仲の良い間柄の仲間を呼んで、話を肴にのんびりと少人数で呑むお酒は格別だろう。
知り合いの知り合いも呼んで、大人数で馬鹿騒ぎをしながら呑むお酒もまた最高に美味いだろう。
だが、私はあえて一人酒をお勧めしたい。
一人酒。
寂しいイメージを持たれる方も多いと思うが、呑んでいる当人は意外とそうでもなかったりする。
通い慣れた居酒屋、自分の部屋で誰にも邪魔されず体に回る酔いを楽しむ。
話す相手がいらない一人酒。自分の思考世界を心行くまで堪能できる。
まれに、酔いすぎておかしな行動を起こしたり、気付けば朝を迎えていたりする事もあるが、それを含めて一人酒の楽しさだったりするのだ。
これは、一人酒の素晴らしさを知っている者の、一人酒の一時を描いた短い物語の詰め合わせ。
一人で呑む酒の肴にでもして頂ければ、投稿をしてくれた孤高の酒呑みたちは喜んでくれるだろう。
それでは幻想郷に住まう、酒呑みたちのある日の物語のはじまり、はじまり。
――旧地獄街道の酒呑み――
旧地獄街道の街灯に灯りが付き始める頃に私の仕事は終わる。
仕事内容は書かない。
きっと仕事内容を迂闊に書けば、これを読んだ妖怪達が私の素性を暴いて、あいつは友達もいないから一人で酒を呑んでいるんだと馬鹿にするに決まっている。
ああ、妬ましい。
話がそれたわね。
定時に仕事を終え、私は慣れた足取りで、通い慣れた居酒屋へ向かう。
慣れた感じで居酒屋のドアを開け、座り慣れたカウンター席の一番端に座る。
元気一杯の大将がカウンター越しに声をかけてくる。
「らっしゃい。ご注文は?」
「生ビールと冷奴」
「へいっ」
私は仕事終わりで疲れているっていうのに、その元気の良さが妬ましいわ。
この居酒屋に通い始めて十年以上。
いい加減、私が最初に生ビールと冷奴を頼む事くらい覚えなさいよ。
それとも何? 俺はお前と違って知り合いが多いんでぇ。お前が最初に何頼むなんか覚えてられねぇよってか?
妬ましいわ。
どうせ私は友達少ないですよ。
「へい、お待ち」
そう言い、生ビールと冷奴を私の前に置く。
一先ず、大将への妬みは終わりにして、今日も一日頑張った自分に乾杯しましょう。
薄ら霜がついたジョッキを持ち上げ、キンキンに冷えた生ビールを流し込む。
「ぷはぁ」
一気にジョッキの半分まで飲み干す。
きっと、私はこの時の為に働いているのよね。
幸せだわ。
喉に残る程良い苦みと麦芽の香りに酔いしれていると、三席隣に一人の妖怪が座る。
「大将、いつもの」
「へい、毎度」
こいつ今、いつものって言ったわ。
十年以上この居酒屋に通っている、世間一般では常連と呼ばれるべき私を差し置いて良くもそんな事言えるわね。
その神経が妬ましいわ。
そりゃあ、そりゃあ私だって言ってみたいわよ。
大将、いつもの。って。
でも私がそう言ったところで、大将は気不味そうな顔して、なんでしたっけ? って言うのよ。
どうせ私は印象が薄いわよ。悪かったわね。
あぁ、妬ましい。
気付けば私は妬みを肴に生ビールを空けていた。
更には必死に抑えた怒りで冷奴をぐちゃぐちゃに潰していた。
皿の隅に添えられていたスプーンを使い、冷奴を流し込む。
「姉さん、おかわりは?」
「焼酎の水割りとから揚げと大根サラダ。柚子胡椒ドレッシングね」
「へい」
私はメニューも見ずに次の注文をする。
そりゃあ、十年以上同じ居酒屋に通っていればメニューの端から端まで空で言えるわよ。
来るたびに違う注文をし、全品制覇した私が導き出した最強のセット。
から揚げも大根サラダも居酒屋の定番メニュー。
定番メニューだからこそ大将のこだわりが強く感じられるのよ。
このお店のから揚げは、外はかりっと香ばしく、旨みを凝縮した肉汁を外へ漏らさない役割をしっかりと果たしている。
中は驚くほど柔らかく、一口噛めば肉の繊維一本一本がほどけていくのが分かる。
少し濃い味付けだが、酒が進む。
大根サラダは大根の他に水菜と大葉、カリカリに揚げたジャコがまぶしてある。
大根と水菜は瑞々しく、その歯ごたえは何だか清々しい気分にさえしてくれる。
味付けの濃いから揚げに唆され、ハイペースで呑んでしまう私にストップをかけてくれる。
その優しさが妬ましいわ。
この正反対の様に見える組み合わせが最高の組み合わせだなんて、誰も想像していないでしょうね。
私が編み出した最強のコンボに酔いしれていると、三席隣に座っている妖怪がとんでも無い事を口にしたわ。
「大将、お勧めは?」
常連ぶっていつものなんて言っていたくせして、お勧めは? ですって?
妬ましいを通り越して恨めしいわ。
ふざけるんじゃないわよ。
「そうだねぇ、から揚げと大根サラダだねぇ」
「じゃあそれで」
「っ!」
つい声がこぼれてしまったわ。
大将、目先の売上に釣られてるんじゃないわよ。
そこは、全部お勧めだよって答えて、色んなメニューを頼ませるところじゃないの?
あぁ、妬ましい。
私だって勇気があればお勧めメニューを聞きたかったわよ。
あぁ、何もかもが妬ましいわ。
私は妬みを肴に焼酎の水割りを空けていた。
いけないわね。
大根サラダを口に運び、深呼吸をして冷静さを取り戻す。
「大将、おかわり」
私は空のグラスを軽く振りながら三杯目を頼んだ。
「へい」
この居酒屋の良い所は飲み物がすぐ出てくるところ。
以前、別の居酒屋に行ったときの事。
今日と同じようにカウンター席の端で呑んでいたのよ。
結構広い居酒屋で、奥には座敷の席があって宴会をしていたわ。
確か、季節は忘年会シーズンだったわね。
人手が足りないみたいで、おかわりを注文して十分以上待たされて私はイライラしていたの。
私はこんなに我慢しているっていうのに、宴会席の連中と来たら大笑いの馬鹿騒ぎよ。
それはそれは妬ましかったわ。
でも、私ももう立派な大人。それ位で怒ったりしない。
今日と同じように、さっぱりしたサラダを食べて心を落ち着かせていたのよ。
そしたら、宴会席の連中が大声で叫び始めたわ。
酒が来るのが遅いだとか、酒が足りねぇだとか。
私だって叫びたかったわ。
もう妬ましくって妬ましくって。気付けば私は宴会席に殴り込みに行って大喧嘩よ。
結局、近くの店で飲んでいた勇儀が騒ぎを聞きつけて止めに来てくれたんだけど、私はその居酒屋で出禁を喰らう羽目になったわ。
あぁ、妬ましい。
今思えばあの頃はまだ血の気が多かったわね。
物思いに耽っているといつのまにかグラスが置かれていた。
こういう粋な事が出来る大将のいるこの居酒屋はやはり最高ね。
から揚げと大根サラダを肴にのんびりとグラスを傾ける。
三杯目を空け、次を頼むか悩んでいる時だった。
勢いよくドアを開け、入店してくる人影が見えた。
「大将、いつもの」
そう言いながら私の横に座る。
また、そんな妬ましい事を口走って。
いったいどの面下げてそんな事言えるのかしら。
顔を拝んで呪ってやろうと横目をやるとそこには勇儀が座っていた。
呑兵衛ばかりの旧地獄には数えきれないほどの居酒屋ある。
居酒屋で偶然知り合いに会うなんて事は滅多にないので、私は驚いて声をかけようと口を開いた。
「ちょっと――」
だが、大将の口から出た言葉には更に驚かされた。
「……星熊の姐さん、あんたうちの店来るの初めてだろ?」
「そうかい? それならそういうことでいいよ。一番強い酒を持ってきてくれ」
「噂通りの呑兵衛だねぇ。ちょっと待っててくれよ」
大将はそう言い、厨房の奥へと消える。
「ちょっと、何やってるのよ」
「お、あんたも一人酒かい?」
「ええ。もう御愛想しようか悩んでるところだけど」
「なんだい。せっかく鉢合わせたんだ。呑み比べといこうじゃないか」
「鬼と呑み比べるなんて莫迦なんて、呑兵衛しかいない旧地獄でもいないわよ」
「はっはっは」
相変わらずの元気の良さが妬ましいわ。
どんっとカウンターに地獄と書かれた酒樽を置く大将。
「星熊の姐さん、一番強いの持って来たが、知らねぇぞ」
「良いねぇ。受けて立とうじゃないか」
そういうとトレードマークの大きな盃を大将に差し出す。
並々注がれた地獄に口をつける勇儀を半ば呆れた目で見る。
「くぅぅ、こいつは効くねぇ。そうだねぇ、なにか肴が欲しくなったよ」
心底嬉しそうに酒を呑む勇儀が妬ましい。
「大将、お勧めは?」
さらりと妬ましい台詞を言ってのける。
「から揚げに大根サラダ。それに、揚げ出し豆腐。うちは何でも美味いよ」
うん。確かに揚げ出し豆腐も美味しい。卸した生姜に絡めて口に運べば酒が更に美味くなる。
「ちょうど腹も減ってたんだ。全部」
「へい、から揚げと大根サラダと揚げ出し豆腐っと」
「おいおい大将、空腹の鬼の食欲を甘く見て貰っちゃ困るねぇ。メニューの端から端まで全部だよ」
「まったく。噂通り豪快な姐さんだ。メニューの端から端まで頼んだお客さんは姐さんで二人目だよ」
「へぇ、私以外にもそんな奴がいたんだねぇ。是非とも会ってみたいもんだ」
勇儀以外にそんな注文をする莫迦がいたとは。
妬ましさを通り越して呆れてしまう。
「姐さんの隣に座ってるじゃないか」
「え? 私?」
つい間抜けな声を出してしまった。
全く記憶にない。ここで記憶が飛ぶまで飲んだことは何度かあるが、そんな莫迦な事はどんなに酔ってもしない自信がある。
バチンっと大きな手で背中を叩かれる。
「なんだい、鬼と呑み比べが出来そうな莫迦だったんじゃないか」
痛みで顔を歪めながら大将を見る。
「もっとも星熊の姐さんと違って一回の注文で全部って事じゃないけどよ」
「なんだい。あんた常連だったのか?」
「ま、まぁそんなとこかしら」
「おいおい姉さん、今更そんなとこ。だなんて寂しい事言わないでくれよ。こっちは姉さんの好みまでばっちり覚えてんだ。毎回冷奴をぐちゃぐちゃに潰してから食べることまで知ってるんだぜ?」
嬉しそうな笑顔を浮かべる大将が妬ましい。
とは言え、こんな印象の薄い私を覚えていたなんてね。
毎回、冷奴にスプーンが付いてくるのはそういう事だったのね。
褒めてあげても良いわ。
「大将、おかわり」
「へい」
少し良い気分になった私は四杯目を頼む事にした。
――迷いの竹林の酒呑み――
「お師匠の指って細くて長くて綺麗ですよね」
つい先日、うどんげにそんな事を言われたのがよっぽど嬉しかったのだろうか、狭い穴や細い輪を見るとつい指を入れてみたくなる衝動に駆られていた。
鋏の柄の輪、居間の花瓶、人里で買ってきたドーナッツ、月の都にいた頃に買った指輪と色んな穴や輪に指を通し自身の細くすらりと伸びた指に見惚れていたのだ。
てゐが悪戯で空けてしまった障子の覗き穴に至っては、小柄なてゐより私の指の方が細いという嬉しい真実を教えてくれたので、上機嫌で障子の張替えをしてしまう程だ。
「ふふふ、本当に細くて綺麗な指よねぇ」
上機嫌で自身の左手の指を眺める。
薬品を取り扱う事が多いので、マニキュアや付け爪、ネイルアートなんて永い人生で数回しか挑戦した事がない。
意外と思われるだろうが、手先が不器用なので余りそういった事に挑戦しようと思わないのだ。
まだ輝夜が幼い頃、私が教育係として彼女の世話をしていた頃の事だ。
「ねぇ、永琳。私の髪を永琳と同じように結って欲しいの」
素直で純粋無垢の彼女に上目使いでお願いされたことがあった。
今では考えられないが輝夜は本当に可愛らしい子供だった。勿論、今の輝夜が可愛くないという意味ではない。
「私と同じ髪型ですか?」
「うん。お揃いが良いの」
「わかりました。ではそこに腰掛けて下さい」
嬉しそうに腰掛けに駆け寄り、私に背を向けて座る輝夜。上機嫌に鼻歌なんて歌っていて余計に可愛らしく思えた。
「それでは失礼しますね」
そう言い、彼女の髪に指を絡めた時の衝撃は未だにはっきりと覚えている。
絹の様な、そんな表現ではこの髪に失礼だと思った。柔らかく、しなやかで力強い。でも少しでも力の入れ方を間違えれば傷付けてしまうような感覚に陥ったのだ。
私は細心の注意を払いながら輝夜の髪を結った。
「えへへ、お揃い」
鏡に自身の姿を映して嬉しそうにしている輝夜はとてもご満悦といった様子だった。
「それでは姫、勉強の続きをしますよ」
「これからは勉強の前に髪を結ってくれないと勉強しない」
「……わかりました」
今思えば、この頃から輝夜の我儘な一面は片鱗を見せていたのかもしれない。
とにかく、この日から私の日課が二つ増えた。
一つは言わずもがな、輝夜の髪を結う事。
もう一つは手先のケアだ。
あまりに繊細な髪を毎日結うとなれば、私の手先に問題があってはいけない。実験で使った薬品が残っていたり、ささくれや乾燥し硬化した皮膚、爪先が輝夜の髪を傷めてしまう恐れがあるので十分すぎる程手を洗い、寝る前にはハンドクリームを塗る様にした。市販の物でも良かったのだが、いつの間にかハンドクリームを自作して使う様になっていた。
まぁとにかく、昔から爪や手先は綺麗に保つようにしていたのだ。
そしてその努力が先日認められた。
細くて長くて綺麗と褒められた左手の指先を眺め、視線を右へと移す。
すらりと伸びた四本の指と五合瓶。
「……取れない」
月の頭脳とまで呼ばれた私が何たる失態。
思い返すは一時間程前。実験の資料を整理し終わって、人里に売りに行く薬の準備も終わらせ、寝る前に軽く一杯と思って食品庫から五合瓶、台所から夕飯の残りを少し取りに行って自室でこっそり酒盛りを始めたところまでは良かった。
お酒に含まれるエチルアルコールが私の脳内ここまで好き勝手暴れる所までは予想していなかった。
エチルアルコールの働きによって私は判断能力を低下させられ、さらには低位機能が活発化させられ本能の赴くまま呑み続けてしまった。
そして判断能力の低下した私は好奇心の趣くまま空の酒瓶に指を入れてしまった。
人差し指の付け根まですんなり入り、私の指って細いわねぇ。なんて上機嫌で口ずさみながら、左手を伸ばし四本目の酒瓶を取り、空になったお猪口にお酒を注いだ。
「あれ、もう空? もう一本飲んじゃおうかしら」
食品庫に向かおうと立ち上がった際に右手の人差し指に違和感を感じ、視線をやると私の指に酒瓶がはまっていた。
「……」
言葉を失うとはこの様な状況下において使うのが適切なのかもしれない。
無言で酒瓶を引っ張るが抜ける気配はない。むしろ指の関節が抜けてしまいそうだった。
「不味いわね」
酒瓶を割る。こんな夜中にご近所迷惑よね。いや、そもそも破片で怪我したら情けないわ。
手を上にあげ、指先の血液を減らし抜けやすくする。これだわ。
「……」
全然駄目。
涙目になりながら策を考える。
考えるのよ、八意永琳。月の頭脳と謳われた私よ。
不老不死の薬が作れて、酒瓶から指を抜く方法を思い付けない訳がないわ。
その時だった。
「お師匠、ご一緒良いですかー」
酒瓶を持ったうどんげが私の部屋に入ってきた。
「ちょ、うどんげ。何してるのよ」
「お師匠がこっそり酒瓶を持ち出しているのを見てしまったので。たまには二人でどうかなと思いまして。えへへ」
「悪いけど今日はもうおしまいよ」
「そんな事言わずに、良いじゃないですか少しくらいって、先ほどから何を隠してるんですか?」
うどんげは背後に隠した右手を覗こうとするので、私は慌てて立ち上がる。
「な、何も隠してなんてないわ」
「怪しいですね。姫様やてゐには内緒にしておきますから。良いじゃないですかぁ。もしかしてとっておきのお酒ですか」
食い下がるうどんげ。
これ以上大声を出されては輝夜やてゐが起きてしまう危険があるわ。それだけは避けたい。
仕方なく私は愛弟子に右手を見せる事にした。
「良い?これは極秘の人体実験なの」
「……人体実験ですか」
「ええ、アルコール摂取時に起こる身体末端の膨張比率を求め、分析する事によって宴会の次の日のむくみを予防、回復する薬を開発するのよ。そして今丁度その実験の最中だったのよ」
「えーっと。つまり師匠、酔っ払って酒瓶に指を入れたら抜けなくなったということですか?」
「次にそういう言い方をしたら怒るわよ」
「は、はい」
入室してきた当初の笑顔は消え、困り果てた顔のうどんげ。
一番困ってるのは私なのよ。
「それで、お師匠。何でこんなバ、じゃなくて偉大な研究に取り組もうと思ったんですか」
「天才とはどんな事象に対しても飽くなき好奇心を持ちそれに挑み続ける人の事を言うのよ」
「はーわかりましたって師匠、物凄く酒臭いじゃないですか。どれだけ飲んだんですか?」
「小さい瓶で四本だけよ」
「五合瓶を四本て……二升も飲んでるんですか!一緒に呑むのは後日にさせて頂きます」
そう言い捨てるとうどんげは私の手を掴み部屋を出る。
「ちょっと、まだ実験の途中なのよ」
「もー黙ってついて来てください」
そう言い連れて来られたのは台所だった。
「まったく、天才と馬鹿は紙一重とは良く言ったものです」
この月兎は紙一重で私を後者だと言いたいようだった。もちろん反論の余地はなかったので黙っていた。
「さぁ、右手を出してください」
「何する気よ」
「良いから早く!」
怒りながらと言うよりは呆れながら私の右手を掴み私の指先に石鹸水をかける。
「痛かったら言ってくださいね」
そう言うとうどんげは酒瓶を引っ張り始める。
「痛っ、ちょっとうどんげ、そんなに強引にしないで。痛いって言ってるじゃないの」
「はい、我慢してください。いつも私で変な実験している時に痛いと言っても無視するお師匠が悪いんですよっ」
うどんげが力を更に強めると『ポン』と心地よい音と共に酒瓶は私の指から抜けた。
その時の解放感と言ったら堪らず、癖になりそうだったがあんな思いは二度と御免だ。
そして余りの嬉しさでもう一杯飲みたくなった。
「うどんげ、たまには二人で一杯どうかしら」
「いいからさっさと寝て下さい」
うどんげの小言を聞かされながら部屋に戻り、無理矢理ベッドに横にされる。
たまには一人で酔っ払って誰かに迷惑をかけるのも悪くないわね。そんな事を思いながら眠りに着いた。
――紅い月と酒呑み――
レコードから流れるジャズを聞きながら私はグラスを傾ける。
氷とグラスが奏でた高音は心地良く、喉を焼く冷たいウイスキーの風味をより際立ててくれる。
宴会で馬鹿騒ぎしながら呑む?
少し子供っぽいと思うわ。
まぁ、付き合いで参加しているけどね。
私も500年以上生きているんだし、休日位は大人の女らしく静かに呑みたいものよね。
レコードの針が内側まで回り終え、室内に溢れていたジャズは消えてしまった。
グラスを一気に空けると、私はレコードの盤面を裏返しに席を立つ。
短いノイズの後にドラムのソロが聞こえ始める。それと同時にグラスに氷を一つ入れウイスキーを注ぐ。ドラムのリズムに合わせてグラスを回し、高音を奏でる。その高音に合わせるようにピアノが演奏を始めた。
「ふふ、こんなに月が紅い」
窓から降り注ぐ月光は私が異変を起こした時の様に紅く輝いていた。静かで素敵な夜ね。
咲夜に用意させたフィッシュ&チップスのケチャップが口に着いてしまい、懐からハンカチを取り出し綺麗に拭き取った。
「本当に素敵な夜だわ」
そして、私の大人空間は簡単に壊された。
大きな音と共に扉が吹き飛ぶ。文字通り壊されたのだ。
「おねーさまっ! 私のハンカチ返して」
「……フラン、大人の女の部屋にノックも無しに入るものではないわ」
怒れる最愛の妹を宥める。
「ノックしたら壊れちゃったのっ。それより私のクマさん柄のハンカチまた勝手に持って行ったでしょ」
「食卓に置きっぱなしにしてるフランが悪いのよ」
「置き忘れただけだもん。お姉さまはウサちゃん柄のがあるでしょ。返して」
私も立派な大人。妹の物を無理矢理奪うような事はしない。私がフランのハンカチを持ち出したのは妹が食卓に自分のハンカチを置き忘れてしまったことを戒める為の行為。決してクマさん柄が良かったとかそういう思いは無い。
「良い? 自分の物はちゃんと自分で管理なさい」
そう言い懐から取り出したハンカチを妹に手渡す。
「……お姉さまの意地悪っ。なんで私のハンカチ汚すんだよう」
「あら、おかしいわね。私は使ってないわよ」
「うわぁぁん、お姉さまのバカ」
間違えて使ってしまった事は黙っておこう。
「ほら、フラン。今日は私のウサちゃんハンカチ貸してあげるから機嫌直して、ね?」
「うん」
ふふふ、5歳も年下なだけあってフランはまだまだ子供ね。
「ねぇ、お姉さま。さっきから何飲んでるの?」
「これはウイスキーよ」
「ウイスキー?」
「フランも少し呑んでみる?」
「うん」
機嫌を直し、羽根をパタパタと動かし楽しそうなフランを座らせグラスの用意を始める。
大口のグラスに氷をたっぷり入れ琥珀色の液体を注ぐ。
「少しずつ、ゆっくり呑むのよ」
未知の飲み物に興味津々の妹はグラスを両手で掴むと勢いよく口の中に流し込んだ。
若さゆえの間違いね。でもフランそれでいいのよ。そうやって大人になるのよ。
「うげぇ、喉が熱い」
顔を歪め、舌を出し泣き出しそうな表情のフランだった。
「大人の味よ」
少し得意げにそう答えた。
「こんなの呑めるお姉さまはやっぱり大人だよね」
「そうかしら?」
あぁ、良い気分。そうよフラン、大人の女である私をもっと尊敬しなさい。
「なんだか頭痛くなってきちゃった。お姉さまのベッドで休ませて」
「ええ、気分が良くなるまで寝てて構わないわよ」
それから寝息を立てる可愛い妹を眺めながらウイスキーを呑んだ。
グラスの中の氷が消えてしまったので、従者を呼ぼうと席を立った時の事だった。
床がぐにゃりと曲がり、空間が渦巻く。
「なにかの魔法かしら」
紫が使うようなインチキ臭い術とはまた違うようだ。何しろ妖気をまるで感じないからだ。
私の視覚を狂わせ、姿を消し隙を伺う。悪くない戦法だ。
「ふふ」
幻想郷屈指の実力者であるこの私を倒し、自身の名を上げようとする妖怪がまだいたのか、とつい笑みがこぼれてしまう。
「さぁ、姿を見せなさい。夜の王にして誇り高き吸血鬼の寝室に入ったんだ。すぐに……っ」
言葉を発すると頭に響くような痛みが走る。
まさか、すでに相手の術にかかっているというのだろうか。
「くっ。誰かは知らないがっ、ただで帰れると思わないっ、事ね」
召喚したグングニルを振り回し、弾幕をばら撒く。
「一気にとどめよ」
私が右手を大きく振り払うと魔力を込めた紅い弾幕が爆ぜる。
余りの衝撃で天井は吹き飛び、頭上には紅い月が輝いていた。
「という感じだったと思うんだけど……」
「悪酔いも大概にして頂けませんと」
「悪酔いじゃないってー」
「今回は妹様の証言もきっちりありますからね。お姉さまがフラフラしながらお部屋で弾幕ごっこしてたー。と仰ってましたから」
気が付くと私は医務室のベッドで咲夜に看病をされながら、小言を聞かされていた。
「悪酔いしてお部屋を壊された事が今までに何度あったと思ってるんですか?」
「むぅぅ」
「確かに、お酒は大人の女の嗜みかも知れませんが、大人の女なら記憶が飛ぶまで飲んだりしません。ましてや酔っ払って部屋を壊すなんて有り得ません」
ぶつぶつと口うるさい咲夜の声が頭に響く。
「わかったわ。今度から気を付けるから」
そう言いながら咲夜に水のおかわりを催促した。
大人の女らしく今度からは背伸びしないで甘いお酒を少しだけ呑むようにしようかしらね。
――伝説の酒呑み――
春になったら花見酒、夏は夜空を見上げて星見酒、秋は真ん丸お月様で月見酒、冬はしんみり雪見酒。
幻想郷の住人は酒が好きなんだね。
季節が変わる度に何かしらの理由をつけて宴会をしている。
最近は神社での宴会が楽しいねぇ。
妖怪も人間も入り乱れて大騒ぎ。いつから妖怪と人間は仲良く宴会をするようになったんだろう。
妖怪は人間を襲うどころか盃を交えて大笑いしてる。人間は妖怪を恐れるどころか酒を注げと催促している。
長い事生きてきたけど、こんな宴会はここの神社でしか見たことないよ。
楽しそうな宴会を肴に一人酒。なかなか乙だよ。
仲間達に知らせてやりたいな。
面白い連中がいるから四人で酒持ち寄って殴り込みだーって。
もう随分と長い間独りで呑んでるなぁ。
たまには馬鹿騒ぎして酒を呑んでみたいもんだよ。
山の連中の宴会に入れてもらおうかな。
山は天狗達に任せたんだ。今更私が呑みに行ったって良い顔はされないだろうなぁ。そんなところで呑んでもちっとも楽しくないな。
里の連中の宴会に入れてもらおうかな。
いやいや、人間達が鬼と一緒に宴会を開く訳ないか。
あー、宴会に混ざりたい。
神社のあの子。赤と白の子。巫女さんが主催してるのかな。
今度、声をかけてみようかな。
「ねぇ、私も宴会に混ぜてよ」
……駄目だ駄目だ。あの子は私の事なんて知りもしないんだから。
そもそも今の人間達が鬼の事を覚えている訳がないんだ。私ら鬼は大昔に幻想郷から去ったんだから。
どうにかして宴会に混ざりたい。
鳥居に隠れ、頭だけ覗かせながら境内を掃除している巫女さんの姿を目で追う。
「あら、随分と珍しいわね」
物思いに耽っていると背後から声をかけられた。
「ん? おぉ紫。久しぶり」
私の古い友人で妖怪の賢者と呼ばれる大妖怪が私の背後に立っていた。
「久しぶりね。それより神社の境内で何してるのかしら?」
「いやぁ、たまたま通りかかっただけだよ」
「貴女、本当にあの萃香? 隠し事は嫌いなんじゃなかった?」
「ぐぬぬ。ちょっと恥ずかしいから酔ってから話す」
「十分に酒臭いけど……」
「良いから。呑むぞー」
「はいはい。ここじゃ肴も何もないから家に行くわよ」
それから紫の作ったスキマを通って紫の家にお邪魔することになった。
「なぁ紫、神社の赤白の子とは友達か?」
「紅白? あぁ霊夢の事ね。お友達よ」
くいっと盃を空ける紫におかわりを注ぎながら問いかける。
「あの子は宴会が好きなのか?」
「さぁどうでしょうねぇ」
盃を空けて紫におかわりを注いでもらいながら問いかける。
「なんであの子は妖怪と宴会してるんだ?」
「正確には妖怪達があの子と宴会してるのよ」
お上品に漬物を口に運んでいる紫に問いかける。
「萃香、あの子と一緒に宴会がしたいのね?」
「私は鬼だぞ! 人間と一緒に、酒が呑め……たい」
「なぁに? 聞こえないわ」
ニヤニヤと笑顔を浮かべる紫。
本当にこいつは嫌な奴だ。しかし、嘘を吐くのが嫌いな私は本心を打ち明ける。
「むぅぅ。あの子と一緒に宴会をしてみたいんだ」
「ふふふ、あの子やあの子の友達の人間達と呑むのは結構楽しいわよ」
「私も見ててそう思ったんだぁ」
「見てて? そう、最近神社に漂っていた気は、違うわね。気になって漂っていたのは貴女だったのね」
「おう。楽しそうだなぁってずーっと見てたんだ」
「良いわ。紹介してあげる」
「ありがとっ。へへへー楽しみだ」
やっぱり紫は良い奴だ。
「そうだ。せっかくだし、貴女の能力を使って異変を起こしてみたら?」
「異変? 何それ?」
それからざっくりと紫から異変の事を教えてもらい、一人で準備に取り掛かった。
誰かが異変を起こすと人間達はそれを解決しようと立ち回る。
私が起こした異変でも人間達や妖怪達は私の思惑通り楽しそうに連日の様に宴会を開き連日の様に異変解決に向けて幻想郷の中を飛び回った。
異変解決の宴会は目前。
さぁて誰が私の正体に気付くかな。と期待に胸膨らませながらくいっと酒を呑む。
そしてついにあの紅白の少女が私の前に辿りついた。
「というか、誰?」
妖怪、人間に囲まれて楽しそうに酒を呑んでいた、あの紅白の少女が私の前に立っていた。
知ってるよ。お前は博麗霊夢。
この異変を起こして色んな奴が楽しそうに連日宴会に参加してたけど、お前が一番楽しそうだった。私は全部見て来たから知ってるんだ。
宴会に混ぜてよ。なんて口が裂けても言えない。呑む前に一暴れするかな。
「我が群隊は百鬼夜行、鬼の萃まる所に人間も妖怪も居れる物か!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて私は霊夢に言い放った。
今日から一緒に宴会が出来るんだ。
――酒呑みのあとがき――
さてさて、いかがでしたか。
自由気ままに酒を呑む彼女たちの呑みっぷりは。
皆様もぜひ、一人でのんびり酒を呑んでみてはいかがでしょうか?
筆を置き私は文机から離れ、部屋の中央の座卓へ移りました。
用意していた長茄子のお漬物と女中さんに作って頂いた川魚の塩焼きを綺麗に並べ、紫様から頂いた大吟醸を盃に並々と注ぎ終えると正座を崩しました。
「それでは、今日も一日お疲れ様でした。乾杯」
誰と合わせる訳でもなく盃を軽く突き出し、自分を労う様に言いました。
知り合いの知り合いも呼んで、大人数で馬鹿騒ぎをしながら呑むお酒もまた最高に美味いだろう。
だが、私はあえて一人酒をお勧めしたい。
一人酒。
寂しいイメージを持たれる方も多いと思うが、呑んでいる当人は意外とそうでもなかったりする。
通い慣れた居酒屋、自分の部屋で誰にも邪魔されず体に回る酔いを楽しむ。
話す相手がいらない一人酒。自分の思考世界を心行くまで堪能できる。
まれに、酔いすぎておかしな行動を起こしたり、気付けば朝を迎えていたりする事もあるが、それを含めて一人酒の楽しさだったりするのだ。
これは、一人酒の素晴らしさを知っている者の、一人酒の一時を描いた短い物語の詰め合わせ。
一人で呑む酒の肴にでもして頂ければ、投稿をしてくれた孤高の酒呑みたちは喜んでくれるだろう。
それでは幻想郷に住まう、酒呑みたちのある日の物語のはじまり、はじまり。
――旧地獄街道の酒呑み――
旧地獄街道の街灯に灯りが付き始める頃に私の仕事は終わる。
仕事内容は書かない。
きっと仕事内容を迂闊に書けば、これを読んだ妖怪達が私の素性を暴いて、あいつは友達もいないから一人で酒を呑んでいるんだと馬鹿にするに決まっている。
ああ、妬ましい。
話がそれたわね。
定時に仕事を終え、私は慣れた足取りで、通い慣れた居酒屋へ向かう。
慣れた感じで居酒屋のドアを開け、座り慣れたカウンター席の一番端に座る。
元気一杯の大将がカウンター越しに声をかけてくる。
「らっしゃい。ご注文は?」
「生ビールと冷奴」
「へいっ」
私は仕事終わりで疲れているっていうのに、その元気の良さが妬ましいわ。
この居酒屋に通い始めて十年以上。
いい加減、私が最初に生ビールと冷奴を頼む事くらい覚えなさいよ。
それとも何? 俺はお前と違って知り合いが多いんでぇ。お前が最初に何頼むなんか覚えてられねぇよってか?
妬ましいわ。
どうせ私は友達少ないですよ。
「へい、お待ち」
そう言い、生ビールと冷奴を私の前に置く。
一先ず、大将への妬みは終わりにして、今日も一日頑張った自分に乾杯しましょう。
薄ら霜がついたジョッキを持ち上げ、キンキンに冷えた生ビールを流し込む。
「ぷはぁ」
一気にジョッキの半分まで飲み干す。
きっと、私はこの時の為に働いているのよね。
幸せだわ。
喉に残る程良い苦みと麦芽の香りに酔いしれていると、三席隣に一人の妖怪が座る。
「大将、いつもの」
「へい、毎度」
こいつ今、いつものって言ったわ。
十年以上この居酒屋に通っている、世間一般では常連と呼ばれるべき私を差し置いて良くもそんな事言えるわね。
その神経が妬ましいわ。
そりゃあ、そりゃあ私だって言ってみたいわよ。
大将、いつもの。って。
でも私がそう言ったところで、大将は気不味そうな顔して、なんでしたっけ? って言うのよ。
どうせ私は印象が薄いわよ。悪かったわね。
あぁ、妬ましい。
気付けば私は妬みを肴に生ビールを空けていた。
更には必死に抑えた怒りで冷奴をぐちゃぐちゃに潰していた。
皿の隅に添えられていたスプーンを使い、冷奴を流し込む。
「姉さん、おかわりは?」
「焼酎の水割りとから揚げと大根サラダ。柚子胡椒ドレッシングね」
「へい」
私はメニューも見ずに次の注文をする。
そりゃあ、十年以上同じ居酒屋に通っていればメニューの端から端まで空で言えるわよ。
来るたびに違う注文をし、全品制覇した私が導き出した最強のセット。
から揚げも大根サラダも居酒屋の定番メニュー。
定番メニューだからこそ大将のこだわりが強く感じられるのよ。
このお店のから揚げは、外はかりっと香ばしく、旨みを凝縮した肉汁を外へ漏らさない役割をしっかりと果たしている。
中は驚くほど柔らかく、一口噛めば肉の繊維一本一本がほどけていくのが分かる。
少し濃い味付けだが、酒が進む。
大根サラダは大根の他に水菜と大葉、カリカリに揚げたジャコがまぶしてある。
大根と水菜は瑞々しく、その歯ごたえは何だか清々しい気分にさえしてくれる。
味付けの濃いから揚げに唆され、ハイペースで呑んでしまう私にストップをかけてくれる。
その優しさが妬ましいわ。
この正反対の様に見える組み合わせが最高の組み合わせだなんて、誰も想像していないでしょうね。
私が編み出した最強のコンボに酔いしれていると、三席隣に座っている妖怪がとんでも無い事を口にしたわ。
「大将、お勧めは?」
常連ぶっていつものなんて言っていたくせして、お勧めは? ですって?
妬ましいを通り越して恨めしいわ。
ふざけるんじゃないわよ。
「そうだねぇ、から揚げと大根サラダだねぇ」
「じゃあそれで」
「っ!」
つい声がこぼれてしまったわ。
大将、目先の売上に釣られてるんじゃないわよ。
そこは、全部お勧めだよって答えて、色んなメニューを頼ませるところじゃないの?
あぁ、妬ましい。
私だって勇気があればお勧めメニューを聞きたかったわよ。
あぁ、何もかもが妬ましいわ。
私は妬みを肴に焼酎の水割りを空けていた。
いけないわね。
大根サラダを口に運び、深呼吸をして冷静さを取り戻す。
「大将、おかわり」
私は空のグラスを軽く振りながら三杯目を頼んだ。
「へい」
この居酒屋の良い所は飲み物がすぐ出てくるところ。
以前、別の居酒屋に行ったときの事。
今日と同じようにカウンター席の端で呑んでいたのよ。
結構広い居酒屋で、奥には座敷の席があって宴会をしていたわ。
確か、季節は忘年会シーズンだったわね。
人手が足りないみたいで、おかわりを注文して十分以上待たされて私はイライラしていたの。
私はこんなに我慢しているっていうのに、宴会席の連中と来たら大笑いの馬鹿騒ぎよ。
それはそれは妬ましかったわ。
でも、私ももう立派な大人。それ位で怒ったりしない。
今日と同じように、さっぱりしたサラダを食べて心を落ち着かせていたのよ。
そしたら、宴会席の連中が大声で叫び始めたわ。
酒が来るのが遅いだとか、酒が足りねぇだとか。
私だって叫びたかったわ。
もう妬ましくって妬ましくって。気付けば私は宴会席に殴り込みに行って大喧嘩よ。
結局、近くの店で飲んでいた勇儀が騒ぎを聞きつけて止めに来てくれたんだけど、私はその居酒屋で出禁を喰らう羽目になったわ。
あぁ、妬ましい。
今思えばあの頃はまだ血の気が多かったわね。
物思いに耽っているといつのまにかグラスが置かれていた。
こういう粋な事が出来る大将のいるこの居酒屋はやはり最高ね。
から揚げと大根サラダを肴にのんびりとグラスを傾ける。
三杯目を空け、次を頼むか悩んでいる時だった。
勢いよくドアを開け、入店してくる人影が見えた。
「大将、いつもの」
そう言いながら私の横に座る。
また、そんな妬ましい事を口走って。
いったいどの面下げてそんな事言えるのかしら。
顔を拝んで呪ってやろうと横目をやるとそこには勇儀が座っていた。
呑兵衛ばかりの旧地獄には数えきれないほどの居酒屋ある。
居酒屋で偶然知り合いに会うなんて事は滅多にないので、私は驚いて声をかけようと口を開いた。
「ちょっと――」
だが、大将の口から出た言葉には更に驚かされた。
「……星熊の姐さん、あんたうちの店来るの初めてだろ?」
「そうかい? それならそういうことでいいよ。一番強い酒を持ってきてくれ」
「噂通りの呑兵衛だねぇ。ちょっと待っててくれよ」
大将はそう言い、厨房の奥へと消える。
「ちょっと、何やってるのよ」
「お、あんたも一人酒かい?」
「ええ。もう御愛想しようか悩んでるところだけど」
「なんだい。せっかく鉢合わせたんだ。呑み比べといこうじゃないか」
「鬼と呑み比べるなんて莫迦なんて、呑兵衛しかいない旧地獄でもいないわよ」
「はっはっは」
相変わらずの元気の良さが妬ましいわ。
どんっとカウンターに地獄と書かれた酒樽を置く大将。
「星熊の姐さん、一番強いの持って来たが、知らねぇぞ」
「良いねぇ。受けて立とうじゃないか」
そういうとトレードマークの大きな盃を大将に差し出す。
並々注がれた地獄に口をつける勇儀を半ば呆れた目で見る。
「くぅぅ、こいつは効くねぇ。そうだねぇ、なにか肴が欲しくなったよ」
心底嬉しそうに酒を呑む勇儀が妬ましい。
「大将、お勧めは?」
さらりと妬ましい台詞を言ってのける。
「から揚げに大根サラダ。それに、揚げ出し豆腐。うちは何でも美味いよ」
うん。確かに揚げ出し豆腐も美味しい。卸した生姜に絡めて口に運べば酒が更に美味くなる。
「ちょうど腹も減ってたんだ。全部」
「へい、から揚げと大根サラダと揚げ出し豆腐っと」
「おいおい大将、空腹の鬼の食欲を甘く見て貰っちゃ困るねぇ。メニューの端から端まで全部だよ」
「まったく。噂通り豪快な姐さんだ。メニューの端から端まで頼んだお客さんは姐さんで二人目だよ」
「へぇ、私以外にもそんな奴がいたんだねぇ。是非とも会ってみたいもんだ」
勇儀以外にそんな注文をする莫迦がいたとは。
妬ましさを通り越して呆れてしまう。
「姐さんの隣に座ってるじゃないか」
「え? 私?」
つい間抜けな声を出してしまった。
全く記憶にない。ここで記憶が飛ぶまで飲んだことは何度かあるが、そんな莫迦な事はどんなに酔ってもしない自信がある。
バチンっと大きな手で背中を叩かれる。
「なんだい、鬼と呑み比べが出来そうな莫迦だったんじゃないか」
痛みで顔を歪めながら大将を見る。
「もっとも星熊の姐さんと違って一回の注文で全部って事じゃないけどよ」
「なんだい。あんた常連だったのか?」
「ま、まぁそんなとこかしら」
「おいおい姉さん、今更そんなとこ。だなんて寂しい事言わないでくれよ。こっちは姉さんの好みまでばっちり覚えてんだ。毎回冷奴をぐちゃぐちゃに潰してから食べることまで知ってるんだぜ?」
嬉しそうな笑顔を浮かべる大将が妬ましい。
とは言え、こんな印象の薄い私を覚えていたなんてね。
毎回、冷奴にスプーンが付いてくるのはそういう事だったのね。
褒めてあげても良いわ。
「大将、おかわり」
「へい」
少し良い気分になった私は四杯目を頼む事にした。
――迷いの竹林の酒呑み――
「お師匠の指って細くて長くて綺麗ですよね」
つい先日、うどんげにそんな事を言われたのがよっぽど嬉しかったのだろうか、狭い穴や細い輪を見るとつい指を入れてみたくなる衝動に駆られていた。
鋏の柄の輪、居間の花瓶、人里で買ってきたドーナッツ、月の都にいた頃に買った指輪と色んな穴や輪に指を通し自身の細くすらりと伸びた指に見惚れていたのだ。
てゐが悪戯で空けてしまった障子の覗き穴に至っては、小柄なてゐより私の指の方が細いという嬉しい真実を教えてくれたので、上機嫌で障子の張替えをしてしまう程だ。
「ふふふ、本当に細くて綺麗な指よねぇ」
上機嫌で自身の左手の指を眺める。
薬品を取り扱う事が多いので、マニキュアや付け爪、ネイルアートなんて永い人生で数回しか挑戦した事がない。
意外と思われるだろうが、手先が不器用なので余りそういった事に挑戦しようと思わないのだ。
まだ輝夜が幼い頃、私が教育係として彼女の世話をしていた頃の事だ。
「ねぇ、永琳。私の髪を永琳と同じように結って欲しいの」
素直で純粋無垢の彼女に上目使いでお願いされたことがあった。
今では考えられないが輝夜は本当に可愛らしい子供だった。勿論、今の輝夜が可愛くないという意味ではない。
「私と同じ髪型ですか?」
「うん。お揃いが良いの」
「わかりました。ではそこに腰掛けて下さい」
嬉しそうに腰掛けに駆け寄り、私に背を向けて座る輝夜。上機嫌に鼻歌なんて歌っていて余計に可愛らしく思えた。
「それでは失礼しますね」
そう言い、彼女の髪に指を絡めた時の衝撃は未だにはっきりと覚えている。
絹の様な、そんな表現ではこの髪に失礼だと思った。柔らかく、しなやかで力強い。でも少しでも力の入れ方を間違えれば傷付けてしまうような感覚に陥ったのだ。
私は細心の注意を払いながら輝夜の髪を結った。
「えへへ、お揃い」
鏡に自身の姿を映して嬉しそうにしている輝夜はとてもご満悦といった様子だった。
「それでは姫、勉強の続きをしますよ」
「これからは勉強の前に髪を結ってくれないと勉強しない」
「……わかりました」
今思えば、この頃から輝夜の我儘な一面は片鱗を見せていたのかもしれない。
とにかく、この日から私の日課が二つ増えた。
一つは言わずもがな、輝夜の髪を結う事。
もう一つは手先のケアだ。
あまりに繊細な髪を毎日結うとなれば、私の手先に問題があってはいけない。実験で使った薬品が残っていたり、ささくれや乾燥し硬化した皮膚、爪先が輝夜の髪を傷めてしまう恐れがあるので十分すぎる程手を洗い、寝る前にはハンドクリームを塗る様にした。市販の物でも良かったのだが、いつの間にかハンドクリームを自作して使う様になっていた。
まぁとにかく、昔から爪や手先は綺麗に保つようにしていたのだ。
そしてその努力が先日認められた。
細くて長くて綺麗と褒められた左手の指先を眺め、視線を右へと移す。
すらりと伸びた四本の指と五合瓶。
「……取れない」
月の頭脳とまで呼ばれた私が何たる失態。
思い返すは一時間程前。実験の資料を整理し終わって、人里に売りに行く薬の準備も終わらせ、寝る前に軽く一杯と思って食品庫から五合瓶、台所から夕飯の残りを少し取りに行って自室でこっそり酒盛りを始めたところまでは良かった。
お酒に含まれるエチルアルコールが私の脳内ここまで好き勝手暴れる所までは予想していなかった。
エチルアルコールの働きによって私は判断能力を低下させられ、さらには低位機能が活発化させられ本能の赴くまま呑み続けてしまった。
そして判断能力の低下した私は好奇心の趣くまま空の酒瓶に指を入れてしまった。
人差し指の付け根まですんなり入り、私の指って細いわねぇ。なんて上機嫌で口ずさみながら、左手を伸ばし四本目の酒瓶を取り、空になったお猪口にお酒を注いだ。
「あれ、もう空? もう一本飲んじゃおうかしら」
食品庫に向かおうと立ち上がった際に右手の人差し指に違和感を感じ、視線をやると私の指に酒瓶がはまっていた。
「……」
言葉を失うとはこの様な状況下において使うのが適切なのかもしれない。
無言で酒瓶を引っ張るが抜ける気配はない。むしろ指の関節が抜けてしまいそうだった。
「不味いわね」
酒瓶を割る。こんな夜中にご近所迷惑よね。いや、そもそも破片で怪我したら情けないわ。
手を上にあげ、指先の血液を減らし抜けやすくする。これだわ。
「……」
全然駄目。
涙目になりながら策を考える。
考えるのよ、八意永琳。月の頭脳と謳われた私よ。
不老不死の薬が作れて、酒瓶から指を抜く方法を思い付けない訳がないわ。
その時だった。
「お師匠、ご一緒良いですかー」
酒瓶を持ったうどんげが私の部屋に入ってきた。
「ちょ、うどんげ。何してるのよ」
「お師匠がこっそり酒瓶を持ち出しているのを見てしまったので。たまには二人でどうかなと思いまして。えへへ」
「悪いけど今日はもうおしまいよ」
「そんな事言わずに、良いじゃないですか少しくらいって、先ほどから何を隠してるんですか?」
うどんげは背後に隠した右手を覗こうとするので、私は慌てて立ち上がる。
「な、何も隠してなんてないわ」
「怪しいですね。姫様やてゐには内緒にしておきますから。良いじゃないですかぁ。もしかしてとっておきのお酒ですか」
食い下がるうどんげ。
これ以上大声を出されては輝夜やてゐが起きてしまう危険があるわ。それだけは避けたい。
仕方なく私は愛弟子に右手を見せる事にした。
「良い?これは極秘の人体実験なの」
「……人体実験ですか」
「ええ、アルコール摂取時に起こる身体末端の膨張比率を求め、分析する事によって宴会の次の日のむくみを予防、回復する薬を開発するのよ。そして今丁度その実験の最中だったのよ」
「えーっと。つまり師匠、酔っ払って酒瓶に指を入れたら抜けなくなったということですか?」
「次にそういう言い方をしたら怒るわよ」
「は、はい」
入室してきた当初の笑顔は消え、困り果てた顔のうどんげ。
一番困ってるのは私なのよ。
「それで、お師匠。何でこんなバ、じゃなくて偉大な研究に取り組もうと思ったんですか」
「天才とはどんな事象に対しても飽くなき好奇心を持ちそれに挑み続ける人の事を言うのよ」
「はーわかりましたって師匠、物凄く酒臭いじゃないですか。どれだけ飲んだんですか?」
「小さい瓶で四本だけよ」
「五合瓶を四本て……二升も飲んでるんですか!一緒に呑むのは後日にさせて頂きます」
そう言い捨てるとうどんげは私の手を掴み部屋を出る。
「ちょっと、まだ実験の途中なのよ」
「もー黙ってついて来てください」
そう言い連れて来られたのは台所だった。
「まったく、天才と馬鹿は紙一重とは良く言ったものです」
この月兎は紙一重で私を後者だと言いたいようだった。もちろん反論の余地はなかったので黙っていた。
「さぁ、右手を出してください」
「何する気よ」
「良いから早く!」
怒りながらと言うよりは呆れながら私の右手を掴み私の指先に石鹸水をかける。
「痛かったら言ってくださいね」
そう言うとうどんげは酒瓶を引っ張り始める。
「痛っ、ちょっとうどんげ、そんなに強引にしないで。痛いって言ってるじゃないの」
「はい、我慢してください。いつも私で変な実験している時に痛いと言っても無視するお師匠が悪いんですよっ」
うどんげが力を更に強めると『ポン』と心地よい音と共に酒瓶は私の指から抜けた。
その時の解放感と言ったら堪らず、癖になりそうだったがあんな思いは二度と御免だ。
そして余りの嬉しさでもう一杯飲みたくなった。
「うどんげ、たまには二人で一杯どうかしら」
「いいからさっさと寝て下さい」
うどんげの小言を聞かされながら部屋に戻り、無理矢理ベッドに横にされる。
たまには一人で酔っ払って誰かに迷惑をかけるのも悪くないわね。そんな事を思いながら眠りに着いた。
――紅い月と酒呑み――
レコードから流れるジャズを聞きながら私はグラスを傾ける。
氷とグラスが奏でた高音は心地良く、喉を焼く冷たいウイスキーの風味をより際立ててくれる。
宴会で馬鹿騒ぎしながら呑む?
少し子供っぽいと思うわ。
まぁ、付き合いで参加しているけどね。
私も500年以上生きているんだし、休日位は大人の女らしく静かに呑みたいものよね。
レコードの針が内側まで回り終え、室内に溢れていたジャズは消えてしまった。
グラスを一気に空けると、私はレコードの盤面を裏返しに席を立つ。
短いノイズの後にドラムのソロが聞こえ始める。それと同時にグラスに氷を一つ入れウイスキーを注ぐ。ドラムのリズムに合わせてグラスを回し、高音を奏でる。その高音に合わせるようにピアノが演奏を始めた。
「ふふ、こんなに月が紅い」
窓から降り注ぐ月光は私が異変を起こした時の様に紅く輝いていた。静かで素敵な夜ね。
咲夜に用意させたフィッシュ&チップスのケチャップが口に着いてしまい、懐からハンカチを取り出し綺麗に拭き取った。
「本当に素敵な夜だわ」
そして、私の大人空間は簡単に壊された。
大きな音と共に扉が吹き飛ぶ。文字通り壊されたのだ。
「おねーさまっ! 私のハンカチ返して」
「……フラン、大人の女の部屋にノックも無しに入るものではないわ」
怒れる最愛の妹を宥める。
「ノックしたら壊れちゃったのっ。それより私のクマさん柄のハンカチまた勝手に持って行ったでしょ」
「食卓に置きっぱなしにしてるフランが悪いのよ」
「置き忘れただけだもん。お姉さまはウサちゃん柄のがあるでしょ。返して」
私も立派な大人。妹の物を無理矢理奪うような事はしない。私がフランのハンカチを持ち出したのは妹が食卓に自分のハンカチを置き忘れてしまったことを戒める為の行為。決してクマさん柄が良かったとかそういう思いは無い。
「良い? 自分の物はちゃんと自分で管理なさい」
そう言い懐から取り出したハンカチを妹に手渡す。
「……お姉さまの意地悪っ。なんで私のハンカチ汚すんだよう」
「あら、おかしいわね。私は使ってないわよ」
「うわぁぁん、お姉さまのバカ」
間違えて使ってしまった事は黙っておこう。
「ほら、フラン。今日は私のウサちゃんハンカチ貸してあげるから機嫌直して、ね?」
「うん」
ふふふ、5歳も年下なだけあってフランはまだまだ子供ね。
「ねぇ、お姉さま。さっきから何飲んでるの?」
「これはウイスキーよ」
「ウイスキー?」
「フランも少し呑んでみる?」
「うん」
機嫌を直し、羽根をパタパタと動かし楽しそうなフランを座らせグラスの用意を始める。
大口のグラスに氷をたっぷり入れ琥珀色の液体を注ぐ。
「少しずつ、ゆっくり呑むのよ」
未知の飲み物に興味津々の妹はグラスを両手で掴むと勢いよく口の中に流し込んだ。
若さゆえの間違いね。でもフランそれでいいのよ。そうやって大人になるのよ。
「うげぇ、喉が熱い」
顔を歪め、舌を出し泣き出しそうな表情のフランだった。
「大人の味よ」
少し得意げにそう答えた。
「こんなの呑めるお姉さまはやっぱり大人だよね」
「そうかしら?」
あぁ、良い気分。そうよフラン、大人の女である私をもっと尊敬しなさい。
「なんだか頭痛くなってきちゃった。お姉さまのベッドで休ませて」
「ええ、気分が良くなるまで寝てて構わないわよ」
それから寝息を立てる可愛い妹を眺めながらウイスキーを呑んだ。
グラスの中の氷が消えてしまったので、従者を呼ぼうと席を立った時の事だった。
床がぐにゃりと曲がり、空間が渦巻く。
「なにかの魔法かしら」
紫が使うようなインチキ臭い術とはまた違うようだ。何しろ妖気をまるで感じないからだ。
私の視覚を狂わせ、姿を消し隙を伺う。悪くない戦法だ。
「ふふ」
幻想郷屈指の実力者であるこの私を倒し、自身の名を上げようとする妖怪がまだいたのか、とつい笑みがこぼれてしまう。
「さぁ、姿を見せなさい。夜の王にして誇り高き吸血鬼の寝室に入ったんだ。すぐに……っ」
言葉を発すると頭に響くような痛みが走る。
まさか、すでに相手の術にかかっているというのだろうか。
「くっ。誰かは知らないがっ、ただで帰れると思わないっ、事ね」
召喚したグングニルを振り回し、弾幕をばら撒く。
「一気にとどめよ」
私が右手を大きく振り払うと魔力を込めた紅い弾幕が爆ぜる。
余りの衝撃で天井は吹き飛び、頭上には紅い月が輝いていた。
「という感じだったと思うんだけど……」
「悪酔いも大概にして頂けませんと」
「悪酔いじゃないってー」
「今回は妹様の証言もきっちりありますからね。お姉さまがフラフラしながらお部屋で弾幕ごっこしてたー。と仰ってましたから」
気が付くと私は医務室のベッドで咲夜に看病をされながら、小言を聞かされていた。
「悪酔いしてお部屋を壊された事が今までに何度あったと思ってるんですか?」
「むぅぅ」
「確かに、お酒は大人の女の嗜みかも知れませんが、大人の女なら記憶が飛ぶまで飲んだりしません。ましてや酔っ払って部屋を壊すなんて有り得ません」
ぶつぶつと口うるさい咲夜の声が頭に響く。
「わかったわ。今度から気を付けるから」
そう言いながら咲夜に水のおかわりを催促した。
大人の女らしく今度からは背伸びしないで甘いお酒を少しだけ呑むようにしようかしらね。
――伝説の酒呑み――
春になったら花見酒、夏は夜空を見上げて星見酒、秋は真ん丸お月様で月見酒、冬はしんみり雪見酒。
幻想郷の住人は酒が好きなんだね。
季節が変わる度に何かしらの理由をつけて宴会をしている。
最近は神社での宴会が楽しいねぇ。
妖怪も人間も入り乱れて大騒ぎ。いつから妖怪と人間は仲良く宴会をするようになったんだろう。
妖怪は人間を襲うどころか盃を交えて大笑いしてる。人間は妖怪を恐れるどころか酒を注げと催促している。
長い事生きてきたけど、こんな宴会はここの神社でしか見たことないよ。
楽しそうな宴会を肴に一人酒。なかなか乙だよ。
仲間達に知らせてやりたいな。
面白い連中がいるから四人で酒持ち寄って殴り込みだーって。
もう随分と長い間独りで呑んでるなぁ。
たまには馬鹿騒ぎして酒を呑んでみたいもんだよ。
山の連中の宴会に入れてもらおうかな。
山は天狗達に任せたんだ。今更私が呑みに行ったって良い顔はされないだろうなぁ。そんなところで呑んでもちっとも楽しくないな。
里の連中の宴会に入れてもらおうかな。
いやいや、人間達が鬼と一緒に宴会を開く訳ないか。
あー、宴会に混ざりたい。
神社のあの子。赤と白の子。巫女さんが主催してるのかな。
今度、声をかけてみようかな。
「ねぇ、私も宴会に混ぜてよ」
……駄目だ駄目だ。あの子は私の事なんて知りもしないんだから。
そもそも今の人間達が鬼の事を覚えている訳がないんだ。私ら鬼は大昔に幻想郷から去ったんだから。
どうにかして宴会に混ざりたい。
鳥居に隠れ、頭だけ覗かせながら境内を掃除している巫女さんの姿を目で追う。
「あら、随分と珍しいわね」
物思いに耽っていると背後から声をかけられた。
「ん? おぉ紫。久しぶり」
私の古い友人で妖怪の賢者と呼ばれる大妖怪が私の背後に立っていた。
「久しぶりね。それより神社の境内で何してるのかしら?」
「いやぁ、たまたま通りかかっただけだよ」
「貴女、本当にあの萃香? 隠し事は嫌いなんじゃなかった?」
「ぐぬぬ。ちょっと恥ずかしいから酔ってから話す」
「十分に酒臭いけど……」
「良いから。呑むぞー」
「はいはい。ここじゃ肴も何もないから家に行くわよ」
それから紫の作ったスキマを通って紫の家にお邪魔することになった。
「なぁ紫、神社の赤白の子とは友達か?」
「紅白? あぁ霊夢の事ね。お友達よ」
くいっと盃を空ける紫におかわりを注ぎながら問いかける。
「あの子は宴会が好きなのか?」
「さぁどうでしょうねぇ」
盃を空けて紫におかわりを注いでもらいながら問いかける。
「なんであの子は妖怪と宴会してるんだ?」
「正確には妖怪達があの子と宴会してるのよ」
お上品に漬物を口に運んでいる紫に問いかける。
「萃香、あの子と一緒に宴会がしたいのね?」
「私は鬼だぞ! 人間と一緒に、酒が呑め……たい」
「なぁに? 聞こえないわ」
ニヤニヤと笑顔を浮かべる紫。
本当にこいつは嫌な奴だ。しかし、嘘を吐くのが嫌いな私は本心を打ち明ける。
「むぅぅ。あの子と一緒に宴会をしてみたいんだ」
「ふふふ、あの子やあの子の友達の人間達と呑むのは結構楽しいわよ」
「私も見ててそう思ったんだぁ」
「見てて? そう、最近神社に漂っていた気は、違うわね。気になって漂っていたのは貴女だったのね」
「おう。楽しそうだなぁってずーっと見てたんだ」
「良いわ。紹介してあげる」
「ありがとっ。へへへー楽しみだ」
やっぱり紫は良い奴だ。
「そうだ。せっかくだし、貴女の能力を使って異変を起こしてみたら?」
「異変? 何それ?」
それからざっくりと紫から異変の事を教えてもらい、一人で準備に取り掛かった。
誰かが異変を起こすと人間達はそれを解決しようと立ち回る。
私が起こした異変でも人間達や妖怪達は私の思惑通り楽しそうに連日の様に宴会を開き連日の様に異変解決に向けて幻想郷の中を飛び回った。
異変解決の宴会は目前。
さぁて誰が私の正体に気付くかな。と期待に胸膨らませながらくいっと酒を呑む。
そしてついにあの紅白の少女が私の前に辿りついた。
「というか、誰?」
妖怪、人間に囲まれて楽しそうに酒を呑んでいた、あの紅白の少女が私の前に立っていた。
知ってるよ。お前は博麗霊夢。
この異変を起こして色んな奴が楽しそうに連日宴会に参加してたけど、お前が一番楽しそうだった。私は全部見て来たから知ってるんだ。
宴会に混ぜてよ。なんて口が裂けても言えない。呑む前に一暴れするかな。
「我が群隊は百鬼夜行、鬼の萃まる所に人間も妖怪も居れる物か!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて私は霊夢に言い放った。
今日から一緒に宴会が出来るんだ。
――酒呑みのあとがき――
さてさて、いかがでしたか。
自由気ままに酒を呑む彼女たちの呑みっぷりは。
皆様もぜひ、一人でのんびり酒を呑んでみてはいかがでしょうか?
筆を置き私は文机から離れ、部屋の中央の座卓へ移りました。
用意していた長茄子のお漬物と女中さんに作って頂いた川魚の塩焼きを綺麗に並べ、紫様から頂いた大吟醸を盃に並々と注ぎ終えると正座を崩しました。
「それでは、今日も一日お疲れ様でした。乾杯」
誰と合わせる訳でもなく盃を軽く突き出し、自分を労う様に言いました。
一人酒よとかっこつけながら抜けたところのある四者四様、雰囲気が出ていて良かったです。
誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。
そしてぐだぐだなえーりんを宥めるのに慣れてる冷仙も可愛い。
冷奴をスプーンで潰して食べるパルパル可愛い。
つまりみんな可愛い!
幸せそうで何よりです。
他の短編にも一人でもくもくと酒を呑むシーンがあれば嬉しかったかかも
萃夢想の前にこんな事があっても納得です。
パルスィも永琳もレミリアも萃香も皆可愛かった。
お酒が飲みたくなるのだけが難点ですが。
自分のことを覚えてくれていたというので嬉しくなるパルスィ、
珍しく舞い上がった挙句にお間抜けな失敗をする永琳、
例によって大層立派な大人の女性であらせられるレミリアお嬢様。
自分としては特にこの三人が好きでした。
読む内に酒が飲みたくなってしまう、非常にいいSSでした。
大将いいねえ・・・!
萃香のパートも良かったですが欲を言えば酒豪で知られる鬼の1人酒パートも見たかったです
最後に萃夢想へつなぐ構成もよかった。
今回の4人以外の話も読んでみたいなぁと思いました。
いい雰囲気。
ごちそうさまでした。