幻想郷の夜は、宴会が行われている博麗神社以外、静寂に包まれている。
月明かりに照らされる夜も、その光を拒むが如く森は暗く、寂々としている。
しかしそれは表向きのこと。
良く目を凝らせば、その闇の中に二対の光が見える。殺意と飢えと歓喜に満ちたその光が。
その木々の根元には、苔むした白いものが転がっている事が昼に確認できる。
郷に外界から迷い込んできて、何も知らずに食らい尽くされた者たちの亡骸。
その近くの川で、三つの影が動いている。
一つは、拾った石に何かをして、それを川へと投げている。
一つは 川原のあちこちに何かを置いて、それが終わるとそこに儚い光が灯っていく。
一つは、何かを手に周りを見渡している。
「星、一輪。準備は済みましたが、そちらはどうですか?」
川に石を投げ込んでいた影が、残りの二人に訊く。
「姐さん、こちらは大丈夫です。」明かりを灯していた影が答えた。
最後の影は答えない。とある場所を見つめながら警戒している。
「星、どうかしたのですか?」
その問いに、仁王立ちで仏敵を睨み付けるような影は、声のほうを振り返らずに言った。
「聖、気をつけて下さい。一人、こちらを狙う者が居ます。」
明かりを灯していた影ーーー雲居 一輪に緊張が走る、が、もう一つの影ーーー聖 白蓮は静かに言った。
「星、私に任せてください。」
「しかし聖、相手は闇を作ってその中に紛れています。まずは私が相手を武装解除させます。」
星は宝塔を掲げ、真言を唱える。
「オン ベイ シュラマンダヤ ソワカ。わが軍神の剣よ、その光で我が敵を覆い隠す闇を払いたもう。」
宝塔がわずかに光り、また元の暗闇が辺りを包んだ、そのとき。
「きゃっ!」
叫びと共に星の十歩先に、黒いワンピースに赤いリボンの金髪の少女が落ちてきた。
その前に立ちはだかろうとする星を制し、白蓮は少女の前に出る。
少女は目を押さえていたが、しばらくすると目が慣れてきたのか、目の前の白蓮と、その後ろに居る二人を見る。
「…あなた達は、食べてもいい人間?それとも妖怪?」
その仕草はあどけなく、敵意も悪意もない。だが、その姿を見た星と一輪が警戒態勢に入った。
「姐さん、下がって下さい。」
「聖、彼女は人食いで知られる妖怪です。私が彼女をいったん封じます。」
その言葉に、白蓮は静かに言った。
「妖怪でも困った事があれば、出来る範囲で最善を尽くすのも私達の役目です。まずは話を聞きましょう。」
少女はポカンとしている。そんな彼女に白蓮はやさしく訊いた。
「あなたはお腹が減っているのですか?」
少女はその問いに戸惑っていたが、やがて言った。
「うん。ご飯を探してたら、あなた達が居たから食べようと思ってたの。いつもお腹が減ってるんだ。あたし。」
その声には罪悪感も悔悟の念もない。人が獣を狩って食べるのと同じ感情だ。
聖は
「残念だけど、私達は食べられない人間なのです。しかし、あなたが人間以外も食べられるのでしたら私達が持っているお弁当をあげましょう。」
少女の顔に喜びの色が広がる。
「ありがとう!あたし、ルーミアって言うの。あなたのお名前は?」
ルーミアの問いに、聖が丁寧に答える。
「私は命蓮寺の僧侶、聖 白蓮。後ろに居るのは私の弟子であり大事な友であり家族です。」
そこで二人が一歩前に出た。
「私は雲居 一輪。そして私の後ろに居る入道は雲山と言います。」
続けて星が言う。
「私は寅丸 星。軍神の代理人にして聖を守るもの、そしてその家族を守る者です。」
数刻後。
出された弁当をすべて平らげて、礼を言った後にルーミアは不思議そうな顔をした。
「お姉さん達は何でここに居るの?この川の向こうは冥界の入り口があるし、妖怪が沢山居るのに。」
白蓮の答えは飽くまで優しい。
「事故や食い殺されて死んだ、そう言う事に関係無く、突然の死で未練を残したり、自分が死んだことが解らない魂達は冥界への道が見えないのです。
私達は月に一回、ここでそういった魂たちの道案内をしています。」
ルーミアは沢山並べられた灯りを見て、言った。
「そのままだと、その魂はどうなるの?」
一輪がそれに答えた。
「悪霊になって悪さをしたり、自分と同じ仲間にしようと他の妖怪に取り就いたり、どんどん自分で自分の罪を増やして…最後にはその罪の重さで
壊れてしまうのです。当然そうなると魂として存在できないので、輪廻の輪から外してしまう…完全に消滅させるしかなくなります。」
「そーなのかー?あたしは大丈夫だけど。」
星が口を開く
「妖怪と霊体となった魂は違います。魂は純粋な心の状態ですから、悪にも善にも容易に染まり、そして自分のやっていることの重さに気づきません。
取り返しのつかなくなる前にこの川でそう言うしがらみや未練を流して、冥界に逝ってもらうのです。」
ルーミアには話の解らない所があった。そもそも妖怪と人の価値観はまったく違う。
「あたし、ここで見ていて良い?」
突然の申し出に星と一輪が戸惑う。が、白蓮は許可した。
「絶対に邪魔をしないなら、大丈夫ですよ。」
彼女はそう言って、二人に指示を出す。
「そろそろ始めましょう。星、お願いします。」
それに答えるように、星が宝塔を再び掲げると、柔らかい光が周りを照らす。
しばらくすると森のあちこちから、ぼろを纏った人達が現れた。大人も、子供も居るし男女の別も無い。
ある者はほっとした顔で、ある者は凶相の中に救いを求める目を、ある者は親子なのだろう、手を繋いで光を見つめている。
ルーミアはその中の幾つかに見覚えがあった。夕方とか、昼でも雨や曇りの日に森の近くを通りがかって彼女が食い殺した者達だ。
白蓮は再び石に何かを書いて、川へと投げる。
一輪はやってきた魂に一人ずつ、手渡しで灯りの点いた蝋燭を渡す。
受け取った魂は、川を渡り、その向こうへと消えていく。ある者はほっとした顔をして、またある者はその罪の重さにおびえながら。
不思議と岸の方は風があるのに、明かりは消えない。
その間にも岸に灯されていた明かりが、一つ、また一つと減っていく。
それが全てなくなって、誰も居ないだろうと思ったとき、星のそばに一人の少年が居た。
「一輪、灯りはもう無いのですか?」星が訊く。
「ええ、直接灯りを出せますが、その状態では。亡霊には持てませんので…。」
横合いから声がした。
「ねえ、ならその役目、私がやってもいいかな?」見るとルーミアがいつの間にかそばに居た。
一輪の顔に困惑が浮かぶ。
「この炎は直接持てば、あなたの様な妖怪や亡霊には全身をを焼かれるような苦痛があるのですよ?下手すれば発狂か、最悪死ぬかもしれない。」
ルーミアは黙って訊いていたが、顔を上げて言った。
「でも、やりたい。自分でも何でそんな気持ちなのか解らないけど、やらなければならない気がするの。この子だけはせめて私に送らせて。」
「しかし…。」
「一輪。」 白蓮の声が凛と響く。
「この子の望む通りにしてやりなさい。この子がその危険を承知でやりたいと言うのなら、何か感じるものがあるのでしょう。」
白蓮の言葉に、一輪は迷っていたが、意を決して両手の間に先ほどの蝋燭と同じ光が生まれた。
「受け取りなさい。」
一輪はルーミアにそれを渡す。一方、受け取ったルーミアの体には灼熱の苦痛が走り、思わず顔が歪み、光を取り落としそうになる。
しかしをれを踏みとどまり、ルーミアは少年に振り向き、言った。
「さあ…つい…て、お…いで。」
切れ切れでも、無理に笑顔を作ってルーミアは少年に言い、先導するように川を渡る。
少年は無表情のまま彼女についていく。
途中、気が遠くなりかける。だが、倒れれば少年は送れない。岸辺の三人なら造作も無いだろうけど、自分が買って出た以上倒れることは出来ない。
少年は無表情で、黙ってついてくる。
向こう岸に着いた時には、手は炭になっていた。
「着い…たよ。もう、ここで…おわか…れ、だね。」
その声に少年は頭を下げ、霧深い道へと消えていく。その姿が消える直前。確かに少年の声がルーミアの耳に届いた。
「殺してくれてありがとう。ルーミアちゃん。」
彼女の記憶にその少年の姿は無かった。が、少年は彼女を知っていた。
なぜ?の疑問を最後に、ルーミアは意識を手放し、倒れた。
数日後。
永遠亭で療養しているルーミアの元に、白蓮たちが見舞いに来た。
白蓮は涙しながらルーミアを抱きしめ、一輪と星はあの苦痛の中を案内しきった胆力を褒めてくれた。
一通りの話が終わった後、彼女らはルーミアの前に沢山の色のついた石の布を広げた。
「コレ何?ビー玉?」
ルーミアの疑問に、白蓮が答える。
「死者達があの川を渡る時、私が川に石を投げていたのは見ていましたよね?」
「うん。」
「あの石には浄化の経文が書いてあって、その川を渡った魂は全てを洗い流されて旅立つのですが、その時に洗い流された『想い』がこう言う
宝石になるのです。」
ルーミアは宝石を手にとって眺めて見る。深い青に金の星をちりばめた石。
一輪が説明する。
「それは瑠璃石。夢が絶たれた人の無念が固まったもの。金色の星はその砕かれた夢のかけら。」
「この紅い石は?」燃えるような綺麗な光を放つ、紅い宝石。
「それは紅玉。希望を抱きながら死んだ人の想いの石。青い方は悲しみだけを抱えて生きてきた人の想いの石、青玉。」
説明を一つ一つ丁寧にしていく一輪、そして興味深く石を見つめるルーミア。
その時ふと、彼女の視界に、透明な中に複雑なプリズムの光を抱いた石が入った。それは他の石と違い、水滴の形をしている。
それをつまんだ途端、彼女の中に何かが流れ込んでくる。
いつの日かの夜、木の根元にうずくまっていた少年。その服の端々から見える肌は、打撲の痕も生々しく、痛ましい姿だった。
『あなたは食べてもいい人間?』
ルーミアの問いに、少年は短く『うん。』と言ったきり、顔を伏せた。
『あなたは何故食べられるのを嫌がらないの?』
『家で親から殴られたり蹴られたりするよりも、もう痛いのは嫌だから。』
『あなたは死にたいの?』
『うん。こんな所もう居たくない。痛みも無く殺してくれるなら食べてもいいよ。』
そして、ルーミアは彼を食べた。
少年はその礼を言いたくて、ずっとルーミアのそばに居た。しかし彼女は気づかず、彼の心の中には感謝と、気づかれない寂しさがあった。
しかし、その中には、終わりの無い苦しみから開放された喜びがあったのだ。
彼女はそこでやっと彼の事を思い出した。
「どうしたのですか?」白蓮が心配そうに訊いて来た。
「え?何かあたしにあったの?」
ルーミアはそこで、自分が涙を流していることに気がついた。
「…何か悲しいことがあるのですか?」一輪も心配そうに見ている。
ルーミアは涙も拭かずに言った。
「昔の事を思い出したの。私が送ったあの子、あたしが食べた子だった。殺してくれって…。そして送った時に最後にあたしに言ったの『ありがとう』って。」
それまで見ているだけだった星が、宝石を覗き込み、言った。
「この石は蛋白石ですね。外界では涙を呼ぶ石だと言われていたらしいですが。」
白蓮が優しくルーミアの背中を撫でながら言う。
「最後に送ったあの子の想いが詰まっていたのでしょうね。あなたが送り役を買って出たのも無意識に覚えていたからでしょう。
この石はあなたが失くさないように私達が首飾りにしたいのですが、良いですか?」
白蓮の問いにルーミアは無言でうなづいた。
「そうですか。そうしたら私達で首飾りにしてあなたに贈りましょう。退院したら命蓮寺まで取りにいらっしゃい。」
そう言って白蓮たちは帰っていった。
その夜。満月の光る夜空。
ルーミアはベッドに横たわり、月を見ていた。
少年と会った夜もこんな月だった。綺麗な満月の夜。
もう会えないけど、最後に会えてよかったのだろうか?
いつもそばに居たのに気づけなかった、それについて彼は許してくれたのだろうか。
彼女には解らない事だらけだった。
でも、一つだけ解っている事はあった。最後に少年を救えたかもしれない事を。
「今度会えることがあったら、こんな形じゃなくて、友達として会いたいな。」
そう呟いて、彼女は目を閉じる。その目の端は、僅かに暖かい涙で光っていた。
月明かりに照らされる夜も、その光を拒むが如く森は暗く、寂々としている。
しかしそれは表向きのこと。
良く目を凝らせば、その闇の中に二対の光が見える。殺意と飢えと歓喜に満ちたその光が。
その木々の根元には、苔むした白いものが転がっている事が昼に確認できる。
郷に外界から迷い込んできて、何も知らずに食らい尽くされた者たちの亡骸。
その近くの川で、三つの影が動いている。
一つは、拾った石に何かをして、それを川へと投げている。
一つは 川原のあちこちに何かを置いて、それが終わるとそこに儚い光が灯っていく。
一つは、何かを手に周りを見渡している。
「星、一輪。準備は済みましたが、そちらはどうですか?」
川に石を投げ込んでいた影が、残りの二人に訊く。
「姐さん、こちらは大丈夫です。」明かりを灯していた影が答えた。
最後の影は答えない。とある場所を見つめながら警戒している。
「星、どうかしたのですか?」
その問いに、仁王立ちで仏敵を睨み付けるような影は、声のほうを振り返らずに言った。
「聖、気をつけて下さい。一人、こちらを狙う者が居ます。」
明かりを灯していた影ーーー雲居 一輪に緊張が走る、が、もう一つの影ーーー聖 白蓮は静かに言った。
「星、私に任せてください。」
「しかし聖、相手は闇を作ってその中に紛れています。まずは私が相手を武装解除させます。」
星は宝塔を掲げ、真言を唱える。
「オン ベイ シュラマンダヤ ソワカ。わが軍神の剣よ、その光で我が敵を覆い隠す闇を払いたもう。」
宝塔がわずかに光り、また元の暗闇が辺りを包んだ、そのとき。
「きゃっ!」
叫びと共に星の十歩先に、黒いワンピースに赤いリボンの金髪の少女が落ちてきた。
その前に立ちはだかろうとする星を制し、白蓮は少女の前に出る。
少女は目を押さえていたが、しばらくすると目が慣れてきたのか、目の前の白蓮と、その後ろに居る二人を見る。
「…あなた達は、食べてもいい人間?それとも妖怪?」
その仕草はあどけなく、敵意も悪意もない。だが、その姿を見た星と一輪が警戒態勢に入った。
「姐さん、下がって下さい。」
「聖、彼女は人食いで知られる妖怪です。私が彼女をいったん封じます。」
その言葉に、白蓮は静かに言った。
「妖怪でも困った事があれば、出来る範囲で最善を尽くすのも私達の役目です。まずは話を聞きましょう。」
少女はポカンとしている。そんな彼女に白蓮はやさしく訊いた。
「あなたはお腹が減っているのですか?」
少女はその問いに戸惑っていたが、やがて言った。
「うん。ご飯を探してたら、あなた達が居たから食べようと思ってたの。いつもお腹が減ってるんだ。あたし。」
その声には罪悪感も悔悟の念もない。人が獣を狩って食べるのと同じ感情だ。
聖は
「残念だけど、私達は食べられない人間なのです。しかし、あなたが人間以外も食べられるのでしたら私達が持っているお弁当をあげましょう。」
少女の顔に喜びの色が広がる。
「ありがとう!あたし、ルーミアって言うの。あなたのお名前は?」
ルーミアの問いに、聖が丁寧に答える。
「私は命蓮寺の僧侶、聖 白蓮。後ろに居るのは私の弟子であり大事な友であり家族です。」
そこで二人が一歩前に出た。
「私は雲居 一輪。そして私の後ろに居る入道は雲山と言います。」
続けて星が言う。
「私は寅丸 星。軍神の代理人にして聖を守るもの、そしてその家族を守る者です。」
数刻後。
出された弁当をすべて平らげて、礼を言った後にルーミアは不思議そうな顔をした。
「お姉さん達は何でここに居るの?この川の向こうは冥界の入り口があるし、妖怪が沢山居るのに。」
白蓮の答えは飽くまで優しい。
「事故や食い殺されて死んだ、そう言う事に関係無く、突然の死で未練を残したり、自分が死んだことが解らない魂達は冥界への道が見えないのです。
私達は月に一回、ここでそういった魂たちの道案内をしています。」
ルーミアは沢山並べられた灯りを見て、言った。
「そのままだと、その魂はどうなるの?」
一輪がそれに答えた。
「悪霊になって悪さをしたり、自分と同じ仲間にしようと他の妖怪に取り就いたり、どんどん自分で自分の罪を増やして…最後にはその罪の重さで
壊れてしまうのです。当然そうなると魂として存在できないので、輪廻の輪から外してしまう…完全に消滅させるしかなくなります。」
「そーなのかー?あたしは大丈夫だけど。」
星が口を開く
「妖怪と霊体となった魂は違います。魂は純粋な心の状態ですから、悪にも善にも容易に染まり、そして自分のやっていることの重さに気づきません。
取り返しのつかなくなる前にこの川でそう言うしがらみや未練を流して、冥界に逝ってもらうのです。」
ルーミアには話の解らない所があった。そもそも妖怪と人の価値観はまったく違う。
「あたし、ここで見ていて良い?」
突然の申し出に星と一輪が戸惑う。が、白蓮は許可した。
「絶対に邪魔をしないなら、大丈夫ですよ。」
彼女はそう言って、二人に指示を出す。
「そろそろ始めましょう。星、お願いします。」
それに答えるように、星が宝塔を再び掲げると、柔らかい光が周りを照らす。
しばらくすると森のあちこちから、ぼろを纏った人達が現れた。大人も、子供も居るし男女の別も無い。
ある者はほっとした顔で、ある者は凶相の中に救いを求める目を、ある者は親子なのだろう、手を繋いで光を見つめている。
ルーミアはその中の幾つかに見覚えがあった。夕方とか、昼でも雨や曇りの日に森の近くを通りがかって彼女が食い殺した者達だ。
白蓮は再び石に何かを書いて、川へと投げる。
一輪はやってきた魂に一人ずつ、手渡しで灯りの点いた蝋燭を渡す。
受け取った魂は、川を渡り、その向こうへと消えていく。ある者はほっとした顔をして、またある者はその罪の重さにおびえながら。
不思議と岸の方は風があるのに、明かりは消えない。
その間にも岸に灯されていた明かりが、一つ、また一つと減っていく。
それが全てなくなって、誰も居ないだろうと思ったとき、星のそばに一人の少年が居た。
「一輪、灯りはもう無いのですか?」星が訊く。
「ええ、直接灯りを出せますが、その状態では。亡霊には持てませんので…。」
横合いから声がした。
「ねえ、ならその役目、私がやってもいいかな?」見るとルーミアがいつの間にかそばに居た。
一輪の顔に困惑が浮かぶ。
「この炎は直接持てば、あなたの様な妖怪や亡霊には全身をを焼かれるような苦痛があるのですよ?下手すれば発狂か、最悪死ぬかもしれない。」
ルーミアは黙って訊いていたが、顔を上げて言った。
「でも、やりたい。自分でも何でそんな気持ちなのか解らないけど、やらなければならない気がするの。この子だけはせめて私に送らせて。」
「しかし…。」
「一輪。」 白蓮の声が凛と響く。
「この子の望む通りにしてやりなさい。この子がその危険を承知でやりたいと言うのなら、何か感じるものがあるのでしょう。」
白蓮の言葉に、一輪は迷っていたが、意を決して両手の間に先ほどの蝋燭と同じ光が生まれた。
「受け取りなさい。」
一輪はルーミアにそれを渡す。一方、受け取ったルーミアの体には灼熱の苦痛が走り、思わず顔が歪み、光を取り落としそうになる。
しかしをれを踏みとどまり、ルーミアは少年に振り向き、言った。
「さあ…つい…て、お…いで。」
切れ切れでも、無理に笑顔を作ってルーミアは少年に言い、先導するように川を渡る。
少年は無表情のまま彼女についていく。
途中、気が遠くなりかける。だが、倒れれば少年は送れない。岸辺の三人なら造作も無いだろうけど、自分が買って出た以上倒れることは出来ない。
少年は無表情で、黙ってついてくる。
向こう岸に着いた時には、手は炭になっていた。
「着い…たよ。もう、ここで…おわか…れ、だね。」
その声に少年は頭を下げ、霧深い道へと消えていく。その姿が消える直前。確かに少年の声がルーミアの耳に届いた。
「殺してくれてありがとう。ルーミアちゃん。」
彼女の記憶にその少年の姿は無かった。が、少年は彼女を知っていた。
なぜ?の疑問を最後に、ルーミアは意識を手放し、倒れた。
数日後。
永遠亭で療養しているルーミアの元に、白蓮たちが見舞いに来た。
白蓮は涙しながらルーミアを抱きしめ、一輪と星はあの苦痛の中を案内しきった胆力を褒めてくれた。
一通りの話が終わった後、彼女らはルーミアの前に沢山の色のついた石の布を広げた。
「コレ何?ビー玉?」
ルーミアの疑問に、白蓮が答える。
「死者達があの川を渡る時、私が川に石を投げていたのは見ていましたよね?」
「うん。」
「あの石には浄化の経文が書いてあって、その川を渡った魂は全てを洗い流されて旅立つのですが、その時に洗い流された『想い』がこう言う
宝石になるのです。」
ルーミアは宝石を手にとって眺めて見る。深い青に金の星をちりばめた石。
一輪が説明する。
「それは瑠璃石。夢が絶たれた人の無念が固まったもの。金色の星はその砕かれた夢のかけら。」
「この紅い石は?」燃えるような綺麗な光を放つ、紅い宝石。
「それは紅玉。希望を抱きながら死んだ人の想いの石。青い方は悲しみだけを抱えて生きてきた人の想いの石、青玉。」
説明を一つ一つ丁寧にしていく一輪、そして興味深く石を見つめるルーミア。
その時ふと、彼女の視界に、透明な中に複雑なプリズムの光を抱いた石が入った。それは他の石と違い、水滴の形をしている。
それをつまんだ途端、彼女の中に何かが流れ込んでくる。
いつの日かの夜、木の根元にうずくまっていた少年。その服の端々から見える肌は、打撲の痕も生々しく、痛ましい姿だった。
『あなたは食べてもいい人間?』
ルーミアの問いに、少年は短く『うん。』と言ったきり、顔を伏せた。
『あなたは何故食べられるのを嫌がらないの?』
『家で親から殴られたり蹴られたりするよりも、もう痛いのは嫌だから。』
『あなたは死にたいの?』
『うん。こんな所もう居たくない。痛みも無く殺してくれるなら食べてもいいよ。』
そして、ルーミアは彼を食べた。
少年はその礼を言いたくて、ずっとルーミアのそばに居た。しかし彼女は気づかず、彼の心の中には感謝と、気づかれない寂しさがあった。
しかし、その中には、終わりの無い苦しみから開放された喜びがあったのだ。
彼女はそこでやっと彼の事を思い出した。
「どうしたのですか?」白蓮が心配そうに訊いて来た。
「え?何かあたしにあったの?」
ルーミアはそこで、自分が涙を流していることに気がついた。
「…何か悲しいことがあるのですか?」一輪も心配そうに見ている。
ルーミアは涙も拭かずに言った。
「昔の事を思い出したの。私が送ったあの子、あたしが食べた子だった。殺してくれって…。そして送った時に最後にあたしに言ったの『ありがとう』って。」
それまで見ているだけだった星が、宝石を覗き込み、言った。
「この石は蛋白石ですね。外界では涙を呼ぶ石だと言われていたらしいですが。」
白蓮が優しくルーミアの背中を撫でながら言う。
「最後に送ったあの子の想いが詰まっていたのでしょうね。あなたが送り役を買って出たのも無意識に覚えていたからでしょう。
この石はあなたが失くさないように私達が首飾りにしたいのですが、良いですか?」
白蓮の問いにルーミアは無言でうなづいた。
「そうですか。そうしたら私達で首飾りにしてあなたに贈りましょう。退院したら命蓮寺まで取りにいらっしゃい。」
そう言って白蓮たちは帰っていった。
その夜。満月の光る夜空。
ルーミアはベッドに横たわり、月を見ていた。
少年と会った夜もこんな月だった。綺麗な満月の夜。
もう会えないけど、最後に会えてよかったのだろうか?
いつもそばに居たのに気づけなかった、それについて彼は許してくれたのだろうか。
彼女には解らない事だらけだった。
でも、一つだけ解っている事はあった。最後に少年を救えたかもしれない事を。
「今度会えることがあったら、こんな形じゃなくて、友達として会いたいな。」
そう呟いて、彼女は目を閉じる。その目の端は、僅かに暖かい涙で光っていた。
健気なルーミアに、心が温まりました。
自分が食べた人間を自分自身で弔う、こんなエピソードがもっと増えてほしいものです。
だってどんな形であれ、きっと感動するだろうから。
今作も良い作品をありがとうございました。
ルーミアはこの体験を通して何か変わる事が出来るのか……。見ものですね。