Coolier - 新生・東方創想話

東方眩暈症 ~ Lunatic Report.

2013/05/23 20:44:47
最終更新
サイズ
7.85KB
ページ数
1
閲覧数
2562
評価数
5/13
POINT
790
Rate
11.64

分類タグ

 目を覚まして身を起こすと、見慣れぬ部屋に居た。
 いつもの自分が住んでいる部屋と似た作りではあるけれど、家具や小物が全く違う。何処だろうと辺りを見回している内に、何だか自分が自分でなくなってしまった様な錯覚に陥った。私は鈴仙。そう自分の心の中で唱えてみても、何かしっくり来ない。
 しばらくぼんやりと自己の喪失を味わっている内に、段段と頭がはっきりとしてきて、ようやくこの場所が輝夜様の部屋だと気が付いた。良く見る光景であるのに知らない場所の様に感じたのは、寝起きで頭が働いていなかったからだろう。気が付いてみれば何て事の無い話だが、さっきまで感じていた奇妙な感覚は胸の内に残っていた。
 でも、どうして私が輝夜様の部屋に?
 疑問に思いつつ起き上がる。もしかして自分の身に何かあったんだろうかと、体を動かしてみたがだるさや痛みは無い。何だか奇妙な気がした。自分はここに居るべきでは無い気がする。
 部屋を出て縁側に立つと妙に静かで、鳥や獣の声も、イナバ達の声も、人の声も聞こえない。いつも賑やかな筈の永遠亭が今日だけはいやに静かだった。ただ竹林の葉が風に揺れてしゃらしゃらと鳴いている。
 世界から誰も居なくなってしまった様な不気味さがあった。何だか胸の内に寂しさが湧いて、物悲しい気持ちになった。自分だけが世界から取り残されたんじゃないかと不安になる。
 誰か居ないかと廊下を歩けども、庭には誰の姿も無いし、部屋の中から物音一つ聞こえない。もしかしてみんな何処かに出かけて自分だけ置いていかれたんだろうか。それなら居間に書き置きの一つでも。
 そう思って居間の襖を開けてもやはり誰も居ない。日差しに照らされて真っ白な座卓の上には何も置かれていない。夏の日差しが居間の半ばまで入り込んでいるが、その奥までは届かずに、台所へ通じる襖の辺りに妙に淀んだ暗がりが出来ている。近寄ってみると、その淀みが酷く不安を煽った。
「姫」
 突然すぐ後から声が聞こえた。
「師匠!」
 驚いて振り返ると、師匠が驚いた表情で立っていて、私と目が合うと何か形容し難い顔になって、それから笑みを浮かべた。
「何をしているの、優曇華」
「いえ、あの、起きたら誰も居なかったので、どうしたのかなって探してたんですけど」
「あら、そう」
 そう言うと、師匠は私の横を通り過ぎ、台所への襖を開けた。
「お腹空いているの?」
 師匠に問いかけられて、私は慌てて振り返り首を横に振る。
「いえ、そういう訳じゃ」
「良いのよ。何か作るから」
 師匠がそう言って、台所へ向かうので、私もついていこうとした時、突然目眩がやってきてふっと目の前が白く染まった。
 目を覚ますと、目の前に赤い瞳のイナバの顔があった。何だか死んだ様な顔をしていた。
 すぐにそれが自分の顔だと気がつく。
 鏡だろうか。
 鏡の中の私は椅子に縛られ固定されている。私も椅子に座らされていてた。
 訳が分からずに居ると、背後から師匠の声が聞こえてきた。
「大丈夫ですか?」
 振り返ると、師匠が心配そうな顔をしていた。
「師匠、一体これは」
 師匠は私の傍に寄ってきて、私の顔を両の掌で挟むと、諭す様に言った。
「実験よ」
「実験?」
 どういう意味だか分からない。
 分からなくて、恐ろしかった。
「さあ、お夕飯にしましょう」
 師匠がそう言って、離れていく。
「師匠! どういう事ですか? 実験て一体」
 私は師匠に縋り付いて尋ねたが、師匠は答えなかった。
 師匠に縋り付いている所為で、半ば引きずられながら居間へと辿り着くと、既に夕飯の鍋が用意されていて、驚いて師匠を見上げると、師匠が不思議そうな顔をする。
「何?」
「いえ、だって、私が作らなくちゃいけないのに」
「そうだったわね」
 師匠はそれだけ言って、私を丁寧に引き剥がすと、座卓についた。私もその反対側に座る。食器は二人分しか用意されていない。
「あれ、輝夜様の分は?」
「姫は居ないわ」
「あ、そうなんですか」
 師匠が手を合わせて頂きますと言って、料理に手をつけはじめたので、私も菜箸を持つ。そうして中腰になって鍋に手を伸ばした時、鍋の中に何か黒い物が大量に入っている事に気が付いた。箸でつまみ上げてみると細い糸状の何かで、束になったそれを持ち上げると、大量の黒い髪に隠れていたてゐの頭が現れる。安らかな死に顔は真っ白で、とても鍋で煮こまれていたとは思えない。不思議な気持ちで眺めていると、横からおたまがやってきて、中の肉団子を取っていった。
 見ると、てゐがお椀に入れた肉団子に息を吹きかけながら、笑っていた。
「箸が止まってますよ」
 そう言えばと、行儀の悪さを恥じつつ鍋を見ると、てゐの頭は消えて、肉団子と白菜を主体にした鍋がぐつぐつと煮えている。私が箸の先に摘んでいるのは白菜で、とても髪の毛と見間違え様が無い。不思議に思いつつ、とりあえず摘んだ白菜を受け皿に移して、冷ましてから口に入れる。味の無い、ただただ繊維質なだけの白菜が心地悪かった。
 目を覚ますと、目の前に私の顔があった。
 鏡だった。
 鏡の前に立っている事を自覚して、辺りを見回すと洗面所で、また実験だろうかと、恐る恐る洗面所の外に出ると、師匠が息を荒げて立っていた。
「師匠」
 途端に師匠は息を詰めた様な顔になり、それから笑う。
「大丈夫? 何か声が聞こえたけど」
 大丈夫では無かった。記憶が途切れ途切れなのも不気味だし、実験と称して師匠が私に何かをしているのも怖い。そうしてそれ以上に何かもっと、はっきりとは分からないけれどおかしな事があって、それがとても恐ろしかった。起きてからずっと自分を取り巻く世界がおかしい。自分がおかしくなっているのかもしれない。自分がおかしくなったから、周りが全ておかしく見えるんじゃないだろうか。そう思うと胸の辺りから気味の悪い感覚がせり上がって、体の中身を全部吐き出したくなった。
「大丈夫?」
 心配そうに尋ねてくる師匠に、自分の不安を全て伝えて助けてもらいたい。そう思ったが、それでは師匠に今以上の心労を掛けてしまいそうで、そんな事をすれば私だけでなく師匠の心まで壊れてしまいそうで嫌だった。だから嘘を吐く。
「大丈夫です」
 すると師匠が私の額に手を当てて覗きこんでくる。
「でも顔色が優れない気がするわ。今日はもう休みなさい」
 私が頷くと、師匠は何処か疲れた微笑みを残して去って行った。
 心配を掛けてしまったなぁと申し訳ない気持ちになる。そうして何気なく洗面台を振り返り、そこに飾られた鏡を見て、ふと思い立った。
 もしも自分が狂っているのなら自分で治せるんじゃないかと。
 思い至ると、それはとても良い案に思えた。何故今まで思いつかなかったのだろうと不思議に思う位に。
 早速鏡の前に立って、自分の瞳を覗きこむ。覗き込んでいる内に段段と意識が薄らいでいく。視界一杯に広がった真っ黒な瞳の中に意識が埋もれていく。
 気がつくと、布団の中に居た。真っ暗な部屋の中で寝ていた。何処からか騒がしい声と楽器の音が聞こえてくる。頭を横倒すと、障子を通しても尚明るい、異常な程強い月の光が見えた。障子には影絵となった外の様子が映っている。幾人かの真っ黒な人型が伸び上がり縮み上がりながら、滑稽で薄気味の悪い、拍を取り違えた様な踊りを踊っている。それが不気味で寂しくて、何だか涙が出そうになった。
 障子が開く。
 誰かが入ってきた。
「大丈夫? 鈴仙」
「輝夜様」
 顔は見えなかったが、自分の傍に座り込んだ着物は間違いなく輝夜様の物だった。溢れそうだった涙が止まり、心の内に安堵感が広がった。何だか自分という存在が確としたものになった気がした。
「すみません、こんな格好で」
「良いのよ。しっかりと休んで早く元気になってね」
 かつて同じ様なやり取りをした気がした。それがいつだったのかは分からない。最近の様な気もするし、ずっと昔の様な気もする。時間が狂っている様な気がした。
 かつてのやり取りをなぞる様に輝夜様が続ける。
「あなたの元気が無いと、この家は暗いんだもの」
「そんな事無いですよ。師匠もてゐも居ますし、他のみんなも」
「いいえ。この家にはあなたが居ないと駄目なの。あなたが居ないと、とても……とても寂しいわ」
 段段と声が遠くなっていく。辺りが真っ暗になる。真っ暗な中で二人の声が聞こえてくる。
「輝夜様、ありがとうございます。私、早く元気になりますから」
「ええ、約束よ」
 段段と声が小さくなっていく。やがては聞こえなくなる。
 最後に聞こえた微かな声だけが不思議と耳に残った。
「早く元気になって、また遊びましょう」

 目を覚まして身を起こすと輝夜様の部屋に居た。
 どうして自分が輝夜様の部屋に居るのか全く経緯が分からない。何か大事な事を忘れている気がするのだが、はっきりとは思い出せない。
 とにかくここに居ても仕方が無いと、部屋の外に出ると、森閑としていて、いつもは聞こえる鳥や獣や人やイナバの声がまるで聞こえなかった。ただ竹藪の風に揺れるしゃらしゃらという音だけが妙に良く響いていた。
 誰も居ないのだろうかと辺りを見回しながら廊下を歩くが、誰の姿も見当たらず、通り過ぎる部屋部屋からは何の物音も聞こえない。
 居間に辿り着いて、襖の取っ手に手を伸ばした時、前にもこんな事があった気がした。それがいつの事なのかは思い出せない。最近の様な気もするし、ずっと昔の様な気もする。時間が狂っている様な気がした。
 その時、横手から足音が聞こえた。
 何故かその足音は師匠の足音だと確信があった。
「師匠!」
 そう叫んで横を見ると、案の定師匠が立っていた。
 泣き出しそうな顔で立っていた。
こんな姫様は嫌だ
烏口泣鳴
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.330簡易評価
4.90名前が無い程度の能力削除
悪い夢のような不気味さがたまらない
7.90奇声を発する程度の能力削除
良い具合の狂気
8.100名前が無い程度の能力削除
狂ってる奴の思考を描ける人は器用だと正直感心する
なんの事件があったかわからなかったけど
10.803削除
怖い怖い。
実際にこんな目に遭ったら泣き出すかもしれません。
13.100名前が無い程度の能力削除
これ輝夜とうどんげが鏡で入れ替わってるのか?