Coolier - 新生・東方創想話

東方光夜景 ~ An imitation friend.

2013/05/22 02:24:03
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「良いなぁ」
 チラシを読み終えた美鈴は溜息を吐いた。
 文化祭という、人妖その他の交流を目的とした一大イベントが、幻想郷で七日七晩行われる。その最後の日、全ての締めくくりとして、八雲紫が隙間の中に巨大な町を作り上げ、皆を招待するらしい。そこは夜でも光輝く綺羅びやかな町で、映画館や遊園地といったアトラクションが立ち並ぶ、夢の如き桃源郷なんだとか。
 ただし参加するには、パートナーを組むか、そのパートナーの付き人になるかしなければならず、美鈴にはそのあてが全く無かった。
 いっそ高速で左右に移動して分身し、一人二役で参加しようかと思っていると、突然扉がぶち破られ、フランが入ってきた。
「美鈴! 私のボディーガードになって!」
「はい! 喜んで!」
 反射的にそう答えてから、フランが何を言ったか咀嚼し、期待と疑いが綯い交ぜになって、聞き返した。
「えーっと、何でですか?」
「これ!」
 フランが美鈴の読んでいたのと同じチラシを突き出してくる。
「今度の文化祭の最後にね、おっきな町でみんなで遊ぶらしいんだけど、その時にパートナーと組まなくちゃいけないらしくて、それでね、魔理沙が私の事を誘ってくれたの」
「ほお」
 少し意外だった。魔理沙の交友関係を考えれば、フランが一番に来るとは思えない。まず真っ先に霊夢が来るだろうし。それにあまり外に出たがらないフランが魔理沙の誘いに乗ったというのも不思議だった。
「それは良い事です。それで私が付き人になれば良いのですね?」
「うん。さっきお姉様にその事を話したら、お付きの一人も居ないなんて恥ずかしいって言われて。駄目かな、美鈴」
 ナイス、レミリア様、と心の中で喝采を上げつつ、美鈴は頷いた。
「勿論、私がフラン様のお願いを断る筈がありません」
 そう言って、美鈴は拳をぎゅっと握りしめ、フランが引く程の緩んだ笑みを浮かべた。

 フランは姉とお揃いの真紅のドレスに、咲夜に見繕ってもらった真紅の髪飾りを付けて館を元気に飛び出した。門へ走ると、黒いタキシードに髪を結い上げた美鈴が、リムジンの傍に立っていた。
「美鈴格好良い!」
 フランが叫びながら近寄ると、美鈴は笑顔になる。
「フラン様もお可愛らしいですよ」
 そうして恭しく一礼し、リムジンの扉を開けた。
「さあ、どうぞ」
 フランが嬉しそうに中に跳び込む。
 中では魔理沙が待っていた。黒い質素なドレスを着て、両足を組んだ粗野な姿勢で座っていた。
「お、フラン。可愛いぜ!」
「魔理沙も綺麗!」
 二人がそう褒めあっている間に運転席に乗り込んだ美鈴が二人へ振り返って言った。
「それじゃあ、出発しましょうか」
「おお!」
「いけー!」
 魔理沙が快哉を上げ、フランも元気に拳を突き出す。風圧で美鈴の頭に衝撃が走ったが、美鈴は気にせずアクセルを踏んだ。途端にリムジンは浮き上がり、夕闇が彩り始めた空へ向かって走りだした。
 空を走らせながら、美鈴が二人へ問う。
「それで何処へ行きますか?」
 その問いに二人は揃って声を上げた。
「映画館!」

 三人の乗るリムジンは隙間に入り、空を走り、やがて巨大なドーム型のスタジアムの傍へと降り立った。既に大勢の人々が訪れているが、道が広いおかげで全く混雑を感じない。誰もが興奮した様子なので、リムジンから降りた三人も何だか気分が高揚した。見上げるスタジアムは凄まじい大きさで何か圧しかかってくる様な圧迫感があり、それが高揚した気分と相まって、雄叫びを上げたい様な気分になる。
 チケットを買って、中に入ると、中心に澄み透った巨大な球体が浮いていた。淡い緑色をしたその球体の下には広々とした白い床があって、その外側をぐるりと客席が囲っている。大きな円を描く客席は数え切れない位の段数があって、自分達の席を探すのは骨が折れそうだった。
 三人がチケットに書かれた番号の席を探しているとその途中で、霊夢とアリスの二人組に出会った。
「お、霊夢にアリス。結局お前等が組んだのか?」
「魔理沙にフランにそれから美鈴。奇遇ね」
 何だか浮かない顔の霊夢とアリスを美鈴は不思議に思う。
「お前等二人が組むなんて意外だぜ」
 美鈴はそんな魔理沙の言葉も理解出来ず、尋ねてみた。
「どうしてですか?」
「霊夢は一番最初に誘いに来た奴と行ってやるとか、アリスは誰かが誘いに来たら出ても良いとか、二人共完全に待ちの姿勢だったからな。待ってる奴同士が組むとは思わなかったんだぜ」
「あら、確かにそれは、不思議ですね」
「全然不思議じゃないぜ」
 魔理沙が笑うと、アリスが不機嫌な様子でそっぽを向いた。
「うるさいわね。さっさと行きなさいよ」
「こういうのはちゃんと自分から動かないと余り物になるんだぜ」
「あー、うるさいうるさい」
 霊夢がうっとうしそうに言ったので、魔理沙は二人に手を振って背を向けた。
「じゃあな、余り物さん」
 何か喚いている二人を背に、三人はその場を後にする。途中、フランが不思議そうに尋ねた。
「どうして魔理沙はあの二人じゃなくて私を誘ったの? 別に私だって自分から動いていた訳じゃなかったのに」
 すると魔理沙は振り返って笑みを見せる。
「皮肉っぽいあの二人よりは、素直なお前が良かったから」
 それを聞いたフランは本当に嬉しそうな顔になって、魔理沙の後に付いて行く。
 そんな二人の後を、美鈴は微笑ましい思いで歩んでいく。
 やがて三人が席を探し当てて座ると、フランの隣の席に居た先客が、そっとフランに声を掛けてきた。
「こんばんは。紅魔館の人ですよね?」
 突然声を掛けられて驚いたフランが隣を見ると、文化祭でお店を出していた人が座っていた。
「あ、鰻屋さんの」
 途端に先客がぱっと顔を明るくした。
「そうそう。覚えててくれたんだ。私、リグル。とこっちがミスティア」
「どーもー。私のお店に来てくれたの? ありがとう! この文化祭だけじゃなくて、森の中で毎日やってるから、美味しかったのなら是非来てね」
「う、うん」
 フランが何と返していいのか分からず、まごついていると、美鈴が助け舟を出してきた。
「どうして私達が紅魔館って分かったの?」
「だって文化祭で劇をやってたでしょ?」
「私達見に行ったもんね?」
「面白かったよね」
「楽しかったよね」
 それを聞いてフランは晴れやかな表情になり、そうして一度美鈴を振り返ると、何かそわそわと落ち着かな気に、リグルとミスティアに視線を戻した。そんなフランにリグルとミスティアが微笑みを浮かべる。
「フランさんも可愛かったよ」
「本当の名前は何なの?」
 その問いにフランは首を傾げた。
「本当の名前?」
「あれは役の名前でしょ? あなたの名前は何ていうの?」
 フランは途端に自信の無い顔付きになる。
「私は……フラン」
 途端にリグルとミスティアが不思議そうな顔をして、フランは益々縮こまった。
 そこへ美鈴がまた助けに入る。
「あの劇の役はみんな本名だったの」
「ああ、そうなんだ」
 二人が納得した顔になった時、上演の合図が鳴って辺りが暗くなった。それを合図にざわめきが収まって行き、ミスティアの「今度私のお店に来てね、フラン」という言葉を最後に、静寂が訪れた。
 静まり返った闇の中、唐突に光が生まれ、中央の巨大な球体を照らしだす。そうかと思うと、球体がはじけて霧の様に細かくなって散らばり、記録された五感を伝えてきた。そうして映画が始まった。
 ラベンダーの香りが漂う事で始まったその映画は、五感全てに訴えかけながら、年若い男女の一夏を描いた物で、観客達は時に笑い、時に泣き、最後の大団円を盛大な拍手で締めくくった。
 映画が終わり、誰もが満足した様子で帰っていく中、心地良い感動に浸っていた美鈴は、隣に座るフランを見て、その眼から涙が滂沱の如く溢れている事に驚いた。
「フラン様?」
 美鈴が声を掛けると、美鈴の腕を思いっきり掴む。
「二人共絶対に死んじゃやだからね」
 そんな死に別れる様なシーン無かったのにと疑問に思いつつも、美鈴は優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ、そんな簡単に死にませんて」
「まだまだ死ぬ気は無いぜ」
 魔理沙もそう力強く言ったが、フランは美鈴の膝に乗っかり、二人の腕を掴んで、もう一度言った。
「絶対に死んじゃやだからね!」
 そう言って泣き声を上げ始めたフランを、美鈴と魔理沙は必死であやした。

 しばらく慰め続けて、ようやっと泣き止み、外に出ると、日はすっかりと暮れて夜になっていた。星星の煌めく中で、美鈴は二人に問いかける。
「お腹すいてませんか?」
 すると魔理沙が幾分疲れた声音で言った。
「ああ、ちょっと減った」
 フランも元気に手を上げる。
「何か食べたい!」
「じゃあ、あそこで食べましょう」
 二人の意見を聞いて、美鈴は遠くに見える天を摩す様な一際背の高いビルを指さした。光を灯したビルが天を突き刺している姿はとてもこの世のものとは思えない。魔理沙とフランが感嘆に溜息を吐いていると、美鈴は手際よく、ポケットからチップを取り出して、空に放った。途端に三人の前に隙間が出来る。
「さ、どうぞ」
 美鈴に促されて、二人が隙間の中に入り、その後に美鈴も続く。隙間を抜けると、広い中華風のレストランで、立ちどころに店員がやってきて、三人を窓際の一席へと案内した。
 魔理沙は席につくなりテーブルの上を見渡し、店員に尋ねる。
「メニューは?」
「本日の予約はコース料理になっております」
 不思議そうな顔をする魔理沙に、店員がゆっくりと説明を始め、説明の終わる頃に、前菜がやって来た。
 早速三人は食べ始め、ふと魔理沙が、美味しそうに食べているフランを見て尋ねた。
「お前、人以外も食べられるんだな」
 フランがむっとして答える。
「当たり前でしょ。でも、これは何だか人の味に近いかも」
 そんな二人のやり取りに、美鈴が微笑んだ。
「ここは人も妖怪も来ますからね。人用の料理も妖怪用の料理も出るんですよ。それは多分人間です」
「へえ、ぱっと見、野菜にしか見えないけどなぁ」
 魔理沙は感心した様に頷いた。そうして窓の外を見て歓声を上げる。
「おお、見てみろよ! 夜景が綺麗だぜ!」
 美鈴達が窓の外を見ると、あちこちに林立するビルの合間を、ライトをつけた車がまるで蛍の様に飛び回っていた。下を見ると、遥か下界に明かりを放つ建物が所狭しと並んでいて、その合間を規則正しいライトが行き交っている。右手に目をやると、星の光を集めた様な遊園地が幾何学的な動きで時を刻み、また遠くには巨大な客船が漆黒の海に浮かんで光を灯している。
 何かミニチュアでも見ている様な不思議な気分に浸りながら、三人は次々に供される料理に口をつけていった。フランが殊更燕の巣に興味を示したり、魔理沙が水餃子を頬張って火傷しかけたり、美鈴が麻婆豆腐の辛さが足りないと交換してもらいながら、最後にマンゴーのプディングを食べた魔理沙とフランが他の料理より断然美味しいと大きな声で言い切り調理場のシェフを落胆させて、食事が終わった。
 満足気にお腹を擦った魔理沙は、落ち着く間も与えず美鈴に問い尋ねる。
「それで次は何処に行く?」
 美鈴がそのまま顔をフランに向けた。
「どうしますか? 遊園地ですか? それとも船に乗りましょうか?」
 するとフランは窓の下を指さし、言った。
「遊園地ってあれ?」
「そうです」
「じゃあ、あそこ行きたい」

 レストランから隙間を通って、遊園地に乗り込むと、真っ先にフランが大きな声を上げた。
「うわー!」
 数多のアトラクションがきらきらと動き回っている様子にフランが感嘆すると、隣に立った魔理沙が言った。
「よーし、じゃあ、遊び倒そうぜ!」
「おー!」
 魔理沙がいつの間にか持っていた遊園地のパンフレットをフランの前に広げる。
「どれに乗りたい?」
 フランは良く分からなかったので、首を横に振る。
「魔理沙と美鈴が乗りたいのに乗る」
 すると魔理沙が全体図の一点を指さし言った。
「ならまずはこれに乗ろう」
「良いですね。フラン様も良いですか?」
「うん」
 魔理沙が先頭に立って歩き、その後ろを二人が付いて行くと、見上げる様な木組みのコースターが待っていた。
「やっぱ定番だよなぁ。あ、でもフラン身長大丈夫か?」
「え? どういう事?」
「小さいと乗れないんだよ。大丈夫かな?」
 魔理沙の言葉にフランは心臓が握りつぶされた様な恐れを覚えた。まさかここまで来て遊園地を楽しめないなんて、と悲しげな表情で美鈴を見上げる。美鈴は鋭い視線で辺りを見回し、入り口の脇に置いてある身長制限の看板を見つけると、穴が空く程それを見つめ、そうしてほっと息を吐いた。
「フラン様、あの看板より高ければ良いみたいです。測ってみましょう」
 測れば乗れなくなってしまう気がして、フランは恐ろしい思いで足がすくんで動けなかったが、無理矢理美鈴に引っ張られて看板の下へと連れて行かれた。目の前の看板の可愛らしいマスコットがは自分とほとんど同じ身長で、もしかしたら自分の方が低いかもしれないと思うと、その場から逃げ出したくなった。
「美鈴」
 フランが不安な視線を美鈴に向けると、美鈴は笑顔になって、竦んだフランを持ち上げ、看板の隣に立たせた。傍で立っていた係員がにこにこと笑いながら、フランと看板を見比べる。
「はい、大丈夫ですね」
 それを聞いたフランは驚いて係員を見上げた。優しく微笑む係員が天使か何かに見えた。
「本当に乗って良いの?」
「勿論ですよ」
 フランが喜びに固まっていると、傍に立った魔理沙に手を引かれ、乗車場へと連れられた。
 途中、降車した乗客達と擦れ違い、そこに何故か十二単を着た永遠亭のお姫様を見つけて不思議な気分になりつつ、乗車場に着くとフランは物珍しそうにコースターを眺めて息を吐いた。
「これ、何? 乗るの?」
「そうだぜ。これに乗って、凄い速さで駆け抜けるんだ。きっと気持ち良いぜ」
「へえ! お姉様よりも速いの?」
 嬉々として二人が乗り込み、その後に美鈴も続いて、ハーネスを下ろすと、突然後ろから声が聞こえた。後からやって来た客の様で、三人にとって良く聞き知った声だった。
「本当に大丈夫なんでしょうね、これ」
 そんなレミリアの声の後に、パチュリーの落ち着いた声音が聞こえてくる。
「大丈夫。大丈夫」
「だってこれ凄いスピードで走るんでしょ? 危ないんじゃないの?」
「死にはしないから大丈夫」
「ちょっと、パチェ!」
 更に咲夜の声も聞こえてくる。
「先程外から見た限り、お嬢様の最高速に比べれば余程ゆっくりと見えましたが?」
「本当? 確かにそれなら」
 それから係員の誘導する声が聞こえ、三人の声が聞こえなくなったかと思うと、またレミリアの声が聞こえてきた。
「ちょっと何これ! 止めなさいよ!」
「ハーネスって言って、放り出されない為の固定具よ」
「身動き取れないじゃない!」
「固定する為のものだもの。安全の為よ」
「逆に危ないわよ!」
 あまりにもうるさいので、係員が注意しにやってきた。後列の方で、今度は係員と押し問答を始めたレミリアの声を聞きながら、フランが心配そうに言った。
「やっぱり危ないのかな」
「大丈夫だぜ。危なくなったら、私が助けてやるよ」
「本当? ありがとう!」
 フランが心の底から安堵して、隣の魔理沙の手を握ると、ブザーが鳴ってコースターが乗客達を乗せて動き出した。後列のレミリアはまだ係員に向かって文句を言っていたが、コースターはそれすらも乗せて、夜の闇へと登っていく。
 フランが何だか緊張して息を飲み、魔理沙の手を握り締めると、魔理沙の手が強く握り返してきた。それに安堵を感じた瞬間、コースターの角度が急に変わり、一瞬時が止まったかの様な錯覚がやってきたかと思うと、突然地面へ向かって急加速した。フランは一方で魔理沙の手を、もう一方でハーネスを握りながら、風と浮遊感と遠心力と目眩に必死の思いで耐えつつ、上へ下へ右へ左へ振り回されながら、後ろの方で聞こえる姉の声に似た大絶叫を何処か遠くの事の様に思い、このままでは死んでしまうと感じ始め、魔理沙の手を更に強く握りしめた時、突然コースターが止まって胸が圧迫された。
 暫くの間何が起こっていたのか分からずにいたフランだが、コースターが回り終えた事に気がつくと、途端に底冷えする様な清々しい恐ろしさを感じて身を震わせた。
「さ、フラン。降りようぜ」
 そう言われてのろのろと下りると、美鈴が声を掛けてきた。
「どうでしたか、フラン様」
 フランはしばらく呆然として、ただ魔理沙と美鈴に連れられて歩いたが、出口を出た途端に、興奮した口調で美鈴に答えた。
「すっごく楽しかった!」
 そう言って、またコースターでの感覚を思い出して身を震わせる。気が付くと笑みが浮かんでいた。
 フランが楽しそうにしているので、魔理沙と美鈴も笑顔になる。
 三人で微笑み合っていると、ふとフランは気がついた。
「あ、そう言えば、お姉様は?」
 だが振り返ってもレミリアの姿は無い。まだ中からやってこない様だ。気になって出口を見ていると、魔理沙が言った。
「気にしない方が良いぜ」
 どういう意味かと思って、美鈴を見ると、美鈴が溜息を吐いた。
「そうですね。見なかった方が良かったです」
 フランにはよく分からなかったが、魔理沙が気にしない方が良いのなら気にしない方が良いのだろうと思った。

 三人が別のアトラクションへ向かって歩いていると、その途中で霊夢とアリスを見つけた。
「よう、お二人さん」
 魔理沙が声を掛けると、二人が何かやつれた笑みを返してきた。
「ああ、さっきぶりね」
 魔理沙が呆れた様に言う。
「おいおい、大丈夫か二人共。何かやつれてるぞ? 楽しくないのかよ」
 すると霊夢がやつれた笑顔のまま言った。
「いいえ、楽しいわよー」
 アリスが相槌を打つ。
「そうよ。だって親友と一緒だもの」
 どう見ても楽しくしている様には見えない二人に魔理沙は溜息を吐く。
 尚も霊夢とアリスはやつれた笑顔で笑い合っている。
「ただ私達二人以外の全員が死滅すれば良いのにって思ってるだけだよねー?」
「そうそう。私達を誘わなかった奴等全員地獄に堕ちれば良いと思ってるだけよ」
「おいおい、そこまでショックだったのかよ」
 魔理沙はもう一度大きく溜息を吐いてから、言った。
「なら私達と一緒に行動するか? 何だか見ちゃいられないぜ」
 途端に霊夢とアリスが慌て出す。
「はあ? 別に要らないわよ」
「同情? いきなり何よ」
「嫌なら良いんだけど」
 魔理沙が呆れてそう言うと、二人の態度が一変する。
「別に、どうしてもって言うなら」
「まあ、大勢の方が楽しいのは確かだし」
 魔理沙はそれを聞いて笑うと、美鈴とフランに顔を向けた。
「っつー訳だから、五人行動で良いか?」
「ええ、私は構いませんよ」
 美鈴がにこやかに答えて、フランを見る。フランは俯いていた。
「フラン?」
「嫌」
 魔理沙が苦笑する。
「まあ、気持ちは分かるけどさ、幾ら何でもこの二人が可哀想だろ?」
「はあ?」
「誰が可哀想な訳?」
 フランはじっと俯いて、答えない。
「フラン様。大勢居た方がきっと楽しいですよ」
 美鈴がそう言って肩に手を載せると、フランが涙目になった顔を上げた。
「嫌! 折角魔理沙と美鈴と一緒で楽しかったのに、そんな奴等要らないもん!」
「まあ、そう言うなよ。二人を助けると思ってさ」
「うちらに助けなんか要らないんですけど」
「マジ迷惑なんですけど」
 フランは二人を睨みつけると、その場を駆け出した。
「フラン様!」
 美鈴がそれを追いかける。
「あ、おい」
 魔理沙もそれを追いかけようとしたが、その背後に霊夢とアリスの声が投げられる。
「けけけ、逃げられた」
「けけけ、あんたも一人ぼっちさ」
「けけけって。キャラ変わってるぞ、お前等」
 魔理沙が心配そうに二人を見ると、二人はけけけと笑いながら、まるで幽霊の様にひらめいてその場を去って行った。魔理沙はそれを見送ってから、性急すぎたかなぁと呟いて、フランの跡を追って駆け出した。

 少し走ると、泣いているフランとあやしている美鈴を見つけた。近寄ると、フランが泣き顔を上げる。
「魔理沙は私と居るの嫌なの?」
「嫌じゃないぜ」
 魔理沙が間髪を入れずに返す。
「でも私とだけじゃ嫌なんでしょ?」
「さっきのはそういう意味じゃないって。ただあの二人が可哀想だっただけだよ」
「本当? 私と二人は嫌じゃない?」
「嫌だったら誘わないぜ」
「でも私、いっつも一人ぼっちで上手く他のみんなと遊べないから、だから魔理沙にも嫌われちゃったのかと思って」
「嫌わないって。今日はずっと楽しかっただろ? フランは楽しくなかったのか?」
「楽しかった。けど」
「楽しかったのに嫌うはずが無いだろ」
 フランは俯いて、しばらく沈黙してから、顔を上げて弱々しく微笑んだ。
「うん」
 その時、場内にアナウンスが流れた。三人が空を見上げる。
「只今より、パートナーとの絆を確かめるイベントを行います! 皆様お近くの係員にお声を掛けて、指示に従って下さい」
 美鈴が不思議そうに呟いた。
「イベント?」
「何かあるみたいだな。絆を確かめるんだってさ。参加しようぜ」
 魔理沙がそう言って、フランの手を引いた。フランは魔理沙との絆が無かったらと思うと恐ろしくて、参加したくなかったが、魔理沙が強引に引っ張るので係員の下まで引っ張られた。
 係員に話しかけると、鍵と錠前を渡される。
「ルールは簡単です。当パークには東と西にそれぞれ一つずつ入り口があります。パートナーのお一人は鍵を持って東の入り口に、もう一人は錠前を持って西の入り口で待機してもらいます。そうしてスタートの合図が鳴ったら、パークへ入ってもらって、パートナーを探し出し、この鍵を開ける事が出来たらクリアです。クリアしたら豪華景品がもらえます」
 魔理沙が不思議そうな顔で受け取った鍵を眺めた。
「私が両方共持っておいて、スタートと同時に開けたらクリア?」
「いいえ、鍵は東、錠前は西の入り口で、それぞれ登録しないと、参加資格が与えられません」
「成程。でもパートナーの絆なんか確かめられるか? ここで待ち合わせておけば、後は如何に早くここまで来るかだろ?」
 魔理沙は傍の巨大な観覧車を見つめる。
 すると係員がにやりと笑った。
「それは始まってからのお楽しみという事で」
 魔理沙達は不思議に思いつつ、観覧車を待ち合わせ場所として、それぞれ東と西の入り口へ向かった。

 フランはスタートの合図を落ち着かな気に待っていた。
 もしも魔理沙を見つけられなかったらと思うと、胸を締め付けられる様な不安に苛まれる。
「大丈夫ですよ。待ち合わせ場所は決めたんですし」
 美鈴が励ましてくるが、フランの不安は一向に消えなかった。
 そうしてスタートの合図が鳴った。
 一斉に人々が遊園地の中に殺到する。
 フランもそれに続こうとしたが、混んでいて危ないからと美鈴に肩を掴まれ止められた。フランは焦れったく思いつつ、混雑が無くなるのを待つ。一秒遅れる毎に、魔理沙を見つける事が難しくなる気がした。今すぐ駆け出したかったが、美鈴に止められて叶わない。美鈴の許しが出るのを今か今かと待ち構え、そうして美鈴の手が離れた瞬間、フランは脇目も振らずに駆け出したが、中に入ってすぐに足を止めた。
 園内の様子がすっかり様変わりしていた。
 始め入った時に見たアトラクションの配置と今見えるアトラクションの位置がまるで違っていた。待ち合わせ場所としていた巨大な観覧車も一つだったはずが、今はあちこちに六つある。
 そのあまりの異様に、フランがどうしようと思い悩みながら立ち尽くしていると、その背を美鈴が押した。
「さ、フラン様! 行きますよ!」
「でも、でも、観覧車が一杯で」
「惑わされては行けません。所詮六個。一つ一つ回っていけば良いだけです」
「あ、そっか」
 美鈴に手を引かれてフランは駆け出した。混乱をきたしている群衆を避けながら、一つ目の観覧車へ辿り着く。観覧車を目印にしていた客は非常に多かった様で、一際の混雑が起こっていた。
「どうしよう、美鈴。一杯居すぎてわかんないよ」
 フランが目の前の視界を覆う群衆を見て、泣き出しそうになる。
 美鈴は傍のベンチに上って、辺りを見回した。
「居ません! 次へ行きましょう」
「え? うん」
 そうやってぐるりと園内を回りながら一つずつ観覧車へと行くが、魔理沙の姿は見当たらない。五つ回っても見つからず、最後の望みを掛けて、六つ目へ向かう。
 そうして同じ様にして、美鈴が一段高い場所に上り、辺りを見回した。
 フランは必死になって祈る。魔理沙が辺りに居ます様にと。もしも居なかったら、六つの観覧車の何処にも居ない事になってしまう。観覧車はそれで全部で、それはつまり待ち合わせ場所に魔理沙が居ないという事。
 フランが祈り続けていると、やがて美鈴が地面に降りた。
 フランが慌てて美鈴の顔を見上げ、その残念そうな表情を見て、思わず涙がこぼれた。
「居ないの?」
「ええ、ここにも居ませんでした」
「じゃあ、魔理沙何処にも居ないんだ」
 悲しくなる。
 魔理沙が待ち合わせ場所に居ない。きっと自分に飽きて何処かへ行ってしまったんだ。きっとあの二人組と出会って、自分の事なんか忘れて何処かに行ってしまったんだ。ずっと一人ぼっちだった自分なんかより、他が良いに決まってる。今回パートナーに誘ってくれたのだってきっと同情だ。それが分かってたから、何とか一緒に居ようと思って、楽しむ私が好きだって魔理沙が言ってくれたから、一杯一杯楽しんで、魔理沙と一緒に居られる様に頑張ったのに。でも駄目だった。嫌われてしまった。きっとさっきのあの二人組と一緒になるのを断ったからに違いない。自分でも分かってた。みんなで一緒の方が楽しいし、そうした方が魔理沙が喜んでくれるって分かってた。でもどうしても嫌だった。魔理沙に選んでもらえたのが本当に嬉しかったから。ずっと一人ぼっちだった自分を誰かが選んでくれるなんて、本当に奇跡的な事だから。もしも、あの二人が加わったら、その素敵な奇跡が溶けて流れていってしまう気がした。だからその奇跡を手放さない様に二人を拒んだのに、結局自分は手放してしまった。
 やっぱり自分は一人ぼっちで、自分の傍に誰かが寄ってきても、みんな何処かへ行ってしまう。
 自分はずっと一人ぼっち。
 フランが我慢できなくなって、泣き声を上げ始める。
 それを見た美鈴が慌てて言った。
「ちょっと待っててください、フラン様」
 フランが驚いて美鈴を見る。美鈴が何処かへ行こうとしていた。慌てて美鈴にすがる。
「やだ! 行っちゃやだよ!」
「大丈夫です。すぐ戻ってきますから」
 そう言って、美鈴が駆け出した。
 美鈴まで居なくなってしまう。
 その恐ろしさに、フランが美鈴を追おうとしたが、人混みに紛れて、美鈴の背はすぐに消えてしまった。
「美鈴!」
 必死で人混みをかき分け、美鈴の居なくなった方角へ駆ける。
「待って! 置いて行かないで!」
 そうして人混みを抜けると、美鈴の姿が消えていた。
「嘘」
 フランは辺りを見回し、美鈴の消えた道の当たりを付けて、再び駆ける。
「やだよ! 美鈴! ごめんなさい! やだよ!」
 辺りを見回しながら、美鈴の姿を必死で探す。けれど見当たらない。
「美鈴! 何処! 何処に居るの? ごめんなさい! 置いて行かないで! ごめんなさい!」
 泣き出しそうな顔で辺りを見回し、道を曲がる。
 そこに美鈴が居た。更に涙があふれでた。
「美鈴!」
 フランの叫びを聞いて、係員と話していた美鈴が慌てて駆け寄ってきた。
「フラン様! 待っててくださいと言ったのに」
「美鈴! 置いてかないでよ! 一人はやだ!」
 泣きながらそう叫ぶフランを、美鈴はしっかりと抱きしめる。
「大丈夫です。置いてなんか行きませんよ。絶対に」
「美鈴」
 フランが安堵して美鈴を見上げると、美鈴はにっこりと笑って言った。
「じゃあ、ちょっとここで待ってて下さい」
「え?」
 今言った言葉は何だったのかと、フランが驚いていると、美鈴はウインクをしてみせた。
「大丈夫です。フラン様の目の届く範囲に居ますから」
 そう言って、美鈴は隣の柵を指さした。フランの視線が美鈴の指の先を追う。観覧車の足場がある。美鈴の指は段段と上へ昇り、観覧車の中央を指し示して止まった。
「どういう事?」
 フランが問いかけた時には、美鈴は地面を蹴って高く跳躍し、観覧車を蹴りついで登っていった。
 何事だろうと、フランが見上げていると、突然観覧車を昇った美鈴が大地を揺るがせる程の大音声を響かせた。
「おらー、魔理沙ー! フラン様が待ってるんだから、さっさと来い!」
 下で聞いていても耳の痛くなる様な大声に、フランが思わず耳を閉ざす。
 美鈴の叫びは一度で終わらず、同じ文言を何度も何度も繰り返し叫んでいる。
 フランが驚きと耳の痛みで、ぼんやりそれを見上げていると、突然美鈴の叫びが止まった。どうしたんだろうと思った瞬間、背後に足音が聞こえた。
「ったく。うるさいな。すぐ近くに来てたっつーのに」
 フランが振り返ると、魔理沙が耳を塞ぎながら歩んできた。
「魔理沙!」
「よう! 悪かったな、待たせたみたいで。って何で泣いてるんだ?」
 凄まじい衝撃が響く、見ると、着地した美鈴が魔理沙を睨んでいた。
「魔理沙、何処へ行っていた!」
「いやいや、お前等を探しまわってたんだよ! どうせ過保護な美鈴の事だから、フランを出来るだけ歩かせない様に、一番近い観覧車で待ってると思ったのに。お互い動きまわってたら、そりゃあすれ違うだろ」
「あ」
 美鈴が間抜けな声を上げる。
 それを見て肩をすくめた魔理沙は、それから少し申し訳無さそうな顔になった。
「まあ、後、クレーンゲームに手間取ったっていうのもあるんだけどな」
「おい、今何て言った?」
 美鈴が魔理沙に詰め寄る。それをどかして、魔理沙はフランの前に立った。
「ほらこれを取るのに時間が掛かってさ。フランが気に入りそうだと思って」
 魔理沙がそう言って、袋に入った小さな熊のぬいぐるみを差し出す。
「可愛い。ありがとう」
 意表を突かれたフランがゆっくりとした動きでぬいぐるみを受け取る。そうしてぎゅっと握り締めると、また涙をこぼし始めた。
「良かった」
「え? そんな泣く程嬉しい? 悪い気はしないけど」
「良かった。魔理沙に嫌われてなくて」
「え?」
「魔理沙に、魔理沙に嫌われたかと思って、怖くて。良かった。魔理沙に嫌われてなくて」
「あのなぁ」
 魔理沙は思いっきり溜息を吐く。フランがそれを聞いて、体を震わせる。その体を魔理沙が思いっきり抱きしめた。
「嫌う訳ないってさっき言ったばっかりだろ」
「ごめんなさい。でも」
「もう良いよ。とりあえず嫌わないから。それだけは覚えておいて欲しいんだぜ」
 魔理沙はそう言ってまた強く抱き締めて、ふと美鈴がこちらを見ている事に気が付いた。
「良かったな、魔理沙」
「ん? 何がだよ」
「フラン様がその人形を気に入らなければ、お前殺してたぞ」
「おい、真顔で言うなよ」
 美鈴が冗談とは思えない程冷たい視線をくれるので、魔理沙は思わず背筋に寒気が走った。そんな二人のやり取りには気が付かず、フランは魔理沙の中で幸せを噛み締める。
 自分には今、美鈴が居て、魔理沙が居る。少なくとも今だけは一人ぼっちじゃない。それが堪らなく嬉しかった。
 不意に魔理沙が言った。
「あ、そう言えば、鍵だぜ鍵」
 フランも思い出して、慌てて美鈴を見る。美鈴が錠前を取り出しフランに渡した。魔理沙もフランに鍵を渡す。
「さて、じゃあ合わせてみようぜ。何かご褒美がもらえるらしいし」
 魔理沙に促されて、フランは鍵を錠前にゆっくりと挿し込んだ。ご褒美って何だろうとわくわくと気分を高揚させながら、フランはゆっくりと鍵を捻って錠前を開ける。そうして錠前が外れ、
 何も起こらなかった。
「あれ?」
 魔理沙が不思議そうに声を上げ、フランから鍵を受け取って、振ってみた。何も起こらない。
「変だな」
 すると係員が申し訳無さそうな顔で近付いて来た。
「あの、すみませんが、イベントの景品の、パレードへの参加権は先着百名様でして」
「え? そうなの?」
 フラン達はそもそもご褒美がパレードへの参加権だという事すら知らなかった。
「鍵をお渡しした時に、係りの者が説明したと思うんですけれど」
「いや、聞いてないぜ」
 店員が頭を下げる。
「申し訳ございません。こちらの伝達ミスだった様です。ただ参加賞として、お帰りの際にプレゼントがございますので、お楽しみにしていてください」
 途端に魔理沙がうなだれる。
「はー、遅かった訳かー」
 そんな疲れのこもった魔理沙の言葉に、フランも何だか悲しくなった。
 魔理沙は疲れた様子で柵にもたれかかり、悲しそうな顔をしているフランを見ると、観覧車を見上げて指をさした。
「とりあえず、もう時間も迫ってるし、最後にあれ乗るか?」

 三人を載せたゴンドラがゆっくりと夜空に持ち上がっていく。ゴンドラに乗ったフランは楽しそうに外の様子を眺め、魔理沙と美鈴は疲れた様子で座っている。
「遅かったか。結構頑張ったんだけどなぁ。何番位だったんだ?」
 魔理沙が息を吐くと、美鈴が合わせて言った。
「魔理沙がゲームで遊ばなければなぁ」
「悪かったって」
 魔理沙は外を見ているフランにも声を掛ける。
「悪かったな、フランも。何か最後締まらなくて」
 するとフランが振り返って、笑顔を見せる。
「ううん。魔理沙と美鈴と一緒に遊べて楽しかったよ!」
 それを見た美鈴が涙ぐむ。
「天使かと思った」
「大げさな」
 フランがまた外の景色を眺め始める。魔理沙は何の気なしにその様子を眺めていて、フランが一点を羨ましそうに見ている事に気が付いた。フランの視線の先を追うと、パレードが行われていた。中央の大通りを着飾った沢山のフロートが並んで進んでいる。
「パレード、参加したかったのか」
「うーん、分かんない」
 フランがそう答える。
「分からない?」
「うん、パレードに参加したいのかどうかは分からない。でもね、あんな風にみんなの前に出て、みんなから褒められてるのがちょっと羨ましい」
「紅魔館の劇は大盛況で拍手喝采が鳴り止まなかったじゃないか」
「あれは、お姉様に向けられたものだから」
 そう言って、フランが黙ってしまった。
 魔理沙はもう一度パレードを見つめ直し、良し! と言って勢い良く立ち上がった。

 ナイトパレードが華やかに執り行われている。シンデレラ等の童話をモチーフにしたフロートやティーカップ等の可愛らしい小物を模したフロートが電飾で飾り付けられて、陽気な音楽に合わせて、大通りを進んでいく。空には花火が打ち上げられ、地上にも空にも夜の闇を追い払わんばかりに光が溢れている。数多のフロートの上にはイベントの勝者達が乗って手を振り、あるいは踊り、思い思いにアピールをして、道に沿って居並ぶ人々はそれに手を振り返し、あるいは歓声を上げ、思い一丸となってパレードを盛り上げている。
 一際豪華なシンデレラをモチーフにしたフロートの上には、一番乗りをした橙が乗っていて、実に嬉しそうな笑顔を振りまいている。一つ前のフロートに乗る藍が、観客等そっちのけで、延々とカメラで橙を撮り続けている。そのファインダーに映る橙の背後に突然、赤い悪魔が降り立った。
 橙が驚いて振り返り、フランと見つめ合う。フランがぎこちない笑顔でにったりと笑い、それに恐怖した橙が悲鳴を上げて後ろへ下がり、危うく落ちそうになった。それを見た観客達が悲鳴を上げる。すんでのところで、美鈴が受け止めて事なきを得たが、一度生まれた悲鳴は、次々に連鎖して、悲鳴の狂奏となり、混乱を来した観客達に寄って収拾の付かない事態に陥っていく。もはや誰も見ていないフロートの上では、勝者達が下界の混乱を呆然と眺めている。
 ただシンデレラをモチーフにしたフロートだけは違った。
「ちぇええん!」
 カメラを持った藍がフラン達の居るフロートに飛び移り、橙を抱きかかえた美鈴を睨みつける。
「何のつもりだ、貴様等」
 すると美鈴が笑って高らかに謳う。
「このフロートはフランドール様が乗っ取った!」
 下界では変わらず混乱が起こり、フロートの上での宣言など誰も聞いていない。
 藍が無言で美鈴を見つめる。
 美鈴はじっと藍を見つめ返す。
 橙が怯えた様子で美鈴に抱きかかえられている。
 フロートから流れる滑稽な音楽が狂騒の中でやけにはっきりと響いている。
 しばらく続いた沈黙を藍が破る。
「本気か?」
「勿論」
「認めんぞ」
「だから?」
 二人の睨み合いが段段と高まっていく。
 一方で、フランと魔理沙の前には、もう一人の赤い悪魔が現れていた。
「どういうつもりかしら、フラン」
 睨む魔理沙を無視して、レミリアはフランに笑みを向ける。
「妹であるフランがそこに居る位なら、姉である私が居るべきだと思わない? ねえ、フラン」
 怯えるフランを魔理沙が庇う。
「早い者勝ちだろう?」
「強い者勝ちよ。妹風情が人間如き味方にしたところで私に敵うと思っているの?」
 笑みを強めるレミリアに、魔理沙も口の端を持ち上げる。
「化け物風情が、月をくらます乙女に勝てるとでも?」
 それを聞いてレミリアが声を上げて笑い始めた。
「ああ、おかしい。フラン、あなたからこの頭の悪い人間に言ってあげなさいな。本気で私に勝てると思っているみたいよ?」
 フランはレミリアの怒気の混じった言葉を魔理沙の背中越しに聞いただけでも震えてしまう。けれど震えながらも、フランは魔理沙の背中から出て、レミリアと目を合わせた。
「お姉様、ごめんなさい。私は、今日だけは、三人で一緒に過ごしたいの。だから、だから、例えお姉様でも邪魔するのなら」
 レミリアの表情が消える。
「フラン、本気で言っているの?」
 フランは怯えて体を震わせたが、それでもレミリアからは目を逸らさずに頷いた。
 途端にレミリアが実に嬉しそうな顔になる。
 魔理沙もそれを見て、嬉しそうに笑うと、レミリアにミニ八卦炉を向けた。
「あら、魔理沙。そこまでしなくたって良いのよ?」
「悪いがここからは単なるフランの友達だぜ」
 それを聞いたレミリアは嬉しそうに微笑んで翼をはためかせると、魔理沙へと突っ込んだ。魔理沙はフランを抱き寄せると思いっきり叫んで、極大の光を撃ち放つ。
「踊るぜ、フラン!」
 魔理沙の声に惹かれて、フランは酷く凶悪な、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

「体が痛いー」
 紅魔館のダイニングでテーブルに顔を突っ伏した魔理沙とレミリアがそう呻いた。
「ただの筋肉痛ですよ」
 咲夜がそう無表情で言うので、魔理沙とレミリアが否定する。
「ただのじゃない」
「もっとおぞましい何かよ」
「そうですか」
 飄々としている咲夜をレミリアが睨む。
「あんたは何で平気なのよ」
「私はお嬢様の流れグングニルに当たって早々に沈んだので」
「軟弱ね。鍛えなさい」
 咲夜が無言で、二人の冷め切った紅茶を捨て、新しく入れなおした。
 そこへ巨大な氷塊を抱えた美鈴が通りかかる。
「あ、咲夜さん。氷買ったんですけど、氷室の鍵って何処にあります?」
「いつもの場所に無かった?」
「無かったです」
「じゃあ、多分誰かが使ってる。きっと開いてるわよ」
「ああ、成程ー」
 そう言って、去っていこうとする美鈴に、魔理沙が声を掛ける。
「おい! お前何でそんな元気なんだよ」
 美鈴が笑う。
「鍛えてるのでー」
 そう言って去って行った。
「あいつ最後はずたぼろになってたのに。どうなってるんだ?」
「あれ位じゃないとうちの門番は務まらないのよ」
「さぞや高給取りなんだろうな」
「賃金なんて制度あるわけ無いでしょ」
 そこで会話が途切れ、無言の時が訪れた。
 咲夜が何度か冷めた紅茶を捨てては入れなおしていると、突然レミリアが呻く様な声を出した。
「そう言えば、フランは? あの子は大丈夫なの?」
「ええ、今朝元気に外に遊びに行きましたよ」
「え? あの子が? 外に? それも朝に?」
「はい。何でもうなぎを食べに行くとか」
「はあ。そう。あの子が」
 レミリアの呆けた様な応答に、魔理沙が突っ伏したまま笑う。
「寂しいのか?」
「嬉しいのよ」
「そりゃ何よりだぜ」
「お礼を言っておくわ」
「別にお前の為じゃないぜ」
「あの子、喜んでたから。熊のぬいぐるみも本当に嬉しそうに」
「喜んでたなら何よりだ」
「熊のぬいぐるみも本当に嬉しそうに引きちぎってたわ」
「喜んでないじゃんか」
「あの子、嬉しくなるとすぐに物を壊そうとするのよね。あの子なりの愛情表現というか」
 それを聞いて、魔理沙が呆れた様に言う。
「だから昨日、いきなり私に襲いかかってきたのか。背後からいきなりだったから、嫌われたのかと思ったぜ」
「フラン様の愛情を真っ向から受け止められるのは、今のところ美鈴だけですからね」
「ほとんど無抵抗で受けてずたぼろになったのに、もうあれだけ元気なんだもんなぁ」
「私もいけるわよ」
「破裂しそうになって、慌てて霧化して逃げたのにですか?」
「妙に辛辣ね」
「グングニルの傷が痛むので」
 レミリアは溜息を吐いて、それからふと真剣な表情になって、魔理沙を見つめた。
「魔理沙、繰り返すけど、お礼を言うわ。フランの事、本当にありがとう」
 魔理沙が手でそれを払う。
「結局何にもしてないぜ。初めの一押しがあればそれで。私なんか要らなかったんだ」
 魔理沙は紅茶を啜ると、外の景色を眺めた。良く晴れ渡った空にゆったりと雲が流れている。もうそろそろ夏と言っていい頃合いだ。
「今だってあいつは自分一人で友達を作りに行ったんだから」
 レミリアも眩しそうに外を見る。
「大丈夫かしら、あの子」
 心配するレミリアに魔理沙は笑いかける。
「大丈夫さ。あれだけ素直なら、きっと」

 森の中を進んでいたフランが不意に足を止めた。そうして慌てて樹の裏に隠れる。
 フランがそっと樹の影から覗くと、森の開けた場所に屋台が構えてあって、昨日映画館で出会ったミスティアとリグル、それから知らない二人が楽しそうに話し合っていた。
 フランは無意識に唾を呑んだ。
 大丈夫、と自分に言い聞かせる。
 昨日是非来てって言ってた。だから大丈夫。きっと仲良くなれる。
 そう自分を励まして、フランは樹の影から出る。
 必死で考えた仲良くなる為の第一声を頭の中で何度も何度も繰り返しながら、フランは少しずつ屋台へと近寄っていく。
 道半ばまで進んだところで、一人がフランに気が付き、それに合わせて他の三人もフランを見た。
 四人の視線に曝されたフランは、体が破裂しそうな程驚いて、頭の中が真っ白になり、考えていた言葉が全て零れ落ちた。
 代わりに自分の心がそのまま素直な言葉となる。
「あの! 私と友達になってください!」
 フランの言葉を聞いた四人は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になって、その内の一人が手招いた。
「だったらそんなところに居ないで早く来なよ!」
 フランがぱっと顔を華やかせた。
「うん!」
 夏の入りにふさわしい涼やかな風が吹いて、友達の下へ駆けるフランの髪を撫で上げる。
バッドエンドと隣合わせ
みんなしあわせでみんないい
烏口泣鳴
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コメント



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4.100名前が無い程度の能力削除
面白いのですが、パレードの描写がちょっと分かりづらかったかも

BADエンドとかやめてください!なんでもしますから!
5.60名前が無い程度の能力削除
後半に入って展開も文章も粗雑になったことと、魔理沙とフラン以外のすべてのキャラクターが適当な扱いで、小物の愚物の背景扱いだったのが残念ですが、前半のコンセプトが古くて新しいので良かったです。
いくつかの謎が気になります。つまり、(しかも霊夢が遊んでいる時に)幻想郷に持ち込めるということは映画館や遊園地は外で忘れられたのか、係員たちは何者なのか、なぜ7日間なのか、「文化祭」という名前の持つ意味、冒頭だけが美鈴だった意義、などなど。
6.80名前が無い程度の能力削除
BADエンド?なぁに?聞こえんなぁー!
それはともかくおもしろかったです。
7.80奇声を発する程度の能力削除
BADエンドは止めて!
面白かったです
9.100名前が無い程度の能力削除
相変わらず、妙にグロテスクで不思議というか狂者を介して見てるような不気味さがある
このイベントは何を意味しているのだろうか?
10.703削除
妙にフランが情緒不安定だったりしたのはそういうテーマ設定だったからですか。
ジェットコースターみたいなSSですね。やや描写不足のところがあった感。