どかーん!
ごきげんよう。レミリア=スカーレットよ。
今の音なんだけど、私の部屋のドアが吹き飛んだ音なの。
私の部屋のドアは、どうやら吹き飛ぶ運命に囚われているらしくて、週に一度はこうやって吹き飛ぶのよね。
オーク製の丈夫な奴なんだけど、運命には逆らえないのかしら。根性が足りてないわ。
「おねーさまー!」
吹き飛ぶ原因は様々、パチェの実験のせいだったり、咲夜の紅茶のせいだったりすることもあるのだけど……
「ねえお姉様! 今夜、私とでぇとしましょ!」
最近はこの不肖の妹、フランドール・スカーレットが吹き飛ばすことが一番多いわね。
レミリアと屋台
「ねえおねえさまぁ、おーねーがーいー」
扉を吹き飛ばしたフランは、私にまとわりついてきた。
扉を壊したことを叱りたい気持ちが頭をもたげてくる。淑女たるもの、もっとお淑やかに行動しなさい、と。
しかしそれをやるとおそらくフランと喧嘩になるだろう。
昔は叱れば素直に「ごめんなさい、お姉様」と謝ったフランだが、最近は叱ると直ぐ癇癪を起こす。随分反抗的だ。
その癖こうやってよく纏わりついてくるのだから、嫌われているのか好かれているのか、わけがわからない。
フランがこうなったのは紅霧異変後だし、霊夢や魔理沙に変な影響を受けたのだろうか。
「「おーねーえーさーまぁぁぁ」」
いつの間にか二人に増えたフラン。一人は勝手に私の膝を枕にしてるし、もう一人は後ろから抱きついてくる。
随分ご機嫌のようだ。ここで選択肢を誤ると一気に空気が凍る。さて、どうするべきか。
「デート? どこかいきたい所があるの?」
「そうなの! あのね、めーりんから聞いたんだけね!」
ご機嫌で語りだすフラン。
最初は、「デートは、好きなもの同士がやるものよ、私とフランじゃ当てはまらないわよ」と言おうかと思ったが…… 嫌な予感がしてやめたのは正解だったようだ。
精神的に疲れる。なぜ妹にこんなに気を使わなければならないのだろう。
「森の中にうなぎの串揚げの屋台があるんだって! とっても美味しいらしいから今夜食べに行こうよ! 私がおごるよ!」
屋台ねえ。自分のお小遣いを削ってまでこうやって誘いに来たことを考えると、フランは本当に行ってみたのだろう。
長い間引きこもっていたフランには、一人で外出しないように言いつけてある。しかし、気安い美鈴や、何でも言うことを聞いてくれる咲夜じゃなくて、口うるさいだろう私にお願いしにきたのは何故なのだろう。二人とも仕事があるから、都合が合わなかったとかそんなところだろうか。パチェじゃあ要介護妖怪が一人増えるだけだから全然付き添いにならないし…… 仕方がない。
「へえ、そうなの。それじゃあ行ってみましょうか。場所とかはわかるのかしら?」
「咲夜にメモをもらったから大丈夫!」
咲夜にも話は通してあるなら、問題はないだろう。
「それじゃあ日が沈んだら迎えに行くわ。それまで大人しくしてなさい」
「むう、もうちょっとお話しようよ」
「外出するときにいくらでも出来るでしょ。それに夜までに片付けておかないとならないお仕事があるのよ。パチェのとこでも行って本でも読んでるといいと思うわ」
「はーい」
渋々立ち上がり部屋を出て行くフラン。私と話したいなんて、よっぽど退屈していたのだろうか。
「あと、部屋にはいるときはちゃんとノックしないとダメよ。壊すなんで淑女らしくないわ」
「ツーン」
返事せずに出て行ってしまった。どうやら機嫌を損ねたようだ。
「またですか? 懲りないですね」
入れ違いにメイド長の咲夜が入ってくる。
「懲りないとはどういうことだ」
咲夜はメイドのくせに、よくこういう生意気な口をきく。粛々と仕事してればいいんだ、全く。
「言葉通りです。また妹様を怒らせましたね」
「あいつが勝手に近づいてきて、勝手に不機嫌になっただけだ」
機嫌が良かったと思ったらいきなり不機嫌になる。まるで猫のようだ。
あいつは昔から理解不能だった。破壊の力に目覚めてから、地下に引きこもって出てこないわ、自分は狂気にとらわれているとか謎の主張をし始めるわ、全く理解ができない。狂人は自分を狂人なんていわないっつーの。
最近やっと出てくるようになったと思ったら、ベタベタしてくるわ、いきなり不機嫌になるわ、どうして欲しいのかがさっぱりわからん。
可愛い妹のことなのになんでこんなに訳がわからないのだろう。愛情不足なのだろうか。
「そんなこと言って、どうせまた妹様をお叱りになったんでしょう」
「悪い事をしたら叱る。当然だろう」
肩をすくめ、呆れた様子を示す咲夜。
全く何を言っているんだ、このメイドは。悪魔の館だからって倫理を全て捨てていいわけではないぞ。
「もう少し妹様の事理解してさし上げたほうがよろしいと思いますが」
「理解ねぇ。出来るだけしようとはしているんだが、あいつは言動が不安定で、何考えているのかさっぱりわからん」
「私から見ればすごいわかりやすいと思いますがね」
あの気まぐれがわかりやすい? 随分と言うじゃないか。
「ほう、それじゃあ何を考えてると言うんだ?」
「申し上げても理解はできないかと」
「かまわん。言え」
「うーん、なんですかね。妹様はお嬢様に甘えたいんですよ。優しくして差し上げたらどうですか?」
「優しく? 悪い事しても見逃すのは良くないと思うが」
「そういう意味じゃないんですけどね」
やっぱりという顔をする咲夜。
全てに目をつぶって甘やかせというのだろうか。確かにそれは楽しそうだ。私だってそうしたい。しかしそれはフランのためにならないだろう。良いことは良い、悪いことは悪い。嫌われようとも甘やかしたい気持ちをぐっと抑えてそれを示してやるのが年長の役目だと思う。
結局咲夜の言うこともさっぱりわからなかった。
私の家族のことなのに、わからないことだらけだ。
「でっえと♪ でっえと♪」
日暮れ後、私達は出発した。
はぐれないように、フランと手を繋いで件の屋台に向かう。
フランは随分ご機嫌だ。先程損ねた機嫌はどうやら持ち直したらしい。不機嫌なフランの前、微妙な空気の中でものを食べるのは御免だったからありがたい。
だがここで下手なことを言えばまた微妙な空気になるだろう。かといってせっかく二人で出かけているのだ。だんまりというのもそれはそれでダメだと思う。
「そういえば、最近パチェに新しい魔法習っているんだって? どんな感じ? パチェが教えるとか想像がつかないんだけど」
「えっとね、最近は錬金術を習ってるの。この前はすごく良く効く傷薬が作れるようになったのよ! 今度お姉様にもあげるね!」
一先ず無難な話題にしたが間違ってなかったようだ。
傷薬ね。怪我なんて直ぐ回復しちゃうし、吸血鬼にとって一番縁遠い物だが……
「へえ、すごいわね。ありがとう。楽しみにしてるわ」
「うん!」
嬉しそうに頷くフラン。背中の羽もパタパタ揺れている。どうやら褒めると言う選択肢は正しかったようだ。
前に似たようなことを言われた際(その時は風邪薬だった)「吸血鬼は風邪なんてひかないわよ。そんなの作ってもしょうがないわ」と言ったら大喧嘩になったのだ。
あのあとフランは部屋に引きこもるわ、とばっちりを食ったパチェ(主戦場が魔法図書館だったのだ)に「空気読めないレミィ! 豆腐の角に頭ぶつけて死ね!」と大量の擦った炒り豆(豆腐の材料らしい)をぶっかけられるわ、大変だった。
挙げ句の果てに図書館復旧作業を一人でやらされるし。咲夜は自業自得ですわ、という表情で見てるだけだった。使えんメイドだ!
「パチェの教え方は…… ちょっと難しいかなぁ。時々自分だけ納得して進めちゃうし、専門用語バンバン使ってくるし」
「パチェは引きこもりだからねぇ。誰かに本格的に教えるなんて、下手すると初めてかもしれないから多少は許してあげなさい。知識は一級品なのは間違いないし」
「うん、がんばるよ!」
そんな話をしていると提灯の赤い光が見えてきた。あそこが屋台だろう。
「あ、あそこだ!」
手を引っ張るフラン。
「そんなに急がなくても逃げないわよ」
ふう、ここまではどうにかうまくいったようだ。さて、屋台で何も起こらないことを期待しよう。
「いらっしゃい♪ ……げ、あのときの吸血鬼!!」
「ああ、ここ、貴女のお店だったの」
店に入ると、そこにいたのは鳥の妖怪。確かミスティアとか言ったかしら。
「お姉様の知り合い?」
「月の異変の時に邪魔してきた一人よ」
「今日は何の用よ?」
睨んでくる店主。睨まれるほど酷いことしたかしら。記憶に無いわね。
「お客よお客。別にとって食おうとしてるわけでもないし、お金もちゃんと払うわよ」
「本当に?」
「契約してもいいわよ?」
悪魔の契約が絶対ということは広く知れわたっている。本当は裏技がいろいろあるのだが、世間的には信用性が極めて高いと思われている。
「むう、そこまでしてもらわなくてもいいわ。お客さんなら歓迎するよ」
「私そんなに凄いことしたかしら? 記憶に無いのだけど」
「あの時会った連中から散々酷い目にあったからね。同類かと思って身構えちゃった」
「なに? 霊夢とか何かやらかしたの?」
「紅白や白黒は食べるだけ食べて全然お金払ってくれないし、亡霊なんて私を焼鳥にして食べようとするし、もう散々よ」
それは御愁傷様だ。連中に常識など期待してはいけない。
「一先ず飲む物ちょうだい。何がある?」
「お勧めは雀酒かな。うちでしか飲めない特製だよ!」
「それにしようかしら。フランも同じでいいかしら?」
「お姉様と同じのでお願い」
「あらあら、仲がいいね。妹さん?」
「レミリアお姉様の妹、フランドールです。今日はお姉様とでぇとなの」
どうやらフランは「デート」という単語が甚くお気に入りらしい。下手に水を挿して喧嘩するのも何だ、否定しないでおこう。
「あらあらウフフ、妬けちゃうわぁ」
「随分楽しそうだな、店主」
「そんな怖い顔しちゃダメよー、全然怖くないけど」
さっきの警戒ぶりとうって急にくだけた態度になる店主。
まあ下手に警戒されるよりそちらのほうがいいか。
「ということで、はい、雀酒ね」
「へー、竹の器だぁ。面白いー」
フランが感心した声を出す。
竹の器に入って出てくる雀酒か。洒落てるわね。
「じゃあ私とフランの初デートに乾杯」
「えっ…… か、かんぱい!」
なんか急に動揺するフラン。顔も赤いし、匂いだけで酔ったのかしら。
ああ、このお酒、けっこう強いけど美味しいわね。米酒はあんまり飲まないのだけど、これは好みだわ。
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「夜の鳥ぃ、夜の歌ぁ♪ 人は暗夜に灯を消せぇ♪」
ごきげんに歌う女将さん。ノリノリである。
派手でノリはいいけれど…… うーん、私の好みではないかなぁ。
「夜の夢ぇ、夜の紅ぁ♪ 人は暗夜に礫を喰らえぇ♪」
隣でお姉様がが一緒に歌っている。どうやら女将さんの歌が気に入ったようだ。
というか、結構上手だね、歌うの。初めて聞いた気がするけど、音程も外さないし、声も出てるし。お姉様にこんな特技があったとは。
しかし、肝心の「でぇと」は全然上手くいっていない。そもそもお姉様と仲良くするため、周りのアドバイスを聞いて計画したのだけれど、お姉様が節々で気を使っているのはバレバレだ。普通の会話しかしていないのにどうしてこんなに気を使わせてしまっているのだろう。
どんな大物妖怪の前だって、いつも堂々としているお姉様。そんなお姉様に気を使わせる私は一体何なのか。お姉様にとって、どれだけ扱いにくい邪魔な存在なのだろうか。ああ、お姉様とどうして姉妹なのだろう。他人だったらこんなに気を使わせることもないのに。
「ふらああああん!!」
「ひやぁあ!?」
な、なに!? イキナリ生ぬるいものがひっついてきたんだけど!?
ってお姉様がひっついてきてる!? と言うか酒臭! どんだけ飲んだのよ!
「うーん、すべすべー」
「お、お姉様!?」
いきなり頬ずりしてきた! 酔いすぎでしょ!
女将さんもニヤニヤしながら見てないで止めてぇ!
「私は! フランに言いたいことがあります!」
言いたいことがある。お姉様にそんなことを言われるとドキッとしてしまう。
いつも私のことを考え心配してくれるお姉様。外が怖くてずっと引きこもっていた私を守り続けてくれたお姉様。私はお姉様に迷惑をかけてばかりだ。
そんなお姉様に私がしてあげられることなんて何もない。何かしてあげようにも、お姉様には完璧なメイドの咲夜や、親友で魔女のパチュリー、それに大勢の部下がいる。彼女らを押しのけて何かしようなんて、ひきこもりの私には不可能だ。せいぜいひっついて甘えるぐらいだけど、それだって邪魔そうにされるだけだし。
ああ、また叱られるのかな。それとももしかして…… 見捨てられるのかな。
こんな穀潰しで反抗的で可愛さの欠片もない妹なんて、何事も完璧なお姉様にとって邪魔でしかないだろう。
涙が溢れそうになる。でも泣いちゃダメだ。こんなの自業自得でしかない。
ふわっ。お姉様の両手が私の頬に添えられる。
「私の可愛いフラン。どうしてそんな悲しそうな顔をするの?」
急に真剣な眼差しになるお姉様。深紅の瞳がこちらを見つめてくる。
「悲しそうなんてしてないよ。お姉様の目が悪いんじゃない? 老眼?」
こういう時にどうして私は憎まれ口しか叩けないのだろう。可愛くない、本当に可愛くない。
ねえお姉様? あなたの妹は全然可愛くないでしょ? こんな足枷にしかならない肉親、もう見捨ててくれて構わないのよ?
「壊れるほーど愛しても♪ 三分の一も伝わらない♪」
女将さんの歌が妙に耳に障る。
ああそうだ、お姉様が好きな気持なんて三分の一どころか百分の一だって伝わりゃしない。
でもそれはきっと伝わるようなことはなんにもしちゃいない私が悪いのだろう。
「ねえ、私の大切なフラン。私のこと、嫌い?」
「嫌いじゃ……ないよ……」
なんでここで素直に「大好き」と言えないのだろうか。こんなひねくれ者の口は腐り落ちてしまえばいいのに。
「ごめんなさい、フラン。私はあなたを悲しませてばかり。本当にダメな姉ね」
「……っ! そんなことない! 悪いのは私だもの……」
また、お姉様を悲しませてしまった。ああ、何もかも忘れてしまいたい。泥のように眠ってしまいたい。
お酒でもたらふく飲めば全て忘れられるだろうか。
カウンターの上においていた一升瓶を手に取る。
「ちょ、ちょっとフラン!?」
お姉様や女将さんが止める間もなく、瓶に口をつけて飲み始める。
すごい勢いでが喉に流れ込んでくるお酒。焼けるように喉が熱い。
ものの十秒ほどで空になる。
「だ、大丈夫!? フラン!?」
お姉様の顔がぐるぐる回る。視界がどんどん闇に閉ざされていく。
最後に私の瞳に映ったのは、お姉様の悲しそうな顔だった。
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フランが急に一升瓶を一気飲みして倒れた。
何を言っているのかわからないと思うけど、私も訳が分からなかった。
頭がどうにかなりそうだ。
「随分スゴイ飲み方するね…… 大丈夫?」
「ま、まあこれでも吸血鬼だからね。お酒程度じゃ死なないわよ」
フランが倒れたせいで、酔いも一瞬で冷めてしまった。
ああ、もう最悪。試しに酒に酔った勢いでフランに抱きついたりもしてみたが、悲しい顔をさせるだけだったし。なんでこうも妹と上手く付き合えないのだろう。
ひとまずフランに膝枕をして、頭を撫でる。
「仲良さそうに見えたけど、なんか面倒なことになってるみたいね」
「好奇心は猫だけじゃなくて雀も殺すよ?」
「おう、怖い怖い。そんなに睨まないでよ」
店主の軽口にすら過剰に反応してしまう。かなり気が立っているらしい。
「愚痴でも聞こうか?」
「焼き鳥にされたいの?」
「怒らない怒らない。屋台の女将の仕事は、料理や酒を出すだけじゃなくて、愚痴を聞くことも含まれてるのよ。洗い浚い吐き出しちゃったほうが楽だと思うよ」
随分食い下がってくる。店主なりの気の使い方なのだろうか。
「お気遣いどうも。でも今日はやめておくわ。この子も倒れちゃったし、もう帰るわね。はい、これお会計」
「毎度あり。またおこしくださいね」
お代を置いて、席を立ち、フランを背負う。ずっしりとした重さが背中にかかる。
昔背負った時より重く感じる。この子も成長しているのだろう。
「おねぇさまぁ。だいしゅきぃ」
「私もよ、フラン」
背中でフランが寝言を言う。
大好きだなんて、フランの夢のなかの『お姉様』はどんなに理想的な存在なのか。きっと、現実の私とはかけ離れた、素晴らしい姉なのだろう。
夢の中の『お姉様』に嫉妬を覚えつつ、私はフランを背負ったまま、紅魔館に向けてゆっくり帰るのであった。
ごちそうさまでした。
みやび様の日常の一場面を切り取ったような話の作り方が大好物です。
鈍いレミリアだけど、フランに対する愛情はしっかりと感じられてとても良かったです。
鈍感お嬢とツンフラン…いいねぇ
いいものを読ませていただきました。
まぁ、どっちも大好物ですけど。
すれ違いイイですね、悶々しますね。
どっちが先に素直になるか楽しみです。
ありがとうございます!
おなかいっぱいです。
いつか幸せになって貰いたいものだ