「―――つまり、博麗の巫女ってのは空っぽの人間の集まりなのよ」
唐突に、何の脈絡もなく、文法だとか接続語の使い方だとかを無視して、博麗霊夢はぽつりとそう呟いた。
神社の居間に僅か落ちる沈黙。聞き手は……おそらく自分なのだろうと霧雨魔理沙は当たりをつける。
何せ自分は霊夢の対面にいるのだ。そう思ったとしても意識過剰ではないだろう。
いやしかし、霊夢の事だ。相手が鼻先三寸の距離にいたとしても独り言くらい平気でしかねない。……しばき倒されるのが先かもしれないが。
まぁ、何であろうと霊夢から話を振ってくるということも珍しい。魔理沙は大人しくお茶請けの煎餅に手をつけながら聞くことにした。
霊夢はやはり、魔理沙に話しているのか、独り言なのか、よく分からない調子で話を続ける。
「人間味が薄いって言うのかしら。基本的に物事に執着しない性分な奴らの集まりだし、他人へも興味を持たないもんだから男の一つも出来やしない。
お陰で先代も、先々代も、そのまた先代も。……そして私も。博麗の巫女の役には必ず捨て子が当て嵌まる」
そういえば、歴代の博麗の巫女の誰かに男がいたなんて話は聞いたことがないな、と魔理沙。
「誰の子か、何処で生まれたかも知れないような空っぽの存在が、ここ幻想郷の管理者に納まるの」
そういえば、霊夢は捨て子だったんだっけな、とも魔理沙。
「よくもまぁ身元も定かじゃない人間にそんな大事を任せる気になるものよね。おまけに巫女になるのはどいつもこいつも揃って癖のある性格してたらしいし」
お前も人のことを言えたもんじゃないがな、とは言わない魔理沙。言ってないのに足を蹴られたのはご愛嬌だ。
「まぁ、不思議と仕事はこなしてたらしいわ。海綿が水を吸う様に、教えられれば当たり前にやってみせる。―――まるで、初めから自分の役割を知っていたみたいにね」
羨ましいな、とは思わない。
「勿論、そんな事はない。他でもない博麗の巫女である私は知らなかった訳だし。……でも、やっぱり出来ちゃうことは出来ちゃうのよね」
だって、霊夢に自慢したり誇るような姿はこれっぽちも見えないから。
博麗霊夢とはそういった人間なのだ。他人は勿論、自分の事すら他人事の様に語る。
そう、正に今この一時の様に。
「私たち博麗の巫女は、先代の教えに従って妖怪を退治して、結界の維持と管理をして、不変の毎日の中で唯々諾々と過ごしてきた」
あぁ、それは―――。
「変わることはない。変わることは許されない。―――だって、それが博麗の巫女としての務めだから」
―――何て完璧な「博麗の巫女」だろう。
「そして、私たち博麗の巫女は知らぬ間に姿を消す」
はっ、と魔理沙は目を凝らした。霊夢は、確かに目の前にいる。
なのに何故だか一瞬、霊夢の存在が希薄になった気がしたのだ。
「次代に教えるだけ教えたら、後はみんな消息をパッタリ。先代もそう、気付いたら私を置いて居なくなってた。
その少し前に博麗の姓(かばね)と名前を貰ってたんだけど、あれね……博麗は二人もいらないって事なんでしょうね」
それではまるで、死期を悟った猫みたいじゃないか、と魔理沙は思わずにはいられなかった。
確かに、先代の巫女はいつの間にか居なくなっていて、その跡には霊夢がすっぽりと納まっていた。それがさも当たり前のことの様に。
誰も騒がないから気にも留めていなかった。こんなにも分かり易い異常を、何故、誰も気に留めなかった?
「私たちは、空っぽの人間の集まりだから」
霊夢は前(さき)と同じ言葉を口にした。
「私たちは生まれ落ちた瞬間から空っぽであり、博麗の巫女であるその一時だけ僅かな重みを得る。でも、その役を譲ってしまえば、あとはまた空っぽな存在に逆戻り」
自分たちの中身は伽藍堂(がらんどう)だと。
「姓も、名前も、誇りも、自己も。煩わしくも確かにあった人間関係すら失って。誰とも、何とも繋がりを持てなくなってしまう」
となれば、博麗だった人間はどうなる?
「繋ぎ止めるものを失った巫女だった者たちはどうなるか。……私はね、飛んでいなくなるんじゃないかと思うの。風に吹かれてぴゅー、って。
もう地上に自分の居場所は無いから。だから、唯一の居場所となり得る空へと潔く去るのよ。……自分だった全てをそこに置いて、ね」
立つ巫女跡を濁さずね、と上手いんだか上手くないんだかよく分からない言葉を口にする霊夢。
彼女のぼうっとした視線は、何もない筈の空(くう)を確かに捉えていた。
「私も所詮は博麗霊夢という空蝉でしかない。新しい博麗が見つかればきっと、私という存在も殻を脱いで幻想郷から飛び立つ」
高く、幻想郷を越えてなお高く、果ての無い何処かへ。空を飛ぶ巫女は行くと言う。
「十年か、二十年も先か。いつか私も、先代たちみたいに重みも繋がりも失って、空に消えていくのかもね」
霊夢の独白はそこで終わった。
言った本人は特に満足そうでも、かといって不満そうでもない。いたって「普通の博麗霊夢」だ。
その見慣れた姿が何となく、気に入らないな、と魔理沙は思った。だから、
「そうか。んじゃあ、不用意に飛んでかない為にもいっぱい食べとかないとな」
「もがっ」
食べかけの煎餅を霊夢の口に押し込んだ。
霊夢はしばらく口をもごもごさせて、煎餅を無事飲み込んでから魔理沙をじろりと睨む。
「何すんのよ」
「お前の口に煎餅を突っ込んだ」
「んな事は分かってる。何でそんなことをしたか聞いてるの」
「お前は食べなさ過ぎなんだ。だから、危機感を覚えた私が止む無く動いた。理解がいったかな?」
「把握」
「よし。大体、この前も何だあの飯、ご飯と焼き魚だけって。とても現代っ子の食事とは思えなかったぜ」
「何よ、現代っ子って。それにお茶もあったわよ」
「あぁ、そうかい。だとしてもだ、お前はもっと太れ。そんなんだから地に足が着かなくなるんだ」
「だから、それは私の存在が……」
「あー、そんな事は知らん」
と、魔理沙のあんまりにもあんまりな物言いに、反論しかけていた霊夢がぽかんとした顔を浮かべる。
自身の言葉で引っ込みのつかない状況を作ってしまった魔理沙は内心慌てながら、こうなれば自棄だとあえて不遜に次の言葉を言い放った。
「いいか、霊夢! お前が本当に何ものにも縛られなくなって、空の彼方へ飛んで消えてしまうと言うのならっ! ―――その時は私が何処までも追って、絶対に連れ帰してやる」
「え―――」
……言った。言ってしまった。言葉にした以上、取り消しは許されない。心で泣いて面は不敵に笑うのみ。
だから、いつの間にか俯き、伏し目がちになった霊夢の問いにも、魔理沙は勇ましく答えるのだ。
「本当に?」
「本当だ」
「どうして?」
「なんとなく」
「どうやって?」
「この箒に乗って」
「空の上の方は寒いわよ?」
「寒くないように着込んで行くさ」
「空気もどんどん薄くなるのに?」
「魔法使いに不可能の二文字は無い」
「どこまで飛んで行くかも分からないのよ?」
「例え星の彼方だろうが飛んで行ってやる」
「私の事、忘れてるかもしれないけど?」
「私がお前の事を忘れる筈がないだろ」
言って、頬が熱くなる。どうして自分がこんな青臭くて小っ恥ずかしい事を言わにゃならんのか。それは魔理沙にも分からない。
ただ、言って伝えなければならないのだ、と霊夢と違って普通な彼女の勘が叫ぶのだ。
「それで連れ帰って、あんたは私をどうするっての」
「そうだな。とりあえず、肥えさせる」
「……は?」
「毎日三食、一汁一菜を欠かさず与えてやるぜ。目標は……もう二度と空を飛ぶなんて叶わないくらいだな」
「……そんな事して、あんたに何の意味があるっていうのよ」
「意味ならあるさ。……私のもとに霊夢を留めておけるっていうな」
この、粗野でぶっきら棒かつ虚心坦懐そのものな少女にも、空以外の居場所があるのだと。
「私は、霊夢を空の彼方へなんて行かせたくない」
「あんたが行かせたくなくても、きっとどうしようもないわ」
そうかもしれない。そうかもしれないが、しかし、
「かもな。でも、どうしても行くっていうのなら、その時は私も一緒だ」
「一緒?」
「あぁ、お前にしがみ付いてでも付いて行く。お前ら巫女は重みや繋がりを失うから飛んで行くんだろう? だったら、その時はお前に私の重みを貸してやるよ。
飛び過ぎないように、私のもとから飛んでいなくならないように。私がお前の『おもり役』になってやる」
魔理沙自身が、霊夢を繋ぎ止める唯一の存在になると言う。
たかが少女一人分の重さでどうにかなる問題なのか。そもそも、霊夢に重さなんて概念が通用するのか。
……なんて、そんな事は知らない。後から考えるなり、悩むなりすればいいのだから。
ふと気付く。前まで空を捉えていた霊夢の視線が、今は確(しか)と魔理沙に向いていた。
「……ばーか」
「あん?」
「ばーかばーか、魔理沙のばーか。なに大真面目に格好つけたこと言ってるんだか」
「むぅ……」
なおもバカを連呼する霊夢に若干拗ねた様な顔を魔理沙は見せる。
彼女としては一世一代の、それこそ告白にも等しい宣誓だったというのに、この評価は少々納得がいかない。
そう思っていたのだが、
「でも、ありがと。ちょっとだけ、楽になった」
「……そうかい。そりゃよかった」
こう真っ直ぐに言われると小っ恥ずかしい台詞を吐いた甲斐があったもんだ、と言外に語る魔理沙だった。
「じゃ、さっそく行くとしましょうか」
「行くって、何処に」
「里の甘味処。新作が出来たって聞いてたし、あんたが私を肥えさせてくれるんでしょう?」
ぱちりと目配せ一つを投げ掛け、霊夢は楽しそうに言った。
あー、と魔理沙が天を仰ぐ。やはり勢いで物を言うとロクなもんじゃない。早くも自分で撒いた地雷に掛かる羽目になってしまった。
「ほら、さっさとこっち来る」
「あー、はいはい。いま行くよ」
「……ちょっと、何であんたは箒を持ってるのよ」
「え、何でって飛ぶ為だけど……」
「あんたは私のおもり役なんでしょう? だったら勝手に飛ぶんじゃないの」
「あ、っと……すまん」
だがしかし、魔理沙の心に後悔はない。
「……これでいいか?」
「……ん。ちゃんと掴まっときなさいよ。でないと私、何処に飛んで行くか分からないわよ?」
「バーカ。この手は離さないし、お前は何処にも行かせやしないよ」
だって、博麗の巫女とは違う、素の霊夢の笑みをこんなにも間近で見れたのだから。
「じゃ、改めて出発しんこー!」
「おーぅ!」
二人の身体が浮き上がる。僅かにバランスを崩しながらもゆっくり、ゆっくりと。
重さは……やはり感じない。だが、伝わる重みはあまりにも確かで。
―――零したくない。放したくない。失いたくない。
そう思ったのは魔理沙か、霊夢か、はたまた両人か。
はしゃぎ合う少女たちを見下ろす空だけが、何でも分かった様な顔で青々と広がっていた。
唐突に、何の脈絡もなく、文法だとか接続語の使い方だとかを無視して、博麗霊夢はぽつりとそう呟いた。
神社の居間に僅か落ちる沈黙。聞き手は……おそらく自分なのだろうと霧雨魔理沙は当たりをつける。
何せ自分は霊夢の対面にいるのだ。そう思ったとしても意識過剰ではないだろう。
いやしかし、霊夢の事だ。相手が鼻先三寸の距離にいたとしても独り言くらい平気でしかねない。……しばき倒されるのが先かもしれないが。
まぁ、何であろうと霊夢から話を振ってくるということも珍しい。魔理沙は大人しくお茶請けの煎餅に手をつけながら聞くことにした。
霊夢はやはり、魔理沙に話しているのか、独り言なのか、よく分からない調子で話を続ける。
「人間味が薄いって言うのかしら。基本的に物事に執着しない性分な奴らの集まりだし、他人へも興味を持たないもんだから男の一つも出来やしない。
お陰で先代も、先々代も、そのまた先代も。……そして私も。博麗の巫女の役には必ず捨て子が当て嵌まる」
そういえば、歴代の博麗の巫女の誰かに男がいたなんて話は聞いたことがないな、と魔理沙。
「誰の子か、何処で生まれたかも知れないような空っぽの存在が、ここ幻想郷の管理者に納まるの」
そういえば、霊夢は捨て子だったんだっけな、とも魔理沙。
「よくもまぁ身元も定かじゃない人間にそんな大事を任せる気になるものよね。おまけに巫女になるのはどいつもこいつも揃って癖のある性格してたらしいし」
お前も人のことを言えたもんじゃないがな、とは言わない魔理沙。言ってないのに足を蹴られたのはご愛嬌だ。
「まぁ、不思議と仕事はこなしてたらしいわ。海綿が水を吸う様に、教えられれば当たり前にやってみせる。―――まるで、初めから自分の役割を知っていたみたいにね」
羨ましいな、とは思わない。
「勿論、そんな事はない。他でもない博麗の巫女である私は知らなかった訳だし。……でも、やっぱり出来ちゃうことは出来ちゃうのよね」
だって、霊夢に自慢したり誇るような姿はこれっぽちも見えないから。
博麗霊夢とはそういった人間なのだ。他人は勿論、自分の事すら他人事の様に語る。
そう、正に今この一時の様に。
「私たち博麗の巫女は、先代の教えに従って妖怪を退治して、結界の維持と管理をして、不変の毎日の中で唯々諾々と過ごしてきた」
あぁ、それは―――。
「変わることはない。変わることは許されない。―――だって、それが博麗の巫女としての務めだから」
―――何て完璧な「博麗の巫女」だろう。
「そして、私たち博麗の巫女は知らぬ間に姿を消す」
はっ、と魔理沙は目を凝らした。霊夢は、確かに目の前にいる。
なのに何故だか一瞬、霊夢の存在が希薄になった気がしたのだ。
「次代に教えるだけ教えたら、後はみんな消息をパッタリ。先代もそう、気付いたら私を置いて居なくなってた。
その少し前に博麗の姓(かばね)と名前を貰ってたんだけど、あれね……博麗は二人もいらないって事なんでしょうね」
それではまるで、死期を悟った猫みたいじゃないか、と魔理沙は思わずにはいられなかった。
確かに、先代の巫女はいつの間にか居なくなっていて、その跡には霊夢がすっぽりと納まっていた。それがさも当たり前のことの様に。
誰も騒がないから気にも留めていなかった。こんなにも分かり易い異常を、何故、誰も気に留めなかった?
「私たちは、空っぽの人間の集まりだから」
霊夢は前(さき)と同じ言葉を口にした。
「私たちは生まれ落ちた瞬間から空っぽであり、博麗の巫女であるその一時だけ僅かな重みを得る。でも、その役を譲ってしまえば、あとはまた空っぽな存在に逆戻り」
自分たちの中身は伽藍堂(がらんどう)だと。
「姓も、名前も、誇りも、自己も。煩わしくも確かにあった人間関係すら失って。誰とも、何とも繋がりを持てなくなってしまう」
となれば、博麗だった人間はどうなる?
「繋ぎ止めるものを失った巫女だった者たちはどうなるか。……私はね、飛んでいなくなるんじゃないかと思うの。風に吹かれてぴゅー、って。
もう地上に自分の居場所は無いから。だから、唯一の居場所となり得る空へと潔く去るのよ。……自分だった全てをそこに置いて、ね」
立つ巫女跡を濁さずね、と上手いんだか上手くないんだかよく分からない言葉を口にする霊夢。
彼女のぼうっとした視線は、何もない筈の空(くう)を確かに捉えていた。
「私も所詮は博麗霊夢という空蝉でしかない。新しい博麗が見つかればきっと、私という存在も殻を脱いで幻想郷から飛び立つ」
高く、幻想郷を越えてなお高く、果ての無い何処かへ。空を飛ぶ巫女は行くと言う。
「十年か、二十年も先か。いつか私も、先代たちみたいに重みも繋がりも失って、空に消えていくのかもね」
霊夢の独白はそこで終わった。
言った本人は特に満足そうでも、かといって不満そうでもない。いたって「普通の博麗霊夢」だ。
その見慣れた姿が何となく、気に入らないな、と魔理沙は思った。だから、
「そうか。んじゃあ、不用意に飛んでかない為にもいっぱい食べとかないとな」
「もがっ」
食べかけの煎餅を霊夢の口に押し込んだ。
霊夢はしばらく口をもごもごさせて、煎餅を無事飲み込んでから魔理沙をじろりと睨む。
「何すんのよ」
「お前の口に煎餅を突っ込んだ」
「んな事は分かってる。何でそんなことをしたか聞いてるの」
「お前は食べなさ過ぎなんだ。だから、危機感を覚えた私が止む無く動いた。理解がいったかな?」
「把握」
「よし。大体、この前も何だあの飯、ご飯と焼き魚だけって。とても現代っ子の食事とは思えなかったぜ」
「何よ、現代っ子って。それにお茶もあったわよ」
「あぁ、そうかい。だとしてもだ、お前はもっと太れ。そんなんだから地に足が着かなくなるんだ」
「だから、それは私の存在が……」
「あー、そんな事は知らん」
と、魔理沙のあんまりにもあんまりな物言いに、反論しかけていた霊夢がぽかんとした顔を浮かべる。
自身の言葉で引っ込みのつかない状況を作ってしまった魔理沙は内心慌てながら、こうなれば自棄だとあえて不遜に次の言葉を言い放った。
「いいか、霊夢! お前が本当に何ものにも縛られなくなって、空の彼方へ飛んで消えてしまうと言うのならっ! ―――その時は私が何処までも追って、絶対に連れ帰してやる」
「え―――」
……言った。言ってしまった。言葉にした以上、取り消しは許されない。心で泣いて面は不敵に笑うのみ。
だから、いつの間にか俯き、伏し目がちになった霊夢の問いにも、魔理沙は勇ましく答えるのだ。
「本当に?」
「本当だ」
「どうして?」
「なんとなく」
「どうやって?」
「この箒に乗って」
「空の上の方は寒いわよ?」
「寒くないように着込んで行くさ」
「空気もどんどん薄くなるのに?」
「魔法使いに不可能の二文字は無い」
「どこまで飛んで行くかも分からないのよ?」
「例え星の彼方だろうが飛んで行ってやる」
「私の事、忘れてるかもしれないけど?」
「私がお前の事を忘れる筈がないだろ」
言って、頬が熱くなる。どうして自分がこんな青臭くて小っ恥ずかしい事を言わにゃならんのか。それは魔理沙にも分からない。
ただ、言って伝えなければならないのだ、と霊夢と違って普通な彼女の勘が叫ぶのだ。
「それで連れ帰って、あんたは私をどうするっての」
「そうだな。とりあえず、肥えさせる」
「……は?」
「毎日三食、一汁一菜を欠かさず与えてやるぜ。目標は……もう二度と空を飛ぶなんて叶わないくらいだな」
「……そんな事して、あんたに何の意味があるっていうのよ」
「意味ならあるさ。……私のもとに霊夢を留めておけるっていうな」
この、粗野でぶっきら棒かつ虚心坦懐そのものな少女にも、空以外の居場所があるのだと。
「私は、霊夢を空の彼方へなんて行かせたくない」
「あんたが行かせたくなくても、きっとどうしようもないわ」
そうかもしれない。そうかもしれないが、しかし、
「かもな。でも、どうしても行くっていうのなら、その時は私も一緒だ」
「一緒?」
「あぁ、お前にしがみ付いてでも付いて行く。お前ら巫女は重みや繋がりを失うから飛んで行くんだろう? だったら、その時はお前に私の重みを貸してやるよ。
飛び過ぎないように、私のもとから飛んでいなくならないように。私がお前の『おもり役』になってやる」
魔理沙自身が、霊夢を繋ぎ止める唯一の存在になると言う。
たかが少女一人分の重さでどうにかなる問題なのか。そもそも、霊夢に重さなんて概念が通用するのか。
……なんて、そんな事は知らない。後から考えるなり、悩むなりすればいいのだから。
ふと気付く。前まで空を捉えていた霊夢の視線が、今は確(しか)と魔理沙に向いていた。
「……ばーか」
「あん?」
「ばーかばーか、魔理沙のばーか。なに大真面目に格好つけたこと言ってるんだか」
「むぅ……」
なおもバカを連呼する霊夢に若干拗ねた様な顔を魔理沙は見せる。
彼女としては一世一代の、それこそ告白にも等しい宣誓だったというのに、この評価は少々納得がいかない。
そう思っていたのだが、
「でも、ありがと。ちょっとだけ、楽になった」
「……そうかい。そりゃよかった」
こう真っ直ぐに言われると小っ恥ずかしい台詞を吐いた甲斐があったもんだ、と言外に語る魔理沙だった。
「じゃ、さっそく行くとしましょうか」
「行くって、何処に」
「里の甘味処。新作が出来たって聞いてたし、あんたが私を肥えさせてくれるんでしょう?」
ぱちりと目配せ一つを投げ掛け、霊夢は楽しそうに言った。
あー、と魔理沙が天を仰ぐ。やはり勢いで物を言うとロクなもんじゃない。早くも自分で撒いた地雷に掛かる羽目になってしまった。
「ほら、さっさとこっち来る」
「あー、はいはい。いま行くよ」
「……ちょっと、何であんたは箒を持ってるのよ」
「え、何でって飛ぶ為だけど……」
「あんたは私のおもり役なんでしょう? だったら勝手に飛ぶんじゃないの」
「あ、っと……すまん」
だがしかし、魔理沙の心に後悔はない。
「……これでいいか?」
「……ん。ちゃんと掴まっときなさいよ。でないと私、何処に飛んで行くか分からないわよ?」
「バーカ。この手は離さないし、お前は何処にも行かせやしないよ」
だって、博麗の巫女とは違う、素の霊夢の笑みをこんなにも間近で見れたのだから。
「じゃ、改めて出発しんこー!」
「おーぅ!」
二人の身体が浮き上がる。僅かにバランスを崩しながらもゆっくり、ゆっくりと。
重さは……やはり感じない。だが、伝わる重みはあまりにも確かで。
―――零したくない。放したくない。失いたくない。
そう思ったのは魔理沙か、霊夢か、はたまた両人か。
はしゃぎ合う少女たちを見下ろす空だけが、何でも分かった様な顔で青々と広がっていた。
言葉遊びが巧みであり、好み。
筋は率直だが、故に、言い知れぬ不安を抱く少女の、確証の無い希望の言葉が素晴らしい。
いつまでもつながっていてほしいです。
巫女と魔法使いに永遠なれ!
わあい 角砂糖で 積み木遊び !
>1
今回はあまり言葉遊びを意識したつもりはなかったのですが、好いていただけて何よりです。
>3
かなり甘ちゃんな関係にしてみました。本来の私はもっと爛れた関係の方が好きです。
>6
字面だけだと、魔理沙が霊夢の足ひっぱってるだけみたいですね。
>9
言われて読み直して気付きました。確かに。そこまでは意識してなかったのです、はい。
>12
魔理沙が全力で幸せにします。
>15
ツインテールみたいな関係です。対だけに。ごめんなさい。
>19
おーい、出てこーい。
>20
今度はもっと純だったり爛れてたりするレイマリが書きたいです。
>25
蓬莱のお薬の時間だね(ニッコリ
>26
魔理沙が全力で幸せにしてくれます(幸せにさ霊夢)
>32
これは魔理沙、霊夢を幸せにしないと各方面から怒られちゃうぞ。
>38
食べ物で遊んではいけませんよ。
>40
レイマリいいですよね。もっと絡め!いっそ、はr(以降のコメントはスキマ送りにあいました)
>42
私に惚れられても困ります。惚れるなら霊夢か魔理沙に……あ、やっぱダメ。
使命や運命に服従するのが人間ですが、服従しどこか諦めてる霊夢に魔理沙が希望の光を与えたのがどう転ぶのでしょうか?ある意味希望を捨て服従することこそが大人ですが服従を認めず、希望を捨てない人間もいます
やはり希望こそ最後にして最大の煩悩・邪念であり幼稚という名の災いであり、それ故人を人として地につけるものです
魔理沙と霊夢共に別の意味で地に足がついてませんが、二人の重さならなんとか地に足がつくかも知れません
最後で魔理沙を箒に乗らせず重石にする、ってアイデアは本当に素晴らしい。重石を気にせず飛び上がる霊夢も。
欲を言えば、最初の語りの前に浮き上がっていく霊夢の描写を入れるとか、全体をもっと膨らませた長編で読みたいみたい、というのがあるんだけど、そんなの些細なこと。とても良かったし面白かった。
異変も事件もなく、ずーっと視点も場所も変わらずに神社で駄弁ってるだけなのにここまで読ませるのは凄いです
あとレイマリ結婚してた
魔理沙ちゃんは霊夢の首根っこに紐でもつけときゃいいんじゃないかなと思ったけれど、何者かに縛られたらもう博麗霊夢じゃないものね。仕方ないね。
あ、霧雨霊夢ならいいのか。