Coolier - 新生・東方創想話

聖白蓮の過ち

2013/02/13 00:16:56
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 世には、悪意がある。
 どの世にも、どの時代にも欠かすことは無く、そして絶えることなく存在している。
 どんな容であれ、そこにあるのは邪悪な意思だ。
 しかし、純粋な悪意……悪意として認識できない悪意はどうなのだろうか?
 それは悪意であるのか、それとも別の何かであるのか。
 それは、一体何と形容すればいいのか。

「聖、聖。廊下の掃除が終わりました」
「……あ、あら、ありがとう一輪。てきとうに休んでてちょうだい」
「分かりました。……聖、調子が悪いのなら無理はしないでくださいね」

 居間へと入る一輪を他所に、聖は思い耽る。
 幻想郷へと越してから何か虚ろで、ぼんやりとしてしまう事が多くなった。
 皆は良くしてくれる。
 里の人間も慕ってくれているようだし、心配は無い。
 でも、何かが虚ろなのだ。
 何かが足りない、そこにあるべきものが足りない。
 そう思えて仕方が無い。
 だから、聖白蓮は―――

「聖」

 自らを呼ぶ声に、聖ははっと我に帰る。
 ―――いま、私は何を考えていた?―――
 頭を振り、ぼうっとした頭をすっきりさせる。
 彼女を呼んだのは寅丸星だ。

「ご飯ですよ。居間でみんな待ってます」
「え、ええ。今行くわ」

 縁側から立ち、居間へと向かう。
 聖はこの時に、『無意識に』、とある決意をしてしまっていた。
 もう、後戻りはできない。

「いただきます」
「「「「いただきまーす」」」」

 聖に続いて、皆が手を合わせる。
 命蓮寺の、食事のときのいつもの光景だ。

「……」
「……?」

 聖は箸を取らなかった。
 それを気にしたのは寅丸のみで、他の者は大して気にしていない。
 聖は顔を俯けて微笑むと、静かに、しかしはっきりと。

「皆、命蓮に会いたくない?」

 シン、と音がするかのように、食卓が静かになった。
 誰も、何も喋ろうとしない、行動を起こそうとしない。
 聖は俯いたまま続ける。

「封印されている間に耳にした術法があるの。ね、試したいのよ」

 分かっている。
 聖が何を言っているのか、この場にいる全員、理解できている。
 でも何故?どうしていきなり?
 そんなことは、どうでもよかった。

「ね、聖」
「なあに?ナズーリン」
「何人食っていい」
「沢山よ、それはもう沢山」
「……そうか、それはいいじゃないか」

 沈黙は、困惑ではなかったのだ。
 ―――ああ、また昔のように暴れてもいいのか。
 ただ、その認識が間違っていないのか、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も反芻していただけなのだ。

「準備、してね?」

 聖が席を立つ。
 それに合わせて、全員がその場から立ち上がる。
 まずは、家畜の囲い込みと邪魔者の排除だ。



――――――――――――

 人里。
 命蓮寺から程なく近く、今日も人間は平和を多少の怯えと共に謳歌していた。

「慧音先生、これなぁに?」
「ん……?壁?」

 上白沢慧音が児童に連れて来られた場所には、壁があった。
 建物ではない、ただの壁がそこにあるのだ。
 触っても、叩いても、ただの壁だ。

「……塗り壁か?里の外に行く道を塞ぐんじゃない、みんな困ってしまうだろうが」
「ねぇ先生、なんか怖いよ……」
「子供も怖がっているじゃないか、やめてくれ塗り壁。聖に怒られてしまうぞ」

 どこまでも続く壁、そこの前にいる慧音と里の娘。
 その二人がそこにいたのは幸いか、それとも不幸なのか。
 後方からの悲鳴に、気付けなかったのは。

「上白沢……」
「ああ、寅丸さんにナズーリン、丁度よかった、塗り壁が道を―――」

 瞬間、慧音は反射的に子供を庇った。
 背中が熱い。
 するはずのない水音が響いた。
 娘は、無事。
 目の端に、半ば異形のものと化した寅丸とナズーリンが映る。
 逃げなければ。
 この娘だけでも、逃がさなければ、
 決断は早かった。
 二の手を鏡で防ぎ、娘を抱えたまま走り出す。
 里は、阿鼻叫喚に包まれていた。
 首が無い死体が、潰された死体が、無数に齧られた死体が、膨らんでいる死体が、切り刻まれた死体が。
 無数に転がる死体の中を走り抜ける。
 もう、恐らくは他に生きているものはいまい。
 涙が流れた。
 記憶が、思い出がすべて血に包まれていく。
 どうしてこうなってしまったのか。
 理由など知らない、知りたくも無い。
 ただ駆けた。
 この娘を守るために、たった一人の生き残りを守るために。

「で、どこに行くんですか?上白沢慧音さん」

 ああ。
 現実は非情なんだなぁ。
 目前に迫る聖白蓮の文字通りの魔手を前に、慧音は娘を強く抱きかかえた。
 せめて、この娘だけでも生き残ってくれれば構わない。
 そう、覚悟したときだった。

「慧音ッ!!」

 赤い光と共に、何か、熱いものが通り過ぎるのを感じた。
 聞き覚えのある声だ。
 ああ、妹紅か。
 どうしてここにいるんだろう?
 意識が薄れていくのを感じながら、慧音は確かに妹紅の姿を見た。
 その不死鳥のような羽は、見間違うはずも無いから。


――――――――――――


「う……」
「あ、師匠!慧音さんが目を覚ましました!師匠!」

 目を覚ますと、体に包帯は巻かれ布団に寝かされ、自分がどういう状態にあるかを少しの間理解できなかった。
 少しして、永遠亭だと気付いた。

「動かないで寝ていてちょうだい、上白沢さん?」
「……あの子、あの娘は……」
「無事よ、今てゐと鈴仙に様子を見させているわ。……無茶をするわねぇ、脊髄にまで届きそうな傷だったわよ?」
「里が……皆が……」
「……一体何が起きているのか分かる?」
「分からない、寅丸さんとナズーリンに襲われて、逃げていたら聖が目の前に……」
「あの命蓮寺とかいう寺の連中ね?里に出入りできなくしてまで何を……」

 一通り慧音の具合を診た後、永琳は安静にしているようにと伝え、部屋から出て行った。
 その間に慧音は思考を巡らせる。
 一体里で何が起きたのか。

「……」

 分からない。
 その言葉しか出てこない。
 大人しく寝ていよう、と慧音は布団に潜った。


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