Coolier - 新生・東方創想話

夢で逢えたら

2013/07/28 05:08:46
最終更新
サイズ
71.33KB
ページ数
4
閲覧数
5819
評価数
10/35
POINT
2180
Rate
12.25

分類タグ



「あー、疲れた! クタクタだわ」

 帰って来た紫の家、今の私にとっては我が家の縁側で両手を伸ばして寝ころぶ。
 その隣に正座でたたずむ紫が、自分の肩を揉んで溜息を吐いた。

「まさか十連続で戦うことになるとは思わなかったわね。早く布団でゆっくりしたいわぁ」
「あっ、お婆さん臭い」
「失礼ね。まだピリピリのヤンママよ」
「その発言がもうギリギリじゃないのよ」

 紫の冗談に笑って応える。
 さっきの戦いを通じて、だいぶ紫への警戒心が取れた気がする。
 今なら、紫に対して色んなことで素直に対応できる、そんな気がした。

「ほら、天子?」

 だからって正座したままポンポンと膝を叩いて、私を誘うのは行きすぎじゃないかなって思うんですけど。
 いや待て落ち着くんだ私、アレが想定上最悪のものだとは確定していない。
 一瞬だけ膝を叩いたのが誘っているように感じたけど、それは私の勘違いなんだ。
 きっとあれは紫が膝に付いたゴミを払っただけなんだ、そうに違いない。

「頑張ったご褒美に膝枕してあげるわね」

 違いました、100%完璧に間違いなく膝枕でした。
 いや、っていうかムリムリムリムリ。
 いくらちょっと距離が縮まったからって、それは接近しすぎだって。

「いやあのね? 頑張ろうってところでいきなり高すぎるハードルをぶつけてくるのは良くないじゃないかなって思うんだけどさ」
「ハードル? 何のことかしら」
「こっちの話だから気にしないで」

 「変な子ね」と紫は奇妙な言動の私に呆れているようだ。
 よし、誤魔化せた。

「それより、こっちに来て?」

 再び膝を叩いて招く紫。
 誤魔化せてなかった! まだ私を膝枕する気満々だこいつ。

「そう言ういやらしいのはみだりにしちゃダメだと思うんだ私」
「ただの膝枕じゃない」
「ただのじゃないわよ! 恥ずかしくて無理だって絶対!!」
「無理だってことは、嫌ではないのかしら?」
「ぐぬっ」

 このババア、言葉の外にあるものまで読み取ってくるから侮れない。

「その、それは……」
「嫌ではないなら、してみたら良いじゃない」
「そんな気軽に言われたって……」
「それとも、母親がこんなに頼み込んでるのに断っちゃうのかしら」

 紫は少し悲しそうに眉を潜めてじっと見つめてくる。
 こんなの悲しい振りをしているだけに違いない、違いないんだけど。

「天子、お願い」
「……あーもう、わかったわよ!」

 言葉巧みに言い包まれるたりするならどこまでだって逃げてやるつもりだったけど、こんなに真正面から頼み込まれたりしたら、逆に断りにくい。
 結局、紫の懇願に私が折れる形になってしまった。

「じゃ、じゃあ行くわよ……」
「どうぞ」

 帽子を脱いで紫の傍に近づくと、恐る恐る横にさせていく。
 非常に緊張しながらも、なんとか紫の膝の上に頭を乗せて寝転がった。

「こ、これでいいの?」
「えぇ、ありがとうね」
「別に、お礼を言われるようなことじゃないでしょ」

 膝枕はとても柔らかいし温かったけど、相手が紫なのだと思うとどうにも堪能しづらい。
 これでもし紫相手に緊張なんかせず、自然に接することができていたなら、きっと気持ちよかっただろうにと、少しだけ残念に思った。
 もったいないなぁと歯噛みしていると、そっと頭の上にしなやかな細い指が置かれて身体がこわばる。

「ふふ、いい子いい子」
「ちょ、やめてよそんな、撫でられて喜ぶほど子供じゃないわよ!」
「私がやりたくてやってるだけだからあなたが喜ぶかどうかなんて関係ないのよ。おー、よしよし」
「うー、なによそれ……」

 でも、悔しいことに頭を撫でられていると少しずつ、緊張がほぐれてきた。
 まるで氷を溶かすように、紫の手がが私の心の壁を溶かしていく。
 そのぶん恥ずかしかったりもしたけど、きっと今感じているこの温かさは、幸せと言うものに違いないと思う。

「母親をするまで、あなたがこんなにかわいい子だなんて思わなかったわ」
「かわいいとか言うなバカ……」
「そればっかりは聞けないわね。かわいい、かわいいわぁ天子」

 なのにその言葉を聴くと冷や水を掛けられたように、気持ちが冷たくのを感じた。
 温かいはずの言葉が心に沁みれば沁みるほど、冷たく針みたいに突き刺さるようで胸がギュッと痛んだ。
 なんでだろう、こんなに心地良いのに、なんでこんなに苦しいんだろう。

「……かわいくなんか、ないわよ」

 そう口に出すと、ようやくその理由が分かった。
 そうだ、私はかわいくなんてない。
 現実の紫はそんなことを絶対に言わない。

「……本当の私を知らないから、そんなこと言えるのよ」

 冷たく言葉を放つ私から変化を感じ取った紫が、頭をなでる手を止めて覗き込んできた。

「天子、どうしたの」
「所詮、あなたは夢の紫なんだから」

 かわいいなんて言葉、いくら投げかけられてもこれは夢。
 私の願望が生んだ下らない現実逃避に過ぎない。そう思うと、優しくされればされるほどむなしい気持ちが吹きすさぶ。
 どれだけ私が願っても、現実でそんなことを言われるはずがないのに。

「ねぇ、聞いてよ夢の紫」
「夢って、さっきから何を言ってるの?」
「現実の私はね、酷いやつなの」

 目の前の紫も、夢が生んだだけの虚像だと思うと、私の心の奥底の素直な部分が少しだけ顔を見せてくれた。

「現実じゃ、私と紫はいつも喧嘩ばっかりしてる。出会ったときに一度争ったからってそれを引きずって、嫌なこと言って怒らせて。仲良くしたいって思ってはいるんだけど、いつも実行には移せないで、つまらない意地ばっかり張ってまた喧嘩になって」

 思い返しても嫌になる、けど向き合わないと変えられない。
 私は本当の紫と仲良くしたいから、言わなくちゃダメだ。

「ねぇ、かわいいって言うのはもうやめて。私は紫の夢を見たいって思ったけど、それは現実の紫と仲良くするための練習のため。甘えるために夢を見たいんじゃないから、だから……」
「……もういいわ、天子」

 続けようとした言葉を、優しげに微笑んだ紫にさえぎられた。

「そんなに自分を追い詰めて頑張らなくてもいいのよ」
「へ?」

 紫の言葉は私の考えと噛み合わなさ過ぎて、何を言っているのかわからなかった。

「あなたが言うとおりこれが夢だったとしましょう。でもそれに甘えて何が悪いの?」
「紫、何言ってるの……?」

 やっぱり、変だ。
 私は起き上がって妙な言動を放つ紫から離れるが、紫は動じることもなくただ微笑んでいる。
 その笑顔が得体のしれないもののように感じるのは、私の錯覚か。

「あなたが私と仲良くなりたいと考えていてくれたなんて嬉しいけど、わざわざ現実の私に求める必要はないわ。この夢の中でなら、私はあなたをこのまま愛でることを誓うわ」
「そんなの――」

 その言葉に危機感を感じて口を開こうとしたら、紫の指が伸びてきて私の口元をそっと軽く押さえた。
 なんということか、ただそれだけで、私はもう何も言えなくなってしまった。
 紫の目が、表情が、紫の全身から漂う妖しげな空気が、私の気力を霧散させるように削いでしまう。
 こんな紫を私は知らない、それともこれは私が無意識に感じていた紫の本質の力なんだろうか。

「朝は小鳥のさえずりと共にあなたを起こしてあげるわ。昼は出かけるあなたを見送ってあげる。夕方には帰ってきたあなたを迎えてその日のことを聞いて、夜にはあなたを撫でて寝かしつけてあげる」

 紫の言葉が耳朶から入り込み、甘い毒のように私の脳裏を溶かしていく。
 今まで何度も正面から叩き潰しにこられたりしたけど、容易に私の心を浸食してくるこれと比べればずっと生温いと今わかった。
 あらゆる意思を挫いて有無を言わさず籠絡する魅力が、この紫には存在した。

「あなたの望み物をすべて与えてあげる」
「すべ、て――」

 逃げ、ないと、だめだ。

「――なら幻想郷の半分を私に」
「それは駄目」

 明らかに無茶すぎる私の要望に、紫はジト目で空気読めよと語りながら駄目出ししてくる。
 けど、お陰で一時的に私を飲み込もうとする空気が緩み、わずかだけど抜け出すことができた。

「っていうかバカじゃないの!? 夢の中で私を愛するとか。そんなの私は望んでいないわよ!」
「母親にバカだなんて酷い娘だわ」
「あんたなんて親でも何でもないわよ。ただの敵よ!」

 調子が戻った途端、さっきまで止まっていた警鐘がうるさく鳴り響く。
 口元を押さえていた紫の手を弾いて緋想の剣を取り出した。

「あまつさえ親に刃を向けるなんて、やんちゃにもほどがあるわね」
「うるさい! やっぱりあんたと仲良くなんて、例え夢の中だろうが最初から無理だったんだわ。どこから愛がどうとかいう話が出てくるのよ」
「だってあなたがそう望んでいるんだもの。私にはわかるわ」
「なによその物知り顔!」
「じゃあ、なんであなたなはこんな夢を見ているのかしら」

 語られた核心は、まるで心臓を握られたようだった。

「私が母になった夢を見た、それが何よりもあなたの願望を表わしているじゃない」

 まさか本当に、今しがた紫から語られた、こんなものが私の望み?
 きっと困惑しているんだろう私の顔を見る紫は、優しげな笑みで緋想の剣の刀身部分をその手で握りしめた。
 展開された高密度の気質にジュッと焼けるような音がなって、紫の手から煙が上がる。

「な、なにし」
「もし、私の愛を否定するのなら、私の胸を刺しなさい」

 剣先を胸に当て、紫は静かにそう言い放った。

「貫いて、殺しなさい。そうすればこの夢は終わるわ」
「……やって、やるわよ。やって!」

 力を込めようとする手が震える。
 刺せば終わる、夢は覚める。
 薄い煙の向こうで、微笑んでくる紫を血で染めることができれば。

「やって……」

 夢の中での一日が思い返された。
 私の母として、おはようと言ってくれた紫。
 一緒にご飯を食べて、話して、出かけて、共に戦った紫。
 現実にはあんなに仲が悪くて、夢の中でも散々いじり倒されたのに、それでも。

 悔しいことに、今日と言う日は楽しかった。



 どこかで意思が挫かれた音がして、気が付けば緋色の輝きは消えていた。
 うんともすんとも言わなくなった緋想の剣が、自然と開いた手からこぼれ落ちてカランと乾いた音を立てるのを茫然と見たいた。
 力が入らずうつむいた顔から、視界の端に紫が嬉しそうに口を歪めるのが見えた。

「母が娘を愛するように……いや、それ以上の寵愛を与えてあなたの心を温めてあげる。あなたをこの世の害悪すべてから守りとおしてあげる」
「あ――」

 紫の腕が広がり、私の身体を抱きしめる。
 あんなに嫌がっていたのに、私はその抱擁に抵抗することすらできず腕の中にしまわれた。
 さっきの膝枕もそうだったけど、これはそれよりずっとあたたかくてやわらかくて、身体の力が抜けていく。
 あまりの心地よさに声も出ない。

 ずっとこうしていたい。

「良い子ね……」

 満足げに呟く紫が私の髪をかき分けて、額にそっと口づけをしてくれた
 ほんのわずかに感じた柔らかな感触に、脳がとろけそうだ。
 腕の中でうなだれる私の耳元に、紫が優しく語りかけてくる。

「あなたを、心の底から愛してあげるわ」
「それ、は――」

 ――ああ、きっとそれは素敵だ。
 紫の抱擁は、絶対的な加護であると私の心を安心させてくれる。
 指一つ動かしもせず、ずっとこの気持ち良さに溺れていられたら幸せだろう。

「だからうなずきなさい。比那名居天子は八雲天子として、私の娘になると」

 今日みたいな日がずっと続く。
 楽しくて夢のように、毎日を紫が彩ってくれる。
 たくさんの愛を紫から与えられるんだ。



 ただ一方的に。



「……イヤ、だ」

 溺れながら息も絶え絶えに口から絞り出せた言葉は、自分でも意外だった。
 顔を上げて紫を見上げると、向こうも予想に反したか驚いたような顔をしていた。

「どうしてなの天子?」
「どうして、って」
「あなたを永遠に愛してあげるのよ? 救い続けてあげるのよ? 断らなければ、私があなたを幸福に導いてみせると言っているのに、何で……」

 まったくだ、こんなに美味しい話を断ることなんてないのに。
 なんで私は紫の胸を押して、腕の中から抜け出しているんだろう。

「……でもそれじゃ、私から紫に何もしてあげられない」

 未だ霧がかった頭から、引き出された言葉が答えだった。
 ハッキリとしてきた頭が、紫の目が大きく見開いたのを認識した。
 自分の意思を確認すると、止まっていた血が巡るように全身に活力が戻ってきて手を握りしめる。

「……紫。歯ァ食いしばれ」
「は?」

 呆気に取られる紫の前で拳を振りかぶり、渾身の力を込めて紫の顔面に叩き付けた。
 一瞬その綺麗な顔が歪む様がスローモーションで見えた直後、頭から吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた紫がわずかばかり意識が飛びかけたのか、ぐったりした身体をピクピクと痙攣させる。

「な、が……!?」
「ふー……」

 次に力が入った瞳で自分の握り拳を見つめ、自分の顔に一発キツイのをぶちこむ。
 想像以上に痛くて涙が出そうだったけど、これで完全に正気に戻った。

「な、何をするのよ母に向かって!?」
「うっさいわよ、私たちの関係を思い出させてやっただけでしょうが!」

 殴られた頬を抑えながら我に返って叱りつけてきた紫に、指を突き付けて言い返した。

「私とあんたはずっとこうだったでしょ! お互いに嫌いあって、お互いに罵り合って、お互いに傷つけ合って! 勝負に負けて優劣くらいは決まってたかもしれないけど、立場としては対等だったはずでしょうが。なのに私だけが愛されるようなら、あんたはどうなるのよ!」

 心からの叫びに紫は茫然と私を見つめてくる。

「私だけが全部手に入れるだけなんて、そんなのあんたが割に合わないでしょうが」
「別に私はそのくらい……」
「よくない! あんたが良くても私が良くない!」

 今の私は傍目にはヒステリックに喚き散らしてる駄々っ子に見えるかもしれない。
 これだけは例え紫が相手であってもゆずれないという、私の最大のわがままだった。
 今まで傷つけてしまった分、いやそれ以上に、私からも紫に色んなものをあげたいから、娘なんて上と下が決まっているようなもの、絶対にイヤだった。

「あんたが私を幸せにするて言うなら、私も紫を幸せにしてやらなきゃダメじゃないのよ!」

 娘じゃできないことがきっとあるだろうから、紫とはあくまで対等にいたい。
 紫が楽しませてくれるなら私も紫を楽しませる、愛してくれると言うのなら愛し返す。

「紫、一緒に起きて、話しましょ。二人で一緒に遊んで笑って楽しみましょ」

 じっと紫の目を見つめて語りかけながら、紫に手を伸ばす。

「……それができるかしら、争ってばかりいた私たちに」
「できるわよきっと」

 確信が持てないでいる姿がもどかしくて、私は伸ばした手で紫の手を取って握りしめた。
 手の平から紫から私に、私から紫に、お互いに体温が伝わる。

「今の私たちは、この感覚を知ってるでしょ」

 夢を見る前の私と、今の私とで決定的に違う点がそれだ。
 お互いのあたたかさを、それを心から知っている。
 それをわかった紫はようやく観念したのか、納得したように手を握り返してきた。

「……そう、なら大丈夫よね」

 その時、どこかで世界が崩れる音がした。
 紫がそっと目を閉じると、私の視界も暗転する。
 闇の中に放り出され、現実に引っ張られていく感覚。
 現実での確かな目覚めに向かう中であっても、手に触れた感触だけは消えることがなかった。



 ◇ ◆ ◇



 目を開く。
 見慣れた自室の天井を前にゆっくりと目を閉じ、私は大きく息を吸い、口から吐き出した。
 そしてもう一度目を開くと、手を握りしめてしっかりと言葉を口にする。

「おはよ、紫」
「……えぇ、おはよう」

 身を起すと、私の手を握ってベッドに座る紫が、少し気まずそうに挨拶を返した。
 目の前の光景に驚くことはない、起きる前から予想してたことだ。

「……いつ、気付いたのかしら。私が夢に入ってきていると」
「最後の最後によ。こんな能力の使い方もできたのねあんた」

 つまりはそういうことだ。
 妙に現実味のあるあの夢は、紫の介入によって成り立っていた世界だったわけだ。

「ちょいちょい、紫」
「なにかしら?」

 繋いでいた手を離して手招きする。
 不思議そうな紫の顔が近づいてきたところで、そのまま手を閉じてその額に鉄拳をブチ込んだ。

「いたっ!? 何するのあなた!」
「なにするわじゃないわよ、最後のアレこそなによ! 一発で許して貰うだけありがたいと思え!」
「二発目でしょ!」
「あれは夢の中だからノーカンよ、それよりもよ!」

 話し合うとは言ったがこればっかりは譲れない。
 最後の問答において、紫は間違いなく本気で私を堕落させようと語りかけてきていた。
 むしろ八つ裂きにしようとせず、一発で済ますだけ大きな進歩だと胸を張りたい。

「なによ? 飴でも与えて、好きなようにできる下僕でも作ろうとしたわけ?」
「そ、そんなのじゃなくて、ただ……」

 珍しくうろたえまくりな紫を前に、腕を組んで睨みつける。
 おどおどした紫は、やがて意を決すると胸の内を明かした。

「……あなたと、仲良くなってみたくて」

 紫から語られた短めの真相は、本当なら驚くべき所なんだろう。
 でも何故かそのことを、私はすんなりと受け入れることができた。
 いや、多分わかってたんだ。
 夢の中で紫を触れて、紫の心をほんのちょっとだけ理解した。
 その時に、紫も私と仲良くしたいと思っていると言うことを心で知っていたんだ。

「それで軽く洗脳すれば、現実でも上手くいくんじゃないかなと思って」
「うわぁ……」

 でもその結論はないわ、うん。
 理論が飛躍しすぎだろと思うが、相手は妖怪だし多少価値観が違うのは当然か。
 こいつは妖怪の中でもとびきりの変人だし。

「……はぁ、ただそれだけで人の心を操ろうとするとか、妖怪の気はしれないわ」
「今回は、流石の私もやりすぎたかなと。最初はそんなつもりはなかったんだけれど、どうしても仲良くなりたいと思ったらつい」
「もういいわ。一発で許すって言ったのは私だし」
「二発だけどね」
「しつこいわ」

 今回の事の発端は紫の純粋な願い。
 それを否定する気には、今の私にはなれなかった。

「でも終わってみたらあっけないもんね。全部アレって紫のせいで見た夢! ですよねー、じゃなきゃあんな夢見るはずないもん」
「いや、アレのほとんどはまぎれもなくあなたの夢よ」
「……んん?」

 いま、このババア、聞き捨てならないことを言ったような。

「どゆこと?」
「昨日の夜、スキマであなたが枕の下に私の切り抜きを置くのが見えてね」

 何でそれを見ていたのかと気になったが、問い詰めても仕方がないので話を進めさせる。

「それで夢の中で私を倒すイメージトレーニングでもしようとしてるのかと気になって侵入したら、どうやら私と親子になった夢を見るようなのがわかってね。そこからちょっと弄って現実っぽくしたり、若干話に脚色を加えたりしたけど、夢の骨子はまぎれもなくあなたから作りだされたものよ」
「……マジで?」
「マジよ」

 あれが私が一人で描いた夢?

「……ママ友会も?」
「あっ、それは私の」

 良かった、とりあえずそれだけは私でなくて良かった。

「驚いたわ、あの天子がそんな夢を見るなんてね。嬉しくて今回は意地を張ることなく、誠心誠意母親をやらせてもらったわ」
「誠心誠意やってアレかい」
「ふふ、おちょくってみたらとてもかわいい反応をしてくれて楽しかったわ」
「だからかわいいって言うなつってんでしょ!」
「今度は現実のあなたまで含めてかわいいと言っているのよ」
「余計悪いわバカ!」

 小恥ずかしくて近くにあった枕を投げつける。
 上手く顔にクリーンヒットしたけど、その下から覗いた顔には笑顔が残ったままだった。

「今からでも私のことを母さんって呼んでもいいのよ天子ちゃん?」
「しないわよそんなこと!」

 思いっきり睨みつけてやっても、紫は堪えずへらへら笑っている。
 そんな質問、二度もぶつけるものじゃないだろうに。

「っていうかアレがやっぱり私の夢だとしてもね、いや夢として一度見たからこそお断りよ。あんたと私は対等よ、親子なんてあからさまな上下関係になってたまるかってのよ!」
「ふふ、そう……」

 紫は静かにそれだけ言うと、嬉しそうに笑みを浮かべて目を伏せる。
 多分、言葉に出していない私の想いは気付かれてるんだろう。
 それは恥ずかしい反面で、心が通じ合ったんだと思うと嬉しくもあった。

「……なんであなたと喧嘩なんてしていたんでしょうね」
「私が意地張ってたのが悪いだけでしょ」
「それは私も同じね、柄にもなくあなたにだけは突っ張って……ごめんなさいね」
「……こっちこそ、その、ごめん」
「まぁ、お互いに色々と間が悪かったのかしらね」

 確かに私だけが悪いわけでもない、私も紫も両方が悪かった。
 なんてことない事実だけど、それを知れたのは良かったことだと思う。

「これからどうしようか」
「そうね、とりあえずは」

 私に向き直った紫が、改めて手を差し出してきた。

「よければ、一緒に朝ごはんでもどう?」

 初めの一歩としては、そう悪くもない。
 納得した私は、あたたかな紫の手を握り返す。
 ふと夢の中で頭をなでてもらったことを思い出した。
 もう一度、今度は現実であんなことをし合える関係に私たちはなれるだろうか。

「あーん、とかはごめんだからね」
「そんなの夢でもなければしないわ」
「あっそ、なんでも良いけど」

 こうして私たちはようやく正面から向き合うことができた。
 けっこうな時間がかかったけど、それについてはもう過ぎたことなのでとやかく言っても仕方がない。
 それに夢の中での共闘を思い出して、ここまで争ったからこそ築ける関係もあるだろうと思う。
 少なくとも、ただこうして触れ合っているだけで嬉しいと感じられるのは、今まで喧嘩してきたおかげなんだろう。

「あっ、ちょっと待って私まだ寝巻のままだし着替えないと」
「面倒臭いわ。そのままでいいからウチに来なさい」
「イヤよそんなみっともな、コラ引っ張らないでって!」

 とにかく全部これからだ。

「あぁそうそう天子」

 開いたスキマに私を連れ込もうとしていた紫が振り返る。

「これからよろしくね。いじくり倒すから覚悟しておいてちょうだい」
「こっちこそよろしく。迷惑掛けられて泣かないように注意しなさいよ」

 言いきった後で、紫と二人してプッと吹きだす。
 本当は仲良くやろうと思ってるのにこの言いよう、私も紫もまだ素直にはなりきれないみたいだ。
 それはそれで私たちらしくて良いかもしれない。

 今はただ、この新しい友達とどんな話をしようか考えて、期待に胸を膨らした。

コメントは最後のページに表示されます。