「宇佐見蓮子が死んだ」
「……それが前提条件?」
「制約条件かな?どちらかというと」
講義で課されたレポートを前にしながら、蓮子は淡々と言う。
「秘封倶楽部はどのような条件下で存在が可能か」
課題が終わったのか、それとも集中力が切れたのか、大方後者だろう。彼女はそのような問を投げ掛け始めた。手に持ったシャープペンシルでトントンとテーブルを叩きながら私に問いを投げかける。その叩いているテーブルは私の部屋のものなのだが。
「疲れたからって人を休憩時間に巻き込むのはどうかと思うのだけど」
「あら、一人より二人って言うじゃない。友人との語らいは頭だけじゃなく心もリラックスできると思わない?」
とはいえ私もそろそろ疲れてきた頃だった。別の問題で頭を柔らかくするのも悪くは無い、か。
「はいはい……。さて、その問に応えるには秘封倶楽部の定義が必要ね」
ノートの新しいページをめくる。どんなに科学の進歩した世界でも、やはり物事の思案、議論の基本は紙に書くことだと私は思う。
「宇佐見蓮子の死を制約条件として、秘封倶楽部の存在を証明できるか否か、ってことかしら。」
「問題として書き起こすとそうなるわね。まず秘封倶楽部とは何かしら?」
「私と蓮子で活動するオカルトサークル。世界に存在する隠された境界を暴く、二人のサークル、ね。」
私はノートの新しいページに"私"、"蓮子"と書く。
「定義上はメリーね、"私"だとわからないわ」
それを言うならそこはマエリベリー・ハーンとするべきではないだろうか。書くのも手間なので"メリー"と書き直す。
「そして制約条件は、宇佐見蓮子が死んだ、ね」
私は蓮子と書かれた部分を丸く囲み。"死"と書く。
「そう。さて、私が死んだ場合、秘封倶楽部は存在するかしら。メリー?」
ノートに書いた文字を見ながら私は暫し考える。
私、蓮子、死、二人を分かつ死。
――厭な話のはずだが、嫌悪感は浮かばない。
そして、証明の道筋が浮かぶ。
「宇佐見蓮子が死んだ場合でも、秘封倶楽部は存在する」
「証明せよ」
凛として発言する私の目と、その解答を待っていたと言わんばかりの蓮子の目が合う。
さぁ解答証明の開始だ。シャープペンシルをカチカチと振り芯を出す。
「宇佐見蓮子の死は存在の有無とは独立の現象。つまり、これは宇佐見蓮子が生と死の境界において死の側に存在を移しただけと考える」
"メリー"と書かれた文字と、"死"が付いた"蓮子"の文字の間に一本の線が入る。
「そしてマエリベリー・ハーンは生と死の境界の生の側にいる」
"メリー"の文字の上に今度は"生"の文字を書く。
「つまり私たち二人はこの生と死の境界を隔てて存在していることになる」
ペンの先で私達を隔てる一本の線……ノートの上に描かれた生と死の境界を指す。
「ふむ」
蓮子は私のノートを見ながら証明を聞いている。手元のレポートに断片的な単語をメモしながら、真剣に聞いている。
「生と死の境界を隔てて存在している……生と死の境界が私達を隔てるなら、私も蓮子も、お互いを求めて必ずその境界を求めて探す。私が生の側で境界を探すなら、蓮子は必ず死の側で境界を探してくれる。これは隠された境界を暴く私達秘封倶楽部のいつもの活動として変わらない……。」
ここまでを一気に言い終える。蓮子の様子を見る限り、彼女は一言も聞き漏らしてはいないだろう。
「故に、宇佐見蓮子が死んだ場合でも秘封倶楽部は存在する。証明終了」
一呼吸置いて、証明の最後を告げる。
「よい証明で」
蓮子は手を叩く素振りをする。
「ありがとう、証明過程はともかく、メリーならそう言ってくれると思っていたわ」
そう言ってくれる、というのは「いかなる場合でも秘封倶楽部は存在する」ということだろう。
「仮定とはいえ、厭な制約条件ね」
「本当にそう思ってる?」
「実はそんなに」
顔を見合せ二人で笑う。
「私もよ。死ぬことは怖くない。存在がなくなって、メリーと離れることなら怖いけど……」
「けど?」
「メリーなら境界を探して私を見つけてくれそうだから、どこへ行こうが死のうが怖くないわね」
「なにそれ」
全く他人任せな言葉だ。でもそれは裏を返せば信頼してくれているということだろう。
「そして私はどこにいても時間と場所はわかるから、あなたとの待ち合わせ場所でも探して待ってるわ」
「いつも遅れるくせに?」
「会えれば良いの、遅れることは目的達成に対しては些細なことよ」
まったくもう、と頬を膨らませてしまう。だけどそれも私達にとってはいつものこと。
「生と死くらいじゃ秘封倶楽部は分かたれないわ」
「むしろその境界を暴くだけ、ね?」
そしてまた目が合い二人で笑う。
そう、私と蓮子の秘封倶楽部はその程度では終わらないのだ。生と死すらも私たちの探求材料の一つにすぎない。"いつもではないこと"を探すのが、私達の"いつも"、なのだ
「……でも、まだ生きてやりたいことや欲しいものはたくさんあるから死にたくはないわねー」
さっきまでの真剣な顔はどこへ。んーっと伸びをしながら蓮子は気の抜けた声で言う。
「例えば?」
「レポートを終わらせたあとのご褒美がまず欲しいかなー」
そう言いながら伸びの姿勢からそのままテーブルへ突っ伏す。
「ご褒美は何がいい?」
「メリーがいいな」
「はいはい」
私だって終わった後のご褒美は蓮子が良いに決まっている。それもまたいつものこと。
秘封倶楽部は今日も続いている。証明終了。
秘封に討論ごっこは似合いますな。
死んでもお互いを探すなんてちょっと泣けますね。
なんだかいつもの二人の会話、って感じがしてなかなかに良かったです。