注意:これは前作『霊夢と妹紅の妖怪退治講座~入門編~』では書かなかった戦闘場面の描写となります。
その為前作を読んでいないと分からないかも知れませんが、ご了承下さい。
それは既に弾幕ごっこにして弾幕ごっこに非ず。
スペルカードルールにしてスペルカードルールに非ず。
ただ、押し寄せる波の如き現象であった。
だが、有る者は言う。
あれこそ正にスペルカードルールであったと。
既に忘れ去られた戦いの姿である、古き弾幕遊びの姿であったとも言う。
それは押し寄せる妖怪達の波。
それは、妖怪の一体一体が弾幕を形成する命名決闘法制定以来始めての、超大規模な埒外の大弾幕であったとも有る者は後に語っていた。
これはその戦場の一部を切り取っただけの記録。
無数の者がそれに関わったが為に、それぞれがそれぞれの視点で見た記憶。
その一場面である。
◇
結界をメインにする術者はこうした集団での戦闘には不向きだと思われがちであるが、実際のところそうではない。
結界とは、一定の範囲を区切るための術式である。
その中に自分が入り敵から身を守るのか、敵を閉じ込め行動不能にするのかの違いはあるにせよ、限られた空間を司るものであることは事実だ。
故に。
「覇っ!!」
現在紅白の巫女がやっているように、自分のいる結界内に少数の敵を引き込み各個撃破をするというような使用方法もあるのだ。
「お~、それってそんな使い方も出来たんだな」
「まあね。私は魔理沙見たいな砲撃なんて出来ないから、自然とこうなるのよ」
そう答える間にも、更に第二第三第四の結界を展開し、その中に敵を分断していく。
噂が形を持ってしまったこの妖怪の群れは、一体一体の力は妖精に毛が生えた程度の力しか無いくせに、とにかくその数が多すぎた。
会戦の頃からその数を半減させたとは言え、それでも視界に入る光景は天地に比べて敵の割合があまりに多いことからも分かるだろう。
減ってはいるのに、それが全然実感できないというのが正直な感想だ。
せめてもの救いは、こいつらが連携も陣形も考えずにただ押し寄せて来るだけの、烏合の衆以下の知能しか持ち合わせてはいない点だろうか。
何も考えずにただ横に広がって押し寄せるその群れは、確かにその数もあって脅威の一言ではあるのだが、そうであるが故に実にあっさりとこちらの策に乗ってしまっている。
「魔理沙に霊夢、互いの実力を評価するのは構わんが、せめて『次』が終わってからにしてくれないかね」
「うぇ~、もうかよ」
「もうちょっと間を空けてよ。まだ『前』の討ち漏らしを仕留めきっていないんだから」
あからさまに嫌そうな態度の二人に、しかし命連寺の小さき知将は淡々と告げる。
「嫌なら別に構わないよ。だが、それで君達が群れのど真ん中に孤立してしまっても一切配慮せずに攻撃させてもらうよ」
眉一つ動かさずに言い放つその鼠の言葉に、『こいつならやる。やると言ったら、本当にやる』という確信染みた予感がしたので、即座に準備を整える。
それでも文句の一つも言いたくなるのが人情というものだろう。
何か気の聞いた皮肉でも言ってやろうとしたのだが、そんな暇は残っていなかった。
群れの周囲が一斉に光ったのを合図に、賢将が叫んだからだ。
「よし、群れが集まり始めたぞ。魔力を!」
「あ~も~分かったから近くで大声出すなよ」
鼠の言葉通りに、天地を覆うような形で広がっていた妖の群れは一箇所に集まって行く。
その様子は、まるで巨大なこよりの様に映った。
いや、まるでではなく、正に、と言うべきか。
彼女達から見て反時計回りに光が咲き乱れ、外側の妖怪達が中央に集まるように追いやられている様は、妖怪を使ったこよりと言う他に無いのだから。
そのこよりの先端に向けて魔法使いはミニ八卦炉を構え、そして唱える。
スペルカードでは無い、全力全壊の一撃の名を。
「いっっっっっけぇっ!『ファイナルスパーク』!!!」
その叫びと共に放たれた視界を覆わんばかりの魔力光の一撃が、天地を覆わんばかりの妖怪の群れに突き刺さり、その大部分を吹き飛ばす。
だが、その一撃を逃れたモノも少数ながらおり、それらは上下左右から魔法使いに向かって攻撃をしようと飛び掛ってきた。
大技を使った直後であるために動けない魔法使いの表情は、しかし不敵なまでに笑っていた。
なぜなら、既にそいつらは巫女の結界に捕らわれていたのだから。
「まったく、せめて同じ方向から来てくれれば楽なのに。余計な手間だわ、ホント」
そうぼやきながらも対魔符をそれぞれに叩き込み、妖怪達を退治していく。
「そうは言っても、この策には君達が一番適任なんだから我慢してくれたまえ」
「それくらい分かっているわよ。ただ、同じ事の繰り返しってのが面白くないだけ」
「同感だな。これじゃただの作業だ」
だが、それが同時に最も効果的で分かり易い策である事も確かなので、こうして今もせっせと続けているわけなのだが。
策と言ってもそんなに大層な物でもないが、我の強い面子が揃っている人里防衛に集まった有志達の力を最も効果的に使うには、この位単純な方がいいのだ。
すなわち、群れを外側から攻撃して中央部に集め、直線攻撃を得意とする者が一気に薙ぎ払うというやり方が。
後は取りこぼしを防ぐ役と、発射のタイミングを執る役が必要な位だ。
「それでも順調にここまで減らして来たんだ。最後まで気を抜かないでくれたまえ」
「それ位分かっているわよ。でもそれと面白くないと思うのは別でしょう」
不貞腐れたようにぼやく巫女に、隣の魔法使いも「うんうん」と頷いている。
この二人の手綱を取るのが何気に重労働だったりもするのだが、そんな事はおくびにも出さずに次の砲撃へのタイミングを計り始める。
「とにかく、また奴等を中心に集めるから準備を始めてくれたまえ」
「わかったよ。ったく、本当に人使いが荒いな」
「何なら追い込み役と交代するかい? 確か『私の魔砲は天を打ち抜く魔砲だぜっ!』と大口を叩いてここへ来たはずだが?」
嫌味ではなく、ただ淡々と事務的に告げるナズーリンの言葉に、
「そりゃそうだけどさ、それでもやっぱり同じことばっかりってのは……」
そう口に仕掛けた魔理沙の言葉が途中で止まった。
後ろにいたからだ。
いつの間にか瞬間移動してきた妖怪が。
死体になって。
「そうやって油断するからこうして無用の窮地に陥るんじゃないのか?」
塵となって消滅していく妖怪の残骸を片手で掴みながら、赤い瞳の少女が白い長髪をなびかせながら告げてくる。
「ああ、お陰で助かった。礼を言うよ、妹紅」
「悪いな、今のは確かに私の油断だった」
相変わらず淡々と言う鼠に、自分が原因だったと素直に認める魔法使いを見ながら、紅白の巫女は問いかける。
「で? 何で里の最終防衛ラインを担当しているアンタがここにいるのよ」
そう、彼女はこの戦線の一番後ろ、里への入り口を守っているはずなのだ。
「いやなに、どうも違和感を感じたんでそこの鼠に報告兼相談に来たんだよ」
「違和感、とはどういうことだい?」
「なんか、こいつら段々硬くなってきているように感じてね」
言って、妹紅は前方の群れに目をやり。
「さっきだってそうだ。さっきの大砲で吹っ飛ばした敵の中心部に残っている連中の割合が最初の頃より増えてきている」
「それは最初の頃より中心に集まる数が増えてるからじゃないのか?」
「かも知れないが、どうも嫌な予感がしてな」
「それは、勘というやつかね?」
「いや、戦の経験からだ。大体何かを仕掛けるときはこういう違和感が伝わるんだ」
魔法使いと智将に返しながら、更に敵を見やる。
「あながち間違っていないかも知れないわよ、その違和感」
巫女が肯定をする。
「霊夢までそんな事を言い出すって事は、本当に何かありそうだな」
巫女の直感を良く知っている白黒の魔法使いの言葉に対する返答は、妹紅の言葉を裏付けるものだったのだから。
「ええ。だって今までこっちに来ていた取りこぼしがいなくなっているんだもの」
言われて気付いたが、いつの間にか周囲が静かになっている。
無論、群れの方はまだ騒がしいが、それでも今まで小規模な集団が常に襲い掛かってきていたのに、こうしてちょっとした会議が出来るぐらいの余裕がある時点でおかしい。
言われるまで気付かないほうもどうかと思うのだが、それでもここまで連携できただけでも僥倖と言っていいだろう。
なにより、その答えはすぐに分かるのだから。
◇
思えばその声は最初から聞こえていた。
結界で封じた時、破魔札で打ち落としたとき、対魔針で串刺しにした時。
あの妖怪達は繰り返していたのだ。
『サトへ、サトヘ』
そう何度も。
元々この群れは、『里へ侵入する妖怪の大群』なのだから何もおかしくは無いのだが、それにしても聞いてて気分の良いものではない。
おまけに、魔理沙の魔砲で吹き飛ばされる度に声が大きくなっている気がする。
だが、大きくなっているのは声だけではなかった。
「なあ霊夢、あいつらくっついていってないか?」
魔法使いの言葉通り、吹き飛んだ妖怪達の欠片が消滅する前に近くの無事な固体に集まっていき、一回り以上巨大な固体となっていっている。
『サトヘ! サトへ!』
「ええ。でも、それだけじゃ終わらないみたいね」
よくよく見てみると、群れの中央部でも変化が起こっている。
今まではちらほらと見えていた隙間が、どんどん消えていっているのだ。
そして、それに伴い声も更に大きくなっていっている。
『サトヘ!! サトヘ!! サトへ!!』
その頃にはもう誰の目で見ても明らかだった。
「どうやら数で押しても駄目だと気付いて、文字通り『まとめて』一気に来るつもりらしいね」
「まぁ、確かに分散した力を一点に集めるのは基本みたいなもんだからな」
ナズーリンの言葉に頷く妹紅。
「だけど」
「ああ。やり方が雑すぎる」
「そうなのか? 見た目強そうになってるんだけど」
魔理沙の言う様に、それまで群れであった妖怪達は今や一匹の見上げんばかりの巨体になっている。
その上半身は黒い人影のような姿になり、下半身は四足の犬に似た姿。
見た目だけならば、明らかに今までどおりには行かない姿になっている。
いや、その姿にしたって決して虚仮脅しではない。
巨大な姿になった妖怪を押し留めようと、妖怪の山の風祝が起こした竜巻を大木のような両腕で無理やり左右にこじ開けている姿を見るに、力も相当上がっているようだ。
そう思うが早いか、四本の足が大地を蹴り一気にこちらへと近づいて来る。
巨体に見合わぬ速度で突進してくるそれに、しかし二人は慌てた様子も無く。
「だからだ。単にでかくて怪力を持っているだけでは御覧の通り……」
賢将の言葉に合わせるかのように、大量の札が全身に張り付き巨体の動きを鈍らせる。
「あっさりと結界の中に囚われてしまうだけだ」
「その結界を張ったのは私なんだけど?」
「もちろん、君を信頼しているからこそこうして落ち着いているんだがね」
「なら後でちゃんと形で表してよ。賽銭箱に」
軽口を叩き合っている目前で、ちょっとした谷なら一跨ぎに出来そうな巨大妖怪が尚も前進しようとしているのだが、ここにいる者はその程度の事で怯えはしない。
むしろ、いまだに叫んでいる声の方が気になった位だ。
『サトヘ!!! サトへ!!! サトへ!!!』
「……なぁ、何でこいつはこんなことやっているんだ?」
流石に気になったのか、魔理沙が霊夢に尋ねる。
もう勝負は決しているも同然なのに、こいつは結界のせいでもうまともに動かせない手を、少しでも里へと近付こうと伸ばしているのだ。
そんな事をしても、もう無駄なのに。
こうして群れの全てが『まとまって』結界に封じられてしまった以上、あとはここに集まってくる全員のスペルを叩き込んでそれで御仕舞いだというのは、いくら知能の低いであろうこいつにも分かっているだろうに。
「そんなの分かりきっているでしょう? こいつは『里に入り込もうとする妖怪』だからよ」
何時も通りの口調で、霊夢が言う。
「『里に入り込もうとする妖怪』への恐れから生み出されたこいつらは、里を目指すことしか知らないし、出来ない。だからこそ、こうやって必死になって里を目指すのよ」
淡々と告げながらも、その視線は真っ直ぐに妖怪へと向けられている。
「そうか、だとすると、こいつも、いや、こいつらも何か可愛そうだよな。勝手に生み出されて勝手に邪魔されて、勝手に退治されるのって」
「だからといって、里に入れてしまえば人間が危ないからな」
同情するようなことを言う魔法使いに、寺の鼠が釘を刺す。
「そのくらい分かってるよ。だけど、なんかこう……」
自分の心情を言葉に出来ないもどかしさからか、頭をひねる魔理沙に妹紅が。
「分からなくも無いな。それしか知らないから他の道を選べない奴の哀れさってのは」
不老不死の身を持ちながら、それを宿敵との戦いにしか使わない者としての言葉なのか、聞いた魔理沙には分からないことであった。
その気持ちを知らないから。
「どっちにしても、この異変は解決しなければならないわ」
博麗の巫女は、何時も通りに告げる。
見れば、他の面子も自分の射程を確保しており、後は一斉に打ち込むだけになっていた。
「だから魔理沙。もしもこの妖怪を哀れに思うのならちゃんと勝ちなさい」
自身も最後の攻撃を準備しながら、言葉をかける。
「目的を果たせない妖怪は、自分が負けたと思った時にしか、後腐れ無く負けた時にしか終わる事が出来ないんだから」
だから、きちんと勝って。
その言葉を最後まで聞かずに、魔法使いも目の前の巨体に狙いを定める。
『それしか知らない』と聞いたときに胸に生じた想いが何処に向かっていたのか、はっきりと理解したから。
「では諸君、これが最後の一撃だっ!」
ちゃっかり美味しい所を持っていく積もりだったのかどうかは知らないが、ナズーリンの号令の下に、最後の、妖怪達への手向けのスペルが放たれる。
多種多様な攻撃の最後の締めを飾ったのは、里を背にした不死鳥の一撃だった。
こうして、この異変は終わりを迎える。
◇
全てが終わった日の翌日。
戦勝祝いの宴会で酔いつぶれたまま神社に泊まった魔理沙は昼ごろに目覚めた。
二日酔いの頭痛に悩まされながらも、とにかく顔を洗おうと外に出ると境内の掃除をしている霊夢が見えた。
寝起きの挨拶でもしようかと思ったのだが、開きかけた口は途中で閉じられる。
霊夢が竹箒を持った手を止めて、じっと人里を眺めているのを見たからだ。
その姿に思う所があった魔理沙は踵を返し、神社に戻ることにした。
昼飯でも用意しておくか。
そんな事を考えながら。
了
ナズーリンが実地試験の教官みたいに喋ってる辺りは結構好きですけれども
倒す以外に無い相手に対する魔理沙の葛藤や、それに対する妹紅の反応ももう少し掘り下げられたでしょうし、相手の妖怪がまとまり始めているというならそこから段々これやばくね的なノリにしていってもよかったんじゃないかな、とか。具体的にはボロ鯖13日間の悪夢みたいな
戦闘を重視するにせよ個々のやり取りや心理描写を重視するにせよもう少し掘り下げてもらえたらなぁというのがこっちの我が儘な意見でした
慣れていないのが伝わって来ましたが、その中でも上手くやっていたと思います。
前作同様、妖怪(ないしは神や悪魔も)が持つひとつの本質=人が生み出せしものは、
分かりやすく語られていました