博麗神社に遊びに行ったら、賽銭箱に紅魔館が入っていた。
ビッグなお賽銭
「何で紅魔館が賽銭箱に入ってるの?」
魔理沙は単刀直入にこう切り出した。
実はその前に、とりあえず霊夢の頭を一発殴っておこうとか、
そう言ったら「痛くしないでね」と注文を付けられたとか、
それは難しいと言ったら「じゃあ優しくしてね」と上目遣いで見られたとか色々なことがあったのだが、ここでは割愛しておく。
うーん、と霊夢は唸っていたが、やがて、何かを閃いたように手を挙げた。
「あれは正月のことだったんだけど」
「今は6月だぜ? 随分遡るな」
「今年も今年で誰も来なかったわけよ、まあいつも通りね」
「私は来ただろ」
「それで、あまりにも誰も来ないから、自分で自分の神社に初詣をしようかと思って」
「少しは聞いてくれと言いたいが、まあいい」
「んで、お願いしたわけよ。『お賽銭が欲しい。ビッグなお賽銭が欲しい』ってね」
「ああ」
「これなんじゃないの? ビッグなお賽銭」
魔理沙は空を見上げる。
推定40×50×30メートル。なるほど、こいつはでかい。
問題があるとすれば、こいつが賽銭箱の中に入っているということだが。
ついでに言えば、紅魔館は天井側が下になって入っている。
地下がどうなっているのかとか、細かいことを気にしてはいけない。
「日頃の行いがきっと良かったせいね。神様は居るかどうか知らないけど、神頼みも効き目があるもんね」
「その発言に色々突っ込みたいんだが、その前にだ」
「何よ」
「神様って、コイツをここにダンクシュート決められるほどに力持ちなのかい」
「魔理沙アンタ頭おかしくなったの?」
霊夢があたまの上で指をくるくるとやる。
「神様の委託を受けて紅魔館が自力で来たに決まってるじゃないの」
「なあ霊夢、さっきの言葉そのまま返して良いか?」
「何でよ」
「何でも何もあるか。まだ私の話の方が信憑性あるだろ」
「いいや、紅魔館は自力でやってきたのよ。その状況証拠だってある」
「ほほう、そいつを聞かせてもらおうじゃないか」
魔理沙は半分付き合ってられない、という顔をしつつも、もう半分は霊夢の言うことに耳を傾けている。
これが有情、もとい友情である。
「三日前から洗濯物が乾きにくくなった」
「なるほどな。ってちょっと待て」
「何よ」
「それめっちゃ近くに来てるよね、多分目視で紅魔館が確認出来るレベルだよね」
「灯台下暗しとはこのこと。いや参った参った」
「やっぱり殴っていいか」
と言いつつ魔理沙は痛くない程度に霊夢をポカッとやった。
霊夢の目がハートになっていたので、もう一発殴るのは止めておいた。
「分かった分かった。ちゃんと見えてたわよ。紅魔館」
「そういうの、状況証拠って言わないんじゃないかな。あと目やめろ、気持ち悪い」
「多分一日三メートルくらい動いてきたんじゃないかな。どうやって賽銭箱に入ったかは知らないけど」
「三年かけて自宅の前へ、ってか」
魔理沙が謎のダンシングポーズを取ったが、霊夢には気付いてもらえなかった。
若干凹みつつも、魔理沙は言葉を続ける。
「紅魔館が自力でやってきた。そこはまあいい。いや、厳密には良くはないんだが」
「良いじゃないの。これだけのお賽銭、きっと十年かかっても使い切れないわよ」
「え、お前これ貰う気で居るの?」
「こうして賽銭箱に入っているのよ。賽銭箱に入ったものは巫女のもの、って決まってるじゃない」
「いや、普通はそうなんだろうが。だけどなぁ……そうだ」
魔理沙は何か思いついたような顔をする。
「紅魔館だよ、紅魔館。ということは、レミリアなり咲夜なり、誰かしら居るかもしれないじゃないか。まずそいつらに話を聞くべきだろ」
「チッ、気づいたか」
「お前悪徳だな、悪徳巫女」
「いつも魔導書を盗んでいるどこかの盗賊には言われたくないわね」
「知的好奇心の追求と言ってくれたまえ」
「んで、レミリアを呼ぶの? 呼ばないの?」
「当然呼んでとっちめてやる。どうせここに紅魔館が来たのもあいつの気まぐれだろ、洗いざらい吐かせてやるさ……おーい、レミリア、居るんだろ?」
シーフから警察役にジョブチェンジした魔理沙が呼びかける。
「レミリアお嬢なら居ませんよ。いや、居るけど返事は出来ない状態と言ったほうが正しいでしょうか」
「ん、何だこの声? 誰だ?」
「あなた達の目の前に居るものですよ」
「ん、どういうことだ? 建物の中の誰かか?」
「私です、紅魔館です」
しばしの沈黙。
数秒経って、魔理沙は渾身のツッコミを入れるべく口を開いた。
「紅魔館よ。色々聞きたいことがあるんだが、まずこれに答えてくれ」
「はい、何なりと」
「……お前、喋れるの?」
「何をおっしゃいますやら。現にこうしていま会話しているでしょう」
「なるほどな。こいつは夢なんだ。賽銭箱に紅魔館が入っているのも、紅魔館が喋るのも全部私の見ている悪い夢なんだな。はは、ははは」
「ウチの神社も喋るわよ」
「やめろー! 現実逃避をさせてくれー! これ以上追い打ちをかけないでくれ!」
魔理沙が箒に乗ってエスケープしようとしたので、霊夢がダイビングキャッチでそれを妨げた。
揉み合いになる。
やがて、揉み合いになった中霊夢の顔がうっとりしてきたので、魔理沙は我に帰った。
現実逃避より、友人の状態の方が大事という、正にこれぞ友情である。
きっと違うと思う。
「紅魔館も神社も喋る、と。今まで生きてきた常識ってのが今日一日で崩れ去った気分だ」
「はぁ、何かすいません、私が喋ったばっかりに」
「マリササン、コンゴトモヨロシク」
「神社、頼むからお前だけは喋らないでくれ。収拾が付かなくなる」
「今の私だけど」
「紛らわしいことすんな霊夢!!」
「スイマセン、マリササン」
「あ、今のが神社ね」
「誰か助けてくれ」
博麗神社は最近では珍しいほどに賑やかになっている。
四人の話し声が境内に響く。うち二人は無機物だが。
「で、だ。紅魔館よ。幾つか聞きたい事がある」
「なんでしょうか」
「どうやってここまで来た? そして、その理由は何だ。館の中の誰の企みだ?」
「最初から順にお答えしましょう。どうやってここまで来た、については私のこの健脚にて……」
「もう突っ込む気力もない」
「ああ、私の神社も」
「はい、次」
「理由、ですが。こちらの神社君から手紙を頂きまして。『ここの巫女がビッグなお賽銭を欲しがっている。ここは一つ、手を貸して貰えないか』と」
「なあ、私もう色々と投げ出していいか?」
「マリササン、ガンバレ」
段々となげやりになっていく魔理沙に対して、霊夢はこの問題の本質を見抜いていた。
「ねえ、紅魔館。あなたがどうやってここまで来たとか、そういうのはどうでもいいの。私が気になっているのは、もっと重要な点」
「と、おっしゃいますと」
「あなた言ったわよね。『居るけど返事は出来ない状態』って」
ぴくり、と魔理沙が顔を上げる。
「そういや、そんなこと言っていたな。なあ、レミリアが居ないなら咲夜でもいい。誰か居ないのか?」
「それは……」
「ん、どうした、言い難い事でもあるのか」
「……全滅です。紅魔館の面子は全員、一人残らず」
「なんだって!?」
幻想郷の中でも一大勢力を築いている紅魔館。
その紅魔館が、一人残らず全滅とは、穏やかじゃない。
(まさか、さっきの理由はデタラメで、本当に此処に来た理由は……)
魔理沙の頭がフル回転する。
普段はシーフ家業に精を出している彼女だが、一度こうして魔法使いモードに入るとその集中力は並大抵のものではない。
「なあ、紅魔館よ」
「みなまで言わないで下さい。私にも分かっていますよ」
「じゃあ……」
「ええ、そうです。彼女らは全員……」
紅魔館は一呼吸の後、
「私の歩行リズムに耐え切れず、酔ってます」
「……ああ、そう」
真実を告げた。
ビッグなお賽銭
「何で紅魔館が賽銭箱に入ってるの?」
魔理沙は単刀直入にこう切り出した。
実はその前に、とりあえず霊夢の頭を一発殴っておこうとか、
そう言ったら「痛くしないでね」と注文を付けられたとか、
それは難しいと言ったら「じゃあ優しくしてね」と上目遣いで見られたとか色々なことがあったのだが、ここでは割愛しておく。
うーん、と霊夢は唸っていたが、やがて、何かを閃いたように手を挙げた。
「あれは正月のことだったんだけど」
「今は6月だぜ? 随分遡るな」
「今年も今年で誰も来なかったわけよ、まあいつも通りね」
「私は来ただろ」
「それで、あまりにも誰も来ないから、自分で自分の神社に初詣をしようかと思って」
「少しは聞いてくれと言いたいが、まあいい」
「んで、お願いしたわけよ。『お賽銭が欲しい。ビッグなお賽銭が欲しい』ってね」
「ああ」
「これなんじゃないの? ビッグなお賽銭」
魔理沙は空を見上げる。
推定40×50×30メートル。なるほど、こいつはでかい。
問題があるとすれば、こいつが賽銭箱の中に入っているということだが。
ついでに言えば、紅魔館は天井側が下になって入っている。
地下がどうなっているのかとか、細かいことを気にしてはいけない。
「日頃の行いがきっと良かったせいね。神様は居るかどうか知らないけど、神頼みも効き目があるもんね」
「その発言に色々突っ込みたいんだが、その前にだ」
「何よ」
「神様って、コイツをここにダンクシュート決められるほどに力持ちなのかい」
「魔理沙アンタ頭おかしくなったの?」
霊夢があたまの上で指をくるくるとやる。
「神様の委託を受けて紅魔館が自力で来たに決まってるじゃないの」
「なあ霊夢、さっきの言葉そのまま返して良いか?」
「何でよ」
「何でも何もあるか。まだ私の話の方が信憑性あるだろ」
「いいや、紅魔館は自力でやってきたのよ。その状況証拠だってある」
「ほほう、そいつを聞かせてもらおうじゃないか」
魔理沙は半分付き合ってられない、という顔をしつつも、もう半分は霊夢の言うことに耳を傾けている。
これが有情、もとい友情である。
「三日前から洗濯物が乾きにくくなった」
「なるほどな。ってちょっと待て」
「何よ」
「それめっちゃ近くに来てるよね、多分目視で紅魔館が確認出来るレベルだよね」
「灯台下暗しとはこのこと。いや参った参った」
「やっぱり殴っていいか」
と言いつつ魔理沙は痛くない程度に霊夢をポカッとやった。
霊夢の目がハートになっていたので、もう一発殴るのは止めておいた。
「分かった分かった。ちゃんと見えてたわよ。紅魔館」
「そういうの、状況証拠って言わないんじゃないかな。あと目やめろ、気持ち悪い」
「多分一日三メートルくらい動いてきたんじゃないかな。どうやって賽銭箱に入ったかは知らないけど」
「三年かけて自宅の前へ、ってか」
魔理沙が謎のダンシングポーズを取ったが、霊夢には気付いてもらえなかった。
若干凹みつつも、魔理沙は言葉を続ける。
「紅魔館が自力でやってきた。そこはまあいい。いや、厳密には良くはないんだが」
「良いじゃないの。これだけのお賽銭、きっと十年かかっても使い切れないわよ」
「え、お前これ貰う気で居るの?」
「こうして賽銭箱に入っているのよ。賽銭箱に入ったものは巫女のもの、って決まってるじゃない」
「いや、普通はそうなんだろうが。だけどなぁ……そうだ」
魔理沙は何か思いついたような顔をする。
「紅魔館だよ、紅魔館。ということは、レミリアなり咲夜なり、誰かしら居るかもしれないじゃないか。まずそいつらに話を聞くべきだろ」
「チッ、気づいたか」
「お前悪徳だな、悪徳巫女」
「いつも魔導書を盗んでいるどこかの盗賊には言われたくないわね」
「知的好奇心の追求と言ってくれたまえ」
「んで、レミリアを呼ぶの? 呼ばないの?」
「当然呼んでとっちめてやる。どうせここに紅魔館が来たのもあいつの気まぐれだろ、洗いざらい吐かせてやるさ……おーい、レミリア、居るんだろ?」
シーフから警察役にジョブチェンジした魔理沙が呼びかける。
「レミリアお嬢なら居ませんよ。いや、居るけど返事は出来ない状態と言ったほうが正しいでしょうか」
「ん、何だこの声? 誰だ?」
「あなた達の目の前に居るものですよ」
「ん、どういうことだ? 建物の中の誰かか?」
「私です、紅魔館です」
しばしの沈黙。
数秒経って、魔理沙は渾身のツッコミを入れるべく口を開いた。
「紅魔館よ。色々聞きたいことがあるんだが、まずこれに答えてくれ」
「はい、何なりと」
「……お前、喋れるの?」
「何をおっしゃいますやら。現にこうしていま会話しているでしょう」
「なるほどな。こいつは夢なんだ。賽銭箱に紅魔館が入っているのも、紅魔館が喋るのも全部私の見ている悪い夢なんだな。はは、ははは」
「ウチの神社も喋るわよ」
「やめろー! 現実逃避をさせてくれー! これ以上追い打ちをかけないでくれ!」
魔理沙が箒に乗ってエスケープしようとしたので、霊夢がダイビングキャッチでそれを妨げた。
揉み合いになる。
やがて、揉み合いになった中霊夢の顔がうっとりしてきたので、魔理沙は我に帰った。
現実逃避より、友人の状態の方が大事という、正にこれぞ友情である。
きっと違うと思う。
「紅魔館も神社も喋る、と。今まで生きてきた常識ってのが今日一日で崩れ去った気分だ」
「はぁ、何かすいません、私が喋ったばっかりに」
「マリササン、コンゴトモヨロシク」
「神社、頼むからお前だけは喋らないでくれ。収拾が付かなくなる」
「今の私だけど」
「紛らわしいことすんな霊夢!!」
「スイマセン、マリササン」
「あ、今のが神社ね」
「誰か助けてくれ」
博麗神社は最近では珍しいほどに賑やかになっている。
四人の話し声が境内に響く。うち二人は無機物だが。
「で、だ。紅魔館よ。幾つか聞きたい事がある」
「なんでしょうか」
「どうやってここまで来た? そして、その理由は何だ。館の中の誰の企みだ?」
「最初から順にお答えしましょう。どうやってここまで来た、については私のこの健脚にて……」
「もう突っ込む気力もない」
「ああ、私の神社も」
「はい、次」
「理由、ですが。こちらの神社君から手紙を頂きまして。『ここの巫女がビッグなお賽銭を欲しがっている。ここは一つ、手を貸して貰えないか』と」
「なあ、私もう色々と投げ出していいか?」
「マリササン、ガンバレ」
段々となげやりになっていく魔理沙に対して、霊夢はこの問題の本質を見抜いていた。
「ねえ、紅魔館。あなたがどうやってここまで来たとか、そういうのはどうでもいいの。私が気になっているのは、もっと重要な点」
「と、おっしゃいますと」
「あなた言ったわよね。『居るけど返事は出来ない状態』って」
ぴくり、と魔理沙が顔を上げる。
「そういや、そんなこと言っていたな。なあ、レミリアが居ないなら咲夜でもいい。誰か居ないのか?」
「それは……」
「ん、どうした、言い難い事でもあるのか」
「……全滅です。紅魔館の面子は全員、一人残らず」
「なんだって!?」
幻想郷の中でも一大勢力を築いている紅魔館。
その紅魔館が、一人残らず全滅とは、穏やかじゃない。
(まさか、さっきの理由はデタラメで、本当に此処に来た理由は……)
魔理沙の頭がフル回転する。
普段はシーフ家業に精を出している彼女だが、一度こうして魔法使いモードに入るとその集中力は並大抵のものではない。
「なあ、紅魔館よ」
「みなまで言わないで下さい。私にも分かっていますよ」
「じゃあ……」
「ええ、そうです。彼女らは全員……」
紅魔館は一呼吸の後、
「私の歩行リズムに耐え切れず、酔ってます」
「……ああ、そう」
真実を告げた。
どれも大変励みになります。ありがとうございます。