生者必衰。
人は産まれ、人は病み、人は老い、人は死ぬ。
産まれた瞬間から約束された、絶対的な理である。
この穢れ多き現世において、これを超えうる手段は実に限られる。
あらゆる者達が夢見ては、志半ばで朽ちて行った。
だが、無い、と言うわけでもない。
見渡せば、ほら。
ここにあそこにあちら側に。
自分たちが気がつかないだけで、人間の枠を脱し、人間の理から離れた【何か】は、確実に存在している。
だがしかし、もしそのようなものを目指すのならば、覚悟せねばなるまい。
仏を目指せばどうか。
仏を信じ続け、一切の欲を絶ち、まったくもって人間としての楽しみの一つも得る事無く生きる事を余議なくされるだろう。
それはまるで永遠にも続くような苦悶の日々であり、己が未熟であり、苦を乗り越える事が出来ねば、ただ憤死するだけの惨たらしい人生が待ち受けている。
魔術に身を落としては如何か。
来る日も来る日も煙たい穴倉に籠り、研究に研究を重ね続ける日々が待ち受けている。
常に毒物にさらされ、この世のものではない者達との交流により精神は衰弱し、力が及ばなければそのまま腐って果てるに違いない。その魂はもしかすれば、永遠に囚われ、逃げ出す事も出来ない煉獄に封じ込められるだろう。
他に選択肢はないか?
永遠に生き続ける事は出来ないか?
この世のすべての快楽を謳歌するだけの寿命を手にする事は不可能なのか?
悩まれる方よ。
はかない夢を見る方よ。
ではでは――これなど、如何だろうか。
霍青娥はゆっくりと煙を吸い、中空に紫煙を吐く。ゆらゆらと動く煙は、やがて指向性をもって形をなし、最初は握りこぶしのような形になり、そして指を差すような様になる。
指された先にいるのは、霧雨魔理沙だ。安楽椅子でくつろいでいる青娥とは対照的に、魔理沙は自宅だというのに、だいぶ畏まっていた。椅子に座り、背を伸ばし、青娥を見つめている。
「胡散臭い」
「よく言われます。邪仙なんて名乗ってますもの。ま、アイデンティティのようなものなので、疑われる事で自己承認を得ていると言えますしね」
魔理沙が机に目を落とす。そこには薄手のパンフレットが一冊、閉じたまま置いてある。
タイトルは
『青娥娘々と学ぼう!! 実践仙人健康法!!』だ。
「男性にはオプションもあるのですけれど、魔理沙さんは女性ですから……このコースなんて如何?」
「外丹法術による薬物仙人健康コース……どういうアレだコレ」
「外丹法と言いまして、草や木の皮や根、果ては鉱物などから仙丹を生み出し、それを服用する事で、仙人に近づくコースです。なんと今なら五割引き、魔理沙さんの年収ですとー……このぐらいで御引き受け出来ますわ」
青娥がソロバンを弾き、魔理沙に差し出す。魔理沙の不安定な年収……そもそも現物が多いのだが、そこも考慮されているらしい。払えない額ではない、というのがまた嫌らしい仕様だ。
「ちなみに男性だと?」
「房中術中心になりますわ」
「相手は?」
「勿論私ですの」
「お前それで良いのかよ……」
「若い男性の有り余る精気を、互いに循環させる事によって道(タオ)を覚醒されるのです。まあ、代金としていささかばかり頂く事になりますけれど。精気を。ちょっと」
魔理沙が真っ赤になってうつむく。青娥がそれを察してほほ笑む。
魔理沙は考える。どうしてこんな事になってしまったのか。
きっかけは一枚の名刺だった。
霍青娥が営業の為に配っているものである。神霊廟の一件以来、博麗神社に良く顔を出すようになった青娥は、ことあるごとに人間に対して営業活動を行っている。霊夢には当然適当にあしらわれ、咲夜には一蹴され、妖夢はそもそも長命であるし、早苗に至っては人間かすら怪しくなって来ている。人間なのに人間じゃない奴らの中で、唯一長寿を夢見、今も研究に勤しんでいるのは、霧雨魔理沙ただ一人だ。
その実力は折り紙つき。方向性次第では間違いなく人間を超えるであろう魔理沙だったが、最近は魔法薬の改善に手詰まりを覚えていた。
霍青娥――確かに、怪しい。いや怪しすぎる。だが、現に二人を尸解仙にした実績はあり、一人は意図的な行為によって失敗させられただけで、実質三例である。尸解仙にならずとも、長寿に関する事を多少なりとも聞き出せれば、自分の夢に一歩と近づく事が出来るのではないか?
そのような甘い考えで話を聞いてみようと思ったのだが、やってきた青娥はやる気満々であり、わざわざ河童の印刷機まで借りてパンフレットを用意してくるほどの気合いの入れ様である。
「ええと……まあ、そう焦るな。幾つか聞かせてくれ」
「ええどうぞどうぞ」
「つまるところ……タオってのは、どういうモノなんだ?」
「全てですわ」
「全て?」
「そう。この世のすべてを包み込んでいるものがタオなのです。そしてその中に充満する気を用いる事で、健康になり、長寿になり、果ては仙人へと至ろうというものなのです。全にして一、一にして全。それが道」
「つまり、宇宙も、人間も、自然も、タオだと?」
「ええ。私たちはタオの形が変わっただけの存在。タオと合一する事によって、その無限の力を授かるのです。貴方達風にいえば、それは霊力であり、妖力であり、魔力でもある。人間が長生き出来ない理由をご存じ?」
「体の中の虫が、力を蝕むのだろう?」
「惜しい。でも、そう。魔法使いも虫を追い出す事によって魔法使いになれる。それはタオから来た思想なのです」
質問の方向性が正しかったのか、青娥はベラベラとしゃべり始める。体の中の虫をどうにかする事によって魔法使いになる、という漠然としたビジョンしか持たなかった魔理沙は、目を丸くして青娥の話に耳を傾ける。
「三尸虫と言います。三尸は青古、白姑、血尸の三尸で、これらは庚申の時に抜けだし、人間の寿命を決める北帝にその者の悪事を伝え、寿命を減らしてしまうのです。そうしないように、庚申の時に寝ずの晩をする習慣があるところもありますわ。ところで魔理沙さんは、お米が好き?」
「あ、ああ。日本人だからなあ」
「あ、日本人でしたの。ビジュアルは西洋チックですのに」
「いろいろあるんだ。家庭事情にまで突っ込むのか?」
「まあ、まあ。日に何食?」
「一食か、二食か、少なくとも毎日食べてるぜ?」
「それがいけないのです。三尸は穀物を栄養として生きる虫。故に穀物を食べ続ければ、それだけ三尸は元気になります。魔理沙さんの魔法薬は、実際のところ理にかなっているのです。けれども、穀物を食べ続けるから、三尸はいつまでも、貴方の中に居続ける」
「じゃ、じゃあ穀物を控えればいいのか?」
「単純には行きませんわ。魔法薬、飲むのに苦労していますでしょう? 穀物の変わりに仙丹を飲む事によって体の体調を整えるのが、外丹法なのです。飲み辛いものを毎日飲めますか?」
「無理だし、費用がかかるな」
「そこで!」
青娥が立ち上がり、魔理沙の肩を抱く。何ともいえない香の香りと、煙草の匂い、それにこれは、青娥の体臭か。やわらかな体とともに、全てが魔理沙を抱き込む。
頭がくらくらした。正常な判断が出来そうにない。
「仙丹を飲みやすく、なおかつ毎日続けられる。青娥娘々の健康法、如何でしょうか?」
「え、あ、ああ」
なんとなく。熟考するでもなく、そのように返事をしてしまった。
その日から人間を超える訓練が始まった。
基本的なカリキュラムに従った日々を送る事になり、縛られるのが苦手な魔理沙からすれば、もはやそれだけで苦痛である。
とはいえ、どんなトンデモ訓練をさせられるのかと思いきや、朝はまず健康体操から始まる。
「はい、地面に座って、足を延ばして、身体を前に倒してー」
「んぎぎぎぎ……」
「硬ッ! 身体ガッチガチじゃありませんの! ガッチガチじゃありませんの!」
などと楽しそうに、霍青娥が笑う。彼女はどこから持ってきたのか、外の洋服を着ていた。体操服というらしい。白い衣服の真中には『せいが』と書かれており、胸の大きさの所為で少し歪んで見える。申し訳程度下腹部を隠しています、という紺色の履き物は、厚手のショーツと言われても否定できない。太股の肉が少し食いこんでいるのが、青少年には目に悪そうだと魔理沙は思う。
ちなみに魔理沙も同じような恰好だった。青娥に比べるといささか貧相だが、これはこれでウケる、と青娥は喜んでいた。
「体操とか、意味あるのか?」
「オオアリですのよ。硬い身体に健全なタオは宿らないの。そうですね、せめてこのぐらい」
そういって、青娥が同じようにして前屈する。頭が太股に挟まるどころから、もう腰の骨どうなってんだよ、というレベルでいや、前屈なのに頭が地面について、額で身体を持ち上げ……いや、どうなってるんだこれ、と魔理沙は驚愕する。
「き、きもい」
「身体が柔らかいと、えっちするときもラクですよ」
「あ、そういうの良いですんで。はい」
「ウブなんだから☆」
(ぶん殴りてぇ)
「ただ身体を柔らかくしようとするだけでなく、深く呼吸して、大気を身体の中で循環させるイメージを描くのです。貴女達は魔法の森の大気に含まれるものを魔素や瘴気などと呼んでいますけれど、これはかなり純度の高いタオの一形態なのです」
「ふぅん。吸いすぎると身体に悪いが」
「一般人ならそうでしょう。良薬とて含みすぎれば毒。魔理沙さんは才能がある。この瘴気を取り込み、フィルターをかけておのれの魔力に転換する能力に優れているのです。だからその御歳で、それだけの力を有している。これは希少なものなんですよ。はい、息を吸って、吐いて、身体を伸ばしてー」
「んぎぎぎぎぎっ」
「カタッ! あはは!」
「す、少し手伝え」
「ええ、いま。うふふ」
青娥の身体が魔理沙にのしかかる。同世代の女性とは、何か柔らかさが違うのか、霊夢にふざけてのしかかられる時とはまた違う感触がある。あいや、そういうんじゃない、違うんだ、などと心の中で言い訳しながら、身体の筋がバラバラになりそうな感覚に耐える。
「けふっ……おお……いでで……」
「うんうん。そのぐらいですわ。まあ一日で柔らかくはならないので、ゆっくり行きましょう」
続いて連れてこられたのは、魔法の森でもかなり瘴気がキツい場所だった。
魔理沙は慣れているとはいえ、ここに長時間居座るような真似はしない。アリスとて避けて通るだろう。青娥は笑顔のまま魔理沙を連れ立ち、少し開けた場所にある大きな岩の上に座るよう指示した。
「お前達は良いかも知れんが、ここに長時間いるのは、まずいぞ?」
「霧雨魔理沙は特殊な訓練を受けています。絶対に真似しないでください」
「受けてる途中だよ!」
「まあま、取り敢えず座って、ねえ?」
「ったく」
促され、岩の上に座る。ゴツゴツとした感触が何とも言えない。挙句冷たい。
「胡坐を組んで、膝に両手を置いて、背筋を伸ばして、そうそう。良く出来ました」
「それで、何するんだ?」
「三日ぐらいそのままでいてくれません?」
「私の特技って妖怪退治なんだよ」
「うふふ、冗談冗談ですわ。二時間、いけます?」
「呼吸を最小限にするなら」
「いえ、深呼吸しながら」
「無理だろ、ぶっ倒れる」
「まずやってみましょう。ただ呼吸するのではなく、頭の先、指の先、つま先、そして胎の内に呼吸を循環させるようなイメージを描いてくださいな。少し判断しますわ、やってみて」
「ふうむ」
大きく息を吸い込む。やはりキツい。
咳込みそうになるのを必死に耐え、肺に空気を入れる。身体を循環させるイメージなるものがどんなものかは解らないが、魔理沙は頭の中に自分を描き、その中で大気が回るような図を作りだす。
「お。ええ、そうそう。タオが呼吸しているの、解ります?」
「全然わからない」
「こちらも慣れですわね。では頑張って」
そういって、青娥は荷物を背負いこむと、どこかへ消えてしまった。
本当にこんな事が不老長寿につながるのか、半信半疑だが、死ぬほどつらい事をさせられている訳でもない。暫く従ってみるのも良いだろうと判断し、魔理沙は言われた通りに呼吸を続ける。
「――うー……けど、やっぱ呼吸し辛いな」
タオなるものが何なのか。魔理沙はいまいち実感出来ない。
世界を巡る力。力そのものであり、人間はその形が変わったものでしかないという。
所謂西洋の霊肉二元論と対極を為す一元論である。
(神様達も、結局のところ同じで、質が異なるってだけかな)
最近はっちゃけ気味の緑のアイツを思い出す。
人の存在は一定ではない。特に幻想郷ではそれが顕著に表れる。
どうもヒトデナシな人間の多い中、魔法が使えるとはいえ、魔理沙はまだ人間的であった。
元から何か人をかけ離れている博麗霊夢や十六夜咲夜、それに東風谷早苗を見ていると、自分が置いて行かれるのではないかという焦りがある。
なるべくなら、みんなと楽しく、何時までも暮らしていたい。
不老不死を夢見る人々の理由は幾つもあっただろうが、そう考えた人間も少なくないだろう。
(蓬莱の薬だって、そんな発想があったからこそ、だよなあ)
藤原妹紅を思い出す。
あれは不本意で不老不死となってしまった人だ。今でこそ整理はついている様子だが、当時の絶望は魔理沙では想像も及ばないものである。
目的無く不死になってしまった人は、何を想い描いて生き続けるのか。
(……直ぐ死んじまう奴もいるっけ)
稗田阿求を思い出す。
あれは三十迄生きられない身体だ。何度も魂を巡らせ、産まれ続け死に続ける彼女は、自身をどう考えているのだろうか。
目的ある輪廻とはいえ、理不尽に想わないのだろうか。
「すぅ、はぁー……けほっ……ううー……」
深呼吸して長生き出来たら世話が無い。なんだか馬鹿らしくなる。
それに、どうも頭が不明瞭になり始めた。瘴気の吸いすぎだ。
(あー……ボーっとする……大丈夫かなこれ……)
薄れる意識の中、岩から転げ落ちそうになるところを、誰かに支えられた所まで、記憶があった。
魔理沙が目を覚ますと、目の前には青娥がいた。
後頭部に温もりを感じる。
「あ、目が覚めた。いや、もう少し持つものかと思っていたの。でもやっぱりまだ人間ですわね」
「あー……」
頭をあげ、周囲を見渡す。先ほど乗っていた岩は見当たらないが、森の中だ。
焚火があり、そこでは鍋が煮えている。
「どんくらい寝てた」
「一刻くらい? でも普通、瘴気に完全に中てられると、肉体に変質が起こったりするものなのに、魔理沙さんはやっぱり耐性があるんですわ」
「はいはい。で、あの鍋なに」
「鍋ですの」
鍋の蓋を取る。中では、何だろう、何か、煮えている。
「一応貴女でも食べられるものを見繕ったので、大丈夫だと思うのですけれど」
「たべ……なに?」
「木の根とか、木の皮とか、草とか」
「米を要求する」
「それじゃあ意味がありませんわ」
「五穀断ちかあ……米食べたい……」
「まあまあ、ほら、召し上がれ。辟穀は基本の基本」
青娥はそういって、遠慮なく山盛りの器を魔理沙に差し出す。名状し難い色に形に物体だ。
口を付けると、なんだろう、過去の記憶が走馬灯のように蘇る味である。
「あー、すっぱあまにがい」
「あるあるぅ」
「これ腹下して死ぬんじゃ?」
「腹を下すようなものも入っていますし、腹を下すのを治すのも入っていますわ」
「ああ、痛み止め飲むと胃が荒れるけど、痛み止めてるから気づかないんで、胃薬も処方されるみたいなアレ。最悪だな片づけろ女将を呼べ」
「はいここに」
「帰る」
こんな生活続けてたら、スリムな自分がもっとスリムになる。魔理沙ったらだいぶ痩せたわね、病的な意味で、とか霊夢に罵られる姿が目に浮かび、なんだか悲しくなる。
「ああ! まってまって、待ってくださいなっ」
「これ食い続けるのは無理。続けるくらいなら死ぬ。私死ぬ」
「これ一食ですわよ」
「なんで?」
「体内に穀物が残っていたら意味がないから、洗い流す為の食事ですわ。そう、外風にいうと、デトックスメニュー」
「本当に?」
「んー。本当は、その辺りは魔理沙さん自身がやるべき事なんですけれども、折角のじっけ……いえ、お客さんですから、ええ、食事周りも面倒みますからぁ」
「実験台とか言わなかった?」
「めっそうもない。ねえねえ、お願いですわ。青娥、がんばっちゃうからぁ」
妖怪に縋られる人間、というのもどうなのか。というかこの薄い布を引っ張らないでほしかった。凄く食い込む。
「もすこしまともに食べられる?」
「穀物と動物はダメですけど、ええ、お任せあれ。伊達に長い事生きてませんわ。昔はこれでもお嫁さんだったのですから。えっへん」
「未亡人に縋られるってなんか変な気分」
「あら、興味がおありで?」
「やかましいぜ。ああもう、食べるから、ほら、よそえ」
「うふふ。そう命令されちゃうと、昔を思い出します」
「ううむ……」
もう一度口に含む。青娥は笑顔だ。魔理沙は苦い顔をする。
「すっぱあまにが……うっぷ」
「はいイッキ、イッキ」
「うごっ……む……けほっ……まじゅいれふ……」
「ああ、なんかその、魔理沙さんの辛そうな顔見てると、気持ちが良いと言うか」
「ぶん殴るぞ……まじゅいぃ……」
「うふふ」
無理して食べたが、これを何食も続けてくれと言われた場合、その絶望から異変を起こしたくなるだろう。これっきりにしてくれと青娥に頼み、魔理沙は腹をさすってから、鳴り響く腸の慟哭を受け、草むらに飛び込んだ。
「はい、一日の締めはこれですわ」
「どうもどうも。いや、魔理沙さんが健康に興味があるなんて」
「何してんだぜお前だぜ」
「魔理沙さん口調が。まあ仕方ありませんわね。あんなもの食べて」
「あんなものって言うもの食べさすな……で、なんで美鈴がいるんだ」
魔理沙宅の前で、何か偉そうにでかい胸を張っている美鈴はドヤ顔で居る。青娥に預けられたのか、同じくして体操服だ。胸が主張しすぎている。
「何故って。魔理沙さん健康しちゃうんでしょう? 健康といえば太極拳」
「健康しちゃうってなんだ。まあそうだが」
「では老師、お願いしますわ」
「お任せあれ」
「お前幾ら貰ってるの?」
「お前ではありません。美鈴老師と呼びなさい」
「はいはい」
紅魔館って副業大丈夫なんだろうか、などといらない心配をしながら、妙にやる気満々の美鈴の指示に従う。
他の訓練や食事に比べれば、実に楽だ。
ただ普段使わない筋肉で体勢を維持したり、動いたりする為、明日は間違いなく筋肉痛である事は明白だ。
「も少しゆっくり動いてください。呼吸も忘れてはいけません」
「お前達のいう呼吸ってのは、そんなに大事なのか?」
「ええ勿論。それが基本ですわ。おのれは世界、世界はおのれである事を良く自覚してくださいな。肉体として形作られているものが、世界に溶けて行く感覚、広大に広がる世界に、自分が広がって行く感覚を得られるようになれば、もはや身体など自由自在です」
「身体が?」
「そうですよ魔理沙さん。見る人によって私の胸の大きさが違うのもその所為です」
「マジか。恐ろしいな」
そんな戯言はともかく、確かに健康生活だけを見るなら、するに越したこともない。食事は青娥がなんとかする、というのだから、それを信じる他ないが。
「はい、大丈夫です。筋が良いですね、魔理沙さん。もう少し身体が柔らかいと良いんですが」
「そうかい。お前もこれ毎日してるのか?」
「毎日どころか寝ている間すらしてますよ。最近は極まりすぎて、咲夜さんがナイフ投げるタイミングも解るし、ナイフも避けられるし、身長も伸びたし、胸も大きくなったし、恋人が出来て小銭がたまって出世も決まりました。すごいなあ太極拳。怖い、こんなにも凄い私が怖い」
「私はお前が怖いぜ」
「あ、毎日きますので、ええ、貰った分働きます、青娥さん宜しくです」
「ええ、ありがとう」
何が良いのか満足げに、美鈴が飛んで帰って行く。青娥に目を合わせると、彼女は柔和に微笑んだ。
きっと何か企んでるんだろうなーと思いつつ、親身に接してくれるのは、嫌ではない。
「ああ、そうそう。一日の終わりには、これを」
そういって、青娥は懐から丸薬を三つほど取り出し、魔理沙に差し出す。
「これは?」
「仙丹ですわ」
「これが。小さいな」
魔理沙が作っている薬に比べると、その小ささは比では無い。魔理沙が作るものは大きく、一気飲みしないと効果が上がり難い仕組みになっているので、これは有難い。
「……変なものじゃないよな?」
「まさか。お客さんに出す変なものといえば、あの食事くらいで」
「……後で飲んで良い?」
「いいえ。いまどうぞ。見ていますから」
……飲まない事を警戒されているのだろうか。
「なあ、青娥。お前さ、なんでこんな事してるんだ?」
「こんなこと、とは?」
「道教普及か?」
「ああ。それもありますし、仲間は多い方が良いじゃありませんの。長生きするリスクも、当然ご存じでしょうから、それも含めて、一応、私の話をきいているのでしょう?」
長生きのリスク、といえば、是非曲直庁からの刺客などだろう。一度、青娥は博麗神社まで穴を抜けて逃げて来た事がある。
「私、結構純粋に、お手伝いしようと思ってますの……博麗霊夢や、東風谷早苗に、貴女は置いて行かれるのではないかと、考えていますね」
「……そう、だが」
「幸せな事は、長続きした方が良い。それは誰もが思います。かの神子様達は、国の統治を考えての延命であり復活でしたけれど、その考えの中に、楽しい事を含まなかった訳もない。人はみんな、死や老いや病が怖い。仏教はそれを超越しようとするがあまり、あらゆる欲を絶って、人間らしさを捨ててしまいますわ。魔術は危険が伴う。蓬莱の薬、話は聞いてますの。でも、あれは死にたい時に、死ねない薬ですわ。そう、その身、その心、全て自分の物でありながら不老不死になると言う事は、手段が限られる」
「タオは、それを可能にすると」
「自然のままに、という意味では、この国の宗教観とも合致しますし、そう否定的でもないでしょう。これを試したからと、死ぬわけでもありませんわ。私の信用にもかかわる。まして、貴女ですわよ。幻想郷の巫女様の、親友。これを害したとなれば、この楽園から去らざるを得ない。道教が邪教とされ、迫害されるような真似を、私が自ら、しませんわ?」
青娥の語りはもっともだ。神子達がどうかは知らないが、安住の地を自ら捨てるほど愚かな奴は居ない。彼女達はその身をこの地に人質とされている。もう、外には居場所などないのだ。
「わかった、飲むよ」
「有難うございます」
「なんで頭下げるんだ?」
「んっ……あ、いえ。その。私はその、おちゃらけているし、怪しいですもの。そんな、面と向かって信用されると……」
そういって、青娥が顔を赤くする。
不覚。不覚にも。
魔理沙はそんな青娥を見て、なんだか少し、不思議な気持ちになった。
※
青娥のカリキュラムをこなし始め、もう一か月がたとうとしていた。
不老不死に近づいているかどうかは解らないが、とかく健康になったような気がする。
そんなある日の事である。
「あはははっ!」
青娥の馬鹿笑いで目を覚ました魔理沙は、その声のする方を見る。彼女は鳥かごのようなものを持っており、その中では何か、小動物……いや、妖精のようなものが観えた。
「青娥、何してるんだ?」
「三尸虫捕まえたったった!!」
「五月蠅い」
「おふ。ごめんなさい。テンションあがっちゃって」
「三尸だ? 誰のだよ」
「勿論魔理沙さんのですわ」
「え、出てったの? まずくないか? 北帝に悪行報告するんだろう?」
確かその筈だ。三尸は夜中に人から抜け出し、北帝にその悪行を暴露して炎上させる鬼畜野郎である。魔理沙の行ってきたカリキュラムは、それを抑え込むものだと考えていただけに、意外であった。
「本来なら抑え込むだけで良いのですけれど、まあやっぱりお腹空いたら他に行こうと思ったのではないでしょうか。ずっと見張っていたんですの」
「見張ってたって、私の寝ている間か? お前何時寝てたんだ? てか夜もウチに居たのか?」
「ええ。あら、ダメでした?」
「あいやその……ね、眠くないか?」
「ま、仙人ですもの。一年二年寝ないくらいなんでもありませんよ」
「む、そ、そうか?」
「そ、そうですわ。な、なんで顔紅くしてますのよ」
「いやその……ほ、本当に一生懸命だったんだなって。疑って、悪かった」
「あっ……ば、馬鹿言わないでくださいな。わ、私の為、私の為ですもの……」
そういって、何か抑え込んでいるのか、青娥は顔とは裏腹に、鳥かごをバンバン叩く。中の三尸が絶望の眼でそれを見上げていた。
しかしよく見ると、全部魔理沙に似ている。いうなれば萃香のミニのようなものだ。
「で、青娥。それどうするんだ?」
「処理します」
「なんだか私に似てて、気が引けるけど」
「幾ら似ていようと、虫は虫。魔理沙さんが変な気を起こすまえに、えい」
青娥は取り出したカンザシで、鳥かごをつつく。どんな原理になっているのか、籠に穴が開いた。壁扱いなのだろうか。
中から出ようとする三尸を器用に捕まえ、青娥は容赦なく、三匹に握りつぶす。
握りつぶした手を拭い、青娥は魔理沙に笑いかけた。
「魔理沙さん、おめでとうございます。思いの外早かった」
「もしかして、これで寿命延びた?」
「本当は二十年くらいかかるかな、なんて思っていたのですけれど、そんな事ありませんでしたわね。勿論、これで完全とは言いませんけれど、早死には確実に逃れられる。ただ、穀物を取ればそれだけ三尸がまた、生まれやすくなる。なので、この生活は心がけてくださいな」
「喜んだ方が良いかな?」
「普通では出来ませんのよ? 魔法使い達が必死にやろうとした事を、一か月でやりのけた。やっぱり、私の方法は間違いじゃなかった」
「あ、やっぱり実験台だったんだな?」
「あ、あ、いやその。昔からある方法に、私なりのアレンジをかけただけですから、そこまで酷い事になるような確率は低かったので、安心はしていたのですけれど、ええ、ええ。でもこれ、本当に凄い。魔理沙さん、もう人じゃありませんのよ」
「物凄く実感ないぜ。でもめでたいなら良いか。祝杯ー……はダメか米だ。ああ、お酒飲みたい……」
「んー……米や麦以外で作ったお酒なら、飲めるかもしれませんね。少し、探してきますわ」
「え、ああいや、そこまでしなくても」
「いいえ。何にせよ、弟子のめでたい事ですから、お祝いくらいしませんと。お料理も、少し高い乾物を使いましょう。楽しみにしててくださいな」
「あ、お、おう。うん。ありがとう」
「……なんか私」
「ん?」
「毎日一緒にいて、ご飯まで御世話して、貴女と一喜一憂して……」
「ああ、そうだな」
「……これ、想ったのですけれど」
「うん?」
「……夫婦、みたいで」
「……え?」
「い、いえ。なな、なんでも。あ、じゃあ、その、出てきますから、うふふっ」
そういって、青娥は壁を抜けて出て行った。いつもなら普通にドアから出て行くのだが、余程焦っていたらしい。
お前何言ってんだ、などと突っ込めればよかったのだが……魔理沙はこの一カ月を思い返す。
『魔理沙さん。この味付けなんてどうでしょうね?』
『んー。もう少し塩味がきいててもいいかな……』
『じゃあこうして……これでどう?』
『ん。食べられる。というか美味しいぜ』
『うふふ。それは良かった』
『青娥』
『はい?』
『なんか、いつも悪いな。これって費用外なんだろう?』
『い、いいえ。そこまで苦じゃありませんわ。どうせその、私は暇ですもの』
『そうか? なら、いいけど』
『え、ええ』
『大丈夫ですか?』
『頭がガンガンする……』
『仙丹を服用し始めて、穀物も絶ちましたから、身体に変調をきたすのも想定内です。ただ少し頑張ってくださいね。これを抜ければ、きっと楽になりますから』
『なら、いいんだけどな……』
『何か、欲しいものは?』
『んー。甘いものかなあ……』
『……見繕ってきますわね』
『……』
『これ、これなら、影響もない。さ、食べて見てくださいな』
『ん。甘い。美味しいかも』
『えへへ……良かった』
『ありがと、青娥』
『いいえ。何かあったら、言ってくださいな』
『……この訓練、本当に意味あるのか?』
『当然ですわ。さ、文句の一つも言わず続けてください』
『なあ青娥。お前、なんで仙人になったんだ?』
『父が道教マニアで。父の本を読んでいるうち、私も道士になりたいと考えたんですの』
『師匠とか、いたのか?』
『憧れた人はいましたわ。そして、その申しつけを守った』
『お前も、外丹法での仙人か』
『……ええ。典型的な。ただ、私は名の通り、人よりも欲深かった』
『私に修行つけてるのも、お前の欲から来てると』
『それも、ありますけれど……今は、何だか、少し違った想いがある』
『ふうん。何?』
『い、言いません。もう、ほら、集中してくださいまし』
『わーったよ。もう』
『うふふ。頑張って、ね』
『うー……寒っ。なんかこう、最近は健康になった気がするけど、やっぱ少し痩せたよな』
『今の内だけですわ。気の巡りが整えば、柔らかくて良い身体になります』
『でも寒い』
『ああ、なら、私も一緒に寝ましょうか。芳香を抱き枕にしても良いですけど』
『死体と寝るのは勘弁だぜ……』
『失礼しまーす。あ、お客さん、こういうの初めて?』
『大人しく寝てくれ頼むから』
『……魔理沙さん、ちっさい。ちょっと可哀想ですわ』
『元から大きくないからなあ』
『……不老不死になったら、何かしたい事は?』
『いつも通りにするよ。楽しい事する』
『楽しい事ってなんですの?』
『なんだろう。別に、今も、慣れたし、苦じゃない……けど。まあ、お前の指導が良いのかな』
『そ、それは、よかった……』
『な、なんで抱きつくんだよ』
『楽しい事、教えましょうか?』
『何かあるのか?』
『まあ、これも、指導の一つという事で』
『――あっ』
……。
「……あ、これ夫婦だこれ」
魔理沙は絶句した。そういえば、あれから一か月、片時も青娥から離れた覚えが無い。
まして一日合わない日があったとすれば、なんだかそれだけで妙に不安になる。
いやいや待て、あいつそもそも妖怪だぜ? しかも同性だぜ?
色々考え、それが単なる言い訳でしかない事に直ぐ気が付く。そんな隔たり、この幻想郷では屁でもない。
そもそも自分とて、つい先ほど、人間を超越したばかりである。
「せ、せいが……は、いないや。私――う、うう。なんか、修行ばっかり意識して、気が付かない振りして……あれこれもう、私、あいつの掌の上じゃないか? こ、これが狙い? お、恐ろしいぞ邪仙。あいや、でも、最初はそんな感じじゃなくて……やっぱり、一緒に生活してて……お互い……」
落ち着こう。
ベッドに腰かけ、体内に気を循環させる。もう慣れたものだ。青娥の言う通り、魔理沙にはかなりの才覚があったらしく、一週間を過ぎる頃には気の巡りが手に取って解るようになった。
丹田に気をためこむようにして、深く呼吸を整える。
その時だ。
妙に、下腹部のあたりに、でっぱりがあるように思えたのだ。
(なんだ……?)
下腹部をさする。確かに、少し張っている。たまるようなものは何もない筈だ。
「……おーい。生きてる?」
このタイミングで、客人か。ドアの外から聞きなれた声が聞こえる。
「ああ、入って良いぞ」
「御邪魔。ああ、生きてた。顔色良くなったわね」
ずかずかと上がり込んできたのは、博麗霊夢であった。修行中も会ってはいたが、殆ど毎日のように顔を合わせていただけに、数日も途絶えるとこうして霊夢自らやってくる。
心配してくれていたようだ。
「ああ、聞いてくれよ。虫を追いだしたんだ」
「……そっか。じゃあ、アンタも魔法使いね。つまり妖怪ね。退治しないと」
「霊夢?」
「冗談よ。でも、どうしたの。お腹さすって」
「いや、何でもない。霊夢はどうしたんだ?」
「何、きちゃダメな理由があるの?」
「いや、無いが」
霊夢は部屋をチラリと見てから、改めて魔理沙に視線を戻す。青娥を気にしていたのだろう。
「あいつは?」
「ああ、お祝いするっていうから。買いだしだろう」
「そう。じゃあ、ご相伴預かろうかしら」
「そうしていってくれ」
その日はまず、めでたいという事で久々に酒も口にした。竜舌蘭で出来た御酒だというから、確かに穀物っぽくはなかった。
暫くぶりで一緒に御酒を呑んだという事もあってか、霊夢は少し呑みすぎていた。散々呑み明かした挙句、彼女は飲酒運転で博麗神社に帰って行った。
やっと静かになった所で、青娥に自身の身体の疑問を問う。
「……まさか」
「なんだ、まさかって」
「んー。魔理沙さん、私の知らない間に男性とまぐわったかしら?」
「ばば、馬鹿いうな。なんだそりゃ」
「えー……可能性としてはそれが一番高いのに……じゃあないとすれば……あれだけど……」
「何か、悪い事か?」
「いいえ。ですけれども、あれは本当に、長い間修行してやっと……というものですの」
「つまり、私ごときではあり得ない事象ということか。じゃあやっぱなんか、悪いものじゃないのか」
「確かめる手段もありますわ。少し、気持ちが悪い気分になるかもしれませんけれども」
背に腹はかえられない。まさか悪性腫瘍など笑えない話になっては困る。
魔理沙は椅子に深く腰掛け、青娥の言う通りにする。
「息を吐いて、まあ、心霊療法みたいなものですわ。貴女の身体に少し、手を突っ込みますから」
「ど、どこからだよ!?」
「そういうのじゃありませんわよ。手ごと入ったら、不味いでしょう色々……」
「そりゃそうだが……」
腹部を晒すと、青娥の手が小さく撫でる。それからしばらくした後、不思議な感覚があった。
腹の中に、直接手を入れられている。
「うわ、こわ」
「いつも通り、呼吸して、そう。気を回して、丹田に集めて」
「……こうか?」
「――うわ、本当だ。すごい、なんてこと。魔理沙さん、ご懐妊おめでとうございます」
「は?」
青娥が手を引き抜く。
言っている意味が良く分からない。
「常々、新しい貴女をイメージして気を体内で練ってくださいといいましたわ」
「そうだな」
青娥が引き抜いた掌の上には、小金色に光る、小さな霧雨魔理沙が、蹲っている。
「タオがめぐり、タオと合一し、純然たる己の中の新しい形を作りあげる事。実に大切な事ですの。その究極的な地点が、これ。受胎したタオ。『道胎』と呼ばれる、新しい、アナタ……失礼」
青娥の手がまた、腹の中に収まり、するりと抜ける。
道胎はしっかりと収まった。
「どど、どうすれば。ええ、処女受胎?」
「どこぞの神様が寝取った訳じゃありませんわ。貴女より出るもの。いわば世界の子」
「そ、そんなこと、ありえるんだな……」
「貴女のその身だけで、地仙ぐらいを目指したのです。大きな手段を用いず、元からある肉体のみで仙人になる方法ですわ。けれど、ここまで来るとは……青娥、大誤算」
「あ、おい」
青娥は首を振り、荷物をまとめ始める。
「何処行くんだ?」
「終わりましたもの。貴女は三尸を捨て、あまつさえ道胎すら作りあげた。教えるどころか、ここから先は釈迦に説法になってしまう。私は邪仙。邪だからこそ、邪に、貴女に取り入ろうとしたのに。邪に、染めようとしたのに」
「お前は、私をどうしたかったんだ?」
「おもちゃですわよ。暇つぶし。貴女が一喜一憂する姿をみて、滑稽と笑いたかった」
「あ、おい」
「おつかれさま。費用は、まあ、いりませんわ。遊んだし」
そういって、青娥が家から出て行く。追いかけるべきだったが、自身に降りかかった説明不能の状態を鑑みると、それどころではなかったのかもしれない。
それに、腹立たしくあった。
「なんだ、そりゃ……私、どうしたら、いいんだよ……」
腹を撫でる。
示されるべき道がない。
この一カ月、最初はいやいやながらに続けていたが、やがてそれは当たり前になった。
魔力を扱う量が増え、三日食べずとも腹も空かず、何時間でも瘴気の濃い森の中で深呼吸をしていられる。身体は活力にあふれ、笑う事も増えた。
そんな間、青娥はずっと隣にいた。
確かに、邪な気持ちはあったのだろう。彼女は邪仙であるからして、人間が理解する範疇を超えた部分の楽しみを持っていたかもしれない。
だが、魔理沙に接する姿は、とかく人間くさく、親元を離れて久しい魔理沙には、どこか温かみを感じられるものがあった。
どのくらいの量、魔理沙を思って行動していたのか、それは解らないが――全てが彼女のみの楽しみであったとは、とても思えない。
「くそ、好き勝手しておいて、逃げる気か、あいつ」
箒を手に取り、夜空に舞い上がる。
青娥に責任を取らせなければならない。
※
「子供ができた」
「ファッ!?」
博麗霊夢は手にしていた湯呑みをぶん投げ、そのまま後ろに三回転半転がり、ドロワーズ丸出しのまま停止した。
何かにつけて結構適当な霊夢も、流石に驚いたのか、目が点になっている。
「誰の子よ馬鹿!!」
「な、なんでそんなに怒るんだよ」
「わた、わたし――くっ……私が先に手をつけておけば……」
「いやいや、女同士で子供は出来ないだろ」
「やってみなきゃ解らないじゃない!!」
「おちつけ」
とはいえ、魔理沙もいきなりすぎた。というか魔理沙が一番びっくりしたのだ。
朝起きたら腹の上にミニサイズの魔理沙が寝ていた、という衝撃の状況である。
「こまり、挨拶」
小さい魔理沙だからこまり。取り合えず名付けたが、喋りはしないらしい。魔理沙のお下がりを着ている為、そのまま小さい魔理沙である。赤ん坊として出て来た訳ではないのだ。
「……うわー……小さい頃の魔理沙そっくり……今も大きくは無いけど……」
「完全にコピーだろ?」
「誰の子か知らないけど、そうね」
「説明する、ちょっとまて」
青娥に聞いた事実と、図書館で漁った本の知識を、霊夢に説明する。
ちなみに本を漁る為訪れた紅魔館では、パチュリーが卒倒し、お茶をしていたアリスが失神し、咲夜が吐血した。
「ふうむ。私なりに解釈するに、体内に作りあげた式神、しかも高純度で、殆ど本人と変わりのないもの、と言う事かしらね」
「素材的にも原理的にも、間違いではないだろうな。結局はタオだ」
「それで、その子はどうするのよ」
「道胎は、その精神をこの新しい身体に移し、完成とする。方法は不明なんだが、散々とタオタオと言い続けて来ただけに、もう、なんとなく解る」
「アンタ自身はどうするの?」
「私は今の時点で、地仙みたいなもんだしな。つまり、もう人間じゃないから。もっと高次に行こうと思うなら、この子の身体に乗り移る事になるだろうぜ」
「やるの?」
「んー。この子に寿命がある訳でもない。私がしっかりと日々の生活を守って、この子に力を注ぐなら、いつまでもそうしているだろうさ。その煩わしさを省くとなると、さっさと移った方が良いみたいだな」
「なるほどね。で、アンタを妊娠させたアイツはどこいったのよ。畜生が」
「だから違うだろう。うん、まあ、それなんだよ。もう一週間顔出してないから、どこいったのかと思ってさ。お前は見ていないのか?」
「見てないわね。アテはないの?」
「ないな。うーん」
奴の事だ、どこかで営業して回っているのかと思いきや、人里でも見ていないという証言ばかりであった。では廟か、もしくは神子の桃源郷かと思ったが、そちらでも見かけていないという。
完全に手詰まりとなり、此方まで顔を出したのだが、それも外れだった。
「ともなると、隠れ家かしら。あいつ、鬼や死神に狙われてるしさ」
「それが解れば、世話ないんだが」
「ふうむ。ねえ、その子、ちょっと貸して」
「ん? まあいいが」
霊夢が手招きする。こまりは小さく頷き、霊夢へと歩み寄る。
「霊夢よ。こいつの本来の正妻よ」
「何言ってるんだお前」
「酷い話よ。暫く顔見せないと思ったら子供こさえてくるなんて……魔理沙のばかばか」
「何キャラだよお前……」
「ああ、でも可愛い……すごい可愛い、ねえ、うちの子にならない?」
こまりは、ふるふると首を横に振る。
「ぬふぅッ」
その姿が堪らなかったのか、霊夢が悶絶し、首ブリッチ状態で停止した。
「カハッ……ケホッ……私も長くないわ……可愛い……うう……おのれ……子供こさえて自分は居なくなるなんて、とんでもない鬼畜がいたものだわ……あいつの居そうな場所……」
「なにかあるか?」
「んー……あ、そうだ。アイツ何も残していかなかったの?」
「一式片づけて帰っちまったしな」
「何でも良いのだけど。薬とか、本とか、まあ鼻の聞きそうな奴もいるし、私の勘がアテになるかもだし……」
「んー。本はないな。ただ、パンフレット……あ、ああー、そうだ。パンフ。これぐらいしかなかったからなあ」
「パンフ?」
「そうそう。アイツが私ん所に営業に来た時、持ってきたパンフレット」
そういって、魔理沙は懐からパンフレットを取り出す。
怪しげな文字が並び、うさんくさいうたい文句が羅列されている。
「どこにも住所らしきものは無かったが」
「んー……あ、これはどう。青娥と神子が美少女に囲まれて映ってる写真」
『タオのお陰で彼女が沢山出来ました』という文句がかかれ、神子が半笑いで、青娥が満面の笑みを浮かべ、布都がお菓子を食べながら屠自古と喧嘩している。
「この景色、見た事あるか?」
「たぶん、人里外れの、丘の麓ね」
「よくわかるな。助かる。早速行ってみるぜ」
「魔理沙」
「うん?」
「まあ、出来てしまったものは、仕方ないわ。しっかり認知させるのよ」
「あのなあ……」
「別に冗談で煽ってる訳じゃないわ。結局共同作業で産まれたんなら、別に交わらずとも貴女達の子でしょう。愛も恋も知った事じゃないわ。無責任な事しないよう、叱りつけてきなさいな」
「……悪かった。そうだよな。ごめん」
「で、私ともその過程を経れば、出来るのかしら? それ片付いたら私もお願い」
「よし、行こう」
「あ、やだ、魔理沙待って、じょうだ……冗談じゃないわよ! 待って! あいしてるぅー!」
演技かかって泣き叫ぶ奴は信用ならないので、取り敢えず霊夢は捨て置き、示された場所へと飛ぶ。
道胎の方は、本当に何ものにも囚われていない、自然そのままのような存在なのか、空中を飛ぶ、という人間離れした技も、平然とやってこなす。
どうたい、では呼び辛い為、便宜上こまりと名付けたが、彼女は言葉を発する事はない。
そもそも、これは魔理沙の器なのだ。
自我が宿ってしまえば、そこに魔理沙が入る余地が無くなる。
魔理沙は悩んでいた。
例えこれが、自分から出た、自分そのものであったとしても、人の形をしているからには、乗り移る、という行いに引け目を感じる。
「なあ、お前さ。どうしたい?」
そんな事を問うて、何をする気か。ほとほと意味はない。
だが、想うのだ。
もし、一言でも、どうしたいのか教えてくれたならば――それで踏ん切りが付くと。
自分を示してくれれば、それはもう他人だ。自分では無い。
「青娥、どこだろうな。あいつの所為でお前が出来た、というなら、霊夢の言う事も確かだぜ」
いうなれば、子供。
どんな形であれ、人との共同作業によって産まれた、生命体であるのならば、しかもそれが人の形をしているのであれば、我が子と言っても、過言ではなかろう。
動物ではないのだ。
「青娥に、お前も会いたいか?」
問い続ける。
こまりは小さく思案し、ほんの少しだけ、小さく頷いた。
魔理沙はニヤッと笑い、箒を駆る。
では、そうだ。会わなければ。そしてこの子を突きつけねばなるまい。
以前よりも、気持ちが大きい。頬を撫でる風も、陽の光も、木々の香りも、霧雨魔理沙なるものに、今までにない感情と感覚を授けてくれる。
これが合一するという事の、片鱗だろう。
霧雨魔理沙はもう、人では無いのだ。
※
まあ、色々と考えたのだ。
やる気はあったし、使命感を感じてもいた。折角こんな面白い場所、楽しまねば損である。
道教普及に関して、神子達にも協力を要請した。元は彼女達自身が道教を学び、生きながらえる事で下々を支配する構図であるからして、最初は難色を示していたものの、幻想郷という土地柄、仏教よりも快楽の幅の利く道教を率先して指導する事により、幻想郷の統治者として君臨するという発想にこぎつけた。
とにもかくにも、まずは解りやすい『見本』がいる。
ただの人間では困る。そこそこの知名度があり、ああ、あの人が、と言われる人物が好ましい。
しかしやはり、里の人間では実践し辛い。そもそも営業が妖怪であるからして、警戒心も抱くだろう。騙し易い子供をさらうと、妖怪の大御所に怒られる、という土地柄、それも出来なかった。
青娥からすれば、男の扱いなど容易い。だが、これもどうも、下世話になってしまい、宣伝にも向かない。売春婦じゃあるまいに。
ともすると、人間は限られてくる。
本来ならば博麗霊夢が一番良かった。
一度迫ろうともしたが、八雲なにがしに止められた。
長い事生きている青娥だが、あれほど生命の危機を感じる妖怪もいない。
ではどうするか。誰が良いか。
丁度、その隣に、悲しそうな目をした彼女がいた。
霧雨魔理沙の周りが、あまりにも人とかけ離れた人ばかりだった為か。疎外感を感じていたのだろう。下調べする中で、彼女が必死に人間を超越しようとしている事実も突き止めた。
では是非もない。
そうして、霧雨魔理沙に白羽の矢が立ったのだ。
「上手くいきませんわ。ねえ芳香」
「あー、はなせぇー」
「抱き枕抱き枕」
リアル芳香抱き枕を抱えてゴロゴロと転がり、庭岩に頭をぶつける(芳香が)
起き上がり、大きく欠伸をしてから、溜息を吐いた。
年中暖かく、華が咲き香り立ち、小鳥が歌うここは、青娥の『壺中天』である。程度としてはかなり低いが、邪仙と罵られる者にしては、相当の術式である。
壺、とはいうが、青娥の場合酒樽だ。ここを出ると、里外れの古びた納屋に出る。
「芳香、お茶ー」
「うえーい」
小川の畔に建てられた東屋で、何をするでなく、適当に過ごす。これでは今までと何も変わりが無い。ただ、長引いた寿命を好い事に怠惰をむさぼっているだけだ。
(魔理沙、今何してるだろ……困ってるかしら……)
ここ最近は、本当に充実していた。
仙人として人様に講釈を垂れ、無理難題を押し付け、じょじょに成長する彼女を見守りながら、笑って過ごす日々である。
あんなに充実した日々が、青娥の人生にありえただろうか。
勿論、似たような時期はあっただろう。気立てが良くて美丈夫な男に女、そういった人間を見繕っては、仙人にしてやると嘯き、堕落を極めた生活を送っていた。
その中でも、見込みのあるものは魔理沙のような修行に付き合わせたが……誰一人として、辿り着く事はなかった。
「魔理沙――」
「うぉお……まりさじゃないぞお私はぁー」
「はい、お茶ね。良く出来ました。角砂糖は幾つ欲しい? みっつ? いやしんぼめ!」
「なにもぃってないぃぃぃ」
「芳芳芳芳ぃぃ」
ふとしたことで、彼女の笑顔が頭に浮かぶ。
いやいやとして居た頃も、慣れ始めた頃も、次第に、彼女が人間から離れて行き始めた頃も、どの笑顔をとっても、思い出すだけで何か、胸が熱くなった。
「こ、この歳で。人間のガキに、まさか……ない、ないない。ありませんわ」
……などと、人間の少女のように、自分の気持ちを否定するような歳でもない。
解っている。
あの才能が羨ましかったのだ。
霍青娥は、勉強に勉強を重ね、家まで出てた。
何仙姑(かせんこ)のお告げによって、雲母を砕いて飲み下し、一度死に、そして蘇ったのだ。
ワガママと、相当の苦労と、苦渋の決断の結果。邪仙霍青娥は在る。
霧雨魔理沙には才能があった。
しかも、とびきり、もはや封神演義の登場人物ではあるまいかと、思うほどの、フィクション性である。それもこれも、全ては幻想郷という、異世界が為し得るものなのだろうか。
彼女は恵まれている。
そんな彼女に一か月付き合い、惚れ惚れするほどの飲み込みの良さ、指導が確実に益を出しているという実感が、青娥を酔わせた。
そう、そして彼女は出来あがった。
それを見本に、道教普及に努めれば、万事解決、何一つ悩む必要もない。
だが、自分の作りあげたものは、確実に自分を超えたものであり……その事実に、嫉妬したのだ。
何も出て行く事など無かった。
今からでも、会いに行けば良いのに。
(だ、ダメよ。ぜ、絶対変な風に想われてるし……は、恥ずかしい)
にゃんにゃん、この歳にして恋愛脳に悩まされていた。
嫉妬したのは事実だが、それ以上に魔理沙の笑顔がただただ眩しい。今更同性も何もない。
てか、私見合い結婚だし? そのあと適当に男も女も食い散らかしたっていうか、本来魔理沙もそのつもりでいたし?
というなんともフザケタ心持ちだっただけに、まさかこんな気持ちになるとは思わなかった。
青娥大誤算である。
「よよよよよしかかかかどどどどどうしよう……」
「おぉぉせいが、タコみたいだぞぉー……」
「誰がタコやねん誰がタコやねん、うわあぁどうしようぅぅ……」
庭に飛びだし、花をむしり取り、転がりながら花弁を一枚二枚と引きちぎって行く。
「あう! あわない! あう! あわない! あう!」
「あう! あわない! あう! あわない! あう!」
「ちくしょぉぉぉ花弁なんて数決まってるにきまってきまああああっっっ!!」
転げ回り、そのまま池に落ちた。
バシャン、という音の後、暫くして、青娥が浮き上がる。
完全に涙目である。
「……はじゅかしい」
今すぐ戻って、魔理沙のおゆはんを作ってあげたい気持ちと、今更顔を出すのは凄い恥ずかしいという気持ちがインファイトし始める。
魔理沙ちゃんとご飯食べてるだろうか。
出来あがった道胎大切に育ててるだろうか。
わ、私の事、どう思ってるだろうか。
そう考えれば考えるほど、胸が熱くなり、体温があがる。
やがて上がり過ぎて、池が蒸発した。
「……太子様に報告……啖呵切っただけに、し辛いですわね」
ぐしょぐしょのまま、池から這い上がって身体を庭に投げる。
こんなにもふざけた仙人、きっと何とも思われてない。
彼女とて、同性で、しかも邪仙なんて呼ばれてる奴、気にしてる訳がない。
そうだ。
男も女も、探せば幾らだっている。魔理沙以外に外丹法を実践しうる人間とているだろう。
次、次に移ろう。
何も今更、小娘一人に熱をあげて、心奪われる必要など――
「――ん?」
そう考えていると、やがて外の方から声が聞こえた。
外、というのは、つまり酒樽の外だ。
「近くに人間が来てるのかもしれませんわ。芳香、ごあいさつにいって」
「うえーい」
芳香を上にあげ、その間に神子への報告書類をまとめて鞄に突っ込む。
十数分後。青娥と芳香を繋ぐ気の線が、切れる気配がした。
(術者? 鬼じゃあるまいし)
気の流れを読みとる。
人間。いや、もう少し強大だ。しかし妖怪にしては、タオの流れが柔らかい。
やがて、その人物が、壺中天の中で姿を現す。
「あ、せいが」
「きょあっ!!」
「え、ちょ、青娥?」
「きょあぁぁぁあぁッッッ!」
逃げ出した。
霍青娥は、顔を真っ赤にし、走って壺中天の庭を駆けまわる。
やってきたのは、外へ出した道胎を連れて歩く、魔理沙である。
「待て、おーい」
「こないでくださいまし!」
「なんでだよ」
「は、恥ずかしいから!」
「どうして。毎日顔合わせてたじゃないか」
「合わせる顔もありませんわ! なんかぐしょぐしょだし!」
「そりゃ知らんな。しかたない。こまり、さっき教えた通り、あの人だぞ。呼んでみろ」
何をどうする気だ。
道胎に自我などない。あっては困るのだ。
それは器であり、本人が中に入らねば意味がない。中身が出来てしまっては、それは別人、本末転倒なのである。
こまり、と呼ばれた道胎は、口を開く素振りをする。声は出ていない。
しかし。
(――ママ)
こいつ、脳内に直接語りかけてきやがった、というツッコミをする間もなく。
「きゅうぅぅぅんっ!」
青娥はぶっ倒れた。
ママと呼ばれてしまったのなら仕方が無い。
「けほっ……私も焼きが回りましたわ……ああうそぉん……てかママってぇ……」
(青娥ママ)
「やめてぇ! ママって呼ばないで! 私、処女じゃないけど経産婦でもないのぉ……」
「青娥、落ち着けって」
魔理沙が近寄り、青娥の肩に手を触れる。
青娥は咄嗟に顔を袖で隠した。しかし、それも取り払われてしまう。
やだ、漢らしい、などと思いつつ、青娥は顔をあげ、目だけそむけた。
「全く、探したぜ」
「逃げたんですもの」
「なんで逃げた」
「……邪な自分が、ちょっと嫌になっただけですわ」
「今更すぎないか?」
「今更だからこそです。それで、魔理沙さんは、何をしに?」
「何って。お前を引き連れに来たんだろう」
「何故。私は貴女で遊んだだけなのに」
「嘘吐け。お前、それだけじゃないって、自分で言ってたじゃないか」
「――ゆ、友好関係は結んでおかないと、指導が滞りますでしょう。そういう態ですわ」
「こまり」
(ママ)
「はうんっ」
「……確かに、お前は打算ありきで動いてたかもしれないが、少なくとも私は違う。最初こそ、いやいやだったし、辛くもあったが――その」
「その?」
「その、途中から……えっと。お前がいない生活が、考え、られなくて」
「あ――う、や、やめてくださいな。仙人をたぶらかして、どうしようっていうんですの」
「冗談でこんな事いうか。は、恥ずかしい」
「……つまり、魔理沙さんは、私を連れ戻して、どうしたいと? もう、修行は終わったのに」
魔理沙が青娥から手を離し、立ち上がる。
顔を真っ赤にした彼女は、帽子でそれを少しだけ隠し、震えた声で言う。
「これからも、私の食事の世話、してくれよ。それに、こいつがいるんだ。お前に会いたがってた。す、好き勝手して、更に勝手に、出て行くな、馬鹿」
「あっ――」
どうすれば、良いのか。
自分は、霍青娥は、そうだ、未だ、霍と名乗っている。
あらゆる怠惰を極め、堕落をむさぼり、人々を貶めては笑っていた。
しかし、それもこれも……本当は、旦那に引き止めて貰いたかったからだ。こんなにもダメな自分を、助けて欲しかったからだ。
だが、それは無かった。自分は長く生き、引き止める人も消え去った。
ずっとずっと、馬鹿のように笑い、鬼畜の如き所業に励み、陽の国の政治すら混乱に陥れた。
もはや誰からも手を差し伸べられない。
長い時を生きるだけの、邪仙。
「……魔理沙」
それを、今、求める人がいる。手を差し伸べる人がいる。
「もう、こいつは、自分を持ってるから。もう、私じゃあなく、私達の子だから。あれでも、産んだの私だし、ママは私か?」
「何を……馬鹿な。魔理沙さん、貴女、誰に向かって、そんなセリフ、吐いてますの? 私が高笑いして、貴女の好意を蹴飛ばしたら、どうするつもりで?」
「しないだろ。するのか?」
「……恥ずかしい人」
「構わないさ。これから長い人生だから、こんな恥ずかしさも、一時のものだぜ」
手を取る。
なんて恥ずかしい人なんだろうか。
青娥は――罵りながら、その手を取る。
「霍の姓、とうとう捨てる事になりそうです」
「……ああ。ほら、この子も、抱いてやってくれ」
ぼんやりと青娥を眺める、小さな魔理沙だ。手を差し伸べると、何も違和感なく、すんなりと受け入れられた。
気の流れを読みとる。確かに、主体的な流れは魔理沙だが、どこか、青娥の面影があった。
※
『私達結婚しました』
葉書を手に、博麗霊夢は乾いた笑みを漏らす。
『霧雨魔理沙攻略大対策会議』という天井からつるされた横断幕が寒々しい。
霊夢の隣にいたアリスは畳の目を数え始め、パチュリーは虚ろな目で賢者の石を発動させ、咲夜は笑いながらナイフの手入れをしている。
「諸問題がどこにあるのか、今更追及しても無意味ね」
「近くに私達が居る場合、極力積極的な接触は避けましょう、なんて言い出したのは霊夢ですわ。というか、一番近くにいる時間が長い貴女が、あんな新参に魔理沙を持って行かれるっていうのは、どういう了見で?」
「咲夜、少し落ち着いて、笑顔ナイフは怖いから」
「失礼。でもだってだって、私の魔理沙ちゃんが……」
「いやお前のじゃないだろメイドおい」
「パチュリー様は黙らっしゃいくださいませ」
「畳の目すごぉい……数がすごいのぉ……こんなにあったら数えきれにゃいぃぃ……」
「アリス、現実逃避はダメよ。きっと今からでも遅くないわ」
「でも、霊夢、畳の目……じゃない……そう、マリアリ。天下のマリアリが……負ける……など、考えられない……」
「それ言い出したらレイマリもパチュマリもでしょう」
「ちょっと、なんでサクマリ省くの」
「ちょっとマイナーくさいし」
「はあ!? そんなことないですし! むしろ公式で彼女と接点多いの私ですし!」
「やめ、メタやめ」
会議は大紛糾である。暴走したパチュリーを霊夢が仕留め、暴走したアリスを霊夢が仕留め、破れかぶれの咲夜を霊夢が仕留め、取り敢えず仕留め終わったところで、霊夢は一大決断を下す。
「……決めたわ」
「ど、どうするの、霊夢。やっぱ青娥なんとか×して、マリアリでしょ?」
「もうこの際、答えは一つしかない」
霊夢が立ちあがる。
「はい、魔理沙、あーんして☆」
「あーん」
「どうどう?」
「ん。美味しいぜ」
「やーん☆ミ こまりちゃんも、あーん☆」
そこには幸せな家庭が築かれていた。
同性で仙人同士の夫婦で、更に子供までもうけているという、幻想郷でも稀に見る、恐らく世界唯一のあったか幸せ家族である。
これを打ち砕くものがあるのならば、そいつは鬼畜以外の何者でもない。
しかし、その平和な家庭の平穏を、乱すものの影が迫っていた。
「魔理沙!」
ドンドンと、魔理沙宅のドアを叩く者がいる。
「あら、お客さん?」
「霊夢じゃないか、その声。いいぞー……――えぇぇぇぇ……?」
「魔理沙!」
「魔理沙!」
「魔理沙!」
扉が開け放たれる。
ぞろぞろと入って来た彼女達は……全員ウェディングドレスを着ていた。
「愛人でもいいから!」
「もうこの際何番目でもいいから!」
「えっと、敢えて言うなら二号にして!」
「あ、じゃあ三号でいいですわ!」
「な、なんじゃこりゃ」
「流石私のご主人様、人気が違う。正妻の私鼻高々で大勝利ですわ」
「え、青娥それでいいの?」
「むしろ妾がダメなんて誰が?」
「わあ、コマッチャッタナ――って、なんだそりゃああああああああああっっっ!!!!」
こまりは、新しく出来たらしいママ達を見回し、取り敢えず『良い子供で居よう』と覚悟してから、笑顔を振りまいた。
数週間後、『霧雨』青娥発行の道教推進健康パンフレットには、魔理沙を中心として乙女たちが並び、『道教を始めたお陰でお嫁さんが沢山出来ました』という煽り分が添えられていた。
受け取った人々は口ぐちに爆発しろと呪詛を唱えたという。
めでたしめでたし
咲マリはレミ咲めーさくが強いから少ないのも仕方ない、けっこう好きだけど
一番好きなのはレイマリだったり
面白かったです
面白かったです
途中まで面白かったけどそれで-100点になりました
もっとも作者さんこのような評価も覚悟のつもりで書いたのだとは思いますが
この話単体では説得力もありませんし他に内容もなさそうです
読み始めの展開がなぜこんなあさっての方向に着地したのか残念です
使うとはたまげたなぁ
特に最後4分の1、悪ノリを推敲せずにそのまま出した「やらかし感」が否めない。
東方がどうとか真面目がどうとか、内容がどうとか以前に、こういうものを発表できる人格を疑う
この部分を詳しくしてくれたなら100点を進呈しよう。
さあ、さあ!
自分は楽しめたけどな!
娘々は実はすごい良いキャラしてると思うからもっと色々絡んでほしい。
ハーレム展開は好き嫌い激しいから難しいですね
例えば女性からの目線に立ってみたら、いかにこれが不快感を与えるものだとわかるでしょうに
失言ひとつでそれまでの創作活動と名義を畳まざるを得なくなる人のパターンですよ、これ
この作品読んでぶり返したんでアンチにもどるわ
見損なったよ
楽しませていただきましたただ、淫夢語だけは純粋にイラッとしたのでどうかな、と
かといってU1ハーレムかというとそうではなく、ジョジョの主人公みたいなイメージ。あれの主人公も、なんか女の子にモテてるけど、キャラの性格付けのためのものだし。その説得ができていたかどうかの判定が、この魔理沙を受け入れられるかを分けてる。
もしくは単純に好みの問題で、嫌なら見るなというだけなのかもしれないけど。
娘々が、自分の客観的なイメージと魔理沙に抱く思いのギャップに悶えてるところが可愛らしくてよかったです。
ただ、後半の展開が唐突に感じられました。個人的にはすごい量の方も見てみたいと思います。
迎えに来るまであんなに乙女だったのに
面白かったです、青マリに目覚めそう
…あれ?でもこれってつまり魔理沙魔法使いやめてね?
と、本筋と関係ないこと考えながら、筆力ある人が残念な方向に力をふるったなあとスクロールしていったら、反応激しくて笑ってしまった。
カップリングという、この界隈で延々と繰り返される争いを忘れていた人の情念を呼び覚ましたのは凄いですね。
色々面倒になるかもしれませんが、次作も待ってますんで、折り合いつけて頑張ってください。応援してます。
すばらしい!GJ!
読む人を選ぶ作品だとは思いますが、良くも悪くも人の感情をここまで動かせるのは、皆が作品に惹きつけられている証拠だと思います。
これでお茶漬けだとフルコースどうなるのだろう…自分は全力だしてもここまでは書けないかなー、とか思ったり。最近は長編があんまりない気がするんでそっちも読んでみたいですね。
ただ咲マリをマイナーと言ったことは許しません、屋上
にゃんにゃん可愛いよにゃんにゃん!
国立前期の合格発表は10日あたりだったかな?
私はこういう全力でふざけた話は好きですよ
意外なカップリングも中々良いものですね
体操服姿の魔理沙に密着して柔軟を手伝う同じく体操服姿のにゃんにゃん。近年まれにみる名シーンでした。ありがとう。
これは幸せな家庭生活編を書いてもらうしかw
キャラの混乱具合がいちいちおもしろかった
こういう作品もたまには良いと思います。
むしろ近頃わっけわからんオリジナルキャラ多々出てくるSSよりは楽しめました。
過去に良作をいくつか出してるからこそできる作品だと思います。
というのは冗談として、的確な時期に話題性を引き出せるテーマで出すのは非常に上手いと評価せざるを得ない。
基本的に良い作品を作るからこそできた事なんでしょう
点数は私の分も誰かが十分に入れているので、無評価です。
エピローグ的な霊夢たちのドタバタもこの作品の流れでこそ活きる
元ネタ知らなくてよかった。知ってたら先入観やらで楽しめなかったかもしれない
これからも知らないままでいた方が得しそうだ
いいものが読めました。ありがとうございました
それだけにデレてしまったのが少し悲しくもある。
ハッピーエンドなので良かった良かった。
凄い量でぜひ書いてください。期待してます。
ハーレムだろうとこういうコメディのオチとしてならいけるな、と
青マリがこんなに魅力的だったとは
まさかまさかの展開にびっくりです。魔理沙が幸せそうで何よりw
ところでこの道教は何処に行けば始められますか。
文章などの作り方は流石だと思いました。ストーリーの流れも、細かな心理描写も、キャラの組み合わせも、やっぱりすごい人だなぁと感じました。
ただ、いわゆる百合全開ハーレムという内容が、俄雨さんの今まで書いてきた阿求等の良質なシリアス作より高評価となってるのは、炎上による作者擁護点が集中したからだと思いたいです。
正直、俄雨さんが今まで書いていた作品と比べて、ここまで高評価となる作品だとは私は思えません。アンチと擁護の殴りあいの結果、得点がはね上がっただけに私には見えました。好き嫌い別にしても、正常な評価を受けた作品には思えないです。
なので、他の方が沢山点をつけてますので無評価とさせていただきます。
にゃんにゃんが好きになりました。いいSSなのにもったいない
ところで、この道教を始めたいんですが、どうすれば…
ヨシカがでばらないのがちょっと寂しかったです!こまりの腹違いの妹ポジションにおさまってほしかった!
腹(種?)違いの姉、ですな。
悶える青娥可愛い!
自分は悪くないと思う
俄雨さんがギャグ書くとこうなるのかすごい…
なんかもうすごい…
だがぐしゃぐしゃって顔じゃないなら何処の部分か正式にお応えいただきたい。
ギャグとしても面白いし、何よりテンポが小気味よい。オチもよかったし文句なし!
青娥にゃんにゃんがクッソ可愛かったので。
カップリング会議には笑いました
自分はおもしろかったので100点
にゃんにゃん可愛い!
流石ダブスタは百合厨俺嫁厨のお家芸だな
面白かったです。
…ま、ごちそうさまでした
とんでも展開のように思えますが、実は割と王道的なストーリーですよね。
それを含めて点数って結果を出していることには変わらないので
僕も点数をおいて行きます
最後が気持ち悪かった(小並感)
ハーレムやめちくり〜
ヤリスギィ!オオンアオオン!
ラストがやっつけすぎる−50点
けど発想、文章ともどもとても引きつけられました
次頑張って、どうぞ
だが青マリとは…珍しい。珍しすぎる
乙女な性格の青娥が見れて眼福でした
青娥と魔理沙っていう珍しいカップリングでここまでいいなぁって思わせられるのはすごい
コメディ要素もかなりよかったし最後まで楽しんで読めました