昼食も終えた気だるい時間。
退屈な小説を読み返すにはちょうどいい空白で、さし迫った用件もない――とは言っても、そんなことも滅多な部類だけど――お気楽さに、ソファーへ身を預けてリラックス。
そんな間隙を狙われてのことだった。
「むげつーおひるねしよ~」
「うん、いてらっしゃ……い?」
呼ばれれば頭も使わず応答。だけどその内容に引っかかりを覚えれば否応なしにページをめくろうとした手が止まる。舌足らずな丸い声は――姉、幻月の眠たげな呼びかけ、だったけど……うん? 今この姉はなんて言っただろう。
お昼寝? いえ、それは別におかしくない。
けど。
しよう?
うんん。
「姉さんいま――」
「しよー」
私が振り向いた直後に、ぐぁわばり。
もう立っているのもままならないと言うように姉が被さってきて、体温の高い腕が首に巻きつけられる。力の抜けた様子と薄開きの目蓋も見ると本当に眠いみたい。けれど、その昼寝に私を誘うことなんて。
寝ている間に潜り込んでくることは多々あれど、お誘いを受けるのは久しぶりだと言ってもいい。意識を手放そうと重くなっていく姉にせめて寝室までは歩いてもらおうと絡まる両腕をほどこうとした途端、硬く結ばれてしまう。これでは立つこともできなかった。
「姉さん」
「ねるー」
間延びして繰り返されればこそ姉がどれくらいも意識を保てないかが分かる。その上、頬にぶつかってくる髪の感触がやたらくすぐったくて、すぐにでも撫でたい気持ちになってしまうのも卑怯な所で。
「分かったから、ひとまず寝室まで行きましょう」
「ここでもいいよー」
「ここ……?」
ソファーで、か。
十分な眠気を伴って横になれば難なく寝つけるくらいの居心地はあるけど。それがしっかりとした寝具に敵うかと言えば、さすがに。
だから、私としては睡眠を取るなら然る所でという思いもあるんだけど。
「ろうかでねちゃう」
と、姉は言うものだから。
「……分かった。けど、一度離れてくれないとソファーに乗れないわよ?」
ぺんぺん、と姉の腕を撫でて促す。
んぃ~、だか、ふい~、とかの声を上げ何かもぞりと体を揺すっているので催してるのか、なんて身構えたけど姉は眠気が来れば自然と済ませてくるタチだから、その心配は除いてもいいでしょうと。でも、そしたら――
「んしょ」
なんて思案している間に私の首を軸によいこら、と背もたれを跨いで滑るように落っこちてきた。ああ、靴履きのまま上がらないでといつも言っているのに――と足先を見れば靴を履いていない。どこにやったんだろう?
何のことはなくて、今しがた姉が立っていた場所をもしやと覗けば行儀よく揃えた両履きがあった。まったく。
背もたれ分の障害もなくなり、べったりとすり寄ってきた姉をそっと撫で、ようとして付けたままだった手袋を外す。いつの間にか片手を絡められていたので無作法ながらも口を使って済まし、もう片方は――手が離れてくれる気配が微塵もないから諦めた。
ようやっと撫でてあげることが出来る傍ら、眠る時くらいはリボンを取ってあげたらどうなんだろうと。けど片手ではちょっと髪や頭へ負担をかけ過ぎな気もして見合わせる。姉の方はと言うと、白い羽もくったりと曲げられいてもう幾らかも待たなくとも寝入りそう。まぁこれじゃ、ソファーで寝るというより私で寝ると言ってもいいような格好だけど。
「むげつ」
まだ意識の残っていたらしい姉が、一言を終えるまで眠るまいと微量の気力を振り絞ったように、
「おひるねしよう」
――それきり。
健やかな寝息だけが浅く胸上で繰り返される。続く言葉をしばらく待ってみたけど、今ので最後だったらしい。んん、と思案して。
寝ついたらしっかりとした場所へ横たえてあげようとしていたけど。――姉は最初から、したい、ではなく、しよう、と呼びかけてきていた。
なら、
「……エプロン、癖がつくかな」
こんな日も、また。
頷きと諦め。外したヘッドドレスをテーブルへ置く。
その動きがどこかへ行くことだと捉えられたのか、姉が小さくむずがって密着してくる――なんてちょっと子供扱いしたことを見抜かれてしまったのもあるのか。痛い程の締めつけがやってきて、背中をさすってなだめるまでに結構な思いをした。たぶん、掴まれていた手の下は痕になっているはず。
……やれやれ、無理にほどこうとしなくて良かった。冗談でもなく中身が搾り出されていたかも知れない。目が覚めたら妹だった成れの果てを抱いていたなんて、可哀相にも程がある。おとなしく一緒に身を横たえてやるのが妹の務め、と自分に納得させた。
そう言いつつも体温の高い体を抱いていると穏やかなまどろみがやって来て、今さら昼寝以外の何をしようとも、気だるくて、とても手がつかなかったはず。意識をすれば、さもと言うように欠伸がこぼれてくる。抱きしめられたら目蓋が重くなってしまうなんて、まるで私の方が寝かしつけられているみたいで不満だ。本人はそんなことも露知らずに一足先で寝入っているんだけども。
姉の頭を抱えたまま横になる。けど今の体勢からだと羽を下敷きにしたりソファーに当ててしまいそうで、困った。しつこく触ると起こしてしまうかも。
肘掛けの側に寄っていたこともあって背もたれに預かって落ち着くことにする。不意で姉の羽を敷いてしまうことは避けたかったから。普段から頑丈な分、なにかと自分を頓着しない姉だけど行動に表れない愛着、みたいな物を羽に持っているようにも思えるから、私としても出来るだけ労わってあげたい。
愛着と言えば――。
繋ぎとめられた片手をやんわりと握り返し、くたりと預けられた頭を撫でて。その相変わらず癖もなく指通りが心地いい髪は、ずぼらな姉が唯一気を遣っているところでもあると思い返す。それは自身だけに留まらず、私の髪にまで気にかけていることからもよく分かっていた。
朝、どれだけ寝ぼけていても髪だけは自分で整えるのだ。リボンを結ぶ時の姉ほど真剣な様子も見たことがないと言ってもいいくらい。服が裏表逆さまのまま一日を終えて帰ってきても気にしない面にも、もうちょっと何か恥じらいとか感じてくれてもいいんじゃないのか、と。
つらつらと流れる独白に目を閉じて深く呼吸をすると、腿へ乗った重みと服越しに温く滑り込む吐息が、じわりと私をまどろみへ絡めていくようで。
仕返しを、緩くほどけていく頭で思いつく。少しだけ意地悪に。
抱きしめる腕を、起こしてしまうかのギリギリまで加減を強め、繋いだ五指に力を込めてやる。幸せに寝こける姉を、羨むように。
本当に、いたかったんだから、もう――
落としこむようにつむじへ口つけをして、あとは、あまい髪の匂いだけがひろがった。
* *
息づかいが、聞こえて。
「おはよう。お目覚めさん?」
「……ん」
もうすっかりと本調子を取り戻した姉の声がする。私はまだ、しゃきりとしていない。呼吸する毎に暑苦しいと思えば、姉の胸に突っ伏していた。眠る前は私が抱きしめていたはずなのに、いつの間にやら横になって体勢まで入れ替わっている。沈み込むソファーに起きる力を奪われながら、背を反らして何度かの呼吸をくり返す。と、欠伸を隠そうと手をかざして、付けていた方の手袋が外れていることに気づき、その下には――握り締められて予想通りの痕が、くっきりと。恐ろしい程までに残っていた。
何とはなしに恐る恐る姉を見ると、愉しんで然るべきだと瞳に光を湛える表情と遭ってしまう。知らず内に、今からの自分を他人事のように案じていたのは立派な経験則に違いなかった。
どっち道、結論はつまり諦めだったけど。
「私よね?」
何をしたのが、とまでは言ってこない。確信は済んでいるからという響きだ。
状況を鑑みれば私は責め立てる側に居そうなものだけど、何故か一向にそんな気持ちは湧いてこないのが不思議でもあり、姉を思えば自然極まりないことでもある。
「いや――あのねその、ちょっと重い物の持ち方を間違えて」
「夢月に痕を付けられるなんて世界広し次元果てなしと言えど有機無機空想幻想含めて私しかいないから、絶対」
無駄な抵抗をし終えるまでもなく飄々とした物言いに珍しく精一杯に歯切れよく言い切られるのも、なんだろう。照れたらいいのか呆れればいいのか分からない。いや、分からなくとも照れるのだけは間違っている。
「でもほら、寝ていた間の出来事で」
「いたかったんだから――だっけ?」
まて。
「ついでに言うとね夢月。私も、いたかったなぁ?」
ずずい、と喉元を狙うように覗きこんで来た姉と対峙する。この目と同色の瞳には、呆気にとられた私が映っていた。
――寝ていたんじゃなかったの。
そんな驚きまでも読み取ったように、姉は疑問を解いていく。腕組みに片目を眇め、私の反応を逐一愉しむ構えだ。
「寝てたわよ? 夢月が痛いくらい私の手をぎゅっと握って、ささやきながらつむじにちゅーしてくれるまでは」
言って表情を崩し、ころりと笑う。結局そのまましばらく眠れなかったのよねぇ、と。
更にだらしなく緩んだ様子でへらへらしている姉の言っていることがしばらく受け止めきれなかった。なに、この赤っ恥。鼻の頭辺りに熱が集まってきているのが見えなくても分かった。
「……じゃあ、私をおもいっきり、締め上げた時も」
「んーん、言ったじゃない。順番としては後よ」
だったとしても、どこまで信じていいものなのか。
「ねーえ、ふふ。どうしてあげようかしら」
姉は、私の髪に指を通しながら非常に悪い顔している。舌なめずりを見せてもまるでおかしくない。
昼寝の付添いをねだってきた時とのあまりの違いに、つい聞こえよがしなため息を吐く。良くも悪くも感情に言動が左右されやすい姉だ、と。もうちょっと統一性というものを持とうとする気がないのかしら。
「……それにしたって、全部が私の責任のような言い草ね」
「そんなことないわ。夢月がしたことと私がしたこと。二つを合わせての言葉よ?」
――どうしてあげようかしら、と。
お返しと仕返し。いずれにしても、報い。
都合よく私を弄ろうと優先する意思は、まったく隠されている気がしなかったけど。
「じゃあね、続きしましょう」
「続きって……まだ眠るの?」
「そしたら今度は、お互い眠くなるまで……ね?」
姉はもう勝手に決めたと言うように、体を倒して私を見上げてくる。早く飛び込んで来いと腕を差し伸ばして、あどけなく。
あれからどれくらい寝たのかも分からないけど、この姉は怠惰に転がることにまだ微塵も飽きていないらしい。
そして散々ひっついてひっつかせた妹を抱くことにも。
……いいわ、いいじゃない。
「そこまで言うのなら……たまには妹の重みを存分に味わうことね」
「いいわよ。別に、今だけでなくたって」
――私はもちろん? と、わざわざ流し目をしてまであからさまな挑発を立てる姉は、どこまでも私の姉だと言える。
望むところ、とさっそく飛び込んだ首筋に甘く歯を立てて、盛大にくすぐったがって身をよじる姉に、せめてものこの一瞬で弄り倒してやろうと、柔らかい温もりに溺れていくのだった。
「……っ結局、はぁ、どうしてお昼寝しようだなんて、誘ったの?」
「ん、夢月に抱きしめられたかったに決まってるじゃないの」
決まっているらしかった。
――――
退屈な小説を読み返すにはちょうどいい空白で、さし迫った用件もない――とは言っても、そんなことも滅多な部類だけど――お気楽さに、ソファーへ身を預けてリラックス。
そんな間隙を狙われてのことだった。
「むげつーおひるねしよ~」
「うん、いてらっしゃ……い?」
呼ばれれば頭も使わず応答。だけどその内容に引っかかりを覚えれば否応なしにページをめくろうとした手が止まる。舌足らずな丸い声は――姉、幻月の眠たげな呼びかけ、だったけど……うん? 今この姉はなんて言っただろう。
お昼寝? いえ、それは別におかしくない。
けど。
しよう?
うんん。
「姉さんいま――」
「しよー」
私が振り向いた直後に、ぐぁわばり。
もう立っているのもままならないと言うように姉が被さってきて、体温の高い腕が首に巻きつけられる。力の抜けた様子と薄開きの目蓋も見ると本当に眠いみたい。けれど、その昼寝に私を誘うことなんて。
寝ている間に潜り込んでくることは多々あれど、お誘いを受けるのは久しぶりだと言ってもいい。意識を手放そうと重くなっていく姉にせめて寝室までは歩いてもらおうと絡まる両腕をほどこうとした途端、硬く結ばれてしまう。これでは立つこともできなかった。
「姉さん」
「ねるー」
間延びして繰り返されればこそ姉がどれくらいも意識を保てないかが分かる。その上、頬にぶつかってくる髪の感触がやたらくすぐったくて、すぐにでも撫でたい気持ちになってしまうのも卑怯な所で。
「分かったから、ひとまず寝室まで行きましょう」
「ここでもいいよー」
「ここ……?」
ソファーで、か。
十分な眠気を伴って横になれば難なく寝つけるくらいの居心地はあるけど。それがしっかりとした寝具に敵うかと言えば、さすがに。
だから、私としては睡眠を取るなら然る所でという思いもあるんだけど。
「ろうかでねちゃう」
と、姉は言うものだから。
「……分かった。けど、一度離れてくれないとソファーに乗れないわよ?」
ぺんぺん、と姉の腕を撫でて促す。
んぃ~、だか、ふい~、とかの声を上げ何かもぞりと体を揺すっているので催してるのか、なんて身構えたけど姉は眠気が来れば自然と済ませてくるタチだから、その心配は除いてもいいでしょうと。でも、そしたら――
「んしょ」
なんて思案している間に私の首を軸によいこら、と背もたれを跨いで滑るように落っこちてきた。ああ、靴履きのまま上がらないでといつも言っているのに――と足先を見れば靴を履いていない。どこにやったんだろう?
何のことはなくて、今しがた姉が立っていた場所をもしやと覗けば行儀よく揃えた両履きがあった。まったく。
背もたれ分の障害もなくなり、べったりとすり寄ってきた姉をそっと撫で、ようとして付けたままだった手袋を外す。いつの間にか片手を絡められていたので無作法ながらも口を使って済まし、もう片方は――手が離れてくれる気配が微塵もないから諦めた。
ようやっと撫でてあげることが出来る傍ら、眠る時くらいはリボンを取ってあげたらどうなんだろうと。けど片手ではちょっと髪や頭へ負担をかけ過ぎな気もして見合わせる。姉の方はと言うと、白い羽もくったりと曲げられいてもう幾らかも待たなくとも寝入りそう。まぁこれじゃ、ソファーで寝るというより私で寝ると言ってもいいような格好だけど。
「むげつ」
まだ意識の残っていたらしい姉が、一言を終えるまで眠るまいと微量の気力を振り絞ったように、
「おひるねしよう」
――それきり。
健やかな寝息だけが浅く胸上で繰り返される。続く言葉をしばらく待ってみたけど、今ので最後だったらしい。んん、と思案して。
寝ついたらしっかりとした場所へ横たえてあげようとしていたけど。――姉は最初から、したい、ではなく、しよう、と呼びかけてきていた。
なら、
「……エプロン、癖がつくかな」
こんな日も、また。
頷きと諦め。外したヘッドドレスをテーブルへ置く。
その動きがどこかへ行くことだと捉えられたのか、姉が小さくむずがって密着してくる――なんてちょっと子供扱いしたことを見抜かれてしまったのもあるのか。痛い程の締めつけがやってきて、背中をさすってなだめるまでに結構な思いをした。たぶん、掴まれていた手の下は痕になっているはず。
……やれやれ、無理にほどこうとしなくて良かった。冗談でもなく中身が搾り出されていたかも知れない。目が覚めたら妹だった成れの果てを抱いていたなんて、可哀相にも程がある。おとなしく一緒に身を横たえてやるのが妹の務め、と自分に納得させた。
そう言いつつも体温の高い体を抱いていると穏やかなまどろみがやって来て、今さら昼寝以外の何をしようとも、気だるくて、とても手がつかなかったはず。意識をすれば、さもと言うように欠伸がこぼれてくる。抱きしめられたら目蓋が重くなってしまうなんて、まるで私の方が寝かしつけられているみたいで不満だ。本人はそんなことも露知らずに一足先で寝入っているんだけども。
姉の頭を抱えたまま横になる。けど今の体勢からだと羽を下敷きにしたりソファーに当ててしまいそうで、困った。しつこく触ると起こしてしまうかも。
肘掛けの側に寄っていたこともあって背もたれに預かって落ち着くことにする。不意で姉の羽を敷いてしまうことは避けたかったから。普段から頑丈な分、なにかと自分を頓着しない姉だけど行動に表れない愛着、みたいな物を羽に持っているようにも思えるから、私としても出来るだけ労わってあげたい。
愛着と言えば――。
繋ぎとめられた片手をやんわりと握り返し、くたりと預けられた頭を撫でて。その相変わらず癖もなく指通りが心地いい髪は、ずぼらな姉が唯一気を遣っているところでもあると思い返す。それは自身だけに留まらず、私の髪にまで気にかけていることからもよく分かっていた。
朝、どれだけ寝ぼけていても髪だけは自分で整えるのだ。リボンを結ぶ時の姉ほど真剣な様子も見たことがないと言ってもいいくらい。服が裏表逆さまのまま一日を終えて帰ってきても気にしない面にも、もうちょっと何か恥じらいとか感じてくれてもいいんじゃないのか、と。
つらつらと流れる独白に目を閉じて深く呼吸をすると、腿へ乗った重みと服越しに温く滑り込む吐息が、じわりと私をまどろみへ絡めていくようで。
仕返しを、緩くほどけていく頭で思いつく。少しだけ意地悪に。
抱きしめる腕を、起こしてしまうかのギリギリまで加減を強め、繋いだ五指に力を込めてやる。幸せに寝こける姉を、羨むように。
本当に、いたかったんだから、もう――
落としこむようにつむじへ口つけをして、あとは、あまい髪の匂いだけがひろがった。
* *
息づかいが、聞こえて。
「おはよう。お目覚めさん?」
「……ん」
もうすっかりと本調子を取り戻した姉の声がする。私はまだ、しゃきりとしていない。呼吸する毎に暑苦しいと思えば、姉の胸に突っ伏していた。眠る前は私が抱きしめていたはずなのに、いつの間にやら横になって体勢まで入れ替わっている。沈み込むソファーに起きる力を奪われながら、背を反らして何度かの呼吸をくり返す。と、欠伸を隠そうと手をかざして、付けていた方の手袋が外れていることに気づき、その下には――握り締められて予想通りの痕が、くっきりと。恐ろしい程までに残っていた。
何とはなしに恐る恐る姉を見ると、愉しんで然るべきだと瞳に光を湛える表情と遭ってしまう。知らず内に、今からの自分を他人事のように案じていたのは立派な経験則に違いなかった。
どっち道、結論はつまり諦めだったけど。
「私よね?」
何をしたのが、とまでは言ってこない。確信は済んでいるからという響きだ。
状況を鑑みれば私は責め立てる側に居そうなものだけど、何故か一向にそんな気持ちは湧いてこないのが不思議でもあり、姉を思えば自然極まりないことでもある。
「いや――あのねその、ちょっと重い物の持ち方を間違えて」
「夢月に痕を付けられるなんて世界広し次元果てなしと言えど有機無機空想幻想含めて私しかいないから、絶対」
無駄な抵抗をし終えるまでもなく飄々とした物言いに珍しく精一杯に歯切れよく言い切られるのも、なんだろう。照れたらいいのか呆れればいいのか分からない。いや、分からなくとも照れるのだけは間違っている。
「でもほら、寝ていた間の出来事で」
「いたかったんだから――だっけ?」
まて。
「ついでに言うとね夢月。私も、いたかったなぁ?」
ずずい、と喉元を狙うように覗きこんで来た姉と対峙する。この目と同色の瞳には、呆気にとられた私が映っていた。
――寝ていたんじゃなかったの。
そんな驚きまでも読み取ったように、姉は疑問を解いていく。腕組みに片目を眇め、私の反応を逐一愉しむ構えだ。
「寝てたわよ? 夢月が痛いくらい私の手をぎゅっと握って、ささやきながらつむじにちゅーしてくれるまでは」
言って表情を崩し、ころりと笑う。結局そのまましばらく眠れなかったのよねぇ、と。
更にだらしなく緩んだ様子でへらへらしている姉の言っていることがしばらく受け止めきれなかった。なに、この赤っ恥。鼻の頭辺りに熱が集まってきているのが見えなくても分かった。
「……じゃあ、私をおもいっきり、締め上げた時も」
「んーん、言ったじゃない。順番としては後よ」
だったとしても、どこまで信じていいものなのか。
「ねーえ、ふふ。どうしてあげようかしら」
姉は、私の髪に指を通しながら非常に悪い顔している。舌なめずりを見せてもまるでおかしくない。
昼寝の付添いをねだってきた時とのあまりの違いに、つい聞こえよがしなため息を吐く。良くも悪くも感情に言動が左右されやすい姉だ、と。もうちょっと統一性というものを持とうとする気がないのかしら。
「……それにしたって、全部が私の責任のような言い草ね」
「そんなことないわ。夢月がしたことと私がしたこと。二つを合わせての言葉よ?」
――どうしてあげようかしら、と。
お返しと仕返し。いずれにしても、報い。
都合よく私を弄ろうと優先する意思は、まったく隠されている気がしなかったけど。
「じゃあね、続きしましょう」
「続きって……まだ眠るの?」
「そしたら今度は、お互い眠くなるまで……ね?」
姉はもう勝手に決めたと言うように、体を倒して私を見上げてくる。早く飛び込んで来いと腕を差し伸ばして、あどけなく。
あれからどれくらい寝たのかも分からないけど、この姉は怠惰に転がることにまだ微塵も飽きていないらしい。
そして散々ひっついてひっつかせた妹を抱くことにも。
……いいわ、いいじゃない。
「そこまで言うのなら……たまには妹の重みを存分に味わうことね」
「いいわよ。別に、今だけでなくたって」
――私はもちろん? と、わざわざ流し目をしてまであからさまな挑発を立てる姉は、どこまでも私の姉だと言える。
望むところ、とさっそく飛び込んだ首筋に甘く歯を立てて、盛大にくすぐったがって身をよじる姉に、せめてものこの一瞬で弄り倒してやろうと、柔らかい温もりに溺れていくのだった。
「……っ結局、はぁ、どうしてお昼寝しようだなんて、誘ったの?」
「ん、夢月に抱きしめられたかったに決まってるじゃないの」
決まっているらしかった。
――――
これはいいものですね。
姉妹百合ですか。好物です。