どこかの洋館の一室。赤い部屋の中央にある紅いテーブル。
吊るされた弱い明かりに、二人の少女が照らされていた。
座って落ち着く霊夢と、せわしなく歩き回る妖夢。
「もう! 『ここで一生ティータイムを楽しむがいい』なんて、なめられてますよ、絶対!」
「落ち着きなさい。騒いでも事は進みやしないわ」
「あっカミナリ! やだなあ、もう。あー! 霊夢さんなにのんきにお茶なんか飲んでるんですか! 早く推理して、ぱぱっと犯人当てちゃってくださいよ!」
「ったく、せわしないわねー。今考えてるわ。というか、座りなさい。うっとうしい」
「はいはい、座りますよーだ。よくそんな冷静でいられますね。この部屋から出られないのに。刃が通らないんですよ、ここの扉!」
「落ち着きなさいってば」
いくら言っても聞かない妖夢に、大きく息を吐く霊夢。
「はー、もう。若い拾いものしたと思ったけど、とんだじゃじゃ馬ね」
「それを言うなら、霊夢さんは若いだけじゃないですか。年寄りみたいに落ち着きくさって、うちの幽々子さまみたいで……あいたぁーっ!?」
天罰か何かだろうか、天井から落ちてきた金ダライが主人の悪口を言おうとした妖夢の脳天を直撃した。
しばらく頭を抱えて悶えていた妖夢だが、がばっ! と体を起こすと、肩を怒らせてこの部屋唯一の出入口に向かった。
「もう我慢できません! 叩き斬る!」
しゃんと刀を抜く助手の姿に、霊夢は「はぁ」と溜め息をついた。
「あなた、さっきもそうやって刀を振って、てんで駄目だったじゃない。無駄に体力を使うのはやめなさい」
「誰にだって間違いはあります! もう一度試せば、開くかもしれない!」
とりゃー、たー! と刀を振るう妖夢に肩をすくめて、お茶を飲む霊夢。
しばらく扉がその頑強さを誇る音だけが部屋に響いて、やがて、息も絶え絶えの妖夢が戻ってきて椅子に座り、机の上に上半身を投げ出した。
「うう、疲れました……霊夢さん、お茶ください……」
「ったく、だから言ったじゃないの。はい」
差し出された湯呑みを伸ばした腕で受け取って、優しい霊夢さんは好きです、と妖夢はにへら顔で言った。
「って、なんですか、これ。霊夢さんがさっきからごくごくごくごく、トイレ行かなくて大丈夫なのか? ってくらいに飲んでるはずなのに、熱々のお茶が全然減ってない! どうなってるんでしょう、これ」
「さあねえ。無限にお茶が湧き出る湯呑み。持って帰りたいくらいだわ。味はまあまあだけど」
「ずずず……そうですか? 美味しいですけど、これ」
「私は人間が淹れたものの方が好きねぇ」
「? どういう意味ですか?」
ず~、とお茶をすすりながら器用に首をかしげる妖夢。
「ここは吸血鬼の館よ? 人間の血が入ってるに決まってるじゃない」
「ぶーっ!?」
盛大に噴き出された血液入りのお茶が霊夢に降りかかる。
「……あんたね」
「わー! ごめんなさいごめんなさい! 針はやめてください!」
袖に手を入れた霊夢に慌てて平謝りする妖夢。しかし、霊夢はハンカチを取り出して、顔や腕を拭くだけだった。困惑した様子で、妖夢。
「ど、どうしたんですか霊夢さん。いつもならぷんすこ怒りながら針でぶすぶす……うわいたぁっ!?」
落ちてきた金ダライが妖夢の脳天を直撃する。床を転げまわって悶えまくる妖夢には目もくれず、霊夢は落ち着き払ってお茶を飲んだ。
しばらくして、涙目で頭を押さえた妖夢が席に戻る。言いたいことは数あれど、肘をついて目をつぶっている霊夢の姿に、これは邪魔しちゃいけない雰囲気だな、と的確に空気を読んで黙っていた。だてに助手をやってはいない。刀に手をかけているあたり、本音は隠し切れていないが。
「……ふむ」
うっすらと片目を開けて声を漏らした霊夢に、何かわかったんですか!? と妖夢のテンションもわき上がる。正直、さっさとこの陰気臭い館から出て、ひとっ風呂浴びに行きたいのだ。
ついでに主人のごはんも用意しないといけないし、神社の部屋の掃除とか、そろそろ布団も干さないといけない。ひとつしかない布団なのだ、汚れてしまってはかなわない。
こう見えて、霊夢さんは頭が切れるのだ、と妖夢はほほえんだ。
彼女の主が起こした事件、『じゃがいもはどこにいった!?』を解決したのも、森の魔法使いが起こした事件、『動く人形の謎』を解き明かしたのも、何を隠そう、この霊夢なのだ。
犯人を前に啖呵を切る姿はとても凛々しく、格好良かったらしい。
……ちなみに、その時妖夢が何をしていたかと言えば、関係ないところで刀を振るっていた。なので、その凛々しい姿というのを見たことがないのだ。
まあ、今日は流石に見れそうだけど、と妖夢は思う。何やら霊夢は掴んだ様子で、しきりに「ふむ」だとか「うむ」だとか言っている。やがて、「ああ、やっぱり」と声を出す霊夢に、犯人がわかったんですか!? と妖夢は立ちあがった。
「あん? 犯人? いや、お茶請けに最適なのは、やっぱりかたいおせんべよね、と」
「どこの老人ですかあんたは!?」
凛々しい姿なんてないんじゃないか、と脱力した妖夢が椅子にへたりこむ。のんきにお茶をすする霊夢を見て、溜め息をついた。
「……ねえ、何か教えてくださいよ。私も考えるの、手伝いたいです」
んー、と考えるそぶりを見せる霊夢に、どうせ今夜の献立でも考えてるのだろ、と当たりをつけながら聞くと、必要ないわ、とすげなく断られてしまう。
「な、なんでですか!? 私は霊夢さんの助手ですよ! 一緒に推理したっていいじゃないですか! というか、推理したいです! 犯人はお前だ! って言いながらたたっ斬りたいです!」
「あんたそれ、間違えてたらどうすんのよ……。というか、なんでって、ねえ」
ず、とお茶を一口飲んでくちびるを湿らせる霊夢に、何ですか! とテーブルを叩いて催促する妖夢。
「いや、あんた、戦うしか能がないじゃない。正直あんたの知恵を借りるくらいなら、猫の方がいくらかましね」
「がーん!!」
大ショック! と言わんばかりに仰け反る妖夢に、タイミング良く外で雷の落ちる音が重なる。
「そ、それは……そ、そんなことないです! わ、私だって推理くらい……!」
「あんた、1+1の答え、わかる?」
「むきー! 馬鹿にしないでください! 2です!」
ぶい! と自信満々にない胸を張る妖夢に、深い息を吐いて肩をすくめる霊夢。その様子に、たちまち妖夢の自信はしぼんでしまった。
「あんたね、少しは考えなさいよ。推理ができると言ったあんたに出した問題でしょ。決まった答えを口にしてどうすんのよ」
「ええっ!? で、でも、2以外に答えがあるわけないじゃないですか!」
「考えてみなさいって言ってるのよ。明確な答えにばかり目が行くから、真実に気付かない」
「え~……うーん」
腕を組んで考え始める妖夢の様子を眺めながら、霊夢はお茶をすすった。この部屋に閉じ込められて大分経っているが、今の今まで妖夢の奇行は止まっていないので、退屈だけはしないわね、とひそかに思う霊夢だった。
腕を組んでいたのが頭を抱えるのに変わって、すぐに煙りを上げながら机につっぷす。
「駄目だわ……わからないです……。れ゛い゛む゛ざ~ん、答えを教えてください~」
情けなくべそをかく姿にひとつ息を吐いて、答えねぇ、と霊夢は呟いた。
「2ね」
「……ニネ?」
「数字の〝2〟よ」
淡々と告げられた答えに、はぁあああ!? と妖夢は叫んだ。
「あ、あってるじゃないですか! なんでいじわる言ったんですか!? 酷いです! 斬ります!」
「またんかこら! いい? 推理ってのはいくつも答えを用意して、その道筋を考えるものなの。考えなしに用意された答えを口にする時点で、あんたは失格なのよ」
「そ、そうだったんですか……がっくし」
がっくり肩を落として刀から手をはなす妖夢に、ほっと息を吐く霊夢。時々とんでもない行動に出るから困る。ま、それが面白いんだけどね。ずずっとお茶を口に含みながら、ふっと霊夢は思った。
「……ところで、霊夢さん」
「なに?」
割と時間をかけずに立ち直った妖夢が、遠慮がちに声をかける。返事が来ると、おずおずと暗いですよね、と言った。
「そりゃ、明かりが消えたからね。さっきの大きな雷が原因かしら? まったくもう」
ぜんっぜんまったくもうって思ってなさそうです!
流石に至近にいるだけあって、ぼんやり姿の見える霊夢の様子にそう思った妖夢だが、声には出さないでおいた。怒られるに決まっている。
しかし、心の声は天には、あるいは館の主には届いたのか、ひゅっと落ちてきた金ダライにぶつかられて、妖夢は悲鳴を上げた。
「ちょっと、大丈夫?」
みっつ重ねた金ダライを細切れにして荒く息を吐く妖夢に、流石に心配して声をかける霊夢。
だいじょぶです、と不機嫌そうに妖夢は答えた。
「まったく、だから夜勤をさせるのとかは嫌いなのよ」
「え?」
「私、あんまり夜目がきかないのよ。勘があるから自分のことは大丈夫なんだけど、こう暗いとあんたに迫る危険がわからなくて、ちょっと心配だわ」
「え? え?」
さっき落ちてきた金ダライのこともわからなかったし、と語る霊夢に、じゃ、じゃあ、今までは金ダライが落ちてくるの、わかってたんですか? と問いかけた。
「そりゃあね」
すげない答えに、なんで教えてくれないんですか! と妖夢が抗議する。
「そりゃあ、命の危険とかじゃないからよ。そういうのだったらさっさと忠告してるし、言うより動いてるわ」
霊夢の意外な言葉に、続く抗議の言葉を呑みこんで、妖夢はぱちくりと目をしばたたかせた。
「……えっと、心配してくれてたんですか? 私のこと?」
「当たり前でしょ? あんたは、私の助手なんだから」
死なれたら困るし。掃除とか、といつもの様子で語る霊夢の姿に、妖夢は感極まって顔を上げた。心配してくれていた! 助手だと認めてくれた!
色々な気持ちがせめぎ合って、落涙までしてしまう。そして、妖夢は決めた。この人の助手として、この人を陰ながら支えていこう。この人に迫る危険は、すべて私の刀で払おう! と。
心で闘志を燃やしてぐっと拳を握る妖夢を気にかける様子もなく、さて、と霊夢が湯呑みを置いて立ち上がった。
「そろそろ行きましょうか」
「へ? 行くって、どこにですか?」
「犯人のとこに決まってんでしょ」
何馬鹿なこと言ってんの、とでも言いたげな霊夢に、犯人がわかったんですか!? と立ち上がる妖夢。
「わかったもなにも、犯人なんてレミリアの奴以外にいないじゃない。この館の主なんだし」
「ええっ!? あのガキ、違った、あんな子供が、ですか? 私はてっきり、あの魔女かと……」
信じられない! と目を見開く妖夢に、
「魔女ってのは基本的に胡散臭くて陰気臭くて陰湿で、おまけに嘘吐きなんだから気にしちゃダメよ」
酷い言いようである。ただ、素直な妖夢は「はい」と頷いて、出入り口の方へと歩いていく霊夢につき従った。
「でも、どうやって外に出るんですか? この扉は開きませんし、窓だって」
「とりゃあーっ!!」
霊夢が放った蹴りが、どごしゃあと扉を吹き飛ばした。
妖夢がぽかんと口を開ける前で、ぱんぱんと手を払った霊夢が、「なにぼけっとしてんの。さっさと行くわよ」と声をかける。
「……私って、必要なのでしょうか」
霊夢の後を追いながらぽつりと呟いた言葉は、先行く霊夢に耳聡く拾われて、「……正直、必要ないわね」と返された。
「がががーん!!」
半人生で一番ショックを受けた妖夢の心を代弁するかのように、外では雨が降り続けていた。
「……お手洗いはどこかしら」
ついでに、そんな霊夢の呟きも、雨音にかき消されて妖夢の耳には届かなかった。
吊るされた弱い明かりに、二人の少女が照らされていた。
座って落ち着く霊夢と、せわしなく歩き回る妖夢。
「もう! 『ここで一生ティータイムを楽しむがいい』なんて、なめられてますよ、絶対!」
「落ち着きなさい。騒いでも事は進みやしないわ」
「あっカミナリ! やだなあ、もう。あー! 霊夢さんなにのんきにお茶なんか飲んでるんですか! 早く推理して、ぱぱっと犯人当てちゃってくださいよ!」
「ったく、せわしないわねー。今考えてるわ。というか、座りなさい。うっとうしい」
「はいはい、座りますよーだ。よくそんな冷静でいられますね。この部屋から出られないのに。刃が通らないんですよ、ここの扉!」
「落ち着きなさいってば」
いくら言っても聞かない妖夢に、大きく息を吐く霊夢。
「はー、もう。若い拾いものしたと思ったけど、とんだじゃじゃ馬ね」
「それを言うなら、霊夢さんは若いだけじゃないですか。年寄りみたいに落ち着きくさって、うちの幽々子さまみたいで……あいたぁーっ!?」
天罰か何かだろうか、天井から落ちてきた金ダライが主人の悪口を言おうとした妖夢の脳天を直撃した。
しばらく頭を抱えて悶えていた妖夢だが、がばっ! と体を起こすと、肩を怒らせてこの部屋唯一の出入口に向かった。
「もう我慢できません! 叩き斬る!」
しゃんと刀を抜く助手の姿に、霊夢は「はぁ」と溜め息をついた。
「あなた、さっきもそうやって刀を振って、てんで駄目だったじゃない。無駄に体力を使うのはやめなさい」
「誰にだって間違いはあります! もう一度試せば、開くかもしれない!」
とりゃー、たー! と刀を振るう妖夢に肩をすくめて、お茶を飲む霊夢。
しばらく扉がその頑強さを誇る音だけが部屋に響いて、やがて、息も絶え絶えの妖夢が戻ってきて椅子に座り、机の上に上半身を投げ出した。
「うう、疲れました……霊夢さん、お茶ください……」
「ったく、だから言ったじゃないの。はい」
差し出された湯呑みを伸ばした腕で受け取って、優しい霊夢さんは好きです、と妖夢はにへら顔で言った。
「って、なんですか、これ。霊夢さんがさっきからごくごくごくごく、トイレ行かなくて大丈夫なのか? ってくらいに飲んでるはずなのに、熱々のお茶が全然減ってない! どうなってるんでしょう、これ」
「さあねえ。無限にお茶が湧き出る湯呑み。持って帰りたいくらいだわ。味はまあまあだけど」
「ずずず……そうですか? 美味しいですけど、これ」
「私は人間が淹れたものの方が好きねぇ」
「? どういう意味ですか?」
ず~、とお茶をすすりながら器用に首をかしげる妖夢。
「ここは吸血鬼の館よ? 人間の血が入ってるに決まってるじゃない」
「ぶーっ!?」
盛大に噴き出された血液入りのお茶が霊夢に降りかかる。
「……あんたね」
「わー! ごめんなさいごめんなさい! 針はやめてください!」
袖に手を入れた霊夢に慌てて平謝りする妖夢。しかし、霊夢はハンカチを取り出して、顔や腕を拭くだけだった。困惑した様子で、妖夢。
「ど、どうしたんですか霊夢さん。いつもならぷんすこ怒りながら針でぶすぶす……うわいたぁっ!?」
落ちてきた金ダライが妖夢の脳天を直撃する。床を転げまわって悶えまくる妖夢には目もくれず、霊夢は落ち着き払ってお茶を飲んだ。
しばらくして、涙目で頭を押さえた妖夢が席に戻る。言いたいことは数あれど、肘をついて目をつぶっている霊夢の姿に、これは邪魔しちゃいけない雰囲気だな、と的確に空気を読んで黙っていた。だてに助手をやってはいない。刀に手をかけているあたり、本音は隠し切れていないが。
「……ふむ」
うっすらと片目を開けて声を漏らした霊夢に、何かわかったんですか!? と妖夢のテンションもわき上がる。正直、さっさとこの陰気臭い館から出て、ひとっ風呂浴びに行きたいのだ。
ついでに主人のごはんも用意しないといけないし、神社の部屋の掃除とか、そろそろ布団も干さないといけない。ひとつしかない布団なのだ、汚れてしまってはかなわない。
こう見えて、霊夢さんは頭が切れるのだ、と妖夢はほほえんだ。
彼女の主が起こした事件、『じゃがいもはどこにいった!?』を解決したのも、森の魔法使いが起こした事件、『動く人形の謎』を解き明かしたのも、何を隠そう、この霊夢なのだ。
犯人を前に啖呵を切る姿はとても凛々しく、格好良かったらしい。
……ちなみに、その時妖夢が何をしていたかと言えば、関係ないところで刀を振るっていた。なので、その凛々しい姿というのを見たことがないのだ。
まあ、今日は流石に見れそうだけど、と妖夢は思う。何やら霊夢は掴んだ様子で、しきりに「ふむ」だとか「うむ」だとか言っている。やがて、「ああ、やっぱり」と声を出す霊夢に、犯人がわかったんですか!? と妖夢は立ちあがった。
「あん? 犯人? いや、お茶請けに最適なのは、やっぱりかたいおせんべよね、と」
「どこの老人ですかあんたは!?」
凛々しい姿なんてないんじゃないか、と脱力した妖夢が椅子にへたりこむ。のんきにお茶をすする霊夢を見て、溜め息をついた。
「……ねえ、何か教えてくださいよ。私も考えるの、手伝いたいです」
んー、と考えるそぶりを見せる霊夢に、どうせ今夜の献立でも考えてるのだろ、と当たりをつけながら聞くと、必要ないわ、とすげなく断られてしまう。
「な、なんでですか!? 私は霊夢さんの助手ですよ! 一緒に推理したっていいじゃないですか! というか、推理したいです! 犯人はお前だ! って言いながらたたっ斬りたいです!」
「あんたそれ、間違えてたらどうすんのよ……。というか、なんでって、ねえ」
ず、とお茶を一口飲んでくちびるを湿らせる霊夢に、何ですか! とテーブルを叩いて催促する妖夢。
「いや、あんた、戦うしか能がないじゃない。正直あんたの知恵を借りるくらいなら、猫の方がいくらかましね」
「がーん!!」
大ショック! と言わんばかりに仰け反る妖夢に、タイミング良く外で雷の落ちる音が重なる。
「そ、それは……そ、そんなことないです! わ、私だって推理くらい……!」
「あんた、1+1の答え、わかる?」
「むきー! 馬鹿にしないでください! 2です!」
ぶい! と自信満々にない胸を張る妖夢に、深い息を吐いて肩をすくめる霊夢。その様子に、たちまち妖夢の自信はしぼんでしまった。
「あんたね、少しは考えなさいよ。推理ができると言ったあんたに出した問題でしょ。決まった答えを口にしてどうすんのよ」
「ええっ!? で、でも、2以外に答えがあるわけないじゃないですか!」
「考えてみなさいって言ってるのよ。明確な答えにばかり目が行くから、真実に気付かない」
「え~……うーん」
腕を組んで考え始める妖夢の様子を眺めながら、霊夢はお茶をすすった。この部屋に閉じ込められて大分経っているが、今の今まで妖夢の奇行は止まっていないので、退屈だけはしないわね、とひそかに思う霊夢だった。
腕を組んでいたのが頭を抱えるのに変わって、すぐに煙りを上げながら机につっぷす。
「駄目だわ……わからないです……。れ゛い゛む゛ざ~ん、答えを教えてください~」
情けなくべそをかく姿にひとつ息を吐いて、答えねぇ、と霊夢は呟いた。
「2ね」
「……ニネ?」
「数字の〝2〟よ」
淡々と告げられた答えに、はぁあああ!? と妖夢は叫んだ。
「あ、あってるじゃないですか! なんでいじわる言ったんですか!? 酷いです! 斬ります!」
「またんかこら! いい? 推理ってのはいくつも答えを用意して、その道筋を考えるものなの。考えなしに用意された答えを口にする時点で、あんたは失格なのよ」
「そ、そうだったんですか……がっくし」
がっくり肩を落として刀から手をはなす妖夢に、ほっと息を吐く霊夢。時々とんでもない行動に出るから困る。ま、それが面白いんだけどね。ずずっとお茶を口に含みながら、ふっと霊夢は思った。
「……ところで、霊夢さん」
「なに?」
割と時間をかけずに立ち直った妖夢が、遠慮がちに声をかける。返事が来ると、おずおずと暗いですよね、と言った。
「そりゃ、明かりが消えたからね。さっきの大きな雷が原因かしら? まったくもう」
ぜんっぜんまったくもうって思ってなさそうです!
流石に至近にいるだけあって、ぼんやり姿の見える霊夢の様子にそう思った妖夢だが、声には出さないでおいた。怒られるに決まっている。
しかし、心の声は天には、あるいは館の主には届いたのか、ひゅっと落ちてきた金ダライにぶつかられて、妖夢は悲鳴を上げた。
「ちょっと、大丈夫?」
みっつ重ねた金ダライを細切れにして荒く息を吐く妖夢に、流石に心配して声をかける霊夢。
だいじょぶです、と不機嫌そうに妖夢は答えた。
「まったく、だから夜勤をさせるのとかは嫌いなのよ」
「え?」
「私、あんまり夜目がきかないのよ。勘があるから自分のことは大丈夫なんだけど、こう暗いとあんたに迫る危険がわからなくて、ちょっと心配だわ」
「え? え?」
さっき落ちてきた金ダライのこともわからなかったし、と語る霊夢に、じゃ、じゃあ、今までは金ダライが落ちてくるの、わかってたんですか? と問いかけた。
「そりゃあね」
すげない答えに、なんで教えてくれないんですか! と妖夢が抗議する。
「そりゃあ、命の危険とかじゃないからよ。そういうのだったらさっさと忠告してるし、言うより動いてるわ」
霊夢の意外な言葉に、続く抗議の言葉を呑みこんで、妖夢はぱちくりと目をしばたたかせた。
「……えっと、心配してくれてたんですか? 私のこと?」
「当たり前でしょ? あんたは、私の助手なんだから」
死なれたら困るし。掃除とか、といつもの様子で語る霊夢の姿に、妖夢は感極まって顔を上げた。心配してくれていた! 助手だと認めてくれた!
色々な気持ちがせめぎ合って、落涙までしてしまう。そして、妖夢は決めた。この人の助手として、この人を陰ながら支えていこう。この人に迫る危険は、すべて私の刀で払おう! と。
心で闘志を燃やしてぐっと拳を握る妖夢を気にかける様子もなく、さて、と霊夢が湯呑みを置いて立ち上がった。
「そろそろ行きましょうか」
「へ? 行くって、どこにですか?」
「犯人のとこに決まってんでしょ」
何馬鹿なこと言ってんの、とでも言いたげな霊夢に、犯人がわかったんですか!? と立ち上がる妖夢。
「わかったもなにも、犯人なんてレミリアの奴以外にいないじゃない。この館の主なんだし」
「ええっ!? あのガキ、違った、あんな子供が、ですか? 私はてっきり、あの魔女かと……」
信じられない! と目を見開く妖夢に、
「魔女ってのは基本的に胡散臭くて陰気臭くて陰湿で、おまけに嘘吐きなんだから気にしちゃダメよ」
酷い言いようである。ただ、素直な妖夢は「はい」と頷いて、出入り口の方へと歩いていく霊夢につき従った。
「でも、どうやって外に出るんですか? この扉は開きませんし、窓だって」
「とりゃあーっ!!」
霊夢が放った蹴りが、どごしゃあと扉を吹き飛ばした。
妖夢がぽかんと口を開ける前で、ぱんぱんと手を払った霊夢が、「なにぼけっとしてんの。さっさと行くわよ」と声をかける。
「……私って、必要なのでしょうか」
霊夢の後を追いながらぽつりと呟いた言葉は、先行く霊夢に耳聡く拾われて、「……正直、必要ないわね」と返された。
「がががーん!!」
半人生で一番ショックを受けた妖夢の心を代弁するかのように、外では雨が降り続けていた。
「……お手洗いはどこかしら」
ついでに、そんな霊夢の呟きも、雨音にかき消されて妖夢の耳には届かなかった。
作者さんの考えた世界を読者に伝えきるにはこの分量だと少し弱い気もして…
ナンセンスはちょっとキャラアンチなのと思いたくなるようなキチな言動をキャラにさせたりするけどこれはそういういやらしいさをあんまり感じ
ないので好きです
なんとなくストーリーが読めそうなのもいいですね。