注意! シリーズものです!
以下の作品を先にご覧いただくことをお勧めいたします。
1.メリー「蓮子を待ってたら金髪美女が声をかけてきた」(作品集183)
2.蓮子「メリーを待ってたら常識的なOLが声をかけてきた」(作品集183)
3.蓮子「10年ぶりくらいにメリーから連絡が来たから会いに行ってみた」(作品集183)
4.蓮子「紫に対するあいつらの変態的な視線が日に日に増している」(作品集184)
5.メリー「泊まりに来た蓮子に深夜起こされて大学卒業後のことを質問された」(作品集184)
6.メリー「蓮子と紫が私に隠れて活動しているから独自に調査することにした」(作品集184)
7.メリー「蓮子とご飯を食べていたら金髪幼女が認知しろと迫ってきた」(作品集184)
8.魔理沙「霊夢が眠りっぱなしだから起きるまで縁側に座って待ってみた」(作品集184)
9.メリー「未来パラレルから来た蓮子が結界省から私を救い出すために弾幕勝負を始めた」(作品集185)
10.メリー「蓮子と教授たちと八雲邸を捜索していたら大変な資料を見つけてしまった」 (作品集185)
11.魔理沙「蓮子とメリーのちゅっちゅで私の鬱がヤバい」(作品集185)(←いまここ!)
12.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」前篇(作品集186)
13.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」中篇(作品集186)
14.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」後篇(作品集187)
15.メリー「結界資源を奪い合って魔理沙と結界省たちが弾幕勝負を始めた」(作品集187)
16.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」前篇(作品集187)
17.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」中篇(作品集188)
「外の世界には鬱病って言う病気があるんですよ! 知ってましたか魔理沙さん!」
「鬱くらい知ってるよ。知り合いの楽団が躁鬱を操るからな。ライブの観客はみんなジャンキーだ」
「え、なにそれすごい楽しそう、今度連れて行ってもらってもいいですか?」
「ああいいぜ、それで、鬱病がどうしたって? 鬱が病気なんて、変な話だな」
「それよりもその楽団の話を聞きたいなぁー、なぁんてっ!」
「あー?」
夕方に守矢神社を訪れ、外の話題をそれとなしに振ってみた。
そうしたら早苗から鬱病と言う言葉が出てくる。なんだそりゃ。
一時的な躁状態鬱状態とは良く聞く。心が作用して気分が制御できなくなることだ。
よく人里の男どもが、“すっげぇカワイイ妖怪見つけたんだぜイヤッホウ!”とか。
“お茶に誘ったら、肩の肉齧られた挙句フられた。嬉しいやら悲しいやら”とか。
しかしここは幻想郷である。外の世界とは違う。
道を歩けば宴会になる。愚痴を吐けば宴会になる。家にいれば扉を蹴破られて宴会になる。
宴会さえ始まれば人が際限なく集まりバカ騒ぎになる。そんな風潮なのだ。
病気、という表現が適用されるほど鬱状態は続かない、続けられない世界なのである。
それが外界では、鬱から立ち直れず、自殺者が増え続けているとかなんとか。
「こっちじゃ考えられないな。鬱ってるやつは引っ叩いて川に投げ込めってよく言うし」
「まあ確かに、幻想郷じゃあ考えられない事ですがね」
「原因はどんな事があるんだ?」
「例えば仕事のストレスとか、将来への不安とか」
「なんだそりゃ、そんなに重く考える事か?」
「あとは、生まれつきの体質とか、コンプレックスとか」
「ふむ、コンプレックス、か。ところで早苗、」
「はい、私のコンプレックスを聞きたいですか?」
「いや違う。なんか美味い酒置いてるか? 一本欲しいんだが」
「ええー? 一体どういう脈絡で酒という発想が? まあ、置いてありますけど」
「プリズムリバーのチケットは買っておくからさ。それが代金じゃダメか?」
「あのライブはちょっと刺激が強すぎる。中毒性もあるから、早苗はだめだ」
神奈子が隣に来て、「ほらこれをやろう」と私に酒瓶を差し出してきた。
“河童の皿水”聞き慣れない銘柄である。四合瓶の大きさだ。
「河童が日本酒造りに挑戦したんだ。話題性があるから、これで十分だろう」
「ほほう、こりゃありがたい。貰っておくぜ。あとすまんが今、手持ちが無くてな」
「いや一先ずは要らない。感想を聞かせてくれ。味とかな」
「分かった。プリズムリバーは?」
「もちろん却下だ」
「か、神奈子さま、そこをなんとか、なりませんかね……?」
駄目を出された早苗が食い下がる。神奈子は黙って首を振るだけである。
さてどうしたものかと考えて、却下を出した神奈子の判断には間違いはないと、私は思った。
中毒性があるし、精神を侵されてぶっ壊れた人間も多い。
いきなり奇声を発しながら踊り始めたと思ったら、次には跪いて泣き始めるのだ。
早苗がああなったら、当然責任は私に来るのだろう。あ、躁鬱病の症例、幻想郷にもあったわ。
神奈子がアイコンタクトという名目のガンを飛ばしてくる。
おいこれをどうにかしなきゃ酒は没収だ、らしい。
すこし頭を巡らせてから、早苗を説得する。
「ああ早苗さ、幽霊は苦手だろ?」
「幽霊キライです! 怖いもん!」
「プリズムリバーは幽霊楽団だぜ」
「ゆうれい、がくだん?」早苗がさっと表情をひきつらせて復唱した。効果は抜群だ。
「そうだ。三人の騒幽が手を使わずに楽器を演奏するんだ。ショッキングだろ。ありゃほとんど麻薬だぜ」
「や、やっぱりやめときます。あはは、人里へ甘いものでも食べに行きましょう」
私の脅しへ途端に萎縮した早苗である。多分全く違うものを想像しているのだろう。
私は神奈子に礼を言い、酒瓶を入れた袋を箒に括り付けて、守矢神社を後にした。
博麗神社に行ったら、蓮子とメリーが、霊夢と一緒に夕飯を食べていた。
「あ、魔理沙だわ」「そうね、魔理沙だね」と白飯を頬張りながら言っている。
「よう1300歳のいちゃいちゃ妖怪二人組。夕飯は博麗神社でか」
「そうよ。夕飯は博麗神社でいちゃいちゃよ」
「夕飯はいちゃいちゃ、ねえメリー」
「そうね、蓮子」
と、にやにやしながら互いに側頭部をぶつけあっている。
仲良すぎだろ。もうお前ら結婚しろ。あ、してたわすまん。
「魔理沙、夕飯は食べた?」
「いんや、まだだ」
「食べてく?」
「よしいただこう。ところで、神奈子から酒貰ってきたから、食後にみんなで飲もうぜ」
白飯、豆腐と玉ねぎの味噌汁、新じゃがの塩コショウバター炒め。
牛肉とごぼうを醤油砂糖日本酒で味をつけたもの。きゅうりの辛子漬け。
かぼちゃ煮。獅子唐の炒め煮に、あとはキャベツの千切り。
かなり多めにご飯を炊いちゃったから、食べきれるか心配だったと言う霊夢だが。
御釜の白飯はきれいさっぱり平らげた。満腹になって満足である。
「なんだよ、かなり豪勢だったな。一体どういうことだ?」
「夕方に人里の人が食べ物を持ってきてくれたの。お裾分けだって」
「それで? この量をお前が?」
「いいえ、蓮子とメリーが来て、おなか減ったって言うから、その人が作って行ったの」
「夕飯としゃれ込んだ訳か。その人里の人はどうした?」
「血を吐きながら帰ったわ」
「おいそれ大丈夫かよ!?」
「“ちゅっちゅスターエージェント勲章を持ってるので大丈夫です”だそうよ」
「いや意味分からんし」
皿を洗って後片付けをし、蓮子とメリーと居間でだらだらとしていたら、霊夢が戻って来て言った。
「いろいろ作ってみたの。ポテトチップスとか、食べる?」
「マジか! 食べる食べる! っていうか、作れるものなのか?」
「薄くスライスして揚げるだけだよ。まあそれが難しんだけどね」と蓮子。
「霊夢は近頃、外の世界の食べ物をこっちで作ろうとしてるのよ」メリーが補足した。
霊夢が持って来たポテチは外の世界で食べたぱりぱりの物ではなく。
厚すぎてぐにゃぐにゃになった揚げじゃがだった。
「スライサを使うべきだったわ」
「な、なんかもうこれ、全く別の食い物だな」
「ま、まだまだ! 次はアイスを作ってみたの!」
「おおおおおお!」
ポテチの出来にげんなりとしていたが、アイスと聞いて歓喜の声が上がる。
「さあアイスよ!」
「ふざけんなこのどこがアイスだ! 水っぽい牛乳じゃねぇか!」
「凍ってるからコールド牛乳? アイスとは言えないわね」
メリーがスプーンで突きながら言った。
「牛乳に砂糖入れて凍らせただけじゃダメか。うん、これいらねっ」
「おい霊夢勿体ないだろちゃんと食べろよ! うげぇ、これはひどい味だ」
「蓮子のやつ美味しそうね。交換しましょ」
「メリーの物も美味しそう。はい交換」
「ああ美味しいわあ、不思議だなぁ」
「そうね、なんでだろ美味しいわぁ」
「おいそこ! 交換しても味変わらないからな!? それとイチャイチャすんな! 暑苦しいんだよ!」
霊夢が捨てようとするので、私は二人分のアイスを食べなければならなかった。
なぜか急速に解けていくので、最後はただの砂糖牛乳になった。
「なかなか上手く行かないなぁ」
「もっとリサーチしてから作れよ。咲夜あたりとかに聞くとかさ」
「うん、それじゃあ、魔理沙が持ってきてくれた酒を飲みましょうか。つまみも作ったし」
「ほほう、どんな肴だ」
「牛筋の煮込み」
「なんでポテチとアイスと牛筋煮込みなんだよ! ひでぇ組み合わせだな!?」
結局、牛筋を肴に四人縁側に座り、酒を飲むことにした。
この煮込みの出来は良い。まあ、材料の分量さえ間違えなければ食べられる味になる。
手間さえ惜しまなければ美味しくなるのだから、その点では安心である。
「これさ、河童が造った酒らしいぜ。どう思う? ノウハウは素人だと思うんだが」
「幻想郷の水を使えば不味くはならないわよ。うん、こりゃ美味しいね」
「ってか、良い出来だな。外の世界の酒を飲み過ぎたか?」
「河童は水流の権化だってこと、あなた忘れてない? 私は忘れてた」
「そういえばそうだったな。あいつら機械ばっかり弄ってるから」
「水の畏れを受ける妖怪が酒を造ったんだから、不味くなる訳が無いのね」
傍らでいちゃいちゃちゅっちゅする二人組を無視して、霊夢と酒を飲む。
常温の日本酒なのに、まるで真水の様にするすると飲める。なのに悪酔いもしない、良い酒だ。
「今日、早苗が言ってたんだけどよ」
「うん」
「外の世界では、鬱病っていう病気があるらしいぜ」
「ああよく言うわね。ストレスとかで心を病んじゃうんでしょ」
「そうそう。なんだか、末期的だよな」
「あんなに物に溢れて食べ物も豊富で、電化製品で家事の負担も無いのにね」
「心は満たされないんだ。妙な話だよな」
牛筋を嚥下してから、酒を一口。
「鬱病の原因の一つに、コンプレックスの要因もあるんだそうだ」
「心の働きとしては、自分の悪い所ばっかりが見えてしまって、自信を失っちゃうのね」
「お前は、コンプレックス少なそうだな」
「失礼な! 少ないんじゃなくて、悩みなんて無いわ!」
霊夢が、アリスの口調を真似て言った。
「ほほう、コンプレックスあるのか。意外だな。どんなものだ?」
「あんた先言いなさいよ」
「私か?」
「うん」
「もうお前には何度か言ってるぜ」
「それじゃあ、もう一回」
「血筋だ。魔道士の家系に生まれたかった」
「あ、ごめん、その話もう聞いたことあったわ」
「そうだろ。まあ今更だけどな」
「うーん、実はね私、」と霊夢は前置きして――。
「一人前の博麗の巫女じゃないのよ」と軽い様子で言った。
この話は、初耳である。
「ふむ? 今この場で話したくなければ、場を改めてもいいぜ?」
「いんや、今話そう。次が無いかも知れないし」
「それじゃあ、続けてくれ」
「先代から一人前の許可を貰ってないからね」
「なんだ、まだ修行中の身なのか」
「どうなんだろ。よく分からない」
霊夢が酒を一口飲む。
「先代はね、私の指導中に何も言わずにどこかへ行っちゃったの」
「そうなのか。霊夢が修行中って言うと、何歳くらいの時だ?」
「6歳くらいかな?」
「6って、おまえ、マジかよ?」
「境内の掃除をして、巫女様、――先代に報告しに行ったら、いなくなってた」
「なにか前兆とかなかったのか。たとえば、前日の夜に少し褒められたとか」
「いつも通りだった。でも強いて言うなれば、妖怪がかなり慌てた様子で、巫女様に会いに来た事かな」
「それは夜の話か? お前が境内を掃除してる時の話か?」
「私が境内を掃除してたら、妖怪が凄い速度で通り過ぎながら、“巫女さん借りるわね!”って」
「それで? どろんか」
「いなくなっちゃった」
「お前はそれから?」
「先代に言われてた修行メニューを毎日続けて、この歳に」
「ふぅん、でもさお前――、」
蓮子とメリーが縁側を立ち、こちらに挨拶をしてきた。
もう帰るらしい。お酒ご馳走様だそうだ。
そうして二人べったりくっ付いて、いちゃいちゃしながら歩いて行った。
私は酒を一口。
「――でも、先代が居なくなったってことは、現段階ではお前が博麗の巫女だろ?」
「どうなんだろ」
「お前が博麗の巫女だよ」
「そうなのかな」
「自信持てよ。お前のほかに誰が異変を解決するんだ?」
「異変解決の代わりなんて、いくらでもいるわ。あなたとか、早苗とか、いくらでも」
「はあ、なるほど、どうしてお前の初動がいつも遅いのか、なんとなくわかった気がするぜ」
責任感が欠如してるのだ。自分が一人前の許しを得ていないから。
当事者意識が足りていない。結界の管理と妖怪退治さえやっていれば良いと思ってる。
でも、と思う。
誰しもが、自分を一人前だなんて考えていないだろう。
向上心がある者は誰だって、どれほど実力がつこうと、自分はまだまだ未熟だと言う。
自信があるか否かの違いだけだ。そう、師匠も、人を残して初めて一流になれるのだと言っていた。
きっと霊夢は、未来に弟子を作り、その弟子を独り立ちさせたら、自分の価値に気付くのだろうと思う。
と、悶々と考えて、どうでもいいやと思い直す。
「それで、なんでお前はこのタイミングでこの話をしたんだ?」
「うん、蓮子とメリーが今日の夕方ここに来た時にね、教えてくれたのよ」
「なにをだ?」
「私、次の外の世界の仕事で、きっと人を殺すわ」
私は、霊夢を見た。霊夢も、夜闇の向こうへ向けていた視線を、こちらに向けた。
霊夢の顔は、赤くなっていない。眼も充血していないし、潤んでもいない。
酔っぱらっているようには見えない。
「結界省の人間を、二人殺す。私が、ね」
「気をつければいいだろ。今まで通り、さ。お前が手加減を見誤るとは考え辛い」
「そのショックで私は博麗の巫女の力を失う。そうして神社には、代わりの巫女が来る」
「んなめちゃくちゃな。あの二人は脅かしてるだけだぜ」
「魔理沙、次の仕事は、」
「断る。一緒に行く」
「私一人で行くわ」
縁側は、静かだった。風も無く、境内裏の木々は黙して私たちの会話を見守っている。
霊夢は正座しており、胡坐をかく私よりも少し高い位置から、こちらを見ている。
霊夢が、歯と歯の間から音を立てる様にして、息を吸う。
「魔理沙、あなた、勝負に負けるときのイメージってつく?」
「あ? 負けるイメージなんてした事無いな。意味無いだろ」
「今、してみなさい。最悪の敵に会って、どうしたって負けるイメージを」
相手が弾を放ってくる。固定32Way弾としよう。
それを、避けてはいけないのだから、当たる? どこへ?
上手く避けて反撃するイメージは出来るのに、その反対の想像は、出来ない。
「無理だな。お前は出来るのかよ」
「できる。一度も勝った事が無い相手が居るから、その人に勝つイメージが、出来ない」
「先代か」
「そうよ」
霊夢が猪口を両手で包んで持ち、まるでそれを温めるかのようにぐっと力を加えている。
「私は、先代には、敵わないわ。どうあがこうとも、無理よ。それできっと次の仕事では――、」
「そんなの、お前の想像だろ。根拠なんてどこにもないじゃないか」
「私の予想は、当たる。根拠なんて、無い」
「まあ、確かに。お前の予想は当たるな」
霊夢が両手で温めた猪口から、酒を飲んだ。
「先代と敵対したら、きっと手加減なんてできない。――どうしよう魔理沙」
「知るか、お前一人で行くんだろ? じゃあ一人でやれよ」
「は、はぁ? あんた、いったい」
「やらんくていい仕事はやらん主義でな。一人で勝手にやってろ」
「こ、――この、――なにを」
殺気。咄嗟に頭を下げると、すぐ上を猛烈な何かが通過するのを感じた。
縁側から飛び降り、手を伸ばす。箒が飛んでくる。そうして境内裏に滞空して避難した。
くるりと宙返りして反転。霊夢に視線を向けると、右手をひらりと振り回すフォーム。
箒に掴まり地面すれすれまで降下。肘が土に着いた。後方の樹木へ、コーン! と何かが刺さった。
正真正銘の退魔針だと、その音を聞いて分かった。
「は、針だと!? あぶねぇなこのやろう!」
「うっさいわ! 当たれ! 当たれこのぉ!」
霊夢が縁側に立ち、怒鳴り散らしながら滅茶苦茶に攻撃を放ってくる。
回避運動に次ぐ回避運動。急降下、急上昇、ロールを打ち、地面をスライドする。
「このっ、こっちが攻撃、しないからって、良い気に、なりやがって!」
無速度設置型高密度の星屑弾幕を、縁側へ詠唱。
すぐさま絨毯を広げる様に展開される、拳ほどの大きさの星々。
霊夢の動きが、鈍くなる。あの密度ならば満足に腕を振り回す事も出来まい。
これで中威力の魔法を詠唱する時間を稼げる、と思いきや。
霊夢が袖に手を入れ、指先だけで何かを弾いて飛ばしてきた。石つぶてだ!
狙いは正確である。当たり判定が存在する、鳩尾の少し上。
飛翔していたら間に合わない。
箒から飛び降り、地面に落下する事で回避した。
「いてっ」
腰ほどの高さとは言え、落下の衝撃は強い。
そしてすぐさま箒を呼び寄せ、体勢を立て直す。
ついで、チャージが完了した魔力を解放。
星屑の密度を倍にしてやる。もう身じろぎ一つとれまい。
「どうだ! お前の弾なんてあたんねぇよ! お前なんてもずく級だ!」
と挑発したら、霊夢が盆に足をかけ、器用にリフトアップ。
へそ辺りまで浮かび上がった酒瓶を、――手で叩いてこちらに放ってきた!
放物線を描いて落下してくる酒瓶を両手で掴み、しっかりと受け止める。
「うおっととと。おい大事な酒だぞ! 割れたらどうするつもりだ!」
「被弾よ魔理沙」
「アホか! ノーカンに決まってるだろ!」
「判定はどうでるかしら? さあどっち!?」
どこからともなく、ぴちゅーん! と言う効果音が聞こえてくる。
私の星屑弾幕が、すべてリセットされる。直後、全身を襲う倦怠感。
弾幕に被弾した場合のペナルティだ。
「こ、の、――これ、でも、くらえや!」
鉛になったかのような重い腕を動かし、霊夢に向かって酒瓶を投げつける。
霊夢は酒瓶をしっかり受け止め、被弾。ぴちゅーん!
体の重心が傾き、縁側にどさりと座り込む。
「うっわ、だっる。こりゃ、……立てないわ」
うつ伏せに寝転がる霊夢。私も箒で縁側まで行き、仰向けになって倒れ込む。
満身創痍、というのは優しいかも知れないが。
「この負けは、イメージできなかったろ」
「そう、ね。いや、投げてくるだろうとは予想したけど」
「同じことだ。予想しても、な」
「じゃあ、どうしろっていうのよ」
「先代って、そんな強いのか?」
「化け物よ。私の何倍も、何十倍も、強い」
「いやいやそりゃお前の先入観だろ」
「どうなんだろ」
私は、霊夢が抱きしめている酒瓶を奪い取り、居間の端まで吹っ飛んだ猪口を拾った。
そうして酒を注ぎ、一口。ふうと息をつく。夜空を見上げると、月が出ていた。
「まあ二人で行けば、どうにかなるだろ。いつも通りさ」
「そうなればいいわね」
それでもやはり、霊夢の不安は完全には拭えないようだった。
以下の作品を先にご覧いただくことをお勧めいたします。
1.メリー「蓮子を待ってたら金髪美女が声をかけてきた」(作品集183)
2.蓮子「メリーを待ってたら常識的なOLが声をかけてきた」(作品集183)
3.蓮子「10年ぶりくらいにメリーから連絡が来たから会いに行ってみた」(作品集183)
4.蓮子「紫に対するあいつらの変態的な視線が日に日に増している」(作品集184)
5.メリー「泊まりに来た蓮子に深夜起こされて大学卒業後のことを質問された」(作品集184)
6.メリー「蓮子と紫が私に隠れて活動しているから独自に調査することにした」(作品集184)
7.メリー「蓮子とご飯を食べていたら金髪幼女が認知しろと迫ってきた」(作品集184)
8.魔理沙「霊夢が眠りっぱなしだから起きるまで縁側に座って待ってみた」(作品集184)
9.メリー「未来パラレルから来た蓮子が結界省から私を救い出すために弾幕勝負を始めた」(作品集185)
10.メリー「蓮子と教授たちと八雲邸を捜索していたら大変な資料を見つけてしまった」 (作品集185)
11.魔理沙「蓮子とメリーのちゅっちゅで私の鬱がヤバい」(作品集185)(←いまここ!)
12.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」前篇(作品集186)
13.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」中篇(作品集186)
14.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」後篇(作品集187)
15.メリー「結界資源を奪い合って魔理沙と結界省たちが弾幕勝負を始めた」(作品集187)
16.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」前篇(作品集187)
17.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」中篇(作品集188)
「外の世界には鬱病って言う病気があるんですよ! 知ってましたか魔理沙さん!」
「鬱くらい知ってるよ。知り合いの楽団が躁鬱を操るからな。ライブの観客はみんなジャンキーだ」
「え、なにそれすごい楽しそう、今度連れて行ってもらってもいいですか?」
「ああいいぜ、それで、鬱病がどうしたって? 鬱が病気なんて、変な話だな」
「それよりもその楽団の話を聞きたいなぁー、なぁんてっ!」
「あー?」
夕方に守矢神社を訪れ、外の話題をそれとなしに振ってみた。
そうしたら早苗から鬱病と言う言葉が出てくる。なんだそりゃ。
一時的な躁状態鬱状態とは良く聞く。心が作用して気分が制御できなくなることだ。
よく人里の男どもが、“すっげぇカワイイ妖怪見つけたんだぜイヤッホウ!”とか。
“お茶に誘ったら、肩の肉齧られた挙句フられた。嬉しいやら悲しいやら”とか。
しかしここは幻想郷である。外の世界とは違う。
道を歩けば宴会になる。愚痴を吐けば宴会になる。家にいれば扉を蹴破られて宴会になる。
宴会さえ始まれば人が際限なく集まりバカ騒ぎになる。そんな風潮なのだ。
病気、という表現が適用されるほど鬱状態は続かない、続けられない世界なのである。
それが外界では、鬱から立ち直れず、自殺者が増え続けているとかなんとか。
「こっちじゃ考えられないな。鬱ってるやつは引っ叩いて川に投げ込めってよく言うし」
「まあ確かに、幻想郷じゃあ考えられない事ですがね」
「原因はどんな事があるんだ?」
「例えば仕事のストレスとか、将来への不安とか」
「なんだそりゃ、そんなに重く考える事か?」
「あとは、生まれつきの体質とか、コンプレックスとか」
「ふむ、コンプレックス、か。ところで早苗、」
「はい、私のコンプレックスを聞きたいですか?」
「いや違う。なんか美味い酒置いてるか? 一本欲しいんだが」
「ええー? 一体どういう脈絡で酒という発想が? まあ、置いてありますけど」
「プリズムリバーのチケットは買っておくからさ。それが代金じゃダメか?」
「あのライブはちょっと刺激が強すぎる。中毒性もあるから、早苗はだめだ」
神奈子が隣に来て、「ほらこれをやろう」と私に酒瓶を差し出してきた。
“河童の皿水”聞き慣れない銘柄である。四合瓶の大きさだ。
「河童が日本酒造りに挑戦したんだ。話題性があるから、これで十分だろう」
「ほほう、こりゃありがたい。貰っておくぜ。あとすまんが今、手持ちが無くてな」
「いや一先ずは要らない。感想を聞かせてくれ。味とかな」
「分かった。プリズムリバーは?」
「もちろん却下だ」
「か、神奈子さま、そこをなんとか、なりませんかね……?」
駄目を出された早苗が食い下がる。神奈子は黙って首を振るだけである。
さてどうしたものかと考えて、却下を出した神奈子の判断には間違いはないと、私は思った。
中毒性があるし、精神を侵されてぶっ壊れた人間も多い。
いきなり奇声を発しながら踊り始めたと思ったら、次には跪いて泣き始めるのだ。
早苗がああなったら、当然責任は私に来るのだろう。あ、躁鬱病の症例、幻想郷にもあったわ。
神奈子がアイコンタクトという名目のガンを飛ばしてくる。
おいこれをどうにかしなきゃ酒は没収だ、らしい。
すこし頭を巡らせてから、早苗を説得する。
「ああ早苗さ、幽霊は苦手だろ?」
「幽霊キライです! 怖いもん!」
「プリズムリバーは幽霊楽団だぜ」
「ゆうれい、がくだん?」早苗がさっと表情をひきつらせて復唱した。効果は抜群だ。
「そうだ。三人の騒幽が手を使わずに楽器を演奏するんだ。ショッキングだろ。ありゃほとんど麻薬だぜ」
「や、やっぱりやめときます。あはは、人里へ甘いものでも食べに行きましょう」
私の脅しへ途端に萎縮した早苗である。多分全く違うものを想像しているのだろう。
私は神奈子に礼を言い、酒瓶を入れた袋を箒に括り付けて、守矢神社を後にした。
博麗神社に行ったら、蓮子とメリーが、霊夢と一緒に夕飯を食べていた。
「あ、魔理沙だわ」「そうね、魔理沙だね」と白飯を頬張りながら言っている。
「よう1300歳のいちゃいちゃ妖怪二人組。夕飯は博麗神社でか」
「そうよ。夕飯は博麗神社でいちゃいちゃよ」
「夕飯はいちゃいちゃ、ねえメリー」
「そうね、蓮子」
と、にやにやしながら互いに側頭部をぶつけあっている。
仲良すぎだろ。もうお前ら結婚しろ。あ、してたわすまん。
「魔理沙、夕飯は食べた?」
「いんや、まだだ」
「食べてく?」
「よしいただこう。ところで、神奈子から酒貰ってきたから、食後にみんなで飲もうぜ」
白飯、豆腐と玉ねぎの味噌汁、新じゃがの塩コショウバター炒め。
牛肉とごぼうを醤油砂糖日本酒で味をつけたもの。きゅうりの辛子漬け。
かぼちゃ煮。獅子唐の炒め煮に、あとはキャベツの千切り。
かなり多めにご飯を炊いちゃったから、食べきれるか心配だったと言う霊夢だが。
御釜の白飯はきれいさっぱり平らげた。満腹になって満足である。
「なんだよ、かなり豪勢だったな。一体どういうことだ?」
「夕方に人里の人が食べ物を持ってきてくれたの。お裾分けだって」
「それで? この量をお前が?」
「いいえ、蓮子とメリーが来て、おなか減ったって言うから、その人が作って行ったの」
「夕飯としゃれ込んだ訳か。その人里の人はどうした?」
「血を吐きながら帰ったわ」
「おいそれ大丈夫かよ!?」
「“ちゅっちゅスターエージェント勲章を持ってるので大丈夫です”だそうよ」
「いや意味分からんし」
皿を洗って後片付けをし、蓮子とメリーと居間でだらだらとしていたら、霊夢が戻って来て言った。
「いろいろ作ってみたの。ポテトチップスとか、食べる?」
「マジか! 食べる食べる! っていうか、作れるものなのか?」
「薄くスライスして揚げるだけだよ。まあそれが難しんだけどね」と蓮子。
「霊夢は近頃、外の世界の食べ物をこっちで作ろうとしてるのよ」メリーが補足した。
霊夢が持って来たポテチは外の世界で食べたぱりぱりの物ではなく。
厚すぎてぐにゃぐにゃになった揚げじゃがだった。
「スライサを使うべきだったわ」
「な、なんかもうこれ、全く別の食い物だな」
「ま、まだまだ! 次はアイスを作ってみたの!」
「おおおおおお!」
ポテチの出来にげんなりとしていたが、アイスと聞いて歓喜の声が上がる。
「さあアイスよ!」
「ふざけんなこのどこがアイスだ! 水っぽい牛乳じゃねぇか!」
「凍ってるからコールド牛乳? アイスとは言えないわね」
メリーがスプーンで突きながら言った。
「牛乳に砂糖入れて凍らせただけじゃダメか。うん、これいらねっ」
「おい霊夢勿体ないだろちゃんと食べろよ! うげぇ、これはひどい味だ」
「蓮子のやつ美味しそうね。交換しましょ」
「メリーの物も美味しそう。はい交換」
「ああ美味しいわあ、不思議だなぁ」
「そうね、なんでだろ美味しいわぁ」
「おいそこ! 交換しても味変わらないからな!? それとイチャイチャすんな! 暑苦しいんだよ!」
霊夢が捨てようとするので、私は二人分のアイスを食べなければならなかった。
なぜか急速に解けていくので、最後はただの砂糖牛乳になった。
「なかなか上手く行かないなぁ」
「もっとリサーチしてから作れよ。咲夜あたりとかに聞くとかさ」
「うん、それじゃあ、魔理沙が持ってきてくれた酒を飲みましょうか。つまみも作ったし」
「ほほう、どんな肴だ」
「牛筋の煮込み」
「なんでポテチとアイスと牛筋煮込みなんだよ! ひでぇ組み合わせだな!?」
結局、牛筋を肴に四人縁側に座り、酒を飲むことにした。
この煮込みの出来は良い。まあ、材料の分量さえ間違えなければ食べられる味になる。
手間さえ惜しまなければ美味しくなるのだから、その点では安心である。
「これさ、河童が造った酒らしいぜ。どう思う? ノウハウは素人だと思うんだが」
「幻想郷の水を使えば不味くはならないわよ。うん、こりゃ美味しいね」
「ってか、良い出来だな。外の世界の酒を飲み過ぎたか?」
「河童は水流の権化だってこと、あなた忘れてない? 私は忘れてた」
「そういえばそうだったな。あいつら機械ばっかり弄ってるから」
「水の畏れを受ける妖怪が酒を造ったんだから、不味くなる訳が無いのね」
傍らでいちゃいちゃちゅっちゅする二人組を無視して、霊夢と酒を飲む。
常温の日本酒なのに、まるで真水の様にするすると飲める。なのに悪酔いもしない、良い酒だ。
「今日、早苗が言ってたんだけどよ」
「うん」
「外の世界では、鬱病っていう病気があるらしいぜ」
「ああよく言うわね。ストレスとかで心を病んじゃうんでしょ」
「そうそう。なんだか、末期的だよな」
「あんなに物に溢れて食べ物も豊富で、電化製品で家事の負担も無いのにね」
「心は満たされないんだ。妙な話だよな」
牛筋を嚥下してから、酒を一口。
「鬱病の原因の一つに、コンプレックスの要因もあるんだそうだ」
「心の働きとしては、自分の悪い所ばっかりが見えてしまって、自信を失っちゃうのね」
「お前は、コンプレックス少なそうだな」
「失礼な! 少ないんじゃなくて、悩みなんて無いわ!」
霊夢が、アリスの口調を真似て言った。
「ほほう、コンプレックスあるのか。意外だな。どんなものだ?」
「あんた先言いなさいよ」
「私か?」
「うん」
「もうお前には何度か言ってるぜ」
「それじゃあ、もう一回」
「血筋だ。魔道士の家系に生まれたかった」
「あ、ごめん、その話もう聞いたことあったわ」
「そうだろ。まあ今更だけどな」
「うーん、実はね私、」と霊夢は前置きして――。
「一人前の博麗の巫女じゃないのよ」と軽い様子で言った。
この話は、初耳である。
「ふむ? 今この場で話したくなければ、場を改めてもいいぜ?」
「いんや、今話そう。次が無いかも知れないし」
「それじゃあ、続けてくれ」
「先代から一人前の許可を貰ってないからね」
「なんだ、まだ修行中の身なのか」
「どうなんだろ。よく分からない」
霊夢が酒を一口飲む。
「先代はね、私の指導中に何も言わずにどこかへ行っちゃったの」
「そうなのか。霊夢が修行中って言うと、何歳くらいの時だ?」
「6歳くらいかな?」
「6って、おまえ、マジかよ?」
「境内の掃除をして、巫女様、――先代に報告しに行ったら、いなくなってた」
「なにか前兆とかなかったのか。たとえば、前日の夜に少し褒められたとか」
「いつも通りだった。でも強いて言うなれば、妖怪がかなり慌てた様子で、巫女様に会いに来た事かな」
「それは夜の話か? お前が境内を掃除してる時の話か?」
「私が境内を掃除してたら、妖怪が凄い速度で通り過ぎながら、“巫女さん借りるわね!”って」
「それで? どろんか」
「いなくなっちゃった」
「お前はそれから?」
「先代に言われてた修行メニューを毎日続けて、この歳に」
「ふぅん、でもさお前――、」
蓮子とメリーが縁側を立ち、こちらに挨拶をしてきた。
もう帰るらしい。お酒ご馳走様だそうだ。
そうして二人べったりくっ付いて、いちゃいちゃしながら歩いて行った。
私は酒を一口。
「――でも、先代が居なくなったってことは、現段階ではお前が博麗の巫女だろ?」
「どうなんだろ」
「お前が博麗の巫女だよ」
「そうなのかな」
「自信持てよ。お前のほかに誰が異変を解決するんだ?」
「異変解決の代わりなんて、いくらでもいるわ。あなたとか、早苗とか、いくらでも」
「はあ、なるほど、どうしてお前の初動がいつも遅いのか、なんとなくわかった気がするぜ」
責任感が欠如してるのだ。自分が一人前の許しを得ていないから。
当事者意識が足りていない。結界の管理と妖怪退治さえやっていれば良いと思ってる。
でも、と思う。
誰しもが、自分を一人前だなんて考えていないだろう。
向上心がある者は誰だって、どれほど実力がつこうと、自分はまだまだ未熟だと言う。
自信があるか否かの違いだけだ。そう、師匠も、人を残して初めて一流になれるのだと言っていた。
きっと霊夢は、未来に弟子を作り、その弟子を独り立ちさせたら、自分の価値に気付くのだろうと思う。
と、悶々と考えて、どうでもいいやと思い直す。
「それで、なんでお前はこのタイミングでこの話をしたんだ?」
「うん、蓮子とメリーが今日の夕方ここに来た時にね、教えてくれたのよ」
「なにをだ?」
「私、次の外の世界の仕事で、きっと人を殺すわ」
私は、霊夢を見た。霊夢も、夜闇の向こうへ向けていた視線を、こちらに向けた。
霊夢の顔は、赤くなっていない。眼も充血していないし、潤んでもいない。
酔っぱらっているようには見えない。
「結界省の人間を、二人殺す。私が、ね」
「気をつければいいだろ。今まで通り、さ。お前が手加減を見誤るとは考え辛い」
「そのショックで私は博麗の巫女の力を失う。そうして神社には、代わりの巫女が来る」
「んなめちゃくちゃな。あの二人は脅かしてるだけだぜ」
「魔理沙、次の仕事は、」
「断る。一緒に行く」
「私一人で行くわ」
縁側は、静かだった。風も無く、境内裏の木々は黙して私たちの会話を見守っている。
霊夢は正座しており、胡坐をかく私よりも少し高い位置から、こちらを見ている。
霊夢が、歯と歯の間から音を立てる様にして、息を吸う。
「魔理沙、あなた、勝負に負けるときのイメージってつく?」
「あ? 負けるイメージなんてした事無いな。意味無いだろ」
「今、してみなさい。最悪の敵に会って、どうしたって負けるイメージを」
相手が弾を放ってくる。固定32Way弾としよう。
それを、避けてはいけないのだから、当たる? どこへ?
上手く避けて反撃するイメージは出来るのに、その反対の想像は、出来ない。
「無理だな。お前は出来るのかよ」
「できる。一度も勝った事が無い相手が居るから、その人に勝つイメージが、出来ない」
「先代か」
「そうよ」
霊夢が猪口を両手で包んで持ち、まるでそれを温めるかのようにぐっと力を加えている。
「私は、先代には、敵わないわ。どうあがこうとも、無理よ。それできっと次の仕事では――、」
「そんなの、お前の想像だろ。根拠なんてどこにもないじゃないか」
「私の予想は、当たる。根拠なんて、無い」
「まあ、確かに。お前の予想は当たるな」
霊夢が両手で温めた猪口から、酒を飲んだ。
「先代と敵対したら、きっと手加減なんてできない。――どうしよう魔理沙」
「知るか、お前一人で行くんだろ? じゃあ一人でやれよ」
「は、はぁ? あんた、いったい」
「やらんくていい仕事はやらん主義でな。一人で勝手にやってろ」
「こ、――この、――なにを」
殺気。咄嗟に頭を下げると、すぐ上を猛烈な何かが通過するのを感じた。
縁側から飛び降り、手を伸ばす。箒が飛んでくる。そうして境内裏に滞空して避難した。
くるりと宙返りして反転。霊夢に視線を向けると、右手をひらりと振り回すフォーム。
箒に掴まり地面すれすれまで降下。肘が土に着いた。後方の樹木へ、コーン! と何かが刺さった。
正真正銘の退魔針だと、その音を聞いて分かった。
「は、針だと!? あぶねぇなこのやろう!」
「うっさいわ! 当たれ! 当たれこのぉ!」
霊夢が縁側に立ち、怒鳴り散らしながら滅茶苦茶に攻撃を放ってくる。
回避運動に次ぐ回避運動。急降下、急上昇、ロールを打ち、地面をスライドする。
「このっ、こっちが攻撃、しないからって、良い気に、なりやがって!」
無速度設置型高密度の星屑弾幕を、縁側へ詠唱。
すぐさま絨毯を広げる様に展開される、拳ほどの大きさの星々。
霊夢の動きが、鈍くなる。あの密度ならば満足に腕を振り回す事も出来まい。
これで中威力の魔法を詠唱する時間を稼げる、と思いきや。
霊夢が袖に手を入れ、指先だけで何かを弾いて飛ばしてきた。石つぶてだ!
狙いは正確である。当たり判定が存在する、鳩尾の少し上。
飛翔していたら間に合わない。
箒から飛び降り、地面に落下する事で回避した。
「いてっ」
腰ほどの高さとは言え、落下の衝撃は強い。
そしてすぐさま箒を呼び寄せ、体勢を立て直す。
ついで、チャージが完了した魔力を解放。
星屑の密度を倍にしてやる。もう身じろぎ一つとれまい。
「どうだ! お前の弾なんてあたんねぇよ! お前なんてもずく級だ!」
と挑発したら、霊夢が盆に足をかけ、器用にリフトアップ。
へそ辺りまで浮かび上がった酒瓶を、――手で叩いてこちらに放ってきた!
放物線を描いて落下してくる酒瓶を両手で掴み、しっかりと受け止める。
「うおっととと。おい大事な酒だぞ! 割れたらどうするつもりだ!」
「被弾よ魔理沙」
「アホか! ノーカンに決まってるだろ!」
「判定はどうでるかしら? さあどっち!?」
どこからともなく、ぴちゅーん! と言う効果音が聞こえてくる。
私の星屑弾幕が、すべてリセットされる。直後、全身を襲う倦怠感。
弾幕に被弾した場合のペナルティだ。
「こ、の、――これ、でも、くらえや!」
鉛になったかのような重い腕を動かし、霊夢に向かって酒瓶を投げつける。
霊夢は酒瓶をしっかり受け止め、被弾。ぴちゅーん!
体の重心が傾き、縁側にどさりと座り込む。
「うっわ、だっる。こりゃ、……立てないわ」
うつ伏せに寝転がる霊夢。私も箒で縁側まで行き、仰向けになって倒れ込む。
満身創痍、というのは優しいかも知れないが。
「この負けは、イメージできなかったろ」
「そう、ね。いや、投げてくるだろうとは予想したけど」
「同じことだ。予想しても、な」
「じゃあ、どうしろっていうのよ」
「先代って、そんな強いのか?」
「化け物よ。私の何倍も、何十倍も、強い」
「いやいやそりゃお前の先入観だろ」
「どうなんだろ」
私は、霊夢が抱きしめている酒瓶を奪い取り、居間の端まで吹っ飛んだ猪口を拾った。
そうして酒を注ぎ、一口。ふうと息をつく。夜空を見上げると、月が出ていた。
「まあ二人で行けば、どうにかなるだろ。いつも通りさ」
「そうなればいいわね」
それでもやはり、霊夢の不安は完全には拭えないようだった。
1人目のスターエージェント勲章。なんてうらやましい環境にいるんでしょう。
怖いわー、伏線怖いわー。鬱展開とかには、ならないよね?
彼女たちが霊夢に霊夢に予言?したことで,未来が変わるのか,それとも彼女たちの記憶どおりの未来が訪れるのか,はたまた私が読み違えているのか・・・.続きが気になって眠れないじゃないか!