Coolier - 新生・東方創想話

夢で逢えたら

2013/07/28 05:08:46
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 異変を起こして以降、私はそれなりに友達に恵まれて日々を謳歌している。
 多方面に迷惑かけまくった私だけど、幻想郷の人妖は騒ぎに対して大らかなのが多いのと、人のこととやかく言えないようなやつらが多いので割とすんなり受け入れられた。


 …………約一名を覗いて。





 ◇ ◆ ◇





 夜の博麗神社。
 今日も今日とて人妖どもが酒を持って集まり宴を開いていた。
 だがなんということか、そのムードは極めて暗く、かつ重く、ピリピリとして緊張感あるものとなっていた。
 その中心にいるのが、比那名居天子と八雲紫の両人である。

「おい、誰だよ天子誘ったの。あいつ誘うのは次だって言っただろ……!」
「仕方ないでしょ。あいつがこっちの都合とか聞くはずないんだから。今日の宴会を嗅ぎつけられた時点で詰みでしょ……!」

 宴会場の隅で、霊夢と魔理沙が脇腹をつつき合いながら責任の所在を追求する。
 ほとんどの場合で博麗神社での宴会は参加者を制限したりせず、誰だろうがまとめて受け入れどんちゃん騒ぎになるのが基本である。
 だがその中において、いつのまにか暗黙の了解となるものができあがっていた。



 かのスキマ妖怪と不良天人を同席させてはならない。



 本来は楽しく騒ぎながら酒を飲むはずだった者たちは、ある二人を中心に距離を置いて、固唾を飲んで事のなりゆきを見守っていた。

「さっきから人のことを睨みつけて、相変わらず躾のなっていない小娘ね」
「あぁん?」

 今回先に仕掛けたのはスキマ妖怪、八雲紫の方からだった。
 それに対する比那名居天子も、挑発するような姿勢を崩さずあからさまに神経を逆撫でするな声を上げる。

「あらやだわ、そんな怖い声を出してどうしちゃったのかしら」
「どうして? ふん、どんな状況かもわかっていないの? こういうの見てると、老いてボケたりしない天人で良かったと心底思うわ」

 呆れるように肩をすくめる天子に、紫が頬をピクリと痙攣させ眉を潜めた。

「そもそも躾って言葉が野蛮だわ、言葉遣いの端々に性格って現れるのよね。注意されたことないの? あぁそうか、偉そうに上でふんぞり返ってるから誰も言えないんだ。迷惑ね、こういうのって老害って言うんだっけ?」
「……あらぁ、想像力がたくましいわねぇ」

 ぶつかり合った殺気に負けて空気がきしむ。
 近くで料理の器に突然ヒビが入ったのは偶然ではないだろう。

「あははははははは……」
「うふふふふふふふ……」

 不気味に乾いた笑い声が場を支配する。
 両者ともわかったのだ、今回もまた目の前の人物とは相いれることはできないのだと。

『殺ス!』

 攻撃的な宣言とともに、二人は邪魔なものが多い宴会場から飛び上がり空中へと躍り出た。
 そのまま神社から距離を取りながら矛を交え合う。

「はーい、はーい。宴会再開ー」
「ようやく終わったなぁ。ほら、みんなさっさと飲もうぜ」
『うぇ~い』

 霊夢と魔理沙が場を仕切りだすと同時に静まり返っていた場が盛り返し、本当の意味で宴会がスタートした。
 重苦しい空気で痛んだ胃に、酒を流しこんで治すと言う荒治療を敢行する。

「それにしても、あいつら毎回よく飽きないわね」
「ある意味ガッツがあるのは天子の方だな。いつも負けてるくせに喧嘩売るんだから相当だぜ」
「別の方向にその気力を使って欲しいもんだわ」

 活気が溢れだす宴会場の遠くで、争う二つの影は動きを止めない。

「こんのクソババア、今日こそ落としてやるわよ!」
「やってみなさい、今度も地べたに這いずり回せてあげるわ!」

 色鮮やかな弾幕とともに、罵詈雑言を幻想郷の空にまき散らすのだった。





 ◇ ◆ ◇





「はぁ、帰ってきた……」

 今日も紫との対決を終え、ボロボロの状態でボーっと帰路についていた私は、いつのまにか帰宅していた。
 自分の部屋に入って扉に鍵を閉めると、ふぅーと大きく息をついて心を落ち着かせる。
 しばらく放心していた私は、ベッドの上に身体を預けて口をすぼめた。

「あー、もうまたやっちゃった。何やってのよ私は……」

 ギュッと毛布を握りしめながら、一人で悶々と口にする。
 宴会があると聞いて行ってみれば紫と出会い、いつも通り口論になった挙句、いつも通り喧嘩してしまった。
 その後はやっぱり私が負けて、憎まれ口を叩きながら退いて、何もかも平常運行過ぎて気が滅入る。

「……なんで、喧嘩なんてしちゃうんだろ私」

 紫と顔を合わせるといっつもこう。
 互いに悪口言い合って、争い合って。

 私も天界から降りて幻想郷に入り浸る以上、紫とはこれから長い付き合いになるし、交友を深めるのは間違いじゃないはずだ。
 このままズルズルと昔の恨みを引っ張り合って罵り合うのはよくないし、もうちょっと穏やかな間柄にするべきなんだろうけど、これが上手くいかない。
 もう紫と相対すると、悪口を言うのが板に付いちゃってて、それが中々変えられない。
 つい意地になってペラペラと紫のことを馬鹿にしてしまうし、逆に紫から何か言ってきてもそれに噛みついてしまう。

「もっと素直になれれば良いのになー」

 欲望には素直な私だけど、人間関係になると途端に天邪鬼な部分が顔を出す傾向がある。
 時には仲良くなりたいのに相手の手を跳ね除けて、褒めるべきところで相手を貶してしまったり。
 それが今まで喧嘩してきた相手なら尚更だ。

 紫に対して嫌ってるように振舞ってる私だけど、神社乗っ取りはこっちの非があることは自覚してるし、そこまで深く恨んでるわけじゃない。
 今のところ紫に対して良い印象は持ってないけど、それは喧嘩してきたからだし、少なくとも歩み寄りたいっていう気持ちはある。

 なんとかしよう、いつもそう思ってて実行に移せない。
 一体どうすれば紫と普通に接することが出来るのか。

「これはもう、かねてより計画していた作戦を実行するしかないようね」

 そう言うと私はベッドから跳ね起き、戸棚にしまっていたあるものを取り出した。
 一枚の紙の上に文々。新聞と書かれた文字、その横にはあの紫の写真が載っていた。
 それをハサミを使って身長に切り抜き、さっと枕の下に仕込んでから横になる。

 今回の作戦はズバリ、憎まれ口を叩かず触れ合えるように、夢の中で紫に慣れるのだ!
 さっすが私、これはもう天才と言わざるを得ないわね。

「……はぁ」

 情けなくてため息が出る、もうちょっとマシな作戦は思い付けなかったのか。
 そもそも下界で聞いたこのおまじないも、これだけで写真の相手の夢を見れるとか言うけどそれだって眉唾ものなのに。
 とは言っても紫に慣れると言っても、実際に会えば喧嘩してばかりで慣れもなにもないし、こんなこと恥ずかしくて他の誰かに相談なんてできないし。
 これが私一人で思い付いた限界だった。

「まぁいいや、くよくよしてないで寝よ」

 元からあんまり悩むようなタイプでもないし、泥沼に陥りそうな思考を切り上げて寝ようとする。
 徐々に思考が霞がかっていく中で、夢に見れるようできるだけ紫のことを考える。

 怒っている紫。
 戦っている紫。
 不愉快そうな顔をしてる紫。
 いつも喧嘩しかしていない私は、紫のこんな顔しか知らない。

 少し、頭を働かせて紫の笑顔を想像してみる。
 明らかに別の意味で人を笑っている顔、悪巧みが成功して笑っている顔。
 何度も脱線しながらも想像を続けて、色んな変遷を経て納得のいく紫の顔を脳内に描き終えた。

 親友に向けるように、あるいは母が娘に向けるかのように、慈愛に満ちた頬笑みをたたえた紫。



 できれば、夢の中だけでもこの笑顔を向けられていたいと、そう思って眠りに落ちた。





 ◇ ◆ ◇





 朝、布団の中で私はゆっくりと目を開けた。
 もぞもぞと布団に包まったまま動いて、目が覚めたことを自覚すると同時に、何の夢を見なかったことに気が付いた。

「……もう、なによ、まじないとか全然効かないじゃない」

 落胆しながら眠い目を擦って起き上がる。
 肩から布団がずり落ちて、大きなあくびを一つ上げた。

「ふわぁっ」
「まじない? なんのことかしら」
「枕の下に誰かの写真を入れてれば、その人の夢が見れるって言う――」

 ――あれ、今誰と話してるんだ私は。

 よく知っている、けれど初めて聞く穏やかな母性を感じる声。
 一気に脳を覚醒させた私は、慌てて声の方へ振り向く。

「あら、案外あなたもロマンチックなことするのね」

 鏡台の前に座って、綺麗な金色の髪を丁寧に梳く紫が、窓から朝日の光を受けながらそこにいた。

「え、な……」
「天子、どうしたの変な顔して」
「な、なんであんたが私の部屋にいるのよ!?」

 思わず布団を跳ね飛ばして、紫から後ずさりする。
 わけがわからないと叫ぶ私とは対照的に、紫は何事もなかったかのように微笑んでいる。

「なんでって、あなたと一緒の部屋で寝ているんだから当然じゃない」
「い、一緒って……!?」

 言われてみて部屋を見渡して気付いたが、私が寝ていたのは家の自室じゃなかった。
 見たことない部屋、持っていない家具。
 それに眠ったときはベッドだったはずなのに、目の前に二つの布団が並んで敷かれている。

「もう、一緒に寝ることに関しては貴方も了承したはずでしょう?」
「え、いや、わけがわからな……」
「あなたは私の娘みたいなものなんだから、一緒の部屋で寝るくらいしてちょうだいって言ったら、うなずいてくれたじゃない」

 娘? 紫の? 何がどうなってるのかさっぱりわからない。
 紫は混乱する私に、まるで母から娘に向けるような愛情を感じる笑みを浮かべて、優しく語りかけてくる。

「今のあなたは比那名居天子じゃなくて、八雲天子。立派な八雲家の一員なんだから」
「……は?」

 度を越したあまりの超展開に、私は唖然とする他なかった。

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