Coolier - 新生・東方創想話

魔理沙「霊夢が眠りっぱなしだから起きるまで縁側に座って待ってみた」

2013/06/07 02:25:16
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注意! シリーズものです!
以下の作品を先にご覧いただくことをお勧めいたします。

1.メリー「蓮子を待ってたら金髪美女が声をかけてきた」(作品集183)
2.蓮子「メリーを待ってたら常識的なOLが声をかけてきた」(作品集183)
3.蓮子「10年ぶりくらいにメリーから連絡が来たから会いに行ってみた」(作品集183)
4.蓮子「紫に対するあいつらの変態的な視線が日に日に増している」(作品集184)
5.メリー「泊まりに来た蓮子に深夜起こされて大学卒業後のことを質問された」(作品集184)
6.メリー「蓮子と紫が私に隠れて活動しているから独自に調査することにした」(作品集184)
7.メリー「蓮子とご飯を食べていたら金髪幼女が認知しろと迫ってきた」(作品集184)
8.魔理沙「霊夢が眠りっぱなしだから起きるまで縁側に座って待ってみた」(作品集184)(←いまここ!)
9.メリー「未来パラレルから来た蓮子が結界省から私を救い出すために弾幕勝負を始めた」(作品集185)
10.メリー「蓮子と教授たちと八雲邸を捜索していたら大変な資料を見つけてしまった」 (作品集185)
11.魔理沙「蓮子とメリーのちゅっちゅで私の鬱がヤバい」(作品集185)
12.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」前篇(作品集186)
13.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」中篇(作品集186)
14.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」後篇(作品集187)
15.メリー「結界資源を奪い合って魔理沙と結界省たちが弾幕勝負を始めた」(作品集187)
16.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」前篇(作品集187)
17.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」中篇(作品集188)






朝9時に博麗神社に行くと、縁側でこっくりこっくり舟をこぐ霊夢がいた。
正座したままぐーすか寝息を立てて、頭をあっちにぐらぐらこっちにぐらぐら。

とりあえず隣に座り持参した参考書を広げ、居眠りする霊夢を観察しながら魔法の研究を進めることにした。

9時30分、いまだにぐらぐらし続ける霊夢を見かねて、後ろ頭を支えながらそっと後ろへ押してやる。
触れた直後は「むぁ?」だとか言っていたが、力を加えるとそのまま抗うことも無く、仰向けに寝転がってしまう。

足は正座したまま、湯呑みは下腹部上で両手に持ったまま、体は仰向け。
いやお前その体勢は逆に疲れるだろうと思ったが、それでもぐーすか。
湯呑みの中にあるお茶がこぼれてもいけないので、そっと取り上げて脇に置いてやる。

柔軟を毎日してるのだろう、霊夢お前、かなり体やわらかかったんだな。
隣で姿勢を真似してみるが、腿の筋肉が痛くてとても我慢できない。

それに、かなり細い。腹部の厚みが指5本分くらいしかない。
いや正座の姿勢だから、下に足を入れていることを考えれば、もっと細いのか。
縁側でゴロゴロする様子しか知らないので、霊夢の引き締まった胴体に驚いた。もっと食え。

9時35分。5分待ったが、あの姿勢のままずっと寝ている。まだ起きない。

「おーい、おい霊夢、霊夢起きろって」
「む、――むぁ? なぁに?」
「眠いのは分かったから、布団敷いてやるからそこで寝ろよ」
「えー? 布団? うーん――。…………ぐー」

会話にならない。

私は靴を脱ぎ居間兼寝室に上がると、箪笥から布団を取り出す。
さっさと準備を整える。敷布団に掛布団を広げて、頭の部分は縁側から影の位置にする。

「ほら布団敷いたから。そんな姿勢で寝てたら身体痛めるぞ」

霊夢の体を揺さぶり起こしてやる。目はほとんど閉じている状態でむくりと起き上がる。
軽く小突いて布団へ誘導。なんだか怠惰な牛を急き立てて移動させるみたいだな、と思った。

あれだけ寝ていたのだから、ちょっとしたはずみで目を覚ましてくれるんじゃないかと予想したが。
布団にもぐりこむとこちらに背を向け、すぐに寝息を立て始めた。

10時30分。早苗が神社に来た。
早苗は縁側の前に降り立ち、そこから居間の布団でこちらに背を向けて寝る霊夢を見た。

「うへあ、流石は博麗の巫女、私は朝5時起きだと言うのに……」
「わははは! 残念だったな! これが博麗様だぜ!」
「わ、私は充実してるもんねだ! 悔しくなんてないもん!」
「ところで、なんか用か?」
「神奈子様にちょっとパトロールでもして来いと言われまして」
「なるほど。暇なら一戦やるか?」
「うーん、辞めておきます。準備してませんし」
「そうか。まあまた来ればいいかな」
「そうですね。それじゃあ私、お昼までにはぐるっと回らなきゃならないんで」
「おう、時間見つけてそっちにもいくよ。二柱によろしく言っといてくれ」
「はいそれじゃあまた」

それだけ会話して、早苗はすぐに博麗神社を去った。

11時30分。アリスが神社に来た。

「あら、霊夢寝てるのね」
「朝9時からここにいるんだが、全く起きないんだ」
「ところで魔理沙、お昼ご飯は食べた?」
「まだだな。おまえは?」
「うん、食パンを焼いたからお裾分けに来たの。一緒に食べましょ」

パンにジャムを塗っていたら、そのスプーンを縁側から落としてしまった。
落ちた拍子に軒下へ転がって行ってしまった。拾うのがめんどくさくなってしまったから、そのままにした。

食事を終え、アリスと喋ってるうちに13時になった。

「ちょっと霊夢と喋ったら帰ろうと思ったんだが、こいつ全く起きないな」
「私はもう帰ろうと思ってるんだけど、あなたはどうする?」
「もうここまで来たら霊夢が起きるまで待つとするぜ。ガマン比べた」
「霊夢はガマンなんてしてないけどね。ところで、霊夢は近頃ずっとこうよ」
「ずっとこうって、寝太郎になっちまったって事か?」
「そうね。多分夕方ごろまで起きないと思う」
「それはまことか。――ええい、こうなりゃ意地だ。わかったありがとうよ」

アリスは帰って行った。入れ替わりですぐに萃香がきた。

「霊夢、また寝てるのかあ」
「朝からずっとこんな感じだぜ」
「私が知る限りだと、朝からどころか、もう1週間くらい前からかな?」
「マジかよ! ずっと寝てんのか?」
「まあね。でも時々起きてなんかやってるみたいだけど」
「なんかやってる? そうなのか」
「夜とかに明かりがついてるからね。なんかやってんだね」
「風呂と食事と着替えはしてるようだがな」

私は霊夢を観察した。髪の毛も服も、清潔である。
霊夢の頭の匂いを嗅いでみるが、ふむ臭くは無い。

「多分夕方ごろまで起きないよ」
「ああ、こっちも意地だからな。待つ事にするよ」

萃香は余所に行った。

13時30分。

「また寝ていらっしゃる」文が来た。慣れてる様子だ。
「今なら寝顔撮り放題だ。三年寝太郎の巫女、昼から布団に入って仮寝! ってな」
「いやいや、巫女の寝顔はもう撮り飽きましたよ。時間の無駄なのでまた来ることにします」

14時。

「また寝てるの!? よく寝飽きないわね」天子が来た。
「まあここ座れよ。お茶は出ないぜ。セルフサービスだ。どうぞごゆっくり」
「座っててもつまらないわよ。ねえ、そんなとこに居ないで一戦相手しなさいよ。暇なんでしょ?」
「おういいぜ、朝から座りっぱなしで体がなまっちまった」

勝った。良い運動になった。
涼みながら茶を飲み、少し会話をしたら、天子は帰って行った。

14時30分。

「にゃーん」地底のお燐が来た。
「いや、にゃーんじゃ分からんって」
「なんだい、お姉さん寝てるのかい」人型になったお燐が、おやという感じで言った。
「さっきのにゃーんって、そういう意味があるのか?」
「いや、こんにちはご機嫌麗しゅうって意味」
「わかるかそんなもん」
「うーん、縁側でお姉さんに甘えようと思ったんだけどなぁ。ご飯目当てだけどね」
「なんだ? お前近頃ここによく来るのか? 霊夢によく会うのか?」
「今日は仕事が休みだからさ。ぶらぶらしてるのさ。ここに来るのは半月ぶりくらいだね」
「暇なのか」
「忙しい」
「そんな風には見えないが」
「ぶらぶらするのに忙しいのさ」
「なるほど」
「じゃ、人里に行ってくるかな。それじゃあね」

お燐はどろんと猫の姿に戻ると、藪の中に消えて行った。

15時30分。

竹林の宇宙人の月ウサギ、イナバが来た。

「どうもお疲れ様、黒白魔法使い。霊夢はどこ?」
「寝てるよ。ほらそこ」
「あらそう。ふーん」

そこに突っ立ったまま、ぼけーっとして左から右を見る。
私もイナバの方向を見てみるが、何があると言う訳でもない。

「おい」
「ん? 呼んだ?」
「何しに来たんだ?」
「何しにも何も、」と自分が担いでいる籠を親指で指して。
「置き薬の集金に」
「それで? どうするんだ? 寝てるぜ?」
「そうだね、どうしようっかなぁ」
「……………」

風が吹いて、木が揺れて、葉が鳴った。

「おい」
「ん?」
「集金なんだろ? 仕事しろよ」
「勝手に見てもいいと思う?」
「知らん。私に聞くな」
「救急箱の場所分かる?」
「ああ、私知ってるぜ。持ってこようか?」
「ホントに? じゃお願いしようかしら」

居間の奥の箪笥の上である。赤十字が書かれた木箱だ。

「ほらこれ」
「うん、減ってないね。じゃ終わりだ。帰るわね」
「なあところでお前、もし睡眠薬飲んで寝込んでたら、見分けつくか?」

ここまでぐっすりとなると、何かしらの原因があるに違いない。

「うーん、つく場合とつかない場合がある。専門的なことだから話すと長くなるけど」
「じゃあ霊夢を見てみてくれよ。あいつ睡眠薬でも飲んでるんじゃね?」
「え? そうなの?」
「いや分からないけどさ」
「なんで睡眠薬? 夜眠れないの?」
「いや分からないって。いいから見てみてくれよ」
「睡眠は大事だよ。食事睡眠運動の中で、一番大事だよ」
「そうだな。だから、見てみてくれよ」
「食事と運動はそこそこでも、寝る時間が足りないとすぐ倒れるからね」
「分かったって。ああもう、医者はこれだからめんどくさいんだ」
「でも睡眠薬は飲まない方が良いね。眠れなくても目を瞑って安静にするのが大事よ」
「あのさ、ちょっと私の話聞いてくれるか? 相談なんだよ」

説明を端折ろうと思ったが、ちゃんと言わないとダメみたいだ。
私は経緯を説明した。イナバが「そういうことなら」と居間に上がり込む。
霊夢の寝顔を覗き込み、ぐっと目を鋭くする。イナバの瞳の赤色が強くなる。そして三秒。

「いいえ、睡眠薬どころか、何の薬も飲んでないわ」顔を上げて首を振る。
全部わかるんじゃねぇかと思いながら「ふむ、それじゃあこの眠りは」
「眠いから寝てるだけね」
「朝9時に私がここに来たとき既に寝てたんだぜ?」
「そんなこと言われても困るけど、じゃあ夜更かししたとかじゃない?」
「なるほど。夜更かし、ね」
「人間だから、極度の衰弱状態じゃない限り、10時間も眠れば起きると思うよ」
「じゃあ17時ごろかな? どんくらいに起きると思う?」
「顔色もいいし、呼吸のリズムも正常だし、心配しなくていいと思うけどね」

そんな軒並みなことを言って、イナバは帰って行った。

16時30分。

咲夜とレミリアが来た。

「ほんっとにこの神社は妖怪しかこねぇな。末期的だぜ」
「霊夢は?」咲夜は私を無視した。
「寝てるよ」
「また寝てるのか?」
「なんか用事か?」
「特に無いが、」レミリアが霊夢を指差しながら言う。「――寝過ぎだよね」
「そうだな、明らかに寝過ぎだよな。起こすか?」
「いや寝かせておこう。眠たいならば、そうさせればいい」
「寛大だな。ところで一つ質問なんだが」
「ふむ、答えてやろう。何でもとは言わないが」
「決してお前がって訳じゃないんだが、人を眠らせ続ける呪いってあるか?」
「沢山あるな。餓死するまで眠らせ続けることも可能だ」
「お前はその呪いを?」
「もちろん習得している。だが――」

レミリアが眠っている霊夢の後ろ姿を見て。

「どんな微弱な呪術でも、掛けられていれば一目で分かる。魔法だってそうだろう?」
「まあそうだな。どんなものかを判断するのは難しいが、見ればわかるな」
「それに、霊夢に呪いをかける度胸があるやつなんて、居ると思うか?」
「ははは、確かにごもっともで」

私は考え込んでしまった。あとの可能性が分からない。
明日になったら人を眠らせ続けられることが可能な妖怪を当たってみるか。
異端揃う幻想郷。心当たりがありすぎて困る。どいつもこいつも変態ばっかりだから。

「うーむ、なるほど。じゃあこいつはホントに寝てるだけって事か」
「心配?」
「いやだって、寝過ぎだろ?」
「寝過ぎよね」咲夜が言う。「時間早送りしてみる? 5年くらい」
「いやいややめてくれ。っていうか5年も早送りとか骨になっちまう」
「あらそう残念。ところで魔理沙、ご飯食べた?」
「昼前に食パン食べたっきりだな」

咲夜が籠から、湯切りしたスパゲティーの麺と、ミートソースが入った鍋を取り出した。
サラダとオリーブオイルと牛生肉のカルパッチョまで。っていうか、まだまだずらずら並べ始める。

縁側の空中に次々と空間固定させていく。
全て灰色になっているところを見ると、時間を停止させているのだろう。

私は居間に宴会用の長机を置き、料理をそこに並べた。
ぽんと咲夜が手を打った。そうして何でもない風に言って見せる

「じゃ、夕飯にしましょっか」
「ホントお前その能力便利すぎるだろおい!」

咲夜とレミリアと一緒に、夕飯にした。満腹になった後は、ワインが待っていた。
ワイン用ブドウの専門的な話をいろいろ聞いたが、全く頭に入らなかった。

ブドウは咲夜の監督指導で、美鈴が世話し作ったらしい。庭師万能だなおい。
栽培環境はパチュリーの魔法制御で行ったと言う。マジで万能揃いだな紅魔館。
近々ワインの試飲会を開くとか、赤ワインもいいけれど白ワインもいいのよ、とかなんとか。

そんな話を聞いていたら、18時になった。レミリアと咲夜は帰って行った。
二人が置いて行ったワインをちびちび飲んでいたら、いつの間にか寝てしまったのだろう。
名前を呼ばれた気がしてはっと目を覚ます。

「魔理沙、大丈夫? 飲みすぎてない? 起きられる?」

霊夢だった。どてらを巫女服の上に来ていた。

「おう、起きたのか。いま何時だ?」
「20時過ぎくらいかな」
「そうか。ああ寝ちまったよ。レミリアと咲夜が来て、一緒にワインを飲んだんだ」
「これがそのワインね。残ったのは置いて行ったの? これは飲んでいいって?」
「ああ飲んでくれってさ。ブドウの栽培と醸造は美鈴がやったって。スゴいよな」
「ふぅん。ワインねぇ。幻想郷でもワインが作れるのね」
「げ、なんだこりゃ、酸っぱくなっちまったな」

私の湯呑みに注いだ飲みかけのワインに口をつけると、味が変わっていた。
そう言えば咲夜が言っていた。ワインは直ぐに酸化して味が変わるから、それを楽しむのよと。
起き上がり伸びをすると、霊夢が齧りかけのパンを手に持っているのが分かった。

「ああお前が今食べてるそのパンは、昼に来たアリスが置いて行ったんだ」
「てっきりあんたが持って来たのかと思った。勝手に食べちゃったわね」
「いやいいんだよ。アリスが霊夢の為に持ってきたら、お前寝てたからな。仕方ない」

霊夢は湯呑みからお茶を一口飲んだ。

「なんだ、パンそのまま食ってんのか。確かジャムが置いてあったろ。持ってくるよ」

台所からジャムを取り居間に戻ると、霊夢が湯呑みにワインを注いで飲んでいた。

「っていうか霊夢、昼は寝て、夜に起きたら酒飲みながら飯か。ホント巫女とは思えないな」
「うん、魔理沙、あなたワインの味って分かる?」
「私か? まあ凄く美味いワインと、普通のワインの違いなら分かるがな」

香霖堂に流れ着いた高級ワインを、香霖と一緒に飲んだことがあるのだ。

「このワインは美味しいと思う?」霊夢が聞いてくる。
「普通じゃないかな? 素人が作ってその味ならよくできてると思うよ」
「そうだね。中の中って感じかしら。良い出来だと思う」

霊夢は、薄く切ったパンを軽く持ち上げ、言う。

「このパンはどう思う?」
「美味しいと思うよ」
「どこが美味しい?」
「食感が良い」
「そうね」
「焼きすぎてなくて、ふわふわしてる」
「うん、焼き加減もいい」
「? どうした? 美味しくなかったか?」
「……………………」

霊夢は無言でパンを咀嚼し、縁側に目を向けた。私もそれに倣う。
夜の帳が下り、何種類かの虫の声が聞こえる。
静かな夜だ。いつもの幻想郷である。

「ねえ魔理沙」
「おうなんだ」
「楽しい?」
「なにがだ?」
「ここにいて、さ」
「幻想郷がか? 何がだ?」
「幻想郷、かな? 毎日が、かな?」
「ああ、今日は楽しかったよ」
「なにしたの?」
「朝の9時から一日そこに座ってただけだぜ」
「座ってて、面白かった? なにがあった?」
「いろんな奴が来たな」
「どんな人が来た?」
「早苗、アリス、萃香が来たし」
「それで、来た人と何をしたの?」
「天子とは一勝負した」
「勝負は楽しかった?」
「スペカ宣言があそこで瞬き一回分遅れてたら危なかったな」
「良い勝負だったんだ」
「ああそうだ。天子もそれなりの実力があるからな」
「そのあとは誰か来た?」
「勝負に勝った後は、地底のお燐が来たな」
「あの猫車ね」
「霊夢に撫でて貰いたがってたな」
「ふぅん……」
「? どうした霊夢、おまえ、ちょっとおかしいぜ? 寝過ぎでボケたか?」

無気力と言うか、心ここに有らずと言うか、全く別のことを考えているのか。
会話にとりとめがない。私が一方的に喋り、霊夢はずっと質問してくるだけである。
しかも肯定も無ければ否定もせず、話す方としてもやり辛いことこの上ない。

「魔理沙、今日この後予定は?」
「予定? 研究は縁側で出来たし、飯は食ったし。家に帰って風呂入ったら寝るだけだな」
「じゃあ、明日の予定は?」
「決めてないな」
「それならもう帰りなさい」
「お、おう? じゃあ、――そうさせてもらうぜ?」

霊夢につっけんどんに言われて、私は帰り支度を始める。
といっても荷物は参考書と箒くらいだ。すぐに済んだ。

「それじゃあ霊夢、また明日な」
「うん、また明日」

縁側から外に出て箒に乗り、浮かび上がりながら言う。
霊夢は無表情で、しかしどこかに憂いが浮かぶ顔で私を見上げている。

「ああそれと霊夢――」
「ん? どうかした?」
「なんか悩みがあるなら、誰かに言った方が良いぜ。溜めこむのは良くないからな」
「ああ、そうね」そこで、霊夢の顔にわずかな笑みが浮かんだ「気を付けるわ」
「んん、いやいやこれは失礼。博麗の巫女様のぶっとい神経なら心配ご無用か」
「かえれ!」

霊夢がホーミングアミュレットを放って来たので、急加速で逃げることにした。
帰路、空を見上げると満天の星月夜だった。流れ星も見えたし、瞬く星も観察できた。
箒の速度を落し、顔は上に向けたまま、ゆっくりゆっくり風を感じて帰った。

家についたら歯を磨いてシャワーを浴びて汗を流し、寝間着に着替え、ベッドにもぐりこんだ。
21時30分だった。一日を振り返る。ああ今日も楽しかった。充実していた。

ただ霊夢の悩みだけが気になるが、帰宅直前のちょっかいで笑顔が見られたのは良かった。
あの顔を見る限りでは、悩みはそこまで深いものではない筈だ。
そう長く続く様であれば、酒でも持って行って聞きだしてやろう。

そんなことを考えながら眠ったので、博麗神社に日本酒を持ってあがり込む夢を見た。

「魔理沙、結構いい酒持ってるじゃん」霊夢の目が物騒にギラリと光った。
「全員出て来なさい! 飲むわよ!」となぜか箪笥からみんなが出て来て、宴会になる。
「魔理沙! あんた全然飲んでないじゃん! もっと飲め! 吐くまで飲め! おらおらあ!」
「わはははは!」「いいぞ魔理沙!」「ワイン持って来たわよ」「私の御手製です!」「湿度が大切なの」
「ワインブドウは」「繊細なのよ」「悩みがあったら」「溜めこまずに言えよ」「魔理沙、飲みすぎてない?」

「――魔理沙、――魔理沙、魔理沙」
「魔理沙、起きて、魔理沙」
「むにゃ? ああ日本酒はもう勘弁。美味しいワインが良いな」
「寝ぼけてんじゃないわよ。時間が無いの。起きて魔理沙」

眠りから覚めてみると、夢の中の酩酊状態はどこへやら。
自宅のベッドの上で横になる私が居た。

暗がりにシルエット。目をこすって見ると、霊夢だと分かった。
外出する時のしっかりとした恰好をしている。髪も梳かしてある。

「起きた? 眠い? 動ける?」
「ん? 霊夢なんで私の家にいるんだ? 鍵はどうした?」
「質問に答えて魔理沙。動ける? 寝ていたい? どっち?」
「睡眠時間に寄るな。何時だ? 時計どこ行った?」

私はベッドに腰掛けて言った。大分酷い寝相だったのだろう。
掛布団が散らかり、時計がどこかへ行ってしまっていた。

「今は、1時30分よ。足りる?」
「寝たのは3時間ちょっとか。まあ昼ごろまでならいけるかな」
「お風呂に入らなくていい?」
「いいよ。寝る前にシャワー浴びたし」
「それじゃあ、立ち上がってこっちに来て」
「なんだ? 異変か? 問題があったのか?」
「大丈夫。とりあえずついてきて」
「必要なものは?」
「なにも要らない」
「箒と八卦炉と、魔法具とか」
「何も要らないわ」
「それじゃあ八卦炉だけ」
「どうせ持って行けないけど、まあいいか」
「部屋の灯りつけるか?」
「要らない。こっちに来て」

枕元に置いてあった八卦炉は直ぐに見つかった。
霊夢に促されるまま歩を進めると、目の前に――、スキマが開いた。

「げげっ、おい、いいのかよ?」
「大丈夫。私を信じて」
「ああ、はいはい、意味わからんが信じますよっと」

霊夢の背中を追いスキマの中へ。
ぎょろぎょろと蠢く目玉に見詰められながら、スキマ空間を素足で歩く。

ややあってから光が差す切れ目が出来たと思ったら。
次にはそこに紫が立っていた。霊夢と二人で紫と向き合っている格好だ。

「紫、私の答えが、彼女」
霊夢が私の肩に手を置き、凛とした声で言った。
「もう一人の代表に、霧雨魔理沙を選ぶわ!」

なんか知らんが選ばれたらしい。名誉なことだ。
もちろん私は何も知らないので、リアクションに困る。

「よろしい。では次に飛ぶのは、2013年5月23日16時、上野駅の西口改札前」

紫がいつも通りの胡乱な声で意味の分からない事を言う。
2013年とは、多分暦だ。上野駅とは、駅か。なんでそんな変な言葉を使うんだ?

藍がいつのまにか隣に立っていた。
「魔理沙、お前は霊夢と一緒に、外の世界に行ってもらう」
そしてただでさえ混乱し始めている私へ、いきなりそう言った。

「は? 外界? マジでか? 外界って、結界の外か? 幻想郷の外か?」
「そうだ。博麗大結界の外だ。人型をしていればほぼ全員が人間だ。妖怪はまずいない」
「霊夢と私で? 外界へ? なぜ? 私じゃなきゃ駄目なのか? いったいどうして?」
「霊夢、混乱してるぞ。何も教えてやらなかったのか」
「だって直前まで誰を連れて行こうか悩んでたんだもの」
「明日にするか?」
「今日でも明日でも同じことよ」
「魔理沙、いいか? じゃあ説明するぞ?」
「分かった。すー、はー、ひっひっふー、大丈夫だぜどんと来い」
「霊夢と二人で外界へ行ってもらう」
「が、外界、だと? 外界、がいか、あばばばばば」

藍が私の頭をチョップした。

「ふざけるな魔理沙。これは大事な話なんだ」
「ちぇ、ユーモアが無いな。それで、私はどうすればいいんだ?」
「まずは服を着替えなきゃだな。適当に用意してあるから、コーディネートはここから選べ」

と藍が差し出したのは、つやつやの表紙の本である。
受け取ってみると、がっしりとした装丁に頑丈な紙でできている。
若い女性がポーズをとってこちらを見ている表紙。

「ファッション誌だ。外界でいう所の、衣服のコーディネートを紹介している」
「なるほど。外界の人間はこれで着る服を決めてるのか。それで、実物はどこに?」
「そこから自由に選んでくれ」

藍が親指で肩越しに指す。そこには、ハンガーに掛けられた大量の衣服の列! 凄い量だ!
霊夢は既にそこへ接近し、ハンガーをガチャガチャと言わせて品定めしている。

観察して分かった。外の世界の服は、とても頑丈に出来ている。
縫い目も何重に折り返しており、生地だって幻想郷では手に入らない高価なものだ。

「これ、買ったら高いんじゃないか? 人里で手に入れようとしたら相当だぜこれ」
「値段はピンきりだ。外の世界ではそれが普通なんだよ魔理沙」
「靴だって見ろよこれ。こんなにしっかり作れる靴職人が外界にはたくさんいるのか」
「人の手が加えられているのはごく一部分よ」霊夢が言った「まあ行けばわかるわ」
「えー、これだけ数があったら悩むな。どうしようかな。わはは、何だか楽しくなってきたぞ」
「時間が無いから、それはまた今度。はいあんたが着るのはこれとこれとこれ!」

ベージュのチノパン、ニットパーカー、緑色のベスト。
霊夢に説明されて着てみるが、何だが動き辛い。

「上半身何とかならんか。あんまり重ね着はしたくないんだ」
「日頃あんなふかふかの服着ておいてよく言うわ。どれがいい?」
「もっと余裕がある、帽子付きの長袖に、――ああこういうのが良いな。どっちがいいと思う?」
「ジャ、ジャケット。しかも」
「刺繍入りか。なるほど魔理沙らしい」

私が選んだのは緑色の帽子付き長袖に、背中に刺繍入りの上着。
上着の方はパーカーとジャケットと呼ぶらしい。そして背中に背負う刺繍は。

「竜か虎、ね。派手だわ。なんか怖いわね」
「魔理沙の金髪にその服だと、なるほど目立っていいかも知れないな」
「なあどっちがいいと思う? 竜か虎。私的には虎がいいんだけどな」

私は両手にジャケットを持ち、並んで立つ藍と霊夢に見せる。
サイズは同じ。デザインも刺繍の違いだけ。あとは好みだ。

「まあ、そりゃ幻想郷だし」
「背中に背負うのならば、決定だな」
「そうか、竜神様を背中に背負う訳か。――叱られないかな?」
「大丈夫でしょ。多分」
「大丈夫だな。多分」
「いいのか!? ほんとにいいのか!?」

服装は決定した。靴を選ぶ時にどんなものが良いかと霊夢に聞いたら。
「走りやすいのが良いわよ。マジックテープのスニーカーにしましょう」らしい。

足のサイズを計り、なんかペケマークが入った靴にすることにした。
べりべりとくっ付く便利な固定装で、マジックテープと言うらしい。魔法っぽい名称で良い。

霊夢は、テーパードパンツ、白色のカーディガンに黒のジャケット。
服の名称を覚えなきゃいけなそうだ。色々と勝手が違う。

「服装を決めるだけで1時間もかかったのか。まあ楽しかったが」
「霊夢の時は3時間かかった。それに比べれば短い方だな」
「ほほう、私にはあんなに適当にしておいて、酷いぜ」
「こ、これだけ服があれば誰だって迷うでしょ!」

藍が袖から紙幣を出した。幻想郷では使われていない見た目だった。

「2人のバッグは私が選んだ。これが財布。2人に3万円ずつ入れておく」
「3万円もくれるのか!?」ぎょっとした。「億万長者じゃないか!」
藍が相好を崩す。「魔理沙、外界の3万円は月給の十分の一くらいなんだ」
「物価が違うのよ。ソバ一杯で300円とかだからね」
「な、なるほど。ははは、そうか、物価が違うんだな。――ちっ」

藍からバッグを受け取り、手に持つ。

「霊夢、魔理沙が初めてだから、適当に遊んで来い。制限時間は5時間」
「え? 何もしなくていいの? 自由行動? 食べる物もやることも全部自由?」
「そうだ。3万円を5時間で使い切るつもりで遊んで来い。ただし、トラブルは避けろよ」
「やったー! なにやろうっかなぁ。トンカツ食べて、クレープ食べて、えへへへ」
「なんだ? 外界で遊ぶために私は夜中たたき起こされて呼ばれたのか?」
「いや、これは賢者会議で決まった大事な任務なんだ。今日は初日だから、」

と、藍は考える様に親指で顎を掻き。

「外界のルールを学ぶことだな。幻想郷との色々な違いを知るための期間だ」
「どうせ制限があるんだろ? 空を飛ぶのはNGだとか?」
「霊力と魔力はブロックさせてもらう。だから当然、八卦炉は没収だ。帰ってきたら返す」
「当然か。仕方ない。あとは?」
「目立たない事だな。霊夢の真似をして、何にでも無関心でいる振りをすればいい」
「分かった。霊夢の真似をするよ。あとはまだあるか?」
「幻想郷では道行く人に挨拶するのは当然だろう?」
「まあそうだな。知らない人同士でも世間話とかするし」
「外界では、それが無い。お前は、霊夢以外とぜったいに口をきくな」
「分かった。でもたとえば知らない人に話しかけられたら?」
「無視しろ。聞こえないふりをして良い。トラブルのもとでしかないからな」
「私は金魚の糞みたいに、霊夢の後について行けばいいんだな?」
「そうなるな。あとは、――もう一つ。これは絶対だ」

藍が人差し指を立てた。

「結界省を名乗る人間が来たら、逃げろ。徹底的に逃げろ。いいな?」
「結界省? ほほう。向こうにも結界があるのか。意外だな」
「捕まったら逃げられないぞ。まあ霊夢は霊力が無くても空を飛べるから、」

二人で霊夢を見ると、「銀ダコ食べて、アイス食べて、えへへへ、あとは」と宙を見ている。
藍が頷いて言った。「うむ、霊夢に任せれば安心だ」
「あれで安心なんだな!? いいんだな!? 任せてホントにいいんだな!?」
「紫様、終わりました。出発できます」

またスキマ空間に光が差し、紫が現れた。

「結界省に見つかったら、逃げなさい。いいわね?」
「さっき聞いたよ。霊夢がいるから大丈夫だとも聞いた」
「そうだ、ところで弾幕レベルは二人ともL6だろうな?」
「まあ、観客のノリを顧みないんだったら、ノーボムノーミス余裕だな」
「私は、目を瞑っていたっていけるわ」
「なら大丈夫ね」と紫が言う。

異変解決の時にノーミスノーボムでクリアしたら、絶対に異変の主から引っ叩かれそうだが。
目を瞑って決闘だなんてもってのほかである。寄って集ってボコボコにされても文句は言えないレベルだ。

「良い事? 結界省からは、逃げる。手を出してはダメよ?」
「3回目だぜ。分かったって」
「それじゃあ行ってらっしゃい」

スキマが開く。眩いばかりの光が差す。目を細め、手で影を作る。

「5時間後、迎えに行くわ。それまで楽しみなさい」

目を瞑っていたから到着が分からなかったが、掲げていた手を霊夢に下ろされた。
「さて、16時ね」と霊夢が隣で言った。

私は目を開ける。幻想郷とは全く違う景色が広がっていた。
「わお」と口から声が出た。「こりゃすごいな」
「人がいっぱいでしょ。それと、うるさいよね」
「ああ、こりゃ、何というか、河童が作った機械の森に迷い込んだみたいだ」

全てが見慣れない。周囲を見渡してみると、巨大な建物の中にいると分かった。
天井からつるされている掲示板に文字が流れている。オレンジ色の発光体だ。
どこからともなく大音量で人の声が聞こえてくる。電車が遅れているとかなんとか。

道行く人殆ど全員が、手の平サイズの何かを見ている。
ああ、天狗の記者としてカメラ使っていたな。確か外界では移動しながら情報を集められるとか。

「コツは、移動する先しか見ない事。あちこち観察してたら目が回るからね」
さ、少し歩きましょうと、歩を進め出す霊夢。私も後に続く。
「もうなんというか、慣れてるな。お前は、これで何度目なんだ?」
「一週間くらい前から、毎日かな」

――「私が知る限りだと、朝からどころか、もう1週間くらい前からかな?」――
萃香の言葉を反芻した。それで、寝太郎霊夢の謎が氷解した。

「ああ! おまえ、こんなことを毎日やってたから昼真寝てるのか!」
「あ、ばれた?」いっとして歯を見せる霊夢「紫に言われてね」
「お前ってやつは全く。早苗は朝五時起きだって言ってたぜ?」
「私はこっちが本業なのよ。仕方ないでしょ?」
「仕方ないも何も……。ん? これって博麗の巫女の仕事なのか?」
「そうみたい。私は今日で9日目だけどね」
「どんなことやってるんだ? 今日は遊ぶだけみたいだが」
「うん、その前に、魔理沙おなか減らない?」
「飯より大事なことがあるだろうが!」

今私は博麗大結界の外にいるのだ。生まれて初めて、外に出てきたのだ。
そんな私の緊張をよそに、霊夢は仕事の話よりも飯を食いたいと言い出す。
怒鳴りたくもなると言うものだろう。霊夢は素知らぬ顔で返事をした。

「ご飯が先よ。食べながら話しましょうよ」
「ああもう、――いいか。それで、どこに行くんだ?」私は呆れ、霊夢についていくことにした。
「ドリンクバーがあるレストランが良いな。魔理沙何食べたい?」

霊夢がきょろきょろとあたりを見回しながら言う。

「何食べたいと言われてもなあ。任せるよ。食える物だしてくれる場所ならな」
「じゃあ、あそこね」と霊夢が指差した。「サイゼリアで」





店に入ると、ああどこも変わらないんだなと思った。
色合いのセンスと規模こそ違うが、幻想郷で言う大衆定食屋って感じだ。
座席をたくさん用意して、人を詰め込んで。この雑多な感じがまさにそのまんま。

霊夢はミートソーススパゲティー、私はハヤシライスを頼んだ。
そのあとは霊夢にドリンクバーの使い方を教えて貰った。
私はオレンジジュース、霊夢は冷たい緑茶。お前ホントお茶好きだな。

「これが値段か」メニューに400円と書いてあるのを指差した。
「そうね。物価が違うってわかってくれた?」
「なるほどな。ああ、幻想郷とは全然、ん? どうした?」

私が喋ってる途中に、霊夢が指で机をトントンと強めに叩いた。
そして声を落とし、私に顔を寄せて言う。

「魔理沙、外界では幻想郷って言う単語を言っちゃダメよ。“向こう”って言う事」
「――わ、分かった。まあ事情があるんだな。帰ったら聞かせてくれ」

霊夢が頷く。

「こっちではね、まあみんな使ってるから分かるだろうけど、スマフォって言うのをみんな持ってる」
霊夢が取り出して見せたのは、道行く人が覗きこんでいた手の平サイズの機械だ。
「これで登録し合った端末同士、連絡が取りあえる。それで、――ん?」

霊夢の端末がブーと震えて鳴った。
なんだと聞こうとした私に掌を見せて、霊夢はスマフォを耳に当てる。

「どうも。たったさっきスキマから飛ばされたばっかりなの」
「ああ丁度この時代に来てるんだ。こっちの場所分かる?」
「ほんとに? 時間に余裕あるの? わかった」
「じゃ待ってるね。はーい、よろしくー」

耳からスマフォを離し、画面を指先でちょんちょんと触る。
そして霊夢「仕事仲間が来るわ。丁度近くにいるっていうから」
「仕事仲間? 巫女か?」
「違う。もともと外の世界の人でね。っていうか、あんたも知ってると思うよ」
「そうか、何分後くらいだって?」
「30秒だってさ。あ、来た」
「はぁい霊夢! と、魔理沙じゃん! こっちに来たんだ!」

私はいきなり親しげに話しかけてきた女を観察した。
中折れ帽子。白いシャツに、縦のストライプが入ったスーツを着ている。
あとは、あの靴なんて言ったっけ。スキマ空間で説明されたな。そうだ、ハイヒールだ。

「えーっと、もし人違いだったら申し訳ないんだが」と前置きして私は発言する。
「うん、見た目的には変わってないけど、久しぶりだからね」
「お前、宇佐見蓮子だな?」
「ピンポーン! 大正解! まあ今の名前は、八雲蓮子だけどね」
「ああもうお前らややこしいな。メリーの方か?」
「今“向こう”に居るのはメリーの方ね。今の私は、145億年後の方」
「そうか、“向こう”に居る方の蓮子の、145億年後がお前か」
「そそ。分かってくれたみたいだね」
「ややこしいことこの上ないわね」と霊夢。
「まあ座れよ」
「はぁい、じゃあお言葉に甘えて」
「“向こう”の蓮子は、相変わらずメリーとイチャイチャやってるぜ」
「元気そうで何よりだわ。145億年前から1100年足した後の私」
「ああややこしい」「ややこしいわね」

と八雲蓮子は私の隣に腰を下ろした。

「魔理沙はね、こっちに来るのは今日初めてなのよ」
「あ、ホントに? へえ、色々勝手が違うでしょ?」
「目が回るな。あと歩かなきゃならんのはめんどい」
「結界の確保はまだこれからかな?」
「そうね。藍が、今日は一日遊んで来いって、こっちのルールの把握も兼ねてね」
「なるほどなるほど。こっちは向こうと違って、他人同士が無関心だからね」
「話しかけられてもスルー。倒れてる人がいても立ち止まるのなんて数人だし」
「こんだけインフラが整ってるからってのは分かるけど、でも味気ないんだよね」

蓮子と霊夢が勝手に盛り上がっている。私はメニューを見ていた。
写真付きで分かりやすい。天狗もこういう見本を作る事業を立ち上げたら稼げるんじゃないかと思う。

「ああ、ところで霊夢さ、京都駅前の地下にある結界、分かる?」
「一度見に行ったことあるよ。あそこで眠ってる二人がどんな関係かは知らないけれど」
「多分あの結界の争奪戦は、あなたが担当する事になると思う」
「へえ、それって大変なの?」
「どうだろうね。でもあの結界を確保すれば大前進だし」
「そんなに大事な結界なんだ。他の結界と関係があったり?」
「まあ詳しい事は紫から口止めされてるから、言えないんだけどね」
「――蓮子っていい人だよね」
「え? どうして?」
「言えない事を言えないってはっきり言うからさ。普通の人は、ごまかすよ」
「あはは、私ったら聖人だからね、仕方ないね」
「こんにゃろう、またそう言う事を言う!」
「あはははははは!」

こいつら仲良いな。付き合ってられないので、トイレに行くことにした。
店員さんに聞きトイレに入る。ピカピカの便座に、消臭も完璧。清潔だった。

用を足した後、手を洗い、鏡を見て身嗜みを整え、なんとなく掃除用具入れが目に付いた。
ふむ、と思う。開けてみると、モップがあった。少し、試してみたくなった。

モップ片手に関係者以外立ち入り禁止の廊下へ進み、そこで跨る。
魔力を集中させる感覚。さあ飛ぶぞ、えいとジャンプしてみたが、体は浮き上がらなかった。
知らなかった。重力の力とはここまで巨大だったのか。体の重さを実感した。

何だか諦めがつかなくて何度か踏切をやっていたら、傍で人の気配がした。
私服の男性が、私を見ていた。モップに跨り両膝を軽く曲げている私を。

「あ、あはは、ちょっと空飛べるかなー、なんて、あはは」
「あはは、まあ私もよくやりますよ、ええ。あ、モップ返してもらってもいいですか?」
「すいませんでした勝手に持ち出して。じゃあ私は、席に戻りますんで」
「いえいえ、じゃあこのモップは、私が戻しておきますね」

廊下を曲がり、トイレを通り過ぎ、席に戻る。
ドスンと席に付き、机に突っ伏し、机をがたがた揺らしながら羞恥の波に耐える。

「ぐあああああああああ! ぐああああああああ! ぐああああああああ!」
「え、ちょっと魔理沙、どうしたの?」
「聞くな! 聞かないでくれ! って言うかいっそ殺してくれ! 一思いに!」
「なに言ってんのよあんた。あ、そこに全部置いちゃって」

頼んだ料理が来た。霊夢に言われて机を揺らすのは辞めた。
蓮子がハンバーグとライスとコンポタージュスープのセットを頼んだ。

「ねえ蓮子、時間に余裕はどれくらい?」
「1時間は余裕あるよ。そっちの制限時間は?」
「5時間って聞いてる。迎えが来るからそれまでかな」
「所持金はある? 支給金額ケチられなかった? ちょっとあげようか?」
「あ、3万円ずつもらったから大丈夫」
「げげ! 私よりも持ってるじゃん。ちょっと頂戴よ」
「あははははははは!」

私は黙々とハヤシライスを食べ、この二人の雑談を聞いているうちに、なんとなく落ち着いてきた。
よし、ここから現場に復帰だ。動揺を冷ますのに最も有効なのは、会話をすることだと知っている。

二人の会話の合間を狙って、割り込む。

「ところでさ、霊夢と何をするのか、私は全く聞かされてないんだ」私はスプーンを振りながら言う。
「ちょっと解説してくれよ。一体何でこっちに飛ばされたんだ? 目的はなんだ?」

蓮子が、ドリンクバーから持って来た水を飲んだ。

「魔理沙は霊夢と同じように、結界の捜索と確保がお願いされると思うよ」
「結界の捜索? 外界にも結界があるってのは何となく知ってるが」
「そうなのよ。たとえば昔に結界を張ってそのままにされて」
「“向こう”に行かずに取り残されたものを、私たちが探す?」
「そそ。簡単でしょ?」
「でもそれって、巫女の仕事なんだろ?」
「あら、よく知ってるわね」
「私がさっき話したの」と霊夢。
「ん? もしかして先代の巫女って、」
「大当たり! 鋭いね。霊夢の教育を終えた先代は、こっち側に出て来て飛び回ってるよ」
「巫女の仕事って、博麗大結界の、――ああすまんな慣れてないんだよ」

二人が同時に机を指先でトントンと強めに叩いた。
幻想郷を連想する単語は使うなと、窘められたのだ。

「あれの管理だけじゃなかったんだな。まさかこっちに出てたとは」
「もう分かったでしょ」霊夢が言った「私と先代だけじゃ、仕事量が多すぎるのよ」
「巫女だけじゃないけどね。紫も藍も私も、頑張ってるけど」
「でもあれだな、こうなんというか、上手く言葉に直せないけど」

私はハヤシライスを一口含み、嚥下してから言った。

「高尚な事なんだな。ちょっと嬉しいよ。私なんてもともと、ただの雑貨屋の娘だったのにな」
「うん。もともとはね、昨日の夜にあなた、分かれるときに一言言ってくれたじゃん」

悩みがあるなら相談しろよと言った、あのことだ。

「あれであんたを選ぼうって決心したのよ」
「ああそうだったのか。でもこんな裏の話があるなんて知らなかったな」
「私だけじゃとてもタスクを消化できないからね。高尚だと言ってくれるのなら嬉しいわ」
「ま、やることと言ったら駆けずり回ってメモして報告するだけなんだけどねー!」
「蓮子てめぇ! 台無しだよこのやろう!」

それから1時間ほど話して、八雲蓮子とは分かれた。

霊夢に連れられていろんなところに行った。
まず、電車に乗って移動した。エスカレーターに上手く乗れなくて困った。
切符が一度はじかれて、自動改札口のゲートに足を叩かれた。
駅で外国人に道を尋ねられた。金髪をしていたから勘違いされたのだ。霊夢が対応した。

1時間電車移動し、海を見に行った。寺小屋で学んだことだが、実物を見ると、すごく、すごく感動した。
霊夢にスマフォで世界地図を見せられた。日本は小さい。世界は広い。改めて実感した。
海を越えた先に、先に! もっと巨大で、多様な環境の陸地があるのだ!

さて駅周辺に戻って、銀ダコを食べた。コロッケを食べた。パフェを食べた。
クレープを食べた。たい焼きを食べた。案外入るものだ。

手ごろなデパートに入った。服、野菜、生活雑貨、本から始まり。
電化製品のエリアは驚いた。テレビも魅力的だったが、私はルンバが欲しかった。
持って帰れないと霊夢に言われて、諦める他無かった。今度にとりに作らせようと思った。

幻想郷とは違い、外界では円は強大な力を発揮するのだ。

あっと言う間に3時間が経った。

二人でダーツバーに入った。霊夢は宣言した場所にほぼ確実に入れていた。
40分も練習すると、私もカウントアップで1000オーバーを出せるようになった。

ラーメンを食べた。ハンバーガーを食べた。天丼を食べた。
デザートにアイスクリームを食べた。そうしたらさすがに満腹だった。

ショットバーに入った。最初のお店は、ドレスコードで入店を断られた。
2店目で座れた。カクテルならば、咲夜が作ったのを呑んだことがある。

席に座った時点で、4時間が経っていた。20時だった。

霊夢はジンフィズ、私はラムトニックを頼んだ。
酒を飲みながら、簡単にバーテンダーさんとお喋りをした。

初めて来るお客さんがジンフィズを頼んでくると、緊張するらしい。
なるほど咲夜も同じことを言っていたのを思い出した。

20時30分になった。あと30分ほどでお帰りの時間だった。
お会計を済ませ、ショットバーを出る。

お腹いっぱいでほろ酔いで、幸せな気分だった。
とりとめの無い話をしながらぶらぶらと歩く。

少し歩き疲れて、駅前の公園のベンチに二人で座った。
空を見た。星は見えない。明るすぎるのだ。

「腹いっぱいだ」
「そうね」

私は思い切り息を吸って、はいた。
身体の力が抜けて、なんとなくリラックスできた。

「今何となく思い出したんだけどよ」
「うん」
「霊夢昨日、私に楽しいかって聞いただろ?」
「ああ、あの意味、分かった?」
「分かった。分かったよ。こういう意味だったんだな」
「ちょっと、心配させちゃったかもね。ごめん」
「いや、いいんだ。でもさ霊夢、ほら」
「うん、そうだね」

二人でベンチから人の流れを見る。数えきれないほどの人、人、人である。
幻想は、無い。妖怪もいなければ妖精もいない。全員人間だ。

「うーん、魔理沙さ。幻想郷とこっち、どっちがいい?」
「そりゃお前、――っていうか、私にだけ言わせるのか?」
「じゃあ同時に。いっせーの」
「幻想郷」「幻想郷」

安心したのか肩透かしを食らったのか、ちょっと複雑な気分になった。

「……なんだよ、外の世界って言えよ」
「……ちぇ、紫にチクろうと思ったのに」

そうやって二人とも別々に独り言つ。ややあってから。

「なんだ? 紫のやつ、心配してたのか?」
「そうね。現在進行形で、幻想郷の人たちが外界に行きたいって言い出さないか、心配してる」
「紫のやつ、やっぱバカだな。分かってないよ。幻想郷が嫌なやつなんて、私は会ったことが無い」
「それに、さっきから耳元で紫がうるさいんだけどさ」
「お、おう? 私に聞こえない様に話してたんだな」
「ごめんね。でも紫が、“もし魔理沙が少しでも外界が良いって言ったらどうしよう”って」
「ほんとバカだな紫のやつ。こんなところの何がいいんだよ。幻想郷が良いよ」
「そうね。一度来れば満足でしょ?」
「そうだな。一回でいいや。不便は無いけれど、一回でいい」
「でもこれから、何度も来るのよ」
「まあ仕方ないな」

霊夢が、ふふふと笑った。

「紫が“ありがとう”だってさ。バカだね」
「あああいつは本当にバカだな。頭いいくせにバカだ」
「時間まではほっといてくれるってさ」
「そりゃありがたい。あと時間はどれくらいだ?」

霊夢がスマフォを取り出した。

「分からない。充電切れちゃった」
「なんだ、外の世界の道具のクセに、肝心な時に使えねぇな」

私は顔を巡らせた。公園の丸時計が見えた。

「ほら時計ならあそこにあるぜ」
「ああ、あと5分ほどね」

そうしていたら、人の流れから男が二人、こちらに近寄ってくるのが見えた。

「ああ、お迎えが来たぜ」と私が言った。
「いや、あれは、――魔理沙、立って」

男が二人同時に内ポケットに手を伸ばし、手帳を取り出した。
スマフォと同じくらいの大きさ。正方形が二つ重なった、八芒星のマーク。

「結界省安全管理科、大竹貢」
「同じく結界省安全管理科、遠藤武」
「お前たち、幻想郷の者だな?」
「結界法令の罰則規定により、二人とも連行、」
「話なげぇんだよ! 聞いてられっか! じゃあな!」
「帰って寝てろ!」

最後まで聞かず霊夢と二人、ダッシュした。
一気に30メートルほど距離を離して、気付いた。

「おいなんだ霊夢、あの二人、追ってこないぜ」
「いんや、あいつらって色んな物を撃ってくるから、気を付けてね」

ぐっと集中すると確かになるほど。結界省の片方が右手をひらりと動かした。
霊夢が良くやる、御札を投げる時のフォームに似ていた。しかし、へたくそだ。
軽くステップを踏むと、先ほどまで私が立っていた位置を、高速で何かが通り過ぎるのを感じた。

そして、後方にある木にガスッと衝突音。見てみると、指先から手首くらいの長さの退魔針が突き刺さっていた。
木から抜き、手に取ってみる。適度な重さだが、少し霊夢が使っている針とは違うようだ。

「ああ、投げやすくて威力が弱い、初心者用の針だわ」霊夢が私の持っている針を見て言った。
「分かったでしょ? あいつら、E2レベルなのよ」
「は? E2って、チルノ以下か。っていうか、普通妖精レベルか?」
「でも、逃げろって言う指示だからね」
「なんだよ、思わせぶりな登場しておいて、ザコじゃん」
「そうなのよ」
「いやそうなのよ、じゃなくてさ」
「戦っちゃダメよ」

霊夢がひょいと首を下げると、針がその上を通過した。

「逃げるだけ。霊力も魔力も使えない私達じゃ、腕力で敵わないんだからさ」
「まあそうだろうけどさ、そうだろうけどさ! ええい何だか不満だぜ!」

走り出した霊夢の後ろに続き、私も続く。坂を上る。
時々殺気があった時だけ後ろを振り返り、追撃を避け、また走る。

「おい霊夢」
「どうかした?」
「これいつまで続けるんだ?」
「時間が来るまで。どうせあと2分くらいっしょ」
「いやまあそうだけどさ。お前ここら辺の道、詳しいのか?」
「いいえ、適当に走ってるだけよ」
「マジかよ! 多分私の勘が正しければこの先は、ほらな! 言わんこっちゃないぜ!」

道がL字になっており、ガードレールが3重になっている。
後ろからは結界省。そして曲がった向こうから、やつらの応援が来る。
ガードレールが3重になっているという事は、その向こう側は。

「あら、崖ね」
「あら、じゃねぇよ! 捕まったらまずいんだろ!? どうすんだこれ!」
「んー、仕方ないわね。緊急事態だし、ほら魔理沙あんたも来なさい」

と霊夢がガードレールをまたいで向こう側に出るではないか。

「飛び降りるわよ」
「おいおい、マジで言ってんのかよ。私達、飛べないんだぜ?」
「私は、飛べる」
「お前だけな!?」
「いいえ、あなたも一緒よ」

ガードレールを超えた私に、霊夢が手を差し出してくる。
下を見た。優に20メートル近い落差に、眼下で民家の明かりが灯っている。
地面はコンクリートだ。当然、タダでは済まないだろう。いや、この高さなら土でも死ぬだろうけど。

「あ、あのさ、一つ確認なんだけど、さ」
「うん?」
「お前、外界で飛んだことあるのか?」
「無いわよ。これが初めて」
「おいおいおい!? おいおい!? おーいいい!?」
「魔理沙、さあ、手を」

霊夢の、右手。後方からは結界省の投降を呼びかける声。
足元遥か下方に、民家の灯り。絶望的な落差。――怖い。死ぬかもしれない。

「大丈夫。私を信じて」

この言葉に、はっとした。
そうだ、訳も分からず、しかし自宅でこう言われて私は外界へ来たんだ。
霊夢が一人では作業を回しきれず、相棒に私を選んで、それで私はそれに答えたんだ。

ならば、帰る時も同じだけだ。

私は、霊夢の手を取った。同時に、体を宙に躍らせた。
万有引力の法則を受けて体が落下する、と思ったのは束の間。
ぐいと体が、否、私の左手が上へ引っ張られる。万有霊力の力の方が、圧倒的に巨大だった。

飛んだ! 霊夢が私を掴み、飛んでいる!

「魔理沙! 追撃来るわよ!」
「オーケー!」

後ろを見ると、結界省の四人がガードレールから身を乗り出し、射撃を放ってきた。
公園で手に入れた針で飛んできた攻撃を叩き落とす。
暗闇の中でも弾道を簡単に予測できるほど、あいつらの攻撃は未熟だった。

「はっはっはははは! どうだ追って来れねぇだろ! ざまぁみろ!」

中指を立てて挑発する。無論、向こうからは見えないだろうけど。
結界省の連中は悪態も付かず、ただ無言で私たちを見ている。気味の悪い連中だ、と思った。

「よし、もういいぜ霊夢、下におろしてくれ」
「あ、それなんだけどね、ちょっと悪い知らせが一つ」
「あ? なんだ、良い知らせは無いのか?」
「うん、悪い知らせだけしかないわね」

夜風に吹かれて飛翔し、結界省の追跡を免れた私は興奮状態にあったが。
霊夢のこの前置きにぞっと嫌な予感を感じた。結界省よりも恐ろしい言葉が待っている気がした。

「待て、ちょっと心の準備をさせてくれ」
「無理。あのね魔理沙」
「あー、あー、聞きたくない」
「5秒後に、浮力が切れる」
「いやだ! そんな話、聞きたくない! 嫌だぜ!」
「落ちるわ。ごめん。ごめん。はい、――落ちた!」
「イヤだ、イヤだ、っイヤだああああああああああ! うああああああああ!」
「来世で会いましょおおおおおおおおお!」

がくんと支えが無くなり、体が下方へ吸い込まれる。
落ちる! 落ちる! 街灯に照らされたコンクリート道路がみるみる近くなる!

走馬灯を見た。

ああ親父、喧嘩別れしたままだったな。仲直りできなくてごめんよ。
師匠、最後に一目でいいから会いたかった。魔法教えてくれて、ありがとう。
アリス、色々と世話になった。お前の体、あったかくて柔らかかったぜ。
霊夢、私の相棒。短い間だったけど、最後に一言言わせてくれ。

「れいむのくそったれえええええええ!」
「ごめんなさいいいいい!」すぐ上で霊夢の悲鳴が聞こえる。

超高速接近する地面まで残り3メートルのところで。
落下予測地点のコンクリートが急に消えた。スキマが開いたのだと瞬時に理解した。

足からそこに飛び込む。否、落下する。
スキマの中を通りまた出口を通り、地面が見えた。足がつく。
つま先から落ちた後は、前転を一回、二回、三回、四回。
ぱっと立ち上がると両手を上に掲げ、演技終了のポーズ。こりゃ10点だな。

「まりさどいてえええええ!」

背中に衝撃。地面に額を強かに打ちつける。痛い!
勢いが止まった後も、私は落ちてきた何かに下敷きにされ、圧迫され続けた。

「あわわわわ! あわわわわわわ! あわ、わ? ありゃ、生きてる」
「どいてくれ! 重い! 重いって! うぐぐぐ」
「おっと、ごめんごめん。ああなんだ魔理沙か」

立ち上がり埃を払う。あたりを観察すると、博麗神社の境内裏だと分かった。
縁側軒下に、スプーンが転がっていたから、拾い上げて霊夢に渡した。
幻想郷の夜明けだった。深呼吸を繰り返して心拍を落ち着かせる。

「いやもう、マジで、死ぬかと思った。って言うか一回死んだなこりゃ」
「わ、わたし、あはは、走馬灯を見たわ。先代によしよしってされた」
「私は走馬灯の中でお前を引っ叩いたよ。10回くらい」

傍らに、八卦炉と箒が転がっていた。拾い上げて観察して、異常がないことを確認する。
紫が届けてくれたのだろう。そうやって静かにしていたら、やっと動揺が収まってきた。

「このジャケット、どうしようか」
「しょうがないから着て帰りなさい。どうせこれから寝るんでしょ?」
「まあそうだな。一晩オールしちゃったわけだし」
「どちらも水洗いで大丈夫よ。がしがし洗っちゃいなさい」
「ああもう、家に帰って休むよ」
「そうね、そうしましょう。いやあ疲れた」

私は箒に跨り、八卦炉はバッグに入れて浮かび上がる。
そのまま帰ろうとして高度を上げて、博麗神社上空から幻想郷を見下ろし、もう一度戻る。

「霊夢、幻想郷の夜明けって、綺麗なんだな」
「何をいまさら。ずっと綺麗よ」
「なんかさっきまで夢でも見てたみたいだ。へへ、おかしな話だよな」
「ん? なんかあなた、感傷に浸ってる所悪いんだけど」
「なんだ?」
「今日の夜もだからね。外の世界に出るの」
「え? マジで? 一日休ませてくれてもいいんじゃね?」

霊夢が笑顔でこう言った。満面の笑みだった。
「無い。だから今夜もサポートよろしくね」




帰宅し、シャワーを浴びてベッドにもぐりこんだ。朝の6時だった。
夢は、何だかたくさん見た。体が疲労していたから、長くて深い眠りだった。

起きたら20時だった。
これじゃあ寝太郎魔理沙だな、と思った。

風呂に入り体を洗い、水気をきちんとふき取り髪を乾かしたら、椅子に座った。
身体を背凭れに沈みこませ、目を瞑る。何もせずにそのままでいたら、玄関がノックされた。
無視する。応対する気力など無いし、外の世界に出るのならばそれを誰かに見られてはまずいと思ったからだが。

「魔理沙ぁ、空けなさーい、反応が無ければ亜空穴で侵入するわよー」

霊夢の声が聞こえた。昨日の夜はこれで入ってきたのだと分かった。
玄関を開けると「さ、行くわよ」だそうだ。

「どうだ魔理沙、外の世界には慣れたか?」藍が何の遠慮もなしに言う。
「まあまあって感じかな。勝手は分かったよ」
「そうか。ならば今回から本番だ。魔理沙と結界の確保をして来てほしい。山奥の地下の結界だ」
「確保? 具体的には何をすればいいんだ?」
「結界の周囲を陣取って、制圧する。他勢力が接近した場合は、排除する」
「え? 排除していいの? 射撃は許可してくれるんだ」霊夢が聞く。
「今回から攻撃を許可します。霊力も魔力も、幻想郷と比べたら供給量は減るだろうけど、使えるわよ」
「幻想の地と外界では、土地が持つ力が違いすぎるからな。まあ問題なく戦えるだろう」
「結界省が来たら? あいつらにも攻撃していいのか?」

私の質問に、紫が扇子をパンと閉じて、言った。
「手加減無用。徹底的に叩き潰しなさい」










時空旅行をしようと人目のない所に来たら、とんでもない宝を手に入れてしまった。
関係者のフリをして要求したら、難なく手に入れることが出来た。

魔理沙が跨った、モップである。
魔理沙が跨った! モップである!!
魔理沙が跨った!!! モップである!!!!

しかしながら私は蓮メリちゅっちゅの一筋である。
人によっては家宝ともなるモップを、掃除用具入れにそっと戻した。
そうして私は、メリーがピンチな時代の時間軸に戻ることにした。
2013/6/10
コメントを受け誤字を訂正。ご指摘ありがとうございました。
加奈子→神奈子
ロールシャッハは決め撃ち2ボム
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1.100名前が無い程度の能力削除
こんな時間に投稿してくれやがって、読むしかないじゃないか。
難しいことは考えずに読む方が楽しい。完結したらもう一度読み直すことにするよ。
15.100名前が無い程度の能力削除
どこまで広がるんだよこの話はww
それとも元から広がっていたものを回収しているだけなのか
作者の力量には驚かされてばかりだ。
このレイマリは独特な雰囲気があってとても良かった。
そのモップは言い値で買おう。
あと加奈子さまがいたけど神奈子だ
16.100名前が無い程度の能力削除
ぐわぁー!レイマリ!レイマリ重点!。……壮大なお話だけど一つ一つのお話にしっかりそれぞれの魅力があって素晴らしいです。面白かったです。
17.100名前が無い程度の能力削除
確認してみたら2話でまりさの名前が出てました。
どんだけ伏線張るのやら、頭がこんがらがってきます。特に八雲蓮子なんて名前がややこしい。
けれどそれは、各話ごとに独立した物語があって、独立した心情の動きや冒険があって、上にあるようなパラレルワールドの複雑怪奇な話は傍流と位置づけられているからなのでしょう。
18.80名前が無い程度の能力削除
外伝かと思ったらしっかり本編だった
さてまた話が広がってきましたな・・・次回は今回の直接の続きかな?
24.80r削除
だいぶ間が空いてしまいましたが、このシリーズ期待しております。

誤字
毎日やってたから昼真寝てるのか
→昼間
29.100名前が無い程度の能力削除
 
30.100名前が無い程度の能力削除
大量の伏線やらこんがらがる情報の中、何気にきちんとスプーン回収している辺りめちゃくちゃ好きです
そして魔理沙、君はアリスと何をしていたんだね