○月○日
腑に落ちない。
何故私が日記など書かなければならないのか。
仕事の管理とさとりは云った。しかもしばらく続けろとのこと。面倒臭くて仕方ないわ。
それに、私には仕事があるとはいえ、そう特別やることなんてありはしない。大体は橋の上でぼぅっとしているだけのもの。投身自殺をした地縛霊と大差ない。そんなのはさとりが一番良く知っているはずなのに。何を書けば良いのか。何を管理すると云うのか。
そこで私は考えた。ここに散々文句を綴れば、早々に廃止となるかもしれないと。
だから私は不平不満をあげていくことを考えた。
だが、そんなことをしなくても、普通に書けばいいのではないかとも思えてきた。
私の役割がどれだけ無為で、どれだけ孤独で、どれだけ管理する必要がないかは、あるがままに記すだけで充分伝わる気がした。
それに少しだけ、妬みや嫉みや僻み、それらを愚痴として書き連ねてもいい。
そう決めると、心が少し軽くなった。
……よし、そこそこに頑張ることにしよう。
***
○月○日
相も変わらず、橋に異常はない。渡ろうとするのもほとんどいないし、居るとしても顔見知り。
暇。暇。
きっと仕事が充実してるさとりには、こんな気持ちわからないんでしょうね。妬ましいわ。
ずっと橋に居るから、基本的に書くことがない。今日あったことといえば、また十人くらいの妖怪が私に妬ましい話を持って来たくらい。
……語弊があったかしら。来た妖怪が妬ましいと感じた話を私に聞かせに来ただけで、自慢されたりしたわけではないわ。
とはいえ、確かに私は暇を持て余して居るけれど、見た目にも雑談しやすいほど暇そうなのかしら。不満だわ。
全員、云うことは決まって一緒。
「~が妬ましいんだけど」
正直なところ、知ったことではない。
が、そんなことを丁寧に聞かせられたら、確かに妬ましくなってくるのだから、ついつい耳を貸してしまう。妬ましい話術だわ。
そういえば、この日は人間の娘が来たわ。前に暇を貰って地上を散歩していた時に出会った人里の子供だったわ。妖怪の山で迷子になっていたところを、気まぐれで里まで送ったのだけど、その礼に来たのだとか。妖怪相手に律儀な子だわ。それもこんなところまで。
まぁ、道案内を兼ねた用心棒として不老に堕ちた人間が居たから、往路と復路の心配はしなかったわ。ただただ、こんなところまで来たことに呆れただけ。
年の頃は十代の頭、といったところかしら。妖怪と違って、人の年齢は見た目でおよそ推測できるから良いわ。
「あの、この前はありがとうございました」
「どういたしまして。あなたも物好きね、こんなところまで」
橋の上で人間と二人、川を見つめながら、立ち話。用心棒は橋の控柱に寄り掛かってのんびりとしているのが見えた。人間と妖怪を一対一にする用心棒がどこにいるのか。と思ったが、私が信頼されているか舐められてるかなのだと気付き、溜め息を吐いた。どっちにしても、橋姫としては微妙な評価だ。
「これ、お礼のお菓子です」
渡されたのは、無造作な紙袋。里の商店で普通に買ったまま、という様子。お菓子と云う割に、甘い香りもせず、持った感じは固い。
「これ……ん? お煎餅?」
「嫌いでしたか?」
当たりらしい。
「嫌いじゃないわ。でも、お礼でお煎餅を貰ったことはなかったから。でも、ありがとう……なんでお煎餅だったの?」
訊くまい、訊くまい。そう思っていたのに、好奇心に負けた。
「このお煎餅、美味しいから」
この子の趣味だったらしい。渋いわね。
でもそう考えると、この子は誰かに云われたわけじゃなくて、自分で考えて自分なりのお礼をしに来たということよね。こんなに幼いのにしっかりしているのね、妬ましいわ。
「ふぅん」
開ける。五枚入っていた。
内一枚を取り出して、人間の子に渡す。
「え?」
戸惑われた。
次いで私も一枚取り出して、囓る。結構固いけど、噛み砕けない固さではない。ガキッという思い音を立てて、砕いた破片が口の中に転がる。
醤油の味が強い。かなり強い。甘みもあるけど、しょっぱい。辛いくらい。緑茶が合うか、番茶が合うか、いやむしろ水の方が合うか。悩ましい。
結構、癖になりそうな濃い味ね。
「あの」
人間の子は、お煎餅を両手に抱えて困惑している。
「此処までお煎餅を持って来てくれたお礼よ。一緒に食べましょう」
橋の上に腰を下ろして、ガキッという音を響かせる。
そんな私をじっと見ていた人間の子は、やがてその場に腰を下ろし、手にしたお煎餅を咥え、力を入れて細かくお煎餅を砕いては食べ始めた。
「えへ、固い」
確かに嫌がらせみたいに固いけど、あなたが固いって云うのはどうなのよ。
……本当に嫌がらせじゃないのよね?
「さて、と」
子供がお煎餅を食べている間に、ただぼうっとしている人里の用心棒にも、それなりに挨拶をしておかなければならないだろう。
「パルスィさん?」
「ちょっと、あなたの用心棒に挨拶して来るわ。少し待ってて」
「うん」
そう素直に返事をすると、まだ残っているお煎餅との格闘へと意識を移した。ほんとに、あんな固いの好きなのかしら。歯が丈夫になるわね。
私が用心棒の、妹紅という不老不死の女性の方へ向くと、当の用心棒も意識を向けられたことに気付いた様で、静かにこちらに視線を向けて来た。私が歩み出すと、寄り掛かるのを止めて、こちらに体を向けてくる。
さすがに元貴族、丁寧なのね。
「私に何か用かい?」
やや警戒しているのが判る。でも、ほんの僅か。後のほとんどは、何だろうという疑問だろうか。表情も雰囲気も、なんて素直なんだろう。妬ましいわ。
「あの子供の面倒を見てくれたお礼よ」
そう云ってお煎餅を一つ差し出す。
「え? だってこれ」
「これはもう私の物なのだから、こうして配っても問題はないでしょう。さぁ、遠慮なく食べなさい」
無理矢理にも押し付ける。そして、食えと促す。
この固過ぎるお煎餅で、どういう反応をするのか見たいから。
私がジィと見ていると、妹紅はやや躊躇してから、小さく口を開き、ゆっくりとお煎餅を歯に沿えて、小さな音で、パキッと砕いた。
「随分と淑やかに食べるのね。そんな食べ方したこたないわよ、妬ましい」
そう云うと、妹紅は口元を手で隠し、もぐもぐと咀嚼している。
この人間は元貴族だったはず。でも、不老不死に堕ちたと云うのだから、そう穏やかな暮らしなどしてこなかったでしょうに。
「上品な食べ方ね。そういう出自だったかしら。まったく、愛されて大切に育てられたのね。ほんと妬ましい」
人間を逸して、それでも人間をやめないで、今でも人間を続け、人間と関わっている。なんて強い人間なのだろう。
食べてて話せないのなら、仕方ない、一方的に伝えておきましょう。別に会話をしようと思ったわけではないのだから。
「里の子供を連れて来てくれてありがとう。そこらの妖怪よりもずっと強いあなたが送ってくれるから、心配をしなくて済むわ」
最近は人を襲って食う妖怪は減った。けれど、居ないわけではない。また、妖怪などではなくても、腹を空かせた獣や、迷子という危険もある。それらの不安を、別れ際に持たなくて良いのはありがたい。
「人里では大層頼られているのね。こんな場所まで道の同行を頼まれるなんて妬ましいわ。それに、」
「……や、やめて」
なんか、か細い声が聞こえて来た。
振り返ると、顔を真っ赤にした用心棒が居た。顔を背けている為、表情は判らない。でも、酔ったみたいな頬の色だわ。
「どうしたの?」
お煎餅が固くて疲れたのかしら。
そう思っていると、蚊の鳴くような声が、そっぽを向いている口の辺りから漏れ出す。
「あ、あんたの言葉は、その、素直で、真っ直ぐだから……えっと、褒められてる様にしか聞こえなくて、なんか、その、ほんと照れるから、やめて」
どうやら照れていただけらしい。
「褒めてないわ。妬んでいるだけよ」
「に、似た様なもんだ……!」
印象がポジティブとネガティブの時点で逆転している気がするけれど、本当に似ているのかしら。
……よく判らないことを云うわね。
「そうなのかしら。私にはピンとこないわ」
「取り敢えず、私を妬むのはやめてくれ」
「断るわ」
「なっ!」
妬むということが私の存在に繋がること。妖怪は、自分の中にある何かしらを柱に生きているのだから、それを蔑ろにすることはさすがにできないわ。
まぁ妬まれてる相手からすれば、妬むなというのは当然かも知れないけれど、かといってそれを止める気はないわね。実害はないから許して欲しいところだわ。
「悪いけれど、私はいつだって嫉むし妬むし僻むわよ」
「堂々と云うことか!」
個性だもの。例え自己嫌悪するような部分でも、それが私の要なのよ。
「あぁ、妬むなって云われたら逆に意識してきちゃったわ。あなた髪の毛の色が抜けているけど、こんなに艶があってサラサラとしてて妬ましいわ。それだけでも充分に妬ましいのに、お肌なんてこんなに柔らかくてきめ細かくて」
髪を触り、腕を触り、嫉妬。
「やめろ! 離せ!」
「これで妬むなって方が酷だわ」
「やめてぇ……」
実に妬ましい元貴族は、その場で静かに蹲ってしまった。
……可愛らしい反応ね、妬ましい。
けれど、これ以上妬むと彼女が押し黙ってしまいそうなので、ここらで我慢しておくとしましょう。
「お煎餅食べた」
その声に振り返ると、満足そうに笑っている里の子が居た。
えっと、褒めるべきなのかしら。
「おめでとう」
「うん」
無邪気な笑顔が妬ましいわね。
「あぁ……そろそろ里に戻ろう。さすがに親御さんが心配するだろう」
「えー……うん。判った」
素直だわ……妬ましい。
「それじゃあ、またね」
そう云いながら、まだすぐ傍に居るというのに大きく手を振る。
子供って可愛いのね。
そして、二人は私に背を向けた。
「あ、パルスィ」
途端、用心棒だけが振り向いた。
「何?」
「もしかして知らないのかと思ったから一応教えておくけどな、その煎餅は、茶に浸して食べるのが正しい食べ方だ」
……なるほど。
「どうりで。異常に固いと思ったわ」
合点がいったわ。
そして、やはり子供が好むお菓子にしては随分と渋い。
「えへへ。また持って来るね」
なんで誇らしげなのかしら。
「えぇ、楽しみにしているわ」
それ以外に返す言葉が浮かばなかった。
そして二人は、地上へと帰っていった。
太陽の下で育ったからかしらね。随分と眩しいものだったわ。
あぁ、妬ましい。
***
○月○日
今日は通行人がいない。
たまに地下の妖怪が橋まで来て話をして帰っていくばかり。
冷やかしとは、妬ましいわね。
そんな風に、いつもと変わらず橋でぼうっとしていると、地下の方からでかいのがずしずしと歩いてきた。
細くも見えるが筋骨隆々で一本角の雄々しい、鬼が来た。
「……面倒そう」
酒飲んで明るく笑っている勇儀を見ると、そんな感想しか浮かばなかった。しかもアレは、真っ直ぐこっちに向かってきている。明らかに私狙いだ。
少し逃げたいわ。願わくば、引き返せ。
「はっはっはっ、ようパルスィ。ここは相変わらず鬱々としてて、酔い覚ましには丁度いいや」
私の切なる願いは、ごく普通に無視される。
神めぇ……ハァ
仕方ない。少しくらい付き合うか。どうせ追っ払って追っ払われる様な奴ではないのだから。
「まったく、その能天気っぷりが心底妬ましいわ」
「そうかい? 羨ましいなら、ほれ、一献。こいつがあれば悩みなんて吹き飛ぶし、誰だって笑える様になる」
そういって差し出されるお酒。
私は知っている。これは人が飲んだらいけないほど強いのだと。どれだけ辛口なのだと。そしてそれを私が飲んだ場合に笑うのは、恐らく私じゃなくて目の前の鬼なんだと。当の私はたぶん倒れるだけなんだと。
……そしていい加減憶えろと云いたい。私は甘いお酒が好きなの。
「悪いけど、結構だわ。それに、私は笑い上戸ではないし」
「妬み上戸か?」
「それはただの素面だわ」
この鬼も適当なことを云うわね。妬み上戸なんて面倒な酔い方があるわけないじゃない。
……もしかしてあるのそれ?
まぁいいわ、どうでもいい。
そう、どうでもいいの。だから、早くどっか往きなさいよ……
けれど願いと裏腹に、鬼はどかりと胡座をかく。
「あぁ。お前さんは、後ろ向きに見えて前向きだから安心できるねぇ。そんなわけだから、好きに酔えばいいさ。何上戸だって」
酔いたいとは云っていない。というかそういう話題ではなかったわよ酔っ払い!
「話が通じないから酔っ払いの相手なんてしたくないのよ。私のどこが前向きなのかしら。酔っ払って見るもの全てが美しく見えているあなたが、過度に前向き過ぎて私さえそう見えるだけだわ。あぁ、妬ましい。あと、酔い覚ましに来てるのに素面の他人を酔わせようとしないで」
「ははは、いやまったくだ。確かに酒を飲んだら楽しくなってきて、なんもかんもが楽しく見えてくる。それに、他人に酒を勧めたら私も結局飲むことになって、酔いが覚めやしないね」
そして鬼はへらへら笑う。
「でも、お前さんは充分に前向きさ。そいつだけは、間違いないね」
「どこがよ」
嫉妬なんて後ろ向きな私がどう前向きだというの。自分でだって、そこまでこの嫉妬深さが好きではないというのに。
そんな不満を込めてにらみつけると、鬼はにへらと笑ってみせる。睨みも何ものれんに腕押しね、妬ましい。
「そいつぁ、あれだよ。お前さん、人の長所見つけるの上手いだろ?」
「はぁ?」
初めて云われたけれど。
「他人を妬むっていうのは、要するに、他人の優れてる部分が見えるからじゃないかい?」
「別にそういうわけじゃないわ」
「でなけりゃ、何を妬むんだい?」
……ふむ。
えっと。
えーっと。
……なるほど。
あぁ、だから、この前来たあの不老不死は照れていたのかしら。合点。
「なるほど。それは判ったわ。でも、どんな相手にも私は嫉妬をするわ。それのどこが前向きなのかしら」
「欠点よりも長所を探すのが上手いやつなんて、前向きでしかないだろ。悪いところばかりを見る奴よりも、良いところばかりを見る奴の方が、私は好きだよ」
前向きという一言で括って良いのかは疑問。そして、不満。
「そんなのは買い被りだわ。私は私より不幸だったり、劣っている奴がいたならそれを嘲るに決まってる。そんな風に器が小さいのを知っているわ」
「そうなのかい。じゃあ、なんでそれをしないんだい?」
酔っ払いのくせに、真面目に話が続くじゃない。そこそこに覚めてきているのかしら。
それほど覚めたなら帰りなさいよ。
「別に、特に理由なんてないわ。他人を見下すことで満足なんてしたくないから、こうして妬んでいるだけよ。ただの消去法だわ」
消去法って言葉も後ろ向きな印象があるけれど、どうなのかしらね。
「そうかぁ。じゃあ前向きかどうかはさて置いて、お前さんは優しいな」
「……どうしてそうなったのよ」
やっぱりこいつまだ酔ってるわね。
「はっはっはっ。さとり以外には誰もお前さんの心なんか覗けないよ」
「知ってるわよ」
もしさとり以外に心が読めるなら、さとりはあんな地下に閉じこもっていないのだから。
というか、それが何なの。
「判ってるだろうね。そんなこたぁ。なのにだ、それでも心の中でさえ他人を見下すことを避けている」
「それはさとりに覗かれるかもしれないからだわ。神経質で臆病なだけよ」
あれは本当に、心の裡を見透かすから。
そう答えると、勇儀は膝を叩く。
「かもねぇ」
「そうよ」
そうして勇儀は大きな息を吐く。
これはどうやら、話が終わったっぽいわね。
「でも」
あ、続いた。
「その臆病さは、お前さん以外からすれば優しさになるんだよ。私はやっぱり、そんなお前さんの心具合が好きなんだな。隣にいて心地良い」
……え、何、どういう話してたんだっけ?
私と居て心地良い? 妬まれるのに?
「前々から思ってたけど、あなた歪んでるわ」
思ってたというか、前々から面と向かって口にしていたことだけれど。
「いやぁ。なら他の奴にも聞いてみるかい? 案外多数派だと思うね」
「そんなことないわ」
溜め息を吐く。
まったく、こういう無神経な冗談は扱いに困るわ。
「ははは。まぁいいや。で、どうだい一献」
「飲まない」
顔を背ける。すると、鬼はそんな私の手を取って引き、強引に振り向かせる。
……腕力強過ぎるわ。手首が痛い。
「ま、ま。そう云わずに」
どこの太鼓持ちだ。切り替えが早いわね妬ましい。
「ええい! やることなんて特にないけど、それでも酔って疎かにはできないの! 私はこれでも役割をこなしている際中よ」
嫉妬もそうだけど、橋姫でいることも私には大事な役目だわ。存在に関わることを、おろそかにしていいわけがない。
その辺は鬼も理解している様で、私の手首をパッと放した。
「おっと、こりゃ失礼。そうだった」
云いながら、頭を掻く。そして、かけ声を口にしながら、ようやく鬼は立ち上がった。
よし、どっかいけ。
「それじゃあ、そろそろお暇しようかな」
その云い方されると、私が引き留めてたみたいに聞こえてなんか嫌。
「まったく。あなたの無神経で無遠慮なとこは本当に妬ましいわね。あぁ、妬ましい」
爪をかじかじ。悪い癖だと思うので、すぐ止める。
しかし、そんな私の何気ない言葉に、勇儀はきょとんと真顔を向けてきた。そしてすぐに破顔して、腹を抱えて笑い出した。
「はっはっはっ! そうかい? 私としてはお前さんの神経質さを羨ましく思うが、お前さんが私のそれを羨むのかい? こいつぁ面白い」
え、何? なんで笑ってるの?
「はぁ、面白かった。さて、それじゃあ酔いも覚めたし、飲み直してくるかね」
そう云うと、鬼は手をひらひらと振りながら去って往った。
「本当に何しに来たんだ、あの鬼は」
そして橋に残されたのは、なんともいえない、気怠い空気だけだった。
元気全部持って往かれた……妬ましい。
***
そんな風に書かれた日記を、私はさとりに提出した。
ほんの一週間の出来事をあるがままに記載した日記。毎日特に代わり映えもなく、つまらない役割をこなすだけの日記。
これを読んで、私の仕事を管理する必要などないと判って貰えたはずね。
「なるほど。読ませて頂きました」
さぞや読んで退屈だったと思うわ。これを今後も読み続けるという選択はないでしょう。
「どう?」
「そうね」
私の言葉に、さとりはふむと小さく呟き、何かを思案している。
やっぱり日記は廃止と云うのなら、遠慮も恥じることもなくていいわ。あなたの判断は正しいと思うの。あなたのおこなう立派な仕事と違って、私の仕事は何も変わらず何も残せないものだから。
あぁ、さとりの仕事が妬ましい。考えるな、考えるな、読まれるのは恥ずかしい。
「ねぇ、パルスィ。一つ私も妬ましいと思ったことがあるのだけど、聞いてくれないかしら」
そんなことを考えて悶々としていると、およそ想定外のことを云われた。
「何よ、改まって。いいわよ」
「そう。では一つだけ」
目を閉じて大げさに息を吐いてから、ゆっくりと目を開く。
「みんなに信頼されて好かれてる、あなたがとても妬ましい」
………
「……は?」
ムスッとした顔で、私を指差し、そう断ずる。
「あなたが妬ましい」
えっと、あれ、それはどういう意味?
「というわけで、なんか悔しいので、日記は継続します。是非怠らずに励んで下さい」
そう云うと、さとりは日記を私に手渡し、すたすたと帰って往ってしまった。
「……腑に落ちない」
私の日記は、どうやらまだ続くらしい。
……面倒臭いわ。
腑に落ちない。
何故私が日記など書かなければならないのか。
仕事の管理とさとりは云った。しかもしばらく続けろとのこと。面倒臭くて仕方ないわ。
それに、私には仕事があるとはいえ、そう特別やることなんてありはしない。大体は橋の上でぼぅっとしているだけのもの。投身自殺をした地縛霊と大差ない。そんなのはさとりが一番良く知っているはずなのに。何を書けば良いのか。何を管理すると云うのか。
そこで私は考えた。ここに散々文句を綴れば、早々に廃止となるかもしれないと。
だから私は不平不満をあげていくことを考えた。
だが、そんなことをしなくても、普通に書けばいいのではないかとも思えてきた。
私の役割がどれだけ無為で、どれだけ孤独で、どれだけ管理する必要がないかは、あるがままに記すだけで充分伝わる気がした。
それに少しだけ、妬みや嫉みや僻み、それらを愚痴として書き連ねてもいい。
そう決めると、心が少し軽くなった。
……よし、そこそこに頑張ることにしよう。
***
○月○日
相も変わらず、橋に異常はない。渡ろうとするのもほとんどいないし、居るとしても顔見知り。
暇。暇。
きっと仕事が充実してるさとりには、こんな気持ちわからないんでしょうね。妬ましいわ。
ずっと橋に居るから、基本的に書くことがない。今日あったことといえば、また十人くらいの妖怪が私に妬ましい話を持って来たくらい。
……語弊があったかしら。来た妖怪が妬ましいと感じた話を私に聞かせに来ただけで、自慢されたりしたわけではないわ。
とはいえ、確かに私は暇を持て余して居るけれど、見た目にも雑談しやすいほど暇そうなのかしら。不満だわ。
全員、云うことは決まって一緒。
「~が妬ましいんだけど」
正直なところ、知ったことではない。
が、そんなことを丁寧に聞かせられたら、確かに妬ましくなってくるのだから、ついつい耳を貸してしまう。妬ましい話術だわ。
そういえば、この日は人間の娘が来たわ。前に暇を貰って地上を散歩していた時に出会った人里の子供だったわ。妖怪の山で迷子になっていたところを、気まぐれで里まで送ったのだけど、その礼に来たのだとか。妖怪相手に律儀な子だわ。それもこんなところまで。
まぁ、道案内を兼ねた用心棒として不老に堕ちた人間が居たから、往路と復路の心配はしなかったわ。ただただ、こんなところまで来たことに呆れただけ。
年の頃は十代の頭、といったところかしら。妖怪と違って、人の年齢は見た目でおよそ推測できるから良いわ。
「あの、この前はありがとうございました」
「どういたしまして。あなたも物好きね、こんなところまで」
橋の上で人間と二人、川を見つめながら、立ち話。用心棒は橋の控柱に寄り掛かってのんびりとしているのが見えた。人間と妖怪を一対一にする用心棒がどこにいるのか。と思ったが、私が信頼されているか舐められてるかなのだと気付き、溜め息を吐いた。どっちにしても、橋姫としては微妙な評価だ。
「これ、お礼のお菓子です」
渡されたのは、無造作な紙袋。里の商店で普通に買ったまま、という様子。お菓子と云う割に、甘い香りもせず、持った感じは固い。
「これ……ん? お煎餅?」
「嫌いでしたか?」
当たりらしい。
「嫌いじゃないわ。でも、お礼でお煎餅を貰ったことはなかったから。でも、ありがとう……なんでお煎餅だったの?」
訊くまい、訊くまい。そう思っていたのに、好奇心に負けた。
「このお煎餅、美味しいから」
この子の趣味だったらしい。渋いわね。
でもそう考えると、この子は誰かに云われたわけじゃなくて、自分で考えて自分なりのお礼をしに来たということよね。こんなに幼いのにしっかりしているのね、妬ましいわ。
「ふぅん」
開ける。五枚入っていた。
内一枚を取り出して、人間の子に渡す。
「え?」
戸惑われた。
次いで私も一枚取り出して、囓る。結構固いけど、噛み砕けない固さではない。ガキッという思い音を立てて、砕いた破片が口の中に転がる。
醤油の味が強い。かなり強い。甘みもあるけど、しょっぱい。辛いくらい。緑茶が合うか、番茶が合うか、いやむしろ水の方が合うか。悩ましい。
結構、癖になりそうな濃い味ね。
「あの」
人間の子は、お煎餅を両手に抱えて困惑している。
「此処までお煎餅を持って来てくれたお礼よ。一緒に食べましょう」
橋の上に腰を下ろして、ガキッという音を響かせる。
そんな私をじっと見ていた人間の子は、やがてその場に腰を下ろし、手にしたお煎餅を咥え、力を入れて細かくお煎餅を砕いては食べ始めた。
「えへ、固い」
確かに嫌がらせみたいに固いけど、あなたが固いって云うのはどうなのよ。
……本当に嫌がらせじゃないのよね?
「さて、と」
子供がお煎餅を食べている間に、ただぼうっとしている人里の用心棒にも、それなりに挨拶をしておかなければならないだろう。
「パルスィさん?」
「ちょっと、あなたの用心棒に挨拶して来るわ。少し待ってて」
「うん」
そう素直に返事をすると、まだ残っているお煎餅との格闘へと意識を移した。ほんとに、あんな固いの好きなのかしら。歯が丈夫になるわね。
私が用心棒の、妹紅という不老不死の女性の方へ向くと、当の用心棒も意識を向けられたことに気付いた様で、静かにこちらに視線を向けて来た。私が歩み出すと、寄り掛かるのを止めて、こちらに体を向けてくる。
さすがに元貴族、丁寧なのね。
「私に何か用かい?」
やや警戒しているのが判る。でも、ほんの僅か。後のほとんどは、何だろうという疑問だろうか。表情も雰囲気も、なんて素直なんだろう。妬ましいわ。
「あの子供の面倒を見てくれたお礼よ」
そう云ってお煎餅を一つ差し出す。
「え? だってこれ」
「これはもう私の物なのだから、こうして配っても問題はないでしょう。さぁ、遠慮なく食べなさい」
無理矢理にも押し付ける。そして、食えと促す。
この固過ぎるお煎餅で、どういう反応をするのか見たいから。
私がジィと見ていると、妹紅はやや躊躇してから、小さく口を開き、ゆっくりとお煎餅を歯に沿えて、小さな音で、パキッと砕いた。
「随分と淑やかに食べるのね。そんな食べ方したこたないわよ、妬ましい」
そう云うと、妹紅は口元を手で隠し、もぐもぐと咀嚼している。
この人間は元貴族だったはず。でも、不老不死に堕ちたと云うのだから、そう穏やかな暮らしなどしてこなかったでしょうに。
「上品な食べ方ね。そういう出自だったかしら。まったく、愛されて大切に育てられたのね。ほんと妬ましい」
人間を逸して、それでも人間をやめないで、今でも人間を続け、人間と関わっている。なんて強い人間なのだろう。
食べてて話せないのなら、仕方ない、一方的に伝えておきましょう。別に会話をしようと思ったわけではないのだから。
「里の子供を連れて来てくれてありがとう。そこらの妖怪よりもずっと強いあなたが送ってくれるから、心配をしなくて済むわ」
最近は人を襲って食う妖怪は減った。けれど、居ないわけではない。また、妖怪などではなくても、腹を空かせた獣や、迷子という危険もある。それらの不安を、別れ際に持たなくて良いのはありがたい。
「人里では大層頼られているのね。こんな場所まで道の同行を頼まれるなんて妬ましいわ。それに、」
「……や、やめて」
なんか、か細い声が聞こえて来た。
振り返ると、顔を真っ赤にした用心棒が居た。顔を背けている為、表情は判らない。でも、酔ったみたいな頬の色だわ。
「どうしたの?」
お煎餅が固くて疲れたのかしら。
そう思っていると、蚊の鳴くような声が、そっぽを向いている口の辺りから漏れ出す。
「あ、あんたの言葉は、その、素直で、真っ直ぐだから……えっと、褒められてる様にしか聞こえなくて、なんか、その、ほんと照れるから、やめて」
どうやら照れていただけらしい。
「褒めてないわ。妬んでいるだけよ」
「に、似た様なもんだ……!」
印象がポジティブとネガティブの時点で逆転している気がするけれど、本当に似ているのかしら。
……よく判らないことを云うわね。
「そうなのかしら。私にはピンとこないわ」
「取り敢えず、私を妬むのはやめてくれ」
「断るわ」
「なっ!」
妬むということが私の存在に繋がること。妖怪は、自分の中にある何かしらを柱に生きているのだから、それを蔑ろにすることはさすがにできないわ。
まぁ妬まれてる相手からすれば、妬むなというのは当然かも知れないけれど、かといってそれを止める気はないわね。実害はないから許して欲しいところだわ。
「悪いけれど、私はいつだって嫉むし妬むし僻むわよ」
「堂々と云うことか!」
個性だもの。例え自己嫌悪するような部分でも、それが私の要なのよ。
「あぁ、妬むなって云われたら逆に意識してきちゃったわ。あなた髪の毛の色が抜けているけど、こんなに艶があってサラサラとしてて妬ましいわ。それだけでも充分に妬ましいのに、お肌なんてこんなに柔らかくてきめ細かくて」
髪を触り、腕を触り、嫉妬。
「やめろ! 離せ!」
「これで妬むなって方が酷だわ」
「やめてぇ……」
実に妬ましい元貴族は、その場で静かに蹲ってしまった。
……可愛らしい反応ね、妬ましい。
けれど、これ以上妬むと彼女が押し黙ってしまいそうなので、ここらで我慢しておくとしましょう。
「お煎餅食べた」
その声に振り返ると、満足そうに笑っている里の子が居た。
えっと、褒めるべきなのかしら。
「おめでとう」
「うん」
無邪気な笑顔が妬ましいわね。
「あぁ……そろそろ里に戻ろう。さすがに親御さんが心配するだろう」
「えー……うん。判った」
素直だわ……妬ましい。
「それじゃあ、またね」
そう云いながら、まだすぐ傍に居るというのに大きく手を振る。
子供って可愛いのね。
そして、二人は私に背を向けた。
「あ、パルスィ」
途端、用心棒だけが振り向いた。
「何?」
「もしかして知らないのかと思ったから一応教えておくけどな、その煎餅は、茶に浸して食べるのが正しい食べ方だ」
……なるほど。
「どうりで。異常に固いと思ったわ」
合点がいったわ。
そして、やはり子供が好むお菓子にしては随分と渋い。
「えへへ。また持って来るね」
なんで誇らしげなのかしら。
「えぇ、楽しみにしているわ」
それ以外に返す言葉が浮かばなかった。
そして二人は、地上へと帰っていった。
太陽の下で育ったからかしらね。随分と眩しいものだったわ。
あぁ、妬ましい。
***
○月○日
今日は通行人がいない。
たまに地下の妖怪が橋まで来て話をして帰っていくばかり。
冷やかしとは、妬ましいわね。
そんな風に、いつもと変わらず橋でぼうっとしていると、地下の方からでかいのがずしずしと歩いてきた。
細くも見えるが筋骨隆々で一本角の雄々しい、鬼が来た。
「……面倒そう」
酒飲んで明るく笑っている勇儀を見ると、そんな感想しか浮かばなかった。しかもアレは、真っ直ぐこっちに向かってきている。明らかに私狙いだ。
少し逃げたいわ。願わくば、引き返せ。
「はっはっはっ、ようパルスィ。ここは相変わらず鬱々としてて、酔い覚ましには丁度いいや」
私の切なる願いは、ごく普通に無視される。
神めぇ……ハァ
仕方ない。少しくらい付き合うか。どうせ追っ払って追っ払われる様な奴ではないのだから。
「まったく、その能天気っぷりが心底妬ましいわ」
「そうかい? 羨ましいなら、ほれ、一献。こいつがあれば悩みなんて吹き飛ぶし、誰だって笑える様になる」
そういって差し出されるお酒。
私は知っている。これは人が飲んだらいけないほど強いのだと。どれだけ辛口なのだと。そしてそれを私が飲んだ場合に笑うのは、恐らく私じゃなくて目の前の鬼なんだと。当の私はたぶん倒れるだけなんだと。
……そしていい加減憶えろと云いたい。私は甘いお酒が好きなの。
「悪いけど、結構だわ。それに、私は笑い上戸ではないし」
「妬み上戸か?」
「それはただの素面だわ」
この鬼も適当なことを云うわね。妬み上戸なんて面倒な酔い方があるわけないじゃない。
……もしかしてあるのそれ?
まぁいいわ、どうでもいい。
そう、どうでもいいの。だから、早くどっか往きなさいよ……
けれど願いと裏腹に、鬼はどかりと胡座をかく。
「あぁ。お前さんは、後ろ向きに見えて前向きだから安心できるねぇ。そんなわけだから、好きに酔えばいいさ。何上戸だって」
酔いたいとは云っていない。というかそういう話題ではなかったわよ酔っ払い!
「話が通じないから酔っ払いの相手なんてしたくないのよ。私のどこが前向きなのかしら。酔っ払って見るもの全てが美しく見えているあなたが、過度に前向き過ぎて私さえそう見えるだけだわ。あぁ、妬ましい。あと、酔い覚ましに来てるのに素面の他人を酔わせようとしないで」
「ははは、いやまったくだ。確かに酒を飲んだら楽しくなってきて、なんもかんもが楽しく見えてくる。それに、他人に酒を勧めたら私も結局飲むことになって、酔いが覚めやしないね」
そして鬼はへらへら笑う。
「でも、お前さんは充分に前向きさ。そいつだけは、間違いないね」
「どこがよ」
嫉妬なんて後ろ向きな私がどう前向きだというの。自分でだって、そこまでこの嫉妬深さが好きではないというのに。
そんな不満を込めてにらみつけると、鬼はにへらと笑ってみせる。睨みも何ものれんに腕押しね、妬ましい。
「そいつぁ、あれだよ。お前さん、人の長所見つけるの上手いだろ?」
「はぁ?」
初めて云われたけれど。
「他人を妬むっていうのは、要するに、他人の優れてる部分が見えるからじゃないかい?」
「別にそういうわけじゃないわ」
「でなけりゃ、何を妬むんだい?」
……ふむ。
えっと。
えーっと。
……なるほど。
あぁ、だから、この前来たあの不老不死は照れていたのかしら。合点。
「なるほど。それは判ったわ。でも、どんな相手にも私は嫉妬をするわ。それのどこが前向きなのかしら」
「欠点よりも長所を探すのが上手いやつなんて、前向きでしかないだろ。悪いところばかりを見る奴よりも、良いところばかりを見る奴の方が、私は好きだよ」
前向きという一言で括って良いのかは疑問。そして、不満。
「そんなのは買い被りだわ。私は私より不幸だったり、劣っている奴がいたならそれを嘲るに決まってる。そんな風に器が小さいのを知っているわ」
「そうなのかい。じゃあ、なんでそれをしないんだい?」
酔っ払いのくせに、真面目に話が続くじゃない。そこそこに覚めてきているのかしら。
それほど覚めたなら帰りなさいよ。
「別に、特に理由なんてないわ。他人を見下すことで満足なんてしたくないから、こうして妬んでいるだけよ。ただの消去法だわ」
消去法って言葉も後ろ向きな印象があるけれど、どうなのかしらね。
「そうかぁ。じゃあ前向きかどうかはさて置いて、お前さんは優しいな」
「……どうしてそうなったのよ」
やっぱりこいつまだ酔ってるわね。
「はっはっはっ。さとり以外には誰もお前さんの心なんか覗けないよ」
「知ってるわよ」
もしさとり以外に心が読めるなら、さとりはあんな地下に閉じこもっていないのだから。
というか、それが何なの。
「判ってるだろうね。そんなこたぁ。なのにだ、それでも心の中でさえ他人を見下すことを避けている」
「それはさとりに覗かれるかもしれないからだわ。神経質で臆病なだけよ」
あれは本当に、心の裡を見透かすから。
そう答えると、勇儀は膝を叩く。
「かもねぇ」
「そうよ」
そうして勇儀は大きな息を吐く。
これはどうやら、話が終わったっぽいわね。
「でも」
あ、続いた。
「その臆病さは、お前さん以外からすれば優しさになるんだよ。私はやっぱり、そんなお前さんの心具合が好きなんだな。隣にいて心地良い」
……え、何、どういう話してたんだっけ?
私と居て心地良い? 妬まれるのに?
「前々から思ってたけど、あなた歪んでるわ」
思ってたというか、前々から面と向かって口にしていたことだけれど。
「いやぁ。なら他の奴にも聞いてみるかい? 案外多数派だと思うね」
「そんなことないわ」
溜め息を吐く。
まったく、こういう無神経な冗談は扱いに困るわ。
「ははは。まぁいいや。で、どうだい一献」
「飲まない」
顔を背ける。すると、鬼はそんな私の手を取って引き、強引に振り向かせる。
……腕力強過ぎるわ。手首が痛い。
「ま、ま。そう云わずに」
どこの太鼓持ちだ。切り替えが早いわね妬ましい。
「ええい! やることなんて特にないけど、それでも酔って疎かにはできないの! 私はこれでも役割をこなしている際中よ」
嫉妬もそうだけど、橋姫でいることも私には大事な役目だわ。存在に関わることを、おろそかにしていいわけがない。
その辺は鬼も理解している様で、私の手首をパッと放した。
「おっと、こりゃ失礼。そうだった」
云いながら、頭を掻く。そして、かけ声を口にしながら、ようやく鬼は立ち上がった。
よし、どっかいけ。
「それじゃあ、そろそろお暇しようかな」
その云い方されると、私が引き留めてたみたいに聞こえてなんか嫌。
「まったく。あなたの無神経で無遠慮なとこは本当に妬ましいわね。あぁ、妬ましい」
爪をかじかじ。悪い癖だと思うので、すぐ止める。
しかし、そんな私の何気ない言葉に、勇儀はきょとんと真顔を向けてきた。そしてすぐに破顔して、腹を抱えて笑い出した。
「はっはっはっ! そうかい? 私としてはお前さんの神経質さを羨ましく思うが、お前さんが私のそれを羨むのかい? こいつぁ面白い」
え、何? なんで笑ってるの?
「はぁ、面白かった。さて、それじゃあ酔いも覚めたし、飲み直してくるかね」
そう云うと、鬼は手をひらひらと振りながら去って往った。
「本当に何しに来たんだ、あの鬼は」
そして橋に残されたのは、なんともいえない、気怠い空気だけだった。
元気全部持って往かれた……妬ましい。
***
そんな風に書かれた日記を、私はさとりに提出した。
ほんの一週間の出来事をあるがままに記載した日記。毎日特に代わり映えもなく、つまらない役割をこなすだけの日記。
これを読んで、私の仕事を管理する必要などないと判って貰えたはずね。
「なるほど。読ませて頂きました」
さぞや読んで退屈だったと思うわ。これを今後も読み続けるという選択はないでしょう。
「どう?」
「そうね」
私の言葉に、さとりはふむと小さく呟き、何かを思案している。
やっぱり日記は廃止と云うのなら、遠慮も恥じることもなくていいわ。あなたの判断は正しいと思うの。あなたのおこなう立派な仕事と違って、私の仕事は何も変わらず何も残せないものだから。
あぁ、さとりの仕事が妬ましい。考えるな、考えるな、読まれるのは恥ずかしい。
「ねぇ、パルスィ。一つ私も妬ましいと思ったことがあるのだけど、聞いてくれないかしら」
そんなことを考えて悶々としていると、およそ想定外のことを云われた。
「何よ、改まって。いいわよ」
「そう。では一つだけ」
目を閉じて大げさに息を吐いてから、ゆっくりと目を開く。
「みんなに信頼されて好かれてる、あなたがとても妬ましい」
………
「……は?」
ムスッとした顔で、私を指差し、そう断ずる。
「あなたが妬ましい」
えっと、あれ、それはどういう意味?
「というわけで、なんか悔しいので、日記は継続します。是非怠らずに励んで下さい」
そう云うと、さとりは日記を私に手渡し、すたすたと帰って往ってしまった。
「……腑に落ちない」
私の日記は、どうやらまだ続くらしい。
……面倒臭いわ。
面白かったです。
ただ、勇『儀』が勇『義』になっているので、そこだけ報告させていただきます。
日記風なのにそれがいまいち生かされていないような気がするのが残念。もしかして続くのかな?
悔しいので大崎屋さんはCOCO壱で1辛を頼んだら7辛と聞き間違われて口ん中が地獄になればいいと思います。
そして水かと思って飲んだら実はとんがらしでもう目も当てられない状態になっちまえばいいと思います。
そんなさとり様もかわいい
ってことで続きもよろしく!
お煎餅の正しい食べ方を知っている妹紅がry
つまり旧都の住人はみんな幸せに違いない。
パルスィかわいすぎる天使か。
パルスィが可愛いなら仕方ないですね。仕方ないです。
あとは乙女な妹紅もなかなかいいですね。
少年は「一緒に食べよう」と言われたからそのまま食べたんですね。良い子です。
併せて勇パルも見れるとはなんて俺得。
面白かったです