※この話は『茨歌仙脇道』というシリーズの三作目です。
単独でも読めますが、作品集187にある一作目や二作目を読んでいますと、楽しみが三割一分零厘増すかもしれません。
では、本編をお楽しみください。
◆
カンッ、カンッ
泣く子が黙り、草木も眠る丑三つ時。
せっかく泣く子も騒ぎ立てる草木もいないのに、静寂は存在せず、何かの音が響く。
カンッ、カンッ
何かを叩くかのようなその音は、止まることなく生み出され続ける。
まるで、木の幹に釘を打ちつけるような――。
その夜たまたまそこに泊っていた耳の良い彼女は、その『施設』の者の中で唯一、その音に気付いた。
その音の異様さ、異質さを不気味に思い、その音が聞こえる方へ向かう。
しかし――
「きゃぁ!!」
彼女は黒い影に襲われ、意識を失った。
◇
「え? 命蓮寺で強盗?」
「そうらしいわ」
ある日の昼、博麗神社。
茨華仙こと私は、ほぼ通例かのごとく、そこを訪れていた。
しかし、意外や意外。なんと霊夢しかおらず、魔理沙がいなかったのだ。ちゃんと家には帰っているようで安心した。
……さすがに言い過ぎかしら? 前にも家に送ったこともあったし、何回かいなかったこともあったし。
それでも、何回か、なのか……。
私が魔理沙の将来を憂いていると、霊夢が問い質してくる。
「あんた、何か知らない?」
「いえ。最近はあまり人里近くには寄らないので」
「そう……」
霊夢は少し気落ちしたようだ。
……? 寺の問題に首を突っ込むとは、霊夢らしくはないが巫女らしいことをするなあ、と感心していたのだけれど……なぜ落胆する?
……はっ。
「霊夢、命蓮寺(よそ)の心配をするなんて、成長したのね! 人間として!」
目を輝かせて霊夢の成長を喜ぶ私。
しかし霊夢は「何言ってんのコイツ」と言わんばかりの顔をしている。
「何言ってんのコイツ」
前言撤回。
言ってのけた。
「いえ、なんだか落ち込んだみたいだったから」
「はぁ? そんなの決まってるじゃない」
決まりごとだったのね……。
霊夢は一息置いてから言う。
「次の標的は神社(うち)かもしれないのよ!」
私は言いたくなった。
この神社に来る泥棒は魔理沙くらいでしょう、と。
「そういえば、魔理沙の姿が見えないけど」
「あのねえ、あいつがいつもここにいると思ったら大間違いよ?」
「いやまあその」
「まあ、昨日も来なかったわね」
……ふむ。そんなことも、あるのかしら?
その後の霊夢の話によると――
寺では、強盗に襲われた者がいたらしい。
いまは療養中だが、じきに目覚めるだろうという話だ。
肝心要の強盗については、舟幽霊率いるチームによって捜査されているが、現時点では何の手がかりも見つかっていない――否、一つだけおかしな点があった。
被害者が倒れていた近くにあった、壁が、柱が、天井が。
木端微塵――とまではいかないにしても、ひどい荒れようだったという。
しかしそれだけではまだ犯人特定の証拠として薄い。
だから、被害者の証言が待たれている、ということだそうだ。
まあ、事態が深刻になればさすがの霊夢でも重い腰を上げるだろう。
私の出る幕では、なさそうだった。
◇
二日後――
まだ事件は収束していなかった。それに加え、被害者も増えていっているようだ。夜、手分けして見張りをしている時、一人でいるところを襲われるらしい。
神社には今日も魔理沙はいなかった。ここ数日はどうやら、命蓮寺に行っているらしい。恐らく、事件関連だろう。
魔理沙を見習って、霊夢にも解決の協力をするよう促しても、「神社(ここ)にいれば空き巣は防げる」とか言って梃子でも動かなかったので、またも前言撤回、私が動くことにした。
ということで今、私は捜査協力のため、命蓮寺の一室にいる。
部屋は、ごく一般的な寺のそれだった。
その中央に布団が敷かれており、そこに最初の被害者、幽谷響子が寝かされていた。それに加え、それに続く被害者、村紗水蜜、多々良小傘、寅丸星も横たわっていた。みんな安らかな寝顔だ。死に顔という意味ではない。
四つの布団のわきには、聖白蓮がいた。
先ほどまで魔理沙もいたのだけれど、私が来た途端に慌てて出ていってしまった。
何かやましいことでもあるのかしら?
「じゃあ、話、聞かせていただけますか?」
「ええ」白蓮はそう相槌すると、話し始めた。「三日前、響子が何者かに襲われたことがこの件の発端です。それから毎晩、何者かが壁や柱に穴を空けていくようになったのです。もちろん、毎晩警備を回しました。私も含めて。ですが、ご覧の有様です。犯人の特定はなかなか進みません……何故かと言えば、犯人が残した痕跡が、無残にも大破した壁や柱くらいだからです。まるで、何か尖ったもので殴ったかのような」
尖ったもので……?
疑問が生じたが、今は情報を集めるべき。一旦隅に置いておくことにした。
他の疑問を尋ねる。
「でも、それって、強盗じゃないのでは――」
「そう。強盗という根拠は、もちろん盗難があったからです」
「盗まれた物というのは?」
「多分、写経本なんですよ」
「多分?」
「ええ、確証はないんですが……なにせ、一冊だけ無くなっていたのですから。地味すぎて全然気付かなかったんです。どんな内容かも忘れてしまいましたし」
「成程……」
今回の犯人の行動には一貫性がない……。支離滅裂なことをしている。
本当にただの愉快犯なら、そこまでだが……。
と、ここで布団の方から声が聞こえる。
「う、う~ん」
響子が右手で目をこする。目を覚ましたようだ。他の者は未だ目覚めそうにない。
「響子、起きました?」
「聖さんに……仙人……?」
響子がとろんとした目でこちらを見つめる。
が、次第に目が冴えてくる。意識がはっきりとしてきたようだ。
「寝起きで悪いけど、響子。誰に襲われたか判る?」
「だ……えっと」響子は何か言いかけた後、少し口を押さえてから言う。「よく判らなかった。黒い影……みたいな」
「それは、人型だったの?」私はいきり立って訊いてみる。
「ひ……ううん、そこまでは……」また何か言いそうになって、口を押さえてから言う。
「そうですか……」
「襲われた理由、心当たりあるかしら?」白蓮が質問を重ねる。
「こ……ええっと、確か……そう。なんか、木を釘で打つような不気味な音が聞こえたの。それでおかしいなって思って見に行ったら……」
「ここで目を覚ました、と。成程。ありがとう、ゆっくり休んで頂戴」
響子は質問をされる度、何か言いかけてから口を押さえていたが……ああ、山彦だからか。
恐らく、質問をオウム返しして相手を煩わせないためだろう。
まあ、それはいい。きちんと寺で修行をしている証拠、いいことだ。
しかし――やはり、この疑問に行きつく。
そんなこと、強盗目的の者がするだろうか? と。
『木を釘で打つような音』というのは、『壁や柱が壊された音』だろう。よもや寺で藁人形を打つ酔狂な者もいないだろうし。
強盗、それも夜に忍び込むくらいなら、そんな目立つようなことはしないはずだけれど……何度考えてもこの犯人の行動は不合理で滅茶苦茶だ。
「あの、私も今夜、警備に加わってよろしいですか?」
「もちろん。実は、魔理沙にも一緒に警備してもらっているのです。本人の申し出で」
ははあ、なるほど。
たまには、ボランティアもするのか、と思っていたけれど……。
「何か狙ってますね」
「まあ、警備を共にしてくれるのは助かりますから」
やはり魔理沙はなかなか抜け目がないらしい。
◇
その夜。
と言っても、もう夜は明けようとしている。
「来ないな」
「来ないわ」
「来ないですね」
白蓮と魔理沙、そして私は三人共に、屋根の上から見張りをしていた。
が、全く来ない。
不審者どころか、不審でない訪問者すら来ない。
響子の言っていた、不気味な音も聞こえなかった。
「犯行は昨日で終わりだったのか? おっと、一昨日か」
「それにしては、中途半端すぎますね」
「今日は外せない用事で来なかった、とか」
「…………」
黙り込む白蓮。一理あると思ったのかしれない。
「ふぁ~、眠いぜ」
呑気にあくびをする魔理沙。
さすがに一晩中見張りをするのは、人間にとっては辛いのだろう。睡眠欲的な意味で。
本当に人間? と思うこともあるけれど、魔理沙もやっぱり、人間ねえ。
そんな事を考えて、私はついつい笑みをこぼしてしまう。
「な、なんだ? 私の顔に何か付いてるか?」魔理沙は私の方を向いて、何故か慌てた様子で言う。
「い、いえ」
「……そうか」
魔理沙はそう言って反対側、つまり白蓮の方を向く。
「もう来ないんじゃないか?」
「まだ夜は明けていません。案外、今にも来るかもよ?」
本当かよ、と言って魔理沙は正面に向き直る。
そして――
「こいつは驚いた――本当にお出ましらしい」
私と白蓮は魔理沙の視線の先にある物を見た。
◆
三人が何かを見つける、少し前の時間帯。。
博麗神社に来客があった。
まあ当然のことながら、霊夢にとっては招かれざる客だった。
つまり、参拝客ではない。
豊聡耳神子と物部布都が、神社を訪れていた。
「霊夢ー! いるかー?」
神子が呼びかけるが、何の返答もない。
当然だ。今は夜明け前で、霊夢はそんなに早起きではない。
つまり、霊夢はまだ寝ているに決まっているのだ。
しかし、神子はそんなことを承知しているにも関わらず、境内へ、そして霊夢の住居へ、霊夢の名を呼びながら入っていく。布都はそれにびくびくしながら付いていく。
「霊夢ー!」
「何! 何なの!? まだ夜も明けてないのにうるさいわ! ……ってあんたらか」
霊夢が住居のふすまから顔を出す。
その顔はいつもより冴えない。寝起きなのだろう。
「やあ、霊夢。調子はどうかな?」
「最悪よ」
「それはいけないね……うちの布都なんかいかがかな?」
「なんと太子様! 私を売るのですか!」大袈裟なポーズをとる布都。「でも……太子様がそういうのなら、私は……」
「そんな奴、タダでも要らないわ。逆にお金を貰いたいくらい。というか、あんたらが来た所為よ!」
「そんな奴!?」布都は別のポーズをとる。「しかも負荷じゃと!?」
「まあまあ、冗談はそこまでとして」神子が朗らかに言う。
「じょ、冗談……。ま、まあ、我は判っておりましたぞ」
露骨に虚勢を張る布都。
霊夢はそんな布都を見て、「こいつ、本物のアレかしら?」と内心思った。
「で? 何の用よ」霊夢は面倒臭そうに言う。「私の安眠を妨害しておいて、通りがかっただけ、とは言わせないわよ。あんたらの住処はここらへんじゃないんだし」
「もちろんよ」対して神子は不遜な表情をする。「要件というのは、他でもない。……霊夢、ここ数日はよく眠れたかな?」
「あんたらに起こされた所為で、全然よ」
「今日だけじゃなくて、ここ数日間だよ」
「ぐっすりよ、さっきまでみたいにね……それがどうか――」
霊夢が言い終わる前に神子は次を言う。
「そうか、では何か不審な物音は?」
「何なのよ……別になかったわ」
「太子様、また外れですな」布都が残念そうに言う。
「まあ、当然か……。では霊夢、失礼した」
神子はそう言って踵を返す。布都もその後に続く。
(ん、ここ数日……?)
霊夢は気付いた。
巫女の直感、とも言うべき謎の感性で気付いた。
ひょっとしたら、命蓮寺の――
「ねえ、待って!」
「何でしょう?」
◇
朝日が少しだけ顔を覗かせていた。
私たち三人はその姿を見た瞬間、身を乗り出した。
中庭だ。
中庭に、謎の黒い影がいた。
ふわふわと浮遊するそれは、幽霊のようにも見えたし、日光に照らされてもなお、黒いまま。何よりその妖気は、怨霊のそれと殆ど同じようだった。
「どうやらアレが犯人のようですね」白蓮が臨戦態勢に入る。「二人とも! 行くわよ!」
「おう!」魔理沙は帽子からミニ八卦炉を取り出す。
そして、“黒い影”に攻撃を仕掛けていく。
「…………」
私は、手出しせず見ていることにした。
二人だけでも大丈夫だろうと踏んだのも、確かにあるが、それ以前に。
黒い影――というか、黒い靄なのだが――には、あまり接触したくない。
よもすれば、また萃香なのかもしれないし。
まあでも、その線は薄いかもしれない。
その黒い影は、鳥の形をしていたからだ。
◆
「はぁ!?」
霊夢はそれを聞いて、絶句した。
「まあ、その反応が妥当でしょうね」
「うぬぬ……すみませぬ太子様……」
「いえ、布都に任せた私が、布都でもやるときはやると信じた私が、悪いのよ」
「太子様……」
霊夢は二人から、神社を訪れた真意を聞き出していた。
いや、正確に言えば、『人里の家を一軒一軒訪れていた理由』だ。
「というか、里からだと、神社(うち)より命蓮寺の方が近いじゃない」
「いや、あそこにはあまり行きたくない」
「気持ちは判るけど! さっきのが本当なら、今の標的は多分、命蓮寺よ!」
「なんと、そうなのか」神子は惚けた顔で言う。「じゃあ、別に問題ないな」
「いやいやいや」
「だって、あのアマ……いや尼のところだし」
「あそこが終わったら、次は神社(ここ)に来るかもしれないでしょ! “そいつ”が!」
「ふふ、冗談だよ。君は本当に欲に忠実だね」
「じょ、冗談……。ま、まあ、我は判っておりましたぞ」
なぜかまた同じ反応を繰り返す布都を無視して、霊夢は言う。
「こうなったら、一緒に来なさい! 別に一人でやるのが面倒くさいとかじゃないわよ!」
「元より、そのつもりさ。あいつは結構強力な怨霊だから、私の手で封印するしかない。……君は素直すぎるくらい素直だな」
◇
結果から言えば、まだ実体を保っているものの、全く苦戦せずに“黒い影”は倒された。
私が見たところ、恐らく魔理沙だけでも退治出来たと思う。
「いやあ、あっさりしすぎだな。本当にこいつが犯人なのか?」
“黒い影”は現在、拘束されている。白蓮特製だという荒縄で。
「でも、よく見れば鳥の姿をしています。恐らく、そのくちばしを以って、壁とかを破壊したのでしょう」白蓮はあっけらかんと言う。
「そんなことして何になる?」
「私が知るところではないわね」
「だな」
やはり、妖怪の仕業だったか。しかも野良のようだ。怨霊っぽいが。
でも野良妖怪が盗難とは……到底信じられないが……。
「よし、じゃあ拷問……もとい、質問タイムだな」
「まあ、結局拷問に変わるでしょうけどね」
「おい! 私の言葉が判るか?」
魔理沙は“黒い影”に向かって言葉を投げかける。
が、聞こえなかったのか、言葉を理解できなかったのか、へそを曲げているのか、反応しなかった。
「ふむ……では、力に頼るしかないようね」
「そうだな。質問もパワーだぜ」
「え、それは」
私はそこまでする必要はない――というか、別の手段があると思うのだけれど……。
白蓮と魔理沙が武力に物を言わせようとしたその時、
「ははは! 相変わらずの物理頼りだな!」
という誰かの一声が場を支配した。
その場にいる全員が声の方向に向く。
その声の主は、道教の仙人、豊聡耳神子だった。
その傍らには、物部布都がなぜかしたり顔でふんぞり返っていた。
あ。あと、なぜかやつれた霊夢もいた。
◇
「では、全て貴方の所為ということですね?」白蓮は笑顔でありながら、こめかみに青筋を立てている。
「おやおや、妖怪僧侶は人の話も聞けないのかしら?」神子は負けじと白蓮を挑発している。
先ほどやってきた神子は、“黒い影”を見るや否や、取り出した黒い小瓶に、文字通り入れてしまった。
当然、事情を知らない、私たちも驚いた。
そして問い詰める。
「どういうことだ!」と。
こういうことらしい。
以下、神子の弁。
こいつ? ああ、この寺にも迷惑かけたね。
こいつは『寺つつき』といってね――キツツキの姿をとって、寺を壊そうとするちょっと困った奴なんだ。被害者が出たのは、まあ、それを阻止されそうになったからだろう。
え? 何でそんなこと知っているかだと?
それは愚問だな。
愚問愚答になってしまって申し訳ないけど、それは当然だ。
こいつは、私たち――この場合、私と布都と屠自古のことだが――と一緒に封印されていたのだから。
元々は、死後私を恨んで化けて出た人間の怨霊だった……まあどうも、恨みの念が強すぎて、妖怪となったようだ。
最近、こいつまで復活して、私たちも困っていたのだ。
家をつっつきまわしてくるものだからね。
で、布都に退治させたんだけど……うまく封印ができなかったみたいで、このザマさ。
かなり探し回った。寺以外も襲う可能性があったからね。現にうちは寺ではないし。
いやいや、意図的に一緒に封印したのではない。断じて。一度は退治したのだ。
まあ、さっきも言ったが、こいつの『根源』は私への恨みだからね。
そんな感じのものが原動力になって、くっついてきたんじゃないか?
ん。ああ、その点は大丈夫。この後こいつは焼却処分するからね。
地獄の業火で。
以上。
これを聞き、白蓮は先ほどの反応をしたわけである。
「私が貴方の話の何を聞いていないと?」
「ですから、直接的な原因を作ったのは、寺つつきを封印し損ねた布都なのよ」
「た、太子様、我ですか!? 確かに、我がしくじっていなければ……」
布都は突然話を振られてモジモジしている。
だが白蓮は見向きもせず、凄味のある笑顔で続ける。
「話をすり替えないでください。結局は上司の貴方の責任なのでは?」
「まあ、確かにそうだ。私の落ち度は認めよう。だが、対応しきれないそちらにも不手際があったのでは?」
「なんですって? もう一度言ってご覧なさい!」
「何度でも申しましょうとも!」
不毛だった。
何の実も結びそうになかった。
イタチごっこで、堂々巡り。
まさに『ああ言えばこう言う』を体現しているかのようだった。
ここまで来ると、『阿吽の呼吸』かもしれない。
そんな状況を見兼ねたのか、見飽きたのか、霊夢が大声を上げる。
「ねえ! もう妖怪は退治し終わったんでしょ! だったらもう終わり! 解散!」
しかし白蓮は笑顔でありながら、苦虫を噛み潰したような顔で霊夢に言う。
「でも、このままでは引き下がれません!」
神子も、同様に言う。
「私も“体のいい”誤解をされたままでは困る!」
「何が“体のいい”ですか! こっちのセリフよ! こいつを使って、写経本を盗ったでしょう!」
「そんなことはしていない! こいつは勝手に暴れたのだし、大体、仏教の写経本など誰が欲しがるのだ?」
「貴方には、必要ないでしょうね」
「ふっ、当たり前だろう?」
「しかし、もしかしたら仏教にまた興味が湧いたとか?」
「何だと!?」
再び不毛地帯が展開される。
どうやら霊夢の手には負えないらしい。
言わずもがな、私にも無理だ。
だが魔理沙は不敵な笑みを浮かべている。
「おい、二人とも!」魔理沙は唐突に言う。「決着を着けるならば、舌戦はいかにもナンセンスだぜ」
「ほう?」神子は余裕の表情。
「何を以て、決するというのですか?」白蓮はまだ笑顔だ。
「もちろん、決まっている。ここは幻想郷だぜ?」
また決まりごとの登場だった。
「弾幕ごっこ――つまり、スペルカードルールに基づく決闘以外にない!」
◇
その日の昼。
あの後、私と霊夢と魔理沙は挨拶もそこそこに、こそこそとその場から退散した。
あの二人の闘いは壮絶過ぎて、ギャラリーでいられなかったからだ。
よくもまあ、あんなに熱くなれるものだ。
「しかし、大変だったな」
「あれはさすがに困ったわ……」
「もう……」
霊夢はいつも以上に不貞腐れている。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも!」霊夢はいきなり立ち上がって言う。「あの寺つつきって妖怪、神社を襲わないらしいじゃない!」
「そ、そうなの?」私は霊夢のあまりの剣幕に狼狽してしまう。
「そうよ! さっき布都の奴に聞いたわ……神子に鎌をかけられたの! 全く、くたびれしか儲からないわ……」
「骨が折れなくてよかったな」
仲の良いことだ。
この二人にしても、あの二人にしても。
……そういえば。
「結局、写経本を盗んだのは誰だったのかしら? 寺つつきなわけないし」
「そ、そうか? 案外そうかもしれないぜ」
魔理沙が露骨に挙動不審になる。
「……魔理沙、貴方」
「な、何だ?」
「もしかして、貴方が盗んだの?」
「か、借りただけだぜ」
……はあ。
「ちゃんと、返してきなさい!」
「死ぬまで借りるだけだって! あれには聖の奴が使っている魔法の一部が書かれてるんだよ!」
私が魔理沙を捕まえようとすると、彼女はさっと私の手から逃れる。
が、咄嗟に動いたために、彼女の帽子から古びた二冊の本が落ちてきた。
「あ」
「やっぱり、狙っていた物があったのね」
「借りてるだけだ!」
私は魔理沙を連れて再び命蓮寺へ向かった。
もちろん、本を二冊持たせて。
部下は、期待にそぐわず妖怪を逃がしてしまい。
妖怪は、それにいいことに暴れまわり事件を起こし。
巫女は、自身のことにならないとやる気を起こさず。
本は、事件のごたごたでちゃっかりと盗まれ。
宗教家は、事件解決後に一悶着。
物にしても、妖怪にしても、人にしても、『扱う』ということはなかなか一筋縄ではいかないものだな、と思った数日間だった。
単独でも読めますが、作品集187にある一作目や二作目を読んでいますと、楽しみが三割一分零厘増すかもしれません。
では、本編をお楽しみください。
◆
カンッ、カンッ
泣く子が黙り、草木も眠る丑三つ時。
せっかく泣く子も騒ぎ立てる草木もいないのに、静寂は存在せず、何かの音が響く。
カンッ、カンッ
何かを叩くかのようなその音は、止まることなく生み出され続ける。
まるで、木の幹に釘を打ちつけるような――。
その夜たまたまそこに泊っていた耳の良い彼女は、その『施設』の者の中で唯一、その音に気付いた。
その音の異様さ、異質さを不気味に思い、その音が聞こえる方へ向かう。
しかし――
「きゃぁ!!」
彼女は黒い影に襲われ、意識を失った。
◇
「え? 命蓮寺で強盗?」
「そうらしいわ」
ある日の昼、博麗神社。
茨華仙こと私は、ほぼ通例かのごとく、そこを訪れていた。
しかし、意外や意外。なんと霊夢しかおらず、魔理沙がいなかったのだ。ちゃんと家には帰っているようで安心した。
……さすがに言い過ぎかしら? 前にも家に送ったこともあったし、何回かいなかったこともあったし。
それでも、何回か、なのか……。
私が魔理沙の将来を憂いていると、霊夢が問い質してくる。
「あんた、何か知らない?」
「いえ。最近はあまり人里近くには寄らないので」
「そう……」
霊夢は少し気落ちしたようだ。
……? 寺の問題に首を突っ込むとは、霊夢らしくはないが巫女らしいことをするなあ、と感心していたのだけれど……なぜ落胆する?
……はっ。
「霊夢、命蓮寺(よそ)の心配をするなんて、成長したのね! 人間として!」
目を輝かせて霊夢の成長を喜ぶ私。
しかし霊夢は「何言ってんのコイツ」と言わんばかりの顔をしている。
「何言ってんのコイツ」
前言撤回。
言ってのけた。
「いえ、なんだか落ち込んだみたいだったから」
「はぁ? そんなの決まってるじゃない」
決まりごとだったのね……。
霊夢は一息置いてから言う。
「次の標的は神社(うち)かもしれないのよ!」
私は言いたくなった。
この神社に来る泥棒は魔理沙くらいでしょう、と。
「そういえば、魔理沙の姿が見えないけど」
「あのねえ、あいつがいつもここにいると思ったら大間違いよ?」
「いやまあその」
「まあ、昨日も来なかったわね」
……ふむ。そんなことも、あるのかしら?
その後の霊夢の話によると――
寺では、強盗に襲われた者がいたらしい。
いまは療養中だが、じきに目覚めるだろうという話だ。
肝心要の強盗については、舟幽霊率いるチームによって捜査されているが、現時点では何の手がかりも見つかっていない――否、一つだけおかしな点があった。
被害者が倒れていた近くにあった、壁が、柱が、天井が。
木端微塵――とまではいかないにしても、ひどい荒れようだったという。
しかしそれだけではまだ犯人特定の証拠として薄い。
だから、被害者の証言が待たれている、ということだそうだ。
まあ、事態が深刻になればさすがの霊夢でも重い腰を上げるだろう。
私の出る幕では、なさそうだった。
◇
二日後――
まだ事件は収束していなかった。それに加え、被害者も増えていっているようだ。夜、手分けして見張りをしている時、一人でいるところを襲われるらしい。
神社には今日も魔理沙はいなかった。ここ数日はどうやら、命蓮寺に行っているらしい。恐らく、事件関連だろう。
魔理沙を見習って、霊夢にも解決の協力をするよう促しても、「神社(ここ)にいれば空き巣は防げる」とか言って梃子でも動かなかったので、またも前言撤回、私が動くことにした。
ということで今、私は捜査協力のため、命蓮寺の一室にいる。
部屋は、ごく一般的な寺のそれだった。
その中央に布団が敷かれており、そこに最初の被害者、幽谷響子が寝かされていた。それに加え、それに続く被害者、村紗水蜜、多々良小傘、寅丸星も横たわっていた。みんな安らかな寝顔だ。死に顔という意味ではない。
四つの布団のわきには、聖白蓮がいた。
先ほどまで魔理沙もいたのだけれど、私が来た途端に慌てて出ていってしまった。
何かやましいことでもあるのかしら?
「じゃあ、話、聞かせていただけますか?」
「ええ」白蓮はそう相槌すると、話し始めた。「三日前、響子が何者かに襲われたことがこの件の発端です。それから毎晩、何者かが壁や柱に穴を空けていくようになったのです。もちろん、毎晩警備を回しました。私も含めて。ですが、ご覧の有様です。犯人の特定はなかなか進みません……何故かと言えば、犯人が残した痕跡が、無残にも大破した壁や柱くらいだからです。まるで、何か尖ったもので殴ったかのような」
尖ったもので……?
疑問が生じたが、今は情報を集めるべき。一旦隅に置いておくことにした。
他の疑問を尋ねる。
「でも、それって、強盗じゃないのでは――」
「そう。強盗という根拠は、もちろん盗難があったからです」
「盗まれた物というのは?」
「多分、写経本なんですよ」
「多分?」
「ええ、確証はないんですが……なにせ、一冊だけ無くなっていたのですから。地味すぎて全然気付かなかったんです。どんな内容かも忘れてしまいましたし」
「成程……」
今回の犯人の行動には一貫性がない……。支離滅裂なことをしている。
本当にただの愉快犯なら、そこまでだが……。
と、ここで布団の方から声が聞こえる。
「う、う~ん」
響子が右手で目をこする。目を覚ましたようだ。他の者は未だ目覚めそうにない。
「響子、起きました?」
「聖さんに……仙人……?」
響子がとろんとした目でこちらを見つめる。
が、次第に目が冴えてくる。意識がはっきりとしてきたようだ。
「寝起きで悪いけど、響子。誰に襲われたか判る?」
「だ……えっと」響子は何か言いかけた後、少し口を押さえてから言う。「よく判らなかった。黒い影……みたいな」
「それは、人型だったの?」私はいきり立って訊いてみる。
「ひ……ううん、そこまでは……」また何か言いそうになって、口を押さえてから言う。
「そうですか……」
「襲われた理由、心当たりあるかしら?」白蓮が質問を重ねる。
「こ……ええっと、確か……そう。なんか、木を釘で打つような不気味な音が聞こえたの。それでおかしいなって思って見に行ったら……」
「ここで目を覚ました、と。成程。ありがとう、ゆっくり休んで頂戴」
響子は質問をされる度、何か言いかけてから口を押さえていたが……ああ、山彦だからか。
恐らく、質問をオウム返しして相手を煩わせないためだろう。
まあ、それはいい。きちんと寺で修行をしている証拠、いいことだ。
しかし――やはり、この疑問に行きつく。
そんなこと、強盗目的の者がするだろうか? と。
『木を釘で打つような音』というのは、『壁や柱が壊された音』だろう。よもや寺で藁人形を打つ酔狂な者もいないだろうし。
強盗、それも夜に忍び込むくらいなら、そんな目立つようなことはしないはずだけれど……何度考えてもこの犯人の行動は不合理で滅茶苦茶だ。
「あの、私も今夜、警備に加わってよろしいですか?」
「もちろん。実は、魔理沙にも一緒に警備してもらっているのです。本人の申し出で」
ははあ、なるほど。
たまには、ボランティアもするのか、と思っていたけれど……。
「何か狙ってますね」
「まあ、警備を共にしてくれるのは助かりますから」
やはり魔理沙はなかなか抜け目がないらしい。
◇
その夜。
と言っても、もう夜は明けようとしている。
「来ないな」
「来ないわ」
「来ないですね」
白蓮と魔理沙、そして私は三人共に、屋根の上から見張りをしていた。
が、全く来ない。
不審者どころか、不審でない訪問者すら来ない。
響子の言っていた、不気味な音も聞こえなかった。
「犯行は昨日で終わりだったのか? おっと、一昨日か」
「それにしては、中途半端すぎますね」
「今日は外せない用事で来なかった、とか」
「…………」
黙り込む白蓮。一理あると思ったのかしれない。
「ふぁ~、眠いぜ」
呑気にあくびをする魔理沙。
さすがに一晩中見張りをするのは、人間にとっては辛いのだろう。睡眠欲的な意味で。
本当に人間? と思うこともあるけれど、魔理沙もやっぱり、人間ねえ。
そんな事を考えて、私はついつい笑みをこぼしてしまう。
「な、なんだ? 私の顔に何か付いてるか?」魔理沙は私の方を向いて、何故か慌てた様子で言う。
「い、いえ」
「……そうか」
魔理沙はそう言って反対側、つまり白蓮の方を向く。
「もう来ないんじゃないか?」
「まだ夜は明けていません。案外、今にも来るかもよ?」
本当かよ、と言って魔理沙は正面に向き直る。
そして――
「こいつは驚いた――本当にお出ましらしい」
私と白蓮は魔理沙の視線の先にある物を見た。
◆
三人が何かを見つける、少し前の時間帯。。
博麗神社に来客があった。
まあ当然のことながら、霊夢にとっては招かれざる客だった。
つまり、参拝客ではない。
豊聡耳神子と物部布都が、神社を訪れていた。
「霊夢ー! いるかー?」
神子が呼びかけるが、何の返答もない。
当然だ。今は夜明け前で、霊夢はそんなに早起きではない。
つまり、霊夢はまだ寝ているに決まっているのだ。
しかし、神子はそんなことを承知しているにも関わらず、境内へ、そして霊夢の住居へ、霊夢の名を呼びながら入っていく。布都はそれにびくびくしながら付いていく。
「霊夢ー!」
「何! 何なの!? まだ夜も明けてないのにうるさいわ! ……ってあんたらか」
霊夢が住居のふすまから顔を出す。
その顔はいつもより冴えない。寝起きなのだろう。
「やあ、霊夢。調子はどうかな?」
「最悪よ」
「それはいけないね……うちの布都なんかいかがかな?」
「なんと太子様! 私を売るのですか!」大袈裟なポーズをとる布都。「でも……太子様がそういうのなら、私は……」
「そんな奴、タダでも要らないわ。逆にお金を貰いたいくらい。というか、あんたらが来た所為よ!」
「そんな奴!?」布都は別のポーズをとる。「しかも負荷じゃと!?」
「まあまあ、冗談はそこまでとして」神子が朗らかに言う。
「じょ、冗談……。ま、まあ、我は判っておりましたぞ」
露骨に虚勢を張る布都。
霊夢はそんな布都を見て、「こいつ、本物のアレかしら?」と内心思った。
「で? 何の用よ」霊夢は面倒臭そうに言う。「私の安眠を妨害しておいて、通りがかっただけ、とは言わせないわよ。あんたらの住処はここらへんじゃないんだし」
「もちろんよ」対して神子は不遜な表情をする。「要件というのは、他でもない。……霊夢、ここ数日はよく眠れたかな?」
「あんたらに起こされた所為で、全然よ」
「今日だけじゃなくて、ここ数日間だよ」
「ぐっすりよ、さっきまでみたいにね……それがどうか――」
霊夢が言い終わる前に神子は次を言う。
「そうか、では何か不審な物音は?」
「何なのよ……別になかったわ」
「太子様、また外れですな」布都が残念そうに言う。
「まあ、当然か……。では霊夢、失礼した」
神子はそう言って踵を返す。布都もその後に続く。
(ん、ここ数日……?)
霊夢は気付いた。
巫女の直感、とも言うべき謎の感性で気付いた。
ひょっとしたら、命蓮寺の――
「ねえ、待って!」
「何でしょう?」
◇
朝日が少しだけ顔を覗かせていた。
私たち三人はその姿を見た瞬間、身を乗り出した。
中庭だ。
中庭に、謎の黒い影がいた。
ふわふわと浮遊するそれは、幽霊のようにも見えたし、日光に照らされてもなお、黒いまま。何よりその妖気は、怨霊のそれと殆ど同じようだった。
「どうやらアレが犯人のようですね」白蓮が臨戦態勢に入る。「二人とも! 行くわよ!」
「おう!」魔理沙は帽子からミニ八卦炉を取り出す。
そして、“黒い影”に攻撃を仕掛けていく。
「…………」
私は、手出しせず見ていることにした。
二人だけでも大丈夫だろうと踏んだのも、確かにあるが、それ以前に。
黒い影――というか、黒い靄なのだが――には、あまり接触したくない。
よもすれば、また萃香なのかもしれないし。
まあでも、その線は薄いかもしれない。
その黒い影は、鳥の形をしていたからだ。
◆
「はぁ!?」
霊夢はそれを聞いて、絶句した。
「まあ、その反応が妥当でしょうね」
「うぬぬ……すみませぬ太子様……」
「いえ、布都に任せた私が、布都でもやるときはやると信じた私が、悪いのよ」
「太子様……」
霊夢は二人から、神社を訪れた真意を聞き出していた。
いや、正確に言えば、『人里の家を一軒一軒訪れていた理由』だ。
「というか、里からだと、神社(うち)より命蓮寺の方が近いじゃない」
「いや、あそこにはあまり行きたくない」
「気持ちは判るけど! さっきのが本当なら、今の標的は多分、命蓮寺よ!」
「なんと、そうなのか」神子は惚けた顔で言う。「じゃあ、別に問題ないな」
「いやいやいや」
「だって、あのアマ……いや尼のところだし」
「あそこが終わったら、次は神社(ここ)に来るかもしれないでしょ! “そいつ”が!」
「ふふ、冗談だよ。君は本当に欲に忠実だね」
「じょ、冗談……。ま、まあ、我は判っておりましたぞ」
なぜかまた同じ反応を繰り返す布都を無視して、霊夢は言う。
「こうなったら、一緒に来なさい! 別に一人でやるのが面倒くさいとかじゃないわよ!」
「元より、そのつもりさ。あいつは結構強力な怨霊だから、私の手で封印するしかない。……君は素直すぎるくらい素直だな」
◇
結果から言えば、まだ実体を保っているものの、全く苦戦せずに“黒い影”は倒された。
私が見たところ、恐らく魔理沙だけでも退治出来たと思う。
「いやあ、あっさりしすぎだな。本当にこいつが犯人なのか?」
“黒い影”は現在、拘束されている。白蓮特製だという荒縄で。
「でも、よく見れば鳥の姿をしています。恐らく、そのくちばしを以って、壁とかを破壊したのでしょう」白蓮はあっけらかんと言う。
「そんなことして何になる?」
「私が知るところではないわね」
「だな」
やはり、妖怪の仕業だったか。しかも野良のようだ。怨霊っぽいが。
でも野良妖怪が盗難とは……到底信じられないが……。
「よし、じゃあ拷問……もとい、質問タイムだな」
「まあ、結局拷問に変わるでしょうけどね」
「おい! 私の言葉が判るか?」
魔理沙は“黒い影”に向かって言葉を投げかける。
が、聞こえなかったのか、言葉を理解できなかったのか、へそを曲げているのか、反応しなかった。
「ふむ……では、力に頼るしかないようね」
「そうだな。質問もパワーだぜ」
「え、それは」
私はそこまでする必要はない――というか、別の手段があると思うのだけれど……。
白蓮と魔理沙が武力に物を言わせようとしたその時、
「ははは! 相変わらずの物理頼りだな!」
という誰かの一声が場を支配した。
その場にいる全員が声の方向に向く。
その声の主は、道教の仙人、豊聡耳神子だった。
その傍らには、物部布都がなぜかしたり顔でふんぞり返っていた。
あ。あと、なぜかやつれた霊夢もいた。
◇
「では、全て貴方の所為ということですね?」白蓮は笑顔でありながら、こめかみに青筋を立てている。
「おやおや、妖怪僧侶は人の話も聞けないのかしら?」神子は負けじと白蓮を挑発している。
先ほどやってきた神子は、“黒い影”を見るや否や、取り出した黒い小瓶に、文字通り入れてしまった。
当然、事情を知らない、私たちも驚いた。
そして問い詰める。
「どういうことだ!」と。
こういうことらしい。
以下、神子の弁。
こいつ? ああ、この寺にも迷惑かけたね。
こいつは『寺つつき』といってね――キツツキの姿をとって、寺を壊そうとするちょっと困った奴なんだ。被害者が出たのは、まあ、それを阻止されそうになったからだろう。
え? 何でそんなこと知っているかだと?
それは愚問だな。
愚問愚答になってしまって申し訳ないけど、それは当然だ。
こいつは、私たち――この場合、私と布都と屠自古のことだが――と一緒に封印されていたのだから。
元々は、死後私を恨んで化けて出た人間の怨霊だった……まあどうも、恨みの念が強すぎて、妖怪となったようだ。
最近、こいつまで復活して、私たちも困っていたのだ。
家をつっつきまわしてくるものだからね。
で、布都に退治させたんだけど……うまく封印ができなかったみたいで、このザマさ。
かなり探し回った。寺以外も襲う可能性があったからね。現にうちは寺ではないし。
いやいや、意図的に一緒に封印したのではない。断じて。一度は退治したのだ。
まあ、さっきも言ったが、こいつの『根源』は私への恨みだからね。
そんな感じのものが原動力になって、くっついてきたんじゃないか?
ん。ああ、その点は大丈夫。この後こいつは焼却処分するからね。
地獄の業火で。
以上。
これを聞き、白蓮は先ほどの反応をしたわけである。
「私が貴方の話の何を聞いていないと?」
「ですから、直接的な原因を作ったのは、寺つつきを封印し損ねた布都なのよ」
「た、太子様、我ですか!? 確かに、我がしくじっていなければ……」
布都は突然話を振られてモジモジしている。
だが白蓮は見向きもせず、凄味のある笑顔で続ける。
「話をすり替えないでください。結局は上司の貴方の責任なのでは?」
「まあ、確かにそうだ。私の落ち度は認めよう。だが、対応しきれないそちらにも不手際があったのでは?」
「なんですって? もう一度言ってご覧なさい!」
「何度でも申しましょうとも!」
不毛だった。
何の実も結びそうになかった。
イタチごっこで、堂々巡り。
まさに『ああ言えばこう言う』を体現しているかのようだった。
ここまで来ると、『阿吽の呼吸』かもしれない。
そんな状況を見兼ねたのか、見飽きたのか、霊夢が大声を上げる。
「ねえ! もう妖怪は退治し終わったんでしょ! だったらもう終わり! 解散!」
しかし白蓮は笑顔でありながら、苦虫を噛み潰したような顔で霊夢に言う。
「でも、このままでは引き下がれません!」
神子も、同様に言う。
「私も“体のいい”誤解をされたままでは困る!」
「何が“体のいい”ですか! こっちのセリフよ! こいつを使って、写経本を盗ったでしょう!」
「そんなことはしていない! こいつは勝手に暴れたのだし、大体、仏教の写経本など誰が欲しがるのだ?」
「貴方には、必要ないでしょうね」
「ふっ、当たり前だろう?」
「しかし、もしかしたら仏教にまた興味が湧いたとか?」
「何だと!?」
再び不毛地帯が展開される。
どうやら霊夢の手には負えないらしい。
言わずもがな、私にも無理だ。
だが魔理沙は不敵な笑みを浮かべている。
「おい、二人とも!」魔理沙は唐突に言う。「決着を着けるならば、舌戦はいかにもナンセンスだぜ」
「ほう?」神子は余裕の表情。
「何を以て、決するというのですか?」白蓮はまだ笑顔だ。
「もちろん、決まっている。ここは幻想郷だぜ?」
また決まりごとの登場だった。
「弾幕ごっこ――つまり、スペルカードルールに基づく決闘以外にない!」
◇
その日の昼。
あの後、私と霊夢と魔理沙は挨拶もそこそこに、こそこそとその場から退散した。
あの二人の闘いは壮絶過ぎて、ギャラリーでいられなかったからだ。
よくもまあ、あんなに熱くなれるものだ。
「しかし、大変だったな」
「あれはさすがに困ったわ……」
「もう……」
霊夢はいつも以上に不貞腐れている。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも!」霊夢はいきなり立ち上がって言う。「あの寺つつきって妖怪、神社を襲わないらしいじゃない!」
「そ、そうなの?」私は霊夢のあまりの剣幕に狼狽してしまう。
「そうよ! さっき布都の奴に聞いたわ……神子に鎌をかけられたの! 全く、くたびれしか儲からないわ……」
「骨が折れなくてよかったな」
仲の良いことだ。
この二人にしても、あの二人にしても。
……そういえば。
「結局、写経本を盗んだのは誰だったのかしら? 寺つつきなわけないし」
「そ、そうか? 案外そうかもしれないぜ」
魔理沙が露骨に挙動不審になる。
「……魔理沙、貴方」
「な、何だ?」
「もしかして、貴方が盗んだの?」
「か、借りただけだぜ」
……はあ。
「ちゃんと、返してきなさい!」
「死ぬまで借りるだけだって! あれには聖の奴が使っている魔法の一部が書かれてるんだよ!」
私が魔理沙を捕まえようとすると、彼女はさっと私の手から逃れる。
が、咄嗟に動いたために、彼女の帽子から古びた二冊の本が落ちてきた。
「あ」
「やっぱり、狙っていた物があったのね」
「借りてるだけだ!」
私は魔理沙を連れて再び命蓮寺へ向かった。
もちろん、本を二冊持たせて。
部下は、期待にそぐわず妖怪を逃がしてしまい。
妖怪は、それにいいことに暴れまわり事件を起こし。
巫女は、自身のことにならないとやる気を起こさず。
本は、事件のごたごたでちゃっかりと盗まれ。
宗教家は、事件解決後に一悶着。
物にしても、妖怪にしても、人にしても、『扱う』ということはなかなか一筋縄ではいかないものだな、と思った数日間だった。
寺の妖怪たちが怨霊程度に叩きのめされるというのは随分不可解ですが、おそらくそちらの下手人は刀自古あたりなのでしょうか。
華仙がやたらに魔理沙にこだわり続けているのがかなり気になりましたが、まああれですね。気になる女の子のことで頭がいっぱいという乙女心ですね。
相変わらず、茨歌仙の小説版を読んでいるかのような感覚が素敵です。お話の下敷き部分も興味深くて、感心してしまいました。
所々で笑ってしまいましたよ。
ちなみに一輪が一切出てきませんでしたが何してたんでしょうか?
私の想像ですが、警備についていたけど、二日目には白蓮に諭されて寝てたのだと思ってます。
「怨霊」「鳥の形」というキーワードから以津真天かと思っていましたけど、全然違っていました。
やっぱり霊鳥というと以津真天のイメージが強いですね。
今作も面白かったです。
次回作を待ってます。
あまり聖がムキになる姿も浮かばないので、そういう意味ではその一面を引き出す神子とはいいコンビなのかもしれませんね。
命蓮寺を心配するようでちゃっかり借りている魔理沙も実に平常運転