Coolier - 新生・東方創想話

風見幽香といつものお店~チャレンジメニュー、始めました~

2013/05/17 07:30:16
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「ねぇ、アリス。ちょっといい?」
「何?」
「あなたに、ちょっと相談があるのよ」
「へぇ」
 太陽の畑の名物喫茶店、『かざみ』にて。
 イートインスペースの一角に腰掛け、電卓と書類を見つめている、店のパトロン兼実質的な経営者アリス・マーガトロイドに店の主人である風見幽香が声をかける。
 店の営業はすでに終わり、現在は夕方の6時を少し回った頃。そろそろ晩御飯の時間帯だ。
「はい」
「あら、ありがと」
 何気に細かい気遣いが出来る幽香は、そんな彼女の対面に座る際に晩御飯をちゃんと持ってくる。
 今日のメニューは野菜と肉をぐつぐつしっかり煮込んだクリームシチューである。
「あ、これ、美味しい」
「でしょ? 牛乳が決め手」
「へぇ。よかったら、今度、作り方教えて」
「いいわよ」
 この頃、何かと仲のいい(にしてはたまに上下関係を感じさせる)二人は、シチューに手をつけながら会話を続ける。
「あなたに、ちょっと聞きたいことがあるの」
「何? 下らないこと以外だったら、ちゃんと答えてあげる。
 あと、収支報告書の中身を聞きたいなら、それこそいやになるくらい徹底的に語ってあげる」
「……えーっと」
「……あれほど、無意味かつ無辜のサービスには限度を設けろと言ってるのに……」
 あさっての方向向いて冷や汗流す幽香をにらむアリス。
 常日頃、特に幼い子供たちには無条件でお菓子を配る幽香である。店の売り上げは一応黒字なのだが、そういう思わぬところの出費で致命的なダメージを受ける黒字の状態であるため、アリスの視線も実に厳しい。
「あ、あのね、えっと……。
 か、家族向けのメニューとか作って欲しいって言うメッセージがあって……」
「家族向け?」
 そのこわ~い経営者の視線が、幽香の一言で一変した。
 幽香は、内心で、ほっと息をつく。
「そ、そう。家族向け」
「一杯あるじゃない。ホールケーキとかお菓子のファランクスとか」
 ちなみに、今、アリスが言った『お菓子のファランクス』というのはチョコにキャンディにクッキーに、ビスケットにケーキ、アイスクリームその他諸々。様々な商品を一つのバスケットに詰め込んだサービス商品である。
 量が半端ではないため、パーティー用や、それこそ、今、幽香が言ったようなファミリー向けの商品だ。売れ行きも上々。『かざみ』の自慢の逸品である。
「なんていうか……『量が一杯食べられる』メニューが欲しいらしいの」
「……はあ」
「何かよくわからないんだけどね。
 いいアイディア、ないかしら?」
「……う~ん。その客が何を求めているかがわからないから、私にはちょっと……」
「……そうよねぇ」
 う~ん、と二人で首をかしげてみせる。
 ややしばらくして、アリスは『仕方ない。早苗の力を借りましょう』と、『かざみ』の経営を助けるもう一人の『屋台骨』の名前を挙げるのだった。

「それだったら、チャレンジメニューとかどうでしょう」
 翌日、幽香たちの拠点は人里に移っていた。
 今日は、人里に開店した『かざみ』支店に幽香が出向く日なのだ。もちろん、本店の方も店主がいないからお休みというわけではなく、アリスの人形たちが大忙しで働いている。
「チャレンジメニューって?」
「えーっとですねー……。
 ……あ、ちょっと待ってくださいね。
 ちょっと、そこー! お客さん、そっち! 待ってる待ってる! 先にオーダー取りに行ってー!」
『かざみ』支店で働く女の子たち(要はウェイトレスのアルバイトだ)を統率する早苗は、仕事がないのか、店内の掃除をしているアルバイトの少女に声をかける。彼女は慌てて、早苗に示されたところで、きょろきょろ商品を見回して悩んでいる客の下に走っていった。
「やるわね、早苗」
「これでも、アルバイトの経験、長いですから!
 いつか電気街でメイドさんやるのが夢でした! ……紅魔館で体験メイドさんってやってないですかね?」
「……言えばやってくれると思うわよ?」
 つぶやくアリスの視線の先に、見慣れた衣装の妖精が一人。
 彼女はちらりと早苗の方を見て、さらさらとメモを取っていた。もちろん、アリスはそれを見逃さない。
 ちなみに、その妖精はカウンターの方にまっすぐ向かうと、『いつものケーキをください』と注文している。
「いいですよねー、メイドさん。あの清楚な感じがたまらないです。
 故に、最近のメイドさん達はどうにも露出が多かったりして。脱がしてどうするんですか、脱がして! あと、スカートの丈とか! メイドってのは清楚の象徴なんですよ!? そういうのは別の衣装に需要があるんです! それを世の中、わかってないっ!」
 わけのわからないことを力説する早苗を、アリスはとりあえず、踵落としで黙らせた。
 床の上に沈んだ早苗が復活するのに要した時間はおよそ10分。その間に、店内の客の半数が入れ替わっていたりする。
「……北斗七星の隣に瞬く星が見えました」
「手加減したわよ」
「……あの、幽香さん。アリスさんの蹴りっておかしくないですか? 威力」
「本人は『本気でやれば岩くらいなら割れる』って言ってるからねぇ……」
 それがどこまで本当かはわからないけど、と幽香は付け加えるのを忘れない。
 人間の身体能力など軽く上回るのが妖怪だ。この幽香だって、華奢に見えるが、笑顔で岩くらいなら握りつぶせる膂力を持っている。
 ……のだが、アリスのそれは、どうにも言葉の意味が違うように思えて仕方がなかった。それはともあれ。
「えーっと、チャレンジメニューというのはですね、要は、ものすっごい量のメニューです」
「意味がよくわからないんだけど」
「たとえば、通常のパフェってこれくらいじゃないですか?」
 片手に取り出すグラス。それを一回り大きくしたようなサイズをイメージして、『これくらい』を表現する早苗に、アリスと幽香は『うんうん』とうなずく。
「チャレンジメニューのパフェっていうのは、これくらいなんです」
「……え?」
「……はい?」
 その『これくらい』で早苗が示したのは、高さが大体普通のパフェの3倍から4倍、幅は倍以上のものであった。
 それを頭の中に想像して、アリスは顔を引きつらせ、幽香は『……それって食べ物に対する冒涜じゃない?』と呻いていた。
「これを一人で食べたりとか、時間制限設けてとかやると、『チャレンジメニュー』になります。
 逆に、何人で食べてもいいですよ、とか時間制限をなしにして大勢で楽しんでくださいってやると、パーティーメニューになったりファミリーメニューになるんです」
「……まぁ、たくさんの量を一度に作るほうがコストは抑えられるけどねぇ」
 そして、さすが敏腕経営者のアリス。真っ先にコスト面からメニューの妥当性を判断していたりする。
「あと、チャレンジメニューには、店主の趣向とかセンスが出ますから。
 お店の看板メニューにするのもありだと思うんですよね」
「ああ、なるほどね」
「だから……。
 あ、ちょっと! そこ、危ない! 足下、しっかり見てなさいよ!」
「ご、ごめんなさい、リーダー!」
 ただ優しく接するだけでなく、時に厳しく叱ることも、人材を育てるのには必要なことである。
 早苗の鋭い言葉を受けて、大慌てでぱたぱた品物を運んでいたアルバイトの少女が、早苗に向かってぺこぺこ頭を下げる。
「こういうことはお客さんがいる前ではやってはいけないんですけどね」
「まぁ、ほったらかしてたら、あの子、転んでたわね」
 そして、その少女の足下には小さな段差があった。
 彼女があのまま、慌てて歩いていたら、その段差に躓いていただろう。もちろん、それに彼女が気付くかどうかはさておいて。
「というわけで、どうでしょうか?」
「面白そうね」
「けど……幽香? 言っておくけど、採算度外視で作るのは……」
「アリスさん、チャレンジメニューは採算なんて度外視ですよ」
「えっ!?」
「当たり前じゃないですか。こーんな馬鹿でっかいパフェとか作って、値段は通常の3倍程度で利益が出ると思ってますか?」
「……そ、それは確かに、言われてみればそうだけど……」
「チャレンジメニューはサービスメニューでもあるんです。
 だから、それだけの注文はさせないようにして、サイドメニューで利益を出したり、『挑戦に失敗したら罰金』みたいにペナルティを課すんですよ。
 やりすぎは嫌われますけど、言ってみれば、これは『餌』ですから。
 ぱくっと食いついてもらって、他のメニューも一緒に頼んでもらうんです」
「……そ、そう、ね……」
「だから、幽香さんに注意するのなら、『単品注文はさせないようにする』か、『失敗したらペナルティ』を考えさせることです」
 わかってないですねぇ、と早苗。
 それについては、アリスは全面的に反論が出来ず、言われるがままであった。普段の人間関係が逆転している構図である。
「あと、幻想郷には幽々子さんみたいな無体なのがいるから、そういう人の対策とか」
「ああ、確かに……。
 そればっかり頼まれたら確実に赤字だものね」
「そこで、サイドメニューも一緒に、とやるんですよ。幽々子さんにペナルティなんて意味ないじゃないですか?」
 食に命と人生をかけている幽霊(意味不明)、西行寺幽々子。
 確かに、彼女のような相手に『時間制限』だの『完食できなかったら』などというペナルティは意味を成さない。
「どんなときでも黒字を出せるように考えるのが、いい経営者ですよ」
「……確かにそうよね。
 ……って、それ、考えるの私の仕事じゃないわよね? 常識的に考えるなら」
「まぁ……そうですけど……」
 ほったらかしておくと利益も採算も度外視したメニューしか考えない幽香に、その手のことを求めるのは酷だ、と暗に早苗は言う。
 それについては全く反論する気もないのか、アリスは小さく『……はぁ』と言うため息をつくのみであった。

 ――そして。

「霊夢。またあなたは、そうやって仕事をサボってだらけていて」
「げっ」
「『げっ』とは何ですか、『げっ』とは。女性らしくない。もっと品よくしとやかに出来ないんですか?」
「あーもー、うっさいなー!
 そういうこと言うのは紫だけでいいのよ、華扇!」
 神社の縁側にぽけーっと座り、空を眺めてお茶をすする神社の主――博麗霊夢の前にやってきたのは、茨木華扇。
 彼女は『全くもう』と肩をすくめて、
「これだからあなたは。
 この神社は幻想郷でもとても重要な、かつ、由緒正しい神社なのですよ。そこの主としての自覚はないのですか」
「おー、言われてるなー。霊夢ー」
「はっ」
「甘いっ!」
「ちっ!」
 突如、屋根の上から逆さまに顔を出す、霊夢の悪友、霧雨魔理沙は霊夢から放たれた鋭い針の一撃をひょいと回避してみせた。
 すたっ、と地面に着地し、不敵に笑う魔理沙。彼女は霊夢を指差し、『その程度で私を倒せるとは思わないことだな!』とばりばり悪の親玉ノリで宣言した。
「……あなた達、何してるの」
「いつもの日課」
「そうそう。日課だ、日課。
 と言うわけで、霊夢。お茶くれ」
「やだ」
「さっき、賽銭箱の中に1000円入れてきた」
「お茶だけでいいの? 魔理沙。美味しいおまんじゅうがあるわよ」
「……なぁ、仙人よ。霊夢に常識どうたら教える前に、まずあれを何とかしようぜ?」
「私にも出来ることと出来ないことがあるのです……」
 世の中、誠に世知辛く、理不尽であった。
 賽銭箱にお札。その事実に気をよくした霊夢は、これまで誰も見たことがないくらいの特上の笑みを浮かべて、とたとた家の中へと入っていく。
 それを見る魔理沙と華扇の頬に、熱い何かが伝ったとか伝わないとか。
「ところで、華扇。あなた、何しに来たの?」
「ああ、そういえば」
 とりあえず、お茶を用意して、三人。
 縁側から居間の中に移動して、卓を囲んでのお茶タイム。
 華扇は服のポケットを探ると、
「これです!」
 と、何やら取り出した。
 見ると、そこには幽香の店『かざみ』の新メニュー告知が書かれている。
「『チャレンジメニュースタート』ねぇ」
「えーっと、なになに……?
『チャレンジメニューとしてラインナップされるのは以下のものになる。
 超特大ジャンボパフェ、三段重ねホールケーキ、驚きの実物大バケツプリン』……ほほう、なるほど。楽しそうじゃないか」
 早苗のアドバイス通り、そこには『チャレンジメニューを単品で頼む場合は、食べ切れなかった時にペナルティが課せられます』とのメッセージや、『なお、サイドメニューを頼んでいただけた場合はペナルティなし』などの文字。
 また、さらに、『ご家族やお友達同士でのパーティーにご利用ください』などの文字もあった。
 へぇ、と魔理沙は楽しそうに笑いながら、「いいじゃないかいいじゃないか」と声を上げる。どうやら、このメニューに興味が惹かれたらしい。
「で、華扇。これがどうかし……」
「霊夢」
 霊夢は続く言葉を飲み込んだ。
 視線の先――まるで子供のようにきらきらと目を輝かせた華扇の顔を見て。
「行きましょう!」
「あ、いや、その、私、最近甘いものはちょっと……」
「大丈夫! サイドメニュー食べるだけですから!」
「あんた一人でこれ食べるつもり!?」
「え? 当然でしょう?」
「素面で言う言葉かそれ!?」
「ああ、魔理沙。あなたもどうですか? 霊夢はケーキなどが苦手ですから、あなたがケーキ、霊夢は……そうですね、シュークリームなどの担当で。
 担当を分けましょう。効率的ですよ」
「あ、いや、私もその……」
「あなた、今、ものすごく楽しそうに見てたじゃないですか。
 ああ! そうですね! あなたも食べたいんですね! じゃあ、ジャンボパフェとホールケーキ、バケツプリン、それぞれ二つずつ頼みましょう!」
「やめてお願い!」
 この華扇、普段、仙人として己を律しつつ質素な食生活を送っている。
 そんな彼女がふと出会ってしまった『ケーキ』と言う名の甘い罠。
 彼女はそれにがっちりがっつりはまってしまい、いまや甘味の虜であった。無論、普段から、そんな己の欲望に負けているわけではない。 
 ただ、たま~に、ほんのちょこっと、たがを外すこともあるだけなのだ。
 その『たが』のレベルが常人では考え付かないレベルであるのは言うまでもないのだが。
「さあ、さあ、さあ! いきますよ、あなた達!」
「やめて腕引っ張らないで!」
「私最近ダイエット中なんだがちょっとこっちの話し聞け仙人ーっ!」
 こうして、二人の犠牲を伴いつつ、華扇の挑戦が始まる――!

「いっただっきまーす!」
『かざみ』に響く、仙人の嬉しそうな声。
 彼女の前には、高さ80センチくらいの超巨大パフェが鎮座していた。
「これで、あれを頼んだの、3人目ね」
「その誰もが、一人で食べきってるってのが異様だわ」
 厨房には、巨大パフェ用の巨大入れ物がすでに二つ、空っぽのそれが置かれている。
 一つを平らげたのは、もちろん、幽々子であった。彼女は店の開店と同時に現れ、『ジャンボパフェ三つ』と笑顔で頼んでくれた。なお、たった一人での来店だったのは言うまでもない。
 もう一人は聖白蓮。彼女は命蓮寺のメンツを連れての来店である。
 彼女は、幽々子と同じくたった一人でパフェを平らげ、他のメンツは『死ぬかと思った』と食べても食べても終わらないパフェに絶望の表情を浮かべ、食べきることが出来ずにノックダウンしている。ちなみに、余ったそれはやっぱり白蓮が一人で平らげた。
 そして、今。
「美味しい~! このアイスと生クリームのコラボレーションが絶妙っ! チョコソースも最高! あ、こっちのストロベリーとフルーツもいいわよ、霊夢! はい、あ~ん。え? 食べられない? もう、もったいないわね。じゃ、もったいないから、私が食べちゃお~っと」
 ピンク頭の仙人が、ものすごい勢いでパフェの山を崩していっている。
 同じテーブルに座る霊夢と魔理沙の前には、サイドメニューとして華扇が頼んだケーキやお菓子がずらり。
「……魔理沙。人間って、一日にどれくらい太れるのかしら」
「1kgあたり7200kcal必要だから……ケーキ一個、ここは低カロリーとはいえ、300くらいはあるからな……。
 今日一日で1kgは余裕だぜ……」
 出された食べ物は決して残さず、そもそも残すなら最初から頼まない、そんな霊夢にとって、テーブルの上にずらりと並ぶお菓子の群れは、終わりがないのが終わりの状態であった。
「そもそも、これ、一人で絶対に食べきれる量じゃないんだけどなぁ……」
 呻く幽香の視線の先で、パフェはすでに半分、仙人の胃袋に収まっていた。見れば見るほど異様な光景である。
「甘すぎず、くどすぎず、口に必要以上に残らないさっぱりさと、それと相反する濃厚な味! これはもう、神の御業だわっ!
 ただ、美味しい、なんて言葉じゃ生ぬるいっ! けど、それ以上の言葉も思いつかないっ!
 ありがとう、人生! 仙人やっててよかったっ! 長生きさいこー!」
「……まぁ、楽しんでるみたいだし、いいんじゃない?」
 アリスですら、かける言葉が見当たらない状態であった。
「というか、たまに、『物理法則』って何だろうって思うのよ。私」
「あんたが言うな」
 5秒でホールケーキを焼き上げる技を持つ幽香に、アリスのツッコミが栄える。
「シリアルでかさ上げせず、最後の最後まで美味しいアイスとクリーム! フルーツも最高!
 ……んぐっ、んぐっ、んぐっ。ぷはっ! ごちそうさまでしたー!
 すいませーん、チャレンジホールケーキくださーい」
「……幽香、注文よ」
「もう焼き上げてあるわ」
 華扇がジャンボパフェを平らげるのにかけた時間はわずか10分であった。
 幽香としては、内心、『もうちょっと味わって食べて欲しいな』とは思うのだが、何も言わない。言えない。むしろ言ってはいけない状態であった。
 ともあれ、両手に抱える巨大な皿の上に鎮座するホールケーキ。ぶっちゃけウェディングケーキと言っても相違ないサイズのそれを、幽香は華扇の元へ。
「これはショートケーキと言うやつですね! ケーキの基本と言われていると聞きました!
 うん、美味しい! これも最高! パフェとはまた違う甘さ!
 クリームの甘みを抑えつつ、スポンジのふんわりした優しい味が最高! いちごの瑞々しさも相変わらずっ! どれもこれもおいしーっ!」
 巨大なケーキにフォークとナイフを向け、あっという間に平らげていく華扇。
 それを見る霊夢は口許押さえて呻いていた。
 ちなみに、『かざみ』のケーキは普通に売っているケーキよりもクリームを濃厚に、しかししつこくないように素材を厳選し、砂糖を抑えて素材本来の甘味を取り出すことで、大幅にカロリーと『胃もたれ度』を低減している。
 甘いものが苦手な男性にも受け入れてもらえるように、苦心した結果のそれは、『一つだけじゃなく、もう一つ二つ』を客が実現してくれる、まさに奇跡の産物であった。
 だからと言ってホールケーキ一人で抱えて食べてりゃ胸焼け胃もたれ何でもありなのは言うまでもないが、こと、幻想郷に住まう『食欲魔人』たちにとっては、その常識は当てはまらない。
「実際、評判はいいのだけどねぇ……」
「あんまり頼まれると、マジで赤字になりそうだわ。これ」
 何も、このチャレンジメニューを食べているのは規格外の連中ばかりではない。
 ちゃんと『パーティーメニュー』として頼む者たちや、文字通りの『チャレンジメニュー』として挑戦している者たちだっている。
 そして、彼ら彼女らに、今回の試みは大好評であった。
 元々、どんなお菓子も美味しいのが『かざみ』の売りだ。味が大味になったりもっと言えば劣化したりすることなどあるはずがない。
 そんな彼らは皆、『美味しかった』と言う感想を抱いて、店を去っていく。
 ――こんなに美味しいものをおなか一杯食べさせてくれてありがとう。
 それが、彼らの抱く『チャレンジメニュー』への感想であった。それはきっと、華扇も変わらないのだろう。
 問題は、
「わわっ!? 中にいちごが丸ごと!? これは予想外! しかも、この部分、幽香さんお得意の花の蜜がたっぷり!
 ん~……美味しいっ! お口の中が幸せ~!」
 あいつの胃袋どうなってんだと思わせる食べっぷりなのであるが。
「すいませーん! バケツプリンくださーい!」
「……あの人、チャレンジメニュー制覇するつもりかしら」
「……そうなんじゃない? 幽々子ですら、『日を置いてまた来ます。楽しみは長く取っておかないと』って言ってたのにね……」
「……楽しみ方は人それぞれよ」
 食ったもの一瞬で消化してんじゃなかろうかと思えるくらいの食べっぷりを見せる華扇に、幽香とアリスの頬に汗一筋。
 ともあれ、追加で幽香が持っていくバケツプリンを見て、霊夢は『……帰る』とふらつきながら店を後にし、魔理沙は『……少なくとも一ヶ月は甘いもの見たくねえ』と呻いていた。
「……ねぇ、アリス」
「……何?」
「チャレンジメニュー……一日の限定数、作ったほうがいいわよね……」
「……そうね」
 バケツプリンと言う名前どおり、直径50センチはあるプリンをぺろりと平らげる華扇の後ろ姿に戦慄しながら、幽香はこの時、『採算』と言う言葉の意味を覚えたと言う。



 以下、文々。新聞一面より抜粋

 ~喫茶『かざみ』に新メニュー! 我こそはという挑戦者求む!

 本紙でお伝えしている、太陽の畑に店舗を構える喫茶『かざみ』にて、このたび、新メニューの展開が行なわれた。
 新メニューの内容は、『大盛り大好きな人、そしてパーティーを楽しみたい人』向けのものとなっている。
 どんなものかというと、超がつくほどビッグなパフェやケーキなどなどである。
 本紙記者も早速、これに挑戦してみたが、チャレンジパフェを頼んで半分も食べないうちにギブアップとなってしまった。
 あの量を一人で平らげると言うのは、なかなか難しいだろう。実際、これを頼む客の大半はファミリーや大勢でのパーティーを目的としたものであるという。
 今回、なぜこのようなメニューの展開を行なったのか、喫茶『かざみ』店主の風見幽香女史にインタビューしてみた。
 それによると、『お腹一杯美味しいものを、お値段をお安く』という要望が多数、お店に寄せられており、それに応えたということであった。
 全く、頭が下がる思いである。これほど、客のことを考えて経営を行っているお店というのを本紙記者は他に知らない。
 あまりにも無茶な要望でない限り、店主はその広い心をもってかなえてくれると言うことなのだろう。
 なんと素晴らしい経営精神であろうか。
 本紙読者諸兄も、店主のこの想いに応えるべく、ぜひ、『かざみ』を利用して欲しい。
 また、諸兄の周囲に、未だ『かざみ』を訪れたことのない友人、ご家族がいたら、ぜひ、連れて行ってあげてほしい。
 彼らもまた、店主の想いに心を打たれ、お店の常連となってくれることだろう。
 大勢のお客さんに来てもらって、『美味しい』と言ってもらいたい。それが、店主の願いである。そして、それに応えるためであれば、店主はどんな障害でも乗り越えてくれるのだ。
 我々は、店主のその心意気を大事にして、これからもお店に通っていこうではないか。

 なお、チャレンジメニューへの挑戦は自由であるが、採算を度外視したメニューであるため、一日先着10名のみ注文が出来るとのことである。
 また、注文の際、チャレンジメニューを単品で頼む場合は、もし、食べ切れなかったらペナルティが課せられることを覚えておいて欲しい。もちろん、ひどいペナルティではなく、笑ってすますことが出来るものであるので安心してほしい。このペナルティも、他に、たとえばケーキであるなら10種類を注文すればなくなるものである。
 店主のちょっとしたいたずら心も楽しみつつ、美味しいお菓子に舌鼓を打つ。これぞまさに至福の時間である。
 チャレンジメニュー及びペナルティの内容については本記事の末尾に記載させていただくことにする。
 たっぷりしっかりお腹をすかせて、『かざみ』へと足を運んでもらいたい(著:射命丸文)
以下、新メニューの詳細になります。
・風見幽香特製ジャンボパフェ(お値段:1500円)
 サイズ:高さ80cm×底面30cm
・風見幽香特製ジャンボ三段ケーキ(お値段:1800円)
 サイズ:高さ100cm×底面20cm
・風見幽香特製バケツプリン(お値段:1300円)
 サイズ:高さ40cm×底面50cm
いずれのメニューもチャレンジとファミリーの両方をお選び頂けます。
ファミリーメニューの際は、サイドメニューを2000円分以上ご注文ください。
チャレンジメニューの際は、食べきれない際は以下の通りペナルティがございます。

ペナルティ1:罰金
・食べきれない場合、一食3000円の罰金を頂きます。

ペナルティ2:店主からの叱責
コースA:ノーマル
「……あの、すいません。食べきれませんでした」
「……そう」
「あ、だ、だけど、美味しかった……」
「……くすん……くすん……」
「ちょっ、幽香さん!?」
「……食べてくれるって言ったから作ったのに……。
 残すなんて……ひどい……。あなたのために、一生懸命だったのに……」
――泣かれます。

コースB:叱責
「はぁ? 食べきれない?
 ふぅん……。あなた、たいしたことないわね。その態度とかと一緒で。
 普段、偉そうにしてるくせにその程度? 情けないわね。
 まぁ、普段、豚のえさを食べてるような卑しい豚には、こんなに美味しい料理は口に合わなかったかしら?
 無様ね。ほら、豚。そこに土下座して謝りなさい。そうしたら許してあげなくもないわ」
――見下されます。

――ただいま、Bコースへの予約が異常に増えております。ご予約の際は、ペナルティへのご予約も同時におすすめします。(代筆:東風谷早苗)
haruka
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コメント



0.2030簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
少女してて良かったです。
チャレンジメニューについて致命的な点は、あまりにも大衆的である種粗雑なために、店舗のイメージを「高級品」から「庶民的」に変えてしまうことですね。幽香的にはそれでも良いのかもしれませんが。
ともかくルーミア含めあれだけ大食いがいる中で、スイーツバイキングを採用しなかったのは正解でしょう。
2.90名前が無い程度の能力削除
「ジャンボ三段ケーキ、ペナルティはBコースでお願いします」
3.100名前が無い程度の能力削除
ここのゆうかりんだったらAコースの方が良さそうだ。生涯忘れられない胸キュンが貰えるに違いない。
華仙ちゃんが楽しそうで何よりです。本当にこの仙人様は可愛いなぁ。
8.100名前が無い程度の能力削除
おー新作だー、まってたぞー!
欲を言えばもう少し挑戦したキャラ達が多ければなぁと思った。
かぐもこあたりは張り合って腹こわしてそうだ。
おれもペナルティBだな・・・おれってMなんだな・・・
9.100名前が無い程度の能力削除
ここの幽香さんが好きすぎて辛いw
アリスの踵落としかふむ……その高さと正面ならあれが見えるな(キリッ)
11.90名前が無い程度の能力削除
これは・・・幻想郷の全て食べ歩かんとする女、ツッコミピンク!?
12.90名前が無い程度の能力削除
紳士の心得のできていない輩が、ゆうかりんの気持ちを考えず最初からペナルティ2を狙って故意にメニューを残さないかという点だけ少々心配ですね…一時期、社会問題になった食玩のように。

今回も皆が本当に楽しそうで、何よりです。ほのぼのとした雰囲気が◎
14.100名前が無い程度の能力削除
俺はAコースでお願いします((((;゚Д゚))))))泣いてる幽香さんを抱きしめたい)^o^(
15.100ロドルフ削除
Aコースでおねがいやなんでもないですごめんなさい。
ともかく華扇がスイーツに命をかけているのはよーくわかったから自重しようぜ(汗)
19.70名前が無い程度の能力削除
Bで。
21.70名前が無い程度の能力削除
ペナルティの予約って何だw

Aコースの予約お願いします。
25.90しゃもじ猫削除
…ダメだ、胃もたれ抑えめメニューだとわかってても華仙ちゃんの詳しい感想で胃にダメージがwww

あー苺無しショートケーキをホールで食べたい。もちろん一人で。
32.90名前が無い程度の能力削除
んー、ツッコミは「栄える」ではなくて「冴える」じゃないかな。

華仙ちゃんェ……
うう、読んでるだけなのに胸焼けが。
ところでこのペナルティAコース、やけに具体的なのは半分でギブアップした文が食らったからか。
45.90奇声を発する程度の能力削除
Aコースで
51.803削除
どれも異常に安いですなぁ。10000円パフェとかあるのに。
これは皆が頼みたくなるのも分かります。
ペナルティ2については……あえてノーコメントということで……
60.100名前がない程度の能力削除
Aで