「カバディ! カバディ! カバディ!」
「カバディ! カバディ! カバディ!」
椛が、猛る。にとりも、叫ぶ。
場所は妖怪の山、山民スポーツ広場の片隅。
山に住む天狗がランニングや体操をしたり、相撲好きな河童の為に土俵まで常設されている、山の運動不足解消と憩いの場である。
そこで彼女たちは、二人だけで取っ組み合いをしていた。
腰を落として互いに着物の帯に当たる部分をつかみ合っているから、見た目は相撲をしているようだ。
しかし、まず土俵が前述の立派なものではなく、単に地面に2メートル四方の四角い線を描いただけ。
何より気になりまくる違いは、「カバディ」と謎の言葉を呪文の様に連呼している点だ。
だが、そんな疑問はお構いなしに、彼女たちの攻防および声量が過熱する。
「カバディ! カバディ! カバディ! カバディ! カバディ!」
「カバディ! カバディ! カバディ! カバひゅいっ!」
「カバディィィ!!」
「うわああぁぁ」
にとりが不可思議な叫び声を噛んだ刹那、椛が気合一閃、がっぷり四つに組んだにとりを四角い線の外にうっちゃる。どうやら勝負がついたらしい。
椛は「勝ちましたー!」と上機嫌。にとりは悔しそうに顔をしかめるが、次こそは勝つという気概に満ちた笑いを浮かべる。
そんな健やかな運動に勤しむ彼女たちを、私は写真に収める気にもならないぐらい奇怪な物を見る目で見つめていた。
それは周りの者たちも同様。
現にあの二人の周辺だけ人がいない。完全に距離を置かれている。
これは知り合いとして非常に気まずい思いだ。
善良な感覚で言えば、その事実を告知し行動の停止を勧告するべきなのだろう。
しかし、絡みたくないなぁ……
だが、尻込みしていたら突貫記者の名が廃る。
私は勇気を出して椛の方へ寄って行った。
「……椛」
「あ、文さん。こんにちは」
「……こ、こんにちは」
私が堪らなくなって声をかけると、椛はいつも通りに、にとりは少し緊張して挨拶をした。
(……よかった。コミュニケーション能力は失われてないみたい)
もう春だからね。いろいろ邪推してもしょうがない。
私は返礼をしつつ、まずは基本の質問をしてみる。
「何を、やっているんですか?」
「これは『カバディ』というスポーツです」
「……かばで」
「カバディです」
エヘン、と胸を張って堂々と宣言する椛。それに追随する様に、にとりもコクコクと頷く。
だが、謎は晴れない。むしろ深まった。
「あー。私はその、かばでぃですか? そのスポーツを知らないんです。
ルールを説明してもらえますか?」
「ええ、もちろん」
情報通の私が知らない事を教えるという立場が新鮮なのか、椛は嬉々として実地を踏まえて説明をした。
内容をまとめると、どうやら基本は相撲と一緒らしい。四角い枠の外に相手を押し出すか、地面に体を触れさせれば勝ち。
ただし、相手に触れている間は常に「カバディ」と言い続けなければいけない。しかも、途中でつっかえたり言い損なったりしても負け、だそうだ。
なるほど。先程の奇妙な行動も頷けた。
頷けたのだが……
「それ、楽しいですか?」
「ええ、とっても」
「これは相撲より難しいんだ!
声が続かないと負けてしまう。でも、相手と組み合ってないと勝負にならない。
相手にいつまで触れ続けるかの駆け引きが、カバディの醍醐味なんだよ!」
うわ、熱く語り始めた。
実は私、カバディの『正しい』ルールを知っている。さっきの知らないふりは、話を引き出す記者のテクニックである。
そもそもカバディは団体戦だし、相手を押し倒すのが主な目的ではない。
今回はそんな特殊知識が仇となり、曲解された競技に熱中する二人が少々滑稽に見えてしまう。
確かに少し面白そうだが、何かそれに同意して一緒に興じたら負けな気もする。
まったくも~。椛はたまの休みになると、にとりとつるんで将棋か相撲ばっかり。
それに飽き足らず、ついにこんなトンデモスポーツまで編み出して……
とここで、ふと私は考えた。
いくらなんでも、これは突飛すぎる創造性だ。
「椛。このスポーツ、もしかして誰かに教えてもらったのですか?」
「あれ、よく御存じですね。守矢神社の巫女さんから教わったんです」
やっぱり。事件の陰にやっぱり早苗だ。
聞けば、いつもの様に広場で相撲を取っていると、早苗が偶然通りかかったらしい。
世間話ついでに娯楽が将棋か相撲くらいしかないことを話すと、早苗が新スポーツの提案をしたとのことだ。
それで説明されたのが、カバディ。遊興の素人相手、しかも2人しかいないのにカバディを推奨である。
さすがに常識をブン投げているだけはある。
でも提言した本人の記憶が曖昧だったのか、それとも2人用にルールの改造をしたのか。
ともかく、これでネオカバディの一丁上がりとなった訳らしい。
「……それ恐ろしくマイナーなスポーツの上、ルールも微妙に違うと思いますよ」
「ええ? そうなのですか」
「こんなに楽しいのにねぇ」
私の頭痛を抑えながら試みた訂正に、にとりと椛は顔を見合わせ、不思議そうな顔をする。
よっぽど楽しかったんだなぁ。私は小さくため息をつく。
「やれやれ。あの巫女なんかに頼らず、偉大な先人が編み出したスポーツに頼ったらどうです? 例えば野球とか」
私はごくごく一般に普及している事象を述べたつもりだった。
しかし、二人の次の一言は、私の固定観念をひっくり返すには充分だった。
「……やきう?」
「……文さん、野球って何ですか?」
絶句。
もう、口をあんぐり開けてただ沈黙する。
(え? この子たち……野球知らないの!?)
まさか。いやそんなハズはないよね。
野球よ、野球。競技人口どんだけいると思っているの。
人里では、空地の子供から河川敷の大人まで知っているのよ!?
「い……いやぁ、四月馬鹿にしてはちょっと無理がありますよ。
野球って言ったら野球です。こ~う投げたらこう打って~のベースボールです」
「べいす……米酢ですか? お寿司と関係があるのでしょうか」
「分からないなぁ……」
あはははは、やばい。本当に知らねぇや、この子たちは。
これだから世の中は面白い。私は記者以前に、一介の妖怪として世の深さを思い知った。
だが同時に、社会の木鐸を担う私の良心がまさしく警鐘を鳴らす。
このままこの二人を放置したら、いずれどこかで要らぬ恥をかくに違いない。
私は懇切丁寧に野球を教授しようとしたその時、良心の対極にいた悪戯心が飛び出してきた。
(……曖昧な情報のみで、あれだけトンチンカンなスポーツを真面目にやるのだ。
もし野球の道具だけ与えて放って置いたら、いったいどうなるのだろう……)
「……野球を知らないのも無理がありません。これはごく最近幻想郷に流れ着いた競技ですからね。
なんでも様々な道具を使って進行するらしいのですが、生憎とやり方が分からないのですよ。
よかったらそれらの道具を差し上げますので、遊び方を開発してみてください」
やってしまった。
まるで真実がごとく、出任せをペラペラと喋ってしまった。
しかし、それに気づかないのが目の前の二人。
「わぁ、本当ですか」
「あ、ありがとう」
目を輝かせて私に謝辞を述べる椛とにとり。
良心が多少痛むが、先程の知的興味が衰えないのも事実。
私は「それじゃ、道具を取ってくるので」と飛翔した。
――◇――
「はい。これがその道具です」
私がドサドサと地面に置いたのは、よく使いこまれたグローブが7つに捕手・一塁手用ミットが各1つずつ、木製のバット、そして表面が茶色に変色したボールである。
これらはすべて、鴉天狗新聞協会の実業団野球部からお古を頂いてきたものだ。
さすがに新品で揃えるのは経費的に無理だったが、これだけあればダイヤモンドと塁を直接地面に描いて試合もできる。
「これは……こん棒ですかね。重くて、威力がありそう」
「この毬、革で出来てるよ。珍しいなぁ」
不思議だ。
鴉天狗側は野球サークルまで結成されるほど人気のスポーツなのに、片や白狼天狗や河童は初めて見る道具を好奇心旺盛にいじりまわす。
種族で文化が微妙に異なるとはいえ、この子らの酋長は種族間の情報断絶でも図ったのだろうか。
実に興味深い。今度取材してみようかな。
「かろうじて得た情報によると、これは団体戦で点を取り合って勝つことを目的とするらしいです。
あとは……外界で行われていたスポーツですからね。空を飛ぶとかそういった特殊能力は使わないと思いますよ。
それでは、私は取材があるので」
そう言って、私は二人の前から飛び去る。
が、離れたところでUターン。先程の場所近くの茂みに息をひそめて隠れる。
狙いはもちろん、二人の観察だ。
視力5.0の両目と地獄耳で感度はバッチリ。いざ、ウォッチング!
「これは、なんの道具なんでしょうか」
「いっぱいあるね」
まず二人が興味を示したのはグローブとミット。
適当に一つ手に取り、くるくると外観を確認する。
「この毬と同じ革製、だね」
「それにこの形は……バナナ?」
「意味があるのかなぁ?」
お互い触ったり嗅いだりして、矯めつ眇めつ使用目的を考える。
「うーん……あ、わかった!」
突如、椛が声をあげる。その視線はにとりの頭上に向かっていた。
「これ帽子ですよ。かぶって使うんです」
どうやらにとりの帽子を見て、形状が似ていると思ったらしい。
そう言うやいなや、椛は手にしていたグローブの捕球する側を頭に乗せる。
グローブの指先が前髪にかかり、まるで革製の兜の様にしっくり頭に収まった。
にとりもその様子を見て、帽子を脱いで同じくミットを被る。
「おお! ピッタリだ! これは帽子に違いないね」
「ですね。しかもたくさんありますから、参加者全員が被るんですよ」
まさに慧眼に至ったとばかりに、二人は納得する。
そんな様子を観察していた私は
「……ぶ、くくくふふふ……帽子って……あんな真剣な顔でミットを頭に……」
必死に口から吹き出そうな笑いを押しとどめていた。
しょっぱなからこれほど攻撃力の高いボケを持って来るとは。恐るべし、純粋さからくる創造力。
しかし発想の飛躍は止まらない。
二人は二つしかないミットの形状が他のグローブと違うことに着目しだした。
「これだけ形が違うね」
「これもです。これは……特別な役割を示すものではないですか。この天狗世界での立場を表す頭襟の様に」
そうそばに脱いである頭襟を指し示す椛。
頭襟の形や色、紐に付いた房飾りの数で種族階級まで判別される天狗にとって、帽子はステータスを表す目印の意味合いが強い。
きっと椛も、形が他と違う+数が少ない=偉い者がかぶる帽子という図式を思いついたに違いない。
それに加え、私が示した団体戦という鍵。椛はこう推測する。
「これは、それぞれのチームの大将が被るものでしょう。そして、脇を普通の帽子を被った人員が固めるという形です」
「なるほどなぁ。でもひーふーみー……2で割ったら一個余っちゃうよ」
「え……あ……」
そう、よく気が付いたにとり。これは1チーム全員が使うものなんだ。決して、2チームが分け合うものじゃないんだよ。
ましてや被ったりもしないんだけど……
さて、どう答えを出す?
「うーん、これは予備じゃないですかね。もしくは文さんが一個多く持ってきちゃったとか」
「ええ……そーかなぁ?」
「ああ見えて文さん、意外と間抜けなミスをしたりするんですよ」
……椛、覚えてなさい。
普段椛が私の事をどう思っているか垣間見えたが、そんな状況をよそに二人はさらに考える。
次のステップは、ボールとバットだ。
「こん棒が1本に、毬が1個……少ないですね」
「これは人数分無いんだね」
「そうですね。私は武器の類かと思うのですが」
「武器……って?」
「例えば、こう左右に分かれてこん棒を構える。それで真ん中に走ってきて大将を一撃! 勝負あり!」
椛はそう言いながら、バットを手に取り上段に構える。そして息を浅く止めて思いっきり振り下ろした。
ぶぉん、というバット独特の風切り音が響き、椛の足裏が土を削る。
さすがに剣術を習得しているだけあって、迫力満点だ。
「椛……そんなものでどつき合いなんかしたら、死んじゃうよ」
「そのための、帽子ですよ」
いやいやいやいや! 死ぬから! それは何の防御力もないから!
私は今すぐ出て行ってツッコみたいのを、すんでのところで我慢する。
椛……それじゃ合戦よ。休みの日ぐらい、戦いの日々から離れなさい。
そんな私の想いが通じたのか、にとりも控えめに反論する。
「それでも違うよ。例えば椛がこん棒なら、私の武器は残った毬になっちゃうじゃないか。
こんなもの投げつけるしかない。威力が不公平だよ。
それに大将だけ武器で、他はつかみ合いをするの? これ、本当にスポーツ?」
よく言った! 私はにとりの常識的な意見に鷹揚に頷く。
「そう……ですね。思えばこの形式だと、どうなれば何点になるかが曖昧ですね」
「そうだよ! これ点を取り合うスポーツって文さんが言ってたよね。
きっと殴って倒しあうとそんな単純な事じゃなくて、もっと複雑な競技なんだ」
おおお、と私は感動した。話がどんどん的を射た方向に修正されていく。
だが、ここからどう転がっていくのか。
するとにとりの快進撃は続く。
「毬を使うスポーツっていえば、ちょっと前に人里で流行った蹴鞠があったよね」
「ああ、あのゲーム機とかいう四角い箱を蹴り合う遊びですね。幻想郷縁起にも書いてあった」
「そうそれ。あれも外界の遊びだし、もしかしてこの毬も蹴り合って得点を取る競技じゃないかな」
そうにとりは、既存の遊びから活路を見出そうとする。
おしい。非常におしい。だが球技に結びつけた発想力はグッジョブです。
ようやく歪ながら建設的な話し合いになるだろうと、私はほっとしつつもやや面白みに欠ける展開だな、と薄っすら思ってしまった。
だが、笑いの神は二人の前で微笑みどころか爆笑を始めた様だ。
「たしか、人里の蹴鞠では『ごおる』というそこに蹴り入れると得点が入る囲いがありましたね」
「ごおる、かぁ……ごおる……ん、あっ! 分かった!」
「にとり。何かひらめいたんですか」
「このこん棒だよ。これがごおるなんだ!」
そう力強くバットをビシリと指差すにとり。
にとりはバットを手に取ると、太い方を大地に向けて立てる。
このバットは先端を皿状にくり抜いてあるため、バットはバランスを取り直立した。
「ほら、やっぱり立てられる。
いいかい。コイツに向かって毬を蹴る。それでコイツに当たって倒れたらごおる! 得点が入る」
「おおお! それです! さすがにとりですね」
合点がいったと頷く椛。褒められて少し照れるにとり。
そして、木陰でうずくまり木の根っこをばしばし叩きながら声を殺して笑う私。
「ひーひっひ……球小さいし、ゴール細い……一点取るのにどんだけかかるのよ!」
私はもう声をあげてひたすら笑いたかった。
現に椛が練習で球を蹴ってみるも、バットにはかすりもしない。
にとりも同様にやってみると、かろうじで当たってバットが倒れた。
それだけで二人はハイタッチ。どうやらこれで成立すると確信したらしい。
その後、二人は細かな規則を編み出し始める。
人数は帽子もといグローブの数から、一チーム4人の二チームで争う。
バットを真ん中に置いて、四角いコートの両端から参加者が走り込んで球を奪い合う。
そして、球でバットを倒したら得点が入り、ここまでをワンセットでもう一回初めの状態に戻ること等など。
私はそのルールが決まるたび、窒息寸前にまで追い込まれた。
「ひゅー……ひゅー……あー、おかしい。まだお腹痛い。
どれ、そろそろネタばらしをしますか」
私は存分に堪能させてもらったので、二人に本当のルールを教えてその反応をも観察しようと立ち上がりかける。
その時、背後から声がかけられる。
「ねぇ、文」
「うおぅ! は、はたて。こんなところで何を」
「それはこっちが聞きたいわよ」
背後に音も無く近づいていたのは、同じ鴉天狗で記者のはたて。
私はドクドクと波打つ心臓をなだめつつ、はたての用向きを聞く。
「何か用ですか」
「用があるのは印刷所。あんた今日原稿の刷り上がりでしょ。取りに行かないの?」
「あやや! そうでした。ついうっかり」
「まったく。ちょっと印刷所に顔出したら、あんたへの使いっぱしり頼まれるって何なのよ……」
そうはたてはぶつぶつと文句を垂れるが、私は慌てて印刷所に向かって飛翔する。
広場の二人のことは、この時頭から消えていた。
――◇――
それから幾日か、私は多忙な日々を送っていた。
原稿の締め切りに追われ、家の外には買い出しくらいにしか出られない。
だがそんな激務も一段落し、一服しているところに情報が飛び込んだ。
山民スポーツ広場で、選抜河童チーム対白狼天狗の野球大会が行われる、とのことだった。
野球大会? 私はぼうっと記憶をめぐらし、目を見開いた。
あの二人、あのままだったような……まさか。まさか!
私は取る物も取らず、急いで広場に向かった。
『さぁ、始まりました。第一回春の選抜野球大会。会場は熱気に包まれております』
河童特製の拡声器から、実況らしき声が広場に響いている。
その言葉の通り、会場となった広場の周囲にはひな壇状に観客席が組まれ、そこに河童と白狼天狗が所狭しと着席して応援の声をあげていた。
一部ではフランクフルトや牛串を頬張り、酒を飲んでいる。
どうやら試合はもう始まっているらしい。
観客が囲むのは、実際の野球グラウンド程の広さの長方形に白線で区切られたコート。
その長辺を二分する位置と、何故か長方形の両端に半円の線が引かれ、コートのど真ん中には直立するバット。
そこに河童と白狼天狗の選手が4人ずつ展開する。
どちらも精悍な体つきで目は闘志に満ち、揃いのユニフォームに頭にはしっかりとグローブを被っていた。
『さて、球の蹴り出しはカッパドキアチームの大将、川内選手。自陣の蹴り出し位置に球を置き、蹴り出しました! 両者が動きます。
おおっと、守備側のダンスウルブズチームはごる棒の獲得に向かって陣形を組み突進。
速い速い! あっという間にごる棒を囲みました』
実況の通り、コートの両端で構えていた選手が、中央に走り込んでの攻防を繰り広げていた。
白狼天狗チームはバット、この場合はごる棒なる名称の棒を包囲し、周囲の警戒に当たっていた
一方の河童チームはその周りで球をパス回しし、隙を伺う。
すると、ミットを被った選手が何やら指示を出し、その包囲の中へ球を蹴り入れた。
『川内の相方水田が仕掛ける! しかし取られた! 球を取られています。
これはウルブズ土佐選手が球を受け、そして白線外へと放り出した!
守備側の好機到来! 球が白線内へと戻る間にごる棒を移動させることができます。
ここで俊足自慢の柴選手がごる棒を持って走る走る! 速い。まるで暴走機関車だ!
しかし球をドキア沢村が速やかに白線内に戻したぁ! 柴は失格にならない様あわてて棒を置きました。
位置はややウルブズの安置範囲に近い隅。果たして守り切れるか』
白熱する実況。盛り上がる観客たち。
そして再び河童が仕掛ける。弾丸の様に蹴られた球は、守備を掻い潜りごる棒のすぐ脇をかすっていった。
だが、その勢いで球は再び枠外へ。
その時、戦況が動いた。
『ここで柴選手が秋田選手にごる棒を投げ渡す! そのまま安置範囲に一直線だ!
ドキア川内それを防ごうと立ちはだかるがああっ! 川内ふっとばされたぁ!!』
川内なる選手をはね倒した秋田が、自陣の半円スペースへと走り込む。
そして持っていたごる棒を振り上げ、聖剣を突き立てるかの様に地面へと突き立てる。
そしてこう叫んだ。
「カバディ! カバディ! カバディ! カバディ! カバディ!」
『決まったぁぁぁ!! ゴォォォォォール!!!
ウルブズ守った! まさに電光石火の素晴らしい守備。まずは先制点を決めた。
ドキアチーム、鋭い攻撃を放ちましたが、ごる棒を倒すまでに至らず。
ここで攻守交代。次のドキアの守備は肝心だ。ウルブズの攻撃にも期待が集まります』
カバディコールが成された途端、歓声が爆発的に広がった。
白狼サイコー! 河童の底力を見せてやれ! といった叱咤激励が飛び交う。
その姿はまるっきり大人気のスポーツ観戦さながらだった。
私は、ただ震えていた。
その震えの内訳は、種を蒔いて放っておいたらとんでもない巨木に育っていたのを発見したという興奮と、その巨木が意思を持って暴れ始めたことを知った焦り。
エラいことに……なってしまった……
私が唖然としていると、両チームのベンチから監督らしき人影が指示を飛ばしているのが見えた。
その姿に、見覚えがありすぎた。
「椛とにとり……あの子達だけで、よくぞここまで……」
そう、ウルブズ側ベンチには椛が満面の笑みで戻ってきた選手と両の手グータッチをしており、にとりはドキア側ベンチの壁に寄りかかってぶつぶつボヤく様に指示を出していた。
きっと、発案者としての名誉席なのだろう。
こうして、白狼天狗と河童一族に新たな娯楽が加わった。
私はこのある種大成功ともいえる社会実験の結果をカメラに収めた。
『ペンは民を動かす』をモットーとする私としては、情報の力を改めて知る非常に興味深いデータであり、満足だ。
ただ、どのタイミングで野球というスポーツの本当の実態を教えたらいいのか、その判断に苦心するのだった。
【試合終了】
「カバディ! カバディ! カバディ!」
椛が、猛る。にとりも、叫ぶ。
場所は妖怪の山、山民スポーツ広場の片隅。
山に住む天狗がランニングや体操をしたり、相撲好きな河童の為に土俵まで常設されている、山の運動不足解消と憩いの場である。
そこで彼女たちは、二人だけで取っ組み合いをしていた。
腰を落として互いに着物の帯に当たる部分をつかみ合っているから、見た目は相撲をしているようだ。
しかし、まず土俵が前述の立派なものではなく、単に地面に2メートル四方の四角い線を描いただけ。
何より気になりまくる違いは、「カバディ」と謎の言葉を呪文の様に連呼している点だ。
だが、そんな疑問はお構いなしに、彼女たちの攻防および声量が過熱する。
「カバディ! カバディ! カバディ! カバディ! カバディ!」
「カバディ! カバディ! カバディ! カバひゅいっ!」
「カバディィィ!!」
「うわああぁぁ」
にとりが不可思議な叫び声を噛んだ刹那、椛が気合一閃、がっぷり四つに組んだにとりを四角い線の外にうっちゃる。どうやら勝負がついたらしい。
椛は「勝ちましたー!」と上機嫌。にとりは悔しそうに顔をしかめるが、次こそは勝つという気概に満ちた笑いを浮かべる。
そんな健やかな運動に勤しむ彼女たちを、私は写真に収める気にもならないぐらい奇怪な物を見る目で見つめていた。
それは周りの者たちも同様。
現にあの二人の周辺だけ人がいない。完全に距離を置かれている。
これは知り合いとして非常に気まずい思いだ。
善良な感覚で言えば、その事実を告知し行動の停止を勧告するべきなのだろう。
しかし、絡みたくないなぁ……
だが、尻込みしていたら突貫記者の名が廃る。
私は勇気を出して椛の方へ寄って行った。
「……椛」
「あ、文さん。こんにちは」
「……こ、こんにちは」
私が堪らなくなって声をかけると、椛はいつも通りに、にとりは少し緊張して挨拶をした。
(……よかった。コミュニケーション能力は失われてないみたい)
もう春だからね。いろいろ邪推してもしょうがない。
私は返礼をしつつ、まずは基本の質問をしてみる。
「何を、やっているんですか?」
「これは『カバディ』というスポーツです」
「……かばで」
「カバディです」
エヘン、と胸を張って堂々と宣言する椛。それに追随する様に、にとりもコクコクと頷く。
だが、謎は晴れない。むしろ深まった。
「あー。私はその、かばでぃですか? そのスポーツを知らないんです。
ルールを説明してもらえますか?」
「ええ、もちろん」
情報通の私が知らない事を教えるという立場が新鮮なのか、椛は嬉々として実地を踏まえて説明をした。
内容をまとめると、どうやら基本は相撲と一緒らしい。四角い枠の外に相手を押し出すか、地面に体を触れさせれば勝ち。
ただし、相手に触れている間は常に「カバディ」と言い続けなければいけない。しかも、途中でつっかえたり言い損なったりしても負け、だそうだ。
なるほど。先程の奇妙な行動も頷けた。
頷けたのだが……
「それ、楽しいですか?」
「ええ、とっても」
「これは相撲より難しいんだ!
声が続かないと負けてしまう。でも、相手と組み合ってないと勝負にならない。
相手にいつまで触れ続けるかの駆け引きが、カバディの醍醐味なんだよ!」
うわ、熱く語り始めた。
実は私、カバディの『正しい』ルールを知っている。さっきの知らないふりは、話を引き出す記者のテクニックである。
そもそもカバディは団体戦だし、相手を押し倒すのが主な目的ではない。
今回はそんな特殊知識が仇となり、曲解された競技に熱中する二人が少々滑稽に見えてしまう。
確かに少し面白そうだが、何かそれに同意して一緒に興じたら負けな気もする。
まったくも~。椛はたまの休みになると、にとりとつるんで将棋か相撲ばっかり。
それに飽き足らず、ついにこんなトンデモスポーツまで編み出して……
とここで、ふと私は考えた。
いくらなんでも、これは突飛すぎる創造性だ。
「椛。このスポーツ、もしかして誰かに教えてもらったのですか?」
「あれ、よく御存じですね。守矢神社の巫女さんから教わったんです」
やっぱり。事件の陰にやっぱり早苗だ。
聞けば、いつもの様に広場で相撲を取っていると、早苗が偶然通りかかったらしい。
世間話ついでに娯楽が将棋か相撲くらいしかないことを話すと、早苗が新スポーツの提案をしたとのことだ。
それで説明されたのが、カバディ。遊興の素人相手、しかも2人しかいないのにカバディを推奨である。
さすがに常識をブン投げているだけはある。
でも提言した本人の記憶が曖昧だったのか、それとも2人用にルールの改造をしたのか。
ともかく、これでネオカバディの一丁上がりとなった訳らしい。
「……それ恐ろしくマイナーなスポーツの上、ルールも微妙に違うと思いますよ」
「ええ? そうなのですか」
「こんなに楽しいのにねぇ」
私の頭痛を抑えながら試みた訂正に、にとりと椛は顔を見合わせ、不思議そうな顔をする。
よっぽど楽しかったんだなぁ。私は小さくため息をつく。
「やれやれ。あの巫女なんかに頼らず、偉大な先人が編み出したスポーツに頼ったらどうです? 例えば野球とか」
私はごくごく一般に普及している事象を述べたつもりだった。
しかし、二人の次の一言は、私の固定観念をひっくり返すには充分だった。
「……やきう?」
「……文さん、野球って何ですか?」
絶句。
もう、口をあんぐり開けてただ沈黙する。
(え? この子たち……野球知らないの!?)
まさか。いやそんなハズはないよね。
野球よ、野球。競技人口どんだけいると思っているの。
人里では、空地の子供から河川敷の大人まで知っているのよ!?
「い……いやぁ、四月馬鹿にしてはちょっと無理がありますよ。
野球って言ったら野球です。こ~う投げたらこう打って~のベースボールです」
「べいす……米酢ですか? お寿司と関係があるのでしょうか」
「分からないなぁ……」
あはははは、やばい。本当に知らねぇや、この子たちは。
これだから世の中は面白い。私は記者以前に、一介の妖怪として世の深さを思い知った。
だが同時に、社会の木鐸を担う私の良心がまさしく警鐘を鳴らす。
このままこの二人を放置したら、いずれどこかで要らぬ恥をかくに違いない。
私は懇切丁寧に野球を教授しようとしたその時、良心の対極にいた悪戯心が飛び出してきた。
(……曖昧な情報のみで、あれだけトンチンカンなスポーツを真面目にやるのだ。
もし野球の道具だけ与えて放って置いたら、いったいどうなるのだろう……)
「……野球を知らないのも無理がありません。これはごく最近幻想郷に流れ着いた競技ですからね。
なんでも様々な道具を使って進行するらしいのですが、生憎とやり方が分からないのですよ。
よかったらそれらの道具を差し上げますので、遊び方を開発してみてください」
やってしまった。
まるで真実がごとく、出任せをペラペラと喋ってしまった。
しかし、それに気づかないのが目の前の二人。
「わぁ、本当ですか」
「あ、ありがとう」
目を輝かせて私に謝辞を述べる椛とにとり。
良心が多少痛むが、先程の知的興味が衰えないのも事実。
私は「それじゃ、道具を取ってくるので」と飛翔した。
――◇――
「はい。これがその道具です」
私がドサドサと地面に置いたのは、よく使いこまれたグローブが7つに捕手・一塁手用ミットが各1つずつ、木製のバット、そして表面が茶色に変色したボールである。
これらはすべて、鴉天狗新聞協会の実業団野球部からお古を頂いてきたものだ。
さすがに新品で揃えるのは経費的に無理だったが、これだけあればダイヤモンドと塁を直接地面に描いて試合もできる。
「これは……こん棒ですかね。重くて、威力がありそう」
「この毬、革で出来てるよ。珍しいなぁ」
不思議だ。
鴉天狗側は野球サークルまで結成されるほど人気のスポーツなのに、片や白狼天狗や河童は初めて見る道具を好奇心旺盛にいじりまわす。
種族で文化が微妙に異なるとはいえ、この子らの酋長は種族間の情報断絶でも図ったのだろうか。
実に興味深い。今度取材してみようかな。
「かろうじて得た情報によると、これは団体戦で点を取り合って勝つことを目的とするらしいです。
あとは……外界で行われていたスポーツですからね。空を飛ぶとかそういった特殊能力は使わないと思いますよ。
それでは、私は取材があるので」
そう言って、私は二人の前から飛び去る。
が、離れたところでUターン。先程の場所近くの茂みに息をひそめて隠れる。
狙いはもちろん、二人の観察だ。
視力5.0の両目と地獄耳で感度はバッチリ。いざ、ウォッチング!
「これは、なんの道具なんでしょうか」
「いっぱいあるね」
まず二人が興味を示したのはグローブとミット。
適当に一つ手に取り、くるくると外観を確認する。
「この毬と同じ革製、だね」
「それにこの形は……バナナ?」
「意味があるのかなぁ?」
お互い触ったり嗅いだりして、矯めつ眇めつ使用目的を考える。
「うーん……あ、わかった!」
突如、椛が声をあげる。その視線はにとりの頭上に向かっていた。
「これ帽子ですよ。かぶって使うんです」
どうやらにとりの帽子を見て、形状が似ていると思ったらしい。
そう言うやいなや、椛は手にしていたグローブの捕球する側を頭に乗せる。
グローブの指先が前髪にかかり、まるで革製の兜の様にしっくり頭に収まった。
にとりもその様子を見て、帽子を脱いで同じくミットを被る。
「おお! ピッタリだ! これは帽子に違いないね」
「ですね。しかもたくさんありますから、参加者全員が被るんですよ」
まさに慧眼に至ったとばかりに、二人は納得する。
そんな様子を観察していた私は
「……ぶ、くくくふふふ……帽子って……あんな真剣な顔でミットを頭に……」
必死に口から吹き出そうな笑いを押しとどめていた。
しょっぱなからこれほど攻撃力の高いボケを持って来るとは。恐るべし、純粋さからくる創造力。
しかし発想の飛躍は止まらない。
二人は二つしかないミットの形状が他のグローブと違うことに着目しだした。
「これだけ形が違うね」
「これもです。これは……特別な役割を示すものではないですか。この天狗世界での立場を表す頭襟の様に」
そうそばに脱いである頭襟を指し示す椛。
頭襟の形や色、紐に付いた房飾りの数で種族階級まで判別される天狗にとって、帽子はステータスを表す目印の意味合いが強い。
きっと椛も、形が他と違う+数が少ない=偉い者がかぶる帽子という図式を思いついたに違いない。
それに加え、私が示した団体戦という鍵。椛はこう推測する。
「これは、それぞれのチームの大将が被るものでしょう。そして、脇を普通の帽子を被った人員が固めるという形です」
「なるほどなぁ。でもひーふーみー……2で割ったら一個余っちゃうよ」
「え……あ……」
そう、よく気が付いたにとり。これは1チーム全員が使うものなんだ。決して、2チームが分け合うものじゃないんだよ。
ましてや被ったりもしないんだけど……
さて、どう答えを出す?
「うーん、これは予備じゃないですかね。もしくは文さんが一個多く持ってきちゃったとか」
「ええ……そーかなぁ?」
「ああ見えて文さん、意外と間抜けなミスをしたりするんですよ」
……椛、覚えてなさい。
普段椛が私の事をどう思っているか垣間見えたが、そんな状況をよそに二人はさらに考える。
次のステップは、ボールとバットだ。
「こん棒が1本に、毬が1個……少ないですね」
「これは人数分無いんだね」
「そうですね。私は武器の類かと思うのですが」
「武器……って?」
「例えば、こう左右に分かれてこん棒を構える。それで真ん中に走ってきて大将を一撃! 勝負あり!」
椛はそう言いながら、バットを手に取り上段に構える。そして息を浅く止めて思いっきり振り下ろした。
ぶぉん、というバット独特の風切り音が響き、椛の足裏が土を削る。
さすがに剣術を習得しているだけあって、迫力満点だ。
「椛……そんなものでどつき合いなんかしたら、死んじゃうよ」
「そのための、帽子ですよ」
いやいやいやいや! 死ぬから! それは何の防御力もないから!
私は今すぐ出て行ってツッコみたいのを、すんでのところで我慢する。
椛……それじゃ合戦よ。休みの日ぐらい、戦いの日々から離れなさい。
そんな私の想いが通じたのか、にとりも控えめに反論する。
「それでも違うよ。例えば椛がこん棒なら、私の武器は残った毬になっちゃうじゃないか。
こんなもの投げつけるしかない。威力が不公平だよ。
それに大将だけ武器で、他はつかみ合いをするの? これ、本当にスポーツ?」
よく言った! 私はにとりの常識的な意見に鷹揚に頷く。
「そう……ですね。思えばこの形式だと、どうなれば何点になるかが曖昧ですね」
「そうだよ! これ点を取り合うスポーツって文さんが言ってたよね。
きっと殴って倒しあうとそんな単純な事じゃなくて、もっと複雑な競技なんだ」
おおお、と私は感動した。話がどんどん的を射た方向に修正されていく。
だが、ここからどう転がっていくのか。
するとにとりの快進撃は続く。
「毬を使うスポーツっていえば、ちょっと前に人里で流行った蹴鞠があったよね」
「ああ、あのゲーム機とかいう四角い箱を蹴り合う遊びですね。幻想郷縁起にも書いてあった」
「そうそれ。あれも外界の遊びだし、もしかしてこの毬も蹴り合って得点を取る競技じゃないかな」
そうにとりは、既存の遊びから活路を見出そうとする。
おしい。非常におしい。だが球技に結びつけた発想力はグッジョブです。
ようやく歪ながら建設的な話し合いになるだろうと、私はほっとしつつもやや面白みに欠ける展開だな、と薄っすら思ってしまった。
だが、笑いの神は二人の前で微笑みどころか爆笑を始めた様だ。
「たしか、人里の蹴鞠では『ごおる』というそこに蹴り入れると得点が入る囲いがありましたね」
「ごおる、かぁ……ごおる……ん、あっ! 分かった!」
「にとり。何かひらめいたんですか」
「このこん棒だよ。これがごおるなんだ!」
そう力強くバットをビシリと指差すにとり。
にとりはバットを手に取ると、太い方を大地に向けて立てる。
このバットは先端を皿状にくり抜いてあるため、バットはバランスを取り直立した。
「ほら、やっぱり立てられる。
いいかい。コイツに向かって毬を蹴る。それでコイツに当たって倒れたらごおる! 得点が入る」
「おおお! それです! さすがにとりですね」
合点がいったと頷く椛。褒められて少し照れるにとり。
そして、木陰でうずくまり木の根っこをばしばし叩きながら声を殺して笑う私。
「ひーひっひ……球小さいし、ゴール細い……一点取るのにどんだけかかるのよ!」
私はもう声をあげてひたすら笑いたかった。
現に椛が練習で球を蹴ってみるも、バットにはかすりもしない。
にとりも同様にやってみると、かろうじで当たってバットが倒れた。
それだけで二人はハイタッチ。どうやらこれで成立すると確信したらしい。
その後、二人は細かな規則を編み出し始める。
人数は帽子もといグローブの数から、一チーム4人の二チームで争う。
バットを真ん中に置いて、四角いコートの両端から参加者が走り込んで球を奪い合う。
そして、球でバットを倒したら得点が入り、ここまでをワンセットでもう一回初めの状態に戻ること等など。
私はそのルールが決まるたび、窒息寸前にまで追い込まれた。
「ひゅー……ひゅー……あー、おかしい。まだお腹痛い。
どれ、そろそろネタばらしをしますか」
私は存分に堪能させてもらったので、二人に本当のルールを教えてその反応をも観察しようと立ち上がりかける。
その時、背後から声がかけられる。
「ねぇ、文」
「うおぅ! は、はたて。こんなところで何を」
「それはこっちが聞きたいわよ」
背後に音も無く近づいていたのは、同じ鴉天狗で記者のはたて。
私はドクドクと波打つ心臓をなだめつつ、はたての用向きを聞く。
「何か用ですか」
「用があるのは印刷所。あんた今日原稿の刷り上がりでしょ。取りに行かないの?」
「あやや! そうでした。ついうっかり」
「まったく。ちょっと印刷所に顔出したら、あんたへの使いっぱしり頼まれるって何なのよ……」
そうはたてはぶつぶつと文句を垂れるが、私は慌てて印刷所に向かって飛翔する。
広場の二人のことは、この時頭から消えていた。
――◇――
それから幾日か、私は多忙な日々を送っていた。
原稿の締め切りに追われ、家の外には買い出しくらいにしか出られない。
だがそんな激務も一段落し、一服しているところに情報が飛び込んだ。
山民スポーツ広場で、選抜河童チーム対白狼天狗の野球大会が行われる、とのことだった。
野球大会? 私はぼうっと記憶をめぐらし、目を見開いた。
あの二人、あのままだったような……まさか。まさか!
私は取る物も取らず、急いで広場に向かった。
『さぁ、始まりました。第一回春の選抜野球大会。会場は熱気に包まれております』
河童特製の拡声器から、実況らしき声が広場に響いている。
その言葉の通り、会場となった広場の周囲にはひな壇状に観客席が組まれ、そこに河童と白狼天狗が所狭しと着席して応援の声をあげていた。
一部ではフランクフルトや牛串を頬張り、酒を飲んでいる。
どうやら試合はもう始まっているらしい。
観客が囲むのは、実際の野球グラウンド程の広さの長方形に白線で区切られたコート。
その長辺を二分する位置と、何故か長方形の両端に半円の線が引かれ、コートのど真ん中には直立するバット。
そこに河童と白狼天狗の選手が4人ずつ展開する。
どちらも精悍な体つきで目は闘志に満ち、揃いのユニフォームに頭にはしっかりとグローブを被っていた。
『さて、球の蹴り出しはカッパドキアチームの大将、川内選手。自陣の蹴り出し位置に球を置き、蹴り出しました! 両者が動きます。
おおっと、守備側のダンスウルブズチームはごる棒の獲得に向かって陣形を組み突進。
速い速い! あっという間にごる棒を囲みました』
実況の通り、コートの両端で構えていた選手が、中央に走り込んでの攻防を繰り広げていた。
白狼天狗チームはバット、この場合はごる棒なる名称の棒を包囲し、周囲の警戒に当たっていた
一方の河童チームはその周りで球をパス回しし、隙を伺う。
すると、ミットを被った選手が何やら指示を出し、その包囲の中へ球を蹴り入れた。
『川内の相方水田が仕掛ける! しかし取られた! 球を取られています。
これはウルブズ土佐選手が球を受け、そして白線外へと放り出した!
守備側の好機到来! 球が白線内へと戻る間にごる棒を移動させることができます。
ここで俊足自慢の柴選手がごる棒を持って走る走る! 速い。まるで暴走機関車だ!
しかし球をドキア沢村が速やかに白線内に戻したぁ! 柴は失格にならない様あわてて棒を置きました。
位置はややウルブズの安置範囲に近い隅。果たして守り切れるか』
白熱する実況。盛り上がる観客たち。
そして再び河童が仕掛ける。弾丸の様に蹴られた球は、守備を掻い潜りごる棒のすぐ脇をかすっていった。
だが、その勢いで球は再び枠外へ。
その時、戦況が動いた。
『ここで柴選手が秋田選手にごる棒を投げ渡す! そのまま安置範囲に一直線だ!
ドキア川内それを防ごうと立ちはだかるがああっ! 川内ふっとばされたぁ!!』
川内なる選手をはね倒した秋田が、自陣の半円スペースへと走り込む。
そして持っていたごる棒を振り上げ、聖剣を突き立てるかの様に地面へと突き立てる。
そしてこう叫んだ。
「カバディ! カバディ! カバディ! カバディ! カバディ!」
『決まったぁぁぁ!! ゴォォォォォール!!!
ウルブズ守った! まさに電光石火の素晴らしい守備。まずは先制点を決めた。
ドキアチーム、鋭い攻撃を放ちましたが、ごる棒を倒すまでに至らず。
ここで攻守交代。次のドキアの守備は肝心だ。ウルブズの攻撃にも期待が集まります』
カバディコールが成された途端、歓声が爆発的に広がった。
白狼サイコー! 河童の底力を見せてやれ! といった叱咤激励が飛び交う。
その姿はまるっきり大人気のスポーツ観戦さながらだった。
私は、ただ震えていた。
その震えの内訳は、種を蒔いて放っておいたらとんでもない巨木に育っていたのを発見したという興奮と、その巨木が意思を持って暴れ始めたことを知った焦り。
エラいことに……なってしまった……
私が唖然としていると、両チームのベンチから監督らしき人影が指示を飛ばしているのが見えた。
その姿に、見覚えがありすぎた。
「椛とにとり……あの子達だけで、よくぞここまで……」
そう、ウルブズ側ベンチには椛が満面の笑みで戻ってきた選手と両の手グータッチをしており、にとりはドキア側ベンチの壁に寄りかかってぶつぶつボヤく様に指示を出していた。
きっと、発案者としての名誉席なのだろう。
こうして、白狼天狗と河童一族に新たな娯楽が加わった。
私はこのある種大成功ともいえる社会実験の結果をカメラに収めた。
『ペンは民を動かす』をモットーとする私としては、情報の力を改めて知る非常に興味深いデータであり、満足だ。
ただ、どのタイミングで野球というスポーツの本当の実態を教えたらいいのか、その判断に苦心するのだった。
【試合終了】
面白かったです
椛かわいい。にとりもな。
ただし文丸、テメーはダメだ。
道具だけで本当に別のスポーツが生まれてしまうなんて……!そんなのあるわけが……いや、でもあるかもしれない。それが幻想郷テイストなのですね!
ネオカバディの威力もさることながら、カバディEXの試合も面白すぎです。要するに全体的にツボでした。
次回から氏のコメディは自宅で読むことにします。
自分の中で本当にやってみたい実験のベスト3に入る題材です。
真面目にやるほど面白くなりそうなのがいい!
5番様
仲良くスポーツをする二人組はとても微笑ましいものです。たとえそれがヘンテコな競技であっても(笑)
6番様
もう河童と白狼天狗はカバディを国技にした方がいいですね(笑)
賢者になる程度の能力様
それ採用決定!
12番様
高度知的生命体は創造力が大事。何でも一生懸命な子には好感がもてますね。
文さんは……彼女がきっかけの奇跡です。大目に見てあげてください。
超門番様
ご感想ありがとうございます。
野球を知っているからこそありえない、面白いと感じていただけたら幸いです。
日本でも世界のマイナースポーツの道具で同じことをやったら、もしかしたらこれ以上に面白い展開になるカモ?
21番様
これは失礼(ぺこり)
過去にも異様なテンションで書いてしまったコメディがいくつかあります。
万全の状態で読んでいただけたら幸いです(笑)
小学校の頃、上級生の間でインディアカが謎のブームになったのを目撃したがま口でした。
カバディ……ですなぁ……
過去の出土品とかに何とか使用用途をこじつける様を幻視しました。
ご感想ありがとうございます。本当に野球を知らない人に会ったら、是非試してみたいテーマです。
出土品の使用方法を推定しても、その当時の人が見れば大笑いされるかもしれませんね。
ありがとうござい枡田慎太郎
まさにそれです(笑) 親指を立てたポーズの立絵まで見えますぞ。
無秩序からくる創造性(マトモなものを創造できるとは言っていない)