「……っていうんだよ早苗はさぁ」
「ふーん。早苗らしいじゃない」
いつものように店内で好き勝手に駄弁り合う魔理沙と霊夢の声が聞こえる。
僕はそれを音楽代わりにしながら小説を読み進めていた。
物語はいよいよ佳境といったところである。
「霖之助さんはどう思う?」
「ん?」
本に集中していたので、会話の内容自体はほとんど聞いていなかった。
「何の話だい」
「これだもんなぁ」
「ねー」
二人して目配せし合い、笑っている。
僕についての話でもしてたんだろうか。
「恐らくは勘違いであるとだけ主張しておくよ」
教えろと言ってもどうせからかわれるだけなので、適当に流すことにした。
「あははははは」
僕の言葉に魔理沙は笑い転げていた。
「予想通りなんだもの」
霊夢まで笑っている。やれやれだ。
「……」
何を言っても不利だと思われるので僕はだんまりを決め込むことにする。
「おーい、何か言えよ香霖」
「子供じゃないんだから、もう」
どうとでも言ってくれだ。
「あー笑った笑った。早苗もなかなか見どころがあるな」
「そうねえ」
僕が黙ったのをいいことに二人はまた好き勝手に話し始めた。
しばらくそのまま二人の話を聞いている。
すると僕はある事に気がついた。
「魔理沙」
「あー?」
「髪が伸びたきたんじゃないか」
「そういやそうかもな」
無意識に邪魔に感じていたのか、魔理沙が髪の毛をいじる仕草がかなり多く見えたのだ。
「じゃあ丁度いいや香霖。髪切ってくれよ。どうせ暇だろ」
「……」
ここで切っておかないと魔理沙はそのまま髪を整えずに伸ばし続けるだろう。
そしてそうなってしまうと、こちらから提案をしても駄々をこねてやりたがらないのだ。
「分かった。準備をするから、外に出ていてくれ」
「魔理沙の後は私の髪も梳いてちょうだいね」
魔理沙はともかく、霊夢まで当然のように外に出て行ってしまった。
「まあ、前も同時にやったからな……」
散髪の時期が同じになって当然なのである。
僕はすきバサミを始めとする道具を集めて外へ向かった。
「ここでいいよな?」
「ああ」
店の裏にある大きな椅子。
その手前には、古臭いが全身が映るような大きな鏡が置かれている。
魔理沙が椅子の上にふかふかのクッションを置き、ひょいと腰掛けた。
僕は魔理沙の首周りに薄い布を巻き、その上でてるてる坊主のように布を巻き付けてやる。
それからごほんごほんと咳払いをし、演技かかった口調で尋ねた。
「お客さん、今日はどのくらいで?」
「んー。そうだな。適当に頼む」
「かしこまりました」
櫛で髪を整えてから、シャキシャキとすきバサミで髪を梳いていく。
魔理沙の髪をこうやって梳いてやるようになったのはいつからだったろうか。
人里の床屋に行くのを嫌がったから僕がやると言ったのは覚えているのだが。
少なくとも、魔理沙が異変解決なんか始めだす頃にはそれはもう当たり前のことになっていた。
「このへんはどうする?」
「んー。まあ程々に」
ハサミを入れる時にリズムを意識すると、とても心地が良い。
魔理沙もこの音が好きなようで、目を細めていた。
「だいぶ毛先が傷んでるじゃないか。枝毛になってる」
「きっとそういう季節なんだぜ」
「それを考慮したら尚更だよ。前に手入れはちゃんとしろって言っただろう」
「最近忙しかったんだよ」
髪の毛の汚れは少なかったから、手入れ自体はしているとは思うのだが。
一時期の魔理沙はそりゃあひどいもので、一週間洗ってないなどと自慢をするから、とっ捕まえて洗い尽くしてやった覚えがある。
その日は借りてきた猫みたいにおとなしくなってしまって苦笑したものだ。
とにかく、その後も石鹸の匂いが嫌だなどというから、わざわざ髪の毛を洗う用のそれを調合したくらいである。
ちなみに外の世界では「シャンプー」と言って髪の毛を洗うために石鹸を変えるのは当たり前の事らしい。
早苗が自慢げに話してくれたので色々と聞いて、最近はそれを取り入れている。
「せっかく綺麗な髪なんだから、勿体無いだろう」
「あー、前向きに善処はするぜ」
魔理沙は結構な癖っ毛なので、髪の毛を洗うとふわふわのモコモコになってしまうのが嫌なのかもしれない。
しかし整髪料を使うのは嫌だと……要するにワガママなのだ。
「目をつぶっててくれよ」
「……」
前髪を切り始めたので魔理沙は黙ってしまった。
あれこれ言われるのは面倒なので丁度いい。
「魔理沙、何なら毎日霖之助さんに洗ってもらえば?」
「……」
目を閉じたまま、なんともいえない複雑な表情をしている魔理沙を尻目に霊夢は涼しい顔をしていた。
「こんなものでどうかな」
「んー。まあこんなもんだろ」
魔理沙は大幅に髪を切ることは少ないが、髪を梳く事でだいぶ印象が変わるものだ。
「後は洗ってどうなるかよね」
「ちぇ。変わらない奴はいいよな」
霊夢の方は髪質がとても固く、ちょっとやそっとじゃ髪型が崩れやしない。
対して魔理沙は髪の毛を洗うと盛大に爆発する。
そんな表現がしっくりくるくらいに広がってふわふわのモコモコになってしまうのだ。
それはそれで柔らかそうでいいとは思うのだが、魔理沙は嫌いらしい。
「まあとにかく洗うぞ。毛が残って嫌だろう」
「頼むぜ」
椅子から降りてすぐ傍の簡易的な洗面台に頭を置かせる。
そしてこれまた簡単な作りであるが、自作のマジックアイテムであるお湯の出るシャワーで魔理沙の髪を濡らしていく。
「そろそろいいかな」
十分に湿った所で早苗に作り方を教わったシャンプーを使う。
髪の毛に優しいといわれるハチミツや様々なハーブを混ぜ込んでいるので、ただ洗うよりははるかによいはずである。
わしゃわしゃと泡を立て、魔理沙の金髪が見えなくなった辺りで声をかけた。
「痒いところはございますか?」
「耳の裏」
「髪の毛じゃないじゃないか」
だいたいそこを触るとくずぐったがるのは目に見えているのだ。
「うひゃあ! やめろバカ!」
やっぱり。
「適当にしとけばいいのよ霖之助さん」
「そうするよ」
最後にもう一度わしゃわしゃとかき回して手を止める。
「お湯をかけるぞ」
「いいぜ」
シャワーで泡を流していく。
泡は洗面台へと流れていき、水を吸った髪の毛が日でぴかぴかに光っていた。
「どうだい気分は」
「だいぶいいな」
満足気に笑っている魔理沙。
髪の毛を洗うというのは実にさっぱりするものだ。
「それじゃあ次に行くよ」
「次だって?」
「ああ。早苗に教えてもらったんだ。外の世界では『トリートメント』って言って髪の毛を整えるものを使うんだって」
リンスとも言うものもあるらしいが、髪の表面と内部まで保護できるものをトリートメントというそうだ。
もちろんこのトリートメントも自作である。
「後で作り方は教えるから自分でも作るといいよ。ハチミツを手に入れるのがちょっと面倒なくらいだ」
「ハチミツなら食べるほうがいいんだがな。そんな簡単に出来るもんなのか」
「魔理沙ならね。魔法の道具の調合より簡単さ」
トリートメントを魔理沙の髪にかけ、わしゃわしゃと全体に馴染ませていく。
「泡は出ないんだな?」
「あくまで整えるためのものだからね」
馴染ませたら再びお湯でそれを流す。
「こんなあっさりでいいのか」
「ああ」
蒸したタオルを取り出して、髪の毛をくるんでしまう。
「霊夢の髪を切っておくから、ちょっとそのままで待っててくれ」
「このままだって? 頭が重いぜ」
「トリートメントは馴染ませるのが大事なんだよ」
本当は風呂にでも入ってもらうのが一番いいらしいが、そこまでするつもりはない。
「これで効果なかったら文句言うからな」
「それは早苗に言ってくれよ」
僕自身の髪の毛で試して多少は効果があったから、魔理沙にも効果はあると思うのだが。
「じゃあ霖之助さん、お願いね」
霊夢はいつの間にやら自分でリボンを外し、魔理沙の座っていた椅子に腰掛けていた。
「どれくらいにいたしますか?」
魔理沙と同じように準備をしてやり、再び演技がかった口調で尋ねてやる。
「適当にちょいちょいっと。あ、中は一気に梳いちゃっていいわよ」
「かしこまりました」
彼女は見た目にはさほど変わらないが、内側の髪の毛が結構な勢いで伸びるのだ。
シャキシャキとハサミを走らせる。
抵抗もなくすんなりと髪の毛が切れ、はらはらと落ちていく。
まるで霊夢の性格を表しているみたいだ。
なんて言ったら魔理沙が怒るので言わないけれど。
それくらい霊夢の髪の毛は真っ直ぐなのである。
「前髪は?」
「適当」
「君らはいつもそうだな」
もう少しこだわりがあってもいいと思うのだが。
「いいのよ、私の場合は髪を梳くこと自体に意味があるから」
「そうなのかい?」
「ええ。この外で髪を梳くって行為がとてもいいわ」
どうして外で散髪しているのかというと、理由は非常に単純で、店の中で髪の毛を切ると散らばって片付けが面倒だからである。
外であれば髪の毛はいずれ自然に還る。
「はじめは何か呪いの儀式でも始めたのかと思ったけどね」
店の裏に髪の毛が散らばっている光景はかなり不気味なようである。
そのまま放置しておけば数日で見えなくなってしまうのだが。
「だからこうして髪を切っていますよって分かるような環境を作ったんじゃないか」
初めはそれこそ鏡も洗面台もなく、椅子に座らせた魔理沙の髪を切っているだけだったのだ。
「ああ、それでだったの。魔理沙のワガママなのかと思った」
「私は淑女だからそんな事は言わないぜ」
「はいはい」
今の環境を整えたのは、女の子なんだから場の雰囲気も気になるんじゃないかという僕の気配りだったのだが。
「ま、香霖のそういう無駄な努力は嫌いじゃないけどな」
「霖之助さんらしいわよね」
「無駄は余計だよ」
ただ、多少は意味があったようである。
「それより、外で髪を梳くことに意味があるってのはどういうことなんだい」
僕は霊夢の言葉が気になっていた。
「あら、霖之助さんの好きな言葉遊びよ」
「ふむ……」
それはつまり、僕ならばその意味が分かるだろうという事だ。
「ひと通り終わるまで時間を貰ってもいいかな」
「ええ。考えてみてね」
「分かった」
「本当に意味なんかあるのかー?」
魔理沙が怪訝そうな顔をしている。
「あるわよ」
「あるだろうね」
理由自体はすぐに思いつくことができた。
後はそこにどう言葉遊びが絡んでくるかということだが……
「あー? んー、あーあー」
魔理沙も少し考えて思い当たることを見つけたようだった。
「霊夢の髪も洗わないといけないから、まだ言わないでくれよ」
「はいはい」
霊夢と共に洗面台に移動し、髪を洗いながら考える。
さて、以前髪を切ったのはいつだったかな。
記憶に強く残っているのは宝船が現れた異変の前だったか……
「霖之助さん」
「ん、なんだい」
考えを巡らせていると霊夢が声をかけてきた。
「左上の方」
「ああ、痒いところか」
わしわしとその辺りを重点的にかき回してやる。
「他はどうだい」
「大丈夫」
「そうかい」
さっと泡を流して、魔理沙と同じようにコンディショナーをつけてやった。
「これって私に必要かしら?」
「手入れはきちんとして損はないだろう?」
「確かにね」
タオルを頭に巻いてやった後、魔理沙に向かって手招きをする。
「何だ?」
「頭、そろそろいいだろう」
「おー」
魔理沙のタオルを解くと、ぶわっと金髪の髪の毛が広がった。
「これだもんなぁ」
「いいじゃないか別に」
「私は良くないぜ」
入念に水を拭きとって、梳かしてやる。
「バランスは丁度いいかな?」
「あー、後ろは見えないけど大丈夫か?」
「枝毛は切ったからね」
「全く、香霖はしつこいぜ」
はぁとため息を付いて椅子から降りようとする魔理沙。
「おっと、仕上げがまだだよ」
「あー? 香水ならいらないぞ」
「そう言わずに」
髪の毛を切った後は、香水をかけることで初めて仕上がりになると僕は思っている。
画竜点睛の点を入れるに相応しい行為であり、散髪を締める儀式のようなものである。
「香水の匂いってなんか苦手なんだよなあ」
「そのうちそれが無いと落ち着かなくなるよ」
人に髪を切ってもらった後にかけてもらう、独特の香水の匂いがいいのだ。
自分でやってもそれはどこか違うものなのである。
「よし、できた」
「うへえ、匂いがぷんぷんする」
苦笑いしながら椅子を降り、魔理沙はくるりと回った。
それは香水の匂いが鼻に通る動きで、つまるところ魔理沙もこの匂いが嫌いではないのである。
「どうだ、香霖」
「ああ、中々良く出来た」
「自画自賛じゃないか。そういう時は可愛いねって言うんだぜ」
「はいはい、可愛いよ」
「へへっ」
にかっと満足そうに笑う。
「ちゃんと乾くまで帽子は被るんじゃないぞ」
「それくらい分かってるぜ」
魔理沙は上機嫌でとことこと歩いて行き、霊夢の隣に腰掛けた。
「で、さっきの話なんだがどうなんだ香霖」
「霊夢の話かい?」
「まだ考えててもいいわよ?」
「いや、一応はそうじゃないかって考えはまとまったよ」
「ほー」
「へぇ」
まるで期待されてない様子である。
「霊夢は言葉遊びだといった。つまり髪を切るという行為の言葉遊びだね」
「髪ってことは神様だろ? 霊夢は巫女だし」
魔理沙も同じ事を考えていたのか、そんな事を言った。
「それじゃあ足りないわね」
「僕もそれは分かっている。だから3つほど理由を考えてみたよ」
「そんなに?」
霊夢は目をぱちくりしていた。
どうやら僕は考えすぎてしまったらしい。
「まあひとつづつ話していこうか。まずは魔理沙のいう通り、髪を神様だと言いかえるんだと思う」
「ええ、それで?」
「じゃあ切るのほうはどうなるのかって話なんだが、僕は『服を着る』ほうの着るになるんじゃないかと思ったんだ」
「ふーん。神様を着るってこと?」
「そう。更に言い換えれば神様を憑依させてその力を使うって事さ。霊夢……つまり巫女そのものの事だろう」
「言われてみればそうかもね」
どこか感心した様子をしている。
そう考えてはいなかったらしい。
「でもさー、それって変じゃないか?」
魔理沙は納得行かない様子であった。
その理由は僕もよく分かっている。
「ああ。この考えは大きな問題点があるね。これだと僕が神様か巫女にならなくてはいけなくなってしまう」
「ぶっ」
吹き出す魔理沙。
何を想像したんだ全く。
「髪を切る人と切られる人がいるんだから、これはちょっとおかしなことになるね」
「そうね。いい考えだとは思うけど」
霊夢が考えていたのは、こういう事ではなかったのである。
「じゃあ次だ。今のは僕も違うなとは思ったから、霊夢がなんて言っていたのか思い出したんだが……君は『髪を梳く』と言っていたね」
「ええ」
にこりと笑う霊夢。どうやらこちらで正しかったようだ。
「だから髪を梳く……この字を変えればいいんだ。神を好く。神様を好む。そういう行為なのさ。これは」
「正解よ」
嬉しそうにぱちぱちと手を叩いている。
「外でやることがいいというのも、それが理由かい」
「あー? どういうことだ?」
ここは魔理沙にも分かるように説明をしてやらねばなるまい。
「霊夢は巫女だ。古来から髪の毛は呪術、神事に用いられてきていた。霊夢の髪にも当然そういった要素が自然に備わっている」
「んー。髪を切る……じゃない。髪を梳く事で神様にそれを捧げてるってことか?」
「そう。外で髪を梳く事で、霊夢の髪は自然に還る。八百万の神々は自然の至る所に存在しているからね」
髪を梳く事が、そのまま直で神様を好いていますよと伝わるのである。
「それじゃあ霖之助さん、私がそれを今日やった理由も分かるかしら?」
「ああ。恐らく近いうちに異変が起きるんだろう」
「そうなのか? 霊夢」
「勘だけどね。毎度そうってわけでもないけど」
髪を梳く事で異変が起きるわけではない。
だから毎回というわけではないだろうが、異変が起きそうだなと感じた時には彼女は髪を梳くのだろう。
「これは3つ目の考えにも繋がるんだが、古来より日本では元服などで髪型を改め、新たな自分としてこれからの物事に備えるという儀式があった」
これは僕が香水をかけることを必要であると感じたのと同じである。
散髪の準備と香水。
異変の始まりと終わり。
「そう。物事には、始まりと終わりの儀式が必要なんだ」
だから髪を梳く事は、異変に取り掛かる前の儀式なのだろう。
「そういう面もあるわね。さすがは霖之助さんだわ」
「そういうこじつけさせたら一流だよな」
褒められてるのかけなされてるのか、よく分からない言い方であった。
「ま。異変が起きなくたって、髪を梳く事――巫女が神様に貢ぐことは悪い事じゃないものね」
人は神様に願い事をする時に対価として御供物を用意することがある。
神職である巫女の髪は、神にとっては十分すぎるほどの対価を持ったものなのだろう。
それを日常的に捧げていれば、神様も困った時に力を貸してくれるわけだ。
「それじゃあただ髪切ってるだけの人は損してるみたいだぜ」
魔理沙は不満気な顔をしていた。
それは相対的に自分の髪には価値がないと言われているようなものだからだ。
「そんな事ないわよ。魔理沙だって異変で危ないところをギリギリ助かったって経験あるでしょ?」
「まあ、無いとは言わないけどさ」
「神様はきちんと見ててくれるのよ。本人に意思があろうが無かろうが」
「でもさー、悪い言い方だが私はそんなに神様とか信仰してないぜ?」
「それでもよ。神様ってのはそういうものなの。信仰していない人でも助けてあげれば、その時は感謝はするでしょ」
神様への感謝は神様の力となり、いずれは信仰に変わり得るものである。
信仰を得られない神様は力も得られないのだ。
「なるほど。助け合いってところかな」
「そういう事ね」
「はー、髪の毛整えるだけでもずいぶん考えてるんだな」
魔理沙は感心したような呆れたような顔をしていた。
「そりゃあ博麗の巫女だもの、私」
つまりそういった日頃の行動からしても、常に異変に備えているわけだ。
里の人々は時々霊夢をサボリ巫女だなどと揶揄することがあるが、僕は彼女ほど異変解決に真摯に立ち向かっている巫女はいないと思う。
「魔理沙も頑張らないといけないな」
「私だって色々努力はしてるんだぜ。香霖が鈍いから気づかないだけなんだよ」
それはもちろん知っているのだが、魔理沙は時々こうやって発破をかけてやらないとやる気にならないのだ。
そして魔理沙の瞬間的な爆発力は霊夢をも上回る事があると思う。
「わかってるさ。魔理沙の髪の毛がふわふわのモコモコになるのは力の現れなんだって事くらいね」
「それを褒めてるんだと思ってるんだったら、一度慧音の寺小屋で勉強してきたほうがいいぜ」
魔理沙はものすごく不満そうな顔をしていた。
「ま、髪を梳くのも髪型を変えるのも意味があるってことよ」
霊夢は我関せずといった感じで自分でタオルを解き、さっと手で後ろに流している。
「仕上げはいらないかな」
「丁度いいわね。リボンをつければ」
「ほんとぶれないよなぁ霊夢は」
魔理沙は霊夢を見て羨ましそうにしていた。
「そう? 私は魔理沙みたいなのに憧れることもあるし、結局無い物ねだりなのよ」
他人の芝生はなんとやらである。
「霊夢さーん、魔理沙さーん」
「ん?」
声がしたほうを見上げると、守矢の巫女、早苗がこちらに向かって飛んできていた。
「こんなところにいたんですね」
「こんなところで悪かったね」
「いえ、すいません今のは言葉のあやでして……あ、前に教えたコンディショナー使って下さってるんですかね」
周囲の様子を見て、散髪していたことにはすぐに気づいたようだ。
コンディショナーは洗面台の側に置かれている。
「早苗、ほんとにこれで髪の毛がよくなるのか?」
「もちろんですよー、続けてればツヤツヤに――って魔理沙さんいいですねその髪型!」
「ん、そうかぁ?」
魔理沙は言葉はともかく、その顔はまんざらそうでも無かった。
「早苗、あんたも髪型変えた?」
「あ、分かります? 神奈子様に梳いて頂いたんですよ」
「それはまさしく神を着る、神を着られる行為だな」
「え、あ、はい。そうですけど」
僕の最初の考えもあながち間違いでは無かったようだ。
「どこも考えることは一緒ってことかしらね」
「それじゃあ髪型の変わった奴に要注意だな。髪型を変えた記念で異変を起こすかもしれないぜ」
魔理沙はけらけらと笑っていた。
「そうそう、その異変なんですけどね」
「ん? 何かあるのか?」
「ええ、最近妖怪の山に色んな霊が現れてるんですよ」
「ふーん」
もしかしてそれは、異変そのもの……あるいは異変の前兆なのだろうか。
「いえ、ふーんではなくてですね。他にもいろんな場所で現れてるようでして……」
「そうなの。神社周りに現れるようだったら調べてみましょうかね」
「私も家の周りに現れてからだな」
彼女らは異変が起きる前に動くことはあまり無く、起きてから動くことが多い。
「ほんとなんですってばー」
三人は霊について好き勝手に話し始めた。
女三人寄ればなんとやらというが、僕が話に混ざる余地は無さそうである。
「やれやれ」
ひとつお茶とお菓子でも用意してやろうか。
僕は散髪道具を片づけ始めた。
「ま、もしほんとに異変だったら今回は私が解決してやるぜ」
「もう他にも誰か動いているかもしれませんよー」
「その時はその時よ」
もしもこの出来事が異変だとしたら、解決するのは誰になるのだろうか。
それはきっと髪のみぞ――もとい神のみぞ知るといったところなのだろう。
「ふーん。早苗らしいじゃない」
いつものように店内で好き勝手に駄弁り合う魔理沙と霊夢の声が聞こえる。
僕はそれを音楽代わりにしながら小説を読み進めていた。
物語はいよいよ佳境といったところである。
「霖之助さんはどう思う?」
「ん?」
本に集中していたので、会話の内容自体はほとんど聞いていなかった。
「何の話だい」
「これだもんなぁ」
「ねー」
二人して目配せし合い、笑っている。
僕についての話でもしてたんだろうか。
「恐らくは勘違いであるとだけ主張しておくよ」
教えろと言ってもどうせからかわれるだけなので、適当に流すことにした。
「あははははは」
僕の言葉に魔理沙は笑い転げていた。
「予想通りなんだもの」
霊夢まで笑っている。やれやれだ。
「……」
何を言っても不利だと思われるので僕はだんまりを決め込むことにする。
「おーい、何か言えよ香霖」
「子供じゃないんだから、もう」
どうとでも言ってくれだ。
「あー笑った笑った。早苗もなかなか見どころがあるな」
「そうねえ」
僕が黙ったのをいいことに二人はまた好き勝手に話し始めた。
しばらくそのまま二人の話を聞いている。
すると僕はある事に気がついた。
「魔理沙」
「あー?」
「髪が伸びたきたんじゃないか」
「そういやそうかもな」
無意識に邪魔に感じていたのか、魔理沙が髪の毛をいじる仕草がかなり多く見えたのだ。
「じゃあ丁度いいや香霖。髪切ってくれよ。どうせ暇だろ」
「……」
ここで切っておかないと魔理沙はそのまま髪を整えずに伸ばし続けるだろう。
そしてそうなってしまうと、こちらから提案をしても駄々をこねてやりたがらないのだ。
「分かった。準備をするから、外に出ていてくれ」
「魔理沙の後は私の髪も梳いてちょうだいね」
魔理沙はともかく、霊夢まで当然のように外に出て行ってしまった。
「まあ、前も同時にやったからな……」
散髪の時期が同じになって当然なのである。
僕はすきバサミを始めとする道具を集めて外へ向かった。
「ここでいいよな?」
「ああ」
店の裏にある大きな椅子。
その手前には、古臭いが全身が映るような大きな鏡が置かれている。
魔理沙が椅子の上にふかふかのクッションを置き、ひょいと腰掛けた。
僕は魔理沙の首周りに薄い布を巻き、その上でてるてる坊主のように布を巻き付けてやる。
それからごほんごほんと咳払いをし、演技かかった口調で尋ねた。
「お客さん、今日はどのくらいで?」
「んー。そうだな。適当に頼む」
「かしこまりました」
櫛で髪を整えてから、シャキシャキとすきバサミで髪を梳いていく。
魔理沙の髪をこうやって梳いてやるようになったのはいつからだったろうか。
人里の床屋に行くのを嫌がったから僕がやると言ったのは覚えているのだが。
少なくとも、魔理沙が異変解決なんか始めだす頃にはそれはもう当たり前のことになっていた。
「このへんはどうする?」
「んー。まあ程々に」
ハサミを入れる時にリズムを意識すると、とても心地が良い。
魔理沙もこの音が好きなようで、目を細めていた。
「だいぶ毛先が傷んでるじゃないか。枝毛になってる」
「きっとそういう季節なんだぜ」
「それを考慮したら尚更だよ。前に手入れはちゃんとしろって言っただろう」
「最近忙しかったんだよ」
髪の毛の汚れは少なかったから、手入れ自体はしているとは思うのだが。
一時期の魔理沙はそりゃあひどいもので、一週間洗ってないなどと自慢をするから、とっ捕まえて洗い尽くしてやった覚えがある。
その日は借りてきた猫みたいにおとなしくなってしまって苦笑したものだ。
とにかく、その後も石鹸の匂いが嫌だなどというから、わざわざ髪の毛を洗う用のそれを調合したくらいである。
ちなみに外の世界では「シャンプー」と言って髪の毛を洗うために石鹸を変えるのは当たり前の事らしい。
早苗が自慢げに話してくれたので色々と聞いて、最近はそれを取り入れている。
「せっかく綺麗な髪なんだから、勿体無いだろう」
「あー、前向きに善処はするぜ」
魔理沙は結構な癖っ毛なので、髪の毛を洗うとふわふわのモコモコになってしまうのが嫌なのかもしれない。
しかし整髪料を使うのは嫌だと……要するにワガママなのだ。
「目をつぶっててくれよ」
「……」
前髪を切り始めたので魔理沙は黙ってしまった。
あれこれ言われるのは面倒なので丁度いい。
「魔理沙、何なら毎日霖之助さんに洗ってもらえば?」
「……」
目を閉じたまま、なんともいえない複雑な表情をしている魔理沙を尻目に霊夢は涼しい顔をしていた。
「こんなものでどうかな」
「んー。まあこんなもんだろ」
魔理沙は大幅に髪を切ることは少ないが、髪を梳く事でだいぶ印象が変わるものだ。
「後は洗ってどうなるかよね」
「ちぇ。変わらない奴はいいよな」
霊夢の方は髪質がとても固く、ちょっとやそっとじゃ髪型が崩れやしない。
対して魔理沙は髪の毛を洗うと盛大に爆発する。
そんな表現がしっくりくるくらいに広がってふわふわのモコモコになってしまうのだ。
それはそれで柔らかそうでいいとは思うのだが、魔理沙は嫌いらしい。
「まあとにかく洗うぞ。毛が残って嫌だろう」
「頼むぜ」
椅子から降りてすぐ傍の簡易的な洗面台に頭を置かせる。
そしてこれまた簡単な作りであるが、自作のマジックアイテムであるお湯の出るシャワーで魔理沙の髪を濡らしていく。
「そろそろいいかな」
十分に湿った所で早苗に作り方を教わったシャンプーを使う。
髪の毛に優しいといわれるハチミツや様々なハーブを混ぜ込んでいるので、ただ洗うよりははるかによいはずである。
わしゃわしゃと泡を立て、魔理沙の金髪が見えなくなった辺りで声をかけた。
「痒いところはございますか?」
「耳の裏」
「髪の毛じゃないじゃないか」
だいたいそこを触るとくずぐったがるのは目に見えているのだ。
「うひゃあ! やめろバカ!」
やっぱり。
「適当にしとけばいいのよ霖之助さん」
「そうするよ」
最後にもう一度わしゃわしゃとかき回して手を止める。
「お湯をかけるぞ」
「いいぜ」
シャワーで泡を流していく。
泡は洗面台へと流れていき、水を吸った髪の毛が日でぴかぴかに光っていた。
「どうだい気分は」
「だいぶいいな」
満足気に笑っている魔理沙。
髪の毛を洗うというのは実にさっぱりするものだ。
「それじゃあ次に行くよ」
「次だって?」
「ああ。早苗に教えてもらったんだ。外の世界では『トリートメント』って言って髪の毛を整えるものを使うんだって」
リンスとも言うものもあるらしいが、髪の表面と内部まで保護できるものをトリートメントというそうだ。
もちろんこのトリートメントも自作である。
「後で作り方は教えるから自分でも作るといいよ。ハチミツを手に入れるのがちょっと面倒なくらいだ」
「ハチミツなら食べるほうがいいんだがな。そんな簡単に出来るもんなのか」
「魔理沙ならね。魔法の道具の調合より簡単さ」
トリートメントを魔理沙の髪にかけ、わしゃわしゃと全体に馴染ませていく。
「泡は出ないんだな?」
「あくまで整えるためのものだからね」
馴染ませたら再びお湯でそれを流す。
「こんなあっさりでいいのか」
「ああ」
蒸したタオルを取り出して、髪の毛をくるんでしまう。
「霊夢の髪を切っておくから、ちょっとそのままで待っててくれ」
「このままだって? 頭が重いぜ」
「トリートメントは馴染ませるのが大事なんだよ」
本当は風呂にでも入ってもらうのが一番いいらしいが、そこまでするつもりはない。
「これで効果なかったら文句言うからな」
「それは早苗に言ってくれよ」
僕自身の髪の毛で試して多少は効果があったから、魔理沙にも効果はあると思うのだが。
「じゃあ霖之助さん、お願いね」
霊夢はいつの間にやら自分でリボンを外し、魔理沙の座っていた椅子に腰掛けていた。
「どれくらいにいたしますか?」
魔理沙と同じように準備をしてやり、再び演技がかった口調で尋ねてやる。
「適当にちょいちょいっと。あ、中は一気に梳いちゃっていいわよ」
「かしこまりました」
彼女は見た目にはさほど変わらないが、内側の髪の毛が結構な勢いで伸びるのだ。
シャキシャキとハサミを走らせる。
抵抗もなくすんなりと髪の毛が切れ、はらはらと落ちていく。
まるで霊夢の性格を表しているみたいだ。
なんて言ったら魔理沙が怒るので言わないけれど。
それくらい霊夢の髪の毛は真っ直ぐなのである。
「前髪は?」
「適当」
「君らはいつもそうだな」
もう少しこだわりがあってもいいと思うのだが。
「いいのよ、私の場合は髪を梳くこと自体に意味があるから」
「そうなのかい?」
「ええ。この外で髪を梳くって行為がとてもいいわ」
どうして外で散髪しているのかというと、理由は非常に単純で、店の中で髪の毛を切ると散らばって片付けが面倒だからである。
外であれば髪の毛はいずれ自然に還る。
「はじめは何か呪いの儀式でも始めたのかと思ったけどね」
店の裏に髪の毛が散らばっている光景はかなり不気味なようである。
そのまま放置しておけば数日で見えなくなってしまうのだが。
「だからこうして髪を切っていますよって分かるような環境を作ったんじゃないか」
初めはそれこそ鏡も洗面台もなく、椅子に座らせた魔理沙の髪を切っているだけだったのだ。
「ああ、それでだったの。魔理沙のワガママなのかと思った」
「私は淑女だからそんな事は言わないぜ」
「はいはい」
今の環境を整えたのは、女の子なんだから場の雰囲気も気になるんじゃないかという僕の気配りだったのだが。
「ま、香霖のそういう無駄な努力は嫌いじゃないけどな」
「霖之助さんらしいわよね」
「無駄は余計だよ」
ただ、多少は意味があったようである。
「それより、外で髪を梳くことに意味があるってのはどういうことなんだい」
僕は霊夢の言葉が気になっていた。
「あら、霖之助さんの好きな言葉遊びよ」
「ふむ……」
それはつまり、僕ならばその意味が分かるだろうという事だ。
「ひと通り終わるまで時間を貰ってもいいかな」
「ええ。考えてみてね」
「分かった」
「本当に意味なんかあるのかー?」
魔理沙が怪訝そうな顔をしている。
「あるわよ」
「あるだろうね」
理由自体はすぐに思いつくことができた。
後はそこにどう言葉遊びが絡んでくるかということだが……
「あー? んー、あーあー」
魔理沙も少し考えて思い当たることを見つけたようだった。
「霊夢の髪も洗わないといけないから、まだ言わないでくれよ」
「はいはい」
霊夢と共に洗面台に移動し、髪を洗いながら考える。
さて、以前髪を切ったのはいつだったかな。
記憶に強く残っているのは宝船が現れた異変の前だったか……
「霖之助さん」
「ん、なんだい」
考えを巡らせていると霊夢が声をかけてきた。
「左上の方」
「ああ、痒いところか」
わしわしとその辺りを重点的にかき回してやる。
「他はどうだい」
「大丈夫」
「そうかい」
さっと泡を流して、魔理沙と同じようにコンディショナーをつけてやった。
「これって私に必要かしら?」
「手入れはきちんとして損はないだろう?」
「確かにね」
タオルを頭に巻いてやった後、魔理沙に向かって手招きをする。
「何だ?」
「頭、そろそろいいだろう」
「おー」
魔理沙のタオルを解くと、ぶわっと金髪の髪の毛が広がった。
「これだもんなぁ」
「いいじゃないか別に」
「私は良くないぜ」
入念に水を拭きとって、梳かしてやる。
「バランスは丁度いいかな?」
「あー、後ろは見えないけど大丈夫か?」
「枝毛は切ったからね」
「全く、香霖はしつこいぜ」
はぁとため息を付いて椅子から降りようとする魔理沙。
「おっと、仕上げがまだだよ」
「あー? 香水ならいらないぞ」
「そう言わずに」
髪の毛を切った後は、香水をかけることで初めて仕上がりになると僕は思っている。
画竜点睛の点を入れるに相応しい行為であり、散髪を締める儀式のようなものである。
「香水の匂いってなんか苦手なんだよなあ」
「そのうちそれが無いと落ち着かなくなるよ」
人に髪を切ってもらった後にかけてもらう、独特の香水の匂いがいいのだ。
自分でやってもそれはどこか違うものなのである。
「よし、できた」
「うへえ、匂いがぷんぷんする」
苦笑いしながら椅子を降り、魔理沙はくるりと回った。
それは香水の匂いが鼻に通る動きで、つまるところ魔理沙もこの匂いが嫌いではないのである。
「どうだ、香霖」
「ああ、中々良く出来た」
「自画自賛じゃないか。そういう時は可愛いねって言うんだぜ」
「はいはい、可愛いよ」
「へへっ」
にかっと満足そうに笑う。
「ちゃんと乾くまで帽子は被るんじゃないぞ」
「それくらい分かってるぜ」
魔理沙は上機嫌でとことこと歩いて行き、霊夢の隣に腰掛けた。
「で、さっきの話なんだがどうなんだ香霖」
「霊夢の話かい?」
「まだ考えててもいいわよ?」
「いや、一応はそうじゃないかって考えはまとまったよ」
「ほー」
「へぇ」
まるで期待されてない様子である。
「霊夢は言葉遊びだといった。つまり髪を切るという行為の言葉遊びだね」
「髪ってことは神様だろ? 霊夢は巫女だし」
魔理沙も同じ事を考えていたのか、そんな事を言った。
「それじゃあ足りないわね」
「僕もそれは分かっている。だから3つほど理由を考えてみたよ」
「そんなに?」
霊夢は目をぱちくりしていた。
どうやら僕は考えすぎてしまったらしい。
「まあひとつづつ話していこうか。まずは魔理沙のいう通り、髪を神様だと言いかえるんだと思う」
「ええ、それで?」
「じゃあ切るのほうはどうなるのかって話なんだが、僕は『服を着る』ほうの着るになるんじゃないかと思ったんだ」
「ふーん。神様を着るってこと?」
「そう。更に言い換えれば神様を憑依させてその力を使うって事さ。霊夢……つまり巫女そのものの事だろう」
「言われてみればそうかもね」
どこか感心した様子をしている。
そう考えてはいなかったらしい。
「でもさー、それって変じゃないか?」
魔理沙は納得行かない様子であった。
その理由は僕もよく分かっている。
「ああ。この考えは大きな問題点があるね。これだと僕が神様か巫女にならなくてはいけなくなってしまう」
「ぶっ」
吹き出す魔理沙。
何を想像したんだ全く。
「髪を切る人と切られる人がいるんだから、これはちょっとおかしなことになるね」
「そうね。いい考えだとは思うけど」
霊夢が考えていたのは、こういう事ではなかったのである。
「じゃあ次だ。今のは僕も違うなとは思ったから、霊夢がなんて言っていたのか思い出したんだが……君は『髪を梳く』と言っていたね」
「ええ」
にこりと笑う霊夢。どうやらこちらで正しかったようだ。
「だから髪を梳く……この字を変えればいいんだ。神を好く。神様を好む。そういう行為なのさ。これは」
「正解よ」
嬉しそうにぱちぱちと手を叩いている。
「外でやることがいいというのも、それが理由かい」
「あー? どういうことだ?」
ここは魔理沙にも分かるように説明をしてやらねばなるまい。
「霊夢は巫女だ。古来から髪の毛は呪術、神事に用いられてきていた。霊夢の髪にも当然そういった要素が自然に備わっている」
「んー。髪を切る……じゃない。髪を梳く事で神様にそれを捧げてるってことか?」
「そう。外で髪を梳く事で、霊夢の髪は自然に還る。八百万の神々は自然の至る所に存在しているからね」
髪を梳く事が、そのまま直で神様を好いていますよと伝わるのである。
「それじゃあ霖之助さん、私がそれを今日やった理由も分かるかしら?」
「ああ。恐らく近いうちに異変が起きるんだろう」
「そうなのか? 霊夢」
「勘だけどね。毎度そうってわけでもないけど」
髪を梳く事で異変が起きるわけではない。
だから毎回というわけではないだろうが、異変が起きそうだなと感じた時には彼女は髪を梳くのだろう。
「これは3つ目の考えにも繋がるんだが、古来より日本では元服などで髪型を改め、新たな自分としてこれからの物事に備えるという儀式があった」
これは僕が香水をかけることを必要であると感じたのと同じである。
散髪の準備と香水。
異変の始まりと終わり。
「そう。物事には、始まりと終わりの儀式が必要なんだ」
だから髪を梳く事は、異変に取り掛かる前の儀式なのだろう。
「そういう面もあるわね。さすがは霖之助さんだわ」
「そういうこじつけさせたら一流だよな」
褒められてるのかけなされてるのか、よく分からない言い方であった。
「ま。異変が起きなくたって、髪を梳く事――巫女が神様に貢ぐことは悪い事じゃないものね」
人は神様に願い事をする時に対価として御供物を用意することがある。
神職である巫女の髪は、神にとっては十分すぎるほどの対価を持ったものなのだろう。
それを日常的に捧げていれば、神様も困った時に力を貸してくれるわけだ。
「それじゃあただ髪切ってるだけの人は損してるみたいだぜ」
魔理沙は不満気な顔をしていた。
それは相対的に自分の髪には価値がないと言われているようなものだからだ。
「そんな事ないわよ。魔理沙だって異変で危ないところをギリギリ助かったって経験あるでしょ?」
「まあ、無いとは言わないけどさ」
「神様はきちんと見ててくれるのよ。本人に意思があろうが無かろうが」
「でもさー、悪い言い方だが私はそんなに神様とか信仰してないぜ?」
「それでもよ。神様ってのはそういうものなの。信仰していない人でも助けてあげれば、その時は感謝はするでしょ」
神様への感謝は神様の力となり、いずれは信仰に変わり得るものである。
信仰を得られない神様は力も得られないのだ。
「なるほど。助け合いってところかな」
「そういう事ね」
「はー、髪の毛整えるだけでもずいぶん考えてるんだな」
魔理沙は感心したような呆れたような顔をしていた。
「そりゃあ博麗の巫女だもの、私」
つまりそういった日頃の行動からしても、常に異変に備えているわけだ。
里の人々は時々霊夢をサボリ巫女だなどと揶揄することがあるが、僕は彼女ほど異変解決に真摯に立ち向かっている巫女はいないと思う。
「魔理沙も頑張らないといけないな」
「私だって色々努力はしてるんだぜ。香霖が鈍いから気づかないだけなんだよ」
それはもちろん知っているのだが、魔理沙は時々こうやって発破をかけてやらないとやる気にならないのだ。
そして魔理沙の瞬間的な爆発力は霊夢をも上回る事があると思う。
「わかってるさ。魔理沙の髪の毛がふわふわのモコモコになるのは力の現れなんだって事くらいね」
「それを褒めてるんだと思ってるんだったら、一度慧音の寺小屋で勉強してきたほうがいいぜ」
魔理沙はものすごく不満そうな顔をしていた。
「ま、髪を梳くのも髪型を変えるのも意味があるってことよ」
霊夢は我関せずといった感じで自分でタオルを解き、さっと手で後ろに流している。
「仕上げはいらないかな」
「丁度いいわね。リボンをつければ」
「ほんとぶれないよなぁ霊夢は」
魔理沙は霊夢を見て羨ましそうにしていた。
「そう? 私は魔理沙みたいなのに憧れることもあるし、結局無い物ねだりなのよ」
他人の芝生はなんとやらである。
「霊夢さーん、魔理沙さーん」
「ん?」
声がしたほうを見上げると、守矢の巫女、早苗がこちらに向かって飛んできていた。
「こんなところにいたんですね」
「こんなところで悪かったね」
「いえ、すいません今のは言葉のあやでして……あ、前に教えたコンディショナー使って下さってるんですかね」
周囲の様子を見て、散髪していたことにはすぐに気づいたようだ。
コンディショナーは洗面台の側に置かれている。
「早苗、ほんとにこれで髪の毛がよくなるのか?」
「もちろんですよー、続けてればツヤツヤに――って魔理沙さんいいですねその髪型!」
「ん、そうかぁ?」
魔理沙は言葉はともかく、その顔はまんざらそうでも無かった。
「早苗、あんたも髪型変えた?」
「あ、分かります? 神奈子様に梳いて頂いたんですよ」
「それはまさしく神を着る、神を着られる行為だな」
「え、あ、はい。そうですけど」
僕の最初の考えもあながち間違いでは無かったようだ。
「どこも考えることは一緒ってことかしらね」
「それじゃあ髪型の変わった奴に要注意だな。髪型を変えた記念で異変を起こすかもしれないぜ」
魔理沙はけらけらと笑っていた。
「そうそう、その異変なんですけどね」
「ん? 何かあるのか?」
「ええ、最近妖怪の山に色んな霊が現れてるんですよ」
「ふーん」
もしかしてそれは、異変そのもの……あるいは異変の前兆なのだろうか。
「いえ、ふーんではなくてですね。他にもいろんな場所で現れてるようでして……」
「そうなの。神社周りに現れるようだったら調べてみましょうかね」
「私も家の周りに現れてからだな」
彼女らは異変が起きる前に動くことはあまり無く、起きてから動くことが多い。
「ほんとなんですってばー」
三人は霊について好き勝手に話し始めた。
女三人寄ればなんとやらというが、僕が話に混ざる余地は無さそうである。
「やれやれ」
ひとつお茶とお菓子でも用意してやろうか。
僕は散髪道具を片づけ始めた。
「ま、もしほんとに異変だったら今回は私が解決してやるぜ」
「もう他にも誰か動いているかもしれませんよー」
「その時はその時よ」
もしもこの出来事が異変だとしたら、解決するのは誰になるのだろうか。
それはきっと髪のみぞ――もとい神のみぞ知るといったところなのだろう。
ほのぼのとしてて良かったです。霖之助さんマジ器用。
良い雰囲気でした。
各キャラの性格が良く現れてて、1エピソードとして面白かったです。
直毛の人が羨ましいです。
この雰囲気づくりはすごい。
いつの間にか始まり、何かを始まりを予感させたまま終わる。
壮大なストーリーの一部を違和感なく切り取ったこの作品は、動く写真を見ているようで、
これぞショートストーリーの醍醐味である・・・と言いたいところなんですが、
続きを読ませろください(笑
楽しませていただきましたm(__)m
非日常は連鎖していく物なのかな、とも思わせられました。
あと後書きの妖夢可愛いよ妖夢
ホント三人の日常の一コマがありありと思い浮かんできます。どうやればこんな雰囲気が出せるんだろう… 技量の差が圧倒的すぎるなあ。
巷にあふれてたカリスマ()美容師とか幻想入りしてそうだし
いくらになるかねぇ(ゲス)
しかし少女なんだし簡単に男に触らしちゃダメやろ?
こういうのが読みたかったんだ。
とても彼女たち「らしい」な、と思える素敵な作品でした。
異変の前兆の話はやっぱり面白いものばかりです。
コメントが大分遅れてしまいました。すみません。