妖怪の山が紅く色づく時、彼女は現れる。
紅葉の中を一人歩く、秋の化身。
髪飾りも、服にあしらわれた模様も、紅葉の葉。
夕暮れも近い時、空の紅と地上の紅、そして、絨毯の様に咲き誇るそれを人は見てはならない。
何故なら、それはいざないの罠故に。
一里塚のように転々と咲くその花は、紅葉の色より紅く、夕日の色より妖しい。
里人に依頼をを受け、知らないうちに迷い込んだ山の中で、彼女は優しく笑っていた。
「夕日の果ての世界へようこそ」
そう言って、静かに、音も無く近づく。
逢魔が時の出会いは、自分の居た世界からの旅立ちと共に、戻ることの出来ない、消えていく道。
彼女はこちらから目を離さず、そしてこちらも動けず、二人…一人と一柱は向かい合う。
はらり
紅葉が一枚、散り落ちてきた。
「ようこそ、秋の山へ。ようこそ、捧げられた人」
彼女は少女のように笑い、こちらに手を伸ばす。頬を伝う手は白く、しかし夕日の温もりを宿していた。
「豊穣の季節にようこそ。歓迎するわ」
いつの間にか紅葉の降り方が激しくなっている。
まるで二人を覆い隠さんばかりに舞うそれは、夕日の色も隠して彼女だけが目の前に居るだけになった。
ーーーマンジュシーリ
死人の花が咲く頃に 捧げる命は我が為に そのくれなゐは誰がために
ーーー神有月の手土産よ
あなたの全ては我が物に そして深まる秋の紅 さあ共に行きましょう 終わること無き豊穣の季節へ。
あまりにも、あまりにも自然に彼女は抱きついた。山に誘われた神饌へ。
「あなたが持ってきたその包みは供物でしょう。中には神酒と米で作られたものものと、そして御幣が入れてある。
そう、あなたは郷から、この山への供えに選ばれた高貴な人間。心配は要らない。来年の秋には共に出雲の神々の前で
舞を奉納することを許される。」
彼女はそう言って、供え物の神酒を一口含んで、口移しで飲ませた。
「神と人が一つになる儀式の契約。もう、あなたは私の眷属。ささ、まずは共に参りましょう。---私達の住まう場所へ。
そう言って、紅葉の化身の彼女は「何も知らない者」を抱きしめた。
それと共に森に風が渡り、落ち葉を吹き飛ばした後には彼岸花が道標の様に所々咲いている。
彼女はずっと優しい笑顔でこちらの手をとって歩き出す。
振り向けば、そこにはありえないほどの花が咲き誇る。彼岸花だけではなく、桔梗、萩、葛、女郎花、藤袴、尾花、そして…撫子。
「みなも歓迎しているわ。後はあなたがこの木に供物を捧げるだけ。」
気がつけば場所は変わり目の前には、唯一紅葉の無い、古い大木。
「この中で貴方が気に入られるかですべてが決まる。さ、どうぞ。」
こちらに恐れも疑心も抱かせない、あどけない瞳は、彼の背中を静かに後押しした。
里人に教わったやり方を一つ一つ丁寧にこなしていく。
最後は二礼二拍一礼。
そして二拍の音が山に冴え渡るように響き、一礼が終わって暫くすると、木にうろが開いた。
「そこに入ればすべてが終わる。入ってみなさい。」
彼女の言葉に惑い無く入る、と、洞の入り口はすぐに閉ざされ、代わりに目の前に沢山の光景が広がった。
何年かに一度の夕暮れ。その向こうに行って見たいと、あるものは着の身着のままで消息を絶ち
あるものは探究心に突き動かされて、またあるものは…遠い昔、子供の頃、夕日の向こうに見た消えかかる甘い夢を探して。
忘れてしまった子守唄が外から響いてくる。恐らくは彼女の歌だろう。
ーーー消えかかる甘い夢 忘れてしまった子守唄 もう一度歌おうじゃないかいな 影絵の街へと行こうへと。
静かに眠気が侵食し始める。
その子守唄は遠い昔に母に抱かれて、泣き止まない子を父が背に負うて聞かせてくれた懐かしい歌。
意識が遠くなる。彼女の声も遠くなる。
やがて、完全にすべてが聞こえなくなった時、何も無かった大木に紅葉が蘇った。
散って行くそれを見ながら、彼女 ---秋静葉は呟いた。
「紅葉に宿る想いは人それぞれ。でもあなたはとても秋が好きだったのね。」
その色は血の色でもなんでもなく、かつての女性達が憧れた唇にさす紅の様に美しい色だった。
逢魔が時の物語。
彼の行方を知る者は、もう、一人しか居ない。
その時間、人里にて。
「幾ら騙してしまったとは言え、恨まないでくれよ。
秋の女神の姉妹を怒らせると、この里自体が飢饉によって無くなるかもしれないでな」
里長が申し訳なさそうに妖怪の山の方面を向いて行った
秋の姉妹と呼ばれる二柱の神々は、豊穣を約束し、人々はそれに縋って生きている。
いつからかそれに感謝して供物を収めるだけだったはずが、帰ってこない者が出始めた。
とある三味線が得意だった者は、すばらしい楽の音を山全体に響き渡らせた後、帰ってこなくなった。
しかし、山のとある木の下で、落葉の時に三味線に似た音を出す木が見つかって、彼もまたその眷属になったことを村人は知った。
「…来年も外来の世界の者が来れば良いのだがな。何故か外の世界の人間はここの神や妖に好かれる…」
微かな罪悪感が感じられるその言葉は、自分の罪を認めたうえで出てくる疑問。
「さて、守護者殿に無事済んだと伝えに行くか」
里長の足取りは傍目からは普通だが、その足は小刻みに震えた重いものだった。
そして来年も、また新たな人柱を探すための作業が待っている。
「…あんたの事を皆が忘れても、わしは死ぬまで覚えて墓まで持っていくよ」
疲れた声が秋風に吹かれ、妖怪の山へとそれを乗せて去って行った。
紅葉の中を一人歩く、秋の化身。
髪飾りも、服にあしらわれた模様も、紅葉の葉。
夕暮れも近い時、空の紅と地上の紅、そして、絨毯の様に咲き誇るそれを人は見てはならない。
何故なら、それはいざないの罠故に。
一里塚のように転々と咲くその花は、紅葉の色より紅く、夕日の色より妖しい。
里人に依頼をを受け、知らないうちに迷い込んだ山の中で、彼女は優しく笑っていた。
「夕日の果ての世界へようこそ」
そう言って、静かに、音も無く近づく。
逢魔が時の出会いは、自分の居た世界からの旅立ちと共に、戻ることの出来ない、消えていく道。
彼女はこちらから目を離さず、そしてこちらも動けず、二人…一人と一柱は向かい合う。
はらり
紅葉が一枚、散り落ちてきた。
「ようこそ、秋の山へ。ようこそ、捧げられた人」
彼女は少女のように笑い、こちらに手を伸ばす。頬を伝う手は白く、しかし夕日の温もりを宿していた。
「豊穣の季節にようこそ。歓迎するわ」
いつの間にか紅葉の降り方が激しくなっている。
まるで二人を覆い隠さんばかりに舞うそれは、夕日の色も隠して彼女だけが目の前に居るだけになった。
ーーーマンジュシーリ
死人の花が咲く頃に 捧げる命は我が為に そのくれなゐは誰がために
ーーー神有月の手土産よ
あなたの全ては我が物に そして深まる秋の紅 さあ共に行きましょう 終わること無き豊穣の季節へ。
あまりにも、あまりにも自然に彼女は抱きついた。山に誘われた神饌へ。
「あなたが持ってきたその包みは供物でしょう。中には神酒と米で作られたものものと、そして御幣が入れてある。
そう、あなたは郷から、この山への供えに選ばれた高貴な人間。心配は要らない。来年の秋には共に出雲の神々の前で
舞を奉納することを許される。」
彼女はそう言って、供え物の神酒を一口含んで、口移しで飲ませた。
「神と人が一つになる儀式の契約。もう、あなたは私の眷属。ささ、まずは共に参りましょう。---私達の住まう場所へ。
そう言って、紅葉の化身の彼女は「何も知らない者」を抱きしめた。
それと共に森に風が渡り、落ち葉を吹き飛ばした後には彼岸花が道標の様に所々咲いている。
彼女はずっと優しい笑顔でこちらの手をとって歩き出す。
振り向けば、そこにはありえないほどの花が咲き誇る。彼岸花だけではなく、桔梗、萩、葛、女郎花、藤袴、尾花、そして…撫子。
「みなも歓迎しているわ。後はあなたがこの木に供物を捧げるだけ。」
気がつけば場所は変わり目の前には、唯一紅葉の無い、古い大木。
「この中で貴方が気に入られるかですべてが決まる。さ、どうぞ。」
こちらに恐れも疑心も抱かせない、あどけない瞳は、彼の背中を静かに後押しした。
里人に教わったやり方を一つ一つ丁寧にこなしていく。
最後は二礼二拍一礼。
そして二拍の音が山に冴え渡るように響き、一礼が終わって暫くすると、木にうろが開いた。
「そこに入ればすべてが終わる。入ってみなさい。」
彼女の言葉に惑い無く入る、と、洞の入り口はすぐに閉ざされ、代わりに目の前に沢山の光景が広がった。
何年かに一度の夕暮れ。その向こうに行って見たいと、あるものは着の身着のままで消息を絶ち
あるものは探究心に突き動かされて、またあるものは…遠い昔、子供の頃、夕日の向こうに見た消えかかる甘い夢を探して。
忘れてしまった子守唄が外から響いてくる。恐らくは彼女の歌だろう。
ーーー消えかかる甘い夢 忘れてしまった子守唄 もう一度歌おうじゃないかいな 影絵の街へと行こうへと。
静かに眠気が侵食し始める。
その子守唄は遠い昔に母に抱かれて、泣き止まない子を父が背に負うて聞かせてくれた懐かしい歌。
意識が遠くなる。彼女の声も遠くなる。
やがて、完全にすべてが聞こえなくなった時、何も無かった大木に紅葉が蘇った。
散って行くそれを見ながら、彼女 ---秋静葉は呟いた。
「紅葉に宿る想いは人それぞれ。でもあなたはとても秋が好きだったのね。」
その色は血の色でもなんでもなく、かつての女性達が憧れた唇にさす紅の様に美しい色だった。
逢魔が時の物語。
彼の行方を知る者は、もう、一人しか居ない。
その時間、人里にて。
「幾ら騙してしまったとは言え、恨まないでくれよ。
秋の女神の姉妹を怒らせると、この里自体が飢饉によって無くなるかもしれないでな」
里長が申し訳なさそうに妖怪の山の方面を向いて行った
秋の姉妹と呼ばれる二柱の神々は、豊穣を約束し、人々はそれに縋って生きている。
いつからかそれに感謝して供物を収めるだけだったはずが、帰ってこない者が出始めた。
とある三味線が得意だった者は、すばらしい楽の音を山全体に響き渡らせた後、帰ってこなくなった。
しかし、山のとある木の下で、落葉の時に三味線に似た音を出す木が見つかって、彼もまたその眷属になったことを村人は知った。
「…来年も外来の世界の者が来れば良いのだがな。何故か外の世界の人間はここの神や妖に好かれる…」
微かな罪悪感が感じられるその言葉は、自分の罪を認めたうえで出てくる疑問。
「さて、守護者殿に無事済んだと伝えに行くか」
里長の足取りは傍目からは普通だが、その足は小刻みに震えた重いものだった。
そして来年も、また新たな人柱を探すための作業が待っている。
「…あんたの事を皆が忘れても、わしは死ぬまで覚えて墓まで持っていくよ」
疲れた声が秋風に吹かれ、妖怪の山へとそれを乗せて去って行った。
人柱はあらゆるものに変化するのか。
神の諸行ははかり知れぬ。
非常に興味深い作品でした。
好きです
それでも足りないときは魔女狩りに訴えます。
雇用期間が終わって職が無くなれば人柱にされてしまう、前近代の恐ろしさ。たぶん幻想郷の人里にも、外来人に与える職は不足しているのでしょう。
それを抜いても、読んでいて後戻りが出来なくなりそうな不思議な雰囲気があり良かったです。