戸を少し開けて外を覗いてみる、やっぱり雨は降り続いていた。
今日はあまり良い天気じゃない。朝から夕近くまでずっとしとしと雨が降っているし、雨の割に雲の層が厚いのか、辺りは仄かな明るさで気味が悪い。一言で言うと不気味な天気だ。
こんな日は出かけないほうが無難ではある。不気味な天気は、不気味な奴にとっての良い日和かもしれないからだ。
でも今日は紅魔館での小パーティーに呼ばれている、パーティーと言われると馴染みがないが。宴会と考えたらやっぱり特に用がなければ行きたいと思う。
邪魔するような奴が居るなら押し通ればいいだけ。
霊夢は戸を閉めて身支度を済ませた。飛んで行くとずぶ濡れになる覚悟が必要だ、傘は必要か。
傘も用意すると再び戸を開けて外に出た。
─ぴちょん、ぴちょん─
外に出ると直ぐに雨の垂れる音が聞こえた。見ると屋根に溜まった雨水が屋根瓦を伝い、石畳の上に垂れている。
屋根瓦がずれたりしたのだろうか、此処には垂れてこないはずだけど。このままだと何時か雨水は石畳を穿つだろう、取り敢えず石を置いて防ごう。
霊夢は適当な石を見つけるとしゃがんで雨が垂れる所に石を置いた。その時霊夢の視界に白いものが入った。
「あら?」
縁の下に何か紙が落ちている。半紙程の大きさで、風で飛ばされて入り込んだにしては妙に綺麗。上から落ちる事は考えにくいから誰か置いたのだろうか。
裏に何か書いてあるかもしれないと気になったが手を伸ばしても取れそうにない。多分這いずって半身潜り込めば取れるが、今それをすると服が大変なことになる。
紅魔館で馬鹿にされるのは癪だ。まあ、大したものでは無いだろうし。よっぽどおかしな風でも吹かなければ帰って来てから確認すればいいや。
霊夢は傘を差し、神社を後にした。でも本当は少し諦めきれていなかった。
結局飛ばずに歩いて行くことにした霊夢はぬかるみを出来るだけ避け、ゆったりと紅魔館に向かった。
──びゅう──
紅魔館の近くまで来た時、突然強風が吹いた。霊夢の正面から吹いた風は忽ち霊夢の目を閉じさせ服を強くはためかせる。
「な、何この風!」
霊夢は立ったまま身体を縮こませて耐える。
少しすると風はおさまったが、服は前半分大濡れになっていた。髪の毛もぼさぼさになっている。
しかも持っていた傘がお猪口の様に裏返ってしまった、これはもう使い物にならないかもしれない。身体が飛ばされなかったのが不思議だ。
傘を元の形にしようと試みるも案の定上手く差せないので閉じて手に持った。今日はついてないなあ。
霊夢は指で簡単に髪を梳いて整えると、足速に紅魔館に向かった。
幸い紅魔館はすぐそこだったため、木陰を縫うように進み最終的に塀を飛び越える形で到着した。
どうせ門から行っても挨拶する奴が一人増えるだけだし構わないだろう。一応濡れないつもりで来たが、流石に雨を避け続けることは出来ず、全身濡れてしまった。
霊夢は中に入るとメイド妖精に頼んでタオルを借りると濡れた身体を拭いた。服は濡れたままだったが霊夢はそのままパーティーに参加した。
ロケットお披露目会の時とは違い、誰彼かまわず呼んだわけではなく。知り合いを呼んだ程度の物のようだ。
メイド妖精達が盛り上げたりしていてまさに身内の宴会だ、立食形式ではないが自分で好きなものを取ってきて食べて良いらしい。
料理が沢山乗ったテーブルと参加者やメイド妖精やらが席に付いているテーブルがある。
そんな中、茣蓙(ござ)を敷いて床に座っている奴がいた。見慣れた帽子がこっちを向く。
「霊夢、来たか」
やっぱり魔理沙だった。
「何で茣蓙に座ってるの?」
「霊夢は茣蓙の方が好きだって咲夜に言ったら持って来やがった」
「端から見るとシュールね」
「だろう。霊夢だけ座らせる作戦だったんだ」
そう言うと魔理沙は茣蓙の上に置いた料理の取り皿の中から、揚げ物を適当に摘んで口に放り込んだ。
「立たないなら椅子で良いのに、まあこっちの方がしっくり来るしいいや」
霊夢も茣蓙の上に座ると、魔理沙の取り皿から似たような揚げ物を口に放り込んだ。
「おい、人の物盗ったら泥棒だ」
「美味しい、死んでも返せないから諦めて」
霊夢が何か食べたいものを探して、茣蓙の上からチラチラとテーブルの上を品定めをしていると、レミリアが近づいてきた。
いつもの格好でワインの入ったグラスを両手に持ちゆっくりと霊夢の前に立つ。
「取り敢えず主催者に挨拶するのが礼儀じゃないの?」
レミリアは片手のグラスを霊夢に渡すと、わざとらしく会釈した。
「どこ居るか分からなかったし。来たらしようかと思ってね、はい乾杯」
霊夢は渡されたグラスを無理やりレミリアのグラスにぶつけた。
「ワインはグラス合わせての乾杯はしないんだぞ」
魔理沙は取り皿を手に持ち死守しながら口を出す。
「もうそんなのどうでも良いじゃない、今の状況的に」
「招待したからにはお客様だし、まあゆっくりしてけばいいさ。また後で遊ぼう」
そう言うとレミリアは踵を返し茣蓙から離れていった。
霊夢と魔理沙は料理のテーブルと茣蓙を行き来して賞味した。
料理は美味しいし、お酒も悪くない。
パーティーはそれなりに長く続き、いつ間にか場違いだった茣蓙も誰も気にしなくなった。
茣蓙に戻る途中に色々話たりして、何だかんだ二人は満喫できた。
霊夢が何度目か自分で分からない料理補充に行き、茣蓙に戻ると魔理沙が帰る支度をしている。
「あれ、帰るの?」
「聞いたらもう日付が変わるくらいの夜らしいからな、雨も止んだらしいし。私は明日やりたい事が有るんだ」
確かにだいぶ時間が経っていた。
「料理を自分で取るから終わりが見えなかったわ、じゃあ私も帰ろうかしら」
二人はささっと帰る支度をして茣蓙を丸めた。一応帰りは自分達から挨拶することにしようとレミリアの元に行った。
「私たちはそろそろ帰るから、また何かあったら呼んでよ」
「何だ、もう帰るの?つまらないね、まだまだ夜は続くのに」
レミリアはあまり酔った様子もなくニヤリと笑った。
「魔理沙が帰るなら私も帰ろうかと思ってね、いつ帰れるか分かったもんじゃないし──」
あれ、私は帰りたいんだっけ?本当はもう少し居たいのかもしれない。せっかくの宴会だ。
寧ろ何で魔理沙は帰るのか、聞いてなかったけど……。
「そういえば何で魔理沙は帰るんだっけ?」
霊夢は素直に尋ねてみる。
「ん、大した事でも無いが明日晴れたら干したい茸が有ってな」
「それって明日じゃないと駄目なの?どうせならもうちょっと居ない?」
「なるべく早くしたいんだが……レミリアならともかく、霊夢が何でそんな事聞くんだ」
魔理沙は苦笑いで聞き返す。
「どうせなら皆でいた方が楽しいし……魔理沙も一緒が良いなって」
「は、はぁ?霊夢そんな事言うような奴だったか」
「あはは、霊夢もこう言ってるし、もっと呑んでいきな。弾幕ごっこもまだじゃない」
「そうだなあ」
手を組み渋面で魔理沙は考えたが、直ぐに答えを出した。
「やっぱり今日は帰る。霊夢は残ればいいさ」
「うーん、分かった。気をつけて帰りなさいよ」
霊夢は歯痒さを感じていた。嫌な予感がする訳ではないが、魔理沙を一人で帰したくない。かといって一緒に帰るのも嫌だ。
でも遂にそれは口では上手く言えず仕舞い。魔理沙は不思議そうな顔で、らしくないなと言い残し去っていった。
「霊夢がそういう事言うなんて本当らしくないね。まぁ、これも運命って奴だね」
レミリアはニヤニヤと霊夢を茶化す。霊夢はウルサイと一蹴すると再び元の場所に茣蓙を敷き直して再びパーティーに溶け込んだ。
でも確かに、自分でも少しらしくないとは思っていた。
日が出てくると流石に終わりが見えてきた。潰れた妖精達がチラホラ転がったりテーブルに突っ伏して寝ている。
レミリアも満足という感じで、もうお開きだと言うと何処かに行ってしまった。霊夢も酩酊の中、渋々帰り支度をして、茣蓙を咲夜に返すと帰路に着いた。
まだ少し惜しい気がしていたが、酔いも冷めずフラフラと神社に戻ると直ぐに布団を敷いて寝てしまった。
数日後、今度は神社で宴会を開くことになった。霊夢は準備しながら此処数日を考えていた。
最近の私は明らかにおかしい。この間の紅魔館のパーティーから何か優柔になってしまっている。
名残惜しい、心残り、そんな気持ちばかりがすぐに湧いて来る。捨てようとした物を捨てられなかったり
遊びに来た魔理沙に向けておべっか使って引き止めたり、遊びに来たらしい妖精を撃退した後お茶を出して話し相手にしてみたり、饅頭を食べようと思う度に今は勿体無いと後に後にしてたら腐らせてしまった。
いつもならこんな馬鹿な事はしないだろう。何が原因か、自分が自分らしくないのは非常に気持ち悪い。
そんな霊夢の悩みは誰も気にせず宴はいつもの様に始まった。メンバーもいつも宴会で来るような奴ばかり。
いつもの如く恙無く時間は流れ、次第に解散ムードになる。夜通しやっていつもの様に日が差し始めた。
霊夢もいつもの様に思う、そろそろ頃合いだろう。
でも、けれども。そう思うと霊夢は急に終わらせたくなくなった。
胸……ではない、なんだろうこの引っ張られる感覚は。皆が帰ってしまうのが嫌だ。
霊夢は頃合いと思ってもお開きにするとは言わなかった。主催者が終わりと言わなければ誰も帰ることはない……。
なんて事はなく、皆いつもより長く宴会が続いていることに気づくと喜んでいたが、時間が経つに連れ次々と人は抜けて行く。一人また一人と抜けて宴会は少しずつ小さくなり。
いつもと少し違う宴会もとうとう二人になった。
「最近の霊夢はおかしいな」
魔理沙はお猪口片手に霊夢の隣に来ると静かに言った。
「自分でもそれは分かるんだけど……」
霊夢はそこで言葉が詰まる。魔理沙はお猪口の酒をくいと飲んで口を開いた。
「今度地霊殿に行こうと思うんだが一緒に行かないか?」
「地霊殿に?何の用があって行くのよ」
「家捜し。霊夢もいればまぁ大丈夫だろ、なんか有ったら山分けしよう」
「私は厄除けじゃないんだけどね、暇だったら付いて行っても良いわよ」
「なら決まったも同然じゃないか」
魔理沙はヘラヘラと笑っていた。霊夢はそんな顔を見ているといつもの様に宴会の終わりを少し寂しく思った。
また数日後、魔理沙の提案通り、霊夢と魔理沙で地霊殿に行くことになった。
なるべく厄介事にはならないようにと魔理沙はできるだけ目立たないらしいルートで進んだ。霊夢もそれに着いて行くと誰とも合うこともなく地霊殿に着くことが出来た。
「さすがは泥棒稼業は手慣れたものね」
「私は借りる事自体が稼業なんじゃ無いんだけどな」
地霊殿に着くと二人は扉を開け中に抜き足入った。
「何か御用でも?」
早速地霊殿の主、さとりに見つかってしまった。二人は慌てて物陰を探した。
「もうばれてるのに物陰探しても意味ないと思うけど」
さとりは冷静に答えると二人に寄って行った。
「早速読心とは恐れ入るな」
「さとり恐るべしだわ」
「今のは心読まなくてもわかると思うけどね……それで隠れたいって事は良からぬ事を考えている。そうでしょ?」
「う、遊びに来ただけよね、魔理沙」
「なるほど、家捜しですか。あんまり懲りてないようね」
「勝手に心読まれるなよ霊夢……」
「どっちも同じようなこと考えてたみたいだけど」
「ごほん。バレたから家捜しは中止にしようか」
魔理沙は帽子で顔を仰いで、地霊殿は暑いなぁと無理に世間話に切り替えた。
「他にすること無いけどね、折角だからお茶でも貰おうかしら」
「無計画に家捜しに来るなんて余程暇なのね。それでくつろごうなんて、何があついやら。お茶くらいならケチケチしませんけどね」
さとりに地霊殿の洒落たな一室に案内されると、霊夢と魔理沙はテーブルに着いた。
さとりはお茶を用意してくると部屋から出て行った。
「さあ家捜しするか」
魔理沙はチャンス到来とばかりに部屋を物色し始めた。
「図太いわね……この部屋殆ど何も無いじゃないの……さとりも直ぐ戻ってくるわよ」
「飾ってある絵の裏とかさ、何か有りそうじゃないか」
魔理沙は絵を外して裏を確認して戻すと、今度はしゃがみこんでテーブルの下を見た。
「何やってんだか……」
霊夢は魔理沙を見て微かに心に引っかかる何かを感じた。しゃがむ……。
「そんな所に隠すようなものはありません」
声がすると直ぐにドアが開いてトレイを持ったさとりが入って来た。
「うわ、もう戻ってきたのか」
「先にペットに頼んでいたの、来たのも最初からペットが見てたから……ふむ?」
さとりは魔理沙を睨むと何度か瞬いだ。
「何というか、趣味だから気にするな」
魔理沙は言いながらそそくさと席に戻る。さとりは霊夢の方を向くとティーカップの乗ったソーサーを三つ前に置く。
「ところで本当に他に用はないの?私のペットが世話になってるし少しなら協力してもいいけど」
さとりは霊夢をじっと見ながら聞いた。
「別になんにも無いわ、妖怪に協力なんて求めないし。それにさとりに頼んでも基本ややこしくなるだけでしょう」
霊夢は目の前のカップを魔理沙の前に送りながら言った。
「私だって喋れない鬼火や怨霊の道案内とかならできるんですがね……」
「ふーん、でも今は本当に困ってないし」
「そうですか、じゃあ私はこれで。余り私が居ても良くないでしょうから。家捜しは駄目ですが帰る時は勝手にどうぞ」
さとりはそう言うとトレイを持ち帰ろうとした。
「あ、いや。別に居てもいいけど」
霊夢は思わず引き止めた。去るといわれると急に申し訳ない気がした。するとさとりはクルッと振り向いて半目で霊夢を見た。
「あなた、つかれているでしょう」
「疲れてたのか霊夢!やはり宴会のし過ぎ……」
魔理沙が驚愕する。
「憑く方の憑かれている、ね……」
さとりは魔理沙の心を読んで補足した。
「私が憑かれてるって?全然そんな気しないんだけど」
霊夢は信用ならないという顔で返した。
「明らかに心の挙動がおかしいもの。後神に憑かれているでしょう」
「うしろがみ……って臆病神の手下とかいう胡散臭いアレの事?」
霊夢は更に訝しげと言わんばかりの目でさとりを見た。
その後神ってのは何なのか。置いていかれそうな魔理沙は二人を交互に見て聞いた。
「後神っていうのは突然出てきて人の後ろ髪を引くっていう妖怪だったはず」
「なんだ、霊夢は髪引っ張られてないじゃないか」
「それだけじゃ無いの。後ろ髪を引くって言葉が有るように、そんな気持ちを引き起こす……とも言われてる」
そう言うとさとりは引き返してきて席に着いた。
「あー、それで臆病神の手下なのか?確かに最近の霊夢はそんな感じだったかもしれない」
「う、確かにそう言われるとそうかも……でもそんな奴見当たらないわよ」
霊夢はキョロキョロと周りを見る。
「それはきっと貴方自身に原因が有るから。後髪を引いている物は貴方の中にある」
「私自身に原因?」
「後神っていうのは妖怪だけど、現象。妖怪が引き起こすんじゃない、引き起こされた物が妖怪になるのよ」
「わからん、鶏が先か卵が先かって話か?」
「鶏か卵かって言ったら、無精卵かしら」
「益々わからん」
「とにかく、完全に忘却してたらこうはならないはず。自分で想起するしかないわ。トラウマなんかより今は厄介かもね」
さとりは口休めするように自分で用意した紅茶に口を付けた。
「そうは言っても何を思い出せばいいやら」
「原因と言われてもな。要は後ろ髪引かれる思いが最初にあって、それが他の後ろ髪引かれる思いを誘発してるってことか?」
魔理沙はこめかみ辺りをひと挿し指で軽く叩きながら、考える。
「私が変になったのは紅魔館の宴会からだけど……」
「宴会はもう終わっちまったが。どうするんだ」
「ちゃんと終ったのなら後ろ髪を引いたりしない。その前」
さとりがカップをソーサーに置きながら言った。
「昨日一昨日じゃないし、中々思い出すのは難しそうだな。メモでも使うか?」
魔理沙何処からか取り出したクシャクシャの紙を広げて、ペンを構えた。
「メモ、紙?」
霊夢は紙を見て頭の中に引っかかっていることがある事を思い出した。
「あ、そういえば!あの日は縁の下に謎の紙が落ちてるのを見つけて……直ぐ取れなかったから諦めたんだった!」
「どうやらそれのようね」
「じゃあそれを見たら治るんじゃないか」
「あ、でも……」
霊夢はさとりの方を向いた。
「折角だからお茶は飲んでいきたい。ですか?どうぞ」
さとりは少し笑うと今度こそ部屋から出て行った。
「霊夢も十分図太いじゃないか」
「違うわよ、一応お礼言おうかと思ったんだけどなあ……」
お茶を飲んだ二人は早速博麗神社に戻る。霊夢が思い起こした限り、見たのは一週間前だった。今も有るかは分からない。
「たしかこの辺に──あった!」
霊夢は雨垂れの所に置いた石を見つけてしゃがみ、縁の下を見てみると確かにあの時の物と同じ半紙が落ちていた。
「お、どれどれ……箒を突っ込めば潜らなくても取れそうだぞ」
魔理沙は箒を器用に使って縁の下にあった紙を引き寄せて拾った。
そして二人は半紙を翻して今まで見えなかった面を見た。
「……」
霊夢は絶句する。
その紙には「ハズレ。」とだけ黒墨の拙い文字が書いてあった。
ところが、そのハズレと書いてあった半紙はアタリの様で、霊夢はそれ以降不自然な口惜しさ等は感じなくなり、宴会を故意に引き伸ばす事もなくなった。
人を無理に引き止めたりもせず、物もしっかり捨てられるようになり、饅頭も腐らなくなった……。
そんな普通の日々が戻って幾日か経った頃。博麗神社に何時だったかお茶を付きあわせた妖精が、この間のお茶のお礼と言って花を持ってきた。
妖精の持ってきた花は見るからに雑草の類で、その辺で摘んだであろうと霊夢は察した。
元は自分が先に付き合わせたのだから流石に蔑ろには突っぱねず、お茶は出さないが少し会話をした。
話すうちに霊夢はハズレの紙の正体は妖精達が宝探しゲームで用意したハズレだということを聞いた。妖精たちは神社を勝手にゲームの舞台にしようとしていたのだ。
日頃の怨みを晴らす悪戯も兼ねていたが、霊夢がお茶を振舞うのを見て、今回は迷惑かけるのを控えた、ということだった。
どうせ飽き性な妖精達の事だから面倒になっただけ、霊夢はそんなゲームの小道具に気をやっていた自分が情け無くなった。
妖精が帰ると霊夢は花を適当な花瓶に生けて座卓の上に置いた。
座卓の前に座り、ふうと一息して霊夢は考え出した。
結局、後神は妖怪というより、自分の気の迷いの様な物なのだろう。そんな障りの気がある事を後神というのかもしれない。
自分が普段通りになった今、後神がいた事は他人が教えてくれるだけ。
しばらくの間あの時の宴会に居た奴がまた神社の宴会に来ると、あの日みたいにもっとやろう等と騒がれた。
妖精はこんな花を持って来た……。意外と後神のいた時の私は好評だったようだ。
後髪引かれるのはきっと良くも悪くもない。ただ引っ張られて後ろを向いてしまったら……それは決心に背く事だ。
私の場合は後ろを向いたら宴会がいつもより長く続いて、妖精が花をくれて、饅頭が腐った……。
宴会が伸びて喜ばれたのは、本当は皆が後髪引かれていたんだ。妖精は分をわきまえつつも人並みに扱われたいと思っていたからお礼に来たんだろう。
誰しもそんな後ろ髪引かれる思いを持っていて、決心に背く事ができないで居るのかも。
後神の居た私は吹っ切れた状態だった。でも後ろ向くような事ばかり繰り返していたら、いつか饅頭のように物を腐らせる。
大切な何かが腐る前に元に戻ってよかった。後ろばっかり気にしてられないし、やはり良くないモノだ。
霊夢は花瓶に生けた花に目をやる。小さな白い花が柔らかに咲いている。
きっとこんな事ももう無い、この花が後神に憑かれていた最後の証。この花もすぐ枯れて、後神が居た痕跡は無くなる。
……そう思うとちょっとだけ寂しい気もする。宴会が長引く位なら偶に居てくれても良かったかな。
なんてね
今日はあまり良い天気じゃない。朝から夕近くまでずっとしとしと雨が降っているし、雨の割に雲の層が厚いのか、辺りは仄かな明るさで気味が悪い。一言で言うと不気味な天気だ。
こんな日は出かけないほうが無難ではある。不気味な天気は、不気味な奴にとっての良い日和かもしれないからだ。
でも今日は紅魔館での小パーティーに呼ばれている、パーティーと言われると馴染みがないが。宴会と考えたらやっぱり特に用がなければ行きたいと思う。
邪魔するような奴が居るなら押し通ればいいだけ。
霊夢は戸を閉めて身支度を済ませた。飛んで行くとずぶ濡れになる覚悟が必要だ、傘は必要か。
傘も用意すると再び戸を開けて外に出た。
─ぴちょん、ぴちょん─
外に出ると直ぐに雨の垂れる音が聞こえた。見ると屋根に溜まった雨水が屋根瓦を伝い、石畳の上に垂れている。
屋根瓦がずれたりしたのだろうか、此処には垂れてこないはずだけど。このままだと何時か雨水は石畳を穿つだろう、取り敢えず石を置いて防ごう。
霊夢は適当な石を見つけるとしゃがんで雨が垂れる所に石を置いた。その時霊夢の視界に白いものが入った。
「あら?」
縁の下に何か紙が落ちている。半紙程の大きさで、風で飛ばされて入り込んだにしては妙に綺麗。上から落ちる事は考えにくいから誰か置いたのだろうか。
裏に何か書いてあるかもしれないと気になったが手を伸ばしても取れそうにない。多分這いずって半身潜り込めば取れるが、今それをすると服が大変なことになる。
紅魔館で馬鹿にされるのは癪だ。まあ、大したものでは無いだろうし。よっぽどおかしな風でも吹かなければ帰って来てから確認すればいいや。
霊夢は傘を差し、神社を後にした。でも本当は少し諦めきれていなかった。
結局飛ばずに歩いて行くことにした霊夢はぬかるみを出来るだけ避け、ゆったりと紅魔館に向かった。
──びゅう──
紅魔館の近くまで来た時、突然強風が吹いた。霊夢の正面から吹いた風は忽ち霊夢の目を閉じさせ服を強くはためかせる。
「な、何この風!」
霊夢は立ったまま身体を縮こませて耐える。
少しすると風はおさまったが、服は前半分大濡れになっていた。髪の毛もぼさぼさになっている。
しかも持っていた傘がお猪口の様に裏返ってしまった、これはもう使い物にならないかもしれない。身体が飛ばされなかったのが不思議だ。
傘を元の形にしようと試みるも案の定上手く差せないので閉じて手に持った。今日はついてないなあ。
霊夢は指で簡単に髪を梳いて整えると、足速に紅魔館に向かった。
幸い紅魔館はすぐそこだったため、木陰を縫うように進み最終的に塀を飛び越える形で到着した。
どうせ門から行っても挨拶する奴が一人増えるだけだし構わないだろう。一応濡れないつもりで来たが、流石に雨を避け続けることは出来ず、全身濡れてしまった。
霊夢は中に入るとメイド妖精に頼んでタオルを借りると濡れた身体を拭いた。服は濡れたままだったが霊夢はそのままパーティーに参加した。
ロケットお披露目会の時とは違い、誰彼かまわず呼んだわけではなく。知り合いを呼んだ程度の物のようだ。
メイド妖精達が盛り上げたりしていてまさに身内の宴会だ、立食形式ではないが自分で好きなものを取ってきて食べて良いらしい。
料理が沢山乗ったテーブルと参加者やメイド妖精やらが席に付いているテーブルがある。
そんな中、茣蓙(ござ)を敷いて床に座っている奴がいた。見慣れた帽子がこっちを向く。
「霊夢、来たか」
やっぱり魔理沙だった。
「何で茣蓙に座ってるの?」
「霊夢は茣蓙の方が好きだって咲夜に言ったら持って来やがった」
「端から見るとシュールね」
「だろう。霊夢だけ座らせる作戦だったんだ」
そう言うと魔理沙は茣蓙の上に置いた料理の取り皿の中から、揚げ物を適当に摘んで口に放り込んだ。
「立たないなら椅子で良いのに、まあこっちの方がしっくり来るしいいや」
霊夢も茣蓙の上に座ると、魔理沙の取り皿から似たような揚げ物を口に放り込んだ。
「おい、人の物盗ったら泥棒だ」
「美味しい、死んでも返せないから諦めて」
霊夢が何か食べたいものを探して、茣蓙の上からチラチラとテーブルの上を品定めをしていると、レミリアが近づいてきた。
いつもの格好でワインの入ったグラスを両手に持ちゆっくりと霊夢の前に立つ。
「取り敢えず主催者に挨拶するのが礼儀じゃないの?」
レミリアは片手のグラスを霊夢に渡すと、わざとらしく会釈した。
「どこ居るか分からなかったし。来たらしようかと思ってね、はい乾杯」
霊夢は渡されたグラスを無理やりレミリアのグラスにぶつけた。
「ワインはグラス合わせての乾杯はしないんだぞ」
魔理沙は取り皿を手に持ち死守しながら口を出す。
「もうそんなのどうでも良いじゃない、今の状況的に」
「招待したからにはお客様だし、まあゆっくりしてけばいいさ。また後で遊ぼう」
そう言うとレミリアは踵を返し茣蓙から離れていった。
霊夢と魔理沙は料理のテーブルと茣蓙を行き来して賞味した。
料理は美味しいし、お酒も悪くない。
パーティーはそれなりに長く続き、いつ間にか場違いだった茣蓙も誰も気にしなくなった。
茣蓙に戻る途中に色々話たりして、何だかんだ二人は満喫できた。
霊夢が何度目か自分で分からない料理補充に行き、茣蓙に戻ると魔理沙が帰る支度をしている。
「あれ、帰るの?」
「聞いたらもう日付が変わるくらいの夜らしいからな、雨も止んだらしいし。私は明日やりたい事が有るんだ」
確かにだいぶ時間が経っていた。
「料理を自分で取るから終わりが見えなかったわ、じゃあ私も帰ろうかしら」
二人はささっと帰る支度をして茣蓙を丸めた。一応帰りは自分達から挨拶することにしようとレミリアの元に行った。
「私たちはそろそろ帰るから、また何かあったら呼んでよ」
「何だ、もう帰るの?つまらないね、まだまだ夜は続くのに」
レミリアはあまり酔った様子もなくニヤリと笑った。
「魔理沙が帰るなら私も帰ろうかと思ってね、いつ帰れるか分かったもんじゃないし──」
あれ、私は帰りたいんだっけ?本当はもう少し居たいのかもしれない。せっかくの宴会だ。
寧ろ何で魔理沙は帰るのか、聞いてなかったけど……。
「そういえば何で魔理沙は帰るんだっけ?」
霊夢は素直に尋ねてみる。
「ん、大した事でも無いが明日晴れたら干したい茸が有ってな」
「それって明日じゃないと駄目なの?どうせならもうちょっと居ない?」
「なるべく早くしたいんだが……レミリアならともかく、霊夢が何でそんな事聞くんだ」
魔理沙は苦笑いで聞き返す。
「どうせなら皆でいた方が楽しいし……魔理沙も一緒が良いなって」
「は、はぁ?霊夢そんな事言うような奴だったか」
「あはは、霊夢もこう言ってるし、もっと呑んでいきな。弾幕ごっこもまだじゃない」
「そうだなあ」
手を組み渋面で魔理沙は考えたが、直ぐに答えを出した。
「やっぱり今日は帰る。霊夢は残ればいいさ」
「うーん、分かった。気をつけて帰りなさいよ」
霊夢は歯痒さを感じていた。嫌な予感がする訳ではないが、魔理沙を一人で帰したくない。かといって一緒に帰るのも嫌だ。
でも遂にそれは口では上手く言えず仕舞い。魔理沙は不思議そうな顔で、らしくないなと言い残し去っていった。
「霊夢がそういう事言うなんて本当らしくないね。まぁ、これも運命って奴だね」
レミリアはニヤニヤと霊夢を茶化す。霊夢はウルサイと一蹴すると再び元の場所に茣蓙を敷き直して再びパーティーに溶け込んだ。
でも確かに、自分でも少しらしくないとは思っていた。
日が出てくると流石に終わりが見えてきた。潰れた妖精達がチラホラ転がったりテーブルに突っ伏して寝ている。
レミリアも満足という感じで、もうお開きだと言うと何処かに行ってしまった。霊夢も酩酊の中、渋々帰り支度をして、茣蓙を咲夜に返すと帰路に着いた。
まだ少し惜しい気がしていたが、酔いも冷めずフラフラと神社に戻ると直ぐに布団を敷いて寝てしまった。
数日後、今度は神社で宴会を開くことになった。霊夢は準備しながら此処数日を考えていた。
最近の私は明らかにおかしい。この間の紅魔館のパーティーから何か優柔になってしまっている。
名残惜しい、心残り、そんな気持ちばかりがすぐに湧いて来る。捨てようとした物を捨てられなかったり
遊びに来た魔理沙に向けておべっか使って引き止めたり、遊びに来たらしい妖精を撃退した後お茶を出して話し相手にしてみたり、饅頭を食べようと思う度に今は勿体無いと後に後にしてたら腐らせてしまった。
いつもならこんな馬鹿な事はしないだろう。何が原因か、自分が自分らしくないのは非常に気持ち悪い。
そんな霊夢の悩みは誰も気にせず宴はいつもの様に始まった。メンバーもいつも宴会で来るような奴ばかり。
いつもの如く恙無く時間は流れ、次第に解散ムードになる。夜通しやっていつもの様に日が差し始めた。
霊夢もいつもの様に思う、そろそろ頃合いだろう。
でも、けれども。そう思うと霊夢は急に終わらせたくなくなった。
胸……ではない、なんだろうこの引っ張られる感覚は。皆が帰ってしまうのが嫌だ。
霊夢は頃合いと思ってもお開きにするとは言わなかった。主催者が終わりと言わなければ誰も帰ることはない……。
なんて事はなく、皆いつもより長く宴会が続いていることに気づくと喜んでいたが、時間が経つに連れ次々と人は抜けて行く。一人また一人と抜けて宴会は少しずつ小さくなり。
いつもと少し違う宴会もとうとう二人になった。
「最近の霊夢はおかしいな」
魔理沙はお猪口片手に霊夢の隣に来ると静かに言った。
「自分でもそれは分かるんだけど……」
霊夢はそこで言葉が詰まる。魔理沙はお猪口の酒をくいと飲んで口を開いた。
「今度地霊殿に行こうと思うんだが一緒に行かないか?」
「地霊殿に?何の用があって行くのよ」
「家捜し。霊夢もいればまぁ大丈夫だろ、なんか有ったら山分けしよう」
「私は厄除けじゃないんだけどね、暇だったら付いて行っても良いわよ」
「なら決まったも同然じゃないか」
魔理沙はヘラヘラと笑っていた。霊夢はそんな顔を見ているといつもの様に宴会の終わりを少し寂しく思った。
また数日後、魔理沙の提案通り、霊夢と魔理沙で地霊殿に行くことになった。
なるべく厄介事にはならないようにと魔理沙はできるだけ目立たないらしいルートで進んだ。霊夢もそれに着いて行くと誰とも合うこともなく地霊殿に着くことが出来た。
「さすがは泥棒稼業は手慣れたものね」
「私は借りる事自体が稼業なんじゃ無いんだけどな」
地霊殿に着くと二人は扉を開け中に抜き足入った。
「何か御用でも?」
早速地霊殿の主、さとりに見つかってしまった。二人は慌てて物陰を探した。
「もうばれてるのに物陰探しても意味ないと思うけど」
さとりは冷静に答えると二人に寄って行った。
「早速読心とは恐れ入るな」
「さとり恐るべしだわ」
「今のは心読まなくてもわかると思うけどね……それで隠れたいって事は良からぬ事を考えている。そうでしょ?」
「う、遊びに来ただけよね、魔理沙」
「なるほど、家捜しですか。あんまり懲りてないようね」
「勝手に心読まれるなよ霊夢……」
「どっちも同じようなこと考えてたみたいだけど」
「ごほん。バレたから家捜しは中止にしようか」
魔理沙は帽子で顔を仰いで、地霊殿は暑いなぁと無理に世間話に切り替えた。
「他にすること無いけどね、折角だからお茶でも貰おうかしら」
「無計画に家捜しに来るなんて余程暇なのね。それでくつろごうなんて、何があついやら。お茶くらいならケチケチしませんけどね」
さとりに地霊殿の洒落たな一室に案内されると、霊夢と魔理沙はテーブルに着いた。
さとりはお茶を用意してくると部屋から出て行った。
「さあ家捜しするか」
魔理沙はチャンス到来とばかりに部屋を物色し始めた。
「図太いわね……この部屋殆ど何も無いじゃないの……さとりも直ぐ戻ってくるわよ」
「飾ってある絵の裏とかさ、何か有りそうじゃないか」
魔理沙は絵を外して裏を確認して戻すと、今度はしゃがみこんでテーブルの下を見た。
「何やってんだか……」
霊夢は魔理沙を見て微かに心に引っかかる何かを感じた。しゃがむ……。
「そんな所に隠すようなものはありません」
声がすると直ぐにドアが開いてトレイを持ったさとりが入って来た。
「うわ、もう戻ってきたのか」
「先にペットに頼んでいたの、来たのも最初からペットが見てたから……ふむ?」
さとりは魔理沙を睨むと何度か瞬いだ。
「何というか、趣味だから気にするな」
魔理沙は言いながらそそくさと席に戻る。さとりは霊夢の方を向くとティーカップの乗ったソーサーを三つ前に置く。
「ところで本当に他に用はないの?私のペットが世話になってるし少しなら協力してもいいけど」
さとりは霊夢をじっと見ながら聞いた。
「別になんにも無いわ、妖怪に協力なんて求めないし。それにさとりに頼んでも基本ややこしくなるだけでしょう」
霊夢は目の前のカップを魔理沙の前に送りながら言った。
「私だって喋れない鬼火や怨霊の道案内とかならできるんですがね……」
「ふーん、でも今は本当に困ってないし」
「そうですか、じゃあ私はこれで。余り私が居ても良くないでしょうから。家捜しは駄目ですが帰る時は勝手にどうぞ」
さとりはそう言うとトレイを持ち帰ろうとした。
「あ、いや。別に居てもいいけど」
霊夢は思わず引き止めた。去るといわれると急に申し訳ない気がした。するとさとりはクルッと振り向いて半目で霊夢を見た。
「あなた、つかれているでしょう」
「疲れてたのか霊夢!やはり宴会のし過ぎ……」
魔理沙が驚愕する。
「憑く方の憑かれている、ね……」
さとりは魔理沙の心を読んで補足した。
「私が憑かれてるって?全然そんな気しないんだけど」
霊夢は信用ならないという顔で返した。
「明らかに心の挙動がおかしいもの。後神に憑かれているでしょう」
「うしろがみ……って臆病神の手下とかいう胡散臭いアレの事?」
霊夢は更に訝しげと言わんばかりの目でさとりを見た。
その後神ってのは何なのか。置いていかれそうな魔理沙は二人を交互に見て聞いた。
「後神っていうのは突然出てきて人の後ろ髪を引くっていう妖怪だったはず」
「なんだ、霊夢は髪引っ張られてないじゃないか」
「それだけじゃ無いの。後ろ髪を引くって言葉が有るように、そんな気持ちを引き起こす……とも言われてる」
そう言うとさとりは引き返してきて席に着いた。
「あー、それで臆病神の手下なのか?確かに最近の霊夢はそんな感じだったかもしれない」
「う、確かにそう言われるとそうかも……でもそんな奴見当たらないわよ」
霊夢はキョロキョロと周りを見る。
「それはきっと貴方自身に原因が有るから。後髪を引いている物は貴方の中にある」
「私自身に原因?」
「後神っていうのは妖怪だけど、現象。妖怪が引き起こすんじゃない、引き起こされた物が妖怪になるのよ」
「わからん、鶏が先か卵が先かって話か?」
「鶏か卵かって言ったら、無精卵かしら」
「益々わからん」
「とにかく、完全に忘却してたらこうはならないはず。自分で想起するしかないわ。トラウマなんかより今は厄介かもね」
さとりは口休めするように自分で用意した紅茶に口を付けた。
「そうは言っても何を思い出せばいいやら」
「原因と言われてもな。要は後ろ髪引かれる思いが最初にあって、それが他の後ろ髪引かれる思いを誘発してるってことか?」
魔理沙はこめかみ辺りをひと挿し指で軽く叩きながら、考える。
「私が変になったのは紅魔館の宴会からだけど……」
「宴会はもう終わっちまったが。どうするんだ」
「ちゃんと終ったのなら後ろ髪を引いたりしない。その前」
さとりがカップをソーサーに置きながら言った。
「昨日一昨日じゃないし、中々思い出すのは難しそうだな。メモでも使うか?」
魔理沙何処からか取り出したクシャクシャの紙を広げて、ペンを構えた。
「メモ、紙?」
霊夢は紙を見て頭の中に引っかかっていることがある事を思い出した。
「あ、そういえば!あの日は縁の下に謎の紙が落ちてるのを見つけて……直ぐ取れなかったから諦めたんだった!」
「どうやらそれのようね」
「じゃあそれを見たら治るんじゃないか」
「あ、でも……」
霊夢はさとりの方を向いた。
「折角だからお茶は飲んでいきたい。ですか?どうぞ」
さとりは少し笑うと今度こそ部屋から出て行った。
「霊夢も十分図太いじゃないか」
「違うわよ、一応お礼言おうかと思ったんだけどなあ……」
お茶を飲んだ二人は早速博麗神社に戻る。霊夢が思い起こした限り、見たのは一週間前だった。今も有るかは分からない。
「たしかこの辺に──あった!」
霊夢は雨垂れの所に置いた石を見つけてしゃがみ、縁の下を見てみると確かにあの時の物と同じ半紙が落ちていた。
「お、どれどれ……箒を突っ込めば潜らなくても取れそうだぞ」
魔理沙は箒を器用に使って縁の下にあった紙を引き寄せて拾った。
そして二人は半紙を翻して今まで見えなかった面を見た。
「……」
霊夢は絶句する。
その紙には「ハズレ。」とだけ黒墨の拙い文字が書いてあった。
ところが、そのハズレと書いてあった半紙はアタリの様で、霊夢はそれ以降不自然な口惜しさ等は感じなくなり、宴会を故意に引き伸ばす事もなくなった。
人を無理に引き止めたりもせず、物もしっかり捨てられるようになり、饅頭も腐らなくなった……。
そんな普通の日々が戻って幾日か経った頃。博麗神社に何時だったかお茶を付きあわせた妖精が、この間のお茶のお礼と言って花を持ってきた。
妖精の持ってきた花は見るからに雑草の類で、その辺で摘んだであろうと霊夢は察した。
元は自分が先に付き合わせたのだから流石に蔑ろには突っぱねず、お茶は出さないが少し会話をした。
話すうちに霊夢はハズレの紙の正体は妖精達が宝探しゲームで用意したハズレだということを聞いた。妖精たちは神社を勝手にゲームの舞台にしようとしていたのだ。
日頃の怨みを晴らす悪戯も兼ねていたが、霊夢がお茶を振舞うのを見て、今回は迷惑かけるのを控えた、ということだった。
どうせ飽き性な妖精達の事だから面倒になっただけ、霊夢はそんなゲームの小道具に気をやっていた自分が情け無くなった。
妖精が帰ると霊夢は花を適当な花瓶に生けて座卓の上に置いた。
座卓の前に座り、ふうと一息して霊夢は考え出した。
結局、後神は妖怪というより、自分の気の迷いの様な物なのだろう。そんな障りの気がある事を後神というのかもしれない。
自分が普段通りになった今、後神がいた事は他人が教えてくれるだけ。
しばらくの間あの時の宴会に居た奴がまた神社の宴会に来ると、あの日みたいにもっとやろう等と騒がれた。
妖精はこんな花を持って来た……。意外と後神のいた時の私は好評だったようだ。
後髪引かれるのはきっと良くも悪くもない。ただ引っ張られて後ろを向いてしまったら……それは決心に背く事だ。
私の場合は後ろを向いたら宴会がいつもより長く続いて、妖精が花をくれて、饅頭が腐った……。
宴会が伸びて喜ばれたのは、本当は皆が後髪引かれていたんだ。妖精は分をわきまえつつも人並みに扱われたいと思っていたからお礼に来たんだろう。
誰しもそんな後ろ髪引かれる思いを持っていて、決心に背く事ができないで居るのかも。
後神の居た私は吹っ切れた状態だった。でも後ろ向くような事ばかり繰り返していたら、いつか饅頭のように物を腐らせる。
大切な何かが腐る前に元に戻ってよかった。後ろばっかり気にしてられないし、やはり良くないモノだ。
霊夢は花瓶に生けた花に目をやる。小さな白い花が柔らかに咲いている。
きっとこんな事ももう無い、この花が後神に憑かれていた最後の証。この花もすぐ枯れて、後神が居た痕跡は無くなる。
……そう思うとちょっとだけ寂しい気もする。宴会が長引く位なら偶に居てくれても良かったかな。
なんてね
やや描写が駆け足で、ぶつ切りになってしまってる印象を受けました。そこだけが残念。
雰囲気もよく、ストーリーも面白かったです。霊夢らしく、ふわふわしながらも戸惑うという不思議な感じが出てておぉ! と感心しながら読みふけってしまいました。
また次回作も楽しみにしています。
霊夢さんの一連のお話、大好きです。
リズムが良くて、描写もわかりやすく
とても参考になりました。
リズムが良くて、描写もわかりやすく
とても参考になりました。
後書きにしみじみ同意。またこんなコメントひとつにしても、書きすぎたり、足らなかったり、それを未練に思ったり。私もそんなのばっかりですわ。
東方自体も、クリアしてランキングを見たときのに後ろ髪を引かれるような心地がするのを思い出しました
短い中に物語が感じられていいですね。