Coolier - 新生・東方創想話

「魔女の鉄槌」

2013/06/30 09:05:00
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紅魔館の地下にある図書館には、小悪魔を従える魔女が棲むという。
里でもその話は時折話題にはなるが、深く立ち入ろうとする者は居ない。

過去に何人かの腕自慢や無謀者が、興味本位で話の真偽を確かめに行ったが、五体満足で帰れた者は殆ど居ない。
…戻ってこないのならばまだ幸せだ、と里の守護者は言う。
しかし、館の主人の趣味なのか、それとも魔女の気まぐれか、「見懲らし」とも言える様なモノが里の入り口付近に晒される場合がある。

例えば、
血を抜かれて青白い肌をしたそれは、五体を寸断されて、それでも「殺してくれ」と呻きつつもバラバラになった手足を動かし
出来損ないの操り人形のように箱の中でうねくっていた。
分断された体は繋ぎ合わせようとすると勝手に己をその体から引き剥がしてまた落ちてしまう。
犠牲者はその度に悲鳴を上げ、里人の心を震わせる。
箱の中に入っていた手紙には
「燃やす以外に苦しみを解く方法は無い。もっとも灰になるまで叫び続けるゆえ、それを警句と取るが良い。」
と書いてあったと言う。

ある男は呆けた顔で白い包みを持たされて、「帰って」来た。
何を質問しても、呼びかけても答えは無く、うつろな顔には恐怖だけが張り付いている。
白い包みに入っているものは油彩の絵が描かれたキャンパスで、その者が首を吊られている絵だった。
里人がそれを見た途端、男は急に苦しみだした。別の里人は絵を見て絶句する。
絵の中の首吊り男が動いている。その動きは寸分の狂い無く、男の動きを再現している。
やがて、男が息絶えると、絵の中の男も動かなくなった、その瞬間。
絵がいきなり炎を吹いて燃え上がった。
そして死んだはずの男の悲鳴が響き渡り、身もだえしながら己が身から煙を吹き、灰になっていく。
絵が完全に燃え尽きた後は、男の居た辺りに人型の焼け焦げと灰が残るだけ。

体中の骨が炸裂して既に人の形を取っていない様な形で戻ってきても、生き続けているものも居た。
刺さっていた杭に結ばれた紙には、「所定の場所に置けば死ねる。」と人里近い丘の場所の地図と共に書いてあった。
この時は守護者が里人を止め、一人でその者を所定の位置まで運びに行った。

後に里の守護者は
「指定の場所に置いたら、溶け落ちた。」とだけ答え、他の説明はなかったと言う。
天狗の新聞記者が調べた話では、その丘は龍脈から漏れた「気」の充満する処だったと言う事だが、何故か記事にはされなかった。

人里でも紅魔館をはじめとして、危険な場所に行く事を禁じてはいるのだが、禁じられれば禁じられるほど、好奇心は確実に大樹へと育つ。
…後に本人が首を吊る為の樹に。

そして、今日もそこに哀れな鼠が訪れる。

貴重な本が沢山あるのなら、売れると欲を出した賊が図書館の片隅で、ひとり震えている。
最初は十人ほど居た筈の仲間は、門番に軽く触れられただけで風船のように破裂し、またはありえない方向に体の部分がひん曲がって倒れた。
何とか侵入を果たした者も、目を放した隙にナイフで剣山の様に、または一寸刻みでその身を切り刻まれた。
廊下を走って逃げているうちに両隣に居た仲間がいきなり破裂してバラバラになり、その血を両面から浴びた賊は既に正気を失いかけていた。
それでも何とか逃げてきたのが地下の図書館。ここで夜をやり過ごして逃げる。そのつもりだった、が…。

「我欲に塗れた痴れ者が、懲りないものね。」

小さく静かな、しかし良く響く声が彼の耳に届く。賊は身をちぢこませた。
それをあざ笑うように、声は続ける。
「あれだけ警告しておいたのにここへ来る…里人ではないのは確かね。」
ひっ、と声を上げかけ、彼は抑える。が、声の主は確実に彼を捉えていた。腰の蛮刀に手はかかっているが、ただの鉄の塊が魔女に通じるのか。
「あなたのその蛮勇と哀れな知識に免じてチャンスをあげるわ。出てらっしゃい。」
声がひときわ近づいた。男はそれでも動くことは出来ない。
「…魔女の名に懸けて嘘は吐かないわ。それでも信じられないと言うのなら…折角の生き残りのチャンスを無駄にするわよ?」
その声はとても優しく、彼の警戒を一瞬で溶かす聖女の声。

賊は蛮刀を握り締めて出てくる。その目の前に淡い明かりが灯った。
その明かりに照らされているのは、歳の頃十代中盤とも思われる、紫色の服を着た少女。
「ゲームの始まりね。私はこの図書館の主、パチュリー・ノーレッジ。生き残れたらこの名前の魔女から逃げられた事を外の皆に誇るがいいわ。」
その口調は平坦で感情の凹凸は無い、賊の心に油断が生まれる。
「まだ、ゲームの説明をしていなかったわね。」
賊の体に警戒の信号が走る。どこにでも飛び退ける準備だけはせねばならない。
体に力を入れようとして、彼は愕然とする。体が石にでもなったように動けない。このまま餌食にされるだけか。
彼は自分の判断を悔やんだ、が。
「勝手に一人で考えて勝手に自滅しようとしないように。説明中に襲われてもフェアじゃないから動きを封じただけよ。まだゲームは始まってないから
 執行猶予と考えておきなさい。」
パチュリーは感情の無い声で言う。しかし、彼の心には純粋に怯えが居座っていた。
「拘束はちゃんと解くからまずは話を聞きなさいな。ルールは簡単。私はここに立っているだけ、あなたは私を「殺す」だけ。
 ただしチャンスは一回…その刀の一撃で私を殺せればあなたは無罪放免。倒せなかった場合、罰ゲームが待ってるわ。」

目の前の少女が何を言っているのか賊には理解できなかった。何もしないから殺してみろ?ガキが舐めやがって。
彼の警戒が殺意に変わる。しかしそれを弄う様にパチュリーは言った。
「いい目ね。みんなそんな目をして私に刃を向けたわ。みんな馬鹿にされたと勝手に思って、そして本当の馬鹿になった。」
その言葉を皮切りに、賊の拘束が解けた。

「おいで。そして見事、殺してみなさい?」

賊は一直線に魔女へと走る。狙いはその心臓。
ふっ!と怒りと共に気合も重さも乗せた一刀がパチュリーの胸を貫く。
しかし、賊の表情は愕然としたものだった。刀を伝わった感触は、心臓の鼓動を伝えていなかったのだ。
「もうおしまい?まあそうよね。私はこうやって刺されても平気な顔で話をしてるんだから。」
目の前の魔女は哀れみを込めた目で彼を見ている。
賊は素早く刀を引き抜き、眉間に狙いを定める…が、そこまでだった。体が再び動かなくなる。

「チャンスは一回と言ったわよ?反則と例外は認めないわ。」

パチュリーはそう言うと、ふわりと後ろに飛び下がり、賊の足元に何かを投げた。
「ペナルティよ。あなたは愚者、私は魔術師。」
足元の何かが賊の目の前に浮かび上がる。それは大アルカナの「愚者」。
それと同時にパチュリーの背に見えるものは「魔術師」のカード。
「私の普段使う精霊魔法ではない、符の魔法。彼は四大の力を操り、またある時はそれに光と闇を加え、または五行でその理を解き明かす。」
賊の足元に魔方陣が描かれる。
「地のペンタクルは大地から生まれ、還る者の基盤。あなたは逃げられない。」
彼の周りに続いて杖が現れる。
「火のワンドは闇を払い、真の知識を照らす。それは、あなたの罪を白日の下に晒す。」
記憶を無理やりこじ開けられる感覚と苦痛。そして今までの悪事の場面が次々と、ゆっくり、確実に彼の心を苛む。
目を閉じられない、閉じても目の前の景色は消えない。負の感情が心を蝕んで壊していく。
それを無視するかのように、彼を苛む風景の中に浮かび上がるのは…剣。
「風のソードは抵抗を許さず、あなたを断罪する。正義の女神の剣。」
その言葉と同時に、剣はいびつな形に姿を変えた。黒いガラスの塊を荒削りにして、麻紐を持ち手に巻きつけたナイフのような物に。
「黒曜石のナイフは咎人を罰する。」
重い響きと共に、黒いナイフは賊の胸を抉る様にめり込む。が、悲鳴は上がらなかった。いや、上げられないと言ったほうが正解か。
「最後に、銀の杯は、その血と心臓を受ける。」
ナイフがその切っ先に賊の心臓を刺し、浮かび上がった銀の杯にそれを乗せた。
不思議なことに血は流れず、鼓動も普通にしている。

口をパクパクと動かすだけの賊に、パチュリーはまた、一枚のカードを投げた。
「あなたの罪を告解しなさい。正義の女神の羽にかけて。」
杯の心臓の前に、翼を纏い、剣を持った女神が現れた。女神は心臓を掴むと、天秤を取り出し、片方にそれを、もう片方には自分の翼から羽を一つ取って乗せる。
天秤は均衡を保ったままだ。
「口は言葉をつむぎ、言葉は嘘を織り上げる。ゆえにあなた自身の心臓に答えさせねばならない。血は嘘を吐かないがゆえに。」
賊の心臓が震えると、真一文字に裂け目が入る。それはあたかも唇のように何かを話し始めた。
賊自身はその度に体を苦痛にびくつかせ、口から泡を吹き、白目をむいている。

数時間の長い告解が終わり、女神の天秤は審判を告げた。賊の心臓は羽より重いことを雄弁に物語る。ーーーすなわち、有罪。

心臓は天秤を離れ、女神はそれを一刀の元に両断する。
するとたちまちのうちに心臓だったものは青白い炎に包まれ、燃え尽きて消えた。
それと同時に、賊の体は土の塊となり、ボロボロと崩れおちた。

「審問を終わります。」
厳かな声と同時に静寂が訪れ、続いて澄んだベルの音が鳴る。
「お呼びでしょうか?パチュリー様。」
音も立てずに小悪魔が降りてくる。そして床の上の土塊を見て、言った。
「お片付けですね。これはいかが致しましょう?」
小悪魔の問いに、静かな答えが返ってくる。
「美鈴に届けておいて。人の罪を吸った、綺麗な花が咲くと喜ぶでしょう。」
「畏まりました。」
彼女が土塊を綺麗に片付け、礼をして出て行く。
その土塊のあった、すぐそばの大きなソファーからため息が聞こえた。
「目に見えるもの全てが真実、そう思うからこんな末路を辿り、もう生まれ変わることも出来ない。人間はもう少し賢くて視野のある生き物だと思ってたけどね。」
ソファーの中に納まっている人物は、パチュリー・ノーレッジその人。目の前のテーブルには山積みの本と、水晶玉、そしてタロットカードが置かれている。
彼女は最初からこのソファーに座り、背中越しに全てを見て、最後に自分の幻影で賊を試したのだ。もちろん魔法の実験台として。
賊が魔術を感知できるくらいの勘を持っていれば、異常は察知できたのだろうが。

嘆きのような呟きが静かに続く。
「どこかの巫女も言ってたけど、何を持って常識と言うのかしらね。」
沈黙が少し続いたが、やがてそれに飽きたように、本をめくる音が響き始める。
「二十一の試練、今回も一番目の試練しか試せなかったわね。レミィに手加減してくれとでも言っておこうかしら?被検体が足りないわ。」

気だるげな倦怠を抱えた呟きを最後に、図書館には再びページをめくる音以外、聞こえなくなった。
あとがき
前のリグル話に続いて幻想郷の黒い処を書いてみました。
魔理沙が顔パスで無断侵入できるのは普通の人間ではないから、と言うことで、ならば普通の人間が無許可で入った場合はどうでしょう?と言うお話です。
みかがみ
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コメント



0.570簡易評価
8.90名前が無い程度の能力削除
らしさが出ていてとても良かったです
パチュリーも魔女らしい魔女で魅力的でした
ともすればやり過ぎると鼻につきがちなオカルティックな題材の匙加減も、実に上手なものでした
ダークな題材は大好きなので、個人的に点数高めにしておきます
9.100非現実世界に棲む者削除
今回はかなりホラーかつオカルトチックですね。
こういう話は少ないので、普段は感じない、ゾクゾクとした気分を味わえて面白いです。
さすがにキャラの死にネタは嫌ってますけどね。
パチュリーの魔法披露は見所がありました。
やっぱパチュリーはクールだなあ...
次回作を楽しみにしてます。
10.90奇声を発する程度の能力削除
らしい感じとホラーな雰囲気が良かったです
14.803削除
若干グロいですがこの程度なら全く気にしませんね
本当は怖い幻想郷、でもパチュリーが怖いのは中々見ないので新鮮でした。