陽が沈み始めた頃、準備した紅茶を机の上に置いて椅子に腰掛ける。
机の上で足を投げ出す格好で座っている一体の人形に自身の魔力を送った。それにより、予め人形に組み込まれた魔法式が起動する。
これで準備は完了だ。もう後には引き返せない。
大きく息を吸い込んで吐き出す。それをもう一度行って、気持ちを落ち着かせる。
覚悟は出来た。
それから一拍を置いて、私は口を開いた。
「こんばんは、パチュリー。ご機嫌はいかがかしら?」
しばらくの沈黙の後、目の前の人形から声が紡がれる。
『……こんばんは、アリス。メッセージカードに書かれていた時間通りね』
静かな掠れたようなその声は、紅魔館に住む図書館の主のもの。
「あなたに贈った人形も問題無く機能しているようね」
『ええ、こんな形で贈り物をされるなんて思っていなかったわ』
「気に入ってもらえたかしら?」
『ええ、とても』
今私達が会話に使用している物は、以前魔理沙が地底へ異変解決に出向いた際に私が持たせた人形と造りは同じ物だ。これが双方にあれば、魔力を人形に送ることで人形を介して通話を行うことが出来る。ただし弾幕は展開することは出来ないようにしているが。
『誕生日に、メッセージカード付きでこれが贈られてきたのだから驚いたわ』
「そりゃもちろんパチュリーを驚かすために作っていたんだから。でないとサプライズにならないでしょう」
『だけど、私の誕生日なんてよく知っていたわね。教えたこと無かったのに』
「レミリアから聞いたのよ。理由を話したら嬉々として教えてくれたわ。パチェの驚いた顔が見れるのなら何でも協力しよう、って」
その時の紅魔館のバルコニーでの会話を思い出して含み笑いをすると、人形の先でむくれたように唸る声が聞こえた。
『レミィ……覚えてらっしゃい』
「そういえば、紅魔館ではあなたの誕生日は祝わないの?」
苦笑しつつ、問い掛ける。
『……祝うわよ、身内だけのものだけど。朝から咲夜が張り切って料理を作っていたわ。美鈴も手伝って洋中の混成料理よ。見た目はフランス料理なのに味は中華なのよ』
「それはなかなか面白いわね」
『食べる方は見た目通りの味だと思っているから、食べた時の味の違いに頭が追いつかないのよ。まあ、美味しかったけど。その後は皆で飲んで、メイド妖精たちも混じって大騒ぎ』
その時の様子を想像して、私は口元を緩ませる。
「盛大なパーティーだったんでしょうね」
身内だけとはいえ、紅魔館で働いている妖精達の数は半端ではない。それを考えればさぞや盛大なものだったのだろう。
『そうね。騒々しくて適わなかったわ』
私は静かな方が良いの、とパチュリーは小さく息を吐き出したのが分かった。
『レミィは派手好きだから騒々しいのは毎年のことだけど』
「それで、そのレミリア達はどうしているのよ」
『さあね、途中で抜け出してきたから分からないわ。まだパーティーホールで騒いでいるんじゃないかしら』
「主賓が抜け出しちゃ駄目じゃない」
『朝からやってるのよ。さすがに疲れたわ。それに、この時間を指定したのはあなたじゃない』
「そうね。応じてくれたことには感謝するわ。この通話に出ないという選択肢もあったんだから」
『あんなメッセージ寄越して、私に応じないなんて選択肢があると思う?』
「ふふ、そうね、その通りだわ。ちょっと卑怯だったかしらね」
『ええ、卑怯よ』
いかにも、私は怒っていますといった声音が耳に届く。
だけど、それは本気ではないのだろう。それが分かる程度には付き合いは長い。
「あのメッセージ、驚いたかしら?」
『ええ驚いたわ。ある意味、この人形以上に』
「だったら、今こうして話しているのはその返事ということで良いのかしら?」
こうして会話をしている時点で答えは分かりきっている。
『……私はね、アリス。あなたが何故こんな手の込んだ面倒臭い事をしたのか分からないでいるの。何故こんな事を?』
紅茶に一つ口を付ける。
「恥ずかしかったから、かしら」
ゴン、という机に何かをぶつけたような大きな音がパチュリーを模した人形の向こうから聞こえた。
「大丈夫?」
『……ええ、問題無いわ。あなた、本当にそれだけの理由で?』
「ええ、そうよ」
はっきりと告げた。途端、彼女は笑う。笑って、大きく咳き込んだ。
『ゴホッコホ、なるほど、まあ許してあげるわ』
「ありがとう、で良いのかしら?」
カサカサと小さな紙の擦れる音が聞こえる。
『ねえアリス、これは本気?』
彼女の手元にはおそらくあのメッセージカードがあるのだろう。
「ええ、本気」
冷静に、一言。誤魔化す事も無く、それだけを口にする。
嘘偽り無い私の本心がメッセージカードには込められている。
しばしの沈黙。
『……どうして私なの?』
「……さあ、何故かしらね」
『誤魔化さないで』
「誤魔化してなんかいないわ。ただどうしようもなく惹かれた。それだけよ。理屈じゃないのよ」
この感情はどういうものだから。
「今すぐ返事が欲しいなんて事は言わないわ。だけど、考えておいて」
『その必要は無いわ』
「え?」
『本当は、私が先に言おうと思っていた言葉よ』
一つ大きく息を吸う気配が人形を介して伝わる。
『私は、アリスの事が好きだったのよ』
「は、え?」
予想だにしていなかった言葉に思考が一瞬だけ止まる。そして、その意味がジワリと私の内に染み込む。
顔がどうしようもなく熱くなる。
それと同時に何処か満たされた気持ちになっていた。
『アリス?』
「あ、ご、ごめんこんなに早く返事が聞けると思わなくて」
『ふふ、私もアリスがこんなに積極的になるなんて思わなかった』
手元のカップに何かが落ちて紅茶の水面を揺らす音がした。
頬を伝い落ちた滴が、一つカップへと吸い込まれていくのが見えた。
そこでようやく、私が泣いている事に気が付いた。けれど、それは痛いとか、悲しいからというわけではない。
今の私を満たしているのは幸福感。ただそれだけだ。
溢れた感情が涙となって流れ落ちる。
『これからよろしく、アリス』
人形の向こうからの少し明るい声。
見えないことを良いことに、私は涙を拭うこともせず、声が震えないように注意しながら頷いて口を開いた。
『パチュリー、こんな所にいたの? 主役が勝手にいなくなっちゃ駄目じゃない』
『い、妹様!? い、今大事な話の最中で』
『んん、パチュリー泣いてるの? その人形は何?』
『いや、これは、って妹様この人形は触っちゃ駄目よ!』
『えー、いいじゃないちょっとくらい』
突然パチュリーの声と共に幼い声が人形の向こうから聞こえてきて、しばらくばたばたと騒がしい物音が響いてくる。
それに私は綻ぶ口元を抑えて涙を拭うと、静かに椅子から立ち上がり、魔法糸を使って人形を肩に乗せた。
そうして玄関の扉を開いた。
今はただパチュリーに会いたかった。
パチュリーに会って、それからどうしようかしら?
まあそれは行ってから考えればいいわね。
紅魔館に向かいながら、いつの間にか静かになっていた人形の向こうへと静かに語りかける。
「パチュリー」
『……何かしら?』
「ハッピーバースデイ」
『ありがとう、アリス』
返ってきたのは短い感謝の言葉。
今はその言葉だけで私は十分に満足だった。
END
机の上で足を投げ出す格好で座っている一体の人形に自身の魔力を送った。それにより、予め人形に組み込まれた魔法式が起動する。
これで準備は完了だ。もう後には引き返せない。
大きく息を吸い込んで吐き出す。それをもう一度行って、気持ちを落ち着かせる。
覚悟は出来た。
それから一拍を置いて、私は口を開いた。
「こんばんは、パチュリー。ご機嫌はいかがかしら?」
しばらくの沈黙の後、目の前の人形から声が紡がれる。
『……こんばんは、アリス。メッセージカードに書かれていた時間通りね』
静かな掠れたようなその声は、紅魔館に住む図書館の主のもの。
「あなたに贈った人形も問題無く機能しているようね」
『ええ、こんな形で贈り物をされるなんて思っていなかったわ』
「気に入ってもらえたかしら?」
『ええ、とても』
今私達が会話に使用している物は、以前魔理沙が地底へ異変解決に出向いた際に私が持たせた人形と造りは同じ物だ。これが双方にあれば、魔力を人形に送ることで人形を介して通話を行うことが出来る。ただし弾幕は展開することは出来ないようにしているが。
『誕生日に、メッセージカード付きでこれが贈られてきたのだから驚いたわ』
「そりゃもちろんパチュリーを驚かすために作っていたんだから。でないとサプライズにならないでしょう」
『だけど、私の誕生日なんてよく知っていたわね。教えたこと無かったのに』
「レミリアから聞いたのよ。理由を話したら嬉々として教えてくれたわ。パチェの驚いた顔が見れるのなら何でも協力しよう、って」
その時の紅魔館のバルコニーでの会話を思い出して含み笑いをすると、人形の先でむくれたように唸る声が聞こえた。
『レミィ……覚えてらっしゃい』
「そういえば、紅魔館ではあなたの誕生日は祝わないの?」
苦笑しつつ、問い掛ける。
『……祝うわよ、身内だけのものだけど。朝から咲夜が張り切って料理を作っていたわ。美鈴も手伝って洋中の混成料理よ。見た目はフランス料理なのに味は中華なのよ』
「それはなかなか面白いわね」
『食べる方は見た目通りの味だと思っているから、食べた時の味の違いに頭が追いつかないのよ。まあ、美味しかったけど。その後は皆で飲んで、メイド妖精たちも混じって大騒ぎ』
その時の様子を想像して、私は口元を緩ませる。
「盛大なパーティーだったんでしょうね」
身内だけとはいえ、紅魔館で働いている妖精達の数は半端ではない。それを考えればさぞや盛大なものだったのだろう。
『そうね。騒々しくて適わなかったわ』
私は静かな方が良いの、とパチュリーは小さく息を吐き出したのが分かった。
『レミィは派手好きだから騒々しいのは毎年のことだけど』
「それで、そのレミリア達はどうしているのよ」
『さあね、途中で抜け出してきたから分からないわ。まだパーティーホールで騒いでいるんじゃないかしら』
「主賓が抜け出しちゃ駄目じゃない」
『朝からやってるのよ。さすがに疲れたわ。それに、この時間を指定したのはあなたじゃない』
「そうね。応じてくれたことには感謝するわ。この通話に出ないという選択肢もあったんだから」
『あんなメッセージ寄越して、私に応じないなんて選択肢があると思う?』
「ふふ、そうね、その通りだわ。ちょっと卑怯だったかしらね」
『ええ、卑怯よ』
いかにも、私は怒っていますといった声音が耳に届く。
だけど、それは本気ではないのだろう。それが分かる程度には付き合いは長い。
「あのメッセージ、驚いたかしら?」
『ええ驚いたわ。ある意味、この人形以上に』
「だったら、今こうして話しているのはその返事ということで良いのかしら?」
こうして会話をしている時点で答えは分かりきっている。
『……私はね、アリス。あなたが何故こんな手の込んだ面倒臭い事をしたのか分からないでいるの。何故こんな事を?』
紅茶に一つ口を付ける。
「恥ずかしかったから、かしら」
ゴン、という机に何かをぶつけたような大きな音がパチュリーを模した人形の向こうから聞こえた。
「大丈夫?」
『……ええ、問題無いわ。あなた、本当にそれだけの理由で?』
「ええ、そうよ」
はっきりと告げた。途端、彼女は笑う。笑って、大きく咳き込んだ。
『ゴホッコホ、なるほど、まあ許してあげるわ』
「ありがとう、で良いのかしら?」
カサカサと小さな紙の擦れる音が聞こえる。
『ねえアリス、これは本気?』
彼女の手元にはおそらくあのメッセージカードがあるのだろう。
「ええ、本気」
冷静に、一言。誤魔化す事も無く、それだけを口にする。
嘘偽り無い私の本心がメッセージカードには込められている。
しばしの沈黙。
『……どうして私なの?』
「……さあ、何故かしらね」
『誤魔化さないで』
「誤魔化してなんかいないわ。ただどうしようもなく惹かれた。それだけよ。理屈じゃないのよ」
この感情はどういうものだから。
「今すぐ返事が欲しいなんて事は言わないわ。だけど、考えておいて」
『その必要は無いわ』
「え?」
『本当は、私が先に言おうと思っていた言葉よ』
一つ大きく息を吸う気配が人形を介して伝わる。
『私は、アリスの事が好きだったのよ』
「は、え?」
予想だにしていなかった言葉に思考が一瞬だけ止まる。そして、その意味がジワリと私の内に染み込む。
顔がどうしようもなく熱くなる。
それと同時に何処か満たされた気持ちになっていた。
『アリス?』
「あ、ご、ごめんこんなに早く返事が聞けると思わなくて」
『ふふ、私もアリスがこんなに積極的になるなんて思わなかった』
手元のカップに何かが落ちて紅茶の水面を揺らす音がした。
頬を伝い落ちた滴が、一つカップへと吸い込まれていくのが見えた。
そこでようやく、私が泣いている事に気が付いた。けれど、それは痛いとか、悲しいからというわけではない。
今の私を満たしているのは幸福感。ただそれだけだ。
溢れた感情が涙となって流れ落ちる。
『これからよろしく、アリス』
人形の向こうからの少し明るい声。
見えないことを良いことに、私は涙を拭うこともせず、声が震えないように注意しながら頷いて口を開いた。
『パチュリー、こんな所にいたの? 主役が勝手にいなくなっちゃ駄目じゃない』
『い、妹様!? い、今大事な話の最中で』
『んん、パチュリー泣いてるの? その人形は何?』
『いや、これは、って妹様この人形は触っちゃ駄目よ!』
『えー、いいじゃないちょっとくらい』
突然パチュリーの声と共に幼い声が人形の向こうから聞こえてきて、しばらくばたばたと騒がしい物音が響いてくる。
それに私は綻ぶ口元を抑えて涙を拭うと、静かに椅子から立ち上がり、魔法糸を使って人形を肩に乗せた。
そうして玄関の扉を開いた。
今はただパチュリーに会いたかった。
パチュリーに会って、それからどうしようかしら?
まあそれは行ってから考えればいいわね。
紅魔館に向かいながら、いつの間にか静かになっていた人形の向こうへと静かに語りかける。
「パチュリー」
『……何かしら?』
「ハッピーバースデイ」
『ありがとう、アリス』
返ってきたのは短い感謝の言葉。
今はその言葉だけで私は十分に満足だった。
END
パチュアリいいと思います
パチュアリ、最近見ないなぁ。