妖精。それは自然現象そのものの化身であり、幻想郷に住む者なら誰しもが一度は見たことがあるだろう。そして、そのほとんどが特別な力を持たない人間にも劣る力しか持たず、妖怪とは違い単体で異変を起こすことはできないが、その異変という状況下では十二分に驚異になりうる存在であると言うことも知っているだろう。それは今も昔も変わらない。
しかし、今現在この幻想郷にて、妖精達がある異変の中にいる事を知る者はそう多くはない。
<ニピー>と呼ばれる、妖精に酷似した存在。それらは言葉を持たず、意思の疎通が出来ないが、確かに自我を持ち、妖精達を襲っている。その目的は依然解らないままである。
だが、博麗の巫女でさえその事実を知らない。なぜなら、その異変は人間になんの影響も無いからである。人間に実害の無い異変では人間が解決に動く事はない。
それでも、異変は確かに起きている。例え今は影響が無くとも今後何かしらの影響が出るかもしれない。その事だけは、忘れてはならない。
(射命丸 文『文々。新聞』第百二十×季 如月の三 発行分より抜粋)
幻想郷、冬。広大な霧の湖上空で、編隊を組んだ妖精達が<ニピー>と交戦していた。
≪きゃああ!≫
≪ああっ! メイド3がやられた!≫
≪落ち着いてメイド4! 陣形を組み直して!≫
≪なんてこと……! これで8人目よ!≫
編隊を組んでいたメイド妖精が一人、強襲してきた敵の弾幕に被弾し撃ち落とされる。残った妖精達が弾幕をあびせるが、敵はそれを避けて隠れてしまった。
≪右後方の木の後ろに隠れたわ! 春告隊、先手を取って撃ち落として!≫
「了解です!」
索敵を担当するスターサファイアの声が通信機越しに聞こえる。指示を受けたリリーホワイトはすかさず高速モードで旋回し、大玉弾で木もろとも敵を撃ち抜いた。
≪敵反応消失。お疲れ様、よくやったわ。みんな帰投して≫
敵の全滅を告げるスターサファイアの声を聞いた妖精達の緊張が解れ、安堵の空気が流れる。今日の作戦は終わりだ。
≪大丈夫、飛べる?≫
≪えぇ、なんとか≫
≪一番最初にやられた門番7は?≫
≪駄目ね、あれじゃ一回休みだわ≫
被弾し怪我をした仲間の確認と回収をしつつ、妖精達は基地へと帰還した。
紅魔館の庭園を借りて作られた基地内の広間兼会議室に、帰還した妖精達は集まっていた。
「お疲れ様、リリー。紅茶でもいかが?」
「ありがとう。頂きます」
メイド妖精から渡された紅茶をすすりながら、リリーホワイトは今日の戦闘を思い返していた。
今日遭遇した<ニピー>は計40体程だったが、全て撃墜している。しかし、妖精側も無傷というわけではなく、出撃者27名の内8名が被弾、その内3名が一回休み、残り5名も一回休みという程ではないにしろ怪我を負って治療中。編隊のおおよそ三分の一が戦闘不能になるという、あまり喜ばしくない結果だった。
普段は明るい笑顔を浮かべている事の多いその可愛らしい顔をやや険しい表情にしてゆっくりと紅茶をすすりながら、リリーは敵について黙考する。
<ニピー>。突如幻想郷に出撃した、謎の存在。それらは言葉を持たず、また非常に攻撃的な性質をしており、積極的に妖精達を襲撃している。
姿形は妖精に酷似しており、一目では見分けがつかない。力も妖精と同程度であり、人間や一般の妖怪の間では妖精とほぼ同一視されている。しかし、<ニピー>には勘のいい人間や頭の良い古参妖怪、そして妖精達には分かる明確な違いが存在していた。
それは、『一回休み』が存在せず一度死ぬと二度と蘇らないことと、妖精達にはない、不自然な自然の気を漂わせていることである。
『一回休み』が存在しないのは大量に同じ姿の個体が現れることからあまり知られてはいなかったが、不自然な自然の気は普通の妖精が放つそれとは全く異なり、自然そのものの具現である妖精達にとって、雲一つ無い晴れの日に雨の気を放っているような<ニピー>達の違和感に気付かないものは誰一人としていない。
勿論、それだけであれば不気味な妖精もどきがいる、というだけの話で済んでいた。だが、この妖精もどきと妖精達との間に戦争が起きているというのが現状である。
そもそもの発端は、一月前に起きた妖精襲撃事件だった。湖のまわりで遊んでいた妖精達が、突如<ニピー>による襲撃を受けたのである。はじめはただの妖精達の縄張り争いと思われていたのだが、その後同じ様な事態が場所を問わず何度も起こり、その犯人の放つ不自然な気から妖精では無いと判明、身の危険を感じた妖精達は自衛の為に紅魔館の一角をはじめとした様々な場所を基地として集合し、戦っているのである。
ちなみに<ニピー>とは博麗の巫女である博麗霊夢が妖精達からの相談を受けたさいに便宜上の名前として色違いの分身を表す『2Pカラー』からつけたものである(なお、相談自体は『今のところ人間に害は無いし、妖精の問題は妖精でなんとかしろ』と断られてしまった。ここでも妖精の扱いの悪さが伺い知れる)。
<ニピー>達の目的は依然はっきりとしていない。なぜなら襲ってくる<ニピー>達は言葉を話さずただ襲ってくるだけなうえ、迎え撃つ妖精達も生け捕りにして目的を吐かせる、という発想にまで至らないからである。
そもそも、<ニピー>達はともかく死という概念が無い妖精達にとってはこの戦争も普段の『遊び』の延長線でしかなく、本気で危機を感じている妖精もそうはいない。普段の遊びを邪魔する奴がいるから遊ぶついでにやっつける、程度の感覚しかないのだ。勿論、遊びと言ってもただ出鱈目に撃ち合うだけではない。一応彼女達もこの戦争に向けて、普段読みもしない本を持ち出して外の世界の軍隊を真似て基地や得意分野を生かした部隊を作ったり、異変の時のように編隊を組んで飛行したり、毎日司令役と各隊の代表者が顔を突き合わせて作戦会議(と言っても殆ど雑談に近いが)をしている。
そんなふうに妖精達は彼女らなりの本格的(っぽい)戦争(ごっこ)をしているのだ。
遊びに妥協せず、全力を尽くす。それが妖精達なりの流儀である。
「今戻ったわ」
「おかえりなさい、ルナ、サニー。どうだった?」
その『役』の一環である偵察任務から帰って来たらしいルナチャイルドとサニーミルクが部屋に入ってきて、司令役も担っているスターサファイアが二人に首尾を尋ねる。
「駄目ねー、全く手がかりが見つからない」
「今日は妖怪の山の基地にも行ってみたけれど、これと言って有力な情報はあっちも掴んでなかったわ」
「そう……一体あいつら、何者なのかしら」
三妖精が揃って溜め息をつく。ここに妖精達が集まり、調査をするようになってから1ヶ月、ずっとこの調子で未だに何も掴んでいないという状況なのである。
「あ、湖隊が帰ってきたわ!」
どうしたものかと三妖精が考えていると、リリー達とは別の区域で戦っていたチルノ率いる霧の湖の妖精達が帰還する。
「今日も全員あたいが撃墜してやったわ! あたいったらさいきょーね!」
「チ、チルノちゃん、声が大きいよ……」
部屋に入るなり、Vサインをしながら戦果を報告するが、それは広間全体に響き渡るような大声で、リリーをはじめとする何名かは思わず耳をふさいだ。
「で、大ちゃん、どうだったの?」
あらかじめ予測して音を消していたらしいルナチャイルドがドヤ顔のチルノの隣で申し訳なさそうな顔をしている大妖精に確認する。
「うん、チルノちゃんが全員やっけたのは本当だよ。みんなも無事」
「当然よ! なんたってあたいはさいきょーだからね!」
「あーはいはい、そりゃ頼もしいわね」
「それで、あんた達はどうだったの?」
「8人やられたわ。その内3人は一回休み」
「ハッ! だらしないわねぇ。あんなのに8人もやられるなんて、なにやってんのさ」
「ちょっとチルノちゃん!」
被害状況を聞いたチルノが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。慌てて大妖精が諌めるが、チルノは聞いていない様子だった。
「まぁ、あんたら全員束になってもあたいにゃ敵わないし仕方ないか」
「おいあんたふざけたこと言ってんじゃ……」
「やめなさいサニー! って痛っ」
思わずチルノに詰め寄ったサニーミルクを止めようとしたルナチャイルドが転ぶ。
「あたいは事実しか言ってないけど?」
その様子を見たチルノがますます小馬鹿にした表情を浮かべる。
「なにをっ……」
「はいはいそこまで! ……ともかく、今は私達で争ってる場合じゃないわ」
いよいよ険悪になってきたチルノとサニーミルクを引き離しながらスターサファイアが話の軌道を修正する。
「そうね、この前の竹林の事もあるし」
紅魔館の門番妖精を束ねる門番隊のリーダーが呟く。『竹林の事』とは、つい先週、迷いの竹林の基地が<ニピー>達に襲撃され壊滅させられた件である。迷いの竹林は深い霧や方向感覚を狂わせる生え方をした竹を備え、下手をすれば妖精さえも迷ってしまう程の入り組んだ地形を持つ天然の迷宮である。それにより他のどこよりも強固な守りを持っていた筈の基地が壊滅した、という知らせは楽観的な妖精達の間にも衝撃を与えた。
そして、基地が壊滅し他の基地に散り散りに分かれた元竹林の妖精達によれば、<ニピー>達は竹林の性質をものともせずにまっすぐ基地を襲撃してきたのだという。これは幻想郷の妖精達がもつ土地勘というアドバンテージが消滅したということを意味していた。
そして、一番強固な守りを持つ竹林基地が陥落した以上、残っている地底、魔法の森、妖怪の山、そしてここ紅魔館の基地がどれ一つとして安全とは呼べなくなってしまったということも意味している。
「……で、竹林の基地は今<ニピー>達が占拠しているのよね?」
「えぇ。今日もついでに見に行ったら<ニピー>が数えきれないくらいうじゃうじゃ居たわ。あいつら全員気配が気持ち悪いったらありゃしない」
ルナチャイルドがスターサファイアの質問に顔をしかめながら答える。
「分かった。……じゃあ明日、竹林の基地を一気に叩きましょう」
スターサファイアがしばらく目を瞑って考えた後、そんな事を言い出した。一拍置いて、広間がざわめく。
「はぁっ!?」
「ちょっとスター、私の話、聞いてた? 竹林基地には数えきれないくらい<ニピー>が……」
「だからこそ、よ。敵が基地を乗っ取って使ってる以上、そこを奪い返せばなにかしらの手がかりくらいは見つかる筈よ」
「それはそうだけど……」
「大丈夫よ、なんたって私達にはチルノがいるもの。これくらいなんてことないわよね、チルノ?」
スターサファイアがチルノを見る。
「ふふん、良くわかってるじゃない。おうとも、あたいに任せておけば<ニピー>なんてイチコロよ!」
えっへん、とチルノが胸を張る。上手く乗ってくれたな、と内心ほくそ笑みながらスターサファイアは話を続ける。
「で、作戦なんだけど……チルノ達湖隊とメイド隊には竹林の周りで大暴れして基地の<ニピー>の主力を引き付けて欲しい。その間に基地に潜入して残ってる<ニピー>を全滅させるんだけど、その役はあなた達春告隊と門番隊にやって貰いたいの。大丈夫かしら?」
「わかりました。やってみます」
スターサファイアの言葉にリリーと門番隊の隊長が頷く。
「よし、決まりね。じゃあ決行はみんなが起き次第! 今日は解散!」
随分と作戦時間が適当であるが、これもまた妖精故である。
作戦会議が終わり、リリーホワイトは自分の部屋に向かっていた。
「ハイ、リリー。随分厄介な役目を任されちゃったわね」
「あ、チェリー」
途中、リリーのルームメイトであり、リリー率いる春告隊の一員でもある桜の木の妖精、チェリーレッドが声をかけてきた。彼女はかつて春雪異変においてリリーと同じステージ4に登場し、ボスの前哨戦をつとめた妙に固い妖精である。
「明日の作戦の自信のほどは?」
「自信なんてないですよー、かなり不安です」
戦友の問いかけに困ったような顔をするリリー。その場の雰囲気もあって二つ返事で引き受けてしまったが、実際の所彼女は自信が無かった。
「ちょっと、しっかりしてよ。期待のエースなんだからさぁ」
「あはは……」
チェリーの冗談混じりの言葉にリリーは苦笑する。春の訪れが近く、徐々に力を増してきている春告精のリリーは、チルノと並ぶ妖精達の戦力として期待されていた。事実彼女は得意の瞬間移動と広範囲に渡るばらまき弾を軸とした弾幕を駆使し、今日に至るまで一度も被弾せず、単騎で無双と言っていい活躍をしているチルノ程ではないにしろ多大な戦果を上げている。
しかし、明日作戦行動をとる竹林基地では話がかわる。竹林基地には一度立ち寄った事があるが、基地内は作った妖精達が竹林出身という事もあってか酷く入り組んでいる上に狭く、活動が制限されてしまう。得意の瞬間移動もばらまき弾も殆ど使えない為、リリーにとっての不安材料が非常に多いのだ。
「ちゃんと戦えるでしょうか……?」
チェリーと共に部屋に入りながら、リリーはぽつりともらす。
「さぁね。まぁ気楽に行きましょうよ、いつも通りにね。どうせ死にゃしないんだから」
「それはそうですけど……」
蓮っ葉な口調でチェリーが言う。確かにその通りだ、妖精は死なない。だが、だからといってわざわざ痛い目にあいたくはないとリリーは思った。
「せいぜい頑張りましょう。そうそう、中身はあんまり壊すなってスターが言ってたわ。言う方は気楽でいいわね」
また無茶な注文を、とリリーは心の内で毒づく。ただでさえ戦いにくいのにおまけに壊すなとはよく言ってくれる。
「ま、『いざとなったら』仕方ないでしょ」
ニッと悪戯っぽい笑顔でチェリーが言う。やる気満々だった。
「そうですね、十発くらいなら誤射ですよね」
リリーもその言葉の真意を理解し、同じく悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「さ、そうと決まれば早く寝ましょう。明日は早いわよ、チルノがいるし」
「そうですね……じゃあ、おやすみなさいです、チェリー」
「えぇ、おやすみなさい、リリー」
妖精達の中でもとりわけ強く、そしてとりわけ子供っぽいチルノは、こういう大掛かりな作戦の前日はやたらと早起きで自分が起きてもまだ寝ている連中を叩き起こして回る事で有名だった。そんなことをされてはかなわないので、二人は早々にベッドに潜り込み、灯りを消した。
翌日。リリーとチェリーは予定通り早く起きて広間に集まっていた。周りを見れば、やはり叩き起こされたのか眠そうに眼をこする妖精達がちらほらと見受けられた。
「皆早起きねぇ。びっくりしたわ」
嫌な予感がして真っ先に起き、既に司令席についていたスターサファイアが集まりの良さに驚いたような声を上げる。
「そりゃ起きるわよ……枕元であれだけ騒がれたらさぁ」
「チルノめ……」
先頭で今か今かと出撃を待っているチルノを恨めしげに見ながら、文字通り「叩き起こされた」ルナチャイルドとサニーミルクがぼやく。
「まぁ今回チルノは悪くないわ……多分。じゃあ、作戦の確認ね。湖隊とメイド隊は竹林基地の周りで暴れて頂戴。春告隊と門番隊はその隙に基地を襲撃して。後、基地組には案内役として竹林の子と、私とサニー、ルナがついていくわ。何がいるかわからないし、目立つといけないからね。……それじゃあみんな、準備はいい? 出撃よ!」
広間内に、妖精達の鬨の声が上がった。
「さぁ来い<ニピー>ども! 今日もあたいが全滅させてやるわ!」
迷いの竹林上空。襲撃組より先んじて到着したチルノ達が基地の周囲を浮遊して見守っていた。
≪来たわよ、チルノ!≫
基地内からチルノ達を発見したらしい<ニピー>達が次々に飛び出してくるのを見たメイド隊の隊長が叫ぶ。
「行くよ大ちゃん! しょーたいむよ!」
≪了解!≫
言うが早いがチルノは敵のど真ん中に突っ込み、大妖精が後に続いた。
先行したチルノは敵陣を一気に駆け抜け、すれ違い様に弾幕をばらまく。その多くは避けられたが、急襲に対応しきれなかった<ニピー>数体が直撃し、地上に墜ちていった。
そして敵陣を抜けると同時にチルノは旋回、今度は背後からレーザー弾幕を撃ち込んで更に数体撃ち落とす。敵の陣形が大幅に崩れ、そこに大妖精が瞬間移動をしながらホーミング弾で追撃をかける。
強い、と少し遅れる形で攻撃を開始したメイド妖精達は内心舌を巻く。やや自信過剰で横柄なきらいはあるが、チルノは最強を自称するに足る実力を確かに持っていたし、その影で少し目立たないが大妖精もかなりのものである。
二体の<ニピー>がチルノを挟撃するが、チルノはその弾幕を凍らせて無力化、大妖精が高速弾で二体とも叩き落とす。地上の基地からは次々に<ニピー>達が出てくるが一向に二人の勢いは止まらず、それどころか二人の活躍に士気が上がった他の妖精達の攻撃で次から次へと落とされていく。
そんな様子を見て満足げに鼻を鳴らし、更なる敵にチルノは啖呵をきる。
「さぁ、あたいたちのさいきょーっぷりをしっかり眼に焼き付けてから死ぬがよい!」
チルノ達囮組が大暴れしている頃、リリー達襲撃組は三妖精の能力によって特に勘づかれる事もなく基地の入口付近に到達していた。
「……よし、うまいこと引き付けてくれてるわ。いい? 合図したら一気に突っ込むわよ」
入口付近に敵が居ないかを確認したスターサファイアが小声で呟く。
「私、攻めるのはあんまり好きじゃないんだけどなぁ……」
「あら、受け側が好きなのね」
「そうそう、メイド長とかお嬢様とか中々いい感じに攻めてくれそうだから一度……って何言わせんのよ」
「やってる場合か!」
門番隊メンバー数名が緊張感ゼロな様子で何やら怪しい会話を始めかけたが、リーダーの一喝で黙る。
「……いいかしら」
呆れた様子でスターサファイアが確認し、再び静かな緊張が妖精達に走る。
「準備して……3……2……1……突撃!」
合図が出ると同時に基地内へと突撃したリリー達の視界に、基地内の迷宮が映る。迷宮は入り口を入ってすぐの位置から左右にわかれていた。
≪二手に分かれて! 門番隊は左、春告隊は右よ!≫
スターサファイアの指示に従い、リリー達は右側の通路に進む。先頭には案内役の竹林の妖精が使い魔を展開して飛ぶ。
通路を抜け、やや開けた所に出ると同時に竹林の妖精の使い魔が弾幕を展開する。今まさに外に出ようとしていた<ニピー>達がそれに巻き込まれて吹き飛んだ。
≪こちらスターサファイア! こっちは問題ないわ! 門番1、状況は!?≫
前方の通路からの新手を警戒しつつ、スターサファイアが別動隊の状況を確認する。通信機からは、弾幕が放たれる音が断続的に聞こえていた。
≪駄目、待ち伏せされてたみたい! 門番7がやられちゃった!≫
どうやら左側にはこの襲撃を予測して<ニピー>達が待機していたらしい。
だが、逆に今防備が手薄になっている右側を攻めるチャンスと考え、スターサファイアが先に進むことを選ぶ。
≪悪いけど、救援は送れないわ! 持ちこたえて頂戴!≫
≪ははっ、救援なんて元から必要ないわ! 私達もすぐに突破してやるんだから!≫
≪わかった。……幸運を≫
≪そっちこそ≫
通信を切るスターサファイア。弾幕の音からして敵の数は決して少なくはないことは分かっていたが、門番1がああ言った以上、自分達は先に進まなければいけないと判断する。
≪どうするのよ、スター!≫
≪私達だけでも先に進むわよ! みんな、急いで!≫
≪……了解!≫
案内役と三妖精が先の通路へと進み、リリー達もそれに続いた。
「私達だけでなんとかするとは言ったものの、ねぇ」
別動隊との通信を切った後、迫る<ニピー>を撃ち落としながら門番1は呆れたような声で呟く。
普段は妖怪の紅美鈴と共に紅魔館の門を守る、総勢21名の彼女達門番隊が進んだ左側通路の先には、50体程の<ニピー>が待ち受けていた。そんな2倍近い戦力差にも屈せず門番隊達は果敢に戦っていたが、既にその半数が一回休みにされている。
≪これだけいると相手するのも骨よねぇ≫
≪だから私は攻めるのは好きじゃないって言ったのよー≫
クナイ弾の十字砲火で門番5と門番18が誘導した<ニピー>を薙ぎ払いながら飛ぶ門番9と門番6のぼやきが聞こえる。
≪ははっ、流石に受け側がこれだけ熱狂的だと逆にさめちゃうわよね≫
先程門番9共々一喝された門番13が追尾弾で<ニピー>を三体程撃ち落としながら軽口を叩く。
門番隊も多大な被害は受けていたが、何も一方的にやられていた訳ではなく、<ニピー>達も既に1/3近くまで減っていた。
「でも、いつも門の前で受けてばっかりなんだから……」
押し包むように迫ってきた十体程の<ニピー>達を宙返りでかわして背後にまわり込み、クナイ弾で一気に蹴散らしながら門番1が二人の通信に割り込む。
「たまには攻めていかないとね!」
≪そこを右に曲がって! その先はまっすぐ!≫
竹林の妖精の案内を受けながら、リリー達は更に奥へと進む。やはりこちら側は手薄になっているのか、さして厄介な敵との遭遇も無く、ほぼ無傷で進めていた。
≪もうすぐ中枢かしら? それにしても暇よねぇ≫
≪だからって門番隊みたいに大量の敵に襲われるのも勘弁してほしいですけどねー≫
敵との遭遇も無いのに無闇やたらと弾をばらまく訳にもいかず、リリーとチェリーは退屈そうに愚痴る。
≪! 止まって! 何かいるわ!≫
≪ちょっ、嘘! 急に止まら……あ痛っ!≫
案内役と共に先頭を飛んでいたスターサファイアが曲がり角の前で何かを察知して急に止まり、すぐ後ろを飛んでいたルナチャイルドが勢い余って壁に激突した。
≪1……2……沢山いるわ……待ち伏せかしら?≫
壁に身を寄せながらスターサファイアが通路に目を向ける。
薄暗くて姿を見ることは出来なかったが、彼女の能力は確かに先で蠢く<ニピー>達の気配を感じとっていた。
≪どうする、スター?≫
≪どうするって言われても……≫
サニーミルクが聞くが、スターサファイアも答えに詰まる。予想外の新手に対してどう動くべきか考えあぐねているのだ。
「私たちが先に行きます」
しかし、その悩みを払うようにリリーが手を挙げる。
≪えぇっ? いやでも、相手の数はかなりのものよ?≫
≪だからって引き下がる訳にもいかないでしょう? 大体、こんなときの為の私達じゃない≫
チェリーの言葉に、他の春告隊の面子も頷く。
≪わかった。でも無茶はしないでよ?≫
「はーい。じゃあ、久しぶりにお仕事をしてきますから、スター達はここで待ってて下さいねー」
釘を刺すスターサファイアに笑顔で答え、リリーと他19名の春告隊は編隊を組んで曲がり角の先へと突貫した。
「散開してください!」
リリーの号令で編隊が散開する。やはり待ち受けていたらしい<ニピー>達の弾幕が先程までリリー達が編隊を組んで飛んでいた空間を突き抜けて行った。
リリーが二体の仲間と共に高速モードで突っ込む。14体の<ニピー>が弾幕を発射、リリー達は素早く低速モードに切り替え、グレイズでそれをやり過ごす。
真正面からリリーがホーミング弾を撃つ。回避されるが、既にその回避先に待ち受けていた春告4と7が丸弾で撃ち落とす。その二体を<ニピー>が狙うが、弾幕を発射する前にリリーが大玉弾で撃墜。続いて三体とも後退しながら可能な限り広範囲に弾幕をばらまいて<ニピー>達の動きを封じ、追いついたチェリー達がホーミング弾で確実に撃ち落とす。
前方から高速の鱗型弾が飛来、前に出ていたチェリー達に迫る。全員回避行動をとるが、最前列で間に合わなかった春告6、8、11、19が被弾、撃墜された。
続いて奥から10体程の<ニピー>が飛び出てきて、大玉弾を無数に撃ってくる。狭い通路では回避しきれず、春告4、14、15、17が被弾、春告4と17は撃墜、春告14と15は羽をやられて離脱し、春告9、10がその救助に向かう。残る大玉弾を春告3、5、12、18が同じ大玉弾で相殺、その後ろからリリー、チェリー、春告7、13、16が高速弾を撃って<ニピー>を撃ち落とす。どうやらその10体が最後だったのか、攻撃が止んだ。
≪……ふぅ、終わったみたいね≫
「スター、サニー、ルナ、みんな出てきて大丈夫ですよー」
安全と判断したリリーの声に応じて、スターサファイア達が顔を出す。
≪すごいわ、全滅させるなんて……≫
≪こっちもなかなかやられちゃいましたけどね。サニー、ルナ、二人を基地まで連れて帰って貰えますか?≫
リリーが羽をやられた二人のメンバーを示す。二人はそれを了承し、能力を使って姿を消して外に出ていった。
≪さぁ、この先を行けば中枢よ。何か手がかりがあるといいんだけど≫
人数をかなり減らしながらも、リリー達は奥へと進んで行った。
「何!? どうしたっていうのよこいつら!」
一方、基地の外では、チルノ達と交戦していた<ニピー>達に異変が起きていた。
チルノ達の活躍によりほぼ壊滅状態と化していた<ニピー>達の残党が、突如方向を変えて自分達の拠点、すなわち竹林の基地を攻撃しはじめたのだ。
≪なんだってのよ、このっ!≫
背を向けたままの<ニピー>をチルノが撃墜するが、それには目もくれずに<ニピー>達は基地目掛けて攻撃を続け、守るものがいない基地はみるみるうちに破壊されていく。
≪一体なにを……まさか!≫
その意図を察したメイド隊隊長が慌てて中にいるスターサファイアに通信する。
≪こちらメイド1! スター、聞こえる? 大変よ……≫
≪また何かいるわ……≫
スターサファイアがまた気配を感じとり、一同は動きを止める。だが、その緊張はすぐに解けることとなった。
≪あ、スターじゃないの≫
≪門番隊じゃない! 無事だったのね!≫
≪えぇ、なんとか。……ほとんどやられちゃったけどね≫
あの後、更に数を減らしながらも門番隊は<ニピー>達を全滅させ、中枢へと向かっていた。しかし、その途中でも度々<ニピー>の襲撃があり、残っているメンバーは案内役を含め五名しかいなかった。
≪そっちも随分こっぴどくやられたみたいね≫
「はい、ついさっき……」
潜入班合計45名中21名が一回休み、4名が離脱。今この基地に残っているのは、半数以下の20名だった。
≪ま、とりあえず奪還は出来たわけだし、ちょっと調べるとしましょう≫
スターサファイアがそう言って司令席に向かったそのとき、地響きと共にくぐもった重い音が基地内に響いた。
「なにごとですか!?」
思わず飛び上がりながらリリーは辺りを見回す。
≪あら、外からの通信? なにかしら。はい、こちらスターサファイア……なんですって!? ……わかった。貴方達は<ニピー>をできるだけ撃墜して時間を稼いで!≫
メイド妖精からの通信を聞いたスターサファイアが叫ぶ。
「どうしたんですか、スター?」
≪外の<ニピー>達がここを壊してるって……あいつら、私達を生き埋めにする気よ!≫
≪な、なんですって!?≫
スターサファイアがそう言った途端、轟音と共に天井が崩落してきた。
≪時間がないわ、早く脱出しましょう!≫
リリー達は崩落した天井の穴から外へと向かう。その途中で仲間が何人か巻き込まれて消えていった。
ようやく穴の向こうから空が見えてくる。そこからは、ひたすらにこちらへ弾幕を撃ってくる<ニピー>と、それを撃ち落とすチルノ達の姿が覗いていた。
時折飛んでくる弾をよけ、なんとかリリー達は地上へと飛び出す。その瞬間、ついに限界が来た基地が轟音と共に崩壊した。
大妖精が最後の一体を撃墜する。竹林基地を占拠していた<ニピー>達が完全に全滅した。
しかし、手放しでは喜ぶものは誰もおらず、八面六臂の活躍をしたチルノと大妖精でさえも苦々しい表情をしていた。確かに<ニピー>達は全滅したが、最大の目的であった竹林基地の奪還は失敗したからである。
≪これで振り出しか……面倒なことになっちゃったわね≫
崩壊した基地を見下ろしながら、悔しそうにスターサファイアが呟く。リリー達も疲れきった顔で溜め息をつく。
多大な犠牲を払ったこの大作戦は、失敗に終わってしまった。
竹林奪還作戦から一週間後。基地そのものの奪還は失敗したものの<ニピー>達に打撃を与えたのは確かなようで、襲撃の勢いがやや弱まっていた。しかし、妖精達が受けた被害も小さくはなく、攻め込める程の余裕はなかった。
「どうしたもんかしらね……」
スターサファイアは一人、今後の作戦について頭を悩ませていた。妖怪の山などの他の地域の戦況も小康状態と言ったところで、これといった変化は無かった。
「魔法の森に攻め込んでみるべきかしら……」
<ニピー>達の最大の拠点である、魔法の森。博麗神社の周辺に住処を移したスターサファイア達光の三妖精が元々住んでいたここでは、度重なる<ニピー>の襲撃に参った妖精達が次々と逃げ出し、ここ紅魔館の基地に集まっていた。いずれはここを叩かなくてはいけないのだが、これには竹林の比ではない数の戦力が必要である。この前の作戦で<ニピー>達が減った今が好機なのだが、先程言った通り妖精達も戦える者が減ってしまっているため、動くに動けないのだ。
「う~ん……」
「大変よ、スター!」
頭を抱えるスターサファイアのもとに一人のメイド妖精がやってくる。
「……なに?」
また何か厄介事かしら、とスターサファイアはうんざりした表情で聞き返す。
「それがね……」
メイド妖精がスターサファイアに顔を近づけ、耳打ちをする。
「うわぁ……」
その瞬間、スターサファイアの顔がさらにゲッソリとなった。
「……んで、こうなる訳ね」
「はぁ、疲れます……」
「はいはい私語禁止。それから二列に並んで」
リリーとチェリーは制服を身に纏い、自分の隊を率いて二列に並んでいた。
「ちくしょー、なんであたいがこんな服……」
「あはは……でも、よく似合ってると思うよ、チルノちゃん」
湖隊の先頭に立つチルノが憮然とした顔で悪態をつく。彼女は制服を着ることを最後まで嫌がって抵抗したのだが、リリーや三妖精達に無理矢理普段の服をひっぺがされて制服に着替えさせられていた。
「馬子にも衣装ってやつね」
「なにおう」
「まぁまぁ」
サニーミルクに茶化されてチルノが色めき立つが、大妖精に止められる。
「それにしても、サニーちゃんは随分着慣れてるね」
「まぁね。一度ここに潜入したときに着たことがあるから」
そう、彼女らの着ている制服とは、紅魔館のメイド服のことである。彼女達がこの服を着て並んでいるのには、ある事情があった。
その事情とは、妖精達がこの戦争を起こした際、基地を作る為にレミリアと交わした契約である。この妖精達の戦争には人間は勿論、妖怪も参戦してはいなかったが、妖精達は妖怪に様々な助力を受けていた。例えば普段彼女達が使っている通信機は、幻想郷の賢者である八雲紫に提供されたものである。そして、レミリアには『必要な時にはメイドとしてレミリアに従う』という契約のもと、庭の一角に基地を作ることを許可されていた。そのレミリアが、今回気まぐれで妖精達の視察に来るというのだ。その為、彼女達は軍服代わりのメイド服を着て列をつくり、整然と並んでいた。
列は全部で五つあり、右から順に門番隊21人、メイド隊30人、霧の湖隊25人、魔法の森隊16人、春告隊20人の総勢111名で構成されている。この五つの部隊が、ここ紅魔館基地の主力である。
「いい? 私語は厳禁よ。何言われても『はいお嬢様、光栄であります!』とだけ言っとけばいいから」
「いやでも、質問とかされたらどうすれ「おだまりリリー! むしろおだまリリー!」
質問をしようとしたリリーにぴしゃりと言ってメイド隊の隊長は行ってしまった。
「おおう、酷いです……」
「どんまい、リリー」
若干涙目になったリリーを、チェリーが肩を叩いて慰める。
「あ、来たわよ」
そうこうしている内にメイド妖精達が高らかにラッパを吹き鳴らし、ナイフを掲げる妖精を象ったシンボルを描いた妖精軍の旗が振り上げられる。そしてルナチャイルドが指を差した方向を見ると、日傘を手にした紅魔館の主、レミリア・スカーレットの姿がリリー達の所に現れた。それを見たメイド隊と門番隊が一斉に拍手をする。リリー達もそれにならった。リリーは拍手をするメイド妖精達の中にやけに背の高い者がいることが気になったが、レミリアが壇上に上がったのを見て考えるのをやめた。
『えー諸君、今日は良く集まってくれたわね……』
魔法で拡声されたレミリアの演説が始まる。早くもチルノは立ったまま眠りだし、三妖精はルナチャイルドの能力で外の音を消してお喋りを始めた。
『……で、あるからして……』
上に立つものの話と言うものは往々にして長く退屈である。しかし、チルノのように立ったまま寝れる器用さもルナチャイルドのように音を消す能力も持ち合わせていないリリーとチェリーは、黙って聞かざるを得なかった。
『……とまぁ、色々言ったけど、ようはうちの庭を荒らさなきゃ別になにしてくれてもいいから。以上!』
「あー、やっと終わったわ……」
ようやく長い話から解放されたチェリーがゆるゆると息を吐きながら呟く。辺りでは、メイド妖精達が楽器の演奏を始めていた。
「あ、終わった?」
音を消して完全に話を聞いていなかった三妖精が壇上を見る。既にレミリアは壇上から降りていた。
がやがやと妖精達の列がざわめき、騒がしくなる。その様子にレミリアはやや呆れた顔をしていたが、彼女の演説ごっこに付き合って今まで黙っていただけ妖精としては及第点である。
続いて、レミリアは右側から順に各隊の前を通って声をかけていく。
「調子はどうなの?」
「はいお嬢様、光栄であります!」
「……いや、調子を聞いてるんだけど」
「あ、はい、順調で「はいお嬢様、光栄であります!」
「……バカにしてる?」
「い、いやそんな訳じゃ「はいお嬢様、光栄であります!」
「いや、隊長のあんたじゃなくて「はいお嬢様、光栄で「おめーのことだよ門番7ァ!」
ついにキレたレミリアが舞い上がって馬鹿の一つ覚えのように同じ文句を叫ぶ門番7を張り倒す。吸血鬼の一撃で門番7は一回休みになってしまった。
「こりゃひどい……」
その惨状にチェリーが呻く。一方、リリーは自分もへまをしたらあんなふうにやられるのか、と怖くなってしまった。
「はぁ……気を取り直して……って、なんで咲夜はそこに立っているのかしら」
「はいお嬢様、光栄でありますわ」
「あんたも張り倒してやろうか?」
「またまたご冗談を」
「本気なんだけど。……まぁいいわ、いいから日傘持ちなさい」
「承知致しました」
しれっと混ざっていたメイド長がレミリアと合流し、レミリアは話を続ける。
「で、頑張ってる?」
「はいお嬢様、光栄であります! バッチリです!」
「そう。……普段のうちの業務もそれくらいちゃんとやってくれたらありがたいんだけどねぇ」
「う……」
痛いところを突かれたメイド妖精の表情が固くなる。
「ジョークよ。あんた達にははじめから期待してないわ。ホブゴブリン達の方が有能だしね」
「キッついなぁ……」
「そう思うなら努力することね」
笑いながら辛辣な事を言ってレミリアは次にいく。
「あんたたちか。前に一度うちに潜入してたんだって? 美鈴は何をやってたんだか」
「あはは……」
「まぁいいけど。で、戦況はどうなの?」
「はいその、まぁ小康状態というかなんというか……」
スターサファイアがへこへこしながら質問に答える。
「そう。……うちの庭を貸している以上、勝たないと承知しないからね」
「は、はい!」
「んじゃせいぜい頑張りなさい。……あ、そうそう、パチェが本を盗んだ下手人を探してるわ。さっさと返しに行った方が身のためよ?」
「ひいっ……」
心当たりがあるのか、三妖精が揃って縮み上がる。その様子をみて面白そうに笑って、レミリアは湖隊の前に行く。
「まさかあんたがうちのメイド服を着るなんてね」
「うっさい! あたいだって着たくて着てるわけじゃないわよ!」
「あいかわらず威勢がいいわね。でも一人で突っ込みすぎるとその内痛い目を見るよ。そういう運命が見える」
「デタラメ言うな! 痛い目なんて見るわけないわ、あたいはさいきょーなんだから!」
「直接言うのはやっぱり無駄か。あんた、ちゃんと止めてやりなさいよ」
「は、はい」
話を振られた大妖精がコクコクと頷く。そして、ついにリリー達の目の前にレミリアがやってきた。
「ふーん、あんたが春告精か」
「は、はい……」
まじまじと見つめられ、消え入りそうな声でリリーは答える。しばらくレミリアはじろじろとリリーを見ていたが、やがて目を離して後ろの従者を振り返る。
「さくやー。この大きさじゃいくらなんでも瓶に入んないわよ」
「……?」
一体なにを言っているのかリリーにはわからなかった。瓶……?
「あら、一度ばらして中で組み立てれば入るんじゃありませんか?」
「そりゃもうスプリングじゃなくてスプラッタなだけでしょうが。ボトルシップじゃあるまいし」
「えーと、何の話ですか……?」
「物騒な話」
「殺生な話」
「ひえぇ」
主従揃って返ってきた言葉に、リリーは思わず某虫妖怪のような声をあげてますます縮みあがってしまった。
「あぁ大丈夫、あんたにはもうなにもする予定はないから。多分。じゃあ、あんたも頑張ってね」
「は、はい」
震え上がっているリリーをレミリアが励まし、去っていく。
「うーん……」
その瞬間、緊張の解けたリリーは思わず倒れ込んだ。
「あ、ちょっと、リリー!」
慌ててチェリーが名前を呼ぶが、意識が完全に向こうに行ってしまったリリーが答えることはなかった。
「リリー、起きて! リリーってば!」
「う、うーん……はっ!」
「んがっ!」
チェリーの呼び声を聞いて、リリーは跳ね起きた。が、勢い良くあがったリリーの頭を避けきれず、チェリーの鼻にリリーの頭突きが炸裂する。
「わわっ、チェリー、大丈夫ですか!?」
「あぁ、冥界の桜が見える……」
「まだ春じゃないですよー!?」
悶絶するチェリーを助け起こすリリー。しかし、チェリーは未だに鼻を押さえていた。
「あー痛かった……」
「ごめんなさい……」
チェリーが立ち直るまでの数分間、リリーは謝りっぱなしだった。
「そんなに必死に謝らなくていいわ、大丈夫だから、ね? それより、出撃よ。妖怪の山の妖精達の救援だって」
「妖怪の山ですか?」
「新種の<ニピー>が出たらしいのよ。とりあえず、他の隊は回せないから私達が行けってさ」
妖怪の山上空。妖怪の山の主力部隊であるひまわり妖精隊が自分達そっくりの姿をした<ニピー>達と交戦していた。
≪今紅魔館から春告隊が向かってるって!≫
<ニピー>達の弾幕を回避しながらひまわり6が叫ぶ。
≪へぇ、春のかわりに弾幕を運んでくれるの? そりゃいいわね≫
≪冬は弾幕の季節だからね≫
≪何言ってんのよ、弾幕は年中幻想郷の風物詩でしょうに≫
先行していたひまわり5が右に急速旋回、<ニピー>達がそれを追ったところにひまわり7、8が横手に回り込んで札型弾で撃墜する。ひまわり5はそのまま急降下、ひまわり7、8の背後から来ていた<ニピー>を撃ち落とす。
≪あー、自分を撃ち落としてるみたいで嫌な気分だわ≫
≪それも作戦なんじゃない? それより、上から来るわよ!≫
≪オーケー、任せて!≫
ひまわり9の警告に応え、ひまわり1、2、4が急上昇、ばらまき弾で弾幕の壁を作り、降下してきた<ニピー>達を返り討ちにする。ついでそれを回避しようとした<ニピー>をひまわり3、10がホーミング弾で追撃し、撃墜する。
≪あらかた片付いたかしら。救援はいらなかったかも?≫
≪いや、まだ来るわ! なにあれ、凄い数……!≫
≪さっきまでのは前座って訳? やってくれるわ……≫
目の前にいた30体程の<ニピー>達を倒したのもつかの間、倍以上の<ニピー>が第2波として飛んでくる。
≪数ばかりうじゃうじゃと……しかも私達と同じような格好して、気持ち悪いのよ!≫
妖怪の山の精鋭、ひまわり妖精達が突撃する。
妖怪の山へと向かって、リリー達は高速で飛行していた。
「敵はどんなのがいるんですか?」
≪なんでもひまわり妖精達そっくりなんだって、誤射が怖いわ≫
「そんなこと言って、<ニピー>達と私達の区別なんてすぐつくじゃないですか」
≪まぁね≫
≪見えたわ!≫
双眼鏡を手にした春告3が前方を指差す。妖怪の山の中腹辺りで弾幕の火花が散っていた。
≪こりゃまた派手にやってるわね≫
「急ぎましょう!」
リリー達は更に加速し、戦場へと飛び込んだ。
≪うわあっ!≫
≪ひまわり3! くそーっ!≫
<ニピー>が撃った高速の米粒弾を避けきれず、ひまわり3が撃墜される。ひまわり隊は奮戦していたが、<ニピー>との物量差に軽口を叩く気力も削がれ、かなり押され気味だった。だが、ここでひまわり隊が負ければ妖怪の山の基地は間違いなく陥落する。ひまわり1はそれだけは避けたいと思っていた。
<ニピー>達が円を描いてひまわり隊を取り囲み、弾幕の集中砲火を浴びせる。とっさに上昇或いは下降した者は助かったが、反応の遅れたひまわり妖精数名が撃墜される。そして、下降したひまわり隊を、別の<ニピー>の輪が取り囲んだ。
≪そんな――≫
「遅くなりました! 大丈夫ですか!?」
その円を、到着した春告隊が次々と叩き落として破壊する。<ニピー>達は一度後退し、陣形を立て直そうとする。
≪ああ、来てくれたのね! 助かったわ≫
≪さぁ、一気に片付けるわよ!≫
挨拶もそこそこに、チェリー達が<ニピー>目掛けて丸弾を連続で撃つ。鞭のようにしなるその丸弾弾幕と、ひまわり隊が撃つホーミング弾が敵を撃ち落としていった。
リリーが瞬間移動で敵陣の真ん中にワープ、後退しながら弾幕をばらまいて一気に蹴散らす。春告隊の活躍により、戦況は一気に盛り返した。
チェリーが突撃、<ニピー>4体が追尾してくる。ギリギリまで引き付けた後方から、リリーが攻撃を加える。<ニピー>がそれに気がつき、急旋回してそれを回避、2体がリリーに向かって弾幕を撃つ。リリーは急降下でやり過ごし、上から来た春告8とひまわり6が<ニピー>を撃ち落とす。同時に、チェリーが下から来ていたひまわり9と共に自分を追ってきた<ニピー>を撃破した。
≪あれで最後よ!≫
春告5が残敵を示す。既に、<ニピー>達の数も18体にまで減っていた。
5体の<ニピー>が急加速でリリー達を強襲、ホーミング弾で春告4、春告6を撃墜。対して春告12とひまわり4がその<ニピー>を撃破。残った13体をリリーが分断、約半数をチェリー、ひまわり1が十字砲火で撃墜、残りをリリーが大玉弾で纏めて倒し、<ニピー>は全滅した。
≪ふう、助かったわ。ありがとう。どうかしら、基地でお茶でも≫
<ニピー>の脅威が去り、ひまわり1がリリー達を誘う。
≪どうする、リリー≫
「そうですね、じゃあお言葉に甘えます」
≪そうこなくっちゃ。私達の基地はあっちよ、ついてきて≫
ひまわり隊に誘導されながら、リリー達は妖怪の山の基地に向かう。辺りはもう夕暮れだった。
≪この辺りよ≫
ひまわり1が眼下の諏訪湖辺りを指差す。諏訪湖は夕焼けの光を反射し、橙色に輝いていた。
≪こちらひまわり1、作戦完了よ、ドアを開けて。……返事が無いわね。通信機の故障かしら――≫
しかし、次の瞬間。返答の無い司令部に首をかしげたひまわり1と、その近くにいた春告隊の何名かが、光に呑まれて消えた。少し遅れて、遥か下の地上から轟音が聞こえる。
≪レーザー!? どこから!≫
チェリーが上ずった声をあげる。正体不明のレーザーが、ひまわり1達を撃墜したのだ。
リリーは辺りを見回す。轟音が聞こえてきた真下から、黒煙が上がっていた。その様子から、リリーはレーザーの出所を察知する。
「真上!?」
その声を聞いたチェリー達が反射的に上空へ弾幕を放つ。だが、そこには既に誰もいなかった。
≪嘘、居ない! 一体どこから――≫
リリーは見た。困惑するチェリー達を、魔法の森の人間、霧雨魔理沙の弾幕もかくや、というほどの極太レーザーが焼き尽くしていく様を。リリーもまた片羽を吹き飛ばされ、地上に落ちていく。
気を失う寸前、リリーは遥か遠くにいるレーザーを撃った敵の姿を見つける。
「あれは……三妖精?」
遠すぎてはっきりとはしなかったが、それは、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア達光の三妖精に酷似した姿をもつ<ニピー>達だった。しかし、その数は三人どころではなく、大量に飛んで縦に円を描いている。
ルナチャイルドとサニーミルクの能力で姿を消し、スターサファイアの能力で狙いを定めて撃ってきたのか。
しかし、そこまで考えた所でリリーは気を失ってしまった。
リリー達が全滅した後。突如立ち上った光の柱に驚いた山の住人達は現場に駆けつけていた。
「まさか、ついに非想天則にメガ粒子砲が実装されたんですか!?」
「いや、違うんじゃないかなぁ」
「え、じゃあバスターランチャー?」
「いや、それも違うでしょ」
「そうか! コジマキャノンですね!」
「「コジマは……マズい」」
「……おい、誰かあの緑色達を黙らせてくれ」
「無茶言うなよ、あれでも大事なうちの神様なんだぞ」
興奮した様子で騒ぐ早苗とそれにツッコミを入れる他二柱をうるさそうに見ながら言う同僚に返しながら調査に向かわされた椛は光の柱によって抉られた地面を見る。
「かなりの威力の物のようだが、一体誰が……まだ下手人がどこかにいるかも……」
これだけの攻撃ができるならきっと妖怪だろう、と千里眼を使うが、最近よく見かける妖精もどきが何体かとどこかに集団で飛んでいく妖精達しか見えなかった。光の柱が消えてからまだ時間は経っていない筈なのに、と椛は考え込む。彼女はそれが先程見た妖精もどきの仲間の仕業だということに気がつかなかった。
「あれ? そう言えば非想天則は? 改造中ですか?」
「だから改造の予定はないから。……でも、何処に行ったんだろうね」
「ん……?」
椛が光の柱の正体を考えていると、早苗のそんな言葉が聞こえてきた。見れば、確かにあのデカブツの姿が無いな、と椛も気づく。
不審に思って再び千里眼を用いて見渡すが、非想天則の姿はどこにも無かった。
「あ、わかりましたよ! 河童さん達がミラージュコロイドを非想天則に実装したんですね!?」
「いやだから」
「あーでも、私アクティブクロークの方が好きなんですよね、みんな死ぬぜぇ~、って」
「「どっちでもいいわ!」」
「……で、あの三人はいつまで漫才をやれば気がすむんだ、何を言っているのかさっぱり分からないし」
「知らん」
同僚の言葉に椛はそれだけ言って上司にどう報告するか考える。未だ騒ぐ三柱の事もあり、椛は頭痛がして来た頭を抱えた。
「あー、よく寝た……さぁ、次の出撃こそ活躍するぞー」
一回休みから復帰し、身も心も一新した門番7が間延びした声で決意表明する。気持ちの良い朝だったので彼女は庭を歩いていた。
そんな彼女の頭上に、影がさした。
「号外、号外だよー」
「ん? 天狗――」
高速で飛来した新聞が直撃し、門番7は復活早々一回休みになってしまった。
朝方に号外として投げ込まれた新聞により、妖怪の山基地が壊滅した、というニュースは瞬く間に妖精達の間に広まった。
「なんてこと……!」
「落ち着きなよスター」
「妖怪の山の基地が一瞬で消し飛んだのよ!? これで落ち着いてなんかいられないわよ! おまけにリリーは行方不明だし……」
スターサファイアは頭を抱える。謎のレーザーによって妖怪の山基地が壊滅し、そこにいた妖精達とリリーは行方不明、その直前まで<ニピー>達と戦っていたひまわり隊と他の春告隊も全滅、一回休みからの復活待ちという状況だった。
妖精達を飲み込んだ謎のレーザーは突如現れた謎の光の柱として新聞記事となっており、妖精達はそれを回し読みしていた。
それを読んだルナチャイルドがサニーミルクにたずねる。
「ねぇサニー、妖怪の山の妖精達、魔理沙さんに襲われたのかな?」
「いや、魔理沙さんじゃないわよ。魔理沙さんのマスタースパークは白い光でしょ? 昨日のレーザーはオレンジ色だったって言うじゃない。……多分、これは太陽光を操った<ニピー>の仕業だわ」
「太陽光でそんなに凄いレーザーを作れるの?」
「私一人じゃ流石に無理だけど、同じような能力を持ったのが沢山いたら不可能じゃないわ」
「じゃあ不可能じゃない。サニー以外に光を曲げれる妖精なんて聞いた事無いわよ。やっぱり妖怪か何かの仕業でしょ」
もう一度新聞を読むためにルナチャイルドが妖精達の輪に戻っていく。その後ろ姿をみながら、サニーミルクはひとりごちる。
「私以外に居ない、か。……だといいんだけどね」
桜が咲き、春に染まる幻想郷の夢。リリーは目を開く。目の前が真っ白になった。どうやら額に置かれたタオルが垂れて来ていたらしく、リリーはそれを払って上体を起こす。見慣れない部屋の様子が目に映る。
「気がついた?」
気の良さそうな顔立ちの少女がリリーの顔を覗き込む。妖精だった。しかし、その妖精はリリーが見たことの無い風変わりな格好をしていた。
「あなたは誰? ここは?」
「私はゾンビフェアリーのゾフィよ。ここは地底基地。……正確には妖怪の山から地底に繋がる大空洞内の基地よ」
「妖怪の山……そうだ、ゾフィさん、他のみんなは!?」
妖怪の山、という言葉を聞いて、リリーは気を失う前の事を思い出す。光に呑まれて消えていった仲間の姿が鮮明に蘇る。
「落ち着いて。残念だけど、あなた以外は一回休み、全滅よ。基地もあのレーザーで消し飛んじゃったわ」
やんわりとリリーを押し留めながらゾフィが言う。リリーは愕然とした。
「全滅……ですか」
「まぁ、基地はその前から壊滅させられていたみたいだけどね」
「? どういうことですか?」
「私もよくは知らないけど、基地の生き残りが何人かここに来ててね。その話によれば貴方達が戦っている間に奇襲を仕掛けられたみたいなの」
まるでついこの前自分達が行った作戦のようだ、とリリーは思った。あれは囮だったのか。
「でも、その子達によると基地はたった二体の<ニピー>にやられたみたいなの」
「二人だけ、ですか?」
「えぇ。新型の<ニピー>らしいわ。めちゃくちゃ強くてあっという間にやられたみたい」
「そんなに……」
「まぁ、私が話を聞いたその子も随分気が動転してたから、本当かどうかわかんないけどね。……じゃあ、紅魔館基地に連絡してくるから、貴方はもうちょっと休んでて。羽はもう再生してるから、後2、3時間もすれば帰れるようになるわ」
そう言ってリリーを助けたゾンビフェアリー、ゾフィは部屋を出ていった。
「えぇ……えぇ……分かったわ。やられないでね。じゃあ、また後で」
「ねぇ、リリーはどうなってるの?」
スターサファイアが通信を切り、ようやく復活したチェリーが状況をたずねた。
「慌てないで、リリーは無事よ。地底基地の子が助けてくれて、今目を覚ましたって。妖怪の山みたいに襲われる前に地底基地を引き払ってここにみんな来るらしいから、すぐに会えるわ」
「そう、よかった……」
それを聞き、チェリーはほっと胸を撫で下ろす。
「さて……ついにここが最後の砦になっちゃったわね」
「あたい知ってるよ! そういうのを〝そくりょうせん〟って言うんでしょ?」
「それを言うなら総力戦、よ」
「そ、そうとも言うわね」
「いやそうとしか言わないから」
「と、ともかく! どんな<ニピー>が来ようがあたいの敵じゃないわ!」
「だといいけど」
「どうかしたの、スター?」
なんだかんだ言ってもチルノの実力は確かなものであり、並みの<ニピー>や妖精では束になっても敵わないことは皆が知っていることである。が、何か含みのある言葉を呟くスターサファイア。
「……地底基地の話だと、妖怪の山の基地は、貴方達が戦ってる間にたった二体の<ニピー>にやられたらしいわ」
「たった二体? ほんとに?」
「ひまわり隊が出払ってたとはいえ、あそこもかなりの数の妖精がいるはずよ? いったいどんなやつらなのよ……」
「わからないわ。でも、そういう奴がいるのは確かよ」
一抹の不安が、三妖精とチェリーに残る。
リリーはベッドから降り、先程の妖精、ゾフィと共に基地内を歩いていた。
バタバタと、リリーの目の前を妖精達が通り過ぎる。
「なんだか随分慌ただしいですね」
「引っ越しの最中だからね」
「引っ越しですか?」
「そ。妖怪の山の襲撃やレーザーの事もあってここは危ないからね。紅魔館の基地に厄介になろうと思って」
「そうなんですか。それじゃあ、一緒に行けますね!」
「えぇ、道案内を頼むわ」
「了解です!」
二人はしばらく雑談に花を咲かせる。普段地上で活動するリリーにとって、地底に住むゾンビフェアリーの話は新鮮で面白いものだった。
そんな中、不意に警鐘が鳴らされ、にわかに基地内が騒がしくなる。
「敵襲?」
「偵察に出てた子が<ニピー>を見つけたんだって!」
「数は?」
「一体。でも尋常じゃない速さよ!」
「なんですって? ……まさか! 私達が出るわ。リリーも来てくれる?」
「はい!」
件の強力な個体かもしれない、と基地内に緊張が走る。リリーとゾフィ達12名のゾンビフェアリー部隊は、手近なハッチから外へと飛び出した。
≪ゾンビ3、4、5はそこの木の後ろに! ゾンビ6から8はそこの岩影! ゾンビ9から12は向こうの草むらに待機! リリーとゾンビ2は私と一緒に来て!≫
≪了解!≫
「了解です!」
地上に出てすぐにゾフィがてきぱきと指示を下し、ゾンビフェアリー達が配置について周囲を警戒する。高速で飛来しているという<ニピー>の姿はまだ見えなかったが、リリー達には緊張が走っていた。
≪本当に報告にあった<ニピー>だときついわね……でも、高速で来てるって言うわりには一体どこに……≫
ゾフィがぐるりと辺りを見回した、その時だった。
≪きゃああ!≫
≪ゾンビ9! 一体どこから……≫
≪ゾンビ11! 後ろ……!≫
≪えっ、嘘……!≫
≪ゾンビ11! くっ、速すぎる……! うわっ!≫
≪ゾンビ10! そんな!≫
草むらに待機していたゾンビフェアリー達が次々と悲鳴をあげて倒されていく。
≪ゾンビ12! どうなってるの、応答して!≫
≪駄目、速すぎて何がなんだか……ああっ!≫
ゾンビ12からの通信が途絶える。瞬く間に4体のゾンビフェアリーが落とされてしまった。
≪ゾンビ3、4、5! 作戦変更、私達に合流して! こいつ、何かおかしいわ!≫
ゾフィの声に従い、三体のゾンビフェアリーがリリー達と合流する。その瞬間、リリーは高速で向かってくる黒い<ニピー>の姿を発見した。
「来ます!」
≪全員散開! 一ヶ所に固まるとまとめてやられちゃう!≫
リリー達は編隊を崩して黒い<ニピー>を包囲するように展開し、ホーミング弾を一斉掃射する。しかし、突っ込んできた黒い<ニピー>は急激に旋回して包囲網から抜け出し、一番手近な所にいたゾンビ3を撃ち落とした。
≪嘘っ……≫
≪怯んじゃだめ! そのまま山肌まで追い込んで!≫
ゾフィ達がばらまき弾で<ニピー>の動きを制限し、山肌へと誘導する。その間にも手の空いたゾンビフェアリー達が高速弾で撃墜しようとするが、<ニピー>はばらまき弾をものともせずに動き回って易々とそれを回避する。
≪ゾンビ5、今よ!≫
<ニピー>を山肌ギリギリまで追い込み、ゾフィが岩影に待機していたゾンビフェアリー達に合図を送る。待機していたゾンビフェアリー達がそれに応え、弾幕を撃って岩を上から落とし、だめ押しとばかりにゾフィ達がホーミング弾を<ニピー>に叩き込む。上からの落石と、全方位からの弾幕。避けようの無い攻撃だった。リリー達は勝利を確信する。
しかし、<ニピー>はそれを嘲笑うかのように瞬間移動で回避した。
≪なっ……!≫
<ニピー>は瞬間移動で岩を落とした妖精達の元へあらわれ、混乱する4体の妖精を一息に撃墜する。
≪嘘でしょ……!≫
愕然となるゾフィ。その間にも<ニピー>はゾンビ3と5を撃ち落とした。
「あれは……まさか……」
そんな中、リリーは一人、弾幕が消えてようやく目にした敵の姿を見て驚いていた。高速で飛び、圧倒的な強さでゾンビフェアリー達を落としていくその黒い<ニピー>の姿は。
「私……?」
他ならぬ、リリーそっくりの姿をしていた。
「話には聞いていたけど、まさかこれ程とはね……」
黒いリリーが放つ弾幕を紙一重で回避しながら、ゾフィは歯噛みする。妖怪の山を襲い、壊滅させた二体の<ニピー>。その片割れが、地上の春告精そっくりの姿をしたこの個体だったという話は聞いていたが、なるほど確かにそっくりである。
既に友軍は自分を含めて4人だけ。基地から援軍を呼んでも相手がこれでは焼け石に水である。そう判断し、ゾフィは基地に回線を繋いだ。
「こちらゾンビ1、予定より早いけど貴方達は先に基地から撤退して。時間は私達が稼ぐわ!」
相手の返事を聞く前に通信を切る。このまま行けば自分達は全滅させられ、基地の仲間もやられる。そう判断して、ゾフィは基地の妖精を逃がす為に全力を尽くす覚悟を決めた。
リリー姿の<ニピー>が、ゾンビ2を倒してゾフィに迫る。
「なんて強さなのよ……」
<ニピー>の高速弾を左に旋回して回避、ホーミング弾を撃つ。更にリリーとゾンビ4が横からばらまき弾で挟撃するが、<ニピー>はそれを瞬間移動で回避する。
≪うろちょろと……!≫
後ろに回り込んで撃たれた弾幕を回避しながら、ゾンビ4が苛立った声をあげる。
「落ち着いてゾンビ4、慌てたらこっちがやられるわよ!」
ゾンビ4をたしなめつつ、ゾフィは右に急旋回、<ニピー>の背後にまわりこんで大玉弾を撃つ。<ニピー>はまた瞬間移動をしてそれを回避する。
「一体どこに――」
<ニピー>が目の前に現れ、ゾフィは思わず息を飲む。やられる。そう思い目を瞑るが、リリーが<ニピー>に体当たりをして弾き飛ばした。
≪逃げてください! ここは私がなんとかします!≫
「リリー!?」
リリーが<ニピー>と共に妖怪の山の麓の森へと降下していき、ゾフィ達からどんどん離れていく。
≪みんなは紅魔館基地に!≫
それを最後に、リリーからの通信が途絶えた。
「さぁ、貴方の相手は私です!」
ゾフィ達から十分に離れた後、リリーと彼女そっくりの<ニピー>は森の中で対峙する。
≪リリーホワイト……春告精……≫
「!? 今、言葉を……」
目の前の<ニピー>が言葉を発し、リリーは驚愕する。<ニピー>は言葉を持たない。その認識が覆されたのだ。だが、何故今になって急に言葉を発したのかを考える暇もなく、<ニピー>はリリーへと迫ってきた。
二人は森の中を高速で飛行し、木々の間から弾幕を撃ち合う。<ニピー>は、姿だけではなく戦法もリリーのものによく似ていた。
リリーがばらまき弾とホーミング弾を同時に発射、続けて<ニピー>目掛けて高速の鱗型弾を撃つ。<ニピー>はそれを瞬間移動で回避、大玉弾を撃ってくる。大玉弾はリリーが遮蔽物にした木に直撃、木の破片が四散する。それを目眩ましにしてリリーは更に高速弾を撃つが、<ニピー>は低速モードに切り替えてそれをやり過ごす。
<ニピー>が更に大玉弾を発射。リリーは左への急旋回で回避する。互いに一歩も引かず、超高速で戦闘を続ける。
森の中で二人が交錯する。その時、リリーは相手がニヤリと口の端を持ち上げるのを見た気がした。
すれ違うと同時に両者とも旋回、ばらまき弾で牽制しあう。巻き添えを食らった木々が何本か倒れた。
実力はまったくの互角。暫くの間滞空し、無言で睨みあう。
≪強いわね≫
そんな静寂を打ち破り、<ニピー>が呟く。
「あなたは――あなた達は、一体何が目的なんですか?」
リリーが前々から疑問に思っていたことを尋ね、意思の疎通を図る。未だに<ニピー>の真意は誰も知らなかったのだ。
≪目的? そうね、貴方達を倒して、私達がこの世界の自然に成り代わることよ≫
「自然に成り代わる……?」
リリーには相手が何を言っているのかわからなかった。そもそも、妖精を倒したところで自然に成り代わる事ができるのだろうか、とも思った。
≪さぁ、もう話すことは無いし、今日の所は引き上げるとするわ。……じゃあね、また戦場で会いましょう≫
一方的にそれだけ言って、<ニピー>はリリーに背を向ける。
「待って! 貴方の名前は?」
≪……リリー。リリーブラックよ≫
それだけ言って、不思議な<ニピー>、リリーブラックは森の奥へと姿をくらました。
「リリーブラック……あなたは一体……」
一人取り残されたリリーはぽつりと呟き、紅魔館へと向かって飛び立つ。空は、既に暗くなり始めていた。
翌日。無事に紅魔館基地にたどり着いたリリーやゾフィ達は、広間に集まっていた。
「結局、全戦力がここに集まっちゃった訳ね」
集結した様々な妖精達を見て、ルナチャイルドが誰にともなしに呟く。
崩壊した迷いの竹林基地。消滅してしまった妖怪の山基地。放棄された地底基地。それらの場所にいた全ての妖精が、ここ紅魔館の基地に集結していた。
「今しか無いわね」
スターサファイアが、静かに言葉を紡ぎ、ついで机をバン、と叩いて立ち上がる。
「魔法の森を攻めるわ!」
高らかに宣言する。その言葉は、<ニピー>との最終戦争を始めることを意味していた。
「ようやくって感じね」
「まかせな! あたいが全部ぶっ飛ばしてやるわ!」
サニーミルクが呟き、チルノが息巻く。驚くものや怯えるものは誰も居なかった。
「ついにこの日が来たわね」
「……はい」
チェリーが感慨深そうにつぶやく。しかし、隣に立つリリーは、昨日のリリーブラックの言葉についてばかり考えていた。
妖精達を倒して、自然に成り代わる。何度考えても、意味がわからない。幻想郷中にある自然を全て破壊するつもりなのだろうか?
「リリー? 聞いてる?」
「えっ? あっ、はい、ごめんなさい……」
上の空になっていた所にスターサファイアに声をかけられ、リリーは我に返る。
「もう、最後の作戦なんだからしっかりしてよ。いい? もう一回言うけど、貴方の隊は湖隊と一緒に先行して魔法の森の<ニピー>本隊を叩いて。すぐに他の隊を送って外側から攻めるから、そのまま内側から残りの<ニピー>を挟撃して。作戦エリアまではサニーとルナの力で近づくから、はぐれないようにね。後、魔法の森は最近天気が不安定だから、気を付けてね」
「わかりました」
<ニピー>達の最大の拠点であるとされる魔法の森を突破すれば、リリーブラック達<ニピー>の真意もわかるだろう。リリーは、そう思うことにした。
≪もうすぐよ≫
ルナチャイルドがリリーとチルノに告げる。サニーミルクとルナチャイルドの能力で姿を隠したリリー達は、魔法の森への近くを飛んでいた。
常勝無敗の湖隊と、一度全滅の憂き目にはあったがそれを補ってあまりある戦果をあげている春告隊。そんな妖精達の最精鋭部隊が、魔法の森に奇襲を仕掛けようと滞空する。
≪うう、今までにないくらい気持ち悪いわね≫
チルノが悪態をつく。彼女の言う通り、森からは不自然な自然の気がかつてないほど濃く充満していた。
≪それも今日で終わりよ。……勝てればね≫
≪勝つに決まってるじゃない! あたいはさいきょーなんだから!≫
チルノが自信たっぷりに言う。リリーには、今日ばかりはその様子がなんだか頼もしく見えた。
≪こちらサニー。ポイントに着いたわ≫
サニーミルクが司令部に通信する。
≪了解、今こっちも出撃準備が完了したわ。合図と一緒に突撃して≫
スターサファイアの声が聞こえ、リリー達は身構える。
≪3≫
サニーミルクとルナチャイルドが息を殺して時を待つ。
≪2≫
チルノが手から冷気を生み出す。
≪1≫
リリーが静かに息を吸い、吐き出す。
≪作戦開始!≫
サニーミルクとルナチャイルドが能力を解除とすると同時に、雄叫びをあげて妖精達が森へと降下した。
リリー達の気配を察知した<ニピー>達が次々に森から現れる。だが、その多くがチルノやリリーによって出会い頭に撃ち落とされた。
春告隊は散開、二体ずつのコンビを組んで行動。湖隊はチルノを中心に三角形を描くように展開する。
リリーとチェリーの前に三体の<ニピー>が出現、二人は上下に分かれて挟撃し、撃ち落とした。その横から二人を撃とうとしてきた<ニピー>を、近くにいた春告7と8が叩き落とす。
春告6と12、春告9と13のコンビが空中ですれ違い、互いの後ろについていた<ニピー>を倒す。
≪今日という今日は全滅させてやるわ!≫
旋回して弾幕を避けながら、チェリーが威勢よく声をあげる。春告隊は、華麗に空を舞っていた。
一方、チルノ率いる湖隊は一直線に戦場を突っ切る形で<ニピー>を蹴散らしていく。
先頭のチルノが加速し、湖隊に先行する。すかさず6体の<ニピー>がチルノを取り囲もうとするが、チルノは宙返りで後退、後ろからチルノを追い抜いた湖隊が逆に挟撃して<ニピー>を撃墜する。
<ニピー>の出現と同時に、魔法の森に雨が降りだす。それを見たチルノが動きを止め、力を溜める。<ニピー>達がチルノを撃ち落とそうとするが、大妖精と湖7がそれを阻止する。
チャージが終わったチルノが巨大な氷塊を眼下の<ニピー>目掛けて投げつける。森の中に潜んでいたものも含め、数十体の<ニピー>がグレートクラッシャーに押し潰された。
その氷を打ち砕いて<ニピー>が湖隊の前に躍り出る。湖5と湖9が旋回し、それを引き付けてから湖隊7と湖隊3が後ろから落とす。
≪ハッ! あんたらじゃあたい達は止められないわ!≫
チルノが吼える。湖隊の他の妖精達もそれに呼応し、弾幕をばらまいた。
リリー達遊撃隊が暴れている頃。少し遅れて本隊も魔法の森に到着していた。
「ゾンビ、メイド、門番隊は空から! 竹林、ひまわり、魔法の森隊は地上から攻めるわよ!」
≪了解!≫
スターサファイアの声で本隊が二手に別れる。
早速森から<ニピー>達が飛び出してくる。門番隊が先陣を切った。
≪さぁ、森を返して貰いましょうか!≫
<ニピー>達が連続でホーミング弾を撃ってくる。門番隊が右へと一気に切り返して回避、クナイ弾で応戦する。更に下から回り込んだメイド隊が大量のばらまき弾を展開、<ニピー>達の動きを止めてクナイ弾に当たるように誘導、それでも撃ち漏らしたものはゾンビフェアリー達が大玉弾で撃ち落とす。
そうして総崩れになって逃げる<ニピー>達を、ひまわり隊がホーミング弾で追撃、撃墜する。妖精達の圧倒的優勢だった。
≪うーん……≫
しかし、ひまわり1は腑に落ちない、といった顔になる。最後の戦いという事で士気もあがり、怒濤の勢いで<ニピー>を蹴散らしていく妖精達。だが、その中で一度全滅を経験しているひまわり妖精隊のメンバーは、ある違和感を覚えていた。
確かに、魔法の森にはかつてないほどの数の<ニピー>が潜んでいるし、事実後から後から沸いてくる。が、以前妖怪の山基地を壊滅させた<ニピー>が一体もいないのだ。敵の本拠地である筈のこの場所に、あれだけ強力な<ニピー>がいないというのはどこかおかしかった。
≪ねぇ、なんであいつらがいないのかしら。おかしくない?≫
≪ひまわり6、やっぱり貴方もそう思う?≫
≪うん、私達にこれだけ押されてるのに影も形も無いなんて……≫
弾幕を避けながら、ひまわり1とひまわり6が揃って首を傾げる。彼女達は知らななかった。あのレーザーを撃った<ニピー>達が、姿を隠す術をもっていることに。だから気づくことも無かった。悪夢が側に近づいていることに。
≪これで終わり? 拍子抜けね≫
撃ち落とした<ニピー>が地上に落ちていく様を見ながら、チルノが眉を潜める。森に降っていた不自然な雨は既に止み、空には晴れ間が戻っていた。リリー達は既に100を越える<ニピー>を撃墜し、滞空していた。しかし、敵の本拠地にしてはあまりに防備が薄く、何より手応えがない。事実、誰一人として被弾したものは居なかった。
リリーもまた、疑問を覚える者の一人だった。結局、リリーブラックは姿を見せなかった。本隊と交戦しているのか、とも考えたが本隊との通信にもそんな<ニピー>が現れたという様な報告は無かった。
≪一体どういう事なの……≫
≪とにかく、本隊との合流ポイントに向かいましょう。考えても仕方ないわ≫
ルナチャイルドがそう言って、リリー達は本隊と落ち合う為にポイントとなっている霧雨魔法店の近くの大木に向かう。
≪なーんか、きな臭いわね≫
チェリーがぽつりと呟く。リリーも同感だった。
≪お疲れ様。どうだった?≫
≪こっちも大丈夫よ。なんだか拍子抜けしちゃった≫
数刻後、リリー達遊撃隊とソフィ達本隊は誰一人欠ける事もなく予定通りのポイントで合流していた。
≪でも、変だと思わない?≫
≪やっぱり貴方もそう思う? 報告にあった強力な<ニピー>やレーザーを撃つ<ニピー>が一人も居なかったのよね≫
ルナチャイルドとひまわり1が不思議そうな顔をする。
≪とにかく、このまま少し森の中を見てみましょう。まだ<ニピー>がいるかも≫
≪そうね、行ってみましょうか≫
各隊の代表が頷き、総勢200を越える妖精の大隊による森の探索が始まろうとしていた。
「……?」
≪リリー、どうかした?≫
「あ、いえ、なんでもないです!」
ぼーっとしていたところにルナチャイルドの声がかかり、リリーは慌てて他の妖精を追って飛ぶ。
出発の直前、リリーは、ぼんやりとではあるが大きな人影を見た気がした。
リリー達は調査の途中、森のとある一角で立ち止まっていた。
「これは何かしら……外の世界の機械?」
「それっぽいわね。でも、なんでこんなところに?」
こんこんとそれを軽く叩きながら、ゾフィが疑問の声を上げる。
「あ、私これと同じようなやつを見たことあるわ! ロケットよ!」
「ロケット?」
メイド妖精の一人が声を上げ、リリーはそれをもう一度見る。確かに以前紅魔館のパーティーで見たそれに似ている気がした。だが、紅魔館で見たそれとは似てない点の方が多いとも思った。
「いくらなんでも小さすぎない? これじゃあ私達でも入らないわ」
サニーミルクがロケットらしきものを見ながら言う。確かに、それはあまりに小さく見えた。
「でもこれ、ちょっとだけど雨の気を放ってるわ。<ニピー>と何か関係あるかも」
魔法の森に住む梅霖の妖精が言う。言われてみれば、<ニピー>達に似た気を放っている気がした。
「とりあえず、これがなにか調べないとね」
「ちょうどいいのがこの森に居るじゃない」
「えー、私あのお店苦手なんだけど」
「全員で行っても巫女やらを呼ばれて退治されちゃうから十人くらいでいいわよ」
がやがやと騒ぐ妖精達。つい先程まで命懸けの戦闘をしていた様には到底見えなかった。
「最近の妖精は、随分堂々と悪戯をしに来るんだね」
「あ、いや、今日はそのつもりじゃないんです。見てほしいものがあって……」
「へぇ、妖精が悪戯をしないとは珍しい。……勿論、その方がありがたいがね。で、何を見ればいいんだい」
魔法の森の入り口付近に構えられた店、香霖堂。店主の森近霖之助は、珍客だらけの客の内でもとりわけ珍しい客を相手にしていた。
「ちょっと待ってて下さい……よいしょ……これです」
10数人の妖精達が重そうに持ち出したのは、何やら不可思議な形をした金属の筒だった。霖之助は両手でそれを抱え、鑑定する。
「ふむ……へぇ、こんな物も外から流れてくるものなのか」
「あの、それでそれは一体どういうものなんですか?」
勝手に納得する霖之助に妖精達が答えを急かす。
「あぁ、これは『人工降雨ロケット』だよ」
「じんこう、こうう?」
くじ引きで運び役になったゾフィ達が耳慣れない単語に揃って怪訝な顔をする。
「あぁ。要するに人工的に雨を降らせる外の世界の機械らしい。魔法みたいなものだ」
どうせ難しく蘊蓄を語っても妖精達は半分も理解しないだろう、と霖之助は簡潔に必要なことだけを教えてやる。
「雨を降らせる……」
「そうだ。まぁ、発射台がいるからこれ単体では役に立たないがね。……で、それがどうかしたのかい?」
「いえ、えーっと――」
ただ聞いて来る事しか考えていなかったゾフィ達が言葉につまりかけたとき、店の外で轟音が響いた。その衝撃で店もやや揺れ、掴まるものがなかった妖精達は転んでしまった。
「随分大きな爆発だな……魔理沙の奴が実験にでも失敗したかな?」
とっさに掴まったカウンターから手を離し、霖之助がひとりごちる。
「まさか……!」
そして、なんとか立ち上がったゾフィ達が顔を見合わせる。彼女達の顔から、さっと血の気が引いた。
「みんなが危ない!」
「あ、おい、ちょっと!」
妖精達が血相を変えて店を飛び出し、香霖堂に再び静けさが戻った。
「……置いていっちまった」
後にただ一人残された霖之助が呆然と呟く。彼の手には、妖精達が置いていった人工の雨を降らせるロケットがずしりとのし掛かっていた。
ゾフィ達が香霖堂から飛び出す数分前。
「さて、私達はどうする?」
「ここでじっと待つのもあれだし、かくれんぼでもする?」
「いいわね、折角森を取り返した訳だし……」
ロケットを運ぶ役に当たったもの達が重そうにそれを運びながら森の出口へと向かっていった後、残った190余名の妖精達は好き勝手に談笑していた。
「かくれんぼするならスターはいなくて正解だったわね」
「みんな見つけちゃうからね。……それにしてもみんなも暢気よねぇ」
「まぁ、一応戦争も終わった訳だし、いいんじゃない?」
「そうですよ、平和が一番です」
「あたいは物足りないなー、もっと地子沸き衣玖踊る闘いがしたかったわ!」
「チルノちゃん、それを言うなら血沸き肉踊るだよ……」
リリー達もまた、木にもたれ掛かって雑談をしていた。
「そ、そうとも言う」
「そうとしか言わないわよ。まったく、相変わらずの――」
ふと空を見上げたサニーミルクの表情が固まる。目の前の空が歪んでいた。それは、彼女が普段から光を屈折させる時の物に似ていた。
「みんな逃げてっ!」
直感で何がいるかを察したサニーミルクが大声で叫び、それを聞いた妖精達が反射的に空に飛び上がる。次の瞬間、強烈な閃光が彼女達がついさっきまで居た空間を薙ぎ払った。
≪何!? 一体どういう事!?≫
間一髪で逃れたルナチャイルドが悲鳴にも似た声を上げる。
≪落ち着いてルナ! 各隊、被害は!?≫
ルナチャイルドを諌め、サニーミルクは被害状況を確認する。
「春告隊は大丈夫です!」
≪あたい達も一応無事よ!≫
≪こちら門番隊、門番7がやられたわ!≫
≪メイド隊、全員いるわ!≫
≪ひまわり隊は問題ないわ!≫
≪竹林隊、使い魔が何体かやられたけど他は無事よ!≫
≪ゾンビ隊も大丈夫! まさか、まだ<ニピー>がいるの?≫
≪特に問題はなさそうね! ええ、<ニピー>よ、それもとっときの厄介者だわ!≫
被害状況を確認し、レーザーの犯人を見てサニーミルクが吐き捨てるように唸る。彼女そっくりの姿をした<ニピー>達が、次々に姿を現した。
≪今の今まで隠れてたっていうの?≫
≪私とルナの姿をした<ニピー>の能力で見えないようにしてたんだわ!≫
≪サニーのお陰で助かったけど、一番油断してる所を狙われたわね……≫
サニーミルク姿の<ニピー>が、再び円を形作る。その円の中心に、光があつまっていく。
≪第二射くるわよ!≫
≪うわっ!≫
サニーミルクの声から一拍遅れて、レーザーが再び周囲を焼き払う。やや出遅れた竹林の妖精達がそれに飲み込まれた。
≪私似の<ニピー>を優先して倒して! あいつが居なきゃレーザーはこないわ!≫
指示を飛ばしつつ、自らも自分そっくりの<ニピー>を攻撃するサニーミルク。ようやく態勢を立て直した他の妖精達もそれに続く。
竹林隊が使い魔を再展開、<ニピー>の撃つホーミング弾の起動をバラけさせながら高速弾で攻撃、更にひまわり隊のホーミング弾がそれを追うように飛ぶ。しかし、サニーミルクもどきはそれを回避、光を屈折させて再び姿を消してしまった。
≪どこに消えた!? ……そこね!≫
チルノが叫び、再び姿を見せたサニーミルクもどきに突撃する。
≪チルノちゃん、下がって!≫
≪えっ?≫
大妖精が悲鳴に近い叫びをあげる。振り向くと、サニーミルクもどき達が円をなしている。目の前の<ニピー>は囮だった。
急旋回するチルノだが、間に合わない。レーザーが発射される。大妖精が悲鳴を上げ、あまりの眩しさと来るであろう衝撃にチルノは目をつむる。
≪ぐっ……!≫
しかし、いつまでたっても衝撃は来ず、不思議に思ったチルノは目を開き、見えた光景に驚愕の声をあげる。
≪あんたは……!≫
本物のサニーミルクが、レーザーとチルノの間に割って入っていた。
≪こ……のぉっ!≫
サニーミルクが満身の力でレーザーを反射する。そっくり跳ね返ったレーザーが円をなすサニーミルクもどきとその周囲にいた<ニピー>を吹き飛ばす。そして陣形が崩れた一瞬を狙い、リリーと大妖精がサニーミルクもどきを強襲して撃ち落とす。
≪や、やるわね……≫
≪はぁ、はぁ……へへっ、私を誰だと思ってるのさ。光の妖精サニー様よ? レーザーなんか全部跳ね返してやるわ!≫
肩で息をしながらもサニーミルクが威勢良くポーズを決める。
≪まぁ……助かったわ。ありがと≫
≪!?≫
<ニピー>を倒すために二人は離れるが、その去り際に通信機越しにチルノに素直に礼を言われ、サニーミルクは仰天した声を上げた。
≪なによ≫
≪あんたでもお礼言うのね……≫
≪失礼ね! ぶっとばすぞ!≫
キーッとチルノが怒る。妖精達に若干の余裕が戻ってきていた。
≪このまま一気に倒すわよ!≫
円をなすサニーミルクもどきを数体チェリーが撃墜、チェリーの弾幕を避けた<ニピー>を門番1、門番8が十字砲火で落とす。<ニピー>達の放ったレーザーを竹林9、竹林10が使い魔で防御、その後ろからひまわり2、ゾンビ12が米粒型弾で迎撃、命中。
リリーは瞬間移動で手当たり次第に<ニピー>の前に移動、出会い頭に大玉弾を撃ち込んで一撃離脱を仕掛け、<ニピー>を落としていく。<ニピー>がばらまき弾とレーザーを発射、チルノがアイスバリアでばらまき弾を凍結、レーザーはサニーミルクが反射し、近くに居た大妖精とルナチャイルドが下方から急上昇で襲撃、撃ち落とす。
一度崩れかけた妖精達が再び持ち直し、攻勢にまわり、士気を上げる。
しかし。
≪きゃあっ!≫
≪なによあれ……わっ!≫
突如振り落とされた巨大な『腕』に湖6、7、10、12、春告3、6、8が一気に薙ぎ払われる。
≪何、一体どういう――≫
「あ、あれは……!」
リリーは先程見た気がした人影が気のせいでは無かった事を知る。大量のサニーミルクもどきが能力を解除して現れると同時に、『それ』は徐々に姿を現し、魔法の森に巨大な影を落としていく。
≪あれは、まさか……!≫
それは幻想郷最大の建造物。核熱の蒸気で動く中身無き存在、自ら天の法則を想うことが出来ない、自我持たぬ人形。
非想天則が、妖精達に立ちはだかる。
再び非想天則の拳が振り落とされ、同時にサニーミルクもどきのレーザーが辺りを薙ぐ。妖精達は一瞬にして戦況を覆され、散り散りになる。
≪うわっ! 一体どういうことなのよ!≫
非想天則の拳を間一髪でかわし、チルノが当惑した声を上げる。
「一体どうしてこれがこんなところに……!」
続いて振り上げられた足をリリーは急上昇で回避し、追撃してきたルナチャイルドもどきの弾幕をグレイズでやり過ごす。お返しに大玉弾を撃つが、非想天則が伸ばした腕に阻まれる。大玉弾はそのまま非想天則に直撃したが、大して効果があるようには見えなかった。
「弾幕が効かない……!」
≪リリー、大ちゃん、あと近くにいるやつ! あたいに続いて!≫
そう言ってチルノが非想天則の右脚にレーザーを撃つ。近くにいたリリー、大妖精、ひまわり5、門番10、ゾンビ8、竹林13がそれに続き、一点に集中砲火を浴びせた。
流石に効いたのか、非想天則がややバランスを崩す。妖精達は追撃を加えようとするが、スターサファイアもどきの弾幕に妨害されてしまう。
≪まさか<ニピー>に乗っ取られるなんて……!≫
ひまわり1が呻く。そう、非想天則にはこの森に住む人形使い、アリス・マーガトロイドの人形のように作り手の思いが詰まってはおらず、またそうあるように作られている。故に妖精達が入る隙があり、そこを<ニピー>に利用されたのだ。
≪こんな隠し玉を用意してたとはね……どこまでデタラメよ、こいつら≫
サニーミルクが悪態をつく。だが、戦意は失われてはいなかった。
大きくとも子供程の身長しか持たない妖精達がこの核熱の巨人に挑むことは、蟻が恐竜と戦うのに等しかった。それでも、妖精達は果敢に立ち向かう。
メイド隊が一斉にばらまき弾を撃ってサニーミルクもどきが円を作るのを妨害、リリー、チルノがそこを叩く。体勢を立て直した非想天則の腕が空を薙ぎ、メイド7、9、10、13が払い落とされる。倒しきれなかったサニーミルクもどきが円を再構成、レーザーを照射。射線上にいた春告5、9、メイド15、19、20、ひまわり6、8、竹林3、7が墜ちた。
≪一刻も早くあいつらを倒さないと……!≫
だめ押しとばかりに<ニピー>が撃ってきた通常のレーザーを反射でやりすごしながら、サニーミルクもレーザーを撃って迎撃。だが、焦りからか手元が狂い、レーザーは明後日の方向に飛んでいった。
そして、その焦りがサニーミルクにとって致命的な隙となった。スターサファイアもどきの<ニピー>に囲まれていたのだ。
≪サニー!≫
ルナチャイルドが叫ぶ。だが、既に回避の間に合わない距離で弾幕が放たれた。
だが、直撃の寸前に突き飛ばされ、サニーミルクは射線から逃れる。代わりに、彼女を押した者に弾幕が直撃する。
≪チルノちゃん!≫
大妖精が叫びながらその相手の元へ飛ぶ。それを見たサニーミルクが自分を庇ったのがチルノだという事を知る。見れば、羽をやられたチルノが地上へと落下していた。
大妖精がそれをなんとかキャッチ、手近な妖精達が手を貸す。
≪チルノ、なんであんた……≫
≪……これで、貸し借り無しよ……≫
そのまま気を失ってしまったチルノの答えに、サニーミルクはハッとする。そう、チルノは先程助けられた借りをサニーミルクに返したのだ。
≪バカねぇ、やっぱりバカよ、あんた……≫
リリー達の援護を受け、撤退していくチルノを見ながらサニーミルクが悔しそうに呟く。
≪サニー、行くわよ!≫
≪ええ!≫
だが、戦意を失ったわけではない。サニーミルクはルナチャイルドの声に応え、飛ぶ。
戦況は最悪。既に、妖精達はその数を半分以下にまで減らされていた。だが、逆境におかれて尚、妖精達は諦めてはいなかった。
チルノ達が安全な領域まで撤退したことを確認したリリーも旋回、再加速して戦場へ舞い戻る。
「一気にいきます! まだ終われません!」
リリーは残存の妖精達と共に編隊を構成、他の隊の編隊と共同して<ニピー>を次々に落としていく。春告隊が連続で大玉弾を発射、それを目眩ましにした門番隊の高速クナイ弾が<ニピー>を襲う。すかさずメイド隊が横合いからばらまき弾で動きを制限、当たるようにサポート。妖精達は最優先でサニーミルクもどきを撃ち落とす。それが効を奏し、サニーミルクもどきは円を組めなくなるまでその数を削られた。
非想天則が両手を激しく振るう。その際起きた風圧に羽の制御を取られた妖精達が何名か、<ニピー>の弾幕で撃墜される。妖精達はサニーミルクもどきから非想天則にターゲットを変更、非想天則を攻撃する。
勿論、そのまま挑んで勝てると思うほど妖精達も馬鹿ではない。ルナチャイルド、サニーミルクが率いた妖精達の3分の1程が非想天則の頭部付近まで急上昇、辺りを飛び回って動きを撹乱し、その間にリリー率いる残りの妖精達が非想天則の足下付近へと急降下、弾幕で地面を抉る。
「今です!」
≪了解!≫
リリーの声を聞いたサニーミルク達が非想天則の眼前から急速に後退、それを追おうとした非想天則がリリー達の作った地面の窪みにかかり、バランスを崩す。そこに背後に回ったリリーが弾幕でだめ押しする。
そして、倒れた非想天則の上に、妖精達が弾幕で倒した木々が覆い被さっていく。ついに、非想天則が動きを止めた。
≪やったわ! 私達――≫
妖精達は文字通り飛び上がって喜ぶ。が、悪夢は終わってはいなかった。
≪なっ……≫
高速で接近してきた何者かの弾幕で妖精達が何名か撃ち落とされる。
≪何よあれ……!≫
チェリーが呻く。だが、リリーはそれが誰であるか直ぐに理解した。
「リリーブラック……!」
黒い春告精が、戦場へ舞い降りる。
後はもう、一方的な展開だった。
リリーブラックという手練れの襲撃に、既に半壊していた妖精達は耐えきれず次々に落とされていった。気がつけば彼女達は散り散りに撤退しており、戦場を飛ぶ妖精はリリーくらいしかいなかった。
リリーは一人、己の分身のようなものと対峙する。妖怪の山の麓での戦いと同じ状況だった。
≪また会ったわね≫
だが、リリーブラックは襲ってこようとはせず、言葉をかけてくる。
「……」
≪私達と貴方達のどっちが上か、これで分かったでしょう? これで幻想郷の自然は私達のものよ≫
リリーブラックが勝ち誇る。
「……まだ、負けてはいませんよ」
≪……?≫
だが、それを否定するリリーの言葉に、リリーブラックは怪訝な顔をする。
「私達は負けません。そして、貴方達にこの幻想郷は奪わせません」
リリーの眼は、まだ何も諦めてはいなかった。
≪ふん。諦めが悪いのね。……まぁいいわ。今貴方を撃ち落としても意味はない。……さよなら。次に会うときは、私が貴方のかわりに春告精になるときよ≫
リリーブラックは飛び去っていく。
リリーは、その背中を黙って見送った。
「間違えてこんなところまで来ちゃった……」
ルナチャイルドは訳も解らないまま撤退した後、何故か再思の道を歩いていた。知らない土地でもないのに道を間違える程気が動転していたのだろう。
「……何の音かしら?」
そんな彼女の耳に、聞いたことの無いような鈍い音が聞こえる。彼女は念のために音を消し、可能な限り物陰に隠れながらその音の方へと進んだ。
暫くして、ルナチャイルドは無縁塚へとたどり着く。そこには、森で見たロケットに似た気を放つ物体がいくつもあった。ルナチャイルドにはそこにある物の用途など解らなかったが、そこで衝撃的な光景を見る。
「何よあれ、<ニピー>……?」
謎の物体から、<ニピー>が『生まれ』た。一瞬目を疑ったが、それは確かな事実だった。
「みんなに知らせないと……!」
<ニピー>の本拠地は、魔法の森ではなかった。それを知ったルナチャイルドは居ても立ってもいられず、慌てて紅魔館へと向かいながら通信機のスイッチを入れた。
「リリー、無事だったのね!」
リリーブラックとの邂逅の後、帰還したリリーをチェリーが迎える。戦域を離脱した妖精達の殆どが、命からがらに基地に戻っていた。
「ねぇリリー、ルナを見なかった? まだ帰ってきてないのよ」
「いや……私は見ていないですよ」
「そう……一回休みになっちゃったのかしら」
「大丈夫ですよ、きっと」
「うん……だといいんだけど」
サニーミルクが心配そうな顔をするが、リリーはありきたりな気休めしか言えなかった。
「あれ、あたいは一体」
「あ! チルノちゃん! よかった、起きたんだね!」
「大ちゃん? ……あ! <ニピー>はどこ!?」
「落ち着いてチルノちゃん! ここは基地だよ」
飛び起きようとしたチルノを大妖精がゆっくり押し止める。チルノはいくらか落ち着きを取り戻し、自分がどうなったのかを思い出す。撃墜されそうになったサニーミルクを借りを返す為に突き飛ばし、自分が被弾した。一回休みにならなかったのは、咄嗟にアイスバリアを張ってレーザー以外の弾を凍らせて凌いだからだろう。
それでも片羽を射ぬかれ、飛べなくなって――そこからは覚えていない。
「大ちゃん、他の連中はどうなったの?」
「わかんない。私もチルノちゃんを連れて離脱してきたから……でも、その後に帰ってきた子は少なかった」
「そう……」
首を横に振る大妖精の言葉に、少なくともいい結果では無いということをチルノは悟る。
「はぁ……まさか、このあたいがやられちゃうとはね」
「仕方ないよ、あれは……」
「ごめん大ちゃん、あたい、もう少し寝るよ」
「……わかった。じゃあ、また後でね」
大妖精が部屋を出る。それを見た後、最強を名乗っておきながらこの体たらくである自分が嫌になったチルノは浅い眠りについた。
「で、私たちを急に集めてどうしたのよ、スター」
サニーミルクがスターサファイアに聞く。リリー達は、スターサファイアに司令室へと招集されていた。しかし、先の作戦で多くの妖精が一回休みになっており、そこにいるのは精々全体の半分程度の妖精だった。
「ついさっき、ルナから通信があってね。敵の本拠地が判明したわ」
「ルナのやつ、無事だったのね! どんくさいからやられちゃったと思ってたわ」
サニーミルクがやや声を弾ませる。
「それで、本拠地はどこなんですか?」
「魔法の森の更に奥。無縁塚よ」
「無縁塚?」
「そ。ルナが言うには、なんでもそこにあった道具から<ニピー>が生まれるのを見たんだって」
「道具から<ニピー>が? そんな事が本当にあるんですか?」
リリーが怪訝そうな顔をする。道具が妖になった付喪神のことはリリーも聞いたことはあるが、道具から何かが生まれるという話は聞いたことがない。
「私にも解らないわ。やっぱり<ニピー>はどこまでも得体が知れないわね。……あ、それから、例のロケットを調べていた妖精達によれば、あれは天気を操作する道具だったみたいよ」
「天気を操作する……か。そりゃ不自然な自然の気が出るわけね」
サニーミルクが納得の言ったという顔になる。その隣で、リリーはスターサファイアの言葉を反芻していた。
「天気を操作する……自然……そうか!」
≪私達が幻想郷の自然に成り代わる≫
リリーブラックの言葉がリリーの頭をよぎり、リリーの頭の中の点を結ぶ。
「どうしたのリリー?」
「<ニピー>の正体が、わかった気がします」
「……成る程、ね。つまり、<ニピー>は人工の自然から生まれた妖精もどきって事か」
「はい」
リリーの説明をひとしきり聞いた後、サニーミルク達は唸った。
外の世界から流れ着いた、人為的に気象を操作する機械。そこから発生した雨や雪といった人工の自然を元に、<ニピー>は生まれた。言わば、人工の妖精だった。だからこそリリーブラックは幻想郷の自然を破壊し、自分達の力で再び再生することで幻想郷を自分達人工の自然に置き換えるつもりなのだ、というのがリリーの出した<ニピー>の目的だった。
「成る程、ね。それなら話は早いわ」
スターサファイアが言う。彼女の目には、ある決意が宿っていた。
「明日で、全部終わらせましょう」
スターサファイアが、最後の作戦を告げる。
「成る程、それが<ニピー>の目的か……それで、その作戦は明日決行されるんですね」
「ええ、今度こそ終わらせてやるわ」
紅魔館に新聞を配達しにきた射命丸 文は、そのついでにスターサファイアに取材をしていた。
『そこにあるものが面白い』という信条を持つ彼女は、妖怪達の間ではとりわけ妖精達の動きに敏感だった。<ニピー>が現れた数日後、妖精達が軍隊を作ったという情報を最初に得て、他の天狗達よりも迅速に記事にしたのもまた彼女であった。
同時に、彼女は妖精達の行動力に内心感心していた。妖精達の軍隊が作られた際、妖精達が遊び半分で作ったものなど所詮烏合の集だろうたかをくくっていた彼女は、その意外な統率力に驚かされていた。<ニピー>を相手に編隊を組み、それなりに的確な指示を出しあって戦闘を行う。組織的な戦力を考えれば彼女が所属する妖怪の山の天狗組織を初めとするどの勢力とも比べるべくもないが、妖精達は山には無い柔軟な思考も持ち合わせていたのだ。脅威にはなり得ないが、驚異的な組織だった。
そして、文が何より興味を持ったのは、妖精達が得体の知れない<ニピー>を一切恐れていないことだった。普通、人間にしろ妖怪にしろ正体の解らないものは警戒するし、それが自分達の脅威になりうるものであれば恐怖する。だが、妖精達にはそれが無かった。
勿論、文にとっては妖精もどきでしかない<ニピー>など何匹束になろうとなんの脅威にも成り得ない。だが、それはあくまでも妖精よりも圧倒的な力を持つ『妖怪』である文の視点から見た<ニピー>であり、それと同等の力しか持たない妖精達にとっては十分な脅威になる筈だった。
だが、妖精達は倒される事を恐れこそすれど<ニピー>そのものの得体の知れなさには恐怖を抱いている風には見えなかった。得体の知れない相手に大しては可能な限り情報を得て対策を立てるべきであると考える文には、そんな妖精達が異質に見えてならなかった。
もしも全ての妖精がチルノのように曲がりなりにであっても妖怪や力を持つ人間と渡り合える力を持っていたとしたら、と文は考える。
数は幻想郷随一であり、死や敵に対する恐怖を持たず、そして何度倒しても復活する。一つの目標に対した時の団結力も申し分ない。理想的な兵隊である。文は背筋に軽く寒気が走るのを感じた。
「でさ、それが終わったら宴会を開こうと思ってるんだけど、宣伝してもらえないかしら」
「宴会ですか? いいですよ、私も参加させて下さいね?」
「もちろん歓迎するわ、妖怪や人間にも私達のすごさを見せつけてやるんだから!」
「ふふ、楽しみしていますよ」
「まっかせなさい!」
そんな文の心中を知ってか知らずか、目の前のスターサファイアは暢気に戦争が終わった後の宴会のことを考えている。
やっぱり妖精は間抜けね、と文は先程の仮定が杞憂であることを再確認すると同時に、妖精はこうでなくては、と考える。後少し力があれば幻想郷のパワーバランスを揺るがしていたかもしれなかったことも知らず、既に勝った気で皮算用をする妖精。やはり妖精達は面白い、と文は思った。
「じゃあ、必ず勝って私に教えて下さいね?」
「もちろんよ! ちゃんと<ニピー>達は全滅させてやるわ!」
「では、私はこれで」
笑顔で見送るスターサファイアと、手を振って紅魔館を後にする文。端から見れば、幼子と遊びの約束をしてお別れをする少女という光景にも見えなくもない、微笑ましい光景。だが、その会話の中身は到底穏やかとは呼べなかった。
「<ニピー>を全滅させる……か」
夜空を飛びながら、文はひとりごちる。妖精達と<ニピー>の決定的違い。それは、<ニピー>達には一回休みという概念が存在しないことである。<ニピー>を倒すということは即ち、一つの命を殺すことだ。それを笑顔で語るのは、幼子程度の考えしか持たない故の無邪気さか、妖精故の命の価値の希薄さか。妖精は、実はこの幻想郷において何よりも残酷な存在なのかもしれないと文は思った。
だからといって、<ニピー>を哀れだとは思わなかった。元々いなかったもの、それも妖精にもなれない妖精もどきが消えた所で、幻想郷には何一つ影響は無い。そもそも、<ニピー>と妖精の戦争でどちらが勝とうと、何も変わりはしない。先程のスターサファイアの言によれば、妖精達が負ければ<ニピー>は幻想郷中の自然を破壊するつもりらしいが、流石にそこまでいけば人間も妖怪も一斉に動いて<ニピー>を殲滅するだろう。今妖精達が勝とうが負けようが、遅かれ早かれ<ニピー>は滅ぶ。
結末は変わらないのだから、戦争の勝敗など戦っている当事者にしか価値はない。大した話題にはならないだろうが、私はそれで面白い記事が書ければいい。人間や他の妖怪も自分に害が無ければ後はどうでもいいのだろう。そこまで考えて、戦争というものはどの種族のものでも本質は同じなのだと文は気がつく。
やはり、妖精は面白い。そう思って、文は妖怪の山へと帰って行った。
翌日。妖精達の殆どが魔法の森へと向けて飛んでいた。
≪みんな準備は出来てるわね?≫
スターサファイアの声が全隊の隊長に尋ね、応、の声が返ってくる。
≪じゃあ春告隊、頼むわね。非想天則は私達に任せて≫
「了解です!」
倒れ込み、木々に押し潰された状態から立ち直って再びその巨体で立ちはだかる非想天則の影が見えた辺りで、リリー達春告隊は本隊から離れ、無縁塚へと飛んだ。
≪今日で終われるかしらね≫
チェリーの通信がリリーに入る。
「終わらせましょう。必ず勝ちますよ」
≪了解≫
リリーの言葉に春告隊総勢19名が応え、彼女達は加速した。
「いい? この爆弾は、博麗神社の縁側を吹き飛ばす程度の威力があるわ。これをいくつか無縁塚に仕掛けて、機械を破壊してもらう訳だけど――これは、貴方達にしか頼めない」
遡ること数時間前。スターサファイアが手にした爆弾を示しながら説明する。<ニピー>が妖精に近い存在であるなら、その拠り所となる人工の自然を発生させている機械が破壊されれば自と存在できなくなる、というのがスターサファイアの見解だった。
「非想天則を倒さなきゃいけない以上、無縁塚襲撃にはあまり戦力は割けないの。湖隊はチルノがあれでは出れないから、一番勝率の高い貴方達にやってもらうしかない」
隊長であるチルノが未だに治療中である湖隊と、メイド隊は防衛役として基地に待機。他の門番、竹林、ひまわり、ゾンビ、そして三妖精達森隊といった本隊が非想天則を撃破し、その隙に春告隊が無縁塚を襲撃する――というのが、スターサファイアの作戦だった。
どちらにしても危険な作戦だが、やるしかない。妖精達の間に、静かな闘志が宿っていた。
≪作戦開始!≫
春告隊が本隊から離れてすぐ、スターサファイアの号令が響き、妖精達は非想天則へと向かった。
「邪魔です!」
立ちふさがる<ニピー>をホーミング弾で撃ち落とし、リリー達は無縁塚へと進む。
更に前方から竹林妖精型の<ニピー>が出現、使い魔を展開して厚い弾幕の壁を張る。春告隊、急降下で回避。リリー、春告7、8、9、10が使い魔ごと<ニピー>を高速弾で撃ちながら上昇。命中し、撃墜。続けて現れた門番妖精型の<ニピー>が高速のクナイ弾を連発。リリー達は大きく散開してこれを回避。急降下から低空飛行を続けていた残りの春告隊が下からホーミング弾を撃って撃破。
「このまま無縁塚へ!」
ますます勢いを増していく春告隊。通常の<ニピー>では春告隊を止めることはできそうになかった。
≪初めて見るけど、でかいわね……≫
非想天則を間近で見たスターサファイアが感嘆の声を上げる。
≪あれを操るってどういう感覚なんだろう? あれがあれば悪戯がし放題かもね≫
あの後なんとか合流したルナチャイルドが興味深そうに呟く。
≪この戦いが終わったらみんなで乗っ取ってみる?≫
≪いいわねそれ。……来るわ。じゃあ、その為にも勝つわよ≫
妖精達の姿を察知した<ニピー>が非想天則の周囲に展開していく。その<ニピー>の姿は、ゾンビフェアリーの姿をしていた。
ゾンビ隊とひまわり隊が先行、ひまわり隊が札型弾を発射。先頭の<ニピー>がそれを回避しようと旋回した所に、先回りして放たれていたゾンビ隊の高速弾が直撃、撃墜する。しかし、<ニピー>はそれを意にも介さず、何事もなかったかのように後続がその穴を埋めていく。
≪うへぇ、まるで本物のゾンビね。貴方達もああいう感じで人間襲ったりするの?≫
≪しないわよ。あのねぇ、私達のこれはファッション、お洒落なのよ≫
≪乗りと勢いと悪ふざけの産物の間違いでしょ≫
≪違う! 愛しさと切なさと心強さの塊よ! それに私たちはね――≫
ゾンビ隊が突貫、弾幕をばらまいて敵陣へと突き刺さる。巻き込まれた<ニピー>が撃墜、陣形が崩れた。
≪確かに死体の格好してるけど、こいつらみたいに心まで死んじゃいないのよ!≫
≪……それはわかってるわよ≫
ひまわり隊もそれに続く。
≪『腕』が来るわ!≫
≪おおっと!≫
スターサファイアの声に反応したサニーミルクと門番隊が非想天則の降り下ろした腕を右に避ける。次いで腕が横に薙ぎ払われ、門番7が落とされるが、サニーミルク他の妖精達は急降下でそれを回避した。
≪助かったわスター≫
≪朝飯前よ。門番隊と竹林隊! 五時の方向に弾幕を撃って!≫
スターサファイアに言われた妖精達が反応し、なにも無い空間に向けて弾幕を放つ。直撃。隠れていた三妖精もどきの<ニピー>が次々に地に落ちていく。
≪さぁ、かくれんぼはおしまいよ。全員引きずり出してやる!≫
一方、紅魔館基地周辺、霧の湖には悲鳴と怒号が響いていた。
≪あぁっ! メイド3と湖5が!≫
≪どうなってるのよ、相手は一人よ!?≫
たった一人の<ニピー>が、紅魔館基地を守る妖精達を圧倒していた。メイド妖精は弾をばらまき、動きを止めようとする。だが、それは叶わず、逆にレーザーで複数名が撃ち落とされる。妖精達は為すすべもなく、なんとか最終防衛ラインを突破させないのが精一杯だった。
「この音は……<ニピー>?」
「そうみたい。……私も行ってくる。大丈夫、チルノちゃんはここで待ってて」
チルノの部屋に音が近付いて来るのを察し、大妖精はやや顔を青くしながら立ち上がる。先程の通信でどういう相手なのかは聞いていたが、勝てるとは思えなかった。
「待って、大ちゃん。……あたいが行くわ」
そんな大妖精の姿を見たチルノがむくりとベッドから身を起こす。まだ本調子とは言えなかったが、動く分には問題は無かった。
「ええっ!? 駄目だよ、チルノちゃんは寝てなきゃ」
「いや、行く。てこずってるんでしょ? あいつらじゃ頼りないわ。……それにね、『さいきょー』は逃げも隠れもしないのよ」
制止しようとする大妖精を逆に押し留め、チルノはドアを開ける。
「……わかった、じゃあ、私も行くよ」
止めても無駄だと察し、大妖精もチルノに続く。
「大ちゃんも?」
「止めても無駄だよ?」
「……わかった、行こう!」
「うん!」
二人の妖精が、逆転の為に外へ飛び出した。
≪挟み撃ちにして!≫
ばらまき弾を撃ったメイド1の号令に応えた湖6、メイド8が<ニピー>を挟撃、更に<ニピー>の上下に回った湖3、メイド10が一斉に高速弾を撃つ。しかし、それは全て凍らされて無力化されてしまう。
「あたい参上! あんた達、助けに来たわよ!」
≪チルノ!? あんたまだ傷が……≫
「けけっ、さいきょーのあたいにはこの程度の傷なんて無いも同然……って、こいつ」
駆けつけるなり威勢よく喋っていたチルノの声が、<ニピー>を見て驚きにかわる。
≪チルノちゃんが、もう一人……?≫
大妖精も驚いたような声を上げた。
赤い服に、黒いリボン。妖怪の山基地をリリーブラックと共に壊滅させたもう一体の<ニピー>。そこにいたのは、チルノ型の<ニピー>だった。
魔法の森を抜け、再思の道を行く春告隊は襲い来る<ニピー>を全て叩き落とし、誰一人欠ける事なく飛んでいた。だが。
≪――――≫
≪春告3、7、9、15、18!?≫
「! みんなは先へ! 敵は私がなんとかします!」
≪リリー!≫
突如飛来した弾幕に、最後列にいた五体の春告隊が声もなく墜ちた。その気配で誰が来たのかに気がついたリリーは急速旋回し、その相手と三度目の相対をする。
≪ご機嫌よう≫
「また会いましたね、リリーブラック」
≪えぇ。でも、これでお別れね、リリー≫
二人がほぼ同時に動く。リリーブラックが大玉弾を発射、それとほぼ同じタイミングでリリーが高速弾を撃つ。リリーは大玉弾を右への旋回で回避、リリーブラックも高速弾をグレイズする。
続いてリリーがホーミング弾とばらまき弾を混合させて撃てば、リリーブラックは瞬間移動で回避、ばらまき弾を撃ってリリーを牽制、距離を取る。
互いに何も言わない。言葉は必要無かった。ただひたすらに二人は弾幕を撃ち合う。
二人の春告精の、最後の戦いが始まった。
非想天則が拳を振るう。更に、その拳の隙間に潜んでいた<ニピー>がレーザーを撃って来る。予測外の攻撃に対応できず、門番5、6、11と竹林2、8、9が撃墜される。
≪攻撃を関節に集中させて!≫
ルナチャイルドの声に反応したスターサファイア、サニーミルクとひまわり1、5、10、竹林10、11、ゾフィ、ゾンビ2、9が非想天則の左肘を狙って弾幕を集中させる。非想天則は右手でそれを防ごうとするが、今度はその右肘を竹林4、7、11、ゾンビ6、7、8、13が狙う。残った妖精達は関節への攻撃を妨害しようとする<ニピー>達と妖精の間に入り、ルナチャイルド達の援護をする。そしてついに耐久限界の来た非想天則の左肘装甲が吹き飛び、僅かな隙間が空いた。
≪チャンスよ! 突撃!≫
左肘を攻撃していたサニーミルク達が一気に非想天則内部へと突撃する。他の妖精も続こうとするが、右側の妖精を払い落とした非想天則が装甲の裂け目を庇ってしまい、それ以上は入ることはできなかった。
≪なにこれ、まっくらじゃない! こんなのでどうやって私達を攻撃してたの?≫
中に入るなりひまわり1が驚いた声を上げる。
≪多分私の偽物がここに居るんでしょう。それなら明かりは要らないしね。とにかく、頭を目指しましょう!≫
スターサファイア達は、<ニピー>の犇めく非想天則の内部を昇っていく。
妖精達が一斉に弾幕をばらまく。<ニピー>はそれを苦もなく避けるが、チルノがそれを凍らせる。そして、弾幕内で起きた密度の差によって氷が炸裂した。チルノの技、『マイナスK』だ。だが、チルノが普段一人で使う本来のそれとは比べ物にならないくらいの数の氷の破片が<ニピー>へと一斉に殺到する。
<ニピー>はそれをグレイズと旋回を駆使して回避、逆にチルノのアイシクルマシンガンに酷似した技を使用、氷弾が湖4、10メイド11、20を数体撃ち落とす。
「流石はあたい……やるじゃない」
≪感心してる場合か!≫
「わかってるわよ!」
<ニピー>とチルノの両者がアイシクルソードを持って撃ち合い、交錯する。振り向き様に<ニピー>が弾幕を発射、それを予測していたチルノがアイスバリアで防御しながら弾幕を発射。<ニピー>はアイスバリアを展開して防ごうとするが、瞬間移動で現れた大妖精の炎弾によって妨害され、グレイズで回避。
すかさずチルノがレーザーを撃ち、<ニピー>に命中する。バランスを崩した<ニピー>に、一点に集まった湖隊が一斉に高速弾を発射して追撃を仕掛けた。高密度の弾幕が<ニピー>を襲う。しかし、<ニピー>はそこでパーフェクトフリーズを使用、弾幕を全て凍らせて落とした。
≪嘘でしょ……≫
湖隊の妖精が呻く。<ニピー>が唖然となる湖隊めがけてグレートクラッシャーを放つ。チルノと大妖精を除いて、一点に固まっていた湖隊が全滅した。しかし、チルノは止まらない。
「行くよ大ちゃん!」
≪うん!≫
更にメイド隊を数名撃ち落とした<ニピー>にチルノが接近、<ニピー>は至近距離から弾幕を撃つ。チルノはそれに被弾するが構わず、アイシクルフォールを展開した。<ニピー>はそれを回避、彼女の正面にある弾幕の隙間へ潜り込む。しかし、それはチルノが仕掛けた罠だった。瞬間移動で二者の間に現れた大妖精が炎弾で攻撃、更に後方からアイシクルフォールの隙間を埋めるように撃たれたメイド妖精の弾幕に囲まれた<ニピー>は回避できず被弾。そして大妖精が再び瞬間移動で姿を消し、その影から突っ込んだチルノのスーパーアイスキックを正面から受ける。
ついに<ニピー>は撃墜、水柱を上げて霧の湖へと沈んで行った。
「……やった、やったよ大ちゃん!」
≪うん、やったよ、チルノちゃん!≫
大妖精とチルノが喜びに抱き合う。生き残りのメイド妖精達もそこに加わった。
「あたい達ったらさいきょーね!」
満身創痍になりながらも基地を守りきった妖精達の声が、霧の湖に高らかに響いた。
≪上から来るわ! 気を付けて!≫
スターサファイアの警告の直後、妖精達の頭上からレーザーが降り注ぐ。サニーミルクが能力で反射するが、カバーしきれなかった分が後続のひまわり5、ゾンビ9を落とす。
≪もうすぐ頭よ! 持ちこたえて!≫
≪スター! あれは!≫
スターサファイアが励ます。しかし、妖精達は大量の<ニピー>に囲まれてしまった。
≪何て数、どこに隠れてたのよ……≫
≪きっと手足の制御に回っていた連中が来たんだわ……≫
ルナチャイルドとサニーミルクが呻く。その数はゆうに彼女達の5倍以上だった。言い知れぬ絶望感が三妖精に広がる。
が、その横を他の妖精達が通り過ぎる。
≪後は頼んだわよ、三妖精≫
<ニピー>が一斉に弾幕を発射する。それをひまわり1、10、竹林10、11、ゾフィ、ゾンビ2が一身に受ける。それと同時に、弾幕を展開した。
≪妖精舐めるな!≫
撃ち返し弾。被弾した妖精達に残された最後の攻撃が<ニピー>を一人残らず撃ち落とす。それを見届け、妖精達は落ちていった。
三妖精が声にならない叫びをあげる。そして、敵も味方も居なくなった空間を一気に駆け抜け、非想天則の頭部へと到達する。そこには、十体程の<ニピー>が居た。
≪ケリをつけるわよ!≫
≪わかってる!≫
≪勿論よ!≫
そこに居た<ニピー>達が一斉に弾幕を発射する。しかし、三妖精は連携技、『フェアリーオーバードライブ』で弾幕もろとも一気に<ニピー>を粉砕した。
≪動きが……止まった?≫
≪あの子達、やったのね!≫
外では、暴走していた非想天則がついに沈黙する。それを見た妖精達が、一斉に勝鬨を上げた。
リリーと別れたチェリー達残りの春告隊は無縁塚で<ニピー>の大群を相手にしていた。
流石に本拠地という事もあり<ニピー>の攻勢は凄まじく、春告4、5、6、11、14は既に被弾し撃墜、生き残りの春告隊もあちこちに傷を負っていた。
同じく大幅に数を減らした<ニピー>がホーミング弾で春告隊を攻撃。ギリギリまで引き付けてからの左旋回でやり過ごすが、戦闘により羽にガタの来ていた春告19と20が被弾、撃墜される。
春告8、10、16が丸弾を連続で発射、うねりながら弾幕が<ニピー>を追い込み、春告12、13が撃った高速弾を直撃させる。数体の<ニピー>達が撃墜、その隙に爆弾を抱えたチェリーと春告17が地上へと急降下する。
しかし<ニピー>の追撃に被弾、春告17が爆弾をチェリーに託し撃墜される。チェリーもまた羽に被弾し、地上へ不時着する。上空の春告隊がそれを援護、チェリーは機械の周りに爆弾を置く。
上空で戦闘していた妖精達が被弾、戦っていた<ニピー>を道連れに墜ちた。残った<ニピー>がチェリーに迫る。羽をやられたチェリーは離脱できず、またこのままでは爆弾を処理されてしまうと判断、覚悟を決める。
「死なば諸共ってね! あんたたちも道連れよ!」
渾身の力で撃たれた弾幕が爆弾に当たる。
轟音と爆炎が、無縁塚を飲み込んだ。
リリーブラックのホーミング弾が連続してリリーを襲う。リリーは加速しながら旋回、辛うじてそれを振り切り大玉弾をリリーブラックめがけて発射。グレイズで回避される。ほぼ同時に両者がばらまき弾を発射、リリーが大玉弾、リリーブラックがホーミング弾を撃つ。
リリーはホーミング弾を急降下で回避、先程の大玉弾に被せるように高速弾を発射。リリーブラックは直撃こそ免れたものの大玉弾を突き抜ける形で飛んできた高速弾を回避しきれず被弾する。
≪っ……!≫
リリーブラックの舌打ちが聞こえる。
リリーブラックは瞬間移動でリリーの背後にまわり、高速弾を連射。リリーも瞬間移動でそれを回避。しかし、回避先を予測されていたのか、先に放たれていたホーミング弾がリリーに直撃する。
「ぐぅっ……」
反射的に体を捻って一回休みは免れたが、それでも多大なダメージを受ける。追撃の高速弾を回避しながら、リリーもホーミング弾で応戦する。
しかし、羽がずきりと痛み、一瞬だけリリーの動きが止まる。高速弾が彼女を直撃した。
≪終わりよ!≫
リリーブラックがだめ押しの大玉弾を放つ。しかし、リリーは痛む体に鞭を撃ち、瞬間移動でリリーブラックに肉迫する。
≪!?≫
リリーブラックの目が一杯に見開かれる。リリーの大玉弾が空中で炸裂し、同時に、無縁塚から轟音が響いた。
再思の道へ墜落する二人。遠くに見える沈黙した非想天則の姿と無縁塚から立ち上る黒煙を見て、リリーブラックは諦めたように呟いた。
≪私達の負けね……≫
「リリーブラック……」
リリーブラックの姿が、ゆっくりと消えていく。人工の自然という拠り所を失った妖精もどき、<ニピー>は、幻想郷には存在できなくなったのだ。
≪外の世界で廃棄されたまま忘れられて、こっちでも負けて……なんだったのかしら、私達は≫
恨むでもなく、悲しむでもなく。ただ純粋な疑問をリリーブラックは呟く。
≪私達は、妖精になりたかった≫
その言葉を最後に、リリーブラックが完全に消える。リリーは一人、なんとも言えない気持ちで魔法の森から聞こえる歓声を聞いていた。
突如妖怪の山から消え、魔法の森で発見された非想天則と、無縁塚で起こった謎の爆発の話は諸君らの耳にも新しいだろう。天狗達は、非想天則と無縁塚の爆発に何らかの関係があると見て捜査している。また、非想天則の製作に携わった山の神は、「なんらかの事情で非想天則が自我を持ったのかも知れない」と非想天則の付喪神化を危惧している。尚、現在は非想天則は山へと回収され、動く様子はない。
それと関連性があるかは不明であり、上記の事件より話題性は薄いが、非想天則が発見された同日、妖精と<ニピー>達の戦争が妖精側の勝利によって終わりを迎えたと宣言された。妖精達のパーティーは今も尚紅魔館内で行われているらしい。妖精達の中には地上では珍しいゾンビフェアリー等もいるらしいので、興味のある方は足を運んでみてはどうだろうか。
(射命丸 文『文々。新聞』第百二十×季 如月の二十四 発行分より抜粋)
「と言っても……全部妖精に関係してるんだけどねぇ」
自分の書いた新聞記事を見ながら、文はひとりごちる。彼女はやや真実を曲げて記事を書いていたが、天狗達が調査をしていることや山の神が非想天則の付喪神化を危惧しているのは事実だったし、天狗達の間では一連の件と妖精たちの戦争に関連性は不明というのが通説だったから、書いていることに嘘はなかった。そもそも、妖精達がそんなことができるはずはないと思い込んでいる妖怪たちに真実を書いて見せたところで、一部を除いて馬鹿にされるのが関の山である。だから、文は本当の真実は自分の胸の内へとしまうことにして、妖精達の宴会に約束通り参加するために紅魔館へと向かった。
ガヤガヤと、紅魔館内では妖精達が騒いでいた。戦争が終わり、一回休みとなった者の復活を待ってから、妖精達は紅魔館の庭園を借りて祝勝会を開いていた。宴は連日行われ、中には妖精以外の面子もちらほらと見受けられる。
そんな様子を見ながら、レミリアはパチュリーとワインを飲みながら新聞に目をやった。
「もう三日目だってのによく飽きないわねぇ」
「余興はそれなりに面白いから構わないけどね。……にしても、新聞にはこう書いてるけど、実際の所非想天則も無縁塚も全部妖精達の仕業なんでしょう?」
「そうね。……ま、事実がどうあれ、何も変わらないけれどね」
「それもそうか」
いつまでも続く妖精達の宴を見ながらレミリアは呟く。そう、確かに妖精達は戦争に勝利した。だが、それによって何かが変わる訳ではない。仮に妖精達が負けたとしても、人間がそれを解決するだけで幻想郷は何も変わらなかっただろう。それを知ってか知らずか、妖精達は勝利と酒に酔っていた。
「負けるなチェリー!」
「あんたも負けちゃダメよー!」
「まだまだ行け……ぐふっ」
「ごめん、もう無理……」
「あーあ、潰れちゃったか。だらしないなぁ」
妖精達の余興として宴に混ざっていた鬼と飲み比べをしていた門番7とチェリーが酔い潰れて倒れる。酔いすぎて一回休みになるという珍妙な光景だった。どっと妖精達から笑いが起こる。
「次に私に挑もうってやつはいないかい? 何人でもいいよ!」
赤ら顔の萃香が相手を募集する。ひまわり妖精とゾンビフェアリーが手をあげる。妖精達は飲み比べで倒せば酒虫をやるという話を聞いて無謀にも鬼に挑んでいた。
数杯ほど酒をあおった挑戦者が潰れて倒れる。また妖精達から笑いが起こった。
「よし、次は私が指名しよう……そこの氷精! どうだい、やるかい?」
「あたいに挑もうとはいい度胸じゃないの! コテンパンにしてやるわ!」
「チルノの奴、やっぱり挑んじゃったか」
「負けるのなんてわかってるのにねぇ」
「まぁ私達は観戦して楽しませてもらいましょうよ」
「後はそうだな……そこの三妖精! こいつが来るんだ、あんた達も受けるよねぇ?」
「「「なん……だと……」」」
根拠の無い自信に満ちたチルノと絶望に満ちた顔をした三妖精が萃香に引きずられて行った。
リリーはそれを見て、少し笑う。夜風が彼女の金色がかった茶色の髪を弄んだ。
妖精達にとっての大戦争が起きたところで何かが変わるわけでもなく、精々宴会が数回多く開かれる程度の出来事でしかない。現に、妖精達の中には既に酔いすぎて何を祝って開かれた宴会なのか分からなくなっているものもいた。歴史に残るわけでもないこの戦争は、人や妖怪だけでなく、当事者たる妖精でさえもいずれ忘れてしまうだろう。リリーもまた、今だけは全てを忘れて勝利に酔うことにした。
いつものように騒がしい幻想郷。夜も更けているというのに宴はますます盛り上がっていった。
しかし、今現在この幻想郷にて、妖精達がある異変の中にいる事を知る者はそう多くはない。
<ニピー>と呼ばれる、妖精に酷似した存在。それらは言葉を持たず、意思の疎通が出来ないが、確かに自我を持ち、妖精達を襲っている。その目的は依然解らないままである。
だが、博麗の巫女でさえその事実を知らない。なぜなら、その異変は人間になんの影響も無いからである。人間に実害の無い異変では人間が解決に動く事はない。
それでも、異変は確かに起きている。例え今は影響が無くとも今後何かしらの影響が出るかもしれない。その事だけは、忘れてはならない。
(射命丸 文『文々。新聞』第百二十×季 如月の三 発行分より抜粋)
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幻想郷、冬。広大な霧の湖上空で、編隊を組んだ妖精達が<ニピー>と交戦していた。
≪きゃああ!≫
≪ああっ! メイド3がやられた!≫
≪落ち着いてメイド4! 陣形を組み直して!≫
≪なんてこと……! これで8人目よ!≫
編隊を組んでいたメイド妖精が一人、強襲してきた敵の弾幕に被弾し撃ち落とされる。残った妖精達が弾幕をあびせるが、敵はそれを避けて隠れてしまった。
≪右後方の木の後ろに隠れたわ! 春告隊、先手を取って撃ち落として!≫
「了解です!」
索敵を担当するスターサファイアの声が通信機越しに聞こえる。指示を受けたリリーホワイトはすかさず高速モードで旋回し、大玉弾で木もろとも敵を撃ち抜いた。
≪敵反応消失。お疲れ様、よくやったわ。みんな帰投して≫
敵の全滅を告げるスターサファイアの声を聞いた妖精達の緊張が解れ、安堵の空気が流れる。今日の作戦は終わりだ。
≪大丈夫、飛べる?≫
≪えぇ、なんとか≫
≪一番最初にやられた門番7は?≫
≪駄目ね、あれじゃ一回休みだわ≫
被弾し怪我をした仲間の確認と回収をしつつ、妖精達は基地へと帰還した。
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紅魔館の庭園を借りて作られた基地内の広間兼会議室に、帰還した妖精達は集まっていた。
「お疲れ様、リリー。紅茶でもいかが?」
「ありがとう。頂きます」
メイド妖精から渡された紅茶をすすりながら、リリーホワイトは今日の戦闘を思い返していた。
今日遭遇した<ニピー>は計40体程だったが、全て撃墜している。しかし、妖精側も無傷というわけではなく、出撃者27名の内8名が被弾、その内3名が一回休み、残り5名も一回休みという程ではないにしろ怪我を負って治療中。編隊のおおよそ三分の一が戦闘不能になるという、あまり喜ばしくない結果だった。
普段は明るい笑顔を浮かべている事の多いその可愛らしい顔をやや険しい表情にしてゆっくりと紅茶をすすりながら、リリーは敵について黙考する。
<ニピー>。突如幻想郷に出撃した、謎の存在。それらは言葉を持たず、また非常に攻撃的な性質をしており、積極的に妖精達を襲撃している。
姿形は妖精に酷似しており、一目では見分けがつかない。力も妖精と同程度であり、人間や一般の妖怪の間では妖精とほぼ同一視されている。しかし、<ニピー>には勘のいい人間や頭の良い古参妖怪、そして妖精達には分かる明確な違いが存在していた。
それは、『一回休み』が存在せず一度死ぬと二度と蘇らないことと、妖精達にはない、不自然な自然の気を漂わせていることである。
『一回休み』が存在しないのは大量に同じ姿の個体が現れることからあまり知られてはいなかったが、不自然な自然の気は普通の妖精が放つそれとは全く異なり、自然そのものの具現である妖精達にとって、雲一つ無い晴れの日に雨の気を放っているような<ニピー>達の違和感に気付かないものは誰一人としていない。
勿論、それだけであれば不気味な妖精もどきがいる、というだけの話で済んでいた。だが、この妖精もどきと妖精達との間に戦争が起きているというのが現状である。
そもそもの発端は、一月前に起きた妖精襲撃事件だった。湖のまわりで遊んでいた妖精達が、突如<ニピー>による襲撃を受けたのである。はじめはただの妖精達の縄張り争いと思われていたのだが、その後同じ様な事態が場所を問わず何度も起こり、その犯人の放つ不自然な気から妖精では無いと判明、身の危険を感じた妖精達は自衛の為に紅魔館の一角をはじめとした様々な場所を基地として集合し、戦っているのである。
ちなみに<ニピー>とは博麗の巫女である博麗霊夢が妖精達からの相談を受けたさいに便宜上の名前として色違いの分身を表す『2Pカラー』からつけたものである(なお、相談自体は『今のところ人間に害は無いし、妖精の問題は妖精でなんとかしろ』と断られてしまった。ここでも妖精の扱いの悪さが伺い知れる)。
<ニピー>達の目的は依然はっきりとしていない。なぜなら襲ってくる<ニピー>達は言葉を話さずただ襲ってくるだけなうえ、迎え撃つ妖精達も生け捕りにして目的を吐かせる、という発想にまで至らないからである。
そもそも、<ニピー>達はともかく死という概念が無い妖精達にとってはこの戦争も普段の『遊び』の延長線でしかなく、本気で危機を感じている妖精もそうはいない。普段の遊びを邪魔する奴がいるから遊ぶついでにやっつける、程度の感覚しかないのだ。勿論、遊びと言ってもただ出鱈目に撃ち合うだけではない。一応彼女達もこの戦争に向けて、普段読みもしない本を持ち出して外の世界の軍隊を真似て基地や得意分野を生かした部隊を作ったり、異変の時のように編隊を組んで飛行したり、毎日司令役と各隊の代表者が顔を突き合わせて作戦会議(と言っても殆ど雑談に近いが)をしている。
そんなふうに妖精達は彼女らなりの本格的(っぽい)戦争(ごっこ)をしているのだ。
遊びに妥協せず、全力を尽くす。それが妖精達なりの流儀である。
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「今戻ったわ」
「おかえりなさい、ルナ、サニー。どうだった?」
その『役』の一環である偵察任務から帰って来たらしいルナチャイルドとサニーミルクが部屋に入ってきて、司令役も担っているスターサファイアが二人に首尾を尋ねる。
「駄目ねー、全く手がかりが見つからない」
「今日は妖怪の山の基地にも行ってみたけれど、これと言って有力な情報はあっちも掴んでなかったわ」
「そう……一体あいつら、何者なのかしら」
三妖精が揃って溜め息をつく。ここに妖精達が集まり、調査をするようになってから1ヶ月、ずっとこの調子で未だに何も掴んでいないという状況なのである。
「あ、湖隊が帰ってきたわ!」
どうしたものかと三妖精が考えていると、リリー達とは別の区域で戦っていたチルノ率いる霧の湖の妖精達が帰還する。
「今日も全員あたいが撃墜してやったわ! あたいったらさいきょーね!」
「チ、チルノちゃん、声が大きいよ……」
部屋に入るなり、Vサインをしながら戦果を報告するが、それは広間全体に響き渡るような大声で、リリーをはじめとする何名かは思わず耳をふさいだ。
「で、大ちゃん、どうだったの?」
あらかじめ予測して音を消していたらしいルナチャイルドがドヤ顔のチルノの隣で申し訳なさそうな顔をしている大妖精に確認する。
「うん、チルノちゃんが全員やっけたのは本当だよ。みんなも無事」
「当然よ! なんたってあたいはさいきょーだからね!」
「あーはいはい、そりゃ頼もしいわね」
「それで、あんた達はどうだったの?」
「8人やられたわ。その内3人は一回休み」
「ハッ! だらしないわねぇ。あんなのに8人もやられるなんて、なにやってんのさ」
「ちょっとチルノちゃん!」
被害状況を聞いたチルノが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。慌てて大妖精が諌めるが、チルノは聞いていない様子だった。
「まぁ、あんたら全員束になってもあたいにゃ敵わないし仕方ないか」
「おいあんたふざけたこと言ってんじゃ……」
「やめなさいサニー! って痛っ」
思わずチルノに詰め寄ったサニーミルクを止めようとしたルナチャイルドが転ぶ。
「あたいは事実しか言ってないけど?」
その様子を見たチルノがますます小馬鹿にした表情を浮かべる。
「なにをっ……」
「はいはいそこまで! ……ともかく、今は私達で争ってる場合じゃないわ」
いよいよ険悪になってきたチルノとサニーミルクを引き離しながらスターサファイアが話の軌道を修正する。
「そうね、この前の竹林の事もあるし」
紅魔館の門番妖精を束ねる門番隊のリーダーが呟く。『竹林の事』とは、つい先週、迷いの竹林の基地が<ニピー>達に襲撃され壊滅させられた件である。迷いの竹林は深い霧や方向感覚を狂わせる生え方をした竹を備え、下手をすれば妖精さえも迷ってしまう程の入り組んだ地形を持つ天然の迷宮である。それにより他のどこよりも強固な守りを持っていた筈の基地が壊滅した、という知らせは楽観的な妖精達の間にも衝撃を与えた。
そして、基地が壊滅し他の基地に散り散りに分かれた元竹林の妖精達によれば、<ニピー>達は竹林の性質をものともせずにまっすぐ基地を襲撃してきたのだという。これは幻想郷の妖精達がもつ土地勘というアドバンテージが消滅したということを意味していた。
そして、一番強固な守りを持つ竹林基地が陥落した以上、残っている地底、魔法の森、妖怪の山、そしてここ紅魔館の基地がどれ一つとして安全とは呼べなくなってしまったということも意味している。
「……で、竹林の基地は今<ニピー>達が占拠しているのよね?」
「えぇ。今日もついでに見に行ったら<ニピー>が数えきれないくらいうじゃうじゃ居たわ。あいつら全員気配が気持ち悪いったらありゃしない」
ルナチャイルドがスターサファイアの質問に顔をしかめながら答える。
「分かった。……じゃあ明日、竹林の基地を一気に叩きましょう」
スターサファイアがしばらく目を瞑って考えた後、そんな事を言い出した。一拍置いて、広間がざわめく。
「はぁっ!?」
「ちょっとスター、私の話、聞いてた? 竹林基地には数えきれないくらい<ニピー>が……」
「だからこそ、よ。敵が基地を乗っ取って使ってる以上、そこを奪い返せばなにかしらの手がかりくらいは見つかる筈よ」
「それはそうだけど……」
「大丈夫よ、なんたって私達にはチルノがいるもの。これくらいなんてことないわよね、チルノ?」
スターサファイアがチルノを見る。
「ふふん、良くわかってるじゃない。おうとも、あたいに任せておけば<ニピー>なんてイチコロよ!」
えっへん、とチルノが胸を張る。上手く乗ってくれたな、と内心ほくそ笑みながらスターサファイアは話を続ける。
「で、作戦なんだけど……チルノ達湖隊とメイド隊には竹林の周りで大暴れして基地の<ニピー>の主力を引き付けて欲しい。その間に基地に潜入して残ってる<ニピー>を全滅させるんだけど、その役はあなた達春告隊と門番隊にやって貰いたいの。大丈夫かしら?」
「わかりました。やってみます」
スターサファイアの言葉にリリーと門番隊の隊長が頷く。
「よし、決まりね。じゃあ決行はみんなが起き次第! 今日は解散!」
随分と作戦時間が適当であるが、これもまた妖精故である。
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作戦会議が終わり、リリーホワイトは自分の部屋に向かっていた。
「ハイ、リリー。随分厄介な役目を任されちゃったわね」
「あ、チェリー」
途中、リリーのルームメイトであり、リリー率いる春告隊の一員でもある桜の木の妖精、チェリーレッドが声をかけてきた。彼女はかつて春雪異変においてリリーと同じステージ4に登場し、ボスの前哨戦をつとめた妙に固い妖精である。
「明日の作戦の自信のほどは?」
「自信なんてないですよー、かなり不安です」
戦友の問いかけに困ったような顔をするリリー。その場の雰囲気もあって二つ返事で引き受けてしまったが、実際の所彼女は自信が無かった。
「ちょっと、しっかりしてよ。期待のエースなんだからさぁ」
「あはは……」
チェリーの冗談混じりの言葉にリリーは苦笑する。春の訪れが近く、徐々に力を増してきている春告精のリリーは、チルノと並ぶ妖精達の戦力として期待されていた。事実彼女は得意の瞬間移動と広範囲に渡るばらまき弾を軸とした弾幕を駆使し、今日に至るまで一度も被弾せず、単騎で無双と言っていい活躍をしているチルノ程ではないにしろ多大な戦果を上げている。
しかし、明日作戦行動をとる竹林基地では話がかわる。竹林基地には一度立ち寄った事があるが、基地内は作った妖精達が竹林出身という事もあってか酷く入り組んでいる上に狭く、活動が制限されてしまう。得意の瞬間移動もばらまき弾も殆ど使えない為、リリーにとっての不安材料が非常に多いのだ。
「ちゃんと戦えるでしょうか……?」
チェリーと共に部屋に入りながら、リリーはぽつりともらす。
「さぁね。まぁ気楽に行きましょうよ、いつも通りにね。どうせ死にゃしないんだから」
「それはそうですけど……」
蓮っ葉な口調でチェリーが言う。確かにその通りだ、妖精は死なない。だが、だからといってわざわざ痛い目にあいたくはないとリリーは思った。
「せいぜい頑張りましょう。そうそう、中身はあんまり壊すなってスターが言ってたわ。言う方は気楽でいいわね」
また無茶な注文を、とリリーは心の内で毒づく。ただでさえ戦いにくいのにおまけに壊すなとはよく言ってくれる。
「ま、『いざとなったら』仕方ないでしょ」
ニッと悪戯っぽい笑顔でチェリーが言う。やる気満々だった。
「そうですね、十発くらいなら誤射ですよね」
リリーもその言葉の真意を理解し、同じく悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「さ、そうと決まれば早く寝ましょう。明日は早いわよ、チルノがいるし」
「そうですね……じゃあ、おやすみなさいです、チェリー」
「えぇ、おやすみなさい、リリー」
妖精達の中でもとりわけ強く、そしてとりわけ子供っぽいチルノは、こういう大掛かりな作戦の前日はやたらと早起きで自分が起きてもまだ寝ている連中を叩き起こして回る事で有名だった。そんなことをされてはかなわないので、二人は早々にベッドに潜り込み、灯りを消した。
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翌日。リリーとチェリーは予定通り早く起きて広間に集まっていた。周りを見れば、やはり叩き起こされたのか眠そうに眼をこする妖精達がちらほらと見受けられた。
「皆早起きねぇ。びっくりしたわ」
嫌な予感がして真っ先に起き、既に司令席についていたスターサファイアが集まりの良さに驚いたような声を上げる。
「そりゃ起きるわよ……枕元であれだけ騒がれたらさぁ」
「チルノめ……」
先頭で今か今かと出撃を待っているチルノを恨めしげに見ながら、文字通り「叩き起こされた」ルナチャイルドとサニーミルクがぼやく。
「まぁ今回チルノは悪くないわ……多分。じゃあ、作戦の確認ね。湖隊とメイド隊は竹林基地の周りで暴れて頂戴。春告隊と門番隊はその隙に基地を襲撃して。後、基地組には案内役として竹林の子と、私とサニー、ルナがついていくわ。何がいるかわからないし、目立つといけないからね。……それじゃあみんな、準備はいい? 出撃よ!」
広間内に、妖精達の鬨の声が上がった。
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「さぁ来い<ニピー>ども! 今日もあたいが全滅させてやるわ!」
迷いの竹林上空。襲撃組より先んじて到着したチルノ達が基地の周囲を浮遊して見守っていた。
≪来たわよ、チルノ!≫
基地内からチルノ達を発見したらしい<ニピー>達が次々に飛び出してくるのを見たメイド隊の隊長が叫ぶ。
「行くよ大ちゃん! しょーたいむよ!」
≪了解!≫
言うが早いがチルノは敵のど真ん中に突っ込み、大妖精が後に続いた。
先行したチルノは敵陣を一気に駆け抜け、すれ違い様に弾幕をばらまく。その多くは避けられたが、急襲に対応しきれなかった<ニピー>数体が直撃し、地上に墜ちていった。
そして敵陣を抜けると同時にチルノは旋回、今度は背後からレーザー弾幕を撃ち込んで更に数体撃ち落とす。敵の陣形が大幅に崩れ、そこに大妖精が瞬間移動をしながらホーミング弾で追撃をかける。
強い、と少し遅れる形で攻撃を開始したメイド妖精達は内心舌を巻く。やや自信過剰で横柄なきらいはあるが、チルノは最強を自称するに足る実力を確かに持っていたし、その影で少し目立たないが大妖精もかなりのものである。
二体の<ニピー>がチルノを挟撃するが、チルノはその弾幕を凍らせて無力化、大妖精が高速弾で二体とも叩き落とす。地上の基地からは次々に<ニピー>達が出てくるが一向に二人の勢いは止まらず、それどころか二人の活躍に士気が上がった他の妖精達の攻撃で次から次へと落とされていく。
そんな様子を見て満足げに鼻を鳴らし、更なる敵にチルノは啖呵をきる。
「さぁ、あたいたちのさいきょーっぷりをしっかり眼に焼き付けてから死ぬがよい!」
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チルノ達囮組が大暴れしている頃、リリー達襲撃組は三妖精の能力によって特に勘づかれる事もなく基地の入口付近に到達していた。
「……よし、うまいこと引き付けてくれてるわ。いい? 合図したら一気に突っ込むわよ」
入口付近に敵が居ないかを確認したスターサファイアが小声で呟く。
「私、攻めるのはあんまり好きじゃないんだけどなぁ……」
「あら、受け側が好きなのね」
「そうそう、メイド長とかお嬢様とか中々いい感じに攻めてくれそうだから一度……って何言わせんのよ」
「やってる場合か!」
門番隊メンバー数名が緊張感ゼロな様子で何やら怪しい会話を始めかけたが、リーダーの一喝で黙る。
「……いいかしら」
呆れた様子でスターサファイアが確認し、再び静かな緊張が妖精達に走る。
「準備して……3……2……1……突撃!」
合図が出ると同時に基地内へと突撃したリリー達の視界に、基地内の迷宮が映る。迷宮は入り口を入ってすぐの位置から左右にわかれていた。
≪二手に分かれて! 門番隊は左、春告隊は右よ!≫
スターサファイアの指示に従い、リリー達は右側の通路に進む。先頭には案内役の竹林の妖精が使い魔を展開して飛ぶ。
通路を抜け、やや開けた所に出ると同時に竹林の妖精の使い魔が弾幕を展開する。今まさに外に出ようとしていた<ニピー>達がそれに巻き込まれて吹き飛んだ。
≪こちらスターサファイア! こっちは問題ないわ! 門番1、状況は!?≫
前方の通路からの新手を警戒しつつ、スターサファイアが別動隊の状況を確認する。通信機からは、弾幕が放たれる音が断続的に聞こえていた。
≪駄目、待ち伏せされてたみたい! 門番7がやられちゃった!≫
どうやら左側にはこの襲撃を予測して<ニピー>達が待機していたらしい。
だが、逆に今防備が手薄になっている右側を攻めるチャンスと考え、スターサファイアが先に進むことを選ぶ。
≪悪いけど、救援は送れないわ! 持ちこたえて頂戴!≫
≪ははっ、救援なんて元から必要ないわ! 私達もすぐに突破してやるんだから!≫
≪わかった。……幸運を≫
≪そっちこそ≫
通信を切るスターサファイア。弾幕の音からして敵の数は決して少なくはないことは分かっていたが、門番1がああ言った以上、自分達は先に進まなければいけないと判断する。
≪どうするのよ、スター!≫
≪私達だけでも先に進むわよ! みんな、急いで!≫
≪……了解!≫
案内役と三妖精が先の通路へと進み、リリー達もそれに続いた。
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「私達だけでなんとかするとは言ったものの、ねぇ」
別動隊との通信を切った後、迫る<ニピー>を撃ち落としながら門番1は呆れたような声で呟く。
普段は妖怪の紅美鈴と共に紅魔館の門を守る、総勢21名の彼女達門番隊が進んだ左側通路の先には、50体程の<ニピー>が待ち受けていた。そんな2倍近い戦力差にも屈せず門番隊達は果敢に戦っていたが、既にその半数が一回休みにされている。
≪これだけいると相手するのも骨よねぇ≫
≪だから私は攻めるのは好きじゃないって言ったのよー≫
クナイ弾の十字砲火で門番5と門番18が誘導した<ニピー>を薙ぎ払いながら飛ぶ門番9と門番6のぼやきが聞こえる。
≪ははっ、流石に受け側がこれだけ熱狂的だと逆にさめちゃうわよね≫
先程門番9共々一喝された門番13が追尾弾で<ニピー>を三体程撃ち落としながら軽口を叩く。
門番隊も多大な被害は受けていたが、何も一方的にやられていた訳ではなく、<ニピー>達も既に1/3近くまで減っていた。
「でも、いつも門の前で受けてばっかりなんだから……」
押し包むように迫ってきた十体程の<ニピー>達を宙返りでかわして背後にまわり込み、クナイ弾で一気に蹴散らしながら門番1が二人の通信に割り込む。
「たまには攻めていかないとね!」
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≪そこを右に曲がって! その先はまっすぐ!≫
竹林の妖精の案内を受けながら、リリー達は更に奥へと進む。やはりこちら側は手薄になっているのか、さして厄介な敵との遭遇も無く、ほぼ無傷で進めていた。
≪もうすぐ中枢かしら? それにしても暇よねぇ≫
≪だからって門番隊みたいに大量の敵に襲われるのも勘弁してほしいですけどねー≫
敵との遭遇も無いのに無闇やたらと弾をばらまく訳にもいかず、リリーとチェリーは退屈そうに愚痴る。
≪! 止まって! 何かいるわ!≫
≪ちょっ、嘘! 急に止まら……あ痛っ!≫
案内役と共に先頭を飛んでいたスターサファイアが曲がり角の前で何かを察知して急に止まり、すぐ後ろを飛んでいたルナチャイルドが勢い余って壁に激突した。
≪1……2……沢山いるわ……待ち伏せかしら?≫
壁に身を寄せながらスターサファイアが通路に目を向ける。
薄暗くて姿を見ることは出来なかったが、彼女の能力は確かに先で蠢く<ニピー>達の気配を感じとっていた。
≪どうする、スター?≫
≪どうするって言われても……≫
サニーミルクが聞くが、スターサファイアも答えに詰まる。予想外の新手に対してどう動くべきか考えあぐねているのだ。
「私たちが先に行きます」
しかし、その悩みを払うようにリリーが手を挙げる。
≪えぇっ? いやでも、相手の数はかなりのものよ?≫
≪だからって引き下がる訳にもいかないでしょう? 大体、こんなときの為の私達じゃない≫
チェリーの言葉に、他の春告隊の面子も頷く。
≪わかった。でも無茶はしないでよ?≫
「はーい。じゃあ、久しぶりにお仕事をしてきますから、スター達はここで待ってて下さいねー」
釘を刺すスターサファイアに笑顔で答え、リリーと他19名の春告隊は編隊を組んで曲がり角の先へと突貫した。
「散開してください!」
リリーの号令で編隊が散開する。やはり待ち受けていたらしい<ニピー>達の弾幕が先程までリリー達が編隊を組んで飛んでいた空間を突き抜けて行った。
リリーが二体の仲間と共に高速モードで突っ込む。14体の<ニピー>が弾幕を発射、リリー達は素早く低速モードに切り替え、グレイズでそれをやり過ごす。
真正面からリリーがホーミング弾を撃つ。回避されるが、既にその回避先に待ち受けていた春告4と7が丸弾で撃ち落とす。その二体を<ニピー>が狙うが、弾幕を発射する前にリリーが大玉弾で撃墜。続いて三体とも後退しながら可能な限り広範囲に弾幕をばらまいて<ニピー>達の動きを封じ、追いついたチェリー達がホーミング弾で確実に撃ち落とす。
前方から高速の鱗型弾が飛来、前に出ていたチェリー達に迫る。全員回避行動をとるが、最前列で間に合わなかった春告6、8、11、19が被弾、撃墜された。
続いて奥から10体程の<ニピー>が飛び出てきて、大玉弾を無数に撃ってくる。狭い通路では回避しきれず、春告4、14、15、17が被弾、春告4と17は撃墜、春告14と15は羽をやられて離脱し、春告9、10がその救助に向かう。残る大玉弾を春告3、5、12、18が同じ大玉弾で相殺、その後ろからリリー、チェリー、春告7、13、16が高速弾を撃って<ニピー>を撃ち落とす。どうやらその10体が最後だったのか、攻撃が止んだ。
≪……ふぅ、終わったみたいね≫
「スター、サニー、ルナ、みんな出てきて大丈夫ですよー」
安全と判断したリリーの声に応じて、スターサファイア達が顔を出す。
≪すごいわ、全滅させるなんて……≫
≪こっちもなかなかやられちゃいましたけどね。サニー、ルナ、二人を基地まで連れて帰って貰えますか?≫
リリーが羽をやられた二人のメンバーを示す。二人はそれを了承し、能力を使って姿を消して外に出ていった。
≪さぁ、この先を行けば中枢よ。何か手がかりがあるといいんだけど≫
人数をかなり減らしながらも、リリー達は奥へと進んで行った。
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「何!? どうしたっていうのよこいつら!」
一方、基地の外では、チルノ達と交戦していた<ニピー>達に異変が起きていた。
チルノ達の活躍によりほぼ壊滅状態と化していた<ニピー>達の残党が、突如方向を変えて自分達の拠点、すなわち竹林の基地を攻撃しはじめたのだ。
≪なんだってのよ、このっ!≫
背を向けたままの<ニピー>をチルノが撃墜するが、それには目もくれずに<ニピー>達は基地目掛けて攻撃を続け、守るものがいない基地はみるみるうちに破壊されていく。
≪一体なにを……まさか!≫
その意図を察したメイド隊隊長が慌てて中にいるスターサファイアに通信する。
≪こちらメイド1! スター、聞こえる? 大変よ……≫
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≪また何かいるわ……≫
スターサファイアがまた気配を感じとり、一同は動きを止める。だが、その緊張はすぐに解けることとなった。
≪あ、スターじゃないの≫
≪門番隊じゃない! 無事だったのね!≫
≪えぇ、なんとか。……ほとんどやられちゃったけどね≫
あの後、更に数を減らしながらも門番隊は<ニピー>達を全滅させ、中枢へと向かっていた。しかし、その途中でも度々<ニピー>の襲撃があり、残っているメンバーは案内役を含め五名しかいなかった。
≪そっちも随分こっぴどくやられたみたいね≫
「はい、ついさっき……」
潜入班合計45名中21名が一回休み、4名が離脱。今この基地に残っているのは、半数以下の20名だった。
≪ま、とりあえず奪還は出来たわけだし、ちょっと調べるとしましょう≫
スターサファイアがそう言って司令席に向かったそのとき、地響きと共にくぐもった重い音が基地内に響いた。
「なにごとですか!?」
思わず飛び上がりながらリリーは辺りを見回す。
≪あら、外からの通信? なにかしら。はい、こちらスターサファイア……なんですって!? ……わかった。貴方達は<ニピー>をできるだけ撃墜して時間を稼いで!≫
メイド妖精からの通信を聞いたスターサファイアが叫ぶ。
「どうしたんですか、スター?」
≪外の<ニピー>達がここを壊してるって……あいつら、私達を生き埋めにする気よ!≫
≪な、なんですって!?≫
スターサファイアがそう言った途端、轟音と共に天井が崩落してきた。
≪時間がないわ、早く脱出しましょう!≫
リリー達は崩落した天井の穴から外へと向かう。その途中で仲間が何人か巻き込まれて消えていった。
ようやく穴の向こうから空が見えてくる。そこからは、ひたすらにこちらへ弾幕を撃ってくる<ニピー>と、それを撃ち落とすチルノ達の姿が覗いていた。
時折飛んでくる弾をよけ、なんとかリリー達は地上へと飛び出す。その瞬間、ついに限界が来た基地が轟音と共に崩壊した。
大妖精が最後の一体を撃墜する。竹林基地を占拠していた<ニピー>達が完全に全滅した。
しかし、手放しでは喜ぶものは誰もおらず、八面六臂の活躍をしたチルノと大妖精でさえも苦々しい表情をしていた。確かに<ニピー>達は全滅したが、最大の目的であった竹林基地の奪還は失敗したからである。
≪これで振り出しか……面倒なことになっちゃったわね≫
崩壊した基地を見下ろしながら、悔しそうにスターサファイアが呟く。リリー達も疲れきった顔で溜め息をつく。
多大な犠牲を払ったこの大作戦は、失敗に終わってしまった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
竹林奪還作戦から一週間後。基地そのものの奪還は失敗したものの<ニピー>達に打撃を与えたのは確かなようで、襲撃の勢いがやや弱まっていた。しかし、妖精達が受けた被害も小さくはなく、攻め込める程の余裕はなかった。
「どうしたもんかしらね……」
スターサファイアは一人、今後の作戦について頭を悩ませていた。妖怪の山などの他の地域の戦況も小康状態と言ったところで、これといった変化は無かった。
「魔法の森に攻め込んでみるべきかしら……」
<ニピー>達の最大の拠点である、魔法の森。博麗神社の周辺に住処を移したスターサファイア達光の三妖精が元々住んでいたここでは、度重なる<ニピー>の襲撃に参った妖精達が次々と逃げ出し、ここ紅魔館の基地に集まっていた。いずれはここを叩かなくてはいけないのだが、これには竹林の比ではない数の戦力が必要である。この前の作戦で<ニピー>達が減った今が好機なのだが、先程言った通り妖精達も戦える者が減ってしまっているため、動くに動けないのだ。
「う~ん……」
「大変よ、スター!」
頭を抱えるスターサファイアのもとに一人のメイド妖精がやってくる。
「……なに?」
また何か厄介事かしら、とスターサファイアはうんざりした表情で聞き返す。
「それがね……」
メイド妖精がスターサファイアに顔を近づけ、耳打ちをする。
「うわぁ……」
その瞬間、スターサファイアの顔がさらにゲッソリとなった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「……んで、こうなる訳ね」
「はぁ、疲れます……」
「はいはい私語禁止。それから二列に並んで」
リリーとチェリーは制服を身に纏い、自分の隊を率いて二列に並んでいた。
「ちくしょー、なんであたいがこんな服……」
「あはは……でも、よく似合ってると思うよ、チルノちゃん」
湖隊の先頭に立つチルノが憮然とした顔で悪態をつく。彼女は制服を着ることを最後まで嫌がって抵抗したのだが、リリーや三妖精達に無理矢理普段の服をひっぺがされて制服に着替えさせられていた。
「馬子にも衣装ってやつね」
「なにおう」
「まぁまぁ」
サニーミルクに茶化されてチルノが色めき立つが、大妖精に止められる。
「それにしても、サニーちゃんは随分着慣れてるね」
「まぁね。一度ここに潜入したときに着たことがあるから」
そう、彼女らの着ている制服とは、紅魔館のメイド服のことである。彼女達がこの服を着て並んでいるのには、ある事情があった。
その事情とは、妖精達がこの戦争を起こした際、基地を作る為にレミリアと交わした契約である。この妖精達の戦争には人間は勿論、妖怪も参戦してはいなかったが、妖精達は妖怪に様々な助力を受けていた。例えば普段彼女達が使っている通信機は、幻想郷の賢者である八雲紫に提供されたものである。そして、レミリアには『必要な時にはメイドとしてレミリアに従う』という契約のもと、庭の一角に基地を作ることを許可されていた。そのレミリアが、今回気まぐれで妖精達の視察に来るというのだ。その為、彼女達は軍服代わりのメイド服を着て列をつくり、整然と並んでいた。
列は全部で五つあり、右から順に門番隊21人、メイド隊30人、霧の湖隊25人、魔法の森隊16人、春告隊20人の総勢111名で構成されている。この五つの部隊が、ここ紅魔館基地の主力である。
「いい? 私語は厳禁よ。何言われても『はいお嬢様、光栄であります!』とだけ言っとけばいいから」
「いやでも、質問とかされたらどうすれ「おだまりリリー! むしろおだまリリー!」
質問をしようとしたリリーにぴしゃりと言ってメイド隊の隊長は行ってしまった。
「おおう、酷いです……」
「どんまい、リリー」
若干涙目になったリリーを、チェリーが肩を叩いて慰める。
「あ、来たわよ」
そうこうしている内にメイド妖精達が高らかにラッパを吹き鳴らし、ナイフを掲げる妖精を象ったシンボルを描いた妖精軍の旗が振り上げられる。そしてルナチャイルドが指を差した方向を見ると、日傘を手にした紅魔館の主、レミリア・スカーレットの姿がリリー達の所に現れた。それを見たメイド隊と門番隊が一斉に拍手をする。リリー達もそれにならった。リリーは拍手をするメイド妖精達の中にやけに背の高い者がいることが気になったが、レミリアが壇上に上がったのを見て考えるのをやめた。
『えー諸君、今日は良く集まってくれたわね……』
魔法で拡声されたレミリアの演説が始まる。早くもチルノは立ったまま眠りだし、三妖精はルナチャイルドの能力で外の音を消してお喋りを始めた。
『……で、あるからして……』
上に立つものの話と言うものは往々にして長く退屈である。しかし、チルノのように立ったまま寝れる器用さもルナチャイルドのように音を消す能力も持ち合わせていないリリーとチェリーは、黙って聞かざるを得なかった。
『……とまぁ、色々言ったけど、ようはうちの庭を荒らさなきゃ別になにしてくれてもいいから。以上!』
「あー、やっと終わったわ……」
ようやく長い話から解放されたチェリーがゆるゆると息を吐きながら呟く。辺りでは、メイド妖精達が楽器の演奏を始めていた。
「あ、終わった?」
音を消して完全に話を聞いていなかった三妖精が壇上を見る。既にレミリアは壇上から降りていた。
がやがやと妖精達の列がざわめき、騒がしくなる。その様子にレミリアはやや呆れた顔をしていたが、彼女の演説ごっこに付き合って今まで黙っていただけ妖精としては及第点である。
続いて、レミリアは右側から順に各隊の前を通って声をかけていく。
「調子はどうなの?」
「はいお嬢様、光栄であります!」
「……いや、調子を聞いてるんだけど」
「あ、はい、順調で「はいお嬢様、光栄であります!」
「……バカにしてる?」
「い、いやそんな訳じゃ「はいお嬢様、光栄であります!」
「いや、隊長のあんたじゃなくて「はいお嬢様、光栄で「おめーのことだよ門番7ァ!」
ついにキレたレミリアが舞い上がって馬鹿の一つ覚えのように同じ文句を叫ぶ門番7を張り倒す。吸血鬼の一撃で門番7は一回休みになってしまった。
「こりゃひどい……」
その惨状にチェリーが呻く。一方、リリーは自分もへまをしたらあんなふうにやられるのか、と怖くなってしまった。
「はぁ……気を取り直して……って、なんで咲夜はそこに立っているのかしら」
「はいお嬢様、光栄でありますわ」
「あんたも張り倒してやろうか?」
「またまたご冗談を」
「本気なんだけど。……まぁいいわ、いいから日傘持ちなさい」
「承知致しました」
しれっと混ざっていたメイド長がレミリアと合流し、レミリアは話を続ける。
「で、頑張ってる?」
「はいお嬢様、光栄であります! バッチリです!」
「そう。……普段のうちの業務もそれくらいちゃんとやってくれたらありがたいんだけどねぇ」
「う……」
痛いところを突かれたメイド妖精の表情が固くなる。
「ジョークよ。あんた達にははじめから期待してないわ。ホブゴブリン達の方が有能だしね」
「キッついなぁ……」
「そう思うなら努力することね」
笑いながら辛辣な事を言ってレミリアは次にいく。
「あんたたちか。前に一度うちに潜入してたんだって? 美鈴は何をやってたんだか」
「あはは……」
「まぁいいけど。で、戦況はどうなの?」
「はいその、まぁ小康状態というかなんというか……」
スターサファイアがへこへこしながら質問に答える。
「そう。……うちの庭を貸している以上、勝たないと承知しないからね」
「は、はい!」
「んじゃせいぜい頑張りなさい。……あ、そうそう、パチェが本を盗んだ下手人を探してるわ。さっさと返しに行った方が身のためよ?」
「ひいっ……」
心当たりがあるのか、三妖精が揃って縮み上がる。その様子をみて面白そうに笑って、レミリアは湖隊の前に行く。
「まさかあんたがうちのメイド服を着るなんてね」
「うっさい! あたいだって着たくて着てるわけじゃないわよ!」
「あいかわらず威勢がいいわね。でも一人で突っ込みすぎるとその内痛い目を見るよ。そういう運命が見える」
「デタラメ言うな! 痛い目なんて見るわけないわ、あたいはさいきょーなんだから!」
「直接言うのはやっぱり無駄か。あんた、ちゃんと止めてやりなさいよ」
「は、はい」
話を振られた大妖精がコクコクと頷く。そして、ついにリリー達の目の前にレミリアがやってきた。
「ふーん、あんたが春告精か」
「は、はい……」
まじまじと見つめられ、消え入りそうな声でリリーは答える。しばらくレミリアはじろじろとリリーを見ていたが、やがて目を離して後ろの従者を振り返る。
「さくやー。この大きさじゃいくらなんでも瓶に入んないわよ」
「……?」
一体なにを言っているのかリリーにはわからなかった。瓶……?
「あら、一度ばらして中で組み立てれば入るんじゃありませんか?」
「そりゃもうスプリングじゃなくてスプラッタなだけでしょうが。ボトルシップじゃあるまいし」
「えーと、何の話ですか……?」
「物騒な話」
「殺生な話」
「ひえぇ」
主従揃って返ってきた言葉に、リリーは思わず某虫妖怪のような声をあげてますます縮みあがってしまった。
「あぁ大丈夫、あんたにはもうなにもする予定はないから。多分。じゃあ、あんたも頑張ってね」
「は、はい」
震え上がっているリリーをレミリアが励まし、去っていく。
「うーん……」
その瞬間、緊張の解けたリリーは思わず倒れ込んだ。
「あ、ちょっと、リリー!」
慌ててチェリーが名前を呼ぶが、意識が完全に向こうに行ってしまったリリーが答えることはなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「リリー、起きて! リリーってば!」
「う、うーん……はっ!」
「んがっ!」
チェリーの呼び声を聞いて、リリーは跳ね起きた。が、勢い良くあがったリリーの頭を避けきれず、チェリーの鼻にリリーの頭突きが炸裂する。
「わわっ、チェリー、大丈夫ですか!?」
「あぁ、冥界の桜が見える……」
「まだ春じゃないですよー!?」
悶絶するチェリーを助け起こすリリー。しかし、チェリーは未だに鼻を押さえていた。
「あー痛かった……」
「ごめんなさい……」
チェリーが立ち直るまでの数分間、リリーは謝りっぱなしだった。
「そんなに必死に謝らなくていいわ、大丈夫だから、ね? それより、出撃よ。妖怪の山の妖精達の救援だって」
「妖怪の山ですか?」
「新種の<ニピー>が出たらしいのよ。とりあえず、他の隊は回せないから私達が行けってさ」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
妖怪の山上空。妖怪の山の主力部隊であるひまわり妖精隊が自分達そっくりの姿をした<ニピー>達と交戦していた。
≪今紅魔館から春告隊が向かってるって!≫
<ニピー>達の弾幕を回避しながらひまわり6が叫ぶ。
≪へぇ、春のかわりに弾幕を運んでくれるの? そりゃいいわね≫
≪冬は弾幕の季節だからね≫
≪何言ってんのよ、弾幕は年中幻想郷の風物詩でしょうに≫
先行していたひまわり5が右に急速旋回、<ニピー>達がそれを追ったところにひまわり7、8が横手に回り込んで札型弾で撃墜する。ひまわり5はそのまま急降下、ひまわり7、8の背後から来ていた<ニピー>を撃ち落とす。
≪あー、自分を撃ち落としてるみたいで嫌な気分だわ≫
≪それも作戦なんじゃない? それより、上から来るわよ!≫
≪オーケー、任せて!≫
ひまわり9の警告に応え、ひまわり1、2、4が急上昇、ばらまき弾で弾幕の壁を作り、降下してきた<ニピー>達を返り討ちにする。ついでそれを回避しようとした<ニピー>をひまわり3、10がホーミング弾で追撃し、撃墜する。
≪あらかた片付いたかしら。救援はいらなかったかも?≫
≪いや、まだ来るわ! なにあれ、凄い数……!≫
≪さっきまでのは前座って訳? やってくれるわ……≫
目の前にいた30体程の<ニピー>達を倒したのもつかの間、倍以上の<ニピー>が第2波として飛んでくる。
≪数ばかりうじゃうじゃと……しかも私達と同じような格好して、気持ち悪いのよ!≫
妖怪の山の精鋭、ひまわり妖精達が突撃する。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
妖怪の山へと向かって、リリー達は高速で飛行していた。
「敵はどんなのがいるんですか?」
≪なんでもひまわり妖精達そっくりなんだって、誤射が怖いわ≫
「そんなこと言って、<ニピー>達と私達の区別なんてすぐつくじゃないですか」
≪まぁね≫
≪見えたわ!≫
双眼鏡を手にした春告3が前方を指差す。妖怪の山の中腹辺りで弾幕の火花が散っていた。
≪こりゃまた派手にやってるわね≫
「急ぎましょう!」
リリー達は更に加速し、戦場へと飛び込んだ。
≪うわあっ!≫
≪ひまわり3! くそーっ!≫
<ニピー>が撃った高速の米粒弾を避けきれず、ひまわり3が撃墜される。ひまわり隊は奮戦していたが、<ニピー>との物量差に軽口を叩く気力も削がれ、かなり押され気味だった。だが、ここでひまわり隊が負ければ妖怪の山の基地は間違いなく陥落する。ひまわり1はそれだけは避けたいと思っていた。
<ニピー>達が円を描いてひまわり隊を取り囲み、弾幕の集中砲火を浴びせる。とっさに上昇或いは下降した者は助かったが、反応の遅れたひまわり妖精数名が撃墜される。そして、下降したひまわり隊を、別の<ニピー>の輪が取り囲んだ。
≪そんな――≫
「遅くなりました! 大丈夫ですか!?」
その円を、到着した春告隊が次々と叩き落として破壊する。<ニピー>達は一度後退し、陣形を立て直そうとする。
≪ああ、来てくれたのね! 助かったわ≫
≪さぁ、一気に片付けるわよ!≫
挨拶もそこそこに、チェリー達が<ニピー>目掛けて丸弾を連続で撃つ。鞭のようにしなるその丸弾弾幕と、ひまわり隊が撃つホーミング弾が敵を撃ち落としていった。
リリーが瞬間移動で敵陣の真ん中にワープ、後退しながら弾幕をばらまいて一気に蹴散らす。春告隊の活躍により、戦況は一気に盛り返した。
チェリーが突撃、<ニピー>4体が追尾してくる。ギリギリまで引き付けた後方から、リリーが攻撃を加える。<ニピー>がそれに気がつき、急旋回してそれを回避、2体がリリーに向かって弾幕を撃つ。リリーは急降下でやり過ごし、上から来た春告8とひまわり6が<ニピー>を撃ち落とす。同時に、チェリーが下から来ていたひまわり9と共に自分を追ってきた<ニピー>を撃破した。
≪あれで最後よ!≫
春告5が残敵を示す。既に、<ニピー>達の数も18体にまで減っていた。
5体の<ニピー>が急加速でリリー達を強襲、ホーミング弾で春告4、春告6を撃墜。対して春告12とひまわり4がその<ニピー>を撃破。残った13体をリリーが分断、約半数をチェリー、ひまわり1が十字砲火で撃墜、残りをリリーが大玉弾で纏めて倒し、<ニピー>は全滅した。
≪ふう、助かったわ。ありがとう。どうかしら、基地でお茶でも≫
<ニピー>の脅威が去り、ひまわり1がリリー達を誘う。
≪どうする、リリー≫
「そうですね、じゃあお言葉に甘えます」
≪そうこなくっちゃ。私達の基地はあっちよ、ついてきて≫
ひまわり隊に誘導されながら、リリー達は妖怪の山の基地に向かう。辺りはもう夕暮れだった。
≪この辺りよ≫
ひまわり1が眼下の諏訪湖辺りを指差す。諏訪湖は夕焼けの光を反射し、橙色に輝いていた。
≪こちらひまわり1、作戦完了よ、ドアを開けて。……返事が無いわね。通信機の故障かしら――≫
しかし、次の瞬間。返答の無い司令部に首をかしげたひまわり1と、その近くにいた春告隊の何名かが、光に呑まれて消えた。少し遅れて、遥か下の地上から轟音が聞こえる。
≪レーザー!? どこから!≫
チェリーが上ずった声をあげる。正体不明のレーザーが、ひまわり1達を撃墜したのだ。
リリーは辺りを見回す。轟音が聞こえてきた真下から、黒煙が上がっていた。その様子から、リリーはレーザーの出所を察知する。
「真上!?」
その声を聞いたチェリー達が反射的に上空へ弾幕を放つ。だが、そこには既に誰もいなかった。
≪嘘、居ない! 一体どこから――≫
リリーは見た。困惑するチェリー達を、魔法の森の人間、霧雨魔理沙の弾幕もかくや、というほどの極太レーザーが焼き尽くしていく様を。リリーもまた片羽を吹き飛ばされ、地上に落ちていく。
気を失う寸前、リリーは遥か遠くにいるレーザーを撃った敵の姿を見つける。
「あれは……三妖精?」
遠すぎてはっきりとはしなかったが、それは、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア達光の三妖精に酷似した姿をもつ<ニピー>達だった。しかし、その数は三人どころではなく、大量に飛んで縦に円を描いている。
ルナチャイルドとサニーミルクの能力で姿を消し、スターサファイアの能力で狙いを定めて撃ってきたのか。
しかし、そこまで考えた所でリリーは気を失ってしまった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
リリー達が全滅した後。突如立ち上った光の柱に驚いた山の住人達は現場に駆けつけていた。
「まさか、ついに非想天則にメガ粒子砲が実装されたんですか!?」
「いや、違うんじゃないかなぁ」
「え、じゃあバスターランチャー?」
「いや、それも違うでしょ」
「そうか! コジマキャノンですね!」
「「コジマは……マズい」」
「……おい、誰かあの緑色達を黙らせてくれ」
「無茶言うなよ、あれでも大事なうちの神様なんだぞ」
興奮した様子で騒ぐ早苗とそれにツッコミを入れる他二柱をうるさそうに見ながら言う同僚に返しながら調査に向かわされた椛は光の柱によって抉られた地面を見る。
「かなりの威力の物のようだが、一体誰が……まだ下手人がどこかにいるかも……」
これだけの攻撃ができるならきっと妖怪だろう、と千里眼を使うが、最近よく見かける妖精もどきが何体かとどこかに集団で飛んでいく妖精達しか見えなかった。光の柱が消えてからまだ時間は経っていない筈なのに、と椛は考え込む。彼女はそれが先程見た妖精もどきの仲間の仕業だということに気がつかなかった。
「あれ? そう言えば非想天則は? 改造中ですか?」
「だから改造の予定はないから。……でも、何処に行ったんだろうね」
「ん……?」
椛が光の柱の正体を考えていると、早苗のそんな言葉が聞こえてきた。見れば、確かにあのデカブツの姿が無いな、と椛も気づく。
不審に思って再び千里眼を用いて見渡すが、非想天則の姿はどこにも無かった。
「あ、わかりましたよ! 河童さん達がミラージュコロイドを非想天則に実装したんですね!?」
「いやだから」
「あーでも、私アクティブクロークの方が好きなんですよね、みんな死ぬぜぇ~、って」
「「どっちでもいいわ!」」
「……で、あの三人はいつまで漫才をやれば気がすむんだ、何を言っているのかさっぱり分からないし」
「知らん」
同僚の言葉に椛はそれだけ言って上司にどう報告するか考える。未だ騒ぐ三柱の事もあり、椛は頭痛がして来た頭を抱えた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「あー、よく寝た……さぁ、次の出撃こそ活躍するぞー」
一回休みから復帰し、身も心も一新した門番7が間延びした声で決意表明する。気持ちの良い朝だったので彼女は庭を歩いていた。
そんな彼女の頭上に、影がさした。
「号外、号外だよー」
「ん? 天狗――」
高速で飛来した新聞が直撃し、門番7は復活早々一回休みになってしまった。
朝方に号外として投げ込まれた新聞により、妖怪の山基地が壊滅した、というニュースは瞬く間に妖精達の間に広まった。
「なんてこと……!」
「落ち着きなよスター」
「妖怪の山の基地が一瞬で消し飛んだのよ!? これで落ち着いてなんかいられないわよ! おまけにリリーは行方不明だし……」
スターサファイアは頭を抱える。謎のレーザーによって妖怪の山基地が壊滅し、そこにいた妖精達とリリーは行方不明、その直前まで<ニピー>達と戦っていたひまわり隊と他の春告隊も全滅、一回休みからの復活待ちという状況だった。
妖精達を飲み込んだ謎のレーザーは突如現れた謎の光の柱として新聞記事となっており、妖精達はそれを回し読みしていた。
それを読んだルナチャイルドがサニーミルクにたずねる。
「ねぇサニー、妖怪の山の妖精達、魔理沙さんに襲われたのかな?」
「いや、魔理沙さんじゃないわよ。魔理沙さんのマスタースパークは白い光でしょ? 昨日のレーザーはオレンジ色だったって言うじゃない。……多分、これは太陽光を操った<ニピー>の仕業だわ」
「太陽光でそんなに凄いレーザーを作れるの?」
「私一人じゃ流石に無理だけど、同じような能力を持ったのが沢山いたら不可能じゃないわ」
「じゃあ不可能じゃない。サニー以外に光を曲げれる妖精なんて聞いた事無いわよ。やっぱり妖怪か何かの仕業でしょ」
もう一度新聞を読むためにルナチャイルドが妖精達の輪に戻っていく。その後ろ姿をみながら、サニーミルクはひとりごちる。
「私以外に居ない、か。……だといいんだけどね」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
桜が咲き、春に染まる幻想郷の夢。リリーは目を開く。目の前が真っ白になった。どうやら額に置かれたタオルが垂れて来ていたらしく、リリーはそれを払って上体を起こす。見慣れない部屋の様子が目に映る。
「気がついた?」
気の良さそうな顔立ちの少女がリリーの顔を覗き込む。妖精だった。しかし、その妖精はリリーが見たことの無い風変わりな格好をしていた。
「あなたは誰? ここは?」
「私はゾンビフェアリーのゾフィよ。ここは地底基地。……正確には妖怪の山から地底に繋がる大空洞内の基地よ」
「妖怪の山……そうだ、ゾフィさん、他のみんなは!?」
妖怪の山、という言葉を聞いて、リリーは気を失う前の事を思い出す。光に呑まれて消えていった仲間の姿が鮮明に蘇る。
「落ち着いて。残念だけど、あなた以外は一回休み、全滅よ。基地もあのレーザーで消し飛んじゃったわ」
やんわりとリリーを押し留めながらゾフィが言う。リリーは愕然とした。
「全滅……ですか」
「まぁ、基地はその前から壊滅させられていたみたいだけどね」
「? どういうことですか?」
「私もよくは知らないけど、基地の生き残りが何人かここに来ててね。その話によれば貴方達が戦っている間に奇襲を仕掛けられたみたいなの」
まるでついこの前自分達が行った作戦のようだ、とリリーは思った。あれは囮だったのか。
「でも、その子達によると基地はたった二体の<ニピー>にやられたみたいなの」
「二人だけ、ですか?」
「えぇ。新型の<ニピー>らしいわ。めちゃくちゃ強くてあっという間にやられたみたい」
「そんなに……」
「まぁ、私が話を聞いたその子も随分気が動転してたから、本当かどうかわかんないけどね。……じゃあ、紅魔館基地に連絡してくるから、貴方はもうちょっと休んでて。羽はもう再生してるから、後2、3時間もすれば帰れるようになるわ」
そう言ってリリーを助けたゾンビフェアリー、ゾフィは部屋を出ていった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「えぇ……えぇ……分かったわ。やられないでね。じゃあ、また後で」
「ねぇ、リリーはどうなってるの?」
スターサファイアが通信を切り、ようやく復活したチェリーが状況をたずねた。
「慌てないで、リリーは無事よ。地底基地の子が助けてくれて、今目を覚ましたって。妖怪の山みたいに襲われる前に地底基地を引き払ってここにみんな来るらしいから、すぐに会えるわ」
「そう、よかった……」
それを聞き、チェリーはほっと胸を撫で下ろす。
「さて……ついにここが最後の砦になっちゃったわね」
「あたい知ってるよ! そういうのを〝そくりょうせん〟って言うんでしょ?」
「それを言うなら総力戦、よ」
「そ、そうとも言うわね」
「いやそうとしか言わないから」
「と、ともかく! どんな<ニピー>が来ようがあたいの敵じゃないわ!」
「だといいけど」
「どうかしたの、スター?」
なんだかんだ言ってもチルノの実力は確かなものであり、並みの<ニピー>や妖精では束になっても敵わないことは皆が知っていることである。が、何か含みのある言葉を呟くスターサファイア。
「……地底基地の話だと、妖怪の山の基地は、貴方達が戦ってる間にたった二体の<ニピー>にやられたらしいわ」
「たった二体? ほんとに?」
「ひまわり隊が出払ってたとはいえ、あそこもかなりの数の妖精がいるはずよ? いったいどんなやつらなのよ……」
「わからないわ。でも、そういう奴がいるのは確かよ」
一抹の不安が、三妖精とチェリーに残る。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
リリーはベッドから降り、先程の妖精、ゾフィと共に基地内を歩いていた。
バタバタと、リリーの目の前を妖精達が通り過ぎる。
「なんだか随分慌ただしいですね」
「引っ越しの最中だからね」
「引っ越しですか?」
「そ。妖怪の山の襲撃やレーザーの事もあってここは危ないからね。紅魔館の基地に厄介になろうと思って」
「そうなんですか。それじゃあ、一緒に行けますね!」
「えぇ、道案内を頼むわ」
「了解です!」
二人はしばらく雑談に花を咲かせる。普段地上で活動するリリーにとって、地底に住むゾンビフェアリーの話は新鮮で面白いものだった。
そんな中、不意に警鐘が鳴らされ、にわかに基地内が騒がしくなる。
「敵襲?」
「偵察に出てた子が<ニピー>を見つけたんだって!」
「数は?」
「一体。でも尋常じゃない速さよ!」
「なんですって? ……まさか! 私達が出るわ。リリーも来てくれる?」
「はい!」
件の強力な個体かもしれない、と基地内に緊張が走る。リリーとゾフィ達12名のゾンビフェアリー部隊は、手近なハッチから外へと飛び出した。
◇ ◇ ◇
≪ゾンビ3、4、5はそこの木の後ろに! ゾンビ6から8はそこの岩影! ゾンビ9から12は向こうの草むらに待機! リリーとゾンビ2は私と一緒に来て!≫
≪了解!≫
「了解です!」
地上に出てすぐにゾフィがてきぱきと指示を下し、ゾンビフェアリー達が配置について周囲を警戒する。高速で飛来しているという<ニピー>の姿はまだ見えなかったが、リリー達には緊張が走っていた。
≪本当に報告にあった<ニピー>だときついわね……でも、高速で来てるって言うわりには一体どこに……≫
ゾフィがぐるりと辺りを見回した、その時だった。
≪きゃああ!≫
≪ゾンビ9! 一体どこから……≫
≪ゾンビ11! 後ろ……!≫
≪えっ、嘘……!≫
≪ゾンビ11! くっ、速すぎる……! うわっ!≫
≪ゾンビ10! そんな!≫
草むらに待機していたゾンビフェアリー達が次々と悲鳴をあげて倒されていく。
≪ゾンビ12! どうなってるの、応答して!≫
≪駄目、速すぎて何がなんだか……ああっ!≫
ゾンビ12からの通信が途絶える。瞬く間に4体のゾンビフェアリーが落とされてしまった。
≪ゾンビ3、4、5! 作戦変更、私達に合流して! こいつ、何かおかしいわ!≫
ゾフィの声に従い、三体のゾンビフェアリーがリリー達と合流する。その瞬間、リリーは高速で向かってくる黒い<ニピー>の姿を発見した。
「来ます!」
≪全員散開! 一ヶ所に固まるとまとめてやられちゃう!≫
リリー達は編隊を崩して黒い<ニピー>を包囲するように展開し、ホーミング弾を一斉掃射する。しかし、突っ込んできた黒い<ニピー>は急激に旋回して包囲網から抜け出し、一番手近な所にいたゾンビ3を撃ち落とした。
≪嘘っ……≫
≪怯んじゃだめ! そのまま山肌まで追い込んで!≫
ゾフィ達がばらまき弾で<ニピー>の動きを制限し、山肌へと誘導する。その間にも手の空いたゾンビフェアリー達が高速弾で撃墜しようとするが、<ニピー>はばらまき弾をものともせずに動き回って易々とそれを回避する。
≪ゾンビ5、今よ!≫
<ニピー>を山肌ギリギリまで追い込み、ゾフィが岩影に待機していたゾンビフェアリー達に合図を送る。待機していたゾンビフェアリー達がそれに応え、弾幕を撃って岩を上から落とし、だめ押しとばかりにゾフィ達がホーミング弾を<ニピー>に叩き込む。上からの落石と、全方位からの弾幕。避けようの無い攻撃だった。リリー達は勝利を確信する。
しかし、<ニピー>はそれを嘲笑うかのように瞬間移動で回避した。
≪なっ……!≫
<ニピー>は瞬間移動で岩を落とした妖精達の元へあらわれ、混乱する4体の妖精を一息に撃墜する。
≪嘘でしょ……!≫
愕然となるゾフィ。その間にも<ニピー>はゾンビ3と5を撃ち落とした。
「あれは……まさか……」
そんな中、リリーは一人、弾幕が消えてようやく目にした敵の姿を見て驚いていた。高速で飛び、圧倒的な強さでゾンビフェアリー達を落としていくその黒い<ニピー>の姿は。
「私……?」
他ならぬ、リリーそっくりの姿をしていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「話には聞いていたけど、まさかこれ程とはね……」
黒いリリーが放つ弾幕を紙一重で回避しながら、ゾフィは歯噛みする。妖怪の山を襲い、壊滅させた二体の<ニピー>。その片割れが、地上の春告精そっくりの姿をしたこの個体だったという話は聞いていたが、なるほど確かにそっくりである。
既に友軍は自分を含めて4人だけ。基地から援軍を呼んでも相手がこれでは焼け石に水である。そう判断し、ゾフィは基地に回線を繋いだ。
「こちらゾンビ1、予定より早いけど貴方達は先に基地から撤退して。時間は私達が稼ぐわ!」
相手の返事を聞く前に通信を切る。このまま行けば自分達は全滅させられ、基地の仲間もやられる。そう判断して、ゾフィは基地の妖精を逃がす為に全力を尽くす覚悟を決めた。
リリー姿の<ニピー>が、ゾンビ2を倒してゾフィに迫る。
「なんて強さなのよ……」
<ニピー>の高速弾を左に旋回して回避、ホーミング弾を撃つ。更にリリーとゾンビ4が横からばらまき弾で挟撃するが、<ニピー>はそれを瞬間移動で回避する。
≪うろちょろと……!≫
後ろに回り込んで撃たれた弾幕を回避しながら、ゾンビ4が苛立った声をあげる。
「落ち着いてゾンビ4、慌てたらこっちがやられるわよ!」
ゾンビ4をたしなめつつ、ゾフィは右に急旋回、<ニピー>の背後にまわりこんで大玉弾を撃つ。<ニピー>はまた瞬間移動をしてそれを回避する。
「一体どこに――」
<ニピー>が目の前に現れ、ゾフィは思わず息を飲む。やられる。そう思い目を瞑るが、リリーが<ニピー>に体当たりをして弾き飛ばした。
≪逃げてください! ここは私がなんとかします!≫
「リリー!?」
リリーが<ニピー>と共に妖怪の山の麓の森へと降下していき、ゾフィ達からどんどん離れていく。
≪みんなは紅魔館基地に!≫
それを最後に、リリーからの通信が途絶えた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「さぁ、貴方の相手は私です!」
ゾフィ達から十分に離れた後、リリーと彼女そっくりの<ニピー>は森の中で対峙する。
≪リリーホワイト……春告精……≫
「!? 今、言葉を……」
目の前の<ニピー>が言葉を発し、リリーは驚愕する。<ニピー>は言葉を持たない。その認識が覆されたのだ。だが、何故今になって急に言葉を発したのかを考える暇もなく、<ニピー>はリリーへと迫ってきた。
二人は森の中を高速で飛行し、木々の間から弾幕を撃ち合う。<ニピー>は、姿だけではなく戦法もリリーのものによく似ていた。
リリーがばらまき弾とホーミング弾を同時に発射、続けて<ニピー>目掛けて高速の鱗型弾を撃つ。<ニピー>はそれを瞬間移動で回避、大玉弾を撃ってくる。大玉弾はリリーが遮蔽物にした木に直撃、木の破片が四散する。それを目眩ましにしてリリーは更に高速弾を撃つが、<ニピー>は低速モードに切り替えてそれをやり過ごす。
<ニピー>が更に大玉弾を発射。リリーは左への急旋回で回避する。互いに一歩も引かず、超高速で戦闘を続ける。
森の中で二人が交錯する。その時、リリーは相手がニヤリと口の端を持ち上げるのを見た気がした。
すれ違うと同時に両者とも旋回、ばらまき弾で牽制しあう。巻き添えを食らった木々が何本か倒れた。
実力はまったくの互角。暫くの間滞空し、無言で睨みあう。
≪強いわね≫
そんな静寂を打ち破り、<ニピー>が呟く。
「あなたは――あなた達は、一体何が目的なんですか?」
リリーが前々から疑問に思っていたことを尋ね、意思の疎通を図る。未だに<ニピー>の真意は誰も知らなかったのだ。
≪目的? そうね、貴方達を倒して、私達がこの世界の自然に成り代わることよ≫
「自然に成り代わる……?」
リリーには相手が何を言っているのかわからなかった。そもそも、妖精を倒したところで自然に成り代わる事ができるのだろうか、とも思った。
≪さぁ、もう話すことは無いし、今日の所は引き上げるとするわ。……じゃあね、また戦場で会いましょう≫
一方的にそれだけ言って、<ニピー>はリリーに背を向ける。
「待って! 貴方の名前は?」
≪……リリー。リリーブラックよ≫
それだけ言って、不思議な<ニピー>、リリーブラックは森の奥へと姿をくらました。
「リリーブラック……あなたは一体……」
一人取り残されたリリーはぽつりと呟き、紅魔館へと向かって飛び立つ。空は、既に暗くなり始めていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
翌日。無事に紅魔館基地にたどり着いたリリーやゾフィ達は、広間に集まっていた。
「結局、全戦力がここに集まっちゃった訳ね」
集結した様々な妖精達を見て、ルナチャイルドが誰にともなしに呟く。
崩壊した迷いの竹林基地。消滅してしまった妖怪の山基地。放棄された地底基地。それらの場所にいた全ての妖精が、ここ紅魔館の基地に集結していた。
「今しか無いわね」
スターサファイアが、静かに言葉を紡ぎ、ついで机をバン、と叩いて立ち上がる。
「魔法の森を攻めるわ!」
高らかに宣言する。その言葉は、<ニピー>との最終戦争を始めることを意味していた。
「ようやくって感じね」
「まかせな! あたいが全部ぶっ飛ばしてやるわ!」
サニーミルクが呟き、チルノが息巻く。驚くものや怯えるものは誰も居なかった。
「ついにこの日が来たわね」
「……はい」
チェリーが感慨深そうにつぶやく。しかし、隣に立つリリーは、昨日のリリーブラックの言葉についてばかり考えていた。
妖精達を倒して、自然に成り代わる。何度考えても、意味がわからない。幻想郷中にある自然を全て破壊するつもりなのだろうか?
「リリー? 聞いてる?」
「えっ? あっ、はい、ごめんなさい……」
上の空になっていた所にスターサファイアに声をかけられ、リリーは我に返る。
「もう、最後の作戦なんだからしっかりしてよ。いい? もう一回言うけど、貴方の隊は湖隊と一緒に先行して魔法の森の<ニピー>本隊を叩いて。すぐに他の隊を送って外側から攻めるから、そのまま内側から残りの<ニピー>を挟撃して。作戦エリアまではサニーとルナの力で近づくから、はぐれないようにね。後、魔法の森は最近天気が不安定だから、気を付けてね」
「わかりました」
<ニピー>達の最大の拠点であるとされる魔法の森を突破すれば、リリーブラック達<ニピー>の真意もわかるだろう。リリーは、そう思うことにした。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
≪もうすぐよ≫
ルナチャイルドがリリーとチルノに告げる。サニーミルクとルナチャイルドの能力で姿を隠したリリー達は、魔法の森への近くを飛んでいた。
常勝無敗の湖隊と、一度全滅の憂き目にはあったがそれを補ってあまりある戦果をあげている春告隊。そんな妖精達の最精鋭部隊が、魔法の森に奇襲を仕掛けようと滞空する。
≪うう、今までにないくらい気持ち悪いわね≫
チルノが悪態をつく。彼女の言う通り、森からは不自然な自然の気がかつてないほど濃く充満していた。
≪それも今日で終わりよ。……勝てればね≫
≪勝つに決まってるじゃない! あたいはさいきょーなんだから!≫
チルノが自信たっぷりに言う。リリーには、今日ばかりはその様子がなんだか頼もしく見えた。
◇ ◇ ◇
≪こちらサニー。ポイントに着いたわ≫
サニーミルクが司令部に通信する。
≪了解、今こっちも出撃準備が完了したわ。合図と一緒に突撃して≫
スターサファイアの声が聞こえ、リリー達は身構える。
≪3≫
サニーミルクとルナチャイルドが息を殺して時を待つ。
≪2≫
チルノが手から冷気を生み出す。
≪1≫
リリーが静かに息を吸い、吐き出す。
≪作戦開始!≫
サニーミルクとルナチャイルドが能力を解除とすると同時に、雄叫びをあげて妖精達が森へと降下した。
リリー達の気配を察知した<ニピー>達が次々に森から現れる。だが、その多くがチルノやリリーによって出会い頭に撃ち落とされた。
春告隊は散開、二体ずつのコンビを組んで行動。湖隊はチルノを中心に三角形を描くように展開する。
リリーとチェリーの前に三体の<ニピー>が出現、二人は上下に分かれて挟撃し、撃ち落とした。その横から二人を撃とうとしてきた<ニピー>を、近くにいた春告7と8が叩き落とす。
春告6と12、春告9と13のコンビが空中ですれ違い、互いの後ろについていた<ニピー>を倒す。
≪今日という今日は全滅させてやるわ!≫
旋回して弾幕を避けながら、チェリーが威勢よく声をあげる。春告隊は、華麗に空を舞っていた。
◇ ◇ ◇
一方、チルノ率いる湖隊は一直線に戦場を突っ切る形で<ニピー>を蹴散らしていく。
先頭のチルノが加速し、湖隊に先行する。すかさず6体の<ニピー>がチルノを取り囲もうとするが、チルノは宙返りで後退、後ろからチルノを追い抜いた湖隊が逆に挟撃して<ニピー>を撃墜する。
<ニピー>の出現と同時に、魔法の森に雨が降りだす。それを見たチルノが動きを止め、力を溜める。<ニピー>達がチルノを撃ち落とそうとするが、大妖精と湖7がそれを阻止する。
チャージが終わったチルノが巨大な氷塊を眼下の<ニピー>目掛けて投げつける。森の中に潜んでいたものも含め、数十体の<ニピー>がグレートクラッシャーに押し潰された。
その氷を打ち砕いて<ニピー>が湖隊の前に躍り出る。湖5と湖9が旋回し、それを引き付けてから湖隊7と湖隊3が後ろから落とす。
≪ハッ! あんたらじゃあたい達は止められないわ!≫
チルノが吼える。湖隊の他の妖精達もそれに呼応し、弾幕をばらまいた。
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リリー達遊撃隊が暴れている頃。少し遅れて本隊も魔法の森に到着していた。
「ゾンビ、メイド、門番隊は空から! 竹林、ひまわり、魔法の森隊は地上から攻めるわよ!」
≪了解!≫
スターサファイアの声で本隊が二手に別れる。
早速森から<ニピー>達が飛び出してくる。門番隊が先陣を切った。
≪さぁ、森を返して貰いましょうか!≫
<ニピー>達が連続でホーミング弾を撃ってくる。門番隊が右へと一気に切り返して回避、クナイ弾で応戦する。更に下から回り込んだメイド隊が大量のばらまき弾を展開、<ニピー>達の動きを止めてクナイ弾に当たるように誘導、それでも撃ち漏らしたものはゾンビフェアリー達が大玉弾で撃ち落とす。
そうして総崩れになって逃げる<ニピー>達を、ひまわり隊がホーミング弾で追撃、撃墜する。妖精達の圧倒的優勢だった。
≪うーん……≫
しかし、ひまわり1は腑に落ちない、といった顔になる。最後の戦いという事で士気もあがり、怒濤の勢いで<ニピー>を蹴散らしていく妖精達。だが、その中で一度全滅を経験しているひまわり妖精隊のメンバーは、ある違和感を覚えていた。
確かに、魔法の森にはかつてないほどの数の<ニピー>が潜んでいるし、事実後から後から沸いてくる。が、以前妖怪の山基地を壊滅させた<ニピー>が一体もいないのだ。敵の本拠地である筈のこの場所に、あれだけ強力な<ニピー>がいないというのはどこかおかしかった。
≪ねぇ、なんであいつらがいないのかしら。おかしくない?≫
≪ひまわり6、やっぱり貴方もそう思う?≫
≪うん、私達にこれだけ押されてるのに影も形も無いなんて……≫
弾幕を避けながら、ひまわり1とひまわり6が揃って首を傾げる。彼女達は知らななかった。あのレーザーを撃った<ニピー>達が、姿を隠す術をもっていることに。だから気づくことも無かった。悪夢が側に近づいていることに。
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≪これで終わり? 拍子抜けね≫
撃ち落とした<ニピー>が地上に落ちていく様を見ながら、チルノが眉を潜める。森に降っていた不自然な雨は既に止み、空には晴れ間が戻っていた。リリー達は既に100を越える<ニピー>を撃墜し、滞空していた。しかし、敵の本拠地にしてはあまりに防備が薄く、何より手応えがない。事実、誰一人として被弾したものは居なかった。
リリーもまた、疑問を覚える者の一人だった。結局、リリーブラックは姿を見せなかった。本隊と交戦しているのか、とも考えたが本隊との通信にもそんな<ニピー>が現れたという様な報告は無かった。
≪一体どういう事なの……≫
≪とにかく、本隊との合流ポイントに向かいましょう。考えても仕方ないわ≫
ルナチャイルドがそう言って、リリー達は本隊と落ち合う為にポイントとなっている霧雨魔法店の近くの大木に向かう。
≪なーんか、きな臭いわね≫
チェリーがぽつりと呟く。リリーも同感だった。
◇ ◇ ◇
≪お疲れ様。どうだった?≫
≪こっちも大丈夫よ。なんだか拍子抜けしちゃった≫
数刻後、リリー達遊撃隊とソフィ達本隊は誰一人欠ける事もなく予定通りのポイントで合流していた。
≪でも、変だと思わない?≫
≪やっぱり貴方もそう思う? 報告にあった強力な<ニピー>やレーザーを撃つ<ニピー>が一人も居なかったのよね≫
ルナチャイルドとひまわり1が不思議そうな顔をする。
≪とにかく、このまま少し森の中を見てみましょう。まだ<ニピー>がいるかも≫
≪そうね、行ってみましょうか≫
各隊の代表が頷き、総勢200を越える妖精の大隊による森の探索が始まろうとしていた。
「……?」
≪リリー、どうかした?≫
「あ、いえ、なんでもないです!」
ぼーっとしていたところにルナチャイルドの声がかかり、リリーは慌てて他の妖精を追って飛ぶ。
出発の直前、リリーは、ぼんやりとではあるが大きな人影を見た気がした。
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リリー達は調査の途中、森のとある一角で立ち止まっていた。
「これは何かしら……外の世界の機械?」
「それっぽいわね。でも、なんでこんなところに?」
こんこんとそれを軽く叩きながら、ゾフィが疑問の声を上げる。
「あ、私これと同じようなやつを見たことあるわ! ロケットよ!」
「ロケット?」
メイド妖精の一人が声を上げ、リリーはそれをもう一度見る。確かに以前紅魔館のパーティーで見たそれに似ている気がした。だが、紅魔館で見たそれとは似てない点の方が多いとも思った。
「いくらなんでも小さすぎない? これじゃあ私達でも入らないわ」
サニーミルクがロケットらしきものを見ながら言う。確かに、それはあまりに小さく見えた。
「でもこれ、ちょっとだけど雨の気を放ってるわ。<ニピー>と何か関係あるかも」
魔法の森に住む梅霖の妖精が言う。言われてみれば、<ニピー>達に似た気を放っている気がした。
「とりあえず、これがなにか調べないとね」
「ちょうどいいのがこの森に居るじゃない」
「えー、私あのお店苦手なんだけど」
「全員で行っても巫女やらを呼ばれて退治されちゃうから十人くらいでいいわよ」
がやがやと騒ぐ妖精達。つい先程まで命懸けの戦闘をしていた様には到底見えなかった。
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「最近の妖精は、随分堂々と悪戯をしに来るんだね」
「あ、いや、今日はそのつもりじゃないんです。見てほしいものがあって……」
「へぇ、妖精が悪戯をしないとは珍しい。……勿論、その方がありがたいがね。で、何を見ればいいんだい」
魔法の森の入り口付近に構えられた店、香霖堂。店主の森近霖之助は、珍客だらけの客の内でもとりわけ珍しい客を相手にしていた。
「ちょっと待ってて下さい……よいしょ……これです」
10数人の妖精達が重そうに持ち出したのは、何やら不可思議な形をした金属の筒だった。霖之助は両手でそれを抱え、鑑定する。
「ふむ……へぇ、こんな物も外から流れてくるものなのか」
「あの、それでそれは一体どういうものなんですか?」
勝手に納得する霖之助に妖精達が答えを急かす。
「あぁ、これは『人工降雨ロケット』だよ」
「じんこう、こうう?」
くじ引きで運び役になったゾフィ達が耳慣れない単語に揃って怪訝な顔をする。
「あぁ。要するに人工的に雨を降らせる外の世界の機械らしい。魔法みたいなものだ」
どうせ難しく蘊蓄を語っても妖精達は半分も理解しないだろう、と霖之助は簡潔に必要なことだけを教えてやる。
「雨を降らせる……」
「そうだ。まぁ、発射台がいるからこれ単体では役に立たないがね。……で、それがどうかしたのかい?」
「いえ、えーっと――」
ただ聞いて来る事しか考えていなかったゾフィ達が言葉につまりかけたとき、店の外で轟音が響いた。その衝撃で店もやや揺れ、掴まるものがなかった妖精達は転んでしまった。
「随分大きな爆発だな……魔理沙の奴が実験にでも失敗したかな?」
とっさに掴まったカウンターから手を離し、霖之助がひとりごちる。
「まさか……!」
そして、なんとか立ち上がったゾフィ達が顔を見合わせる。彼女達の顔から、さっと血の気が引いた。
「みんなが危ない!」
「あ、おい、ちょっと!」
妖精達が血相を変えて店を飛び出し、香霖堂に再び静けさが戻った。
「……置いていっちまった」
後にただ一人残された霖之助が呆然と呟く。彼の手には、妖精達が置いていった人工の雨を降らせるロケットがずしりとのし掛かっていた。
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ゾフィ達が香霖堂から飛び出す数分前。
「さて、私達はどうする?」
「ここでじっと待つのもあれだし、かくれんぼでもする?」
「いいわね、折角森を取り返した訳だし……」
ロケットを運ぶ役に当たったもの達が重そうにそれを運びながら森の出口へと向かっていった後、残った190余名の妖精達は好き勝手に談笑していた。
「かくれんぼするならスターはいなくて正解だったわね」
「みんな見つけちゃうからね。……それにしてもみんなも暢気よねぇ」
「まぁ、一応戦争も終わった訳だし、いいんじゃない?」
「そうですよ、平和が一番です」
「あたいは物足りないなー、もっと地子沸き衣玖踊る闘いがしたかったわ!」
「チルノちゃん、それを言うなら血沸き肉踊るだよ……」
リリー達もまた、木にもたれ掛かって雑談をしていた。
「そ、そうとも言う」
「そうとしか言わないわよ。まったく、相変わらずの――」
ふと空を見上げたサニーミルクの表情が固まる。目の前の空が歪んでいた。それは、彼女が普段から光を屈折させる時の物に似ていた。
「みんな逃げてっ!」
直感で何がいるかを察したサニーミルクが大声で叫び、それを聞いた妖精達が反射的に空に飛び上がる。次の瞬間、強烈な閃光が彼女達がついさっきまで居た空間を薙ぎ払った。
≪何!? 一体どういう事!?≫
間一髪で逃れたルナチャイルドが悲鳴にも似た声を上げる。
≪落ち着いてルナ! 各隊、被害は!?≫
ルナチャイルドを諌め、サニーミルクは被害状況を確認する。
「春告隊は大丈夫です!」
≪あたい達も一応無事よ!≫
≪こちら門番隊、門番7がやられたわ!≫
≪メイド隊、全員いるわ!≫
≪ひまわり隊は問題ないわ!≫
≪竹林隊、使い魔が何体かやられたけど他は無事よ!≫
≪ゾンビ隊も大丈夫! まさか、まだ<ニピー>がいるの?≫
≪特に問題はなさそうね! ええ、<ニピー>よ、それもとっときの厄介者だわ!≫
被害状況を確認し、レーザーの犯人を見てサニーミルクが吐き捨てるように唸る。彼女そっくりの姿をした<ニピー>達が、次々に姿を現した。
≪今の今まで隠れてたっていうの?≫
≪私とルナの姿をした<ニピー>の能力で見えないようにしてたんだわ!≫
≪サニーのお陰で助かったけど、一番油断してる所を狙われたわね……≫
サニーミルク姿の<ニピー>が、再び円を形作る。その円の中心に、光があつまっていく。
≪第二射くるわよ!≫
≪うわっ!≫
サニーミルクの声から一拍遅れて、レーザーが再び周囲を焼き払う。やや出遅れた竹林の妖精達がそれに飲み込まれた。
≪私似の<ニピー>を優先して倒して! あいつが居なきゃレーザーはこないわ!≫
指示を飛ばしつつ、自らも自分そっくりの<ニピー>を攻撃するサニーミルク。ようやく態勢を立て直した他の妖精達もそれに続く。
竹林隊が使い魔を再展開、<ニピー>の撃つホーミング弾の起動をバラけさせながら高速弾で攻撃、更にひまわり隊のホーミング弾がそれを追うように飛ぶ。しかし、サニーミルクもどきはそれを回避、光を屈折させて再び姿を消してしまった。
≪どこに消えた!? ……そこね!≫
チルノが叫び、再び姿を見せたサニーミルクもどきに突撃する。
≪チルノちゃん、下がって!≫
≪えっ?≫
大妖精が悲鳴に近い叫びをあげる。振り向くと、サニーミルクもどき達が円をなしている。目の前の<ニピー>は囮だった。
急旋回するチルノだが、間に合わない。レーザーが発射される。大妖精が悲鳴を上げ、あまりの眩しさと来るであろう衝撃にチルノは目をつむる。
≪ぐっ……!≫
しかし、いつまでたっても衝撃は来ず、不思議に思ったチルノは目を開き、見えた光景に驚愕の声をあげる。
≪あんたは……!≫
本物のサニーミルクが、レーザーとチルノの間に割って入っていた。
≪こ……のぉっ!≫
サニーミルクが満身の力でレーザーを反射する。そっくり跳ね返ったレーザーが円をなすサニーミルクもどきとその周囲にいた<ニピー>を吹き飛ばす。そして陣形が崩れた一瞬を狙い、リリーと大妖精がサニーミルクもどきを強襲して撃ち落とす。
≪や、やるわね……≫
≪はぁ、はぁ……へへっ、私を誰だと思ってるのさ。光の妖精サニー様よ? レーザーなんか全部跳ね返してやるわ!≫
肩で息をしながらもサニーミルクが威勢良くポーズを決める。
≪まぁ……助かったわ。ありがと≫
≪!?≫
<ニピー>を倒すために二人は離れるが、その去り際に通信機越しにチルノに素直に礼を言われ、サニーミルクは仰天した声を上げた。
≪なによ≫
≪あんたでもお礼言うのね……≫
≪失礼ね! ぶっとばすぞ!≫
キーッとチルノが怒る。妖精達に若干の余裕が戻ってきていた。
≪このまま一気に倒すわよ!≫
円をなすサニーミルクもどきを数体チェリーが撃墜、チェリーの弾幕を避けた<ニピー>を門番1、門番8が十字砲火で落とす。<ニピー>達の放ったレーザーを竹林9、竹林10が使い魔で防御、その後ろからひまわり2、ゾンビ12が米粒型弾で迎撃、命中。
リリーは瞬間移動で手当たり次第に<ニピー>の前に移動、出会い頭に大玉弾を撃ち込んで一撃離脱を仕掛け、<ニピー>を落としていく。<ニピー>がばらまき弾とレーザーを発射、チルノがアイスバリアでばらまき弾を凍結、レーザーはサニーミルクが反射し、近くに居た大妖精とルナチャイルドが下方から急上昇で襲撃、撃ち落とす。
一度崩れかけた妖精達が再び持ち直し、攻勢にまわり、士気を上げる。
しかし。
≪きゃあっ!≫
≪なによあれ……わっ!≫
突如振り落とされた巨大な『腕』に湖6、7、10、12、春告3、6、8が一気に薙ぎ払われる。
≪何、一体どういう――≫
「あ、あれは……!」
リリーは先程見た気がした人影が気のせいでは無かった事を知る。大量のサニーミルクもどきが能力を解除して現れると同時に、『それ』は徐々に姿を現し、魔法の森に巨大な影を落としていく。
≪あれは、まさか……!≫
それは幻想郷最大の建造物。核熱の蒸気で動く中身無き存在、自ら天の法則を想うことが出来ない、自我持たぬ人形。
非想天則が、妖精達に立ちはだかる。
◇ ◇ ◇
再び非想天則の拳が振り落とされ、同時にサニーミルクもどきのレーザーが辺りを薙ぐ。妖精達は一瞬にして戦況を覆され、散り散りになる。
≪うわっ! 一体どういうことなのよ!≫
非想天則の拳を間一髪でかわし、チルノが当惑した声を上げる。
「一体どうしてこれがこんなところに……!」
続いて振り上げられた足をリリーは急上昇で回避し、追撃してきたルナチャイルドもどきの弾幕をグレイズでやり過ごす。お返しに大玉弾を撃つが、非想天則が伸ばした腕に阻まれる。大玉弾はそのまま非想天則に直撃したが、大して効果があるようには見えなかった。
「弾幕が効かない……!」
≪リリー、大ちゃん、あと近くにいるやつ! あたいに続いて!≫
そう言ってチルノが非想天則の右脚にレーザーを撃つ。近くにいたリリー、大妖精、ひまわり5、門番10、ゾンビ8、竹林13がそれに続き、一点に集中砲火を浴びせた。
流石に効いたのか、非想天則がややバランスを崩す。妖精達は追撃を加えようとするが、スターサファイアもどきの弾幕に妨害されてしまう。
≪まさか<ニピー>に乗っ取られるなんて……!≫
ひまわり1が呻く。そう、非想天則にはこの森に住む人形使い、アリス・マーガトロイドの人形のように作り手の思いが詰まってはおらず、またそうあるように作られている。故に妖精達が入る隙があり、そこを<ニピー>に利用されたのだ。
≪こんな隠し玉を用意してたとはね……どこまでデタラメよ、こいつら≫
サニーミルクが悪態をつく。だが、戦意は失われてはいなかった。
大きくとも子供程の身長しか持たない妖精達がこの核熱の巨人に挑むことは、蟻が恐竜と戦うのに等しかった。それでも、妖精達は果敢に立ち向かう。
メイド隊が一斉にばらまき弾を撃ってサニーミルクもどきが円を作るのを妨害、リリー、チルノがそこを叩く。体勢を立て直した非想天則の腕が空を薙ぎ、メイド7、9、10、13が払い落とされる。倒しきれなかったサニーミルクもどきが円を再構成、レーザーを照射。射線上にいた春告5、9、メイド15、19、20、ひまわり6、8、竹林3、7が墜ちた。
≪一刻も早くあいつらを倒さないと……!≫
だめ押しとばかりに<ニピー>が撃ってきた通常のレーザーを反射でやりすごしながら、サニーミルクもレーザーを撃って迎撃。だが、焦りからか手元が狂い、レーザーは明後日の方向に飛んでいった。
そして、その焦りがサニーミルクにとって致命的な隙となった。スターサファイアもどきの<ニピー>に囲まれていたのだ。
≪サニー!≫
ルナチャイルドが叫ぶ。だが、既に回避の間に合わない距離で弾幕が放たれた。
だが、直撃の寸前に突き飛ばされ、サニーミルクは射線から逃れる。代わりに、彼女を押した者に弾幕が直撃する。
≪チルノちゃん!≫
大妖精が叫びながらその相手の元へ飛ぶ。それを見たサニーミルクが自分を庇ったのがチルノだという事を知る。見れば、羽をやられたチルノが地上へと落下していた。
大妖精がそれをなんとかキャッチ、手近な妖精達が手を貸す。
≪チルノ、なんであんた……≫
≪……これで、貸し借り無しよ……≫
そのまま気を失ってしまったチルノの答えに、サニーミルクはハッとする。そう、チルノは先程助けられた借りをサニーミルクに返したのだ。
≪バカねぇ、やっぱりバカよ、あんた……≫
リリー達の援護を受け、撤退していくチルノを見ながらサニーミルクが悔しそうに呟く。
≪サニー、行くわよ!≫
≪ええ!≫
だが、戦意を失ったわけではない。サニーミルクはルナチャイルドの声に応え、飛ぶ。
戦況は最悪。既に、妖精達はその数を半分以下にまで減らされていた。だが、逆境におかれて尚、妖精達は諦めてはいなかった。
チルノ達が安全な領域まで撤退したことを確認したリリーも旋回、再加速して戦場へ舞い戻る。
「一気にいきます! まだ終われません!」
リリーは残存の妖精達と共に編隊を構成、他の隊の編隊と共同して<ニピー>を次々に落としていく。春告隊が連続で大玉弾を発射、それを目眩ましにした門番隊の高速クナイ弾が<ニピー>を襲う。すかさずメイド隊が横合いからばらまき弾で動きを制限、当たるようにサポート。妖精達は最優先でサニーミルクもどきを撃ち落とす。それが効を奏し、サニーミルクもどきは円を組めなくなるまでその数を削られた。
非想天則が両手を激しく振るう。その際起きた風圧に羽の制御を取られた妖精達が何名か、<ニピー>の弾幕で撃墜される。妖精達はサニーミルクもどきから非想天則にターゲットを変更、非想天則を攻撃する。
勿論、そのまま挑んで勝てると思うほど妖精達も馬鹿ではない。ルナチャイルド、サニーミルクが率いた妖精達の3分の1程が非想天則の頭部付近まで急上昇、辺りを飛び回って動きを撹乱し、その間にリリー率いる残りの妖精達が非想天則の足下付近へと急降下、弾幕で地面を抉る。
「今です!」
≪了解!≫
リリーの声を聞いたサニーミルク達が非想天則の眼前から急速に後退、それを追おうとした非想天則がリリー達の作った地面の窪みにかかり、バランスを崩す。そこに背後に回ったリリーが弾幕でだめ押しする。
そして、倒れた非想天則の上に、妖精達が弾幕で倒した木々が覆い被さっていく。ついに、非想天則が動きを止めた。
≪やったわ! 私達――≫
妖精達は文字通り飛び上がって喜ぶ。が、悪夢は終わってはいなかった。
≪なっ……≫
高速で接近してきた何者かの弾幕で妖精達が何名か撃ち落とされる。
≪何よあれ……!≫
チェリーが呻く。だが、リリーはそれが誰であるか直ぐに理解した。
「リリーブラック……!」
黒い春告精が、戦場へ舞い降りる。
◇ ◇ ◇
後はもう、一方的な展開だった。
リリーブラックという手練れの襲撃に、既に半壊していた妖精達は耐えきれず次々に落とされていった。気がつけば彼女達は散り散りに撤退しており、戦場を飛ぶ妖精はリリーくらいしかいなかった。
リリーは一人、己の分身のようなものと対峙する。妖怪の山の麓での戦いと同じ状況だった。
≪また会ったわね≫
だが、リリーブラックは襲ってこようとはせず、言葉をかけてくる。
「……」
≪私達と貴方達のどっちが上か、これで分かったでしょう? これで幻想郷の自然は私達のものよ≫
リリーブラックが勝ち誇る。
「……まだ、負けてはいませんよ」
≪……?≫
だが、それを否定するリリーの言葉に、リリーブラックは怪訝な顔をする。
「私達は負けません。そして、貴方達にこの幻想郷は奪わせません」
リリーの眼は、まだ何も諦めてはいなかった。
≪ふん。諦めが悪いのね。……まぁいいわ。今貴方を撃ち落としても意味はない。……さよなら。次に会うときは、私が貴方のかわりに春告精になるときよ≫
リリーブラックは飛び去っていく。
リリーは、その背中を黙って見送った。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「間違えてこんなところまで来ちゃった……」
ルナチャイルドは訳も解らないまま撤退した後、何故か再思の道を歩いていた。知らない土地でもないのに道を間違える程気が動転していたのだろう。
「……何の音かしら?」
そんな彼女の耳に、聞いたことの無いような鈍い音が聞こえる。彼女は念のために音を消し、可能な限り物陰に隠れながらその音の方へと進んだ。
◇ ◇ ◇
暫くして、ルナチャイルドは無縁塚へとたどり着く。そこには、森で見たロケットに似た気を放つ物体がいくつもあった。ルナチャイルドにはそこにある物の用途など解らなかったが、そこで衝撃的な光景を見る。
「何よあれ、<ニピー>……?」
謎の物体から、<ニピー>が『生まれ』た。一瞬目を疑ったが、それは確かな事実だった。
「みんなに知らせないと……!」
<ニピー>の本拠地は、魔法の森ではなかった。それを知ったルナチャイルドは居ても立ってもいられず、慌てて紅魔館へと向かいながら通信機のスイッチを入れた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「リリー、無事だったのね!」
リリーブラックとの邂逅の後、帰還したリリーをチェリーが迎える。戦域を離脱した妖精達の殆どが、命からがらに基地に戻っていた。
「ねぇリリー、ルナを見なかった? まだ帰ってきてないのよ」
「いや……私は見ていないですよ」
「そう……一回休みになっちゃったのかしら」
「大丈夫ですよ、きっと」
「うん……だといいんだけど」
サニーミルクが心配そうな顔をするが、リリーはありきたりな気休めしか言えなかった。
◇ ◇ ◇
「あれ、あたいは一体」
「あ! チルノちゃん! よかった、起きたんだね!」
「大ちゃん? ……あ! <ニピー>はどこ!?」
「落ち着いてチルノちゃん! ここは基地だよ」
飛び起きようとしたチルノを大妖精がゆっくり押し止める。チルノはいくらか落ち着きを取り戻し、自分がどうなったのかを思い出す。撃墜されそうになったサニーミルクを借りを返す為に突き飛ばし、自分が被弾した。一回休みにならなかったのは、咄嗟にアイスバリアを張ってレーザー以外の弾を凍らせて凌いだからだろう。
それでも片羽を射ぬかれ、飛べなくなって――そこからは覚えていない。
「大ちゃん、他の連中はどうなったの?」
「わかんない。私もチルノちゃんを連れて離脱してきたから……でも、その後に帰ってきた子は少なかった」
「そう……」
首を横に振る大妖精の言葉に、少なくともいい結果では無いということをチルノは悟る。
「はぁ……まさか、このあたいがやられちゃうとはね」
「仕方ないよ、あれは……」
「ごめん大ちゃん、あたい、もう少し寝るよ」
「……わかった。じゃあ、また後でね」
大妖精が部屋を出る。それを見た後、最強を名乗っておきながらこの体たらくである自分が嫌になったチルノは浅い眠りについた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「で、私たちを急に集めてどうしたのよ、スター」
サニーミルクがスターサファイアに聞く。リリー達は、スターサファイアに司令室へと招集されていた。しかし、先の作戦で多くの妖精が一回休みになっており、そこにいるのは精々全体の半分程度の妖精だった。
「ついさっき、ルナから通信があってね。敵の本拠地が判明したわ」
「ルナのやつ、無事だったのね! どんくさいからやられちゃったと思ってたわ」
サニーミルクがやや声を弾ませる。
「それで、本拠地はどこなんですか?」
「魔法の森の更に奥。無縁塚よ」
「無縁塚?」
「そ。ルナが言うには、なんでもそこにあった道具から<ニピー>が生まれるのを見たんだって」
「道具から<ニピー>が? そんな事が本当にあるんですか?」
リリーが怪訝そうな顔をする。道具が妖になった付喪神のことはリリーも聞いたことはあるが、道具から何かが生まれるという話は聞いたことがない。
「私にも解らないわ。やっぱり<ニピー>はどこまでも得体が知れないわね。……あ、それから、例のロケットを調べていた妖精達によれば、あれは天気を操作する道具だったみたいよ」
「天気を操作する……か。そりゃ不自然な自然の気が出るわけね」
サニーミルクが納得の言ったという顔になる。その隣で、リリーはスターサファイアの言葉を反芻していた。
「天気を操作する……自然……そうか!」
≪私達が幻想郷の自然に成り代わる≫
リリーブラックの言葉がリリーの頭をよぎり、リリーの頭の中の点を結ぶ。
「どうしたのリリー?」
「<ニピー>の正体が、わかった気がします」
◇ ◇ ◇
「……成る程、ね。つまり、<ニピー>は人工の自然から生まれた妖精もどきって事か」
「はい」
リリーの説明をひとしきり聞いた後、サニーミルク達は唸った。
外の世界から流れ着いた、人為的に気象を操作する機械。そこから発生した雨や雪といった人工の自然を元に、<ニピー>は生まれた。言わば、人工の妖精だった。だからこそリリーブラックは幻想郷の自然を破壊し、自分達の力で再び再生することで幻想郷を自分達人工の自然に置き換えるつもりなのだ、というのがリリーの出した<ニピー>の目的だった。
「成る程、ね。それなら話は早いわ」
スターサファイアが言う。彼女の目には、ある決意が宿っていた。
「明日で、全部終わらせましょう」
スターサファイアが、最後の作戦を告げる。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「成る程、それが<ニピー>の目的か……それで、その作戦は明日決行されるんですね」
「ええ、今度こそ終わらせてやるわ」
紅魔館に新聞を配達しにきた射命丸 文は、そのついでにスターサファイアに取材をしていた。
『そこにあるものが面白い』という信条を持つ彼女は、妖怪達の間ではとりわけ妖精達の動きに敏感だった。<ニピー>が現れた数日後、妖精達が軍隊を作ったという情報を最初に得て、他の天狗達よりも迅速に記事にしたのもまた彼女であった。
同時に、彼女は妖精達の行動力に内心感心していた。妖精達の軍隊が作られた際、妖精達が遊び半分で作ったものなど所詮烏合の集だろうたかをくくっていた彼女は、その意外な統率力に驚かされていた。<ニピー>を相手に編隊を組み、それなりに的確な指示を出しあって戦闘を行う。組織的な戦力を考えれば彼女が所属する妖怪の山の天狗組織を初めとするどの勢力とも比べるべくもないが、妖精達は山には無い柔軟な思考も持ち合わせていたのだ。脅威にはなり得ないが、驚異的な組織だった。
そして、文が何より興味を持ったのは、妖精達が得体の知れない<ニピー>を一切恐れていないことだった。普通、人間にしろ妖怪にしろ正体の解らないものは警戒するし、それが自分達の脅威になりうるものであれば恐怖する。だが、妖精達にはそれが無かった。
勿論、文にとっては妖精もどきでしかない<ニピー>など何匹束になろうとなんの脅威にも成り得ない。だが、それはあくまでも妖精よりも圧倒的な力を持つ『妖怪』である文の視点から見た<ニピー>であり、それと同等の力しか持たない妖精達にとっては十分な脅威になる筈だった。
だが、妖精達は倒される事を恐れこそすれど<ニピー>そのものの得体の知れなさには恐怖を抱いている風には見えなかった。得体の知れない相手に大しては可能な限り情報を得て対策を立てるべきであると考える文には、そんな妖精達が異質に見えてならなかった。
もしも全ての妖精がチルノのように曲がりなりにであっても妖怪や力を持つ人間と渡り合える力を持っていたとしたら、と文は考える。
数は幻想郷随一であり、死や敵に対する恐怖を持たず、そして何度倒しても復活する。一つの目標に対した時の団結力も申し分ない。理想的な兵隊である。文は背筋に軽く寒気が走るのを感じた。
「でさ、それが終わったら宴会を開こうと思ってるんだけど、宣伝してもらえないかしら」
「宴会ですか? いいですよ、私も参加させて下さいね?」
「もちろん歓迎するわ、妖怪や人間にも私達のすごさを見せつけてやるんだから!」
「ふふ、楽しみしていますよ」
「まっかせなさい!」
そんな文の心中を知ってか知らずか、目の前のスターサファイアは暢気に戦争が終わった後の宴会のことを考えている。
やっぱり妖精は間抜けね、と文は先程の仮定が杞憂であることを再確認すると同時に、妖精はこうでなくては、と考える。後少し力があれば幻想郷のパワーバランスを揺るがしていたかもしれなかったことも知らず、既に勝った気で皮算用をする妖精。やはり妖精達は面白い、と文は思った。
「じゃあ、必ず勝って私に教えて下さいね?」
「もちろんよ! ちゃんと<ニピー>達は全滅させてやるわ!」
「では、私はこれで」
笑顔で見送るスターサファイアと、手を振って紅魔館を後にする文。端から見れば、幼子と遊びの約束をしてお別れをする少女という光景にも見えなくもない、微笑ましい光景。だが、その会話の中身は到底穏やかとは呼べなかった。
「<ニピー>を全滅させる……か」
夜空を飛びながら、文はひとりごちる。妖精達と<ニピー>の決定的違い。それは、<ニピー>達には一回休みという概念が存在しないことである。<ニピー>を倒すということは即ち、一つの命を殺すことだ。それを笑顔で語るのは、幼子程度の考えしか持たない故の無邪気さか、妖精故の命の価値の希薄さか。妖精は、実はこの幻想郷において何よりも残酷な存在なのかもしれないと文は思った。
だからといって、<ニピー>を哀れだとは思わなかった。元々いなかったもの、それも妖精にもなれない妖精もどきが消えた所で、幻想郷には何一つ影響は無い。そもそも、<ニピー>と妖精の戦争でどちらが勝とうと、何も変わりはしない。先程のスターサファイアの言によれば、妖精達が負ければ<ニピー>は幻想郷中の自然を破壊するつもりらしいが、流石にそこまでいけば人間も妖怪も一斉に動いて<ニピー>を殲滅するだろう。今妖精達が勝とうが負けようが、遅かれ早かれ<ニピー>は滅ぶ。
結末は変わらないのだから、戦争の勝敗など戦っている当事者にしか価値はない。大した話題にはならないだろうが、私はそれで面白い記事が書ければいい。人間や他の妖怪も自分に害が無ければ後はどうでもいいのだろう。そこまで考えて、戦争というものはどの種族のものでも本質は同じなのだと文は気がつく。
やはり、妖精は面白い。そう思って、文は妖怪の山へと帰って行った。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
翌日。妖精達の殆どが魔法の森へと向けて飛んでいた。
≪みんな準備は出来てるわね?≫
スターサファイアの声が全隊の隊長に尋ね、応、の声が返ってくる。
≪じゃあ春告隊、頼むわね。非想天則は私達に任せて≫
「了解です!」
倒れ込み、木々に押し潰された状態から立ち直って再びその巨体で立ちはだかる非想天則の影が見えた辺りで、リリー達春告隊は本隊から離れ、無縁塚へと飛んだ。
≪今日で終われるかしらね≫
チェリーの通信がリリーに入る。
「終わらせましょう。必ず勝ちますよ」
≪了解≫
リリーの言葉に春告隊総勢19名が応え、彼女達は加速した。
◇ ◇ ◇
「いい? この爆弾は、博麗神社の縁側を吹き飛ばす程度の威力があるわ。これをいくつか無縁塚に仕掛けて、機械を破壊してもらう訳だけど――これは、貴方達にしか頼めない」
遡ること数時間前。スターサファイアが手にした爆弾を示しながら説明する。<ニピー>が妖精に近い存在であるなら、その拠り所となる人工の自然を発生させている機械が破壊されれば自と存在できなくなる、というのがスターサファイアの見解だった。
「非想天則を倒さなきゃいけない以上、無縁塚襲撃にはあまり戦力は割けないの。湖隊はチルノがあれでは出れないから、一番勝率の高い貴方達にやってもらうしかない」
隊長であるチルノが未だに治療中である湖隊と、メイド隊は防衛役として基地に待機。他の門番、竹林、ひまわり、ゾンビ、そして三妖精達森隊といった本隊が非想天則を撃破し、その隙に春告隊が無縁塚を襲撃する――というのが、スターサファイアの作戦だった。
どちらにしても危険な作戦だが、やるしかない。妖精達の間に、静かな闘志が宿っていた。
≪作戦開始!≫
春告隊が本隊から離れてすぐ、スターサファイアの号令が響き、妖精達は非想天則へと向かった。
「邪魔です!」
立ちふさがる<ニピー>をホーミング弾で撃ち落とし、リリー達は無縁塚へと進む。
更に前方から竹林妖精型の<ニピー>が出現、使い魔を展開して厚い弾幕の壁を張る。春告隊、急降下で回避。リリー、春告7、8、9、10が使い魔ごと<ニピー>を高速弾で撃ちながら上昇。命中し、撃墜。続けて現れた門番妖精型の<ニピー>が高速のクナイ弾を連発。リリー達は大きく散開してこれを回避。急降下から低空飛行を続けていた残りの春告隊が下からホーミング弾を撃って撃破。
「このまま無縁塚へ!」
ますます勢いを増していく春告隊。通常の<ニピー>では春告隊を止めることはできそうになかった。
◇ ◇ ◇
≪初めて見るけど、でかいわね……≫
非想天則を間近で見たスターサファイアが感嘆の声を上げる。
≪あれを操るってどういう感覚なんだろう? あれがあれば悪戯がし放題かもね≫
あの後なんとか合流したルナチャイルドが興味深そうに呟く。
≪この戦いが終わったらみんなで乗っ取ってみる?≫
≪いいわねそれ。……来るわ。じゃあ、その為にも勝つわよ≫
妖精達の姿を察知した<ニピー>が非想天則の周囲に展開していく。その<ニピー>の姿は、ゾンビフェアリーの姿をしていた。
ゾンビ隊とひまわり隊が先行、ひまわり隊が札型弾を発射。先頭の<ニピー>がそれを回避しようと旋回した所に、先回りして放たれていたゾンビ隊の高速弾が直撃、撃墜する。しかし、<ニピー>はそれを意にも介さず、何事もなかったかのように後続がその穴を埋めていく。
≪うへぇ、まるで本物のゾンビね。貴方達もああいう感じで人間襲ったりするの?≫
≪しないわよ。あのねぇ、私達のこれはファッション、お洒落なのよ≫
≪乗りと勢いと悪ふざけの産物の間違いでしょ≫
≪違う! 愛しさと切なさと心強さの塊よ! それに私たちはね――≫
ゾンビ隊が突貫、弾幕をばらまいて敵陣へと突き刺さる。巻き込まれた<ニピー>が撃墜、陣形が崩れた。
≪確かに死体の格好してるけど、こいつらみたいに心まで死んじゃいないのよ!≫
≪……それはわかってるわよ≫
ひまわり隊もそれに続く。
≪『腕』が来るわ!≫
≪おおっと!≫
スターサファイアの声に反応したサニーミルクと門番隊が非想天則の降り下ろした腕を右に避ける。次いで腕が横に薙ぎ払われ、門番7が落とされるが、サニーミルク他の妖精達は急降下でそれを回避した。
≪助かったわスター≫
≪朝飯前よ。門番隊と竹林隊! 五時の方向に弾幕を撃って!≫
スターサファイアに言われた妖精達が反応し、なにも無い空間に向けて弾幕を放つ。直撃。隠れていた三妖精もどきの<ニピー>が次々に地に落ちていく。
≪さぁ、かくれんぼはおしまいよ。全員引きずり出してやる!≫
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
一方、紅魔館基地周辺、霧の湖には悲鳴と怒号が響いていた。
≪あぁっ! メイド3と湖5が!≫
≪どうなってるのよ、相手は一人よ!?≫
たった一人の<ニピー>が、紅魔館基地を守る妖精達を圧倒していた。メイド妖精は弾をばらまき、動きを止めようとする。だが、それは叶わず、逆にレーザーで複数名が撃ち落とされる。妖精達は為すすべもなく、なんとか最終防衛ラインを突破させないのが精一杯だった。
◇ ◇ ◇
「この音は……<ニピー>?」
「そうみたい。……私も行ってくる。大丈夫、チルノちゃんはここで待ってて」
チルノの部屋に音が近付いて来るのを察し、大妖精はやや顔を青くしながら立ち上がる。先程の通信でどういう相手なのかは聞いていたが、勝てるとは思えなかった。
「待って、大ちゃん。……あたいが行くわ」
そんな大妖精の姿を見たチルノがむくりとベッドから身を起こす。まだ本調子とは言えなかったが、動く分には問題は無かった。
「ええっ!? 駄目だよ、チルノちゃんは寝てなきゃ」
「いや、行く。てこずってるんでしょ? あいつらじゃ頼りないわ。……それにね、『さいきょー』は逃げも隠れもしないのよ」
制止しようとする大妖精を逆に押し留め、チルノはドアを開ける。
「……わかった、じゃあ、私も行くよ」
止めても無駄だと察し、大妖精もチルノに続く。
「大ちゃんも?」
「止めても無駄だよ?」
「……わかった、行こう!」
「うん!」
二人の妖精が、逆転の為に外へ飛び出した。
◇ ◇ ◇
≪挟み撃ちにして!≫
ばらまき弾を撃ったメイド1の号令に応えた湖6、メイド8が<ニピー>を挟撃、更に<ニピー>の上下に回った湖3、メイド10が一斉に高速弾を撃つ。しかし、それは全て凍らされて無力化されてしまう。
「あたい参上! あんた達、助けに来たわよ!」
≪チルノ!? あんたまだ傷が……≫
「けけっ、さいきょーのあたいにはこの程度の傷なんて無いも同然……って、こいつ」
駆けつけるなり威勢よく喋っていたチルノの声が、<ニピー>を見て驚きにかわる。
≪チルノちゃんが、もう一人……?≫
大妖精も驚いたような声を上げた。
赤い服に、黒いリボン。妖怪の山基地をリリーブラックと共に壊滅させたもう一体の<ニピー>。そこにいたのは、チルノ型の<ニピー>だった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
魔法の森を抜け、再思の道を行く春告隊は襲い来る<ニピー>を全て叩き落とし、誰一人欠ける事なく飛んでいた。だが。
≪――――≫
≪春告3、7、9、15、18!?≫
「! みんなは先へ! 敵は私がなんとかします!」
≪リリー!≫
突如飛来した弾幕に、最後列にいた五体の春告隊が声もなく墜ちた。その気配で誰が来たのかに気がついたリリーは急速旋回し、その相手と三度目の相対をする。
≪ご機嫌よう≫
「また会いましたね、リリーブラック」
≪えぇ。でも、これでお別れね、リリー≫
二人がほぼ同時に動く。リリーブラックが大玉弾を発射、それとほぼ同じタイミングでリリーが高速弾を撃つ。リリーは大玉弾を右への旋回で回避、リリーブラックも高速弾をグレイズする。
続いてリリーがホーミング弾とばらまき弾を混合させて撃てば、リリーブラックは瞬間移動で回避、ばらまき弾を撃ってリリーを牽制、距離を取る。
互いに何も言わない。言葉は必要無かった。ただひたすらに二人は弾幕を撃ち合う。
二人の春告精の、最後の戦いが始まった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
非想天則が拳を振るう。更に、その拳の隙間に潜んでいた<ニピー>がレーザーを撃って来る。予測外の攻撃に対応できず、門番5、6、11と竹林2、8、9が撃墜される。
≪攻撃を関節に集中させて!≫
ルナチャイルドの声に反応したスターサファイア、サニーミルクとひまわり1、5、10、竹林10、11、ゾフィ、ゾンビ2、9が非想天則の左肘を狙って弾幕を集中させる。非想天則は右手でそれを防ごうとするが、今度はその右肘を竹林4、7、11、ゾンビ6、7、8、13が狙う。残った妖精達は関節への攻撃を妨害しようとする<ニピー>達と妖精の間に入り、ルナチャイルド達の援護をする。そしてついに耐久限界の来た非想天則の左肘装甲が吹き飛び、僅かな隙間が空いた。
≪チャンスよ! 突撃!≫
左肘を攻撃していたサニーミルク達が一気に非想天則内部へと突撃する。他の妖精も続こうとするが、右側の妖精を払い落とした非想天則が装甲の裂け目を庇ってしまい、それ以上は入ることはできなかった。
≪なにこれ、まっくらじゃない! こんなのでどうやって私達を攻撃してたの?≫
中に入るなりひまわり1が驚いた声を上げる。
≪多分私の偽物がここに居るんでしょう。それなら明かりは要らないしね。とにかく、頭を目指しましょう!≫
スターサファイア達は、<ニピー>の犇めく非想天則の内部を昇っていく。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
妖精達が一斉に弾幕をばらまく。<ニピー>はそれを苦もなく避けるが、チルノがそれを凍らせる。そして、弾幕内で起きた密度の差によって氷が炸裂した。チルノの技、『マイナスK』だ。だが、チルノが普段一人で使う本来のそれとは比べ物にならないくらいの数の氷の破片が<ニピー>へと一斉に殺到する。
<ニピー>はそれをグレイズと旋回を駆使して回避、逆にチルノのアイシクルマシンガンに酷似した技を使用、氷弾が湖4、10メイド11、20を数体撃ち落とす。
「流石はあたい……やるじゃない」
≪感心してる場合か!≫
「わかってるわよ!」
<ニピー>とチルノの両者がアイシクルソードを持って撃ち合い、交錯する。振り向き様に<ニピー>が弾幕を発射、それを予測していたチルノがアイスバリアで防御しながら弾幕を発射。<ニピー>はアイスバリアを展開して防ごうとするが、瞬間移動で現れた大妖精の炎弾によって妨害され、グレイズで回避。
すかさずチルノがレーザーを撃ち、<ニピー>に命中する。バランスを崩した<ニピー>に、一点に集まった湖隊が一斉に高速弾を発射して追撃を仕掛けた。高密度の弾幕が<ニピー>を襲う。しかし、<ニピー>はそこでパーフェクトフリーズを使用、弾幕を全て凍らせて落とした。
≪嘘でしょ……≫
湖隊の妖精が呻く。<ニピー>が唖然となる湖隊めがけてグレートクラッシャーを放つ。チルノと大妖精を除いて、一点に固まっていた湖隊が全滅した。しかし、チルノは止まらない。
「行くよ大ちゃん!」
≪うん!≫
更にメイド隊を数名撃ち落とした<ニピー>にチルノが接近、<ニピー>は至近距離から弾幕を撃つ。チルノはそれに被弾するが構わず、アイシクルフォールを展開した。<ニピー>はそれを回避、彼女の正面にある弾幕の隙間へ潜り込む。しかし、それはチルノが仕掛けた罠だった。瞬間移動で二者の間に現れた大妖精が炎弾で攻撃、更に後方からアイシクルフォールの隙間を埋めるように撃たれたメイド妖精の弾幕に囲まれた<ニピー>は回避できず被弾。そして大妖精が再び瞬間移動で姿を消し、その影から突っ込んだチルノのスーパーアイスキックを正面から受ける。
ついに<ニピー>は撃墜、水柱を上げて霧の湖へと沈んで行った。
「……やった、やったよ大ちゃん!」
≪うん、やったよ、チルノちゃん!≫
大妖精とチルノが喜びに抱き合う。生き残りのメイド妖精達もそこに加わった。
「あたい達ったらさいきょーね!」
満身創痍になりながらも基地を守りきった妖精達の声が、霧の湖に高らかに響いた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
≪上から来るわ! 気を付けて!≫
スターサファイアの警告の直後、妖精達の頭上からレーザーが降り注ぐ。サニーミルクが能力で反射するが、カバーしきれなかった分が後続のひまわり5、ゾンビ9を落とす。
≪もうすぐ頭よ! 持ちこたえて!≫
≪スター! あれは!≫
スターサファイアが励ます。しかし、妖精達は大量の<ニピー>に囲まれてしまった。
≪何て数、どこに隠れてたのよ……≫
≪きっと手足の制御に回っていた連中が来たんだわ……≫
ルナチャイルドとサニーミルクが呻く。その数はゆうに彼女達の5倍以上だった。言い知れぬ絶望感が三妖精に広がる。
が、その横を他の妖精達が通り過ぎる。
≪後は頼んだわよ、三妖精≫
<ニピー>が一斉に弾幕を発射する。それをひまわり1、10、竹林10、11、ゾフィ、ゾンビ2が一身に受ける。それと同時に、弾幕を展開した。
≪妖精舐めるな!≫
撃ち返し弾。被弾した妖精達に残された最後の攻撃が<ニピー>を一人残らず撃ち落とす。それを見届け、妖精達は落ちていった。
三妖精が声にならない叫びをあげる。そして、敵も味方も居なくなった空間を一気に駆け抜け、非想天則の頭部へと到達する。そこには、十体程の<ニピー>が居た。
≪ケリをつけるわよ!≫
≪わかってる!≫
≪勿論よ!≫
そこに居た<ニピー>達が一斉に弾幕を発射する。しかし、三妖精は連携技、『フェアリーオーバードライブ』で弾幕もろとも一気に<ニピー>を粉砕した。
≪動きが……止まった?≫
≪あの子達、やったのね!≫
外では、暴走していた非想天則がついに沈黙する。それを見た妖精達が、一斉に勝鬨を上げた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
リリーと別れたチェリー達残りの春告隊は無縁塚で<ニピー>の大群を相手にしていた。
流石に本拠地という事もあり<ニピー>の攻勢は凄まじく、春告4、5、6、11、14は既に被弾し撃墜、生き残りの春告隊もあちこちに傷を負っていた。
同じく大幅に数を減らした<ニピー>がホーミング弾で春告隊を攻撃。ギリギリまで引き付けてからの左旋回でやり過ごすが、戦闘により羽にガタの来ていた春告19と20が被弾、撃墜される。
春告8、10、16が丸弾を連続で発射、うねりながら弾幕が<ニピー>を追い込み、春告12、13が撃った高速弾を直撃させる。数体の<ニピー>達が撃墜、その隙に爆弾を抱えたチェリーと春告17が地上へと急降下する。
しかし<ニピー>の追撃に被弾、春告17が爆弾をチェリーに託し撃墜される。チェリーもまた羽に被弾し、地上へ不時着する。上空の春告隊がそれを援護、チェリーは機械の周りに爆弾を置く。
上空で戦闘していた妖精達が被弾、戦っていた<ニピー>を道連れに墜ちた。残った<ニピー>がチェリーに迫る。羽をやられたチェリーは離脱できず、またこのままでは爆弾を処理されてしまうと判断、覚悟を決める。
「死なば諸共ってね! あんたたちも道連れよ!」
渾身の力で撃たれた弾幕が爆弾に当たる。
轟音と爆炎が、無縁塚を飲み込んだ。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
リリーブラックのホーミング弾が連続してリリーを襲う。リリーは加速しながら旋回、辛うじてそれを振り切り大玉弾をリリーブラックめがけて発射。グレイズで回避される。ほぼ同時に両者がばらまき弾を発射、リリーが大玉弾、リリーブラックがホーミング弾を撃つ。
リリーはホーミング弾を急降下で回避、先程の大玉弾に被せるように高速弾を発射。リリーブラックは直撃こそ免れたものの大玉弾を突き抜ける形で飛んできた高速弾を回避しきれず被弾する。
≪っ……!≫
リリーブラックの舌打ちが聞こえる。
リリーブラックは瞬間移動でリリーの背後にまわり、高速弾を連射。リリーも瞬間移動でそれを回避。しかし、回避先を予測されていたのか、先に放たれていたホーミング弾がリリーに直撃する。
「ぐぅっ……」
反射的に体を捻って一回休みは免れたが、それでも多大なダメージを受ける。追撃の高速弾を回避しながら、リリーもホーミング弾で応戦する。
しかし、羽がずきりと痛み、一瞬だけリリーの動きが止まる。高速弾が彼女を直撃した。
≪終わりよ!≫
リリーブラックがだめ押しの大玉弾を放つ。しかし、リリーは痛む体に鞭を撃ち、瞬間移動でリリーブラックに肉迫する。
≪!?≫
リリーブラックの目が一杯に見開かれる。リリーの大玉弾が空中で炸裂し、同時に、無縁塚から轟音が響いた。
再思の道へ墜落する二人。遠くに見える沈黙した非想天則の姿と無縁塚から立ち上る黒煙を見て、リリーブラックは諦めたように呟いた。
≪私達の負けね……≫
「リリーブラック……」
リリーブラックの姿が、ゆっくりと消えていく。人工の自然という拠り所を失った妖精もどき、<ニピー>は、幻想郷には存在できなくなったのだ。
≪外の世界で廃棄されたまま忘れられて、こっちでも負けて……なんだったのかしら、私達は≫
恨むでもなく、悲しむでもなく。ただ純粋な疑問をリリーブラックは呟く。
≪私達は、妖精になりたかった≫
その言葉を最後に、リリーブラックが完全に消える。リリーは一人、なんとも言えない気持ちで魔法の森から聞こえる歓声を聞いていた。
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突如妖怪の山から消え、魔法の森で発見された非想天則と、無縁塚で起こった謎の爆発の話は諸君らの耳にも新しいだろう。天狗達は、非想天則と無縁塚の爆発に何らかの関係があると見て捜査している。また、非想天則の製作に携わった山の神は、「なんらかの事情で非想天則が自我を持ったのかも知れない」と非想天則の付喪神化を危惧している。尚、現在は非想天則は山へと回収され、動く様子はない。
それと関連性があるかは不明であり、上記の事件より話題性は薄いが、非想天則が発見された同日、妖精と<ニピー>達の戦争が妖精側の勝利によって終わりを迎えたと宣言された。妖精達のパーティーは今も尚紅魔館内で行われているらしい。妖精達の中には地上では珍しいゾンビフェアリー等もいるらしいので、興味のある方は足を運んでみてはどうだろうか。
(射命丸 文『文々。新聞』第百二十×季 如月の二十四 発行分より抜粋)
「と言っても……全部妖精に関係してるんだけどねぇ」
自分の書いた新聞記事を見ながら、文はひとりごちる。彼女はやや真実を曲げて記事を書いていたが、天狗達が調査をしていることや山の神が非想天則の付喪神化を危惧しているのは事実だったし、天狗達の間では一連の件と妖精たちの戦争に関連性は不明というのが通説だったから、書いていることに嘘はなかった。そもそも、妖精達がそんなことができるはずはないと思い込んでいる妖怪たちに真実を書いて見せたところで、一部を除いて馬鹿にされるのが関の山である。だから、文は本当の真実は自分の胸の内へとしまうことにして、妖精達の宴会に約束通り参加するために紅魔館へと向かった。
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ガヤガヤと、紅魔館内では妖精達が騒いでいた。戦争が終わり、一回休みとなった者の復活を待ってから、妖精達は紅魔館の庭園を借りて祝勝会を開いていた。宴は連日行われ、中には妖精以外の面子もちらほらと見受けられる。
そんな様子を見ながら、レミリアはパチュリーとワインを飲みながら新聞に目をやった。
「もう三日目だってのによく飽きないわねぇ」
「余興はそれなりに面白いから構わないけどね。……にしても、新聞にはこう書いてるけど、実際の所非想天則も無縁塚も全部妖精達の仕業なんでしょう?」
「そうね。……ま、事実がどうあれ、何も変わらないけれどね」
「それもそうか」
いつまでも続く妖精達の宴を見ながらレミリアは呟く。そう、確かに妖精達は戦争に勝利した。だが、それによって何かが変わる訳ではない。仮に妖精達が負けたとしても、人間がそれを解決するだけで幻想郷は何も変わらなかっただろう。それを知ってか知らずか、妖精達は勝利と酒に酔っていた。
「負けるなチェリー!」
「あんたも負けちゃダメよー!」
「まだまだ行け……ぐふっ」
「ごめん、もう無理……」
「あーあ、潰れちゃったか。だらしないなぁ」
妖精達の余興として宴に混ざっていた鬼と飲み比べをしていた門番7とチェリーが酔い潰れて倒れる。酔いすぎて一回休みになるという珍妙な光景だった。どっと妖精達から笑いが起こる。
「次に私に挑もうってやつはいないかい? 何人でもいいよ!」
赤ら顔の萃香が相手を募集する。ひまわり妖精とゾンビフェアリーが手をあげる。妖精達は飲み比べで倒せば酒虫をやるという話を聞いて無謀にも鬼に挑んでいた。
数杯ほど酒をあおった挑戦者が潰れて倒れる。また妖精達から笑いが起こった。
「よし、次は私が指名しよう……そこの氷精! どうだい、やるかい?」
「あたいに挑もうとはいい度胸じゃないの! コテンパンにしてやるわ!」
「チルノの奴、やっぱり挑んじゃったか」
「負けるのなんてわかってるのにねぇ」
「まぁ私達は観戦して楽しませてもらいましょうよ」
「後はそうだな……そこの三妖精! こいつが来るんだ、あんた達も受けるよねぇ?」
「「「なん……だと……」」」
根拠の無い自信に満ちたチルノと絶望に満ちた顔をした三妖精が萃香に引きずられて行った。
リリーはそれを見て、少し笑う。夜風が彼女の金色がかった茶色の髪を弄んだ。
妖精達にとっての大戦争が起きたところで何かが変わるわけでもなく、精々宴会が数回多く開かれる程度の出来事でしかない。現に、妖精達の中には既に酔いすぎて何を祝って開かれた宴会なのか分からなくなっているものもいた。歴史に残るわけでもないこの戦争は、人や妖怪だけでなく、当事者たる妖精でさえもいずれ忘れてしまうだろう。リリーもまた、今だけは全てを忘れて勝利に酔うことにした。
いつものように騒がしい幻想郷。夜も更けているというのに宴はますます盛り上がっていった。
要の戦闘の描写は良かったけれどあまり「遊び」の部分が無いので一気に読む事になりメリハリも弱くなる、せっかく新聞の視点もある事だし何か所か人間や妖怪から見た戦争の描写を入れたりとかしてインターバルが欲しかったところ
できればもう少し息抜きできるような箇所が欲しかったですが、妖精たちの格好よさは存分に味わうことができたので。
コメント&評価ありがとうございます。インターバル部分は書いていたのですがやや助長になるかな、と思い削っていました。やはり戦闘間に合間はある方がよかったですか……ただ、大規模な弾幕勝負とはいっても所詮は妖精(幻想郷住民的に考えて)の小競り合いでしかないので、そこまで人間や妖怪が出張ってくるというのもなんか違うかな、と。
>>2様
評価&コメントありがとうございます。やはり幕間というのは必要ですか……一応、削っていた部分は加筆してみました。
>>4様
評価&コメントありがとうございます。息抜き……できているかどうかはわかりませんが、加筆してみました。格好良いと思っていただけて幸いです。
>>奇声を発する程度の能力様
評価、コメントありがとうございます。面白いと思っていただけて何よりです。
原作中のあんな子やこんな子がこんなに格好よく、と微笑ましい感情さえ湧きあがりますね。
また 後半につれ加速していく戦闘の激しさ、一回休みだからこそできる捨て身の攻撃など 息もつかせず読んでしまいました。
続編、番外編をお考えでしたら 是非とも味読させていただきたいです。
本筋が面白いのはもちろん、パロディネタもたくさんあって読んでいて飽きませんでした。
<ニピー>たちの飛行音が例の飛行音に余裕で聞こえました。
ありがとうございます! 楽しんでいただけて嬉しいです。残念ながらこの妖精たちの話はここで完結してしまっているために続編は難しいですね……ですが、非想天則がらみで番外編は書いてみたいかもですw
>>パレット様
ありがとうございます! そう言ってもらえてうれしいです!
>>url様
ありがとうございます! 飛行音はやっぱりあの音でしょうか?w
「光栄であります」とか元ネタ絡みも結構あってニヤリとできたり。
チキンブロスが無くて、ひとまず安心しましたw
真っ先に墜ちる門番7にはわろた。門番長に稽古してもらうべき。
他の方も言っているが戦闘の合間の息抜き部分がもう少し欲しかった。
銃撃戦とカーチェイスと爆発だけのハリウッド映画を見た気分。ちょっぴり疲れちゃう。
息抜き部分で妖精らしい可愛らしいというか微笑ましいところを書いて、戦闘部分でカッコイイ妖精たちを書く
という風な構成にしたら妖精たちの魅力もでるし、何より話にメリハリが付いていいんじゃないかな?
でも戦闘は皆カッコイイし何より燃えた。次回作楽しみにしてます。
戦闘描写が良かったです
2Pカラーとか無縁塚が最終本拠地とか言われて、すわ浄頗梨の鏡かと思いましたが、
よくよく考えれば閻魔様がそんなうっかりをやらかすはずもなく。
戦闘は、もっと各部隊の個性を強調して書いていただけると、さらに良かったと思います。
竹林妖精の使い魔に目を引かれたんですけどね、ゾンビフェアリーあんま復活早くないなぁとか思ってしまって。
とはいえ、この大規模戦闘をもっと見てみたいと思いました。
門番7は不憫(確信)
面白かったです。
楽しませていただきました。
それを見事に書ききっていたというだけで私の中では評価に値します。
少し物悲しいようなラストもグッド。