季節が移ろい、冬を押しのけて春が来る。これは自然の理。
そしてそれと共に春を告げに来るものが居るのも、また同じ。
幻想郷を見下ろす空を飛ぶ、白い三角帽子に白い薄手のコート。その所々には桜色のラインが入っている。
その羽根は、白い天使の羽にも見え、とても薄いガラスで出来た翼にも見える。
彼女は春を告げる妖精、リリーホワイト。
雪が溶けて、花芽が膨らむ頃、彼女は何処からか現れる。
リリーは周りを見回し、妖怪の山近くの河童の谷の方へ移動する。
「風が北から東に変わったわ。もう、春を告げる頃ね。」
頃合いを計ったように風が吹きつける。
「エウロス、ノトスに告げて。私があなたに乗って春を告げ終わったら、この谷を越えてこの郷に温かさと湿り気を与えてと。」
周りには誰もいない、が、彼女の言葉に答えるように風は彼女を運び上げるように吹く。
風に隠されて、リリーの姿は今、誰も見る事が出来ない。
「風の三郎、目覚めの笛を吹く時よ。いつもの菩提樹の上で神楽を奏でて。」
風に乗って妖怪の山の方向へとリリーは叫ぶ。
すると、こだまに乗るように柔らかな笛の音が返ってきた。
~はるかぜ あさもや あたたかな風吹くときは 風の三郎がさ うたい 舞うちょい♪
リリーは静かに歌いながら背中の羽根に手を伸ばし、何かを握る。
再び開いたその手には、きらきら光る透き通る何かが小山を作っていた。
優雅な動作で舞いながら、その手のものをリリーは僅かに口を尖らせて吹き散らした。
ガラスの破片の輝きが光を七色に分かち、それは小さな羽毛に姿を変えて小さく分かれて増え、地に降り注いだ。
フキと福寿草の葉を押しのけるように、新しい芽吹きが始まった。
声無き声が響き渡る。
『春が来ましたよー。』
人には聞こえない声、動物には聞こえる声、植物が目覚める声、のろのろと動く冬が慌てて隠れていく。
その声は東の風を仲立ちに、ヒトならぬもの達にも季節を告げる。
どこかのスキマ妖怪と、その式の九尾が眠りから覚め、あくびを一つして、伸びをする。
マヨヒガの猫達が一斉に鳴き出す。恋の季節がやってくるのだ。
二つの神社の巫女が、それぞれ空を見上げて春霞に魅入る。
霧の湖の氷の妖精が、あちこちの土を掘って、蛙を探し始めた。
魔法の森の魔法使い達が、同時に窓を開けて風のにおいを嗅いだ。
やがて、リリーのやってきた方向から、白と薄桃の色が地面を彩り始めた。
花が咲き、そこで人はやっと春が来たことを知る。
そして、慌てて納屋から種籾や作物の種を持った袋を持って準備を始め、それを見た鳥達が、種が蒔かれる時を待ち構える。
その中で、風に乗って神楽の楽の音が流れてくる。
それを聴いた、白い袖の濃紺の服を纏う少女が、持っていたハシバミの枝を捨て、ため息を一つついて、雪の残る山奥の洞窟へと消えていった。
春は陽の射さない地下にも、その空気と水の温度でその変化を告げる。
旧都で山車が繰り出し、祝いの餅を鬼が蒔く。その片手には杯を持ち、ちびりちびりと呑みながら、笛よ太鼓よ盛り上がれと舞う。
覚りの姉妹は、姉は皆の心の漣を読み、妹は地上も地下も賑やかになったとふらりと出かけていった。
その外れの旧都と地上の間を流れる川の橋。
緑の瞳の橋姫が心底妬ましそうに呟いた。
「皆が歌い酔う、この季節が妬ましい・・・。来ても、妬ましさを募らせるだけのこの季節が。」
・・・・・・・。
幻想郷の外れまで春を告げ終わったリリーが礼を言う。
「エウロス、いつもありがとう。ノトスは準備が出来次第取り掛からせて。」
周りには誰もいないが、それでもリリーは何かを聴いた様に言った。
「・・・そう、ボレアスはまだ暴れ足りないと駄々をこねてるのね。でも季節の理を乱すことは出来ないし、それはアイオロスおじさんが許さないでしょう。
それはこの世の初めの定めだから仕方ないの。」
東風がリリーを取り巻くように吹き、何かを告げる。
「・・・うん、この国では東の風が春を告げ、南の風が雨を運ぶ。そして西風は西の方から雪を運んで、山でからっ風になって吹き降りるのよ。
北風は冬を告げて、皆を乱暴ながら嵐で警告して、のろのろ動く季節に備えろと猛る。あなた達が何処の神でも、その国のルールに従わなければならないのは、
初めの掟なのよ。例外の有る処は局地しかないわ。」
そこまで話して、彼女は南の方角を見た。そのはるか彼方には、徐々に濃い雲が湧き上がってきている。
「南の風が谷を越えて吹くとき、恵みの雨が来る。」
人里を見ながらリリーは呟いた。
「でも、人は気がつかないのよね。恵みに二つの種類が有る事を。それが幸せなのかも知れないけれど。」
雨は恵みを与えると同時に、暴風雨となって人の生活を脅かす。
とある国の兄弟神の弟は、水の恵みを敢えて暴風雨として見舞い、決して犠牲の無い恵みは無いと諭した。
むかし、人が知らずのうちに知っていた事を、外の世界は忘れている。
だから皆、幻想と笑い、侮るのだろう。その事を。
そして大きな犠牲を出して思い出しかけるが、また忘れる。その繰り返し。
風から降りたリリーが妖精達の多く住む森へ飛んでいく。
なじみの顔も、新しい顔も居る森。そこでお茶を飲み、風から聴いた外の話を皆にして、春の間は幻想郷の中を飛び回るのだ。
そして、リリーはその途中に霧の湖の近くにある紅い館、そこのメイドに捕まって瓶詰めにされかけるのだが、それはまた別のお話だ。
そしてそれと共に春を告げに来るものが居るのも、また同じ。
幻想郷を見下ろす空を飛ぶ、白い三角帽子に白い薄手のコート。その所々には桜色のラインが入っている。
その羽根は、白い天使の羽にも見え、とても薄いガラスで出来た翼にも見える。
彼女は春を告げる妖精、リリーホワイト。
雪が溶けて、花芽が膨らむ頃、彼女は何処からか現れる。
リリーは周りを見回し、妖怪の山近くの河童の谷の方へ移動する。
「風が北から東に変わったわ。もう、春を告げる頃ね。」
頃合いを計ったように風が吹きつける。
「エウロス、ノトスに告げて。私があなたに乗って春を告げ終わったら、この谷を越えてこの郷に温かさと湿り気を与えてと。」
周りには誰もいない、が、彼女の言葉に答えるように風は彼女を運び上げるように吹く。
風に隠されて、リリーの姿は今、誰も見る事が出来ない。
「風の三郎、目覚めの笛を吹く時よ。いつもの菩提樹の上で神楽を奏でて。」
風に乗って妖怪の山の方向へとリリーは叫ぶ。
すると、こだまに乗るように柔らかな笛の音が返ってきた。
~はるかぜ あさもや あたたかな風吹くときは 風の三郎がさ うたい 舞うちょい♪
リリーは静かに歌いながら背中の羽根に手を伸ばし、何かを握る。
再び開いたその手には、きらきら光る透き通る何かが小山を作っていた。
優雅な動作で舞いながら、その手のものをリリーは僅かに口を尖らせて吹き散らした。
ガラスの破片の輝きが光を七色に分かち、それは小さな羽毛に姿を変えて小さく分かれて増え、地に降り注いだ。
フキと福寿草の葉を押しのけるように、新しい芽吹きが始まった。
声無き声が響き渡る。
『春が来ましたよー。』
人には聞こえない声、動物には聞こえる声、植物が目覚める声、のろのろと動く冬が慌てて隠れていく。
その声は東の風を仲立ちに、ヒトならぬもの達にも季節を告げる。
どこかのスキマ妖怪と、その式の九尾が眠りから覚め、あくびを一つして、伸びをする。
マヨヒガの猫達が一斉に鳴き出す。恋の季節がやってくるのだ。
二つの神社の巫女が、それぞれ空を見上げて春霞に魅入る。
霧の湖の氷の妖精が、あちこちの土を掘って、蛙を探し始めた。
魔法の森の魔法使い達が、同時に窓を開けて風のにおいを嗅いだ。
やがて、リリーのやってきた方向から、白と薄桃の色が地面を彩り始めた。
花が咲き、そこで人はやっと春が来たことを知る。
そして、慌てて納屋から種籾や作物の種を持った袋を持って準備を始め、それを見た鳥達が、種が蒔かれる時を待ち構える。
その中で、風に乗って神楽の楽の音が流れてくる。
それを聴いた、白い袖の濃紺の服を纏う少女が、持っていたハシバミの枝を捨て、ため息を一つついて、雪の残る山奥の洞窟へと消えていった。
春は陽の射さない地下にも、その空気と水の温度でその変化を告げる。
旧都で山車が繰り出し、祝いの餅を鬼が蒔く。その片手には杯を持ち、ちびりちびりと呑みながら、笛よ太鼓よ盛り上がれと舞う。
覚りの姉妹は、姉は皆の心の漣を読み、妹は地上も地下も賑やかになったとふらりと出かけていった。
その外れの旧都と地上の間を流れる川の橋。
緑の瞳の橋姫が心底妬ましそうに呟いた。
「皆が歌い酔う、この季節が妬ましい・・・。来ても、妬ましさを募らせるだけのこの季節が。」
・・・・・・・。
幻想郷の外れまで春を告げ終わったリリーが礼を言う。
「エウロス、いつもありがとう。ノトスは準備が出来次第取り掛からせて。」
周りには誰もいないが、それでもリリーは何かを聴いた様に言った。
「・・・そう、ボレアスはまだ暴れ足りないと駄々をこねてるのね。でも季節の理を乱すことは出来ないし、それはアイオロスおじさんが許さないでしょう。
それはこの世の初めの定めだから仕方ないの。」
東風がリリーを取り巻くように吹き、何かを告げる。
「・・・うん、この国では東の風が春を告げ、南の風が雨を運ぶ。そして西風は西の方から雪を運んで、山でからっ風になって吹き降りるのよ。
北風は冬を告げて、皆を乱暴ながら嵐で警告して、のろのろ動く季節に備えろと猛る。あなた達が何処の神でも、その国のルールに従わなければならないのは、
初めの掟なのよ。例外の有る処は局地しかないわ。」
そこまで話して、彼女は南の方角を見た。そのはるか彼方には、徐々に濃い雲が湧き上がってきている。
「南の風が谷を越えて吹くとき、恵みの雨が来る。」
人里を見ながらリリーは呟いた。
「でも、人は気がつかないのよね。恵みに二つの種類が有る事を。それが幸せなのかも知れないけれど。」
雨は恵みを与えると同時に、暴風雨となって人の生活を脅かす。
とある国の兄弟神の弟は、水の恵みを敢えて暴風雨として見舞い、決して犠牲の無い恵みは無いと諭した。
むかし、人が知らずのうちに知っていた事を、外の世界は忘れている。
だから皆、幻想と笑い、侮るのだろう。その事を。
そして大きな犠牲を出して思い出しかけるが、また忘れる。その繰り返し。
風から降りたリリーが妖精達の多く住む森へ飛んでいく。
なじみの顔も、新しい顔も居る森。そこでお茶を飲み、風から聴いた外の話を皆にして、春の間は幻想郷の中を飛び回るのだ。
そして、リリーはその途中に霧の湖の近くにある紅い館、そこのメイドに捕まって瓶詰めにされかけるのだが、それはまた別のお話だ。
良い雰囲気です
そろそろ貴方の長いお話が読んでみたいですね
個人的にはもっと面白くなりそうなのに勿体無いといった印象です
切り取ったシーンだとしても起承転結をもう少し考慮してはいかがでしょうか