一日の仕事を終えた十六夜咲夜は、パジャマに着替えると、ベッドではなく机に向かった。
灰皿の隣に置かれたランプを灯し、橙色に揺れる明かりの中、真っ白な紙を広げて羽根ペンを握る。
スッと背筋を伸ばして、紙に文字を綴り出す……。
お嬢様がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう。
出だしはシンプルに。
意図がちゃんと伝わるよう、読み進めるお嬢様が心の準備をできるよう。
ちょっと空白改行を挟んで。
キャン☆ウフフ。これは参ってしまいますわ、Yahoo!
死に化粧はちゃんとしてくださいね。お葬式で恥をかきたくありませんから。
落差をッ! 表現!!
これで涙目のままズッコケてくれたら大成功。
それにしてもまだ死ぬ予定が無いのに、いったいどんな死に方をしたのやら。
弾幕で頭でも打ったのかしら?
推定犯人の霊夢を始末しといてくださいネ。
何気無く霊夢を犯人に仕立て上げてしまったが、これは不実ではないだろうか?
なにせ昨日一緒に仲良くお茶を飲んだばかりだというのに!
確定犯人の魔理沙――というアイディアもあるが、故あってそれを使う気にはなれなかった。
まあいいや。
直情径行のお嬢様といえど、さすがに推定犯人なんて言葉を真に受けて始末になんか行かないだろう。
……行かないだろう。
な~んちゃって☆
駄目だ。やっぱり不安だ。
思わず撤回の文字を書き込んでしまう。照れ隠しに入れた☆マークが余計に恥ずかしい。
主を信じ切れない不忠者をお許しください……。
本気にして霊夢を殺しちゃダメですよ?
あれはあれでお嬢様にとって大切な友達なのですから、大切にしてくださいね。
でも貧乏関連の影響をあんまり受けないでくださいね。出涸らしの紅茶とかNGですからね。
んんっ。ちょっといい感じに軌道修正できたんじゃないかな?
ご満悦の咲夜さん。誰に見せるでもなく、決め顔を浮かべてえっへんと胸を張る。
妙にテンションが上がってきたので、この溢れんばかりの情動を叩きつけてくれよう。
あーっと、でもこの完全で瀟洒なメイド亡きあとでは、紅茶を淹れるのも一苦労かもしれません。
ふふふ。今頃になって私の有り難味に気づきましたか?
ですが時すでに遅しです。
咲夜ちゃんはもう死んじゃってまーす。ざ~んねんっ!
鬼の目にも涙と言いますし、これで吸血鬼を泣かせられたら、私としては至上の喜びです。
と、ここでまたもや落差作戦。
おふざけMAXからの泣かせ文章。
これでお嬢様は泣いてくれるだろうか?
泣かせてやろう! というイジワルな気持ちがムクムクとふくれ上がるのを咲夜は自覚した。
本当、お嬢様には泣いて欲しい。
それが咲夜の生きた証であり――。
その涙はきっと、地獄の釜の底にまで届くでしょうから。
咲夜が死んだ証なのだから。
うん。
まだ生きてるし、死ぬ予定も無いけれど。
まだまだ若いし、元気だし。
花の十代だし。
でも人間なにがあるかわからないから、こうして遺言状を用意しといて損は無い。
準備万端であってこそパーフェクトメイドなのだから!
などと痛々しい自画自賛によって悦にひたる。
こんなの全然瀟洒じゃないけれど、いいの、これはいいの。
自室で一人でプライベートだから。
誰にも見られていないからいいのよ。
なんて、ちょっと湿っぽくなっちゃいましたね。
ちょっとイジワルしちゃいましたけれど、私はお嬢様に笑っていて欲しいのです。
私の死を目いっぱい悲しむ以外は、いつもニコニコ笑っていて欲しいのです。
お嬢様が幸せでいてくれたら、私もとても嬉しいのですから。
主想いなメイドでしょう?
それこそ私、十六夜咲夜なのです。
それではお嬢様、どうかお元気で。
咲夜は一足先に地獄で待っておりますわ。
うん、こんなもんかな?
完成したそれを読み直す。
うん。
うんうん。
笑って泣ける、そんなステキな遺言状が書けました!
あとはこれをしまうだけ。
咲夜は机の一番上の引き出しを開けると、メイド長としての業務に関する書類が丁寧にしまわれていた。
それをどけてると『遺言状』と書かれた白い封筒が現れる。裏面には『お嬢様へ』と記してある。
封は折りたたんであるだけなので、サッと開いて、スッと中身を取り出す。
出てきたのは、先月書いたばかりの遺言状だ。
確定犯人の魔理沙、というネタをここ数ヶ月使い続けてきたが、さすがに飽きてきた。
それが魔理沙を犯人にしなかった理由である。
推定犯人の霊夢に飽きたら、予想犯人の妖夢にしよう。
きっと妖夢に辻斬りされたのでしょうとでも書いておけば説得力抜群さ!
先月の遺言状の代わりに、今月の遺言状を封筒に入れて、ササッと手早く引き出しに戻す。
その上に書類を置いて隠し、引き出しを閉じ、完了。
おっと、まだひとつやることが。
先月の遺言状にランプを使って引火させ、煙草も吸わないのに置いてある灰皿に放り込む。
遺言状が灰となって燃え尽きるのを確認して、よし、ランプを消してから、やり遂げた面ざしでベッドに向かった。
咲夜は月に一度、遺言状を書いている。
きっかけは吸血鬼異変の最中、自分に万一のことがあったらという至極真っ当な理由で始めたものだった。
しかし時が経つに従い、幻想郷のチャランポランな生活を享楽していれば、もうこんなの必要無いかなって思うのだ。
なので次第に遺言状の内容をふざけ出し、自分が楽しむためだけに書いている。
泣き要素を入れたのも、純粋に泣けるネタを書く行為を楽しんでいるだけだ。
こんなふざけた遺言状、まかり間違ってもお嬢様に読まれる訳にはいかないとさえ思っている。
ああ、なんという本末転倒っぷりであろう?
半年前にはお嬢様への愚痴を延々と書き連ねるだけの、悪趣味な遺言状を書いたりもした。
あの時は実に心臓に悪かった。もし本当に事故かなにかで死んでしまい、お嬢様に読まれてしまったら!
本当に死の危険でも迫らない限り、月に一度しか更新しないという自分ルールを作っていた咲夜である。
自分の想いや人生が誤解されたまま終わるかもしれないとわかっていても、ルールを遵守した。
その一ヶ月間、本当に生きた心地がしなかった。
だがとてもスリリングで刺激的な一ヶ月だった。
階段を上り下りするだけで、足を滑らせて死んだりしたら――なんて考えると背筋が震えちゃう。
弾幕ごっこをしている最中、もし弾が頭に当たって打ち所が悪くて死んだら――と思うと心臓が早鐘を打った。
お嬢様となごやかにお喋りしている時にふと遺言状の存在を思い出し――冷たいものがスッと降りてくるのを感じた。
またやりたい。
ぶっちゃけて言うと、超楽しかった。
イタズラをして親にバレないでいる時のワクワクドキドキにも似た昂ぶりといったらもう!
ベッドの中でニヤニヤしながら、咲夜の意識は次第に薄らいでいく。
ああ、今日も楽しい夢が見られそう。
もし今月の遺言状がお嬢様に見られたら、どうなるかな?
きっと最初は泣いて、直後にズッコケ、その後は笑い、最後に泣いて、最後のあとでまた笑う。
そんなサプライズプレゼントになるだろう。
ああ、でも、だめだめ。やっぱりあんな遺言、見せられない。
こうして毎月書いてるんだし、いつか歳を取って寿命を感じた暁には、今までの経験を活かした遺言状を書こう。
集大成とも言える、笑って泣けつつも、咲夜の想いや人格が誤解されず心安らかに眠れるような、そんな遺言状を――。
そんな楽しい思考にひたりながら、咲夜は夢の中に落ちていった。
◆◆◆
咲夜の寝息が規則正しくなり、すっかり熟睡したと察するや、ベッドの下からごそごそと小さな影が這い出した。
夜の闇に溶けるような人影は、夜の闇をも見通す真紅の瞳によって、真っ直ぐ机に向かう。
引き出しを開け、書類をどかし、封筒を取り出して、遺言状を引き抜いて、広げる。
お嬢様がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう。
キャン☆ウフフ。これは参ってしまいますわ、Yahoo!
死に化粧はちゃんとしてくださいね。お葬式で恥をかきたくありませんから。
それにしてもまだ死ぬ予定が無いのに、いったいどんな死に方をしたのやら。
弾幕で頭でも打ったのかしら?
推定犯人の霊夢を始末しといてくださいネ。
な~んちゃって☆
本気にして霊夢を殺しちゃダメですよ?
あれはあれでお嬢様にとって大切な友達なのですから、大切にしてくださいね。
でも貧乏関連の影響をあんまり受けないでくださいね。出涸らしの紅茶とかNGですからね。
あーっと、でもこの完全で瀟洒なメイド亡きあとでは、紅茶を淹れるのも一苦労かもしれません。
ふふふ。今頃になって私の有り難味に気づきましたか?
ですが時すでに遅しです。
咲夜ちゃんはもう死んじゃってまーす。ざ~んねんっ!
鬼の目にも涙と言いますし、これで吸血鬼を泣かせられたら、私としては至上の喜びです。
その涙はきっと、地獄の釜の底にまで届くでしょうから。
なんて、ちょっと湿っぽくなっちゃいましたね。
ちょっとイジワルしちゃいましたけれど、私はお嬢様に笑っていて欲しいのです。
私の死を目いっぱい悲しむ以外は、いつもニコニコ笑っていて欲しいのです。
お嬢様が幸せでいてくれたら、私もとても嬉しいのですから。
主想いなメイドでしょう?
それこそ私、十六夜咲夜なのです。
それではお嬢様、どうかお元気で。
咲夜は一足先に地獄で待っておりますわ。
ところどころ笑い声を上げそうになりながらも、三日月のような笑みを浮かべる口を押さえて必死にこらえる。
笑って泣けるどころか、もはや笑う要素しかない。
だってこの子、月一更新される従者の遺言状、ひとつ残らず読んでいるのだから。
私の死を悲しんでください、涙を流してくれれば慰めとなります、お嬢様が幸せなら私も幸せです。
なんてのは、ほぼ毎回書かれているため、もう感動が入る余地が無い。
それこそ本当に咲夜が死にでもしなければ、安心して楽しめる恒例のネタでしかないのだ。
これが日記の類ならば、盗み見なんてしない。
最初の一回、書類を取りにきた時たまたま見つけた一回、好奇心に負けて覗く程度ですんだだろう。
だが遺言状である。
もしや死病でも患っているのかと不安になり、思わず読んでしまった。杞憂だったのは幸いだ。
問題はそれからである。
一度犯した禁は、とても破りやすい。
吸血鬼異変が終わり、さて、遺言状はどうなっただろうと確認してみたら新作に変わっていた。
さらにお嬢様へ向けてのものだったので、じゃあいいじゃん、と思ってしまったのだ。
気づいたら毎月読むようになっていた。だって自分宛だもの! 身勝手でもいいもん悪魔だもん!
人影は羽根ペンを手に取ると、先端を己の指に浅く突き刺し、インク代わりに血液で濡らした。
赤い文字を書き連ねる。
80点
キャン☆ウフフ には笑わせてもらったわ。
でもキモい。恥ってものがないの?
本番の時はこーゆーコト書かないように。
咲夜殺しの下手人は、ようやく魔理沙じゃなくなったのね。
霊夢に飽きたら次は白玉楼の半霊、その次は山の巫女あたりかしら? 先が読みやすいわよ。
遺言状の文字を完璧に読み、そして自身の採点と感想を書き加えると、封筒に戻す。
ランプのついていない暗闇の中の作業ではあったが、闇に生きる吸血鬼にとってはお茶の子さいさいだ。
遺言状をそっとしまって、書類も戻してカモフラージュも完全再現して引き出しを閉じた。
血を吸った羽根ペンも、小さな指で軽く払ってやると嘘のように血が消えた。ペン先もまったく傷んでいない。
もはや羽根ペンが使われた形跡も、遺言状を盗み見た形跡も、綺麗さっぱり消えてしまった。
よしとうなずいてからベッドに歩み寄って、安らかな寝息を立てる十六夜咲夜の頬をそっと撫でる。
「来月も楽しみにしてるわ。それと、あなたはいつになったらご主人様の採点に気づくのかしら?」
古い遺言状を中身を確認せず燃やしてしまっているのを、主は知っている。
従者の留守中、あるいは就寝中、こうして遺言状を盗み見られ採点までされちゃっていることを、従者は知らない。
今回も、まだ古い遺言状を確認もせず焼却処分しているのかと思ってベッド下に潜んで見張っていれば案の定だ。
まだまだ若く、迂闊な人間のメイド。
可愛い奴だ。
でも半年前の悪口だらけの遺言状は許さないよ。
採点されてることに気づいたら、あの悪口だらけの遺言状の感想を改めて聞かせてやるよ。
子供のイタズラに気づかない振りをしている親のような笑みを浮かべた主は、咲夜の頬におやすみのキスをした。
少し、幸せそうな寝顔になる。
それを確かめると、満足気な様子で部屋から出て行った。
幸せな夢にひたっている十六夜咲夜は、はてさて、いつ真実に気づくのか。
FIN
灰皿の隣に置かれたランプを灯し、橙色に揺れる明かりの中、真っ白な紙を広げて羽根ペンを握る。
スッと背筋を伸ばして、紙に文字を綴り出す……。
お嬢様がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう。
出だしはシンプルに。
意図がちゃんと伝わるよう、読み進めるお嬢様が心の準備をできるよう。
ちょっと空白改行を挟んで。
キャン☆ウフフ。これは参ってしまいますわ、Yahoo!
死に化粧はちゃんとしてくださいね。お葬式で恥をかきたくありませんから。
落差をッ! 表現!!
これで涙目のままズッコケてくれたら大成功。
それにしてもまだ死ぬ予定が無いのに、いったいどんな死に方をしたのやら。
弾幕で頭でも打ったのかしら?
推定犯人の霊夢を始末しといてくださいネ。
何気無く霊夢を犯人に仕立て上げてしまったが、これは不実ではないだろうか?
なにせ昨日一緒に仲良くお茶を飲んだばかりだというのに!
確定犯人の魔理沙――というアイディアもあるが、故あってそれを使う気にはなれなかった。
まあいいや。
直情径行のお嬢様といえど、さすがに推定犯人なんて言葉を真に受けて始末になんか行かないだろう。
……行かないだろう。
な~んちゃって☆
駄目だ。やっぱり不安だ。
思わず撤回の文字を書き込んでしまう。照れ隠しに入れた☆マークが余計に恥ずかしい。
主を信じ切れない不忠者をお許しください……。
本気にして霊夢を殺しちゃダメですよ?
あれはあれでお嬢様にとって大切な友達なのですから、大切にしてくださいね。
でも貧乏関連の影響をあんまり受けないでくださいね。出涸らしの紅茶とかNGですからね。
んんっ。ちょっといい感じに軌道修正できたんじゃないかな?
ご満悦の咲夜さん。誰に見せるでもなく、決め顔を浮かべてえっへんと胸を張る。
妙にテンションが上がってきたので、この溢れんばかりの情動を叩きつけてくれよう。
あーっと、でもこの完全で瀟洒なメイド亡きあとでは、紅茶を淹れるのも一苦労かもしれません。
ふふふ。今頃になって私の有り難味に気づきましたか?
ですが時すでに遅しです。
咲夜ちゃんはもう死んじゃってまーす。ざ~んねんっ!
鬼の目にも涙と言いますし、これで吸血鬼を泣かせられたら、私としては至上の喜びです。
と、ここでまたもや落差作戦。
おふざけMAXからの泣かせ文章。
これでお嬢様は泣いてくれるだろうか?
泣かせてやろう! というイジワルな気持ちがムクムクとふくれ上がるのを咲夜は自覚した。
本当、お嬢様には泣いて欲しい。
それが咲夜の生きた証であり――。
その涙はきっと、地獄の釜の底にまで届くでしょうから。
咲夜が死んだ証なのだから。
うん。
まだ生きてるし、死ぬ予定も無いけれど。
まだまだ若いし、元気だし。
花の十代だし。
でも人間なにがあるかわからないから、こうして遺言状を用意しといて損は無い。
準備万端であってこそパーフェクトメイドなのだから!
などと痛々しい自画自賛によって悦にひたる。
こんなの全然瀟洒じゃないけれど、いいの、これはいいの。
自室で一人でプライベートだから。
誰にも見られていないからいいのよ。
なんて、ちょっと湿っぽくなっちゃいましたね。
ちょっとイジワルしちゃいましたけれど、私はお嬢様に笑っていて欲しいのです。
私の死を目いっぱい悲しむ以外は、いつもニコニコ笑っていて欲しいのです。
お嬢様が幸せでいてくれたら、私もとても嬉しいのですから。
主想いなメイドでしょう?
それこそ私、十六夜咲夜なのです。
それではお嬢様、どうかお元気で。
咲夜は一足先に地獄で待っておりますわ。
うん、こんなもんかな?
完成したそれを読み直す。
うん。
うんうん。
笑って泣ける、そんなステキな遺言状が書けました!
あとはこれをしまうだけ。
咲夜は机の一番上の引き出しを開けると、メイド長としての業務に関する書類が丁寧にしまわれていた。
それをどけてると『遺言状』と書かれた白い封筒が現れる。裏面には『お嬢様へ』と記してある。
封は折りたたんであるだけなので、サッと開いて、スッと中身を取り出す。
出てきたのは、先月書いたばかりの遺言状だ。
確定犯人の魔理沙、というネタをここ数ヶ月使い続けてきたが、さすがに飽きてきた。
それが魔理沙を犯人にしなかった理由である。
推定犯人の霊夢に飽きたら、予想犯人の妖夢にしよう。
きっと妖夢に辻斬りされたのでしょうとでも書いておけば説得力抜群さ!
先月の遺言状の代わりに、今月の遺言状を封筒に入れて、ササッと手早く引き出しに戻す。
その上に書類を置いて隠し、引き出しを閉じ、完了。
おっと、まだひとつやることが。
先月の遺言状にランプを使って引火させ、煙草も吸わないのに置いてある灰皿に放り込む。
遺言状が灰となって燃え尽きるのを確認して、よし、ランプを消してから、やり遂げた面ざしでベッドに向かった。
咲夜は月に一度、遺言状を書いている。
きっかけは吸血鬼異変の最中、自分に万一のことがあったらという至極真っ当な理由で始めたものだった。
しかし時が経つに従い、幻想郷のチャランポランな生活を享楽していれば、もうこんなの必要無いかなって思うのだ。
なので次第に遺言状の内容をふざけ出し、自分が楽しむためだけに書いている。
泣き要素を入れたのも、純粋に泣けるネタを書く行為を楽しんでいるだけだ。
こんなふざけた遺言状、まかり間違ってもお嬢様に読まれる訳にはいかないとさえ思っている。
ああ、なんという本末転倒っぷりであろう?
半年前にはお嬢様への愚痴を延々と書き連ねるだけの、悪趣味な遺言状を書いたりもした。
あの時は実に心臓に悪かった。もし本当に事故かなにかで死んでしまい、お嬢様に読まれてしまったら!
本当に死の危険でも迫らない限り、月に一度しか更新しないという自分ルールを作っていた咲夜である。
自分の想いや人生が誤解されたまま終わるかもしれないとわかっていても、ルールを遵守した。
その一ヶ月間、本当に生きた心地がしなかった。
だがとてもスリリングで刺激的な一ヶ月だった。
階段を上り下りするだけで、足を滑らせて死んだりしたら――なんて考えると背筋が震えちゃう。
弾幕ごっこをしている最中、もし弾が頭に当たって打ち所が悪くて死んだら――と思うと心臓が早鐘を打った。
お嬢様となごやかにお喋りしている時にふと遺言状の存在を思い出し――冷たいものがスッと降りてくるのを感じた。
またやりたい。
ぶっちゃけて言うと、超楽しかった。
イタズラをして親にバレないでいる時のワクワクドキドキにも似た昂ぶりといったらもう!
ベッドの中でニヤニヤしながら、咲夜の意識は次第に薄らいでいく。
ああ、今日も楽しい夢が見られそう。
もし今月の遺言状がお嬢様に見られたら、どうなるかな?
きっと最初は泣いて、直後にズッコケ、その後は笑い、最後に泣いて、最後のあとでまた笑う。
そんなサプライズプレゼントになるだろう。
ああ、でも、だめだめ。やっぱりあんな遺言、見せられない。
こうして毎月書いてるんだし、いつか歳を取って寿命を感じた暁には、今までの経験を活かした遺言状を書こう。
集大成とも言える、笑って泣けつつも、咲夜の想いや人格が誤解されず心安らかに眠れるような、そんな遺言状を――。
そんな楽しい思考にひたりながら、咲夜は夢の中に落ちていった。
◆◆◆
咲夜の寝息が規則正しくなり、すっかり熟睡したと察するや、ベッドの下からごそごそと小さな影が這い出した。
夜の闇に溶けるような人影は、夜の闇をも見通す真紅の瞳によって、真っ直ぐ机に向かう。
引き出しを開け、書類をどかし、封筒を取り出して、遺言状を引き抜いて、広げる。
お嬢様がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう。
キャン☆ウフフ。これは参ってしまいますわ、Yahoo!
死に化粧はちゃんとしてくださいね。お葬式で恥をかきたくありませんから。
それにしてもまだ死ぬ予定が無いのに、いったいどんな死に方をしたのやら。
弾幕で頭でも打ったのかしら?
推定犯人の霊夢を始末しといてくださいネ。
な~んちゃって☆
本気にして霊夢を殺しちゃダメですよ?
あれはあれでお嬢様にとって大切な友達なのですから、大切にしてくださいね。
でも貧乏関連の影響をあんまり受けないでくださいね。出涸らしの紅茶とかNGですからね。
あーっと、でもこの完全で瀟洒なメイド亡きあとでは、紅茶を淹れるのも一苦労かもしれません。
ふふふ。今頃になって私の有り難味に気づきましたか?
ですが時すでに遅しです。
咲夜ちゃんはもう死んじゃってまーす。ざ~んねんっ!
鬼の目にも涙と言いますし、これで吸血鬼を泣かせられたら、私としては至上の喜びです。
その涙はきっと、地獄の釜の底にまで届くでしょうから。
なんて、ちょっと湿っぽくなっちゃいましたね。
ちょっとイジワルしちゃいましたけれど、私はお嬢様に笑っていて欲しいのです。
私の死を目いっぱい悲しむ以外は、いつもニコニコ笑っていて欲しいのです。
お嬢様が幸せでいてくれたら、私もとても嬉しいのですから。
主想いなメイドでしょう?
それこそ私、十六夜咲夜なのです。
それではお嬢様、どうかお元気で。
咲夜は一足先に地獄で待っておりますわ。
ところどころ笑い声を上げそうになりながらも、三日月のような笑みを浮かべる口を押さえて必死にこらえる。
笑って泣けるどころか、もはや笑う要素しかない。
だってこの子、月一更新される従者の遺言状、ひとつ残らず読んでいるのだから。
私の死を悲しんでください、涙を流してくれれば慰めとなります、お嬢様が幸せなら私も幸せです。
なんてのは、ほぼ毎回書かれているため、もう感動が入る余地が無い。
それこそ本当に咲夜が死にでもしなければ、安心して楽しめる恒例のネタでしかないのだ。
これが日記の類ならば、盗み見なんてしない。
最初の一回、書類を取りにきた時たまたま見つけた一回、好奇心に負けて覗く程度ですんだだろう。
だが遺言状である。
もしや死病でも患っているのかと不安になり、思わず読んでしまった。杞憂だったのは幸いだ。
問題はそれからである。
一度犯した禁は、とても破りやすい。
吸血鬼異変が終わり、さて、遺言状はどうなっただろうと確認してみたら新作に変わっていた。
さらにお嬢様へ向けてのものだったので、じゃあいいじゃん、と思ってしまったのだ。
気づいたら毎月読むようになっていた。だって自分宛だもの! 身勝手でもいいもん悪魔だもん!
人影は羽根ペンを手に取ると、先端を己の指に浅く突き刺し、インク代わりに血液で濡らした。
赤い文字を書き連ねる。
80点
キャン☆ウフフ には笑わせてもらったわ。
でもキモい。恥ってものがないの?
本番の時はこーゆーコト書かないように。
咲夜殺しの下手人は、ようやく魔理沙じゃなくなったのね。
霊夢に飽きたら次は白玉楼の半霊、その次は山の巫女あたりかしら? 先が読みやすいわよ。
遺言状の文字を完璧に読み、そして自身の採点と感想を書き加えると、封筒に戻す。
ランプのついていない暗闇の中の作業ではあったが、闇に生きる吸血鬼にとってはお茶の子さいさいだ。
遺言状をそっとしまって、書類も戻してカモフラージュも完全再現して引き出しを閉じた。
血を吸った羽根ペンも、小さな指で軽く払ってやると嘘のように血が消えた。ペン先もまったく傷んでいない。
もはや羽根ペンが使われた形跡も、遺言状を盗み見た形跡も、綺麗さっぱり消えてしまった。
よしとうなずいてからベッドに歩み寄って、安らかな寝息を立てる十六夜咲夜の頬をそっと撫でる。
「来月も楽しみにしてるわ。それと、あなたはいつになったらご主人様の採点に気づくのかしら?」
古い遺言状を中身を確認せず燃やしてしまっているのを、主は知っている。
従者の留守中、あるいは就寝中、こうして遺言状を盗み見られ採点までされちゃっていることを、従者は知らない。
今回も、まだ古い遺言状を確認もせず焼却処分しているのかと思ってベッド下に潜んで見張っていれば案の定だ。
まだまだ若く、迂闊な人間のメイド。
可愛い奴だ。
でも半年前の悪口だらけの遺言状は許さないよ。
採点されてることに気づいたら、あの悪口だらけの遺言状の感想を改めて聞かせてやるよ。
子供のイタズラに気づかない振りをしている親のような笑みを浮かべた主は、咲夜の頬におやすみのキスをした。
少し、幸せそうな寝顔になる。
それを確かめると、満足気な様子で部屋から出て行った。
幸せな夢にひたっている十六夜咲夜は、はてさて、いつ真実に気づくのか。
FIN
おもしろうてやがて悲しき。
次回作も楽しみにしています。
咲夜さんは実に楽しそうだなぁ
面白かったです
予想外から定番の流れに入りまた予想外へ
最後は心暖まるオチへ
咲夜さんの遺言状のような作品でした
違うところはこれにつける点数が100点ということでしょうか
素晴らしきかな紅魔主従。
採点に気づいた時の反応を想像すると、より楽しめますね。
発想はもちろん、非常に読みやすいお話でした。
とても良かったです
願わくば、こんなやりとりが出来る限り続きますよう。
完全に期待を裏切られました。良い意味で。
お嬢様がベッドの下からごそごそと出てきた時は思わず吹いてしまいました
レミリアの採点に敬意を評して、この点数で。
良い主従ですね。
楽しかったです
こういう主従関係、いいなぁ
大急ぎで咲夜さんを永遠亭に連れて行かないといけない訳ですねお嬢様