六月、すっきりと晴れた日の夕暮れ。
立ち込めた熱気が失せて、この川の上にある霧の湖から、霧を纏う冷えた風がやってくる時間になりました。
今日は久し振りの晴れ間ですので、私たち三姉妹も家を出て、何か奏でようと思っていました。
そこに、あなたが通りがかったのです。
あなたはこの郷の人ではない様ですね…え?何故解ったのかって?
それはこの郷の逢魔が時に、無防備でこの湖のそばを歩いている人は居ませんからね。
ここは妖怪も神も幽霊も実在する所。そして私たちもまた、その仲間…。
…あなたは私たちを恐れないのですね。この世界に未練が無いのですか?
……そうですか、入水して死んだと思ったらここに居た、と。
何故か皆、自分の事に関心を持たないから好き勝手にここに居る、と。
そして、昔みたいに川の近くでお酒を飲んでいたので、外界を思い出してここに来たのですか。
そんなに楽しげなのに、こんなに悲しい人を作り出したのは何故なのでしょうね?
そしてその創り主は何故あなたをこんな、滅亡と不足しかない所に放り出したのでしょう?
…それが解ったら、元より自分はこの世界に居ない、ですか。
そうかも知れませんね。私たち三人もそう思います。
私たちもいつの間にか館にに居て、一番下の妹は今、土の下で眠っています。
あの子…レイラが私たちを生み出した理由は、今になっては解りません。私たちも訊いておりませんので。
話が逸れてしまいました。今日は特別にあなたの為にこの楽を奏でましょう。
歌はこちらのリリカが務めます。
では、まだ夏の初めですが、この歌を。タイトルは「タベスタン・ナーメ」です。
『陽の落ちた夕の空 蒼く染まりゆく 星は散り 月の輪を 乱さぬようまたたく
さやけき夜の空 暖かな地面に座り 杯に光を満たし行く
川面行く風はただ水の香を運ぶ 草の香よ 杯に妙なる味をおくれ
中天に輝くは 金を刷く鏡 静かなる銀の河 夢路を辿る標(しるべ)
声無き呼び声に 振り返り見るは セピアの色を刷く 己のきたる道
時計の針の廻(めぐ)り 酔うての呟き 風よこの夢語り 笑うて秘めておくれ』
…いかがでしたか?お酒を持っていらしたのでそれに合わせてみたのですが。
そうですか、昔を思い出しますか。
子供の頃の記憶があるのは羨ましい事ですよ。え?…次は夕方から夜になる頃の歌が良いと。はい、出来ますよ。
それでは、朝の風景も混じってしまいますが、次は「はにゅうのゆめ」で。
『帰る夕日に さよならと言って 消える影へと お別れを告げる
昇る月に見る 埴生の夢 我が心に 安らげる時を
月の下で見る 燈火の夢 誰も来ない夜 目を閉じ眠る
朧に輝く 埴生の夢 我が思い出 幻と踊る
溶けて行く月に 涙を流し 赤い朝焼けに 面(おもて)を向ける
朝(あした)に消える 埴生の夢よ 二度とは見ず 思い出せもせず』
外界で聴いた事のある歌ですか?ええ、そうですね。あなたの様に外界から来た方から教えて頂きました。
詞の方ですが、その方は詩人でして、こちらの新聞でも詩を掲載なさってます。その方にお願いして書き下ろして頂いたのです。
とある活動写真に使われていた歌だとその方はおっしゃってましたね。
こう言う所で繋がりを見つけると楽しいですね。
はい?外界の曲で何か知っていたらそれを奏でて欲しいと?
ふむ、それならばこの曲を歌わせていただきましょう。
「緑の袖(グリーン・スリーヴス)」と言う曲だそうです。歌詞は詩人さんのオリジナルですが…はい、あの方は元は失恋歌だったと。
ええ、そうですか。元の歌詞は外界の嫌な事を思い出すから要らない、と。
解りました。それでは詩人さんのオリジナルで歌いましょう。
『来た道たどりて人は 夢路より帰りぬ 月星の別れの歌 陽の光に溶ける
振られた緑の小袖 眠り覚ますように 凛と冷えた明けの風で 覚めぬ夢を払う
薄い月が青の空に 薄れ行く朝(あした)に 人は何も無きが如く 生業へと臨む
追われた夜のみが知る あまねし夢の群れ いつか思い出す時を 夕暮れへと託す』
短い歌ですがいかがでしたか?
はあ、詩人さんも外界でかなり苦労していたみたいだと思われましたか。
あの方はこちらでも振り回されて苦労してるようですけど、そういう話は一切しない方なので…。
いつかお会いする機会があれば…そうですか、会う事も無いだろう、と。
やっと、思い出されたのですね。貴方は既に亡き人の数に入っている事を。
いえ、やっと受け入れる事が出来た、と言ったほうが良いですか。
自分に起こった事、そのショックに耐え切れなければ、受け入れずに、思い出さない事が自分を正気に保てる方法ですもの。
ここには誰もあなたを責める人は居ません。私たちもまた。
送り歌は何にいたしますか?
永遠に幸せで居られる所へ逝ける歌、ですか。
それではレイラの為にあの方の書いてくれたこの歌を最後に、幕を下ろしましょう。
あなたに会う事は多分、もう無いでしょうけど、願わくばあなたが幸せな夢の中で眠れるように祈ります。
それではラストシング、レクイエムをどうぞ…。
『微笑み浮かべて 横たわる少女 幸せを抱いたまま 眠れる
春の光満ち 風は穏やかに 快い香り運んでくる
御髪に黒いリボンをつけましょう 白い花飾り 首に掛けましょう
溢れる光の中 花の香りの中で 冷めた顔が光る
艶やかな髪は 美しい黄金 青空に喜ぶような色
静かな歌声が周りに響く 御許へ届くように祈る歌声
空へと届くように 少女をかの御方が 愛してくれるよう
いつも抱きしめて 大事にしていた 縫いぐるみを胸に寝かせましょう
あえて 涙は流さずに 泣いた顔のまま 笑みで送りましょう 過ぎた涙は彼女を縛るだけ
残る 悲しみもいつかは 薄れて消えて行き その後に待つのは 少女の微笑と ありのままの姿
清らかな白いドレスに身を包みこみ 小さな羽根揺らし 雲の階段から 手を振り笑って迎えに来るのでしょう
そして我らの手を小さな手で握り あの方の御許へ 我らを導いて いつかの約束叶えてくれるのでしょう
父への祈りが 終わりを告げたら もう一度 あの歌を歌いましょう
涙は見せずに 泣き顔で歌う 新たな旅立ちのレクイエム
四人の天使に見守られながら 天へ翼を広げる幻を 青空に見るときに 終わりの時を告げる 鐘が鳴り響いた
小さな歌声 祈りのさざめき 重い棺の蓋は閉ざされ…』
………………。
歌声の残響が風に流された後には、ボロボロの服だった物と、ひびの入ったガラス瓶、欠けたぐい呑みが残っていた。
「無事に逝ったのかな?」
リリカが呟くと、先ほどまで案内を担当していたルナサが答えた。
「それはあの人だけが知る事だわ。私たちには解らないし、それを知るすべも無い。」
無表情ではあるが、その声には僅かな哀れみと、少しの祈りが含まれている。
「幸せになれるといいね。あの人。」とリリカ。
「ええ、なれるといいわね。そう願いたいわ。」とルナサ。
そこで今まで無言だったメルランが言う。
「後の事はわからないけど、少なくても逝く時は幸せだったかもしれないよ?」
その言葉に、リリカは訊く。
「メルラン姉さん、何でそう断言できるの?」
メルランはそれに微笑んで言った。
「看取ってくれる人がさ、騒霊とは言え三人も居たんだよ?誰も孤独の中で逝きたくはないモンでしょ?レイラの時と違って、レクイエムで送れたんだから大丈夫だよ。」
末っ子のレイラが天寿を全うした時、彼女達は楽器も歌も出来ず、祈りの言葉さえも無く、ただ、墓を作るしか出来なかった。
その後に各々が独力で学んだ演奏の技と歌。そして、祈り。
レイラが居なくなってから何年経ったか忘れるくらいの時間が過ぎて、レイラの墓前で初めて演奏し、祈った。
でも、何を祈ったかまでは覚えていない。もしかしたら、いつかカルテットで演奏できるように、と祈ったかもしれない。
ルナサがボロボロの布を手に取ると、灰になって散り失せた。
ガラス瓶も、ぐい呑みも同じように手に取ると、同じくサラサラと崩れ去り、霧の中に流れていった。
「あの人は…とても昔の人だったのね。」
流れていく霧を見つめ、ルナサが呟いた。
「そして、多分、誰かに見つけてもらいたがっていたのかも知れないわね。」
さっきまで歌を聴いていた「ひと」の楽しげな中に見えた悲しい瞳。
最初にレイラに出会った時に見た、彼女の瞳の中にあった感情と同じ物。
その感情が生み出した存在が、三姉妹以外にも居るのだろうか、ルナサは考えたが答えは出ない。
自分たち以外にはこの郷に同じ存在が居ないから。
レイラが居なくなった後も、自分たちは存在している。何故、何のために居るんだろう?
幾千万と繰り返され、答える人の居ない問い。
それは人はいつか死んでしまうのに、何故生まれてくるのか、と誰かが問うて居たものと同じ。
いろいろな答えを聞いて、それは正解と同時に、不正解でもあった。
真の解はいつか出るのだろうか?
ルナサが出ない答えに小さいため息を吐いた時、空から声が降って来た。
「よう、館の外に居るなんて珍しいな?」
見上げると、紅魔館に出入りしては本を無断拝借していく不良魔法使いが箒に乗っている。
それを見て、陽気な声でメルランが答えた。
「久し振りの五月晴れだからね。最近雨でこもりきりだったから気分を変えたかったんだよ。」
リリカが訊いた。
「魔理沙、今日も紅魔館に?」
魔理沙はうんにゃ、と否定して言った。
「久し振りの晴れ空だから宴会をやるんだ。紅魔館に行く前にお前らを誘おうと思ったんけど、来るかい?」
その声に、メルランが即答する。
「そりゃ良かった。最近色々歌を覚えたんでお披露目先を探してたんだよ。姉さんもリリカも行くよね?」
ルナサは少し渋った様子を見せたが、リリカにわき腹を小突かれて賛同した。
「OK、じゃあ、先に行っててくれ、私は紅魔館の連中を誘ってから行くぜ。遅刻は厳禁な。」
その言葉にメルランが軽口で応酬する。
「そっちこそ、ついでに本を拝借しようとして弾幕合戦にならないようにね?遅刻したら罰ゲーム。内容は内緒。」
魔理沙は笑って、
「そう言いつつ考えてなかったりしてな。まあ誘うだけだから門前だけで済ますぜ。」
じゃな、と言い残し、魔理沙は紅魔館の方面に飛び去った。
ルナサはその方向をしばし見ていたが、メルランとリリカに肩を叩かれて楽器ケースを手にする。
(『生きている者の為の式』か…。)
三人で空を飛びながら、彼女はあの「ひと」の事を思う。
(もしも届くなら、あの楽しさまでは送れないだろうけど、せめて私たちの音楽だけは送れるように願うわ。)
ルナサはそう祈り、飛ぶ速度を上げた。
立ち込めた熱気が失せて、この川の上にある霧の湖から、霧を纏う冷えた風がやってくる時間になりました。
今日は久し振りの晴れ間ですので、私たち三姉妹も家を出て、何か奏でようと思っていました。
そこに、あなたが通りがかったのです。
あなたはこの郷の人ではない様ですね…え?何故解ったのかって?
それはこの郷の逢魔が時に、無防備でこの湖のそばを歩いている人は居ませんからね。
ここは妖怪も神も幽霊も実在する所。そして私たちもまた、その仲間…。
…あなたは私たちを恐れないのですね。この世界に未練が無いのですか?
……そうですか、入水して死んだと思ったらここに居た、と。
何故か皆、自分の事に関心を持たないから好き勝手にここに居る、と。
そして、昔みたいに川の近くでお酒を飲んでいたので、外界を思い出してここに来たのですか。
そんなに楽しげなのに、こんなに悲しい人を作り出したのは何故なのでしょうね?
そしてその創り主は何故あなたをこんな、滅亡と不足しかない所に放り出したのでしょう?
…それが解ったら、元より自分はこの世界に居ない、ですか。
そうかも知れませんね。私たち三人もそう思います。
私たちもいつの間にか館にに居て、一番下の妹は今、土の下で眠っています。
あの子…レイラが私たちを生み出した理由は、今になっては解りません。私たちも訊いておりませんので。
話が逸れてしまいました。今日は特別にあなたの為にこの楽を奏でましょう。
歌はこちらのリリカが務めます。
では、まだ夏の初めですが、この歌を。タイトルは「タベスタン・ナーメ」です。
『陽の落ちた夕の空 蒼く染まりゆく 星は散り 月の輪を 乱さぬようまたたく
さやけき夜の空 暖かな地面に座り 杯に光を満たし行く
川面行く風はただ水の香を運ぶ 草の香よ 杯に妙なる味をおくれ
中天に輝くは 金を刷く鏡 静かなる銀の河 夢路を辿る標(しるべ)
声無き呼び声に 振り返り見るは セピアの色を刷く 己のきたる道
時計の針の廻(めぐ)り 酔うての呟き 風よこの夢語り 笑うて秘めておくれ』
…いかがでしたか?お酒を持っていらしたのでそれに合わせてみたのですが。
そうですか、昔を思い出しますか。
子供の頃の記憶があるのは羨ましい事ですよ。え?…次は夕方から夜になる頃の歌が良いと。はい、出来ますよ。
それでは、朝の風景も混じってしまいますが、次は「はにゅうのゆめ」で。
『帰る夕日に さよならと言って 消える影へと お別れを告げる
昇る月に見る 埴生の夢 我が心に 安らげる時を
月の下で見る 燈火の夢 誰も来ない夜 目を閉じ眠る
朧に輝く 埴生の夢 我が思い出 幻と踊る
溶けて行く月に 涙を流し 赤い朝焼けに 面(おもて)を向ける
朝(あした)に消える 埴生の夢よ 二度とは見ず 思い出せもせず』
外界で聴いた事のある歌ですか?ええ、そうですね。あなたの様に外界から来た方から教えて頂きました。
詞の方ですが、その方は詩人でして、こちらの新聞でも詩を掲載なさってます。その方にお願いして書き下ろして頂いたのです。
とある活動写真に使われていた歌だとその方はおっしゃってましたね。
こう言う所で繋がりを見つけると楽しいですね。
はい?外界の曲で何か知っていたらそれを奏でて欲しいと?
ふむ、それならばこの曲を歌わせていただきましょう。
「緑の袖(グリーン・スリーヴス)」と言う曲だそうです。歌詞は詩人さんのオリジナルですが…はい、あの方は元は失恋歌だったと。
ええ、そうですか。元の歌詞は外界の嫌な事を思い出すから要らない、と。
解りました。それでは詩人さんのオリジナルで歌いましょう。
『来た道たどりて人は 夢路より帰りぬ 月星の別れの歌 陽の光に溶ける
振られた緑の小袖 眠り覚ますように 凛と冷えた明けの風で 覚めぬ夢を払う
薄い月が青の空に 薄れ行く朝(あした)に 人は何も無きが如く 生業へと臨む
追われた夜のみが知る あまねし夢の群れ いつか思い出す時を 夕暮れへと託す』
短い歌ですがいかがでしたか?
はあ、詩人さんも外界でかなり苦労していたみたいだと思われましたか。
あの方はこちらでも振り回されて苦労してるようですけど、そういう話は一切しない方なので…。
いつかお会いする機会があれば…そうですか、会う事も無いだろう、と。
やっと、思い出されたのですね。貴方は既に亡き人の数に入っている事を。
いえ、やっと受け入れる事が出来た、と言ったほうが良いですか。
自分に起こった事、そのショックに耐え切れなければ、受け入れずに、思い出さない事が自分を正気に保てる方法ですもの。
ここには誰もあなたを責める人は居ません。私たちもまた。
送り歌は何にいたしますか?
永遠に幸せで居られる所へ逝ける歌、ですか。
それではレイラの為にあの方の書いてくれたこの歌を最後に、幕を下ろしましょう。
あなたに会う事は多分、もう無いでしょうけど、願わくばあなたが幸せな夢の中で眠れるように祈ります。
それではラストシング、レクイエムをどうぞ…。
『微笑み浮かべて 横たわる少女 幸せを抱いたまま 眠れる
春の光満ち 風は穏やかに 快い香り運んでくる
御髪に黒いリボンをつけましょう 白い花飾り 首に掛けましょう
溢れる光の中 花の香りの中で 冷めた顔が光る
艶やかな髪は 美しい黄金 青空に喜ぶような色
静かな歌声が周りに響く 御許へ届くように祈る歌声
空へと届くように 少女をかの御方が 愛してくれるよう
いつも抱きしめて 大事にしていた 縫いぐるみを胸に寝かせましょう
あえて 涙は流さずに 泣いた顔のまま 笑みで送りましょう 過ぎた涙は彼女を縛るだけ
残る 悲しみもいつかは 薄れて消えて行き その後に待つのは 少女の微笑と ありのままの姿
清らかな白いドレスに身を包みこみ 小さな羽根揺らし 雲の階段から 手を振り笑って迎えに来るのでしょう
そして我らの手を小さな手で握り あの方の御許へ 我らを導いて いつかの約束叶えてくれるのでしょう
父への祈りが 終わりを告げたら もう一度 あの歌を歌いましょう
涙は見せずに 泣き顔で歌う 新たな旅立ちのレクイエム
四人の天使に見守られながら 天へ翼を広げる幻を 青空に見るときに 終わりの時を告げる 鐘が鳴り響いた
小さな歌声 祈りのさざめき 重い棺の蓋は閉ざされ…』
………………。
歌声の残響が風に流された後には、ボロボロの服だった物と、ひびの入ったガラス瓶、欠けたぐい呑みが残っていた。
「無事に逝ったのかな?」
リリカが呟くと、先ほどまで案内を担当していたルナサが答えた。
「それはあの人だけが知る事だわ。私たちには解らないし、それを知るすべも無い。」
無表情ではあるが、その声には僅かな哀れみと、少しの祈りが含まれている。
「幸せになれるといいね。あの人。」とリリカ。
「ええ、なれるといいわね。そう願いたいわ。」とルナサ。
そこで今まで無言だったメルランが言う。
「後の事はわからないけど、少なくても逝く時は幸せだったかもしれないよ?」
その言葉に、リリカは訊く。
「メルラン姉さん、何でそう断言できるの?」
メルランはそれに微笑んで言った。
「看取ってくれる人がさ、騒霊とは言え三人も居たんだよ?誰も孤独の中で逝きたくはないモンでしょ?レイラの時と違って、レクイエムで送れたんだから大丈夫だよ。」
末っ子のレイラが天寿を全うした時、彼女達は楽器も歌も出来ず、祈りの言葉さえも無く、ただ、墓を作るしか出来なかった。
その後に各々が独力で学んだ演奏の技と歌。そして、祈り。
レイラが居なくなってから何年経ったか忘れるくらいの時間が過ぎて、レイラの墓前で初めて演奏し、祈った。
でも、何を祈ったかまでは覚えていない。もしかしたら、いつかカルテットで演奏できるように、と祈ったかもしれない。
ルナサがボロボロの布を手に取ると、灰になって散り失せた。
ガラス瓶も、ぐい呑みも同じように手に取ると、同じくサラサラと崩れ去り、霧の中に流れていった。
「あの人は…とても昔の人だったのね。」
流れていく霧を見つめ、ルナサが呟いた。
「そして、多分、誰かに見つけてもらいたがっていたのかも知れないわね。」
さっきまで歌を聴いていた「ひと」の楽しげな中に見えた悲しい瞳。
最初にレイラに出会った時に見た、彼女の瞳の中にあった感情と同じ物。
その感情が生み出した存在が、三姉妹以外にも居るのだろうか、ルナサは考えたが答えは出ない。
自分たち以外にはこの郷に同じ存在が居ないから。
レイラが居なくなった後も、自分たちは存在している。何故、何のために居るんだろう?
幾千万と繰り返され、答える人の居ない問い。
それは人はいつか死んでしまうのに、何故生まれてくるのか、と誰かが問うて居たものと同じ。
いろいろな答えを聞いて、それは正解と同時に、不正解でもあった。
真の解はいつか出るのだろうか?
ルナサが出ない答えに小さいため息を吐いた時、空から声が降って来た。
「よう、館の外に居るなんて珍しいな?」
見上げると、紅魔館に出入りしては本を無断拝借していく不良魔法使いが箒に乗っている。
それを見て、陽気な声でメルランが答えた。
「久し振りの五月晴れだからね。最近雨でこもりきりだったから気分を変えたかったんだよ。」
リリカが訊いた。
「魔理沙、今日も紅魔館に?」
魔理沙はうんにゃ、と否定して言った。
「久し振りの晴れ空だから宴会をやるんだ。紅魔館に行く前にお前らを誘おうと思ったんけど、来るかい?」
その声に、メルランが即答する。
「そりゃ良かった。最近色々歌を覚えたんでお披露目先を探してたんだよ。姉さんもリリカも行くよね?」
ルナサは少し渋った様子を見せたが、リリカにわき腹を小突かれて賛同した。
「OK、じゃあ、先に行っててくれ、私は紅魔館の連中を誘ってから行くぜ。遅刻は厳禁な。」
その言葉にメルランが軽口で応酬する。
「そっちこそ、ついでに本を拝借しようとして弾幕合戦にならないようにね?遅刻したら罰ゲーム。内容は内緒。」
魔理沙は笑って、
「そう言いつつ考えてなかったりしてな。まあ誘うだけだから門前だけで済ますぜ。」
じゃな、と言い残し、魔理沙は紅魔館の方面に飛び去った。
ルナサはその方向をしばし見ていたが、メルランとリリカに肩を叩かれて楽器ケースを手にする。
(『生きている者の為の式』か…。)
三人で空を飛びながら、彼女はあの「ひと」の事を思う。
(もしも届くなら、あの楽しさまでは送れないだろうけど、せめて私たちの音楽だけは送れるように願うわ。)
ルナサはそう祈り、飛ぶ速度を上げた。
三姉妹の演奏がこの人の精神に語りかけたんでしょうね。
「未練を捨てて現実を受け入れろ」と。違っていたらすみません。
とても素敵な作品でした。
次回も期待してます。
こんな冗談はともかく、とても考えさせられる作品でした
プリズムリバー三姉妹の、もういない末っ子に対する哀愁に似たような感情が伝わってきます
作中の幽霊はどういう心境で旅立ったのかなど、読み終わった後も考え込んでしまいました