紅魔館。
その日は穏やかに四月の陽が射す、珍しく何も無い日。
その庭を熱心に手入れをするものが一人。
真紅の髪に深緑のチャイナドレスを改造した拳法服と、お揃いの色のチャイニーズハンチング。それに輝く金龍の星。
普段は紅魔館の門番として、彼女は門の詰め所にいるが、館のメイド長から「そろそろ彩りが欲しい」と言われ、
本来の役である庭師の仕事に、精を出しているのだった。
草に埋もれた噴水の周りを片付け、紅魔館を覆ったツタを剥がして、その後の壁の掃除をメイド長に依頼する。
ひとしきり終わって、額の汗をふき取りながら彼女は一人呟いた。
「これで後は花壇の整備ですか。あそこも雑草だらけでしたね・・・。」
苦笑を交えて、彼女は草の生い茂る方向を見る。
勝手に根付いた植物が自己主張も激しく、花を揺らしている。
「花壇に植えていた本来の花も有るし、一番面倒な仕事を後に回しちゃったかな?」
少し考えて、まあいいか、と彼女は思い直し、庭弄りの道具一式を一輪車に載せて花壇へと向かう。
色彩が綺麗な花ならば、そのまま植え替えて花壇の住人にすればいいし、例えそれが叶わなくとも、薬として使えるなら永遠亭に、
花それ自体に価値があれば蕾の物を選んで、人里の花屋に卸せばいいのだ。
入り込んだエノコロ草などの邪魔者を排除して、残す花、残さない花を分別する。
残す花は土ごと一輪車に載せ、退避させて、残さない花はつぼみの多いものは根を残し、それ以外は根を切り落とし、噴水からくみ上げた
水に纏めておく。
花壇の土を耕して、堆肥を混ぜる。
その途中、二、三人分の人骨が出てきたが、それは別に取っておいて作業を続けた。
「精が出るわね、美鈴。」
背中から声を掛けられて振り返ると、紫の服を着て、同じ色の帽子を被った、白い肌の少女が日傘を手に立っている。
「館の外で見るのはお久しぶりですね。パチュリー様。」
にっこりと微笑み、美鈴は図書館の主に挨拶し、続ける。
「本日は咲夜様から直々に頼まれましたからね。門番での失点を取り返そうかと。」
正直な動機に、パチュリーは笑んだ。この正直な所と裏表の無い言動は美鈴の美徳だ。
ふと、花壇の方に目を移して、無造作に詰まれた人骨を見る。
美鈴は目ざとく視線を読み、説明した。
「勝手に忍び込んで、私に斬りかかった賊の成れの果てですよ。」
「賊とは言え、随分思い切ったことをするわね。」
パチュリーの言葉には何の感情も無い。用事聞き以外の人間は無断でこの館に入れない鉄の掟がある。
それを破ったものは相応の待遇が待っているだけなのだ・・・ただの人間や妖怪ならば。
「所詮は人を泣かすことしか知らないような者達です。似合いの末路ですよ。しかしこうやって花壇の栄養にされて、初めて役に立つのですから、
『死んだ方がマシ』とはよく言ったものですよね。」
にっこりと言う、その言葉の意味のベクトルは少し違う、があえて突っ込まず、パチュリーは訊く。
「この骨、どうするの?」
最初から決まっているように美鈴は言った。
「粉末にして追肥の時に使います。花によってはその方が丈夫になるので。」
そこまで言って、思い出したように美鈴は釘を差すように言う。
「パチュリー様、お願いですから今年は花壇に変な模様を作らないようにしてくださいね?」
パチュリーは顔を逸らして「考えておくわ」と言ったきりだった。
ふと、パチュリーが顔を背けた視界に、小さく可憐な紅い花が咲いている。
「これは・・・ケシ?小さいけど。」
「それはヒナゲシです。私が故郷からもって来ました。」
「好きなの?この花。」
「ええ、悲恋の話の花でもあるんですが、私は決して目立たずそっと咲いているこれが気に入ってます。」
美鈴の言葉に、パチュリーは自分の記憶を辿る。
「・・・虞美人草?」
「ええ。」美鈴の笑顔が少し憂いた。
楚の大軍に囲まれて、最後の宴を舞で飾り、自ら命を絶った女性、その血の痕から生まれた花。
「垓下の戦いの話は読んだ事があるわ。この花だったのね。」
「はい。花びらの色は沢山ありますが、この紅が本来の色だと私は思いまして。」
パチュリーが思い出しながら唱する
「力は山を抜き 気は世を蓋う」
美鈴がそれに和して、追う様に謳う
「時利あらず 騅逝かず」
「騅逝かざるを」 「奈何すべき」
次の瞬間、二人の声がぴったりと合った。
『虞や虞や 汝を奈何せん』
お互いがその目を見て、美鈴は何故か照れたように、パチュリーはくすくすと笑った。
やがて、パチュリーは顔を上げると、
「お邪魔したわね。気が向いたらまた花を見に来るわ。」と、館の中に去っていった。
その背中を見送ると、美鈴はまた植え替えの作業を始める。
花壇の脇に植えているクチナシが荒れているのでハサミを入れ、整える。
「これも花は好きなんだけど・・・虫が良く湧くから注意しないと・・・。」
永遠亭に行くついでに、館の住人に害の無い殺虫剤を貰うか、リグル・ナイトバグにお願いして虫を追い出すか迷う。
悪戯に変な虫を置いていかれても困るのだ。
しかし、夜にこの庭を歩くレミリアの為、あまり薬を使わずに済ませたいという思いもあった。
しばし迷って、とりあえずは終わってから考える事に決めた。
無心に庭を手入れして、一通りの移植を終わる。花の無い花壇には次の月には花をつける植物があるので、花期までつぼみが損なわれないように
注意しなければならない。
そうやって咲かせた花を愛でて貰うのは、彼女の幸せでもある。
後片付けを済ませ、花壇の脇に積んでいた人骨を噴水に持っていって丁寧に洗う。
それはこれから、形さえなくなる賊に対しての、彼女なりの送り方だった。
全ての骨を洗い終えて乾かす為に纏めると、美鈴はヒナゲシを一輪摘んで、その前に置いた。
「今頃は地獄で責め苦を受けているでしょうけど、自分の行いはどんな形でも償わなければならない。
だけど、今だけはこの花を慰めにして、来世への贖罪に励みなさいな。」
小さくかすかな祈りの言葉が漏れる。
「私にもいつか、あなた達をこうして、形も残さず花の糧にしてしまう報いが来るでしょう。その時は天の上から責め苦を受ける私を笑えばいい。
その時まで私はこうしてヒナゲシをあなた達の抜け殻に捧げましょう。その花言葉の通りに。」
その時、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた。
「はい、咲夜様、こちらに居ります。少々お待ちください。」
美鈴は振り返らず、小走りに去っていった。
それを見送る髑髏の一つ、もう空洞で何も無いはずの暗闇の奥に、小さな光が一瞬燈り、すぐに消えた。
その日は穏やかに四月の陽が射す、珍しく何も無い日。
その庭を熱心に手入れをするものが一人。
真紅の髪に深緑のチャイナドレスを改造した拳法服と、お揃いの色のチャイニーズハンチング。それに輝く金龍の星。
普段は紅魔館の門番として、彼女は門の詰め所にいるが、館のメイド長から「そろそろ彩りが欲しい」と言われ、
本来の役である庭師の仕事に、精を出しているのだった。
草に埋もれた噴水の周りを片付け、紅魔館を覆ったツタを剥がして、その後の壁の掃除をメイド長に依頼する。
ひとしきり終わって、額の汗をふき取りながら彼女は一人呟いた。
「これで後は花壇の整備ですか。あそこも雑草だらけでしたね・・・。」
苦笑を交えて、彼女は草の生い茂る方向を見る。
勝手に根付いた植物が自己主張も激しく、花を揺らしている。
「花壇に植えていた本来の花も有るし、一番面倒な仕事を後に回しちゃったかな?」
少し考えて、まあいいか、と彼女は思い直し、庭弄りの道具一式を一輪車に載せて花壇へと向かう。
色彩が綺麗な花ならば、そのまま植え替えて花壇の住人にすればいいし、例えそれが叶わなくとも、薬として使えるなら永遠亭に、
花それ自体に価値があれば蕾の物を選んで、人里の花屋に卸せばいいのだ。
入り込んだエノコロ草などの邪魔者を排除して、残す花、残さない花を分別する。
残す花は土ごと一輪車に載せ、退避させて、残さない花はつぼみの多いものは根を残し、それ以外は根を切り落とし、噴水からくみ上げた
水に纏めておく。
花壇の土を耕して、堆肥を混ぜる。
その途中、二、三人分の人骨が出てきたが、それは別に取っておいて作業を続けた。
「精が出るわね、美鈴。」
背中から声を掛けられて振り返ると、紫の服を着て、同じ色の帽子を被った、白い肌の少女が日傘を手に立っている。
「館の外で見るのはお久しぶりですね。パチュリー様。」
にっこりと微笑み、美鈴は図書館の主に挨拶し、続ける。
「本日は咲夜様から直々に頼まれましたからね。門番での失点を取り返そうかと。」
正直な動機に、パチュリーは笑んだ。この正直な所と裏表の無い言動は美鈴の美徳だ。
ふと、花壇の方に目を移して、無造作に詰まれた人骨を見る。
美鈴は目ざとく視線を読み、説明した。
「勝手に忍び込んで、私に斬りかかった賊の成れの果てですよ。」
「賊とは言え、随分思い切ったことをするわね。」
パチュリーの言葉には何の感情も無い。用事聞き以外の人間は無断でこの館に入れない鉄の掟がある。
それを破ったものは相応の待遇が待っているだけなのだ・・・ただの人間や妖怪ならば。
「所詮は人を泣かすことしか知らないような者達です。似合いの末路ですよ。しかしこうやって花壇の栄養にされて、初めて役に立つのですから、
『死んだ方がマシ』とはよく言ったものですよね。」
にっこりと言う、その言葉の意味のベクトルは少し違う、があえて突っ込まず、パチュリーは訊く。
「この骨、どうするの?」
最初から決まっているように美鈴は言った。
「粉末にして追肥の時に使います。花によってはその方が丈夫になるので。」
そこまで言って、思い出したように美鈴は釘を差すように言う。
「パチュリー様、お願いですから今年は花壇に変な模様を作らないようにしてくださいね?」
パチュリーは顔を逸らして「考えておくわ」と言ったきりだった。
ふと、パチュリーが顔を背けた視界に、小さく可憐な紅い花が咲いている。
「これは・・・ケシ?小さいけど。」
「それはヒナゲシです。私が故郷からもって来ました。」
「好きなの?この花。」
「ええ、悲恋の話の花でもあるんですが、私は決して目立たずそっと咲いているこれが気に入ってます。」
美鈴の言葉に、パチュリーは自分の記憶を辿る。
「・・・虞美人草?」
「ええ。」美鈴の笑顔が少し憂いた。
楚の大軍に囲まれて、最後の宴を舞で飾り、自ら命を絶った女性、その血の痕から生まれた花。
「垓下の戦いの話は読んだ事があるわ。この花だったのね。」
「はい。花びらの色は沢山ありますが、この紅が本来の色だと私は思いまして。」
パチュリーが思い出しながら唱する
「力は山を抜き 気は世を蓋う」
美鈴がそれに和して、追う様に謳う
「時利あらず 騅逝かず」
「騅逝かざるを」 「奈何すべき」
次の瞬間、二人の声がぴったりと合った。
『虞や虞や 汝を奈何せん』
お互いがその目を見て、美鈴は何故か照れたように、パチュリーはくすくすと笑った。
やがて、パチュリーは顔を上げると、
「お邪魔したわね。気が向いたらまた花を見に来るわ。」と、館の中に去っていった。
その背中を見送ると、美鈴はまた植え替えの作業を始める。
花壇の脇に植えているクチナシが荒れているのでハサミを入れ、整える。
「これも花は好きなんだけど・・・虫が良く湧くから注意しないと・・・。」
永遠亭に行くついでに、館の住人に害の無い殺虫剤を貰うか、リグル・ナイトバグにお願いして虫を追い出すか迷う。
悪戯に変な虫を置いていかれても困るのだ。
しかし、夜にこの庭を歩くレミリアの為、あまり薬を使わずに済ませたいという思いもあった。
しばし迷って、とりあえずは終わってから考える事に決めた。
無心に庭を手入れして、一通りの移植を終わる。花の無い花壇には次の月には花をつける植物があるので、花期までつぼみが損なわれないように
注意しなければならない。
そうやって咲かせた花を愛でて貰うのは、彼女の幸せでもある。
後片付けを済ませ、花壇の脇に積んでいた人骨を噴水に持っていって丁寧に洗う。
それはこれから、形さえなくなる賊に対しての、彼女なりの送り方だった。
全ての骨を洗い終えて乾かす為に纏めると、美鈴はヒナゲシを一輪摘んで、その前に置いた。
「今頃は地獄で責め苦を受けているでしょうけど、自分の行いはどんな形でも償わなければならない。
だけど、今だけはこの花を慰めにして、来世への贖罪に励みなさいな。」
小さくかすかな祈りの言葉が漏れる。
「私にもいつか、あなた達をこうして、形も残さず花の糧にしてしまう報いが来るでしょう。その時は天の上から責め苦を受ける私を笑えばいい。
その時まで私はこうしてヒナゲシをあなた達の抜け殻に捧げましょう。その花言葉の通りに。」
その時、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた。
「はい、咲夜様、こちらに居ります。少々お待ちください。」
美鈴は振り返らず、小走りに去っていった。
それを見送る髑髏の一つ、もう空洞で何も無いはずの暗闇の奥に、小さな光が一瞬燈り、すぐに消えた。
何も言う事は無い、素敵な美鈴でした。
紅魔館で賊と言えば魔理沙の事が思い浮かぶけれど、あれはあれで許容されているのかな。
それとも名も無き賊の仲間入りを果たすのかな。
面白い。