Coolier - 新生・東方創想話

刀舞

2013/08/08 00:54:31
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 屋敷、と一言で表すにはそこは立派すぎる。
 敷地はあまりにも広く、敷地の塀に沿ってまっすぐに見通しても端は見えない。果たして空から俯瞰したところで見渡せるのだろうか?全体を見るにはどこまで昇るのか。
 二百由旬、とその屋敷の住人は言う。まさか本当に二百由旬はあるまいが、この屋敷を見れば頷いてしまうかもしれない。
 冥界に位置するこの巨大な屋敷が、しかしただ一人の幽霊のために存在していると知れば驚くか呆れるか。冥界に来る生者など殆どおらず、その誰もが常軌を逸しているために果たしてどんな反応をするのか見ることはできない。もっとも、この屋敷に住む二人の住人も、ただ冥界に浮いている幽霊たちもそんなことは気にしない。そんな死者の世界の一角で動く人影が一つ。


 刀に反射した光が空を裂き、銀光が走る。舞い散る葉と花弁が刀の通り道を空ける。構え、斬り、また構えへ。決して速くはなく、むしろゆっくりとした動きなのに動作の一つ一つがしっかりと止まり、ぶれない。達人の書く習字の持つような力強さ。一振りの日本刀を手に舞っているのは白玉楼の主、西行寺幽々子。普段の佇まいからは想像できない程の真剣な眼差し、そして動き。惜しむらくは観客が幽霊以外に居ないことか。
 いや、舞いに見入る人影が一つ。この白玉楼の庭師にして西行寺幽々子の剣術指南役、白玉楼唯一の半分生者、魂魄妖夢。縁側に正座し、視線は一時も舞い手から外さず、ただひたすら真剣に視線を向ける。時折傍らに置いた鞘に指がかかるのは剣士としての高揚か、或いは指南役としての性なのか。いずれにせよ、幽々子はただただ庭を舞う。まるで他の何人たりとも近づけないと分かっているかのように。体を回すたびに着物が流れ、脚が地を踏むと飛沫が跳ねる、刀を振るうと花弁が舞う。刀が袈裟掛けに空を斬り、体ごと一帯を薙ぎ払う。
 舞の動きがゆっくりになった。架空の相手に刀を引き、残心の姿勢でピタリと止まる。血飛沫の代わりに宙を舞うのは反魂蝶。鮮やかな色合いに見入られた先は冥界と分かっていても惹かれずにはいられない美しい舞。
「幽々子さま」
 一連の舞を静かに見守っていた妖夢が声をかける。
「お見事です」
 残心の姿勢のまま幽々子は淡く微笑む。その笑みに誘われたわけではないだろうが、刀を手に妖夢が立ち上がる。そして、次の瞬間、こめかみに青筋を浮かべて言うのであった。
「ここが砂の上でなければ!」
 声を荒げる妖夢に驚き、自らが舞っていた「舞台」を見下ろす。幽々子の視線の先には舞によって踏み荒らされた枯山水。
 ここは白玉楼の庭。水飛沫なんて跳ねるはずはなく、実際には足の動きに弾かれた砂の飛沫。舞い散らされた花弁までもが砂の上に散らかっていて、美しく舞を演出した役者たちも今はただ庭の景観に不調和を表している。
「あらあらまぁまぁ」
 帯に差していた扇子を口元へと持っていきながら幽々子は微笑む。怒られているとはとても思えない態度だが、この二人にはいつも通りの様子であるらしかった。
「妖夢、あまり小さいことは気にするものではないわ」
「誰の胸が小さいと言うのですか!幽々子さまのが暴力的なだけです!」
「いやいや妖夢、胸の話ではないわ」
 流石にこの返しは予想していなかったのか、冷や汗を浮かべる幽々子。一方の妖夢は妖夢で怒りのあまり何を言っているのか解っていない節がある。赤くなった顔と握りしめた拳が悔しさを物語ってはくれるのだが、如何せん意味がわからない。ありあまる怒りが理由を求めてさ迷っている。
「それにしても、妖夢がここまで怒るなんて珍しいわね」
「怒りもしますよ!久しぶりに幽々子さまが剣の修練をしているかと期待してみれば庭が荒らされていたんですよ?幽々子さまにお分かりですか、この気持ちが」
 妖夢も庭が荒らされたくらいならここまで怒りはしない。ふだん剣術の稽古をしない幽々子が刀を持っていたことへの期待があったからこそ、二重に裏切られた気持ちになったのだろう。すわ私の出番かと駆けつけてみたら出番は庭掃除というのであれば妖夢の怒りももっともな話である。
 しかし普段以上に怒っているとはいえ押される幽々子ではない。むしろ相手が冷静でないほど隙を見つけてぬけだすのを得意としている。
「あらあら妖夢?『剣の修練をしているかと期待して』から『庭が荒らされた』までの間、あなたは一体何をしていたのかしら?」
「な……そ、それは……」
 舞に見とれていて声をかけられなかった、と言うのも恥ずかしくて声が詰まる。そしてその隙を逃す幽々子ではなかった。
「はい、この話はお仕舞いね」
「あぅ……」
 ペースを捕まれたら負け、という理解とそれでも言い返したい感情がぶつかり結果として呻き声が口から出る。しばしそのまま唸っていたのだが、結局のところ折れることに決めた。これもまた、いつものことである。
「お茶を用意致します」
 剣術を修めんとする者として間合いの取り方はうまい妖夢だが、生まれ持った真面目一辺倒な性格のせいかまわりの空気を味方につけることは少々苦手としている。これが日常生活では誰とでもそつなく立ち回れるのだが、他人のペースにのせられやすい、という性質として現れる。他人を弄することを得意とする幽々子やその友人の紫、式の藍などが周りにいるために苦手意識は増すばかりだ。
 そんな妖夢を見て、幽々子はまだまだねと淡く微笑むばかり。うまく誤魔化せたわけではないが、妖夢の怒りは反らせた。今日のお茶菓子はなんだろうと考えながら、自らの荒らした庭を見渡して縁側に腰掛けた。


 果たしてお茶菓子は羊羹であった。夏も近くなり汗ばむほどに暑くなった季節にはぴったりといえる。とりわけ、夏の暑さをまるで感じさせない幽霊が飛び回る白玉楼では、その幽かな佇まいは驚くほど溶け込んでいた。
「時に、幽々子さま」
 水羊羹、そして葛羊羹を前ににこにこと微笑んでいた幽々子に妖夢は語りかけた。続いて用件を話さないのは主から許可を貰ってからということなのだろう。従者の鑑ともいえる態度ではあるのだが、もう少しくだけてもいいのにと幽々子はいつも思う。
「なぁに?妖夢」
 そんな内心はおくびにも出さずに先を促す。これが妖夢の個性であり長所でもあると理解しているからでもあるし、本音を言えば早く羊羹を味わいたいからでもある。現に幽々子の片手は既に羊羹を切り分けようと動きを開始している。
「はい、先程の舞のことなのですが」
「あら?その話はもう終わったのではなくて?」
「いえ、庭の話ではなくて舞そのものについて」
 実のところ何一つ終わった話ではないのだが、二人にとってはどうでもいいらしい。
「舞?」
「ええ、正確には舞というよりは剣舞、もっといえば剣術についてなのですが……」
 妖夢はこれを言うべきなのかどうか迷う風に言葉を切った。一度視線を下げ、どうしたものかと悩む。当然目の前に答えなどあるはずもなく、自分の用意した羊羹しかない。再び視線を戻すと幽々子が無言で先を促している。より厳密には羊羹を食べたいから早くしろという催促の視線なのだが妖夢は気付いていない。再び顔を伏せ、ひとしきり悩んで決心がついたのかついに妖夢が切り出した。
「幽々子さまは……幽々子さまは何故剣術をなさっているのですか?」
 勢いこんで顔をあげた妖夢のその先には、待ちきれなくなって羊羹を口に含んだ幽々子が小首をかしげていた。
「私が剣術を修める理由?」



「私が幽々子様に剣術を教える意味ですか」
 幽々子の質問を妖忌は繰り返した。幽々子の質問は予想外というわけではなかったらしい。驚いたというよりもなんと答えればよいものか、と思案する顔で考え込んでいる。
「だって妖忌。私に『武器』とはあまりに陳腐だわ。直接『死を操る』私に『死に誘うための道具』はむしろ遠回りだもの」
 稽古で使った真剣を拾い、鯉口を鳴らしながら幽々子は自らの疑問を続ける。対する妖忌はその話を聞いているのかいないのか、虚空を見つめている。ひとしきり考えて結論が出たのか、やがて幽々子に答えを返す。
「幽々子様、結果のみを見据えていてはいずれ大事なものを見落とします」
「あら、例えば?」
 すらりと刀を抜き放ち、目の前に掲げながら幽々子が問い返す。話が抽象的すぎてイメージがつかめない。というより、漠然とし過ぎているために答えになっていない。というか、妖忌の答えは別に剣術でなくてもよさそうである。まるで刀の切っ先に答えを求めるかのように自らの抜き放った刀の先をぼんやりと見つめる。
「そうですね、では……こういうのは、如何でしょう?」
 妖忌もまた幽々子と同じように刀を拾い上げると淀みのない仕草で抜刀する。
「妖忌?」
 妖忌の行動が理解できず、刀を掲げ伸ばしていた腕を胸元に戻しながら首をかしげた。

―――瞬間

 金属同士がぶつかり合う鋭い音が白玉楼の庭に鳴り響いた。
 構えた、と感じた次の瞬間には眼前に剣先が見えていた。反応ができたわけではない。反射的に動かした刀が妖忌の振るう軌跡と交差したに過ぎない。上段から降り下ろされた妖忌の刀は幽々子の刀を下段へと打ち払う。幽々子が刀を手放さなかったのは奇跡に近い。
 続いて一閃。打ち下ろしから逆袈裟へと向いた刀が慌てて手元に戻した刀を再び弾く。加減はない、幽々子の力で防げるものではなく、刀が宙を舞う。横凪ぎに迫る刀が、たまらず尻もちをついた幽々子の頭上を通過する。
 そして振り下ろされた刀に対し、幽々子には為す術が……
「如何なさいました?」
 刀は幽々子の首に触れるか触れないかの位置に止まっている。或いは少し触れているのかもしれない。このまま刃を引けば首は落ちる絶妙な位置。まさしく達人の為せる技。
しかし、圧倒的な優位にあるはずの妖忌を止めたのは眼前に浮かぶ一匹の蝶。その名を反魂蝶とも告死蝶ともいう。幽々子の死を操る程度の能力の具現。触れれば死ぬはずのその美しい蝶を前に妖忌は眉一つ動かさない。
「これ以上の無礼は赦さないわ。動いたら殺すわよ」
 きっぱりとした口調とは裏腹に妖忌を睨む幽々子の表情には動揺が見てとれる。左手を、そして延長にある反魂蝶を突きつけていながらもその手は微細に震えている。そんな幽々子の様子をちらりと一瞥した妖忌の返答はただ一言だった。
「話になりませんな」
 そう告げると妖忌は幽々子の首を切り落とした。



「まさか本当にやるとは思わなかったわー」
 羊羹を食べながら昔の思い出を話し終えると幽々子はそんな感想をつぶやいた。
「そ、それで!幽々子さま!幽々子さまはご無事でしたか!首はちゃんとつながっていますか!」
 途中からというもの、まるで怪談でも聞いているかのように怯えていた妖夢が態度を一変して幽々子へと詰め寄った。途中で机にぶつかり湯呑を倒したことにも気付いていない。幽々子の着物を少しはだけて首筋を覗き込む様子は傍から見れば誤解を生みそうな光景であったが、幸いこの白玉楼には幽霊しかいない。
「妖夢、大丈夫よ。私は確かにこうしてちゃんと死んでいるわ」
 幽々子もおとなしく着物を脱がされる気はないようで、あわてる妖夢を強引に抑えつけて落ち着かせようとする。
「それは正しいのですけれどなにか間違っている気がします」
「だってずいぶんと昔の話よ?それでどうにかなっていたら私はここに存在していないわ」
「それは……そうなのでしょうけど」
 取り乱したことが恥ずかしかったのか、妖夢は少し顔を赤くしながら幽々子に詰め寄った時にこぼしてしまったお茶を拭き始めた。机をもとに戻し、香霖堂で入手した魔法瓶なるマジックアイテムからお茶を淹れなおすと一段落したらしく落ち着いた様子になった。
「それにしても、御祖父様は何故そんなことを?幽々子さまに剣を向けるなんて」
「さて、ね。今思えば妖忌の考えていることなんて分かったことがあった気がしないわ」



 刀は確かに幽々子の首を斬り飛ばす軌跡を描いた。本来ならば体と首は繋がってなどいないだろうが、それは人間の話。もとより実体をもたない幽々子にとっては首を刃が通り抜けると言うだけにすぎない。それでも斬られた、ということ自体は衝撃的だったようで幽々子はしばらくその場から動くことはできなかった。
 しばらくその状態が続いたが、ややあって妖忌が口を開く。
「0か1か、割り切れるものばかりではありません。あなたが否定したこの剣が、あなたを圧倒する様は如何でしたか?」
「あなたを殺すわけにはいかないですものね。今更私に説教を?」
 時間がたって落ち着いてきたのか、幽々子も何とか答えを返す。しかしいつものような余裕はなく、言葉づかいもどこか刺々しいものであった。
「忠言ですよ、幽々子様。私は一介の庭師に過ぎませぬ」
 逆に主を斬るという大罪を働いたはずの妖忌は飄々としたものであった。刀を鞘におさめ、空いた片手を幽々子に向かって差し伸べる。その態度が気に入らないのか幽々子の機嫌は加速度的に悪くなる一方だ。睨みつけるばかりで手を取ろうとはしない。
「一つ、質問するわ」
「何でしょうか?」
「あなたを殺すのは簡単だったわ。私があなたを殺していたらどうするつもりだったの?」
 幽々子の疑問。見落とす物もあると身を以て教えようとした行為は、感情を抜きにすれば納得のいくものではある。しかしながら妖忌自身が言ったように幽々子の力は加減の効くものではない。0か1か、今回は0であったが、1であった場合は教えるどころの話ではない。それだけに
「私は死にますな」
 なんの逡巡もなく告げられた言葉に幽々子はただ唖然とするほかなかった。
「……それだけ?」
「左様。そこまで考えてはおりませんでした故」
 しれっと答える妖忌の顔は別段何かを隠しているようには見えなかった。
「そこは信頼と答える場所ではなくて?ねぇ妖忌、あなた馬鹿でしょう」
「武士とはそういうものでございましょう」
「あなたは庭師でしょうに」
「そういえば、そうでしたな」
 にこりともせずに言う。幽々子が呆れたといった表情で首を振った。意地を張るのも馬鹿らしくなり、妖忌が差し伸べた手を受け取り、体を起こした。妖忌は幽々子が立ち上がると稽古の片付けを始め、幽々子もまたそれを手伝い始める。
「ねぇ?先程の私の問い、その答え……」
 片付けをしながら幽々子が話し始める。自分が感じた妖忌の剣がどのようなものであったのか。それを思い出しながら妖忌に問いかける。
「誰かを殺さず、倒すための剣?」
 刀を拾う妖忌を下から覗きこむようにして尋ねる。
「それで半分です」
「まだ先があるの?」
「私は昔、一人の女性を止めることができませんでな」
 聞いた途端、幽々子にからかうような笑みが浮かんだ。つい先刻までの不機嫌な顔はどこえやらといった風だ。表情が幽々子の心情を如実に語っている。曰く、面白いものを見つけた、と。
「それは妖忌の恋人?どんな人?可愛い子だった?」
 そんな幽々子の様子を見てさしもの妖忌の顔にも苦笑が浮かぶ。
「急に元気になりましたな幽々子様。恋人とは少し違いましたが……然様、私はその女性を愛していました。貴方に似て、とても美しい女性でしたよ」
「妖忌が私にそんなことを言うのは珍しいわね。でも、それが剣の理由と関係するの?」
 それを尋ねられた妖忌は一瞬痛みをこらえるような、何かに耐えるようなそんな表情をしたかと思うと幽々子にこう答えた。
「倒す、ではないのです。殺さずに、止めるための剣。それが私の剣をふるう理由ですよ、幽々子様」
 その表情を見て、これ以上は訊くべきではないと思った幽々子は質問を変えた。
「じゃあ私が剣を学ぶ意味は?」
「さて、結局のところ自分で見出すしかないのでしょうな。私は例え話として私の理由をお話ししたのみです。もしお嫌であれば稽古はしなくても構いませぬ」
 それだけを言うと、妖忌はまとめた稽古道具一式を持って屋敷へと戻ってしまい、幽々子はそれをただ呆然と見送るしかできなかった。



「結局、はぐらかされた気がするのよねー」
「と、いいますか、御祖父様の想い人とは一体どんな方だったのでしょう?」
「あの堅物が想い寄せる人物なんて想像できないわね」
 口元に手をやりくすりと笑う幽々子を妖夢は複雑な心境で見やる。なにせ話題になっているのは自分の祖父に当たる人物である。年頃の少女として色恋沙汰は気になる話題だが、それが肉親の話である。しかも想い人は恋人ではないとくれば何か怪しいにおいがする。孫としては好奇心のままに追ってよいのか否か迷うところだ。
「それでも幽々子さまは剣を続けているんですよね?真面目に稽古をしているとは言い難いですが。何故です?」
 結局のところ一番重要なところを聞いていなかった、と妖夢が話を戻す。
「何のために剣を振るうのか、その理由を知るために、かしらね」
「?今幽々子さまがお答えになったものが理由ではないのですか?」
「あらあら妖夢、それでは結局、剣を振るう理由が分かっていないじゃない?」
「それは……そうですけど……。剣を振る理由を知るのが理由なのにその理由が分かっていない?でもそれはすでに分かっていて?……?」
 妖夢が混乱するのも無理はない。幽々子の答えは一種の禅問答のようなものだ。混乱して思考のどつぼに嵌まる妖夢を見て幽々子は楽しそうに微笑むばかりだ。
「分かりません!幽々子さま!どういうことか教えてください!」
 限界に達した妖夢が幽々子につめよった。さてなんて答えたものかと指を頬に当て、妖夢の様子をうかがう幽々子。果てない思考に頭がオーバーヒート気味なのか、妖夢の顔が少し紅潮しているのが分かる。
 幽々子としてはこれに答えるのは簡単だ。何も難しいことはなく、話したところで長くなるものでもない。しかし、一度考え込むように虚空を見上げると、妖夢をちらりと見てこう答えた。
「教えたげないっ♪」
「何でですか!」
「さぁ妖夢。お茶の時間は終わりよ。庭も散らかってしまったし、お仕事がんばってね」
「そんな、幽々子さま……」
 なおも言い募ろうろうとした妖夢だが、これから為さねばならない仕事を思い出して踏みとどまる。訊いてしまいたい好奇心と、仕事を優先させようとする職業意識が妖夢の中でせめぎ合う。ここを逃すと機会は二度とないと妖夢の経験が語っている。しかし結局は仕事意識が勝ったようで、お茶と茶菓子を片づけるとまずは洗いものをしに台所へと向かっていった。いつか訊かせてもらいますからねとだけ言い残して。もちろんそれが様式美であり、果されることがないのは二人も承知の上だ。
 妖夢が仕事に戻ったのを見届けると幽々子はそっと独りごちる。


「妖忌が誰の為に剣を振っていたのか気になったから、なんて言うのは恥ずかしいじゃない」

タイトルは「かたなまい」と読んでいただければ
などと相変わらずあとがきで書いてしまいます。これもまた造語ですね。

永夜抄のキャラ設定で妖夢に『剣術指南役』の文字を見たときに感じた疑問。
すなわち、幽々子が剣術を習う、ひいては剣を振るう理由って何でしょうね?という話です。考えても答えは出ないので作品として登場人物に動いてもらおうと思って書いたのがこの作品です。

作品としての形式上の答えは最後の幽々子のセリフになるわけですが、実際にはどうなのでしょうか?
確固たる行動理由というものは幽々子にはない気がします。それは幽々子のあらゆる行動において。亡霊でありながら過去を無くし、享楽的なイメージからは執着なんてものはなくて、作中の台詞も自分に向けたごまかしのような気もします。
或いは幽々子自身、そんなものを知ることができるなんて本気で思っているはずもなくて、ただなんとなく思いついた時に剣を振っているだけなのかもしれません。
それでも心のどこかでほんの少し、そんなことを考えていたら良いなというのが作者である私の願望です。
通りすがりの酒好き
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コメント



0.890簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
カタナ!ワビサビ!カレサンスイ!

雰囲気と剣の軌跡で語る風流な物語でした。
3.80名前が無い程度の能力削除
Good!
6.100非現実世界に棲む者削除
和やかなゆゆみょん(と妖忌)のお話でした。
ゆゆさまにも想い人は居たのでしょうかねえ…。
色々と参考になりました。
良い作品でした。
8.100奇声を発する程度の能力削除
和やかで良いお話でした
9.100名前が無い程度の能力削除
作者さんに同感
そんなゆゆさまだったう嬉しいなあ
10.100名前が無い程度の能力削除
妖忌が格好いい話は幽々子様も可愛い法則
11.90名前が無い程度の能力削除
ゆゆ様の諸設定を考えると爺の想い人はもしや…と思わされますが果たして
この時斬ろうと思えば斬れたんだろうなーこいつ

しかしお二人、一応爺は親の親なんですぞー
13.90名前が無い程度の能力削除
ゆゆ様は雨月の話などから、そこにないものを想像することに重きを置いている気がします。
剣を振るいながら、あるいはぼんやりと、亡霊になってからの過去に思いを馳せているのだとしたら、それはなんだか素敵だな、と思うのです。
22.100ひぎゅ削除
カッコ良かったです。
24.903削除
幽々子が剣が上手いという設定は比較的見ますが、
こういうタイプのSSは初めて読みました。
何においても目的を突き詰めれば深い話になるものです。
25.100名前が無い程度の能力削除
絆、ですかね?剣術は、この三者を結びつける。

キャラ同士の掛け合いがいかにもらしい感じがしました。