パチパチ。
神社の前参道の隅で炎が音を立てる。
もう薪も灰と化した物が多く、初めは盛んに燃え盛っていた火も今はだいぶ大人しくなって揺れていた。
今からひと月程前の事だ。暇を持て余した霊夢は少し凝った事をしようと思い立った。
別段特異な意図も無く、役立つものを作ってみようと思い至りやってみたのが焼き物である。本格的な物ではなくても小皿でも作れたら便利かもしれない。
皿は宴会で割れたりもするし。作れそうならそういうの出してしまえ、そう思って何とか材料は揃えた。
形を作った後は幾日か陰で干したり、
いざやってみようと焚き火よりちょっと広く場所を取り、少し穴を掘ってまず作った物を炙ったり……。
焼き始めてから一刻弱。
「思ったより面倒……」
霊夢はぼそっと呟き見飽きた火から目をそらし上を向いた。魔理沙が箒で飛んでいるのがちらりと見える。
「何してるんだ?」
魔理沙が聞きながら霊夢の後ろに降りた。霊夢は再び焚き火に目を落とすと振り向かずに答えた。
「野焼き」
「焼き物か……結構面倒なんだよな、焼いても割れたりするし」
「土を乾かしてる間に飽きたわ、いざ焼き始めたら動くのも心配だし」
霊夢は物憂い掛かった声で喋る。
気持ちはわかる、となだめながら魔理沙は霊夢の隣から火の中を覗いた。
「思ったより悲惨だなこりゃ、皿が割れてるのは火力が足りないんだろう」
「うーん、火力はどうしようもない。悔しいけど私には向いてなさそうね」
「今度やる時は手伝ってやるぞ」
そう言うと魔理沙はゴソゴソと服の中からミニ八卦炉を取り出した。
「それは便利そうね」
「ミニ八卦炉の名は伊達じゃないからな」
魔理沙は歯を見せてにっこり笑った。
「またやる機会があるならね」
霊夢も表情を緩ませて応じる。
そのまま暫くして火が消えると、霊夢は割れてしまった物と無傷だったものを分けた。割れてしまった物は適当に纏めて取り敢えず蔵に追いやる。無傷の物は盆に乗せいつもいる座敷に持ってきて座卓の上に置いた。
ようやく一息付けると霊夢は座卓の前にぺたっと座る。魔理沙は庭からお疲れ様と声を掛け、疑問に思っていたことを聞いた。
「ところで神社の裏に変なもの有ったがありゃなんだ、巻貝みたいだったが」
魔理沙は指を少し曲げて山なりを表すようにして裏の方を指刺した。
「はあ?巻貝なんて知らないけど……」
「だよなあ。ちょっと持って来る、要らなかったらくれ」
直ぐに裏手の方に走っていった。
少し経つと魔理沙は戻って来てそのまま座敷まで上がった。巻貝は両手で救い上げるように持ち、焼き物の乗った盆に当たらない様に置いた。
座卓はゴトッと音を立てて少しだけ揺れた。
「うわ、なにこれ」
霊夢は大きさにたじろいだ、片手では持てそうに無い。模様は法螺貝みたいだけど、とまじまじ見ながら推測した。
「持ってみて分かったが中身も居る」
霊夢も両手で持ってみると確かにずしりとした中の重みを感じた、入り口を見ると蓋もちゃんと付いている。
ゴトッと置くと霊夢はつっついたりしてみた。特に中が出て来るような様子は無い。
「死んでるんじゃないのこれ?」
「そもそも神社の裏で生きて行けそうな見た目じゃないしな」
魔理沙も指でつつきながら言った。
しばらく振ったり撫でたりしたがあまりにも何も反応は無い。二人は飽きてひとまず座卓のもう一方に話題を移した。
「素焼きなら簡単だと思ったんだけど、やっぱり窯じゃないと駄目かしら」
霊夢はお盆の上を見渡す。
「もうちょっと窯っぽく石とかで囲めば外でもできる」
「窯っぽい見た目が足りなかったのね」
「たぶんな……ところでこの二つ有る変なのは何だ?」
魔理沙はひょいと卵の様な物を手に取る。カランと中で何か転がったので答えを待たなくとも何か分かった。
「なんだ土鈴か」
「そ、遊びがてら作ったんだけど」
言いながら霊夢も一つ手に取って、何処からか取り出した朱墨と筆でサラサラと文字を入れた。
それを魔理沙の方に突きつける。
「なになに、世出?世に出るのか」
「合ってるけど合ってないというか……」
「ちょっといいかー?」
急に縁側の方から声がした。二人が顔を向けると、其処には九つの尻尾を揺らし腕を組む姿が在った。
「藍がうちをわざわざ尋ねるなんて、珍しいわね」
霊夢は素直に驚く。
「明日は天気雨かな」
魔理沙はちょっと楽しげに言った。
「嫁入りはしないけど、紫様の代わりに結界をみていたんだ。ついでに霊夢の様子も見て来なさいと」
何もない、と答えるのも面白く無い。霊夢は藍にも土鈴を見せてみた。
「あんたならこれ分かるんじゃない?」
藍は近づいて来て、少し見ると直ぐ答えた。
「これは……出世鈴?」
「大正解」
「流石は紫代理だけあるなぁ」
魔理沙は手に持っていた土鈴をもう一度まじまじと見た。
「これは出世稲荷という神社の御守だから、狐として知ってるさ」
藍が少し得意げに言うと魔理沙は目を霊夢の方に移した。
「なんだ、そういう……沢山つくって売ろうって魂胆か」
「ち、ちがうって……土鈴でなんとなく思いついたの」
霊夢は魔理沙の手から土鈴を奪いそれにも文字を入れる。
二つで一つなのよ、と言い紐を二つの土鈴の小さい穴に通し繋げてお盆の上に置いて
「見た目は確かにそれっぽいかな」
藍はお盆の上を見る、そのまま隣にあった巻貝に気がついた。
「それでそんな奴見つけてきたのか?」
「ん、これか?」
魔理沙は空いた両手で巻貝を持ち上げた。
「それ、出世螺になる法螺じゃないか」
「しゅっせぼら?」
正体を知っていそうな藍を魔理沙と霊夢は期待の眼差しで見た。
「なんだ、知らないで捕まえたのか」
藍も悪い気はせず説明しようと座敷に上がる。
「すいませーん、射命丸ですけどー」
今度は上から声が聞こえた。どうやらブン屋が来たようだと三人は顔を見合わせた。
すると藍は急に魔理沙の手から出世螺を片手で引ったくって座卓の下に押し込み、縁側から見えないようにその前に座った。
魔理沙は目をパチクリする。霊夢はやっぱり妖獣って力あるなと思いつつ、藍が隠そうとしているのは把握した。
「わ、何か珍しい組み合わせですね」
庭に姿を現した文はあからさまに驚いて見せた。興味はありますがそれどころじゃなくて、と前置き直ぐに要件を言い出した。
「実は山から出世螺というのが逃げたみたいで、法螺貝みませんでしたか?」
「何でそんなの探してるんだ?」
「物凄い貴重って物でもないんですけど、時々出ると食べたりするんですよ。大きめだったのでちょっとした話題なんです」
文は縁側に寄って来て言った。
食べるんだ、と返答した霊夢はちょっと味を想像してみた。美味しいのだろうか、調理はどうするんだろう……。
「痛っ!」
霊夢は膝にチクリとした痛みを感じ思わず声を上げてしまった。んふふと笑って足攣っちゃったと誤魔化す。
チラッと霊夢は下を向いた。どうやら出世螺が動いて殻の先端がぶつかったらしい。よく見えないが座卓から出ると面倒だったので手で押さえつける。さっきまで動かなかったくせに。強めにぐいぐい押さえ動きを封じる。
「で、それを見つけないとお前が出世できないのか?」
魔理沙は適当に聞いた。
「はなから出世する気がある天狗ならこんな所にはいなさそう」
応えたのは藍だった。文も苦笑いで、まあそうかもしれないです。と後から答えた。
「出世したいんだったら此方のほうがいいかもしれんしな」
魔理沙はお盆の上の出世鈴を手にとってカラカラ鳴らした。
「出世鈴ですか。出世鈴を売ってる出世稲荷も経営難で移転したらしいですよ。それも効果があるのやら」
「そうなの?何か逆に心配になってきたなぁ……」
霊夢は座卓の下に手をやったまま会話に加わる。
そのまま少し無駄話を繰り広げ文は別の場所を探しにまさしく風の様に飛んで行った。
「別に隠さなくても良かったんじゃないか、元々天狗のっぽかったぞ」
一段落した所で魔理沙が藍に聞いた。
「天狗は好き勝手やってる様なのでちょっとした嫌がらせ。それに二人とももう少し知りたそうだったから」
そこまで興味は無かったんだけどね、と呟き出世螺を机の下から出して机の上においた。
──ビリィ──
あっ。霊夢が慌てて服を確認する。どうやら殻の先端が今度は服の袖に引っかかって居たらしい。少し裂けている。
「こいつとは絶対に相性が悪い……」
霊夢は半目で出世螺を睨む。
「巫女服は大変だなあ」
魔理沙は笑う。
「ふん、巫女だからね。それでその法螺貝はどうしたら良いのよ」
藍はおほんと仕切りなおすように咳払いした。
「出世螺というのは山に三千年、里に三千年、海に三千年で龍になった法螺貝なんだけど……これはその龍になる前の物だろう」
「龍って……じゃあこいつが龍になるの?」
霊夢は疑わしそうに聞き返した。
「正確には蛟の類かな、陸にある法螺なんてきっとそう」
「でも何で神社の裏に居るんだ」
魔理沙も胡散臭そうだと聞き返す。
「たぶん三千年か六千年かでどっか移動しようとしているだよ」
「俄然嘘っぽくなって来たな」
「ほんとだって。天狗共はそういう山にいる法螺を使って笛を作ったりもするんだ、食べると寿命が伸びるとも言われてるよ」
「それでも神社に来るのは、やっぱり変じゃない?」
霊夢は出世螺をつつきながら言う、藍もそこは少し腑に落ちないという様子を見せる。
だが直ぐにピンと来たのか尻尾を立てて答えた。
「そういえば紫様が仰っていた。外の世界では出世をしたがらない人間が増えていると……」
魔理沙も霊夢も今一分からないという顔で藍を見る。藍は何か言われる前に続けた。
「さっきの天狗も言ってたじゃないか、出世稲荷が経営難だとか、それはつまり信仰が十分で無いということさ。外の出世欲が無くなった分幻想郷のこの出世螺は出世欲が普通より強くなってしまったんだ。すると出世螺は幻想の存在から出世して現実の物になろうと結界の入り口に来てしまった」
「な、なるほど……」
出世螺は既に幻想の物。外の世界から幻想郷に来たものは言わば外で生きる力を失ったものだ。
そうして幻想になった物の最大の出世と言えるのはなんなのだろうか?それは自らの力で外に帰る事かもしれない……
「って分かるような、分からないような」
ちょっと納得した顔をした二人だが直ぐにさっきの様に藍を見つめる。
「いや、二人には……出世とかまだ分からないかもしれないけどね?」
確かに。
そう言われると顔を見合わせて苦笑いするしかない二人だった。
出世螺はその後動くこともなく、寿命が伸びると聞いた魔理沙は欲しがったが数十年程度と聞いて結局止めた。
どうしたら良いのか分からず、三人で元居た場所の近くの目立たない位置に置き、しばらくその場で法螺を観察していた。
あんまりじっと見ていても仕方ない、そろそろ解散しようか。自然とそんな流れになった。
「折角だから出世鈴も上げるわ」
霊夢は最後にと出世螺の殻の先端に出世鈴を掛けた。
「情けは人のためならず、私が助けたんだ出世したら恩返しに来るんだぞ」
「藍はやけにこいつ庇ってたようにも見えたけど……なんか有るの?」
霊夢は出世螺から目を離して藍に聞く。
「ちょっとした気まぐれだよ。今の人間には中々分からないかもね、寿命を超える年を経て格上の物に成るっていうのは」
藍は九つの尻尾を少しだけ揺らした。
「天狗だってそういう奴ら多そうだけど、山の社会と気まぐれ自由業紫との違い此処にありだな」
魔理沙は藍を見ながら一人頷いた。
「なによそれ……ってあれ?」
霊夢が再び出世螺に目を移すと何時の間にか居なくなっていた。三人は辺りを軽く見回す。
音も立てず、動きも見せず、ただ残っていたのは……
「出世鈴。置いてったのか?」
魔理沙が拾い上げる。カランと音を立てたそれは霊夢が掛けた出世鈴。三人は不思議そうに出世鈴を見つめる。
そのままカラカラと鈴を手のひらで転がし、目の高さまで持ってくると誰に問うわけでもなく言った。
「もしかして、出世螺も出世したく無かったんじゃないのか?」
「うーん……」
答えは出なかった。
藍と魔理沙は二人で何やら話しながら神社を後にし、霊夢は破れた袖が気になり香霖堂へ向かうことにした。
どこかで引っ掛けて悪化しないとも限らない。霖之助さんなら直ぐ直してくれそうだ。
それにしてもどうして出世鈴を置いて行ってしまったのだろう。霊夢は少し考えてみる。
魔理沙の言うように本当は出世したくなかったのか、それとも神頼みの様な真似したくなかったのか、はたまた私のこと嫌いで癪だったのか。どれも有りそうでさっぱり分からない。
まず出世というのが自分の中で曖昧な物になってきた。漠然と地位が上がる事なのかと思ったがそうでもないのか。
そういえば出世という言葉自体、仏教用語の出世間から来ていると聞いたことがある。俗な世間から出る、悟りの様な意味だ。
望まれるのも何処かおかしいのかもしれない。
魔理沙は捨虫の法をしたら出世したと言えるのだろうか。巫女は出世するのかな、神になったりして。早苗みたいに。
でもそれも無いか、今の私は神でも唯の人でも無く博麗の巫女なのだから。
結局出世なんて本人の意思で、私はずっと私のままだ。きっとあの貝も……
香霖堂に着くと霊夢は力任せに扉を開け、開口一番これ直してと霖之助に袖を見せた。
「このくらいなら霊夢も直せそうだけど……」
霖之助は呆れながらも、奥から道具を取ってきた。
「霖之助さん、これは出世払いでお願いね」
霊夢はいたずらっぽく、でも無垢な笑顔で言った。
霖之助は肩をすくめて応えた。
「ホラ吹きにならないといいね」
神社の前参道の隅で炎が音を立てる。
もう薪も灰と化した物が多く、初めは盛んに燃え盛っていた火も今はだいぶ大人しくなって揺れていた。
今からひと月程前の事だ。暇を持て余した霊夢は少し凝った事をしようと思い立った。
別段特異な意図も無く、役立つものを作ってみようと思い至りやってみたのが焼き物である。本格的な物ではなくても小皿でも作れたら便利かもしれない。
皿は宴会で割れたりもするし。作れそうならそういうの出してしまえ、そう思って何とか材料は揃えた。
形を作った後は幾日か陰で干したり、
いざやってみようと焚き火よりちょっと広く場所を取り、少し穴を掘ってまず作った物を炙ったり……。
焼き始めてから一刻弱。
「思ったより面倒……」
霊夢はぼそっと呟き見飽きた火から目をそらし上を向いた。魔理沙が箒で飛んでいるのがちらりと見える。
「何してるんだ?」
魔理沙が聞きながら霊夢の後ろに降りた。霊夢は再び焚き火に目を落とすと振り向かずに答えた。
「野焼き」
「焼き物か……結構面倒なんだよな、焼いても割れたりするし」
「土を乾かしてる間に飽きたわ、いざ焼き始めたら動くのも心配だし」
霊夢は物憂い掛かった声で喋る。
気持ちはわかる、となだめながら魔理沙は霊夢の隣から火の中を覗いた。
「思ったより悲惨だなこりゃ、皿が割れてるのは火力が足りないんだろう」
「うーん、火力はどうしようもない。悔しいけど私には向いてなさそうね」
「今度やる時は手伝ってやるぞ」
そう言うと魔理沙はゴソゴソと服の中からミニ八卦炉を取り出した。
「それは便利そうね」
「ミニ八卦炉の名は伊達じゃないからな」
魔理沙は歯を見せてにっこり笑った。
「またやる機会があるならね」
霊夢も表情を緩ませて応じる。
そのまま暫くして火が消えると、霊夢は割れてしまった物と無傷だったものを分けた。割れてしまった物は適当に纏めて取り敢えず蔵に追いやる。無傷の物は盆に乗せいつもいる座敷に持ってきて座卓の上に置いた。
ようやく一息付けると霊夢は座卓の前にぺたっと座る。魔理沙は庭からお疲れ様と声を掛け、疑問に思っていたことを聞いた。
「ところで神社の裏に変なもの有ったがありゃなんだ、巻貝みたいだったが」
魔理沙は指を少し曲げて山なりを表すようにして裏の方を指刺した。
「はあ?巻貝なんて知らないけど……」
「だよなあ。ちょっと持って来る、要らなかったらくれ」
直ぐに裏手の方に走っていった。
少し経つと魔理沙は戻って来てそのまま座敷まで上がった。巻貝は両手で救い上げるように持ち、焼き物の乗った盆に当たらない様に置いた。
座卓はゴトッと音を立てて少しだけ揺れた。
「うわ、なにこれ」
霊夢は大きさにたじろいだ、片手では持てそうに無い。模様は法螺貝みたいだけど、とまじまじ見ながら推測した。
「持ってみて分かったが中身も居る」
霊夢も両手で持ってみると確かにずしりとした中の重みを感じた、入り口を見ると蓋もちゃんと付いている。
ゴトッと置くと霊夢はつっついたりしてみた。特に中が出て来るような様子は無い。
「死んでるんじゃないのこれ?」
「そもそも神社の裏で生きて行けそうな見た目じゃないしな」
魔理沙も指でつつきながら言った。
しばらく振ったり撫でたりしたがあまりにも何も反応は無い。二人は飽きてひとまず座卓のもう一方に話題を移した。
「素焼きなら簡単だと思ったんだけど、やっぱり窯じゃないと駄目かしら」
霊夢はお盆の上を見渡す。
「もうちょっと窯っぽく石とかで囲めば外でもできる」
「窯っぽい見た目が足りなかったのね」
「たぶんな……ところでこの二つ有る変なのは何だ?」
魔理沙はひょいと卵の様な物を手に取る。カランと中で何か転がったので答えを待たなくとも何か分かった。
「なんだ土鈴か」
「そ、遊びがてら作ったんだけど」
言いながら霊夢も一つ手に取って、何処からか取り出した朱墨と筆でサラサラと文字を入れた。
それを魔理沙の方に突きつける。
「なになに、世出?世に出るのか」
「合ってるけど合ってないというか……」
「ちょっといいかー?」
急に縁側の方から声がした。二人が顔を向けると、其処には九つの尻尾を揺らし腕を組む姿が在った。
「藍がうちをわざわざ尋ねるなんて、珍しいわね」
霊夢は素直に驚く。
「明日は天気雨かな」
魔理沙はちょっと楽しげに言った。
「嫁入りはしないけど、紫様の代わりに結界をみていたんだ。ついでに霊夢の様子も見て来なさいと」
何もない、と答えるのも面白く無い。霊夢は藍にも土鈴を見せてみた。
「あんたならこれ分かるんじゃない?」
藍は近づいて来て、少し見ると直ぐ答えた。
「これは……出世鈴?」
「大正解」
「流石は紫代理だけあるなぁ」
魔理沙は手に持っていた土鈴をもう一度まじまじと見た。
「これは出世稲荷という神社の御守だから、狐として知ってるさ」
藍が少し得意げに言うと魔理沙は目を霊夢の方に移した。
「なんだ、そういう……沢山つくって売ろうって魂胆か」
「ち、ちがうって……土鈴でなんとなく思いついたの」
霊夢は魔理沙の手から土鈴を奪いそれにも文字を入れる。
二つで一つなのよ、と言い紐を二つの土鈴の小さい穴に通し繋げてお盆の上に置いて
「見た目は確かにそれっぽいかな」
藍はお盆の上を見る、そのまま隣にあった巻貝に気がついた。
「それでそんな奴見つけてきたのか?」
「ん、これか?」
魔理沙は空いた両手で巻貝を持ち上げた。
「それ、出世螺になる法螺じゃないか」
「しゅっせぼら?」
正体を知っていそうな藍を魔理沙と霊夢は期待の眼差しで見た。
「なんだ、知らないで捕まえたのか」
藍も悪い気はせず説明しようと座敷に上がる。
「すいませーん、射命丸ですけどー」
今度は上から声が聞こえた。どうやらブン屋が来たようだと三人は顔を見合わせた。
すると藍は急に魔理沙の手から出世螺を片手で引ったくって座卓の下に押し込み、縁側から見えないようにその前に座った。
魔理沙は目をパチクリする。霊夢はやっぱり妖獣って力あるなと思いつつ、藍が隠そうとしているのは把握した。
「わ、何か珍しい組み合わせですね」
庭に姿を現した文はあからさまに驚いて見せた。興味はありますがそれどころじゃなくて、と前置き直ぐに要件を言い出した。
「実は山から出世螺というのが逃げたみたいで、法螺貝みませんでしたか?」
「何でそんなの探してるんだ?」
「物凄い貴重って物でもないんですけど、時々出ると食べたりするんですよ。大きめだったのでちょっとした話題なんです」
文は縁側に寄って来て言った。
食べるんだ、と返答した霊夢はちょっと味を想像してみた。美味しいのだろうか、調理はどうするんだろう……。
「痛っ!」
霊夢は膝にチクリとした痛みを感じ思わず声を上げてしまった。んふふと笑って足攣っちゃったと誤魔化す。
チラッと霊夢は下を向いた。どうやら出世螺が動いて殻の先端がぶつかったらしい。よく見えないが座卓から出ると面倒だったので手で押さえつける。さっきまで動かなかったくせに。強めにぐいぐい押さえ動きを封じる。
「で、それを見つけないとお前が出世できないのか?」
魔理沙は適当に聞いた。
「はなから出世する気がある天狗ならこんな所にはいなさそう」
応えたのは藍だった。文も苦笑いで、まあそうかもしれないです。と後から答えた。
「出世したいんだったら此方のほうがいいかもしれんしな」
魔理沙はお盆の上の出世鈴を手にとってカラカラ鳴らした。
「出世鈴ですか。出世鈴を売ってる出世稲荷も経営難で移転したらしいですよ。それも効果があるのやら」
「そうなの?何か逆に心配になってきたなぁ……」
霊夢は座卓の下に手をやったまま会話に加わる。
そのまま少し無駄話を繰り広げ文は別の場所を探しにまさしく風の様に飛んで行った。
「別に隠さなくても良かったんじゃないか、元々天狗のっぽかったぞ」
一段落した所で魔理沙が藍に聞いた。
「天狗は好き勝手やってる様なのでちょっとした嫌がらせ。それに二人とももう少し知りたそうだったから」
そこまで興味は無かったんだけどね、と呟き出世螺を机の下から出して机の上においた。
──ビリィ──
あっ。霊夢が慌てて服を確認する。どうやら殻の先端が今度は服の袖に引っかかって居たらしい。少し裂けている。
「こいつとは絶対に相性が悪い……」
霊夢は半目で出世螺を睨む。
「巫女服は大変だなあ」
魔理沙は笑う。
「ふん、巫女だからね。それでその法螺貝はどうしたら良いのよ」
藍はおほんと仕切りなおすように咳払いした。
「出世螺というのは山に三千年、里に三千年、海に三千年で龍になった法螺貝なんだけど……これはその龍になる前の物だろう」
「龍って……じゃあこいつが龍になるの?」
霊夢は疑わしそうに聞き返した。
「正確には蛟の類かな、陸にある法螺なんてきっとそう」
「でも何で神社の裏に居るんだ」
魔理沙も胡散臭そうだと聞き返す。
「たぶん三千年か六千年かでどっか移動しようとしているだよ」
「俄然嘘っぽくなって来たな」
「ほんとだって。天狗共はそういう山にいる法螺を使って笛を作ったりもするんだ、食べると寿命が伸びるとも言われてるよ」
「それでも神社に来るのは、やっぱり変じゃない?」
霊夢は出世螺をつつきながら言う、藍もそこは少し腑に落ちないという様子を見せる。
だが直ぐにピンと来たのか尻尾を立てて答えた。
「そういえば紫様が仰っていた。外の世界では出世をしたがらない人間が増えていると……」
魔理沙も霊夢も今一分からないという顔で藍を見る。藍は何か言われる前に続けた。
「さっきの天狗も言ってたじゃないか、出世稲荷が経営難だとか、それはつまり信仰が十分で無いということさ。外の出世欲が無くなった分幻想郷のこの出世螺は出世欲が普通より強くなってしまったんだ。すると出世螺は幻想の存在から出世して現実の物になろうと結界の入り口に来てしまった」
「な、なるほど……」
出世螺は既に幻想の物。外の世界から幻想郷に来たものは言わば外で生きる力を失ったものだ。
そうして幻想になった物の最大の出世と言えるのはなんなのだろうか?それは自らの力で外に帰る事かもしれない……
「って分かるような、分からないような」
ちょっと納得した顔をした二人だが直ぐにさっきの様に藍を見つめる。
「いや、二人には……出世とかまだ分からないかもしれないけどね?」
確かに。
そう言われると顔を見合わせて苦笑いするしかない二人だった。
出世螺はその後動くこともなく、寿命が伸びると聞いた魔理沙は欲しがったが数十年程度と聞いて結局止めた。
どうしたら良いのか分からず、三人で元居た場所の近くの目立たない位置に置き、しばらくその場で法螺を観察していた。
あんまりじっと見ていても仕方ない、そろそろ解散しようか。自然とそんな流れになった。
「折角だから出世鈴も上げるわ」
霊夢は最後にと出世螺の殻の先端に出世鈴を掛けた。
「情けは人のためならず、私が助けたんだ出世したら恩返しに来るんだぞ」
「藍はやけにこいつ庇ってたようにも見えたけど……なんか有るの?」
霊夢は出世螺から目を離して藍に聞く。
「ちょっとした気まぐれだよ。今の人間には中々分からないかもね、寿命を超える年を経て格上の物に成るっていうのは」
藍は九つの尻尾を少しだけ揺らした。
「天狗だってそういう奴ら多そうだけど、山の社会と気まぐれ自由業紫との違い此処にありだな」
魔理沙は藍を見ながら一人頷いた。
「なによそれ……ってあれ?」
霊夢が再び出世螺に目を移すと何時の間にか居なくなっていた。三人は辺りを軽く見回す。
音も立てず、動きも見せず、ただ残っていたのは……
「出世鈴。置いてったのか?」
魔理沙が拾い上げる。カランと音を立てたそれは霊夢が掛けた出世鈴。三人は不思議そうに出世鈴を見つめる。
そのままカラカラと鈴を手のひらで転がし、目の高さまで持ってくると誰に問うわけでもなく言った。
「もしかして、出世螺も出世したく無かったんじゃないのか?」
「うーん……」
答えは出なかった。
藍と魔理沙は二人で何やら話しながら神社を後にし、霊夢は破れた袖が気になり香霖堂へ向かうことにした。
どこかで引っ掛けて悪化しないとも限らない。霖之助さんなら直ぐ直してくれそうだ。
それにしてもどうして出世鈴を置いて行ってしまったのだろう。霊夢は少し考えてみる。
魔理沙の言うように本当は出世したくなかったのか、それとも神頼みの様な真似したくなかったのか、はたまた私のこと嫌いで癪だったのか。どれも有りそうでさっぱり分からない。
まず出世というのが自分の中で曖昧な物になってきた。漠然と地位が上がる事なのかと思ったがそうでもないのか。
そういえば出世という言葉自体、仏教用語の出世間から来ていると聞いたことがある。俗な世間から出る、悟りの様な意味だ。
望まれるのも何処かおかしいのかもしれない。
魔理沙は捨虫の法をしたら出世したと言えるのだろうか。巫女は出世するのかな、神になったりして。早苗みたいに。
でもそれも無いか、今の私は神でも唯の人でも無く博麗の巫女なのだから。
結局出世なんて本人の意思で、私はずっと私のままだ。きっとあの貝も……
香霖堂に着くと霊夢は力任せに扉を開け、開口一番これ直してと霖之助に袖を見せた。
「このくらいなら霊夢も直せそうだけど……」
霖之助は呆れながらも、奥から道具を取ってきた。
「霖之助さん、これは出世払いでお願いね」
霊夢はいたずらっぽく、でも無垢な笑顔で言った。
霖之助は肩をすくめて応えた。
「ホラ吹きにならないといいね」
出世鈴、見かけたら買ってみようかな…
出世螺のことは初めて知りましたが、こんな話があるんですね
文章も全体を通して面白かったです。
法螺貝って聞くとサザエ食べたくなりますよね