「備忘録」
生まれてこのかた十数年、私はメモを取ったことがない。
見た物を忘れない程度の能力を持つ私は、それ自身が完全な記録媒体として機能する。
だから、これから書くのは人生初の備忘録である。
そうなった経緯は追々記すとして、最初に一つ確認したいことがある。
この備忘録を見ているあなたは稗田阿求ですか? そうだとして、「連続失踪」と聞いてピンと来る事柄はありますか? 多々良小傘という名前に聞き覚えは? 古明地の名に心当たりはありますか?
あるのなら、この本はそっと閉じてください。あなたにとってわかりきったことしか書かれていないでしょうから。
そうでないのなら、この本を一度読み返してみてください。願わくば、それを端緒にあなたが思い出せることを。求聞持の能力をもってして“忘れてしまった”出来事を再び取り戻すことが叶うよう。
そう願って、私は筆を取ったのです。
※※※
冷たい夜気が肌を撫でる。
目を覚まして最初見たのは雲ひとつない星空だ。青白い満月が明々とした光を投げかけていて、夜だというのに周囲はぼんやりと明るい。
小傘はむっくりと上体を起こした。
ここはどこだろう。
どうやら自分は、眠っていたようなのだが。
寝起きのせいか、眠る前の記憶が判然としない。
(えっと……ここは……)
見回すと、並び立つ墓石群が目に入った。墓地らしい。蒼白な月明かりに浮かび上がる墓石は暗鬱で、どこか神秘的だった。視界一杯の死の象徴が、無闇に心をおびやかす。
(なんか不気味ね……早く)
早く、ここを離れよう。
そう思ったとき、小傘はふと違和感を覚えた。
何か、おかしい。
「?」
首を傾げるも、答えは出ない。
立ち上がり、服のお尻の汚れをはたき、傍らにあった我が身の傘を拾い上げ、びくびくと足を踏み出した。
カラン……。
と、自分の下駄の音がひどく明瞭に響き渡る。
「あ……」
先ほどの違和感の正体が明らかになる。
静か、だった。
静か過ぎたのだ。
元々墓場は生者の気配に疎い場所である。物音がしない程度、そうおかしくもないはずだ。それでも、無性に不安になる。まるで世界から切り離された別の空間にいるような静寂と寂寞が辺り一面にわだかまっている。並び立つ墓石の群れ、月明かりを反射して青っぽいそれが、うねる海原のようでもあった。
(よ、酔いそう……)
小傘は歩くのをやめて、ゆっくり宙に浮かび上がる。
地面から亡者の手が伸びてくるような気がして、一思いに飛び上がるのが怖かった。緩やかな速度で浮上する。次第に墓場は遠くなり、その全貌が見えてきた。
よくよく見ると、ひどく見慣れた場所だった。
人里近くの妖怪寺、命蓮寺の裏手に作られた墓地である。墓場に来る人間は驚きやすい、という理由で小傘もしょっちゅう訪れていた。それがわかると、途端に胸に安堵が広がって、直近まであった恐怖の感情はすっかり霧消してしまった。
(全く、私としたことがこれしきのことで……!)
ふむん、と鼻息荒く己を叱咤する。人間をおどかすのを使命とする己はむしろ幽霊の役なのだ。幽霊役が幽霊を恐れてどうするのか。お化け屋敷で幽霊役が「幽霊怖いぃぃ」なんて言っていたら、それそのものがホラーである。
(幽霊の正体見たり枯れ尾花! ……はちょっと違うのかな? と、ともかく私にかかればこの程度のふいんきなど恐るるに足らぬのよ! あっはっは、人間よ私にひざまずけー!)
さっきまで怖がっていた自分を振り払うよう、心の中で声を張る。おどろおどろしい雰囲気はもうどこにも残っていなかった。油断していた。一度恐怖を拭ったことで、すっかり気持ちが弛緩していたのだ。
――こんばんは?
最初その声を聞いたとき、小傘は咄嗟に幻聴を疑った。
夜の墓場、その上空、濃紺の空の一角で、場違いなくらい能天気な声。
再出する恐怖、震えの走る背、見開く瞳。
慌てて上下四方を確認するも、妖怪は愚か鳥一匹とて飛んでいない。
――こんばんは?
声はそう繰り返してきた。
「えっ……だ、誰……?」
――こんばんは?
「だから……誰……なの……?」
――こんばんは?
「えっと……その………………こんばんは」
――こんばんは。意思疎通ができて嬉しいわ。ひょっとして耳が遠くなったのかと……。
妖怪挨拶お化けはそのように言った。
何がなんだかわからないが嬉しいらしい。
失礼なことを言われた気がするが、努めて無視した。
「あなたは……誰なの?」
――答える必要はないわ。
「え、あ、はい」
思わず頷いてしまってから、いやそれはないだろうと思い直す。
「って違うのよ! 必要がなくても他にもほら……えっと……義理とか人情とか! そういうもので! 姿を見せろー卑怯者ー!」
――妖怪の山観光ツアーはいかが?
「脈絡がない!? 意思疎通はどうしたの!?」
――妖怪の山観光ツアーはいかがです?
「あら、これはご丁寧に……誤魔化されるか!」
――卑怯者だなんてひどいわ。でも罵詈雑言の類は受け流すと決めているの。その結果多少会話の繋がりが薄くなったとて、仕方のないことなのよ。
「……なんで妖怪の山?」
――興味ない?
「……あんまり」
――あなたは人間を驚かしたいのでしょう? でも誰も驚いてくれないからひもじい。あなたは獲物を探している。私は、その手助けをしてあげたいのよ。
「へ?」
小傘は瞠目した。こちらが相手を知らないのと同じように、相手もこちらを知らないのだと思っていたのだが……そうではないらしい。
一方的に知られている。
中々居心地が悪いものである。
どこか落ち着きのない様子で、小傘は慎重に言葉を発する。
「なんで……なんで私のことを知っているの? 私の手助けをしたいっていうのは……どういうこと?」
――秘密です。
「だ、だったらせめて、姿くらい見せてもいいじゃない。それとも、ここにはいないとか? どこか遠くから……こう、テレパシー的なもので?」
――秘密です。
「うぐぅ……」
小傘は唸る。まともに会話する気があるのかと問い詰めたくなる対応だった。
そもそも……と改めて現状を意識する。
どこからともなく聞こえてくる声、それに対して静謐な墓所で声を張り上げている自分。
(うわぁ……うわぁ……)
異常者のそれであった。
もしや、あんまり人に驚いてもらえないものだから、自分はとうとう気が触れてしまったのか。あるはずのない声を聞き、それを現実と誤認して、見るに堪えぬ三文芝居を繰り広げているのでは?
ひどく、空恐ろしくなった。
――どうしたの?
反応のない小傘を訝ったか、そう聞いてくる声。
小傘は緘黙した。
応答するのが、なんだかいけないことみたいに思えた。
――大丈夫?
心配げな色を乗せた声。やめて、やめてよ。目を伏せうつむき小傘は憂う。そんな声を聞かされたら、無視するのがつらくなる。答えてあげなければ、いけないような気がしてくる。でも考えてみればこの状況は異常なのだ。誰もいないこの空の上で、声が聞こえるはずはないのだ。
――怖い?
幾ばくかの沈黙の後、声は短くそう問うた。
「……怖くな」
条件反射で答えようとしてつっかえる。
怖くないというのは嘘である。
「……あなた自身はそこまで怖くない。でもどこからともなく声の聞こえてくるこの状況は怖いわ」
正直にそう答える。この姿なき声は不審でこそあるが、こちらに対する害意というものが全く感じられないのだ。あるいは巧妙な演技である可能性もあったが……。
――そう。
少し嬉しそうな声だった。
それを聞いて、小傘は演技という疑いをひとまず捨てた。ただ、やっぱり不気味ではある。
「……私を手助けしたいって、どういうこと?」
――そのままの意味よ。ある人からの頼みでね。約束したの。
「う、うぅん……?」
ある人とは、誰だろう。『人』とは言っているものの、人間だとは限らない。犬でも猫でも『一匹』と同じ括りで数えられるように、人も妖も神すらも『一人』の括りで数えられるのが幻想郷の通例であった。
――深く考えることはないわ。人間を驚かしたいんでしょう? 見返したいんでしょう?
「そ、そうだけど……だいたい、妖怪の山云々って言ってたけど……あそこは妖怪の山よ?」
――お山の上の神社には、巫女っぽい巫女がいると聞くわ。
「あれ……確か巫女じゃなくて風なんとか……」
――もう一つの神社よりよっぽど巫女巫女してるわよ?
「……」
それは否定できない。
――で、どうする?
「でも行ったとして……驚いてくれるかしら?」
――それはあなた次第ね。でも何となく今ならあの巫女は驚きやすい気がするわ。
何となくって何だ、何となくって。
小傘は胡乱な視線を虚空へ向けたが、如才ない微笑みが返って来るだけの気がした。
「……」
沈思黙考。
逡巡したが、特に断る理由もないと思い至る。
「わかった……行ってみましょう」
こうして、守矢神社を目指す次第となったのである。
とはいえ、こんな夜更けに押しかけるのは迷惑ではないだろうか。
そのように危惧したので、傍らへと疑問を投げてみたところ、
――えっ。
素っ頓狂な声が返って来た。
――そんな心配する妖怪初めて見た……。
とのことである。小傘としては、特段おかしなことを言ったという意識はなく、しきりに首を傾げるばかりだ。
「どうしよう? 朝まで待ったほうがいいかな?」
――さぁ……? 寝ている人間は驚きやすいから、チャンスだと思うけど……。
「なんと!? そうだったのね! それなら早速行かなければ!」
憂色一転、喜色満面、小傘は意気揚々と妖怪の山の参道を行く。排他的な傾向が強い妖怪の山でも、守矢神社へ至る道だけは今試験的に開放されていた。人里などにも分社はあるものの、かなうなら本社を拝みたいという人間はいる。それを無下にできなかった守矢の神々が、安全を確保された道を用意するよう山の上層部に掛け合ったのである。
程なく。
木々の向こうに守矢神社は現れた。清閑な山林の木々の中にあって、なお荘厳な佇まいを崩さぬ様は歴史の重みを感じさせる。無事目的地に着いたことに安堵しつつ、小傘は母屋へ忍び歩く。
「ふふふ……! ここまで来たからには後は私の独壇場……寝こみを襲われて七転八起する人間の姿が目に」
――七転八倒じゃないの?
「……い、いいのよこれで! ほ、ほら、十五回も倒れたら可哀想だわ!」
――どっちにせよ、驚くのは一回きりだろうけどねぇ。
「真の驚かしストは一度驚いた相手を連続で驚かせる技を持っているもの……不意をつくことだけが驚かしの全てではないのよ」
――具体的には……?
「……えっと」
言葉に詰まる。
小傘はしばし沈黙していたが、やがて何かひらめいたという顔で、
「驚かすはおどかす、とも言われる。そしておどかすは脅かす、恐れさせることでもあるわ。相手を怖がらせれば、それもまた驚かしたと言えるのよ……!」
――なるほど。でもどうやって……?
小傘はふっ、とニヒルに笑ってみせた。慣れない表情だったので、表情筋がぴくぴく痙攣して何だか引きつり笑いのようになってしまったが、致し方ない。
小傘は言う。これから見せるのは長きに渡り秘してきた秘奥の秘奥、伝説の神技。見るもの全てをおそれおののかせると噂された最終兵器であると。
曰く、それは。
――ぎゃおー、たーべちゃーうぞー
……
……
……反応が、ない。
両手を上げて威嚇するような姿勢をとった小傘を、丸いお月様だけが見下ろしていた。
ひゅぅ、と冷たい風が吹く。
季節は晩秋、落葉の木々の映える頃、両手を上げた態勢のまま、小傘はふと、傍から見た自分が誰もいない空間を威嚇している変質者であることに気がついた。
体の芯から湧き上がってきた羞恥心が顔を染め上げる。
そこらに散っている紅葉なんかよりよっぽど赤い。
「お、おかしい……人里で会ったメイドは確かに、『それを聞いた何者も心穏やかではいられず、血を流し戦慄に打ち震える。見るもの全ての畏怖の心を呼び覚まし、あるいは教化し調伏せしめる原初の至言……それが、たべちゃうぞなのよ』そう言っていたのに……ッ!」
――知らない人についていってはいけません。知らないメイドの言うことを聞いてはいけません。そう習わなかった?
「ぐぅ……そ、そんなことはどうでもいいのよ。私は人間を驚かせに来たんだから」
話しているうちに、母屋は目と鼻の先まで迫っていた。小傘は地面から少し浮くことで足音を殺し、慎重に建物の周囲を探る。間もなく見つけた縁側が侵入に都合良さそうだと判断し、宙に浮いたまま廊下を奥に進む。
――巫女がどこにいるか知っている?
「あなたは知ってるの?」
――秘密です。
「……」
ぶすっとした顔になる小傘。唇を尖らせて声の聞こえる方の反対を向き、直感と無鉄砲に任せて廊下を徘徊する。
しばらく無言で移動していた小傘だったが、ある部屋の前で足を止める。
閉め切られた障子に遮られて室内の様子はうかがえないが、何となくそこが気になる。
――この部屋がどうかした?
「……」
返事はしない。拗ねているからではなく、声を出して感づかれる恐れがあったからだ。
小傘はそっ、と障子に手をかける。音を立てないように、慎重に、慎重に開いていく。子供一人がどうにか通れるくらいの隙間を作ると、そこへ半身になってもぐりこむ。
部屋は時間相応の暗闇に覆われていた。
開け放たれた障子の間隙に差し込む月明かりだけが、この部屋にある光の全てだ。
それさえも小傘の体と傘が遮り、室内はひどく薄暗い。
不明瞭な視界には、闇と、こんもり盛り上がった布団だけがあった。
人間、だろうか。
それともこの神社に祀られる神々の片割れだろうか。
判断がつかぬまま、小傘は静かに地面に降り立つ。畳を汚してしまわぬよう、下駄は脱いで傍らに置く。宙に浮くには当然ながら妖力とか霊力とかそういうものが必要となる。そして感覚の鋭敏な大妖怪や神というのは、ほんのわずかな力の気配も敏感に感じ取れるのである。ここへ来て気づかれるわけにはいかなかった。
――……を……は……のね。……た……。
声が何事か呟いていたが、よく聞こえない。小傘は人差し指を唇に当てて、「しーっ」のジェスチャーを取った。ゆっくりと足を踏み出し、数歩も歩けば寝ているのが誰か判別できる距離になる。
布団に包まって安らかな寝息を立てているのは標的である人間だった。
緑色の綺麗な髪が布団や畳の上に無造作に散らばっている。
トレードマークの蛇と蛙の髪飾りは、今は外されていた。
小傘がすぐ傍に立っているのに、気づいた様子はない。
(あとは……驚かすだけ……!)
心が不思議な高揚に包まれている。
人間を驚かそうという試みは今までも無数に繰り返してきた。そしてそのほとんどは失敗の記録であった。だが今回は、失敗らしい失敗もなくここまで来れた。こんなに調子がいいのは、何年ぶりだろう。あるいは何十年ぶりのことであったかもしれない。
いける。
驚かせる。
確実に。
そんな慢心めいた確信が胸の奥から沸々と湧き上がってきて、心臓がうるさいくらいに鳴り響いていて、熱に浮かされたみたいに足元がふわふわする感覚の中で、最後の仕上げに取り掛かる。
すぅ、と息を吸い込んだ。
そして。
「うらめしやーっ!!」
逡巡は一瞬。
ともすれば建物全体に響くような勢いで声を張り上げる。
びくっ、と。
布団の揺れる気配、衣擦れの音。
人間の眉がかすかに寄せられ、それに一拍遅れて目が薄く開く。
そして小傘の姿を視界に収めたのか、焦点の合った瞳が急速に開き――
「ひゅっ……」
息を吸い込もうとして詰まったようなかすれた音の直後。
「きゃあああああああああっ!?」
心底驚愕し、混乱したような絶叫が小さな口から発せられる。
「へ……?」
その声を引き出した当人だというのに、小傘は間の抜けた呟きを漏らすしかできなかった。
確信はあった。
手ごたえもあった。
これまでにないくらい、すべてが上手く行っていた。
それでも、どこか投げやりな気持ちを捨てられてはいなかった。今回もどうせ、人間は驚いてなんかくれない。ある者はつまらなそうに、ある者は困惑したように、ある者は子供をあやすような目でこちらを見て、意にも介さず意を汲めず、何事もなかったかのように歩き去ってしまう。そんなこれまでに何度となく繰り返してきた失敗がまた一つ上塗りされるのだろうと、期待するだけ裏切られるだけなのだろうと思う気持ちは否定のしようもなく胸裏に居座っていた。幾多の経験則に基づく予防線である。期待が空回りする体験というのは、存外に心を痛めつける。それが何度も蓄積すると、期待すること自体を避けるようになる。熱い薬缶に触れた指が引っこむかのごとき非常に自然な反応だったのだが、このときはそれが災いした。
体の中心に、何かが流れこんでくる。
とっさに、何かわからなかった。
とても大きな質量を持っていて、非常に確かな存在感を備えていて、刻一刻と膨張を続けている。血流に乗るように満遍なく素早く全身に広がったかと思うと、背筋を駆け上がり脳髄を痺れさせる。曰く言いがたい、とてつもない快感であった。どんなにおいしく高級な料理を食べたって、この素晴らしい快楽へ勝るものを得ることはできないだろう。そう確信させるだけの甘美さと芳潤さ。五感の全てが刺激されてやまない。眩暈がした。
(へ、ひゃっ、なっ、なにこれ……!? なにこれなにこれなにこれ!?)
「ふ……あ……」
変な声が出そうになる。
ともかくひたすら気持ちいい。
がくがくと膝が震えて立っていられない。
抵抗する気力も起こらず、膝をつく。
「ぁ……ぅ……」
時間の感覚も消え失せて、しばし忘我する。
なぜそんなに気持ちいいのかさえ、すぐには気づけないほどだった。
(そっか……これが、人間の驚きの感情……妖怪としての意義を満たすこと……あぁなんて気持ちいいんだろ……ずっと空腹だった……空腹だったところに、いきなりこんな大質量の感情を投げ込まれて…………頭が変になりそう)
そうして自失していたのがどれくらいの時間だったのか。
身をひたす鮮烈な余韻に浸りながら、何とはなしに視線を下げる。
こちらを見てひどく怯えた様子の人間がいた。
「……ッ!?」
声にならない叫びを上げて、己の状況を思い出す。
神社の母屋に忍び込んで、人間を驚かしたのだ。
思いっきり大声だった。恐るべき力を持った神々が駆けつけてくるかもしれない。この人間だって今でこそ怯えているが、我を取り戻せば自分を排除するに十分な実力を備えている。
(う、ぐ……て、撤退あるのみ! 戦略的撤退を!)
小傘は慌てて踵を返し部屋を出て行こうとする。
その足が、何かに縫い付けられたように止まった。
(な、何……? なんで私は足を止めて……)
無性に胸が掻き立てられて、小傘は再び人間の方を見た。
人間はいまだ混乱しているようで、落ち着きなく視線をさまよわせている。小傘のことに気づいているかさえわからない。何か、別のものを探しているようにも見えた。
(あれ……?)
何か、おかしい。
違和感が急速に広がっていく。
(思えば……なんでこの人間はこんなに驚いたの……? 確か、以前宝船の異変で出会ったときには随分と肝が据わっているよう見えた。その後も何度か会う機会があったけど……寝込みを襲われたからって、こんなに取り乱すようには……そ、それにあんまり久しぶりだからよくわからなかったけど、この人間の感情は変な味がした。驚きには違いないけど、何か別のものへ向けられているような……)
「あ」
気づく。
この人間は、正確には自分を恐れていたのではないのではないか。
もっと別の……自分の知らない何かに怯えたのではないか。
だから……だから、自分なんかの拙い技量でも驚かすことが……。
そう考えると、舞い上がっていた気分がみるみるしぼみ萎えていく。
何を一人で喜んでいたんだ。所詮、自分のような弱小妖怪に驚くほど人間は暇じゃないのだ。最初からわかっていたことではないか。人間は驚いてくれない。それが、いつものことじゃあないか。
じん、と。
目の奥が熱くなる。生温かい液体が目尻から溢れていこうとするのを、必死になって押し留める。ここで泣くのは、それこそ馬鹿みたいだ。そう思った。
もう、すっかり逃げ出そうなんて気持ちはなくなっていた。
神でも何でも、こんな愚かな自分を折檻してくれればいい。
それより、今も怯えている目の前の人間が気がかりだった。
「ね、ねぇ」
勇気と意気地を振り絞って話しかける。人間はびくっ、と肩を震わせてから、依然混乱に彩られた視線を向けてくる。そこに含まれる恐れの感情がいたずらに心のひだを撫でる。複雑な気分だった。この恐れは自分のほうを向いてはいるが、自分のことを指してはいないのだ。
「だ、大丈夫?」
陳腐な言葉だ。と思った。
それでも、それが精一杯だった。
人間はしばし言葉が耳を抜けていってしまったみたいに茫、としていたが、
「あ……」
はっ、と気を取り戻したように目を見開くと、障子の隙間から差し込む月明かりとそれに照らし出される小傘のことをまじまじと見て、事態を理解したらしき色を浮かべ、
「さっきのは、あなたが……?」
自信なさげだ。
「う、うん……」
小傘は控えめに答える。
「えっと、誰でしたっけ? ……ああちょっと待って……何か思い出せそう……確か……」
うんうんと唸りを上げる人間。
「……! そうか! 出たわね妖怪化けナスビ……! 私が子供の頃ナスが嫌いだったという情報をどこで掴んだかは知りませんが……やるというならやってやりますよッ!」
「な、なすっ……!? 違うわよ! 私は化け傘! 傘妖怪! ちょっと傘のデザインがナスっぽいからってどいつもこいつも人間は……! 降りしきる雨に怯えて死ねぇー!」
片時離さず持ち歩いている紫の傘をむんず、と掴むと天井に当たらんばかりに高く掲げ、勢い込んで開いてみせる。ばさぁっ、と蝙蝠の羽ばたくみたいな音を立てて開いた傘は威風堂々、明澄月下、おのが仇敵を睥睨する。
人間もすかさずスペルカードを取り出した。
小傘もこのときには先ほどの人間の不可思議な怯えのことなどすっかり忘れていて、ただ目の前の怨敵を破る方策を編むばかりであった。
そして。
流れる緊張。
刹那の沈黙。
そこに、
「こんな夜遅くに何をやってるんだい、あんたらは」
呆れたような第三者の声が響いたとき、小傘はようやくこの場所が神の居城であることを思い出したのだった。
「で、あんたは早苗を驚かすためだけにわざわざ妖怪の山を登ってきた、と」
場所は変わって居間。中央の卓を囲んで座るのは小傘と人間、早苗、闖入してきた神、神奈子と、その神奈子に呼ばれてもそもそ起き出してきたもう一柱の神諏訪子であった。
「そ、そうよ。悪い?」
びくびくと及び腰になりながら小傘。
完全に腰が引けていた。
「まぁ悪くはないんだけどね。妖怪ってそういうもんだし。ただねぇ……」
うーん。神奈子は腕組みして何やら思案顔だ。
「あぁいえ神奈子様……私は大丈夫ですので」
「そうは言っても、私の目を覚ましたのは早苗の叫び声なのよ。やっぱりまだ、怖い?」
「いえ……その………………はい。少し」
「むーん……まさか神社に単身妖怪が乗り込んでくるなんて思わなかったし……私の想定が甘かったわね。ごめんなさい」
「あっ、いや、そんな謝ることは! 私こそまだ怖気が抜けきらぬ我が身の未熟を恥じるばかりで……!」
「いやでも……」
「いえですから……」
「あーもうあんたらまだるっこしいわね」
うがー! と声をあげたのはそれまで静観していた諏訪子である。
じれったそうに指で卓袱台の表面を叩きながら、呆れ混じりの声色で、
「妖怪の山の連中が夜駆けを試みるとは考えにくいし、山以外の妖怪は普通わざわざこんなところに来ない。神奈子の考えが足りなかったってことはないし、早苗だって、そう簡単にあのことを忘れられるわけでもない。それでいいでしょ」
ぶすっ、とした顔のままそう言うと、それきり再び黙ってしまう。
神奈子と早苗もそこまで言われて弁を続ける舌を持たぬか、緘口する。
代わりに口を開いたのは小傘である。
「えっと……その」
言いにくそうに口をもごもごさせながら、
「“あのこと”って……何?」
「あー……あんたは知らないわよね。そういや」
「大したことじゃないのよ。でも、大したことだったのさ」
神奈子と諏訪子が曖昧模糊とした説明をするが、まるで意味がわからない。
「……私が話しましょう」
そんな中、決然と早苗が言う。
神奈子と諏訪子は、彼女を心配そうな目で見つめていた。
小傘は直感する。これから話される内容こそが、あれほど早苗が驚き……怯えていた理由なのだろうと。彼女の恐怖が本当に向けられた対象なのだろうと。
早苗は気息を整えるように瞑目し、深呼吸した。
事の次第を纏めるかのような沈黙の後、ゆっくり、ゆっくり語り出す。
「……あれは……確か……一ヶ月ほど前のことでしょうか。その日は、雨が降っていました」
※※※
その日は雨が降っていました。
朝からざぁざぁ、ざぁざぁと土砂降りで、今日は参拝者も来ないだろうなぁなんて神奈子様や諏訪子様と話していた……と思います。あれ、それはその前日のことでしたっけ……? なにぶんひと月も前の話なので記憶が曖昧で……所々欠けていたり、仔細が違うかもしれませんが……えぇと何を……あぁそう、雨が降っていたんです。
私と神奈子様と諏訪子様は、ちょうどこの部屋で夕食を取っているところでした。
日が沈み雨天の空はすっかり暗くなっていて、雨粒が屋根に叩きつける音が室内の空気を攪拌するかのようでした。朝から続く降水に時季に見合わぬほど気温が低くて、寒い寒いなんて話していたと思います。あと……他に何を話していましたっけ? 何か大事な話をしていた気もしますが……覚えてません? そうですか。まぁ、随分前のことですからねぇ……。
さておき、降雨のほどこそ尋常を逸しつつ、それまでは普通の夕餉だったのです。
事が起こったのは、そろそろ皆食べ終わるかな、というときでした。
突然でした。
物事が起こるに際しては大概何かそれらしき予兆や前兆のようなものを感じることも多いですが、そのときは、本当に突然でした。
部屋の……ほら、あそこの、外に通ずる障子があるでしょう。あの障子が、開かれました。前触れもなく、気配もなく、何者かの手によって開かれたのです。およそただの来客とは思えぬ、荒々しく、余裕のない感じを受けさせる開き方でした。至らぬ私はぽかんと間抜けに口を開くばかりでしたが、神奈子様と諏訪子様はすぐに目線を厳しくして、動き出せる態勢を整えていました。私も慌ててそれに倣いつつ、障子の方を見やったのです。
そこには……
誰も、いませんでした。
誰もいなかったんですよ。開いた誰かがいるはずなのに、いなかった。あるいは、術を使って遠隔から開けたのではないか。その直感が過ぎりました。しかし違った。そうではなかった。
なぜなら。
なぜなら障子を開いた誰かのいるであろう位置……その場所に、水が滴っていたからです。ぽたぽた、なんて生ぬるいものではなく、ぼたぼたと大きな音を立てて、この豪雨に打たれ濡れきっていると確信させるような水量を部屋と縁側の境にこぼし続けていたからです。そこには確かに、“誰か”がいました。しかし、姿が見えなかった。そして姿の見えない何者かは幽鬼のような気配を伴って――
ひた……
ひた……
と、こちらへ近づいてくるんです。私は恐慌に陥りました。私は昔から怪談や都市伝説の類が好きなたちだったのですが、きっとそれは怖いもの見たさの好奇心に支えられた脆弱な興味であったのでしょう。そのときの私はひたすら怖くて恐ろしくて、金縛りにあったように動けず、まんじりともせず、傍目に神奈子様と諏訪子様が何事か呟いているのを聞きながら、地蔵のようにそこにありました。頭の中には色んな考えが巡っていました。これは何だ。何なんだ。私は夢を見ているのか。それとも、本物の怪異にあっているのか。
あるいは、河童の光学迷彩では?
その考えが過ぎったときは、天啓だと思いました。
そうだ。これは河童なのだ。河童が私たちに悪戯しているだけなのだ。きっとそこには見慣れた顔の河童がニヤニヤと悪趣味な笑みを浮かべていて、怒り心頭の私は秋風の寒さも忘れる熱いお仕置きを……
周囲の音はほとんど耳に……というより頭に入ってきていませんでしたが、このとき神奈子様がぽつりと呟いた言葉だけはよく覚えています。
『河童……いや、河童じゃない』
そういえば神奈子様はどうしてあのとき……? 妖気を感じなかった? 陰惨な気を感じた? そうだったんですか……全く気づきませんでした。
ともあれ。
私は縋る先を失くし、いよいよ思考は空白の相を呈し、ひた、ひた、と迫り来る足音と、それに沿って畳に付けられる足跡……足の形をした水の染みを茫然と眺めるばかりでした。神奈子様、諏訪子様も当惑しているように、動きがなく、やがて私の直近までやって来たその何者かは不意に……
バァンッ!
あ、驚きました? 私は驚きました。こんな風に卓が強い力で叩かれて、その衝撃で水滴がぼたぼた、ぼたぼたと滴り落ちて、飛び散って、私はとうとう悲鳴を上げようとし、そして、
ぐ、って。
胸倉をつかまれたんです。とっさに息が詰まって、悲鳴は喉で止まりました。がくがく、がくがくと揺さぶられて、思考がぐちゃぐちゃにかき乱されて、もう何にも考えられなくて、時間の感覚が消失し、気づけば私は離されていました。
部屋にはもう、水の滴る音もありませんでした。
後から聞いたことですと、私は胸倉を掴まれて揺さぶられたとき、悲鳴とともにそれを振り払ったそうです。神奈子様が私を支え、諏訪子様は虚空をにらみました。姿のない何者かは畳にもう一条の足跡を残して外へ走り去り、制止しようとするお二方から逃げるようにいなくなったと聞きます。
……それからもう、一ヶ月がたちました。
でも私は時々、夢に見るんです。
もしかしたら、またあの姿の見えない恐ろしいものが私の元にやってきて、今度は首を絞めるんじゃないかって。あのひた、ひたという足音と共に私の後ろに現れて、襲ってくるんじゃないかって。そう考えると、中々恐怖と袂を別たれず……さっき、驚かされたときは……とうとう、来たかと思ったんです。あの恐ろしい怪異が、私を襲いに来たんだって……それであんなに、取り乱してしまいました。本当に未熟者です。
これが……
これが、諏訪子様の言っていた“あのこと”の全貌です。話だけを聞いても、いまいちピンと来ないかもしれませんね。でも、本当に怖くて……私としてはあれが何だったのか、一刻も早く判明するか、下手人が捕まるかして欲しいものです。そうでないと、安んじ眠ることもままならない。
あなたも、気をつけてくださいね。
もしかしたら、あなたのところに来ないとも限らないんですから。
※※※
語り終えた早苗はお茶をいくらか啜ると、ほぅ、と弱く息をついた。
「疲れた……」
「ご苦労さん」
神奈子が労うように声をかけると、早苗は儚くはにかんだ。
「説明は、今の通りだ。質問はあるかい?」
確認を取る神奈子に対し、小傘はふるふると首を振った。弱弱しい。
「その………………いや、何でも」
何か言いかけて、結局やめる。
小傘はそれきりうつむいてしまった。
「あ……いえ、気にすることはありませんよ。あなたは知らなかったんでしょう? 平時であれば私も、あんなに取り乱したりはしませんでしたし、笑って流したことだと思います」
「……」
小傘は黙して語らない。早苗と神奈子、諏訪子は困ったように顔を見合わせるが、下を向いた小傘が何を考えているのかは、いまいち読み取れなかった。
「あ、そうだ」
神奈子が思いついたように言った。
早苗のほうを見て、
「早苗、まだ怖い?」
「そ、そんなことはッ……その、ちょっと」
「じゃあさ、あんた……小傘……だったよね? 早苗の隣で寝てやってくれないかい。こんな夜分遅くに帰るのも、大変だろ」
「か、神奈子様何言ってるんですか……! そんなことしてもらわなくたってっ」
「じゃあ私か諏訪子が?」
「そうではなく! そんなおねしょなねんねじゃないんですからッ!」
「あー、でも一応、そうしたほうがいいんじゃないの? ほら、今日は満月だ。あれがあったのも確か、満月の夜のことだったじゃないか。念には念を入れてさ」
諏訪子も追随したので、早苗はいよいよ困り果てた様子で眉間を寄せる。何事か考え込み、それから、
「いや……小傘さん妖怪ですよ。私が襲われるとか、そういう可能性を」
「何となく、大丈夫な気がする」
「て、てきとうですね神奈子様!」
「いやぁ、何ていうのかなぁ」
神奈子はなぜか困った顔をした。
困りたいのはこっちのほうだと早苗は思う。
小傘は確かに人を害するような妖怪には見えない。むしろ妖怪には珍しく人畜無害極まれりといった様相だが、今夜の騒ぎを起こした張本人であり、人の寝込みを襲った退治されるべき妖怪なのではないか。別に、個人的な悪感情を持っているわけではないが、幾らなんでもおざなりすぎるというか、それは、人が良すぎるというものではないか。
しかし神奈子は言う。
「大丈夫な気がするのよねぇ。不思議と。巫女の直感って、こういう感じなのかしら」
「あれはある種の天与です。ぱっと身につくものではありません」
「私は天を創る側さ。まぁどうしても嫌なのを、無理強いはしないけど……」
「嫌ってわけでは……ないですけど……ほら、こんな歳にもなって、枕を並べるとか、ちょっと、気恥ずかしいというか……その……」
「えーい」
「ひゃんっ!?」
気の抜けた掛け声と共に飛び掛ってきたのは諏訪子だ。
剥き出しの脇をくすぐられたかと思うとそのまま押し倒されマウントを取られ脇腹、おへそ、足の裏など苦手な箇所を的確にくすぐっていく。実に手馴れた手つきであった。熟練の手管を感じさせる。
「ほっ、よっ、はっ」
「うひゃっ、みゅっ、しゅっ、しゅわこさまっ、何をっ……あはは、あはははははっ」
「ほれほれー」
十秒後、畳に伏してぴくぴくと痙攣する早苗。勝ち誇った高笑いを上げる諏訪子。呆れきった様子の神奈子。
「あっはっはー! この程度で大人を名乗るとは、片腹痛いわ!」
「お、横暴です……セクハラです……断固抗議します……」
「あら、ご好誼のほど感謝いたしますわ」
「抗議は抗議です……そんな広義はありません……というか」
ようやく笑いのツボから解放された早苗がむんずと起き上がり、じっとりと諏訪子を見つめる。
「普通、くすぐられたら笑うでしょう。大人とか、子供とか、関係ないです」
「甘いわね」
諏訪子はフッと口角を吊り上げる。
そしてぐるん、と勢いよく神奈子へ振り返った。
「……」
「……」
無言で交差する視線、一瞬の静寂、動き始める諏訪子、身構える神奈子。
諏訪子は神奈子に飛び掛った。
そして早苗にやったのと同じように、いやそれ以上の熾烈さをもって脇を、腹を、足を腰をくすぐってみせる。こちょこちょ、こちょこちょ。一切の無駄なく計算されつくした指の動きが、例え服越しだろうと対象の笑いを引き出すであろうことを早苗は経験から知っていた。だから、神奈子の陥落も歓楽も遠からじと、早苗は確信していたのだ。
だが。
「……」
「くっ……さすがッ……やるね……!」
速さを増す指遣い、余裕の消えた諏訪子の表情、神奈子は鉄面皮を崩さない。振り子が勢いを増していくように、指はいよいよ神速の域へと達し、ぢり、ぢり、と残像さえ残してぶれる指と服との擦過音が耳朶を撫でていく。
そして。
「……はぁーっ、はぁーっ……」
「……」
息を荒げついに指を止めた諏訪子を前にしても、神奈子はつゆとも動かなかった。
「……諏訪子、その指遣い、昔から何ら衰えていないね。だけど、私は落ちないよ」
「やはり……覚悟は本物だったようだね」
「はるか昔……私がくすぐられるのに弱いと知ったあんたが連日連夜私を攻め続けた日々……そしてそれに立ち向かうため山に篭って修行した日々……かつて主人に事毎くすぐられるのを憂えて修練し、対くすぐりの術策を編み出したという剣士との出会い……忘れやしないさ」
「ふふ……」
「ふふふ……」
ぐわし、と手を握り合う二人。
を、早苗は白けた目で見ていた。
「何やってるんですか」
「くすぐられたら普通笑う。その固定観念を打破しようとね」
「えー」
「つまり!」
色々誤魔化すように諏訪子が声を張り上げる。
「大人も子供も関係ある! くすぐられて笑ううちはまだ子供なのよ……!」
「なんですってー」
「早苗、リアクションが薄いよ。悲しいよ」
「……その、そこまでしなくても、そこまでするなら、私としては別に小傘さんと同室で寝るのも一向に構わないのですが」
「あ、そう?」
「そうです。そうですが、そもそも……」
当の本人に許諾を取っていないではないか。
早苗の主張はそのようなものだった。
「あー、うー、そうだったね。えっと、あんたはどうする?」
諏訪子が小傘に問う。
ずっと沈黙していた小傘は、そこでようやく顔を上げた。
「その……いいの?」
「うん? 何がさ」
「いや……」
小傘は言葉を続けようとする。本当に、いいのか。自分はあの人間を……この二柱の神がとても大事にしていると一目にわかる人間を、ひどく怖がらせてしまったのに。
言葉は遮られた。
第三の声によって。
――受けなよ。一緒に、いてあげて。
……そのとき小傘の胸に溢れた感情は筆舌しがたいものがある。
この声が……この声が!
そもそもこの声がここへ来ることをそそのかしたのではないか! 『今ならあの巫女は驚きやすい気がするわ』なんて言って……いや、そもそも。
そもそもなぜそんなことを知っていたんだ?
巫女が……早苗が驚きやすいことを知っていたということは、先ほど早苗が語った怪事を知っていたということだ。そしてそれを知っているのは……
姿の見えない誰か……満月の夜……知るはずのない事実……
まさか……
まさかこの“声”が怪異だったのではないか……!?
この不気味な“声”の主こそが、ひと月前この部屋へ乗り込んできて早苗に恐怖を植えつけた当人なのではないか。だからこそ、ここであったことを知っていたのではないか。早苗が驚きやすいと、知っていたのではないか……!?
怒り。
恐怖。
疑念。
困惑。
それら雑多な感情が瞬く間に小傘の心の器をあふれ出し、制御を受け付けぬ激情の奔流は行き場を求めてさまよい惑い、そこで早苗や神奈子達の存在を思い出して沈静する。
ここでこの声を問い詰めてもいいが、それでは気狂いの沙汰と映るだろう。
しかしここに姿の見えない何者かがいるのだと訴えればあるいは協力を得て捕まえることも……
表情を固く強張らせて考える間に、“声”の気配はすっかり消えていた。
逃げられた。
後悔と、安堵。渦を巻いては湧きあがってくる。
ため息が漏れる。
「その、どうかしましたか?」
怪訝そうな心配そうな声で早苗が聞いてくる。
「あ……な、何でもないの。何でもないわ」
「そう、ですか? 私の隣で寝るに際して退治されたりとか報復されたりとか性的な意味で襲われたりとかはしませんので安心してください」
「考えてないよ!? そんなこと微塵も考えてない!」
「あぁいえ、私って最近何だか霊夢さんみたいな暴力的異変解決を好む巫女だと思われているようなので」
「私、平和的解決を受けた覚えが……」
「あれはあなたから襲ってきたので。正当防衛です」
「うぅん……?」
そういうことらしい。
早苗はこほん、と咳払い一つ。
「それで、どうでしょう?」
「どうって……ああ」
泊まるかどうかの話か。
小傘は考える。本当に、いいのだろうか。相手がいいと言っている以上気にすることではないが……それ以前に、小傘の心がそれを許容できるか。
小傘は恨みと共に成った妖怪であった。
人間に捨てられては風に飛ばされ雨に打たれ、悲しくて苦しくて恨めしくて見返したくて妖怪になった。人間と馴れ合うなんて、そんなこと……
『受けなよ。一緒にいてあげて』
“声”の言葉が蘇る。あの言葉の真意も真偽も小傘にはわからない。そもそもあの声の主が早苗を脅かした張本人だとするなら、これほど妖怪巫女(マッチポンプ)な発言はない。真面目に考えるだけ、無駄な気もする。
(………………なんだろ)
いったいどのような心理が働いているかさっぱりだが、気持ちは泊まるほうに傾いていた。
(……あの“声”が何かしたとか……? 今日は妙に、理にそぐわない気持ちに突き動かされることが多い気がするし……)
わからなかった。かぶりを振って、思考を中断する。
「……わかった。泊まらせて、もらうわ」
※※※
「……正直な話」
早苗の寝室、小傘が最初に侵入したあの部屋に敷かれた二つの布団、その片方にくるまる早苗が言った。
「ちょっと、安心しています。諏訪子様の言うとおり、今日は……あの日と同じ、満月ですから。不安だったんです」
小傘は何も答えない。布団の中でもぞもぞとだけ動いた。
「何だか……」
早苗は何か言いかけたが、結局口をつぐむ。
何か感傷にひたる声のようでもあった。
「外の世界で友達が泊まりに来たときのことを思い出します」
次に口を開いたのは、数分も後のことである。
「妙に気が昂ぶっちゃって……眠れそうもありませんし、ちょっとした小話に付き合ってもらえませんか」
「……別に」
「……では」
早苗は息を吸って、ゆっくりと吐く。物静かな声色で、滔々と語る。
「私は元々外の世界……博麗大結界の外、神も妖も駆逐された科学の世界で生きていました。ここよりはるかに物に溢れていて、魔法じみた便利な道具がたくさんある世界です。私は学校……えっと、寺子屋の上位版みたいな……そこに通っていて、それなりに友達もいたんです。家に帰れば、神奈子様や諏訪子様もいて……悩みがなかったわけではありませんが、今思えば随分と恵まれていたものです。でも当時は、それが普通であることを疑いませんでした。ある日……」
早苗はそこで一息ついて、
「ある日、神奈子様から幻想郷への移住について聞かされました。お二方が徐々に力を失くしていることは私もよく知っていて、そんなお二方の力になりたいとも考えていましたから、私は迷いこそすれ、最後にはこっちへ来ることを決めました。元いた場所での関係の多くを失ってしまいますが、そのぶんこっちで新しい関係が築けるだろう。新たな出会いがあるだろうと信じていました。実際、色々面白い人たちと知り合いました」
そう言って小さく笑い、
「心境に変化があったのは、こっちへ来て何ヶ月かたってから……ふと、本当に唐突に、寂しくなったんです。あっちの世界に置いてきた友達の顔が、ふとした拍子に頭を過ぎるんです。もうなんてことのないお喋りができない、顔が見れない、声が聞けない。それを強烈に自覚するんです。生まれてこのかた……私の傍にはずっと神奈子様や諏訪子様がいてくださいましたので、私はとことんそうした寂寞の念と無縁だった。自分の気持ちが何だかよくわからなくて、混乱しました。混乱して、色々悩んで、考える中、ふと思ったんです。彼女達もまた同じ気持ちを抱えているのではないかと。私は、外の世界を捨てて来たんです。家族や友達と別れることは寂しいことだと、事前に考えなかったわけではない。それでも本当の意味では理解できていなかった。こっちへ来ることは、そこにある様々な関係、友情も、親愛も、嫌悪も、日常も捨て去るということです。私が寂しいと同時に、自惚れでなければ、あちらに残された知り合いにも寂しさを強要することなのです。突然友達がいなくなる、寂しさを……」
そして、と早苗は言を続ける。語調から、話の終わりが近いとわかる。
「そのとき、自分をひどく罪深いものに感じました。だから私は……せめて決して忘れぬよう、これからはもう置き去りになんかしないようにと…………あ、あれ……? だいたい、なんで……私こんなこと……」
困惑したような声だった。少し湿っている。
「す、すみません……いきなり長々と話してしまって……なんかもう自分語り乙としか……ど、どうしてこんな話しようと思ったんでしょうね! なんで……」
早苗は恥ずかしそうに唸り声をあげた。
「と、ともかく中途半端ですが話は終わりです! なんかそんな感じのことがあったんですってよ!」
口調が怪しくなりつつ、必死に弁明する。が、小傘からの反応はない。
呆れられてしまったかな、と後悔するももう遅い。
(うぅ……今日は取り乱したり変な話したりで駄目駄目だわ……幻想郷年間駄目巫女ランキングとか作ったらぶっちぎりね……私のお馬鹿! すかぽんたん!)
早苗は布団を引き上げて顔を隠す。真っ赤になってて見せられたものじゃない。
(やってしまったことは仕方ないですが……せめて名誉挽回のためにも、早くあの怪事への恐怖は払拭せねば。どうすればいいかしら? 怖いものに慣れれば……そうだ、怪談がいいわね。身の毛もよだつような恐ろしい話を聞いて、耐性をつけるのよ。怪談を聞くなら……確か人里の稗田さん……だったっけ? あの人が詳しそうだし……今度尋ねて……)
そんなことを考えているうちに、次第と目蓋は閉じていった。
一方。
小傘はまだ眠っていなかった。
物思いに沈んだ様子で虚空を眺めている。
一言も発さず、ただじっ、としていたが、ふと、
「いるんでしょ」
小さく呟く。
返事は早かった。
――いるわよ。
「……一つだけ確認したいんだけど」
――私じゃないわ。
「……なんか心を読まれてる気分」
――それができるのは覚り妖怪だけよ。私はあなたについて知っているというだけ。
「……本当に、あなたじゃないの? あなたとしか思えないわ。先月、あの人間を脅かしたのは」
――証拠はないわね。信用の問題よ。
「姿もさらさない秘密主義者をどう信用しろっていうのよ」
――む……そうね。
「あなたは何者なの?」
――秘密で……秘密でいい?
「……」
無言の圧力。
――私は臆病なのよ。モグラみたいにね。
「ふん」
小傘は不貞腐れたように寝返りを打つ。
――明日はどうするの?
「……ついてくるの?」
――気分次第ね。私の役目はもうほとんど終わっているから。
「……勉強」
――ん?
「今日あの人間を驚かせたのも、結局私の力じゃないもの。友情、努力、勝利よ。また、色々な怪談を探して研究するわ。例えば……確か、人里にすごくたくさんの蔵書があるっていう屋敷があったわね。ひえ、ひえ……」
――ヒエーダ。
「そう、それ。名前からして怖がってる。怖がりほど怪談を見ずにはいられないものよ」
話すことは話したとばかり、小傘は布団をかぶり目を閉じる。
……
……
……暗闇。
――私は臆病なの。
声は繰り返した。それが何だと小傘は思う。
――姿をさらすことにさえ、心の準備が必要なほど。
目を開く。
「……つまり?」
――明日、姿を見せましょう。何なら、正体のついで、うちに招待してもいい。
「……本当に?」
――本当に。
「……」
小傘は再び目を閉じて、一言「わかった」とだけ告げる。
それきり、緘黙した。
天涯の裏は青い夜、目蓋の裏の深い闇。
眠りに落ちる少し前、呟くようにひっそりと、
――古明地こいし、妖怪よ。はじめまして。愉快な忘れ傘さん。
※※※
中書き
※※※
……さて。
ここまで読んで、あなたは思い出せただろうか。
人里に起こったあの恐るべき“事件”の真相を追う上で、多々良小傘や古明地こいしは非常に重要な人物となる。この翌日二人はようやく顔をあわせ、少しばかりの親交を育んだ。古明地こいしは多々良小傘を地霊殿へと招待し――。
ここからは視点を変えましょう。
事件において重大な役割を負うこととなるのは、この二人だけではない。過去の私を含め、六人の人妖が密接に関係していた。より正確な記憶の復旧を為すためには、事件の沿革を様々な視点から見るのがよい。核心迫るは時期尚早。まずはそれぞれの視点から、事件の外縁をなぞっていく。
その一番手は――
※※※
――こいしが人を連れてきたのは、実に十数年ぶりの椿事(ちんじ)である。
そんな独白が胸中を過ぎったのは午前過ぎ。そろそろ昼食の用意をしようと重たい腰を上げたときだった。読みかけの本をテーブルに伏せ、うん、と伸びをした次の瞬間、部屋のドアが忽然と開いていて、そこには二人、妖怪がいた。
片方はとうに見慣れた顔。親愛なる我が妹が。
もう片方は見慣れない顔。鮮やかな色のオッドアイが三つある目をひきつける。
「珍しいわね」
思わず、といったていで呟いたのは古明地さとり。自室で読書に耽っていたところである。そして、彼女が最初にやったのは家主としての爽やかな挨拶……ではなく、こいしの後ろで肩を縮こまらせている妖怪の心を探ることであった。
(思ってたのと全然違う……)
妖怪はそう考えていた。多々良小傘と言うらしい。
思ってたの、とは何か。
もっと普通の、どこにでもありそうな家のことらしい。こんなに大きな屋敷に住んでいるとは思わなかった、と、彼女の心は言っている。
「『こんな大きな屋敷に住んでいるとは思わなかった』」
「へ?」
「お褒めに預かり光栄です。こいしが人を連れてくるなんて、いつぶりのことかしら」
「わ、私まだ何も……」
「『いきなり何を言い出すんだろう』、ですか。脈絡ならありますよ。脈絡がないのはこいしのことです。人が来るとわかっていれば、何かと準備をしておけたのに」
「さ、さっきから何を言っているの? え、えっと……」
「古明地さとりです。こいしの姉よ。多々良小傘さん」
「う、え、え……?」
小傘はもう完全に混乱していた。
赤と青の瞳を黒と白に染め替えて、落ち着きなくさまよう視線は小動物を彷彿とさせる。
「お姉ちゃんはね、心が読めるのよ」
こいしがネタばらしをする。小傘はさとりの胸元に目を向けた。第三の眼は今も遠慮なく小傘の心をのぞいている。本能的にそれを避けようとしたのか、小傘は手に持った傘を前に掲げた。
「それでは障害物になりません。傘は雨や日光を避けるためのもの。心はそんな物質的なものではないのです。非物質の漏洩を防がんとするならば、非物質的な結界を張らなくてはならない。それより……」
さとりはこいしに目を向ける。
「あなたが誰かを連れてくるなんて、珍しいわね」
「それはさっき言ったよ」
「連れてきた理由を?」
「珍しい、ってことを」
「それでまた、どうして……? 『歓迎されてないのかな』ああ、いえ、そんなことはありませんよ小傘さん。私は来客を無下にする気なんて毛頭ないのです。ただ、こいしが人を連れてきたのなんてあまりに久しぶりだから……十何年ぶりだったかしら」
「十三年ぶり」
「十何年ぶりね。よく覚えている」
「柔軟な心はスポンジのように吸収率がいいのよ。柔軟な心とは要するに何も考えていない心。まだ何も考えられない赤ん坊がみるみる外界のことを覚えていくように」
「あなたは赤ん坊だったのね」
「私はミルクがたっぷり入った紅茶がいい」
「ミルクティーね。わかったわ。……あなたは?」
さとりが小傘に問いかける。小傘はいまだ怯えたようにさとりを見ている。
「大丈夫よ。食べられたりはしないから」
「食べるときは食べるわよ?」
「人肉だって滅多に食べないお姉ちゃんが、妖怪を食べるはずはないわ」
「そうでもないわよ」
「え、えぇと……」
小傘はどちらを信じるべきか迷っている様子である。
「……あの!」
それでもようやく勇気を振り絞って、決然と口を開いた。
「あなたもミルクティーなのね? わかったわ」
しかし、先んじて了解を口にされてしまう。折角の決意をふいにされた小傘は一瞬呆然とし、むぅ、と唇を尖らせるのだが、当のさとりはからからと笑うばかりだ。
つまり、人を食ってみせたのだった。
※※※
しばらくたった。
場所は移動して客間である。ぴかぴかに磨かれたテーブルには、ティーセットとクッキーの乗った皿が置かれている。ソファに座ったさとりはミルクティーを一口含み、そっと対面の二人を見た。
こいしは何を考えているのか見通せない平坦な笑み。
小傘はいまだ緊張の抜けない顔でさとりをうかがっていた。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ」
「そうは言っても……今も私の心を見てるんでしょ? ……お、落ち着かない」
「私は秘密を暴くことを愉悦としているわけではありませんし、例えば人には言えないようなあれこれを見たとしても、基本的に見ざる聞かざる言わざるを貫きます」
「人には言えないあれこれって……例えば?」
「……あなたが昔人間の女の子を驚かそうとして逆に悪戯されたこととか」
「言っちゃってるー!?」
「ひもじさに耐えかねて道端に落ちてるものを拾って食べて下痢したりとか」
「あ、あれは! その……いや……お腹が……」
「迷子の男の子の親を探して人里を歩き回ったこととか」
「あー! あ、あー!! 言うなーっ! 言うなぁー!」
慌てて身を乗り出し、さとりの口を塞ぎにかかってくる小傘だが、さとりは身軽くかわして見せた。それからまた口を開こうとするのだが、今度は傘が飛んできそうだったので、自重する。
「こ、この妖怪口軽女めぇ……!」
親のカタキを見るがごとき視線がさとりに突き刺さる。特に三つ目の秘密は相当言われて恥ずかしいものだったらしく、目に涙さえ浮かべている。
「わたし、きれい?」
「口裂じゃない! 口軽!」
「よかった。口が裂けてるなんて言われたら、さとりんショックで倒れちゃう」
「口が裂けても言えないことを抜けぬけと言ったどの口で言うか!」
「どの口だなんてこの口に決まってるじゃないですか。小傘さん卑猥です」
「何を想像してるの!? 汚いよ、心が汚い!」
「いかなサトリ妖怪といえど自分の心だけは暴くことができない。汚かったとは知らず」
「あ、お姉ちゃん私の心も読めないリストに追加しといて」
「あぁ、忘れてたわ」
「暴けないのは己の心だけ。そして私の心も暴けない。これが一心同体ってやつだね」
「それよりこいし」
「なに?」
「いったいどういう経緯でこうなったの?」
声色を少し真面目なものに変えてさとり。
なぜ小傘をここへ連れてきたのか。
結局、それはまだ聞いていなかった。
「小傘さんの心から、断片的な情報は得られる。あなたは姿を消して声だけで小傘さんに語りかけていた。そして、今朝とうとう姿をさらして、その勢いでここへ連れてきた、みたいだけど……」
「何となくよ」
「……本当に?」
「私は常に何となくで行動しているわ」
「……聞き方を変えましょう。あなたはなぜ小傘さんを地霊殿に連れてきたと思う?」
「うーん……」
「あ、あの……」
悩む素振りを見せるこいしを横目に、小傘も話に入ってくる。
「それって、大事なことなの? えっと、私は……その、友達を家に呼んでみるとか、そんな感じの話だとばかり思っていたんだけど……私を友達だと思ってくれているかはさておきとして」
「勿論、それなら何も問題ないし、とても嬉しいことよ。でも、こいしが誰かを連れてくるのは、本当に珍しいことなの。何か、重大な理由があるんじゃないかと思って」
「何となくなんだけどなぁ」
こいしは繰り返した。
その目は決して嘘を言っている色ではなく……
ふ、と。
視界が暗転するような感覚。
それまで暢気でふんわりしていた時間が突然圧縮されたような。
さとりは気づく。
無駄な問答であった。
こいしは本当に“何となく”そうしたのだ。
勿論、理由はある。
ないわけがない。
人を好きになるのに理由は要らない。という言葉がある。
これは真である。
理由は要らないのだ。無いのではなく、要らない。本当はある。あるに決まっている。要らないだけである。何もおかしくない。
しかし、人を好きになるのに理由は無い、というと途端におかしくなる。
理由なく好きになるなど、きっと嘘だ。
何かしら琴線に触れるものがあって、通じ合うものがあって好きになる。
こいしが小傘を連れてきたことにも同様に、必ず理由はあるはずだ。
ただ、こいしはそれを自覚していない。その必要を感じないからだ。理由が要らないのである。
こいしはずっと、自分で自分が何をしたいかわからないでいるままなのだ。
「……そうね。そうだったわ」
燃え立ったのは、使命感。
それを紐解くのは自分の役目だと思った。
己にとことん無頓着で、いつの間にか視界からいなくなっていて、そのままこの世からもいなくなってしまいそうなくらい儚い妹の。
その心を知る。第三の目に頼らず、二つの目だけでその心を知る。姉である自分がやらず、他の誰にできる。
目を閉じる。
こいしの姿を思い浮かべる。
彼女が何を考えているか……彼女の無意識の底の心の動きを、思い浮かべ……。
……
……
……駄目だった。さっぱりだった。
(まずは、小傘さんのことを知らなくては)
そもそもこの二人の接点が見つからない以上、こいしの心がわかるわけなかった。
さとりはそっと目を開く。
「小傘さん」
「は、はい? あの、どうしたの? 突然目を閉じて……」
「少し、深いところを探ってもいいですか?」
「?」
「サトリ妖怪というのは、望む望まぬに関わらず人の心を見てしまう。そのほとんどは表層に浮かんだ言葉やイメージですが……ある程度の調節はできるのです。大変な負担にはなりますが、極力心を読んでしまわぬよう調節することもできるし、逆にもっと深く心を知ろうとすることも」
「……な、なんで突然?」
「……決して興味本位ではありません。今ここで読んだことは、生涯口にしないとも誓います。……お願いできないでしょうか」
「そ、そうは言っても……」
「……あなたが思っていることは尤もなことです。先ほど言わないと言った直後に言いましたからねぇ……あれは、その、言い訳がましいですが……知られても構わない秘密と、絶対に知られたくない秘密との間では……感情の色とでも言えばいいのか。そうしたものが違うのです。先ほどの秘密は、知られてもそこまで痛くない、という色に見えましたので……冗談混じりに口にしました。今度は、例えそのような色の秘密でも決して口にはしません。信じてくれ、というのはおこがましいですが」
言っていて、自分でも嫌になった。
(虫の良すぎる話ね……さっき軽率に口にしたのが悔やまれる。さっきの今で、信用する輩がどこにいるというの。……こいしが小傘さんをここへ連れてきたのも、本当は大した理由じゃないのかもしれない。仕方ない。今回のことは、諦めて……)
「わ、わかった」
その声が聞こえたとき、一瞬耳を疑った。
「なんか深刻そうだし……み、見てもいいわ。ただ……言わないでよ? 絶対言わないでよ? 振りじゃなくて、ほんとに、言わないでよ?」
目に隠しようもなく不安を浮かべつつ、小傘。
がつん。と、頭を強打されるような衝撃。
心を読んでもいい、と言っている。
決して強がりではない。
利害によるものでもない。
単純な、善意。
心を読めるサトリには、それがわかる。
わかって、うろたえた。
こんなこと、初めてだった。
(ほ、本当に? ほんとのほんとにいいって言うの? 怖くないの? ……怖い、のね。そうよね。心を丸裸にされる恐怖を、抱かないはずがない。なのに……)
小傘は許可していた。
注射器を腕にあてがわれた子供のようにびくびくと目をつむりながら、人体の最も柔らかな部分にメスが入れられるのをただじっと待っている。
無防備。
その姿に畏怖さえ覚えた。
なんて。
なんて……
(考えを、改めなければならない)
小傘のことを、どこか臆病な妖怪だと思っていた。最初見たときからさとりに怯えっぱなしだったし、心の中でも恐怖が縦横に駆け回っていた。
いや……。
違う……。
これは、単なる臆病とは違う。
彼女は見た目ほど単純な妖怪ではないんじゃないか。
ごくり。唾を飲む。自分が開けようとしているのは、開けてはならぬ蓋ではないのか。のぞいてはならぬものを、のぞこうとしているのではないか。ぞくりと背筋に一条の震え。不安が胸を圧迫する。両の目は小傘を離れ、その隣に座るこいしを映す。
こいしはさとりを見つめている。
何を考えているかは、いまいちわからない。
ただ、さとりのことをじっと見ていた。
(何を、怖気づいているの……? 私は怨霊も恐れ怯むサトリ妖怪でしょうにッ! 今更心をのぞくのが怖いだなんて、そんなこと……! そんなことは……!)
さとりは小傘に視線を戻す。
刮目した。
そして、見た。
……
……
……
※※※
カァー、カァー。
ここが地上にある普通の家だったら、そんな烏の鳴き声が聞こえていただろうか。
夕刻。
空に黄昏の映える頃。
さとりは自室のソファに深く沈みこんでいた。ぼんやりと漂う視線が天井の染みを数えだそうとし、ふらふらとさまよう意識は己の姿を俯瞰している。
小傘はもう、帰ってしまった。
こいしはまた、どこかへ出かけた。
今は一人。さとりが一人、この部屋の中。
(ああ……)
彼女に伝えるべきだった、とやにわに浮かび上がる後悔。
伝えなくてよかったのだと、主張する声もある。
伝えたところで、混乱させるだけだ。
(こいしは……こいしはきっと……)
こいしがなぜ彼女を連れてきたのか。その理由はもう、わかっていた。わかってしまったのだ。それはさとりだからこそ理解できたことだった。
(……見なければ、よかったのかしら)
知らないほうがいいこと、というのはたくさんある。そのうちの一つを、知ってしまった気がする。知らなければ、こんな薄暗い気持ちになることも、なかったのに。
(あの二人は、似ていた)
似ていた。当初はそんなこと、さっぱり思わなかったけれど。
今となって、確信できる。
似ていたのだ。
小傘とこいしは、とてもよく似ていた。
(こいしもそれを、わかっていた)
無意識のうちに、理解していた。小傘という妖怪少女がこいしという妖怪少女とある一点においてこの上なく類似していることに。
(だからきっと、小傘さんに興味を持ったのね)
そして、地霊殿に連れてきた。その理由は、
(私に見せたかったんだ。私がこうして、彼女の心を知ることを期待していたんだわ。こいし自身はそんなつもりじゃなくて、本当に何となくだったんだろうけど……彼女の無意識は、期待していた。そして事実、私は知った。知ってしまった。小傘さんは――)
目を閉じれば、ほんの数時間前に見た彼女の心象が蘇ってくるようだった。
次に思い出したのは、最初小傘の心を見たときのこと。人里で迷子になった男の子の親を探してあげたという秘密。彼女が恨みと共に成った妖怪である事実。
そして、こいしのこと。
こいしはサトリ妖怪だった。サトリ妖怪、だったのだ。過去の話である。目を閉じた彼女はもう、厳密には覚り妖怪と呼ぶことができない。
では、彼女は何なのか。
古明地こいしとは何者なのか。
幾度となく反問した問い。無限の煩悶もたらす自問。
己の存在の定義を否定した妖怪は、いったいどこへ行くのだろう。
覚りは覚るゆえ覚りであれる。
さとりはさとるゆえさとりであれる。
妖怪は精神的な存在である。
外の世界で科学という新参にさんざっぱら存在を否定された妖怪たちはこの幻想郷へと流れ着いた。
赤の他人に否定されただけで存在を保てなくなるほど、妖怪というのは儚いのだ。
では、自分は?
自分で自分の存在意義を否定してしまったとき、妖怪はどうなるのか。
こいしはサトリそのものであったのに、それを否定してしまった。
精神的自殺。
かつて、外の世界で否定され、地上からも追われ、最後の安息である地霊殿で己の存在を否定した彼女は……。
死ぬ。
死ぬ、はずだ。
死ななければおかしい。
道理に合わない。
彼女は生きている。
今日もにこにこと笑っている。
おかしい。
さとりはずっと、不自然を感じていた。
こいしは死ぬはずである。今は大丈夫でも、そのうち死ぬ。死ぬだろう。肉体的な死ではない。精神的な死を迎えて。その恐怖は夜も眠れないほど鮮烈だった。ずっと、心の奥で怯えていた。いつか、実に唐突に、風景に溶けるような自然さでもってこいしが消えていなくなることを。
こいしが死なないのはきっと例外。例外に漏れるものならば、
ならば――
(……消える。消えて、いなくなる。でも、本当にそうなるのかはわからない。自分を否定した妖怪が消えるなんて、所詮憶測。再現性も何もない。実際目にしたわけでもない。思い込み、妄想、考え過ぎの……あぁ、こいし、私に期待したって、私には何にもできないよ……。あなたが目を閉ざすほど苦しんでいるのを、救うことさえできなかったのに)
思考が纏まらない。ただだくだくと溢れてくる。恐ろしい考えが、脳裏を熱く、体を冷たくさせていく。
小傘の心を覗き込んださとりは、ある一つの危惧を抱いていた。
それは、つまり。
小傘がひどく危うい状態にあるということを。
いずれ、消えてしまうのではないかということを。
生まれてこのかた十数年、私はメモを取ったことがない。
見た物を忘れない程度の能力を持つ私は、それ自身が完全な記録媒体として機能する。
だから、これから書くのは人生初の備忘録である。
そうなった経緯は追々記すとして、最初に一つ確認したいことがある。
この備忘録を見ているあなたは稗田阿求ですか? そうだとして、「連続失踪」と聞いてピンと来る事柄はありますか? 多々良小傘という名前に聞き覚えは? 古明地の名に心当たりはありますか?
あるのなら、この本はそっと閉じてください。あなたにとってわかりきったことしか書かれていないでしょうから。
そうでないのなら、この本を一度読み返してみてください。願わくば、それを端緒にあなたが思い出せることを。求聞持の能力をもってして“忘れてしまった”出来事を再び取り戻すことが叶うよう。
そう願って、私は筆を取ったのです。
※※※
冷たい夜気が肌を撫でる。
目を覚まして最初見たのは雲ひとつない星空だ。青白い満月が明々とした光を投げかけていて、夜だというのに周囲はぼんやりと明るい。
小傘はむっくりと上体を起こした。
ここはどこだろう。
どうやら自分は、眠っていたようなのだが。
寝起きのせいか、眠る前の記憶が判然としない。
(えっと……ここは……)
見回すと、並び立つ墓石群が目に入った。墓地らしい。蒼白な月明かりに浮かび上がる墓石は暗鬱で、どこか神秘的だった。視界一杯の死の象徴が、無闇に心をおびやかす。
(なんか不気味ね……早く)
早く、ここを離れよう。
そう思ったとき、小傘はふと違和感を覚えた。
何か、おかしい。
「?」
首を傾げるも、答えは出ない。
立ち上がり、服のお尻の汚れをはたき、傍らにあった我が身の傘を拾い上げ、びくびくと足を踏み出した。
カラン……。
と、自分の下駄の音がひどく明瞭に響き渡る。
「あ……」
先ほどの違和感の正体が明らかになる。
静か、だった。
静か過ぎたのだ。
元々墓場は生者の気配に疎い場所である。物音がしない程度、そうおかしくもないはずだ。それでも、無性に不安になる。まるで世界から切り離された別の空間にいるような静寂と寂寞が辺り一面にわだかまっている。並び立つ墓石の群れ、月明かりを反射して青っぽいそれが、うねる海原のようでもあった。
(よ、酔いそう……)
小傘は歩くのをやめて、ゆっくり宙に浮かび上がる。
地面から亡者の手が伸びてくるような気がして、一思いに飛び上がるのが怖かった。緩やかな速度で浮上する。次第に墓場は遠くなり、その全貌が見えてきた。
よくよく見ると、ひどく見慣れた場所だった。
人里近くの妖怪寺、命蓮寺の裏手に作られた墓地である。墓場に来る人間は驚きやすい、という理由で小傘もしょっちゅう訪れていた。それがわかると、途端に胸に安堵が広がって、直近まであった恐怖の感情はすっかり霧消してしまった。
(全く、私としたことがこれしきのことで……!)
ふむん、と鼻息荒く己を叱咤する。人間をおどかすのを使命とする己はむしろ幽霊の役なのだ。幽霊役が幽霊を恐れてどうするのか。お化け屋敷で幽霊役が「幽霊怖いぃぃ」なんて言っていたら、それそのものがホラーである。
(幽霊の正体見たり枯れ尾花! ……はちょっと違うのかな? と、ともかく私にかかればこの程度のふいんきなど恐るるに足らぬのよ! あっはっは、人間よ私にひざまずけー!)
さっきまで怖がっていた自分を振り払うよう、心の中で声を張る。おどろおどろしい雰囲気はもうどこにも残っていなかった。油断していた。一度恐怖を拭ったことで、すっかり気持ちが弛緩していたのだ。
――こんばんは?
最初その声を聞いたとき、小傘は咄嗟に幻聴を疑った。
夜の墓場、その上空、濃紺の空の一角で、場違いなくらい能天気な声。
再出する恐怖、震えの走る背、見開く瞳。
慌てて上下四方を確認するも、妖怪は愚か鳥一匹とて飛んでいない。
――こんばんは?
声はそう繰り返してきた。
「えっ……だ、誰……?」
――こんばんは?
「だから……誰……なの……?」
――こんばんは?
「えっと……その………………こんばんは」
――こんばんは。意思疎通ができて嬉しいわ。ひょっとして耳が遠くなったのかと……。
妖怪挨拶お化けはそのように言った。
何がなんだかわからないが嬉しいらしい。
失礼なことを言われた気がするが、努めて無視した。
「あなたは……誰なの?」
――答える必要はないわ。
「え、あ、はい」
思わず頷いてしまってから、いやそれはないだろうと思い直す。
「って違うのよ! 必要がなくても他にもほら……えっと……義理とか人情とか! そういうもので! 姿を見せろー卑怯者ー!」
――妖怪の山観光ツアーはいかが?
「脈絡がない!? 意思疎通はどうしたの!?」
――妖怪の山観光ツアーはいかがです?
「あら、これはご丁寧に……誤魔化されるか!」
――卑怯者だなんてひどいわ。でも罵詈雑言の類は受け流すと決めているの。その結果多少会話の繋がりが薄くなったとて、仕方のないことなのよ。
「……なんで妖怪の山?」
――興味ない?
「……あんまり」
――あなたは人間を驚かしたいのでしょう? でも誰も驚いてくれないからひもじい。あなたは獲物を探している。私は、その手助けをしてあげたいのよ。
「へ?」
小傘は瞠目した。こちらが相手を知らないのと同じように、相手もこちらを知らないのだと思っていたのだが……そうではないらしい。
一方的に知られている。
中々居心地が悪いものである。
どこか落ち着きのない様子で、小傘は慎重に言葉を発する。
「なんで……なんで私のことを知っているの? 私の手助けをしたいっていうのは……どういうこと?」
――秘密です。
「だ、だったらせめて、姿くらい見せてもいいじゃない。それとも、ここにはいないとか? どこか遠くから……こう、テレパシー的なもので?」
――秘密です。
「うぐぅ……」
小傘は唸る。まともに会話する気があるのかと問い詰めたくなる対応だった。
そもそも……と改めて現状を意識する。
どこからともなく聞こえてくる声、それに対して静謐な墓所で声を張り上げている自分。
(うわぁ……うわぁ……)
異常者のそれであった。
もしや、あんまり人に驚いてもらえないものだから、自分はとうとう気が触れてしまったのか。あるはずのない声を聞き、それを現実と誤認して、見るに堪えぬ三文芝居を繰り広げているのでは?
ひどく、空恐ろしくなった。
――どうしたの?
反応のない小傘を訝ったか、そう聞いてくる声。
小傘は緘黙した。
応答するのが、なんだかいけないことみたいに思えた。
――大丈夫?
心配げな色を乗せた声。やめて、やめてよ。目を伏せうつむき小傘は憂う。そんな声を聞かされたら、無視するのがつらくなる。答えてあげなければ、いけないような気がしてくる。でも考えてみればこの状況は異常なのだ。誰もいないこの空の上で、声が聞こえるはずはないのだ。
――怖い?
幾ばくかの沈黙の後、声は短くそう問うた。
「……怖くな」
条件反射で答えようとしてつっかえる。
怖くないというのは嘘である。
「……あなた自身はそこまで怖くない。でもどこからともなく声の聞こえてくるこの状況は怖いわ」
正直にそう答える。この姿なき声は不審でこそあるが、こちらに対する害意というものが全く感じられないのだ。あるいは巧妙な演技である可能性もあったが……。
――そう。
少し嬉しそうな声だった。
それを聞いて、小傘は演技という疑いをひとまず捨てた。ただ、やっぱり不気味ではある。
「……私を手助けしたいって、どういうこと?」
――そのままの意味よ。ある人からの頼みでね。約束したの。
「う、うぅん……?」
ある人とは、誰だろう。『人』とは言っているものの、人間だとは限らない。犬でも猫でも『一匹』と同じ括りで数えられるように、人も妖も神すらも『一人』の括りで数えられるのが幻想郷の通例であった。
――深く考えることはないわ。人間を驚かしたいんでしょう? 見返したいんでしょう?
「そ、そうだけど……だいたい、妖怪の山云々って言ってたけど……あそこは妖怪の山よ?」
――お山の上の神社には、巫女っぽい巫女がいると聞くわ。
「あれ……確か巫女じゃなくて風なんとか……」
――もう一つの神社よりよっぽど巫女巫女してるわよ?
「……」
それは否定できない。
――で、どうする?
「でも行ったとして……驚いてくれるかしら?」
――それはあなた次第ね。でも何となく今ならあの巫女は驚きやすい気がするわ。
何となくって何だ、何となくって。
小傘は胡乱な視線を虚空へ向けたが、如才ない微笑みが返って来るだけの気がした。
「……」
沈思黙考。
逡巡したが、特に断る理由もないと思い至る。
「わかった……行ってみましょう」
こうして、守矢神社を目指す次第となったのである。
とはいえ、こんな夜更けに押しかけるのは迷惑ではないだろうか。
そのように危惧したので、傍らへと疑問を投げてみたところ、
――えっ。
素っ頓狂な声が返って来た。
――そんな心配する妖怪初めて見た……。
とのことである。小傘としては、特段おかしなことを言ったという意識はなく、しきりに首を傾げるばかりだ。
「どうしよう? 朝まで待ったほうがいいかな?」
――さぁ……? 寝ている人間は驚きやすいから、チャンスだと思うけど……。
「なんと!? そうだったのね! それなら早速行かなければ!」
憂色一転、喜色満面、小傘は意気揚々と妖怪の山の参道を行く。排他的な傾向が強い妖怪の山でも、守矢神社へ至る道だけは今試験的に開放されていた。人里などにも分社はあるものの、かなうなら本社を拝みたいという人間はいる。それを無下にできなかった守矢の神々が、安全を確保された道を用意するよう山の上層部に掛け合ったのである。
程なく。
木々の向こうに守矢神社は現れた。清閑な山林の木々の中にあって、なお荘厳な佇まいを崩さぬ様は歴史の重みを感じさせる。無事目的地に着いたことに安堵しつつ、小傘は母屋へ忍び歩く。
「ふふふ……! ここまで来たからには後は私の独壇場……寝こみを襲われて七転八起する人間の姿が目に」
――七転八倒じゃないの?
「……い、いいのよこれで! ほ、ほら、十五回も倒れたら可哀想だわ!」
――どっちにせよ、驚くのは一回きりだろうけどねぇ。
「真の驚かしストは一度驚いた相手を連続で驚かせる技を持っているもの……不意をつくことだけが驚かしの全てではないのよ」
――具体的には……?
「……えっと」
言葉に詰まる。
小傘はしばし沈黙していたが、やがて何かひらめいたという顔で、
「驚かすはおどかす、とも言われる。そしておどかすは脅かす、恐れさせることでもあるわ。相手を怖がらせれば、それもまた驚かしたと言えるのよ……!」
――なるほど。でもどうやって……?
小傘はふっ、とニヒルに笑ってみせた。慣れない表情だったので、表情筋がぴくぴく痙攣して何だか引きつり笑いのようになってしまったが、致し方ない。
小傘は言う。これから見せるのは長きに渡り秘してきた秘奥の秘奥、伝説の神技。見るもの全てをおそれおののかせると噂された最終兵器であると。
曰く、それは。
――ぎゃおー、たーべちゃーうぞー
……
……
……反応が、ない。
両手を上げて威嚇するような姿勢をとった小傘を、丸いお月様だけが見下ろしていた。
ひゅぅ、と冷たい風が吹く。
季節は晩秋、落葉の木々の映える頃、両手を上げた態勢のまま、小傘はふと、傍から見た自分が誰もいない空間を威嚇している変質者であることに気がついた。
体の芯から湧き上がってきた羞恥心が顔を染め上げる。
そこらに散っている紅葉なんかよりよっぽど赤い。
「お、おかしい……人里で会ったメイドは確かに、『それを聞いた何者も心穏やかではいられず、血を流し戦慄に打ち震える。見るもの全ての畏怖の心を呼び覚まし、あるいは教化し調伏せしめる原初の至言……それが、たべちゃうぞなのよ』そう言っていたのに……ッ!」
――知らない人についていってはいけません。知らないメイドの言うことを聞いてはいけません。そう習わなかった?
「ぐぅ……そ、そんなことはどうでもいいのよ。私は人間を驚かせに来たんだから」
話しているうちに、母屋は目と鼻の先まで迫っていた。小傘は地面から少し浮くことで足音を殺し、慎重に建物の周囲を探る。間もなく見つけた縁側が侵入に都合良さそうだと判断し、宙に浮いたまま廊下を奥に進む。
――巫女がどこにいるか知っている?
「あなたは知ってるの?」
――秘密です。
「……」
ぶすっとした顔になる小傘。唇を尖らせて声の聞こえる方の反対を向き、直感と無鉄砲に任せて廊下を徘徊する。
しばらく無言で移動していた小傘だったが、ある部屋の前で足を止める。
閉め切られた障子に遮られて室内の様子はうかがえないが、何となくそこが気になる。
――この部屋がどうかした?
「……」
返事はしない。拗ねているからではなく、声を出して感づかれる恐れがあったからだ。
小傘はそっ、と障子に手をかける。音を立てないように、慎重に、慎重に開いていく。子供一人がどうにか通れるくらいの隙間を作ると、そこへ半身になってもぐりこむ。
部屋は時間相応の暗闇に覆われていた。
開け放たれた障子の間隙に差し込む月明かりだけが、この部屋にある光の全てだ。
それさえも小傘の体と傘が遮り、室内はひどく薄暗い。
不明瞭な視界には、闇と、こんもり盛り上がった布団だけがあった。
人間、だろうか。
それともこの神社に祀られる神々の片割れだろうか。
判断がつかぬまま、小傘は静かに地面に降り立つ。畳を汚してしまわぬよう、下駄は脱いで傍らに置く。宙に浮くには当然ながら妖力とか霊力とかそういうものが必要となる。そして感覚の鋭敏な大妖怪や神というのは、ほんのわずかな力の気配も敏感に感じ取れるのである。ここへ来て気づかれるわけにはいかなかった。
――……を……は……のね。……た……。
声が何事か呟いていたが、よく聞こえない。小傘は人差し指を唇に当てて、「しーっ」のジェスチャーを取った。ゆっくりと足を踏み出し、数歩も歩けば寝ているのが誰か判別できる距離になる。
布団に包まって安らかな寝息を立てているのは標的である人間だった。
緑色の綺麗な髪が布団や畳の上に無造作に散らばっている。
トレードマークの蛇と蛙の髪飾りは、今は外されていた。
小傘がすぐ傍に立っているのに、気づいた様子はない。
(あとは……驚かすだけ……!)
心が不思議な高揚に包まれている。
人間を驚かそうという試みは今までも無数に繰り返してきた。そしてそのほとんどは失敗の記録であった。だが今回は、失敗らしい失敗もなくここまで来れた。こんなに調子がいいのは、何年ぶりだろう。あるいは何十年ぶりのことであったかもしれない。
いける。
驚かせる。
確実に。
そんな慢心めいた確信が胸の奥から沸々と湧き上がってきて、心臓がうるさいくらいに鳴り響いていて、熱に浮かされたみたいに足元がふわふわする感覚の中で、最後の仕上げに取り掛かる。
すぅ、と息を吸い込んだ。
そして。
「うらめしやーっ!!」
逡巡は一瞬。
ともすれば建物全体に響くような勢いで声を張り上げる。
びくっ、と。
布団の揺れる気配、衣擦れの音。
人間の眉がかすかに寄せられ、それに一拍遅れて目が薄く開く。
そして小傘の姿を視界に収めたのか、焦点の合った瞳が急速に開き――
「ひゅっ……」
息を吸い込もうとして詰まったようなかすれた音の直後。
「きゃあああああああああっ!?」
心底驚愕し、混乱したような絶叫が小さな口から発せられる。
「へ……?」
その声を引き出した当人だというのに、小傘は間の抜けた呟きを漏らすしかできなかった。
確信はあった。
手ごたえもあった。
これまでにないくらい、すべてが上手く行っていた。
それでも、どこか投げやりな気持ちを捨てられてはいなかった。今回もどうせ、人間は驚いてなんかくれない。ある者はつまらなそうに、ある者は困惑したように、ある者は子供をあやすような目でこちらを見て、意にも介さず意を汲めず、何事もなかったかのように歩き去ってしまう。そんなこれまでに何度となく繰り返してきた失敗がまた一つ上塗りされるのだろうと、期待するだけ裏切られるだけなのだろうと思う気持ちは否定のしようもなく胸裏に居座っていた。幾多の経験則に基づく予防線である。期待が空回りする体験というのは、存外に心を痛めつける。それが何度も蓄積すると、期待すること自体を避けるようになる。熱い薬缶に触れた指が引っこむかのごとき非常に自然な反応だったのだが、このときはそれが災いした。
体の中心に、何かが流れこんでくる。
とっさに、何かわからなかった。
とても大きな質量を持っていて、非常に確かな存在感を備えていて、刻一刻と膨張を続けている。血流に乗るように満遍なく素早く全身に広がったかと思うと、背筋を駆け上がり脳髄を痺れさせる。曰く言いがたい、とてつもない快感であった。どんなにおいしく高級な料理を食べたって、この素晴らしい快楽へ勝るものを得ることはできないだろう。そう確信させるだけの甘美さと芳潤さ。五感の全てが刺激されてやまない。眩暈がした。
(へ、ひゃっ、なっ、なにこれ……!? なにこれなにこれなにこれ!?)
「ふ……あ……」
変な声が出そうになる。
ともかくひたすら気持ちいい。
がくがくと膝が震えて立っていられない。
抵抗する気力も起こらず、膝をつく。
「ぁ……ぅ……」
時間の感覚も消え失せて、しばし忘我する。
なぜそんなに気持ちいいのかさえ、すぐには気づけないほどだった。
(そっか……これが、人間の驚きの感情……妖怪としての意義を満たすこと……あぁなんて気持ちいいんだろ……ずっと空腹だった……空腹だったところに、いきなりこんな大質量の感情を投げ込まれて…………頭が変になりそう)
そうして自失していたのがどれくらいの時間だったのか。
身をひたす鮮烈な余韻に浸りながら、何とはなしに視線を下げる。
こちらを見てひどく怯えた様子の人間がいた。
「……ッ!?」
声にならない叫びを上げて、己の状況を思い出す。
神社の母屋に忍び込んで、人間を驚かしたのだ。
思いっきり大声だった。恐るべき力を持った神々が駆けつけてくるかもしれない。この人間だって今でこそ怯えているが、我を取り戻せば自分を排除するに十分な実力を備えている。
(う、ぐ……て、撤退あるのみ! 戦略的撤退を!)
小傘は慌てて踵を返し部屋を出て行こうとする。
その足が、何かに縫い付けられたように止まった。
(な、何……? なんで私は足を止めて……)
無性に胸が掻き立てられて、小傘は再び人間の方を見た。
人間はいまだ混乱しているようで、落ち着きなく視線をさまよわせている。小傘のことに気づいているかさえわからない。何か、別のものを探しているようにも見えた。
(あれ……?)
何か、おかしい。
違和感が急速に広がっていく。
(思えば……なんでこの人間はこんなに驚いたの……? 確か、以前宝船の異変で出会ったときには随分と肝が据わっているよう見えた。その後も何度か会う機会があったけど……寝込みを襲われたからって、こんなに取り乱すようには……そ、それにあんまり久しぶりだからよくわからなかったけど、この人間の感情は変な味がした。驚きには違いないけど、何か別のものへ向けられているような……)
「あ」
気づく。
この人間は、正確には自分を恐れていたのではないのではないか。
もっと別の……自分の知らない何かに怯えたのではないか。
だから……だから、自分なんかの拙い技量でも驚かすことが……。
そう考えると、舞い上がっていた気分がみるみるしぼみ萎えていく。
何を一人で喜んでいたんだ。所詮、自分のような弱小妖怪に驚くほど人間は暇じゃないのだ。最初からわかっていたことではないか。人間は驚いてくれない。それが、いつものことじゃあないか。
じん、と。
目の奥が熱くなる。生温かい液体が目尻から溢れていこうとするのを、必死になって押し留める。ここで泣くのは、それこそ馬鹿みたいだ。そう思った。
もう、すっかり逃げ出そうなんて気持ちはなくなっていた。
神でも何でも、こんな愚かな自分を折檻してくれればいい。
それより、今も怯えている目の前の人間が気がかりだった。
「ね、ねぇ」
勇気と意気地を振り絞って話しかける。人間はびくっ、と肩を震わせてから、依然混乱に彩られた視線を向けてくる。そこに含まれる恐れの感情がいたずらに心のひだを撫でる。複雑な気分だった。この恐れは自分のほうを向いてはいるが、自分のことを指してはいないのだ。
「だ、大丈夫?」
陳腐な言葉だ。と思った。
それでも、それが精一杯だった。
人間はしばし言葉が耳を抜けていってしまったみたいに茫、としていたが、
「あ……」
はっ、と気を取り戻したように目を見開くと、障子の隙間から差し込む月明かりとそれに照らし出される小傘のことをまじまじと見て、事態を理解したらしき色を浮かべ、
「さっきのは、あなたが……?」
自信なさげだ。
「う、うん……」
小傘は控えめに答える。
「えっと、誰でしたっけ? ……ああちょっと待って……何か思い出せそう……確か……」
うんうんと唸りを上げる人間。
「……! そうか! 出たわね妖怪化けナスビ……! 私が子供の頃ナスが嫌いだったという情報をどこで掴んだかは知りませんが……やるというならやってやりますよッ!」
「な、なすっ……!? 違うわよ! 私は化け傘! 傘妖怪! ちょっと傘のデザインがナスっぽいからってどいつもこいつも人間は……! 降りしきる雨に怯えて死ねぇー!」
片時離さず持ち歩いている紫の傘をむんず、と掴むと天井に当たらんばかりに高く掲げ、勢い込んで開いてみせる。ばさぁっ、と蝙蝠の羽ばたくみたいな音を立てて開いた傘は威風堂々、明澄月下、おのが仇敵を睥睨する。
人間もすかさずスペルカードを取り出した。
小傘もこのときには先ほどの人間の不可思議な怯えのことなどすっかり忘れていて、ただ目の前の怨敵を破る方策を編むばかりであった。
そして。
流れる緊張。
刹那の沈黙。
そこに、
「こんな夜遅くに何をやってるんだい、あんたらは」
呆れたような第三者の声が響いたとき、小傘はようやくこの場所が神の居城であることを思い出したのだった。
「で、あんたは早苗を驚かすためだけにわざわざ妖怪の山を登ってきた、と」
場所は変わって居間。中央の卓を囲んで座るのは小傘と人間、早苗、闖入してきた神、神奈子と、その神奈子に呼ばれてもそもそ起き出してきたもう一柱の神諏訪子であった。
「そ、そうよ。悪い?」
びくびくと及び腰になりながら小傘。
完全に腰が引けていた。
「まぁ悪くはないんだけどね。妖怪ってそういうもんだし。ただねぇ……」
うーん。神奈子は腕組みして何やら思案顔だ。
「あぁいえ神奈子様……私は大丈夫ですので」
「そうは言っても、私の目を覚ましたのは早苗の叫び声なのよ。やっぱりまだ、怖い?」
「いえ……その………………はい。少し」
「むーん……まさか神社に単身妖怪が乗り込んでくるなんて思わなかったし……私の想定が甘かったわね。ごめんなさい」
「あっ、いや、そんな謝ることは! 私こそまだ怖気が抜けきらぬ我が身の未熟を恥じるばかりで……!」
「いやでも……」
「いえですから……」
「あーもうあんたらまだるっこしいわね」
うがー! と声をあげたのはそれまで静観していた諏訪子である。
じれったそうに指で卓袱台の表面を叩きながら、呆れ混じりの声色で、
「妖怪の山の連中が夜駆けを試みるとは考えにくいし、山以外の妖怪は普通わざわざこんなところに来ない。神奈子の考えが足りなかったってことはないし、早苗だって、そう簡単にあのことを忘れられるわけでもない。それでいいでしょ」
ぶすっ、とした顔のままそう言うと、それきり再び黙ってしまう。
神奈子と早苗もそこまで言われて弁を続ける舌を持たぬか、緘口する。
代わりに口を開いたのは小傘である。
「えっと……その」
言いにくそうに口をもごもごさせながら、
「“あのこと”って……何?」
「あー……あんたは知らないわよね。そういや」
「大したことじゃないのよ。でも、大したことだったのさ」
神奈子と諏訪子が曖昧模糊とした説明をするが、まるで意味がわからない。
「……私が話しましょう」
そんな中、決然と早苗が言う。
神奈子と諏訪子は、彼女を心配そうな目で見つめていた。
小傘は直感する。これから話される内容こそが、あれほど早苗が驚き……怯えていた理由なのだろうと。彼女の恐怖が本当に向けられた対象なのだろうと。
早苗は気息を整えるように瞑目し、深呼吸した。
事の次第を纏めるかのような沈黙の後、ゆっくり、ゆっくり語り出す。
「……あれは……確か……一ヶ月ほど前のことでしょうか。その日は、雨が降っていました」
※※※
その日は雨が降っていました。
朝からざぁざぁ、ざぁざぁと土砂降りで、今日は参拝者も来ないだろうなぁなんて神奈子様や諏訪子様と話していた……と思います。あれ、それはその前日のことでしたっけ……? なにぶんひと月も前の話なので記憶が曖昧で……所々欠けていたり、仔細が違うかもしれませんが……えぇと何を……あぁそう、雨が降っていたんです。
私と神奈子様と諏訪子様は、ちょうどこの部屋で夕食を取っているところでした。
日が沈み雨天の空はすっかり暗くなっていて、雨粒が屋根に叩きつける音が室内の空気を攪拌するかのようでした。朝から続く降水に時季に見合わぬほど気温が低くて、寒い寒いなんて話していたと思います。あと……他に何を話していましたっけ? 何か大事な話をしていた気もしますが……覚えてません? そうですか。まぁ、随分前のことですからねぇ……。
さておき、降雨のほどこそ尋常を逸しつつ、それまでは普通の夕餉だったのです。
事が起こったのは、そろそろ皆食べ終わるかな、というときでした。
突然でした。
物事が起こるに際しては大概何かそれらしき予兆や前兆のようなものを感じることも多いですが、そのときは、本当に突然でした。
部屋の……ほら、あそこの、外に通ずる障子があるでしょう。あの障子が、開かれました。前触れもなく、気配もなく、何者かの手によって開かれたのです。およそただの来客とは思えぬ、荒々しく、余裕のない感じを受けさせる開き方でした。至らぬ私はぽかんと間抜けに口を開くばかりでしたが、神奈子様と諏訪子様はすぐに目線を厳しくして、動き出せる態勢を整えていました。私も慌ててそれに倣いつつ、障子の方を見やったのです。
そこには……
誰も、いませんでした。
誰もいなかったんですよ。開いた誰かがいるはずなのに、いなかった。あるいは、術を使って遠隔から開けたのではないか。その直感が過ぎりました。しかし違った。そうではなかった。
なぜなら。
なぜなら障子を開いた誰かのいるであろう位置……その場所に、水が滴っていたからです。ぽたぽた、なんて生ぬるいものではなく、ぼたぼたと大きな音を立てて、この豪雨に打たれ濡れきっていると確信させるような水量を部屋と縁側の境にこぼし続けていたからです。そこには確かに、“誰か”がいました。しかし、姿が見えなかった。そして姿の見えない何者かは幽鬼のような気配を伴って――
ひた……
ひた……
と、こちらへ近づいてくるんです。私は恐慌に陥りました。私は昔から怪談や都市伝説の類が好きなたちだったのですが、きっとそれは怖いもの見たさの好奇心に支えられた脆弱な興味であったのでしょう。そのときの私はひたすら怖くて恐ろしくて、金縛りにあったように動けず、まんじりともせず、傍目に神奈子様と諏訪子様が何事か呟いているのを聞きながら、地蔵のようにそこにありました。頭の中には色んな考えが巡っていました。これは何だ。何なんだ。私は夢を見ているのか。それとも、本物の怪異にあっているのか。
あるいは、河童の光学迷彩では?
その考えが過ぎったときは、天啓だと思いました。
そうだ。これは河童なのだ。河童が私たちに悪戯しているだけなのだ。きっとそこには見慣れた顔の河童がニヤニヤと悪趣味な笑みを浮かべていて、怒り心頭の私は秋風の寒さも忘れる熱いお仕置きを……
周囲の音はほとんど耳に……というより頭に入ってきていませんでしたが、このとき神奈子様がぽつりと呟いた言葉だけはよく覚えています。
『河童……いや、河童じゃない』
そういえば神奈子様はどうしてあのとき……? 妖気を感じなかった? 陰惨な気を感じた? そうだったんですか……全く気づきませんでした。
ともあれ。
私は縋る先を失くし、いよいよ思考は空白の相を呈し、ひた、ひた、と迫り来る足音と、それに沿って畳に付けられる足跡……足の形をした水の染みを茫然と眺めるばかりでした。神奈子様、諏訪子様も当惑しているように、動きがなく、やがて私の直近までやって来たその何者かは不意に……
バァンッ!
あ、驚きました? 私は驚きました。こんな風に卓が強い力で叩かれて、その衝撃で水滴がぼたぼた、ぼたぼたと滴り落ちて、飛び散って、私はとうとう悲鳴を上げようとし、そして、
ぐ、って。
胸倉をつかまれたんです。とっさに息が詰まって、悲鳴は喉で止まりました。がくがく、がくがくと揺さぶられて、思考がぐちゃぐちゃにかき乱されて、もう何にも考えられなくて、時間の感覚が消失し、気づけば私は離されていました。
部屋にはもう、水の滴る音もありませんでした。
後から聞いたことですと、私は胸倉を掴まれて揺さぶられたとき、悲鳴とともにそれを振り払ったそうです。神奈子様が私を支え、諏訪子様は虚空をにらみました。姿のない何者かは畳にもう一条の足跡を残して外へ走り去り、制止しようとするお二方から逃げるようにいなくなったと聞きます。
……それからもう、一ヶ月がたちました。
でも私は時々、夢に見るんです。
もしかしたら、またあの姿の見えない恐ろしいものが私の元にやってきて、今度は首を絞めるんじゃないかって。あのひた、ひたという足音と共に私の後ろに現れて、襲ってくるんじゃないかって。そう考えると、中々恐怖と袂を別たれず……さっき、驚かされたときは……とうとう、来たかと思ったんです。あの恐ろしい怪異が、私を襲いに来たんだって……それであんなに、取り乱してしまいました。本当に未熟者です。
これが……
これが、諏訪子様の言っていた“あのこと”の全貌です。話だけを聞いても、いまいちピンと来ないかもしれませんね。でも、本当に怖くて……私としてはあれが何だったのか、一刻も早く判明するか、下手人が捕まるかして欲しいものです。そうでないと、安んじ眠ることもままならない。
あなたも、気をつけてくださいね。
もしかしたら、あなたのところに来ないとも限らないんですから。
※※※
語り終えた早苗はお茶をいくらか啜ると、ほぅ、と弱く息をついた。
「疲れた……」
「ご苦労さん」
神奈子が労うように声をかけると、早苗は儚くはにかんだ。
「説明は、今の通りだ。質問はあるかい?」
確認を取る神奈子に対し、小傘はふるふると首を振った。弱弱しい。
「その………………いや、何でも」
何か言いかけて、結局やめる。
小傘はそれきりうつむいてしまった。
「あ……いえ、気にすることはありませんよ。あなたは知らなかったんでしょう? 平時であれば私も、あんなに取り乱したりはしませんでしたし、笑って流したことだと思います」
「……」
小傘は黙して語らない。早苗と神奈子、諏訪子は困ったように顔を見合わせるが、下を向いた小傘が何を考えているのかは、いまいち読み取れなかった。
「あ、そうだ」
神奈子が思いついたように言った。
早苗のほうを見て、
「早苗、まだ怖い?」
「そ、そんなことはッ……その、ちょっと」
「じゃあさ、あんた……小傘……だったよね? 早苗の隣で寝てやってくれないかい。こんな夜分遅くに帰るのも、大変だろ」
「か、神奈子様何言ってるんですか……! そんなことしてもらわなくたってっ」
「じゃあ私か諏訪子が?」
「そうではなく! そんなおねしょなねんねじゃないんですからッ!」
「あー、でも一応、そうしたほうがいいんじゃないの? ほら、今日は満月だ。あれがあったのも確か、満月の夜のことだったじゃないか。念には念を入れてさ」
諏訪子も追随したので、早苗はいよいよ困り果てた様子で眉間を寄せる。何事か考え込み、それから、
「いや……小傘さん妖怪ですよ。私が襲われるとか、そういう可能性を」
「何となく、大丈夫な気がする」
「て、てきとうですね神奈子様!」
「いやぁ、何ていうのかなぁ」
神奈子はなぜか困った顔をした。
困りたいのはこっちのほうだと早苗は思う。
小傘は確かに人を害するような妖怪には見えない。むしろ妖怪には珍しく人畜無害極まれりといった様相だが、今夜の騒ぎを起こした張本人であり、人の寝込みを襲った退治されるべき妖怪なのではないか。別に、個人的な悪感情を持っているわけではないが、幾らなんでもおざなりすぎるというか、それは、人が良すぎるというものではないか。
しかし神奈子は言う。
「大丈夫な気がするのよねぇ。不思議と。巫女の直感って、こういう感じなのかしら」
「あれはある種の天与です。ぱっと身につくものではありません」
「私は天を創る側さ。まぁどうしても嫌なのを、無理強いはしないけど……」
「嫌ってわけでは……ないですけど……ほら、こんな歳にもなって、枕を並べるとか、ちょっと、気恥ずかしいというか……その……」
「えーい」
「ひゃんっ!?」
気の抜けた掛け声と共に飛び掛ってきたのは諏訪子だ。
剥き出しの脇をくすぐられたかと思うとそのまま押し倒されマウントを取られ脇腹、おへそ、足の裏など苦手な箇所を的確にくすぐっていく。実に手馴れた手つきであった。熟練の手管を感じさせる。
「ほっ、よっ、はっ」
「うひゃっ、みゅっ、しゅっ、しゅわこさまっ、何をっ……あはは、あはははははっ」
「ほれほれー」
十秒後、畳に伏してぴくぴくと痙攣する早苗。勝ち誇った高笑いを上げる諏訪子。呆れきった様子の神奈子。
「あっはっはー! この程度で大人を名乗るとは、片腹痛いわ!」
「お、横暴です……セクハラです……断固抗議します……」
「あら、ご好誼のほど感謝いたしますわ」
「抗議は抗議です……そんな広義はありません……というか」
ようやく笑いのツボから解放された早苗がむんずと起き上がり、じっとりと諏訪子を見つめる。
「普通、くすぐられたら笑うでしょう。大人とか、子供とか、関係ないです」
「甘いわね」
諏訪子はフッと口角を吊り上げる。
そしてぐるん、と勢いよく神奈子へ振り返った。
「……」
「……」
無言で交差する視線、一瞬の静寂、動き始める諏訪子、身構える神奈子。
諏訪子は神奈子に飛び掛った。
そして早苗にやったのと同じように、いやそれ以上の熾烈さをもって脇を、腹を、足を腰をくすぐってみせる。こちょこちょ、こちょこちょ。一切の無駄なく計算されつくした指の動きが、例え服越しだろうと対象の笑いを引き出すであろうことを早苗は経験から知っていた。だから、神奈子の陥落も歓楽も遠からじと、早苗は確信していたのだ。
だが。
「……」
「くっ……さすがッ……やるね……!」
速さを増す指遣い、余裕の消えた諏訪子の表情、神奈子は鉄面皮を崩さない。振り子が勢いを増していくように、指はいよいよ神速の域へと達し、ぢり、ぢり、と残像さえ残してぶれる指と服との擦過音が耳朶を撫でていく。
そして。
「……はぁーっ、はぁーっ……」
「……」
息を荒げついに指を止めた諏訪子を前にしても、神奈子はつゆとも動かなかった。
「……諏訪子、その指遣い、昔から何ら衰えていないね。だけど、私は落ちないよ」
「やはり……覚悟は本物だったようだね」
「はるか昔……私がくすぐられるのに弱いと知ったあんたが連日連夜私を攻め続けた日々……そしてそれに立ち向かうため山に篭って修行した日々……かつて主人に事毎くすぐられるのを憂えて修練し、対くすぐりの術策を編み出したという剣士との出会い……忘れやしないさ」
「ふふ……」
「ふふふ……」
ぐわし、と手を握り合う二人。
を、早苗は白けた目で見ていた。
「何やってるんですか」
「くすぐられたら普通笑う。その固定観念を打破しようとね」
「えー」
「つまり!」
色々誤魔化すように諏訪子が声を張り上げる。
「大人も子供も関係ある! くすぐられて笑ううちはまだ子供なのよ……!」
「なんですってー」
「早苗、リアクションが薄いよ。悲しいよ」
「……その、そこまでしなくても、そこまでするなら、私としては別に小傘さんと同室で寝るのも一向に構わないのですが」
「あ、そう?」
「そうです。そうですが、そもそも……」
当の本人に許諾を取っていないではないか。
早苗の主張はそのようなものだった。
「あー、うー、そうだったね。えっと、あんたはどうする?」
諏訪子が小傘に問う。
ずっと沈黙していた小傘は、そこでようやく顔を上げた。
「その……いいの?」
「うん? 何がさ」
「いや……」
小傘は言葉を続けようとする。本当に、いいのか。自分はあの人間を……この二柱の神がとても大事にしていると一目にわかる人間を、ひどく怖がらせてしまったのに。
言葉は遮られた。
第三の声によって。
――受けなよ。一緒に、いてあげて。
……そのとき小傘の胸に溢れた感情は筆舌しがたいものがある。
この声が……この声が!
そもそもこの声がここへ来ることをそそのかしたのではないか! 『今ならあの巫女は驚きやすい気がするわ』なんて言って……いや、そもそも。
そもそもなぜそんなことを知っていたんだ?
巫女が……早苗が驚きやすいことを知っていたということは、先ほど早苗が語った怪事を知っていたということだ。そしてそれを知っているのは……
姿の見えない誰か……満月の夜……知るはずのない事実……
まさか……
まさかこの“声”が怪異だったのではないか……!?
この不気味な“声”の主こそが、ひと月前この部屋へ乗り込んできて早苗に恐怖を植えつけた当人なのではないか。だからこそ、ここであったことを知っていたのではないか。早苗が驚きやすいと、知っていたのではないか……!?
怒り。
恐怖。
疑念。
困惑。
それら雑多な感情が瞬く間に小傘の心の器をあふれ出し、制御を受け付けぬ激情の奔流は行き場を求めてさまよい惑い、そこで早苗や神奈子達の存在を思い出して沈静する。
ここでこの声を問い詰めてもいいが、それでは気狂いの沙汰と映るだろう。
しかしここに姿の見えない何者かがいるのだと訴えればあるいは協力を得て捕まえることも……
表情を固く強張らせて考える間に、“声”の気配はすっかり消えていた。
逃げられた。
後悔と、安堵。渦を巻いては湧きあがってくる。
ため息が漏れる。
「その、どうかしましたか?」
怪訝そうな心配そうな声で早苗が聞いてくる。
「あ……な、何でもないの。何でもないわ」
「そう、ですか? 私の隣で寝るに際して退治されたりとか報復されたりとか性的な意味で襲われたりとかはしませんので安心してください」
「考えてないよ!? そんなこと微塵も考えてない!」
「あぁいえ、私って最近何だか霊夢さんみたいな暴力的異変解決を好む巫女だと思われているようなので」
「私、平和的解決を受けた覚えが……」
「あれはあなたから襲ってきたので。正当防衛です」
「うぅん……?」
そういうことらしい。
早苗はこほん、と咳払い一つ。
「それで、どうでしょう?」
「どうって……ああ」
泊まるかどうかの話か。
小傘は考える。本当に、いいのだろうか。相手がいいと言っている以上気にすることではないが……それ以前に、小傘の心がそれを許容できるか。
小傘は恨みと共に成った妖怪であった。
人間に捨てられては風に飛ばされ雨に打たれ、悲しくて苦しくて恨めしくて見返したくて妖怪になった。人間と馴れ合うなんて、そんなこと……
『受けなよ。一緒にいてあげて』
“声”の言葉が蘇る。あの言葉の真意も真偽も小傘にはわからない。そもそもあの声の主が早苗を脅かした張本人だとするなら、これほど妖怪巫女(マッチポンプ)な発言はない。真面目に考えるだけ、無駄な気もする。
(………………なんだろ)
いったいどのような心理が働いているかさっぱりだが、気持ちは泊まるほうに傾いていた。
(……あの“声”が何かしたとか……? 今日は妙に、理にそぐわない気持ちに突き動かされることが多い気がするし……)
わからなかった。かぶりを振って、思考を中断する。
「……わかった。泊まらせて、もらうわ」
※※※
「……正直な話」
早苗の寝室、小傘が最初に侵入したあの部屋に敷かれた二つの布団、その片方にくるまる早苗が言った。
「ちょっと、安心しています。諏訪子様の言うとおり、今日は……あの日と同じ、満月ですから。不安だったんです」
小傘は何も答えない。布団の中でもぞもぞとだけ動いた。
「何だか……」
早苗は何か言いかけたが、結局口をつぐむ。
何か感傷にひたる声のようでもあった。
「外の世界で友達が泊まりに来たときのことを思い出します」
次に口を開いたのは、数分も後のことである。
「妙に気が昂ぶっちゃって……眠れそうもありませんし、ちょっとした小話に付き合ってもらえませんか」
「……別に」
「……では」
早苗は息を吸って、ゆっくりと吐く。物静かな声色で、滔々と語る。
「私は元々外の世界……博麗大結界の外、神も妖も駆逐された科学の世界で生きていました。ここよりはるかに物に溢れていて、魔法じみた便利な道具がたくさんある世界です。私は学校……えっと、寺子屋の上位版みたいな……そこに通っていて、それなりに友達もいたんです。家に帰れば、神奈子様や諏訪子様もいて……悩みがなかったわけではありませんが、今思えば随分と恵まれていたものです。でも当時は、それが普通であることを疑いませんでした。ある日……」
早苗はそこで一息ついて、
「ある日、神奈子様から幻想郷への移住について聞かされました。お二方が徐々に力を失くしていることは私もよく知っていて、そんなお二方の力になりたいとも考えていましたから、私は迷いこそすれ、最後にはこっちへ来ることを決めました。元いた場所での関係の多くを失ってしまいますが、そのぶんこっちで新しい関係が築けるだろう。新たな出会いがあるだろうと信じていました。実際、色々面白い人たちと知り合いました」
そう言って小さく笑い、
「心境に変化があったのは、こっちへ来て何ヶ月かたってから……ふと、本当に唐突に、寂しくなったんです。あっちの世界に置いてきた友達の顔が、ふとした拍子に頭を過ぎるんです。もうなんてことのないお喋りができない、顔が見れない、声が聞けない。それを強烈に自覚するんです。生まれてこのかた……私の傍にはずっと神奈子様や諏訪子様がいてくださいましたので、私はとことんそうした寂寞の念と無縁だった。自分の気持ちが何だかよくわからなくて、混乱しました。混乱して、色々悩んで、考える中、ふと思ったんです。彼女達もまた同じ気持ちを抱えているのではないかと。私は、外の世界を捨てて来たんです。家族や友達と別れることは寂しいことだと、事前に考えなかったわけではない。それでも本当の意味では理解できていなかった。こっちへ来ることは、そこにある様々な関係、友情も、親愛も、嫌悪も、日常も捨て去るということです。私が寂しいと同時に、自惚れでなければ、あちらに残された知り合いにも寂しさを強要することなのです。突然友達がいなくなる、寂しさを……」
そして、と早苗は言を続ける。語調から、話の終わりが近いとわかる。
「そのとき、自分をひどく罪深いものに感じました。だから私は……せめて決して忘れぬよう、これからはもう置き去りになんかしないようにと…………あ、あれ……? だいたい、なんで……私こんなこと……」
困惑したような声だった。少し湿っている。
「す、すみません……いきなり長々と話してしまって……なんかもう自分語り乙としか……ど、どうしてこんな話しようと思ったんでしょうね! なんで……」
早苗は恥ずかしそうに唸り声をあげた。
「と、ともかく中途半端ですが話は終わりです! なんかそんな感じのことがあったんですってよ!」
口調が怪しくなりつつ、必死に弁明する。が、小傘からの反応はない。
呆れられてしまったかな、と後悔するももう遅い。
(うぅ……今日は取り乱したり変な話したりで駄目駄目だわ……幻想郷年間駄目巫女ランキングとか作ったらぶっちぎりね……私のお馬鹿! すかぽんたん!)
早苗は布団を引き上げて顔を隠す。真っ赤になってて見せられたものじゃない。
(やってしまったことは仕方ないですが……せめて名誉挽回のためにも、早くあの怪事への恐怖は払拭せねば。どうすればいいかしら? 怖いものに慣れれば……そうだ、怪談がいいわね。身の毛もよだつような恐ろしい話を聞いて、耐性をつけるのよ。怪談を聞くなら……確か人里の稗田さん……だったっけ? あの人が詳しそうだし……今度尋ねて……)
そんなことを考えているうちに、次第と目蓋は閉じていった。
一方。
小傘はまだ眠っていなかった。
物思いに沈んだ様子で虚空を眺めている。
一言も発さず、ただじっ、としていたが、ふと、
「いるんでしょ」
小さく呟く。
返事は早かった。
――いるわよ。
「……一つだけ確認したいんだけど」
――私じゃないわ。
「……なんか心を読まれてる気分」
――それができるのは覚り妖怪だけよ。私はあなたについて知っているというだけ。
「……本当に、あなたじゃないの? あなたとしか思えないわ。先月、あの人間を脅かしたのは」
――証拠はないわね。信用の問題よ。
「姿もさらさない秘密主義者をどう信用しろっていうのよ」
――む……そうね。
「あなたは何者なの?」
――秘密で……秘密でいい?
「……」
無言の圧力。
――私は臆病なのよ。モグラみたいにね。
「ふん」
小傘は不貞腐れたように寝返りを打つ。
――明日はどうするの?
「……ついてくるの?」
――気分次第ね。私の役目はもうほとんど終わっているから。
「……勉強」
――ん?
「今日あの人間を驚かせたのも、結局私の力じゃないもの。友情、努力、勝利よ。また、色々な怪談を探して研究するわ。例えば……確か、人里にすごくたくさんの蔵書があるっていう屋敷があったわね。ひえ、ひえ……」
――ヒエーダ。
「そう、それ。名前からして怖がってる。怖がりほど怪談を見ずにはいられないものよ」
話すことは話したとばかり、小傘は布団をかぶり目を閉じる。
……
……
……暗闇。
――私は臆病なの。
声は繰り返した。それが何だと小傘は思う。
――姿をさらすことにさえ、心の準備が必要なほど。
目を開く。
「……つまり?」
――明日、姿を見せましょう。何なら、正体のついで、うちに招待してもいい。
「……本当に?」
――本当に。
「……」
小傘は再び目を閉じて、一言「わかった」とだけ告げる。
それきり、緘黙した。
天涯の裏は青い夜、目蓋の裏の深い闇。
眠りに落ちる少し前、呟くようにひっそりと、
――古明地こいし、妖怪よ。はじめまして。愉快な忘れ傘さん。
※※※
中書き
※※※
……さて。
ここまで読んで、あなたは思い出せただろうか。
人里に起こったあの恐るべき“事件”の真相を追う上で、多々良小傘や古明地こいしは非常に重要な人物となる。この翌日二人はようやく顔をあわせ、少しばかりの親交を育んだ。古明地こいしは多々良小傘を地霊殿へと招待し――。
ここからは視点を変えましょう。
事件において重大な役割を負うこととなるのは、この二人だけではない。過去の私を含め、六人の人妖が密接に関係していた。より正確な記憶の復旧を為すためには、事件の沿革を様々な視点から見るのがよい。核心迫るは時期尚早。まずはそれぞれの視点から、事件の外縁をなぞっていく。
その一番手は――
※※※
――こいしが人を連れてきたのは、実に十数年ぶりの椿事(ちんじ)である。
そんな独白が胸中を過ぎったのは午前過ぎ。そろそろ昼食の用意をしようと重たい腰を上げたときだった。読みかけの本をテーブルに伏せ、うん、と伸びをした次の瞬間、部屋のドアが忽然と開いていて、そこには二人、妖怪がいた。
片方はとうに見慣れた顔。親愛なる我が妹が。
もう片方は見慣れない顔。鮮やかな色のオッドアイが三つある目をひきつける。
「珍しいわね」
思わず、といったていで呟いたのは古明地さとり。自室で読書に耽っていたところである。そして、彼女が最初にやったのは家主としての爽やかな挨拶……ではなく、こいしの後ろで肩を縮こまらせている妖怪の心を探ることであった。
(思ってたのと全然違う……)
妖怪はそう考えていた。多々良小傘と言うらしい。
思ってたの、とは何か。
もっと普通の、どこにでもありそうな家のことらしい。こんなに大きな屋敷に住んでいるとは思わなかった、と、彼女の心は言っている。
「『こんな大きな屋敷に住んでいるとは思わなかった』」
「へ?」
「お褒めに預かり光栄です。こいしが人を連れてくるなんて、いつぶりのことかしら」
「わ、私まだ何も……」
「『いきなり何を言い出すんだろう』、ですか。脈絡ならありますよ。脈絡がないのはこいしのことです。人が来るとわかっていれば、何かと準備をしておけたのに」
「さ、さっきから何を言っているの? え、えっと……」
「古明地さとりです。こいしの姉よ。多々良小傘さん」
「う、え、え……?」
小傘はもう完全に混乱していた。
赤と青の瞳を黒と白に染め替えて、落ち着きなくさまよう視線は小動物を彷彿とさせる。
「お姉ちゃんはね、心が読めるのよ」
こいしがネタばらしをする。小傘はさとりの胸元に目を向けた。第三の眼は今も遠慮なく小傘の心をのぞいている。本能的にそれを避けようとしたのか、小傘は手に持った傘を前に掲げた。
「それでは障害物になりません。傘は雨や日光を避けるためのもの。心はそんな物質的なものではないのです。非物質の漏洩を防がんとするならば、非物質的な結界を張らなくてはならない。それより……」
さとりはこいしに目を向ける。
「あなたが誰かを連れてくるなんて、珍しいわね」
「それはさっき言ったよ」
「連れてきた理由を?」
「珍しい、ってことを」
「それでまた、どうして……? 『歓迎されてないのかな』ああ、いえ、そんなことはありませんよ小傘さん。私は来客を無下にする気なんて毛頭ないのです。ただ、こいしが人を連れてきたのなんてあまりに久しぶりだから……十何年ぶりだったかしら」
「十三年ぶり」
「十何年ぶりね。よく覚えている」
「柔軟な心はスポンジのように吸収率がいいのよ。柔軟な心とは要するに何も考えていない心。まだ何も考えられない赤ん坊がみるみる外界のことを覚えていくように」
「あなたは赤ん坊だったのね」
「私はミルクがたっぷり入った紅茶がいい」
「ミルクティーね。わかったわ。……あなたは?」
さとりが小傘に問いかける。小傘はいまだ怯えたようにさとりを見ている。
「大丈夫よ。食べられたりはしないから」
「食べるときは食べるわよ?」
「人肉だって滅多に食べないお姉ちゃんが、妖怪を食べるはずはないわ」
「そうでもないわよ」
「え、えぇと……」
小傘はどちらを信じるべきか迷っている様子である。
「……あの!」
それでもようやく勇気を振り絞って、決然と口を開いた。
「あなたもミルクティーなのね? わかったわ」
しかし、先んじて了解を口にされてしまう。折角の決意をふいにされた小傘は一瞬呆然とし、むぅ、と唇を尖らせるのだが、当のさとりはからからと笑うばかりだ。
つまり、人を食ってみせたのだった。
※※※
しばらくたった。
場所は移動して客間である。ぴかぴかに磨かれたテーブルには、ティーセットとクッキーの乗った皿が置かれている。ソファに座ったさとりはミルクティーを一口含み、そっと対面の二人を見た。
こいしは何を考えているのか見通せない平坦な笑み。
小傘はいまだ緊張の抜けない顔でさとりをうかがっていた。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ」
「そうは言っても……今も私の心を見てるんでしょ? ……お、落ち着かない」
「私は秘密を暴くことを愉悦としているわけではありませんし、例えば人には言えないようなあれこれを見たとしても、基本的に見ざる聞かざる言わざるを貫きます」
「人には言えないあれこれって……例えば?」
「……あなたが昔人間の女の子を驚かそうとして逆に悪戯されたこととか」
「言っちゃってるー!?」
「ひもじさに耐えかねて道端に落ちてるものを拾って食べて下痢したりとか」
「あ、あれは! その……いや……お腹が……」
「迷子の男の子の親を探して人里を歩き回ったこととか」
「あー! あ、あー!! 言うなーっ! 言うなぁー!」
慌てて身を乗り出し、さとりの口を塞ぎにかかってくる小傘だが、さとりは身軽くかわして見せた。それからまた口を開こうとするのだが、今度は傘が飛んできそうだったので、自重する。
「こ、この妖怪口軽女めぇ……!」
親のカタキを見るがごとき視線がさとりに突き刺さる。特に三つ目の秘密は相当言われて恥ずかしいものだったらしく、目に涙さえ浮かべている。
「わたし、きれい?」
「口裂じゃない! 口軽!」
「よかった。口が裂けてるなんて言われたら、さとりんショックで倒れちゃう」
「口が裂けても言えないことを抜けぬけと言ったどの口で言うか!」
「どの口だなんてこの口に決まってるじゃないですか。小傘さん卑猥です」
「何を想像してるの!? 汚いよ、心が汚い!」
「いかなサトリ妖怪といえど自分の心だけは暴くことができない。汚かったとは知らず」
「あ、お姉ちゃん私の心も読めないリストに追加しといて」
「あぁ、忘れてたわ」
「暴けないのは己の心だけ。そして私の心も暴けない。これが一心同体ってやつだね」
「それよりこいし」
「なに?」
「いったいどういう経緯でこうなったの?」
声色を少し真面目なものに変えてさとり。
なぜ小傘をここへ連れてきたのか。
結局、それはまだ聞いていなかった。
「小傘さんの心から、断片的な情報は得られる。あなたは姿を消して声だけで小傘さんに語りかけていた。そして、今朝とうとう姿をさらして、その勢いでここへ連れてきた、みたいだけど……」
「何となくよ」
「……本当に?」
「私は常に何となくで行動しているわ」
「……聞き方を変えましょう。あなたはなぜ小傘さんを地霊殿に連れてきたと思う?」
「うーん……」
「あ、あの……」
悩む素振りを見せるこいしを横目に、小傘も話に入ってくる。
「それって、大事なことなの? えっと、私は……その、友達を家に呼んでみるとか、そんな感じの話だとばかり思っていたんだけど……私を友達だと思ってくれているかはさておきとして」
「勿論、それなら何も問題ないし、とても嬉しいことよ。でも、こいしが誰かを連れてくるのは、本当に珍しいことなの。何か、重大な理由があるんじゃないかと思って」
「何となくなんだけどなぁ」
こいしは繰り返した。
その目は決して嘘を言っている色ではなく……
ふ、と。
視界が暗転するような感覚。
それまで暢気でふんわりしていた時間が突然圧縮されたような。
さとりは気づく。
無駄な問答であった。
こいしは本当に“何となく”そうしたのだ。
勿論、理由はある。
ないわけがない。
人を好きになるのに理由は要らない。という言葉がある。
これは真である。
理由は要らないのだ。無いのではなく、要らない。本当はある。あるに決まっている。要らないだけである。何もおかしくない。
しかし、人を好きになるのに理由は無い、というと途端におかしくなる。
理由なく好きになるなど、きっと嘘だ。
何かしら琴線に触れるものがあって、通じ合うものがあって好きになる。
こいしが小傘を連れてきたことにも同様に、必ず理由はあるはずだ。
ただ、こいしはそれを自覚していない。その必要を感じないからだ。理由が要らないのである。
こいしはずっと、自分で自分が何をしたいかわからないでいるままなのだ。
「……そうね。そうだったわ」
燃え立ったのは、使命感。
それを紐解くのは自分の役目だと思った。
己にとことん無頓着で、いつの間にか視界からいなくなっていて、そのままこの世からもいなくなってしまいそうなくらい儚い妹の。
その心を知る。第三の目に頼らず、二つの目だけでその心を知る。姉である自分がやらず、他の誰にできる。
目を閉じる。
こいしの姿を思い浮かべる。
彼女が何を考えているか……彼女の無意識の底の心の動きを、思い浮かべ……。
……
……
……駄目だった。さっぱりだった。
(まずは、小傘さんのことを知らなくては)
そもそもこの二人の接点が見つからない以上、こいしの心がわかるわけなかった。
さとりはそっと目を開く。
「小傘さん」
「は、はい? あの、どうしたの? 突然目を閉じて……」
「少し、深いところを探ってもいいですか?」
「?」
「サトリ妖怪というのは、望む望まぬに関わらず人の心を見てしまう。そのほとんどは表層に浮かんだ言葉やイメージですが……ある程度の調節はできるのです。大変な負担にはなりますが、極力心を読んでしまわぬよう調節することもできるし、逆にもっと深く心を知ろうとすることも」
「……な、なんで突然?」
「……決して興味本位ではありません。今ここで読んだことは、生涯口にしないとも誓います。……お願いできないでしょうか」
「そ、そうは言っても……」
「……あなたが思っていることは尤もなことです。先ほど言わないと言った直後に言いましたからねぇ……あれは、その、言い訳がましいですが……知られても構わない秘密と、絶対に知られたくない秘密との間では……感情の色とでも言えばいいのか。そうしたものが違うのです。先ほどの秘密は、知られてもそこまで痛くない、という色に見えましたので……冗談混じりに口にしました。今度は、例えそのような色の秘密でも決して口にはしません。信じてくれ、というのはおこがましいですが」
言っていて、自分でも嫌になった。
(虫の良すぎる話ね……さっき軽率に口にしたのが悔やまれる。さっきの今で、信用する輩がどこにいるというの。……こいしが小傘さんをここへ連れてきたのも、本当は大した理由じゃないのかもしれない。仕方ない。今回のことは、諦めて……)
「わ、わかった」
その声が聞こえたとき、一瞬耳を疑った。
「なんか深刻そうだし……み、見てもいいわ。ただ……言わないでよ? 絶対言わないでよ? 振りじゃなくて、ほんとに、言わないでよ?」
目に隠しようもなく不安を浮かべつつ、小傘。
がつん。と、頭を強打されるような衝撃。
心を読んでもいい、と言っている。
決して強がりではない。
利害によるものでもない。
単純な、善意。
心を読めるサトリには、それがわかる。
わかって、うろたえた。
こんなこと、初めてだった。
(ほ、本当に? ほんとのほんとにいいって言うの? 怖くないの? ……怖い、のね。そうよね。心を丸裸にされる恐怖を、抱かないはずがない。なのに……)
小傘は許可していた。
注射器を腕にあてがわれた子供のようにびくびくと目をつむりながら、人体の最も柔らかな部分にメスが入れられるのをただじっと待っている。
無防備。
その姿に畏怖さえ覚えた。
なんて。
なんて……
(考えを、改めなければならない)
小傘のことを、どこか臆病な妖怪だと思っていた。最初見たときからさとりに怯えっぱなしだったし、心の中でも恐怖が縦横に駆け回っていた。
いや……。
違う……。
これは、単なる臆病とは違う。
彼女は見た目ほど単純な妖怪ではないんじゃないか。
ごくり。唾を飲む。自分が開けようとしているのは、開けてはならぬ蓋ではないのか。のぞいてはならぬものを、のぞこうとしているのではないか。ぞくりと背筋に一条の震え。不安が胸を圧迫する。両の目は小傘を離れ、その隣に座るこいしを映す。
こいしはさとりを見つめている。
何を考えているかは、いまいちわからない。
ただ、さとりのことをじっと見ていた。
(何を、怖気づいているの……? 私は怨霊も恐れ怯むサトリ妖怪でしょうにッ! 今更心をのぞくのが怖いだなんて、そんなこと……! そんなことは……!)
さとりは小傘に視線を戻す。
刮目した。
そして、見た。
……
……
……
※※※
カァー、カァー。
ここが地上にある普通の家だったら、そんな烏の鳴き声が聞こえていただろうか。
夕刻。
空に黄昏の映える頃。
さとりは自室のソファに深く沈みこんでいた。ぼんやりと漂う視線が天井の染みを数えだそうとし、ふらふらとさまよう意識は己の姿を俯瞰している。
小傘はもう、帰ってしまった。
こいしはまた、どこかへ出かけた。
今は一人。さとりが一人、この部屋の中。
(ああ……)
彼女に伝えるべきだった、とやにわに浮かび上がる後悔。
伝えなくてよかったのだと、主張する声もある。
伝えたところで、混乱させるだけだ。
(こいしは……こいしはきっと……)
こいしがなぜ彼女を連れてきたのか。その理由はもう、わかっていた。わかってしまったのだ。それはさとりだからこそ理解できたことだった。
(……見なければ、よかったのかしら)
知らないほうがいいこと、というのはたくさんある。そのうちの一つを、知ってしまった気がする。知らなければ、こんな薄暗い気持ちになることも、なかったのに。
(あの二人は、似ていた)
似ていた。当初はそんなこと、さっぱり思わなかったけれど。
今となって、確信できる。
似ていたのだ。
小傘とこいしは、とてもよく似ていた。
(こいしもそれを、わかっていた)
無意識のうちに、理解していた。小傘という妖怪少女がこいしという妖怪少女とある一点においてこの上なく類似していることに。
(だからきっと、小傘さんに興味を持ったのね)
そして、地霊殿に連れてきた。その理由は、
(私に見せたかったんだ。私がこうして、彼女の心を知ることを期待していたんだわ。こいし自身はそんなつもりじゃなくて、本当に何となくだったんだろうけど……彼女の無意識は、期待していた。そして事実、私は知った。知ってしまった。小傘さんは――)
目を閉じれば、ほんの数時間前に見た彼女の心象が蘇ってくるようだった。
次に思い出したのは、最初小傘の心を見たときのこと。人里で迷子になった男の子の親を探してあげたという秘密。彼女が恨みと共に成った妖怪である事実。
そして、こいしのこと。
こいしはサトリ妖怪だった。サトリ妖怪、だったのだ。過去の話である。目を閉じた彼女はもう、厳密には覚り妖怪と呼ぶことができない。
では、彼女は何なのか。
古明地こいしとは何者なのか。
幾度となく反問した問い。無限の煩悶もたらす自問。
己の存在の定義を否定した妖怪は、いったいどこへ行くのだろう。
覚りは覚るゆえ覚りであれる。
さとりはさとるゆえさとりであれる。
妖怪は精神的な存在である。
外の世界で科学という新参にさんざっぱら存在を否定された妖怪たちはこの幻想郷へと流れ着いた。
赤の他人に否定されただけで存在を保てなくなるほど、妖怪というのは儚いのだ。
では、自分は?
自分で自分の存在意義を否定してしまったとき、妖怪はどうなるのか。
こいしはサトリそのものであったのに、それを否定してしまった。
精神的自殺。
かつて、外の世界で否定され、地上からも追われ、最後の安息である地霊殿で己の存在を否定した彼女は……。
死ぬ。
死ぬ、はずだ。
死ななければおかしい。
道理に合わない。
彼女は生きている。
今日もにこにこと笑っている。
おかしい。
さとりはずっと、不自然を感じていた。
こいしは死ぬはずである。今は大丈夫でも、そのうち死ぬ。死ぬだろう。肉体的な死ではない。精神的な死を迎えて。その恐怖は夜も眠れないほど鮮烈だった。ずっと、心の奥で怯えていた。いつか、実に唐突に、風景に溶けるような自然さでもってこいしが消えていなくなることを。
こいしが死なないのはきっと例外。例外に漏れるものならば、
ならば――
(……消える。消えて、いなくなる。でも、本当にそうなるのかはわからない。自分を否定した妖怪が消えるなんて、所詮憶測。再現性も何もない。実際目にしたわけでもない。思い込み、妄想、考え過ぎの……あぁ、こいし、私に期待したって、私には何にもできないよ……。あなたが目を閉ざすほど苦しんでいるのを、救うことさえできなかったのに)
思考が纏まらない。ただだくだくと溢れてくる。恐ろしい考えが、脳裏を熱く、体を冷たくさせていく。
小傘の心を覗き込んださとりは、ある一つの危惧を抱いていた。
それは、つまり。
小傘がひどく危うい状態にあるということを。
いずれ、消えてしまうのではないかということを。
昨日は遅かったから早く寝たかったのに……。
では続きに行ってきます、引き込まれるわーこの話。
物語の結末って大抵の方は前文を読んだだけで、だいたい想像できるのですが、私が想像した結末は・・・・・できれば当たってほしくないです。ハイ。
でもこのお話は読んでいて引き込まれますね。
ホラーがテーマの長編や連載モノのSSってあまり見かけませんから、新鮮な気持ちで本作を読んでいます。
ただ、今日はもう夜が更けてきているので、続きを読むのは、明日にします。
朝起きたら、すぐさま、中編に向かいます。
はたしてどうなることやら。
さあ続きだ。
極めて期待できまくる導入で素晴らしいです。明らかに伏線ぽい要素がそこかしこに散りばめられ、タグの演出もまた見事。
演出面でも、明るいパートとホラーなパートと真面目なパートが有機的に動学的につながっていて、その落差がそれぞれのパートを際立たせています。こいしがいかにもこいしっぽい無意識ぶりだったりとキャラも立っていて良し。名作の予感しかしません。
あとコメディ部分が面白かったです。小傘ちゃん微妙にえっちぃ!
これは文章の書き方がうまいからだと思います
さあつぎだー!
さて、ここから話がどう展開するのか、楽しみですね。