Coolier - 新生・東方創想話

「夜桜月慕」

2013/04/06 05:19:29
最終更新
サイズ
6.59KB
ページ数
1
閲覧数
1571
評価数
4/10
POINT
600
Rate
11.36

分類タグ

幻想郷にある迷いの竹林。
その奥にはかつて「かぐや姫」と呼ばれた女性が住まう『永遠亭』と言う館があり、またその館は、死以外の病を癒す奇跡の療養所として
人里で知らぬものは居ない。

ただ、その館を囲む竹林は人の行き先を迷わせ、案内が無いまま入ると、二度と抜け出せない。
待っているのは飢え死にか、竹林に潜むアヤカシの餌食になるかの二つ。

その竹林の入り口近くに、一人の女性が住んでいる。
竹林を良く知る者として、彼女はその案内人として、時には急患を永遠亭に案内し、また時には竹林の中で迷った者を救い、
人里まで送り届けると言う。

こちらもその存在を知らぬものは居ない、が、彼女の素性、何処から、いつ来たのかを知る者は極めて少ない。
皆は顔を知っているが、本人は事が済むと名乗る事無く立ち去るため、里では彼女を「案内人」と呼ぶ。

その案内人の名は、藤原 妹紅。
永遠亭の姫の仇敵にして、不死の蓬莱人となった人間。
彼の姫とは、互いに死ぬ事の出来ない体ゆえに、数え切れないくらいの殺し合いをし、その勝負は未だ付いた事が無い。

天狗の新聞記者が妹紅に、そんな間柄なのに何故、危険を冒して永遠亭へ患者を案内するのかを訊いた事がある。
彼女は、
「救われねばならない命を救うことと、私怨は別物だ。これは永遠亭の側も同じだろう。」と答えただけだった。
確かに彼女が患者を案内するときは、永遠亭の門前まで何の異変も無い。
しかし、妹紅単身で永遠亭の付近へ来れば、月兎の鈴仙を隊長とした兵が列を成して迎撃の態勢に入り、道は罠だらけ、そして爆音と振動、硝煙の漂う
血なまぐさい戦場に変わる。

それが何年、何十年となく繰り返され、滅ぼしては蘇り、滅ぼされては再生する。その繰り返しだった。

・・・・・・・。

春四月。珍しく争いも無く、平和な夜。
竹林から少し離れた所に一本だけ立つ、古い山桜。
人里の者も訪れない淋しい場所で、火を焚いて、その周りに斜めに斬った竹を刺す人影が一人。
空には細い上弦の月が浮かび、星明りがほのかに桜の白さをかもす程度の明るさだ。

やがていくつか竹を刺し終えると、影は近くに置いていた瓶を取り、竹の中にその酒を注ぐ。
焚き火の明かりが照らす銀の髪と赤いリボン、紅い指貫袴。

藤原 妹紅その人である。

春の息吹が来て、砥鎌のような上弦の月の夜、彼女はここで夜桜を嗜みながら竹燗で酒を呑む。
揺らめく焚き火は彼女の目を紅く染め、目に浮かぶ感情を覆い隠す。
杯を傾けて、何を考えるも無く、妹紅は焚き火を見つめる。
自分の中にも宿る炎の力、いつの間にか身に付いた力。全てを焼き払うと同時にその熱で浄化する、温もりと焦熱の二つの顔。

ふと、郷の外れの方を見る。
そこには博麗の神社があり、妖怪も人も神も区別無く宴の輪に加わり、朝まで騒ぐ。
色とりどりの光が時折見えるのは、誰かが余興で弾幕を披露しているのだろう。永遠亭の姫も流石に今日はここには来るまい。

顔を焚き火に戻し、木に寄りかかり、杯を呷る。

その時、ふと気配が動いた。
いつもは殺意に塗れているその気配は、珍しく静かな、例えれば月光のごとき儚さだった。
「輝夜か・・・。」
妹紅が警戒も無く、普通の声で永遠亭の姫の名前を呼んだ。
しのび笑うような声が返ってくる。
「貴方も物好きね。桜なら博麗神社でも見られると言うのに。」
声のほうに顔も向けず、妹紅は言う。
「吉野桜の色は好みでは無くてな。こんな夜に似合うのは白い桜だと私は思っている。それだけだ。」
「満月を避けて呑むのも貴方らしいわね。」
いつの間にか、焚き火の向こう側に座っているのは、蓬莱山 輝夜。
「いかな偽物でも満月の光は人の心を狂わせる。そして私はこの砥鎌のような月に思う所がおうてな・・・お前こそ、ここに居るとは珍しい。」
ここに来た理由も言わず、輝夜は月を仰ぎ見る。
かつて、その月の都に輝夜は居り、罪を犯した為に地上に堕とされた。
そして目の前の妹紅の父親に恥をかかせ、その恨みを受けることとなり、今に至る。

本来は月の都に帰る所が、迎えの月人を皆、その手にかけて更に罪を重ね、永遠亭に隠れ住む事になった。
立場は二人とも違う、が、同じ不死の倦怠を抱えるものとして、気付かぬうちに、無意識に互いを求め合う仲なのだ。

ーーーーただ、その手段は不毛な殺し合いと言う、取り返しの付かないものになってしまったが。

無言で妹紅が杯に酒を注ぎ、輝夜に渡す。
輝夜は何のためらいも無くそれを受け取り、酒を呑む。
「良い香りね。香よりも芳しいわ。」
香りに目を細める輝夜と、焚き火を見つめる妹紅。
「貴族は桜の花びらを杯に浮かべて、それを酒と共に呑む事で春の生命と息吹を取り込んだ。」
その言葉に、輝夜はくすりと笑う。
「この燗もその一つと考えていいの?」
「ああ、私も憶えては居ない昔だが、外の世界で教えてもらった。皆、いい人だった。」

そう言って妹紅は月を見る。
「あの月と同じ月が出ていた夜に、皆・・・逝ってしまった。まるで月に命を刈られるように、な。」
酔った村人が、封じられて眠りに就いていた大蛇を目覚めさせ、その怒りに触れた村は、大蛇の毒気で幻の如く滅んだ。
惨状を見た妹紅が、大蛇を灰も残さず焼き尽くし、村中を見て回ったが誰もが苦悶の表情で息絶えていた。
村人達を泣きながら村の広場に並べ、自らの炎で弔い、自ら穴を掘って埋め、塚を作り彼女は去った。

炎の色に染められた妹紅の目尻に、光るものがあった。

輝夜は何も言わない。妹紅と再会するまでの時間を隠れ住んでいた彼女に、妹紅へ掛けられる言葉は存在しない。
やがて、ポツリと妹紅が言った。
「お前への復讐をする為とは言え、我ながら愚かな事をした。」
「・・・。」
黙って輝夜は酒を呑む。
当時の彼女を知らぬ輝夜が何を言っても、妹紅には慰めにならぬ夜伽話にもならない。
妹紅は呟き続ける。
「海に身を投げても沈まない、火を吹く山の火口へ身を投げても気がつけば数十年、土の中で眠り続けるだけだった。
 毒を呷っても一晩経たずに目が覚める。何処に隠れても時代が変われば人も変わり、私の暮らしは逃げ惑うだけの日々だった。」
酒を一気に呷り、深いため息をつく。
「この郷に来て、輝夜・・・お前に遭えたのは何よりだった。だが、復讐に身を堕とした私が取った行動は愚か過ぎた。」
その言葉に優しく輝夜は返す。
「私は貴方に責められる理由が十分あるわ。それだけのことをしたのだもの。」
「・・・そうだな・・・だが、人にはどんな恩讐でも『赦す』と言う選択があるのだ。その選択を取る事が出来ずに私は・・・。」

静かな時間が生まれる。

やがて、妹紅は頭を軽く掻いて自嘲する。
「下らん事を・・・私らしくも無い。」
その言葉を聴いた輝夜が、おもむろに懐から包みを出し、妹紅に渡す。
「これは・・・?」
不思議そうに自分を見つめる彼女に、輝夜は言った。
「以前、貴方の案内で運ばれた患者が、里で永琳に託したのよ。碌な御礼も出来ないが、これを肴にしてくれって。」
「・・・そうか。」
妹紅が俯く。多分その顔は柄にも無く照れた顔なのだろう。特に自分には見せたくない程に。

輝夜は優しく微笑んだままだ。
永琳や鈴仙が見たら、あの気高い姫が、敵にこんな顔を見せるとは、と驚いたろう。

「朝が来るまでは、お互い何も言いっこ無しで桜を愛でるか。」
「ええ、朝が来るまでは、ね。」

また、次の日からは殺し合いと言う名の付き合いが始まる。
それで居てなお、二人の周りの空気は優しく、清かなものだった。

『弔いの日くらいは、血を見せないように。彼らを哀しませる事のないように。』

不思議な関係の中で結ばれた、先に逝った者たちへの、先に逝く者たちへの約束。
それは別々の世界で、両手を血に染め続けた者達が交わした誓いだった。

『今だけ、私の永遠は、私が犠牲にした魂の安息の為に。』
『今だけ、私の炎は、私が見送った者たちの行き先を照らす為に。』

二つの杯が高く掲げられ、月の僅かな光を受けて微かに輝く。
静かに焚き火を囲む二人を、花吹雪が静かに吹き抜けて・・・通り去った。
あとがき
殺し合いながらも竹林の案内を律儀にする妹紅、その場合は迎え撃つ事無く見逃す輝夜。
この二人は恩讐を超えた何かがあると自分は勝手に考えてます。
「敵に塩」と言うレベルではなく、同じ立場なのに今まで通った道の違いで、不器用にしか分かり合えない、一見淋しい関係のような。

二人の説明を見て思ったことは、不死ゆえの倦怠を妹紅との争いで紛らわせる輝夜と、復讐を口実にやはり不死ゆえのやりきれなさを紛らわせる妹紅という構図なのですが
これは自分の考えすぎかも知れません。
みかがみ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.250簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
非常によかったです。二人のなんとも言えん間柄を的確に表していると思いました。
8.80奇声を発する程度の能力削除
良いですね、距離感も良かったです
9.903削除
いい関係ですね。
個人的にもこんな感じなんじゃないかなーと思っています。
10.100紅葉削除
雰囲気が綺麗ですね。この2人はこれぐらいの距離感がいいですね。