ある日の事だった。魔理沙が図書館にやって来た。客人として。
普段から盗人猛々しい行為を繰り返している魔理沙だけれども、まぁ、客人としてなら拒む必要もないだろう。
私はいつものように“歓迎”することはなかった。
――しかし、今思えばこれが全ての発端だったのだ。
「なぁパチュリー! 見てくれよ!」
「何よ……」
魔理沙は私の元にやって来るなり、キノコを取り出した。それは虹色で、とても気持ち悪い。勿論見たこともない。
「これ、食べてみて。生で」
「はぁ? 嫌よ」
どうしてこんなものを口にしなければいけないの。しかも生で。
私は断った。当たり前だ。
しかし、魔理沙は食い下がる。
「なぁ! 頼むって! これすごいんだ! ほんと! な? 一回食べてみて! お願い!」
魔理沙は手を合わせて頭を下げた。
う……困ったな。
私はそうやって真っ直ぐ頼み事をされると、なかなか断れないのだ。人とあまり接していないからだろうか。面と向かって強く頼まれると、上手く断れない。
「……わかったわよ」
「え、ほんと!?」
「一口だけだからね」
「マジか!」
魔理沙は嬉々として私にキノコを渡す。
受け取ったキノコをまじまじと見つめる。本当に、気持ち悪い。
私はキノコを視界に入れないように目を瞑って、一口だけ齧った。
瞬間、私はカッと目を見開いた。
「う、うまいぞぉぉぉぉぉっ!」
私の口から叫び声と共に放出されたマスタースパークは、紅魔館の一角を破壊した。
『口からマスパ』
「……で、どういう事かしら?」
図書館の中だというのに日傘を差しているレミィは、腕を組んでイライラしたように口を開いた。
「だから言ってるじゃない。口からマスパが出たのよ」
「なんでそうなったのかって聞いてんのよ私は!」
さらに機嫌を悪くしたレミィは日傘を床に叩きつけようとして、やめた。
何故なら、日が差しているからだ。この図書館に。
私の口から放出されたマスタースパークは、図書館の天井を突き破り、地上の紅魔館を破壊して大穴を開けていった。
そのせいで私は、現在もさんさんと輝く太陽に照らされ続けている。お昼時で天気もいい。結構な光量だ。虚弱体質な私は息も絶え絶え。
「そんなに怒らないでレミィ、私疲れてるの。知ってるでしょう? 私太陽に当たると気分が悪くなるの」
「私は太陽に当たると死ぬんだよ!」
怒鳴りながらも、レミィは紅色の日傘を私に渡した。用意してたの。やっぱりなんだかんだ言って良い奴だ。
このツンデレめ、そう言うとレミィは溜息を吐いた。
「あのねパチェ、私死にかけたのよ? 閃光が奔ったかと思うと目の前に太陽よ? わかる? この恐怖」
「感動の対面じゃないレミィ。普段相容れない二人が向かい合う。ロマンチックね」
ぐぬぬ……、レミィは何故か歯痒そう。
それにね! とその包帯が巻かれた腕を私に見せつけながらレミィは続けた。
「太陽光を直に浴びた私は全身大火傷! 見ろよこの身体! 死ぬかと思ったわ!」
レミィは身振り手振りでその時の状況を必死に私へ伝えようとする。可愛い。
しかしなるほど、全身に包帯巻いているのはそのせいか。新しい何かに目覚めたのかと思ったわ。
「良かったじゃないの。貴女これでまた一歩強くなったわね。さらなる高みへ近づくには死を間近に感じる必要があるわ」
「あんた反省の色が見えないわね……。ほら! 図書館だってこんなに酷い! あんた自分の図書館とか言ってるけど本当は私のなんだからね!?」
レミィはそう言って倒れている本棚たちを指さした。
私のマスタースパークによって大きく振動した図書館。この本棚たちはそれに耐えられずに倒れた。しかも、密集していたのが悪かったのだろう。ドミノ倒しの様に次々と倒れていってしまったのだ。
でも、これはあれじゃないだろうか。耐震をしっかり施していなかったレミィが悪いのではないだろうか。うん、そうに違いない。
「魔理沙! あんたも笑ってないでなんとか言いなさいよ!」
どうせあんたも一枚噛んでるんでしょう!? レミィの怒りの矛先は先程から爆笑している魔理沙に向けられた。
「くふ、くふふ、いやだって、普段無口なパチュリーが『うまいぞー!』って……! ぐふ……あはははははは!」
「おい、殺せ」
レミィは美鈴に命令したが、彼女は苦笑いのみで済ませた。
「まぁまぁお嬢様、落ち着いて。今は紅魔館の再建、それに専念しましょう」
流石は美鈴、冷静だ。
今回だって一番初めにここに駆け付けてくれたのは美鈴なのだ。
美鈴の柔和な笑顔を見て、レミィは矛を収めた。そして、大きな溜息を一つ。
「……それも、そうね。おいパチェ、もう余計な事はしないように。いいわね?」
「分かってるわよ」
レミィは釘を差して、踵を返した。美鈴や咲夜を引き連れて帰っていく。
その際にレミィは一度だけ、ちらとこちらを確認した。
んもう、心配性ね。
溜息を吐く。
気分的に小腹が空いた私は、手に持った虹色のキノコを一口齧った。
「う、うまいぞぉぉぉぉぉぉっ!」
私の口から放出されたマスタースパークは、紅魔館に二つ目の大穴を残した。
「れいむー! いるかしらー! ……ごほっごほっ」
あの後何故か紅魔館を追い出されてしまった私は、泊まる場所を求めて博麗神社を訪れていた。
魔理沙は一頻り笑った後帰っていったし、小悪魔は労働力として取り上げられてしまった。なので、一人だ。寂しい。
大体、一体どうして私が追い出されなければならないのか。解せない。
「あらパチュリー。珍しいわね」
機嫌が良いのか、霊夢はいつもの憎まれ口を叩かずに私を招きあげた。
居間にあがると、そこには霊夢だけでなく八雲紫も座っていた。仲良く一緒にお煎餅を食べている。
「パッチィさんチーッス」
「……こ、こんにちは」
何かよく分からない挨拶をされた。返答に困ったので、当たり障りのない返事を返しておく。
つまんないわねー、紫は口を尖らせた。知るか。
紫をスルーして腰を下ろす。すると、霊夢が私の分のお茶を淹れてくれた。
緑茶か。私はできれば紅茶が良いのだけれど……。
「それにしても、パチュリーが来るなんて珍しいわね」
よもや追い出されたのかしら、霊夢はズ…とお茶を啜る。
ちくしょう、様になってるわねこの大和撫子め。私なんか本読みながら紅茶飲んでたら御婆ちゃんみたいって言われたのに。
「ご名答。紅魔館再建の間出てけって」
「ふうん、何があったのかしら」
「マスパでね、紅魔館の一部が吹っ飛んじゃったの」
「あぁ……」
魔理沙も人騒がせね、霊夢は溜息を吐いた。
「本当に」
私も溜息を吐いてから、お煎餅に手を付ける。
「あら……これ、おいしいわね」
「わかる?」
紫が嬉しそうに言った。聞くに、紫が最近ハマっているお煎餅らしい。近頃人里に専門のお店が出来たのだとか。
「えぇ、お茶請けに良いわね。でも、それならもっと良いものがあるわ」
私はポケットからキノコを取り出した。魔理沙からもらった、あの虹色のキノコだ。とてもおいしい。
しかし、その外見の悪さのせいか二人は怪訝な顔をした。
「何それキモい」
「えぇ霊夢、キモいわね」
二人は一斉にこのキノコを批判する。まるであの時の私のようだ。
こうなると、魔理沙の気持ちが分かってくる。自分が良いと思っているものは皆と共有したい。
「ねぇ、食べてみない?」
『嫌よ』
「そ、そう……」
二人同時に断られて、返す言葉が無くなってしまう。
人とあまり接していないからだろうか。私は真っ向から否定されると、何も言えなくなってしまう。魔法関連なら話は別なのだけど……。
「で、でもね? これ」
『絶対に嫌』
「あぅ……」
これ以上はメンタル的に不可能だ。豆腐メンタルなんだもん。しょうがないじゃない。
残念だわ。こんなにもおいしいのに。
私は溜息を吐いて、一口キノコを齧った。
「う、うまいぞぉぉぉぉぉぉっ!」
私の叫び声と共に放たれたマスタースパークは、博麗神社を吹き飛ばした。
「解せない、解せないわ」
どうしてこんな事に……。
あの後霊夢にボコボコにされた私はふらふらと幻想郷の上空を漂っていた。全く、あの巫女は加減というものを知らない。
閉じた日傘を手に持って飛行する。今度の目的地は河童のにとりの家。前にロケットを作った際に知り合った。そこまで親しくはない。
「あれ……だったかしら」
川の辺にある一軒家。確かあそこだった気がする。私はゆっくりと高度を下げていった。
さて、なんて言おう。果たして急に泊めてと言っていいものか。周りの者は知らないかもしれないが、私はあまり交友関係が広くない。慎重に行かなくては。
呼び鈴を鳴らすと、そこまで時間をかける事もなくにとりが現れた。
「あれ、パチュリー? 久しぶりじゃない」
「あの……」
「あり、何か積もる話かい? んならあがってよ。ほら」
それだけ言ってにとりは奥へ引っ込んでしまった。
なんて良い奴。急に知り合いが訪れても、私はこんなにフレンドリーに接することはできないだろう。見習わなくては。
意外にも掃除が行き届いた綺麗なリビングに着くと、にとりは珈琲を淹れていた。
「コーヒーは飲めるかい?」
「えぇ、大丈夫」
「そりゃ良かった」
私はできれば紅茶が良いのだけれど……。
テーブルに腰を下ろすと、にとりがカップを置いてくれる。カップにはデフォルメされた河童の絵が描いてある。可愛い。
「んで、どうしてウチに?」
「え……と」
なんて言おう。人とあまり接していないからだろう。魔法式の組み立ては得意だけれども、会話の組み立ては苦手なのだ。
「紅魔館が壊れちゃったの」
「あら、またどうして」
「マスパでね。一発よ」
いや、二発だったか。
「あれま。魔理沙もやんちゃねぇ……」
にとりは呆れたような顔をして、やれやれと溜息を吐いた。
もしかして、にとりも何か魔理沙の被害にあっているのだろうか。それを尋ねると、にとりは苦笑いした。
「発明品がね、持ってかれてるの。困ったもんだよ」
「私は魔道書よ」
「知ってるよ。有名だもんね」
「そうなの」
「そうよ」
意外な共通点。二人して少し笑った。
もしかしたら、この娘とは気が合うかもしれない。人付き合いが苦手な私でも話していて違和感がないし、共通点もある。
私はちょっとした期待を乗せて、虹色のキノコを取り出した。
「ありゃ、なんだいそりゃあ」
「これね、おいしいの。食べてみない?」
「いや、やめておくよ」
「そう……」
にとりは苦笑いしている。何とか不快な表情を見せないように努めているようだ。
やはりダメだったか。キノコに視線を落とす。
おいしいのに、どうしてあなたの魅力は皆に伝わらないのかしら。
私は陰鬱な気分と一緒に、キノコを一口齧って飲み込んだ。
「う、うまいぞぉぉぉぉぉっ!」
私の口から放出されたマスタースパークは、にとりの家を破壊した。
* * *
にとりの家をも追い出された私は、人里にいた。どこぞの通りを一人とぼとぼ歩いている。
「……グス」
にとりだけじゃない。にとりに追い出された後も、私は残り少ない友人達を頼って幻想郷を飛び回ったんだ。花使いに脳筋僧侶、邪仙に月人――。
だけど、ダメだった。最初は快く家に上げてくれるのに、いざとなっては追い払われてしまう。
時にはボコられもした。みんな酷い。悪魔だ。
「……はぁ」
思わず溜息が漏れてしまう。
どうして行くところ行くところ追い出されてしまうのだろう。もしかして、私は嫌われているのだろうか……。
「貴方と一緒ね、私は」
あと一口分だけ残すのみとなった虹色のキノコを夕日にかざす。この子も誰にも受け入れられることはなかった。おいしいのに。
おいしいのに受け入れられないこの子と、ぷりちーで可愛いのに追い出される私は、似通っているのかもしれない。
しかし、どうしよう。知り合いはもういないし、お金もない。あるのはこのキノコとレミィからもらった日傘だけ。
残すは……
「アリスと魔理沙、か」
出来る事なら、あの二人には頼りたくない。何故なら、私達は魔法使いだ。あの脳筋僧侶と違って、研究熱心な魔法使いなのだ。
魔法使いは研究過程を同じ魔法使いに見られることを極端に避ける。だから、同種が来る時は大概それを隠しているものだ。あの魔理沙だって、私の研究室には侵入しない。
だから、魔法使いのマナーとして電撃訪問は避けるべきだろう。
かと言って、他に知り合いがいるわけでもない。準コミュ障な身としては、見ず知らずの者に泊めてなんて口が裂けても言えない。
「これは野宿、かしら」
野宿、ああ野宿、最悪だ。そんな事生涯生まれ以って一度たりとも経験した事がない。
最悪だ。野宿なんて、あれ、最悪。低俗な魔女がやる事よ。私みたいな高貴な魔女には似合わない。
なのに――
「うぅ……」
情けなくて涙が出てきた。もうダメだ。私死ぬんだわ。このまま死んじゃうんだわ。
なんか、あれ、邪な妖怪に捕まって、なんか、あれな感じ、あんな事やこんな事されて、なんか、あれ、なんかなっちゃうの。
うぇ…、さらに涙が零れそうになった時、私の手から虹色のキノコが代わりに零れ落ちた。
「あっ、待って!」
私は慌てて拾い上げる。あと少しで、人に踏まれるところだった。
危なかった……。
今度は落とさないように虹色のキノコを大事に持つ。夕日に照らされたそれは、何故か輝いて見えた。
『お嬢さん、泣いてたって、事は進展しやせんぜ』
キノコのそんな声が、聞こえた気がした。
「……そう、そうよね」
袖で目元を拭う。
そうだ。私には涙なんか流している暇なんかない。ないんだ。宿を探さなくちゃ。そして明日を生きるんだ!
私は勢いよく立ち上がって、取り敢えず宿でも探そうと前を向いた。
そして歩き出そうとした私は――後ろから声をかけられた。
「あら、パチュリー?」
振り返る。するとそこには
「げ」
アリスが立っていた。
こんな惨めな状況で会いたくない奴の筆頭だ。先程挙げた理由もあるし、私自身、この才女にライバル意識を持っている。
魔法の才に優れていて、器用、気が利く、美人。私のお株を奪いに来たような奴だ。
私のそんな内心なんて知る由もないアリスは、小首を傾げた。
「パチュリーどうしたの? そんなボロボロで」
「……いや、その」
口の中で、もにょもにょと言葉を転がす。
路頭に迷ってるなんて言いたくない。けれど、何と言えばいいのか……。
プライドが邪魔して素直に言い出せない。何とか言い訳をしようにも、良い言葉が浮かばない。
そんな私を見て困った顔をしていたアリスだったが、何かを悟ったのか、買い物籠の中身を私に見せて言った。
「取り敢えず、ウチ来る? 今日はシチューだけど」
「……」
取り敢えず、アリスが女神に見えた。
アリス邸に着くと、まずアリスは紅茶を淹れてくれた。流石、分かってる。緑茶や珈琲を出してきた他種族の奴らとは訳が違う。
そして、紅茶を頂いて一息吐いた私は、今日あった出来事をつらつらと話した。
紅魔館がマスパで破壊されたこと、霊夢や幽香にボコられたこと、頼った人物に悉く追い出されたこと。全て真実を話した。
私の話を聞いたアリスは同情するように頷いた。
「……なるほど、大変だったのね。分かったわ。しばらくの間ならここに住んでもいいわよ」
「ありがとう」
アリスの言葉を聞いて、ほっと息を吐く。
居候させて、なんて無駄にプライドが高い自分では言い出せなかったろう。向こうから言ってくれて、本当に助かった。
安堵の心持ちで紅茶を口に含む。仄かな香りと爽やかな味が口に広がる。あぁ、おいし。
すると、何か疑問に思ったのか、アリスが怪訝な表情を浮かべた。
「ところで、どうして貴女は行く処行く処追い出されたのかしら。そこまで邪険にされる貴女ではないと思うのだけれども」
何か原因があるんじゃないの?
懐疑の眼差しをこちらに向けるアリス。私はかぶりを振った。
「分からない。一体どうして……」
やはり嫌われているのだろうか。他人の評価なんて気にしない私だけど、ここまであからさまだと流石に気落ちする。
そんな落ち込む私を見て、アリスは慌てたように話題を変えた。
「あ、えっと、そう、もう夕飯にしましょう? 私が作るから、パチュリーは今のうちにお風呂に入ってきて」
「……そうね」
気を利かせてくれたらしい。良い人ね、アリスは。
私もまだまだ未熟。溜息を吐いた私は、手に持った虹のキノコを食べようとして――
「す、ストップ!」
アリスに止められる。
「どうしたの?」
首を傾げると、アリスは手元のキノコを見ながら言った。
「いや、なんか凄く嫌な予感が……。それ、何?」
「……!」
アリスの言葉を聞いた私に電流が走った。
ま、まさか、興味を持ってくれたの?
……や、やはり持つべきものは魔法使いね!
やっと共感者を得られそうだと興奮した私は、このキノコの説明を始めた。
口に含んだ瞬間に広がる深い味わい、全てを蕩けさせる様なコク、思わず湧き出る活力。
私はこのキノコがどれほど素晴らしいのか力説した。それらの説明を聞いたアリスは、肩の力を抜いた。
「……そう、美味しいのね」
「そう!」
やっとの理解者の登場に私は大興奮。
それにね! と付け加えるように私は言った。
「これね! 食べると口からマスパが出るのよ!」
それを聞いてアリスが固まった。
「……は?」
みっともなく口を開けるアリス。
「え、今なんて?」
「だから、これを食べると口からマスパが出るのよ! ……ごほっごほっ」
「……」
口をぽかんと開けたままアリスは停止する。
「アリス、口」
「あ、ごめん」
口元に手をやるアリス。
どうしたのだろう。彼女らしくない。
アリスらしからぬ態度に疑問を持った私は、ハッと思い至った。
も、もしかして、食べてみたいの?
私は期待を持ってアリスに話しかけた。
「あ、アリスも食べてみる?」
「いや、遠慮しとくわ」
「そ、そう……」
やっぱり駄目か。アリスなら分かってくれると思ったのに。
溜息を吐いた私は、手に持った虹のキノコを食べようとして――
「す、ストップ!」
再びアリスに止められる。
「どうしたの?」
首を傾げると、何故か冷や汗を垂らしながらアリスは言った。
「いや、貴女それ食べるとどうなるって言ってた?」
「口からマスパが出るけど?」
「出るけど? って……」
肩を落とすアリス。一体どうしたのだろう。
そういう事か、アリスは一人納得したように頷いた。
何がそういう事なのだろう。それを尋ねようとすると、アリスが遮った。
「とにかく、それを食べては駄目よ」
「え、どうして」
「いいから」
有無を言わせぬアリスの態度に、思わず頷いてしまう。
私が頷いたのを見て、アリスは顔を和らげた。
「じゃあ、貴女はお風呂に入ってきて頂戴。もうお湯入っているだろうから」
「あ、うん」
アリスに背中を押されて、私はお風呂場へ向かった。
お風呂から上がると、シチューの良い匂いが漂ってきた。あぁ、やばい。良い匂い。
私は早足でリビングに向かった。リビングに着くと人形たちが皿などを持って、お夕飯の準備をしていた。
肝心のアリスはキッチンに立っており、シチューに手をかけているようだ。
私に気付いたアリスは鍋に手をやりながら言った。
「あ~、もうすぐ出来るから適当に座ってて」
「わかった」
人形が椅子を引いてくれる。私はウキウキ気分で椅子に座った。しかし、勿論それは表には出さない。私はクールな魔女なのだ。
椅子に腰を下ろす。少し手持無沙汰になった私は魔法書を出そうした。すると、インターホンが鳴る。
そして、外から聞き覚えのある声が。
「すみませーん! 文々。新聞でーす!」
げ、文だ。
紅魔館を追い出されて各地を放浪なんて、奴には格好の餌。私はアリスに目配せをした。
それを受けたアリスは溜息を吐いて、頷いた。
「わかったわ。じゃあ、貴女は火を見てて」
「任せて」
アリスと入れ替わりにキッチンへ入る。見たことのない調理器具がちらほら。
リビングを出て行くアリスを見送って、鍋に視線を向ける。
目の前にはぐつぐつことこと言っているシチュー。実においしそう。
そこで、私はある事を疑問に思った。
はて、火を見るとは、具体的にはどうすればいいのだろうか。
「……」
アリスは火を見てくれと言った。
しかし、果たして本当にただ火を見ているだけでいいのだろうか。
その言葉に、何か裏の意味が隠されているのではないのだろうか。
日本語とは、曖昧だ。そして実に難解だ。その言葉の裏の意味を捉えなければならない。
例えば、「鉛筆持ってる?」という言葉。これは「貴方は鉛筆を持っていますか?」という意味と共に、「鉛筆を持っているのなら貸してはくれませんか?」という裏の意味まで孕んでいる。
他にも、「君可愛いね」と話しかけられたとする。これには「貴方の顔は整っていて、実に愛らしい」という意味と、暗に「今からお茶しようぜベイビー」なんて伝えているのだ!
このように、日本語を正面から捉えるだけでは、その真意を掴むには至らない。
『火を見てて』
「……」
日本語とは難解で、実に曖昧である。その言葉の本意を把握しなければならない。
だがしかし、全く取っ掛かりがないというわけではない。裏の意味とは言っても、表の言葉と関連性があるはずなのだ。
先程の例でいうと「鉛筆持ってる?」この言葉の真意を捉えるには、これを言わなければならない相手の事を考えればいい。
鉛筆を持っていないからこそのこの言葉であり、また遠回しを美徳とするよくわからない日本語の性質を考えれば、ストレートに「貸して」と言わずに、「持ってる?」と聞いてきたのだと推測できる。
そんな風に、アリスの『火を見てて』にも何か別の本意があるに違いない。
私は聡明な魔女。この言葉を読み解いて見せよう!
「……」
私は高速で頭を巡らせる。
火を見る。これの関連性……。
「鍋、シチュー……か?」
この火は鍋に掛かっている。そしてこの鍋の中にはシチューが入っている。
つまり、アリスはこのシチューを見ていてくれと頼んだのだろうか。
「……いや」
安直すぎる。そんな訳がないだろう。
火、鍋、シチュー。一体、これらからどう連想していけば……。
「ッ!」
そこで、はたと思い至った。
『とにかく、それを食べては駄目よ』
それは、私がキノコを食べようとした際にアリスが放った言葉。
これだ!
キノコを食べるのを阻止したアリス。そして、先程の『火を見てて』という言葉。その真意!
つまりアリスは、このキノコをシチューに入れろと言っていたのだ!
「よ、よし!」
アリスの言葉を読み解いた私は思わずガッツポーズ。
そして私はポケットからキノコを取り出した。
「今まで、ありがとう」
私はここまで導いてくれたキノコに感謝の言葉を添え、シチューの中に落とした。
ぽとん、と音を立ててシチューの中に沈んでいくキノコ。私はおたまを持って、静かにシチューをかき混ぜる。
そこで、私は耳をそばだてた。文は帰っただろうか。
「――さんが――――なんですよ」
「――――そう――――を当たって」
どうやら話が長引いているらしい。
もしかしたら、私の話が出回っているのだろうか。色々なところを回ったし、天狗が嗅ぎつけても不思議ではない。
そうなると、アリスにどうにかしてもらうしかない。
私にはどうにもできない。ぐるぐると、おいしそうなシチューをかき混ぜていく。
「……」
ちょっとそこで、魔が差したというか。何というか。味見を、してみたくなった。
だって、こんなにおいしそうなシチュー。それにあのキノコが入ったのだ。一体どれほどの味が望めるのだろうか。
ごくりと喉を鳴らす。
ちら、と玄関に繋がるドアを見る。
ちょっとなら、ちょっとだけならバレないよね……?
小さなお皿を手に取って、少し、シチューを注ぐ。そして、それを口元に持っていく。
「……ゴク」
私は目を瞑って、それを一気に煽った。
瞬間、私はカッと目を見開いた!
「う、うまいぞぉぉぉぉッ!」
私の口から発せられた、虹色に煌めくマスタースパークはアリス宅のキッチンを吹き飛ばした。
マスパが通った跡には塵も残らない。
「……」
口からマスパを発射した後、私は呆然と立ち尽くしていた。何とも言いえぬ余韻、それに浸っていた。
……おいしい。とてもおいしかった。
あのキノコに含まれていた味わい、コク、それらが見事にシチューの旨味と混じり合い、まるで天上に昇ってしまうかと思えるような気分であった。
そう、あのキノコは生でも十分においしかった。それが調理されると、こうも昇華されるのか。
元の食材がおいしければ、それを上手く使った料理も自然とおいしくなっていくというもの。私は、それを実感した。
そう、つまり、蛙の子は蛙だったのだ!
「ちょ、パチュリー!? 一体どうしたの!?」
私が料理の真理を解明すると同時、アリスが慌てたように駆け込んできた。そしてアリスはキッチンの惨状に言葉を失った。後ろで文がニヤニヤしながら写真撮影を始めた。
しばらく呆然自失していたアリスだったが、ハッと我に返って私に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと! パチュリー! どういうこと!?」
アリスは吹き飛んだキッチンを指差しながら言う。
私はそんなアリスに先程の出来事を事細かに説明した。
日本語がどれだけ遠回りで奥深いのか、キノコの味わいがシチューとのコラボでやばい、料理の真理は食材にあること。
私はそれらを述べた後に、この言葉で締め括った。
「つまりわねアリス。鳶から鷹は生まれないのよ!」
あれ、少し結論が変わってしまった。まぁ、良いだろう。料理は奥深いのだ。
私の言葉を聞いたアリスは私の肩に手を置いた。
そして、一言。
「よし、お前帰れ」
「えっ」
そして私は家なき子となった。
普段から盗人猛々しい行為を繰り返している魔理沙だけれども、まぁ、客人としてなら拒む必要もないだろう。
私はいつものように“歓迎”することはなかった。
――しかし、今思えばこれが全ての発端だったのだ。
「なぁパチュリー! 見てくれよ!」
「何よ……」
魔理沙は私の元にやって来るなり、キノコを取り出した。それは虹色で、とても気持ち悪い。勿論見たこともない。
「これ、食べてみて。生で」
「はぁ? 嫌よ」
どうしてこんなものを口にしなければいけないの。しかも生で。
私は断った。当たり前だ。
しかし、魔理沙は食い下がる。
「なぁ! 頼むって! これすごいんだ! ほんと! な? 一回食べてみて! お願い!」
魔理沙は手を合わせて頭を下げた。
う……困ったな。
私はそうやって真っ直ぐ頼み事をされると、なかなか断れないのだ。人とあまり接していないからだろうか。面と向かって強く頼まれると、上手く断れない。
「……わかったわよ」
「え、ほんと!?」
「一口だけだからね」
「マジか!」
魔理沙は嬉々として私にキノコを渡す。
受け取ったキノコをまじまじと見つめる。本当に、気持ち悪い。
私はキノコを視界に入れないように目を瞑って、一口だけ齧った。
瞬間、私はカッと目を見開いた。
「う、うまいぞぉぉぉぉぉっ!」
私の口から叫び声と共に放出されたマスタースパークは、紅魔館の一角を破壊した。
『口からマスパ』
「……で、どういう事かしら?」
図書館の中だというのに日傘を差しているレミィは、腕を組んでイライラしたように口を開いた。
「だから言ってるじゃない。口からマスパが出たのよ」
「なんでそうなったのかって聞いてんのよ私は!」
さらに機嫌を悪くしたレミィは日傘を床に叩きつけようとして、やめた。
何故なら、日が差しているからだ。この図書館に。
私の口から放出されたマスタースパークは、図書館の天井を突き破り、地上の紅魔館を破壊して大穴を開けていった。
そのせいで私は、現在もさんさんと輝く太陽に照らされ続けている。お昼時で天気もいい。結構な光量だ。虚弱体質な私は息も絶え絶え。
「そんなに怒らないでレミィ、私疲れてるの。知ってるでしょう? 私太陽に当たると気分が悪くなるの」
「私は太陽に当たると死ぬんだよ!」
怒鳴りながらも、レミィは紅色の日傘を私に渡した。用意してたの。やっぱりなんだかんだ言って良い奴だ。
このツンデレめ、そう言うとレミィは溜息を吐いた。
「あのねパチェ、私死にかけたのよ? 閃光が奔ったかと思うと目の前に太陽よ? わかる? この恐怖」
「感動の対面じゃないレミィ。普段相容れない二人が向かい合う。ロマンチックね」
ぐぬぬ……、レミィは何故か歯痒そう。
それにね! とその包帯が巻かれた腕を私に見せつけながらレミィは続けた。
「太陽光を直に浴びた私は全身大火傷! 見ろよこの身体! 死ぬかと思ったわ!」
レミィは身振り手振りでその時の状況を必死に私へ伝えようとする。可愛い。
しかしなるほど、全身に包帯巻いているのはそのせいか。新しい何かに目覚めたのかと思ったわ。
「良かったじゃないの。貴女これでまた一歩強くなったわね。さらなる高みへ近づくには死を間近に感じる必要があるわ」
「あんた反省の色が見えないわね……。ほら! 図書館だってこんなに酷い! あんた自分の図書館とか言ってるけど本当は私のなんだからね!?」
レミィはそう言って倒れている本棚たちを指さした。
私のマスタースパークによって大きく振動した図書館。この本棚たちはそれに耐えられずに倒れた。しかも、密集していたのが悪かったのだろう。ドミノ倒しの様に次々と倒れていってしまったのだ。
でも、これはあれじゃないだろうか。耐震をしっかり施していなかったレミィが悪いのではないだろうか。うん、そうに違いない。
「魔理沙! あんたも笑ってないでなんとか言いなさいよ!」
どうせあんたも一枚噛んでるんでしょう!? レミィの怒りの矛先は先程から爆笑している魔理沙に向けられた。
「くふ、くふふ、いやだって、普段無口なパチュリーが『うまいぞー!』って……! ぐふ……あはははははは!」
「おい、殺せ」
レミィは美鈴に命令したが、彼女は苦笑いのみで済ませた。
「まぁまぁお嬢様、落ち着いて。今は紅魔館の再建、それに専念しましょう」
流石は美鈴、冷静だ。
今回だって一番初めにここに駆け付けてくれたのは美鈴なのだ。
美鈴の柔和な笑顔を見て、レミィは矛を収めた。そして、大きな溜息を一つ。
「……それも、そうね。おいパチェ、もう余計な事はしないように。いいわね?」
「分かってるわよ」
レミィは釘を差して、踵を返した。美鈴や咲夜を引き連れて帰っていく。
その際にレミィは一度だけ、ちらとこちらを確認した。
んもう、心配性ね。
溜息を吐く。
気分的に小腹が空いた私は、手に持った虹色のキノコを一口齧った。
「う、うまいぞぉぉぉぉぉぉっ!」
私の口から放出されたマスタースパークは、紅魔館に二つ目の大穴を残した。
「れいむー! いるかしらー! ……ごほっごほっ」
あの後何故か紅魔館を追い出されてしまった私は、泊まる場所を求めて博麗神社を訪れていた。
魔理沙は一頻り笑った後帰っていったし、小悪魔は労働力として取り上げられてしまった。なので、一人だ。寂しい。
大体、一体どうして私が追い出されなければならないのか。解せない。
「あらパチュリー。珍しいわね」
機嫌が良いのか、霊夢はいつもの憎まれ口を叩かずに私を招きあげた。
居間にあがると、そこには霊夢だけでなく八雲紫も座っていた。仲良く一緒にお煎餅を食べている。
「パッチィさんチーッス」
「……こ、こんにちは」
何かよく分からない挨拶をされた。返答に困ったので、当たり障りのない返事を返しておく。
つまんないわねー、紫は口を尖らせた。知るか。
紫をスルーして腰を下ろす。すると、霊夢が私の分のお茶を淹れてくれた。
緑茶か。私はできれば紅茶が良いのだけれど……。
「それにしても、パチュリーが来るなんて珍しいわね」
よもや追い出されたのかしら、霊夢はズ…とお茶を啜る。
ちくしょう、様になってるわねこの大和撫子め。私なんか本読みながら紅茶飲んでたら御婆ちゃんみたいって言われたのに。
「ご名答。紅魔館再建の間出てけって」
「ふうん、何があったのかしら」
「マスパでね、紅魔館の一部が吹っ飛んじゃったの」
「あぁ……」
魔理沙も人騒がせね、霊夢は溜息を吐いた。
「本当に」
私も溜息を吐いてから、お煎餅に手を付ける。
「あら……これ、おいしいわね」
「わかる?」
紫が嬉しそうに言った。聞くに、紫が最近ハマっているお煎餅らしい。近頃人里に専門のお店が出来たのだとか。
「えぇ、お茶請けに良いわね。でも、それならもっと良いものがあるわ」
私はポケットからキノコを取り出した。魔理沙からもらった、あの虹色のキノコだ。とてもおいしい。
しかし、その外見の悪さのせいか二人は怪訝な顔をした。
「何それキモい」
「えぇ霊夢、キモいわね」
二人は一斉にこのキノコを批判する。まるであの時の私のようだ。
こうなると、魔理沙の気持ちが分かってくる。自分が良いと思っているものは皆と共有したい。
「ねぇ、食べてみない?」
『嫌よ』
「そ、そう……」
二人同時に断られて、返す言葉が無くなってしまう。
人とあまり接していないからだろうか。私は真っ向から否定されると、何も言えなくなってしまう。魔法関連なら話は別なのだけど……。
「で、でもね? これ」
『絶対に嫌』
「あぅ……」
これ以上はメンタル的に不可能だ。豆腐メンタルなんだもん。しょうがないじゃない。
残念だわ。こんなにもおいしいのに。
私は溜息を吐いて、一口キノコを齧った。
「う、うまいぞぉぉぉぉぉぉっ!」
私の叫び声と共に放たれたマスタースパークは、博麗神社を吹き飛ばした。
「解せない、解せないわ」
どうしてこんな事に……。
あの後霊夢にボコボコにされた私はふらふらと幻想郷の上空を漂っていた。全く、あの巫女は加減というものを知らない。
閉じた日傘を手に持って飛行する。今度の目的地は河童のにとりの家。前にロケットを作った際に知り合った。そこまで親しくはない。
「あれ……だったかしら」
川の辺にある一軒家。確かあそこだった気がする。私はゆっくりと高度を下げていった。
さて、なんて言おう。果たして急に泊めてと言っていいものか。周りの者は知らないかもしれないが、私はあまり交友関係が広くない。慎重に行かなくては。
呼び鈴を鳴らすと、そこまで時間をかける事もなくにとりが現れた。
「あれ、パチュリー? 久しぶりじゃない」
「あの……」
「あり、何か積もる話かい? んならあがってよ。ほら」
それだけ言ってにとりは奥へ引っ込んでしまった。
なんて良い奴。急に知り合いが訪れても、私はこんなにフレンドリーに接することはできないだろう。見習わなくては。
意外にも掃除が行き届いた綺麗なリビングに着くと、にとりは珈琲を淹れていた。
「コーヒーは飲めるかい?」
「えぇ、大丈夫」
「そりゃ良かった」
私はできれば紅茶が良いのだけれど……。
テーブルに腰を下ろすと、にとりがカップを置いてくれる。カップにはデフォルメされた河童の絵が描いてある。可愛い。
「んで、どうしてウチに?」
「え……と」
なんて言おう。人とあまり接していないからだろう。魔法式の組み立ては得意だけれども、会話の組み立ては苦手なのだ。
「紅魔館が壊れちゃったの」
「あら、またどうして」
「マスパでね。一発よ」
いや、二発だったか。
「あれま。魔理沙もやんちゃねぇ……」
にとりは呆れたような顔をして、やれやれと溜息を吐いた。
もしかして、にとりも何か魔理沙の被害にあっているのだろうか。それを尋ねると、にとりは苦笑いした。
「発明品がね、持ってかれてるの。困ったもんだよ」
「私は魔道書よ」
「知ってるよ。有名だもんね」
「そうなの」
「そうよ」
意外な共通点。二人して少し笑った。
もしかしたら、この娘とは気が合うかもしれない。人付き合いが苦手な私でも話していて違和感がないし、共通点もある。
私はちょっとした期待を乗せて、虹色のキノコを取り出した。
「ありゃ、なんだいそりゃあ」
「これね、おいしいの。食べてみない?」
「いや、やめておくよ」
「そう……」
にとりは苦笑いしている。何とか不快な表情を見せないように努めているようだ。
やはりダメだったか。キノコに視線を落とす。
おいしいのに、どうしてあなたの魅力は皆に伝わらないのかしら。
私は陰鬱な気分と一緒に、キノコを一口齧って飲み込んだ。
「う、うまいぞぉぉぉぉぉっ!」
私の口から放出されたマスタースパークは、にとりの家を破壊した。
* * *
にとりの家をも追い出された私は、人里にいた。どこぞの通りを一人とぼとぼ歩いている。
「……グス」
にとりだけじゃない。にとりに追い出された後も、私は残り少ない友人達を頼って幻想郷を飛び回ったんだ。花使いに脳筋僧侶、邪仙に月人――。
だけど、ダメだった。最初は快く家に上げてくれるのに、いざとなっては追い払われてしまう。
時にはボコられもした。みんな酷い。悪魔だ。
「……はぁ」
思わず溜息が漏れてしまう。
どうして行くところ行くところ追い出されてしまうのだろう。もしかして、私は嫌われているのだろうか……。
「貴方と一緒ね、私は」
あと一口分だけ残すのみとなった虹色のキノコを夕日にかざす。この子も誰にも受け入れられることはなかった。おいしいのに。
おいしいのに受け入れられないこの子と、ぷりちーで可愛いのに追い出される私は、似通っているのかもしれない。
しかし、どうしよう。知り合いはもういないし、お金もない。あるのはこのキノコとレミィからもらった日傘だけ。
残すは……
「アリスと魔理沙、か」
出来る事なら、あの二人には頼りたくない。何故なら、私達は魔法使いだ。あの脳筋僧侶と違って、研究熱心な魔法使いなのだ。
魔法使いは研究過程を同じ魔法使いに見られることを極端に避ける。だから、同種が来る時は大概それを隠しているものだ。あの魔理沙だって、私の研究室には侵入しない。
だから、魔法使いのマナーとして電撃訪問は避けるべきだろう。
かと言って、他に知り合いがいるわけでもない。準コミュ障な身としては、見ず知らずの者に泊めてなんて口が裂けても言えない。
「これは野宿、かしら」
野宿、ああ野宿、最悪だ。そんな事生涯生まれ以って一度たりとも経験した事がない。
最悪だ。野宿なんて、あれ、最悪。低俗な魔女がやる事よ。私みたいな高貴な魔女には似合わない。
なのに――
「うぅ……」
情けなくて涙が出てきた。もうダメだ。私死ぬんだわ。このまま死んじゃうんだわ。
なんか、あれ、邪な妖怪に捕まって、なんか、あれな感じ、あんな事やこんな事されて、なんか、あれ、なんかなっちゃうの。
うぇ…、さらに涙が零れそうになった時、私の手から虹色のキノコが代わりに零れ落ちた。
「あっ、待って!」
私は慌てて拾い上げる。あと少しで、人に踏まれるところだった。
危なかった……。
今度は落とさないように虹色のキノコを大事に持つ。夕日に照らされたそれは、何故か輝いて見えた。
『お嬢さん、泣いてたって、事は進展しやせんぜ』
キノコのそんな声が、聞こえた気がした。
「……そう、そうよね」
袖で目元を拭う。
そうだ。私には涙なんか流している暇なんかない。ないんだ。宿を探さなくちゃ。そして明日を生きるんだ!
私は勢いよく立ち上がって、取り敢えず宿でも探そうと前を向いた。
そして歩き出そうとした私は――後ろから声をかけられた。
「あら、パチュリー?」
振り返る。するとそこには
「げ」
アリスが立っていた。
こんな惨めな状況で会いたくない奴の筆頭だ。先程挙げた理由もあるし、私自身、この才女にライバル意識を持っている。
魔法の才に優れていて、器用、気が利く、美人。私のお株を奪いに来たような奴だ。
私のそんな内心なんて知る由もないアリスは、小首を傾げた。
「パチュリーどうしたの? そんなボロボロで」
「……いや、その」
口の中で、もにょもにょと言葉を転がす。
路頭に迷ってるなんて言いたくない。けれど、何と言えばいいのか……。
プライドが邪魔して素直に言い出せない。何とか言い訳をしようにも、良い言葉が浮かばない。
そんな私を見て困った顔をしていたアリスだったが、何かを悟ったのか、買い物籠の中身を私に見せて言った。
「取り敢えず、ウチ来る? 今日はシチューだけど」
「……」
取り敢えず、アリスが女神に見えた。
アリス邸に着くと、まずアリスは紅茶を淹れてくれた。流石、分かってる。緑茶や珈琲を出してきた他種族の奴らとは訳が違う。
そして、紅茶を頂いて一息吐いた私は、今日あった出来事をつらつらと話した。
紅魔館がマスパで破壊されたこと、霊夢や幽香にボコられたこと、頼った人物に悉く追い出されたこと。全て真実を話した。
私の話を聞いたアリスは同情するように頷いた。
「……なるほど、大変だったのね。分かったわ。しばらくの間ならここに住んでもいいわよ」
「ありがとう」
アリスの言葉を聞いて、ほっと息を吐く。
居候させて、なんて無駄にプライドが高い自分では言い出せなかったろう。向こうから言ってくれて、本当に助かった。
安堵の心持ちで紅茶を口に含む。仄かな香りと爽やかな味が口に広がる。あぁ、おいし。
すると、何か疑問に思ったのか、アリスが怪訝な表情を浮かべた。
「ところで、どうして貴女は行く処行く処追い出されたのかしら。そこまで邪険にされる貴女ではないと思うのだけれども」
何か原因があるんじゃないの?
懐疑の眼差しをこちらに向けるアリス。私はかぶりを振った。
「分からない。一体どうして……」
やはり嫌われているのだろうか。他人の評価なんて気にしない私だけど、ここまであからさまだと流石に気落ちする。
そんな落ち込む私を見て、アリスは慌てたように話題を変えた。
「あ、えっと、そう、もう夕飯にしましょう? 私が作るから、パチュリーは今のうちにお風呂に入ってきて」
「……そうね」
気を利かせてくれたらしい。良い人ね、アリスは。
私もまだまだ未熟。溜息を吐いた私は、手に持った虹のキノコを食べようとして――
「す、ストップ!」
アリスに止められる。
「どうしたの?」
首を傾げると、アリスは手元のキノコを見ながら言った。
「いや、なんか凄く嫌な予感が……。それ、何?」
「……!」
アリスの言葉を聞いた私に電流が走った。
ま、まさか、興味を持ってくれたの?
……や、やはり持つべきものは魔法使いね!
やっと共感者を得られそうだと興奮した私は、このキノコの説明を始めた。
口に含んだ瞬間に広がる深い味わい、全てを蕩けさせる様なコク、思わず湧き出る活力。
私はこのキノコがどれほど素晴らしいのか力説した。それらの説明を聞いたアリスは、肩の力を抜いた。
「……そう、美味しいのね」
「そう!」
やっとの理解者の登場に私は大興奮。
それにね! と付け加えるように私は言った。
「これね! 食べると口からマスパが出るのよ!」
それを聞いてアリスが固まった。
「……は?」
みっともなく口を開けるアリス。
「え、今なんて?」
「だから、これを食べると口からマスパが出るのよ! ……ごほっごほっ」
「……」
口をぽかんと開けたままアリスは停止する。
「アリス、口」
「あ、ごめん」
口元に手をやるアリス。
どうしたのだろう。彼女らしくない。
アリスらしからぬ態度に疑問を持った私は、ハッと思い至った。
も、もしかして、食べてみたいの?
私は期待を持ってアリスに話しかけた。
「あ、アリスも食べてみる?」
「いや、遠慮しとくわ」
「そ、そう……」
やっぱり駄目か。アリスなら分かってくれると思ったのに。
溜息を吐いた私は、手に持った虹のキノコを食べようとして――
「す、ストップ!」
再びアリスに止められる。
「どうしたの?」
首を傾げると、何故か冷や汗を垂らしながらアリスは言った。
「いや、貴女それ食べるとどうなるって言ってた?」
「口からマスパが出るけど?」
「出るけど? って……」
肩を落とすアリス。一体どうしたのだろう。
そういう事か、アリスは一人納得したように頷いた。
何がそういう事なのだろう。それを尋ねようとすると、アリスが遮った。
「とにかく、それを食べては駄目よ」
「え、どうして」
「いいから」
有無を言わせぬアリスの態度に、思わず頷いてしまう。
私が頷いたのを見て、アリスは顔を和らげた。
「じゃあ、貴女はお風呂に入ってきて頂戴。もうお湯入っているだろうから」
「あ、うん」
アリスに背中を押されて、私はお風呂場へ向かった。
お風呂から上がると、シチューの良い匂いが漂ってきた。あぁ、やばい。良い匂い。
私は早足でリビングに向かった。リビングに着くと人形たちが皿などを持って、お夕飯の準備をしていた。
肝心のアリスはキッチンに立っており、シチューに手をかけているようだ。
私に気付いたアリスは鍋に手をやりながら言った。
「あ~、もうすぐ出来るから適当に座ってて」
「わかった」
人形が椅子を引いてくれる。私はウキウキ気分で椅子に座った。しかし、勿論それは表には出さない。私はクールな魔女なのだ。
椅子に腰を下ろす。少し手持無沙汰になった私は魔法書を出そうした。すると、インターホンが鳴る。
そして、外から聞き覚えのある声が。
「すみませーん! 文々。新聞でーす!」
げ、文だ。
紅魔館を追い出されて各地を放浪なんて、奴には格好の餌。私はアリスに目配せをした。
それを受けたアリスは溜息を吐いて、頷いた。
「わかったわ。じゃあ、貴女は火を見てて」
「任せて」
アリスと入れ替わりにキッチンへ入る。見たことのない調理器具がちらほら。
リビングを出て行くアリスを見送って、鍋に視線を向ける。
目の前にはぐつぐつことこと言っているシチュー。実においしそう。
そこで、私はある事を疑問に思った。
はて、火を見るとは、具体的にはどうすればいいのだろうか。
「……」
アリスは火を見てくれと言った。
しかし、果たして本当にただ火を見ているだけでいいのだろうか。
その言葉に、何か裏の意味が隠されているのではないのだろうか。
日本語とは、曖昧だ。そして実に難解だ。その言葉の裏の意味を捉えなければならない。
例えば、「鉛筆持ってる?」という言葉。これは「貴方は鉛筆を持っていますか?」という意味と共に、「鉛筆を持っているのなら貸してはくれませんか?」という裏の意味まで孕んでいる。
他にも、「君可愛いね」と話しかけられたとする。これには「貴方の顔は整っていて、実に愛らしい」という意味と、暗に「今からお茶しようぜベイビー」なんて伝えているのだ!
このように、日本語を正面から捉えるだけでは、その真意を掴むには至らない。
『火を見てて』
「……」
日本語とは難解で、実に曖昧である。その言葉の本意を把握しなければならない。
だがしかし、全く取っ掛かりがないというわけではない。裏の意味とは言っても、表の言葉と関連性があるはずなのだ。
先程の例でいうと「鉛筆持ってる?」この言葉の真意を捉えるには、これを言わなければならない相手の事を考えればいい。
鉛筆を持っていないからこそのこの言葉であり、また遠回しを美徳とするよくわからない日本語の性質を考えれば、ストレートに「貸して」と言わずに、「持ってる?」と聞いてきたのだと推測できる。
そんな風に、アリスの『火を見てて』にも何か別の本意があるに違いない。
私は聡明な魔女。この言葉を読み解いて見せよう!
「……」
私は高速で頭を巡らせる。
火を見る。これの関連性……。
「鍋、シチュー……か?」
この火は鍋に掛かっている。そしてこの鍋の中にはシチューが入っている。
つまり、アリスはこのシチューを見ていてくれと頼んだのだろうか。
「……いや」
安直すぎる。そんな訳がないだろう。
火、鍋、シチュー。一体、これらからどう連想していけば……。
「ッ!」
そこで、はたと思い至った。
『とにかく、それを食べては駄目よ』
それは、私がキノコを食べようとした際にアリスが放った言葉。
これだ!
キノコを食べるのを阻止したアリス。そして、先程の『火を見てて』という言葉。その真意!
つまりアリスは、このキノコをシチューに入れろと言っていたのだ!
「よ、よし!」
アリスの言葉を読み解いた私は思わずガッツポーズ。
そして私はポケットからキノコを取り出した。
「今まで、ありがとう」
私はここまで導いてくれたキノコに感謝の言葉を添え、シチューの中に落とした。
ぽとん、と音を立ててシチューの中に沈んでいくキノコ。私はおたまを持って、静かにシチューをかき混ぜる。
そこで、私は耳をそばだてた。文は帰っただろうか。
「――さんが――――なんですよ」
「――――そう――――を当たって」
どうやら話が長引いているらしい。
もしかしたら、私の話が出回っているのだろうか。色々なところを回ったし、天狗が嗅ぎつけても不思議ではない。
そうなると、アリスにどうにかしてもらうしかない。
私にはどうにもできない。ぐるぐると、おいしそうなシチューをかき混ぜていく。
「……」
ちょっとそこで、魔が差したというか。何というか。味見を、してみたくなった。
だって、こんなにおいしそうなシチュー。それにあのキノコが入ったのだ。一体どれほどの味が望めるのだろうか。
ごくりと喉を鳴らす。
ちら、と玄関に繋がるドアを見る。
ちょっとなら、ちょっとだけならバレないよね……?
小さなお皿を手に取って、少し、シチューを注ぐ。そして、それを口元に持っていく。
「……ゴク」
私は目を瞑って、それを一気に煽った。
瞬間、私はカッと目を見開いた!
「う、うまいぞぉぉぉぉッ!」
私の口から発せられた、虹色に煌めくマスタースパークはアリス宅のキッチンを吹き飛ばした。
マスパが通った跡には塵も残らない。
「……」
口からマスパを発射した後、私は呆然と立ち尽くしていた。何とも言いえぬ余韻、それに浸っていた。
……おいしい。とてもおいしかった。
あのキノコに含まれていた味わい、コク、それらが見事にシチューの旨味と混じり合い、まるで天上に昇ってしまうかと思えるような気分であった。
そう、あのキノコは生でも十分においしかった。それが調理されると、こうも昇華されるのか。
元の食材がおいしければ、それを上手く使った料理も自然とおいしくなっていくというもの。私は、それを実感した。
そう、つまり、蛙の子は蛙だったのだ!
「ちょ、パチュリー!? 一体どうしたの!?」
私が料理の真理を解明すると同時、アリスが慌てたように駆け込んできた。そしてアリスはキッチンの惨状に言葉を失った。後ろで文がニヤニヤしながら写真撮影を始めた。
しばらく呆然自失していたアリスだったが、ハッと我に返って私に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと! パチュリー! どういうこと!?」
アリスは吹き飛んだキッチンを指差しながら言う。
私はそんなアリスに先程の出来事を事細かに説明した。
日本語がどれだけ遠回りで奥深いのか、キノコの味わいがシチューとのコラボでやばい、料理の真理は食材にあること。
私はそれらを述べた後に、この言葉で締め括った。
「つまりわねアリス。鳶から鷹は生まれないのよ!」
あれ、少し結論が変わってしまった。まぁ、良いだろう。料理は奥深いのだ。
私の言葉を聞いたアリスは私の肩に手を置いた。
そして、一言。
「よし、お前帰れ」
「えっ」
そして私は家なき子となった。
ミニ八卦炉はマスパ放出時、「うまいぞー!」と鳴っている可能性も…w
天丼な展開を狙ったのですが、少ししつこ過ぎましたか……。
反省です。
>>ゆんゆんさん
その発想の方がありませんでしたw
八卦炉も毎度毎度うなっているんですね。
>>奇声を発する程度の能力さん
ありがとうございます!
発想勝負の小話なので、そう言って頂けて嬉しく思います。
でもこのネタはあのお方がマスパした後に起こすアクションがあってこそのネタだと思うんですよ。
パチュリーという病弱キャラだからこそ、うまいことそこを書いてほしかったかなあ
きっとそのギャップに大笑いしたに違いないw
なかなか、ですか……。
ならば、次はあなたをぎゃふんと言わせられるようなお話を書けるよう頑張ります!
>>10さん
言われてみれば確かに……。
うごご……。今更マスパ後のパチュリーのインスピレーションが浮かんできた……。
河童のマグカップほしい...
今回は最後の描写が冗長だった気がします。
頭脳明晰で完璧なパチュリーよりも、こういうパチェの方が可愛いと思うんです。
因みに河童のコップは人里にて購入することができます。
>>22さん
確かに、その通りですね。今回で実感しました。
お笑いの定番手法の天丼ですが、やはり使いこなすには相応の腕が必要なようです……。
次にこれ一本で挑戦する時はもっと腕を磨いてからにしようと思います。
パチュリーと各キャラの関係性も良かった!特にレミリアとアリスとのかけ合いがお気に入りです。
どうしてパチュリーほどの頭脳を持ったキャラが、犯した失敗から学習することなく
キノコを食べ続けていたんだろうと疑問に思ったりもしましたが、
それを差し引いてもとても楽しく読ませていただいたのでこの点数です!
ありがとうございます! 笑ってもらえて、嬉しく思います!
ついでに言うと、このパチュリー、マスパで家を破壊するという行為が失敗であるという意識を持っていないんですね。
だから何故追い出されるのかわからず、何度も同じことを繰り返してしまったんです。
もう少し元ネタに早く気付きたかった!
この頃、料理もののマンガをあまり見ない気がします。
自分は結構好きなんですけど、流行は過ぎてしまったのでしょうか……。
最後は力尽きた感があるので90点とさせて頂きます。
あーでも面白かった。こういう下らないの好きですよ。
自分、こういったくだらない笑いが大好きなので、面白い、そう言っていただけてうれしく思います。
最後の落としどころなど、未だ精進すべき点はいくつもあるので、これからもがんばっていきます!
うん、これがそそわ
ありがとうございます!
楽しんでいただけたようでなによりです!