傘が、な無い。
いや、有るには有るのだが無いのだ。何を言ってるんだわちきは。
「わちきの、傘が、無い」
その事に気がついてから、現在寝泊りしている借家の中の、ありとあらゆるものをひっくり返して探した。小ダンスだってひっくり返っている。
それでも見つかったのは、探そうと考える前に見つけた、目の前の一つだけだ。
わちきの傘が、キュートな紫色に恐ろしさを感じずにはいられない目と舌を見事に融合した、伝統的な日本らしさを持つ唐傘であるのに対し、目の前の傘はどうみても洋傘である。
唐傘と言うぐらいだから、日本というより中国らしい物ではないかって?細かいことを気にしてはいけない。
日本で独自に開閉式に改良された物を唐繰傘(からくりがさ)と呼称した事から、略して唐傘と呼ばれるようになったという説もあるのだ。まあ、どっちでもいいのだが。
そんなことより、早急にわちきの傘を取り戻さなければ、わちきの、多々良小傘の、妖怪としてのアイデンティティが危ない。
「これは洋傘…日傘?」
デザインから判断したが、布の目が細かく、防水性能も十分にあるように思える。
柄の部分をよく見ると、なにやら英語らしきものが書いてある。筆記体で仰々しく書かれており、読むことはできなかったが、頭に紅魔館の主である吸血鬼の姿が浮かんだ。
(えっと、レミリア、さんの傘と間違えて持って帰った?どうやったら間違えるんだ!向こうも向こうで気づくんじゃないの!?)
昨日は宴会であり、わちきも久しぶりに参加したのだ。レミリアさんの姿もあったが、一度も話はしていない。
「うぅ……頭イタイ。もうお酒なんか飲まない。端の方でウーロン茶でも飲んでる……」
永遠亭にも行きたいが、今は紅魔館だ。さっさと取り替えてこよう。
☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂
「珍しい顔ね。傘の付喪神だったかしら?その傘は私のみたいだけれど」
「は、はい!多々良小傘といいます。えっと、この傘ですが、昨日の宴会で入れ替わってしまったらしく……気づかず持って帰ってすみませんでした!」
相手は大妖怪とあって、わちきの態度も低姿勢だ。
普段こうした大物さんと話す機会がないので、かなりびびっている。傘がないのも大きい。すごい不安。頭イタイ。早く帰りたい。
「この館の主をしている、レミリア・スカーレットよ。傘の件はお互い様ね。昨日は秋姉妹のテンションにあてられたのか、少し飲みすぎてしまったわ」
宴会が開かれたのが、秋分の日だったからなのだろう。昨日の秋姉妹のテンションは異様に高かった。
姉の静葉さんなど、「フハハハ!秋は私たちの季節!今こそ幻想郷の頂点となる時なんだぜ!」とか黒白みたいなことを言っていた。
そして人妖たちと飲み比べで勝負し始めたのだったか。
「それで傘なんだけどね」
そうだ、今は傘だ!秋姉妹なんてどうでもいい。
レミリアさんは、わちきの差し出す日傘を受け取り、代わりに一回り大きな日傘を渡してきた。
「………」
日傘である。またしても洋傘。どういうことなの?
「あなたの傘期待していたんでしょうけど、私が持って帰ったのはその傘よ。残念だったわね」
「そ、そうですか……」
つまり、わちきの傘はこの傘の持ち主の方に行ったというのか。
自分のではない傘を持って帰った人が三人もいて、よく誰も気づかなかったものである。
「その傘は風見幽香のものよ。彼女がいるのは太陽の畑。場所はわかるかしら」
わちきは少し落ち込みながらも「わかります」と言って頷いた。
どっちみち、レミリアさんに傘を返さなくてはならなかったのだし無駄足ではない。しかし太陽の畑か……頑張れわちき。
「それにしても、フフ、おもしろいことになってるみたいね」
そう言って、レミリアさんは愉快そうに笑う。くぅぅ、他人事だと思って……人じゃないけど。
こういう慣用句?は人基準のものが多くて使いづらいなぁ、あはは。
――四季のフラワーマスター、風見幽香、さん。
こちらも大妖怪であり、危険度極高だの、縄張りに入った人妖はとりあえずマスタースパークだの、ドドドドドSだのと言われる程の、危険な妖怪だと聞いている(危険って二回言った)。
(大丈夫。宴会の時見たけど、普通に優しそうなお姉さんだったじゃないか。問題ない、歩いてゆっくり近づけば問題ない、No ploblem!)
「心配いらないわ」
「え?」
わちきが心の中で自分を勇気づけていると、レミリアさんがそう言った。
「私には運命を操る程度の能力があるのよ。あなたは風見幽香に殺されたりはしないわ。またすぐにでも、この館を訪れて、一緒に紅茶を飲んでいるのよ」
「レミリアさん……」
「怪我の一つもしないわ。だから気楽に行ってらっしゃい」
「――はい!行ってきます!」
ちょっと泣きそうになってしまった。冷静に考えると、別に泣く程ではないと思うのだが、今のわちきは傘がなくて気弱になっているのだ。元気づけてくれたレミリアさんには感謝する他ない。ありがとうレミリアさん!
頭痛はいつの間にか治っていた。
☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂
目の前に広がるのは一面のヒマワリ畑。もう秋も始まるというのに元気なヒマワリ達である。
どこまでも続く黄色黄色、あ、あの辺りピンクだ。コスモスとかかな?
レミリアさんから怪我の一つもしないと言われて、少しのんきになってしまった。本来わちきはのんきな方なのだ。
それにしても広い。初めて来たのだが、ここまで広くて綺麗な景色が広がっているとは思わなかった。ピクニックしたいなぁ。
「はい、動かないでね」
そんな声が聞こえた途端、花畑の、のほほんとした空気は一瞬で消えてしまった。背後から何かとてつもない妖力を感じる!何かというか風見幽香さんご本人だろう。どうしていきなり後ろに現れるのか。あ、今カチャって音がした。何の音だろう。この後ろ頭に突きつけられている何かがどうにかなるのだろうか。それはとてもデンジャーではないのか。
「その傘は私のよねぇ?アナタが盗んだのかしら」
「レミリアさんから預かってきました!!」
レミリアさんごめんなさい。
~少女説明中~
結論から言うと、わちきは怪我一つしなかった。
わちきの高度な事情説明により誤解は解けたのだ。
「まあ、実を言うと、ある程度わかってたんだけどねぇ」
「おぅふ」
幽香さんニコニコしながらヒドイ事を言う。あれは演技か。
今現在、幽香さんの手の中には三本の傘がある。わちきが渡した傘の他にもスペアがあるらしく、出会い頭に突きつけられたのが、そのスペアだったらしい。
マスパか、あの傘からマスパが出るのか。
もう一本の傘は他の二つより小さいように思える。幽香さんはその傘をわちきに渡して言った。
「柄の部分にフランドールと書いてあったわ。これを取りに来たんでしょう?」
「………あのやろう」
野郎じゃないけど。
☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂
わちきは再び紅魔館に向かっていた。
またすぐにでもこの館を訪れる、とか言ってたのは、この事を知っていたのだろう。今のわちきには紅魔館から太陽の畑まではかなりの距離があるというのに。
「ふごふごふ」
わちきの口にはヒマワリの種が大量につまっていた。
あの後、幽香さんが無許可で詰め込んできたのだ。
「小動物みたいだったから、似合うと思って」
フフフ、と実にいい笑顔でそう言っていた。やはりドSなのは間違いなかろう。しかし、ヒマワリの種はビックリする程美味しい。何だこれ。
しばらくして、紅魔館の門が見えてきた。
今度はフランドールの傘をもってかえってきたわちきを見て、門番は状況を察したのか、同情の視線を向けてくる。
同情するなら傘をくれ。他人のじゃない、わちきの傘を。
「いらっしゃい、また会ったわね。紅茶でもいかが?」
レミリアさんは悪びれた様子もなく、そう言って紅茶を進めてくる。
「頂きます」
わちきは少しムスっとしながらも、紅茶を飲み始める。ヒマワリの種で口の中がボソボソしていたので、この紅茶は素直にありがたい。
わちきは一息ついてから、レミリアさんに話しかけた。
「傘の持ち主が幽香さんだとは言ったけど、わちきの傘がそこにあるとは言ってませんもんね」
「そうね。てっきり親切心から取り替えに行ってくれるのだと思っていたわ」
「……その通り、親切心です。だからわちきの傘をください」
相変わらず少しムスっとしたまま、わちきは言った。
元気づけてもらったり、太陽の畑で身代わりとして名前を使わせてもらったりもしたので、怒る気はない。ムスっとはするが。
レミリアさんはわちきから傘を受け取ると、また別の傘を手渡してくれた。
わちきのジェノサイドダークスラッシュが襲いかかる。今解き放て、わちきの魔眼か何か!
「甘いな……この程度、我が紅魔流魔剣七式の剣技のひゃん!」
わちきの突然の傘による斬撃は防いだものの、後ろからの妖力弾は防げなかったようだ。
「お姉さま、それはさすがにヒドイと思うよ?」
「そうかしら。私がこの子の傘を持ってる訳じゃないのだから、私を恨むのは筋違いじゃない?」
「また新たな傘。そして今度はこの傘の持ち主からさらに新たな傘を受け取るのかな。無限ループってやつだね!ウフフフ……」
「ほ、ほら、目が死んでるみたいに虚ろになってる!ごめんなさい!いじわるな姉で本当にごめんなさい!」
「そこまで謝られると私も傷つくわぁ…」
フランドール、さん?が目を見ながら、必死になって謝ってくれる。
レミリアさんの言うこともわかるし、自分の傘を手放したわちきの責任なんだよね。ふぐぅ…
「…はぁ、全く。これではい、さよならなんて言うつもりなんてなかったわよ。私と妹の傘を届けてくれたんだし、どこに行ったらあなたの傘が戻ってくるか、教えてあげるわ」
「それでこそお姉ちゃんだよ。ひねくれてるけど優しいんだよ。ひねくれてるけど」
「ひねくれてないわよ」
その会話を聞いて、再び希望が見えてくる。
「……本当にわちきの傘が戻ってくるの?今度こそホントに?」
「本当よ。あなたの傘を間違って持って帰ったやつが、博麗神社に返しにくるわ。今から三十分後にね」
そうか、博麗神社か。思えば宴会の後でなくなったのだから、宴会のあった神社に届くのは必然ではないか。
「今あなたが持っている傘の持ち主は八雲紫、あの気に入らないスキマ妖怪ね。ただ、あなたの傘を持って帰ったのはアイツじゃない。アイツは手ぶらで帰ったのよ。バカでしょう」
この傘の持ち主は関係ない?ええ、じゃあ一体誰がわちきの傘を?
「アイツも今、博麗神社にいるから、ついでにその傘返しといてよね。これだけ聞いたのだから、もちろん受けてくれるでしょ?」
レミリアさんは最後までひねくれていた。普通に頼めば素直に頷くというのに。
「傘ありがとね!助かったよ。あぁ、私のことはフランって呼んで?こっちも小傘って呼んでいいかな?――うん、じゃあそうするね。バイバイ小傘!」
フランかわいいよフラン!
☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂
紅魔館を後にして、わちきは博麗神社へと歩き出す。
太陽はもうじき山の後ろに隠れるだろう。
結局、誰がわちきの傘を持って帰ったかはわからなかったが、親切にも博麗神社まで届けにきてくれるそうっだし、気にすることはない。
わちきは、相変わらず持ちなれない洋傘を持って、ふわりと幻想郷の空に浮かび上がった。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、それナスじゃないよ!」
「ホントだ(笑) やっちまったぜ!」
<了>
いや、有るには有るのだが無いのだ。何を言ってるんだわちきは。
「わちきの、傘が、無い」
その事に気がついてから、現在寝泊りしている借家の中の、ありとあらゆるものをひっくり返して探した。小ダンスだってひっくり返っている。
それでも見つかったのは、探そうと考える前に見つけた、目の前の一つだけだ。
わちきの傘が、キュートな紫色に恐ろしさを感じずにはいられない目と舌を見事に融合した、伝統的な日本らしさを持つ唐傘であるのに対し、目の前の傘はどうみても洋傘である。
唐傘と言うぐらいだから、日本というより中国らしい物ではないかって?細かいことを気にしてはいけない。
日本で独自に開閉式に改良された物を唐繰傘(からくりがさ)と呼称した事から、略して唐傘と呼ばれるようになったという説もあるのだ。まあ、どっちでもいいのだが。
そんなことより、早急にわちきの傘を取り戻さなければ、わちきの、多々良小傘の、妖怪としてのアイデンティティが危ない。
「これは洋傘…日傘?」
デザインから判断したが、布の目が細かく、防水性能も十分にあるように思える。
柄の部分をよく見ると、なにやら英語らしきものが書いてある。筆記体で仰々しく書かれており、読むことはできなかったが、頭に紅魔館の主である吸血鬼の姿が浮かんだ。
(えっと、レミリア、さんの傘と間違えて持って帰った?どうやったら間違えるんだ!向こうも向こうで気づくんじゃないの!?)
昨日は宴会であり、わちきも久しぶりに参加したのだ。レミリアさんの姿もあったが、一度も話はしていない。
「うぅ……頭イタイ。もうお酒なんか飲まない。端の方でウーロン茶でも飲んでる……」
永遠亭にも行きたいが、今は紅魔館だ。さっさと取り替えてこよう。
☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂
「珍しい顔ね。傘の付喪神だったかしら?その傘は私のみたいだけれど」
「は、はい!多々良小傘といいます。えっと、この傘ですが、昨日の宴会で入れ替わってしまったらしく……気づかず持って帰ってすみませんでした!」
相手は大妖怪とあって、わちきの態度も低姿勢だ。
普段こうした大物さんと話す機会がないので、かなりびびっている。傘がないのも大きい。すごい不安。頭イタイ。早く帰りたい。
「この館の主をしている、レミリア・スカーレットよ。傘の件はお互い様ね。昨日は秋姉妹のテンションにあてられたのか、少し飲みすぎてしまったわ」
宴会が開かれたのが、秋分の日だったからなのだろう。昨日の秋姉妹のテンションは異様に高かった。
姉の静葉さんなど、「フハハハ!秋は私たちの季節!今こそ幻想郷の頂点となる時なんだぜ!」とか黒白みたいなことを言っていた。
そして人妖たちと飲み比べで勝負し始めたのだったか。
「それで傘なんだけどね」
そうだ、今は傘だ!秋姉妹なんてどうでもいい。
レミリアさんは、わちきの差し出す日傘を受け取り、代わりに一回り大きな日傘を渡してきた。
「………」
日傘である。またしても洋傘。どういうことなの?
「あなたの傘期待していたんでしょうけど、私が持って帰ったのはその傘よ。残念だったわね」
「そ、そうですか……」
つまり、わちきの傘はこの傘の持ち主の方に行ったというのか。
自分のではない傘を持って帰った人が三人もいて、よく誰も気づかなかったものである。
「その傘は風見幽香のものよ。彼女がいるのは太陽の畑。場所はわかるかしら」
わちきは少し落ち込みながらも「わかります」と言って頷いた。
どっちみち、レミリアさんに傘を返さなくてはならなかったのだし無駄足ではない。しかし太陽の畑か……頑張れわちき。
「それにしても、フフ、おもしろいことになってるみたいね」
そう言って、レミリアさんは愉快そうに笑う。くぅぅ、他人事だと思って……人じゃないけど。
こういう慣用句?は人基準のものが多くて使いづらいなぁ、あはは。
――四季のフラワーマスター、風見幽香、さん。
こちらも大妖怪であり、危険度極高だの、縄張りに入った人妖はとりあえずマスタースパークだの、ドドドドドSだのと言われる程の、危険な妖怪だと聞いている(危険って二回言った)。
(大丈夫。宴会の時見たけど、普通に優しそうなお姉さんだったじゃないか。問題ない、歩いてゆっくり近づけば問題ない、No ploblem!)
「心配いらないわ」
「え?」
わちきが心の中で自分を勇気づけていると、レミリアさんがそう言った。
「私には運命を操る程度の能力があるのよ。あなたは風見幽香に殺されたりはしないわ。またすぐにでも、この館を訪れて、一緒に紅茶を飲んでいるのよ」
「レミリアさん……」
「怪我の一つもしないわ。だから気楽に行ってらっしゃい」
「――はい!行ってきます!」
ちょっと泣きそうになってしまった。冷静に考えると、別に泣く程ではないと思うのだが、今のわちきは傘がなくて気弱になっているのだ。元気づけてくれたレミリアさんには感謝する他ない。ありがとうレミリアさん!
頭痛はいつの間にか治っていた。
☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂
目の前に広がるのは一面のヒマワリ畑。もう秋も始まるというのに元気なヒマワリ達である。
どこまでも続く黄色黄色、あ、あの辺りピンクだ。コスモスとかかな?
レミリアさんから怪我の一つもしないと言われて、少しのんきになってしまった。本来わちきはのんきな方なのだ。
それにしても広い。初めて来たのだが、ここまで広くて綺麗な景色が広がっているとは思わなかった。ピクニックしたいなぁ。
「はい、動かないでね」
そんな声が聞こえた途端、花畑の、のほほんとした空気は一瞬で消えてしまった。背後から何かとてつもない妖力を感じる!何かというか風見幽香さんご本人だろう。どうしていきなり後ろに現れるのか。あ、今カチャって音がした。何の音だろう。この後ろ頭に突きつけられている何かがどうにかなるのだろうか。それはとてもデンジャーではないのか。
「その傘は私のよねぇ?アナタが盗んだのかしら」
「レミリアさんから預かってきました!!」
レミリアさんごめんなさい。
~少女説明中~
結論から言うと、わちきは怪我一つしなかった。
わちきの高度な事情説明により誤解は解けたのだ。
「まあ、実を言うと、ある程度わかってたんだけどねぇ」
「おぅふ」
幽香さんニコニコしながらヒドイ事を言う。あれは演技か。
今現在、幽香さんの手の中には三本の傘がある。わちきが渡した傘の他にもスペアがあるらしく、出会い頭に突きつけられたのが、そのスペアだったらしい。
マスパか、あの傘からマスパが出るのか。
もう一本の傘は他の二つより小さいように思える。幽香さんはその傘をわちきに渡して言った。
「柄の部分にフランドールと書いてあったわ。これを取りに来たんでしょう?」
「………あのやろう」
野郎じゃないけど。
☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂
わちきは再び紅魔館に向かっていた。
またすぐにでもこの館を訪れる、とか言ってたのは、この事を知っていたのだろう。今のわちきには紅魔館から太陽の畑まではかなりの距離があるというのに。
「ふごふごふ」
わちきの口にはヒマワリの種が大量につまっていた。
あの後、幽香さんが無許可で詰め込んできたのだ。
「小動物みたいだったから、似合うと思って」
フフフ、と実にいい笑顔でそう言っていた。やはりドSなのは間違いなかろう。しかし、ヒマワリの種はビックリする程美味しい。何だこれ。
しばらくして、紅魔館の門が見えてきた。
今度はフランドールの傘をもってかえってきたわちきを見て、門番は状況を察したのか、同情の視線を向けてくる。
同情するなら傘をくれ。他人のじゃない、わちきの傘を。
「いらっしゃい、また会ったわね。紅茶でもいかが?」
レミリアさんは悪びれた様子もなく、そう言って紅茶を進めてくる。
「頂きます」
わちきは少しムスっとしながらも、紅茶を飲み始める。ヒマワリの種で口の中がボソボソしていたので、この紅茶は素直にありがたい。
わちきは一息ついてから、レミリアさんに話しかけた。
「傘の持ち主が幽香さんだとは言ったけど、わちきの傘がそこにあるとは言ってませんもんね」
「そうね。てっきり親切心から取り替えに行ってくれるのだと思っていたわ」
「……その通り、親切心です。だからわちきの傘をください」
相変わらず少しムスっとしたまま、わちきは言った。
元気づけてもらったり、太陽の畑で身代わりとして名前を使わせてもらったりもしたので、怒る気はない。ムスっとはするが。
レミリアさんはわちきから傘を受け取ると、また別の傘を手渡してくれた。
わちきのジェノサイドダークスラッシュが襲いかかる。今解き放て、わちきの魔眼か何か!
「甘いな……この程度、我が紅魔流魔剣七式の剣技のひゃん!」
わちきの突然の傘による斬撃は防いだものの、後ろからの妖力弾は防げなかったようだ。
「お姉さま、それはさすがにヒドイと思うよ?」
「そうかしら。私がこの子の傘を持ってる訳じゃないのだから、私を恨むのは筋違いじゃない?」
「また新たな傘。そして今度はこの傘の持ち主からさらに新たな傘を受け取るのかな。無限ループってやつだね!ウフフフ……」
「ほ、ほら、目が死んでるみたいに虚ろになってる!ごめんなさい!いじわるな姉で本当にごめんなさい!」
「そこまで謝られると私も傷つくわぁ…」
フランドール、さん?が目を見ながら、必死になって謝ってくれる。
レミリアさんの言うこともわかるし、自分の傘を手放したわちきの責任なんだよね。ふぐぅ…
「…はぁ、全く。これではい、さよならなんて言うつもりなんてなかったわよ。私と妹の傘を届けてくれたんだし、どこに行ったらあなたの傘が戻ってくるか、教えてあげるわ」
「それでこそお姉ちゃんだよ。ひねくれてるけど優しいんだよ。ひねくれてるけど」
「ひねくれてないわよ」
その会話を聞いて、再び希望が見えてくる。
「……本当にわちきの傘が戻ってくるの?今度こそホントに?」
「本当よ。あなたの傘を間違って持って帰ったやつが、博麗神社に返しにくるわ。今から三十分後にね」
そうか、博麗神社か。思えば宴会の後でなくなったのだから、宴会のあった神社に届くのは必然ではないか。
「今あなたが持っている傘の持ち主は八雲紫、あの気に入らないスキマ妖怪ね。ただ、あなたの傘を持って帰ったのはアイツじゃない。アイツは手ぶらで帰ったのよ。バカでしょう」
この傘の持ち主は関係ない?ええ、じゃあ一体誰がわちきの傘を?
「アイツも今、博麗神社にいるから、ついでにその傘返しといてよね。これだけ聞いたのだから、もちろん受けてくれるでしょ?」
レミリアさんは最後までひねくれていた。普通に頼めば素直に頷くというのに。
「傘ありがとね!助かったよ。あぁ、私のことはフランって呼んで?こっちも小傘って呼んでいいかな?――うん、じゃあそうするね。バイバイ小傘!」
フランかわいいよフラン!
☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂ ☂
紅魔館を後にして、わちきは博麗神社へと歩き出す。
太陽はもうじき山の後ろに隠れるだろう。
結局、誰がわちきの傘を持って帰ったかはわからなかったが、親切にも博麗神社まで届けにきてくれるそうっだし、気にすることはない。
わちきは、相変わらず持ちなれない洋傘を持って、ふわりと幻想郷の空に浮かび上がった。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、それナスじゃないよ!」
「ホントだ(笑) やっちまったぜ!」
<了>
何だか、全体的にのっぺりとしたお話に見えたので、もう少し起伏が欲しいかな、なんて。
小傘が可愛かったです。
初投稿だそうで、次回に期待してます。
・・・にしても、最後の数行は卑怯と言わざるを得ない
インスタントにもほどがあるでしょう!
秋姉妹が楽しそうで何よりです。
というか、いくら紫色だからって…
はい、オチは秋姉妹ですね。スカーレット姉妹と混同しやすくて、めんどくさいですね。
秋姉妹「」とするべきでした。 でも編集はしない。
強烈な一撃を放つにはな、タメが必要なんですよ って妖夢さんに言われた気がしました。
起伏、表現、東方への理解、学ぶべき事はたくさんあるようです。精進します。
このやろう……w
消滅する前に傘取り戻せてよかったね小傘