Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館がよくわからない一日

2013/04/14 22:22:44
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 その日、紅魔館のちみっちゃいカリスマの前に、一枚の請願書が出されていた。そして、その文面の文字を一生懸命追いかけている、ちみっこお嬢様の前には一人のメイド。
「そういうわけで! もう私達、あの子達とは一緒に働けません!
 彼女たちの配置転換をお願いします!」
 一方的にまくし立て、言いたいことを言うだけ言って、彼女は頭を下げて部屋を辞していった。ばたん、という荒々しいドアの音。そして――、
「……咲夜。わたしは人間ではないし、あの子達も人間ではないのだけど、あえて言うわ」
「はい」
「人間って……どうして、こう、とんでもなく下らない理由でケンカできるのかしら……」
「……さあ」
 その時、そのちっちゃい主人に仕えるメイドは、『夏の日差しがいやだからなんて理由で異変を起こしたお嬢様にならご理解頂けると思いますよ』と、内心でつぶやいていたのだった。


 さて、事の発端と顛末は、以下のようなものである。
「ああ、お腹がすいた。ねぇ、朝ご飯、用意してくれた?」
「うん。
 今日は特別だよ」
「わぁ、嬉しい。楽しみ~」
「うふふ、そうでしょ。
 はーい、真っ白ご飯とお味噌汁、メインはお魚塩焼きと、特製おつけもの~」
「……は? 何それ?」
「何……って、朝ご飯だよ」
「朝ご飯にご飯? お味噌汁?
 ちょっと、あなた、ここの館に来て何年? 朝ご飯は、こんがり焼いた香ばしいトーストとフレンチエッグにベーコン、それからオニオンスープよ」
「えー? だって、ほら。このご飯、つやつやだよ。美味しそうでしょ」
「それに、私はパン食だって、あなた知ってるじゃない!」
「だから、ね? ご飯の美味しさも知ってもらえれば……」
「こんなのダメ! 作り直し! パンにして!」
「そんな!
 一生懸命作ったのに……ひどい……」
「そんなの知らないわ! 全く、あなたなんかに厨房を任せた、私がバカだったわよ!」
「――という具合でございます」
「……あなた達、演技が上手ね」
 メイドA役とメイドB役に分かれ、それぞれ、少女同士の感情の機微すら、声のトーンとかすかな振る舞いで見事表現してみせた二人のメイドに、とりあえず、レミリアはぱちぱちと拍手を送った。
 それから、彼女は天を仰いでため息をつく。
「……朝ご飯はご飯かパンか。そんな理由で、よくもまぁ……」
 ここ、紅魔館で働いているメイドは多い。その人数は573人とも、765人とも、876人とも言われている。もちろん、その末端の顔までをレミリアが知っているわけもなく、肥大化した組織はメイド長たる咲夜と、そのすぐ下に仕えている8名のマイスターメイド達が統率していた。
 それはともあれとして、それだけの人数がいれば、個人個人の趣味嗜好に違いが出てくるのは当然だ。
 先の一幕は、その違いが顕著に表れた例である。普段は仲のいい二人のメイドが――なお、紅魔館では、職場恋愛は認められていないが、肝心のメイド長にそのルールが適用されていないため、形骸化されている――引き起こした、ほんの些細なすれ違い。
 それがいつのまにやら巨大に拡大しまくり、今や紅魔館を二分する、メイド同士のいがみ合いになっているのだという。
「死ぬほどどうでもいいわ……」
 はぁ~、とレミリア。
 言ってしまえば、あまり下々のものに関わらない彼女であるが、今回ばかりは、その場のメイドたち(咲夜含め)全員の意見が一致していた。
「……それで? 現状はどうなっているの?」
「先日の、この一件以後、完全にご飯派とパン派に派閥が分かれ、あちこちで闘争が起こっている状態です」
「……食い物の恨みは恐ろしいわね」
「ええ。休戦協定が結ばれているエリア及び時間以外は、紅魔館が危険地帯になっています」
「あるの? そんなの」
「はい。トイレ及びお風呂場、それから各人の部屋が休戦エリア。休戦時間は昼食と夕食、それからおやつと夜食の時間となっております」
「……は?」
「あくまでいがみ合いの原因が『朝食はご飯かパンか』ですので……」
「昼食とかはどうでもいいわけ……」
「笑顔でお喋りしているところを見ております」
「……ほったらかしといてもいいんじゃない?」
 咲夜とマイスターメイド達(通称、マイスターのお姉さま)ですらこめかみを押さえながらの報告に、報告を受ける側のお嬢様は、めまいすら覚えた。
 ――っつーか仲いいじゃないケンカしてないじゃない何であんな請願書やら訴えを出してくるの。
 レミリアは内心で叫んだ。彼女が先ほど読んでいた請願書は、いわゆる『パン派』のメイド達が出してきた、『米派』のメイド達の配置転換願いのものだったりする。
「その辺りは、まぁ……普段の教育の賜物と言いますか……」
「ですが、あまり放っておくのもいいものではないと思います。
 何より、紅魔館の鉄の結束にひびが入っている状態を放置すると、今後、何かあった際に致命的な事態に……」
「……なるのかしら。いくら運命を見ても、あんまり変わらないものしか見えないのだけど……」
 一同沈黙。
 やおら、こほん、と空咳をしたのは我らがメイド長だ。彼女はスカートのポケットから、一枚の用紙を取り出し、それをレミリアへと手渡した。
 そこには、このような文面が書かれている。
『あなたは、朝食はご飯ですか、パンですか。該当する項目に丸をつけて、お帰りの際は、入り口のアンケート回収箱に、本アンケートをお入れ下さい』
「アンケートをやるのは悪いこととは言いませんが、自分達の都合で、このようなものを他人に押し付けるのはどうかと思われます。
 このままでは、お嬢様。『接客の紅魔館』といわれる、紅魔館レストランが立ち行かなくなる恐れも……」
「それは一大事ね!」
 ――あ、何か理解した。
 一同の視線が、『これは重大な問題だわ……』と、やおら真剣みを増した瞳になるレミリアに注がれる。
 ちなみに、紅魔館レストランというのは、昨今、ほぼテーマパークとなった紅魔館の重要な資金源であり、同時に、幻想郷全土に紅魔館のいい評判を広げるための中心をなしている事業である。
 なお、咲夜を始めとした、己の一部を冷静に出来るメイド達は『元々、ここって何の館だっけ……』と、ふと、我に返るとやるせない気持ちになったりもするのだが、とりあえず、館主であるレミリアには逆らえないので、その問題はさておこう。
「事実、不愉快になった、との声も届いておりますので、放置するのは……」
「全く……。
 仕方ないわね。くだらないことだけど、そういう不満も吸い上げて統治するのが、いい統治者だということだし。
 わかったわ、今回のトラブル、わたしが責任を持って解決してあげようじゃない」
 ぱちぱちぱち、という拍手が響く。
 その拍手に気をよくしたお嬢様が、『へへん』と胸を張った。ちなみに――、
『……私達の仕事、増えそうねぇ』
『お嬢様のフォローに、若い子達の仲裁かぁ……』
『お互い、年は取りたくないわね……』
 と、内心では、拍手しているメイドのほぼ全員が、深いため息をついていたりするのだが。
「それじゃ、まずは現状を知りましょう。
 咲夜、行くわよ!」
「かしこまりました」
 そういうわけで、とっても下らない――しかし、意外と大きな問題に発展している『第一次紅魔館主食戦争』の仲裁に、お嬢様が乗り出すのだった。
 そのお嬢様が一番のトラブルメイカーだという話は、ここでは受け付けていないのであしからず。

 さて、お嬢様が乗り込んだのは、『パン派』のメイド達の基地である。
 基地と言っても紅魔館内にいくつもある、メイド用の休憩室の一つであり、そこにたまたま、そのパン派のメイドたちが固まっているに過ぎないのだが。
「あなた達、話は聞いたわ。下らない事はやめて、さっさと仲直りしなさい」
 ドアを開け放ち、中のメイド達の顔を一瞥してから、開口一番、レミリアは言った。
 上から見下ろし、相手を威圧しながらの一言。
 ふふん、決まったわね。内心で羽をぱたぱたさせながら胸を張るお嬢様だったが――、
「……下らない……ですか?」
「お嬢様、その一言は聞き捨てなりません」
「……えっ?」
 いきなり、部屋の中から『ぐわっ』と立ち上るオーラ。見れば、彼女達の目が据わっていた。
 ちょっと……いや、かなり異様な光景だ。それに気圧されたのか、思わず、レミリアは一歩、後ろに足を引く。
「いいですか、お嬢様。
 ここ、紅魔館では、少なくとも、わたしが勤め始めてから、朝食は常にパンだったはずです。パンです、パン。いいですか? パンですよ?」
 大切なことらしく、何度も繰り返す年配メイド。ちなみに、その周りで「お姉さま、さすが!」「かっこいー!」と声を上げる、若いメイド達の姿。なお、その『お姉さま』も、彼女達と、見た目は全く変わらないので年齢不明だったりするのだが。
「過去、お嬢様は『お前は今までに食べたパンの枚数を覚えているのか』という問いかけを、他人になされたことがあります」
「え、ええ……あったわね」
「すなわち、お嬢様もパンを愛されている……違いますか?」
 どうしよう、論理が飛躍してる。
 ツッコミどころ満載のセリフに何か言おうと思うのだが、何か言えば、その何十倍も反撃されそうで結局、お嬢様は何も出来なかった。その隣でメイド長が『はぁ~』とため息をついている。
「パン、素晴らしい食べ物だと思います。
 さくっ、としたあの食感。口の中にふんわり広がる小麦の香り。そして、もっちりとした味わい……。朝食にはふさわしい……そうですね?」
「そ、そうね……」
「くだらなくはないのです、お嬢様。
 私達は、そんなパンを愛するもの達なのです。そんな私達に、朝から『ご飯』を出してきたもの達の暴挙……許すことは出来ません!」
 後ろから『そうだそうだ!』だの、『ブレックファーストがわかってないのよ、あの子達は!』だの、『お姉さまの焼いたパン、最高! 結婚してー!』だのといった声が上がる。あまりの熱狂ぶりに、レミリアはさらに足を後ろに引いた。
「私達は戦います。彼女達が、朝食のパンの素晴らしさを理解するまで!
 ご理解下さい、お嬢様!」
 そこで『お嬢様、お願いします!』と声が唱和。
「……わ、わかったわ。ちょっと考えてみるわね……」
「ありがとうございます!」
 ……ぱたん。
 ドアを後ろ手に閉めて、咲夜の視線がレミリアへ。
「さ、さあ、咲夜! 気を取り直して、次に行くわよ! ぐずぐずしない!」
「……はあ」
 どう見ても、虚勢を張って強がっているようにしか見えないレミリアの後ろ姿に生返事をして、咲夜は軽く目配せをした。刹那、その彼女の後ろで『了解しました、メイド長』という声が上がったような気がするのだが、それは恐らく気のせいだろう。
 続けて、お嬢様がやってくるのは『米派』の基地だ。レミリアはドアを開ける前に『さっきは居丈高に言ったからダメだったのよ。押さえつけるばかりが統治ではないわ』とぶつぶつつぶやいた後、えいっ、とドアを開ける。
「お嬢様、それにメイド長。どうかなさいましたか?」
「あなた達、話は聞いたわ。一体どうしたというの。何か困っていることがあるなら、まずはわたしに相談を……」
「聞いていただけますか、お嬢様! ああ、よかった!」
「……うぐ」
 今度は『相手の立場に立って、親身に相談に乗ってあげる謙虚な作戦』を実行したつもりのお嬢様だが、やっぱりそれが地雷を踏み抜く行為になってしまったらしい。
「お嬢様、どう思われますか? 朝ご飯にパンって!
 やっぱり、朝ご飯にふさわしいのはお米だと思うんです! あの、つやつやの白いご飯の美味しさ……味も香りも、もちろん栄養だって満点! パンみたいにカロリーだって高くない! 素晴らしいと思いませんか!?」
「え、ええ、そうね……すごいわね……」
「なのに、『朝はパンじゃないとダメ』だなんて! おかしいですよ!
 たきたてほっかほかのご飯にかなうものなんてこの世にない! そうですよね!?」
「え、ええ……そうね……。言われてみれば……」
「さすがお嬢様! 頭の固いパン派の子達と違って、聡明なお方です!」
 そこで、『さすがお嬢様!』コールが沸き起こる。褒められているはずなのだが、その対象となっているお嬢様の顔は完全に引きつり、『よろしくお願いします、お嬢様!』とメイド達に部屋から送り出された後は、『どうしよう咲夜……』という顔になってしまっていた。
「……まぁ、互いの対立は、意外にも、極めて深刻だということが確認できたわけですし。それだけでも収穫ですから……」
「そ、そうね! わたしのやったことは無駄じゃなかったわよね!」
 いえ、思いっきり無駄だったのですが。
 そう思っていても、さすがに口には出せないメイド長。彼女の頭の中では、恐らく、この後に起きるであろうトラブルが、すでに展開を始めていたのだった。


 お昼を回り、レミリアの昼食(ミートソーススパゲッティ)が終わった頃。
「何事!?」
 まるで地震でも起きたかのような、重たい震動が館を突き上げる。
 レミリアは椅子を蹴倒し、辺りを見渡し――部屋の片隅で、『……やっぱりね』という顔をしている咲夜に気がつき、詰め寄る。
「一体、何が起きたの!? 報告なさい!」
「お嬢様の後ろ盾を得たと思った子達が、先走ってしまった……というところでしょうか」
「……え?」
 沈黙し、硬直するお嬢様。先ほどまで、お昼ご飯を幸せそうな顔で食べていたのと同一人物とは思えないくらいに、その顔は固まってしまっている。
 自分にとって都合の悪いことは、とりあえず、記憶の片隅に追いやる。悪い手段ではないのだが、それをしても、一切、事態が進展しないのが唯一の欠点の『解決方法』である。
「えーっと……」
「お嬢様が、あの場の空気に気圧されて首を縦に振ってしまったから、双方の陣営が、『我に理あり』と動いてしまったのでしょう。
 お嬢様は……まぁ……ええ……悪くありませんから」
「何で目を逸らすの!? そこは素直に『わたしのせい』って言ってもいいのよっ!?」
 一応、自覚と罪悪感はあったらしい。
 レミリアは『ええいっ、このままでなるものか!』と気合を入れる。結局のところ、事態が大きくなってしまったのは、自分の責任であると認めているのだ。だから、紅魔館の頂点に立つものとして、この事態を収めなくてはと思ったのだろう。
 部屋を飛び出し、廊下を右手に曲がろうとして、前につんのめり、『へぶっ』という情けない悲鳴を上げる。
「ちょ、何よこれ!?」
 見れば、足下に何かがあった。
 紅魔館の特製絨毯から口を覗かせている、凶悪なそれは――、
「パンばさみ……! かつて、英国にて多くの勇者たちの命を奪ったという、恐怖のトラップです!」
「何それっ!?」
「知らないのですか、お嬢様!
 パンを堅く焼くことによって、剣でも斬れず、弾幕でも砕けず、あらゆるものを捕らえて逃さない悪魔の罠です!」
「何をさも当然のように言ってるの!? わたしヨーロッパ方面出身なんだけど聞いたことないわよ!?」
「お嬢様、それは仕方ありません! お嬢様の出身国はルーマニア――ルー、マニア! カレーばっか食べてる人たちが知らないのは無理のないことなのです!」
「ルーマニアの人に土下座して謝れ!」
 部屋から飛び出してきた咲夜が、恐怖におののいた顔でわけのわからない説明をしてくれた。それを逃さず、レミリアはツッコミを入れる。というか、入れざるを得なかった。
 今現在、彼女の足を挟んでいるのは、どう見てもでっかいハンバーガーだった。不思議なことに、それががちんと彼女の足に食い込み、文字通り、引っ張ろうが叩こうが、決して外れないのだ。
「んぎぎぎぃ~……!」
 吸血鬼の腕力をもってすらびくともしないハンバーガー(パンばさみ)。レミリアは、「ええい、もう、めんどくさい!」と、手に赤の槍を取り出し、その先端でがつんとそれを叩いた。
 さすがにその一撃には耐え切れなかったのか、ハンバーガーはもろくも砕け散る。ただし、砕け散る時の音が『がしゃーん』という、どう聞いても食べ物の音ではなかったのが気になって仕方がなかった。
「とにかく、こんな下らない争い、さっさと終わらせるわよ! いいわね、咲夜!」
「は、はい!」
「全くもう!」
 と、床に手を着き、立ち上がろうとした時である。
「お嬢様、そのまま!」
「はい!?」
「手をつかないで下さい! トラップです!」
 どういう意味か、と問いかける前に、レミリアの視界に、その『罠』の姿が映し出される。
「捕まったが最後……乾き、朽ち果てるまで、決して逃げ出すことの出来ない『ご飯粒ホイホイ』です!」
「だから何それ!?」
 真っ赤な絨毯の上に、びっしりとご飯粒が敷き詰められているという光景は、多分、この先、永久に見ることは出来ないだろう。あらゆる意味で新鮮かつ不気味極まりない光景だった。
「知らないのですか、お嬢様!
 かつて、この東方の地で多くの哀れな犠牲者を捕らえ、屍へと変えていった罠ですよ!」
「知らないわよそんなの!? 咲夜、あなた、どんだけマイナーな世界に足を突っ込んでるわけ!?」
 とにかく、何とかかんとか立ち上がり、レミリアは宙に浮かび上がる。
「地面が危険なら飛べばいいだけよ!」
 そして、一路、爆音のする方向へと進んでいくのだが。
「お嬢様、危ないっ!」
「のわっ!?」
 いきなり頭上から雨あられと降り注ぐのは、
「かつて、多くの哀れな人々の血で大地を赤く染めた『串刺しパン屋』の罠……『フランスパンの赤い雨』っ!? お嬢様、ここから先に進むのは危険すぎます!」
「パンで死ぬの!? 人間って、パンで死ぬの!?」
 実際、そのフランスパンが石で出来た紅魔館の床をぶち抜いているのを見る限りは、咲夜の言葉も、あながち間違っちゃいないのだが。
「お嬢様、前方に気をつけてください!」
「今度は何よ!?」
「かつて、多くの妖怪や人間を貫いてきた『きりたんぽストライク』ですっ!」
「貫かれてたまるかそんなものにっ!」
 前方から高速で飛来するきりたんぽが、床や壁に次々と突き刺さり、あろうことか、それを貫いていく。確かに、当たれば即死するだろう。色んな意味で。
「ここを曲がれば……」
「お嬢様っ!」
「今度はなぶっ!?」
 ざばー、という音と共に、辺りが濛々たる粉塵に覆われる。
「げほっ、げほっ! こ、これ、小麦粉!?」
「お嬢様、危ないっ! 早くこちらにっ!」
「今度は一体何なのよ!」
「火薬ごはんですっ!」
「字が違ぁぁぁぁぁぁぁうっ!」
 発生する粉塵爆発が、紅魔館の広い廊下を、ほんのちょっとだけ拡張するのだった。

「はぁ~……はぁ~……し、死ぬかと思ったわ……」
「……あれだけ丁寧に、全ての罠に引っかかれば……」
「好きで引っかかったわけじゃないわよ!」
 やたらぼろっちくなったレミリアと、対照的に傷一つ負ってない咲夜がエントランスホールに現れたのは、それからしばらく後のことだ。
 ホールは、左右にそれぞれパン派と米派のメイドが陣取り、弾幕合戦が展開される会場となっていた。
 最初から変な罠とか仕掛けないでそれしなさいよ、と内心でつぶやくレミリアだが、たまに弾幕に混じってパンとご飯(おにぎり)が飛び交ってるのを見て、やっぱり認識を改める。
「あなた達、いい加減にしなさいっ!」
 今までの恨みもあるのか、声を張り上げるレミリアに、飛び交っていた弾幕が音をなくす。
「全く! こんなことでケンカしている暇があったら、もっと別のことをしたらどうなの!」
「くだらなくはありません、お嬢様!」
「そうです、お嬢様!」
 やはり、人間(人間じゃないが)、食べ物が絡むと人が変わるものだ。
 普段ならば、ここまでレミリアが声を張り上げれば、とりあえず、その場は収まるものなのだが、今回は違う。一斉に、飛んでくる反論にレミリアがまなじり吊り上げる。
「ああ、そう! わたしに逆らうというの!
 なら、そんな子達は必要ないわね! 全員……!」
「お待ち下さいお嬢様!」
『お嬢様はご飯(パン)がお嫌いなんですか!?』
 片手にグングニルを構えた姿勢のまま、器用に、レミリアはぴたりと静止した。その姿勢のまま、彼女の頭の中で思索が巡る。
 ――まず、ご飯からだ。
 ご飯が嫌いかといわれたら、間違いなく『NO』と答えるだろう。
 真っ白でつやつや、ほかほかのご飯の、なんと美味しいことか。彼女の妹、フランドールは『味がついてないといやだ』と駄々をこねて、ふりかけなどを咲夜に要求しているが、その点については、自分は彼女の上を行っていると断言できるだろう。
 確かに、味のついているご飯も美味しい。梅干はちょっと苦手だが、たまごふりかけ一個あればご飯を三杯は楽勝だ。
 しかし、違う。本当に美味しいのは、真っ白なご飯そのものなのだ。あの甘さ、あの香り、そしてあの見た目。全てが食欲をそそる。それにお味噌汁と漬物がついてくれば、もうそれだけで何もいらないと言っていいだろう。
 それくらい、ご飯は好きだ。とにかく好きだ。
 ――次にパンだ。
 わたしはパンも好きだ。アンパンが好きだ。クリームパンが好きだ。メロンパンが好きだ。パン屋で、博麗神社で、永遠亭で、紅魔館で、人里で、ありとあらゆるところで食べられるパンが大好きだ。フレンチトーストの上品な甘みが好きだ。漂う芳醇なバターの香りをかいだ時など心が躍る。レーズンが一杯入ったレーズンパンが好きだ。昼食のパン争奪戦で、レーズンが一番多く入ったパンを手に入れることが出来た時など胸がすくような気持ちだった。予想を裏切るパンが好きだ。ただのチョコチップパンだと思って食べていたら、中からチョコクリームが出てきた時など感動すら覚える(長いので以下省略)。
「そ、それは……!」
 思考の海から帰ってきたレミリアは、ひどく狼狽していた。
 そう。わたしはどちらも好きなのだ。どちらも好きだからこそ、どちらかに肩入れすることなんて出来ないのだ。だから、結果として、あのように曖昧な返事をしてしまったのだ。
 彼女が黙り込んだのを見て、自分達のリビドーを理解してもらえたと思ったのか、再び、メイド達の目に火がともる。
 そんな中――、
「あ、あの、もう……!」
「何を言っているの! 元はといえば、あなたの心がけがけなされたことが原因なのよ! あなたの、あの、ご飯にかける思いを相手が理解しなかったのが悪いんじゃない!」
 米派の中で、そんな会話が沸き起こる。
 一方のパン派の中でも、
「わ、わたし、その……あの子が作ったものに、ひどいこと……」
「あなたとあの子が仲がいいのは知ってるわ。けれど、仲良しならばこそ、相手の嗜好を理解しているべきよ!」
 今回の事件の発端となってしまった、二人のメイドが困惑している。自分達の、今、考えてみれば、『己のエゴ』にも近い仲たがいのせいでこのような事件が発生してしまったことを悔いているのだ。しかも、ましてや、自分たちが仕えるべき主人であるレミリアにすら、あのような苦悩を負わせてしまっている――。
 二人の視線が、互いの陣営の奥で絡み合う。その一瞬で、彼女達は己の言いたいこと、やるべきことを理解した。
 再び、弾幕勝負が始まる――その瞬間。
「みんな、もうやめてぇっ!」
「争わないで、お願いっ!」
 二人は互いの陣営の前に立ちふさがり、己の体を壁とした。
 放たれた弾幕を止めることは出来ない。皆の目が見開かれ、誰かの口から悲鳴が走る。
 争いの中、二人の尊い命が失われてしまう……誰もが、それを疑わなかった。唯一、この人物を除いては。
「自分の部下に目の前で死なれるなんて無能もいいところだわっ!」
 赤い閃光が走る。
 響いた声と共に駆け抜けたそれが、二人のメイドを射線上から救い出す。そして、放たれた弾幕は、そのまま――。
『お、お嬢様ぁぁぁぁぁぁっ!』
 彼女達を助けに飛び込んだレミリアを直撃したのだった。

「お嬢様……申し訳ありません……」
「……わたし達が……間違ってました……」
 争いは終わった。
 館主たるレミリアが、己の義務を果たしたことで、彼女の姿に心打たれたものたちは、皆、刃を収めたのだ。
「気にしなくていいわ。ただのばらまき直線弾幕すらよけられないレミィが悪いのよ。情けない」
「パチェ……さりげにひどくない……?」
 ベッドの上の焦げた物体が、友人の辛辣なセリフに涙する。この人物こそ、己の身を犠牲にして部下を救ったレミリア・スカー……いや、ブラックである。
「いいえ……パチュリー様……」
「ご飯もパンも、共に主食として挙げられるもの……」
「それに優劣をつけようとした、わたし達がいけないんです……」
 うなだれ、つぶやくメイド達。
 それは、とても悲しい光景だった。自らのエゴに振り回された結果、敬愛する、仕えるべき主人にすら手を挙げてしまったことへの慙愧の念が、そこには漂っていた。
 そして、それを眺めるパチュリーの視線は、いつも以上に半眼だった。
「……申し訳ありませんでした、お嬢様」
「このような愚かしい真似をしたこと……反省いたします。
 わたし達のようなものが、この紅魔館にいるのは誤りです……」
「お嬢様。本日をもって、私達はお暇を頂こうと思います……」
「だって、レミィ」
「……うぅ……体力が回復しない……」
「エクステンドが足りないのよ、あなた」
 ホールに突入する時点で残機を使い果たしていたレミリアは、未だ、ベッドの上でへたれている。そんな彼女の後頭部を、パチュリーが、手にした本でぽこんとはたいた。
 ――それでは、失礼します。
 そんな、館主とその友人の、色んな意味で心温まる光景には視線を向けようとせず、メイド達は立ち上がった。
 しかし、その時である。
「まだ、その判断をするのは早いわ」
「メイド長……!」
 部屋の中から、いつの間にか姿を消していた咲夜が戻ってきていた。その手には、何やら、蓋の乗せられた銀色のトレイがある。
 彼女は部屋を横断し、メイド達の前にやってくると、そのトレイの蓋を開いた。
 ――果たして、中にあったのは、バケットに入った焼きたてパンである。彼女はそれを一同に手渡し、言った。
「食べてみなさい。もちろん、あなた達も」
 米派のメイド達は迷った。メイド長の勧めを断るわけにはいかない。そして、たった今、己の行いを反省したばかりなのだから。
 しかし、自分たちの信条に反するのも、また、納得いくものではない。
 一方のパン派のメイド達も逡巡する。メイド長の考えが読めなかったからだ。パン派の自分たちだけにならまだしも、米派のメイド達にすらそれを差し出す理由は、一体何なのだろう。
 両者の迷いの中、代表として、二人のメイドがそのパンを手に取った。そして、一口して――気づく。
「これは……!」
「ただのパンじゃない……。この、パン本来の味とは違う、この独特の味は……!」
「そう。
 あなた達は知らなかったのね。確かに、米とパンは、永遠に相容れないものなのかもしれないわ。主食として、どちらも素晴らしい役割を果たすものなのだから。
 だけど、ね。あなた達。
 この世には、その二つがなければ生まれない、全く新しい……そして、素晴らしいものがある。
 それが、これ……米粉パンなのよ」
 メイド達の間に一瞬の閃光と電流が走った。
 米粉パン。
 決して相容れないはずの二つの間をつなぐ橋渡し――そして、新たな味を提供してくれる、もう一つの『主食』。その存在を、自分たちは知らなかったのだ。
 パンの製法と、その原料となる米と。どちらが欠けても成り立たない、こんなものが、この世には存在したのだ。
 全く……なんと愚かしいことか。
 どちらがふさわしくないなどという争いをしていた、つい数分前の自分たちが許せなかった。そんな醜い自分たちを、許すことが出来なかった。
「いいのよ、あなた達。あなた達の思いは、誰かに否定されるものではない……むしろ、誰もに賞賛されるべき素晴らしいものなのだから。
 けれど、他人のそれを否定してはいけない。お互いがお互いを尊重し、慈しむからこそ、より素晴らしいものが生まれてくる。
 普段のあなた達からは想像もできない、その強い思いを抱いて、これからも職務に励みなさい。そして、いつか、もっと別の形で、あなた達の熱い想いを、また聞かせてちょうだい」
『メイド長っ!』
「メイド長、ありがとうございます!」
「そう……どちらが朝ご飯にふさわしいかなんて、そんなことはなかったんです!」
「どちらもふさわしい……その選択肢を、私達は忘れていました!」
「メイド長、本当に、本当にありがとうございます!」
「メイド長!」
「メイド長っ!」
 感謝と感激の涙と声が、部屋の中を支配する。
 多くのメイド達が、咲夜を前に、その胸の内に暖かな風が吹くのを感じていた。今までの自分から脱却し、新しい自分が、そこに生まれたのを感じていた。
 これで、お互い、また仲良くできる。その想いが、彼女達を生まれ変わらせたのだ。
 暖かい、そして、素晴らしい光景だった。
 その美しい光景を眺めながら、彼女は言う。
「レミィ、あなた、完璧に忘れ去られてるわよ」
「……家出してやる……」
「晩御飯までに帰ってくるのよ」
 レミリア・スカー……もとい、ブラックは、その時、色んな意味で愛しさと切なさと心強さを、その胸に覚えたのだった。


「……ねぇ」
「何?」
「あの子達の仕事、明日から倍にしましょうね」
「そうね」
「そう言うと思って、もうメイド長には申請しておいたわ」
「さすがね」
「……あと30分で予約のお客様が来るのに、この惨状……元に戻せるのかしら……」
「頑張りましょう。わたし達になら出来るわ」
 そして、紅魔館メイド達の中で、容姿・人望・実力、共に飛びぬけたマイスターメイド達の必死の後片付けによって、無事、紅魔館の修復は進んでいくのだった。
レミリア「……そういえば咲夜。どうして騒ぎの対象は朝ご飯だけだったのよ」
咲夜「お昼はみんなの好きなもの。そして、晩ご飯は、日本人と言えばお米でしょう、ということで」
レミリア「……妖精って日本人だったのね」
咲夜「好き嫌いをしないよい子であることが、紅魔館メイドの採用基準の一つですから」
レミリア「……あんた達、わたしの見てない知らないところで紅魔館をどんな組織にしようとしてるわけ……?」
haruka
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コメント



0.1620簡易評価
3.70名前が無い程度の能力削除
まずは一言、食べ物を粗末にするな、とw

気になった点として、冒頭の状況説明を説明で済ませてしまったのはちょっと勿体なかったかな、という感じがします。
特に昼食夕食は休戦時間、というのは面白い設定だと思いますので、
たとえば事情を知らないレミリアが何気なく館を歩いているときにパン派とご飯派の一触即発の場に遭遇、
エスカレートする舌戦の末ついに両者が激突する、その寸前に昼食時間の鐘が鳴り響き、
全員が一転して和気藹藹とした雰囲気で食事に向かう……なんて描写があったら間抜けでもっと楽しかったかなー、と愚考します。

とは言え全体的には楽しく読めました。特に、

>>「かつて、多くの妖怪や人間を貫いてきた『きりたんぽストライク』ですっ!」
>>「貫かれてたまるかそんなものにっ!」

この部分が好きですw
4.90名前が無い程度の能力削除
イイハナシダッタノカナー?
7.90名前が無い程度の能力削除
お前ら炭水化物ばっかりとってると糖尿になるぞw
11.80名前が無い程度の能力削除
米粉パンは美味い。
12.80名前が無い程度の能力削除
どうでも良いけど強力な武器になるパンって、ノーラと刻の工房しか思い出さないわw
13.100名前が無い程度の能力削除
れみりあはかわいいなあ
17.90名前が無い程度の能力削除
なんだろう……この、なんだろう。
面白かったです。
19.80朝が忙しい程度の仕事削除
ここ1、2年朝は菓子パンしか食べてないな。
20.90名前が無い程度の能力削除
茸と筍を模ったあのお菓子にまつわる争いのように、それぞれ米派とパン派にも譲れぬものがあるのは必然でしょうね。

harukaさんの幻想郷における紅魔館では、これもまたある意味日常的なことで、なおかつ一連の出来事を乗り越えた後の動向がより楽しみになる…そんなお話でした。

ちなみに、朝食を摂らない派の妖精メイドはいないんですね。生活習慣を整えるための教育がしっかりと行き届いている辺り、咲夜さんとマイスターのお姉様方の指導力の高さが伺えます。
22.90名前が無い程度の能力削除
だがちょっと待って欲しい。饅頭やら油条やら粥やらを朝食とする中華の立場はどうなるのか。マイノリティの立つ瀬は無いのか。早い話美鈴の扱いはどうしたものか。
28.80名前が無い程度の能力削除
全パンにわたってシリアルなく米ディな話で、楽しく読ませていただきました。
でもこの騒動、登場してなくとも美鈴が完全に浮くであろう事は想像に難くない
31.90名前が無い程度の能力削除
ぼくも、米粉パンが、すきです!
32.100名前が無い程度の能力削除
朝はごはん派ですがよく考えると近くに美味しいパン屋がないというのが理由です
選べるって大事!紅魔館の食事事情が恵まれ過ぎてて眩しいです
35.100ロドロフ削除
なるほど・・・米粉パンという手があったか!流石メイド長!
36.100名前が無い程度の能力削除
好き嫌いをしないいい子か……俺は紅魔館のメイドにはなれないなぁちくしょう
39.100名前が無い程度の能力削除
くだらないないようでなかなか馬鹿にできない問題ですよねぇ 
咲夜さんの米粉パンという解決策は素晴らしいと思います
46.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
49.703削除
米粉パン、その選択肢も確かにあるだろう。
しかし、しかし何故! ライスバーガーというもう一つの道に行き着くことが出来なかった……ッ!