Coolier - 新生・東方創想話

メリー「結界資源を奪い合って魔理沙と結界師たちが弾幕勝負を始めた」

2013/08/06 16:18:57
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注意! シリーズものです!
以下の作品を先にご覧いただくことをお勧めいたします。

1.メリー「蓮子を待ってたら金髪美女が声をかけてきた」(作品集183)
2.蓮子「メリーを待ってたら常識的なOLが声をかけてきた」(作品集183)
3.蓮子「10年ぶりくらいにメリーから連絡が来たから会いに行ってみた」(作品集183)
4.蓮子「紫に対するあいつらの変態的な視線が日に日に増している」(作品集184)
5.メリー「泊まりに来た蓮子に深夜起こされて大学卒業後のことを質問された」(作品集184)
6.メリー「蓮子と紫が私に隠れて活動しているから独自に調査することにした」(作品集184)
7.メリー「蓮子とご飯を食べていたら金髪幼女が認知しろと迫ってきた」(作品集184)
8.魔理沙「霊夢が眠りっぱなしだから起きるまで縁側に座って待ってみた」(作品集184)
9.メリー「未来パラレルから来た蓮子が結界省から私を救い出すために弾幕勝負を始めた」(作品集185)
10.メリー「蓮子と教授たちと八雲邸を捜索していたら大変な資料を見つけてしまった」 (作品集185)
11.魔理沙「蓮子とメリーのちゅっちゅで私の鬱がヤバい」(作品集185)
12.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」前篇(作品集186)
13.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」中篇(作品集186)
14.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」後篇(作品集187)
15.メリー「結界資源を奪い合って魔理沙と結界省たちが弾幕勝負を始めた」(作品集187)(←今ここ!)
16.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」前篇(作品集187)
17.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」中篇(作品集188)





成人男性二人が包囲から一歩抜け出し前に出た。

「霧雨魔理沙だな?」
「ああそうだ。魔理沙でいいぜ」

魔理沙は両手を背後に回したまま、朗らかに笑って見せる。
口角の隣にえくぼが出来た。かわいい。

徹は、スーツパンツにYシャツジャケットという身なり。
16人が全員似たような格好。どうやら結界省の支給品のようだ。

その包囲に正対する霧雨魔理沙は、デニムパンツにジャケット。
ジャケットの背中側に竜の刺繍が入っている。

「数百年前からお前は指名手配されている」
「そうなのか、光栄なことだ」
「幻想郷の人類に、時空を超えて移動できる能力があるのは、知っている」
「その回答、惜しいな。60点だ」
「惜しくて60点なのか」
「なあ、ところでお前」
「徹でいい」
「徹の隣にいるお前は?」
「圭って呼んでくれ」
「徹圭よ、ちょっと話がしたいな。お前らの頭は誰だ?」
「オレだ。徹でいい。結界省京都地区を代表する者だ」
「おたくらはここへ何しに来たんだ?」
「知楽地下にある結界資源を確保しに来た」
「ちょいと人数が多すぎないか。資源確保なら一人で十分だろうに」
「必要な武力だ。幻想郷の戦力に対抗するためのな」
「少女をいたぶりに来たのか?」
「16人でL6レベルだ。対等だろう」
「っていうかそれ、L妖精レベルだろ。悲しくならないのか」
「すまないが、こちらの世界には妖精はいないんでな」
「ああそうかい。さっきの、植物の名前だぜ」
「知っている」
「ならよかった」
「魔理沙、単刀直入に言おう。ここから去るか、もしくは拘束されるか、どちらか選べ」
「どちらもイヤだな。そこの遺骨を回収せにゃならんから」
「なぜ回収しなきゃいけないんだ?」
「知らん、私に聞くな。強いて言うなれば、仕事だからかな」
「幻想郷人類は知らないだろうが、結界文化財保護法という法律があってだな」
「ほほうそれは初耳だ。どんな法律だ?」
「結界文化財は結界省によって保護される法律だ」
「そうなのか? 結界省の人間以外は?」
「触ってはいけない決まりだ」
「それは知らなんだ。幻想郷に法律はないからな」
「こっちには、あるんだ」
「じゃあひとつ、話をしてもいいか?」
「ああ、時間が許す限りならば」
「外界には遺失物法ってあるだろ? 落し物忘れ物がきちんと返還される法律だ」
「詳しいじゃないか」
「勉強したからな」
「ふむ、それで?」
「外界では保管期間は3か月だが、幻想郷ではそれが、所有者が死ぬまでなんだ」
「初めて聞いたな」
「ああ、それでこの結界は幻想郷の物でな、幻想郷遺失物法に該当するんだな」
「しかし博麗大結界の外だ。その場合はどうなるんだ?」
「あー? しらん。だが落し物は持ち主に返還されるのが道理だろ?」
「気になったんだが、遺骨の違法な占有は死体損壊罪じゃないのか?」
「そういえばそんな罪もあったな。でもこれは墳墓発掘死体損壊罪だな」
「結界は墓に入るのか」
「しらん」
「こちらでは結界は、結界文化財に指定されている」
「そうなのか知らなんだ。幻想郷に法律はないからな」
「こっちには、あるんだ」
「やれやれ、やっぱり外の世界はダメだな。やっと溜まったぜ」
「いきなりなんだ? 何が溜まったと?」
「そりゃ、――お前らを消し飛ばす為の魔力だよ!」

魔理沙がいきなり背中に回していた手を徹と圭へ向かって突き出した。
六角形手の平サイズの、木箱が握られていた。

直後、光の奔流。目も眩むほど。
爆音。暴風が通過する時のような轟音が鳴り響く。
壁が、床が、建物地下全体が、巨大なエネルギーへ共鳴するように振動する。

あまりの強い光に目を背ける。耳を塞ぐ。
ひゃっはあと魔理沙が大声で叫んでいるのが聞こえた。

まるまる3秒後、放射が終了。
魔理沙が腕を下げて言う。

「やったか!?」

コンクリートの床についた黒い焦げ跡だけ。
ところどころから白い煙が筋になって上っている。
徹と圭は跡形も無く消し飛んでいた。

魔理沙は手に持った木箱から上がる煙をふっと吹き消し、得意げに笑う。

「あんだけ溜めて13パーセントか。ひでぇ場所だな外界は。――おっと!?」

魔理沙が即座に身を翻す。近くの柱の陰に走って飛び込む。
硬質な衝突音がいくつか。結界師たちの攻撃を回避したのだ。

「散開! フォーメーションT!」

残った14人各々が一斉に散開し、魔理沙を包囲すべく動き出した。
この結界師たちの戦術的展開は不思議な光景だった。
空中に結界を張り、そこを走って三次元的に飛び回るのだ。

「目標目の前! 敵は一人だ! 絶対に逃がすな!」

業務用の、体を強化する式をつけているのだろう。とても身軽だ。
木から木へ飛び移って移動する忍者みたいだ。

「おいおいそのセリフ、倒せないフラグだぜ?」

柱の陰にいた魔理沙が飛び出してくる。
木箱を手に構え、そこから青や緑のレーザー光線を放っている。

宙を移動する結界師たちは結界の上に乗っている。
魔理沙の攻撃は足場に阻まれて届かない。

「蓮子、ねえ蓮子」私は蓮子の袖を引っ張り言った。
「これ止めた方が良いよ。大変なことになる前に」
「止める? どうやって? 無理だと思うよ」

私は蓮子に否定されたショックで、押し黙ることしかできなかった。
そんな私の様子を見て、蓮子はしまったと言う様に顔を顰めた。

「あ、ごめん。悪く言うつもりはなくてさ。まず方法を探さないとだから」
「走って飛び出して、叫べばいいよ」
「メリー、外に出ようとしてごらん」

普通に歩行して柱の陰から大きく出ようとすると、つま先が見えない何かに衝突する。
透明度が高い硬質ガラスを蹴ってしまったかのような、妙な感覚だった。

「床に張られた札だろうね、多分」
「剥がせる?」
「結界から出れなきゃ無理」
「じゃあ外にいる結界省の人に頼む?」
「それも多分ムリ。結界が二重になってるんじゃない?」

私は目を凝らした。そうすると、うっすらと見えてくる。
結界壁全てが目に見えるわけではないのだ。
こんな風に、不可視にすることもできる。
まあその場合でもこうやってじっと見れば分かるからいいんだけど。

なるほど、私たちを閉じ込める結界は札の内側にある。
しかしさらに札の外側へ、もう一枚結界が覆っている。

「蓮子、結界が見えたの?」
「私だったらそうするなぁってだけだよ」
「どうすれば出られると思う?」
「内側は、私たちを通さない様にする。外側は、それ以外を通さない様にする」
「結界を張った人しかこれを解除できないって事かな?」
「多分ね。私の推測でしかないけれど。
 っていうかあなたが分からなければ、私の推測を話すだけじゃん」

蓮子が、私を落ち着かせるように、うなじを揉んでくれた。

「ここで見ているのが最善よ。今のところはね。だからそんなに気負わないで観戦しましょ」
「今のところって、この現状が動くことがあるの?」
「果報は寝て待て。多分そろそろメリーの御届け物が、――ほらきた」

私の右手へ携帯端末が落ちてきた。はっしと掴む。
紛れもない私の端末である。二人で表示を覗き込む。
こちらに背を向けたグラボスが、フラダンスよろしく九尾の尻尾をふりふり揺らしていた。

「地下世界でこんにちは秘封倶楽部御二方。教授とつながっていますよ」
「分かった! 分かったからはやく呼び出して!」
「ハローハローメリーと蓮子、無事でなによりよ」
「うん、無傷五体満足。そっちは紫と一緒で知楽ビル地下にいるんだよね?」
「そうだね。私と紫で結界師さん達の援護。魔理沙凄いね、全部攻撃よけてるよ」
「紫はどんな感じ?」
「援護中だから会話は出来ないね」
「紫も教授も、危ない所にはいないのね?」
「ちゃんと身を隠してるから大丈夫。そっちの話を聞こうかな?」

何を話せばいいだろうか? と考えて、特に急ぎの話が無いことに気付く。
首を傾げる私を見て、蓮子が教授のホログラムへ向かって言った

「まず、教授の話を聞くわ」
「あらそうありがとう。まずね、12代目巫女と戦ってる13代目巫女いるじゃん」
「博麗霊夢ね。13代目と滅茶苦茶な弾幕撃ちあってるけれど」
「霊夢は、私の時代に来てた、タイムトラベラーよ。今わかったの」
「ん? さっき魔理沙との会話で300年前の人だって、自分で言ってたけれど?」
「身分を隠してたのよ。私も、さっきまで騙されてたわ」
「本当は300年前の博麗の巫女で、何らかの方法で教授たちの時代に飛んだ?」
「そういうことになるわね。幻想郷人類凄いわー、どうやって未来に来たんだろうね」
「ごめん、教授たちの時代に飛ばしたのは、私かも知れない」
「メリー、それどういうこと?」

私は、正直に告白する。

夢で博麗神社に飛び、博麗霊夢に脅されたこと。
その場から逃げたい一心で、強く誰かに助けを求めたこと。
とくに最後は元の時代へ帰りたいと願ったこと。

「それっていつの話?」
「昨夜、睡眠薬を飲んだ後の話」
「忘れちゃってたんだよね?」
「うん。でも、思い出すべきだった」
「夢の話だし、忘れることもあるって言ってたじゃん。気に病む必要はないよ」
「ありがとう蓮子。そう考えることにするよ」

少し責任を感じていたけれど、蓮子の言葉を聞いてほっとした。

「博麗霊夢の目的はなんだろう?」
「なにやら、八雲邸にある結界の資料を調べてたわよ」
「知りたい情報は見つかったのかな?」
「何年も掛けたみたいだけれど、結局見つからなかったみたい」
「っていうか霊夢に資料を見せることを、そっちの徹は許したの?」
「もちろん秘密よ。紫が隠し部屋の場所を知ってたから、簡単ね」
「ちょっと気になったんだけど、そっちでは霊夢はなんて名乗ってたの?」
「太田霊夢。博麗の名さえ隠せばいいんだからね。悔しいわ」

偽名にしては安直ねと教授が言った。
蓮子が頷いたが、私はよく分からなかった。

結界師たちはこの事を知らずに魔理沙と戦っていることになる。
どちらにせよ敵対していることは事実なのだから、止める義務は無い、のかな?
いやいや第一に、先に攻撃したのは向こうだし!

「そうだ、徹と圭がどこ行ったか、教授たちは分かる?」
「相互に連絡を取り合える式もつけてたんだけど、それも音信不通」
「紫の能力で探せないの?」
「私の隣から戦闘を援護するのに手いっぱいで、それどころじゃないわ」
「死んでない、よね?」
「そうだと良いんだけどね」

ホログラム表示の教授が顔を上げ、側面の方向を見た。
私と蓮子も、戦闘の状況を確認する。

魔理沙が走ってあちこちを逃げ回りながら頭上へレーザー攻撃を放っている。
結界師たちは時間をかけて消耗させる作戦に出たようである。

「それでさ、そっちが拉致されてからの事を聞きたいんだけど」
「あ、そうそう、あのね、メリーの人柱の話は、誤解だったみたいだよ」
「え? 本当に? 八雲蓮子がそう言ってたって、伝えた?」
「うん伝えた。グラボスから聞いてると思うけれど、賢者さんから返答が来たからね」
「今のところの人柱の必要性は無いし、もし選ばれた場合はそれとなくわかるってさ」
「幻想郷管理者の人の回答だから信憑性があるって12代目が言ってた」
「ああ、それは良かったわ。今までの冒険が報われたわね」
「教授たちの努力を蔑ろにする訳じゃないけれど、もともとから人柱の話はなかっ、」
「やめて! 言わないで! 私たちはあなた達を不安にさせただけとか言わないで!」

教授の背後から紫がひょいと顔を覗かせた。
両手を掲げてガッツポーズをとって見せ、そして後ろへ引っ込んだ。

「結界師さんたちは、私が人柱の危険が無くなったとしても、魔理沙と戦う必要があるんだよね?」
「そうね。聞いた所だと、結界資源の争奪で、たびたび武力衝突が起きてるらしいから」
「日常茶飯事? 怪我人とか出るのかな?」
「今まで死人は出たことないらしいから、心配ないわ」
「徹と圭が行方不明になった時点でかなりやばいと思うんだけどね」
「心配ありませんよ。魔砲の魔理沙と通り名が着くほど有名ですから、対策は講じている筈です」

呼んでもいないのにグラボスが割り込む。
しかし確かにグラボスは、この中で最も結界省に対しての知識がある
政府の物だから私たちに言えないことも多々あるのだろうけれど。
グラボスが心配ないと言うならば、心配ないのだろう。

私は蓮子の肩に顎をのせて、教授へ言った。

「とりあえずこの騒ぎが一段落したらゆっくり話をしたいわ」
「そうだね。向こうで何があったかいろいろ聞きたいけど、それは後で」
「うん、取り急ぎの話はこんなもんかな」
「ところで私と紫は、結界師さん達が張ってくれた結界に守られてる状態なんだけど」
「それならこっちも同じね。先代が張った結界に保護されて、出られない」
「出られないのか。まあ出る必要もないかしらね」
「出ようとしてたんだけど、その必要もないことが分かったから」
「くそっ、なんなんだそりゃ、反則だろ。か弱い少女をいたぶって、大した趣味だぜ」

声に私と蓮子は魔理沙の方を見る。

柱の陰から陰へ走り回りながら愚痴っている。
辛うじて攻撃は避け続けているが、形勢は結界師たちの優勢に思われる。
魔理沙の攻撃は届かない。結界師は上から見おろし、適度に攻撃を放つだけである。

ずっと走り続け、回避運動を続けているのだ。疲労が色濃く表れ始めている。
肩で息をし、立ち止まる時は柱に手を付き、射撃を行う腕も重そうだ。

「あっ、いてっ」

そして回避運動を続けていた魔理沙が、転んだ。
すてんとコンクリートの床にうつ伏せに倒れた。
膝でも打ったのか、痛そうに身を縮めている。

「もらった!」

結界師が3人、空中から一斉に魔理沙へ襲い掛かる。
手には御札。あれを魔理沙へ直接貼り付けるつもりだろうか。

落下し飛びかかる結界省3人は――。
突如魔理沙を囲う様に展開された格子状のレーザー網に激突し、吹っ飛ばされた。
方々へ一転、二転、三転する3人。床に四肢を投げ出し無造作に止まると、もう動かない。

うつ伏せに倒れていた魔理沙がごろりと反転。仰向けになる。
その姿勢のまま腕を掲げる。六角形の木箱が握られていた。

「Dodge This!」

仲間の安否を気遣う頭上の結界師へ魔理沙の主砲が放たれる。
再度、光の奔流。ただ開幕時の威力より弱めである。

対艦砲のような射撃がドカンと一撃だけ。しかし威力は十分。
的にされた結界師達は咄嗟に防護結界を張るが、意味が無かった。

ガラスが割れるような粉砕音。防御もろとも光に飲み込まれる。
5人、焼けとんだ。結界からコンクリート床に落下してくる。

「4パーセント。――結界師よ案ずるな、峰打ちだぜ」

峰打ちってよく言うけれど、真剣って素材は鉄だし、重さもかなりあるよね。
当たり所が悪かったら致命傷だよね。腕とか足でも複雑骨折間違いなし。
さっきの魔理沙の主砲と同じように殺人的な威力であることは変わりないと思うんだけどどうでしょう。

魔理沙が立ち上がり、服に着いた埃を手で払う。
その隙を、結界師は見逃さなかった。退魔針が飛んでくるが――。
魔理沙は冷静に弾道を見極め、攻撃を避けた。

「あと6人か。ふむそれじゃあ、」

魔理沙はそこに立ったまま頭上を指差す。
挑戦的な笑みを浮かべ、高らかに言った。

「さらにプッシュ! これでも召し上がれっ!」

その合図でレーザーはぐんと動き、上方を向いた。
格子を形成していた百を超えるレーザーが一斉に頭上を照らす。

何枚か結界が割れる音。
3人落下してくる。死んではいない。
14人いたのが今はもう3人だ。

格子状レーザーを放つ魔方陣は、魔理沙が走った軌跡をなぞる様に設置されていた。
走り回りながら柱に手を付き、疲れたふりをしながら罠を設置していたのだ。

「いやあ辛いわぁ、人数差辛いわぁ」

嘘つけ、お前余裕綽々じゃねぇか。

再度、頭上からの攻撃を避け始める魔理沙。
柱に隠れ飛び出しては、繰り返し射撃を放っている。

先ほどと同じ状態。魔理沙は逃げ回り、結界師は決定打を与えられない状態。
新しい攻め手を考えなければ結界師たちに勝ち目は無いように思えた。

「ねえ教授、これって結界省が負けたらどうなるの?」
「んー? 紫が、負けないから安心してだってさ」
「でも、ここからどうやって勝つつもり?」
「見てれば分かるそうよ」

私は、方々に倒れている結界師たちを観察した。

「ねえ、結界師さん達って大丈夫なの? 後遺症とか残らないよね?」
「それは心配ないんだよね紫?」
「心配ご無用全部作戦の内だよ」
「撃ち落とされたのもあちこちで倒れて動かないのも、作戦の内なの?」
「ふう、」と紫が息をついた。「もう、勝ったよ」
「え? どうして?」
「魔理沙を誘導した。設置した罠に誘い込んだ。
 あとは、やられたフリした14人が息を揃えて一斉に結界を発動するだけよ」
「うおっ!?」

魔理沙が、声を上げ、立ち止まった。
突如現れた4メートル四方程度の結界に閉じ込められたからだ。
八雲邸正門前で先代を拘束したのと同じように、強力な防護結界が瞬時に出現したのだ。

「なんだこれしき!」
懐から瓶を素早く取出し、中の液体を豪快に飲み干し――。

「吹っ飛ばしてやる!」
――魔理沙が例の木箱を取出し構えるのと。

「その行動も予想済みよ!」
――紫が素早く片手を振るのは同時だった。

「なん、」

魔理沙の両手、肘から先が消えていた。
紫の“口”が噛み付いたのだ。

「だとッ!?」

そして側面の空間から腕が生えていた。
木箱が握られている魔理沙の腕だ。

「くそっ、抜けん!」

紫の能力で物理的に拘束された魔理沙。
主砲を発射するための木箱を、自分自身に向かって突きつける格好になった。
両手の、肘と手首の中間あたりで拘束されている為、魔理沙が動かせるのは手首だけである。

そしてあちこちで倒れていた結界師たちが一斉に起き上がる。
まったく怪我を感じさせない足取り。四肢健在。

「なんだよお前ら! 全員やられたフリかよ!」
「人体強化の式には、治癒能力を高める効果があるのよ」
「ガキンチョめ、お前が参謀か。中々やるじゃねぇか。褒めて遣わすぜ」
「魔砲の魔理沙、さあ捕まえたよ。降参しなさい」
「そのセリフ、逃がしちゃうフラグだぜ」
「結界を使って失神させることもできる。でも、暴力はイヤだから」
「ああ鼻の頭がかゆい! かゆくて死にそうだ!」
「武装解除よ。持ってる武器を全部よこしなさい」
「頼むから鼻を掻かせてくれ! ぐあああ! なんて非人道的な拘束なんだ!」
「あんたも魔理沙も言いたいこと言ってないで会話しなさいよ会話」

教授が突っ込んだ。魔理沙は肩で鼻を掻こうと必死の様子。
教授と紫が防護壁から出て行き、柱の死角から移動すると、魔理沙に正対する。

「こんにちは霧雨魔理沙。私は、宇佐見蓮子。こっちは、八雲紫」
「あー? 偉く老けた宇佐見だな。いつそんなにBBAになったんだ? お前何歳だ?」
「紫、もっと締め上げてやりなさい」
「いででででで! 違うって! 話を聞けって!」
「Single around 30、――独身女性に光あれ」
「えー? 宇佐見もう中盤でしょ? アラウンドってサバ読んでない?」
「おいそんなことよりも! いででで! 悪かったから腕を放してくれよ年増!」
「そのまま腕をちょん切ってやろうかしら?」
「あ、実験してみる? 実際に切断した事は無いんだよねぇ」
「悪かった! 謝る! 謝るから放してくれ!」
「紫、緩めてやりなさい」
「えー、面白いからもう少しだけ」
「聞くこと聞いたら締め上げるから、それまで待ちなさい」
「おいおいえらく好戦的だな、私の知ってる宇佐見とは別人だ」
「? 宇佐見蓮子を知ってるの? どこで会ったの?」
「あー? 知らないのか? もうお前ら沢山居すぎて誰がなにやら分からなくなってきたぜ」

魔理沙が両腕を拘束されたまま不遜に言った。

「幻想郷に宇佐見が居るんだよ。ついでに言えば、八雲紫もいるぜ」
「え? それってどういうこと? 幻想郷に、宇佐見蓮子? 紫も? メリーは?」
「ああ一緒だ。仲良く暮らしてるぜ。ただもう幻想郷に来てから千数百年経つがな」
「神隠し? 外界から迷い込んだ二人が、幻想郷に……?」
「ああそうだそういう事だ。二人して当然、人間を辞めた妖怪だ」
「ありえないわ。そんな、ありえない。いや魔理沙、それは、嘘ね?」
「ホントだぜ。たとえばお前、能力持ちだろ? 夜空が好きだろ?」

教授の顔がさっと青くなる。絶句している。
そんな様子はどこ吹く風。魔理沙が捲し立てた。

「星が大好きだろ? いっつも時間呟いてるだろ? あと、メリーの事が大好きだよな。
 なのに気持ち悪い目の持ち主だって言いあってるよな。二人で秘封倶楽部だろ?
 それに蓮子お前、困るとメリーの首か肩に触る癖あるよな。
 でもそういう接触にメリーのヤツも何も言わないから困ったもんだよな。
 仲良すぎだろもうお前ら結婚しろ。あ、してたわすまん。幻想郷は同性婚OKだからな」
「魔理沙、あなた、自分が何を言ってるか、分かってるの?」
「もう十年以上の付き合いだから、大抵のことは知ってるぜ」
「十年以上? 幻想郷にいるのは、千数百年前から?」
「ああそうだ」
「蓮子とメリーは、幻想郷に?」
「おう」
「あなた、この時代の人間じゃないのよね?」
「ああ」
「300年前の、その時代の幻想郷から、来たのね?」
「ああそうだな」
「うん、嘘は良くないわね。じゃあ、……武装解除よ」
「嘘じゃねぇっつの! ああもういいや。好きにしてくれ」

教授と紫がもう一度結界の中へ戻る。魔理沙からは死角の柱の陰に戻る。
私の携帯端末へ戻ってきた教授が言った。

「状況を、整理する必要がある」
「メリーの人柱は間違いだったけれど、私とメリーの神隠しの可能性はまだ残っている?」
「もしくは、単に魔理沙は秘封倶楽部を知っているだけ。幻想郷に居るかどうかは別問題」
「魔理沙が蓮子を知っているからと言って、幻想郷に居る証拠にはならない?」
「そうね。連行された後の待遇をよくさせるためのブラフかも?」
「まずは、あなた達がこのパラレルで神隠しに会うという未来が、今のところ残っている事実よ」

先代が昨日の朝八雲邸にて、私と蓮子は幻想郷にもいると説明したときのことだ。
蓮子は直感的に別パラレルの秘封倶楽部だと言ったが、あの予想は間違いだったのだ。

この世界線の、私と蓮子の秘封倶楽部は、近い将来神隠しに会う運命にある。
今までは具体的な証拠が全く出ていなかったが、これで確定してしまったのだ。

「回避しなきゃ」私が言った。
「まず、何が原因か調べる必要があるわ」
「そうだね。なんで私とメリーは、妖怪化して幻想郷へ行くんだろう?」
「妖怪化するのが先なのかしら、神隠しに会って幻想郷に行くのが先なのかしら」
「――ここで話しても時間の無駄ね。とりあえず魔理沙を締め上げるのが先かな」

魔理沙を観察する。その武装解除の様子は興味深い光景だった。
魔理沙のポケットから様々な道具が勝手に出てきて、結界の外へ転がって行く。
武器と判断できるものでフィルターを掛けて、結界が吸いこんでいるのだ。

「なんだこれは?」
「使用済み身代わり人形だ。五寸釘でぶっさす」
「これは?」
「使用済みグリモーワル。グリモワールを模倣して試作品で作ったんだが効果が薄かった」
「この木刀のキーホルダーは?」
「ただの使用済み飾り剣だよ。私は信心深いんだ」
「これは何の札だ」
「メテオニックデブリと、ナロースパークの種だ。どちらも使用済み」
「どうやって使うんだ。説明しろ」
「使用済みってつけるとなんかエロいよな」
「説明しろ」
「お前らに向かっていろいろ撃ってただろ。あれだぜ」
「おい、その木箱もだ」

結界省のうちの一人が、魔理沙が持ち続ける六角形の木箱を指差した。

「木箱じゃない。八卦炉だ」
「八卦炉も没収だ」
「これは困る。私の宝物だからな」
「だったらなおさら没収だ」
「そっちまで持って行ってやるよ、拘束を外してくれ」
「手を離せば、結界が吸いこんでくれる」
「この高さが落としたら、壊れるかもしれない」
「どうしろと言うんだ」
「そこのガキンチョに言って、この拘束の位置を下に下げてくれ。ゆっくり置きたい」
「そんなに大事なのか」
「ああそうなんだ。脆いんだよ」

紫に頼み、口の位置を低くする。
入口の口も一緒に位置を下げる。
出口だけを動かすと、八卦炉の射線が魔理沙から外れてしまう危険があるからだ。

魔理沙は腰をおろし、八卦炉を手放した。
足元に置くと、ころころと転がって結界に飲み込まれる。
結界師が拾うのに合わせて、魔理沙が注意を呼びかける。

「いいか? ガラス細工を扱うみたいに、そっとだぜ?」
「どこを持てば良いんだ?」
「両手で持て。そうだ。穴が開いてる方を横にして」
「こうか」
「ああそうだ。それで、両手でしっかり持て」
「こう持てば良いんだな?」
「そうだ、よし、それじゃあお前ら全員纏めて砕け散れ!」

魔理沙が大声を出し、こぶしを力強く握った。
結界師たち、教授、紫、蓮子、私。その光景を見ていた者全員が身構えた。

主砲は遠隔操作ができるのだ。そう直感的に理解したが――。
かちっという音がして、――ライター程度の火がついただけだった。

「――厳重保管だ」

結界師が八卦炉を振って消化する。
手乗りサイズの結界に入れ、少し離れた柱の陰に持って行った。
そうして、魔理沙の道具の選別を再開する。

「この花瓶みたいなものは? 3つもあるが」
「マジカル産廃再利用ボムだ」
「なんだと? 爆弾か?」
「ああそうだが、心配ない。
 魔力を注入しなければ爆発しないんだ」
「本当か?」
「じゃなけりゃ、持ち歩けないだろ」
「これは?」
「マジックポーション。魔力を回復させる飲み物」
「だいぶ減ってるが?」
「さっき飲んだからな。見てただろ? げっぷ」

結界に拘束された直後のことである。
魔理沙が飲んだのは魔力を回復させる薬品だったのだ。
だが、少しおかしい。

魔力を充填した八卦炉が、なぜライター程度の火力なんだ?

「あ、ちょっと話をしたいんだがいいか?」
「だめだ。静かにしてろ。この道具は、」
「マジックポーションは、その1目盛りで八卦炉4パーセント分だ。いくつ減ってる?」

7目盛りが減っているようだ。

「いまちょっと実験をしたんだ。川から水を汲んできて、その汲んできた水を別の容器に移す実験だ。
 で、その移す際にどれくらいの水をこぼしちゃうかなーって思ったんだよ。
 この移す作業は、例えば思いっきりばしゃあ! って移すとこぼれるだろ?
 でっかいパイプならば一度にたくさん移せるだろうし。
 デカいポンプをストローにつなげると、当然ぶっ飛ぶ。
 この伝送手段を間違えて水を失っちゃう現象を、輻輳って言うんだ。
 今回は遠隔操作で一度全部移して、少しだけ戻した。外界では初めての試みだった。
 しかし輻輳による魔力損失率は、0.01パーセント以下だった。
 分かるか? 八卦炉のさっきの火力で、十分ぶっ飛ぶんだよ」

結界師の傍らに置かれた爆弾がしゅーと煙を上げている。
魔理沙が両手を拘束されたまま、床へうつ伏せに伏せた。

「5秒後に爆発だ。密閉してみろ。多分ムリだがな」

魔理沙が首を窄め二の腕で耳を防いだ。
結界師たちが一斉に盾状の防護壁を作った。
私は柱の陰に隠れ、眼を固く閉じ、耳を塞いだ。
蓮子が私の上に覆いかぶさってきた。

そして――、ドッ、という音だけが聞こえた。

頭がくらくらする。意識がどこかへ行ってしまった。
キーンと甲高い音が聞こえる。ブラウン管テレビが放つ高周波音みたいだ。

ややあってから私は上半身を持ち上げた。
蓮子がぱちくりとしながら拳で頭を叩いていた。

「耳が、キーンってする。メリーなんか喋って」
「蓮子大好きよ」
「聞こえる。あー、良かったわ」

つっこみ不在の秘封倶楽部はこんな感じである。

「おう宇佐見とガキンチョ、手足縛るからこっちこい」
「結界師さん達は? 流石に、死んだんじゃ」
「一人も死んでない。人体強化式ってのが優秀すぎで助かったな」
「私たちをどうするつもりなの? 強制労働? シベリア送り? それとも身売り?」
「家事でもやって貰うぜ。掃除に洗濯、私は和食派だからよろしくな」
「味噌汁に少しずつヒ素を混ぜてやる」
「私たちは結界省の味方をしたけれど、向こうの二人は何も手を出していないわ。見逃してあげて」
「いちゃいちゃ妖怪はあそこに隔離されてるんだろ? ほっとくから安心しろ」

今理解した。魔理沙は私と蓮子の事をいちゃいちゃ妖怪と呼んでいるらしい。
あながち間違えてはいないかもしれないけど。

魔理沙は教授と紫を拘束し、そして方々に転がる結界師たちを一か所に集め始めた。
14人。全員居る。外傷は無い。出血も無さそう。本当に、気絶しているだけのようだ。

八卦炉を操作すると青色に光る魔法の縄が出来た。
切断されると光が消えると、教授に説明した。なるほどよくできている。
結界師たちの手足を縛り、口を塞ぐ。手際が良い。慣れてやがる。

携帯端末による教授との通話はつながったままだが、当然ポケットに隠し持つようにしたらしい。
こちらは送話の音量をゼロにした。向こうに何かしらの音が届いたら厄介だからだ。
教授と紫、結界師たちを拘束し、八卦炉の点検を済ませた魔理沙がさてとと呟いた。

「こっちは終わったぜ霊夢、そっちはどうだ?」
「魔理沙! どうしよう魔理沙!」

そこで箱型の結界内にて霊夢が声を上げた。
壮絶な弾幕戦は一段落ついたようだ。
取り乱した様子で結界壁を内側から叩いている。

「勝っちゃった! どうしよう!? 私勝っちゃった!」
「いや良い事なんじゃないのか? それに、偽物なんだろそいつ」
「偽物だけど、本物そっくりなのよ! 偽物なのに! だからどうしよう!」

先代が仰向けに倒れていた。
両手を大の字に広げ、巫女装束のあちこちが破けている。

「どれくらいそっくりなんだ?」
「巫女様そっくりなの!」
「じゃあそれ本物なんじゃないか?」
「本物じゃダメなのよう! 私が勝っちゃダメなのよう!」
「いや勝ったなら本物の方が良いだろうが」
「私が本物に勝ったら、私は巫女様を超えちゃうじゃん!」
「いやだから、それって良い事だろうが」
「強くなったね、霊夢」
「ほらあ! 声もこんなにそっくり!」
「だから、本物なんじゃないか?」

先代がむくりと起き上がる。
だがダメージが残るようで、若干ふらふらとしている。

「ねえ巫女様、わたし、わたしさ、これから札を4,19の位置に投げるからね避けてね?」

そう宣言して霊夢が札を取出し、先代の右脇腹の位置へ札を投げる。
左に体を捻ってかわす先代。しかし間髪入れずに霊夢が軸足を狙って札を投げる。
くるりと前方宙返りで避けて見せる先代。緋袴が美しい弧を描いた。

軽い身のこなし、まるで曲芸師の様だ。
体の重さを全く感じさせない、木の葉が風に揺れる様に、軽やかだ。
だが霊夢は足元へ言葉を唾棄する様に、叫ぶ。

「なんで! なんで最初に左にかわすのよ! なんで巫女様っ!」
「おいおい霊夢落ち着け、言ってる意味が分からん」
「悪手なのよ! 4,19の位置を狙われて左に逃げるのは! だけど同時に、先代の癖だった!」

霊夢がぼろぼろと涙を流し始めた。
立ったまま、唇をかみしめて顔をゆがめさせ。

「先代と組手をするとき、私はここから必ず攻め手を考えたのよ!
 昔は、無理だった! だけど今は! 今はここから詰ます手をいくらでも考えられる!
 全部同じだ! 昔と全て! 先代は昔から何も変わっていない! 私が! 強くなったんだ!」
「お、おい霊夢」
「弟子を指導する時代の先代を! 私は、私は! 超えてしまった!」

両手に持った針を足元へ捨て、武器であろう細い枝も手放し。
霊夢はその場に立ちすくんだまま、人目も憚らず泣いていた。
先代が足を引きずりながら霊夢へ接近。そっと抱きしめる。

「強くなったね霊夢。もう立派な一人前よ」
「い、いやだ! 一人前になんて、なりたくないっ!」
「あらどうして? 昔の霊夢は、早く私みたいになりたいって言ってたわよ?」
「もっと一緒に、ご飯を食べたかった! お風呂に入りたかった! いろいろ喋って笑いたかった!
 だけど、そんなことも満足に出来ずに、巫女様はどこかへ行ってしまった!
 私はまだ巫女様と何もしてない! なのに一人前何て、絶対いやだ!」
「!! ああっ! 霊夢! かわいそうに! そんなに苦しんでいたのねっ!
 もう、泣かなくていいわよ! 一緒に帰ったらご飯を食べましょう!
 今までごめんなさい。私がどこかへ行ってしまって、こんなにもかわいい霊夢を放り出してっ!」

一層霊夢を抱く腕に力を込めて、精一杯の愛情を注ぐ先代。

いや先代、そこ違うでしょ?
甘ったれるな! とか、いつまでも子供のままでいられると思うな! とかさ?
こう、ズバッと切り捨てて突き放すのも師としての愛ってものでしょ?

それをせずにこれからもずっと一緒よとか言っちゃったら、なおさら自立できなくなっちゃうじゃん。
先代はそこまで考えられているのだろうか? 今観察したが答えはもちろんノーだ。

ダメだこの人、霊夢がかわいくてかわいくて、仕方がないんだ。
幻想郷に帰ったらお団子を食べに行こうとか言ってるし。
霊夢が師に癒着しっぱなしな原因の一つに、先代の弟子愛が強すぎるという点が挙げられそうである。

「手遅れだなこりゃ」

魔理沙もこれには苦笑い。いや、引き笑いである。ドン引きだ。
ブラックジャックも匙を遠投する程度に手遅れだ。

「ねえ巫女様、グローブの下を見せて? 火傷の跡があるんでしょ?」

先代がグローブを取り去った左手を、霊夢に見せる様に差し出した。
手首から先が浅黒く変色した、痛々しい火傷の跡だ。

「油を使っている時にあなたが地震を起こして、咄嗟に左手で鍋を掴んだ。
 あなたが火傷をしなくて本当によかった。この手を見るたびにそうを思うのよ。
 だけどこれがあってから、あなたは感情を我慢する訓練をいやと言わなくなったわね」

霊夢が先代の左手を掴み、撫でている。

「私の事を偽物だって言った時、地震が起きないか心配したわ。
 だけど霊夢、きちんと我慢できたね。成長したね霊夢、嬉しいわ」
「ごめんなさい巫女様。私、動転しちゃって、変なこと言っちゃって」
「いいのよ分かってくれれば。霊夢の成長を見れて、私は幸せよ」

先代が、左手で霊夢の手を握り目を瞑る。

「私には、左手で与え右手で奪う程度の能力がある。知ってるわよね霊夢。
 あなたが私を超えた時にあげようと思ってたものがあるのよ。あなたへ最後に与えるのは、」

先代、眼を開けて、優しく微笑み。

「人体強化の式。12代目博麗の巫女が編み出した最高傑作。
 複製やレプリカは多々あれど、これは世界でただ一つのオリジナル。
 性能はもちろん、込めた思いも含めて、オリジナルを上回る物は存在しないわ」

魔理沙がほほうと唸った。

「なんだ、結界省たちが使ってたのは、霊夢の師匠のパクリだったのか」
「そうよ。もっとも、外の世界で勤務する妖怪達に私が教えたものなの。
 それを結界省が捕まえて身ぐるみ剥がして、勝手に軍用へ複製した」
「どうりで人体強化、フィジカル面だけやたらとレベルが高い訳だぜ」
「もっとも彼らの技術力じゃ完全にコピーできなかったようだけどね。いうなれば粗悪品、そうよね徹?」
「そのとおりだ。だが、役立たせてもらっている」

徹と圭が、知楽結界の前へ陣取る様に立っていた。
五体満足、喋り方もしっかりしている。

そして二人の周りに、何かバレーボール程度の大きさの球体が周回している。
それが徹と圭に4つずつ、ついて回っている。

「それにしても、」と徹がため息をつく。
「日本を代表する結界省京都地区、トップランカーを14人集めたんだぞ?
 それを一人も殺さずに気絶させて生捕りときた。一体どんな戦法を使ったんだ?」
「爆弾で吹っ飛ばしただけだぜ」
「戦力差があるという判断は正しかったようだ」

徹が周回するドローンを眺めながら。

「一度退避して装備を整えさせてもらった。結界省のフル装備だ。
 知楽結界のリソースさえ確保できれば、1300年の国防費が浮くからな。上も必死だ」
「おいおい何だお前ら、結界文化財とか言っておいて結局やることは兵器の開発か?」
「国が省庁を一つ作ってまで結界の技術を研究するんだ。どれほどの金を掛けたのか、馬鹿らしい。
 そんな莫大な資産を投入してやることは、軍事兵器の開発に決まってるだろう」
「なんだ、お前らクソやろうだったんだな。手加減せずにぶっ飛ばせばよかったぜ」
「幻想郷の者たちにそう言われるのは仕方がない事だと思っている」
「偉そうにカッコつけやがって。何が“仕方がない事だと思っている”だ、鬼畜が」
「いいえ、もう結界省が軍事兵器を作っている事なんて、大体予想がつくことだわ」

教授が割り込む様に口を開いた。
紫と共に手足を縛られた状態で、柱に寄りかかる様に座りながら。

「蓮子とメリーに、秘封倶楽部の二人に、その話はしたの?
 彼女たち二人に、結界省はその技術を軍事開発に使ってるって事、話したの?」
「話せる訳がない」
「どうして話さなかったの?」
「話したら、結界省に入ることを拒否するだろう?」
「八雲邸で話したことは、ホントのこと?」
「オレ達は、そこまで綺麗に生きられない」
「ウソだったのね?」
「全てが嘘だと言う訳じゃない」
「どうしてそこまで秘封倶楽部に執着を?」
「彼女たちの才能は世界で通用する物だ。高度な訓練を受けさせたかった」
「私も、そうよ。秘封倶楽部に結界技術の高度な教育を受けて貰いたい」
「分かってくれるか」
「同意するわ」
「そうか」
「でも、秘密は、罪なのよ」
「結界省内でもこの事を知ってるのは、ごく一部の人間だけだ」
「だから許される? それは全部、あなた達の都合よ」
「ああ、分かっている」
「蓮子とメリーは、悲しむわ」
「秘密にするつもりだ」
「徹さんの判断は正しかった。だけど、運が悪かった」
「? 何を言っている?」
「もう遅い。全部、聞いてしまった」
「なに? それは一体、」
「偶然、居合わせてしまった。運が悪かった。だけど、致命的だわ。
 魔理沙、私のポケットに携帯端末があるわ。取って徹に渡して」

魔理沙が教授のポケットから蓮子の携帯端末を取出し、徹に投げ渡した。
私は送話音量を元に戻した。私と蓮子の目の前に、徹のホログラムが表示された。

「騙したのね」

私は開口一番そう言った。

徹の顔から血の気が引いて行く。目に見えて、狼狽している。
いい大人が、私の言葉に返事もできず、ただ慌てている。

「まさか、まだ隠してることがあっただなんて」
「話はどこから聞いていたんだ?」
「全て、最初から。あなたが魔理沙が一発目の主砲を撃った時から」
「今どこに? 顔を合わせて話をさせてくれ」
「そんな筋合いなんてどこにも無いわ」

八雲邸の隠し部屋前で罵倒したときよりも、はるかに効果があるようだ。
私の口から発せられる言葉が、徹に確実なダメージを与えている。

「全てを話してくれたと思っていたのに」
「知らない方が良いと判断したんだ。どうしても、結界省に入ってほしかった」
「結界の力を使って兵器開発だなんて、なぜそんな大事なことを秘密にするの」
「秘封倶楽部は軍事技術の開発に助力することなど良しとしないだろう」
「いいえ、あなたは秘封倶楽部を、私たちの事を勘違いしてるわ」
「何を勘違いしていると言うんだ」
「知った気になってる。軍事品がどうとか、私たちは気になんてしない」
「それは強がりだ。実際今だって、ショックを受けているだろう」
「ほら、それが勘違いしてるって言ってるのよ」
「国防に結界の技術が使われていると、話した筈だぞ」

徹がいきなり、開き直ったかのように言った。

「結界省が結界技術を応用しなければ、誰が使うんだ」
「なにをふてぶてしく言っているの――?」
「教授だって、私と一緒に隠してくれたぞ。コーヒーショップで話した時だ」

――「例えばどんなことに使われてるの?」――
――「まあ有名なところで言えば、ミサイル迎撃システムとか、戦闘機のステルス技術とかかな」――
――「まあ、結界を使っている事実より、どんな結界を使ってるかってことが重要なんだけどね」――
――「国は結界を研究している。今総出で暴こうとしているのが、その博麗大結界って訳だ」――

あそこで教授は徹と共に、暗に話を逸らしたのだ。
私達が結界省の秘密を知ってショックを受けない様に。
そしてそれは徹も同じだった。偶然の、利害の一致だった。

結界省が幻想郷人類と相対するとき、決まって必ず、この口論をしていたのだろう。
だから先代が京都支部で、来ない方が良いと私たちに言ったのだ。

しかし、だからなんだと言うんだ?
徹は、自分だけの責任ではないと言っているのだ。
教授も共犯だぞと、言っているのだ。

「知って損するより、知らないで幸せでいた方が良いだろう。
 秘封倶楽部二人は、結界を学ぶ権利がある。その権利を享受してほしかっただけなんだ」

私の中にある、結界省に対する大切な何かが、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
この徹の態度は何だ。とても、人間がとる行動とは思えない。
同じ人間が持つ感情とは思えない。人間の感覚ではない。

「私が非難しているのは、結界省が軍事開発をしているという事実じゃないわ。
 そんな大事な事を秘密にしておきながら、高度な教育を受けさせたいとぬけぬけと言える、あなたの感覚よ」

怒りを通り越して、もはや呆れと諦めだけである。

「隠し部屋であの資料を見た時は、動転してしまった。
 妖怪達の人体実験の資料を見た恐怖で取り乱してしまった。
 だけど書斎で話してくれたことは、そんな私を正常な価値観へ戻してくれる、人道的なものだった。
 それが今ここで蓋を開けてみたら、全く理解していないことが分かった。
 とても残念だけれどあなたの為人は、今よく分かったわ」

そこで通話を切ろうとして、踏みとどまる。
傍らに立つ蓮子に端末を差し出して、何かしゃべるかと聞いてみる。
こくりと頷き、私から端末を受け取り、蓮子が言った。

「徹さん、宇佐見蓮子よ。話は聞かせてもらったわ。まあそれはそうと。
 その端末は私のだから、壊したりしないで教授に返しておいてね。じゃ」

今度こそ通話終了。
悔しいとか、涙が出るとか、激しい感情は全くなかった。
蓮子も同じ様子で、ただ静かに私に寄り添ってくれた。

「話は済んだようだな結界省。どうだ、仲間も失い人望も失って、今どんな気持ちだ?」

魔理沙が硬直する徹に接近。手に持つ端末を抜き取りながら言った。
端末を投げ渡された教授は手足が結ばれているので、座っている膝で受け止めた。

「今どんな気持ちだ? なあなあどんな気持ちだ? 30字以内で教えてくれよ」
「黙れ」

魔理沙のからかいに、徹が静かに言い返した。
霊夢が結界を張った。魔理沙、先代、教授と紫、そして気絶している結界師たち。

「オレ達は、ただこの結界資源を持ち帰るだけだ」

徹の隣に立つ圭が一度頷き、静かに構えを取った。
明らかに、今までの結界師とは違う。
そして、明らかに、今までの徹とは、違う。

「魔理沙」
「おう」
「あいつら、強いわ」
「そうだな」
「力を合わせないと辛いかも」
「ああそうかもな」
「私が前衛をする」
「そうか」
「後衛をよろしく」
「無理だぜ。お前一人でやれ」
「ちょ!? なんで!?」
「装備全部吹っ飛ばしちゃったからな。持ってるのは八卦炉だけだぜ」
「はいはい分かった分かった。あんた下がってなさい。ねえ巫女様」
「なあに?」
「私が前に出るから、巫女様お願いしても」
「ごめんね、無理よ」
「ええっ!? なんでぇ!?」
「だって、あなたに式をあげちゃったし、あなたとの戦闘で消耗しちゃったし」
「ウソよ! 式が無くても巫女様十分超人レベルじゃん! 余力残ってるじゃん!」
「ほらほら、攻撃来るわよ。避けないと」
「あわわわわ!」

八つのドローンが爆風の様な弾幕を放って来た。
霊夢は身をくぐらせ、弾を叩き落とし、危うく回避する。
第一波、なんとか無傷で突破。冷や汗がたらりと流れている。
魔理沙と先代は、霊夢が張ってくれた結界を消費しただけだった。

「おう避けれたじゃねぇか」
「避けれたじゃねぇか、じゃないわよ! 死ぬかと思った!」
「ほらほら次来るわよ構えなさい霊夢。256Way渦巻き弾、円形弾に――。
 128Wayの交差弾、渦巻き弾、自機狙い落下弾、自機狙い回転弾、バーサク弾、誘導爆風弾」
「ゲームバランスどこ行った! 鬼畜にもほどがあるわ!」
「私と霊夢の師匠は非戦闘員だ。柱に隠れてるぜ」
「知楽結界確保はあなたに掛かってるわ、頑張ってね」
「ちょ、そんな! まって! あわわわわ!」

弾と言うよりは、板がそのまま押しつぶしに来ているような様相である。

私も柱の陰に隠れることにする。
先代と魔理沙も結界の中に入ってきた。

「おういちゃいちゃ妖怪、悪いなここで雨宿りさせてもらうぜ」
「こんにちは魔理沙、初めまして、かしら?」
「ああ初めましてだぜ。お前らのいちゃいちゃにはうんざり胸やけ気味だが」

蓮子が、教授へ電話を掛けた。
ホログラム表示で教授と紫が表示された。

教授と紫は殺人的な弾幕に怯えていた。
向こうは柱の陰に隠れていないから、容赦なく結界に弾幕が浴びせられるのだ。

「ねえこれ大丈夫なの!? この結界大丈夫なの!? ちょー怖いんだけど!」
「あー、どうだろうね。先代、この防護結界って大丈夫なの?」
「何十分と続けば危ういかも知れないが、」

と、先代は野太い不愛想な声で言った。

「オーバーペースだ。長続きはしまい」

見てみろと先代が床を指差した。天井に亜空穴を開けて視界を確保してくれたようだ。
丁度霊夢の頭上から辺りを見る感じである。時々弾が飛んでくるので気をつけつつ、観察する。

既に二つのドローンが周回を辞め、床に転がっている。
さらにドローンが一つ霊夢の側に付いていた。奪い取ったのだと先代が説明した。

「なんだ、霊夢圧倒的だな。こりゃ勝ち確だ」
「あと何分くらい?」
「5分くらいだと思うが」
「じゃあさっきの会話だけじゃ分からない事だらけだからさ、質問に答えてほしいんだけど」
「おう有名人霧雨魔理沙様の広い心でなんでも答えよう。記念撮影はNGな。事務所に止められてるんだ」

時々柱を回り込んできた弾が結界に当たり、大きな音を立てているが。
先代が大丈夫だと言えば大丈夫なのだろう。私も魔理沙に向き直った。
教授が、先に聞きたいことがあればと私達へ聞いた。蓮子が口を開く。

「私とメリーは、幻想郷の中にも居る。そうだね?」
「ああ間違いない。さっきの――、何て呼べばいいんだ?」
「教授でいいわ」
「教授との会話も、聞いてただろ?」
「うん。じゃあ私とメリーは神隠しに会っちゃうんだね」
「まあそうだな。博麗大結界を弄って中に来るみたいだぜ」
「弄る? 自分から操作するんだ?」
「まあ詳しくは聞いてないがな」
「今の彼女たちと見比べて、歳見た目はどうだった?」
「お前らと変わらないが、妖怪達って精神性によって老け方変わるからな。
 もう数千年生きててもロリな妖怪もいるし、若返りの魔法だってある。
 見た目がどうとかで人間やめた年齢を判断することは出来ないな」

そうか。アマゴやユディもそうだったね。
若返りの魔法などがあるならば尚更判断できないだろう。
もし20年後に幻想郷に行き妖怪化して、外見を何歳にしたいかと聞かれたら。
当然大学時代の見た目になりたいと思うだろうね。

何てったって、大学で蓮子と会ったんだもの。
この見た目が、私の肉体だわ。

「ちょいと次に行く前に、私から一つだけ聞きたいんだが」
「いいよ。サインはお断りだけれどね」
「なんでこの時代には、宇佐見蓮子が二人いるんだ?」

魔理沙が指差す。
私の蓮子と、教授の蓮子。

「私は、別のパラレルから来た蓮子なの」
「私が、このパラレルの蓮子よ」
「なるほど、分からん」
「パラレルって、分かる?」
「分かる。でもパラレルの跳躍は、八雲蓮子しかできない筈だ」
「あら、じゃあ、確定ね」
「そうだね。確定だこれ」
「なにがだ?」
「八雲蓮子は、教授蓮子の未来」
「幻想郷に居る秘封倶楽部は、このパラレルの秘封倶楽部」
「ああー、なるほど。つじつまが合うな」
「魔理沙、さっきの説明で分かるのね……」

もし私が魔理沙だったら、先ほどの短い考察だけではとても理解できないという自信がある。
それに加えて、蓮子も教授もこの事実を知って妙に冷静である。
もっと、取り乱してほしい。なんでかって? だって、だってさ。

「ねえ、ちょっと私ショックなんだけど?」
「何がショックだったの?」
「だって、怖いよ。幻想郷に行っちゃうんだよ?」

事実を口に出したらなおさら現実になりそうで、少し声が上ずる。
蓮子の腕を掴んだ。情けない話だけれど、私の手は震えていた。

「ずっと、住むことになるんだよ? 幻想郷に。怖いよ」
「住む場所が変わるだけよ。それに、魔理沙?」
「おうよ」
「幻想郷って日本にあるんでしょ?」
「ああ。日本国内の陸続きだ。結界に隔絶されてるだけだな」
「ほらメリー、別次元別世界別空間に行くわけじゃないのよ。引越しするだけだわ」

蓮子が興奮気味に後を続ける。
目を輝かせ、顔を上気させ、早口で。

「それに、楽しみじゃん。支部じゃなくて、幻想郷の本部よ?
 色んな妖怪が居るんだよね魔理沙? 土蜘蛛、河童、夜雀、妖狐もいるんだよね?」
「ああいるな。妖怪種族を解説するだけの本が、こんな厚さあるんだ」

と、魔理沙が親指と人差し指で、5フィンガー程度の厚さを示して見せる。
妖怪の情報を収集する血筋の娘が10代にわたって執筆しているらしい。
1代に付き1巻。だから現段階で全10巻。いまも執筆中。文章量は増え続けているという。

「それに、妖怪だけじゃない。妖精、神霊、神、吸血鬼、化け狸、幽霊、怨霊、鬼、天狗――。
 ああもう挙げ始めたらきりがないな。もうごっちゃごちゃで山ほどいる」
「ほらメリー、スッゴクわくわくしない? 京都支部の事を思い出してよ。
 ああいう場所に、今度は成り行きじゃなくて、自分たちの意志で移り住むのよ?
 それに、外の世界で仕事をして給料をもらって、どうするの?
 男を見つけて、結婚をして、家庭を持って、子供を産んで、それからどうするの?
 そんなことをするよりも、幻想郷に二人で行っちゃったほうがよっぽど楽しいよ!」

蓮子の言葉を聞いて、私は目が覚めた気持ちだった。
なにも、変わらないのだ。蓮子と一緒に倶楽部活動をするだけだ。
眠って、起きて、ご飯を食べて、身嗜みを整えたら、倶楽部活動をする。
その生活の根幹は、何も変わらないんだ。蓮子が居れば、どこにいようと。

「そうだいちゃいちゃ妖怪よ。一番大事なことを忘れてた」

魔理沙が、私と蓮子を指差して。

「お前らはな、幻想郷の中でもすっごく幸せそうにしてたぜ。
 だからいちゃいちゃ妖怪なんて名称がつくんだ。爆発しろ」
「ほらメリー、怖がることなんてないよ」
「でも、どうして幻想郷に行くことになるのか、原因は調べなきゃだけどね」
「ほら教授そうやって水を差す! 折角メリーを宥めたのに!」
「まあ、そういうこった。成るようにしかならないさ」

魔理沙が楽しそうに笑った。
だけど、それはある面での真理であるように思えた。

あまりふさぎ込んでいても仕方がない。
成るようにしかならないのかもしれない。
もちろん努力はしなければならないだろうけどね。

「お? 決闘の方が終わったみたいだぜ」

弾幕がぴたりと止み、静かになった。
先代と魔理沙が結界から出て行く。

「いえ、ちょっとまって、様子がおかしいわ」

教授と紫が立ち上がり、通話を終了する。
私と蓮子が柱の陰から目だけをだして観察する。

徹は攻撃の手を辞め、戦意喪失しているようだ。
圭が徹の傍ら、片方の手は遺骨に、もう片方の手は霊夢に向けられている。
そして霊夢は、圭が張った結界に封印されているという状態。

「間違いなく、知楽結界の資源の筈だ。それが、なぜだ?」

徹が呆然としながら呟いた。
この状態に陥った経緯が分からない。
魔理沙が霊夢に接近し、質問する。

「おい霊夢、こりゃ一体、どういうことだ?」
「分からないわ。ただ一つ言えることは、」霊夢が結界に封印されたまま言った。
「結界省の二人に、戦う理由が無くなったという事よ」

霊夢が懐から札を取出しぴんと伸ばすと、結界壁に当てた。
札はまるで刃物であるかのように結界壁を切り取り、人が一人通れる程度の丸い穴をあけた。

「あー? 意味が分からん。私に分かるように説明しろ」
「圭は能力持ちよ。模倣する程度の能力。この能力はオリジナルの劣化版を作り出す」
「ああ知ってるぜ。この時代の結界省の事、二人で散々調べたからな」
「徹と圭は、決闘で私に勝つ必要は無かったのよ。知楽結界が割れるまで持てば、良かったの。
 それで遺骨に触れて、知楽結界を張った男女の力を模倣しようとしたのね。
 レプリカ版の知楽結界で、私を封印しようとしたのよ。それで出来たのが、この結界」

霊夢が拳で、つい今しがた出てきた結界をこつんと叩く。

「1300年前の、もう基礎中の基礎なレベルの、何の変哲もない普通の結界よ。
 さっき見せた通り私の札で簡単に破ることが出来た。これがどういう事か、分かる?」
「分からんが、知楽結界に眠っていたあいつらは――」
「知楽結界を張った訳じゃないと言う訳ね。誰かに頼んで、封印してもらった。そうね霊夢?」
「それが誰か分からない。ただあの骨は、1300年前の普通の遺骨だった。
 あの結界は、あそこで眠っていた二人ではない、もっとほかの誰かが張った結界だった。
 だから知楽結界の結界文化財価値は、結界省にとって、ゼロよ。無価値だわ。
 骨折り損のくたびれもうけだったって訳ね」
「ま、まあ、……あの二人の様子を見ると、くたびれもうけどころじゃ無い様に見えるがな」

霊夢が同情を込めた視線を徹と圭に向け、札を投げた。
札は二人の手足を縛り、拘束した。徹と圭は無抵抗だった。

「八雲蓮子! 終わったわよ! 出て来なさい!」
「お疲れさまぁ。いやあ激戦だったねぇ」

カツカツとハイヒールの音。傍の柱の陰からOL風の女が現れた。
上下ストライプのスーツ。栗色のショートボブ。片手にA4サイズのカバン。

先代が、結界を解除してくれた。
私と蓮子、魔理沙の隣に並ぶ。
教授と紫もこちらに歩いてきた。

「久しぶりね、蓮子ちゃんと、蓮子ちゃんと、紫ちゃん」
「おい蓮子ちゃん二人いるぜ。しかも片方は年増蓮子だから、ちゃんじゃあない」
「八雲蓮子も入れればトリプル蓮子ね。あ、私は教授でいいわ。年増とは呼ばせん」
「これはどうもご親切に。でもお構いなく。二人を回収したらすぐ次に行くから」

八雲蓮子は遺骨の傍に腰をおろし、頭蓋骨を両手で持ち、――抱きしめた。

「1300年は長かったでしょう? お疲れ様だったわね。やっと出てこれたね。
 え? あっと言う間? ああ二人一緒だったからか。もうほんとバカップルなんだから。
 じゃあ、故郷に帰ろっか。今は幻想郷って呼ばれる地になったのよ。二人を招待するわ」

そんなことを話しかけてから、八雲蓮子はカバンへ遺骨を入れ始めた。
どう見ても頭蓋骨や足の骨などは入る容量ではないのに、次々と収納してゆく。
そして、両手が汚れることも厭わず、塵の一つまで綺麗に集めてカバンに入れて、立ち上がった。

「任務完了。私は、帰るわ」
「質問!」
「えー、次があるんだけどなぁ」

拒否された教授が、そっと片手を後ろ腰へ回した。

「あ、ごめんなさいちょっとだけならおっけーなんでスタンガンは勘弁」
「その骨を回収するために、私たちは調整されたのね?」
「うんそうだよ」
「間違いだって言ってたけれど」
「あれは間違いだったのが間違いだった。私も調整されたってこと」
「じゃあ、私たちが並行世界跳躍装置を完成させるのも」
「全て計画通り、って言うと語弊があるかもね。実験が失敗するパラレルも沢山あるから」
「このパラレルのメリーが神隠しに会うってのは、私を並行世界へ飛ばす為の誘導?」
「うーん、それは分からないや。ここからあらゆるパラレルが派生するわけだし」
「予言して」
「無理だよ」

私が割り込んだが、八雲蓮子ににべも無く否定された。

「今この瞬間、私が別の事を言うパラレルが、何億通り、いや何兆通り――。
 それどころじゃないね。もう数えきれないほど派生してるんだよ?
 だからあなたが神隠しに会うパラレルもあれば、この瞬間に隕石が降ってくるパラレルもある。
 あなたは可愛くて今すぐにでもちゅっちゅしたいけれど、この先の未来は保証できないわ」
「八雲蓮子って言ったわね? 多次元宇宙の調整者、ってことでいいんだね?」
「ああメリー、53号室で会った時も思ったけれど、あなたの声ステキだわ。もう一度呼んで?」
「あなた、頭おかしいわ。精神病院に行ったほうが良いかも。私には到底、理解できない」
「メリー、多次元宇宙ではごくごく普通にあり得ることだよ。八雲蓮子が言ってることは、正しい」

蓮子が私の肩を抱きながら言った。
八雲蓮子が、分かっていただけたようで何よりと言って笑った。

「霊夢と魔理沙、じきに元の時代、元の幻想郷に戻してあげるわ。あと数分、待ってね」
「私からも、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「いいよ霊夢。応えられる範囲ならば」
「紫のオペレーションが無かったのは」
「私側の紫が、この時代に飛ばしたからだね」
「時間を跳躍すれば賢者の監視から逃れられるんだ」
「そうとも言える。まあ場合によるかな」
「分かった。いや分からないけれど、分かったわ」
「魔理沙は質問ある?」
「なんか色々だが、今回私は仕事を全うできたんだな?」
「そうね。きちんと、調整通りだわ」
「なら満足だ」
「12代目の巫女様は?」
「私は、霊夢と暮らせるんだな?」
「あ、それ私も聞きたい! 私って巫女様と一緒に暮らせるの?」
「うん、二人とも一緒に神社で暮らせるよ」

霊夢が、やったぁ! と歓喜の声をあげて、先代に飛びついた。
先代も優しくそれを抱きしめ、頭を撫でている。
その様子を見た八雲蓮子が、待ったをかけた。

「ちょっとまって、あなた達、誤解してるね」
「え? どういうこと?」
「霊夢が過ごしたのは、先代が行方不明になったパラレルよ」
「そうだね。私、頑張ったんだから」
「先代はこれから、霊夢が幼少だったころの時代に戻る。どうなるか、分かるよね?」

霊夢の笑顔が消えるのは一瞬だった。
あまりにも痛々しい表情の変化だった。

「そ、そんな! いやだッ! どうしてそんな!?」
「イヤだって言っても、仕方ないよ。次元の調整だもの」
「次元の調整だと? ふざけるなよ八雲蓮子。死にたいのか?」
「ちょ、脅しても無理なものは無理なんだから! 怖い声出さないでよ!」

先代は幼少の霊夢に合流するが、それは別パラレルの話である。
今ここにいる霊夢は、先代が失踪してしまったパラレルを過ごしている。
よって失われた幼少時代は二度と帰ってこないのだ。

だから、先代がこれから共に生活する幼少の霊夢は、今の霊夢とは別人だし。
霊夢が帰った後に合流する先代も、別パラレルの人という事になる。

「記憶はもちろん、DNAの要素全てが全く同じだから」
「先代は、たった一人よ! それにそんなこと、耐えられるわけないわ!」
「八雲蓮子、お前は人間的に破綻している。言い方を変えれば、クソやろうだ」
「指示書を見ると、そういう風に説明しろって書いてあるんだもの」
「心が痛まないのか八雲蓮子? お前が同じことをされたらどう思う?」
「ごめん。謝ることしかできないけれど、そういう調整だから」
「人格破綻者め。恨むぞ。強く強く、祟ってやるぞ」
「私から先代を取り上げたことを、いつか後悔させるわ」
「ごめんなさい。ほんとに、言葉も無いわ」
「幼い子供が十年以上も耐えてきたのに、その努力を裏切るんだぞ?」
「やっと会えた育ての親を取り上げて、そっくりの別人で我慢しろと言うの?」

八雲蓮子が伏せていた顔をいきなり上げ、怒鳴って反駁した。

「もう! 責めるなら賢者会を責めてよ! そんなこと言われても私は知らないわ!
 私はただ単にそう言う風に言えって指示されただけなのよ! ってげふぅ!」

私は八雲蓮子へ走り寄り、その勢いのまま顔面をぶん殴っていた。
怒りで目の前が真っ赤に染まっている。自分を抑えることが、出来なかった。
その場に倒れる八雲蓮子へ追い打ち。腹部を思いっきり蹴っ飛ばしてやる。
結局数秒後に蓮子と教授から羽交い絞めにされるまで、蹴って殴ってぼっこぼこにした。

「メリー落ち着いて! 暴力はダメだって!」
「いいぞママ! もっとやっちゃえ!」
「紫は黙ってなさい!」

悔しくて悲しくて、頭がくらくらとした。
妙に視界がかすんで見えると思い腕で擦って初めて、自分が泣いていることに気付いた。
怒りと悲しみと色々な感情がまぜこぜになっていて脳内がマーブルみたいになっている。
自分が口汚く八雲蓮子をののしっていることは分かるが、どんな音を発しているのか分からない。

これだけの激怒は生まれて初めてだ。
まだまだ社会的には幼い年齢だけれどきっとこの先の人生でも早々無いだろうと言い切れる。
コンクリートの床に四つん這いになる八雲蓮子が憎たらしい。
まだまだ足りない。霊夢と先代の痛みはこんなものではない。もっとぶっ飛ばしてやりたい。
私のせいじゃないとか口走ったあの口を、あの顎を微塵のごとく砕いて二度と物を噛めなくさせてやりたい。
あいつの両足の骨を砕いで一生車椅子から立てなくさせてやりたい。クソにはそれがお似合いだ。

しかし日頃筋トレしている蓮子が二人がかりで押さえつけに来てるのだ。
羽交い絞めの拘束を力の限り暴れて振りほどこうとするが、到底かなわない。

「メリー! 深呼吸よ! 深呼吸! ほら吸って! 吐いて!」
「落ち着けなんて無理よ! あのクソを許せるの!? あんな、あんな野郎!」

そうやって暴れていて唐突に、手足がぴたりと拘束されるのを感じた。
霊夢が私に向かって手を伸ばしていた。札が、私の両手両足に貼られていた。

「私の為にそんなに怒ってくれるんだ。ありがとうメリー」霊夢が言った。
「でも、我慢しなきゃいけないって事もあるのね。分かったわ」

そう霊夢が諦めたような口調で言う。足元に視線を落とす。
バーサーカーの如く暴れ狂う心のエンジンが急速にしぼんで行くのを感じた。
自分の荒い呼気が聞こえてくる。暴れ牛みたいだ。だがそれも、段々と落ち着いてくる。

ややあって私は強い倦怠感を覚え、先ほどの様なアグレッシブさは一片残らず喪失した。
蓮子と教授の羽交い絞めが、解けた。札も剥がれて落ちた。私はぺたりと腰を下ろす。

「メリー、落ち着いた?」
「え、ええ。私、取り乱しちゃって」
「マエリベリー・ハーン」
「はい」
「暴力は、だめだ」
「はい、反省します」
「八雲蓮子。怪我はどうだ、見せてみろ」
「おお、いてててて、気合いの入ったラッシュだったわ」
「ごめんなさい。手が出たのは悪かったわ」
「大丈夫、慣れてるから気にしないで。私も、さっきの言い方は無かったわ」

先代が八雲蓮子の怪我を左手で撫でる。
見る見るうちに傷が癒えて行く。魔法みたいだなと思った。

「さてと、」と先代が不愛想な声で、怪我が治ったことを見てから。
「処遇を決めなければならないな」
「ま、まだ殴られるの私は!? 暴力反対!」
「お前じゃない。結界省の人間達」

戦意喪失する徹。それを気遣う圭。
14人の結界師たちはちらほらと意識を取り戻し始めているようだ。

「それに、秘封倶楽部の二人だ。八雲蓮子、二人は秘密を知ったぞ。解放しても良いのか?」
「あ、そういうこと? うん、いいよ。ここに来たのも二人の選択だし」
「だそうだ。外まで亜空穴で送ってやろう。どこが良い?」
「結界師さんたちは、どうするの?」

私が質問した。
先代が無表情のまま答える。

「賢者会にあるべき対応を求めるだけだ」
「まさか、殺すの? それだったら、イヤだな」
「賢者たちも感情を持っている。人道的な判断をできる人ばかりだ」
「八雲蓮子の判断を聞いてからだと、全く信用に欠けるわ」
「それは確かに否定はしないが」
「でしょ?」
「ひ、酷い言われようだわ。……仕方のない事だけどさ」
「八雲蓮子。任せて良いな?」
「ええ。きちんと」
「任せるぞ?」
「え、ええ」
「という事だ秘封倶楽部。これで終わりだ」
「うん、まあ、仕方ないね」
「もう元の生活に戻れ」

先代が床へ亜空穴を開け、急き立てる様に指差した。

「あ、ちょっとまって先代。忘れ物」
「なんだ?」
「教授に端末預けたままだったわ」

蓮子が走り寄って端末を受け取る。

「教授と紫は、この後どうするの?」
「少し先代たちと話をしてから、あなた達に合流するわ」
「そっか、教授たちは先代と話をしてないんだもんね」
「色々と聞いたことはあとで報告するわ。合流する場所はどうする?」
「じゃあ今昼前だから、13時に53号室で待ち合わせしましょうか」
「あと三時間ちょっとね。うんそれくらい時間があれば十分。待っててね」

私は、先代と霊夢と魔理沙の三人へ向き直った。

「先代、色々とお世話になりました。霊夢に魔理沙、幻想郷に行ったら、またよろしく」
「うん、あなた達から見たら何年後か分からないけれど、また幻想郷でね」
「私からしたら過去の話だが、幻想郷で待ってるぜ」
「元気でね。向こうの私たちによろしく」

霊夢が、何かに合点が言ったという様に、眼を瞬いた。
私を見て特別な思考が働いたかのように、目つきを一瞬だけ変えて、そして笑った。

「また会いましょう、か。そうねメリー、また会いましょう」
「良い言葉でしょ」
「ええ、でも、必ず会いましょうね」

私はこの霊夢の言葉に、一抹の不安を抱いた。
だけど別れの場である。ここは黙ってうなずくだけにしておく。

亜空穴をくぐり、私と蓮子は外の世界に帰還した。



外の世界に戻ってから、蓮子と二人でかつ丼を食べた。
足らなかったので、ファーストフード店へ行ってハンバーガーを食べた。
デザートにクレープを食べた。そうして満腹になった。

53号室へ行く。私も蓮子も、アイスコーヒーを頼んだ。
席に着いた時点で12時45分だった。少し待てば教授たちが来るだろう。

「それでさメリー」

蓮子がアイスコーヒーをかき混ぜながら言った。

「ここで、八雲蓮子と、八雲紫に会ったんだね?」
「そそ。ナンパ紛いの話しかけ方で、あまりにも常識外れだったからさ」
「それであんなに怒ってたんだ」

たった一週間前の事なのに、今となっては遠い昔の出来事の様に思える。
私たちへ直接働きかける調整はあそこから始まっていたのだ。
蓮子がおかしくなり、教授と紫に会い、徹と圭に会い、先代に会い――。
とても凝縮した一週間だったと思う。ほとほと感慨深い。

「とりあえず一段落したけど、ここに来たら八雲蓮子に会えるかなぁと思ってね」
「っていうかこのチェーン店、八雲紫がオーナーだったんだね」
「そう言う事になるね。っていうか八雲紫って言うと、教授の紫とごっちゃになるんだよ」
「仕方ない。私の事を蓮子って呼ぶと、教授なのか八雲蓮子なのか分からんし」
「でも教授が蓮子の部屋の生体認証を通った時は驚いたわ」
「静脈も全部同じだからね」
「それでも私は、蓮子が一番好きよ」
「うん、別パラレルのあなたを10人横に並べても、私はメリーを見分けられる自信があるよ」
「いやそれって全員メリーだし。でももしそうなったら私、全員であなたを愛でるわ」
「か、体が持たない。いや、メリーハーレムもいいかも知れない」
「今更だけど、なんだか低俗な話題ね」
「夢があっていいよ」

二人で笑った。

適当に飲み物を飲んだりパンを食べたり、あとは文字を読んだりして、時間を潰した。
15時になった。まだ教授は来ない。私は眠くなってしまい、うとうととしてきた。
教授が来たら起こしてあげるから、寝てていいよと蓮子が言ってくれた。
お腹がいっぱいで程よい喧騒の空間の中、幸せな気分で微睡へ身をゆだねる。

起きたら、17時だった。まだ来ないそうだ。
蓮子がもみ上げを指で弄びながら言った。

「おかしいなぁ、何か別の用事で時限を使ってるのかな」
「機器の故障とか、は考えられないか。向こうは好きな時間へ飛んで来れるんだから」
「いいや、あながちあるかも知れない。そうなったら私たちは、凄く困るけれど」
「でも故障だったら直せばまた飛んで来れるじゃん」
「まあそうなんだよね。直せなくなったとかの可能性はある」

ああでもないこうでもないと蓮子と話していて、19時になった。

「なんで来ないんだろ」
「でも、妙な話だよね。最初はアンノウンの不審者扱いで、私ったら凄く怖がってたのに」
「今は来ないって言って嘆いてるのね。確かに妙と言えば妙だけれど、面白い話だわ」

結局帰ることにした。
どうせ向こうは好きな場所、好きな時間に飛んで来れるのだ。
向こうの都合でまた会えるだろう。

天丼を食べた。そうしてから蓮子と別れ、自宅へ。
自室はきちんと凍結されている。警備会社へ電話。解除。
部屋に進入。八雲邸へ向けて出発した時のままの状態。

あ、八雲邸に着替え置きっぱなしだ。
明日にでも取りに行かなきゃいけないね。

風呂に入り、歯を磨き、適当にゴロゴロとしていたら22時になった。
もう寝ようと思った。電気を消してベッドへ横になる。

明日の大学の講義日程、どうだったかしら。
まあいいや、今から確認するのもめんどくさい。
大学と言えば、結界省の内定通知の受諾も忘れていた。
明日蓮子と話しあって決めよう。きっと断ることになるだろうけど。

一週間の出来事を反芻して目を閉じた。
やっぱり最初に思い出したのは、ユディの獣の匂いだった。



夢は見なかった。



「メリー、起きて。メリー」

蓮子の声。私の肩を揺さぶっている。
心地良い覚醒の感覚。眠りから浮上する。

自室の暗がり、蓮子の顔が私を覗き込んでいる。
帽子を被っているが、着ている服はパジャマに上着を羽織っているだけだ。
寝起き、という感じ。髪もぼさぼさとしている。梳かしていない。

「おや、蓮子? 私の部屋にいらっしゃい」

私は寝返りを打ち、ベッドの脇に立つ蓮子の方を向く。
そうしてから、蓮子の隣にもう一人、人影があるのを確認した。
寝ぼけ眼を擦りじっと目を凝らす。

金色の髪、紫色のワンピース、肘ほどまである白い手袋。
顔は、生き写しの様に私そっくり。しかし若干、疲労の陰がある。

これが誰か瞬時に理解し、頭脳が驚きで覚醒する。
私はベッドから起き、マエリベリー・八雲を指差して言った。

「蓮子、なんでこいつと一緒にいるのよ?」
「教授のパラレルでクリティカルな問題が起こったみたいなの」

蓮子の口調はまじめそのもの。重大だとか、大きなだとかではなく。
“クリティカルな問題”という形容が、いかにも余裕がなさそうだった。

「教授が来れなかったことに直接関係があるくらいの問題よ。起きれるメリー?」
「うん、大丈夫」私はベッドから飛び降りた。
「何か必要なものはある? 戦闘になるの? 武器とか必要?」
「靴を履いて、上着を羽織ってくれればあとは要らないわ」

マエリベリー・八雲こと、妖怪メリーがそう言った。

「力を貸してほしいの。寝てる所ごめんなさい。でも、急いで」

何度かこちらに乱入してきた様子とは全く違う。
余裕が無い。目に力が無い。憔悴し切っている。
喋り方も急かす感じでありながら覇気がない。

この様子だけを見てもただ事ではないと分かる。

「何があったの? 大丈夫?」
「あっちに向かいながら説明するわ。来てくれるのね、ありがとう」
「? なにがありがとうなの?」
「私、あなた達に色々なことをしてきたから、てっきり協力してくれないかと」
「…………メリー、急ごう」
「そうね」

玄関に行き、サンダルと普段靴とがあったが。
下駄箱からスニーカーを取出し両足を突っ込んだ。

「いいよ。行ける」
「手を繋いで。合図するまで絶対に離さないで。良い?」
「いいわ」

興奮と高揚で恐れは感じなかった。
それに、蓮子が一緒だ。ならば、大丈夫だ。

自室リビングで三人手を繋ぐ。
妖怪メリーの手が、震えていた。

「行くわよ」

その声で、周囲一帯の景色に驚くべき変化が起こった。
ペンキで描かれた絵を洗い落とすかのように、周囲の景色が一斉に捻じれて解けて消えた。

「すごい」蓮子の声が聞こえた。「ここって、四次元空間?」
「そうよ。一瞬だけど、これから五次元に行って、パラレルを移動して、三次元に戻る」
「今手を離したらどうなるかな?」
「次元の狭間に吸い込まれて戻っては来れないわね」
「三次元の生物は、四次元以上の世界を感知できないんだわ。だから、暗闇なのね」
「さすが蓮子ね。でも、正確には違うわ。三次元の壁が、四次元空間にはひしめいている。
 私達の眼は光を感知するけれど、四次元以上はそれ以外の要素なの。分かる?」
「うん、分かる。二次元空間に明るさという概念は無いものね。それと同じなんだね」
「ごめん蓮子。私はあんたたちが何言ってるかさっぱりわからない」
「二次元空間ではね、女性が外を歩く時は、お尻を振りながら歌を歌わなきゃいけないのよ」
「なんでそんなことをする必要があるの?」
「人を殺しちゃうからね。安全策なのよ」
「なるほど、わからん」
「あと数秒で着くから、このまま待ってて」

私は手を一層強く握った。
景色が、戻ってくる。

出発の様子を逆再生にした時の様に、景色が辺りへ伸びてきて、着色してゆく。
着地した。工場みたいな建物の中にいるという事は、分かった。

コンクリート敷きの細長い廊下。彼方まで続いている。終わりが、見えない。
後ろを振り向く。こちらも同様。地平の彼方まで廊下が続いている。
そうしてその廊下の壁を這うようにして無数のパイプが通っている。

「LHC-V4? メリー、このパイプ絶対に触らない方が良いわ」
「LHCって、加速器だっけ? 最高級のやつだよね?」
「そそ、それのV4だから、私たちの時代じゃ作れない超高性能次世代機ね。ねえ、ここって日本?」
「日本よ。ごめんちょっと飛んでくる座標がずれたみたい。さあこっちへ」

妖怪メリーの先導で廊下を進む。小走りで着いて行く。
っていうかこのメリーさん、武空術身に付けていらっしゃる。

「ねえ妖怪メリーさん、説明してほしいんだけど」
「13代目博麗の巫女は知ってるわよね?」
「うん知ってる。博麗霊夢だよね」
「霊夢が、人質を取って立てこもったの。要求のものを用意しろと」
「要求は?」
「これから言う人物を連れてくること」
「それで私とメリーか」
「そうよ。それも、指示にあったパラレルのあなたたち」
「人質は何人いるの? ここの研究者だよね?」
「一人。ああもう遅いから飛んでいくわ。掴まって」

妖怪メリーが私と蓮子をひょいと担ぎ上げ、風の様に加速した。
宙に飛んでいる。飛行している。ミサイルにでもなったかのように疾走。
この速度、身体が廊下のパイプなどにぶつかったら間違いなく骨折しそうだ。
私は妖怪メリーの体に四肢を巻きつけた。

「ごめんなさい、連れてきておいてなんだけど、あなた達の安全は確保できないわ」
「まあそうだろうね。霊夢の要求によっては、無事では帰れないだろうね」
「でも、霊夢は要求に従わないと、絶対に人質を殺すわ。間違いなくね」
「霊夢はそんな凶暴じゃなかったかと思うけれど」
「私の目の前で何人もの人間を傷付けてきた。人に暴力を働くことを何とも思ってないんだわ。
 いい? 絶対に、抵抗しないでね。刺激もだめよ。お願い約束してね。もう着くわ」
「え? 説明は終わり?」
「終わりよ」

妖怪メリーが接近すると、廊下の脇に設置されていた扉が独りでに開いた。
疾風の如く通過。速すぎて目が回る。私は道順を覚えることを諦め、目を閉じた。

唐突に速度が落ちる。床に下ろされる。
両足で着地。目を開き、辺りを観察する。

少し広めの空間。パイプが入り乱れ、配線がむき出しになっている。
梯子と階段があちこちに設置され、巨大な機械が壁を覆う様に沢山置いてある。

数十人の人垣。一斉に振り返る。
知っている顔がちらほらある。

こちらのパラレルより大分歳を取った、徹と圭が居る。
魔女の様な服装をした魔理沙が居る。
教授を見つけた。こちらを見て手招きをしている。

私と蓮子が前に出た。
人垣の間から見えた景色に、蓮子がおおと声を上げた。

「観測機だわ。ここで粒子を観測するのよメリー」
「いや蓮子、それよりも大事なリアクションがあるでしょうに」

巨大なパイプを取り囲むように、トンネル掘削機みたいな半円が設置されている。これが、観測機である。
そしてその観測機を背景に、防護結界が張られている。

とても堅固な防護結界だ。二重結界どころの硬さではない。
先代の正拳突きで割れるだろうか。いや、不可能だろう。
第一に、今の霊夢は身体強化式を持っているのだ。

事実上、結界を破ることは不可能である。
ならばやはり、霊夢の要求にこたえるしかないのだ。

その結界の中に、巫女装束の霊夢と、――首に札を貼られて座り込む紫がいるのだった。
■本編に入れたかった小ネタ。
メリ「あれ? LHCの消費電力っていくつだっけ?」
蓮子「120MWだね」
メリ「次世代型加速器の消費電力は?」
蓮子「LHCの1200倍だね。刈谷原発が19基要るわ」
メリ「省エネの時代の人たちは大変ねぇ」
蓮子「まあ、省エネ時代で開発完了まで150年かかるって言ってたんだけどね」
メリ「地獄鳥に助けて貰おうか。それがいいと思うわ」
(気になった人はリサーチしてね!)
■蓮子とメリーが三角形になってお尻を振りながら歌を歌う様は見てみたいかも。
 いや、二人は頭がいいから四角形くらいなんでしょうかね?
■2013/8/6 修正
・題名:魔理沙と結界省たちが→魔理沙と結界師たちが
・作品最後の十行程度、誤字を修正
■2013/8/8 修正 ご指摘ありがとうございました。これは流石に多過ぎでしょ……。
・困ったもんだよな」→だよな。
・嘘じゃなねぇ→嘘じゃねぇ
・魔力を回復し、八卦炉に魔力を充填したのだ。
 魔力をリロードした八卦炉が、なぜライター程度の火力なんだ?
→魔力を充填した八卦炉が、なぜライター程度の火力なんだ?
・火事でもやって貰うぜ。→家事でも
・音を立ててガラガラと崩れさった。→ガラガラと音を立てて崩れ去った。
・「なあに? それって良い話? それとも悪い話?」→削除
・栗色のショーとボブ→ショートボブ
・間違いだっだのが→だったのが
・「待ってるぜ。私からしたら過去の話だが、幻想郷で待ってるぜ」
→「私からしたら過去の話だが、幻想郷で待ってるぜ」
・妖怪のメリーの手が→妖怪メリーの手が
・「12代目博麗の巫女は知ってるわよね?」→13代目
・歳は大分老けているが、徹と圭が居る。→こちらのパラレルより大分歳を取った、徹と圭が居る。
■道標が欲しいというコメントがあったので、ここで罪滅ぼし。
・結界に立てこもった霊夢は、指示する人物を集める様に要求した! 霊夢の目的とは?
 研究者の一人である、マエリベリー・八雲の子の八雲紫は無事に解放されるのか?
・「でも故障だったら直せばまた飛んで来れるじゃん」
 「まあそうなんだよね。直せなくなったとかの可能性はある」
→霊夢により機器が壊されることは確実。修理する事も出来なくなる。ということは……?
・博麗大結界に人柱が必要になる。メリーは人柱になる。
 というこの予言は、全ての次元を予測できる八雲蓮子によるもの。
→当時間軸の黄や賢者会の回答は、”今は”必要ない、だった。ということは……?
・次回!メリー「博麗霊夢を信じた私がバカだった」こうご期待!

読者様方のコメントで先を楽しみにしていただいたり、
また、予測が出来ないどういうことだ、などのコメントがあると、
時間をかけて組んだプロットが報われた気がいたします
あと数話で完結ですが、どうぞ最後までお付き合い頂ければと思います。
中級者のスペカ取得で気合い避け抱え落ちボム
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コメント



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9.100名前が無い程度の能力削除
ショーとボブ
間違いだっだのが

 うわーお一気に謎が解決しましたね。やたらにパラレル蓮メリが多いなと思っていたら、実は時代が異なるだけで2セットしかいなかった、と。神隠しについて、特にメリーが妖怪に同情的かつ共感的な反応を貫いていたために、ひょっとして自発的に行っちゃうのかなーなんて思っていましたが、さすがに幻想郷のいちゃらぶセットと同一人物だなんて想像もつかなかったです。
 調整。確かに、思い起こせば2話の蓮子の反応が過敏というか不条理なところがあったのですが、そこまでかかって来るとは予想だにしませんでした。すげぇ。
 結界省と軍事技術。あんな細かいやり取りまで伏線だったなんて驚きです。それから、全般を通して八雲兄弟が組織と物語に殉ずるタイプの性格、行動原理だということは描写されてきていましたが、それが最悪の形で秘封倶楽部の個人主義/快楽主義と衝突することになってしまった。まさにふんだりけったりでした。
 霊夢の狙い。パラレルの分節を最小単位たる量子の領域で観察しようということでしょうか。不確定性原理は能力(の組み合わせ)で破れる?

 これまでと同様、いやさらに増して細かい小道具や描写がリアリティに溢れていて良かったです。普段英語で研究や仕事や会議をやっている人だと、とっさのときにカタカナ語になりますよね。コンサルがカタカナ語ばかりで話すように。
 また感心するのは、登場人物たちの「東方らしい」頭の回転の速さです。十数話に渡る謎をたった数行のやり取りで論理的に解き明かしてしまう頭脳を、軒並み有している凄さ。
魔理沙「なるほど、分からん」 ← 完璧に理解した上で、腑に落ちない点、はまりきらないピース、手元の情報にそぐわない部分がある、と言っている。
とにかく理解が速く、そのおかげで話が速く進んでいます。
10.100名前が無い程度の能力削除

テンポの良さ、キャラの個性立ち、そして何より更新の速さが好きです。だけど一つ気になるのが、キャラの整理に関してかと思われます。同一人物?が多数登場するので、面倒かと思われますがあとがきなんかで関係性を改めて明らかにした方がいいかも。
生意気失礼しました。


某駆逐系男子のあの台詞は倒せないフラグなのか…注意しよう。

ちゅっちゅが見たイェェエェガァァァァァ

15.80名前が無い程度の能力削除
まずはたぶん誤字、メリー八雲の台詞で第12代ってなってますが、霊夢は13代ですよね?

色んな謎が解けて来てワクワクしてきましたが、
メリーの感情の変化が急すぎてついていけない所がありました。
16.60名前が無い程度の能力削除
理解が、理解が追い付かないぞ。良くて半分って所なんだが。

振り回される秘封の二人よりもさらに大きく振り回されております。ストーリーの進行方向と、自分が向いている方向が一致していない気がする。道標が欲しい。
23.70名前が無い程度の能力削除
>六角形手の平サイズの、木箱が握られていた。

魔理沙が普段使用している魔法具、ミニ八卦炉は八角形ですよー
あとヒヒロイカネという希少金属製なので木箱っていう表現は不適切かと。。。

マジレススマソ
内容自体は面白いです