙、どうしたのボーっとして」
突然、声が聞こえてきた。声のする方を見たら、いつのまにか霊夢が私の右隣に座っていた。音も無く、隣に突然現れた霊夢に私は驚く。しかしこの静かで、独特な夏の夜という空気に当てられてか、すぐにその驚きも無くなった。
「いや、こうやって一人で夏の星空を見るのも、こういう時は悪くないかなって思って」
空を見上げながら、私はこう言った。
「あら、詩人でも気取ってるのかしら」
「褒め言葉として受け取っておくぜ」
私はそう言った直後、ドンと何かを置く音が、霊夢のほうから聞こえてきた。何事かと思い、そちらを見たら、霊夢の横には酒瓶と水が入った瓶。そしてそのまた横には、埃が被っていたからであろうか、洗ったときに使った水がまだ乾ききっていないお猪口が置いてあった。
「おいおい、その酒どうしたんだぜ」
「なんか供えられていた酒持ってきたのよ」
「また、ずいぶんと罰当たりなことするな」
「いいのよ、もともとこれは私のための酒なんだから」
「ハハ、なるほど、そういうことか。じゃあ久しぶりに二人で宴会でもするか」
「そうしましょうよ、もうこんな機会無さそうだし」
そう言いながら霊夢は私にお猪口を渡してきた。私はそれを受け取り、霊夢を見た。霊夢は先ほど持ってきた酒瓶を開けようとしていたが、なかなかうまく空けられないようだ。見かねた私は霊夢から酒瓶を受け取ると、私の力でキュっとふたを開け、霊夢に渡した。弾幕はパワーでどうにかなるように、現実世界の問題もたいていは力で解決できるものだ。やっぱりノーパワー、ノーライフである。
「よっしゃ霊夢、酌をしてくれだぜ」
私はお猪口を持った手を霊夢のほうに伸ばした。
「ハイハイ、分かりましたよ」
そう言って霊夢は私のお猪口に向けて、酒瓶を傾けた。トクトクトクと注がれる酒の音がいやに大きく聞こえたのは、周りが静かだからだろう。やがて程よくお猪口に酒が満たされたら、今度は私が霊夢に注ぐ番だ。自分のお猪口を横に置き、霊夢に聞いた。
「霊夢も酒でいいかい?」
私は質問した。
「あら、これ以上私と話したくないのかしら?」
霊夢はいたずらに笑みを浮かべてこう答える。
「いや、そんなことは無いぜ」
「なら、分かってるわね」
「へぇへぇ、分かってますよ」
私はそう言って、霊夢がいつの間にか差し出していたお猪口に、水を注いであげた。これで準備完了だ。私も持っていた水の瓶を置いた後、お猪口を持ち、霊夢を見た。霊夢もこちらを見ている。酒を飲み交わせないのは残念だが、今回ばかりは仕方ない。さてそれでははじめますか。
「「乾杯」」
静かな夜に、チン、と宴が始まる音が聞こえた。
ゴクゴクゴク。私達が酒と水を飲み始めてもう数十分も経った。そんな長い時間の中で話したことは、虫が多いからとりあえず蚊取り線香でも焚こうという話くらいしかしていない。ともかく静かだ。しかし心地良い。そう、私はお互いが何も喋っていないにも関わらず気まずいと思わない、この空気が大好きだ。お互いが相手のことを理解し、そしてとても親しいからこそ特に喋らずとも問題が無い。最高ではないか。
霊夢のお猪口の水がなくなっていたから、水を足してあげる。私のお猪口に酒がなくなったので、霊夢が入れてくれる。そのように二人でこの静かな空間を共有していた。そんな中、気持ちの良い風が吹いた。
チリーンと風鈴が綺麗な音を奏でる。その風に乗って、あたりには蚊取り線香のなんともいえない懐かしいような、夏のような香りがあたりに漂う。そんな博麗神社の縁側を、夜空で光る月がうっすらと照らしている。
「懐かしいわね、この雰囲気」
突然、霊夢が話しかけてきた。
「懐かしい?」
「あら、覚えてないの?ほら、あなたが人間をやめて、魔女になるかどうかの相談をしてきたときよ。ちょうどあの日もこんな夏の夜だったなって」
霊夢が昔話をし始めた。まぁ、確かに今の霊夢はそういう気分なんだろうなと私は察し、付き合ってやることにした。
それにしても、魔女になるかどうかの相談……。うーんと少し唸ったあとハッと思い出した。
「あぁ、そうだったな」
あぁ、そうだ。確かにそうだ。あの時も確かこんな夏の夜だった。懐かしい。今日みたいな夜に神社で酒を飲みながら、魔女になるかどうかの相談をしていたな。まぁ、今は酒を飲み交わしているわけではないが。
「そうそう、私の少ない人間の知人で魔理沙が最初に人間をやめて、魔女になってさ」
「そうだな」
「それで、次に咲夜が人間やめてたわね」
そう、それであいつは、一生死ぬ人間とか言ってたくせにいつの間にか吸血鬼になっていた。まぁこれでより長い時間大好きな主であるレミリアと一緒に居られるのだろうから、彼女にとってはいいのではないだろうか。
「そうだったな。それで、次は早苗が純度100%の神にジョブチェンジと」
「まぁ、やってることは変わらないけどね」
早苗も二柱にもっと長い時間仕えたいからと人間を完全に辞めて、神になったそうだ。もともと現人神で人と神の両方の要素を持っていたからか、ちょっとした儀式をしたらすぐに神になれたとか。これで、早苗はより長い時間二柱と一緒に居られるようになったということだ。
「それで、霊夢は人間のままだったと」
「そうね」
霊夢のその一言で、突然周りがシンと静かになった気がした。私は何となしにお猪口に入っている酒を一気飲みした。美味い、しかし何かが足りない。みんなでやっていた宴会で酒を飲んでも、奮発して高い酒を飲んでも、私が大好きな人と酒を飲んでも、私はいつもなにか足りないと感じていた。真夜中に神社に二人きりで酒を飲んでいたときでさえも私は何か足りないと感じていた。もちろん今でも何かが足りないと感じている。
そして私はその足りない何かを手に入れる方法を知っている。今まで勇気が無かったせいで実行できなかったが。そしてその何かを手に入れる機会は今回がきっと最後だ。霊夢だってなんの前触れもなく昔話をしてきたんだ。こっちだって少しくらい自分の好きなようにしてもいいだろう。私は今からやることは問題ないと自分に言い聞かせた。
ウジウジして、最後のチャンスを逃すな。さぁ、言おう。
風が吹いた。風鈴の音が聞こえた。
「あのさ、霊夢」
「何、魔理沙」
「私さ、お前のことが、その、好きだった」
言った。霊夢のほうを見ながら言った。本当に脈絡も無く言った。しかししょうがないことだ。回りくどいことをして、残念な告白になるよりも、正面から一気にぶつかったほうがいいと思ったからだ。そういうことにしておこう。それにこっちのほうが私の性に合うし。
「いつから好きだったかは分からない。初めて出会ったときからお前のことが好きだったのかも知れない。お前とずっと一緒にいたいと思ってた。何十回も、何百回も、何千回もお前に好きだ、って伝えようとした。けどどうしても勇気が出なかった。失敗するのが怖かった。グダグダ色々なことを考えてた。まったく私らしくなかったぜ。恋ってのは、人をおかしくするものだと今なら分かるよ。それで、そんなことをしてたらいつの間にかタイムアップだ。時間ってのは案外早いものだと思ったよ。それと同時に、自分の馬鹿さを嘆いたよ。なんで、私は告白できなかったのかと。私はもうそんな後悔をしたくない。だから霊夢、お前にはっきりというぜ。大好きだ、霊夢」
私は、今まで溜め込んでいたものを早口でぶちまけた。本当はもっと話すこともあったかもしれないし、もしかしたら余計なことを言っていたかもしれない。支離滅裂なことを言っていたかもしれない。だけどそんなグチャグチャこそが、今の、今までの私の心なのだからしょうがない。
「……仮に実ったとしてもいいの?もう終わる恋なのに」
霊夢は私の告白の途中から下のほうをむき始めたため、途中から表情は良く分からなかった。ただ声が震えていることから、どんな状態かは、私でもなんとなく察することができた。
「あぁ、お前と最後の時間を親友ではなくて、恋人として過ごしたいぜ」
そう言った直後、霊夢が私に抱きついてきた。私は持っていたお猪口の酒を霊夢にこぼしそうになり、慌てて縁側に置いた。
「……その言葉もっと早く聞きたかった」
霊夢が私に抱きつきながらこう言った。彼女の瞳から流れる涙がとても暖かく感じたのは、仕方の無いことだろう。
「……ごめん」
私は、震える霊夢の体を抱きしめながら、こう言った。
二人で抱き合ってからどれくらい時間がかかっただろうか。泣いていた霊夢もようやく落ち着き、空がわずかに明るくなってきた頃、
「魔理沙。私にもお酒頂戴」
「え?」
霊夢が、こう言ってきた。
「ま、待て霊夢。お前、酒飲んだら居なくなるだろ、もう少しここにいろよ」
「確かにそうね、でももうすぐどっちにしろ時間だし。ほら私そろそろ帰らなきゃだから」
居間の時計を見たらもう5時前。夜に終わりを告げる日の出の時間まで、もうわずかだった。
「……分かった、一緒に飲もうぜ」
「そうこなくっちゃ」
そう言いながら、霊夢はにっこりとしたまま私にお猪口を差し出してきた。先ほどまでの泣き顔はどうしたのだとツッコミたかったが、そんな時間は無かったのでやめた。私は近くにあったお酒の瓶を取り、霊夢についでやった。その後その酒瓶を霊夢に渡し、今度は私がついでもらう。
霊夢が酒瓶を置いて、私のほうをチラと見た。私も霊夢を見た。分かってるさ、さぁ始めようか。
「「乾杯」」
チン、本日二度目の音。そしてお互いにお猪口に入っていた酒を一気に飲んだ。
「っぷはーやっぱり酒は美味いわね魔理沙」
「あぁ、やっぱり酒は美味いぜ霊夢」
先ほどまでの物足りなさは、なくなっていた。足りないものを最後に手に入れることが出来たからだ。
「なぁ、霊夢」
「何、魔理沙」
「私、今日の酒の味、絶対に忘れないからな」
「どういう意味よ、それ」
「恋人になった人と飲む酒の味だよ」
「あら、だけどあんたはこれから人生長いんだから、私以外にも恋人が出来るかもしれないわよ」
「確かに、そうかもしれない。だけど、私の初恋で、初めて恋が叶った、お前は特別だからな、いつまでも忘れないぜ」
「うれしいこと言ってくれるわね」
「まぁな、私は霊夢のことが、本当に大好きだったぜ」
「私も大好きだったわよ、魔理沙」
風鈴が鳴った。
お猪口が縁側に転がる音が聞こえた。
霊夢は、もうそこに居なかった。
私は、霊夢が先ほどまで居た場所に手を当ててみた。そこはもとから誰も居なかったかのように冷たかった。その手にやんわりと暖かい光が当たった。太陽が昇り始めたのである。
私は瓶に残っていた最後の酒を自分のお猪口に入れてグイと飲んだ。美味い、美味いが何か足りない。それになぜかしょっぱく感じる。
「ったく、朝日が目に染みるぜ」
昇り始めた太陽を見ながら、私はつぶやいた。
目頭が熱くなりました。
でもなんで酒を飲んだら消えるのでしょうか?
その辺がちょっと気になります。
霊夢の魂は白玉楼をさ迷っているのでしょうか、そうであってほしいです。
誤字報告
いたづら→いたずら
素敵な作品でした。
誤字報告
心地言い→心地良い
お清めの塩と同様の役割を、お酒が果たす場合があるそうです。ましてこの酒は神前(ここは神社だ!仏前ではない!)に備えられた酒ですからね。
真相を語る伏線や暗示(午前三時とか)、ダブルミーニングに満ち溢れていて、それがむしろ切なさを高める効果を持っています。
言葉が要らないほど永い時間を共有し通じ合った二人だからこそ、最後に愛を口にする儀式には強い意味があるのでしょう。
神社には博麗の巫女がいるのでは?
もっと早くに言っていれば……魔理沙のお馬鹿。
あとはさりげない伏線とか……(酒瓶を霊夢が開けれらないところとか)
全体的にうまく出来ている切ない系のSSでしたが、もう少し細部にまで手を加えると一層良かったと思います。
>紅と白を貴重とした風鈴くらいしか居ない。
今更ですが「基調」ですね、ご報告まで。