広がる沙漠。荒れ果てて何も無い地面。
全ての生きとし生けるモノが居なくなった土地。
かつて、緑豊かだった山も、野も、湖も無く、不毛の砂の海が広がるのみ。
その土地が、かつて幻想郷と言われた『くに』の存在していた島国の跡とは、誰も知らない。
それを知る者は、煌々と地を照らす月と・・・かつて、この地に地震を起こさない為の杭を打ち込んだ者のみ。
かつて、杭を打ち込んだ神社のあった山も、今はもう無い。
その名残のように、ボロボロの注連縄で飾られた氷柱のような石・・・要石だったもの・・・が傾いて影を落としている。
月が痩せ、夜空を往く舟の様な形にその姿を変えたとき、月の影からひらり、と一つの影が降りてきた。
影は長い髪をなびかせ、要石の上に音も無く降り立つ。金の砂の舞う風に身を任せ。
光にかすかに判る青い髪に同じ色のスカート、かつて青空があった頃の雲の色を思わせるブラウスには、虹を連想する意匠が施してある。
「地上に生の息吹が無くなってもう数千年。穢れも何も無い地がここまで荒れ果てた土地だとは誰も思わなかったでしょうね。
もしも豊かな大地を夢見ていた人が見たら、どうなるのかしら?」
影は一人呟き続ける。
「この郷だけは大丈夫だと思っていたけど・・・・。」
そして右の手に赤い光が集まり、古の銅剣の様な形を作る。
「結界を作る気質、人妖が生きていくための源、生命の気質・・・幻想郷のそれも、この島国と繋がっていたのね。」
虚しい笑みを浮かべ、彼女は沙漠に降り立った。
虹色の裾をひらめかせて音の無い風が吹く。
遠い昔歩いた所、遊びに行った所を彼女は記憶を頼りに歩き出す。
砂から生えている何かの跡。錆び朽ちた鉄の柱だったものだろう。
そこには機械弄りの大好きな河童達がいて、突如湧き出た温泉に驚きながらも新しい発明に精を出していた。
そのすぐ近くには天狗達の住む山があり、美しい湖と二柱の神、そして現人神の巫女が居た。
今では跡形も無い。
夜だけが続く世界になってしまった地上。
そして彼女を見つめるのはかつて、彼女が面白半分に壊した神社を再建したときに打ち込んだ要石と、歪な形の月。
現れない星は影を映そうにも出来ず、無言で彼女の影に手を伸ばす。
次の瞬間、それは緋色の光に断ち切られた。
「まだ、私の贖罪を邪魔させるわけには行かないの。黙っていなさい。」
剣筋も見せない技に、その影は散り失せた。
サラサラと、影に風が吹きつける。
それが運んでくるのは、昔の記憶。人や魂が滅んでも消えない、土地への想い。まるで恋歌の様な追憶。
その声に心悩ませて、彼女は一人佇む。
耳を塞ぎたいのだろう、手がかすかに震えている。いや、手だけではなく、全身が。
彼女は咎人だった。
郷を天界に移して、天人たちとの交流を活発にする事で、天界には無いものを持ち込もうとした。
彼女の持つ緋想の剣はそれを可能にする力があった。
しかし、それを扱う者の力が剣の力に伴っていなかった時、全てが狂った。
剣が怒りを込めて暴走し、地上に限らず、土地全体、いや、星全体の命の気質を切り刻み、食らい尽くしてしまったのだ。
全てが砂になるまで、一瞬の事。
その罪の重さに太陽さえも沈んだまま、月だけが輝く夜の世界になってしまったのだ。
思わず彼女は膝を付きそうになる、が、それだけは出来なかった。それも贖罪の条件だったから。
その咎で、彼女は幽閉され、殺されない代わりに現実に血を流し、時には血を吐いて緋想の剣を制御する修行を強いられた。
自分の生まれた土地を砂に変えてしまった罪は百年単位では消えず、かと言って狂うことも死ぬ事もできず、彼女は緋想の剣に自らを斬られ、
時にはその心の蔵に切っ先を差し込まれ、それでも叩き起こされて、狂った剣の制御を課された。
そして今、迎えぬ朝を待ち焦がれた地が、彼女を責め、急かす。
お前だけは許せぬ、と悲しみに満ちた声で。
その悲しみを知る月と要石は、何も応えない。
ただ、慰めにならぬ夜伽話のように、風が、砂が、何も無い空が低く呟いている。
『贖罪を果たしてもお前だけは救われぬ身となるだろう』と。
「解っているわ。こんな事をしてしまったのも私、軽はずみに自分の力を過信してそれに溺れて、神ならぬ身でこの星を滅ぼしたのも私・・・。」
その目からは涙が伝う。
この世界に居るのは己だけ。そして贖罪が終わればこの世界に居なくなるのも、また。
意を決したように彼女は緋想の剣を天に掲げる。
途端、体に鉄を固めたような重さがのしかかる。剣が食らいつくしたものを吐き出させると同時に、止まった時間が動き出す。
両肩が悲鳴を上げる。
彼女の目から、耳から、口から、鼻から紅い物が流れ落ちる。
青い髪が色を失い、服が裾からほつれ、肌の艶が失われていく。それでも彼女は剣を掲げて立ち続けた。
空気が振るえ、地が鳴動し、声にならない雄叫びと共に、緋想の剣と彼女の体から真っ白な光が天へと突き上げ、空に綺麗な波紋を描いた。
それを見て、次に彼女は緋想の剣を、砂に突き立てて言葉にならない何かを唱えた。
剣を中心に大地が盛り上がる。それに呼応するように周りの砂地も姿を変える。
砂に吸い込まれた彼女の血の痕から、懇々と水が湧き出して来た。
それは瞬く間に量を増し、砂を土へと変え、湖を作り出した。
そこから溢れた水は滝を作り、川となって流れていく。彼女の居る所は、既に湖の中の小さな島に過ぎない。
枯れ木のように干からびても、彼女は剣から手を離さず、血に膝も付かず、言葉を紡ぎ続ける。
緋想の剣の時間を吐き出させ、切り刻まれた気質を復元し、食らいつくしてしまった生命を復活する。それが彼女の最後の贖罪だった。
はるか彼方、東から強い光が差し込んできた。数千年ぶりの夜明けがこの星にやってきたのだ。
砂になった生命も元に戻って行く。かつて自分が破壊して再建した神社も、元に戻っているだろう。
掠れる視界、湖の向こうから、二つの光がやってくる。意外に早い目覚めだな、と昔のような気分で彼女は思った。
既にその体は声も出せず、瞳は光を喪った。
やがて、大地の鳴動も空の波紋も止み、そこには光の満ちる幻想郷があった。
湖の向こうから近づいた光が彼女を認めたとき、その体は桃色の細かい吹雪になって散っていく所だった。
「神奈子、これって・・・。」
「桃の花ね。この季節にそんなものが有るわけがないんだけど・・・。」
散り失せた花びらが幻想郷の全てに降り注ぐ。
それを杯に浮かべた飲兵衛の鬼が
「こんな季節に誰か知らんが、風流だねえ。」と酒ごとそれを飲み込む。
森の白黒魔法使いは
「お、異変か祭りか知らないが、何か興味が湧いたぜ!」と勇んで空へと飛び上がる。
スキマの妖怪は
「この季節に桃の花とは、天人がまた羽目でも外したのかしらね?」と日傘の奥から空を眺めた。
しかし、かつてそのスキマ妖怪を激怒させた『彼女』の事を思い出すことは無かった。
深い森の奥、めったに客が来ない雑貨屋の店主はメガネを拭きながら。
「本日も開店休業なり、か。」と言った後、不意に、
「この時間、いつも誰かが来てた気がしたけど・・・はて?気のせいかな?」と思い直し、新聞に目を通し始めた。
そして山の湖の小島、地面に刺さった、形もほぼ留めない朽ち果てた金属の棒を見て、二柱の神が首をかしげていた。
「かなり古い・・・鉄でも銅でもなさそうなモノだけど、諏訪子は心当たりある?」
「いや、私は鉄が専門だったから心当たりは無いね。河童に分析して貰って、量産できるなら新しい材料になるかどうか見てみようか?
ちょうど間欠泉の制御センターの火力をもう少し強くしたいからね。」
誰もが知っていたが、誰もが覚えていない。
とある天人の起こした災いと背負った罪、そしてその贖罪を。
それは幻想郷縁起にも記されぬ、誰も知らない物語。
全ての生きとし生けるモノが居なくなった土地。
かつて、緑豊かだった山も、野も、湖も無く、不毛の砂の海が広がるのみ。
その土地が、かつて幻想郷と言われた『くに』の存在していた島国の跡とは、誰も知らない。
それを知る者は、煌々と地を照らす月と・・・かつて、この地に地震を起こさない為の杭を打ち込んだ者のみ。
かつて、杭を打ち込んだ神社のあった山も、今はもう無い。
その名残のように、ボロボロの注連縄で飾られた氷柱のような石・・・要石だったもの・・・が傾いて影を落としている。
月が痩せ、夜空を往く舟の様な形にその姿を変えたとき、月の影からひらり、と一つの影が降りてきた。
影は長い髪をなびかせ、要石の上に音も無く降り立つ。金の砂の舞う風に身を任せ。
光にかすかに判る青い髪に同じ色のスカート、かつて青空があった頃の雲の色を思わせるブラウスには、虹を連想する意匠が施してある。
「地上に生の息吹が無くなってもう数千年。穢れも何も無い地がここまで荒れ果てた土地だとは誰も思わなかったでしょうね。
もしも豊かな大地を夢見ていた人が見たら、どうなるのかしら?」
影は一人呟き続ける。
「この郷だけは大丈夫だと思っていたけど・・・・。」
そして右の手に赤い光が集まり、古の銅剣の様な形を作る。
「結界を作る気質、人妖が生きていくための源、生命の気質・・・幻想郷のそれも、この島国と繋がっていたのね。」
虚しい笑みを浮かべ、彼女は沙漠に降り立った。
虹色の裾をひらめかせて音の無い風が吹く。
遠い昔歩いた所、遊びに行った所を彼女は記憶を頼りに歩き出す。
砂から生えている何かの跡。錆び朽ちた鉄の柱だったものだろう。
そこには機械弄りの大好きな河童達がいて、突如湧き出た温泉に驚きながらも新しい発明に精を出していた。
そのすぐ近くには天狗達の住む山があり、美しい湖と二柱の神、そして現人神の巫女が居た。
今では跡形も無い。
夜だけが続く世界になってしまった地上。
そして彼女を見つめるのはかつて、彼女が面白半分に壊した神社を再建したときに打ち込んだ要石と、歪な形の月。
現れない星は影を映そうにも出来ず、無言で彼女の影に手を伸ばす。
次の瞬間、それは緋色の光に断ち切られた。
「まだ、私の贖罪を邪魔させるわけには行かないの。黙っていなさい。」
剣筋も見せない技に、その影は散り失せた。
サラサラと、影に風が吹きつける。
それが運んでくるのは、昔の記憶。人や魂が滅んでも消えない、土地への想い。まるで恋歌の様な追憶。
その声に心悩ませて、彼女は一人佇む。
耳を塞ぎたいのだろう、手がかすかに震えている。いや、手だけではなく、全身が。
彼女は咎人だった。
郷を天界に移して、天人たちとの交流を活発にする事で、天界には無いものを持ち込もうとした。
彼女の持つ緋想の剣はそれを可能にする力があった。
しかし、それを扱う者の力が剣の力に伴っていなかった時、全てが狂った。
剣が怒りを込めて暴走し、地上に限らず、土地全体、いや、星全体の命の気質を切り刻み、食らい尽くしてしまったのだ。
全てが砂になるまで、一瞬の事。
その罪の重さに太陽さえも沈んだまま、月だけが輝く夜の世界になってしまったのだ。
思わず彼女は膝を付きそうになる、が、それだけは出来なかった。それも贖罪の条件だったから。
その咎で、彼女は幽閉され、殺されない代わりに現実に血を流し、時には血を吐いて緋想の剣を制御する修行を強いられた。
自分の生まれた土地を砂に変えてしまった罪は百年単位では消えず、かと言って狂うことも死ぬ事もできず、彼女は緋想の剣に自らを斬られ、
時にはその心の蔵に切っ先を差し込まれ、それでも叩き起こされて、狂った剣の制御を課された。
そして今、迎えぬ朝を待ち焦がれた地が、彼女を責め、急かす。
お前だけは許せぬ、と悲しみに満ちた声で。
その悲しみを知る月と要石は、何も応えない。
ただ、慰めにならぬ夜伽話のように、風が、砂が、何も無い空が低く呟いている。
『贖罪を果たしてもお前だけは救われぬ身となるだろう』と。
「解っているわ。こんな事をしてしまったのも私、軽はずみに自分の力を過信してそれに溺れて、神ならぬ身でこの星を滅ぼしたのも私・・・。」
その目からは涙が伝う。
この世界に居るのは己だけ。そして贖罪が終わればこの世界に居なくなるのも、また。
意を決したように彼女は緋想の剣を天に掲げる。
途端、体に鉄を固めたような重さがのしかかる。剣が食らいつくしたものを吐き出させると同時に、止まった時間が動き出す。
両肩が悲鳴を上げる。
彼女の目から、耳から、口から、鼻から紅い物が流れ落ちる。
青い髪が色を失い、服が裾からほつれ、肌の艶が失われていく。それでも彼女は剣を掲げて立ち続けた。
空気が振るえ、地が鳴動し、声にならない雄叫びと共に、緋想の剣と彼女の体から真っ白な光が天へと突き上げ、空に綺麗な波紋を描いた。
それを見て、次に彼女は緋想の剣を、砂に突き立てて言葉にならない何かを唱えた。
剣を中心に大地が盛り上がる。それに呼応するように周りの砂地も姿を変える。
砂に吸い込まれた彼女の血の痕から、懇々と水が湧き出して来た。
それは瞬く間に量を増し、砂を土へと変え、湖を作り出した。
そこから溢れた水は滝を作り、川となって流れていく。彼女の居る所は、既に湖の中の小さな島に過ぎない。
枯れ木のように干からびても、彼女は剣から手を離さず、血に膝も付かず、言葉を紡ぎ続ける。
緋想の剣の時間を吐き出させ、切り刻まれた気質を復元し、食らいつくしてしまった生命を復活する。それが彼女の最後の贖罪だった。
はるか彼方、東から強い光が差し込んできた。数千年ぶりの夜明けがこの星にやってきたのだ。
砂になった生命も元に戻って行く。かつて自分が破壊して再建した神社も、元に戻っているだろう。
掠れる視界、湖の向こうから、二つの光がやってくる。意外に早い目覚めだな、と昔のような気分で彼女は思った。
既にその体は声も出せず、瞳は光を喪った。
やがて、大地の鳴動も空の波紋も止み、そこには光の満ちる幻想郷があった。
湖の向こうから近づいた光が彼女を認めたとき、その体は桃色の細かい吹雪になって散っていく所だった。
「神奈子、これって・・・。」
「桃の花ね。この季節にそんなものが有るわけがないんだけど・・・。」
散り失せた花びらが幻想郷の全てに降り注ぐ。
それを杯に浮かべた飲兵衛の鬼が
「こんな季節に誰か知らんが、風流だねえ。」と酒ごとそれを飲み込む。
森の白黒魔法使いは
「お、異変か祭りか知らないが、何か興味が湧いたぜ!」と勇んで空へと飛び上がる。
スキマの妖怪は
「この季節に桃の花とは、天人がまた羽目でも外したのかしらね?」と日傘の奥から空を眺めた。
しかし、かつてそのスキマ妖怪を激怒させた『彼女』の事を思い出すことは無かった。
深い森の奥、めったに客が来ない雑貨屋の店主はメガネを拭きながら。
「本日も開店休業なり、か。」と言った後、不意に、
「この時間、いつも誰かが来てた気がしたけど・・・はて?気のせいかな?」と思い直し、新聞に目を通し始めた。
そして山の湖の小島、地面に刺さった、形もほぼ留めない朽ち果てた金属の棒を見て、二柱の神が首をかしげていた。
「かなり古い・・・鉄でも銅でもなさそうなモノだけど、諏訪子は心当たりある?」
「いや、私は鉄が専門だったから心当たりは無いね。河童に分析して貰って、量産できるなら新しい材料になるかどうか見てみようか?
ちょうど間欠泉の制御センターの火力をもう少し強くしたいからね。」
誰もが知っていたが、誰もが覚えていない。
とある天人の起こした災いと背負った罪、そしてその贖罪を。
それは幻想郷縁起にも記されぬ、誰も知らない物語。
なかったことにはー してはーいけーなーいー
同じことをそれっぽく何度も書いているだけのように感じました。何のための改行かも分からない
次回作を期待してます。
情景も目に浮かぶよう
でも雰囲気以上の物がいまいち感じられない作品でした
セカイ系な空気感が良かったです。
この作品を形容するうまい言葉が見つかりませんでしたが、1様のコメントを見てなるほどと。
「退廃」ですか。