Coolier - 新生・東方創想話

鎮まれ我が嫉妬、と少女が言った

2013/06/30 23:15:42
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「先生、さようならー」
 霊夢が振り返ると生徒の一人が立っていた。
「さようなら、ちゃんと宿題やんなさいよ」
「先生、彼氏居るの?」
「はあ?」
 霊夢が素っ頓狂な声を上げると、子供はけらけらと笑って、霊夢の横を駆け抜けて去って行った。
「全く」
 独り言ちながら溜息を吐くと、背後から声が掛かった。
「どうした、霊夢先生」
 振り返ると魔理沙が歩み寄ってくる。
「あら、魔理沙先生。何か御用ですか?」
 何となく気恥ずかしくて霊夢がつっけんどんな口調になると、魔理沙はその照れ隠しを笑う。
「そんな邪険に言うなよ。さ、夕飯食べようぜ」
 魔理沙が霊夢の肩を叩いて、連れ立って食堂へ行く。食堂には誰も居らず、魔理沙達が席について人を呼ぶと、使用人がやって来た。夕飯を食べたい事を伝えると、使用人は快く引き受けて、台所へと姿を消す。
 二人はやって来るご飯を楽しみにしながら、その日の出来事を話し合う。授業の事や生徒の事。霊夢は魔理沙がしっかりと先生をしている事を頼もしく思い、魔理沙は霊夢が馴染めている事に安堵する。話している内にふと魔理沙が感慨深げに息を吐いた。
「何か不思議な気分だよな」
「何が?」
「いつの間にかもう二十歳だぜ? ほんの何年か前までは子供で、無鉄砲に暴れまわってたのにさ、それが今や先生。何か変な気分にならないか?」
「まあね」
 霊夢は一度台所へ目をやってから、呟く様に答える。
「でも私は、とにかく今が楽しければそれで良いわ」
「そっか」
「今は豪華な校舎で美味しいご飯が食べられるならそれで良い」
 そう言って、霊夢が目を輝かせるので、霊夢は微笑んだ。
「そうだな」
 やがて使用人がご飯を持ってきた。湯気の立つ膳に二人が喉を鳴らしてありつこうとした時、食堂に飛び込んできた人物が大声で言った。
「居た! 二人共! 大変大変!」
 霊夢と魔理沙が声のした方を向くと、入り口に立った早苗が息を荒げている。
「あれ? 神社の話し合いがあるとかで、今日休みじゃなかったのか?」
「そうだけど、それどころじゃないから来たんです!」
「どうしたの?」
 早苗が使用人の持ってきた水を一息に飲み干してから、まるで世界でも滅んだ様な声を上げた。
「妖夢に彼氏が出来た!」
 一大事であるかの様な早苗の叫びに、霊夢と魔理沙はあからさまな疑いの眼差しを向けた。
「あの妖夢に男?」
「何か昔もそんな事言ってなかった? 何年か前に。髪型変えたから男が出来たとか」
 早苗が首を横に振る。
「いや、絶対にあれは彼氏が出来た! 化粧し始めたし、服に気をつかい始めたし」
「いや、化粧位で」
「っていうか、実際に彼氏と一緒に居るのを見た訳じゃないの?」
「見てないけど、あれは絶対出来た! 絶対です!」
 二人は尚も疑わしげに早苗を見ていたが、早苗が必死になって妖夢に彼氏が出来たと力説し、説得しに行くと言って聞かないので、その鬼気迫る様子に危惧を抱いた事もあり、仕方なくついていく事にした。
 校舎を出て、白玉楼に行く途中魔理沙は早苗に尋ねる。
「それで、説得って何するんだ?」
「勿論、今すぐ別れさせます」
「何で? 酷くない?」
「あの妖夢が彼氏を作ったんですよ? 私よりも早く! 異変に決まってるでしょ!」
 そう力強く言い切った早苗に魔理沙が呆れていると、背後から霊夢がやって来た。
「置いてくな!」
 二人が驚いて振り返る。
「うわ、どうしたんだよ。走って」
「今まで一緒に居ませんでした?」
「まだ食べてる途中だったのに、二人共私を忘れて先に行っちゃったんじゃない!」
「え? そうだっけ? あ、そういえば、私のご飯は」
「残しちゃ悪いから片付けてきたわよ」
「え? 二人分食べたの?」
「ううん、半分はうろうろしてたチルノとこころにあげた」
「何であの二人が学校に?」
 三人が白玉楼に着くと、妖夢は居ない様で代わりに主の西行寺幽々子が出迎えてくれた。何でも妖夢はついさっき用事で人里へ出かけたらしい。
「やっぱり」
 早苗が暗く呟いた。
「彼氏に会いに行ったんだ」
「え? まさか。ただの食材の買い出しよ」
「幽々子さんは彼氏の事、何も聞いていなんですか?」
「聞いてるも何も。あの妖夢に彼氏なんて、ねえ?」
 魔理沙と霊夢も未だに彼氏が出来たなんて信じきれていなかったが、早苗だけは違う様で真面目な顔で幽々子に尋ねた。
「何か最近変わった事ありませんか?」
「変わった事? 誰も居ない部屋から声がするとか?」
「いえ、妖夢の事です。何だか最近服とか化粧とか、気を遣い始めてません?」
「ああ、そうねぇ。確かに。でももうあの子も二十歳よ? それ位のお洒落は。むしろ今までしなかったのがおかしいのだし」
「そうかもしれませんけど、でも急に。だって一ヶ月前に一緒にお花見をした時は全然そんな事ありませんでしたよ。スカートめくったら下着はお子様パンツだったし」
「おい、何確認してんだよ」
 魔理沙が突っ込みを入れたが、早苗は無視して幽々子を見つめている。
「何かきな臭くありませんか?」
「そんな心配する程の事じゃないわよ。頑張ってお洒落して可愛いじゃない。下着って言えば、昨日だって、外の世界に行って、可愛い下着を店員さんに選んでもらったんだって子供みたいにはしゃいじゃって」
「外の世界にランジェリーを?」
 早苗が絶望した様に呟いたのを、幽々子が不思議そうに見つめる。
「ええ。どうしたの怖い顔して」
 早苗が俯いて肩を震わせだした。
「だから、今日出かけたんだ」
 血を吐く様にして苦しげに呟くので、幽々子が心配して覗き込む。
「どうしたの?」
「勝負下着だ」
「え?」
「だから今日なんだ」
 早苗が外へと駆け出した。
 幽々子が眉を寄せて魔理沙と霊夢を見る。
「早苗はどうしちゃったの?」
「さあ? とりあえず追いかけます。お邪魔しました」
 霊夢と魔理沙も早苗を追って駆け出し、残された幽々子は呆然としてそれを見送った。

 二人が早苗に追いた時、丁度早苗も妖夢に追いついたところで、「妖夢!」という早苗の叫びが辺りに響き渡った。
「あ、早苗。どうしたの? 息を切らして」
「ちょっとパンツ見せて!」
「え?」
「良いから!」
「ちょっと」
 普段であれば、体捌きに於いて妖夢が早苗に負ける事は無かったであろう。しかし驚きに戸惑う一瞬の隙が妖夢の反応を鈍らせ、結果的に両足を掴まれて転ばされた。
 早苗が妖夢のパンツをまじまじと見つめて叫ぶ。
「やっぱり! 勝負下着だ!」
 そう叫びながら妖夢の穿くパンツを脱がせようとするので、魔理沙が慌てて背後から掴んで止める。
「おい、止めろ! 何してるんだよ!」
「放して! このままこの下着で勝負されたら」
「良いから止めろ!」
 魔理沙が必死で引き剥がして、二人して転んだ。
 妖夢が怯えた様に唇を震わせている。
「一体、何を」
「そんな下着穿いちゃ駄目!」
 早苗が立ち上がって妖夢に掴みかかろうとするのを、魔理沙が必死で引き止める。
「放して、魔理沙! あんな下着絶対に穿かせない!」
 すると怯えていた妖夢が早苗を睨みつけた。
「まだ文句があるの? 良いでしょ、私が選んだ下着なんだから! いちいち関係無いのに口ださないで!」
 そう言って、駆け去っていく。
「あ、待って、妖夢! 待って! 行かないで!」
 追いすがろうとする早苗を魔理沙が必死で抑えていると、隣に霊夢が立った。
「何か、修羅場っぽいわね」
「いや、何我関せずって顔してんの?」
「だって魔理沙が私の事を忘れて行っちゃうから、今来たばっかりで良く分からないんだもん」
「はいはい、悪かったよ。とにかく早苗を抑えるのを手伝ってくれよ」
「もう落ち着いてるみたいだけど?」
 魔理沙が早苗を見る。早苗はぐったりとして項垂れていた。
「落ち着いたか?」
 魔理沙が問うと、早苗が小さく頷いた。
「うん。妖夢は幸せになろうとしてるんだよね?」
「ああ、そうだよ。だから祝福してやらないと」
 魔理沙が手を離すと早苗は前のめりになって、いきなり駈け出した。
「妖夢ぅ! 一人だけ幸せにさせて溜まるか!」
 そう言って、妖夢の後を追って走っていく。
「騙された」
 魔理沙も慌てて後を追おうとして、ふと振り返り、ぼんやりとしている霊夢を手招いた。
「おい、早く来いよ! また置いてくぞ!」
「あ、ごめん!」
 そうして二人で早苗を追った。

 二人が早苗に追いつくと、早苗は何故か木の影に隠れていた。早苗の見つめる先には妖夢が、妖夢の隣には同じ年頃の男性が居て、一緒に道を歩いている。
「早苗、どうしたんだ?」
「あれを見て下さい。やっぱり彼氏は居たんです」
 妖夢と男性が何か話している光景を早苗が指さした。
「みたいだな。で、お前は何をやってるんだ?」
「待ってるんです」
「何を?」
「二人の邪魔をする最高のタイミングを」
「おい」
 魔理沙が早苗の頭に手刀を振り下ろすと、早苗は頭を押さえた。
「何するんですか!」
「こっちの台詞だ。何で邪魔しようとするんだよ」
「魔理沙は悔しくないの? 妖夢に先を越されて」
「そりゃあ、まあ少しは悔しいけど」
「でしょ? 抜け駆けなんて絶対に許さない!」
 そう言って、木陰から飛び出そうとする早苗の手を魔理沙が掴む。
「止めろよ。みっともないぜ」
「みっともなくても良い! 私は妖夢に彼氏なんて認めない!」
 尚も治まらない早苗の頬を魔理沙が張った。良い音がした。
「いい加減にしろよ。恋人が出来ないどころか、友達を失うつもりか?」
 平手打ちされた早苗は一瞬固まり、そうして涙を流し始めたる。
「でも、だって、寂しいじゃん。置いてかれちゃうみたいで」
「分かるよ。悔しいのも寂しいのも。でもさ、もしも妖夢の事を友達って思うなら、もしも妖夢の友達で居たいなら、私達は応援するべきだろう?」
 早苗が俯く。
 魔理沙が説得を重ねる。
「妖夢は彼氏を作りたいって心の底から思ってんだ。だから最近頑張ってたんだろ? そんなにまでした友達の夢を、邪魔する訳にはいかないだろ?」
 やがて早苗は頷いた。涙が一粒零れて落ちた。
 魔理沙が安心して早苗の手を放すと、早苗がいきなり妖夢へ向けて駆け出していく。
「あ、待て!」
 魔理沙は慌てて早苗の手を掴もうとしたが叶わず、早苗は妖夢達の進む先に立ちはだかった。

「妖夢!」
 道の先に立ちはだかった早苗が大声で妖夢を呼ぶと、妖夢が心底嫌そうな表情になった。
「げ、早苗。何? 用なら後で」
「妖夢! あんた、それで良いの? 本当にそれで!」
 早苗の問いに、妖夢は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに早苗を睨みつけて叫び返す。
「これで良い! 私が選んだんだから! 早苗に馬鹿にされるいわれは無い! 自分なりに頑張って調べて、一生懸命考えて選んだんだもん! その選択に後悔は無い! 私は誇りを持って選んだんだ!」
 早苗は一度俯いて拳を握り締めると、涙の流れる顔を上げ、そうして手を振り上げた。
「妖夢の前途を祝して!」
 早苗が叫ぶ。
「え?」
「フレー! フレー! 妖夢!」
 早苗と隣の男と、魔理沙と霊夢が呆然としている中で、早苗がエールを送り出す。何処からともなくチルノとこころもやってきて、三人でフレーフレーと叫びながら何か空手の型の様な動きを三者三様ちぐはぐに踊り、最後に三三七拍子を行なって駆け去って行った。
 妖夢と男はエールが終わった後も完全に硬直して動けない。
 傍から見ていた霊夢も呆然としている。
「今のは何だったの?」
 霊夢が問うと、魔理沙が感動で流れた涙を軽く拭って答えた。
「一皮剥けたって事だよ。大人になったんだ」
「ごめん、意味が分からない」

 白玉楼に戻っていると早苗から電話があったので、魔理沙と霊夢も白玉楼に戻って、幽々子も入れた四人で妖夢の帰りを待った。
「今日中に帰ってくるかなぁ」
 冗談を言う霊夢を幽々子が睨む。
「帰って来なかったらこっちから迎えに行くわよ」
「何か迎えに行くの意味が普通と違いそうで怖いんだけど」
 鬼気迫る幽々子と、消沈した早苗と、のんびりとした霊夢と、居心地の悪い魔理沙がお茶を飲みながら待っていると、程なくして妖夢が帰ってきた。
「只今戻りました。って、何であんた等まで居るの? っていうか、さっきの応援は何?」
 驚いている妖夢に幽々子が笑顔で尋ねる。
「お帰り。彼氏はどうだった?」
「え? 彼氏?」
 不思議そうにする妖夢に、早苗が立ち上がって声を荒げる。
「さっき一緒に歩いてた男! 彼氏なんでしょ!」
「え? あれは違うけど?」
「へ?」
 早苗が口を半開きにして座り込む。
「たまたま道が同じだったから護衛がてら一緒に歩いてただけだけど?」
「本当に?」
「本当に」
「なーんだ!」
 早苗が大きく息を吐いて後ろに倒れこんだ。意味が分からずに立ち尽くしている妖夢に、幽々子が歩み寄る。
「じゃあ、彼氏は?」
「彼氏って。私に彼氏は居ませんけど?」
「本当に?」
「本当です。今まで居た事ありませんし」
「なーんだ!」
 幽々子も早苗と一緒になって大の字になる。
「あの、どういう事ですか?」
「二人共、妖夢に彼氏が出来たんじゃないかって心配してたんだよ」
「え? 私に? 何で?」
 早苗が立ち上がる。
「だって何か最近お洒落してたじゃん!」
「うん」
「うんって! 男が理由じゃないなら何で!」
「ちょっと待って!」
「パンツだってあんなの穿いて!」
「おい、ちょっと待て! まさか覚えてない?」
 妖夢があんまりにも真剣に尋ねてくるので、早苗は困惑して尋ね返す。
「覚えてないって何を?」
 妖夢の顔がひきつる。
「一ヶ月前のお花見の時に、私の身だしなみを散々こけにして、最後はパンツまで馬鹿にして、そんなんだからお子様なんだって鼻で笑った事を、まさか覚えてない?」
 妖夢がひきつった笑顔で早苗に近づくと、早苗が冷や汗を流しながら一歩退がった。
「そんな事言ったっけ?」
「ふーん、覚えてないんだ」
「だからお洒落してたの? って、ちょっと刀抜くの止めて! ごめん、ごめんてば」
「君が為、尽くす心は、水の泡、消えにし後ぞ、澄み渡るべき」
「ちょっと、目がマジなんですけど。誰か助けて!」
 悲鳴をあげている早苗をよそに、幽々子がほっと息を吐く。
「何だ、そんな事だったのね。妖夢に彼氏が出来ちゃったのかと思ってびっくりしちゃった」
 すると早苗の首に刀を当てた妖夢が振り返った。
「作る訳無いじゃないですか。私の前に幽々子様ですよ。幽々子様が良い方と一緒になってもらわないと、安心して嫁げないじゃないですか」
 すると幽々子がくすりと笑う。
「じゃあ、誰とも結婚しないでわ」
「止めて下さいよ。私も結婚したいんですから! 早く良い人見つけて結婚して下さい!」
「良いじゃない。行き遅れてずっと独り身で。私が居るんだし」
「嫌です!」
「ちょっと! よそ見しないで! 刃が当たってるから!」
 霊夢は、三人のやり取りを微笑ましく見つめながら呟いた。
「私は行き遅れたどうしようかなぁ」
 魔理沙が笑う。
「私は三十越えても駄目なら、香霖に貰ってもらうわ」
「あ、じゃあ、私も」
 幽々子が振り返る。
「あら、森近さんは両手に華で羨ましいわね」
 すると刀から逃れた早苗が奮然と胸を張った。
「なら、私は神奈子様と諏訪子様の二人と結婚します! こっちだって両手に華です」
「まあ、神との婚姻って言えば、正しく巫女っぽいけどな」
「私は巫女だから彼氏出来なくても仕方ないんです!」
「それは違うと思うけど」
 その時、幽々子が手を打合せた。
「さ、誤解も晴れて一件落着したんだし、ご飯にしましょう」
 幽々子のお腹が鳴ったので、妖夢が慌てて台所へ向かう。
「あなた達も食べて行ったら?」
 幽々子に尋ねられた三人が笑顔になって、その夜は賑やかな酒宴が開かれた。

「じゃあ、ご馳走様」
「美味かったぜ。良い嫁さんになるよ」
 魔理沙と霊夢が別れを告げて帰路に着く。早苗は泊まっていくらしい。
 夜道を歩きながら魔理沙が言った。
「とんだ誤解だったな」
「ええ、下らなかったわね」
「でもきっといつか本当になる時が来る」
「うん」
 二人の間に無言が流れた。霊夢が何か言いたそうにしている気配を感じて、魔理沙が黙っていると、やがて霊夢が言った。
「ねえ、私に遠慮なんかしなくて良いんだからね?」
「は?」
「魔理沙、きっとモテるでしょ? だから、付き合いたい人が居るなら付き合っても。私なんか気にしないで。抜け駆けしちゃ悪いなんて無いから」
「そんな事考えてないよ。普通にモテないだけ」
「嘘。魔理沙ならいくらだって居るでしょ? 例えば霖之助さんとか」
「嘘じゃないって。香霖は兄みたいなもんだから恋愛感情なんてないし」
「前に霖之助さんと結婚するんだって、割りと本気で言ってなかった?」
「いつの話だよ。十年位前の話だろ。若気の至りだよ」
「でも魔理沙なら浮いた話の一つや二つ」
「本当に機会が無いの! あんまり悲しいんだから何度も言わせんなよ」
「そうなんだ」
 霊夢が息を吐く。
「何か安心した」
「何をだよ」
「魔理沙が誰かの所へ行ったら、私、また独りになりそうで。あ、ごめん」
 また無言が訪れる。
 また隣から何か言いたそうな気配を感じて、魔理沙はしばらく黙っていたが、一向に何の言葉もやって来ない。しばらくして無言に耐えられなくなって、気になっていた事を口にした。
「霊夢の方こそ遠慮しなくて良いんだぜ」
 隣からは無言が返ってくる。
「正直私は遠慮なんか全く考えた事も無かった。だから多分その遠慮っていうのは、霊夢が感じてた事なんじゃないか? 霊夢の方こそ、抜け駆けしちゃいけないとか、そういう事なんか考えてたら、そんな考え捨てて、自分の幸せを考えてくれよ。霊夢の方こそ、浮いた話の一つや二つあるんだろ? 前に紫がお見合い写真持ってきてたじゃんか」
 やはり隣は答えない。肯定か否定か。どちらなのだろうと、魔理沙は不安になった。
「正直、私は他人の心の内は覗けないから、霊夢が今まで何を思ってきてたのかは分からない。でも、その、最近の霊夢の妙な自信の無さって、もしかしたらだけど、私の所為なんじゃないかって不安なんだ。私に遠慮して、実力の無い振りをしている内に、自分まで騙して、そんな性格になっちゃったんじゃないかって。そんな気がしてならないんだ。もしそうなら私は」
 魔理沙が思い余って、隣を見ると、霊夢の姿が消えていた。
「あれ? 霊夢?」
 辺りを見回すが、何処にも居ない。
「霊夢?」
 不安になって、歩いてきた道を振り返って、思いっきり叫ぶ。
「おい、霊夢!」
「ほら、また置いていく!」
 頭上から声がして、見上げると霊夢が飛んでいた。
「さっきちょっと待っててって行ったでしょ?」
「え? そうだっけ?」
「もういつになったらちゃんと私を認識してくれる訳?」
「悪い。でも何処へ行ってたんだ?」
「これ」
 霊夢が嬉しそうに風呂敷包みを掲げた。
「夕飯が結構残ってたでしょ? だからタッパに入れて貰って来ちゃった」
「ああ、そう」
 流石にそれは意地汚いだろうと思ったけど、魔理沙は言わなかった。
「私はこうして幸せなら、彼氏なんて要らないわ」
「ああ、そう」
 魔理沙の心のつっかえが取れて、安堵感が広がった、
 友達の夕飯をタッパに詰めて持って帰るなんて、モテとは対極の位置にある。そんな事をしている内は、霊夢に彼氏なんて出来そうに無い。
「いやあ、明日明後日のご飯は豪華になりそうだわ」
 本気で嬉しそうにしている霊夢に、魔理沙は「良かったな」とだけ答えた。
 きっといずれはお互い大事な人を見つけて、離れ離れになるだろう。
 それがいつの事になるのかは分からないけれど、少なくとも今日だけはこうして二人で居たいと思った。友達の夕飯をタッパに詰める霊夢で居て欲しいと思った。
 霊夢だってこうしているのが幸せなんだって言っているんだから、今日位はそんな事を願ったって許されるだろ? な、神様?
 魔理沙が霊夢を見つめて微笑んでいると、霊夢は不安そうな顔で風呂敷包みを抱きしめた。
「何? もしかして魔理沙も要るの?」
 その仕草が面白くて、魔理沙は笑い声を上げる。
「ああ、ご相伴に預からせてもらうよ」
 絶望した様な表情の霊夢に、魔理沙は言う。
「その代わり、明後日は私がご馳走してやるから」
「本当?」
 途端に霊夢の表情が華やぐ。
 昔と変わらない霊夢の笑顔が嬉しくて、魔理沙は益々大きな声で笑った。
この夏、彼氏の家の料理をタッパーで持って帰る、タッパー女子が流行る!

無職、博麗霊夢さん(20)と同背景。
烏口泣鳴
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コメント



0.350簡易評価
1.80 削除
喪女タグから、まさかのハッピーエンドww
イイハナシダッタカナー?
4.100名前が無い程度の能力削除
何気に楽しみなこのシリーズ
霊夢の存在認識がなんなのか楽しみです
9.80奇声を発する程度の能力削除
この雰囲気が良い
10.703削除
3行くらい読んで「あれ、確かこんな作品前も読んだな……」と思い出しました。
東方キャラと結婚。うーん、これほど相性が悪いテーマも無い。だってまともな男性が居ないんですもの。
でも案外霊夢とかも普通の男性と結婚するのかもしれないですね。
11.90名前が無い程度の能力削除
あけすけに自分の感情を出せる幻想郷少女たちの美しい友情。
外の世界なら、嫉妬というより上下意識とプライドでもっとこうドス黒い展開になっていたでしょうから。
14.80名前が無い程度の能力削除
よかった