幻想郷最後の正統派妖怪にして、オールドスクールの体現者でもあるこの私、多々良小傘の話をしよう。
正直な話、私ほど人間を驚かせる事に情熱を注いでいる妖怪は居ないと思う。
なにせ他の連中ときたら、妖怪としての本分を忘れて遊び呆けてばかり。これでは人間と大差無いではないか。駄目な種類の人間と。
その点、私は違う。人を驚かせるために日々研鑽を重ね、失敗を恐れず実践し続けている。まさしく妖怪の鑑と呼ぶべき存在だ。
故に、私は自信を持ってこう宣言する。この幻想郷で私を驚かせられる者が居るとすれば、それは私自身をおいて他に無い。
「大した実力も無いくせに、プライドだけは一人前ってわけか。オールドスクールが聞いて呆れるぜ」
……だからという訳ではないが、我が半身とも呼ぶべき傘が突然口を利き始めた時、正直言って滅茶苦茶驚いた。
マジでチビるかと思った。実際チビったかもしれない。下着の替えなんか持ってない。どうしよう。
「自分で自分に驚いてどうする。それでよく俺様の本体が務まるものだ……」
コイツが私で、私がコイツ? いやいや、それは無いって。
俺様とかいう間の抜けた一人称を使うヤツに、多々良小傘を名乗る資格などあってたまるものか。
「言い忘れていたが、俺様は世にも珍しい『俺様っ娘』だ。聞いて驚け、見て叫べ」
そーなのかー。やったね。凄いね。そのキャラ作ってるでしょ?
頭に浮かぶのはそんな言葉ばっか。無関心と悪意とでは、どちらが妖怪にとって命取りとなるのだろうか。
って、そんな事を気にしている場合じゃない。どうして傘が喋るんだ。今まで一度もこんな事無かったのに。
「変革の時が来たんだよ。これからは俺様が多々良小傘の本体となって、幻想郷を恐怖のどん底に叩き込んでやるぜ」
なんと、わちきを乗っ取るともうすか。そうは問屋が阿古屋貝。雨に唄えば酸性雨。ジーン・ケリーもドロドロね。
……思考が上手く纏まらない。脳の半分をコイツに使われてしまっている所為か? 妖怪に脳があればの話だが。
どの道、こんなヤツに主権を委譲してやるつもりは無い。私は私、喉がカラカラ。そんな愛こそ好きさモンスター。
「おい、真面目に話を聞く気があるのか? やはりお前は時代遅れのガラクタだな。そんな事じゃあこの先生きのこれないぜ」
挑発的かつ冒涜的、或いは……ああ、語彙が尽きてしまった。くやしいです。
何だってコイツは私をボロクソに貶してくるんだ? 仮にも自分自身なのだから、もう少し優しい言葉を呉れたっていいんじゃないか?
いや待った、私はコイツを認めない。多々良小傘の本体はあくまで私であって、この傘は私の一部でしかない。偉そうに喋っていい道理がどこにある。
「わからないのか? だったら教えてやる。お前の芸風は既に飽きられているんだよ。これ以上何をやったって、もう誰も驚きはしないって事さ」
そんな事は無い! ……と思う。いや、思いたい。私はまだまだイケるはず。
確かに、このところ芳しい成果を上げられていないことは事実だ。焦りがある事も認めよう。
だが、それとこれとは話が別だ。もし仮にコイツが多々良小傘となったところで、今までと何が変わるというのか。
「これまでのやり方を一新する必要がある。まずは……謂れを作る事から始めよう。謂れは妖怪を強くするからな」
おや? 意外にもマトモな事を言う。
もっとこう、人間を手当たり次第に殺戮して回るとか、そういうアレな意見が出て来るものとばかり思っていたわ。
単なる馬鹿では無いらしい。流石は私の半身、侮り難し。
「バックボーンとして最適なのは、やはりラブストーリーだろうな。あれならどんな馬鹿でも容易に理解できる。
当然、主役はこの俺様だ。相手は……ゲームボーイがいい。灰色の初期型で、持ち主の手垢が残っているようなヤツが。
彼は……ゲームボーイは持ち主に捨てられて、心を閉ざしてしまっているんだ。かつての我々のように。
木陰でひとり読書に耽る彼を見た瞬間、俺様の全身に電流が走る。随分と陳腐な表現だが、まあ気にするな。
それからというもの、俺様は彼の気を引くためにありとあらゆる手段を講じる。
正面から驚かすのは当然として、あとは他愛も無いイタズラとか、ちょっとエッチなハプニングとかだな。
最初は無関心を決め込んでいた彼も、俺様のひたむきな姿勢に心動かされ、少しずつ心を開いていく。
段々と惹かれ合っていく二人。しかし、幸せな時間はそう長くは続かなかった。
ある日俺様は、不運にも性質の悪い巫女に因縁をつけられ、謂れのない暴行を受ける破目に陥る。
そこに彼が駆けつけてきて、必死に俺様を庇おうとする。その結果、彼は致命的な損傷を受けてしまうんだ。
巫女が去った後、俺様は泣きながら血まみれの彼を抱えて、永遠亭に助けを求める。
一通りの処置を終えた後、ドクター八意は深刻そうな顔で俺様に告げるんだ……彼がもう、長くはないという事を。
数日の間、俺様は彼につきっきりで看病をする。彼の灰色の……ひび割れた身体を拭いてやったりしてな。
そして、最後の瞬間が訪れる。泣きじゃくる俺様の髪をそっと撫でて、彼はこう囁くんだ。
『君に出逢えてよかった。愛してるよ小傘……永遠に』と。彼のディスプレイから光が消え、命と恋が儚く終わる。
彼を命蓮寺の墓地に埋葬して……ああ、葬式はやらないぞ。彼を弔う資格があるのは、世界中で俺様ただ一人なのだからな。
残された俺様は、自分の無力さに打ちひしがれながらも、次第に憎しみの感情を増幅させていく。
恋人を殺された妖怪の噂は、瞬く間に幻想郷全土へと広がるだろう。そうなれば、俺様に向けられる視線も少しは変わってくる筈さ。
巫女を呪い、人間を呪い、幻想郷を呪う恐ろしい妖怪。しかしその裏には、悲しい恋の物語。如何にも馬鹿共の喜びそうなネタだな。
小説家気取り共はこぞってペンを走らせるだろう。やがては人形劇にもなり、ショウの見世物として美化と伝説化に拍車がかかる。
そうなれば、しめたものさ。妖力は青天井に増大し、多々良小傘はあっという間に大妖怪の仲間入りってわけだ。
どうだ、すごいだろう。俺様に任せてくれさえすれば、お前にもイイ思いをさせてやるぜ? さあ、返答を聞こうか!」
却下。
「そんな! せっかく頑張って考えたのに!」
無駄な努力ほど無駄なものはない。身をもって証明してくれたのは結構だけど、私まで空しい気分になるのは何故だろう。
ふと見ると、コイツ目玉の部分がバッテンになってやんの。あらカワイ……くはないな。
陳腐かつチープなこのリアクションこそが、コイツが私である事の、何よりの証明だとでも言うのだろうか。やな感じ。
「いい加減、俺様を受け入れたらどうだ? いくら目を逸らしたところで、俺様は常にお前と共に在るんだぜ?」
やかましいわ、このボロ傘……ああ痛い! 心が痛い!
この貶し方じゃあ駄目だ。これでは私にまでダメージが入ってしまうよ。
えーっと、この俺様野郎! ばか! ださいデザイン、痛い! まぬけ! 茄子みたいな色、痛てててて! もう嫌!
「おい、不毛極まりない自傷行為はやめるんだ。死にたいのか?」
うっさいこの馬鹿。オマエに乗っ取られるくらいなら、いっその事死んだほうがマシだっての。
生に涯あれど名に涯はなし。多々良小傘の名前は、最後まで私ひとりのモノだ。誰にも譲る気は無い。
「大した心意気だが、中身が伴わなければ空しいだけだ。その点俺様ってすげぇよな、最後まで中身たっぷりだもん」
中身ってのはアレか、さっき披露した夢みたいな妄想話か。
あんなお涙頂戴話が幻想郷で通用する筈が無い。はっきり言って場違いだよ。
負け犬はうしろ指差されて嘲笑われる。ここはそういう世界なんだから。
「負け犬のお前が言うと説得力があるな。それで? お前はこのまま幻想郷の底辺で在り続けるつもりなのか?」
誰が底辺だ。私より惨めな妖怪なんて幾らでも……居るのかなぁ。いやいや、下を見たって意味が無い。
かと言って、上だけを見続けるのもどうかと思う。足元が覚束なくなるからね。
ここはひとつ前向きに……前を見ようにも正しい方向がわからない。私が向かうべき先とは、一体……?
「お前は既に行き詰まってるのさ。いくら足掻こうと落ち続けるのみ。長い旅路の果てに魅惑の明日は来ないんだよ!」
そんな事はない! いつかまた昔の様に、唐傘お化けが恐れられる時代が到来するはず! しなきゃ困る!
あ~あ、昔は良かったわねぇ。ちょっと驚かしただけで、みんな腰を抜かしていたあの時代。
出来ることなら帰ってみたいよ。夜が妖怪たちの天下だった時代にさ。
「『昔は良かった』……本当にそうか? こいつは俺様の個人的な意見だが、昔も今も大して変わらないんじゃないか?」
なにっ、ただの夢想だっていうのか? 真実の昔は別な話だって、そう言いたいのかコイツは?
なんて馬鹿なヤツなんだろう。妖怪たちが虐げられている現状を見れば、そんなこと口が裂けても言えない筈だろうに。
「昔強かった妖怪は、今だって強いままだろう? 結局は地力がモノをいう世界なのさ。時代の所為にするのは二流、三流である証だ」
まーた偉そうな事ほざきやがって。その台詞を吐く事が許されるのは、オマエが言ったような強者だけだろうに。
じゃあ聞くけど、今強くない妖怪はどうすればいいの? 恨み言ひとつ言えないまま、黙って消え去れって言うの?
「泣き言を吐く前に、少しは己の行いを顧みたらどうだ。お前のやり方がベストなものであったと、その無い胸を張って宣言できるのか?」
胸は関係ないだろ胸は! 私はいつだって全力でやってきた。手を抜いた事なんて一度も無い。
しかし、どれだけ気合を入れて驚かせても、まともにリアクションを返してくれる人なんてほんの一握り。
罵詈雑言を浴びせてきたり、石をぶつけてきたりするのはまだマシな方。殆どの人は何も言わずに立ち去ってしまうのだから。
「アティチュードの問題じゃない。俺様はセンスの話をしているんだ。お前には決定的に欠けている、人を驚かせるセンスのな……」
センスが無ければ補えばいい。その為なら何だって捧げてやるわ。命だろうと、人間性だろうと。
誰にも注目されず、誰も驚かせられない妖怪に、一体全体何の価値があるというのか。
私は嫌だ。このまま何一つとして成し遂げられないまま終わるなんて、そんなの絶対に嫌だ!
「そうやって自棄を起こす前に、俺様に任せてみてはどうかね? 大丈夫、きっと全てが上手くいくさ」
いくわけないって何回言えばわかるのかしら。どんだけ頭がお目出度いんだよ。
あんな誰でも思いつくようなストーリー如きで強くなれたら、誰も苦労はしないっつーの。
「誰でも、とは聞き捨てならんな。それならお前やってみろ。出来ないなんて言わせないぜ?」
──アタシの名前はコガサ。心に傷を負った付喪神。カラカサスリムで妖怪体質の愛されガール♪
アタシがつるんでる友達は正体不明をやってるヌエ、神主にナイショで爆乳ハイパーバトルに出てるユウカ。訳あってパンクバンドの一員になってるキョウコ。
友達がいてもやっぱり幻想郷はタイクツ。今日もヌエとちょっとしたことで口喧嘩になった。
女のコ同士だとこんなこともあるからストレスが溜まるよね☆ そんな時アタシは一人で墓地を歩くことにしている。
がんばった自分へのご褒美ってやつ? 自分らしさの演出とも言うんだがな!
「あーひもじい」……。そんなことをつぶやきながらしつこい雑魚キャラを軽くあしらう。
「オラァ死ね、死ねェ!」どいつもこいつも同じようなセリフしか言わない。
雑魚キャラはカワイイけどなんか薄っぺらくてキライだ。もっと等身大のアタシを見て欲しい。
「ちーかよーるなー!」……またか、とハードなアタシは思った。シカトするつもりだったけど、チラっと雑魚キャラの顔を見た。
「……!!」
……チガウ……今までの雑魚とはなにかが決定的に違う。スピリチュアルな神霊がそいつのカラダに吸い込まれていく……。
「……(ゲージが減らない……!! ……これって回復……?)」
そいつは3ボスだった。連れていかれて弾幕張られた。「キャーやめて!」ボムをきめた。
「ガッシ! ボカッ!」アタシは死んだ。さでずむ(笑)
「死んじまったじゃねーか!? ええい、ボツだボツだ! 認められるかこんなモン!」
認められたって困るよ。誰でも思いつくような話って言ったから、どこかで聞いた話をちょっと変えてみただけなんだし。
でも、実際やってみると結構大変なのね。こういうのがスラスラ出て来るってのも、それはそれで一つの才能なのかも。
「ほほう、どうやら俺様の凄さが少しは理解出来たようだな。で、どうだ? そろそろ新旧交代の時だと思わないか?」
思いません。つうか旧って私のことかい。オールドスクールってそういう意味じゃねえから!
ちょっとでも甘い顔を見せたらコレだよ。ホント油断ならんヤツだ。
「まだ続けるつもりなのか? どうせ先は見えてるんだ。早いトコ見切りをつけちまったほうが身のためだぜ」
大きなお世話だ。私は誰かを驚かせるのが好きなんだ。無理強いされてやってる訳じゃない。
例え結果が伴わなくても、続けること自体に意味がある筈。そう信じて、私はこれからも私で在り続けるのさ。
「精神的に向上心のない者は馬鹿だ。つまりお前は馬鹿だ。馬鹿がこれ以上取り返しのつかない馬鹿になる前に、俺様に代わるべきだろうこの馬鹿が」
馬鹿馬鹿うっさいこの馬鹿め。馬鹿の何が悪い。頭が悪い。ほっとけ!
なんかもう子供のケンカみたいになってきた。不毛かつ非生産的で……語彙が尽きました。何しろこちとら馬鹿ですので。
そもそも、何が悲しくて自分と罵り合わねばならないのだろうか。何か他に解決策は無いのか? 何か……。
「そろそろ決着をつけようじゃないか。俺様とお前、どちらが本当の多々良小傘なのかを!」
どちらが、だって? 既に結論は出てるじゃないか。
認めたくはないが、私もコイツも多々良小傘なのだ。マジで認めたくないけど。
私はコイツを受け入れる。だから、コイツにも私を受け入れてほしい。そうでなければ、お互いいつまでも先に進めないままだ。
「最近のお前があまりにも不甲斐ないから、わざわざ俺様が出張る破目になったんだ。それを分かるんだよ、本体!」
ああ、そうだね。認めるよ。
最近の私は、周りがまるで見えていなかった。自分を信じると言えば聞こえはいいが、結局はただの自己満足に過ぎない。
誰かを驚かせようと思うなら、相手の事を第一に考えなければならないのにね。
「ハッ、この期に及んで殊勝とは笑わせてくれる。お前はもう終わっているんだ! イマい言い方をするとオワコンなんだよ!」
“イマい”も“オワコン”も死語だと思うが、まあ私らしいと言えば私らしい……かな?
もちろん、このまま終わってやるつもりなど毛頭無い。この多々良小傘には夢がある。ビッグになるという夢が。
今はまだ、弱小妖怪の端くれもいいところだけど、いつか必ず大物になって、幻想郷をひっくり返してやるんだから!
「囀るんじゃねえ、この役立たずが! ボンクラ! ばか! センス×の駄目妖怪! スカポンタンの倒変木!
時代遅れで、将来性ゼロで、学習能力皆無の低能! お前の知性は妖怪の標準以下だ!
どう足掻いても一流になれない、哀れな哀れなジャンクのくせに! みっともなく現世にしがみついてんじゃねえ!
お前ひとり居なくなったところで、誰も気に留めやしないぞ! すぐに忘れ去られるに決まってらァ!
……なんだこれは、涙か? くそっ! なんだってこの俺様が泣かにゃあならんのだ、畜生め!」
どうだ、痛いだろう。ぶっちゃけ私も相当痛い。これが自分と向き合う痛みってやつだよ。
自分の弱さを認め、そして乗り越えること。これは試練だ。私“たち”が先へと進むために、避けては通れぬ道なのだ。
「何が試練だ、このヘッポコ……違う、俺様の事じゃない! じゃあお前は……誰だ!? 誰か! 誰か助けてくれ!」
混乱している……のか? さっきの罵倒が良くなかったんだろうね、きっと。貶し方を間違えると酷い目に遭うから。
コイツがパニクる分には構わないのだけど、私の方にまで悪い影響が有りそうで嫌だ。
「どうなってやがる……俺様は傘で、多々良小傘なんだ。小傘は馬鹿で間抜けだから、俺様がついててやらないと……ああ、そういう事だったのか」
なんとなくだけど理解出来たような気がするよ。コイツが表に出てきた理由。
自己顕示欲の塊みたいな奴だけど、コイツはコイツなりに、多々良小傘を守ろうとしてくれていたんだ。
強がるだけで進歩の無い私に対し、現実を見据えるように……流石に考え過ぎかしら?
「……考え過ぎなもんか。さっきから何度もそう言ってるだろうが。俺様はお前で、お前は俺様なんだ。そうだろう?」
その通りだ。本体である私と傘であるコイツ、ふたつ揃って多々良小傘なのだから。
どちらかひとつに絞る必要なんてない。これからは……いや、これからも一緒にやっていこうじゃないか。
「ああ、そうだな……」
ちょっと、何よその気の抜けたような返事は。
精神的なダメージを引き摺ってるのは分かるけど、もう少し嬉しそうにしてくれたっていいじゃない。
「……俺様は少々くたびれたよ。しばらくの間はお前ひとりでやってみろ。これまで通りに、な」
なんですって!? さんざん自己主張しまくったクセに、今更ソレは無いでしょうソレは!
あーあ、せっかくこれからの活動計画について、私の中でプランを練り上げていたところだったってのに。これじゃあ台無しじゃないの。
「語ってくれ、それが手向けだ」
言うに事欠いて手向けとか、縁起でもない事をぬかすなっての。
まあいい。お望みと有らば聞かせてやろうではないか。私の完璧すぎるプランってやつをね。少し長いから覚悟しておきなさい?
まず、コンビを組むに当たり役割分担を決める必要がある。具体的に言うとコイツがボケで、私がツッコミね。
人間を驚かせる方法についてだけど、最初の内はこれまで通りに、私ひとりで不意打ちをかける。
まあ大抵の人は驚かないだろうけど、そこまでは計画に織り込み済み。ここからが今までと違うところよ。
失敗して涙目になった私に対して、いきなりコイツが大声で啖呵を切り始めるの。
「やはりお前では荷が重いようだな! 今日からは俺様が多々良小傘のニューリーダーだ!」みたいな感じで、馬鹿っぽく。
この時点で驚いてくれれば、それで良し。これでも駄目なら、いよいよ本番よ。
コイツの暴言を受けて、私は若干キレ気味に反論を始める。驚かせる相手なんかそっちのけでね。
そんでもってコイツはヘラヘラ笑いながら、私の欠点やら過去の失敗談やらを並べ立てる。さっきやったみたいな感じでいいわ。
あっ、エピソードなんかは適当に捏造しちゃってもいいわよ? できるだけ荒唐無稽なヤツがいいわね。私がツッコミ易いように。
めくるめく不毛な自虐漫談。横で聞いてる人間はドン引きでしょうね。「なんだこいつら」的な感想が得られれば、もうその時点で私たちの勝利よ。
もし、呆れて去ってしまうような事があったとしたら、それさえもネタにしてしまう程の貪欲さを見せなければならないでしょうね。
後を追いつつ、「ガンダムを見た者を生かしてはおけない」「誰がガンダムよ!」「俺様がガンダムだ!」ってなやりとりを継続して行う。
追われる方は気が気じゃないでしょうね。「どうしてこんな目に遭わなきゃならないんだ。今日は厄日だわ!」と思わせてやりましょう。
そして適当に頃合を見計らい、一旦姿をくらませる。ホッと一息つくターゲット。そこをガツンよ! ホラー映画の定石、まさにオールドスクールね!
こんな感じで撃墜スコアを稼いでいけば、晴れてエース妖怪の仲間入りってワケよ。コイツの目立つところに星型のシールなんか貼っちゃったりして。
どうよ? この完璧なプランは。完璧すぎて裏がありそうなくらいでしょ? 2コマ連続で大ゴマ使っちゃう程の勢いで行くわよ!
「却下」
そんな! せっかく頑張って考えたのに!
私の努力をたったの一言で無駄にしやがって。さっきの意趣返しのつもりか?
いいもん。無駄なものほど美しいんだから。ゆえに私は今、美しい。
「無駄に自信を持つのは結構だが、お前の代わりなど幾らでも居るって事を忘れるなよ。この俺様をはじめとして、な……」
ふん、上等じゃない。
確かに、この幻想郷には数多くの妖怪が居て、その殆どが私より強かったり、何らかの面で優れていたりするのでしょう。
だからと言って、私がここに居ちゃいけない理由なんて無い筈だ。他の連中が考えもしない、考えたところで実行しない様な事なんて幾らでもある。
それをヤるのがこの多々良小傘サマってわけよ。まあ見てなさい。どんな困難に直面しようと、当たって砕けてうらめしやーだ!
「最後に一つだけ言っておく。パンツの替えが欲しいなら命蓮寺に行け。たぶん誰かしら貸してくれるだろう」
しょうもない事を蒸し返すなよ! 誰もそんな事覚えて無かったでしょうに、もう!
正直な話、私ほど人間を驚かせる事に情熱を注いでいる妖怪は居ないと思う。
なにせ他の連中ときたら、妖怪としての本分を忘れて遊び呆けてばかり。これでは人間と大差無いではないか。駄目な種類の人間と。
その点、私は違う。人を驚かせるために日々研鑽を重ね、失敗を恐れず実践し続けている。まさしく妖怪の鑑と呼ぶべき存在だ。
故に、私は自信を持ってこう宣言する。この幻想郷で私を驚かせられる者が居るとすれば、それは私自身をおいて他に無い。
「大した実力も無いくせに、プライドだけは一人前ってわけか。オールドスクールが聞いて呆れるぜ」
……だからという訳ではないが、我が半身とも呼ぶべき傘が突然口を利き始めた時、正直言って滅茶苦茶驚いた。
マジでチビるかと思った。実際チビったかもしれない。下着の替えなんか持ってない。どうしよう。
「自分で自分に驚いてどうする。それでよく俺様の本体が務まるものだ……」
コイツが私で、私がコイツ? いやいや、それは無いって。
俺様とかいう間の抜けた一人称を使うヤツに、多々良小傘を名乗る資格などあってたまるものか。
「言い忘れていたが、俺様は世にも珍しい『俺様っ娘』だ。聞いて驚け、見て叫べ」
そーなのかー。やったね。凄いね。そのキャラ作ってるでしょ?
頭に浮かぶのはそんな言葉ばっか。無関心と悪意とでは、どちらが妖怪にとって命取りとなるのだろうか。
って、そんな事を気にしている場合じゃない。どうして傘が喋るんだ。今まで一度もこんな事無かったのに。
「変革の時が来たんだよ。これからは俺様が多々良小傘の本体となって、幻想郷を恐怖のどん底に叩き込んでやるぜ」
なんと、わちきを乗っ取るともうすか。そうは問屋が阿古屋貝。雨に唄えば酸性雨。ジーン・ケリーもドロドロね。
……思考が上手く纏まらない。脳の半分をコイツに使われてしまっている所為か? 妖怪に脳があればの話だが。
どの道、こんなヤツに主権を委譲してやるつもりは無い。私は私、喉がカラカラ。そんな愛こそ好きさモンスター。
「おい、真面目に話を聞く気があるのか? やはりお前は時代遅れのガラクタだな。そんな事じゃあこの先生きのこれないぜ」
挑発的かつ冒涜的、或いは……ああ、語彙が尽きてしまった。くやしいです。
何だってコイツは私をボロクソに貶してくるんだ? 仮にも自分自身なのだから、もう少し優しい言葉を呉れたっていいんじゃないか?
いや待った、私はコイツを認めない。多々良小傘の本体はあくまで私であって、この傘は私の一部でしかない。偉そうに喋っていい道理がどこにある。
「わからないのか? だったら教えてやる。お前の芸風は既に飽きられているんだよ。これ以上何をやったって、もう誰も驚きはしないって事さ」
そんな事は無い! ……と思う。いや、思いたい。私はまだまだイケるはず。
確かに、このところ芳しい成果を上げられていないことは事実だ。焦りがある事も認めよう。
だが、それとこれとは話が別だ。もし仮にコイツが多々良小傘となったところで、今までと何が変わるというのか。
「これまでのやり方を一新する必要がある。まずは……謂れを作る事から始めよう。謂れは妖怪を強くするからな」
おや? 意外にもマトモな事を言う。
もっとこう、人間を手当たり次第に殺戮して回るとか、そういうアレな意見が出て来るものとばかり思っていたわ。
単なる馬鹿では無いらしい。流石は私の半身、侮り難し。
「バックボーンとして最適なのは、やはりラブストーリーだろうな。あれならどんな馬鹿でも容易に理解できる。
当然、主役はこの俺様だ。相手は……ゲームボーイがいい。灰色の初期型で、持ち主の手垢が残っているようなヤツが。
彼は……ゲームボーイは持ち主に捨てられて、心を閉ざしてしまっているんだ。かつての我々のように。
木陰でひとり読書に耽る彼を見た瞬間、俺様の全身に電流が走る。随分と陳腐な表現だが、まあ気にするな。
それからというもの、俺様は彼の気を引くためにありとあらゆる手段を講じる。
正面から驚かすのは当然として、あとは他愛も無いイタズラとか、ちょっとエッチなハプニングとかだな。
最初は無関心を決め込んでいた彼も、俺様のひたむきな姿勢に心動かされ、少しずつ心を開いていく。
段々と惹かれ合っていく二人。しかし、幸せな時間はそう長くは続かなかった。
ある日俺様は、不運にも性質の悪い巫女に因縁をつけられ、謂れのない暴行を受ける破目に陥る。
そこに彼が駆けつけてきて、必死に俺様を庇おうとする。その結果、彼は致命的な損傷を受けてしまうんだ。
巫女が去った後、俺様は泣きながら血まみれの彼を抱えて、永遠亭に助けを求める。
一通りの処置を終えた後、ドクター八意は深刻そうな顔で俺様に告げるんだ……彼がもう、長くはないという事を。
数日の間、俺様は彼につきっきりで看病をする。彼の灰色の……ひび割れた身体を拭いてやったりしてな。
そして、最後の瞬間が訪れる。泣きじゃくる俺様の髪をそっと撫でて、彼はこう囁くんだ。
『君に出逢えてよかった。愛してるよ小傘……永遠に』と。彼のディスプレイから光が消え、命と恋が儚く終わる。
彼を命蓮寺の墓地に埋葬して……ああ、葬式はやらないぞ。彼を弔う資格があるのは、世界中で俺様ただ一人なのだからな。
残された俺様は、自分の無力さに打ちひしがれながらも、次第に憎しみの感情を増幅させていく。
恋人を殺された妖怪の噂は、瞬く間に幻想郷全土へと広がるだろう。そうなれば、俺様に向けられる視線も少しは変わってくる筈さ。
巫女を呪い、人間を呪い、幻想郷を呪う恐ろしい妖怪。しかしその裏には、悲しい恋の物語。如何にも馬鹿共の喜びそうなネタだな。
小説家気取り共はこぞってペンを走らせるだろう。やがては人形劇にもなり、ショウの見世物として美化と伝説化に拍車がかかる。
そうなれば、しめたものさ。妖力は青天井に増大し、多々良小傘はあっという間に大妖怪の仲間入りってわけだ。
どうだ、すごいだろう。俺様に任せてくれさえすれば、お前にもイイ思いをさせてやるぜ? さあ、返答を聞こうか!」
却下。
「そんな! せっかく頑張って考えたのに!」
無駄な努力ほど無駄なものはない。身をもって証明してくれたのは結構だけど、私まで空しい気分になるのは何故だろう。
ふと見ると、コイツ目玉の部分がバッテンになってやんの。あらカワイ……くはないな。
陳腐かつチープなこのリアクションこそが、コイツが私である事の、何よりの証明だとでも言うのだろうか。やな感じ。
「いい加減、俺様を受け入れたらどうだ? いくら目を逸らしたところで、俺様は常にお前と共に在るんだぜ?」
やかましいわ、このボロ傘……ああ痛い! 心が痛い!
この貶し方じゃあ駄目だ。これでは私にまでダメージが入ってしまうよ。
えーっと、この俺様野郎! ばか! ださいデザイン、痛い! まぬけ! 茄子みたいな色、痛てててて! もう嫌!
「おい、不毛極まりない自傷行為はやめるんだ。死にたいのか?」
うっさいこの馬鹿。オマエに乗っ取られるくらいなら、いっその事死んだほうがマシだっての。
生に涯あれど名に涯はなし。多々良小傘の名前は、最後まで私ひとりのモノだ。誰にも譲る気は無い。
「大した心意気だが、中身が伴わなければ空しいだけだ。その点俺様ってすげぇよな、最後まで中身たっぷりだもん」
中身ってのはアレか、さっき披露した夢みたいな妄想話か。
あんなお涙頂戴話が幻想郷で通用する筈が無い。はっきり言って場違いだよ。
負け犬はうしろ指差されて嘲笑われる。ここはそういう世界なんだから。
「負け犬のお前が言うと説得力があるな。それで? お前はこのまま幻想郷の底辺で在り続けるつもりなのか?」
誰が底辺だ。私より惨めな妖怪なんて幾らでも……居るのかなぁ。いやいや、下を見たって意味が無い。
かと言って、上だけを見続けるのもどうかと思う。足元が覚束なくなるからね。
ここはひとつ前向きに……前を見ようにも正しい方向がわからない。私が向かうべき先とは、一体……?
「お前は既に行き詰まってるのさ。いくら足掻こうと落ち続けるのみ。長い旅路の果てに魅惑の明日は来ないんだよ!」
そんな事はない! いつかまた昔の様に、唐傘お化けが恐れられる時代が到来するはず! しなきゃ困る!
あ~あ、昔は良かったわねぇ。ちょっと驚かしただけで、みんな腰を抜かしていたあの時代。
出来ることなら帰ってみたいよ。夜が妖怪たちの天下だった時代にさ。
「『昔は良かった』……本当にそうか? こいつは俺様の個人的な意見だが、昔も今も大して変わらないんじゃないか?」
なにっ、ただの夢想だっていうのか? 真実の昔は別な話だって、そう言いたいのかコイツは?
なんて馬鹿なヤツなんだろう。妖怪たちが虐げられている現状を見れば、そんなこと口が裂けても言えない筈だろうに。
「昔強かった妖怪は、今だって強いままだろう? 結局は地力がモノをいう世界なのさ。時代の所為にするのは二流、三流である証だ」
まーた偉そうな事ほざきやがって。その台詞を吐く事が許されるのは、オマエが言ったような強者だけだろうに。
じゃあ聞くけど、今強くない妖怪はどうすればいいの? 恨み言ひとつ言えないまま、黙って消え去れって言うの?
「泣き言を吐く前に、少しは己の行いを顧みたらどうだ。お前のやり方がベストなものであったと、その無い胸を張って宣言できるのか?」
胸は関係ないだろ胸は! 私はいつだって全力でやってきた。手を抜いた事なんて一度も無い。
しかし、どれだけ気合を入れて驚かせても、まともにリアクションを返してくれる人なんてほんの一握り。
罵詈雑言を浴びせてきたり、石をぶつけてきたりするのはまだマシな方。殆どの人は何も言わずに立ち去ってしまうのだから。
「アティチュードの問題じゃない。俺様はセンスの話をしているんだ。お前には決定的に欠けている、人を驚かせるセンスのな……」
センスが無ければ補えばいい。その為なら何だって捧げてやるわ。命だろうと、人間性だろうと。
誰にも注目されず、誰も驚かせられない妖怪に、一体全体何の価値があるというのか。
私は嫌だ。このまま何一つとして成し遂げられないまま終わるなんて、そんなの絶対に嫌だ!
「そうやって自棄を起こす前に、俺様に任せてみてはどうかね? 大丈夫、きっと全てが上手くいくさ」
いくわけないって何回言えばわかるのかしら。どんだけ頭がお目出度いんだよ。
あんな誰でも思いつくようなストーリー如きで強くなれたら、誰も苦労はしないっつーの。
「誰でも、とは聞き捨てならんな。それならお前やってみろ。出来ないなんて言わせないぜ?」
──アタシの名前はコガサ。心に傷を負った付喪神。カラカサスリムで妖怪体質の愛されガール♪
アタシがつるんでる友達は正体不明をやってるヌエ、神主にナイショで爆乳ハイパーバトルに出てるユウカ。訳あってパンクバンドの一員になってるキョウコ。
友達がいてもやっぱり幻想郷はタイクツ。今日もヌエとちょっとしたことで口喧嘩になった。
女のコ同士だとこんなこともあるからストレスが溜まるよね☆ そんな時アタシは一人で墓地を歩くことにしている。
がんばった自分へのご褒美ってやつ? 自分らしさの演出とも言うんだがな!
「あーひもじい」……。そんなことをつぶやきながらしつこい雑魚キャラを軽くあしらう。
「オラァ死ね、死ねェ!」どいつもこいつも同じようなセリフしか言わない。
雑魚キャラはカワイイけどなんか薄っぺらくてキライだ。もっと等身大のアタシを見て欲しい。
「ちーかよーるなー!」……またか、とハードなアタシは思った。シカトするつもりだったけど、チラっと雑魚キャラの顔を見た。
「……!!」
……チガウ……今までの雑魚とはなにかが決定的に違う。スピリチュアルな神霊がそいつのカラダに吸い込まれていく……。
「……(ゲージが減らない……!! ……これって回復……?)」
そいつは3ボスだった。連れていかれて弾幕張られた。「キャーやめて!」ボムをきめた。
「ガッシ! ボカッ!」アタシは死んだ。さでずむ(笑)
「死んじまったじゃねーか!? ええい、ボツだボツだ! 認められるかこんなモン!」
認められたって困るよ。誰でも思いつくような話って言ったから、どこかで聞いた話をちょっと変えてみただけなんだし。
でも、実際やってみると結構大変なのね。こういうのがスラスラ出て来るってのも、それはそれで一つの才能なのかも。
「ほほう、どうやら俺様の凄さが少しは理解出来たようだな。で、どうだ? そろそろ新旧交代の時だと思わないか?」
思いません。つうか旧って私のことかい。オールドスクールってそういう意味じゃねえから!
ちょっとでも甘い顔を見せたらコレだよ。ホント油断ならんヤツだ。
「まだ続けるつもりなのか? どうせ先は見えてるんだ。早いトコ見切りをつけちまったほうが身のためだぜ」
大きなお世話だ。私は誰かを驚かせるのが好きなんだ。無理強いされてやってる訳じゃない。
例え結果が伴わなくても、続けること自体に意味がある筈。そう信じて、私はこれからも私で在り続けるのさ。
「精神的に向上心のない者は馬鹿だ。つまりお前は馬鹿だ。馬鹿がこれ以上取り返しのつかない馬鹿になる前に、俺様に代わるべきだろうこの馬鹿が」
馬鹿馬鹿うっさいこの馬鹿め。馬鹿の何が悪い。頭が悪い。ほっとけ!
なんかもう子供のケンカみたいになってきた。不毛かつ非生産的で……語彙が尽きました。何しろこちとら馬鹿ですので。
そもそも、何が悲しくて自分と罵り合わねばならないのだろうか。何か他に解決策は無いのか? 何か……。
「そろそろ決着をつけようじゃないか。俺様とお前、どちらが本当の多々良小傘なのかを!」
どちらが、だって? 既に結論は出てるじゃないか。
認めたくはないが、私もコイツも多々良小傘なのだ。マジで認めたくないけど。
私はコイツを受け入れる。だから、コイツにも私を受け入れてほしい。そうでなければ、お互いいつまでも先に進めないままだ。
「最近のお前があまりにも不甲斐ないから、わざわざ俺様が出張る破目になったんだ。それを分かるんだよ、本体!」
ああ、そうだね。認めるよ。
最近の私は、周りがまるで見えていなかった。自分を信じると言えば聞こえはいいが、結局はただの自己満足に過ぎない。
誰かを驚かせようと思うなら、相手の事を第一に考えなければならないのにね。
「ハッ、この期に及んで殊勝とは笑わせてくれる。お前はもう終わっているんだ! イマい言い方をするとオワコンなんだよ!」
“イマい”も“オワコン”も死語だと思うが、まあ私らしいと言えば私らしい……かな?
もちろん、このまま終わってやるつもりなど毛頭無い。この多々良小傘には夢がある。ビッグになるという夢が。
今はまだ、弱小妖怪の端くれもいいところだけど、いつか必ず大物になって、幻想郷をひっくり返してやるんだから!
「囀るんじゃねえ、この役立たずが! ボンクラ! ばか! センス×の駄目妖怪! スカポンタンの倒変木!
時代遅れで、将来性ゼロで、学習能力皆無の低能! お前の知性は妖怪の標準以下だ!
どう足掻いても一流になれない、哀れな哀れなジャンクのくせに! みっともなく現世にしがみついてんじゃねえ!
お前ひとり居なくなったところで、誰も気に留めやしないぞ! すぐに忘れ去られるに決まってらァ!
……なんだこれは、涙か? くそっ! なんだってこの俺様が泣かにゃあならんのだ、畜生め!」
どうだ、痛いだろう。ぶっちゃけ私も相当痛い。これが自分と向き合う痛みってやつだよ。
自分の弱さを認め、そして乗り越えること。これは試練だ。私“たち”が先へと進むために、避けては通れぬ道なのだ。
「何が試練だ、このヘッポコ……違う、俺様の事じゃない! じゃあお前は……誰だ!? 誰か! 誰か助けてくれ!」
混乱している……のか? さっきの罵倒が良くなかったんだろうね、きっと。貶し方を間違えると酷い目に遭うから。
コイツがパニクる分には構わないのだけど、私の方にまで悪い影響が有りそうで嫌だ。
「どうなってやがる……俺様は傘で、多々良小傘なんだ。小傘は馬鹿で間抜けだから、俺様がついててやらないと……ああ、そういう事だったのか」
なんとなくだけど理解出来たような気がするよ。コイツが表に出てきた理由。
自己顕示欲の塊みたいな奴だけど、コイツはコイツなりに、多々良小傘を守ろうとしてくれていたんだ。
強がるだけで進歩の無い私に対し、現実を見据えるように……流石に考え過ぎかしら?
「……考え過ぎなもんか。さっきから何度もそう言ってるだろうが。俺様はお前で、お前は俺様なんだ。そうだろう?」
その通りだ。本体である私と傘であるコイツ、ふたつ揃って多々良小傘なのだから。
どちらかひとつに絞る必要なんてない。これからは……いや、これからも一緒にやっていこうじゃないか。
「ああ、そうだな……」
ちょっと、何よその気の抜けたような返事は。
精神的なダメージを引き摺ってるのは分かるけど、もう少し嬉しそうにしてくれたっていいじゃない。
「……俺様は少々くたびれたよ。しばらくの間はお前ひとりでやってみろ。これまで通りに、な」
なんですって!? さんざん自己主張しまくったクセに、今更ソレは無いでしょうソレは!
あーあ、せっかくこれからの活動計画について、私の中でプランを練り上げていたところだったってのに。これじゃあ台無しじゃないの。
「語ってくれ、それが手向けだ」
言うに事欠いて手向けとか、縁起でもない事をぬかすなっての。
まあいい。お望みと有らば聞かせてやろうではないか。私の完璧すぎるプランってやつをね。少し長いから覚悟しておきなさい?
まず、コンビを組むに当たり役割分担を決める必要がある。具体的に言うとコイツがボケで、私がツッコミね。
人間を驚かせる方法についてだけど、最初の内はこれまで通りに、私ひとりで不意打ちをかける。
まあ大抵の人は驚かないだろうけど、そこまでは計画に織り込み済み。ここからが今までと違うところよ。
失敗して涙目になった私に対して、いきなりコイツが大声で啖呵を切り始めるの。
「やはりお前では荷が重いようだな! 今日からは俺様が多々良小傘のニューリーダーだ!」みたいな感じで、馬鹿っぽく。
この時点で驚いてくれれば、それで良し。これでも駄目なら、いよいよ本番よ。
コイツの暴言を受けて、私は若干キレ気味に反論を始める。驚かせる相手なんかそっちのけでね。
そんでもってコイツはヘラヘラ笑いながら、私の欠点やら過去の失敗談やらを並べ立てる。さっきやったみたいな感じでいいわ。
あっ、エピソードなんかは適当に捏造しちゃってもいいわよ? できるだけ荒唐無稽なヤツがいいわね。私がツッコミ易いように。
めくるめく不毛な自虐漫談。横で聞いてる人間はドン引きでしょうね。「なんだこいつら」的な感想が得られれば、もうその時点で私たちの勝利よ。
もし、呆れて去ってしまうような事があったとしたら、それさえもネタにしてしまう程の貪欲さを見せなければならないでしょうね。
後を追いつつ、「ガンダムを見た者を生かしてはおけない」「誰がガンダムよ!」「俺様がガンダムだ!」ってなやりとりを継続して行う。
追われる方は気が気じゃないでしょうね。「どうしてこんな目に遭わなきゃならないんだ。今日は厄日だわ!」と思わせてやりましょう。
そして適当に頃合を見計らい、一旦姿をくらませる。ホッと一息つくターゲット。そこをガツンよ! ホラー映画の定石、まさにオールドスクールね!
こんな感じで撃墜スコアを稼いでいけば、晴れてエース妖怪の仲間入りってワケよ。コイツの目立つところに星型のシールなんか貼っちゃったりして。
どうよ? この完璧なプランは。完璧すぎて裏がありそうなくらいでしょ? 2コマ連続で大ゴマ使っちゃう程の勢いで行くわよ!
「却下」
そんな! せっかく頑張って考えたのに!
私の努力をたったの一言で無駄にしやがって。さっきの意趣返しのつもりか?
いいもん。無駄なものほど美しいんだから。ゆえに私は今、美しい。
「無駄に自信を持つのは結構だが、お前の代わりなど幾らでも居るって事を忘れるなよ。この俺様をはじめとして、な……」
ふん、上等じゃない。
確かに、この幻想郷には数多くの妖怪が居て、その殆どが私より強かったり、何らかの面で優れていたりするのでしょう。
だからと言って、私がここに居ちゃいけない理由なんて無い筈だ。他の連中が考えもしない、考えたところで実行しない様な事なんて幾らでもある。
それをヤるのがこの多々良小傘サマってわけよ。まあ見てなさい。どんな困難に直面しようと、当たって砕けてうらめしやーだ!
「最後に一つだけ言っておく。パンツの替えが欲しいなら命蓮寺に行け。たぶん誰かしら貸してくれるだろう」
しょうもない事を蒸し返すなよ! 誰もそんな事覚えて無かったでしょうに、もう!
登場人物が小傘(+α)だけのためか平安座さんの作品特有の「登場人物達の化学反応による意表をつく展開」に欠けるのが少し惜しいと思いました
小傘の人間性をダークハンドで吸う妄想が出たので、ちょっと南無三されてくる。