我輩は猫である。名前はまだない。
「火焔猫燐という立派な名前があるじゃないですか。私のつけてあげた」
ある黒猫の悠悠閑閑とした日常
あたいとご主人様
昼も夜もない、忌み嫌われた者たちの集まる捨てられた地、地底。そこの奥に建つ薔薇に囲まれた一際立派な洋館、地霊殿。その一角で、あたいことお燐は骨休めをしていた。
独り言のように、あたいの文学的芸術思考にツッコミをいれたのは、あたいのご主人様であるさとり様だ。あたいを膝の上に乗せながらのんびり紅茶を飲んでいる。
さとりの妖怪であるさとり様は、無粋なことにこうやって人の思考を読んでは一人ツッコミを入れてくるのだ。
まったくけしからん。思想信条の自由の侵害だ。抗議の念を込めてさとり様の太ももをてしてし叩く。地霊殿に引きこもり運動もしないさとり様の太ももは、無駄な脂肪ばかりついてフニフニしている。柔らかくて叩き心地がよい。
「なにも反応しないと不機嫌になる癖に」
じとっとこっちを見ながら文句を言うさとり様。
そりゃ不機嫌になるのは当たり前である。変な妄想を一人でしたって楽しいことは何もない。さとり様に構ってほしくていろいろ妄想してるのに、構ってくれないなんて許されざる所業である。
遺憾の意を示すため、にゃ~っと鳴きながらさとり様のお腹をぽにょぽにょする。腹筋などまるでない、脂肪のついただらしないお腹である。さわり心地抜群だが、少し心配になるレベルである。お菓子の食べすぎではないだろうか。
「まったく、うちのお姫様はわがままですね」
ぼやくように呟きながら、紅茶のカップを机に置くさとり様。お腹をぽにょぽにょしていたあたいの右手を手に取る。そのままあたいの肉球を揉み始めた。
「うあ゛~」
猫らしからぬ鳴き声があたいの口からとびだす。猫にとって肉球はかなり敏感な部分だ。触られると、くすぐったいような、気持ちいいような、よくわからない感覚が走り、なんとも言えないうあ゛~っとした気分になるのだ。
さとり様は意外と肉球フェチだ。結構な確率で肉球を触ってくる。あたいらペットたちなら問題ないが、時々野良の動物なんかの肉球もぷにぷにしようとして、引っかかれたりしている。
肉球のような敏感なところを触って許されるのはかなりの信頼関係が気付けている人だけだ。それくらい飼い主歴の長いさとり様なら知っているだろう。何がそんなにさとり様を肉球に駆り立てるのか。
しばらくあたいの肉球をこねくり回した後、ぷにぃとちょっと強く手先を押すさとり様。普段は引っ込んでる爪がみょん、と飛び出す。
「あら、爪が伸びてますね。この前整えたばかりなきがしますが……」
あたいの爪をしげしげと見るさとり様。
あたいの爪は、いつもさとり様が整えてくれる。自分ではいじった試しがない。
そもそも地霊殿の動物たちは、今でこそさとり様の愛玩動物だが、もともとは過酷な地底を生き抜いてきた野生動物ばかりだ。花より団子という殺伐とした生き方をしてきた者たちであり、身だしなみを整えるなどという文明的な発想はほとんど持ち合わせていない。
一方、フリフリやピンクを好む少女趣味のさとり様は、自分だけでなくペットたちの見た目も非常に気にする。服装や装飾品から始まり、髪や肌の手入れまで、それぞれのペットにあったケアをしてくれるのだ。
あたいのよく来ている洋服も、リボンも、さとり様の用意してくれたものだ。
「そろそろ自分で爪のお手入れできるようになりません?」
あたいの手をふにふにするさとり様の口から、とんでもない提案が飛び出す。爪のお手入れを自分でしろと!
爪とぎ程度ならあたい自らやることはできる。
あたいも幼子ではないし、そこかしこでむやみやたらと爪とぎをして、家具をボロボロにしない程度の分別はある。爪とぎ用の道具だって、お空が毎年あたいの誕生日にくれるやつが腐るほど余っている。
しかし、爪が伸びればこうやってさとり様が切ってくれるからあえて伸ばしているのだ。それなのに…… それなのに!! 自分で爪を切れと! も、もしや…… さとり様はペットの爪のお手入れなんてめんどくさくなってしまったのだろうか。あたいのことが…… き、き、嫌いになってしまったのだろうか。
不安になってさとり様を見上げる。そこにはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべたさとり様が。
それを見てあたいはさとり様にからかわれたことに気付く。あたいの意図なんて心を読めるさとり様には遠の昔にお見通しだ。それを踏まえてこんな意地の悪い提案をしてきたのだろう。
なんだかよくわからないが無性に恥ずかしくなってくる。
「うにゃぁ」
右手を取られてしまい実力行使ができないので、抗議の雄たけびを上げる。そんなあたいを見てさらに楽しそうにニヤニヤするさとり様。くそう、性格が悪い。このさどりさまが!
「はいはい、ごめんなさいね。それじゃああなたに嫌われないうちに爪のお手入れを始めることにするわ。道具を用意しますから、ちょっと待っててくださいね」
あたいを椅子の上において、楽しそうに席を立つさとり様。反撃の機会を失ったまま、あたいはそれを見送るしかできないのであった。
静かな部屋に、爪を削る音だけが響く。
爪やすりを使って、丁寧にあたいの爪を削っていくさとり様。
二人だけの時間がゆっくり流れる。
爪を切ってもらうときは、あたいは人型になることにしている。
猫の状態では、先のとがったところをちょんっと切るだけで終わってしまう。
一方人の状態だと、こうやって丁寧に爪やすりで削ってくれるのだ。爪切りでパチパチ切るよりも、やすりで少しづつ削っていくほうが、爪によいらしい。
あたいはその辺よくわからないのだけれども、さとり様を独占できる時間が延びるので不満はない。
「お燐の爪は綺麗ですね。色もよいですし、つるつるですし」
こういうふうに爪を手入れしてもらっているとき、さとり様はあたいの爪が綺麗だとよく褒める。
褒められるのはうれしい。しかしよくよく考えると、あたいの爪はみんなとそんなに違うだろうか。
さとり様の手の爪を見てみる。きれいなピンク色をした爪だ。あまり差があるようには思えない。
記憶を掘り起こしみる。お空の爪とかどうだっただろうか。仕事柄よく汚れているような気はするが、お空の爪だって似たようなもんだった気がする。
「空の爪もきれいですけどね。私の爪は薄くて脆いんですよ。よく割れたりするんです」
悩んでいたあたいにさとり様が答える。そういわれると、さとり様は時々指に絆創膏を貼っていたのを思い出す。あれは爪が割れてたのか。
人化を覚えてすぐのころだったか、あたいも家具に手をぶつけて爪を割ってしまったことがある。あれは痛かった。すごく痛かった。無茶苦茶痛かった。
さとり様はあんな極悪な激痛に耐えていたのか。それに気づかないなんてなんという不覚。至急みんなと爪が割れることに対する対策会議を開かなければ。
「そんな大げさにしなくても大丈夫ですよ。慣れましたし」
えー。でも痛いのは痛いですよね。どうにかできるならどうにかしたほうがいいと思います。
薬とかどうでしょう。爪が割れた時のに塗る薬とかあると思います。
地上で探せば、きっといい薬とか見つかると思いますよ。塗ると一瞬にして割れた爪が元通りになる塗り薬とか、痛みがなくなる薬とか。
「地上の薬は信用できませんよ。この前持ってきた栄養ドリンク、ひどかったじゃないですか」
ああ、お空が爆発したあれかぁ。
少し前にウサギさんから試供品ということで元気になる薬貰って来たときの話だ。
結構な数貰ったから、お土産として地霊殿に持ち帰り、みんなで飲んでみたんだ。
離し半分で飲んでみたんだけどその効果は絶大。一口飲むだけで眠気は吹き飛んで、気分もなんだか高揚してくるすごいものだった。効果だけじゃなくて、味もオレンジジュースみたいな味がして結構美味しかったもんだから、お空がかなり気に入っちゃったのよね。
それで調子に乗って何本も飲んだらなぜかいきなり大爆発。お空の核融合の力も合わさって地霊殿の一角が崩壊。しばらく食堂は使えなくなるし、がれきの撤去もしなきゃいけなかったし。あれは大変だった。
「あんな爆発二度とごめんですよ。さて、こんなところですね」
ふっ、と息を吹きかけるさとり様。少しこそばゆい。
不要な部分が削り取られ、きれいに整えられたあたいの爪を見つめる。なんとなく気分がいい。
「ありがとうございますさとり様! それじゃあお仕事行ってきますね!」
「行ってらっしゃい、お燐」
お礼を言って、あたいは立ち上がる。
もうしばらくグダグダしていたい気もするけど、あまりさとり様を独占するとほかの子たちにいらぬ嫉妬を買う。
さとり様分も十分摂取で来た以上、お仕事に向かうことにする。
さとり様に見送られ、あたいはさとり様の部屋を後にするのであった。
「火焔猫燐という立派な名前があるじゃないですか。私のつけてあげた」
ある黒猫の悠悠閑閑とした日常
あたいとご主人様
昼も夜もない、忌み嫌われた者たちの集まる捨てられた地、地底。そこの奥に建つ薔薇に囲まれた一際立派な洋館、地霊殿。その一角で、あたいことお燐は骨休めをしていた。
独り言のように、あたいの文学的芸術思考にツッコミをいれたのは、あたいのご主人様であるさとり様だ。あたいを膝の上に乗せながらのんびり紅茶を飲んでいる。
さとりの妖怪であるさとり様は、無粋なことにこうやって人の思考を読んでは一人ツッコミを入れてくるのだ。
まったくけしからん。思想信条の自由の侵害だ。抗議の念を込めてさとり様の太ももをてしてし叩く。地霊殿に引きこもり運動もしないさとり様の太ももは、無駄な脂肪ばかりついてフニフニしている。柔らかくて叩き心地がよい。
「なにも反応しないと不機嫌になる癖に」
じとっとこっちを見ながら文句を言うさとり様。
そりゃ不機嫌になるのは当たり前である。変な妄想を一人でしたって楽しいことは何もない。さとり様に構ってほしくていろいろ妄想してるのに、構ってくれないなんて許されざる所業である。
遺憾の意を示すため、にゃ~っと鳴きながらさとり様のお腹をぽにょぽにょする。腹筋などまるでない、脂肪のついただらしないお腹である。さわり心地抜群だが、少し心配になるレベルである。お菓子の食べすぎではないだろうか。
「まったく、うちのお姫様はわがままですね」
ぼやくように呟きながら、紅茶のカップを机に置くさとり様。お腹をぽにょぽにょしていたあたいの右手を手に取る。そのままあたいの肉球を揉み始めた。
「うあ゛~」
猫らしからぬ鳴き声があたいの口からとびだす。猫にとって肉球はかなり敏感な部分だ。触られると、くすぐったいような、気持ちいいような、よくわからない感覚が走り、なんとも言えないうあ゛~っとした気分になるのだ。
さとり様は意外と肉球フェチだ。結構な確率で肉球を触ってくる。あたいらペットたちなら問題ないが、時々野良の動物なんかの肉球もぷにぷにしようとして、引っかかれたりしている。
肉球のような敏感なところを触って許されるのはかなりの信頼関係が気付けている人だけだ。それくらい飼い主歴の長いさとり様なら知っているだろう。何がそんなにさとり様を肉球に駆り立てるのか。
しばらくあたいの肉球をこねくり回した後、ぷにぃとちょっと強く手先を押すさとり様。普段は引っ込んでる爪がみょん、と飛び出す。
「あら、爪が伸びてますね。この前整えたばかりなきがしますが……」
あたいの爪をしげしげと見るさとり様。
あたいの爪は、いつもさとり様が整えてくれる。自分ではいじった試しがない。
そもそも地霊殿の動物たちは、今でこそさとり様の愛玩動物だが、もともとは過酷な地底を生き抜いてきた野生動物ばかりだ。花より団子という殺伐とした生き方をしてきた者たちであり、身だしなみを整えるなどという文明的な発想はほとんど持ち合わせていない。
一方、フリフリやピンクを好む少女趣味のさとり様は、自分だけでなくペットたちの見た目も非常に気にする。服装や装飾品から始まり、髪や肌の手入れまで、それぞれのペットにあったケアをしてくれるのだ。
あたいのよく来ている洋服も、リボンも、さとり様の用意してくれたものだ。
「そろそろ自分で爪のお手入れできるようになりません?」
あたいの手をふにふにするさとり様の口から、とんでもない提案が飛び出す。爪のお手入れを自分でしろと!
爪とぎ程度ならあたい自らやることはできる。
あたいも幼子ではないし、そこかしこでむやみやたらと爪とぎをして、家具をボロボロにしない程度の分別はある。爪とぎ用の道具だって、お空が毎年あたいの誕生日にくれるやつが腐るほど余っている。
しかし、爪が伸びればこうやってさとり様が切ってくれるからあえて伸ばしているのだ。それなのに…… それなのに!! 自分で爪を切れと! も、もしや…… さとり様はペットの爪のお手入れなんてめんどくさくなってしまったのだろうか。あたいのことが…… き、き、嫌いになってしまったのだろうか。
不安になってさとり様を見上げる。そこにはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべたさとり様が。
それを見てあたいはさとり様にからかわれたことに気付く。あたいの意図なんて心を読めるさとり様には遠の昔にお見通しだ。それを踏まえてこんな意地の悪い提案をしてきたのだろう。
なんだかよくわからないが無性に恥ずかしくなってくる。
「うにゃぁ」
右手を取られてしまい実力行使ができないので、抗議の雄たけびを上げる。そんなあたいを見てさらに楽しそうにニヤニヤするさとり様。くそう、性格が悪い。このさどりさまが!
「はいはい、ごめんなさいね。それじゃああなたに嫌われないうちに爪のお手入れを始めることにするわ。道具を用意しますから、ちょっと待っててくださいね」
あたいを椅子の上において、楽しそうに席を立つさとり様。反撃の機会を失ったまま、あたいはそれを見送るしかできないのであった。
静かな部屋に、爪を削る音だけが響く。
爪やすりを使って、丁寧にあたいの爪を削っていくさとり様。
二人だけの時間がゆっくり流れる。
爪を切ってもらうときは、あたいは人型になることにしている。
猫の状態では、先のとがったところをちょんっと切るだけで終わってしまう。
一方人の状態だと、こうやって丁寧に爪やすりで削ってくれるのだ。爪切りでパチパチ切るよりも、やすりで少しづつ削っていくほうが、爪によいらしい。
あたいはその辺よくわからないのだけれども、さとり様を独占できる時間が延びるので不満はない。
「お燐の爪は綺麗ですね。色もよいですし、つるつるですし」
こういうふうに爪を手入れしてもらっているとき、さとり様はあたいの爪が綺麗だとよく褒める。
褒められるのはうれしい。しかしよくよく考えると、あたいの爪はみんなとそんなに違うだろうか。
さとり様の手の爪を見てみる。きれいなピンク色をした爪だ。あまり差があるようには思えない。
記憶を掘り起こしみる。お空の爪とかどうだっただろうか。仕事柄よく汚れているような気はするが、お空の爪だって似たようなもんだった気がする。
「空の爪もきれいですけどね。私の爪は薄くて脆いんですよ。よく割れたりするんです」
悩んでいたあたいにさとり様が答える。そういわれると、さとり様は時々指に絆創膏を貼っていたのを思い出す。あれは爪が割れてたのか。
人化を覚えてすぐのころだったか、あたいも家具に手をぶつけて爪を割ってしまったことがある。あれは痛かった。すごく痛かった。無茶苦茶痛かった。
さとり様はあんな極悪な激痛に耐えていたのか。それに気づかないなんてなんという不覚。至急みんなと爪が割れることに対する対策会議を開かなければ。
「そんな大げさにしなくても大丈夫ですよ。慣れましたし」
えー。でも痛いのは痛いですよね。どうにかできるならどうにかしたほうがいいと思います。
薬とかどうでしょう。爪が割れた時のに塗る薬とかあると思います。
地上で探せば、きっといい薬とか見つかると思いますよ。塗ると一瞬にして割れた爪が元通りになる塗り薬とか、痛みがなくなる薬とか。
「地上の薬は信用できませんよ。この前持ってきた栄養ドリンク、ひどかったじゃないですか」
ああ、お空が爆発したあれかぁ。
少し前にウサギさんから試供品ということで元気になる薬貰って来たときの話だ。
結構な数貰ったから、お土産として地霊殿に持ち帰り、みんなで飲んでみたんだ。
離し半分で飲んでみたんだけどその効果は絶大。一口飲むだけで眠気は吹き飛んで、気分もなんだか高揚してくるすごいものだった。効果だけじゃなくて、味もオレンジジュースみたいな味がして結構美味しかったもんだから、お空がかなり気に入っちゃったのよね。
それで調子に乗って何本も飲んだらなぜかいきなり大爆発。お空の核融合の力も合わさって地霊殿の一角が崩壊。しばらく食堂は使えなくなるし、がれきの撤去もしなきゃいけなかったし。あれは大変だった。
「あんな爆発二度とごめんですよ。さて、こんなところですね」
ふっ、と息を吹きかけるさとり様。少しこそばゆい。
不要な部分が削り取られ、きれいに整えられたあたいの爪を見つめる。なんとなく気分がいい。
「ありがとうございますさとり様! それじゃあお仕事行ってきますね!」
「行ってらっしゃい、お燐」
お礼を言って、あたいは立ち上がる。
もうしばらくグダグダしていたい気もするけど、あまりさとり様を独占するとほかの子たちにいらぬ嫉妬を買う。
さとり様分も十分摂取で来た以上、お仕事に向かうことにする。
さとり様に見送られ、あたいはさとり様の部屋を後にするのであった。
へたり様いつの間にこんな強くなったんですか。
おりんが完全に手玉じゃないですか。
奇怪な表現だけど、雰囲気にあってて良いなと思いました。
良いペットとご主人様の関係
本文と合わせて綺麗に纏まってる。
まったりゆったり平和な空気が凄く良かったです。
でも耳かきのお話も見たいなあ。爪はお燐で耳はお空でいいんじゃないですかね?
幸せな燐が見れて幸福です
かあいらしい
さとり様はなんで爪がよく割れるんでしょうか?なんかの暗喩ですかね?
やはりさとりはちょっとS入ってる方が好みですね……って何だか自分の嗜好を話してばっかりだ。
気軽に読めて良い話でした。
貴方あの古明地へたりシリーズの作者様でしたか。
全く別人じゃないですか! これはびっくりです。さとりつよい。