地霊殿の朝食の時間。
お空やお燐が配膳を済ませ、みんなで食卓を囲む。
皆、夢中で食べているなか、卵焼きをじっと見ているこいしに、さとりが訊く。
「こいし、卵焼き、美味しくない?」
その顔はこいしを心から心配するものになっている。
こいしはそれに元気良く首を振って、
「ううん、ちょっと考えてた。」
それから美味そうに卵焼きをほおばる。
その光景にさとりと、それを横目で心配げに見ていた一同はほっとして、食事を再開した。
「ご馳走様でした。」
食卓のおかずも全部無くなり、各々厨房へ洗い物を持っていく。これは主人のさとりも例外ではない。
お燐とお空はそのまま仕事へ出かけ、他の者達も地霊殿の掃除や見回りに散る。
さとりの部屋。
食後のお茶を楽しみながら、さとりは食事の時のこいしの考え深そうな顔を思い出していた。
地上に出かけることは、巫女達が来たあの一件以来多くなったが、閉じた心は未だ開かない。
「・・・あの子にとって、悪い事が起きなければいいけど。」
そう言ってため息をつきかけたとき、
「何か悪い事が起きるの?」
目の前にこいしが現れた。
「こいし・・・。」
さとりの言葉に反応せず、こいしはしげしげと不思議そうに姉を見る。
「お姉ちゃん、何かあったの?」
こいしの顔はいつもと変わらず、その目は翳りもなく輝く。
さとりは、
「こいし、あなた、さっきの食事の時に卵焼きを見てたけど、何かあったのかなって。」
姉の心配げな言葉に、こいしは屈託ない笑みで答える。
「ああ、あれはね、卵の中には幸せが詰まってるのかなって。」
妹の言葉に、さとりは一瞬虚を突かれた。
「幸せ?」
不思議そうな問いも意に介さず、こいしは続ける。
「卵ってね、おいしいものが沢山出来るじゃない?で、その美味しいものは幸せが詰まってるからだと思うんだ。」
そこで少し、こいしの声のトーンが落ちる。
「でもね、その幸せを私は取っておきたいと思うんだ。ずっと。無理だとわかってるけど。
だけどなるべく卵は割りたくないの。幸せがもっとこう、りんごが熟れるみたいに濃くなって行く気がするから。」
さとりは妹の思考の突拍子さに振り回されて言葉が出ない。
こいしは構わず続ける。
「・・・だけどね、あのまん丸を割らないと、美味しい卵焼きも、目玉焼きも、お菓子も出来ないんだよね。
殻ごと入れるとじゃりじゃりして美味しくなくなっちゃうし。でも中途半端な幸せでもあれだけ美味しい物が出来るんだよね。」
途中からこいしの言葉は独り言に変わっていた。
「難しいよね。なんか。」
言葉が途切れて暫くの沈黙が降りる。
少し経って、こいしが難しい顔をやめてさとりに訊いて来た。
「お姉ちゃん」
その顔は遠い昔、まだこいしが心を閉ざす前の顔に良く似ている。
「形をこわさない幸せって、あるのかな?」
さとりは答えられなかった。
誰の心にもそう言う疑問も答えもなかったから、とっさに答えが出せない。
人里の子供にもそんな質問は無い。
こいしは姉の顔を凝視していたが、そのうちふいっと方向を変えていなくなった。
わが妹ながら理解できないことが多すぎる。それは心を読むことに頼りすぎて、言葉や何気ないしぐさに隠された本音を見逃した報いだろうか。
こいしはその能力ゆえに、自分の幸せを壊してしまい、そして心を閉じた。
さとりにも解らない無意識に身を置く事で、自分が人目につかない道端の小石になった。
ふと、昔こいしが言った言葉が蘇る。
「時々私は何者なんだろう と考えるんだよね。」
あの時の彼女の顔も今朝と同じだった。その顔で彼女はこういった。
「もしかしたら 私は実はこの世にはいる必要の無いもので、ただ、何かの間違いでここにいるような気がするんだ。
本当は今の生活は夢か幻なのかなあ、って思うの。
・・・ううん、別に悲観的に考えているわけじゃ無いよ。ただ、なんとなく出てくるだけ。」
能力ゆえに疎まれて地下に暮らしはじめて、でも何か満たされないのはさとりも同じだ。
このまま心に穴が開いたまま、自分も、妹も生きていくのだろうか。
その思考に押しつぶされそうになった時、お空やお燐、自分達を慕ってくれるものたちの顔が浮かんだ。
・・・彼らが居るから、私は生きてこれたし、まだ生きていける。
さとりは自分の勝手な考えを恥じた。それはさとりが彼らを信頼していない事を自ら認めているようなものではないか、と。
「・・・幸せ・・・か。」
茶を一口飲んで、一人彼女は呟いた。
「こいし、あなたやみんなが笑って私を慕ってくれること、私にとってはそれが形を壊して出来た、かけがえの無い幸せなのよ・・・。
いつか貴方が再び心を開く事が出来たら・・・自分の殻を割る事が出来たら、その時はあなたと一緒にあなたの質問を考えて行きましょう。」
いつも笑顔だが、何かが欠けている妹を思いながら、彼女は一息、ため息をついた。
妹の心からの笑顔が見られるように祈りながら。
お空やお燐が配膳を済ませ、みんなで食卓を囲む。
皆、夢中で食べているなか、卵焼きをじっと見ているこいしに、さとりが訊く。
「こいし、卵焼き、美味しくない?」
その顔はこいしを心から心配するものになっている。
こいしはそれに元気良く首を振って、
「ううん、ちょっと考えてた。」
それから美味そうに卵焼きをほおばる。
その光景にさとりと、それを横目で心配げに見ていた一同はほっとして、食事を再開した。
「ご馳走様でした。」
食卓のおかずも全部無くなり、各々厨房へ洗い物を持っていく。これは主人のさとりも例外ではない。
お燐とお空はそのまま仕事へ出かけ、他の者達も地霊殿の掃除や見回りに散る。
さとりの部屋。
食後のお茶を楽しみながら、さとりは食事の時のこいしの考え深そうな顔を思い出していた。
地上に出かけることは、巫女達が来たあの一件以来多くなったが、閉じた心は未だ開かない。
「・・・あの子にとって、悪い事が起きなければいいけど。」
そう言ってため息をつきかけたとき、
「何か悪い事が起きるの?」
目の前にこいしが現れた。
「こいし・・・。」
さとりの言葉に反応せず、こいしはしげしげと不思議そうに姉を見る。
「お姉ちゃん、何かあったの?」
こいしの顔はいつもと変わらず、その目は翳りもなく輝く。
さとりは、
「こいし、あなた、さっきの食事の時に卵焼きを見てたけど、何かあったのかなって。」
姉の心配げな言葉に、こいしは屈託ない笑みで答える。
「ああ、あれはね、卵の中には幸せが詰まってるのかなって。」
妹の言葉に、さとりは一瞬虚を突かれた。
「幸せ?」
不思議そうな問いも意に介さず、こいしは続ける。
「卵ってね、おいしいものが沢山出来るじゃない?で、その美味しいものは幸せが詰まってるからだと思うんだ。」
そこで少し、こいしの声のトーンが落ちる。
「でもね、その幸せを私は取っておきたいと思うんだ。ずっと。無理だとわかってるけど。
だけどなるべく卵は割りたくないの。幸せがもっとこう、りんごが熟れるみたいに濃くなって行く気がするから。」
さとりは妹の思考の突拍子さに振り回されて言葉が出ない。
こいしは構わず続ける。
「・・・だけどね、あのまん丸を割らないと、美味しい卵焼きも、目玉焼きも、お菓子も出来ないんだよね。
殻ごと入れるとじゃりじゃりして美味しくなくなっちゃうし。でも中途半端な幸せでもあれだけ美味しい物が出来るんだよね。」
途中からこいしの言葉は独り言に変わっていた。
「難しいよね。なんか。」
言葉が途切れて暫くの沈黙が降りる。
少し経って、こいしが難しい顔をやめてさとりに訊いて来た。
「お姉ちゃん」
その顔は遠い昔、まだこいしが心を閉ざす前の顔に良く似ている。
「形をこわさない幸せって、あるのかな?」
さとりは答えられなかった。
誰の心にもそう言う疑問も答えもなかったから、とっさに答えが出せない。
人里の子供にもそんな質問は無い。
こいしは姉の顔を凝視していたが、そのうちふいっと方向を変えていなくなった。
わが妹ながら理解できないことが多すぎる。それは心を読むことに頼りすぎて、言葉や何気ないしぐさに隠された本音を見逃した報いだろうか。
こいしはその能力ゆえに、自分の幸せを壊してしまい、そして心を閉じた。
さとりにも解らない無意識に身を置く事で、自分が人目につかない道端の小石になった。
ふと、昔こいしが言った言葉が蘇る。
「時々私は何者なんだろう と考えるんだよね。」
あの時の彼女の顔も今朝と同じだった。その顔で彼女はこういった。
「もしかしたら 私は実はこの世にはいる必要の無いもので、ただ、何かの間違いでここにいるような気がするんだ。
本当は今の生活は夢か幻なのかなあ、って思うの。
・・・ううん、別に悲観的に考えているわけじゃ無いよ。ただ、なんとなく出てくるだけ。」
能力ゆえに疎まれて地下に暮らしはじめて、でも何か満たされないのはさとりも同じだ。
このまま心に穴が開いたまま、自分も、妹も生きていくのだろうか。
その思考に押しつぶされそうになった時、お空やお燐、自分達を慕ってくれるものたちの顔が浮かんだ。
・・・彼らが居るから、私は生きてこれたし、まだ生きていける。
さとりは自分の勝手な考えを恥じた。それはさとりが彼らを信頼していない事を自ら認めているようなものではないか、と。
「・・・幸せ・・・か。」
茶を一口飲んで、一人彼女は呟いた。
「こいし、あなたやみんなが笑って私を慕ってくれること、私にとってはそれが形を壊して出来た、かけがえの無い幸せなのよ・・・。
いつか貴方が再び心を開く事が出来たら・・・自分の殻を割る事が出来たら、その時はあなたと一緒にあなたの質問を考えて行きましょう。」
いつも笑顔だが、何かが欠けている妹を思いながら、彼女は一息、ため息をついた。
妹の心からの笑顔が見られるように祈りながら。
個人的な考察ですが、卵は、壊す事で美味しい玉子焼きという結果を得ます。言わば調理しなければ可能性の状態です。
この話を卵とさとり一家の対比として見ると、幸せだと感じている時点で、調理された状態ではないのでしょうか。それとも、こいしが心を開いた時点で、可能性の殻を破り、美味しい玉子焼きになるのでしょうか。
だとすると、壊す事を嫌がったこいしの説明がつきませんね。むずかしいです。
指摘ありがとうございまする。
うーん。面白い着眼ですが、SSとしてはあとひと味、欲しいなあ。